485: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/10(日) 21:29:18 ID:???
「…僕もあんまり暇じゃなくてさ。よく分からないんだ」「でもどこにいるかくらい分かるんだろ?電話しろって連絡ぐらい…」
「…そういう話って電話より直接会ってした方がいいよ」「…そうか」
ズルイ理屈だった。けど…上手い口実だった。こんな小手先の理屈だけ上達していく。
「…大丈夫。ちゃんと…伝えておくから。伝えてもらうように…。けど…アイツも忙しいと思うから…その…リハビリとかさ…」「…うん…悪いな」
ケンスケは詫びるけど…嘘だ。完全に。伝えることなんて出来ない。
これで僕は嘘をつき続けなきゃいけなくなった。会ったとか、会わないとか、会ったけど伝えとくの忘れたとか…そういう白々しい嘘を。ばれるまで。
正直に言うなら今だとは思う。どこにいるかも分からないって。そして…多分…もう帰っては来ないって。
だけど自分に置き換えて考えてみたら…それだけでぞっとする。トウジと喧嘩して、勢いに任せて酷い言葉をぶつけて、それで…二度と会えなくなって。
仲直りしたいって思ったときどうすればいいんだよ。苦しすぎる。
「なんで喧嘩なんかしたの?」
あの2人が…僕が来るよりもずっと前からつるんでた2人がそんなにもこじれる理由。僕にはそれが想像つかない。ケンスケは…僕から顔を背けた。
「…別に…くだらない事なんだよ。本当…。
…予鈴が鳴る。そろそろ行こうぜ」
喧嘩なんて大抵そんなものだけど。どうもそれだけではなさそうな後ろめたさを漂わせ、ケンスケは話を打ち切った。昇降口の周りにいた下級生が、蜘蛛の子を散らすように慌てて階段を駆け下りて行った。
次の時間は体育で皆が慌しく移動してる。僕は怪我で見学するので教室の隅で座ってる。
ケンスケはノートにしきりに何か書いてた。と、その一部を千切ると空の弁当の包みに挟み、ドサクサの中で何食わぬ顔してロッカーに放り込む。そして一番端にある自分のロッカーから体操着を取って着替え始めた。
委員長がやってきた。そしてケンスケが弁当箱を放り込んだロッカーから、体操着と包みを取り出し、紙切れを抜き取るとケンスケの方をちらりと伺った。
「うわ、委員長!?」「痴漢!痴漢よ!」「痴女だろ」
「ご、ごめん…!」
男子にからかわれ、委員長はカバンに弁当箱を仕舞い、元あったところ…自分のロッカーへと戻して、慌てて教室を出た。
「…そういう話って電話より直接会ってした方がいいよ」「…そうか」
ズルイ理屈だった。けど…上手い口実だった。こんな小手先の理屈だけ上達していく。
「…大丈夫。ちゃんと…伝えておくから。伝えてもらうように…。けど…アイツも忙しいと思うから…その…リハビリとかさ…」「…うん…悪いな」
ケンスケは詫びるけど…嘘だ。完全に。伝えることなんて出来ない。
これで僕は嘘をつき続けなきゃいけなくなった。会ったとか、会わないとか、会ったけど伝えとくの忘れたとか…そういう白々しい嘘を。ばれるまで。
正直に言うなら今だとは思う。どこにいるかも分からないって。そして…多分…もう帰っては来ないって。
だけど自分に置き換えて考えてみたら…それだけでぞっとする。トウジと喧嘩して、勢いに任せて酷い言葉をぶつけて、それで…二度と会えなくなって。
仲直りしたいって思ったときどうすればいいんだよ。苦しすぎる。
「なんで喧嘩なんかしたの?」
あの2人が…僕が来るよりもずっと前からつるんでた2人がそんなにもこじれる理由。僕にはそれが想像つかない。ケンスケは…僕から顔を背けた。
「…別に…くだらない事なんだよ。本当…。
…予鈴が鳴る。そろそろ行こうぜ」
喧嘩なんて大抵そんなものだけど。どうもそれだけではなさそうな後ろめたさを漂わせ、ケンスケは話を打ち切った。昇降口の周りにいた下級生が、蜘蛛の子を散らすように慌てて階段を駆け下りて行った。
次の時間は体育で皆が慌しく移動してる。僕は怪我で見学するので教室の隅で座ってる。
ケンスケはノートにしきりに何か書いてた。と、その一部を千切ると空の弁当の包みに挟み、ドサクサの中で何食わぬ顔してロッカーに放り込む。そして一番端にある自分のロッカーから体操着を取って着替え始めた。
委員長がやってきた。そしてケンスケが弁当箱を放り込んだロッカーから、体操着と包みを取り出し、紙切れを抜き取るとケンスケの方をちらりと伺った。
「うわ、委員長!?」「痴漢!痴漢よ!」「痴女だろ」
「ご、ごめん…!」
男子にからかわれ、委員長はカバンに弁当箱を仕舞い、元あったところ…自分のロッカーへと戻して、慌てて教室を出た。
891: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/12(火) 00:39:34 ID:???
「相田“君”とつきあってるの」
ヒカリは体育座りのまま、控えめに、けれどはっきりとそう口にした。
生徒が減ったため、他クラスとの合同授業。先生が笛を吹くと、隣のクラスの子が駆けて行ってバーを跳んだ。しかし少女の跳躍はバーをなぎ倒すだけで終わった。
順番は随分先なので私達は木陰で待ってる。置きっ放しにしてた体操着は随分と湿っぽい。見上げると飛行機が青いキャンバスを白で真っ二つに割っていった。あれは…軍用機だ。長距離輸送用の。
「…軽蔑する?鈴原が好きって言っておいて、いなくなった途端に…それも鈴原の親友と…」
「そんな…」
何も言えずにいたらヒカリがそんなことを言い出し、私は慌てて否定する。言葉では。
軽蔑するような立場じゃない。立場じゃないけど…本当は意外を通り越し、ショックだった。ヒカリは一途だと思ってた。その思いが届くにせよ、届かないにせよ、思い続けることをやめはしないと勝手に思ってた。
それは傍迷惑な思い込みで、極論すれば『じゃあ一生鈴原以外を好きになっちゃいけないのか』って話だけど…そこまでは言わないにせよ、この短期間で吹っ切れるとも思ってなくて。
何にせよ、何を思ってこんな話を始めたか分からない。会話は途切れたまま。どうして欲しいんだろう。質問した方がいいのかな?
