566: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 05/03/15 12:44:14 ID:???
無題

料理はあまり好きではない
好きではないけれど、それはそれで構わないのではないかと思っていた
必要に応じて身につけただけのスキルでしかないし
誰かに認められることなどを気にする必要もなかった

預けられていた家で
静かに勉強ができるようにと作ってもらった離れの小部屋には、簡易キッチンがついていて
そこで自分のためだけに食事を作っていた
美味しいとか不味いなんて考えたこともなくて、ただ腹を満たせればいいくらいに考えて
火を通さずに食べた物のせいでお腹を壊して、「痛い」と言い出せないまま独り蹲るしかない
そんなのは嫌だったっていうだけの話

僕の料理は
自分のためにしか作った事がないから見た目は悪いし、味もたぶんあまり美味しくない
味の参考にするものは、給食以外なかったから
それに何度も失敗を繰り返して、でも失敗作を捨てるわけにもいかなく
変な味がしてても、食べていた
体さえ壊さなければ、僕としては問題はなかったわけだから

567: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 05/03/15 12:45:36 ID:???
なのに、彼女が
僕の作ったものを食べてくれた

こねて丸めて作っただけのハンバーグを、最後まで、食べてくれたから

些細な我儘は言うくせに
味にだって煩いくせに

最後のひとかけらまで口に入れて、アスカが「ごちそうさま」と言ったのを
僕は信じられない思いで見ていた

彼女は、味に対して容赦ないと思っていた
ネルフの食堂でミサトさんを相手に、新しくできたお店の批評なんかをしてる姿を知っている
学校の教室で、洞木さんと雑誌を見ながら外国の星のついたレストランについて話していたのも

食べたくなかったら、残すことが普通だ
ダイエットとかいろいろ、女の子には言い訳のしようがある
「不味いから」と言われたって、事実だったらどうしようもない

でも、アスカは、僕の作った食事を残さなかった
当番だからと、残されても仕方がないと思いながら出した食事を
一口食べて「口に合わない」と言って、レストランで料理をさげさせたこともある彼女が

僕の出したメニューを完食した

それから何度も僕の当番は回ってきたけれど、アスカが僕の料理を残したことはない

568: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 05/03/15 12:46:39 ID:???

だから、つい
そう、あまりにいたたまれなくて
僕は料理の本なんかを買ってしまった

僕の作った下手くそなご飯を、アスカが「美味しい」なんて言って食べるから…

『下ごしらえ』なんて、考えもしなかった面倒な手順を踏んで
知らなかった言葉や技術をを覚えて
適当な大きさに切って火を通していただけのそれを、ちゃんとした形にする為に学んでいく

ああ、もう、僕は何をやっているんだろうな

だけど仕方ないじゃないか
あんなものを出しても、全部食べてくれる彼女に
笑ってくれる彼女に
もっと美味しいものを食べさせてあげたいと、思ってしまったんだから

…最近、僕はわかったことがある

料理は愛情だ
                             
                         終

612: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2005/03/22(火) 11:44:04 ID:???
無題2 ・アスカの場合・

好きで、好きで、好きで、好き過ぎてオカシクなりそう
―――どうすればいい? どうすれば、手に入る?

別々の肉体に宿る、別々の精神
いくら身体を繋げたところで、一つになれるわけでもなく
言葉なんて虚しい物 どれほど捧げたところで、大気を震わせて消えていくしかない

アスカは自分の独占欲の強さを恐れる

エヴァとシンジの天秤が、いつの頃からか、アスカの中で静かに揺れだした
そして、周囲の賞賛よりもたった一人の視線の心地よさに気づいたら、傾きをとめられなくなった
今は、もう、じゃれ合って、軽口を叩き合って、笑い合って、それだけじゃたりない
―――彼の体の全て、髪の毛から流れる血液の最後の一滴までも、自分のものにしたい
アスカは湧き上がる欲望を止められなかった


………「今日は何?」

「ハンバーグ」
「…アスカ、あんたホントそれ好きね」
「昨日はフライだったでしょ」
「あー、あれも美味しかったわ
 あんな上物の肉なんだもの、血も滴るようなレアでステーキ…なんてね
 わたしも発想が貧困なのよねぇ、セカンドインパクト世代だから
 でもあのサクサク感は揚げたてならではの美味しさよね~ 
 エビチュが進みすぎて困るわ」

613: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2005/03/22(火) 11:44:50 ID:???
「で、こっちは付け合せ?
 ほうれん草とポテトに人参のグラッセかぁ 彩りも栄養もばっちりって?」

皿の上に選り分けられた食材に伸ばすミサトの手を、アスカは後ろ手に菜箸でピシリと叩く
フライパンを持ったままくるりと振り返れば、彼女の白いエプロンが軽やかに翻る

「ミサト! ちょっと、つまみ食いするのやめてよ」
「いいから、いいから
 うー、いいお味。アスカ、また腕上がったでしょ?
 美味しいわー 止まんない
 あんた、いいお嫁さんになれるわよ」

