22: ハルキスト 1/8 2007/05/20(日) 05:36:27 ID:???


僕はウェイターを呼んで四杯目の注文をした。おかわりが来るまで
アスカはカウンターに頬杖をついていた。店の中には五、六人の
客がいたが皆酒を飲んでいてアルコールの香りが薄暗い店内に
夜の親密な空気を作り出していた。

「今度の日曜日アンタ暇?」とアスカは僕に訊いた。
「この前も言ったけど、日曜日はいつも暇だよ。
 六時からのアルバイトを別にすればね」
「じゃあ今度の日曜日、私につきあって」
「いいよ」
「日曜の朝にアンタの寮に迎えに行くわよ。
 時間はちょっとはっきりわからないけどかまわない?」
「どうぞ。かまわないよ」と僕は言った。
「ねぇ、シンジィ。私が今何したいかわかる?」

僕はつばをゴクリと飲み込んで一瞬の沈黙を掻き消す為に口を開いた。
「さあね、想像もつかないよ」

23: ハルキスト 2/8 2007/05/20(日) 05:48:08 ID:???
「広いふかふかとしたベットに横になりたいの、まず」とアスカは言った。
「すごく気持がよくて酔払っていて、隣にはアンタが寝ているの、そして
 ちょっとずつ私の服を脱がせるの。すごくやさしく。お母さんが
 小さな子供の服を脱がせるときみたいに、そっと」
「ふぅむ」と僕は言った。
「私途中まで気持ち良いなあと思ってぼんやりしているの。でもね、ほら、ふと
 我に返って『ぬゎにやってんのよ、バカシンジ!』って叫ぶの。
 『私、シンジのこと好きだけど、私には他に付き合っている人がいるし
 そんなこと出来ないの。だからやめて、お願い』って言うの。
 でもアンタはやめないの」
「や、やめるよ、僕は」
「知ってるわよ。あんたが意気地なしだって言うことぐらい」
アスカは、さっきからグラスの中の氷を手でかき回していた。
「もう一杯、飲む?」
「うん」

24: ハルキスト 3/8 2007/05/20(日) 06:02:01 ID:???
「そしてね、私にばっちりみせつけるのよ、あれを。そそり立ったのを。
 私すぐ目を伏せるんだけど、それでもチラッと見えちゃうのよね。そして言うの
 『駄目よ、本当に駄目、そんなに固くて大きいのとても入らないわよ』って」
「そんなに大きくないよ、普通だよ」
「いいのよ、別に、幻想なんだから。するとね、アンタは怯えた目で私を見るの、
 なんだか可哀想だから慰めてあげるの。よしよし、可哀想にって」
「それがアスカの今やりたいことなの?」
「そうよ」
「やれやれ」と僕は言った。

最後のウオッカ・トニックを飲んでから我々は店を出た。僕はいつものよにお金を
払おうとするとアスカは僕の手をぴしゃっと叩いて払いのけ、財布からしわひとつない
一万円札を出して勘定を払った。
「あの、どうしたのアスカ?」
「アンタ、筋金入りの弱虫ね、私が奢ることぐらいだってたまにはあるわよ私が誘ったんだし」
それでも財布を握っている僕を見てアスカは続けた。
「それに入れさせてもあげなかったし」
「固くて大きいから」と僕は言った。
「そう、固くて大きいから」

25: ハルキスト 4/8 2007/05/20(日) 06:09:30 ID:???
それからの四日間僕は、大学に出席し講義のメモを採り小説を読んで
部屋に戻ってからは溜息と精液を吐き出した。
アスカと同じ大学に合格できたら告白しようと決めていたあの頃を思い出すのは
憂鬱でしかなかった。そもそも、後期日程で地方の大学を受験した僕は
アスカの彼氏になる資格は無いんじゃないかとも最近では考えるようになってきた。
アスカに彼氏が出来たと聞いたせいで半月遅れて始まる僕の夏休みの予定は空白になった。
日曜日に着ていく服も僕の気持ちも夏休みの予定もすべてが空白で、きっと神様が見ていたら
『オイ、イカリシンジ、お前はどうしてそんなに真っ白になれるんだ』って言うに違いない。
『そんなの仕方ないよ、アスカに彼氏が出来たって聞いたとき思わずオメデトウとか
 言っちゃったわけだし、アスカと同じ大学に通うだけの頭は持ち合わせてなかったわけだし』
『お前には失望した』
きっとそんなことを言うんだろう。

26: ハルキスト 5/8 2007/05/20(日) 06:20:08 ID:???
日曜日の朝の九時半にアスカは僕を迎えに来た。誰かが僕の部屋を
どんどん叩いて、おいイカリ、女が来てるぞ!とどなったので
玄関に下りてみるとアスカが信じられないくらい短いジーンズのスカートをはいて
ロビーの椅子に座って脚を組み、あくびをしていた。
朝食を食べに行く連中がとおりがけにみんな彼女のすらりとのびた脚をじろじろ
眺めていった。アスカの脚はたしかにとても綺麗だった。

「ようやくお目覚めね、バカシンジ!」
「これから顔を洗って髭を剃ってくるから十分くらい待ってくれる?」
「待つのはいいけど、さっきからみんな私の脚をじろじろ見てるわよ」
「あたりまえじゃないか、男子寮にそんな短いスカートはいてくるんだもの。
 見るにきまってるよ、みんな」
「大丈夫よ。今日のはすごく可愛い下着だから」
「そういうのが余計にいけないんだよ」と僕は溜息をついて言った。

急いで部屋に戻って、顔を洗い髭を剃った。平常心と書かれたTシャツを
着て下に降り、アスカを寮の門の外に連れ出したときには、冷や汗をかいていた。

27: ハルキスト 6/8 2007/05/20(日) 06:26:57 ID:???
「ねっ、ここにいる人たちがみんなオナニーしてるわけ?シコシコッて?」
とアスカは寮の建物を見上げながら言った。
「たぶんね」
「男の人って女の子のことを考えながらあれやるわけ?」
「景気変動とか不規則動詞とかサハラ砂漠のことを考えながらオナニーする男は
 まあいないだろうね。大体は女のことを考えながらするんじゃないかな」
「サハラ砂漠?」
「たとえば、だよ」
「つまり特定の女のこのことを考えるのね?」
「あのね、そういうのは君の恋人に訊けばいいんじゃないの?
 ‥‥‥アスカの彼氏って誰なの?いいかげん教えてくれたっていいじゃないか」

僕は神経をやすりで削る思いになって訊いたのにアスカは黙り込んだ。
「あの、うん、えっとね、考えるよ。少なくとも僕はね。
 他人の事まではよくわからないけど」と僕はあきらめて答えた。

28: ハルキスト 7/8 2007/05/20(日) 06:35:05 ID:???
「シンジは私のこと考えてやった事ある?正直に答えてよ、怒らないから」
今度は僕のほうが黙り込んでしまった。本当のことを言えばいいのに
それすらできない僕をアスカが覗き込んだ。アスカの瞳に映る情けない僕の顔に
気がついて先に目を逸らしてしまった。微かな雨が僕の鼻先をそっとぬらした。

「ねぇ、シンジ。一回くらい私を出演させてくれない?私そういうのに出てみたいのよ。
 これアンタだから頼むのよ。だってこんな事他の人に頼めないじゃない。
 幼馴染のアンタだから頼むのよ。そしてどんなだったかあとで教えてほしいの。
 どんなことしただとか」
僕はため息をついた。
「でも入れちゃ駄目よ。私たちただの幼馴染なんだから。ね?入れなければ
 あとは何してもいいわよ、名に考えても」
「どうかな。そういう制約のあるやつってあまりやったことないからねえ」
「考えておおいてくれる?」
「考えておくよ」
「本当に一回でいいから私のこと考えてよね」
「試してみるよ、今夜」と僕はあきらめて言った。

29: ハルキスト 8/8 2007/05/20(日) 06:43:28 ID:???
僕は約束を果たすためにアスカのことを考えながらオナニーをしてみたのだったが
どうしてもうまくいかなかった。仕方なく途中から綾波に切り替えてみたのだが
綾波のイメージも今回はあまり助けにならなかった。それでなんとなく
馬鹿馬鹿しくなってやめてしまった。そしてウイスキーを飲んで、‥‥気がつくと
アスカに電話を掛けていた。

「あ、あのやっぱり入れさせてくれないかな。うまくいかないんだよ」
「だめよ、約束したじゃない」
「そんなのむちゃくちゃだよ。どうしてそんな制約つけるんだよ」
「‥‥‥アンタ、私のこと好き?」

会話は途切れて、僕は、部屋の窓を叩きつける雨のBGMを聞いていた。
それから、僕は何を言ったか覚えていない。夢中になっていた。
そう夢中になっていて、十年以上溜め込んでいた思いを空っぽになるまで
ただ空っぽになるまで吐き出した。
アスカは長い間電話の向こうで黙っていた。その間僕はずっと窓ガラスに
額を押しつけながら目を瞑っていた。

「じゃあ、ひろいふかふかのベットの上でなら」


31: ハルキスト 蛇足 2007/05/20(日) 07:12:01 ID:???
僕はアスカの体を抱き寄せて口付けをした。
「そんな下らない傘なんか持ってないで両手でもっとしっかり抱いてよ」とアスカは言った。
「傘ささないとずぶ濡れになっちゃうよ」
「いいわよ、そんなの、どうでも。今は何も考えずに抱きしめてほしいのよ。
 私十年近くこれ我慢したのよ」
僕は傘を足元に置き、雨の中でしっかりアスカを抱きしめた。

