570: ◆arkg2VoR.2 2005/06/18(土) 18:50:52 ID:???
鬱陶しい雨模様から解放されたかのように、空はどこまでも澄み切って
わずかながらの白い雲を点々と在しながら突き抜けた青さを見せびらかしていた。

一人の少年がそんな空を見上げ、ただならぬ決意を固めるにはそう時間はかからなかった。

幾日も雨が続いた事は山盛りの洗濯物が証明している。
少年はそれらを思い返しながら今日という日を有効に活用する計画を独りごちた。

「よし、今日は思いきり洗濯をしよう、このままじゃどうしようもないしな…」

ベランダから空を見上げブツブツこぼす少年に亜麻色の髪をなびかせた少女が快活な声で話し掛ける。

「なあに空見てブツブツ云ってんのよシンジい、晴れたのがそんなにイヤなの?」

少年の名は碇シンジ。
少女の名は惣流・アスカ・ラングレー。

―――――――――――――
 洗濯機なら僕にまかせて 
―――――――――――――

長椅子に座るシンジの横にアスカはちょこんと腰を降ろし、鳴り響く鐘のような声をあげた。

「アンタ何ぼんやりしてんのよ?せっかくの快晴なんだからちったあ明るい顔しなさいよ!」
「…う、うん…ちょっと考え事してたから」
「まったく辛気くさいわねえーそんなんじゃ女にモテないわよ?!」
「…別にモテたいなんて思った事ないよ、それにこれがいつもの顔なんだから…」

年上の女性に好かれそうな表情のまま考えに没入するシンジに対し、
眩しいほどの陽性を誇示しながらアスカは言葉の鐘を鳴りやませない。

571: ◆arkg2VoR.2 2005/06/18(土) 18:52:08 ID:???
「あーあ、そんなんだからいつまでたっても加持さんみたく大人な男になれないのよ。
 ちょっとでも気が利くならこのアスカ様を伴って、今日はどっかで遊ばない?
 なんて誘い文句の一つや二つ云ってくれるはずなのになー。」
「…ご、ごめん…けど今日はやる事があるんだ。せっかくの休みなんだし…」
「だあかあらあ!こんな晴れた休日に美少女とデートできたら最高でしょ?って云ってんのよ!」
「…こんな晴れた日だから、今日は洗濯しなきゃと思ったんだ…」
「ああんたあヴァカア?!冗談じゃないわよ!何でそんな事に休日を費やさなきゃいけないワケえ?!」

火事場の半鐘みたくマンション中に響く声にシンジは最早焼け跡のように燻るしかなかった。

「…あんなにたまってるし…部屋干ししたのも匂いが気になるし…天日で乾かした方がちゃんと乾くし…」
「だったらあ!アンタ一人でやりなさい!アタシはまっぴらゴメンよ、なんで洗濯なんかしち面倒くさい。」

圧倒的に我侭を押し付けるアスカにシンジは少し気分を害したのか、
あるいはその洗濯物を目一杯出してるのは誰なんだよと文句の一つも浮かんだのか、
少し意地悪そうな顔を浮かべて尋ね返した。

「…僕一人でアスカの下着も洗えって云うの?」
「な…何云ってんのよ!アタシの分はアタシがやるわよ!ハハ~ンもしかして変な魂胆があるんでしょ~」
「へ、変な魂胆って何だよ!僕はアスカだって女の子なんだからそういうのに気をつかって」
「まあいいわよ!とにかくそうと決めたらちゃっちゃとやるわよ!
 その代わり、早く終えて遊びに連れてってもらうからいいわね!」
「…はいはい…結局出かけるんだね…」

572: ◆arkg2VoR.2 2005/06/18(土) 18:52:49 ID:???
ベランダを出て二人は洗濯機の前にそれぞれ陣取った。
下着・普段着・ウールと種類別に各々の洗濯物を選り分けたが、

手慣れたシンジが次々と洗い物を分別していくのに対し、
アスカは毛糸玉にじゃれる子猫のようにただ格闘するだけだった。

一足早く整理を終えたシンジは、
自分の事は自分でやると宣言し、
且つ他者の言を介したくない強固なA.T.フィールドを張り巡らせて
まだ格闘しているアスカを手伝いたいと思ったが、

この状況では何を云っても拒絶されるだけだなと溜息をつき、
自分の下着をまとめて洗濯機の中に投げ込んだ。

時計の針が半分回った頃、アスカはようやく洗濯物をまとめあげたが、
すでにシンジのそれが入ってる事にひどく嫌悪感を覚えた。

「ちょっと…なんでアタシのをアンタのと一緒に洗うワケ?」
「だって一度に洗った方が時間も洗剤も節約できるんだよ、そうしないと」
「アタシはイヤよ、別々に洗って。アンタのパンツと一緒なんてキモチワルイ」
「そんな事云ったって…同じものを二回に分けると無駄が多いんだから、
 それに手際よく洗わないとせっかくの晴れ間が勿体ないよ、さっさと…」

