605: パラレルシンジの巻 1 ◆33aKImDcPg 04/10/06 07:58:54 ID:???
「とにかく、絶対に変よ」

 明日香はひとりで下校し、お隣の真嗣の部屋へむかった。
 昨日から真嗣の様子がおかしい。
 新手のいたずらだろうか。
 でもあいつのイタズラは計画性がなくて、上から物を落とすとか、スカートめくりとか、
単純なものが多い。中学生にもなってスカートめくりはどうかと思うが。
 真嗣は、音も鳴らさないのにイヤホンを耳に入れ、何時間も虚空を眺めたり、膝を抱いて
なにか繰り返しつぶやいている。
 不信に思って耳を寄せると…

―――…ると他人を傷つけるだけなんだ。僕は僕だ僕でいたい僕はボクのボクが―――

 明日香はのけぞった。
 しかし、数秒後には気をとりなおし、腰に手を当てたポーズで仁王立ちした。
「バカシンジ! いくらひきこもりが流行りだからって、可愛い幼なじみがきたときくらい
もてなしたらどうなの!」
「…」
 無反応である。
 べしっと掌底で頭を小突くと、真嗣は人形のように簡単に倒れた。のろのろと手をつい
て体を起こす。今度は明日香に背を向けて、壁に向かって体育座りした。元どおり膝を堅く
抱いて、額を膝にすりつけてできるだけ小さくなろうとしている。

606: パラレルシンジの巻 2 ◆33aKImDcPg 04/10/06 08:00:23 ID:???
「風邪でもひいたの?」
 明日香は額に触ろうとするが、真嗣はいっそう堅く体を丸めて触らせようとしない。
「昨日から何も食べてないんでしょ。おばさまが心配してたわよ」
 なんにも聞いていないようだ。寝ているのだろうか。揺すっても駄目だった。郷を煮やした
明日香は、真嗣の手首をつかむと、力の限りひっぱりあげた。
「立ちなさい!」
「…」
 真嗣の手首はとても重かった。本人に立つ意志が全くないので、死体のように手首の力に
頼っている。引っ張ると、下半身がよじれたまま引きずられてきた。
 このまま一階まで引っ張る力が、自分にはない。明日香は手を放した。真嗣は床に体を打ちつけ、
やがて元の体育座りに戻った。
 明日香はあきらめなかった。
 いくらスネたって、お腹は減っているに違いない。明日香は階下へ降りていき、「キッチンお借り
しまーす」とつぶやいた。キッチンの主であるユイは会社づとめで、まだ帰って来ていない。
 おかかのおにぎりを3つ握ってお盆に乗せた。お茶と、漬物も少し添える。
 真嗣の部屋へ戻ると、真嗣は元のまま背を向けていた。
 明日香は膝で歩いて真嗣に近づいた。
「お腹減ってるでしょう。ねえ、おにぎり食べない?」
 のぞきこむと数秒して、初めて真嗣に反応があった。少し顔をあげておにぎりの盆を見た。また
顔を伏せる。
 お腹は空いているはずだ。一日中何も食べないなんて、あたしだったら絶えられない。
 明日香は真嗣に手をとっておにぎりを持たせた。その手をぐいぐい口元へもっていくと、やっと
少し食べた。それからは放っておいても黙々と頬張り、みっつ全部たいらげてしまった。
 お茶を飲んでひとごこちつく真嗣を見て、ようやく明日香は得心した。

615: パラレルシンジの巻 3 ◆33aKImDcPg 04/10/07 00:58:55 ID:???
「美味しいでしょ。あたしが作ったのよ」
 ちょっと形悪いけど。
 そのとき、真嗣が初めて喋った。
「…本当にアスカが作ったの」
 疑うように明日香を見ている。
「他に誰がいるっての。感謝しなさいよね」
 明日香は胸をはったが、真嗣はじろじろと明日香を観察している。
 真嗣の目には深い疑いと焦りの色があった。視線はちらちらと定まらず、怒っているのか
悲しいのか、明日香には見分けることができない。
 根気よく真嗣の目をみていると、やっと視線が明日香の顔にとどまり始めた。
 明日香はちょっと姿勢を正すと、
「なにか悩みがあるなら言いなさいよ。あたしの出来ることだったら…。話すだけでも楽に
なるって言うし」
 ね? と出来る限り優しく言う。幼稚園の先生になったような感じだ。
「心配してるのよ、お…」
 おばさまも、学校のみんなも。
 そう言いかけて、明日香は息を飲んだ。
 真嗣がすごい勢いで懐に飛びこみ、そのまま明日香を抱きしめた。弾丸のような勢いに押され
明日香は後ろに倒れかけた。慌てて背筋でぐっとこらえる。お盆の上でコップが倒れた。
「ちょっと…」
 物には順序ってものが。明日香は文句を言いかけたが、黙った。
 真嗣は明日香の肩口に強く顔を押しつけている。声を殺しているが、嗚咽の混じった苦しそうな息を吐く。
―――泣いてるの?
 明日香の手は自然と真嗣の背をなでた。許しをもらったと思ったのか、真嗣はいっそう強くしがみ
ついてきた。明日香が苦しいくらいだ。
 真嗣の口から、ううう、とうなり声が漏れはじめた。だんだん声が大きくなる。
 明日香は、真嗣が泣き止むまでそうしていた。
717: パラレルシンジの巻22 ◆33aKImDcPg 04/10/14 00:34:12 ID:???



「やっぱり僕、帰るよ」
 怖気づいて真嗣が言う。
「ここまで来て何言ってんの。今日は学校行くって言ったでしょ!」
「でも」
「デモもストもなぁい!」
 朝の登校時刻に、校門で押し問答しているふたりはかなり邪魔である。
 明日香は真嗣の腕をつかんで引っぱるが、真嗣はへっぴり腰でそれに逆らう。
「何がそんなにいやなのよ!」
 全力の綱引きが数十秒つづき、すっぽぬけた。
「きゃあ」
 としりもちをつく明日香。
 顔をしかめて痛む腰をさする。同じくしりもちをついた真嗣がこちらを凝視
している。ふと自分の下半身を見ると、スカートがまくれておサルもようの
パンティ全開である。
 慌ててスカートをなおす。
 真嗣も立ちながら、きまり悪そうにズボンをはらっている。
 はずかしい。どうして子供パンツの日に限って!
 気付くと平手をとばしていた。
「見物料よ!」
 頬をおさえた真嗣が、明日香にひきずられるように学校内へ…。
 と、真嗣が前のめってすっころんだ。
 振り返ると、真嗣の上に自転車が"のって"いる。
 真嗣のひざの裏に自転車の前輪がつっこんだらしかった。
 つまり轢かれたのだ。
「零! あんたなぁに自転車で来てんのよ。校則違反でしょうが!」
 自転車にまたがった綾波零がさわやかな笑みを返した。
「あたしとシンちゃんの絆だから! っていうのはウソでぇ、マジ、遅刻しそうだった
んだー。やっばー、あっぶー、超セーフ!」