「いつ頃から?」
「あんまり経ってない。ちゃんと付き合おうってことにして…一月くらい」
「どこまでとか…聞いていいの?」
「こっそりお弁当渡したり、その中にメッセージ入れたりするくらい。
今日は妹は給食だと思ってたんだけど勘違いで…慌てて作り足してたら遅くなっちゃって」
「道理で…おかしいと思ったわよ、ヒカリが遅刻だなんて!」
オーバーに肩をすくめると、ヒカリは顔を赤らめ、ようやく少し笑った。その表情からはそれなりの幸せが感じられ…鈴原を思うと、少し複雑な気持ちになった。
何にせよヒカリらしい、ちゃんと段階を踏んだ“中学生の交際”だ。私なんかとは違う。
「私ね…鈴原に振られたの。一度は付き合ってくれるって言ってくれたんだけど。そのとき側にいてくれたのが相田君で。
鈴原がいなくなってから、ずっと支えてくれてて…付き合ってくれって言われたときに断る理由が見つからなくて」
もう…他人事として聞けなくなり始めた。それはまるでこれから辿る私達の運命のようで。
ヒカリは体育座りのまま、控えめに、けれどはっきりとそう口にした。
生徒が減ったため、他クラスとの合同授業。先生が笛を吹くと、隣のクラスの子が駆けて行ってバーを跳んだ。しかし少女の跳躍はバーをなぎ倒すだけで終わった。
順番は随分先なので私達は木陰で待ってる。置きっ放しにしてた体操着は随分と湿っぽい。見上げると飛行機が青いキャンバスを白で真っ二つに割っていった。あれは…軍用機だ。長距離輸送用の。
「…軽蔑する?鈴原が好きって言っておいて、いなくなった途端に…それも鈴原の親友と…」
「そんな…」
何も言えずにいたらヒカリがそんなことを言い出し、私は慌てて否定する。言葉では。
軽蔑するような立場じゃない。立場じゃないけど…本当は意外を通り越し、ショックだった。ヒカリは一途だと思ってた。その思いが届くにせよ、届かないにせよ、思い続けることをやめはしないと勝手に思ってた。
それは傍迷惑な思い込みで、極論すれば『じゃあ一生鈴原以外を好きになっちゃいけないのか』って話だけど…そこまでは言わないにせよ、この短期間で吹っ切れるとも思ってなくて。
何にせよ、何を思ってこんな話を始めたか分からない。会話は途切れたまま。どうして欲しいんだろう。質問した方がいいのかな?
「いつ頃から?」
「あんまり経ってない。ちゃんと付き合おうってことにして…一月くらい」
「どこまでとか…聞いていいの?」
「こっそりお弁当渡したり、その中にメッセージ入れたりするくらい。
今日は妹は給食だと思ってたんだけど勘違いで…慌てて作り足してたら遅くなっちゃって」
「道理で…おかしいと思ったわよ、ヒカリが遅刻だなんて!」
オーバーに肩をすくめると、ヒカリは顔を赤らめ、ようやく少し笑った。その表情からはそれなりの幸せが感じられ…鈴原を思うと、少し複雑な気持ちになった。
何にせよヒカリらしい、ちゃんと段階を踏んだ“中学生の交際”だ。私なんかとは違う。
「私ね…鈴原に振られたの。一度は付き合ってくれるって言ってくれたんだけど。そのとき側にいてくれたのが相田君で。
鈴原がいなくなってから、ずっと支えてくれてて…付き合ってくれって言われたときに断る理由が見つからなくて」
もう…他人事として聞けなくなり始めた。それはまるでこれから辿る私達の運命のようで。
900: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/12(火) 00:49:26 ID:???
「きっかけなんて誰だってそんなもんよ!最初は大して好きでなくても付き合ってるうちに…大事になったり…」
声がどんどん小さくなってく。その理屈は私がドイツに帰ったときにも使えてしまう。
「きっと…自分の側にいてくれる奴と付き合うのが一番…好きでなくても…」
けれどヒカリは静かに頭を振った。
「本当…その通りだと思う。でも…どうなのかなとも思うの。今思うと…最初は好きだったわけじゃない気がする。誰でも良かったのかもしれない…。それにまだ…」
その続きは言ってはいけない。今は“相田の彼女”な以上、口が裂けても。例え嘘でも相田が一番だと。だが―
「そういうのって本当は違うのかもしれない。だけど…それって相田君に失礼だから…。今はちゃんと好きになってるし。
でも…そうやってるうちに鈴原のことを思い出さなくなっていくのかなって思うと…嫌になるの」
「……」
「今、鈴原を思ってたときよりも…幸せかもしれない」
笛が長く長く吹かれた。見ると先生が険しい表情でこっちを見てる。私の番だ。
バーを上げるように仕草で指示する。10cm、15cm…まだ上げる。145cm。私の身長とそんなに違わない。みんなが信じられないという風に私を見る。
「…アスカ。頑張って」
ヒカリの声を背に受け、私は駆け出す。
私は純粋さとか愚かしいまでの一途さ…そういうのをヒカリに求め、期待し、投影してたんだと思う。私がもうそうじゃないから。無くしちゃったものをヒカリに。
でも側にいない奴、自分のことを思ってくれてない奴を思い続けるのはとても大変で。そしてそれを続ける限り幸せにはなれなくて。
多分、人間っていうのはそういう生き物なんだ。悪いとかどうとかじゃなく。忘れることが出来て、ようやくどうにか生きてけるように出来てるんだ。そうしないと幸せにはなれないんだ。
木の下からバーまで走る。助走にしては長すぎるけど、私はそのまま加速し、跳躍した。、
背面跳び。背にも爪先にも抵抗は感じなかったけど、わずかに髪がかすり、マットへと落下する。バーは…震えながらも踏み止まった。歓声とため息、拍手が私を称え、軽く手を上げて応える。
私に出来る?シンジを思い続けることが。ヒカリですら出来なかったのに?
