935: 起承転結も何もない掌編1 2008/06/04(水) 17:55:41 ID:???
「ん、どうしたの、アスカ?」
アスカがお気に入りのクッションを胸に掻き抱きながらダイニングに入ってくる。
「……眠れないのよね……。」
宿題をするシンジの向かいに座るアスカ。シンジはおもむろに立ち上がると「ホットミルク飲む?」と言ってシンクへ。
冷蔵庫から出された牛乳が、アスカのマグに注がれて電子レンジの中で回る。
その間、アスカは膝を丸めて、クッションに顎を乗せながらこっくりこっくりと揺れていた。
「何の宿題?」
シンジは「数学。」と少し顔を擡げて答える。
やがてチンッと電子レンジが鳴る。シンジが可愛らしいおさるの描かれたマグをアスカに手渡す。
「ありがと。」
「どういたしまして。」
宿題に戻るシンジ。
ちびちびと、少しずつ乳脂肪の浮いた牛乳を飲むアスカ。
シンジのシャーペンがカリカリと音を立てる。
「自分の部屋でやればいいのに。」
「あそこはなんだか狭くて落ち着かないんだよ。」

936: 起承転結も何もない掌編2 2008/06/04(水) 17:57:03 ID:???

ノートのページが捲られる。
シャーペンの頭でうなじ辺りをこりこりと掻く。しばらく悩んだかと思うと、すぐにペンは順調に滑る。

しばらくアスカはそれを見ていたが、やがてやっと眠くなったのか、マグをシンクに置いてダイニングを出ていく。
「……アスカ。」
「ん……。」
呼び止めるシンジ。顔は赤く、ペンは走っていないが、瞳はノートを見ている。
「……好きだよ。」
「あたしもよ……。」
アスカは軽く微笑んで、自室に戻って行った。

終わり!


……ってなんだこれ?

959: 起承転結も何もない掌編1 2008/06/09(月) 16:31:09 ID:???
もひとつ書いてみた

NO.2
真夜中のメロディ


漂うメロディ。
拙く聴こえるそれは、月明かりの射す暗闇に消えていく。
アスカはベランダに横座りになり、瞳を閉じながらハーモニカを口許で動かす。

演奏が終わると、アスカは目元の滴を拭った。


「今のって、ドイツの子守唄?」
背後からの声に、アスカは吃驚してハーモニカを落としかける。
「な、なによっ、急に声掛けないでよ!」
「ご、ごめん……。」
とっさに謝るシンジ。最早手慣れたものだ。
「こんな所で何してるの?」

960: 起承転結も何もない掌編2 2008/06/09(月) 16:32:42 ID:???

所在無さげに窓枠に手をかけていたシンジだったが、アスカがそれを見かねて座らせた。
「何って……何なのよ……。」
アスカは曖昧に答える。死んだ母を想っていたなどとはとても言えはしない。
「……そう。」
アスカは頬杖を突いて夜空を見上げた。
そこには、地軸の歪みのお陰で南国の星座が浮かんで見える。
「綺麗だね……。」
ボソリとシンジが呟いた。
「そうね……。」
御座なりにアスカは応える。

「ねえ、聴かせてよ。」
アスカは、それがハーモニカの事を言っているとは、すぐに気が付けなかった。
「もしかして、ハーモニカ?」
頷くシンジ。
「だって、僕のチェロだって聴いたじゃないか。」

961: 起承転結も何もない掌編3 2008/06/09(月) 16:33:50 ID:???

『あれは不可抗力よ!』と悪態を吐きかけるが、アスカは止めた。
聴いたことは事実だし、拍手だってしてしまった。エピソードに罵倒はしたが。

「いいわよ。聴かせてあげる。」
「…………へぇ……。」
吹きかけて、アスカは止めた。
『…………へぇ……。』ってどういう事よ!
「なによその反応は……。」
慌てて手を振るシンジ。
「別になんでもないよっ!」
「へぇ~……。」
ジトっとした目でシンジを睨む。
もしシンジが『……まさかアスカがお願い聞いてくれるなんて思わなかった。』などと吐いていたら、アスカはビンタを当てて部屋に戻った事だろう。
「ま、いいわ。特別に聴かせてあげる。」
そう言って、アスカは血色の良い唇にハーモニカをつけた。


962: 起承転結も何もない掌編4 2008/06/09(月) 16:34:27 ID:???

柔らかいメロディが夜空に流れる。
アスカは、自分でこんなにも綺麗で優しげなメロディを紡げるとは思わなかった。
そして、いつも滲む涙は、何故か浮かばない。
何故だろうと思う前に、演奏は終わった。

吹き終わって隣を見ると、シンジは目を瞑ったまま、ぱちぱちとまばらな拍手をしていた。
「……凄く、上手だった……。」
アスカはくすりと笑う。
「もっと何か言えないの?」
「……ごめん、上手だとかしか言えない……。」
シンジは苦笑いしながらアスカの顔色を伺う。
いつもはアスカに苛立ちしかもたらさないそれも、何故か少女は不快に思わなかった。
「ま、あんたにゃ期待してないわよ。」
「ごめん……。」
「ふん、もういいわ。戸締まりは私がしとくから、あんたはもう寝なさいよ。」
「あ……ごめんね、なんか邪魔したみたいで……。」


963: 起承転結も何もない掌編5 2008/06/09(月) 16:35:43 ID:???

シンジが去ったあと、アスカは空を見上げていた。
ゆっくりと子守唄の一節を吹いてみる。
が、しかし、もう、あの優しげなメロディは流れなかった。
それは、綺麗だがどこか棘のある角張ったメロディだった。
そう、それはシンジが居て初めて奏でられたメロディだったのだ。
母を想った時の、悲しみを帯た物とは違う。

演奏には人の心が現れる。
気が立っていれば茨のような音がたち、心穏やかならば優しげなメロディが紡がれる。

そう、そういう事なんだ。

アスカは、かつて加持に聴かせた時との違いに、何故か不思議と狼狽は全くしなかった。
ただシンジを想い、ベランダの片隅で母のハーモニカを吹くだけだった。


終わり