734: パラレルシンジの巻23 ◆33aKImDcPg 04/10/16 23:13:30 ID:???
「あやなみ…なの…?」
 真嗣は立ち上がることも忘れて、下敷きのまま呆然としている。
 明日香は強引に自転車をのかして真嗣をひきおこし、ズボンの前をはらってやった。
「おうおう、朝からお熱いのお」
 と鈴原冬二がやってきて挨拶する。
 真嗣が「あっ」と叫んで後ろに下がった。
 そのとき、チャイムが鳴りはじめ、全員で全力疾走するはめになった。早く登校しても
毎朝こんな風にふざけているから、遅刻ギリギリになってしまうのだ。

 真嗣はまだ本調子ではないらしい。教師の名前を間違え、昼休みには明日香と自分
の分の手作り弁当を持ってくるという芸当を披露した。
 いつか真嗣に愛妻弁当を、ともくろんでいた明日香の面目丸つぶれである。
 真嗣のいないところで、
「なんとなしにセンセ、わしのこと避けとるみたいやわ」
 と鈴原冬二が言った。
 よくよく観察してみると、真嗣はナルシスホモのことも避けているようである。
 ふたりとも真嗣の親友なのに、(特に渚薫とはよくない噂がたつほどだった、)
どういう心境の変化だろう?
 きっとまだ、あたしにも話してくれていない何かがあるんだわ。
 思ったことをとにかく口にする真嗣が、心を隠しているなんて、不思議な感じがした。

735: パラレルシンジの巻24 ◆33aKImDcPg 04/10/16 23:14:47 ID:???
 帰り、真嗣は下駄箱のところで明日香を待っていてくれた。クラスの女の子との
おしゃべりが長くなりそうになって、
「真嗣を待たせてるから」
 と断った。なんだかくすぐったい響きになった。
 明日香はそれを振り切るように下駄箱へ向かう。真嗣は昇降口の柱の辺りに立って、
運動場の向うを眺めていた。
「おまたせ」
と明日香は言って、真嗣の視線の先をたどった。
 光と鈴原が一緒に校門を出ていくところだった。
「行きましょ」
 明日香は歩き出した。
 今日の英語の小テストできた? 美里先生の話し方、もうちょっと教師らしくなん
ないのかしら。
 明日香が話しかけると真嗣はあいづちを打った。
 川の横を通ったあたりで、明日香は訊いた。
「真嗣は学校、どうだった?」
 朝、真嗣が学校に行きたくないと言っていただけに、何気なく尋ねるのが難しかった。
 真嗣は少し考えている風だったが、言った。
「みんな仲がいいんだね」
 ヘンな感想。クラスのみんなが仲良しってことかしら?
「そうかしら。普通よ」
「そうかな」
「そうよ」
 明日香は鞄を持ち直して、ちょっと空を見上げた。
「…朝、父さんと喋ったよ。それにこのカッターシャツ、"母さん"がアイロンあててくれ
たんだ。僕は何もしてないのに、なんだか悪いな」

736: パラレルシンジの巻25 ◆33aKImDcPg 04/10/16 23:17:05 ID:???
「そんなの当たり前じゃない。あんたのパパとママだもん」
「そうだよね…」
 真嗣の表情が和らいだ。遠慮がちな微笑みだったが、真嗣が笑うのをみるのはひさしぶり
の気がした。
 明日香は片手を伸ばして真嗣の手を握った。
 真嗣は一瞬こわばったが、そのまま握らせてくれた。

―――前に真嗣と手をつないだのはバレンタインのときだった。学校の帰りに、
「チョコもらったんだけど、お返しって何あげるんだっけ?」と真嗣が話しかけてきた。
 真嗣が転校生の綾波零にチョコをもらっていたのも驚きだったが、もっとショック
だったのは真嗣がお返しを考えていたことだ。
 明日香は10年連続でチョコをあげているが、ホワイトデーのお返しなんてもらった
ことがない。
 なんでアタシにはお返しないわけ!? ときくと、
「だって明日香じゃん」と答えた。
 ひどいわ、私だって女の子なのに。そういって嘘泣きをしてやると、真嗣はあわてて
10年分まとめて払う、と言った。
 明日香が要求したのは、しばらくだまって手をつなぐこと。その間アホな発言をしたら
二度と朝起こしに行ってあげない、というものだった。
 真嗣の手は熱く、べたべた汗をかいていたが、明日香は嬉しかった。
 それは、明日香が思い描いていた"恋人の時間"だ。
 真嗣の背がもっと高くなったら、腕を組んでもキマるだろう。
 もっと景色のきれいなところで、あたしが背伸びをしてキスするの。
 明日香のときめきが最高潮に達したころ、真嗣はその空気に耐えきれなくなったのか
「もういいだろ」と手を離してしまった。―――

 今、真嗣の手は少し冷たく、さらりとしている。少し骨ばった長い指なんかは、
以前と同じようだった。

744: パラレルシンジの巻26 ◆33aKImDcPg 04/10/17 22:19:18 ID:???
 明日香は少し歩調を遅くして、真嗣と並んで歩いた。恥ずかしくて相手の
顔が見れない。
 ただ、最近ギャグをとばさなくなった真嗣が、このときばかりはありがたかった。
 この道は裏道で、人通りが極端に少ない。
 誰かに見られてしまえばいいのに…。
 勢いで手をとってしまったが、こんなにいい雰囲気なのは後にも先にもない
ように思えた。
 そうよ。今しかない。明日香、いくわよ!
 明日香は立ち止まった。真嗣も一緒にとまった。
「真嗣、キスしよっか」
「えっ?」
 真嗣ははじめて慌てたそぶりを見せた。視線が右往左往しはじめる。
 やっぱり真嗣にはまだ早かったかしら。でも、もう後にはひけない。
「僕、歯、みがいてないよ…」
「そんなの別にいいわよ」
 明日香は真嗣の正面に立って、真嗣の両手をにぎった。
 目をつぶってあごを少し突き出す。
 数秒がとても長く感じられた。
 もう目をあけてしまおうかと思ったとき、ふと風を感じて、真嗣の唇が
明日香の唇に触れた。
 真嗣は顔をななめにして、鼻がぶつからないようにしていた。
 火種をのみこんだみたいに体が熱く燃え上がった。この瞬間を永遠に覚えて
おこうと思った。
―――男の子の唇って柔らかいんだわ。

