459: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/01/06(土) 19:29:17 ID:???

「………」

「どうしたの?」

「…………」

「えーと?…アスカ?」

「………」

「怒ってる?」

俯いていることで、落ちた前髪が表情を隠している。
アスカは何も言わない。
それでも、彼女の機嫌が悪いことがシンジには伝わった。
緊張?
いや、もっと生々しいカンジ?
どうしたのだろうと、シンジは首をかしげる。
いつものアスカらしくない。
彼女は確かに短気だけれど、その理由はいつだって明確でわかりやすく表現されてきた。
目の前で黙ったまま不機嫌の理由も教えてくれないなんて、らしくない。
あまりにらしくないから、かえって離れられない。
何か言ってくれないかなと思いながらシンジは待っていた。
そしてようやく彼女にその思いが届いたのか、顔は上げないまでもアスカはシンジに話しかける気になってくれたらしかった。

460: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/01/06(土) 19:30:05 ID:???

「空高く…」 ぼそりとアスカが呟く。
「何?」
「空高く、馬肥ゆる秋」
「ああうん、今日国語のとき出てきたね、それ。
 でも、それがどうしたの?」
「……シンジ、【秋】っていつだと思う?」
「何時って?
 日本は、って言うかこの辺は秋にはならないんじゃないかな。
 生態系が戻ってきているとはミサトさんも言っていたけど、
 『気候の変動はこれ以上はない』みたいなことをニュースで聞いたような気もするし」
「『気候の変動』…今より涼しくなれば、【秋】」
「どうだろう?
 う~ん、よくわかんないけど、でもそうかもしれない。
 【夏】が終われば【秋】になるんだよね、季節って。
 そういえば、今は『終わらない夏』だって先生は言ってたな」
「…………。
 先週末、………涼しかったわよね」
「そうだっけ?」

『話し方が、なんだか綾波みたいだ』などと思いながら、シンジはアスカの問いに懸命に答えていた。
アスカが何を話したいのか、シンジにはさっぱりわからない。
それでも、むっつり黙り込んでしまわれるよりはいい。
話を途切れさせないようにしていれば、彼女が怒っている理由もわかるかもしれない。
シンジは、彼が怒らせたわけでもないのに、
何故だか機嫌の悪いアスカを宥めなくてはいけないような気分にすっかりなっていた。

461: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/01/06(土) 19:30:55 ID:???

「この前の、土曜」
「買い物に行った日?」
「そうよ。
 曇りでもないのに、風が冷たくて…」
「…って、それ。
 アイス屋のはしごなんてしたからじゃ…」
「冷たかったのよ!
 シンジだって帰りにコーヒーでも飲もうかって言ったじゃない!!」
「いやだからそれはお腹が冷えたからで……」

「とにかく、あれが【秋】だったのよ!」

「は?」 急な展開についていけずシンジの頭にクエスチョンが飛び交うが、話は進む。

「だから、【秋】だったのよ」
「あき?」
「この前の土曜日」
「なんで??」
「ばかシンジ!!
 私に言わせる気!?」
「何を?」

「もう!だから、【太った】って言ってるの!!」

『なんで?』『どこが?』と滑りそうになった口をシンジは慌てて閉じた。
前に似たようなことをミサトさんに言われ、同じ事を聞いて抓られた覚えがある。
ミサトさんも大人気ないが、アスカがミサト以上に大人である可能性は皆無だ。
「触らぬ神に祟りなし」…わからない部分には触れないほうが良いという事をシンジも学んでいた。

462: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/01/06(土) 19:31:43 ID:???
それでも、「太ったようには見えないけど……」とは言っておく。無難だから。
「あんたにはわからないわよ」 と、返る応え。アスカはそっけない。
『じゃあ何で僕に言うのさ』とは、シンジの心の声。
それが聞こえたかのように、キッ、と向けられた視線にちょっと怯む。

「12カロリー」

「なに?」

とす。

ぶつかる肩。

「10カロリー」

「え?」

濡れた感触。

「…キスしよっか、シンジ」

今のは何? 事後承諾?

