825: ホットChocolate 2008/02/14(木) 23:56:06 ID:???

例えバレンタインデーのチョコレートを贈るという習慣がお菓子業者の陰謀であり、この一連の話の主人公がバレンタインデーとチョコレートが全く結び付かないドイツ出身の少女であったとしても、恋している少女は何故かあらがえないのである。

なんだかんだで全て終わった訳であるが、少女――惣流アスカラングレー――は故国へ帰国する事は無かった。
それはひとえに同居する少年が89%くらいの割合で関係しており、帰らない理由はそこに起因する。
簡単に言えば、少女は少年に恋をしていたのである。

アスカは最近、髪留めに使っていたヘッドセットインターフェイスから普通の髪留めに変えた。
エヴァを振っ切る為だと少女自身は語っているが、勝負事の前には鞄に着けている片方のヘッドセットインターフェイスを触る癖がある。
そしてその日がまさにその時だった訳だ。

さて、場所は学校である。
日が日であるからか、教室内とは言わず学校全体に酷く殺気だった空気が立ち込めている。
アスカは綺麗にラッピングした手作りのトリュフチョコレートを机の中に隠して、ヤキモキと碇シンジを睨んでいた。ギラギラと寝不足の蒼い瞳を輝かせ、射抜き殺しかねない視線だ。
因みに、朝のうち靴箱の中に入れておくと言う作戦は失敗であった。シンジ少年と共に登校した為である。
その上、シンジの靴箱に入れられていたチョコレートが休み時間の内に綾波レイの手によって排除されているのを見てしまっては、諦める他ない。
しかし目の前に展開している光景に、アスカは机を蹴り上げてしまいたい衝動に駆られた。
クラスの女子、約半数がアスカを牽制し、チョコレート(義理も本命も合わせて)を渡そうとアスカの様子を伺っているのだ。
アスカはまるで、卵を守るペンペンの様な心持ちだ。
しかし渡せないのはアスカとて同じ。衆人環視の中で渡すのは、流石にプライドが許してはくれない。

826: ホットChocolate 2008/02/15(金) 00:00:52 ID:???
しかし帰り道は、高校に入って別クラスになった綾波レイが居るし、帰宅しても同居人の葛城ミサトがいる。酒のつまみにされるのがオチだろう。
八方塞がりである。
内心で、アスカは「あたしのプライベートはどこよぅ!」と叫びたい気分であった。

さて巡り巡って放課後である。
結局チョコレートを渡す事が出来なかったアスカであるが、逆にシンジへのチョコレートは完全に阻止した。
それについては、アスカは自信を深くしていた。
だが、その時少女は、ひとつ大きな計算違いをしていた。何をしでかすかわからないイレギュラーな存在、綾波レイの存在を失念していたのである。

「碇君……これ……。」
帰り道でレイがシンジに手渡した蒼い包み。
「これは……?」
呆然としているアスカの前で堂々と繰り広げられる。
「チョコ……今日はバレンタイン。好きな男性にチョコを渡す儀式の日。」
頬を赤らめるレイの姿はまるで少女の様に、アスカには見えた。
「あ、ありがとう綾波! 実はもう諦めてたんだ!」
不意を突かれたアスカであるが、復活したのが、不覚にもレイが走り去った後であった。
「ち、ちょっとぉ! なに恭しく受け取ってんのよぉ!」
「あ、『恭しい』なんて難しい言い回し、覚えたんだ。」
脳天気なシンジ。
「あ……そう? 実はこの前図書室の本読んでたらたまたま……って話を反らすなぁ!」
アスカには、鞄の中に収まったままのチョコレートが、急に重くなった様に感じられた。

827: ホットChocolate 2008/02/15(金) 00:02:10 ID:???