745: パラレルシンジの巻27 ◆33aKImDcPg 04/10/17 22:21:46 ID:???
 明日香はしばらく息をとめていたが、キスがあんまり長いので、あきらめて
小さく鼻で呼吸した。
 真嗣の匂いがした。真嗣の家の匂いと、男の子の匂い、それからかすかな、
真嗣自身の肌の……秘密の匂いがした。
 それらが混ざり合い、数センチの膜となって真嗣の体を覆っている。
 今、自分の膜と真嗣の膜がまざりあい、とけあっているのだと思った。
 たっぷり30秒もしてから真嗣は唇をはなし、ぶはっと息をした。
「あんた、息をとめてたの?」
 明日香はあきれて言った。
「うん。アスカが嫌がるかと思って…」
 真嗣はずいぶん落ち着いて見えた。
 異様に長いキスも、顔を斜めにしてキスすることも、どこで覚えたの?
 明日香はそれをきくことができない。
 ずっと一緒にいて、真嗣のことならなんでも知っていると思っていたのに、
真嗣の秘密はどんどん増えていくようだった。
「あの」
 と真嗣は明日香の手をにぎりなおした。
 それからはっきり区切って言った。
「まだアスカに言ってないことがあるんだ。僕のしたことを知ったら、僕のこと、
嫌いになるかもしれないけど」
 明日香は即答できなかった。少し怖い。けど、もっと真嗣のことを知りたい
気もする。
 迷っている明日香を、真嗣は強く引き寄せた。
「もう一回キスしてもいい?」
 明日香はそっと目をとじた。

746: パラレル真嗣の巻28 ◆33aKImDcPg 04/10/17 22:30:58 ID:???
 * * * * * * * * *

 4日間ヒカリの家に泊まってきたアスカが、5日目にマンションへ帰ったとき、
第一声は「くさい」だった。
「なに、この匂い。生ゴミ?」
 玄関を通ってキッチンへ入ると、匂いの正体がわかった。流し台だ。
 使用済みの皿が山のように積まれていて、キッチンの隅にはゴミ袋が2つも
ならんでいる。どうしてゴミの日に出さなかったのだろう。
 テーブルのむこうでギャアギャアとペンペンの鳴き声が聞こえた。
 シンジがしゃがんで何かしている。ペンペンに餌をやっているようだ。鯖の
しっぽをつまんで高く持ち上げ、それに届かないペンペンは羽ばたいて飛ぼうと
している。
 アスカに気付いたシンジは鯖をつまんだまま立ち上がった。
「明日香! おかえり。なんかひさしぶりだね」
「あたしはアンタの顔みなくてせいせいしてたけどね」
 真嗣はちょっと妙な表情になった。アスカが再会を喜ぶとでも思っていたようである。
 近頃のシンジは高いシンクロ率を保ち、アスカに余裕をみせつけてくる。顔を
あわせると腹が立って仕方ないので、アスカは軽い家出状態だった。
 要件は早く済ませたほうがいい。
「ちょうどよかったわ。あんたにききたいことがあって来たの」
「ぁイテッ」
 シンジは鯖をとりおとした。ペンペンがすねを引っ掻いたのだ。
 シンジは痛い痛いとおどけたが、アスカは無視してつづけた。
「ネルフでミサトに会ったら、何か様子が変なの。加持さんに何かあったらしいの。
あんた、何か知らない?」
「加持さん? ああ」
 とシンジは斜め上を見上げた。「知らないこともないかな」
「知ってるのね!? 教えなさい!」
 アスカはシンジに詰め寄った。
「まあ、ちょっと落ち着いて」
 シンジは芝居がかった動作でアスカをなだめた。もったいぶるシンジに腹が
立ったが、ここは加持さんのためだ。我慢した。

747: パラレル真嗣の巻29 ◆33aKImDcPg 04/10/17 22:33:40 ID:???
 アスカはもう、自分のシンクロ率が元に戻らないかもしれないと思い始めていた。
本能的に加持にすがりたかったのだ。
「教えるからちょっと後ろをむいて」
「何よそれ。さっさと…」
「まあまあ」
 シンジはアスカの肩を持って後ろをむかせようとした。
 気安く触るんじゃないわよ、と言いたいところだが無言でその手をふりはらい、
とにかく後ろをむく。シンジに背中を見せているのはなんだか不安だ。
 服がひっぱられている。
 …ふと後ろを見ると、シンジがスカートをめくっていた。
「白?」
「殺す!」
 アスカはシンジにつかみかかった。
 シンジはアスカの手を受けたり流したりして身をよじり、きゃっきゃと笑った。
 追いかけっこはキッチンからリビングへなだれこんだ。馬鹿らしい。
 アスカは疲労を感じてやめた。
 こいつ、あたしと遊びたいのかしら。
「もう一回きくわ。あんた本当に加持さんのこと知ってるの?」
「どうかな?」
 シンジは息を切らせて笑っていた。
「真面目にこたえなさい! あたし、加持さんに会いたいの。あんたのお遊びに
付き合ってる暇はないのよ」
「あんなオッサンのどこがいいんだよ」
 急にシンジの声が不機嫌になった。
「おっさんじゃないわ。大人よ。加持さんならあたしのことわかってくれるわ」
「オッサンはオッサンだ」
「ふざけてないでちゃんと教えて! あたし、加持さんに言わなきゃいけないことが」
 シンジはその先を聞こうとせず、乱暴にアスカを押しのけた。
 自分の部屋へ入って行った。
「なんだよ。もういい! 明日香なんか知るもんか。フラれて泣け!」
 捨て台詞を残して、ドアを閉めた。


623: パラレルシンジの巻4 ◆33aKImDcPg 04/10/08 01:23:37 ID:???
 たっぷり10分は経っただろうか。
 明日香の制服の肩のところは、真嗣の涙と鼻水で色が変わっていた。
 帰ったらクリーニングね。明日香はぽんぽんと真嗣の背を叩いた。
 真嗣が泣くのを見たのは小学校以来だ。中学に入ってから、真嗣は明日香の前で妙にカッコつける
ところがある。明日香は真嗣をなぐさめながら、こういうのも新鮮だわ、と頭の隅で思った。
「大丈夫?」
 声をかけると、真嗣はゆっくり明日香から離れた。
 真嗣は座り込んで手の甲で涙を拭いた。すぐに手首までべとべとにしている。
 明日香がハンカチを渡すと、真嗣はひろげて鼻をかんだ。これも後でクリーニングである。
 明日香は真嗣が落ち着くのを待って、いくつか尋ねた。
 誰かにいじめられたの? 何かやらかしたの?
 真嗣の言葉はまだ涙で濡れていて、シャックリで切れ切れになったが、大体以下のような内容
だった。

