195: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2006/06/20(火) 06:00:13 ID:???
いつもより少し早めの朝。
アスカは目を覚ました。
アスカの目覚めは決して悪くはない。
それでも、昨夜の疲れが残っているのだろうか、僅かに倦怠の気配を残して彼女は体を起こした。
独り寝にはいささか広すぎるベットの上、遮るものなくシーツを滑ったアスカの指が感じる熱は一人分。
それは別に珍しいことでもないので気にもせず、くつろいだ猫のようにしなやかに伸びをひとつする。
後は乱れた髪を手櫛で軽くまとめ、年寄り並みに早起きな恋人が作ってくれているだろう朝食を目当てに、ベットを降りた。
寝室とキッチンはドア一枚。
けれど、アスカが開けた扉の向こうは、無人だった。
アスカは朝、あまり重い食事を取る習慣がない。
そのため、ダイニングではなく、キッチンにある備え付けのコーヒーテーブルでの朝食が常だった。
いつものようにコーヒーと朝刊、サラダとヨーグルトが並んでいる。
しかし、肝心のシンジは居ない。
向かい合って座っていてもキスできてしまうくらいに細いコーヒーテーブルは、アスカが選んだものだ。
朝ごはんがそろっていても、彼が居なければ意味がない。
テーブルをはさんでシンジが座る。
それで初めて、アスカの朝が始まるのだから。
アスカはキッチンの扉を閉め、シンジの探査を始めることにした。
アスカは目を覚ました。
アスカの目覚めは決して悪くはない。
それでも、昨夜の疲れが残っているのだろうか、僅かに倦怠の気配を残して彼女は体を起こした。
独り寝にはいささか広すぎるベットの上、遮るものなくシーツを滑ったアスカの指が感じる熱は一人分。
それは別に珍しいことでもないので気にもせず、くつろいだ猫のようにしなやかに伸びをひとつする。
後は乱れた髪を手櫛で軽くまとめ、年寄り並みに早起きな恋人が作ってくれているだろう朝食を目当てに、ベットを降りた。
寝室とキッチンはドア一枚。
けれど、アスカが開けた扉の向こうは、無人だった。
アスカは朝、あまり重い食事を取る習慣がない。
そのため、ダイニングではなく、キッチンにある備え付けのコーヒーテーブルでの朝食が常だった。
いつものようにコーヒーと朝刊、サラダとヨーグルトが並んでいる。
しかし、肝心のシンジは居ない。
向かい合って座っていてもキスできてしまうくらいに細いコーヒーテーブルは、アスカが選んだものだ。
朝ごはんがそろっていても、彼が居なければ意味がない。
テーブルをはさんでシンジが座る。
それで初めて、アスカの朝が始まるのだから。
アスカはキッチンの扉を閉め、シンジの探査を始めることにした。
196: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2006/06/20(火) 06:01:01 ID:???
次にアスカが開けた扉は、バスルームだった。
窓を開けて湿気を払ってはいるが、まだ床が乾ききっていない。
シンジが朝から入ったのだろう。
ボディシャンプーのボトルも濡れている。
シャンプーや洗顔具は別々だが、ボディボトルは兼用だ。
ユニセックスで、あまり匂いのつよくないものがいい。
そして、………苦くないもの。
初めてそれを口にしたときの情動と味覚を思い出し、アスカは眉を寄せた。
味覚の記憶のほうが、まだ勝っているらしい。
―――ちゃんと流してから舐めれば、問題なかったのよね。
若さと言うものは時に暴走する。
いい思い出とだけ笑うには、もうちょっと時間がかかるのも仕方ないかもしれない。
そのまま居ると朝から不都合なことが浮かんできて収拾がつかなくなりそうだと思い、アスカは手早くドアを閉めた。
窓を開けて湿気を払ってはいるが、まだ床が乾ききっていない。
シンジが朝から入ったのだろう。
ボディシャンプーのボトルも濡れている。
シャンプーや洗顔具は別々だが、ボディボトルは兼用だ。
ユニセックスで、あまり匂いのつよくないものがいい。
そして、………苦くないもの。
初めてそれを口にしたときの情動と味覚を思い出し、アスカは眉を寄せた。
味覚の記憶のほうが、まだ勝っているらしい。
―――ちゃんと流してから舐めれば、問題なかったのよね。
若さと言うものは時に暴走する。
いい思い出とだけ笑うには、もうちょっと時間がかかるのも仕方ないかもしれない。
そのまま居ると朝から不都合なことが浮かんできて収拾がつかなくなりそうだと思い、アスカは手早くドアを閉めた。
197: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2006/06/20(火) 06:01:50 ID:???