そして、第四ラウンドと言うべき自宅である。
因みに引っ越されており、前のコンフォートマンションの様に、シンジの部屋が物置と言う事はない。キチンとした、三者平等の面積である。

アスカは自室にて、チョコレート片手に襖へ耳をくっつけて台所の様子を伺っている。
二人きりの家。ミサトも未だに帰っていないが、どうにも踏ん切りがつかなかった。
そうこうしているうちにミサトも帰ってくる。料理が出来る、夕食を取る、自室に入り、日付が変わる。シンジは一人でにこにことレイからのチョコレートを食べるだろう。
アスカは激しく頭を振った。
それはなんとしても阻止せねばならない。
最悪の妄想がアスカの背中を押す。

アスカはずずっと襖を開く。フローリングをのしのし歩き、台所のドアを開ける。手にはチョコレートの包み。
そこでインターフォンが鳴った。
「シンちゃーん、アスカぁ! 大黒柱のお帰りよお!」
アスカは後ろにチョコレートを隠した。


828: ホットChocolate 2008/02/15(金) 00:03:41 ID:???
夕食を最後に食べ終わり、皿を流しに置くと、アスカは晩酌をするミサトを一瞥してソファに突っ伏す。「肥るわよぉ?」とミサトのからかい。反応しない。
シンジが心配する。「食べ過ぎですかね? それとも美味しくなかったのかな……。」
落ち込むシンジを慰めるミサト。「そんなことないわよん。いつもと同じでビールが進む進む。」
ははははは。
笑い声。
アスカは機嫌が悪くなる。「うっさい! 風呂!」
「何よ準備出来てないじゃない!」
「とろいわよ、グズ!」
心にも無い事を吐き出す。悪循環で更に機嫌が悪くなる。
「シンジなんか嫌いよ! 大っ嫌い!」
いーだ! と、風呂から出た少女は自室に入って行った。

「やっぱりご飯美味しく無かったんでしょうか……?」
違うわよバカ!
「さぁねん?」
解ってるクセに、バカミサト。
アスカは緩い午睡の中へ落ちて行った。

829: ホットChocolate 2008/02/15(金) 00:04:57 ID:???
アスカが目覚めたのは十時半だった。もちろん朝のではない。
バレンタインデーの夜十時半だ。

アスカは扉に耳を当ててみる。微かにかちゃかちゃと音がしている。シンジが明日の弁当を用意している音だ。
ずず……と襖が開く。アスカは周りを見回し、壁の影まで行ってリビングとダイニングを偵察する。
ミサトはいない。
台所をアスカは確認していないが、ミサトは基本台所には出入りしないので(台所の冷蔵庫のスペース確保の為に、ダイニングにミサトのビール専用の保冷庫がある)見る必要はない。
アスカはしっかりとチョコレートの小箱を握り締めている。
台所のドアを開けるアスカ。シンジは作業台で弁当のおかずを小分けにタッパへしまっていた。
「あれ? どうしたのアスカ?」
アスカは自分の顔が真っ赤になっているのが解る。
普段ならばここで「ありがたく受取りなさいよ!」とかなんとか言って突き出すのだが、その一言がアスカの口から出てこない。
その時だ。
「あらぁ? アスカぁ、なぁに持ってんのかなぁ?」
「わひゃうっ!」
アスカが飛び上がらんばかりに驚いて後ろを振り向くとそこに居たのは葛城ミサト。もし全ネルフ職員に聞いたら皆、口を揃えて言うだろう。「酔っている。」
「ちょっ、何よミサト!」
ビラッとアスカの掌中からチョコを奪うミサト。
「むふぅん……あんたもそんな歳になったのねぇ……。」
にやにやと嫌らしいとも見える笑い。