アスカは僕の履いたジーパンのボタンをはずし僕の勃起したペニスを手に取った。
そして息を呑んだ。
「ねぇ、シンジ、悪いけどこれ本当に冗談抜きで駄目。こんな大きくて固いもの
 とても入らないわよ。嫌だ」

40: ハル 2007/05/23(水) 02:10:48 ID:???
僕はお姉さんと住んでいる。お姉さんといっても
姉でもなければ義姉でもない。
母親以外の年上の女性はお姉さんかおばさんと呼ぶのが一般的であるけれど
彼女は僕の財布を握っている。だからここではお姉さんと呼ぶ。
そのお姉さんは今日帰ってこない。
なぜなら今日は9月15日で彼女は国連の職員だから。
毎年この日になると世界中でテロが発生する。
世界一治安の良い日本でも例外ではない。
『毎年9月になると服のサイズが1号若返るのよねー』というのは伊達ではない。

もちろん学校は休みで、外出も極力控えなければならない。今日はとても退屈で
どこのチャンネルをつけても報道特番とやらを垂れ流している。
親友の誕生日を密かに祝うという9月15日の過ごし方を、ここ数年実行
してきたけれど今年は出来そうに無い。
昔流行ったアニメのグッズ・通称白い量産機ストラップは後日渡そう。

一人で食べる夕食はあまりおいしいとは感じられず久しぶりに残してしまった。
冷蔵庫のビールを一口飲んでみたけど不味かった。
それから寝るまでの間ペットのペンペンで遊んだ。
ハムスターは、げっ歯類特有の前歯が特徴的で、それをつつくと面白い反応をする。
ウン、なかなかいい子だ、ペンペン。

41: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/23(水) 02:12:32 ID:???
ミサトさん(お姉さん)が久しぶりに帰ってきた
‥‥と思ったら、さっきからずっと電話をしている。
僕の知らない言語で喋っているから何を話しているかちんぷんかんぷんだった。
電話を切って開口一番
「シンちゃん、明日から家族が一人増えるから」
だからてっきり結婚するんだと思って「加持さんと結婚するんですか」って訊いたら
「だーれがあんなぶゎかと」って怒鳴られた。
話を聞いたところドイツではテロが激しくて
内戦状態になっていて、いつ治まるか目途がたたない状態らしい。
それで日本に縁のあるドイツの女子大生(たぶんVIP)が疎開?するらしい。

僕はベットに横たわり満月の優しい光に包まれながら先ほどの言葉を反芻した。
「『家族』か、末っ子長男だな」それもわるくないかも。

42: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/23(水) 02:13:48 ID:???
空は高く風の強い午後、僕は空港へ向かった。
おろしたてのシャツに身を包み未だ見ぬ姉との待ち合わせ。
モニュメントの周りを一周したけど女子大生風の外人など見当たらなかった。
人探しをしているっぽい外人は二人いて一人は男性で
もう一人は女性ではあるが大学生にはとても見えなかった。
心配になった頃僕の携帯に着信が入った。
番号を確認していると、ふと視線を感じたので僕は振り返った。
山吹色のワンピースを着たもう一人のほうの外人が
片手は携帯にもう片方の手は腰に手を当て仁王立ちしていた。

突風・僥倖そして一瞬の静寂

>>ネ申風氏
 GJ ( ゚∀゚)o彡

僕は彼女に平手打ちという名の挨拶をもらった。

43: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/23(水) 02:15:01 ID:???
「なーんでアンタなの?ミサトから美形だって聞いていたのに」
そういって少女は携帯のメールに添付された写真を見せ付けた。
そこには透き通るような肌をした王子様と形容すべき少年が映っていた。
「ミサトさん、時々こういうイタズラするんだ。
 僕だって大学生だって聞いていたんだよ」
「私はね正真正銘の大学生なの」
僕は一瞬ためらったが年齢を訊いた。
「えー、じゃあ僕より年下なの?」
こういう事情でぼくは二番目の姉が年下だということが判った。

僕たちはモノレールとバスを乗り継いで帰宅した。
その間二番目の姉といろいろ話をした。
名はアスカといい、風貌は外人というよりハーフといった感じで
実際に日本人の血を分けている。
ミサトさんは学生の頃彼女の家にホームステイしていたことが判明した。

44: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/23(水) 02:16:12 ID:???
帰宅後僕はアスカに街を案内させられた。
アスカに貸したキャスケット、カットソー、カーゴパンツは
風の強い午後の装いにはぴったしだ。
何を着ても似合うなんてズルいや。

僕はアスカを自転車の後ろに乗せて
コンビニ・公園・スーパーマーケットを廻りメールに添付された写真の人に
四日遅れの誕生日プレゼントを渡し、帰りにはひまわり畑から種を拝借した。
背中に感じる女の子の身体の感触で僕は溶けてバターになりそうになった。
わざと遠回りをした。

「アイツって、ホモ?」
「そんなこと無いよ、カヲル君には彼女だっているんだから」
「あんた達、怪しかったわよ。それにしてもアンタ、センス無いわね。
 私だったらあんな『白いうなぎ』もらったらグーでパンチよ」

59: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/25(金) 19:51:24 ID:???
セカンドインパクト
妊婦や新生児だけ災禍をまぬがれる事が出来るわけでは
もちろん無く、全ての人々に平等に見舞われた。
年齢別の人口の統計は、どこの国でも一箇所だけ不連続領域がある。
それが僕らの世代だ。
今期の中学二年はほとんど、どこの学校でも一クラスしか無かった。

僕とアスカが同じクラスになった理由の一つがそれ。
もう一つの理由は、同世代の友達と思い出を作れるようにとの
ミサトさんなりの配慮があったため。ただし、これを知ったのは
もっと、ずいぶんあとになってからだ。

転校生の噂は瞬く間に全校に拡がった。
みんな、知らないんだ‥‥彼女の本性を。僕は溜息をついた。

60: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/25(金) 19:52:37 ID:???
『違いのわかる男』演出家 相田ケンスケは知っている
上質な舞台芸術は、誰をも魅了する役者によって完遂せしめることを。

昼休みの話題は7日後に迫った学園祭、僕らのクラスはミュージカルを演じる。
『違いのわかる男』脚本、監督、演出による
『浪速のクマテツ』こと 鈴原トウジ主演
のミュージカル『ダンス・ダンス・ダンス』

「で、どうするんや?もう配役は決まってるわけやし」
「変更はしないよ、ラストに一分ばかし追加をすればいいじゃないか
 一分だったら今からでも練習間に合うだろ」
ケンスケはコーヒーを飲みながら片手で絵コンテをスラスラ描きあげる。
それをトウジに渡すと、彼は大きくうなずいた。
ケンスケは ⅱ pod を取り出し曲を僕に聞かせた。
たしかにいい曲だ。
「それからシンジ、放課後に惣流を音楽室に呼び出してくれ」
「な、何で僕が?」
「シンジって、惣流と同居してるんだろ?」
ケンスケとミサトさんがメル友だということを、この日初めて知った。

61: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/25(金) 19:53:41 ID:???
秋の西日が差し込む音楽室に僕らは集まった。
最初、アスカは不機嫌そうな顔をしていたが説明を聞いて
目を輝かせた。やはり、舞台のセンターというのが効いたらしい。
62秒の追加シーンはセンターにアスカ、その後ろを僕とクマテツが踊る
僕がピアノで Dance Like You Want to Win!を弾いて
それに合わせてクマテツが舞う、違いのわかる男がそれを録画する。
華麗な舞に流石のアスカも舌を巻いた。
僕らの六日間の特訓生活はこうして幕を開けた。

家でビデオを見ながら踊りの練習。アスカの上達は確かに早かった。
僕がステップを間違えると「何度も足引っ張んないでよ!」って怒鳴られる。
怒鳴るより先に蹴りが入る、いいケリが幾つか入った。
それから、ケンスケの助言どうり生活のペースをアスカに合わせた。
起床も就寝も同じ、歯磨きや洗面も一緒。
お風呂も同じ

62: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/25(金) 19:54:45 ID:???
銭湯で。

5日目にしてようやく、同時に待合室に出れた。
そんなことでも、なんとなく嬉しい。
突然の大雨で僕たちは、一本の傘で帰ることになった。
いつもより、身を寄せて歩く夜の帰り道
一台のⅱ podでイヤホンを僕の右耳とアスカの左耳にあてて聞いた。

「ゴメン、僕がへたくそすぎて」
「アンタね、そうやってすぐ謝るところキライ」
「ゴ、ゴメン‥‥」
「いい?本番は絶対に成功するの。だから謝らないで」
アスカの意志の強さを彼女の横顔で読み取った。
少しだけ心が、近づいた気がする。

63: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/25(金) 19:55:42 ID:???
6日目にトウジがマンションまで来て一緒に最終調整をすることになった。
僕らの進捗度をみてクマテツは泊りがけになることを覚悟した。
合宿はかなり楽しくて、時間はあっという間に過ぎていく。
僕はとろろで巻いたおにぎりを夜食に作って、これが結構好評だった。
ユニゾンは二時過ぎにようやく完成し、僕とトウジは居間に布団を敷きそこで寝た。

なんとなく寝付けなくて僕はⅱ podで明日の曲を聴いていた。
突然、襖が開く音がして、慌てて寝たフリをした。
耳を、澄まして‥‥‥

カラカラカラカラ
ジャーーーーーーーー

近づく足音
 近づく足音?
  近づく足音????

!!!!!!!!!!!!!!!!