―――とてもリアルな夢を見た。
 父さんが母さんを殺し、僕を捨てた。
 何年もよそに預けられた後、使徒という敵が攻めてきて、自分は人類を守るため、兵器のパイ
ロットにされる。
 それから辛いことが重なって、何度もパイロットをやめかけるが、そのたび説得された。
 今はもう、何もしたくない。消えてなくなりたい。
 僕は最後の使徒のときに死ぬべきだった…。

624: パラレルシンジの巻5 ◆33aKImDcPg 04/10/08 01:25:00 ID:???
「アンタ、アニメの見すぎ!」
 明日香は巨大ロボットのあたりでつっこんだ。
「怖い夢みて泣くなんてまだまだお子様ね。シンちゃん?」
「夢じゃないよ。ほんとに全部あったんだ」
 と真嗣は主張する。
 明日香はよく知らないが、思春期の心の葛藤が夢になる、とテレビで聞いたことがある。
 ずぶといと思っていたけど、案外繊細なのかしら。
「きっと疲れてるのよ。食べて寝たら元気になるわ。昨日、寝てないんでしょう? クマがひどい」
 顔に触ろうとすると、真嗣は後ずさって大きく目を見開いた。明日香の動きが予想でき
なかったようだ。
「とりあえず寝なさい。おばさまが帰って来るまでいてあげる」
 真嗣は明日香の言葉に従った。
 明日香はベッドで胎児のように丸まって眠る真嗣を見届けた。うなされたら起してあげよう。
 それから、部屋の本棚の前に立った。とりあえず一棚を占めているガンダムのビデオは
没収である。

638: パラレルシンジの巻6 ◆33aKImDcPg 04/10/09 20:43:11 ID:???
 朝。
 いつもより透明度の高い日光が部屋にさしこみ、明日香の髪を金色に見せる。今日は少し
早起きしたのだ。明日香は鏡の前で最終チェックをしていた。
 髪型よし、リボンよし。にっこり微笑むと鏡の中の自分が微笑み返す。
 明日香は毎朝、真嗣を起こして一緒に登校する。おとといから真嗣が変なので、念のため
早めに隣の真嗣の家へむかった。
「おはようございまーす!」
 明日香は勝手にあがって靴をそろえる。キッチンを通って真嗣の部屋へむかう。
 キッチンを抜けるとき、何か違和感を感じた。
 少し戻って、もう一度キッチンを見た。いつも新聞を広げているおじさまがいない。少し
早く来たからまだ寝てるのかもしれない。それはいいとして。
 真嗣のお母さん、唯おばさまの様子がおかしい。
 いつもなら朝食の準備をしながら、「いらっしゃい、明日香ちゃん」と柔らかい声で
言うのに、今朝は無言だ。唯は座って、テーブルに片肘をつき、顔を覆っていた。
「おばさま」
「あ。ああ…明日香ちゃん」
 唯が顔を上げた。明日香は、唯が急に老けてしまったような印象を受けた。唯は頬を拭いた。
 おばさま、泣いてるの?
 見てはいけないものを見た気がした。
「明日香ちゃん。真嗣は2階よ。もう、起きてるけれど」
 唯はため息をついた。「男の子って難しいわ…。そういう年頃かしら」

639: パラレルシンジの巻7 ◆33aKImDcPg 04/10/09 20:44:19 ID:???
 明日香は真嗣の部屋へ飛び込んだ。
 唯の言ったとおり、真嗣はすでに起きて、着替えまで済ませていた。
 乱入した明日香を、真嗣は驚いて見た。
「真嗣! おばさまに何したの!」
「いきなり入ってこないでよ…」
 毎朝起してもらっておいて何を言うのか。
「おばさま、泣いてたわよ」
「あのおばさん?」
 ああ、と真嗣は思い当たったように言う。「さっきそこの廊下で会ったんだ。名前を
きいたけど教えてくれなくて」
「あたし、そういう冗談キライ! お母さんに逆らうのがかっこいいとでも思ってるの!」
「母さん…」
 真嗣はなんだか苦いような表情になった。「僕に母さんはいないよ」
「あんたまさか、おばさまの前でそんなこと言ったんじゃないでしょうね」
「言った」
 明日香は振りかぶって張り倒した。
 真嗣はよろけたあと、叩かれた頬をおさえて、くやしそうに明日香を見た。
 数秒、ふたりはにらみあった。互いの怒りが視線となって衝突し、威嚇しあう。
野生動物だ。

642: パラレルシンジの巻8 ◆33aKImDcPg 04/10/09 21:29:27 ID:???
 真嗣が低い声でうなった。
「ニセモノのくせに」
「は?」
「こんな都合のいいことが本当のわけないんだ。あの母さんは偽物だ。お前も」
「意味わかんない。おばさまに謝りなさいよ」
 唯ゆずりの柔和な真嗣の顔が、今は憎悪にかられて餓鬼のようになっている。眼ばかり
ギョロギョロと強調して見開かれ、瞳は収縮して三白眼だった。
 明日香は、相手がこんな風に怒ると思わなかったので、怖くなった。
「優しいふりをして僕を裏切るんだ。カヲルくんと同じだ」
 真嗣は一歩踏み出した。
 今にも飛びかかろうと、両手を明日香へ伸ばす。
 明日香は、真嗣の手が自分の首に狙いをつけているのに気付いて、あとずさった。
「と、とにかく、おばさまに謝るまで許してあげない! 知らない! 真嗣の馬鹿! アホ!」
 明日香は後ろ手で部屋のドアノブを探ると、真嗣の部屋から飛び出した。階下へかけおり
そのまま表へ出た。息をととのえ、真嗣の部屋を見上げた。
 真嗣の部屋の窓からは、青いカーテンしか見えない。
 数分待ったが何も起こらなかった。もし追いかけてきて謝罪したら、許してあげてもよか
ったのに。
 自分の赤い腕時計をみると、もう学校へ行かねばならない時刻だった。
 今朝は一緒に登校できそうにない。
 もう一度窓を見上げた。カーテンはひかれたままだった。

650: パラレル真嗣の巻9 ◆33aKImDcPg 04/10/10 02:12:35 ID:???
 * * * * * * * * *

 締めきったカーテンから朝日が漏れ入ってくる。
 とうとう眠れなかった。最近こんな朝がつづく。アスカは枕につっぷしたまま、いまいましげに
部屋の引き戸をにらんだ。
 引き戸の向うにはシンジの部屋がある。シンジの内罰的な姿勢も、ミサトの偽善的な態度も
何もかもが気に入らなかった。シンクロ率さえ元に戻ったら。加持さんさえあたしを見てくれたら。
 そのことを考えると、寝不足になってしまうのだ。
 また、気分が重い。生理が近いのかもしれない。
 アスカは重い体を起こすと、トイレにむかった。用を足して、生理がまだなのを確認する。
キッチンには誰もいない。皆疎開して行って学校は閉鎖されているので、急いで朝食をとる必要はない。