木陰の下ではヒカリが嬉しそうに手を叩いてくれていた。
声がどんどん小さくなってく。その理屈は私がドイツに帰ったときにも使えてしまう。
「きっと…自分の側にいてくれる奴と付き合うのが一番…好きでなくても…」
けれどヒカリは静かに頭を振った。
「本当…その通りだと思う。でも…どうなのかなとも思うの。今思うと…最初は好きだったわけじゃない気がする。誰でも良かったのかもしれない…。それにまだ…」
その続きは言ってはいけない。今は“相田の彼女”な以上、口が裂けても。例え嘘でも相田が一番だと。だが―
「そういうのって本当は違うのかもしれない。だけど…それって相田君に失礼だから…。今はちゃんと好きになってるし。
でも…そうやってるうちに鈴原のことを思い出さなくなっていくのかなって思うと…嫌になるの」
「……」
「今、鈴原を思ってたときよりも…幸せかもしれない」
笛が長く長く吹かれた。見ると先生が険しい表情でこっちを見てる。私の番だ。
バーを上げるように仕草で指示する。10cm、15cm…まだ上げる。145cm。私の身長とそんなに違わない。みんなが信じられないという風に私を見る。
「…アスカ。頑張って」
ヒカリの声を背に受け、私は駆け出す。
私は純粋さとか愚かしいまでの一途さ…そういうのをヒカリに求め、期待し、投影してたんだと思う。私がもうそうじゃないから。無くしちゃったものをヒカリに。
でも側にいない奴、自分のことを思ってくれてない奴を思い続けるのはとても大変で。そしてそれを続ける限り幸せにはなれなくて。
多分、人間っていうのはそういう生き物なんだ。悪いとかどうとかじゃなく。忘れることが出来て、ようやくどうにか生きてけるように出来てるんだ。そうしないと幸せにはなれないんだ。
木の下からバーまで走る。助走にしては長すぎるけど、私はそのまま加速し、跳躍した。、
背面跳び。背にも爪先にも抵抗は感じなかったけど、わずかに髪がかすり、マットへと落下する。バーは…震えながらも踏み止まった。歓声とため息、拍手が私を称え、軽く手を上げて応える。
私に出来る?シンジを思い続けることが。ヒカリですら出来なかったのに?
木陰の下ではヒカリが嬉しそうに手を叩いてくれていた。
59: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/12(火) 04:54:57 ID:???
「ろくな説明もせず、かなり酷い言い方で強引に別れたらしくてさ」
鉄棒の横で座っている僕のとこに来るとケンスケは靴を脱ぎ、砂を叩き出しつつ、話の続きを始めた。
ケンスケはたった今、踏み切り線手前で躓き、顔からモロに砂場に突っ込んだ。
隣のクラスの男子が思い切り笑った。何故かその笑いには、確かに滑稽だった今の跳躍の失敗に対する以上の悪意が感じられたけど、ケンスケは気にする様子もなく靴を履き直し、どかっと腰を下ろした。
グラウンドではアスカが拍手喝采を浴びてる。相変わらず、凄い運動神経。この3ヶ月、ろくに運動してなかったこととかはアスカには関係ないらしい。
「『昨日まで普通に―』『私が何か悪かったの―』『あんな言い方―』『本当に好きなのに―』
“ヒカリ”は泣いて泣いて泣きまくったよ。
トウジの話を2人でして…日に日に落ち込んでくのを慰めて…その頃にはもう好きになってたんだよ、今思うと。そのくせそれを自覚せずに、完全に逆上せた状態で会いに行って…。
俺って馬鹿でさ。根に持ってたんだよ、トウジが四人目だってこと。左足なくした姿見てもまだ羨ましいって。憎いとすら思ってた。トウジも、ミサトさんも、NERVも…お前も。自分以外全部。
それもあって怒鳴り合いになってさ。怪我で体力消耗し切ってる人間相手に掴みかかって…はは…そりゃ、出入り禁止も食らうよな」
乾ききった笑い声を上げるけど…僕は笑えない。
ケンスケは言う必要がないことまで話してる。自分を傷つけるために。
「本当、馬鹿だよ。シンジ…分かるよな。別れた理由。理由を言わなかった理由」
「…うん」
大体想像つく。アイツが訳もなくそんな真似をするわけない。したとしたらそれはきっと…。
「ヒカリのためなんだよな、全部。適格者になって、大怪我して…どうなるか分からない自分に、ずっとつき合わせちゃいけないって。
トウジも大概だけど、ヒカリも負けず劣らず古風だから。付き合うってなったらとことんいく。だから…。
それなのに言いふらしたんだよ、俺。怪我したからってどこまでもワガママ通ると、調子に乗ってるって。お陰でアイツ、評判最悪だよ」
悔やんでも悔やみきれないというようにケンスケは天を仰いだ。
「俺には…気付いて欲しかっただろうなぁ。
言ってくれれば良かったのになぁ。それが出来る奴じゃないのは知ってるけどさ」
鉄棒の横で座っている僕のとこに来るとケンスケは靴を脱ぎ、砂を叩き出しつつ、話の続きを始めた。
ケンスケはたった今、踏み切り線手前で躓き、顔からモロに砂場に突っ込んだ。
隣のクラスの男子が思い切り笑った。何故かその笑いには、確かに滑稽だった今の跳躍の失敗に対する以上の悪意が感じられたけど、ケンスケは気にする様子もなく靴を履き直し、どかっと腰を下ろした。
グラウンドではアスカが拍手喝采を浴びてる。相変わらず、凄い運動神経。この3ヶ月、ろくに運動してなかったこととかはアスカには関係ないらしい。
「『昨日まで普通に―』『私が何か悪かったの―』『あんな言い方―』『本当に好きなのに―』
“ヒカリ”は泣いて泣いて泣きまくったよ。
トウジの話を2人でして…日に日に落ち込んでくのを慰めて…その頃にはもう好きになってたんだよ、今思うと。そのくせそれを自覚せずに、完全に逆上せた状態で会いに行って…。
俺って馬鹿でさ。根に持ってたんだよ、トウジが四人目だってこと。左足なくした姿見てもまだ羨ましいって。憎いとすら思ってた。トウジも、ミサトさんも、NERVも…お前も。自分以外全部。
それもあって怒鳴り合いになってさ。怪我で体力消耗し切ってる人間相手に掴みかかって…はは…そりゃ、出入り禁止も食らうよな」
乾ききった笑い声を上げるけど…僕は笑えない。
ケンスケは言う必要がないことまで話してる。自分を傷つけるために。
「本当、馬鹿だよ。シンジ…分かるよな。別れた理由。理由を言わなかった理由」
「…うん」
大体想像つく。アイツが訳もなくそんな真似をするわけない。したとしたらそれはきっと…。
「ヒカリのためなんだよな、全部。適格者になって、大怪我して…どうなるか分からない自分に、ずっとつき合わせちゃいけないって。
トウジも大概だけど、ヒカリも負けず劣らず古風だから。付き合うってなったらとことんいく。だから…。
それなのに言いふらしたんだよ、俺。怪我したからってどこまでもワガママ通ると、調子に乗ってるって。お陰でアイツ、評判最悪だよ」
悔やんでも悔やみきれないというようにケンスケは天を仰いだ。
「俺には…気付いて欲しかっただろうなぁ。
言ってくれれば良かったのになぁ。それが出来る奴じゃないのは知ってるけどさ」
144: N3爆弾 ◇WwZ76piHps 2005/04/12(火) 19:27:18 ID:???