バスルームの隣、トイレにも居ないのは確認済み。
廊下に出ると、左は書室という名の倉庫、右は玄関になる。
念のために覗いてみた玄関のたたきには、二人の靴が行儀よく並んでいる。
シンジが外に出た様子はない。
そういえば…と、アスカは思う。
シンジの靴は、昔から大きかった。
出会ったばかりの頃、シンジの身長はアスカとあまり変わらなかった。
正規の訓練を受けていたアスカは、少女の丸みを残しながらも腕などは確りと筋肉が張っていた。
だから、腕相撲を挑んだときも、アスカが全戦全勝で勝てたものだった。
アスカは性格的におしとやかとは言いがたい言動で彼を振り回し。
時には文句を言いつつも、シンジはそれにいつも付き合ってくれていたから。
彼が、アスカとは異なる性を持ち、アスカとは異なる成長をすることに、彼女は長い間気がつかなかった。
玄関先に並んだ、大きさの違う靴。
アスカが、その差に気付いたのはいつのことだったろう?
指の長さ、首から肩の線、………視線の高さに、気がついたのは?
いつの間にかアスカを置いて、一人でシンジが行ってしまうような気がして。
苛立ちとは異なる胸のざわめきに、アスカは前とは違う場所に自分が居ることに気がついた。
ライバルとして競い合い、友として隣にいるだけでは足りなくなっていた自分に。
廊下に出ると、左は書室という名の倉庫、右は玄関になる。
念のために覗いてみた玄関のたたきには、二人の靴が行儀よく並んでいる。
シンジが外に出た様子はない。
そういえば…と、アスカは思う。
シンジの靴は、昔から大きかった。
出会ったばかりの頃、シンジの身長はアスカとあまり変わらなかった。
正規の訓練を受けていたアスカは、少女の丸みを残しながらも腕などは確りと筋肉が張っていた。
だから、腕相撲を挑んだときも、アスカが全戦全勝で勝てたものだった。
アスカは性格的におしとやかとは言いがたい言動で彼を振り回し。
時には文句を言いつつも、シンジはそれにいつも付き合ってくれていたから。
彼が、アスカとは異なる性を持ち、アスカとは異なる成長をすることに、彼女は長い間気がつかなかった。
玄関先に並んだ、大きさの違う靴。
アスカが、その差に気付いたのはいつのことだったろう?
指の長さ、首から肩の線、………視線の高さに、気がついたのは?
いつの間にかアスカを置いて、一人でシンジが行ってしまうような気がして。
苛立ちとは異なる胸のざわめきに、アスカは前とは違う場所に自分が居ることに気がついた。
ライバルとして競い合い、友として隣にいるだけでは足りなくなっていた自分に。
198: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2006/06/20(火) 06:02:39 ID:???
今は、この靴たちのように、静かに並んでいられるけれど。
―――ここまで来るのは、そんなに簡単なことじゃなかったな。
アスカの視線は、玄関の扉に向かう。
あのドアを開けて、二人で靴を脱いだときの、一番最初のあの興奮。
歓喜というものが、あんなにも静かに溢れることがあるなんて知らなかった。
訓練で得たシンクロの実感よりもずっと深いところで、共振し共鳴する感情。
シンジが自分と同じようにその思いに浸っていることが、何の疑いもなくアスカには感じ取れた。
時には回り道をし、背を向けあったこともあったからこそ、得られた、喜び。
傷つくいたことも、泣いたこともあったけれど、あきらめず手放さなかった自分を褒めたい。
つい緩みそうになる表情を、アスカは強く引き締める。
アスカはシンジにまだ「おはよう」と言っていないことに気がついたからだ。
玄関に背を向け、足早に廊下を進む。
ここで暮らすことになってアスカが手に入れたもの。
目が覚めて一番に挨拶する権利を勝ち取ったのに、これを行使しないなんてもったいない。
―――ここまで来るのは、そんなに簡単なことじゃなかったな。
アスカの視線は、玄関の扉に向かう。
あのドアを開けて、二人で靴を脱いだときの、一番最初のあの興奮。
歓喜というものが、あんなにも静かに溢れることがあるなんて知らなかった。
訓練で得たシンクロの実感よりもずっと深いところで、共振し共鳴する感情。
シンジが自分と同じようにその思いに浸っていることが、何の疑いもなくアスカには感じ取れた。
時には回り道をし、背を向けあったこともあったからこそ、得られた、喜び。
傷つくいたことも、泣いたこともあったけれど、あきらめず手放さなかった自分を褒めたい。
つい緩みそうになる表情を、アスカは強く引き締める。
アスカはシンジにまだ「おはよう」と言っていないことに気がついたからだ。
玄関に背を向け、足早に廊下を進む。
ここで暮らすことになってアスカが手に入れたもの。
目が覚めて一番に挨拶する権利を勝ち取ったのに、これを行使しないなんてもったいない。
199: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2006/06/20(火) 06:03:27 ID:???