「当然でしょ!
 食事はダイレクトに体に影響するじゃないの」
「そうねぇ」

「アタシはね、シンジの全部になりたいのよ
 あいつの体も心も全部、ぜーんぶ、アタシのものにするんだから
 アタシの作った料理がシンジの血になって、肉になるのよ!
 シンジは頭の先から足の先まで、アタシが作るんだからね」

「あー、はいはい、ごちそうさま」
「だからもうミサトは食べちゃだめ!
 これは、シ ン ジ の た め に作ってるんだから!」


………台所の壁の向こう側の部屋では、漏れ聞こえる賑やかな話し声に
     シンジが恥ずかしそうに頬をかいていた

                                                   終

893: 756 ◆SAT.xTLxFk 2005/04/08(金) 19:48:14 ID:???
今は遠いあの日。
カップラーメンの湯気の向こうに、アイツの幻を見た。


――――――――――――――――――――
    お味噌汁のレゾンデートル
――――――――――――――――――――


「マズイ」

「………」

「マズイ」

確認の意味もこめて、二回言ってみた。
ラーメンの残りの汁をシンクに流す。
まだ半分ほどあった麺も一緒に流れていったが、それはそれ。
この程度でパイプがつまったりはしないだろう…多分。
テーブルに目を戻して、本日何回目かもう分からない溜め息をついた。

「レトルト食品とコンビニ弁当の山、山、山―――ダメ。もう気持悪い」

栄養素は絶対的に不足しているが、これ以上食べる気にはなれない。
もちろん、わざわざ口に出して言うほどマズイわけでもないけど、
この手のインスタント食品というのはたまに食べるからおいしいと感じるものだと痛感した。
五日間、来る日も来る日もこの味では、ラーメン好きのアタシだって飽きる。

「リツコ………この恨み、いつか晴らしてやるんだから………」

894: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2005/04/08(金) 19:49:15 ID:???
そう、何もかもの原因はネルフの無茶な実験計画にあるのだ。
今回の実験はドイツ支部の新研究素体を借りうけて使うものなんだけど、
その借用期間が十日しかないんだとか。
というわけで、チルドレン三名はそれぞれ三日間ずつ、交代でネルフに泊まり込みなのである。
最初がファースト、次がアタシ。そして今日がアイツの二日目。
入れ替わりの時もすれ違いになってしまった。
そんなわけでアタシは、ここ五日間、あの馬鹿と顔を合わせない毎日を送っているわけ。
ミサトも不在の夜が多いし、今日も独りの夕飯なんだけど。

「………まさか、ここまで家庭料理が恋しいとは………」

で、こういう状況。
何と言うか、精神的に空腹な現実。

「失くして初めてわかる大切さ、か。馬鹿らしいと思ってたけど」

この使い古されたセリフは、どうやら真実らしい。
インスタントラーメンの不健康な美味しさは今もアタシの胃に居座って、
いっこうに退く気配がないし。
朝一番にコンビニのおにぎりという生活も、どこか哀愁を感じてしまう。

「うー。普通の御飯とお味噌汁でいいんだけどなぁ…」

三日目は弁当屋の御飯とインスタント味噌汁にしてみたけど、やっぱり違った。
あの『うまみ』というか、不自然な調味料の美味しさがどうにも気にいらなくて。
こんなとき、故郷の料理より先に和食が浮かぶのは、やっぱりアタシに流れる血のせいか、
はたまた、アイツのエプロンを着た後姿がないことの違和感なのか?
とにかくここ数日のアタシはヨッキュー不満なのである。

「あーあ。明日あの馬鹿が帰ってきたら、すぐにでも料理に駆りだそ」

895: 756 ◆SAT.xTLxFk 2005/04/08(金) 19:50:11 ID:???
ふぅ。
悪態にすら力が入らない。
全く、ネルフも過剰過密なスケジュールを立てるから…
せめてアタシとアイツを同時に召集してくれれば良かったのに。
食堂で二人で食べれば、この何倍も美味しいだろうし。

「むむ。そう考えるとなんか腹が立つわね」

リビングの隅の電話を取って、ほんの一瞬迷ったあと、ダイアルをした。

「ま、六日間もアタシに手料理作ってくれないワケだし。
 忙しくてもちょっとぐらい付きあわせたっていいわよね?」



応答はすぐにあった。
オペレーターに早口で目的の名を告げる。
電子音が回線の切り替えを伝えてから、
きっかり三秒後にアイツの声が聞こえた。

<<アスカ!?僕だけど。何かあった?>>

どことなく心配そうな声。
『アスカ』と。
その響きが鼓膜に入った瞬間、なぜだかニヤけてしまったアタシがいる。

「シンジ」

そう言えばこの五日間、アタシはいつもほど笑っていなかったような気がした。
この名前も、なんだか随分と長い間呼んでいないみたいだ。

896: 756 ◆SAT.xTLxFk 2005/04/08(金) 19:51:33 ID:???
<<どうしたのさ……大丈夫?>>

「んーん。別になんでもないんだけど」

<<ならいいけど。どうしたの?>>

「だから、特になにもないの!」

<<…何しに電話したのさ>>

「あら。アタシがシンジに電話するのに理由がいるの?」

語尾を上げ気味に、かわいく聞いてみる。
返事はない。
多分今ごろは真っ赤になっていることだろう。
少なくともアタシと同じくらいには。
想像するだけでおもしろくて仕方ない。
あぁ、これよこれ。
このなんでもないやり取りも、きっと『失くして初めて…』ってヤツだ。