「ろくな説明もせず、かなり酷い言い方で強引に別れたらしくてさ」
鉄棒の横で座っている僕のとこに来るとケイスケは下駄を脱ぎ、膿を叩き出しつつ、話の続きを始めた。
ケイスケはたった今、踏み切り線手前で躓き、顔からモロに肥溜めに突っ込んだ。
隣のクラスの男子が思い切り笑った。何故かその笑いには、確かに滑稽だった今の跳躍の失敗に対する以上の悪意が感じられたけど、ケイスケは気にする様子もなく下駄を履き直し、どかっと腰を下ろした。
グラウンドではアスカが拍手喝采を浴びてる。相変わらず、凄い運動神経。この3ヶ月、ろくに運動してなかったこととかはアスカには関係ないらしい。
「『昨日まで普通に―』『私が何か悪かったの―』『あんな言い方―』『本当に好きなのに―』
“ヒカル”は泣いて泣いて泣きまくったよ。
トウジの話を2人でして…日に日に落ち込んでくのを慰めて…その頃にはもう好きになってたんだよ、今思うと。そのくせそれを自覚せずに、完全に逆上せた状態で会いに行って…。
俺って馬鹿でさ。根に持ってたんだよ、トウジが四人目だってこと。性器なくした姿見てもまだ羨ましいって。憎いとすら思ってた。トウジも、ミサルさんも、NERVも…お前も。自分以外全部。
それもあって怒鳴り合いになってさ。怪我で体力消耗し切ってる人間相手に掴みかかって…はは…そりゃ、出入り禁止も食らうよな」
乾ききった笑い声を上げるけど…僕は笑えない。
ケイスケは言う必要がないことまで話してる。自分を傷つけるために。
「本当、馬鹿だよ。チンジ…分かるよな。別れた理由。理由を言わなかった理由」
「…うん」
大体想像つく。トウジが訳もなくそんな真似をするわけない。したとしたらそれはきっと…。
「ヒカルのためなんだよな、全部。適格者になって、大怪我して…どうなるか分からない自分に、ずっとつき合わせちゃいけないって。
トウジも大概だけど、ヒカルも負けず劣らず古風だから。付き合うってなったらとことんいく。だから…。
それなのに言いふらしたんだよ、俺。怪我したからってどこまでもワガママ通ると、調子に乗ってるって。お陰でアイツ、評判最悪だよ」
悔やんでも悔やみきれないというようにケイスケは天を仰いだ。
「俺には…気付いて欲しかっただろうなぁ。
言ってくれれば良かったのになぁ。それが出来る奴じゃないのは知ってるけどさ
鉄棒の横で座っている僕のとこに来るとケイスケは下駄を脱ぎ、膿を叩き出しつつ、話の続きを始めた。
ケイスケはたった今、踏み切り線手前で躓き、顔からモロに肥溜めに突っ込んだ。
隣のクラスの男子が思い切り笑った。何故かその笑いには、確かに滑稽だった今の跳躍の失敗に対する以上の悪意が感じられたけど、ケイスケは気にする様子もなく下駄を履き直し、どかっと腰を下ろした。
グラウンドではアスカが拍手喝采を浴びてる。相変わらず、凄い運動神経。この3ヶ月、ろくに運動してなかったこととかはアスカには関係ないらしい。
「『昨日まで普通に―』『私が何か悪かったの―』『あんな言い方―』『本当に好きなのに―』
“ヒカル”は泣いて泣いて泣きまくったよ。
トウジの話を2人でして…日に日に落ち込んでくのを慰めて…その頃にはもう好きになってたんだよ、今思うと。そのくせそれを自覚せずに、完全に逆上せた状態で会いに行って…。
俺って馬鹿でさ。根に持ってたんだよ、トウジが四人目だってこと。性器なくした姿見てもまだ羨ましいって。憎いとすら思ってた。トウジも、ミサルさんも、NERVも…お前も。自分以外全部。
それもあって怒鳴り合いになってさ。怪我で体力消耗し切ってる人間相手に掴みかかって…はは…そりゃ、出入り禁止も食らうよな」
乾ききった笑い声を上げるけど…僕は笑えない。
ケイスケは言う必要がないことまで話してる。自分を傷つけるために。
「本当、馬鹿だよ。チンジ…分かるよな。別れた理由。理由を言わなかった理由」
「…うん」
大体想像つく。トウジが訳もなくそんな真似をするわけない。したとしたらそれはきっと…。
「ヒカルのためなんだよな、全部。適格者になって、大怪我して…どうなるか分からない自分に、ずっとつき合わせちゃいけないって。
トウジも大概だけど、ヒカルも負けず劣らず古風だから。付き合うってなったらとことんいく。だから…。
それなのに言いふらしたんだよ、俺。怪我したからってどこまでもワガママ通ると、調子に乗ってるって。お陰でアイツ、評判最悪だよ」
悔やんでも悔やみきれないというようにケイスケは天を仰いだ。
「俺には…気付いて欲しかっただろうなぁ。
言ってくれれば良かったのになぁ。それが出来る奴じゃないのは知ってるけどさ
146: N3爆弾 ◇WwZ76piHps 2005/04/12(火) 19:30:06 ID:???