66: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/26(土) 17:16:14 ID:???
銭湯で。

5日目にしてようやく、同時に待合室に出れた。
そんなことでも、なんとなく嬉しい。
突然の大雨で僕たちは、一本の傘で帰ることになった。
いつもより、身を寄せて歩く夜の帰り道
一台のⅱ podでイヤホンを僕の右耳とアスカの左耳にあてて聞いた。

「ゴメン、僕がへたくそすぎて」
「なんでもかんでも、すぐに謝って。本当に悪いと思ってるの?」
「ゴ、ゴメン‥‥」
「いい?本番は絶対に成功するの。だから謝らないで」
アスカの意志の強さを彼女の横顔で読み取った。
少しだけ心が、近づいた気がする。
傘の上で踊る雨粒たちの歌は聞こえない。

67: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/26(土) 17:17:11 ID:???
一台のトラックが僕の横を通過するとき、アスカは僕の身体を引っ張った。
バランスを崩し、後ろ向きによろけるアスカと
それに向かって前向きによろける僕。民家のブロック塀に僕は手をついた。
その横にはアスカの顔、傘だけはしっかり離さなかった。
イヤホンは耳からこぼれ落ち、荷物は地面に飛散した。

鼻息がかかる距離まで顔が近づき、頭の中は真っ白になって
世界の中で二人だけに一時停止のボタンを押した。

固まる二人
雨粒たちの歌
イヤホンから漏れるピアノの音色


今度は左手に傘を持ち少しだけ車道を気にして帰った。

68: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/26(土) 17:18:11 ID:???
6日目にトウジがマンションまで来て一緒に最終調整をすることになった。
僕らの進捗度をみてクマテツは泊りがけになることを覚悟した。
合宿はかなり楽しくて、時間はあっという間に過ぎていく。
僕はとろろで巻いたおにぎりを夜食に作って、これが結構好評だった。
ユニゾンは二時過ぎにようやく完成し、僕とトウジは居間に布団を敷きそこで寝た。

なんとなく寝付けなくて僕はⅱ podで明日の曲を聴いていた。
突然、襖が開く音がして、慌てて寝たフリをした。
耳を、澄まして‥‥‥

カラカラカラカラ
ジャーーーーーーーー

足音はアスカの部屋に収束し襖が閉じる音がした。
僕はⅱ podのスイッチを切って今度こそ寝た。

69: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/26(土) 17:19:56 ID:???
7日目の朝、僕は初めて四人分の朝食を作る。昨日あまったとろろを味噌汁に入れて
鯵を焼いた。箸でごはんを食べるアスカの姿が板についてきた。
生まれて初めての、騒がしい食卓に眠気が吹き飛んだ。
冬服に身を包んでの登校、もちろん真ん中にはアスカが歩き
練習どうりのフォーメーションを学校まで貫いた。

舞台の終盤、アスカの登場。62秒の追加シーンに
場内の心は一つになった。最後の着地で僕はミスった。



誰も気がつかなかった。

83: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/29(火) 18:59:01 ID:???
僕はカゼをひいた、修学旅行の前日に。
確かにその日は朝から違和感があった。疲れとダルさそして
寒気があった。でも、疲れのほうは昨日アスカに買い物に付き合わされた
ためだと思っていたし、寒気のほうは深まる秋のせいにしてた。

昼休みには、保健室に行って少し休んだ‥‥つもりだったけど
時間とともに悪化してきたから家に帰された。

誰もいないはずの家には、めいいっぱい着込んで、さらに毛布をかぶった
アスカがぶるぶると震えていた。
「アンタも、今日中に治すのよ」
僕は既に諦めていたから気の無い返事をした。
アスカは大学生だから修学旅行に行けるチャンスは
これが最後なのかとふと思った。

五時過ぎにミサトさんから電話が来るまで二人はマグロ。
僕は一番上の姉に事情を説明した。
「あ、やっぱりカゼひいたんだ。そっちに加持よこすからそれまで我慢して」
『やっぱり』が気になる‥‥‥

84: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/29(火) 19:00:11 ID:???
さらに三十分して加持さんが合鍵で入ってきた。すぐにタクシーを手配して
くれてリツコさんの所へ行った。診察もせずに『風邪ね』と一言。
ミサトさんからのもらい物だってことがこの時分かった。
アスカが『呪ってやる呪ってやる‥‥』とつぶやいたのは聞かなかった事にしよう。
リツコさんに注射をしてもらったが修学旅行は諦めさせられた。
「この状態で晩秋の北海道は無理よ」たしかにそう思う。

家に帰ると病人に必要な物全てが揃っていた、しかも三人分。
居間に三つ布団を並べて寝るのはさながら修学旅行のようだ
枕投げをする気力も無いけど。
加持さんの手際の良い看病でこの日は何とか乗り切った。

朝、目が覚めると朝食が用意されていた、加持さんはいない。
ミサトさんも今日は有給を使い体調管理に専念。
アスカはサミトさんに恨みをぶつける。
「‥‥エリモミサキ‥‥オタルウンガ‥‥ヒツジガオカ‥‥
 ワインジョウ‥‥ダテジダイムラ‥‥ジョウザンケイ‥‥」
アスカはMPを使い果たすまで呪文を唱え続けた。

85: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/29(火) 19:01:02 ID:???
私ね、雪の降る中で温泉に入りたかったの‥‥」
日本の温泉とドイツの温泉では質が違うからなぁと僕は思った。
「アスカ、今度の土日に温泉に連れて行くから許して」
「私ね、『雪の降る中で』温泉に入りたかったの‥‥」
「分かった、雪の降るところに連れて行くから」
「昨日の人もこないかなぁ」
「ハイハイ、加持ね。分かったわ」
「ねぇ、ミサト。前に私のこと本当の妹のように思っているって
 言ってくれたわよね。妹ってのはね、姉からお下がりをもらう
 権利があるの。ミサトの『お古』私にくれない?
 今、付き合ってるわけじゃないんでしょ」
アスカは加持さんとミサトさんの関係を見抜いたんだろう。僕は
あの関係を理解するのに二年もかかったのに。
「ダダだめよ、サ、サイズがね、合わないから。アスカにはまだ早いわよ」
ミサトさんがドモるのをこの時初めて聞いた。

86: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/29(火) 19:04:11 ID:???
長野県安曇野市、第三東京から五時間はかかるであろう道のりを
ミサトさんのドライビングテクニックで二時間半で到着した。
血のつながりの無い、僕らの家族旅行は山奥の高級そうな旅館。
しっかりと、積もっている雪にアスカはそうそう、これこれと頷く。
アスカの美意識は日本人的なのだと思う。

「ペンペンはどうしたんだい?」加持さんが僕に話しかけてきた。
「リツコさんに預かってもらったんです」
「まさか、リッチャン猫飼ってるんだぞ」
「冗談です、本当はマヤさんに預かってもらったんです」
「シンジくん、明るくなったんだな。前は、冗談なんか言わなかったはずだ」
確かに僕は以前に比べて少し明るくなったのかもしれない。

87: ハル ◆NekokanK8k 2007/05/29(火) 19:05:40 ID:???
ひんやりとした岩場を裸足で抜けるとかなり広めの露天風呂。
漆喰の塀が辺り一面の雪景色と調和している。
加持さんは湯の上にお盆を立てて徳利とお猪口を乗せた。
父のこと、母のこと、ミサトさんのこと、女の子のこと
僕は加持さんに訊きたい事がたくさんあったけど何から話せばいいか
言葉が見当たらない。きっと、この人は何でも知っているんだろうと
思うけど訊きたい事がありすぎて一言も言葉に出来ない。
加持さんはそんな僕の気持ちを知ってか、知らずか空を眺めている。
あせる必要は無いんだなと思った。

男湯は無言で、片や塀の向こうでは会話が弾んでいるようだった。
なんとなく右手に力を入れて、力こぶを作ってみた。
「ハハハ、シンジくん、まだまだだな」加持さんはそう言って左手で力こぶを作った。
「加持さんの、すごく大きいですね」
「毎日、鍛えてるからな。こっちの方はもっとすごいぞ」こんどは右手で力こぶを作る。
「触ってもいいですか?」
「かまわないさ」
「うわぁ、すごく固いや。やっぱ加持さんはすごいなぁ」
ようやく加持さんと打ち解けた気がする。

入浴後、アスカだけでなくミサトさんも僕に対して冷たかった。

98: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/02(土) 15:34:55 ID:???
放課後の音楽室。ここに来て三、四十分ピアノの練習をするのが
僕の日課。時折、アスカが来てアレ弾いて、コレ弾いてと
リクエストをしに来る。アスカが来た日には、いつも一緒に
帰っている。その時に「あの時の曲良かったじゃない」と言って
褒めてくれる。いつも、すぐには褒めてくれない。
僕がコンクールに出場したときは、初めてすぐに褒めてくれた。
入賞はしなかったけど、元々プロになるつもりなんてなかったから
アスカに褒めてくれる事の方がよっぽど嬉しい。
聞かせる相手がいると練習は楽しい。十年近く続けてきて良かったと思う。

カヲル君がコンクールに入賞した。悔しさなんてこれっぽっちも無い。
ライバル視していたのは、随分と昔のことで学年が一つ違うこともあって
素直に認め合うことが出来る。彼の弾くベートーベンはとても力強く
それでいて繊細だ。
カヲル君の入賞パーティーをウチでしてもいいとミサトさんから許可が出た。
一万円を貰い五人分の料理の食材とケーキを購入した。
特にあの二人は小食だからとあまりたくさんは買い込まなかった。

