939: 936 05/02/19 07:09:59 ID:???
午前の授業が終わって20分、中学の廊下には生徒があふれ出す。
人間が群れているだけで体感温度が2度は上がる、そんな昼下がり。

外で取った昼食後、教室へと戻る途中、アスカは廊下で立ち止まった。
アスカの席は教室後方のため、目的の扉までは6mほどある。
しかし彼女の足を止めたのは、開け放した窓から入ってくる雑音だった。

「あーゆーのは見かけによらず【S】だろ?
 女王様ってヤツ?」
「いや、そんなん以外でもなんでもないし。
 あいつ、マジ性格きついから。
 それに俺【S】なんて好きじゃない。
 むしろ我儘な女泣かすほうが楽しいだろ」
「そうだな。
 意外性は【M】のほうが大きい。
 たとえば 2-A だと…」

・・・つまらない、低俗、最低。
不意に耳に飛び込んできた会話に、アスカの脳裏に最初に浮かんだ単語はこれだった。

休み時間のため入ってくる音は、この会話だけではなかった。
そのため、ぼそぼそと交わされる言葉のうち、アスカが意味を拾えたものはこれだけ。
僅かな単語からでも、何の話をしていたのかはわざわざ推論を立てるまでもなくわかる。
それでもアスカが立ち止まったのは、意味の取れなかったいくつかの応えに
興味を引かれるものがあったからだ。
何を答えていたのかはわからないが、会話に混ざるよく知る声音に聞き耳を立ててしまった。
けれどそのせいで、アスカにとっては要らぬ話を聞いてしまうことにもなったわけだ。

940: 936 05/02/19 07:10:52 ID:???
耳が汚れたとばかりにアスカは、教室の廊下側の窓を指に引っ掛けピシャリと閉じる。
背後で彼らが硬直しようが、彼女の暴挙に異議を唱えようが知ったことではない。
わずかばかり足を速め、くぐらなければならないはずの扉を通り過ぎる。
午後の授業を受ける気を失くしたアスカは、そのまま廊下突き当たりの階段に足を向けた。

さぼろう。

言い訳は難しくない。
「疲れている」と言えば保健医はたやすくベットを貸す。
放課までの時間を眠ってすごすことにアスカは決めた。





それがどうしてこのような状況になったのか?

差し込む西日を映してシーツがオレンジ色に染まっていた。
毎日、日に焼かれているくせに、さして焼けていないシンジの肌も。
すべてをオレンジに。

全身で乗り上げるようにして、相手をベットに押さえ込むという体勢。
互いの顔の距離はおよそ15センチ。
不規則なシンジの息が、アスカの顔にかかる。
細く開いた瞼の間から、ぶつけたショックに潤んだ黒い目がアスカを見つめる。
それを見て「動物の赤ちゃんにも似たいろ」だとアスカは場違いな感想を抱いた。

941: 936 05/02/19 07:11:38 ID:???
…3分ほど遡る必要があるだろうか?
アスカが目を覚ましたのは、他者の気配を感じたからだった。
どれほど深く眠ろうと、本能のように身についた慣れ。
自分以外の存在の持つ違和感が、体内で警鐘を鳴らす。
それがよく知ったものであろうが害意がなかろうが関係なく、アスカを眠りから引き上げる。

意識を覚醒してなお目を閉じ、息を殺し伺えば驚くほど近く感じる気配。

それが誰のものかに気づき、目を開けたアスカの至近距離。

焦点を失うほど近くにあった黒いまつげ。

その瞬間、アスカの中に湧いた感情は、【殺意】だった。



「シンジ」

眠っていたはずのアスカから、明晰にかけられた声に驚く少年を組み伏せる。
逆手にとって反転し、抵抗なくベットに叩きつけられた相手に乗り上げる。
訓練されたアスカの動きは流れるようで隙がない。
一瞬にして体勢を入れ替えられたシンジは、感覚すらついていけなかっただろう。
ましてアスカの感情の変化には、なおさら。

942: 936 05/02/19 07:12:21 ID:???
その時アスカの中に渦巻いていたのは、憎悪にも似た破壊衝動だった。

彼は何をしようとしていた?
このアタシに?
口づけは未遂だった。
だからといってアスカの情動が押さえられるわけではない。
己の意思を無視されたという事実は、アスカに「怒り」を向ける対象を探させた。

アスカとてシンジが嫌いなわけではない。
ただ現状が腹立たしいだけだ。
面と向って好きだと告白することも出来ないくせに、眠るアスカには触れようとした。

その行動が。

人間関係に臆病なシンジだ。
彼がまったく好意を感じられない相手に、そこまで大胆なことができるはずもない。
歯牙にもかけられていないと思えば、シンジは慎重に相手を視界から外すふりをする。
それはどこか草食動物の警戒心にも似ている。
ならばこの暴挙は何か?…ようは甘えだ。
アスカの気持ちを無意識にでも感じ取っているからゆえの悪戯。
だからこそ余計に悪いのだと、何故気づかないのか?