パタパタと、自分の立てる足音がやけに廊下に響く。
この音に気がついて出てくればいいのに…。
はやく、はやく、と。
訳もなく急いだ気持ちになって、アスカは突き当たりのドアを開けた。
「シンジ?」
「…えっ、ああ、アスカ?
もう、そんな時間だっけ?」
首をかしげて振り向く仕草は、昔と変わらない。
アスカを見つめて、少し目を細める様も。
「うん。
………おはよ」
「おはよう、アスカ」
落ち着いたシンジの応えに、急いだ自分が恥ずかしくなり、アスカの声は萎む。
シンジは特に気にした様子もなく、いつものようにアスカを見ている。
シンジは、ボタンの止まった白いシャツとスーツのズボンを身に着けていた。
ネクタイも締めようとしていたのか、片手には解けたそれを持っている。
正装とまでは行かなくとも、揃えたジャケットも椅子に掛けてある。
この音に気がついて出てくればいいのに…。
はやく、はやく、と。
訳もなく急いだ気持ちになって、アスカは突き当たりのドアを開けた。
「シンジ?」
「…えっ、ああ、アスカ?
もう、そんな時間だっけ?」
首をかしげて振り向く仕草は、昔と変わらない。
アスカを見つめて、少し目を細める様も。
「うん。
………おはよ」
「おはよう、アスカ」
落ち着いたシンジの応えに、急いだ自分が恥ずかしくなり、アスカの声は萎む。
シンジは特に気にした様子もなく、いつものようにアスカを見ている。
シンジは、ボタンの止まった白いシャツとスーツのズボンを身に着けていた。
ネクタイも締めようとしていたのか、片手には解けたそれを持っている。
正装とまでは行かなくとも、揃えたジャケットも椅子に掛けてある。
200: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2006/06/20(火) 06:04:15 ID:???
いつものジーンズでも、軽い服装でもない格好のシンジ。
寝起きのパジャマのまま、上着すら羽織らず彼を探した自分。
アスカは、困惑ともつかない胸の靄に眉を寄せる。
まるでアスカばかりが、シンジを求めているような気がして。
しかし、
「どうしたの?
えーと…、お腹すいた?
……ジュースのほうがよかったかな?
あっ、今日はリンゴしかないんだ。
もしかして、オレンジジュースが飲みたかった?」
慌てたように重ねられる言葉と、こちらを覗き込むような視線。
些細な変化を察してくれるシンジの声に、アスカの気鬱はすぐに晴れる。
人によったらシンジのその腰の低い態度を、卑屈だと思う者もいるかもしれない。
確かに昔のシンジは、人の顔色を伺うようなところがあった。
嫌われたくなくて。
自分に自信がなくて。
でも、それも昔の話だ。
不特定の誰か。
誰でもいい、そんな「誰か」に嫌われたくない様は、臆病者にしか見えないけれど。
今、シンジが気にするのは、アスカだけだから。
寝起きのパジャマのまま、上着すら羽織らず彼を探した自分。
アスカは、困惑ともつかない胸の靄に眉を寄せる。
まるでアスカばかりが、シンジを求めているような気がして。
しかし、
「どうしたの?
えーと…、お腹すいた?
……ジュースのほうがよかったかな?
あっ、今日はリンゴしかないんだ。
もしかして、オレンジジュースが飲みたかった?」
慌てたように重ねられる言葉と、こちらを覗き込むような視線。
些細な変化を察してくれるシンジの声に、アスカの気鬱はすぐに晴れる。
人によったらシンジのその腰の低い態度を、卑屈だと思う者もいるかもしれない。
確かに昔のシンジは、人の顔色を伺うようなところがあった。
嫌われたくなくて。
自分に自信がなくて。
でも、それも昔の話だ。
不特定の誰か。
誰でもいい、そんな「誰か」に嫌われたくない様は、臆病者にしか見えないけれど。
今、シンジが気にするのは、アスカだけだから。
201: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2006/06/20(火) 06:05:03 ID:???
