210: Recherche le chat perdu 05/02/22 11:07:51 ID:???

「うーーーーーん!」


空に高々と手を掲げ伸びをする


あきれ返るほどの青空が広がる


春がすぐそこまで近づいている


そんなことを感じさせる穏やかな一日だった


来日した当初は灼熱地獄と形容するのがふさわしかったのに最近は随分と様変わりしている
サードインパクトによる影響で再び地軸が傾き
セカンドインパクト以前の状態に戻りつつあるという
いずれ、季節が完全に元に戻ることだろう


こんな天気のいい日にまっすぐウチに帰るなんてもったいない

今日はあの場所に行こうかな?

以前、今日みたいな天気のいい日に散歩に出かけたときに見つけたアタシのお気に入りの場所

アタシだって、たまには一人になりたい時ぐらいある、そんな時に向かうアタシだけの場所

シンジにだって教えてない

211: Recherche le chat perdu 05/02/22 11:09:28 ID:???

その場所に向かう道すがら思いを馳せる

昔の日本の人たちは春という季節をもっとも愛したという

鈍色をした冬の空の陰鬱とした雰囲気が去り

草花が芽吹き、

桜が咲き、小鳥たちが飛び交うさまはさぞ美しいことだろう

以前、大昔のニュース映像だかなんだかで見たことがあるそんな春の様子は今でもアタシの記憶に
つよく残っている


そんなとき、ふと、アイツの顔が浮かんできた
アイツと過ごしていると柔らかな時間を感じられる
春ってそんな感じかな?と一人ごちてみる


取りとめのない考えに埋没しているといつもの空き地に到着していた


「さて、あいつはいるかな?」
とアタシは、いつもここで同じときを過ごす仲間を探した

「おっ、いたいた」
いつもどおりに“ソイツ”はアタシの足元に擦り寄ってくる
アタシはそっと“ソイツ”の背中に手を沿わせる

アタシは鞄に忍び込ませておいたキャットフードを取り出し
そっと“ソイツ”の前に差し出した

212: Recherche le chat perdu 05/02/22 11:11:06 ID:???

初めて出会ったときは随分みずぼらしく見えた、だのになぜかアタシは引きつけられた
アタシは、持っていたタオルで拭いてやると思ったよりふわりとした綺麗な毛並みの猫だったことに
気付いた
捨て猫だろうか?
紋様を見ると雑種の猫なのだろう

最初は連れて帰ろうかとも思ったが
誰かに捨てられて、いまさら人間に優しくされるのも真っ平御免だろうと
そのままにしておいた
今ではこうして、時々会いに来るぐらいだ
今日みたいな天気のいい日を一緒に過ごすには最高のパートナー




何をするでもなくアタシは“ソイツ”とまどろみにたゆたう
こんな優しい気持ちになれる自分を少し誇らしく思いながら

そんなとき、ふと誰かが近寄ってくる気配を感じた
アタシは思わず物陰に身を隠す

エヴァのパイロットとしてこれまで軍事教練を始めさまざまな訓練を重ねて身についた習性
こんなときにでも無意識に現れるそれに苦笑を禁じえない
この習性は生涯、消え去ることはないだろう

思えばこの10年、エヴァだけに身を捧げてきたという事実に驚きの感情を覚える
エヴァがなければアタシはどうなっていたのだろうか?
普通に生活をして、普通に恋をして、ごく普通の人生を送っていたのだろうか?
そんな風に考えないわけでもない
それでも、いまの生活でいいやと思えるようになったのは成長の証か
そんなことを考えながら待つ

213: Recherche le chat perdu 05/02/22 11:14:25 ID:???



前言撤回、軍事教練、受けてて良かった


アタシの眼前に現れた人物の姿に驚きを覚える
同居人、戦友、クラスメート、ケンカ相手、パートナー
といくら羅列しても物足りないくらいアタシにとってかけがえの無い他人、


碇シンジ


初めて出会ったときは冴えないやつだとおもった
けれども、同じ時間を過ごすうちにいろんな顔を見せてくれた
怒ったシンジ、拗ねるシンジ、楽しそうに笑うシンジ、優しい眼差しでアタシを見守るシンジ
そんなシンジにどんどん魅かれていく自分の心境の変化に戸惑ったりもした
いまでは、ただ自分の感情を持て余していただけだったことに気付く



214: Recherche le chat perdu 05/02/22 11:17:54 ID:???

どうしてココにいるのだろう?
アタシのこと、捜しに来たのだろうか?

なんだか迷子になった子供を捜しているみたいで
これでは保護者と子供だ
アイツはアタシの思いを理解しているのだろうか?

でも、心配されるのはイヤな気分じゃない

むしろ、嬉しい、ううん、ちょっとくすぐったい気分だ
とくにアイツはエヴァのパイロットじゃないアタシを心配してくれていると思うと
必要にされてるんだなって感じる

エヴァのパイロットだったときも心配してくれた人たちはいた
でも、その人たちはエヴァのパイロットとしてのアタシを心配していたんだ
いま思うと、彼らが放つ無言のプレッシャーに急かされていたのだろう
これまでのアタシは人生を駆け足で走り抜けていた
もちろん後悔なんてしていない
いまでは、それもアタシの一部なんだと気付かせてくれたのはいま目の前できょろきょろと
誰かを探す様子のアイツ


お~い、アタシはここだぞ

早く見つけなさいよね


そんなことを考えて物陰から息を潜めてアイツの様子を見ていると、どうも様子がおかしい
アタシを探しに来たわけではないのだろうか?
それでは何をしにこんなところまでやって来たのだろう?