99: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/02(土) 15:36:35 ID:???
綾波レイ。僕が初めて彼女にあったのは今年の春、カヲル君の通う
私立の中学校のグラウンド。合わせたい人がいる、と言う彼の誘いに
陸上部の練習場に足を運んだ。空気は冷たく日差しのみが暖かい
グラウンドで槍投げの練習をする彼女を見つけた。
二度目に合ったのは、梅雨の季節の或る日曜日。ピアノを弾きにカヲル君の
家まで行った時、私服姿の綾波がいて初めて会話した。
『どうして綾波は槍を投げるの』と訊いたのに対して
『私には他に何も無いから』と言ったのを今でも覚えている。
綾波はとても華奢でなぜ槍投げなのかはどうしても分からない。
繊細な硝子細工を傷つけたような気分になったので
『走ればいいと思うよ』と言ったらにっこり笑ってた。

その綾波が今日、ウチに来る。

100: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/02(土) 15:38:46 ID:???
フィンガー・サンドイッチに鰯のマリネ、オクラの胡麻和え、ふくさ焼き
イカとエビのアーモンドフリッター。
あは、ほとんどがミサトさん用のおつまみだ。まあ、スポンサーだから
仕方が無い。日曜の昼に作る料理はちょっと豪華なパーティー仕様。
僕は料理をしながら主役の登場を待った。
二時を回った頃、今日の主役が登場した。カヲル君と綾波はお似合いのカップルで
よくもまあ、世界の中でこの二人が出会ったものだと感心する。

ちょうど、料理も出来て乾杯でもしようかと思った頃、僕の携帯に
着信があった。ケンスケから今日一緒に遊ばないかという誘いだった。
今日は家でパーティーがあるからと僕が言ったのに対して
『ミサトさんの昇進パーティー?すぐ行く』と言って切ってしまった。
意味が分らず、ミサトさんに聞いてみたら三佐への昇進が内定したらしい。

「じゃ、昇進祝いも兼ねるのはどうだい?」とカヲル君が言ったので
アスカが「それなら、ヒカリと加持さんも呼ぶ」と言って電話を掛けはじめた。
そういう訳で、僕は追加の食材を買出しに出かけた。

101: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/02(土) 15:40:38 ID:???
買出しにはアスカもついてきた。僕たちは落ち葉のじゅうたんを踏みしめながら
スーパーへ向かった。くしゅくしゅと二人の足音が調和する。
「あの娘のこと、好きなんでしょ?」
「分らない。よく分らないんだ」
僕が、綾波に特別な感情を持っているのは事実だけど、それが恋愛感情かと
言われれば多分違うと思う。親友の恋人という特別な事情を差し引いても
僕は綾波に何も見返りを求めていない。前に加持さんが言ってた
『異性を好きになる』というのは心のどこかに見返りを求めていて
だからこそ胸が苦しくなるんだ、と言っていたのを思い出した。
綾波の雰囲気を例えるならば、『線香花火の儚さ』護ってあげたく
なるけれど、それは無償の行為で、母性愛に近いのかもしれない。
じゃあ、愛は恋よりもっと、高尚なものかと訊いたら
『それも、違うな。大人になれば分るさ』と返ってきた。
僕には、まだ分りません。

102: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/02(土) 15:42:15 ID:???
「じゃあ、アスカには好きな人がいるの?」


よく、聞き取れなかった。アスカは何も答えなかった
のかもしれない。でも、僕はこの時『バカシンジ』って感じた
聞こえたのではなく感じた。耳から入ってきたのではなく、直接、頭に入ってきた。
それに対して、自信が持てる訳でないけれど、聞き返すのも良くない。
『好きな人はいるの?』と訊いた直後に『いま、僕の名前呼んだ?』
はあまりにもデリカシーが無さ過ぎる。かといって
確かめる方法なんて何も無い。この『バカシンジ』というフレーズ自体も
初めて聞いた言葉で、アスカは僕たちのことを3バカトリオって呼んでるけど
僕のことを直接『バカシンジ』と呼んだことは無い。
スーパーまでの道すがら、確かめる方法を模索したけど、とうとう見つからなかった。

103: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/02(土) 15:43:37 ID:???
食料を買い込み、帰宅すると靴は玄関を埋め尽くしていた。
僕は大急ぎでキッチンに向かった。手伝ってくれたのは洞木さんだけ。
大人たちは、既に出来上がってるらしく『おつまみ、まだー』と催促をする。
子供たちは、子供たちでカラオケに盛り上がっている。
大忙しではあったけど、こういう風に料理を作るのは、結構楽しい。

料理をテーブルに運んだときにカラオケで、僕の得意な曲が選曲されてるのが
分った。僕は『誰が歌うの』って訊いたら、アスカが答えた。

「アンタが歌うのよ、バカシンジ」
僕はこの時、顔を真っ赤にしていたと思う、たぶん。

108: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/08(金) 19:13:00 ID:???
11月最後の日の昼食時、僕はケンスケに相談を持ちかけた。

「じゃ‥‥、コーヒーで」その台詞に対して僕は頷いた。
急いで売店まで行き、あの上質なコーヒーを買った。
アスカの誕生日にグーのパンチを貰わないためには、軍師の助言が必要で
その助言とやらもタダではない。

軍師の助言に従い、向かった先はデパートの一階。
僕にとっては場違いな場所でプレゼント用の香水を探す。
何本かのテスターを嗅ぎ、自分にとって一番しっくり来るのを選んだ。
選ぶのに50分もかかった。それが、ラベンダーの香りがする香水で
お小遣い三か月分。これで殴られたら報われないなぁ。
12月4日に渡すべく、綺麗にラッピングした状態のまま机の中に眠らせた。

109: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/08(金) 19:14:44 ID:???
そして、12月4日

僕とアスカはミサトさんからの呼び出しを受け、彼女の職場を訪ねることになった
放課後、一旦帰宅し着替えてから向かうことになった。
ミサトさんからのアスカへのプレゼントだって事は分っていたし
その内容も大体は予想がつく。だけど、先にばらしてしまう様な無粋なことはしない。
だから何事か訊かれても、はぐらかしておいた。

UNフォースの第三東京基地。30分にも及ぶボディーチェックや手荷物検査
身元確認を経て比較的セキュリティーレベルの低い区画にあるビルの屋上に通される。
屋上はヘリポートになっていて軍用ヘリが一機スタンバイ。
家族特典とやらで年に一度コレに乗れる機会がある。
僕は高所恐怖症だから去年は ⅱ pod が欲しいと懇願し事前に回避することが出来た。
今回はアスカの誕生日だからと辞退することにしよう。

で、

僕は今ヘリの中にいます。

110: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/08(金) 19:16:25 ID:???
40分間の遊覧飛行。ミサトさんの操縦するヘリに乗って
僕とアスカで第三東京の街並みを俯瞰する。
当初の不安とは裏腹に意外に快適だった。案ずるより産むが易しか。
帰りのエレベーターでアスカは上機嫌だった。
軍師の知恵があっても此れに適う物は無い。

僕らを乗せた密室は目的地とは違う階で停止して
扉が開く代わりに照明が落ちた。つまり、停電という事か。
僕はアスカに相談し非常用のボタンを押した。
ウンともスンとも、いわないから事態は深刻なのだと気付く。
基地には携帯を持ち込むことは出来ないので、外部と連絡を取る手段が全く無い。
つまり、大ピンチという事か。
「すぐに予備電源に切り替わるわよ」この一言で僕は落ち着くことができた。


10分経つけど切り替わんねぇ‥‥‥

111: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/08(金) 19:17:49 ID:???
こういう時、人は二通りの行動パターンを採る。おとなしく助けが来るのを待つか
自力で脱出を試みるか。もちろん僕は前者なんだけど残念ながら決定権は無いので
脱出を試みることになった。
アスカはバッグの中からハンカチを二枚取り出して、それを繋ぎ合わせた。
そして、僕に目隠しをする、既に暗闇なのに。
つまり、肩車をして上部のハッチをこじ開ける計画だけど、アスカはここに
ミニのプリーツスカートを穿いて来た。

「絶対に変なこと考えないでよ!!」釘を刺された。
だけど緊迫した状況だから、そういう事は考えない自信があった。
むしろ、不安を紛らわすために珍しく強気に返した。
「考えるわけ無いよ、今はそれどころじゃないんだ」
僕は目隠しされた状態のまま、肩車をした。その上でアスカが作業したんだけど‥‥
多分、目隠しは逆効果だったと思います。
人は、目が見えないとき、他の感覚が敏感になります。
つまり、直接手で支えるアスカの腿の感触に少なからず興奮してしまいました。
強気に返したことをひどく後悔する。
たぶん、目隠しがいけないんだ。きっと、そうに違いない。そうだよね?

112: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/08(金) 19:19:26 ID:???
アスカは、ハッチをこじ開けるために力を入れる。
悪戦苦闘している様子が声で判る。
「コノ、コノ、なんで開かないのよー」アスカが力を入れれば入れるほど
腿で僕の首が絞まってく。僕は腿と首の間のスペースを確保すべく
手を腿の内側に移動させた。その時、はっきりと聞こえてしまった。
「んぁっ‥‥」
その声を聞いて、僕は、その、つまり、あの、一言でいうと

ボ ク ノ シ ョ ゴ ウ キ ガ ボ ウ ソ ウ シ タ

初号機(仮)が僕の意思とは無関係に大きくる。焦れば焦るほど
シンクロ率は上昇する。頬だって緩みっぱなしだし‥‥‥
とんでもない爆弾を腰にぶら下げたために思いのほか前かがみになった。

113: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/08(金) 19:20:58 ID:???
肩車をしたまま、前かがみ。これは事態の更なる悪化を意味する。
なぜなら、僕の頭はスカートの中にすっぽりと入っているのが感覚で分かる。
そして、アスカの体重を支えているのは肩ではなく頸骨の辺り。
僕の頸骨にはスカートではない布地が密着している。
シンクロ率は時間とともに単調増加、400%を超えている。
グーのパンチでも済まされないだろう。

突然、機械の作動音が鳴り、エレベーターは動き始めた。
僕はバランスを崩し壁に頭をぶつけ脳震盪を起こしたらしい。
薄れゆく意識の中でアスカの悲鳴が聞こえた。


その後、しばらくアスカからは口もきいてくれなくなった。
プレゼント、どうやって渡せばいいだろうか?