 うわあっ、とシンジの部屋から叫び声があがった。
「明日香! なんで起こしてくんないんだよ!」
 片足を学生ズボンにつっこみ、よたついたシンジがケンケンでキッチンへ飛び出して来た。
髪にはひどい寝癖がついていて手塚治のキャラのようである。
 アスカはまだズボンにおさまっていない、シンジの白いブリーフに眼をとめた。
 パァン!
 片足跳びだったシンジはアスカの平手でふっとび、冷蔵庫で後頭部を打った。危うく下敷き
になりかけたペンペンが ぐぇっと鳴く。
「最っ低! 信じらんない! ミサト! ミサト!」
 アスカは今ネルフから帰ったばかりのミサトを呼び止めた。

651: パラレル真嗣の巻10 ◆33aKImDcPg 04/10/10 02:14:22 ID:???
「この変態なんとかしてよ! レディの前に下着姿で出てくるなんて!」
「あらあら。どーしたっての」
 ミサトは眼をまわしているシンジに近寄り、背を支えた。「喧嘩は駄目よ。ほどほどにね。
シンちゃんたら、危うく火サスの死体になるとこよ」
 シンジが「うう」とうなった。
 首をぐらぐらさせていたシンジに、ようやく意識が戻ってきた。
 シンジは自分がミサトの腕の中にいるのを確認すると、「美里せんせい!」とミサトの肩を
つかんだ。「美里先生、どうしてここに。アスカがいじめるんです」
「いじめてないわよ!」とアスカは叫ぶ。
「いつまで汚いものみせてんの。さっさとしまいなさいよ!」
 シンジははじめて自分がブリーフ一丁なのに思い当たり、ミサトの腕から出てもぞもぞとズボン
を装着した。
「シンちゃん、頭、大丈夫?」
「え。ああ。こんなの」
 シンジはズボンのベルトをかちゃかちゃいわせながら、「どうってことないです。僕、石頭だから」
 アスカは腕組みしながらそれを見ていた。自分は悩みを抱えて不眠症だというのに、シンジの
ハイテンションが憎たらしい。
「シンジ、あんた食事当番じゃない。あたしの朝ごはんは?」
「え、何? ごはん? 母さんは? 美里先生、なんで僕んちに…」
 ミサトは苦笑いしてアスカと顔を見合わせた。
「ちょっち頭強く打ったみたいねえ」
 夜勤明けだけどしゃあないか。そう言って、ミサトは携帯を取り出し、ネルフの番号をコールした。

659: パラレル真嗣の巻11 ◆33aKImDcPg 04/10/10 23:52:51 ID:???
 赤木研究室に集まったアスカたちは、リツコの診断を待った。
 リツコはコーヒーに口をつけてから、白衣のポケットに片手をつっこみ、片手に
書類を持ち直してフウと息をついた。泣きボクロにため息が色っぽい。
「また面倒を起してくれたわね。精密な検査をしてみないとわからないけど」

 シンジの症状は、外的ショックまたは心的ストレスによる記憶の混乱、シンジの中の
別人格の発現の可能性があげられる。
 それよりいま一番の問題なのは、彼がエヴァの操縦をすっかり忘れていることであり、
使徒の事後処理でてんやわんやの今、ただでさえやる気のないパイロットにエヴァの操縦、
格闘技術などを教えなおすのは手間である。

 …というような意味のことを、リツコは冷たい口調で言った。
 人が変わろうが精神病になろうが、エヴァに乗れればいいのね、とアスカは冷静に思った。
私たちは"使われて"いるけど、私だってこいつらを"使って"やる。エヴァで名声を得て、
世界中の人が私を見るの。そしたら。
「エヴァって何?」
 シンジの間抜けた質問が、皆を疲労させた。
「葛城三佐」リツコは書類を机に置き、声を引き締めた。
「保護者として監督不行き届きです。とりあえずシュミレーションルームを使って、彼に
フィードバックシステムと射撃方法のレクチャーをお願いします」
「げっ、まじ? あたし二徹明けでさぁ。もうふらふらなのよね。これから仮眠して
午後から会議だし」

660: パラレル真嗣の巻12 ◆33aKImDcPg 04/10/10 23:55:31 ID:???
「寝不足なのはあなただけじゃないわ」
 ここにいるアスカも寝不足である。皆、悩みや仕事を抱えていて余裕がないのだ。
「会議の後じゃだぁめ?」
 ちょっと可愛く言っても駄目である。
「あなたが会議をしている間に使徒が来たらどうするの? 彼はプラグスーツの着方も
知らないのよ」
 シンジは、ミサトとリツコを交互に眺めていたが、ふとアスカの肘をつついて、
「明日香が教えろよ」
 と言った。
「いやよ。なんでアタシが」
 アスカはつんとあごを別の方向へそらしたが、ミサトは見逃さなかった。
「そうねえ、元はといえばアスカがシンちゃんの頭なぐったからこうなったんだし」
「殴ってない。このバカが勝手に転んだの!」
「バカってなんだよ!」とシンジ。
「午後のシンクロテストまで暇でしょう? ほんと、マジでお願い」
 ミサトはちょっと背を低くして、アスカに向かって手を合わせる。
 アスカも原因の一端が自分にないわけではないと感じたので、勢いに押されて
しぶしぶ承諾した。
「来なさいよ」
 シンジをうながし、ケージへ向かった。

663: パラレル真嗣の巻13 ◆33aKImDcPg 04/10/11 12:07:23 ID:???
 まず、現物を見せてやるのが一番てっとりばやい。
 事務ゾーンの廊下を抜けると鉄くさい、剥き出しの壁ばかりが続く。ふたりの足音
がこだました。
「あたしもあんたも、汎用人型決戦兵器、エヴァンゲリオンのパイロットなの。人類を
守るために敵と戦うのよ」
 アスカはエレベーターに乗り込んだ。業務用のエレベーターなので扉はただの柵だ。
エレベーターが上昇していくと、柵のむこうに射出口や電気線の束に混じってエヴァ
の足が見えてきた。
 シンジは食い入るようにそれを見ている。
「エヴァは三機あって、あんたは初号機のパイロット。あたしは弐号機」
「女の子も乗るんだ?」
「男のパイロットはあんただけよ」
 今はね。とアスカは心の中で付け加えた。
 フォースチルドレンの鈴原トウジはシンジが初号機で病院送りにしたし、フィフス
チルドレンも初号機が殲滅したという。
 それを言うのが面倒だった。こいつの苦悩やしがらみなんて知ったこっちゃない。
「怖くない?」
 とシンジが尋ねた。ふん、とアスカは一瞥する。
「あたしは惣流・アスカ・ラングレーよ。エリート教育を受けた天才、選ばれた人間なの。
あんたと一緒にしないでくれる」
「だって明日香、怖がりじゃないか」
「ハァ? 何を根拠に?」
「去年、肝だめしのとき…」
 エレベーターが到着したので、アスカは無視して出た。