「ろくな説明もせず、かなり酷い言い方で強引に別れたらしくてさ」
鉄棒の横で座っている僕のとこに来るとケイスケは下駄を脱ぎ、膿を叩き出しつつ、話の続きを始めた。
ケイスケはたった今、女子トイレ手前で躓き、顔からモロに肥溜めに突っ込んだ。
隣のクラスの男子が思い切り笑った。何故かその笑いには、確かに滑稽だった今の跳躍の失敗に対する以上の悪意が感じられたけど、ケイスケは気にする様子もなく下駄を履き直し、どかっと腰を下ろした。
「『昨日まで普通に―』『私が何か悪かったの―』『あんな言い方―』『本当に好きなのに―』
“ヒカル”は泣いて泣いて泣きまくったよ。
トンジの話を2人でして…日に日に落ち込んでくのを慰めて…その頃にはもう好きになってたんだよ、今思うと。そのくせそれを自覚せずに、完全に逆上せた状態で会いに行って…。
俺って馬鹿でさ。根に持ってたんだよ、トンジが四人目だってこと。性器なくした姿見てもまだ羨ましいって。憎いとすら思ってた。トンジも、ミサルさんも、NERVも…お前も。自分以外全部。
それもあって怒鳴り合いになってさ。怪我で体力消耗し切ってる人間相手に掴みかかって…はは…そりゃ、出入り禁止も食らうよな」
乾ききった笑い声を上げるけど…僕は笑えない。
ケイスケは言う必要がないことまで話してる。自分を傷つけるために。
「本当、馬鹿だよ。チンジ…分かるよな。別れた理由。理由を言わなかった理由」
「…うん」
大体想像つく。トンジが訳もなくそんな真似をするわけない。したとしたらそれはきっと…。
「ヒカルのためなんだよな、全部。適格者になって、大怪我して…どうなるか分からない自分に、ずっとつき合わせちゃいけないって。
トンジも大概だけど、ヒカルも負けず劣らず古風だから。付き合うってなったらとことんいく。だから…。
それなのに言いふらしたんだよ、俺。怪我したからってどこまでもワガママ通ると、調子に乗ってるって。お陰でトンジ、評判最悪だよ」
悔やんでも悔やみきれないというようにケイスケは天を仰いだ。
「俺には…気付いて欲しかっただろうなぁ。
言ってくれれば良かったのになぁ。それが出来る奴じゃないのは知ってるけどさ
鉄棒の横で座っている僕のとこに来るとケイスケは下駄を脱ぎ、膿を叩き出しつつ、話の続きを始めた。
ケイスケはたった今、女子トイレ手前で躓き、顔からモロに肥溜めに突っ込んだ。
隣のクラスの男子が思い切り笑った。何故かその笑いには、確かに滑稽だった今の跳躍の失敗に対する以上の悪意が感じられたけど、ケイスケは気にする様子もなく下駄を履き直し、どかっと腰を下ろした。
「『昨日まで普通に―』『私が何か悪かったの―』『あんな言い方―』『本当に好きなのに―』
“ヒカル”は泣いて泣いて泣きまくったよ。
トンジの話を2人でして…日に日に落ち込んでくのを慰めて…その頃にはもう好きになってたんだよ、今思うと。そのくせそれを自覚せずに、完全に逆上せた状態で会いに行って…。
俺って馬鹿でさ。根に持ってたんだよ、トンジが四人目だってこと。性器なくした姿見てもまだ羨ましいって。憎いとすら思ってた。トンジも、ミサルさんも、NERVも…お前も。自分以外全部。
それもあって怒鳴り合いになってさ。怪我で体力消耗し切ってる人間相手に掴みかかって…はは…そりゃ、出入り禁止も食らうよな」
乾ききった笑い声を上げるけど…僕は笑えない。
ケイスケは言う必要がないことまで話してる。自分を傷つけるために。
「本当、馬鹿だよ。チンジ…分かるよな。別れた理由。理由を言わなかった理由」
「…うん」
大体想像つく。トンジが訳もなくそんな真似をするわけない。したとしたらそれはきっと…。
「ヒカルのためなんだよな、全部。適格者になって、大怪我して…どうなるか分からない自分に、ずっとつき合わせちゃいけないって。
トンジも大概だけど、ヒカルも負けず劣らず古風だから。付き合うってなったらとことんいく。だから…。
それなのに言いふらしたんだよ、俺。怪我したからってどこまでもワガママ通ると、調子に乗ってるって。お陰でトンジ、評判最悪だよ」
悔やんでも悔やみきれないというようにケイスケは天を仰いだ。
「俺には…気付いて欲しかっただろうなぁ。
言ってくれれば良かったのになぁ。それが出来る奴じゃないのは知ってるけどさ
171: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/12(火) 21:24:09 ID:???
「制服無視して…教師や上級生に目ぇつけられてもヘラヘラかわして…。
敵も多かったけど味方も多かった。だって…いい奴だもんな。因果ってのは上手いこと回るもんでさ。今、俺は両方から“的”だよ」
「的…って…」
「大したもんだ。見事に顔とか腕とか、外から見てすぐ分かるとこは避けてる」
そう言ってケンスケは体操着をまくった。
「…!」
「アイツがいなくなったら見えないとこで“敵”から集中攻撃されてさ。んで悪口言いまくったせいで“味方”にも的にされて…俺なんて口ばっかだからやられ放題だよ」
「何で…何でここまで…」
理解できない…酷いやられようだった。そしてそれで笑ってられるケンスケもまた理解できなかった。
「当人には手が出せないからだよ。お前は一年のとき、いなかったからな。あいつが“限度”を覚えたのはつい最近の―…まぁその話はいいや」
「先生に言った方がいいよ!こんなの絶対…!」「いいんだよ。俺がしたことが巡り巡って返って来てるなんだから」
「それとこれとは話が違うよ!何もしないからどこまでも調子に乗って―…!」
「お前が思うよりは殴られるの上手いんだよ、俺は。殴るのはド下手のまんまだけどな。殴られてる自分に気持ちよく酔ってるとこなんだから、邪魔しないでくれよ。
大丈夫。クラスの連中にはされてないから」
そんな強がりで済むような有様じゃない。だけどケンスケは笑いながらも僕を睨んだ。それなりに覚悟を持ってのことだって分かったから…それ以上は何も言えなくなった。
「…付き合ってんのを内緒にするのもそれが理由?」
「…ヒカリにはからかわれるのが嫌だからって言ってるけど…ばれたら飛び火するかもしれないしな。だからってトウジみたく別れようとも言えないんだ。1人って…おっかないからさ。
そういうことでさ。しつこいようだけどトウジに―…」
「会って…どうするの?」「……」
「会って何を話すんだよ。謝るの?何について?委員長と…付き合い出したことを?それとも委員長とは…」「……」
ケンスケはしばらく考えて―…
「…ヒカリは…もう返せないよ。返すなんて言ったら、それこそトウジに殴り殺される。後は…会ってから考える」
とだけ答えた。
先生が…集合の笛を吹いた。