117: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/10(日) 08:06:57 ID:???
昨日、丸一日費やして最終回の原稿を書いた。
吐き気がするほど文章と格闘したかいがあって最後だけは自信作。
だけどラストを先に書くとね制約が付いて次から大変になるんだわorz

次回は最初に書いたところだから、とっくの昔に出来てるんだけど
下ネタ部分を削除しようか、かなり迷ってる。どうしよっか?

119: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/10(日) 16:31:42 ID:???
母さん、僕はあなたの命日に女の子とキスをしました。
生まれて初めてのキスです。
今日僕は女の子の唇を知った。
キスをして、そして‥‥‥


「アンタ、怖いの?男の子のくせにー」
「あぁっっ‥‥、アス‥カ、お願い、もう‥やめて」
「やめるわけなーいジャン」
「うん、怖い。本当に怖い。だから、もうやめて」
僕は全身を氷像のように固まらせながらアスカに願いを乞うのが精一杯だった。
しかし、徐々に確実に昇ぼる。
「そっか、シンジ怖いんだー、どーしよっかなー」そういっても全く止める気は無い。
アスカは、腰を浮かしては沈め、沈めては浮かせていた。
「こ‥‥これ以上、揺らさないで」
「あぁ‥‥はぁぁ‥‥アーーーー!!!」
そして僕が見たものは‥‥‥

120: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/10(日) 16:33:23 ID:???
僕は今、墓地に来ている。日本人がイメージする墓地とは違うカトリックの
簡素な墓碑が並んだ墓地。
今日は朝5時に起きて7時には母の墓前に到着したのに
既にユリの花が手向けられていた。
今年こそ父さんに会えるかも、と思ったが来年まで持ち越した。

僕は母さんを知らない。
どんな食べ物が好きなのか、どんな音楽が好きか、どんな小説を読み
どういう映画を観るか、ラーメンにはニンニクを入れるのか
カップのアイスのふたを舐めるのか?
顔も知らない、声も知らない、あるのは曖昧模糊とした『母』というイメージ。

だから、家族の好物を持ってきた。タッパの蓋を開け
ハンバーグにデミグラスソースをかけた、そしてえびちゅを横に置く。
手袋をぬいで両手を合わせる。ポケットからハーモニカを取り出した。
一曲目はクイーンの『ボヘミアンラプソディー』
次にドビッシーの『月の光』バッハの『G線上のアリア』
ビリー・ジョエルの『ピアノマン』と『アニスティー』
ビートルズからは『イエスタデー』と『ミシェル』
ベートーベンの『第九』そしてアニメの主題歌『残酷な天使のテーゼ』
最後にボサノバの名曲『 Fly me to the moon 』

『来年で、11回目だね。次までにあと1曲覚えるよ』

121: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/10(日) 16:34:15 ID:???
午後からは、僕とアスカ、カヲル君と綾波で遊園地でのダブルデートをした。
前は大雨が降って台無しになったけど今度は雲ひとつ無い天気だ。
寒さに目をつぶれば絶好の遊園地日和だ。
今回はカヲル君のセッティングで普段の僕とアスカの関係からは考えられない
『デート』という行為が実現した。
実は僕もアスカも遊園地に行くのは初めてで結構楽しみにしている。

最初にジェットコースターに乗った。
もちろん初めて乗るわけだからかなり緊張したけれど
思ったほど怖くなかった『案ずるより産むが易し』
その後、僕らは遊園地の定番の乗り物を巡った。
そして、日が傾いた頃に観覧車に乗った。
まず、カヲル君と綾波が乗って。次のゴンドラに僕とアスカが乗った。

僕は元々高いところが少し苦手だった。だけど今日乗った遊園地の乗り物で
怖いと感じたものは無かった。だから大いに油断した。
まさか観覧車が揺れるとは‥‥‥

122: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/10(日) 16:35:13 ID:???
観覧車は小高い丘の上に建っていて下から見たときより遥かに高く感じた。
「アンタ、怖いの?男の子のくせにー」アスカはわざとゴンドラを揺らす
「あぁっっ‥‥、アス‥カ、お願い、もう‥やめて」
「やめるわけなーいジャン」
「うん、怖い。本当に怖い。だから、もうやめて」
僕は全身を氷像のように固まらせながらアスカに願いを乞うのが精一杯だった。
しかし、ゴンドラは徐々に確実に昇ぼる。
「そっか、シンジ怖いんだー、どーしよっかなー」そういっても全く止める気は無い。
アスカは、腰を浮かしては沈め、沈めては浮かせていた。
僕は手のひらに信じられない位の汗をかいていた。
「こ‥‥これ以上、揺らさないで」
「あぁ‥‥はぁぁ‥‥アーーーー!!!」

ゴンドラが頂上に差し掛かる頃僕は見てしまった。
カヲル君と綾波がキスをしている。
アスカも咄嗟に振り返った。
このとき僕は、たぶん、きっと、とても情けない顔をしていたと思う。

涙が溢れそうになったから目を瞑った。
ゴンドラが少し僕のほうに傾くと、汗だらけの手の上に柔らかい手が乗って
僕の口に何かが衝突してラベンダーの香りがした。

123: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/10(日) 16:36:19 ID:???
アスカの髪が、僕の肩をくすぐった。
ああ、これがキスなんだなと直ぐにわかった。
たとえ、もし、このゴンドラが落下しても僕たちは無傷でいられる様な気がする。
理由なんて無い、そんな気がするだけ。
神様‥‥‥
もう少しだけ
僕は神様にお願いした。
しかし、昇りの百分の一の時間で到着した。


僕は今、確信している。
僕はアスカに恋をした。




124: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/10(日) 16:37:27 ID:???







その日の晩、ドイツ領事館から電話があった。






                       前 編    完


125: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/10(日) 16:39:44 ID:???
タイトル 『Love letter from Tokyo-3』

第一章 年下の姉 >>40-44
第二章 Dabada >>59-61 >>66-69
第三章 しかしMPが足りない >>83-87
第四章 バカシンジ >>98-103
第五章 レーゾン・デートゥル >>108-113
第六章 神様もう少しだけ >>119-124
第七章 未定
第八章 トゥ・シューズ(予定)
第九章 2月14日のルーチンワーク
第十章 管轄外(予定)
最終章 アタシの全部

169: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/17(日) 05:31:19 ID:???
『アスカが側に居ること』それは、ごく当たり前で
僕にとってそれがずっと続くものだと思っていた。
昨日も今日も、一番に挨拶したし、明日も明後日も一年後も
まるでそれが普通であるかのよう。
だからアスカが今、ここに居る理由はいつの間にか失念してた。
それを思い出させたのが、ドイツ領事館からの電話だ。

テレビやネットなどで、世界の治安の好転を伝えているのを
最近よく目にする。僕は遠い世界での出来事などに関心を払わなかった。
でも事実として、アスカは疎開のために日本に来ている。つまり
そのニュースは、僕とアスカが一緒に居られる期間が短くなることを意味している。
アスカの居ない日常生活は、今の僕にとって、とても想像がつかない。
三ヶ月前の出来事なのに、それが遥か遠い昔のココに来る前の出来事のようだ。
だけど、アスカの居ない日常生活に戻る事は、最初から決まっていたことで
そんな事をすっかり忘れていたのをひどく後悔する。

170: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/17(日) 05:32:25 ID:???
電話はミサトさんに取り次いだ。そして、僕はその様子を
後ろから黙って、まるで置物の人形のようにじっと見ていた。
ただ、静かにしていれば良いだけなのに、その間の僕はずっと
カーネル・サンダースで、電話が終わるまでの間、その事にすら気付かなかった。

電話が終わると、僕はすぐさまミサトさんに質問した。
「アスカのことですよね?これからどうなるんですか?」
その言葉に対して、ミサトさんは少し躊躇した後
普段僕には見せない、とても真剣な顔つきになり静かに口を開いた。
「ちょっちね‥‥、アスカのビザの期限の更新について私的に問い合わせてみたの。
 アスカから、頼まれたらいつでもできるように、準備しておいた方がいいから‥‥」
僕はそのセリフから、沢山の疑問が頭の中に浮かんだ。
だけど、それを言葉にするにはミサトさんの表情が重すぎた。
扉二枚隔てた向こうでは、今アスカが入浴している。

僕はベットに横たわりながら、初雪によって微かにかすむ夜景を眺めた。
僕の部屋にまで雪が降ってきて、朝になればきっと雪に埋もれているだろう。
それで、僕は目を覚まして僕の上に積もった雪から顔だけ出して、『冷たいな』
と独り言を洩らし、そのまま二度寝する、そこで50時間は眠りたい。

172: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/17(日) 05:34:51 ID:???
一面に張られた窓からはちょうど富士山が見える。
それを、遮るビルは一つも無いほどの高さ。
生活感の無いと表現すべき部屋で生活している男の淹れたレモンティーを口にした。
悔しいくらい美味しかった。