664: パラレル真嗣の巻14 ◆33aKImDcPg 04/10/11 12:09:17 ID:???
 エヴァの前に渡されている橋にさしかかった。
 近くで見ると、初号機の目は尖っていて凶悪な印象があった。角は細く鋭く、兜をかぶって
いるように見える。
「これが初号機よ。いま修理中」
「コレ動くの? わあ!」
 とシンジが先に走って行って、紫の巨人の顔前に立つ。
 エヴァを見上げる少年の瞳は期待でキラキラと輝いている。手を伸ばして触れるような
仕草をしたり、指で角の長さをはかっている。
 アスカは、こんなに全身で嬉しそうなシンジを初めてみた。エヴァに乗るのが嫌でべそを
かいていたのに、変われば変わるものだ。
「すごい、すごい! ついに僕もニュータイプか。出世したなぁ」
「次、いくわよ」
 次は隣の弐号機のケージである。
「初号機と零号機は試作機なの。あたしの弐号機が正真正銘、世界で最初の実戦用エヴァよ」
 弐号機の機体が見えてきた。
「これが明日香の?」
 弐号機の緑色の瞳がよっつ、シンジとアスカを見下ろしている。
「弐号機って赤いんだ。いいな。僕も赤がいいなぁ」
 シンジが素直にうらやましがるので、アスカはちょっと得意になって胸を反らした。
「紫って微妙だな。ねえ、僕のと変えない?」
「嫌よ! 何言い出すかと思えば…」
 シンジはアスカの前で拝むような動作をして、きゅっと目をつぶった。
「頼むよ。お願い。赤がいいんだ」

677: パラレル真嗣の巻15 ◆33aKImDcPg 04/10/12 00:16:27 ID:???
「だってなんか、初号機って悪っぽいだろ。そこへいくと赤は」
「デザインなんてどうでもいいでしょ!」
 早足で行きすぎるアスカを、シンジが追う。
「どうでもいいなら替えてよ。ねえ。お願い」
 あんまりシンジがしつこいので、腹が立ってきた。
「僕の持ってるソフトから好きなのあげるから。なんなら、あんみつおごっても…」
 シンジの甘えた声に、アスカは立ち止まった。
 交渉に応じたと思ったのか、シンジの表情が希望に輝く。
「なめんじゃないわよ!」
 アスカはシンジの頬をはりとばした。その勢いで、シンジは危うくアンビリカル
ブリッジから落ちかけた。
 どこの馬鹿がゲームソフトにつられて機体を交換するというのか。弐号機
を軽く見て、侮辱しているとしか思えない。
「あっぶないなあ! 叩くことないだろ!」
 シンジは転落死しかけた驚きから、息をひいひいさせている。
「馬鹿に磨きがかかったみたいね。付き合ってらんない」
 零号機の見学を省略してシミュレーションルームについたとき、ちょうど戦闘
訓練を終えた綾波レイを見かけたので、シンジを押し付けた。
「この馬鹿が頭打ってさらにパーになったから、あんた、一から全部教えてやって」
 アスカはすぐその場を去った。
 馬鹿と言ったほうが馬鹿だ。と背中でシンジが拳を振って主張したが、アスカは
振り返らなかった。

686: パラレル真嗣の巻16 ◆33aKImDcPg 04/10/12 04:31:18 ID:???
 次にシンジを見かけたのは、食堂だった。
 昼時になるとネルフの職員は皆、食堂に集まってくる。
 アスカが食事をとっていると、シンジは綾波レイと一緒に入ってきた。
きょろきょろ辺りを見回して司令を見つけ、片手をあげて挨拶しながら
歩み寄っていた。
 アスカは、碇司令とシンジが親子だったのを思い出す。確か険悪な仲
だったはずだ。気になって見ていると、シンジが一方的に話している。
 司令は何も答えずに財布を取り出し、札を一枚渡した。
 やがて、パレットにカレーうどんを乗せたシンジが、アスカの席に
近寄りながら、
「聞いてよ! 父さんに、財布わすれたから一緒に勘定してくれって
頼んだら、一万円くれたんだ。ふとっぱら!」
 当然のようにアスカの隣に陣取った。
 なれなれしい。
 アスカは横目でにらんだが、シンジは全く気にしないようだった。
「ああそれから」シンジは急にキリリと眉をひきしめ、アスカに顔を
寄せた。「綾波がヘンだ」
 変なのはアンタだ。
「しゃべらないんだ。綾波が。ちょっとあり得ないよ」
 根負けしたアスカが口を開いた。
「…それで? ファーストにはちゃんと教わった?」
「うん。教えてもらった。あのスーツの着方も」
 シンジは声をひそめて、
「プラグスーツって、ちょっとエッチな感じがする」

687: パラレル真嗣の巻17 ◆33aKImDcPg 04/10/12 04:32:45 ID:???
「最悪」と言い捨て、アスカは席を立った。
 午後のシンクロテストでは自分もプラグスーツを着るのだ。このエロガキ
と一緒だと思うとうんざりする。
 シンジは、ずっと離れた席に移るアスカを、ポカンと見ていた。
 一人になると、シンジはまた辺りを見回して、今度は綾波レイの隣席へ
移っていた。何かしきりに話しかけている。
 まさかあのファーストに下品な話題を振るとは思えないが……。
 シンジは朝からラリッており、その可能性は否定できない。
 あの人形女ではかわし方を知らないだろう。アスカは初めて、綾波レイに
同情した。

697: パラレル真嗣の巻18 ◆33aKImDcPg 04/10/12 20:21:55 ID:???
 その日のシンクロテストのあと、小さなミーティングがあり、アスカは
そこで悪いニュースをふたつ聞いた。
 帰りはわざと、シンジと時間をずらしたリニアに乗った。
 シンジを避けたわけではない。
―――誰が! あんな奴、いようがいまいが関係ない。
 アスカは、電車内でやりたいことがあったのだ。ノートを1ページちぎって、
全ての使徒を縦に書き出した。その右隣に、各戦闘における最大功績者を
書き出していく。
 完成すると、アスカはそれを眺めた。