アスカに嫌われたくないのは、アスカが「好き」だからだ。
アスカにやさしくしたいから。
それをお互いにわかっているから、シンジの態度はアスカを喜ばせるばかりだ。
自分が特別に思われていることを実感して、アスカはくすぐったげに笑みほころぶ。
恥ずかしげに、でも嬉しさを隠し切れずに緩むアスカの表情は特別製で。
シンジにしか与えられることがないのだから、シンジの自信もつこうというものだ。
素直にそれを理解するには、時間もかかったけれど。
今は不器用ながらも、アスカとシンジは、少しずつお互いを補い合えていた。
相手を探りあうように、見合うこと暫し。
シンジの一言で容易く機嫌が直ってしまったことを隠すように、アスカは口を開いた。
「別に…。
お腹、すいてないけど。
ねぇ、何でアンタそんなかっこしてるの?
どこか行くの?」
不安が緩めば、好奇心が生まれる。
アスカはシンジに近寄り、彼の姿を間近でまじまじと見つめた。
アスカにやさしくしたいから。
それをお互いにわかっているから、シンジの態度はアスカを喜ばせるばかりだ。
自分が特別に思われていることを実感して、アスカはくすぐったげに笑みほころぶ。
恥ずかしげに、でも嬉しさを隠し切れずに緩むアスカの表情は特別製で。
シンジにしか与えられることがないのだから、シンジの自信もつこうというものだ。
素直にそれを理解するには、時間もかかったけれど。
今は不器用ながらも、アスカとシンジは、少しずつお互いを補い合えていた。
相手を探りあうように、見合うこと暫し。
シンジの一言で容易く機嫌が直ってしまったことを隠すように、アスカは口を開いた。
「別に…。
お腹、すいてないけど。
ねぇ、何でアンタそんなかっこしてるの?
どこか行くの?」
不安が緩めば、好奇心が生まれる。
アスカはシンジに近寄り、彼の姿を間近でまじまじと見つめた。
202: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2006/06/20(火) 06:05:51 ID:???
「うわっ、そんな見ないでよ。
なんか、恥ずかしいから。
たいしたことじゃないんだけどさ。
…今日、研究室にお客さんが来るんだ。
別に研究を見せるわけじゃないけど、挨拶はしないといけないから」
「アタシの知ってる人?」
「知らない…、と思う。
関係があったら、アスカにも連絡が行くだろ。
なにも言われてないのなら、関係もないんだと思うけど…」
「ふーん」
…使徒戦が終息し、補完計画とやらが失敗に終わっても。
アスカとシンジがネルフから解放されるわけもなく、保護義務という名の下に留めおかれている。
失った人を思い出される辛さに対する反発もないわけではなかったが、行く当てもなかった。
部署は異なるが、二人は今もネルフに所属している。
「制服じゃないってことは、個人的な相手でしょ?
まぁ、大体想像はつくけどね」
なんか、恥ずかしいから。
たいしたことじゃないんだけどさ。
…今日、研究室にお客さんが来るんだ。
別に研究を見せるわけじゃないけど、挨拶はしないといけないから」
「アタシの知ってる人?」
「知らない…、と思う。
関係があったら、アスカにも連絡が行くだろ。
なにも言われてないのなら、関係もないんだと思うけど…」
「ふーん」
…使徒戦が終息し、補完計画とやらが失敗に終わっても。
アスカとシンジがネルフから解放されるわけもなく、保護義務という名の下に留めおかれている。
失った人を思い出される辛さに対する反発もないわけではなかったが、行く当てもなかった。
部署は異なるが、二人は今もネルフに所属している。
「制服じゃないってことは、個人的な相手でしょ?
まぁ、大体想像はつくけどね」
203: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2006/06/20(火) 06:06:39 ID:???
「………。
ごめん」
「気にしないで。
アタシだって、『会わせろ』って言われてもすぐには無理だもの。
心の整理って、そんなに簡単につくものじゃないでしょ?
