606: 始まりの終わり 2007/03/08(木) 15:07:08 ID:???
 夜明け前の街。
その街の坂を幾重も下った先に小さな船着き場がある。
1人の少女が佇んでいる。
いや、佇んでいるというよりは、誰かを待っているようだ。
それもかなりイライラしながら。
と、彼女が見上げる。坂の頂上あたりを。
足音が聞こえる。それも駆け足。
人影が現れ、転がるように坂道を下り、彼女の元へやってきた。
「はあっ、はあっ…。」
息を整える暇もなく、上から目線の声が響く。
「おっそっいー。いつまで待たせるつもりよーっ。」
怒っているようで、甘えた声。
「ごめん、アスカ。ちょっと出発に手間取っちゃって。」
「何よー言い訳なんて聞きたくないわ。
私をこんなに待たせておいて。」
「だからごめんってば。でもね、後から追っかける身としては、
準備が大変だったんだよ。」
「はいはい、言い訳は後で聞いてあげる。そろそろ出発の時間よ。」

607: 始まりの終わり 2007/03/08(木) 15:09:08 ID:???
>>606
 2人は手を繋いで船に乗る。美しい木造の帆船。
水鳥の羽を模した装飾に目を見張る。
「スゴイ。綺麗な船だね。こんなのに乗せてもらっていいのかな?」
「当たり前よ、なにせキアダン工房の船よ。
今や工芸品、美術品モノなのよ。選ばれた人しか乗れないのよ。」
「へー。すごいね。そんな船に乗せてもらっちゃってよかったのかな?」
「いいのよ。もう、キアダン工房の人に無理言って
特別に2人部屋だって造ってもらったんだから。」
そう、普通ならみんな1人なのだ。
彼と彼女は特別に2人で渡ることを許された。

608: 始まりの終わり 2007/03/08(木) 15:09:58 ID:???
>>607
 朝靄がかかる中、やがて音もなく船は岸を離れる。
「そういえば、アスカのその格好…」
「何よー今頃気づいたの?」
「いや、すぐに気づいたけどさ、言い出すタイミングなかったし…」
「そうね、シンジもそんな感じよ。」
2人ともあの使徒との戦いの頃、ちょうど14~15歳の姿に戻っている。
「あの頃がお互いにとって一番充実していた、ってことかな?」
甲板で湿った風を浴びながらシンジが言う。
「そうね。お互いその頃の想いが一番強いからじゃないかしら。」
後ろ髪を束ねながらアスカが応える。

609: 始まりの終わり 2007/03/08(木) 15:10:51 ID:???
>>608
「シンジ…」
「ん?なぁにアスカ?」
「…約束、守ってくれて、ありがと。」
「約束?」
「死ぬ時も一緒だよ、って約束。」
「え?ああ、そんなの当たり前じゃないか。
僕たちは2人で1つ。どちらかが欠けることは考えられないし。」
「本当はね、怖かったの。不安だったの。
シンジが来てくれないんじゃないかって。」
「バカだな、アスカは。僕が君との約束を破ったことが今まであった?」
黙ってかぶりを振る。
「ね。君の最後の朝が終わった。
そのあと僕は身の回りの整理をして、
そのまま君の隣で最後の夜を迎えた。
それだけだよ。別に自殺する必要もなかった。
眠ったら、それだけでここまで来られたよ。
それより、アスカが待っててくれないんじゃないか、って
そっちが心配だったよ。」
「バカ。そんなわけないじゃない。」
アスカ、ぷーっとふくれる。それを見てシンジは微笑む。
アスカが一番好きな表情。
「シンジ…」
「アスカ…」
もうこれで2人を分かつものは何もない。
抱き合う2人に朝日が差す。
霧が晴れ、海鳥が2人のキスを祝福するかのように飛び立った。

610: 始まりの終わり 2007/03/08(木) 15:12:16 ID:???
>>609
帆が張られ、船は湾外へ滑り出る。
西へ。
2人は船室へとタラップを降りていく。
「ねえシンジ、」
「ん?何?」
「愛してるわ。」



「ところで、向こうの世界ではどういう格好で私たちは死んでるの?」
「ん?最後に思いきり抱きしめて、そのまま眠っちゃった♪」
「げーっ。80過ぎたおばあちゃんとおじいちゃんがそれじゃあ気味悪くない?」
「そう?多分子供も孫も『らしいや』って笑ってるよ。」



611: 始まりの終わりおまけ(裏) 2007/03/08(木) 15:14:48 ID:???
「そうそう、ベッドは特注のクイーンサイズにしてもらったから♪」
「ぶっ」
「ふふっ」




621: 四季のある世界で出逢ったなら 2007/04/08(日) 01:05:28 ID:???
『ねえねえ見て。この桜、とっても綺麗でしょ。
学校の裏にこんな立派な桜があるなんて知らなかった。
私、日本に来てから桜が好きになったわ。
散っているところなんて、なにか切なくって、好き。
シンジにも見せてあげたいから、写真貼付します。』送信。
携帯の画面を見つめて、メールが送信されていくのを確認するアスカ。
と、送信完了のメッセージが出るか出ないかのうちに、メール受信。
「あれ、シンジからだ。うわーレス早いわねー。」メールを開けてみる。
『駅前通りの桜がとっても綺麗だったから、
アスカにも見て欲しくて、写真送ります。
今日の晩ご飯はハンバーグだから、早く帰っておいでね。』
そこにあったのは、綺麗な桜並木。
でも、アスカが受け取ったのは、それだけじゃない。

送信時刻は、アスカがメールを送信する1分前。
「なによ、考えてることは同じってこと?
あーあ、イヤになっちゃうわ。シンジと同じなんて。」
そこにヒカリがいたら、
顔を真っ赤にしたアスカになんて突っ込んだんだろう?

622: 四季のある世界で出逢ったなら 2007/04/08(日) 01:07:11 ID:???
>>621
夜。ネルフを出るのが遅くなったアスカ、
ハンバーグを食べたくて急いで帰る。
と、ジオフロントを出たところで広がる夜空の星。
「わぁ、綺麗。冬の星座も、もう終わりね。
オリオン座が西の空に沈んでいくわ…。」
ふと、思いついて、試してみたくなる。
ひょっとしたら今頃あいつもベランダで…。
携帯を開く。その瞬間にバイブが震える。
メッセージ受信。え?まさか…。
『晩ご飯できてるよ。早く帰ってきてね。
それはそうと、夜空がすごく綺麗だよ。
僕はオリオン座くらいしかわからないけど、
もう冬も終わりなんだなぁって、思うよ。
もし良かったら、晩ご飯食べてから、一緒に見ようよ。
食べずに待ってるから、連絡ください。』

「…。」
返信ボタンを押したまま、携帯を胸にぎゅっとあてたまま、数分。
メッセージを打つ。
けど、それは送信されることなく、携帯のメモリーへ。
『シンジへ。私のこと、わかっててくれてありがとう。
同じ気持ちでいるなんて、すごく嬉しい。
いつまでも失くしたくないよ、この気持ち。
離れているけど、一緒なんだね。
急いで帰るから、待っててね。』

その夜のハンバーグの味は今までで一番。


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