云いかけてシンジは気がついた、目の前には今にも眼を三角にしようとするアスカの顔、
こんな時は何を云っても無駄なのだ、恐らく口から飛び出すのはナイフのような鋭い罵声。

処世と云う訳ではないが、こうした状況をいち早く察知して折れた方が身の為であり、
アスカとの関係を円滑にしておくにはそうするしかなかった。

573: ◆arkg2VoR.2 2005/06/18(土) 18:53:30 ID:???
「とにかく、一緒に洗うのは絶対イーヤ、特に下着だけはヤメテ」
「そんなあ…汚れてるんだから一緒に入れたって何の問題もないじゃないか」
「その汚れが気になるのよ!アンタだって男の子でしょ!何が付いてんだかわかんないじゃない…」

汚物扱いされて黙ってる人間がいるだろうか、
いくらシンジと云えども少しだけ心の導火線に火が着いた。

「…じゃあアスカは何も汚れてないって云うの?女の子だから?」
云い終わってからシンジはしまったと思った。
純粋な発言だが、アスカのスイッチをONにさせるには十分すぎる文句だったからだ。

「ななな何云ってんのよエッチ痴漢バカヘンタイ!もお信じらんないサイテー!」
「もういいよ!わかったよ!洗濯なら僕にまかせてよ!…アスカに手伝わせた僕が間違っていたよ…」

思いつく限りの文句を並べれば誰と誰であろうと売り言葉に買い言葉、
おまけに常日頃弱腰なシンジではアスカの罵詈雑言にかなう術はない。

せいぜいか細い声で本音をそれとなくこぼすのが精一杯だ。
だが今のアスカにはそれすらもささくれた感情に火を着ける文句としか受け止められない。

「ええそうでしょ!どうせアタシはいらないおせっかい女よ!
 なにさ洗濯ぐらいで威張っちゃって!アンタ一人で精々苦労しなさい!ふんっだ!」

非常ベルのような声が鳴り響いたと同時にアスカはさっさとリビングへ赴きふて寝を決め込んだ。

後に残されたのはとっちらかった山盛りの洗濯物と、うなだれたまま黙々と作業を続けるシンジだけだった。

洗濯機から響く小さな回転音は行き場の無い考えが渦巻く心と妙にシンクロする、
シンジはそんな事を思いながら先ほどの悶着にたまらない後悔を抱えて、
一人うずくまったまま目線を泳がせていた。

574: ◆arkg2VoR.2 2005/06/18(土) 19:50:05 ID:???
好きあってるからこその痴話喧嘩とはいえ、そんなものをいつも求めているのではない。
むしろ少しでも耐えて譲歩すればよかったと今さらながらに詫びているのだ。

シンジにとってアスカは大好きでかけがえのない存在だ。
ただお互いにそれを上手く伝えられなかったりいさかってしまう事が間々ある。

それがとても悲しく何よりも口惜しいのだ。
こんな時二人がいつも心に宿すのは、「もう少し素直になればいいのに」という自己嫌悪。

かごにまとめた洗濯物を抱え、ベランダと洗濯機を行き来するシンジ。
それを気にも留めず寝そべりながらTVに没頭するアスカ。

ただ互いの行動に逃げ込む事で何かを誤魔化している二人の間に会話は一切無い。
それぞれに繋がりたい浮ついた気持ちを抱えているのに。

ようやく最後の回転を終えた洗濯機の前でシンジは予定を完了した喜びに顔を緩ませた。
自然、ベランダへの足どりも軽くなる。

そんな感情の変化を嗅ぎとったのか、アスカはブラウン管からシンジへと視線を移していた。

アスカとて何もキーキー喚きたかったわけではない、
我侭な自分をそれでも受け止めてくれるシンジに甘えているだけなのだ。

その度に最初っから素直に甘えりゃいいじゃないと心の中は文句で渦巻き、
悲しく切なく悶々と抱え込むしかない自分を責めてしまう。


575: ◆arkg2VoR.2 2005/06/18(土) 19:51:04 ID:???
昔の自分ならここでずっと閉じこもってしまう、そうだったのだろう。
だがつきあい始め、わずかながらでも心を触れ合った今では、
頑なプライドと自我で自分を守る事がとても恥ずかしくそして情けないと考えられる。

意を決したかのように床をそっと蹴り、ベランダで鼻歌を静かに奏でるシンジの元へ急いだ。
窓際にもたれながら、搾り取るように言葉を声に変えて放つ。

「………一人じゃ大変でしょ…」
「………いつも一人だから慣れてるよ…」
「可愛くないわね!手伝ってあげてもいいんだけどおー」
「…一人でやるって云ったでしょ…いいよ悪いから」
「うっさいわね!ウジウジしてる男って大っキライ!!」