お互い様、ってコト。
いつか、でいいわ。
いつか、…シンジの覚悟が決まったら」
「ありがとう。
まだ、本当は、…会うのも迷ってる。
………もう、先生しか、いないんだけどね。
でもっ。
アスカのことは、覚悟がないとかそんなんじゃ」
手にしたネクタイをジャケットの上に落として、シンジは椅子の背を握り締める。
その手の下で、きつく皺のよった上着が彼の真剣さを物語るようだ。
アスカはその手をなだめるように、自分の手を重ねた。
「わかってる。
わかってるから。
…。
ネッ、なんか、新鮮。
ネルフの制服って、ネクタイしないじゃない。
せっかくだもん、アタシに締めさせてよ。
ほら、こう、日本の古いドラマとかにあったでしょ。
『あなた、いってらっしゃい』とか言っちゃって?」
ごめん」
「気にしないで。
アタシだって、『会わせろ』って言われてもすぐには無理だもの。
心の整理って、そんなに簡単につくものじゃないでしょ?
お互い様、ってコト。
いつか、でいいわ。
いつか、…シンジの覚悟が決まったら」
「ありがとう。
まだ、本当は、…会うのも迷ってる。
………もう、先生しか、いないんだけどね。
でもっ。
アスカのことは、覚悟がないとかそんなんじゃ」
手にしたネクタイをジャケットの上に落として、シンジは椅子の背を握り締める。
その手の下で、きつく皺のよった上着が彼の真剣さを物語るようだ。
アスカはその手をなだめるように、自分の手を重ねた。
「わかってる。
わかってるから。
…。
ネッ、なんか、新鮮。
ネルフの制服って、ネクタイしないじゃない。
せっかくだもん、アタシに締めさせてよ。
ほら、こう、日本の古いドラマとかにあったでしょ。
『あなた、いってらっしゃい』とか言っちゃって?」
204: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2006/06/20(火) 06:07:27 ID:???
明るくおどけて見せて、アスカはネクタイに手を伸ばす。
アスカもネクタイを締めたことは数えるほどしかない。
それも、自分のためだけにだ。
人のネクタイを締めるのは当然初めてで、アスカはちょっとどきどきした。
Yシャツの襟を立て、首の後ろからネクタイをまわす。
シンジが自然に背を屈めたのがわかって、アスカは上目ににらんだ。
シンジは苦笑いをする。
キュっと、絹の滑る音。
「んっ」
締まりすぎたのか、シンジが小さく声を洩らす。
「あっ、ごめっ。
きつかった?」
「大丈夫」
そう言われても心配だ。
アスカはネクタイの隙間に指を入れて緩める。
とくとくと脈打つシンジの鼓動を、指先に感じる。
体温と、鼓動。
力を入れたら、―――止まる。
ネクタイを締めるのは首を絞めるのと似ている。
命を殺める、ことと。
アスカもネクタイを締めたことは数えるほどしかない。
それも、自分のためだけにだ。
人のネクタイを締めるのは当然初めてで、アスカはちょっとどきどきした。
Yシャツの襟を立て、首の後ろからネクタイをまわす。
シンジが自然に背を屈めたのがわかって、アスカは上目ににらんだ。
シンジは苦笑いをする。
キュっと、絹の滑る音。
「んっ」
締まりすぎたのか、シンジが小さく声を洩らす。
「あっ、ごめっ。
きつかった?」
「大丈夫」
そう言われても心配だ。
アスカはネクタイの隙間に指を入れて緩める。
とくとくと脈打つシンジの鼓動を、指先に感じる。
体温と、鼓動。
力を入れたら、―――止まる。
ネクタイを締めるのは首を絞めるのと似ている。
命を殺める、ことと。
205: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2006/06/20(火) 06:19:58 ID:???