「な~んてね。電話したのはさ、ちょっと言いたい事があって」

<<な、なんだ…びっくりした>>

シンジがトリップしたまま帰ってこないので、助け舟。
はやく本題も伝えたい事だし。

897: 756 ◆SAT.xTLxFk 2005/04/08(金) 19:52:53 ID:???
「とにかく、帰ってきたらまずお味噌汁」

<<…え?>>

ふふふ、シンジったら突然で何を言われてるか理解できてないらしい。

「だ・か・ら!帰ってきたらまずお味噌汁作んなさいっての!」

<<え?あ、うん。別にいいけど……それだけ?>>

「『それだけ?』じゃないわよっ!重要なことなの!」

まったく。
アタシがこの数日でどれほど疲弊してるか、わかってるのかしらあの馬鹿は。
………ま、おかげで食事というものの大切さはよ~~~っく理解できたけど。
だからさ、たまには―――たまには、お礼なんて言ってみるのもいいかもね。

「いい、今からアタシが言うコトをよ~っく聞きなさいよ!一回しか言わないんだから」

<<う、うん。わかった>>

898: 756 ◆SAT.xTLxFk 2005/04/08(金) 19:53:39 ID:???
「あのね、シンジ。アタシは今回のことで痛感したわ。
 大事なものっていうのはね、失くして初めてわかるもんなのよ。
 だからね。これだけ言っとくわ。





 いつもありがと。





 これからもずっとアタシのために、お味噌汁作ってほしいな」





<<あ、あ、アスカ?それって…>>

「いいから!拒否権は認めないわ、
 帰ってきたら即、アタシの食生活回復に努めるコト!」


がちゃん。



なんだか気恥ずかしくて、一方的に切ってやった。
それが昨日の話。

899: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2005/04/08(金) 20:01:39 ID:???
で、翌日。
予想外の事態が起こった。
そりゃもう、びっくりどころの騒ぎじゃない。
ネルフの人達が大挙して葛城家に乗りこんできたのだ。
シンジは帰ってくるなり真っ赤になっておどおどしっぱなしだし(「あ、アスカ、ぼ・僕はその…」)、
ミサトは頭をかかえてるし(「同居させたのは間違いだったのかしら…」)、
ファーストは壁にむかって独り言だし(「私は負けたの?そうね。でもこれもヒトの新たな…」)、
オペレーター組は連呼しっぱなしだし(「おめでとう!」)、
碇司令に至ってはサングラスをはずして感涙していた(「見ているかユイ。ついにシンジが…」)。
とにかく大騒動でそれが一通りおさまってから、
ようやくミサトの口から原因を聞いたのだ。
いわく、「お味噌汁作れってそれ、プロポーズでしょ?」と。
アタシはもちろん、あせって否定しようとして、
全然違うって、馬鹿シンジなんて眼中にないわよって口に出そうとして、
それでも何も言えなかった。
かわりに口をついて出た言葉は、

「そうね…それでいいかもしれない」

驚くほど自然に、最初からそう言う予定だったかのように、私はそう答えていた。
それはたとえば熱帯夜のせいかもしれないし、
食質低下のせいでアタシの頭が回っていなかったせいかもしれない。
それでも。
それでもこのときの言葉は、確かにアタシの本心だった。
失くして初めて知る大切なモノ。
アタシがいらだっていたのは、本当に食事のせいなんだろうか?
―――違う。
そうじゃないの、シンジ。
ほんとはもうとっくにわかってたこと。

アタシは―――アタシは。

900: 756 ◆SAT.xTLxFk 2005/04/08(金) 20:02:31 ID:???
『アスカー?夕飯できたけどー?』

で、こうして今にいたる、と。
結婚式のときの写真を眺めながら、ちょっとだけ微笑。
あの日の出来事は完全に誤算だったけれど、
とっても幸せな誤算だったと思う。

『おーい、アスカってば?』

あれでなかなか、いいダンナだしね。

「聞こえてるわよ馬鹿シンジ☆今行くからちょっと待って!」

写真立てを机にもどして、いそいでリビングに向かう。
鼻腔をくすぐる匂い。
あの日と同じ、お味噌汁の香りがした。



元スレ:https://anime.5ch.net/test/read.cgi/eva/1115760691/