さっきの決意はどこへやら、相変わらずの言葉しか出せない自分をアスカは少し恥じたが、
そんな風にしか愛情を表現できない事は覚悟の上で云っているのだ。

もちろんシンジだってそんな事はわかりきっている、
だが今は表現なんてどうでもよく、
少しでも心を寄り添おうとするアスカの気持ちがとても嬉しかったのだ。

「…そのシーツ…干して…」
「そうよやればできるじゃない、最初っからそう云やいいのよ」
「…お互い素直じゃないんだから…」
「なんか云った?!」
「いや何も」
「その代わりいー後でアイスおごりなさい、命令よ」
「何でさ」
「バイト代にしちゃ安いモンでしょ、さ、きりきり働いてさっさと出かけるわよ」
「…サーティワンしかおごれないよ?」
「もちトリプルね、ミントにしよっかなーラズベリーもいいわねえ」

576: ◆arkg2VoR.2 2005/06/18(土) 19:51:37 ID:???
あっという間に広げられた洗濯物の真ん中で二人は長椅子に腰掛けていた。
シーツとシーツの間はちょっとした個室のようで、
外界とは遮断された空間が二人の心を近づけるのには邪魔者などいなかった。

シーツの端をつまみ子犬の様にくんくんと嗅ぐアスカをシンジは愛おしそうに見つめる。

「ふふん、この匂い大好き」
「いいよね、石鹸や香水と違う、何て云うのか…」
「たまにアンタの部屋からも匂うのよこれ」
「え、そうなの?そう云えばアスカの部屋からも匂うなあ…」
「ま、同じ柔軟剤使ってるしねーしょうがないけど」
「…う、うん、そうだよね、不思議じゃないよね、はは…」

そんな他愛もない話を繰り返せば自然と内容がある一点に絞りこまれるのは致し方ない。
同じ思いを抱えていれば口数も途切れ無言に終始してしまう。

「……あのさ」
「……何よ?」
「…さっきはごめん、言い過ぎたよ僕」
「気にしてたら手伝うなんて思わないわよ」
「でもさ…僕はひどい言葉を…それにもっと素直に…」
「あーもー!とにかく悪いと思ってんだったら…そうねーなんかで証明してもらおっかなあー」
「な、なにで?」
「アンタの考える限りで構わないから行動で示しなさい、謝罪の念を!」

困り果てるシンジをアスカは小悪魔顔でじっと見つめる。

「うーん…そう云われても…」
「じれったいわねえ、思いつきでもいいのよ」
「そんな事急に云われたって…思いつくもんじゃないし」
「ハイあと5秒!4!3!2!1!」

577: ◆arkg2VoR.2 2005/06/18(土) 20:12:52 ID:???
カウントダウンが終わると同時にシンジはアスカをそっと抱きしめた。
強くなくかといって弱すぎず、母鳥が卵を守るような柔らかさを伴った抱擁。

アスカにしてみればウダウダするシンジの唇を無理矢理奪い取ってやろうかと構えていたのだが、
勢い良く胸元に飛び込んだはずがなぜかキュッと抱き締められたなんて予想外もいいとこなのだ。

しかし悪くはない、むしろ心地よい。
無言のまま体を密着させれば徐々に高鳴るシンジの鼓動がたやすく感じ取れた。

見上げた先には顔を赤らめたまま同じように見つめるシンジがいた。
唇までは10cm、そう遠くはない…。

「夜勤は辛いわあ~、ね?二・人・と・も・」

後側のシーツがパッと跳ね上がればお邪魔虫の家主がにこやかに見つめていた。

「ちちちょっと何よミサト!」
「あ、お帰りなさい…お疲れさまですミサトさん」
「まったくもお~保護者が居ないからって好き勝手やっちゃダメよあなた達
 だいたいシーツ越しにシルエットで丸わかりよア・ス・カ」
「ううっさいわねえ!余計なお世話よ!」
「はいはい、それよりシンちゃ~ん、ちょっちお姉さんのお願い聞いてくんない?」
「あの…何でしょうか?」

578: ◆arkg2VoR.2 2005/06/18(土) 20:13:32 ID:???
笑みを崩さないミサトの指先には、
デパートの紙袋数枚に詰まった山盛りの洗濯物があった。

「こ」
「これを」
「そっ、これから仮眠とんないとキツイからね~ん、申し訳ないけど後頼むわねえ~お・願・い」

リビングいっぱいに広げられた洗濯物を前に二人はただ呆然と立ち尽くすのみ。

「………これじゃ出かけられないね…アスカ…」
「………どーせミサトのしかないんでしょ…どんどんぶち込んで一気にカタをつけるわよ」
「今度は手伝ってくれるんだね?!」
「今度も、よ。それよりトリプル+カフェラテに変更よ、覚悟しなさい」

力強くそして慈しむようにアスカの顔へ笑みを向けながらシンジはつぶやいた。

「わかってる、洗濯機なら僕にまかせて」

579: ◆arkg2VoR.2 2005/06/18(土) 20:15:47 ID:???
これでおしまいです。

処女作ですので拙いものである事ご了承下さい。




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