「ごめんね」
そう言いながら、アスカはシンジの首を撫でた。
撫でて思う。
苦しいときの顔は、ちょっとだけ、あのときの顔に似ている。
シンジがアスカの中で、イク時の顔に。
エクスタシーは「小さな死」とも言うなと、アスカは思う。
何だ、シンジを手に入れられたという喜びだけが共通点じゃないんだ、とも。
咽元にされる愛撫。
特にキスマークをつけられるときに感じる倒錯した喜び。
それが、あの混乱の最中、シンジに首を締められた感覚に似ているとアスカは思っていたけれど。
もしかしたら、自分だけじゃないのかもしれない。
眉を寄せて息を継いだシンジの顔が、…同じなら。
命を握られた感覚は、快感ととてもよく似ているということだ。
だって、あの時、本当に終わりにしてもいいと、アスカは思っていた。
気持ちが通じ合っていなくても、二人の世界は二人きりで閉じていた。
けれど、シンジは最後まで力をこめることはできず。
アスカもまた、シンジと終わらせることはできなかった。
そう言いながら、アスカはシンジの首を撫でた。
撫でて思う。
苦しいときの顔は、ちょっとだけ、あのときの顔に似ている。
シンジがアスカの中で、イク時の顔に。
エクスタシーは「小さな死」とも言うなと、アスカは思う。
何だ、シンジを手に入れられたという喜びだけが共通点じゃないんだ、とも。
咽元にされる愛撫。
特にキスマークをつけられるときに感じる倒錯した喜び。
それが、あの混乱の最中、シンジに首を締められた感覚に似ているとアスカは思っていたけれど。
もしかしたら、自分だけじゃないのかもしれない。
眉を寄せて息を継いだシンジの顔が、…同じなら。
命を握られた感覚は、快感ととてもよく似ているということだ。
だって、あの時、本当に終わりにしてもいいと、アスカは思っていた。
気持ちが通じ合っていなくても、二人の世界は二人きりで閉じていた。
けれど、シンジは最後まで力をこめることはできず。
アスカもまた、シンジと終わらせることはできなかった。
206: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2006/06/20(火) 06:20:53 ID:???
アスカはネクタイを締めたシンジを一歩はなれて見つめる。
シンジは照れくさそうに「ありがとう」と言った。
新婚さんごっこがよほど恥ずかしかったのか、耳が赤い。
「変じゃないかな?」
「いいかんじ、いいかんじ」
言いながら、アスカは一歩分の距離をもう一度つめた。
シンジの体温を感じる。
変わったこともあれば、変わらないこともある。
以前の二人なら、交わせない会話があり、縮まらない距離が埋まる。
過去を繰り返すだけではない、新しい関係を築きかけている。
二人だけで暮らし始めたことも、新しい試みだ。
何かを始めることには勇気がいるが、そこには痛みとともに喜びもある。
こうして生きている。
いつか、あの選択を後悔することがあっても。
今、二人がいることを否定しないで生きていきたい。
シンジは照れくさそうに「ありがとう」と言った。
新婚さんごっこがよほど恥ずかしかったのか、耳が赤い。
「変じゃないかな?」
「いいかんじ、いいかんじ」
言いながら、アスカは一歩分の距離をもう一度つめた。
シンジの体温を感じる。
変わったこともあれば、変わらないこともある。
以前の二人なら、交わせない会話があり、縮まらない距離が埋まる。
過去を繰り返すだけではない、新しい関係を築きかけている。
二人だけで暮らし始めたことも、新しい試みだ。
何かを始めることには勇気がいるが、そこには痛みとともに喜びもある。
こうして生きている。
いつか、あの選択を後悔することがあっても。
今、二人がいることを否定しないで生きていきたい。
207: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2006/06/20(火) 06:21:41 ID:???
アスカはシンジの首筋に顔を寄せた。
シンジが自然に回してくれる腕が、あたたかい。
きちんと締められたネクタイのせいで見える部分は少し。
アスカはその少しの場所に唇を寄せ、きゅっと吸い付いた。
驚いたシンジが体を動かしても、拘束は緩めない。
鼓動を確かめるように肌を摺り寄せる。
視界の隅に映る赤い花は、命の証。
生きている。
アスカも、シンジも。
この部屋から出て社会に歩き出しても、絆は消えない。
「んー、痕つけちゃった。
これで、公認ね」
悪戯気に、嬉しそうに笑うアスカを、シンジは深く抱きしめてくれた。
~fin
元スレ:https://anime3.5ch.net/test/read.cgi/eva/1136117791/
シンジが自然に回してくれる腕が、あたたかい。
きちんと締められたネクタイのせいで見える部分は少し。
アスカはその少しの場所に唇を寄せ、きゅっと吸い付いた。
驚いたシンジが体を動かしても、拘束は緩めない。
鼓動を確かめるように肌を摺り寄せる。
視界の隅に映る赤い花は、命の証。
生きている。
アスカも、シンジも。
この部屋から出て社会に歩き出しても、絆は消えない。
「んー、痕つけちゃった。
これで、公認ね」
悪戯気に、嬉しそうに笑うアスカを、シンジは深く抱きしめてくれた。
~fin
元スレ:https://anime3.5ch.net/test/read.cgi/eva/1136117791/
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