思わず口元に手を持っていきかけて、シンジはあきらめた。
いつの間にか回り込んだアスカが彼の目の前に居たから。
自分の腕を上げるには二人の体の間に割り込ませねばならない。
それくらい、………近い。

「知ってる?  『セックスで減量するダイエッターのためのガイド』
 軽いキスで10カロリー、優しい抱擁で12カロリー」

463: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/01/06(土) 19:32:31 ID:???

歌うような声が、耳元でする。

「その先はどれくらいなのか…、知りたい、シンジ?
 例えば、」
「………たとえば?」
「フルコース」
「ぜんぶで……」
「200カロリー」

やわらかくて、いい匂いがする。
アスカは逃げずにシンジに寄り添っている。
こうなるともうシンジには考える余裕なんてない。彼女の言いなりになるしかない。
何時もこれで誤魔化される。でもそれでもいいと思ってしまうほどに、参ってる。
怒りっぽくて気まぐれで、シンジを振り回してばかりいるアスカ。
なのに、甘えてもらえた瞬間、全部リセットしたように許せてしまうのだ。

「太ったのはシンジのせいよ。
 シンジがアイスをおごってくれたから。
 だから、責任取って」
「…うん」

顔を上げたアスカがにっこり笑う。
「【秋】のせい」、から「シンジのせい」にいつの間にか理由が変わっていたが追求する気にもなれない。
だって、今も、彼女の、青い目が近い。唇が近い。
『キスしてもいいのかな』とシンジが下心にゆらゆらしていると、さらに彼女の笑みは深くなった。 

「もう一つ教えてあげる。
 1キロ減らすのに必要なカロリーは、7000カロリーよ。
 よろしくね、シ・ン・ジ」


おわり



520: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/02/19(月) 04:11:50 ID:???
誰もいない電車の中、一人碇シンジはぼんやりと座っていた。

「あら、エースの碇シンジ様ではないですか、今お帰りですの?」
「…アスカ、止めてよ。エースなんかじゃないって」

彼の前に現れたのは紅い髪の少女、先ほど停車した時に乗り込んでいたのだろうか

「よろしいのかしら?可愛い恋人を放っておいて、昨日は楽しそうにご歓談なされていたようですけど」
「…恋人なんていないよ、アスカも知ってるだろ?からかわないでよ」
「嘘ね、元の鞘に収まったからって調子くれてんじゃないわよ」
「…は?」
「今頃ファーストの奴アンタの事思ってるんじゃないの?碇クン…ってさ」
「…綾波か、綾波とはそんなんじゃないよ」
「ハ、どーだか、あんなに楽しそうに話してたじゃない、昨日駅のホームで」
「見てたの?」
「眼に入ったのよ!」

沈黙、少年は憂鬱な気分になる。何故こうも嫌な事が続くのか、と
せめて彼女とだけは、何時もの様に親しくしていたかったのに

「…綾波とは何も無いよ、特別親しくも無いと思う、…何話していいのか分からないし」
「そうなの?アンタ達アタシが来る前から付き合ってたんじゃないの?」
「何でそうなるのか分かんないよ…アスカと綾波だったら多分アスカとの方が関わってる時間が長いんだよ?後に知り合ったのに」
「ふーん、そう、なーんだ、ツマンナイの」

