718: 自棄酒 04/10/15 09:01:48 ID:???
1
「自棄酒」というやつをしてみた。

「中学生にアルコールなんて」って、同居人のバカは止めるだろうけど。
あたしは、知ってるんだから。
あいつだって、こっそりミサトのビールを飲んだりしてるのよ。

あたしが一度に飲む量は、だいたい夕食に付くグラス半分ほどのワイン。
それは、いいことがあったときのドイツ支部での恒例だったけど。

今日は「自棄酒」なんだから、一本ワインを買ってきた。

赤がよかったんだけど、気に入ったのが見つからなくて。
淡いピンクが綺麗な、ロゼにした。

甘い香りの、透きとったお酒。
グラスを覗けば、世界は薔薇色。
ラ・ヴィアン・ローズ。

ばかみたい。
世の中が、そんなにいいもののわけないじゃない。

719: 自棄酒 04/10/15 09:02:36 ID:???
2
使徒が町を壊すから、道路は穴だらけ。
昨日雨が降ったせいで、あたしの靴下には泥が跳ねた茶色いしみ。
英語の教師は、あたしが発音を注意したのをまだ根に持ってる。
漢文を英語訳しろなんて、頭沸いてんじゃないの。
ばかシンジはお弁当にお箸忘れるし。
購買で買った牛乳には、ストローがついてない。
シンクロテストも、少し悪かった。
少しだけ、だけど。
ファーストは、あいかわらず。
シンジは…。
シンジは、少し良くなってた。
まだまだあたしには敵わないけど、なんだかもやもやする。

こんな気持ちは嫌い。


720: 自棄酒 04/10/15 09:03:36 ID:???
3
お酒を飲んだら、気分が晴れるかと思ったのに。
ミサトの嘘つき。
なにが、「浮世の憂さを忘れるのよ~ん」よ。

あー、もー、やだやだ。
ばかシンジ、鈍感、にぶちん、わからずや。
なんで、あたしより先にファーストに声かけるのよ。
あんたと一緒のうちに住んでるのは、あ・た・し。
せっかく待っててあげたのに!
なんでファーストと帰っちゃうわけ?

ふわふわしてきたから、居間にころがる。
自分の部屋に帰るのが、なんだかめんどくさい。
もういいや、寝ちゃえ。
目を瞑ったら、すぐに意識が沈んでいった。

721: 自棄酒 04/10/15 09:05:36 ID:???
4
部屋が明るくなって、目が覚めた。
あたし、昨日カーテン閉め忘れたんだっけ?

なんだか体のあちこちが痛い。
口の中もべたべたするし。
すん、と鼻を鳴らせばお酒の匂い。

ミサト?…じゃなくて、あたしだ。
昨日、酔っぱらってあのまま寝ちゃったんだ。

体が痛いのは、床で寝たから。
肩にはブランケットが掛かっていたから、寒くはない。
これ、掛けてくれたのはシンジなのかな?
あいつ、こんな床で寝てるあたしを見て、どう思ったんだろ?
というか、なんで起こしてくれないのよ?
ベットに運んで欲しいなんて、…そこまでは言わないけど。
シンジだし。

722: 自棄酒 04/10/15 09:07:21 ID:???
5
女の子を床に寝かせておいて、自分だけベットで寝るっていうのはどうよ?
あたしは自分を棚に上げて、シンジを怒ってみる。
自分一人しか居ないのに、それでも素直になれないなんて。
あたしも相当ひねくれものだ。
「自棄酒」も体験したし、このままグレチャウってのもいいかも。
そしたら、シンジはどう思うかしら。

くしっ。

ばかげた空想は、背中越しの小さなくしゃみで吹き飛ぶ。

そっと振り返ったら、シンジがとなりで寝てた。

………うそ。

725: 自棄酒 04/10/15 16:50:43 ID:???
6
あたしの服は、昨日と同じ。
シンジも…、シンジも同じだ。
良かった。

急に暑くなったような気がする。
今頃、酔いが回ってきたのかしら?
もう、朝なのに。

どきどきするのはお酒のせいにして、近くにあるシンジの顔を覗き込む。
あ、まつげが長い。
産毛が金色。
髭は、ないわね。
こんなにシンジの顔を傍で見るのは、初めてだ。
寝ている顔は、結構整っていて女の子みたい。
よく見ようと、もう少しだけ近づく。

唇が、ピンク、だ。

726: 自棄酒 04/10/15 16:51:15 ID:???
7
あたしは、まだ酔ってる。
あの、薔薇色のワインのせいで。

ラ・ヴィアン・ローズ。
ワインは、甘かった。

目の前のピンクは、どんな味?

くぅくぅいってる、シンジの鼻息がくすぐったい。

これは、味見。

だから、いいよね?


727: 自棄酒 04/10/15 19:44:53 ID:???
8
目標捕捉。
角度OK。

…あと、少し。


へぷしっ。


きゃぁ。
悲鳴は根性で飲み込んで、あたしはちょっと仰け反った。

シンジのバカ。

728: 自棄酒 04/10/15 19:47:23 ID:???
9
ムードだいなし、ってシンジは寝てるだけなんだけど。
この鼻息が駄目なのよ。
相変わらずくぅくぅと暢気そうにいうのも、腹が立つ。
鼻、つまんでやろうかしら?
八つ当たりだとわかっていても、なんだか気が治まらない。

再度、あたしはシンジに手を伸ばした。

触れる寸前、シンジは小さく震えると手足をきゅっと引き寄せる。

起きたのかと思ったけど、また、くぅくぅといいだす。
仕方ないからブランケットを掛けなおしてあげようとして、あたしは気づいた。

…あたしの肩に掛かってるのは、このブランケットはシンジのもの。
なのに…。
あたしは全身包まれているのに、シンジの背中は毛布と床の間に隙間が開いている。

ばか、シンジ。

女心なんて、さっぱりわからない鈍感大王のくせに。
どうして、こういうところだけ。

…優しいの。

729: 自棄酒 04/10/15 19:51:22 ID:???
10
シンジを起こさないようにもう一度寝転んで、時計を確認する。
AM06:07
まだ、時間はある。

あたしの眠りを妨げないよう気遣って、空けてくれた二人の隙間。
シンジの背中。

だから、許してあげる。
シンジが鈍感なのは、いつものこと。
優しさが、少しだけ、まわり道なことも。

だから、目が覚めたら、あたしに一番に声を掛けて。
誰よりも、先に。
「おはよう」って言ってくれたら、全部許してあげる。

隙間が出来ないようにぴったりと寄り添って、目をつぶる。
次は、シンジの声で目覚めたい。
その時は、あたしの一番もシンジにあげるから。

カーテンの隙間から差し込む光のせいで、閉じた瞼の裏は薔薇色だった。

      fin





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