593: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 05/03/17 18:47:16 ID:???
引越し狂想曲
 
1・前夜  

引越しのための大掃除を敢行中。
シンジの部屋からアタシの写真を大量に発見した。
とりあえず、全て没収。

「ア、ア、アスカ。こっこれは」

写真の中のアタシの目線はあっち向き。
あからさまに盗撮だった。
誰が撮ったかは何となくわかったけど、ムカつくので火をつけてやる。
ちろちろと小さな炎を上げて、写真の中のアタシが焦げていく。

がっくりと肩を落としたシンジが、小声で呟く。

「…ひどいよー。僕のおかず」

聞こえているって言うの。 まったく、シンジのバカ。
目の前に本物がいるのに、どうしてオカズが必要なのよ?

「え? あー、アスカはご飯?」

ホント、バカなんだから。

594: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 05/03/17 18:48:05 ID:???
2・当日朝

シンジもアタシも、引越しの荷物を片付けるための休みは一日しか取れなかった。

だから時間を無駄にしないために、分刻みでタイムスケジュールをつくって進める。
効率をよくするためにも作業を分担し、時には協力することで時間短縮を目指す。
今まで共に過ごした時間は伊達ではないから、相手の呼吸は大体わかっているけど、
これから先もずっとこうして二人でやっていく為には、お互いを尊重しあうことも大切。
一緒に一つのことに取り組むことで、アタシ達は絆を深めてきたんだし。

予定を立て終えて、意見の一致を見たところで食事の準備。
「腹が減っては戦はできぬ」って言うものね。
冷蔵庫は運び出すために電源を抜いてしまったけど、炊飯器だけは稼動中。

その白いご飯で、シンジがおにぎりを握ってくれる。
昼食の分も合わせて作り、炊飯器を空にする。
量産されるおにぎりの具は、一種類。うめぼし、だけ。
でも、美味しさはアタシの保証付き。

次々に作り出される形良くまん丸な握り飯の、………リレー。
それはシンジの手を離れて、順次アタシのお腹の中に納まっていく。

「これも一つの共同作業よね」

「もう、アスカ! つまみ食いはやめてってば」

595: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 05/03/17 18:48:56 ID:???
3・夜

粗方片付け終わったところで時計を見たら、一日が終わりかけていた。
明日もお仕事があるので、慌ててお風呂に入る。
どちらかが先に入ったら待っている方が眠ってしまいそうなので、二人で。

一緒にお風呂に入るのは、少し、いや、かなり好き。

体についた古傷に、慈しむ様に触れてくれるシンジの指が気持ちいい。
ついた傷の経緯を自慢しあうなんて男の子同士みたいだとも思うけど、
アタシはシンジの傷の全部を知りたいし、シンジにもアタシの傷を知ってほしい。

傷痕は消せるものもあるだろうけど、これを消さないのはアタシの戒め。

幼くて弱くて、失ったものばかりを数える苦しい記憶。
でも、あの時苦しんだのはアタシ達だけじゃない。
時間の経過に痛みは薄れていくけど、大切な人たちの思い出まで失くさないように。
辛くても悲しくても。あれは偽りなく、アタシ達自身が選択し辿った道だということも。
そして、それはシンジもきっと同じ。
アタシの右腕に触れる時、彼はとても厳かで、悲しいほどに優しい。
過去も傷も全部合わせて今の自分達がいることを、アタシもシンジも忘れない。
これから先も、全て背負って歩いていく。

お風呂から上がってパジャマに着替えたら、髪を乾かして寝室へ。
ドアを開けたらベットの端っこに、ホットミルクを用意して、シンジが待っていてくれた。

「おやすみ」の代わりに一つだけ、言い忘れていたことを実行する。
日本人の様式美に則って、三つ指ついて言ってやった。

「不束者ですが、これから末永くよろしくお願いします」       終







566: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 05/03/15 12:44:14 ID:???
無題

料理はあまり好きではない
好きではないけれど、それはそれで構わないのではないかと思っていた
必要に応じて身につけただけのスキルでしかないし
誰かに認められることなどを気にする必要もなかった

預けられていた家で
静かに勉強ができるようにと作ってもらった離れの小部屋には、簡易キッチンがついていて
そこで自分のためだけに食事を作っていた
美味しいとか不味いなんて考えたこともなくて、ただ腹を満たせればいいくらいに考えて
火を通さずに食べた物のせいでお腹を壊して、「痛い」と言い出せないまま独り蹲るしかない
そんなのは嫌だったっていうだけの話

僕の料理は
自分のためにしか作った事がないから見た目は悪いし、味もたぶんあまり美味しくない
味の参考にするものは、給食以外なかったから
それに何度も失敗を繰り返して、でも失敗作を捨てるわけにもいかなく
変な味がしてても、食べていた
体さえ壊さなければ、僕としては問題はなかったわけだから

567: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 05/03/15 12:45:36 ID:???
なのに、彼女が
僕の作ったものを食べてくれた

こねて丸めて作っただけのハンバーグを、最後まで、食べてくれたから

些細な我儘は言うくせに
味にだって煩いくせに

最後のひとかけらまで口に入れて、アスカが「ごちそうさま」と言ったのを
僕は信じられない思いで見ていた

彼女は、味に対して容赦ないと思っていた
ネルフの食堂でミサトさんを相手に、新しくできたお店の批評なんかをしてる姿を知っている
学校の教室で、洞木さんと雑誌を見ながら外国の星のついたレストランについて話していたのも

食べたくなかったら、残すことが普通だ
ダイエットとかいろいろ、女の子には言い訳のしようがある
「不味いから」と言われたって、事実だったらどうしようもない

でも、アスカは、僕の作った食事を残さなかった
当番だからと、残されても仕方がないと思いながら出した食事を
一口食べて「口に合わない」と言って、レストランで料理をさげさせたこともある彼女が

僕の出したメニューを完食した

それから何度も僕の当番は回ってきたけれど、アスカが僕の料理を残したことはない

568: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 05/03/15 12:46:39 ID:???

だから、つい
そう、あまりにいたたまれなくて
僕は料理の本なんかを買ってしまった

僕の作った下手くそなご飯を、アスカが「美味しい」なんて言って食べるから…

『下ごしらえ』なんて、考えもしなかった面倒な手順を踏んで
知らなかった言葉や技術をを覚えて
適当な大きさに切って火を通していただけのそれを、ちゃんとした形にする為に学んでいく

ああ、もう、僕は何をやっているんだろうな

だけど仕方ないじゃないか
あんなものを出しても、全部食べてくれる彼女に
笑ってくれる彼女に
もっと美味しいものを食べさせてあげたいと、思ってしまったんだから

…最近、僕はわかったことがある

料理は愛情だ
                             
                         終





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