 第三使徒 … シンジ
 第四使徒 … シンジ
 第五使徒 … シンジ
 第六使徒 … あたしとシンジ
 第七使徒 … あたしとシンジ

 その後、あたし、パイロット全員、と続いていき、リツコ、シンジ、シンジ、シンジ…。
「くそっ!」
 アスカは何かを殴りつけたい衝動にかられて、かかとを床に打ちつけた。
 悪いニュースのひとつめは、自分のシンクロ率がついに起動指数を下回った
こと。ふたつめは、MAGIの計算結果が出て、もう使徒がこないということ。
 持っていかれた!
 あの冴えない奴に、あたしが得るはずだった栄光を全部!
 あんな奴、自分がわからなくなるまで何度でも頭を打てばいい。ディラックの
海から帰らなければあるいは…。
 アスカはハッと我に返ってリニアの窓を見た。トンネルの中は暗く、窓硝子は
己の形相を冷たく映していた。
―――あたし、今、何を考えていた?
「ちくしょう! ちくしょう!」
 紙を八つ裂きにし、台にしていた下敷きはプラスチックのかけらになるまで
砕いた。リニアの床に撒いて捨て、何度も踏みつけた。
 アスカが床を踏みならす音だけ、いつまでも響いていた。

698: パラレルシンジの巻19 ◆33aKImDcPg 04/10/12 20:23:35 ID:???
 * * * * * * * * *

 明日香が学校から帰ると、真嗣は明日香の家の門にもたれて待っていた。
 明日香は、中に入って待ってればいいのに、と思ったが、ケンカしていたことを
思い出し、そのまま通り過ぎようとした。
 明日香が家の鍵をあけている間、真嗣は明日香が行ってしまうと思ったのか、早口で
話しかけてきた。
 朝はカッとなって、全部自分が悪かった。僕にはもう明日香しかいない、何でもするから
どうか僕を捨てないでほしい。
 真嗣は哀願した。
 笑ったら負けだと思ったが、明日香は笑ってしまった。捨てるだの捨てないだの大げさ
で、真嗣の新しい冗談にちがいなかった。
 真嗣をふりかえって、明日香はびっくりした。
 真嗣は目に涙をためて、喋るのもやっとといった様子だ。
「どうしたの?」
 と尋ねても、お願いだから僕を捨てないで、と繰り返すばかりだ。
 とまどいながらも明日香は、絶対に捨てたりしないと約束した。
 結局、真嗣は明日香と一緒に、唯に謝りに行った。
 真嗣は「すいませんでした」と頭を下げたが、その後もなかなか唯を「母さん」と呼ぼう
としなかった。
 本当に悪いと思っているのか、あやしいものだ、と明日香は思う。

700: パラレルシンジの巻20 ◆33aKImDcPg 04/10/13 00:12:24 ID:???
 ある夕方、明日香は真嗣のベッドに寝そべって雑誌を広げていた。
 真嗣はさっきから机に向かって勉強している。
 真嗣はここ数日、一度も学校に来ていない。逆に家で勉強をするよう
になった。
 とりあえず明日香に「宿題うつさせて」と頼むのが日課だった真嗣が、
自主勉である。
 賢くなったのはいいが、なんだか物足りない。真嗣が来ないとクラスも
盛り上がりにかける。
「ねえ、今日何する? あのシューティングゲーム終わらせた?」
 今夜は唯と源道が遅くなるので、真嗣の家で夕飯を食べて遊ぶことに
なっていた。
「それまだやってないんだ」
 真嗣は明日香を見ないまま答えた。
「なんで? せっかく貸してあげたのに」
「テレビのある部屋、あんまり行きたくないから」
「まだおじさまのこと避けてるの?」
「…」
 普段、父と子の会話はちぐはぐだが見ていて微笑ましいものがあった。
それが、唯をよそのおばさんよばわりした一件から、真嗣は父親とも母親
とも距離をおいているようだ。
「じゃあ今日はそれやって…」
 そのとき、明日香の携帯がピリリと鳴った。
 明日香のママからの電話だった。明日香はその電話で嬉しいニュースを
聞いた。電話を切って真嗣に話しかける。
「ねえ、今日、加持さんが夕飯食べにうちに来るんだって!」
 その名前に真嗣が反応した。
「加持さん…。そうか、そうだよな」とつぶやいた。
 加持さんは明日香のパパの同僚である。明日香のあこがれの男性だ。
「加持さんが来るの、すごくひさしぶり! どうしよう。おしゃれしなくちゃ」

701: パラレルシンジの巻21 ◆33aKImDcPg 04/10/13 00:16:20 ID:???
 明日香はベッドから降りて真嗣の部屋を往復しはじめた。
 ちらと真嗣を見ると、真嗣は机に向き直ってプリントを整理している。
 なんだかずっと元気がないみたい。
「ねえ、どんな服がいいと思う? 加持さんは大人っぽいから、シックなほうがいいかしら」
「さあ」
 真嗣はプリントの整理をつづけている。
 いつもは加持さんの話題になると、むきになってヤキモチをやいてくるのに。
「加持さんは、あたしが大人になるまで待っててくれるかな? 加持さん
の恋人になる人は、幸せだと思うの」
 真嗣はプリントを整理する手をとめた。
 何か言い返す気ね。明日香はニヤついて構えた。
 数秒の沈黙。
 真嗣は手の動きを再開した。
「じゃあ、帰りなよ。僕ならちゃんと夕飯作れるから」
「そ、そう?」
 予想外のクールな対応だ。
 明日香は、一定の速さで紙を分類しつづける真嗣の背中を見ていた。明日香
は、真嗣が本当は料理なんてできないのを知っている。
「帰りなよ」なんて言って、本当にあたしが帰ったらどうするつもりだろう?
 コンビニで何か買って、一人で食べて。
 隣のアタシの家では、真嗣を置いて帰ったあたしが、パパとママ、それから
加持さんと楽しく食事している。
 明日香は真嗣の背中に近づいて行って、わっと脇をくすぐった。
「ひゃあ」
 真嗣は手の中のプリントを床にぶちまけた。真嗣がもがくので、明日香の腕と
真嗣の腕がごつごつと触れ合った。
 しばらくして、明日香はくすぐるのを許してやった。真嗣の頭の上に自分の
あごを乗せた。両手は真嗣の肩に。真嗣の黒髪はするするしていて、頭の
丸い感じと合わせて明日香のお気に入りの感触だった。
「帰ったりしないわ。真嗣との約束のほうが先だもん」
 真嗣がちょっと頭を動かしたのが、あごから伝わってくる。
「うん…」と真嗣がつぶやいた。
766: パラレル真嗣の巻30 ◆33aKImDcPg 04/10/18 22:10:16 ID:???
 アスカは部屋に押し入ってやろうかと思ったが、やめた。
 多分、本当はシンジは何も知らない。ミサトやリツコが絶対に話そう
としない情報を、誰があんな子供に教えるというのだろう。
 アスカは自室で着替えた。着替えながら加持のことを想った。
 加持さん、どこにいるの?
 今、私も、私の周りもどうしようもない。深まるばかりの疑惑と、失われて
いく私の価値。 加持なら全てに決着をつけ、アスカの考える"最悪の状況"
になったとき、どう生きていけばいいのか教えてくれると思った。
 午後のシンクロテストのために家を出るとき、シンジはテレビの前で
ペンペンと遊んでいた。一方的に。
 あぐらをかいてその中にむりやりペンペンを抱き込み、トサカやクチバシ
をいじっていた。シンジの腕の中でペンペンが暴れたが、シンジはやめない。
 シンジは無心で、ペンペンに口づけするような近さでなでていた。
 腕と足にタオルを巻いているのはペンペンにひっかかれるのを防ぐためだろう。
 放してやれよとアスカは思ったが、口に出すことはなかった。