敵も多かったけど味方も多かった。だって…いい奴だもんな。因果ってのは上手いこと回るもんでさ。今、俺は両方から“的”だよ」
「的…って…」
「大したもんだ。見事に顔とか腕とか、外から見てすぐ分かるとこは避けてる」
そう言ってケンスケは体操着をまくった。
「…!」
「アイツがいなくなったら見えないとこで“敵”から集中攻撃されてさ。んで悪口言いまくったせいで“味方”にも的にされて…俺なんて口ばっかだからやられ放題だよ」
「何で…何でここまで…」
理解できない…酷いやられようだった。そしてそれで笑ってられるケンスケもまた理解できなかった。
「当人には手が出せないからだよ。お前は一年のとき、いなかったからな。あいつが“限度”を覚えたのはつい最近の―…まぁその話はいいや」
「先生に言った方がいいよ!こんなの絶対…!」「いいんだよ。俺がしたことが巡り巡って返って来てるなんだから」
「それとこれとは話が違うよ!何もしないからどこまでも調子に乗って―…!」
「お前が思うよりは殴られるの上手いんだよ、俺は。殴るのはド下手のまんまだけどな。殴られてる自分に気持ちよく酔ってるとこなんだから、邪魔しないでくれよ。
大丈夫。クラスの連中にはされてないから」
そんな強がりで済むような有様じゃない。だけどケンスケは笑いながらも僕を睨んだ。それなりに覚悟を持ってのことだって分かったから…それ以上は何も言えなくなった。
「…付き合ってんのを内緒にするのもそれが理由?」
「…ヒカリにはからかわれるのが嫌だからって言ってるけど…ばれたら飛び火するかもしれないしな。だからってトウジみたく別れようとも言えないんだ。1人って…おっかないからさ。
そういうことでさ。しつこいようだけどトウジに―…」
「会って…どうするの?」「……」
「会って何を話すんだよ。謝るの?何について?委員長と…付き合い出したことを?それとも委員長とは…」「……」
ケンスケはしばらく考えて―…
「…ヒカリは…もう返せないよ。返すなんて言ったら、それこそトウジに殴り殺される。後は…会ってから考える」
とだけ答えた。
先生が…集合の笛を吹いた。
175: N3爆弾 ◇WwZ76piHps 2005/04/12(火) 21:37:52 ID:???
「制服無視して…教師や上級生に目ぇつけられてもヘラヘラかわして…。
敵も多かったけど味方も多かった。だって…いい奴だもんな。因果ってのは上手いこと回るもんでさ。今、俺は両方から“的”だよ」
「的…って…」
「大したもんだ。見事に顔とか腕とか、外から見てすぐ分かるとこは避けてる」
そう言ってケンスケは体操着をまくった。
「…!」
「トンジがいなくなったら見えないとこで“敵”から集中攻撃されてさ。んで悪口言いまくったせいで“味方”にも的にされて…俺なんて口ばっかだからやられ放題だよ」
「何で…何でここまで…」
理解できるが…酷いやられようだった。そしてそれで笑ってられるケンスケもまたブチ切れていた。
「トンジには手が出せないからだよ。お前は一年のとき、いなかったからな。あいつが“限度”を覚えたのはつい最近の―…まぁその話はいいや」
「先生に言った方がいいよ!こんなの絶対…!」「いいんだよ。俺がしたことが巡り巡って返って来てるなんだから」
「それとこれとは話が違うよ!何もしないからどこまでも調子に乗って―…!」
「お前が思うよりは殴られるの上手いんだよ、俺は。殴るのはド下手のまんまだけどな。殴られてる自分に気持ちよく酔ってるとこなんだから、邪魔しないでくれよ。
大丈夫。クラスの連中にはされてないから」
そんな強がりで済むような有様じゃない。だけどケンスケは笑いながらも僕を睨んだ。それなりに覚悟を持ってのことだって分かったから…それ以上は何も言えなくなった。
「…付き合ってんのを内緒にするのもそれが理由?」
「…ヒカリにはからかわれるのが嫌だからって言ってるけど…ばれたら飛び火するかもしれないしな。だからってトンジみたく別れようとも言えないんだ。1人って…おっかないからさ。
そういうことでさ。しつこいようだけどトンジに―…」
「会って…どうするの?」「……」
「会って何を話すんだよ。謝るの?何について?委員長と…付き合い出したことを?それとも委員長とは…」「……」
ケンスケはしばらく考えて―…
「…ヒカリは…返すつもりはない。返すなんて言ったら、それこそトンジに殴り殺される。後は…会ってから考える」
とだけ答えた。
先生が…集合の笛を吹いた。
敵も多かったけど味方も多かった。だって…いい奴だもんな。因果ってのは上手いこと回るもんでさ。今、俺は両方から“的”だよ」
「的…って…」
「大したもんだ。見事に顔とか腕とか、外から見てすぐ分かるとこは避けてる」
そう言ってケンスケは体操着をまくった。
「…!」
「トンジがいなくなったら見えないとこで“敵”から集中攻撃されてさ。んで悪口言いまくったせいで“味方”にも的にされて…俺なんて口ばっかだからやられ放題だよ」
「何で…何でここまで…」
理解できるが…酷いやられようだった。そしてそれで笑ってられるケンスケもまたブチ切れていた。
「トンジには手が出せないからだよ。お前は一年のとき、いなかったからな。あいつが“限度”を覚えたのはつい最近の―…まぁその話はいいや」
「先生に言った方がいいよ!こんなの絶対…!」「いいんだよ。俺がしたことが巡り巡って返って来てるなんだから」
「それとこれとは話が違うよ!何もしないからどこまでも調子に乗って―…!」
「お前が思うよりは殴られるの上手いんだよ、俺は。殴るのはド下手のまんまだけどな。殴られてる自分に気持ちよく酔ってるとこなんだから、邪魔しないでくれよ。
大丈夫。クラスの連中にはされてないから」
そんな強がりで済むような有様じゃない。だけどケンスケは笑いながらも僕を睨んだ。それなりに覚悟を持ってのことだって分かったから…それ以上は何も言えなくなった。
「…付き合ってんのを内緒にするのもそれが理由?」
「…ヒカリにはからかわれるのが嫌だからって言ってるけど…ばれたら飛び火するかもしれないしな。だからってトンジみたく別れようとも言えないんだ。1人って…おっかないからさ。
そういうことでさ。しつこいようだけどトンジに―…」
「会って…どうするの?」「……」
「会って何を話すんだよ。謝るの?何について?委員長と…付き合い出したことを?それとも委員長とは…」「……」
ケンスケはしばらく考えて―…
「…ヒカリは…返すつもりはない。返すなんて言ったら、それこそトンジに殴り殺される。後は…会ってから考える」
とだけ答えた。
先生が…集合の笛を吹いた。
303: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/14(木) 03:36:42 ID:???