そう言って彼女は腰を下ろした、彼のすぐ隣に。
彼女と共にあった不機嫌は消えていた、彼女自身、自分が不機嫌であった自覚も無ければそれが解消された自覚も無いのだが



521: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/02/19(月) 04:13:23 ID:???
「…最近アンタ帰り遅いわよね、今日もこんな時間だし」
「アスカもだろ?何してたんだよこんな時間に一人で、危ないだろ」
「アタシはナンパされてたのよ、それでお茶してご飯奢ってもらって、キスされてたの」
「え・・・」
「うそー、焦った?途中まで本当だけどね、肩掴まれたから即腹部及び頭頂部への痛恨打撃(仮)を喰らわせてやったわよ」
「あ…そう、なんだ…」
「ムカつくわ、たかがご飯でアタシの唇を奪おうだなんて、そんな安いもんじゃ無いのよ、お分かり?」
「う、うん…」
「あー分かってないわねこりゃ、ってそんな話じゃなく、アンタは何してたのよ、アンタが遅いから不味い外食してんのよ?」
「僕?僕は検査と実験だよ」

少年は少し悲しそうな顔をした

「ふーん、今のアタシには縁の無い話ね、弐号機壊れたマンマだし」
「修理、遅いよね」
「後回しにされてんのよ、最近役立たずだから」

今度は二人、悲しそうな顔をした

「それにしてもこんな時間までやってんの?何を検査してんのよ?」
「…ほら、僕こないだ、帰ってきたじゃない、エヴァの中から」
「…ああ」
「やっぱり大変な事みたいでさ、色々調べられるんだ、色々、本当に色々」

つまりモルモット、貴重なサンプル

「今日なんかさ、まず裸にされて、そしたら…」
「いいわ、その話は聞きたくない」
「そっか、ゴメンね」

522: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/02/19(月) 04:16:06 ID:???
「…ミサトは?何か言ってないの?」
「今日はネルフに泊まるから、ガスの元栓とかには気をつけて、だってさ」
「そうじゃなくて。…まあいいわ、またお泊りか、最近帰ってきてないわよね」

気付いてるから何も言えない、彼女が仕事に逃げている事に、彼女もまた人間なのだから、それも弱い部類の
気付かなければ憎めたかもしれない、そうすれば楽だったかもしれない、でも二人は気付いてしまった


「…やっぱり重荷なのかな、ミサトさんにとって僕たちって」
「そりゃそうでしょ、家族ごっこももう限界が近いって事、余裕無いのね、皆」
「・・・そっか、そうだよね」
「・・・そうよ」
「・・・やっぱり僕って、皆にとってはサードチルドレンなんだね、碇シンジじゃなくて」
「アタシも同じよ、セカンドチルドレンとして価値が無くなったらオシマイ、ここにはいられない」
「・・・」
「・・・似たもの同士、か・・・」
「・・・え?」
「ね、シンジ、キスしよっか?」

彼女は分かってしまった、分かっていた。自分は弱い存在で、縋るものが無いとダメな事に
あの時も縋っていたのだろうか?だからあんなにも悲しかったのだろうか?あんなうがいで誤魔化して
依存している、他人に依存するなんて自分らしくも無い。でもコイツならいいかと思う自分もいる。
ここで拒絶されたらどうなるだろう、きっと私はおかしくなる、でも――

523: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/02/19(月) 04:17:20 ID:???
「・・・うん」

――ああ、やっぱり。
ダメだ、どっちにせよおかしくなる、コレはダメだ、良くないモノだ
おかしくなる、自分が自分でなくなる、碇シンジに、狂う。

「・・・何よ、ちゃんとしたキス、出来るんじゃない」
「・・・うがい、しないの?」
「バカ」
「・・・ねえ、この戦いが終わってさ、二人とも無事だったら、一緒に家出しない?」
「家出?いーわねそれ、でも誰か捜しに来てくれるのかしら?」
「来てくれるよきっと、前に出た時はミサトさん来てくれたし」
「…じゃあ、もし来てくれなかったら?」
「その時は、うーん…」
「家出し続ける?ほら、あの湖のほとりの小屋、今空き家」
「そうだね、いいかも」

世界はおかしくなっていって、二人も一緒におかしくなって、それでも生きていられたら
何も残らなくても、このぬくもりだけは、きっと。




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