「あの、色々と調べてくれてありがとうございます」
僕はかしこまりながら、今日三度目になるお礼を述べた。
「気にすることは無い、俺は君に借りを作ることが得だと判断しただけの事さ」
僕は加持さんの作成した資料に目を通した。アスカのビザの期限、期限の延長の可否
その問い合わせをした事に対する記録等。全てを頭の中に収めるべくゆっくりと読み込んだ。
セカンドインパクトの影響もあって、ビザの取得や更新が著しく困難なことは知っていた。
だけど、その期限を知らないとアスカが僕の前から突然姿を消すことが起こりうる。
それは僕にとっては、とても嫌な事だけど心の準備が出来ているほうがショックは小さい。

その資料からは、僕が三日前からの一番の疑問は分らなかった。
『なぜミサトさんは、アスカがもっと長く日本に居たいと思っているのだろうか?』
僕は、その疑問を素直にもらした。すると意外な言葉が返ってきた。
「簡単な事さ」そう言いながら煙草に火をつけ、煙を大きく上に吹きかけた後に続けた。
「彼女って、大学生なんだろ?あの年で大学生だっていうのを想像できるかい?」
14才の大学生なんてアスカ以外に僕は知らない。その事を只、頭がいいだけに思い
もっと、根本的なことに頭が回らなかった。
「例えば、君の通う中学校に一人だけ7才の子がいたら、まともに相手にするかい?
 彼女は周りの人間が常に自分より年上という環境で育って、それで人間が成長する
 過程で経験する様々な事がすっぽりと抜け落ちているんだよ」

173: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/17(日) 05:35:59 ID:???
僕は今の言葉を聞くまで、アスカの本質的な性質というものに全く気が付くことが無かった。
いや、気が付いてあげれなかったという方が正確なのかもしれない。実際に、気が付くだけの
判断材料はあった。だけど、それを鈍らせたのはある種の憧れのような感情で
今までアスカの虚像だけを見ていたのかもしれない。
現実のアスカは、人間関係を構築するのがかなり苦手なのかもしれない。元々僕は、アスカが
プライドの高い人間だと思っていたけど、ただ、単に自分から人に歩み寄ることが出来ないだけだとすると
すごく損な性格だ。そして、今は実際にそうなんだと実感する。

アスカが日本の中学校に通うことを、最初不思議に思っていたけど
今となっては、それが配慮なり気遣いだというのが判る。
ミサトさんとアスカの間には僕の知らない絆というものがあるのだろう。
だから、僕はドイツでのアスカがすごく気になった。
「つまり、ドイツには人間関係を築く相手がいないという事ですか?」
「家族、も含めてかい?」と煙草をもみくしゃにしながら言った。
それに答えるよりも先に彼は続けた。
「葛城が留学していたのはハンブルグの大学で、すぐ近くに住んでいたらしい。
 だけど、惣流はミュンヘンの大学に通ってるんだぜ。ハンブルグとミュンヘンじゃ
 日本だと北海道と九州みたいなものだ。こっから先には推測なんだが‥‥」

174: ハル ◆NekokanK8k 2007/06/17(日) 05:37:04 ID:???
僕は加持さんの話を聞いて、アスカの為に自分が出来ることがあればと決意した。
ビザの期限は3月末。国連からの正式な要請があれば期限の延長は出来るらしいが
ミサトさんにはそこまで権限は無い。もし、ミサトさんにその権限があれば
『なりふり構っていられない』と言って公私混同であっても要請はしただろう。
なら、僕は‥‥

僕は2年ぶりに父に手紙を書いた、それだけが僕に出来る全て。
2年前、僕はカヲル君の通う私立の中学を受験したいと父に申し出た。
父からは、『そんな下らないことで連絡するな』と返ってきた。
それ以来、僕は父に対し何も期待しなくなった。
だけど今回諦めると、たぶんもう二度とアスカに会うことが出来なくなるかも
知れないと思った。確かに、アスカの事情を知ってそれでも諦めたら
僕はアスカに顔をあわせることが出来ない。


父上様 お元気ですか?
夕べ杉のこずえに 明るく光る星一つ見つけました‥‥

214: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/07(土) 00:46:22 ID:???
1日が終わり新しい1日が始まる。
1年が終わり、また新しい1年が始まる
そして2学期が終わり、3学期が始まった。
その間の時間は僕にとって、とても短いものだった。
アスカと居られる残り僅かな時間。

最近僕は、授業中に上の空になることが多い。
その授業もどうせ脱線し、セカンドインパクトの話になるんだけど‥‥
ペンをくるくる回して物思いに耽る。
突然授業の真っ最中に、放送で呼び出しが入った。
「鈴原トウジ、鈴原トウジ至急校長室まで」
僕はトウジにアイコンタクトを送った。
『トウジ、また何か悪さでもしたの?』
『いや、今回は心当たりがあらへん』
授業中に呼び出しなんてよっぽどな事なのに
それでも心当たりがないと返された。少し心配になった。
その後、僕はトウジにしつこく問い詰め翌日の放課後
体育館で3バカ会議が開催されることになった。

215: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/07(土) 00:47:53 ID:???
「ワシ‥‥来月からな‥‥」トウジはバスケットボールをついて
ゴールを狙いながら喋り始めた。床に重低音が鳴り響く。
「英国ロイヤルバレエ学校に留学することになったんや‥‥」
ボールはリングに吸い込まれ、ボールと地面の衝突音だけが
1回、2回、3回と少しずつ間隔を短くし僕の耳に入っていった。
トウジは大きな夢を一つ叶えた。と同時に僕らは離れ離れになる。
『おめでとう』と声をかけるべきなのだろうか、と迷っていると先にケンスケが
『おめでとう』と言ったので僕は追随した。
ケンスケの方がトウジとは長い付き合いだ。
本当はケンスケの方がもっと寂しいだろう。
トウジはボールを拾い、元の位置に戻りゴールを狙った。
「ワシ‥‥ホンマ言うとな‥‥ごっつ怖いんや」その手は少し震えていた。
今度はリングにはじき返され、ボールは遠くに跳んでいった。
トウジの期待と不安は肩代わりすることは出来ない、気休めの言葉は掛けられなかった。

この事は三人だけの秘密にした。『漢の約束や!』だってさ。
トウジは他の誰にも告げず、ひっそりとみんなの前から去るのだろうか?

216: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/07(土) 00:50:59 ID:???
翌日の昼休み、僕はアスカに呼び出され音楽室に入った。
そこには、アスカのほかに洞木さんがいて少しもじもじしていた。
アスカは僕の姿を見つけると僕を指差し言い放った。
「シンジ、どうしたらヒカリとあのバレエバカがラブラブになれるか考えるのよ!」
僕は、この言葉を聞くまで洞木さんがトウジの事を好きだなんて全く気が付かなかった。
あの二人はいつもケンカばかりしているような気がしたからだ。
正直、こういうのは当人たちの問題だから回りが騒ぐことでも無い。
でも、アスカだから仕方が無いと思って、諦めて考えることにした。
来月にはバレンタインがあるんだし、と思ったところで重大な事に気が付いた。
その時には、トウジは既に日本には居ない。僕は思わずアッと声が出てしまい
その反応でバレない様にごまかした。しどろもどろになった。
僕は、トウジのお気に入りのトウシューズが破けてしまって、少し落ち込んでいることを伝えた。
「洞木さんって、裁縫とか上手でしょ。直してあげると喜ぶと思うよ!」
「それ、採用!」と何故かアスカが決定してしまった。
そうして、放課後に二人を合わせる手配を取って計画を完成させた。

217: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/07(土) 00:52:34 ID:???
放課後帰宅してから、僕は洞木さんの事を考えた。
多分、トウジは来月から海外だという事を洞木さんに伝えていない。
トウジと洞木さんの状況を僕とアスカに照らし合わせた。アスカが去ることを事前に
知らせてくれなかったら、僕はその人のことを恨むだろう。
そう考えると、僕は洞木さんに酷い事をしたと今になって後悔した。
後悔と慙愧、同情と憐憫が僕の頭を支配した。
そして僕は走り出した。
凍った歩道に何度か脚を取られながらも、走り続けた。
息を切らせながら、僕は教室の扉を開いた。
そこには洞木さんが居て、例の作業に取り掛かっていた。
洞木さんは僕の方を振り返らず、そのままの姿勢で僕に話しかけてきた。
「‥‥分っているの、本当はね。だから、それ以上何も言わないでいいよ。
 だって鈴原、嘘つくの下手だから‥‥」

泣いているのだろうか?
僕はそれ以上、一歩も近づくことは出来なかった。
その場所から、飛行機の便と日時だけを伝えた。
後日、ケンスケに相談し僕たちは見送りに行かないことにした。
『漢の約束』破ってゴメン!