「―このご時世、こんな商売がよくやっていけるもんね」
アスカはカートゥン・ヒーローズをノリノリで歌い終えると、喝采の中、次の子にマイクを渡し、隣に腰を下ろした。僕は手を叩いて迎える。
放課後僕らは校区内で唯一、25人用の大部屋があるカラオケ屋に来た。“僕ら”というのは塾や約束で、仕方なく帰った数人を除くクラス全員。
実際、客も少なく、待たされることも無く、すぐに部屋へと通された。帰還祝いって名目だったけど、みんな自分が次に何を歌うかで頭が一杯で、主役のはずの僕らに気を回すゆとりのある奴はいない。別にいいけど。
男子の一部がサッカーを強行に主張したけど、女子が楽しめないのと僕の体の具合とでカラオケに決まった。不満をタレてた奴らも、結局パンク系の曲を下手糞に、けど気持ち良さそうにがなり立てている。
僕自身は一曲も歌ってないけど、この場にいるだけで楽しい。
「まだ余裕がある証拠だろ。
無くならないし、無くしちゃいけないよ。“こんな商売”は」
適当に言ったつもりだったけど、意外と味のある理屈だったかも。アスカはわずかに鼻を鳴らした。
「なるほどね。どんなご時世だろうと人は娯楽を探すって訳か。
歌だったり、スポーツだったり…恋愛だったりね」
「……」
隣へ目線だけを向ける。アスカは唾を飛ばしながら叫びまくる男子を無表情に見つめていた。
「…聞いた?」
「…付き合ってるらしいね」
『何を?』と聞くまでもない。アスカはどこか面白くなさそうにジンジャエールをぐいっとあおった。思うところは同じらしい。
その2人はコの字型に配置された席の端と端、ある意味、対称的な位置に座ってる。
女の子の方は一緒に歌おうと何度か誘われるも遠慮がちに断り、男子の方は何を注文するわけでもないのに食事のメニューを開いて眺めてる。そして互いに時々視線を交し合い、目を逸らす。
「…ヒカリは悪くないわよ」
「ケンスケだってトウジだって悪くない。…誰かが悪いわけじゃない」
「…それなら何で苦しむ子が出るのかしらね」
「…知らないよ」
『恋愛とはそういうもの』なんて達観には程遠くて。互いの友達に肩入れするのは当然で。やり場のない憤りに僕らは黙り込む。
アスカに声をかけようとした子が、僕らの周りだけに漂いだした喧騒と途絶された空気に口をつぐみ、慌てて別の子達の話に加わった。
アスカはカートゥン・ヒーローズをノリノリで歌い終えると、喝采の中、次の子にマイクを渡し、隣に腰を下ろした。僕は手を叩いて迎える。
放課後僕らは校区内で唯一、25人用の大部屋があるカラオケ屋に来た。“僕ら”というのは塾や約束で、仕方なく帰った数人を除くクラス全員。
実際、客も少なく、待たされることも無く、すぐに部屋へと通された。帰還祝いって名目だったけど、みんな自分が次に何を歌うかで頭が一杯で、主役のはずの僕らに気を回すゆとりのある奴はいない。別にいいけど。
男子の一部がサッカーを強行に主張したけど、女子が楽しめないのと僕の体の具合とでカラオケに決まった。不満をタレてた奴らも、結局パンク系の曲を下手糞に、けど気持ち良さそうにがなり立てている。
僕自身は一曲も歌ってないけど、この場にいるだけで楽しい。
「まだ余裕がある証拠だろ。
無くならないし、無くしちゃいけないよ。“こんな商売”は」
適当に言ったつもりだったけど、意外と味のある理屈だったかも。アスカはわずかに鼻を鳴らした。
「なるほどね。どんなご時世だろうと人は娯楽を探すって訳か。
歌だったり、スポーツだったり…恋愛だったりね」
「……」
隣へ目線だけを向ける。アスカは唾を飛ばしながら叫びまくる男子を無表情に見つめていた。
「…聞いた?」
「…付き合ってるらしいね」
『何を?』と聞くまでもない。アスカはどこか面白くなさそうにジンジャエールをぐいっとあおった。思うところは同じらしい。
その2人はコの字型に配置された席の端と端、ある意味、対称的な位置に座ってる。
女の子の方は一緒に歌おうと何度か誘われるも遠慮がちに断り、男子の方は何を注文するわけでもないのに食事のメニューを開いて眺めてる。そして互いに時々視線を交し合い、目を逸らす。
「…ヒカリは悪くないわよ」
「ケンスケだってトウジだって悪くない。…誰かが悪いわけじゃない」
「…それなら何で苦しむ子が出るのかしらね」
「…知らないよ」
『恋愛とはそういうもの』なんて達観には程遠くて。互いの友達に肩入れするのは当然で。やり場のない憤りに僕らは黙り込む。
アスカに声をかけようとした子が、僕らの周りだけに漂いだした喧騒と途絶された空気に口をつぐみ、慌てて別の子達の話に加わった。
324: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/15(金) 02:16:38 ID:???