215: Recherche le chat perdu 05/02/22 11:18:39 ID:???


何かに気付いた様子でアイツはさっきまでアタシがいた場所に駆け寄る
シンジは“ソイツ”に近づくとさっき、アタシがしたみたいに“ソイツ”の背中を
とても愛おしそうに撫でる

いつもココに来ているのだろうか?
随分、手馴れているように思えるし、“ソイツ”も随分なついているように見える

「あれ?今日は、先に誰か来てたの?」
と“ソイツ”に語りかけるシンジ
「せっかく、エサ持ってきたのに無駄になっちゃったな…」

216: Recherche le chat perdu 05/02/22 11:19:45 ID:???

シンジもここに来てたんだ…
そういえば、アタシが来ると時々、“ソイツ”は誰かがあげたエサを食べていたことを思い出す
そのときは特異な人間もいるものだと思った
こんな場所にやって来るなんてよほどの変わり者だろう
そんな風に思っていた
まさか、それがシンジだったなんて思ってもみなかった


ユニゾン特訓の影響が残っているのだろうか?
それとも、元々似たもの同士だったのだろうか?
おそらくはその両方だろう
シンジと同じ感覚を、再び味わえたことに、アタシは感動すら覚える
あのユニゾン特訓がなければアイツの心に触れるなんてことは無かったのかもしれない
あのユニゾン特訓がなければ誰かと心を重ね合わせるなんてことは無かったのかもしれない
いつかは自然に思いを重ね合わせることができるようになるのだろうか?
そんなことを思う


またひとつ、新しく発見したシンジとの絆をかみ締めていたアタシに近寄る影ひとつ

217: Recherche le chat perdu 05/02/22 11:24:23 ID:???

にゃ?

「ん?どうしたの?」

トトトトッ

「誰か…いるの?」

にゃあ~

「アスカ…………」


「あ……は、見つかっちゃった………」

「どうして…、ここに…?」

「それは…、アタシのセリフよ…、
アタシのほうが先にいたんだからね、アンタこそなんでこんなとこにいんのよ?」

「…僕は、なんとなく足が向いて……、それに、コイツにも当分会ってなかったし
どうしてるのかなって思ってさ」

「そうなの……………………………」

「うん………」

218: Recherche le chat perdu 05/02/22 11:28:34 ID:???

「ここにはよく来るの?」

「たまに……かな?今日みたいに天気のいい日は、なんとなくここでコイツと過ごしたくなるんだ」

「そうなんだ………、随分なついてるみたいね、 でも、アンタ………、この子、連れて帰ろうとか思わなかったの?」
とアタシは足元にまとわりつく“ソイツ”に手を差し伸べながら聞いてみた

「…うん、なんとなくさ、コイツにだって何か事情があってこうしてるんじゃないかなって…」
「それに、コイツ見たところ、捨て猫だろ? 今さらこっちの都合で縛り付けるのも迷惑かなって思ってさ………」

そう恥ずかしそうにつぶやくシンジの言葉に、アタシは息をのむ

どうしてコイツはこうもアタシの心を揺さぶるのだろう?

コイツに出会って以来、どうにも涙もろくなったように思う

それまで、アタシは泣かないって決めてたのに

悲しいことがあっても押さえつけて、なんでもないんだって自分に言い聞かせて
それでも心の中では悲鳴をあげていた

そんなアタシを変えたのは目の前で呆けたような顔をしているコイツだ
コイツに出会って以来、アタシは感情の発露に歯止めがきかなくなってしまった
思わず涙があふれそうになる

そんなとき、不意にシンジが声を掛けてくる
「アスカ? どうかした?」

「ううん、なんでもない」
アタシは僅かに浮かんだ涙のしずくをそっと拭う

219: Recherche le chat perdu 05/02/22 11:29:42 ID:???
アタシとシンジはじっと“ソイツ”の様子を見守る
「なんかいい感じだよね…」

「そうね…」

「ずっと、こんな日がずっと続けばいいね…」

「ホント、そうね…」



日が傾き始めた頃

「さぁて、そろそろ帰ろっか? アタシたちの家に」

そうアタシは声を掛ける

「もうアタシ、お腹空いちゃった」

「はいはい、まったくアスカらしいや」
といつもの優しい笑顔で答えるシンジ

「じゃ、元気でね」
とアタシはこの世界で新しい発見をもたらしてくれた“ソイツ”に別れを告げる

220: Recherche le chat perdu 05/02/22 11:31:14 ID:???


「ねぇ、シンジ、今日の夕ご飯はなに?」

「うん?今日はカレーにでもしようかなと思ってるんだけど…」

「えー、アタシ、ハンバーグがいいなぁ」

「えっ、でも、先週もしたじゃない」

「好きなんだからいいじゃん!」
とアタシは秘めたる思いをのせて宣言する

「もう、しょうがないなぁ、分かったよ」
そう苦笑いを浮かべて答えるシンジ


ねぇ、ホントに分かってる?
待ってるんだからね、アタシは


いつか、ね

いつか、きっと

ね、バカシンジ


a la fin

221: Recherche le chat perdu 05/02/22 11:35:44 ID:???
あとがき

以上で終りです。まあ、オチも告白もありません
最初は無理にでも告白させようかなとも思いましたが、あえてさせないのもワザかなと
マターリしていただければ幸いです。では忌憚のないご意見お待ちしております。
最後に一言、猫大好き




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