249: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/13(金) 06:32:54 ID:???
「ところでさ、アンタそれ何?」
普段持ち歩かない紙袋の束を指して言った。
「ああ、今日はバレンタインデーだからね」
「何、そのバレンタインデーって?」
「元々はね、女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる日。
 だけど、最近ではね親しい友人とかにも普通にチョコのやり取りがあるし、
 女の子が別の女の子に渡しても特に変な意味とか無いんだよ」
台所を掃除していたとき、僕はアスカが昨日チョコレートを
作っていたんではないかと勘繰っていたので少し落胆した。

「チョコって、クラス全員に渡したりする物なの?」
「まさか、そんなわけ無いよ」
「アンタってさ、紙袋が必要なほど人気者だったっけ?」
失礼な質問だったけど少しなんかホッとした。
「カヲル君ってさ、この辺でも有名な美少年なんだよ。
 昔はカヲル姫って呼ばれてたくらいにさ、で、私立の学校に通ってるだろ。
 それで、皆僕に渡してくれって頼むのさ」僕はそう言ってさらに続けた。
「断るのも大変なんだ。一つ受け取ったら全部受け取らなきゃならなくなるし‥‥」

250: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/13(金) 06:33:54 ID:???
それから、僕は2月14日のチョコレートの流通の仕組みを説明した。
受け取ったチョコは、カヲル君一人では食べられないから
結局僕とミサトさんで分ける事、それをさらに、僕から青葉さんやマヤさんに
送ること、日向さんはミサトさん経由でしか受け取らないこと等。

「他人宛のもらって、うれしかったりすんの?」
「そんなわけ無いよ、僕宛の一度も貰った事無いんだよ。
 『本命』はハードルが高すぎるし『義理』は別の意味で貰えないんだ。
 だってそうだろう、あげてる方なんだから」
僕がそう言うと、アスカは鞄から何かを取り出した。
「アンタも、つくづく果報者ね。初めての相手がこの私だなんて」
「わーぃ、『義理』でも嬉しいや」僕がそう言うと、アスカは鞄で僕を張り倒し
僕は地面にキスをした、埃の味がした。
「『お情け』チョコよ!このバカシンジ」
僕が立ち上がったときには既にアスカの姿は見えなかった。

304: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/18(水) 06:13:54 ID:???
あれから、僕は手紙を書き続けた。
というのも、以前送った父への手紙は依然として返事が来なかったからである。
かれこれもう、20通以上も書いた。いや、ここは敢えて正確に言うと23通だ。
その、23通目を窓口の人に渡した時に、返信が届いていることを伝えられた。
いつもの僕なら既に諦めていたと思う。
『諦めたらそれで終わり』これは、中学受験を断念したときに得た教訓。
その教訓が初めて実ったのだと思う。

その日のうちに、僕は自分の部屋で封筒を開けた。
中には全く予想外の物が入っていた。
航空券と僕名義のパスポート、それとたった一言『来い』とだけ書かれた手紙。
父の所在は僕ですら知らされていない。航空券を見ると香港行きだった。
香港に国連の施設なんてあったのだろうか?と疑問に思ったが案外近いことに少し安堵した。
学校に二、三日休むことを連絡し、出国の準備をした。
あと、料理の出来ない同居人のためにカレーを大量に作っておいた。
ミサトさんは『がんばって』と励ましてくれたけど、アスカは何かそっけなかった。
平日の昼間だから仕方が無いけど、一人で空港に向かうのは少し寂しかった。

305: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/18(水) 06:15:16 ID:???
飛行機に乗ってから僕はとんでもないことに気付いた。
香港のどこに行けば良いのか全く見当が付かないのである。
父からの手紙を何度読み返してみても『来い』としか書かれていない。
空港に父が迎えにきてくれるのだろうか?とも思ったが僕は父の顔を知らない。
僕は飛行機の中でたまらない不安に襲われ2度嘔吐した。

飛行機を降りると直ぐに、黒服を来た2人の男が案内してくれたが、そこからが
まさに地獄だった。さらに、別の便に乗り換えさせられて、どこに向かっているのか
分らないまま少しずつ意識が薄まった。最後に覚えているのは美味しくない機内食だった。
目を覚ますと、どこかの国の国連軍基地のビジタールームという事はすぐに分った。
内装が第三東京にあるのとほとんど同じだったからである。
父はUNフォースの司令という立場にあり、警備上の都合で実の息子である僕にすら
居場所を明かすことは出来ないらしい。
そういう訳で父との対面は、周囲が細心の注意を払っていると感じられる。
まず、ビジタールームにしても窓が無くどういう気候の地域なのかすら分らない。
目を覚ましてから5分位して、さっきの黒服のうち背の低い方が入ってきた。
僕はその男に無言のままついていき、案内された部屋の扉を開けた。
その部屋は異様に広く、しかし中にある備品は机が一つあるのみ。
例えて言うなら、太平洋の孤島。そんな感じの部屋で、窓はあるのに偏光硝子を使っているのか
外の様子は全く見えなかった。
遠くに男が一人、僕はその人に近づいて、そしてよく観察した。

306: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/18(水) 06:16:51 ID:???
父と思われる人物、名は確かゲンドウ、そう、碇ゲンドウ。
背はとても高く、僕を見下ろす視線には色眼鏡越しにも軍人特有の威圧感があった。
10年ぶりの父との再会に感動は無い。父に対する記憶というものがほとんど無かったのも理由だし
この男が本当に父なのかどうか怪しいものである。影武者なのではないかと勘繰ってしまう。
それにしても僕が勝手に思い描いていた父の姿とはかけ離れていた。
現実は得てしてこういうものなのかもしれない。

「久しぶりだな、シンジ」その声は、2年前に電話で聞いたことのある声だった。
「あ‥‥うん、そうだね」
僕は父さんの事なんて、もう覚えていないって、言ってやろうと思ったのに言えなかった。
ここで会話は途切れ、広い空間を静寂が支配して、まるで宇宙空間に放り出されたような
重力と音の無い世界に滞在している感覚になった。
「手紙は全て目を通した」再び言葉を発したのは父の方で、その言葉によってますます喋りにくくなった。
なぜなら、伝えたいことは全て手紙に記しているからである。
「あ、あの、アスカのビザの件お願いします」

「‥‥管轄外だ」

管轄外、そんなことは始めから分っていた。それを承知でお願いしたけど結局は駄目だった。
単なる自己満足なだけかもしれないけど自分に出来る全てをしておきたかっただけなんだ。
これまでの苦労の成果は得られなかったけれど、10年ぶりに父に会えたという別の成果はあった。

307: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/18(水) 06:18:05 ID:???
帰国したときには実に10日も経っていた。パスポートの履歴には17もの国の出入国があったらしい
それも無意識の内に。父と一緒に過した時間は僅か2時間で、一緒に昼食をとったけど会話は無かった。
この2時間のためにアスカと一緒に居られる10日間を犠牲にした。

その10日間の間に日本では色々なことが起こっていた。僕の作ったカレーにミサトさんが独自の味付けを
施して、それによってアスカが体調を崩したこと。学校では僕が失踪したのではないかと話題になっていた事。
そして、なによりアスカの帰国の日取りが確定したこと。
アスカの帰国は最初から覚悟していたこと。それまでの時間をどう過すかが大切なのだと思う。
だから、僕は思い切ってデートの約束を申し出た。

「あのさ、14日一緒にどこか行かない?」
「悪いけど、夕方から用事があるからダメ」台詞以上に語気はとても冷たかった。
その上、アスカは僕と目を合わせようとしなかった。
「あ、でもさ、昼ごろだけで別にいいんだ。今まで2人で一緒に出かけたことなんて無かったし
 バレンタインデーのお返しだってしたいし」
「‥‥ま、お返しとやらは貰ってあげてもいいけど」
「じゃ、12時に駅前で」
そういって、僕は自分の部屋に閉じこもった。

3月14日まであと7日

310: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/18(水) 20:45:31 ID:???
今日という一日の始まり、そして今日という日は‥‥
私は目覚ましよりも20分早く目が覚め、静かにカーテンを開けた。
ビルの隙間から太陽が覗き込んでいる。まだ、目は明るさに慣れていなく
目を細めながら街を見下ろした。街の営みはいつもと変わらず
まるで一年のうち365日がそうであるかの様だった。
決意は、とっくに出来ていた。でも、実際にその日になってみると
緊張で胸が締め付けられる。頭は妙にスッキリしていて冷静なのに
身体はその逆で落ち着いてなんていられない。胃液が逆流しているのが分る。
僅かに希望があるから心が掻き毟られる。
どうせ裏切られるなら、希望なんて無いほうがいい。
どうせ裏切られるなら‥‥‥
こぶしをキュッと握り締め、聞かせる相手は街なのか
太陽なのか、ベランダの植木鉢なのか、独り言をつぶやいた。

「アスカ‥‥いくわよ」

311: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/18(水) 20:46:32 ID:???
最初で最後の二人きりでのデート。
この為に、わざわざ美容室で2時間もかけてセットしてきた。
服装だってあの時以来、封印してたミニのプリーツスカート。
待ち合わせの時間より15分も早くアイツはやって来た。
それよりも早くからアイツを待っていた自分が腹立たしい。
のんきな表情でのんきな挨拶をするバカシンジはもっと腹立たしい。
気合を入れた髪形に気付かないアイツの横っ腹を思いっきり殴ってやった。
『その髪可愛いね』の一言で女の子はどれだけ救われるのかあいつは知らない。
まだ肌寒さの残る春先、公園のベンチでシンジに買わせたクレープを頬張った。
私は一人、考え事をしていて会話の内容もクレープの味も路傍の人。
こんなつまらない女とデートするなんてシンジは不幸な奴だと思う。

ママが他界してから7年、そして父が再婚してから7年。
居心地の悪い家庭から逃れるために、早く大人になるんだと決意してから7年。
それから、私は血の滲む様な努力をした。
おかげで私は同世代の子を蔑む捻じ曲がった性格になった。
あの子達を置き去りにする事でアイデンティティーを保つ私。
ううん、ホントは置き去りにされたのは私の方。日本に来てようやく分った。
皆、自分の大切なモノを持っている。7年前の私の決意はただの『逃げ』だった。
周りの人間が私のことを天才だと騒ぎ立てたのは、賞賛ではなく憐憫だったなんて。
それに気付かなかった私はホントに馬鹿。