 薄い血の匂いと、水の匂い、それからかすかな…、なつかしい香り。
 アスカはL.C.Lに沈んでいた。
 この懐かしい匂いはなんだったろう? わからない。わからない。
「アスカ、集中して」
「やってるわよ!」
 自分でもヒステリックになっているのがわかる。数分してコンソールの
むこうで、リツコが「もうあがっていいわ」と言った。
 いつもより10分以上も短いシンクロテストだった。
 あがるとき振り返ると、シンジとファーストのプラグはまだテストを行って
いた。プラグ深度が絶頂期のアスカよりさらに一層深いのは、"03"のプラグ。
 アスカは舌打ちした。

767: パラレル真嗣の巻31 ◆33aKImDcPg 04/10/18 22:27:03 ID:???
 それからテストの結果を聞かされ、女子更衣室へ帰った。
 アスカはロッカーをめった打ちにし、鍵なしで中の着替えを取り出すことに
成功した。
 もう、いいわ。もうどうでもいい。帰ったら荷物をまとめて家を出よう。
 私がいなくなっても誰も探したりしない。エヴァを起動できないパイロットなんて
―――起動指数を下回った?
 鏡をのぞくと、自分の顔はひきつってゆがんでいた。シンジのように頭がおかしく
なったのかもしれない。
 アスカは鏡を叩き割った。ガラスが飛び散った。これをふんずけてファーストが
怪我でもすりゃいいと思った。
 みんな死ねばいいのに。

 アスカが帰る時刻には、夕暮れ時になっていた。アスカは本部の庭を抜けてリニア
へ向かう。本部の庭は手入れがゆきとどいていて、定期的に水が流れ出す噴水が
紅く染まっていた。 L.C.Lみたいだ。
 噴水の向うにベンチがある。誰かが向うをむいて座っていた。シンジだ。
 大方ファーストでも待っているのだろう。アスカは早足で通り過ぎようとした。
 シンジはいつもの学生服に身をつつんでいた。猫背気味に、ぼんやり辺りを眺める
横顔なんかは、躁病になる以前と同じように見えた。
 ふと、シンジが振り返って立ちあがった。
「明日香。待ってたんだ」
 嫌な奴に見つかった。
「ちょっと座らない?」
 とシンジはベンチの隣をすすめた。
 このまま帰りたかったが、シンジが再度すすめるので、しぶしぶ応じた。どうせ
家を出ればこいつと話すのも最後だ。
 アスカが腰掛ける一瞬、シンジは嬉しそうに身じろぎした。
 アスカはうさんくさい物を見る目でシンジを見た。シンジは膝の上で手を組んで、
もじもじと親指をすりあわせている。
 シンジは言葉を探しながら、
「あの。やっぱり僕、朝、起きれないんだ。母さんもいないし。だからまた、明日香が
起してくんないと……」

768: パラレル真嗣の巻32 ◆33aKImDcPg 04/10/18 22:34:23 ID:???
「何の話? もう行くわ」
 アスカは立ち上がろうとし、シンジはあわててアスカの肩を押さえて座らせた。
「待ってよ。なに怒ってんだよ」
「怒ってないわ。アンタといるのが嫌なだけ」
 離してくれる? と言うと、シンジははじかれたように手をのけた。のろのろと、
少しアスカと距離をとって座りなおした。
 シンジは数秒呆然としていたが、すぐ気をとりなおしたようである。また元の
ひとなつこい口調で、それでも注意深く、話しかけてきた。
「ここのみんなは忙しそうだね。美里先生もほとんど帰って来ないし」
 のん気なのはあんただけだ。
 アスカはふつふつと残酷な気持ちがわいてくるのを感じた。
「父さんに電話したら怒られたよ。つまらない用事でかけてくるなって。冬二も
剣介もよその街に"そかい"してるんだってね? 薫くんのことは、誰も教えて
くれないんだ…」
 いい気になって、あたしに情けをかけているつもりかもしれない。
「みんな元気でいるといいな」
「あんたが殺したのよ」
 言ってしまった。「フィフスチルドレンの渚カヲルは、実は使徒だった。だから
アンタがやっつけたのよ。お手柄ね?」
 鈴原だって、と言いそうになって、アスカはだまった。
 あたしは嫌な女だ。

769: パラレル真嗣の巻33 ◆33aKImDcPg 04/10/18 22:38:31 ID:???
 シンジは はっと息を飲んでアスカを見つめた。
「僕、そんなことしないよ…」
 アスカは何も答えなかった。口を開くとまた酷い言葉が出てきそうだ。
 ふいにアスカは、シンジは自分の弱い精神を守るために強い人格を作り出し、
表に出しているのかもしれない、と思った。
 以前のシンジに今の言葉をぶつけていたら、もっといたたまれないことになっただろう。
 シンジは何か考えているようだった。
 もうアスカの顔に直接話しかけることはせず、本部の庭をながめていた。
「…最初は学校がなくて、あんなロボットを動かせて、夢みたいだって思ったけど。
いいことばかりじゃないんだね。明日香も変わったみたい」
「甘ったれんじゃないわよ」
 アスカはつぶやいた。「あたしはアタシのことで、手いっぱいよ」
 もう日は沈みかけて、空は濃紺と薄紅色の濃淡で染まっていた。
「でも、寝て起きても元のところに帰れないみたいだ。だから、ここで何とかして
いくしかないんだ」
 シンジの横顔にはもう、ふざけた色はなかった。
「生きて行こうと思えば、どこでだって幸せになるチャンスがある。だって生きてるから。
明日香も父さんもいるしね」
 アスカは驚いてシンジを見た。これがシンジの言葉だろうか。
「帰ろうか」
 シンジは先に立ち上がって、手をさし出した。


 おわり


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