830: ホットChocolate 2008/02/15(金) 00:07:03 ID:???
「う、うっさい、三十路の行き遅れぇ!」
ぶぅらぶぅらとラッピングを摘んで揺らしていたミサトの手から奪い取ろうと跳び跳ねるアスカ。
「シンちゃんにでもあげるつもりだったのかしらぁ?」
アスカの顔はもう真っ赤だ。
「そ、そんなんじゃないわよぉ!」
ミサトの隙を突いてやっと自らの掌中へチョコレートを取り戻す。
シンジは少し落胆した様子である。
「じゃ、何よそのチョコレートは?」
「そ、それは……。」
アスカは必死に思考を駆け巡らせる。高速回転をゆうに十五秒続け、やっとアスカの口から出た言い訳は
「これはただのチョコレートよ! ヨーロッパの誇るべきホットチョコレート用なのよ! 今から作るのよ!」だった。
スタスタと歩いて行き、シンジを押し退け、鍋にドバドバと牛乳を注いで火を浸ける。
ぶつぶつと煮たって来ると、アスカはチョコレートの包装を破いてバラバラと手作りチョコを手で砕いてホット牛乳に投入した。
涙が浮かびそうになるのを我慢する。
良く溶けたのを確認すると新しい牛乳を更に注いで一煮立ちさせてからマグに注いだ。その数ふたつ。
「あれ? アスカは……?」
「ふ、肥るからいいっ!」
ドタドタと騒がしい足音の後、ぴしゃりと閉まる襖の音。
「ふふん、素直じゃないわね。折角協力してやろうと思ったのに……。」
そう言うミサトは限りなくシラフに見える。演技だったのだ。

831: ホットChocolate 2008/02/15(金) 00:08:13 ID:???
「あの、ミサトさん……飲みますか?」
「ああ……。」
ミサトはひらひらと片手を振った。
「私はいいわ。アスカに殺されたくないし。」
首を傾げるシンジ。
「鈍感ってのは罪よねぇ~。」
歌うように言いながら、ミサトは自室に引っ込んで行った。
「なんだろ……。」
ズズズ……とマグからホットチョコレートを啜るシンジ。
「こんなに飲めるかな……。」
鍋一杯の牛乳とチョコの混合物を見て、溜め息を吐くシンジであった。


今更であるが、チョコレートに施されたラッピングの中には『アスカはシンジが大好き。』といったメッセージカードが入っていた。
さてそのメッセージカードはどこにあるのかと言うと、それはアスカが破いたラッピングと一緒にゴミ箱に入っている。
当然シンジとしては、ガサツな同居人の為にわざわざゴミ箱を漁って分別しなければならない訳であり、と言う事は捨てられたメッセージカードはシンジの目に触れるのである。

832: ホットChocolate 2008/02/15(金) 00:10:02 ID:???
十年後。
「はい、パパ。バレンタインデーのチョコレート!」
黒髪の男性は赤髪碧眼の少女からひとつの小箱を貰う。
母より手早く仕上げたのは男性の遺伝子がなせる業か。
「ありがとう、アイ。」
ふふんっと胸を張って迎け反る少女に、ゲンコツ一閃。
「威張るんじゃないの。」
「威張ってないもん!」
頭を擦りながら金髪碧眼の女性に反論する少女。
微笑ましくそれを見ている男性。
「さ、次は私の番よ。」
そう言うと、女性はとたとたと台所へ向かい、鍋とマグを持って戻ってきた。
にこにことそれを見ている男性。
トロトロと茶色い液体が、湯気を立てながらマグに注がれていく。
「はいどうぞ、シンジ。」
「アスカ、ありがとう。」
こくりと甘く柔らかい舌触りのホットチョコレートを飲む男性。

「ねぇ、なんでママだけココアなのよ。」
父の膝に手を置いてぴょんぴょん跳び跳ねるアイ。
「これはココアじゃないの。ホットチョコレート。」
ポンとアイの頭に手を乗せる男性。
「アイがもう少し大きくなったら、教えて上げるからね。」
「ずるいよぅ!」
胸の前に手を置いて、いやいやと体を捩るアイを見ながら、アスカとシンジは微笑みあった。



833: ホットChocolate 2008/02/15(金) 00:16:39 ID:???
朝思い付いて、行き帰りの電車内で、急ピッチで仕上げました。「アスカの性格違わねぇか?」とか「文が厨二っぽい」とかは自分で解って投下しましたが……
後悔はしてないっ!
てか間に合ってない!
因みに私が貰ったバレンタインのチョコは、某コンビニの一口チョコのサービスくらいorz





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