312: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/18(水) 20:47:40 ID:???
ねぇシンジィ、ホントはねぇ、もっと日本に居たいよぅ。
アンタもちょっとぐらいは気付いてるんじゃないの?
帰国の日取りは本来より1週間延期した3月14日。つまり、今夜の便。
3月14日になれば、アイツからアタシは、アタシは、欲しいものが貰えると思って
期待してこの日まで延ばした。そんな期待はどうせ裏切られるんだけどさ‥‥‥
あいつの口から『アスカ、行くな』このセリフ、聴けるはず無いって分ってんのに‥‥‥
もし、それが聴ければ、私は航空券をその場で破って、それで、それで

      アタシの全部、アンタにあげる。

ビザは、ミサトに頼めば何とかなるかもしれないし、大学だって何年休学しようとも
人より遅れてなんかいない。そのセリフ何時になったら聴かせてくれるの?
今日って告白にはぴったりの日なんじゃないの?
私は今まで、バカシンジの勇気ある一歩を期待して、そのたびに裏切られてきた。
何度裏切られても、懲りずにまた期待する私。だけどあの馬鹿はまた私を裏切る。
きっとそうに違いない。この無限ループも今日で終わりだけどさ。

313: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/18(水) 20:51:09 ID:???
ねぇシンジィ
私は今、あなたに嘘をついているのよ。
帰国が3月20日だっていうのは、あれ嘘。ホントは今日の便で帰国します。
バッグの中にはパスポートと航空券が入ってます。
だってさぁ、アンタが空港まで来られたら、私ドイツでどう過せばいいの?
私、空港まで見送りに来たアンタの表情を思い出すたび
きっと堪えられずに泣き出しちゃうよ。責任取れないでしょ?
だからアンタは空港まで来ないの。
そして私は二度とアンタのこと思い出さないように努めなければならないの。
あはは、大変なのよ。アンタのことを忘れるのは。アンタはもう私の一部で
アンタのことを膨大な時間で希釈しなければならないの。
既に泣きそうなのよ。わかってんの?バカシンジ!
そして‥‥さようなら。もう二度と会わない私の愛しの人。

時刻は六時を過ぎ、シンジにとってつまらないであろうデートを終えなければ
ならない時間になった。私は、とうとうホワイトデーのプレゼントを貰わずに
空港へ向かう。あの馬鹿、プレゼントすら用意していないとは‥‥‥
どうせ貰っても、ドイツまで持ち込まない覚悟でいたからむしろ好都合ではあったけど。

314: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/18(水) 20:52:23 ID:???
出国手続を済ませ、ハンブルグ行きのボーイング747を待つ。
希望が消滅し、待ち望んでいたはずの絶望はやっぱり辛かった。
『どうやって日本での出来事を忘れるか』という命題は
3月15日から半年前の私に戻ればよいというのが私の出した結論。
そう、明日から私は自称天才、惣流・アスカ・ラングレー。
あんな、冴えない奴は歯牙にも掛けない。
あと、四時間半があの馬鹿のことを考えてられる猶予。
そして、私は半年前の自分に戻すタイムマシンに乗り込んだ。

心の喪失、私の胸にぽっかりと空いた穴。
機内のBGMだけが心に空いた隙間を通り抜けていく。
やがてBGMはシンジがコンテストで演奏したあの曲に変わり
私はひどく混乱した。肩をいからせ涙に堪える、必死だった。
熱い雫が私の頬を伝いスカートへ向けて自由落下。
やがて、ドイツ人のエアホステスがやってきて気分が悪いのかと訊いてきた。
「大丈夫です、ありがとう。ちょっと悲しくなっただけだから」
「そういうこと私にも時々ありますよ。よくわかります」
彼女はそう言って首を振り、私にとても素敵な笑顔をくれた。
涙はいつになったら枯れるのだろうか?

315: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/18(水) 20:53:41 ID:???
ようやく涙が乾いた頃に、さっきのエアホステスがやってきて
封筒を差し出し、私に話しかけてきた。
「碇 シンジ様より。預かっております」
私宛の手紙だった。涙が枯れたはずの瞳がまた熱くなった。
私はそれを乱暴に奪い取り、そしてはっと気付いて謝った。
「ゴ、ゴメンナサイ、取り乱していました」
「いいのよ、それ、大切な人からのでしょ?
 時間はたっぷりあるから、落ち着いたら読めばいいと思うわ」
彼女はハンカチをそっと私の膝の上に置き、もといた場所に去っていった。

封も開けられず、封筒との睨めっこが暫く続いた。中にカードのような物が入っている
なんだろうか。中を開けて確かめたい好奇心よりも、待ち望んでいたはずの絶望が確定する
恐怖感の方が強い。ちょっとの勇気じゃ開けられそうに無い。
それでも封筒を開け、中の手紙を取り出した。そして、読みやすい場所に置いた。
あとは、目を開けるだけ。それが‥‥出来ない‥‥

316: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/18(水) 20:54:46 ID:???
決意し目を開けた。漢字にはルビが振ってあるのがすぐに目に映る。
‥‥‥コワイ

あなたが、この手紙を読んでいるのは、ちょうど空の上でしょう。
僕はあなたに伝えないといけないことがたくさんあります。
何から伝えればよいか迷ってしまうので、結論から伝えます。
僕の本心はアスカにドイツに帰ってほしくない。だけど、アスカは
日本に留まるより、ドイツに帰ったほうが良いと思います。

ここまで読んで、私は手紙をしまいたくなった。本心だけを素直に
伝えられないアイツはお人好し。アタシの全部はアンタの物なのに‥‥
私にとって、続きを読むにはあの苦いブラックコーヒーが必要だった。
さっきの人を呼んでコーヒーを注文。熱くて苦いその液体を喉に通して
もっと苦い文章と戦闘再開。

僕はアスカがもっと長く、日本に居たい事を知っています。
そして、ボクもずっとアスカといっしょに居たい。それで、ボクは
アスカのビザの、期限の延期が出来るかどうかミサトさんに聞きました。
でも、ミサトさんの権限じゃそれは不可能だって知りました。
そのころから、ボクは父に手紙を書くようになりました。
その後、ボクは父に会いに日本を出国しました。
父に頼んだけれど、管轄外だと言われました。

317: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/18(水) 20:56:09 ID:???
‥‥‥アイツ、私の為に。
シンジの居ない一週間はとても調子の狂うものだった。
その後、私はアイツに対してつらくあたったのを思い出す。
私をほったらかした罰、そう心に決めて接していた。
だけど、シンジの今までの行動が全部私のためだったなんて思いもよらなかった。
ミサトに頼めばビザは何とかなると思い込んで、のんきにアイツの一言を待っていた私。
『ホントに馬鹿ね、私って』
手紙は所々、涙で滲み読みにくくなってきた。
少し冷めたコーヒーを一口、手紙を捲り2枚目に目を移す。

つまり、アスカがビザの期限を無視しても強制送還されるって事が分りました。
だから、ボクはアスカに帰らないでほしいと伝えないことを決心しました。
僕はトウジが出国してから、元気の無い洞木さんを見てると
切ない気持ちが伝わってきます。ボクもこういう気持ちを味わうのかと思うと切なくなりました。

気丈に振舞うヒカリの空元気には、私も正直どう接してよいか分らなくなる。
友達と呼べる存在が誰一人いないドイツに帰らなければならない私は、一人だけ不幸な存在だと
思い込んでいたけど決してそんなことはない。
皆、辛い事を抱えて大人になっていくんだ。

318: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/18(水) 20:57:39 ID:???
僕は大切な人と合えなくなる辛さを理解しました。だから、僕は
自分の出来ることがあれば、全力でこの状況に立ち向かおうと思います。
さて、遅れてしまったけどホワイトデーのプレゼントを同封します。

プレゼントの一言に私の胸は高鳴った。
心臓が百個くらいあって、そのうち二、三個口から出そうな勢いだ。
期待すればそのたびに裏切られて、何度裏切られても学習せずにまた期待して
そんな自分がつくづく厭になった、だけど今回は、今回だけは私の欲しいものが
入っていると思う。あのカードのような物が私の幸せの扉の鍵だと確信する。
普通の読解力をもってすれば絶対にそうだ。まして、私は天才。
確信はしているのに、大きく深呼吸してからでないと、この先は読むことは出来ない。
私は呼吸を整え、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干した。

父が罪滅ぼしだと言って、用意してくれたミュンヘンのアパート
そのカードキーが入っています。僕は手続が済み次第そちらに行こうと思います。
もし、嫌でしたらなるべく早く送り返してください。

319: ハル ◆NekokanK8k 2007/07/18(水) 20:58:53 ID:???
やっぱり、シンジはつくづく不幸な奴。
ドイツまで来たら逃げらんなくなるのよ、わかってんの?バカシンジ!
ようやく手にした宝物に私はキスをした。そして、大切に仕舞い手紙の続きを読む。
もう、ドキドキしながら読む必要は無いのに、それでも心臓の鼓動は勢いを緩めない。

少し早いんだけど、僕から提案があります。3年後の6月6日に日本人になりませんか?
あと、最後にプレゼント、1週間も遅れてしまってゴメンナサイ。
僕は最近、大切なものを大切な日に渡せていませんね。

不意打ちよ!
ズルイ、ズルイ、ズルすぎる!
アタシの全部アンタに奪われちゃったじゃない。
私を空っぽにした責任、ちゃんと取って頂戴ね。
私は最後の一行が気になって腕に巻かれたカルティエを見た。
短いほうの針が、ちょっとだけ左の方にお辞儀していた。


「バカ‥‥間に合ってるじゃないの」


                               終    劇







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