アスカの腕の中で、押さえ込まれたシンジの手首が脈拍を早める。
逃げ道を探すように逸らされる視線。
言い訳でも見つけたのか、薄く開く唇。

アスカの意識、凶暴なそれが、眼下に震えるその場所に向けられる。
淡く色づき、彼女の名を綴ろうと開かれたシンジの唇に。

943: 936 05/02/19 07:13:05 ID:???
アスカは噛み付くように、自分のそれを重ねた。

犯されてみればいいのだ。
力の差で押さえ込まれることの屈辱。
人格を否定される恐怖。
悪意がないことなど、何の言い訳にもならない。

やさしさや甘さとは無縁のような口付けを与える。
柔らかい唇に歯をたて、素直に開かぬ歯列に舌を這わせる。

湿った暖かい異物。
口中を這いまわる征服者。

経験のないシンジが感じているだろうそれは、かつてのアスカの感想と同じだろう。
昔アスカがキスした相手が誰だったのかは、その事実ごと忘却の彼方に放り込んであるが、
すでにそいつの顔すら覚えていなくとも、嫌だったという記憶だけは残っている。
同意を得ぬ行為は、理不尽な暴力となんらかわらない。

目には目を。

好意と嫌悪が等価であるとはアスカも思わないが。
それを摩り替えるだけの理由を、シンジはアスカに与えてしまった。
慣れぬ優しさと羞恥に耐えて「親愛」を示すことよりも、受け入るに易い「暴力と支配」の構図。

望みは相手を手に入れること。
ベクトルは同じだ。

944: 936 05/02/19 07:13:54 ID:???
あごに手をかけ口を開かせ、喉奥に逃げようとする舌を捕まえて吸い上げる。
唾液があふれてべたつくのを無視し、ひたすらその柔らかな生き物を弄る。

快楽なんて感じない。

当たり前だ。

僅か14の子供が性の快楽に溺れていてどうする?

ただ、わななく唇の感触が面白い。
漣むようにトリ肌を立てる腕が。
思い出したように弱弱しくもがき逃げようとする、瀕死の小動物にも似た抗う様が。

アスカを煽り、残酷にする。

キスにまつわる不快な記憶。
それらをすべて塗り替えるようなシンジの反応にアスカは夢中になる。
刺激に焦点を霞ませる瞳、あふれた唾液で汚れた喉。
不規則な呼吸にあえぐアスカの獲物。

目に映るシンジの姿を楽しむアスカの脳裏に、昼食後に漏れ聞いた会話が甦る。
【S】と【M】
シンジも会話に加わっていた。
彼の言葉はアスカには聞き取れなかったが。
シンジはどう答えるだろう?…この状況で。

愉悦が怒りを凌駕し、本来の目的を見失わせる。

「お昼休み、あんた話してたわね。あいつらと?」

945: 936 05/02/19 07:14:38 ID:???
離した唇は、まだ吐息を感じるほどに近い。
至近距離から見つめれば、涙のにじむ黒いまつげが震えている。
ためしにアスカが舌を這わせれば、感じたのはザラリとした感触と微かな潮の味。
震える肩を放さずに、呼気ごと囁きをシンジの耳に注ぎ込む。

「アタシはどっちだと思うシンジ?」

答えを聞かせるまで、弄ってあげる。
アスカの声に混じる毒をシンジは受け取るだろうか?
歪みを感じるまでもなくどこか暗い欲望に、アスカは酩酊する自分を自覚する。
全身を使ってシンジを押さえ込めば、彼女に伝わってくるのは「シンジの怯え」
嗜虐心が加速する。

心のままに耳朶に噛み付けば、シンジの体が跳ね上がる。

タノシイ。

「どっち?」
「………アス…カ」
「言いなさいよ。【S】それとも、【M】だと思うの?」

・・・言わなきゃ虐めちゃうわよ・・・

シンジの首筋に寄せられたアスカの唇が無音の脅迫を綴る。
耳の下の薄い皮膚を通して、流れる血流の速さを感じる。
首にある動脈は生物の最大の弱点ともいえる場所だ。
そのアスカの行動に、シンジの本能が捕食者への警告を鳴らす。

しかし恐怖に締め付けられる心臓の痛みは、同時に征服されることの快楽と表裏だ。

946: 936 05/02/19 07:15:55 ID:???
自らの意思を放棄し相手に委ねること。
柔らかな肢体の重み、貪るように合わせた唇の罪はシンジのものではない。
責を相手に負わせ逃げることを許された快楽は、こんなにも甘い。

「………アスカは……【S】…だ」

掠れた声は、シンジが欲望に負けた証だった。
細く開いたシンジの目がアスカを探せば、濡れた赤に縫いとめられる。
期待しているのはどちらだろうか。
再び瞼を閉じることもできずシンジが細めた視線をそらさずにいれば、アスカもまた囁きで返す。

「はずれ」

「アタシは【M】。
 あんたが【S】」

アスカの解答に驚くシンジの顔がおかしいと彼女は笑う。
シンジの上で、アスカの肩が笑いに揺れる。
柔らかな胸も。

「わかんないの?
 バカねシンジ。
 ねぇ、教えて欲しい?」

艶やかな笑みを浮かべるアスカを見上げ、シンジが頷く。
まつげが揺れるほどに僅かな動きだけがアスカには伝わる。
シンジの視線は、彼との口付けに濡れたアスカの唇から離れられない。

947: 936 05/02/19 07:17:11 ID:???

「あんたは【Slave】
 だから【S】なの。
 そうよね、シンジ」

動かぬシンジの返答を促すように、微かに上下する喉仏を前歯に挟む込む。
急所を押さえられ、シンジの顎が微かに震える。
アスカはそれを答えとして受け取り、癒すように着いた痕を舐めあげれば、シンジの息を呑む音。

ホントニタノシイ。

アスカの瞳が愉悦に溶ける。

「そして、
 あんたの【Master】は、
 ア、タ、シ」

アスカは欲しいものを手に入れた。

――自ら飛び込んできた獲物はすでに愛しい彼女の罠の中。


                   //終わり



元スレ:https://comic5.5ch.net/test/read.cgi/eva/1108642486/