「来なきゃ良かったかなぁ…」
優先的に曲を入れさせてもらってるくせに何が不満なのか。氷をゴリゴリ噛み砕きながらアスカはそんなことを言う。
僕は流石に笑った。冗談だと思ったから。
「あれだけ歌いまくった後じゃ説得力ないよ」
「カラオケにじゃないわよ。まぁここもそうだけど。学校によ」
「…かなり楽しんでたように見えたけど?」
「楽しかったわよ、確かに。もうちょい…ゴタゴタするもんだと思ってたし」
それが物足りないとでも言うのか…。アスカのトーンは思ったよりも沈んでいて…笑いを取りに来たとは思えず、僕の声も知らず沈んだ。
「そうならなくてよかったじゃないか…何が問題なんだよ」
「問題じゃん。今日は絶望しに来たつもりだったんだから」
「絶…」
「どうせ噂は広まってると思ってたしさ。とことんまで打ちのめされたら日本に見切りをつけやすいかなって。そう思って来たんだけど…。
完全に裏目に出たみたい。みんな…お人好し過ぎ。予定が狂っちゃった」
そう言ってアスカは頬を膨らませる。
独特の…アスカ一流の強がりだ。本当にそんなことを考えてたわけがない。何か言われてるとは思いながらも、皆の顔が見たくてたまらなかったに違いない。
けどこの反応は流石に期待すらしていなくて…嬉しかっただろうけど、日本を離れ辛くなったのは確かだと思う。
「でも…このお人好しの群れの中から5人目が選ばれるのよね」
「―!!」
聞き捨てならない台詞に思わずぎょっとする。あまりに迂闊すぎる発言だった。
「アスカ、それは…!」
「この中の誰かが弐号機に乗るのよね」
小声でたしなめてもアスカは呟き続ける。その目の焦点はどこにも合っていない。
左右を見る。幸い、僕らに気を使ってくれたのか、両側ともいくらかの距離を取ってくれていた。狭いというのに。それに歌声でかき消されて…。
アスカは自分以外の子が弐号機に乗ることを明らかに嫌悪している。でもそれは今までのように執着やプライドから来るものじゃなくて…。
「そうなのよね。乗せられるのよ。私がいなくなるから。私が…いなくなるせいで」
アスカは…苦しそうだった。
優先的に曲を入れさせてもらってるくせに何が不満なのか。氷をゴリゴリ噛み砕きながらアスカはそんなことを言う。
僕は流石に笑った。冗談だと思ったから。
「あれだけ歌いまくった後じゃ説得力ないよ」
「カラオケにじゃないわよ。まぁここもそうだけど。学校によ」
「…かなり楽しんでたように見えたけど?」
「楽しかったわよ、確かに。もうちょい…ゴタゴタするもんだと思ってたし」
それが物足りないとでも言うのか…。アスカのトーンは思ったよりも沈んでいて…笑いを取りに来たとは思えず、僕の声も知らず沈んだ。
「そうならなくてよかったじゃないか…何が問題なんだよ」
「問題じゃん。今日は絶望しに来たつもりだったんだから」
「絶…」
「どうせ噂は広まってると思ってたしさ。とことんまで打ちのめされたら日本に見切りをつけやすいかなって。そう思って来たんだけど…。
完全に裏目に出たみたい。みんな…お人好し過ぎ。予定が狂っちゃった」
そう言ってアスカは頬を膨らませる。
独特の…アスカ一流の強がりだ。本当にそんなことを考えてたわけがない。何か言われてるとは思いながらも、皆の顔が見たくてたまらなかったに違いない。
けどこの反応は流石に期待すらしていなくて…嬉しかっただろうけど、日本を離れ辛くなったのは確かだと思う。
「でも…このお人好しの群れの中から5人目が選ばれるのよね」
「―!!」
聞き捨てならない台詞に思わずぎょっとする。あまりに迂闊すぎる発言だった。
「アスカ、それは…!」
「この中の誰かが弐号機に乗るのよね」
小声でたしなめてもアスカは呟き続ける。その目の焦点はどこにも合っていない。
左右を見る。幸い、僕らに気を使ってくれたのか、両側ともいくらかの距離を取ってくれていた。狭いというのに。それに歌声でかき消されて…。
アスカは自分以外の子が弐号機に乗ることを明らかに嫌悪している。でもそれは今までのように執着やプライドから来るものじゃなくて…。
「そうなのよね。乗せられるのよ。私がいなくなるから。私が…いなくなるせいで」
アスカは…苦しそうだった。
329: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/15(金) 04:35:51 ID:???
自分やアスカのことで精一杯で“次”のことまでは頭が回らなかった。
そうだ。減った以上は補充しようとするだろう。そしてその補充源といえばここだ。だけど…。
「…まだ決まったわけじゃないよ。だって…単純にクビにしたからって選出できるんならとっくに…」
「でしょうね」
アスカはあっさり同意した。言いにくい内容だったけど僕は続けた。
「つまり候補ってだけで…EVAとシンクロ出来る程の子はここには…」
「じゃあ何で保護してんのよ。使えないんなら置いとく理由ないじゃない」
「そう言われたら…その通りだけど…」
アスカは両側を確認してから、険しい表情で更に声を小さくした。
「…ある程度シンクロさせる“だけ”なら可能なのよ…手段さえ選ばなきゃ。
適格者に求められる資質は二つ。この中には二種類の不幸な子がいるはずなのよ。適応したコアが存在する子と、先天的に生理学的な資質を保有してた子」
「両方を兼ね備えてる子は?」
「いるわよ。そういう極めつけにツイてないのも。アンタとか1stとか私とか…鈴原とかね」
「……」
全員とっくに選出されてる。ツイてない…か。
「1st、3rd、4th…凄い国よね。3人も適格者を引き当てた。しかもその中にはアンタみたいな天才が混じってて。
でもそんなのがこれ以上、このクラスどころか国内にいる訳ないし。とりあえず適格者の出現確率と人口比からはその可能性はない」
「じゃあ無理ってことじゃないの?」
「正攻法ではね。だから使うんじゃないの?使われる側はもちろん、使う側も正気じゃやれない、『問題だらけの最後の手段』。
“次の天才”が見つからないうちに私を切ったからには…少なくとも覚悟くらいはあるはずよ」
「問題だらけって…」
「……」
アスカは明言しなかったけど…邪悪なニュアンスは伝わる。自分のせいでそういう事態を招いたことに今日初めて気付いた困惑も。
…これ以上は聞けない。
「…ドイツじゃそんなことばっか研究してたわ。あの国は昔から人の尊厳を無視するの得意だし。
まぁ…これからそこに帰るんだけどさ」
アスカも辛そうに話を逸らしたけど…自分の育った国をそうまで悪し様に言えるのも分からないことの一つだった。
そうだ。減った以上は補充しようとするだろう。そしてその補充源といえばここだ。だけど…。
「…まだ決まったわけじゃないよ。だって…単純にクビにしたからって選出できるんならとっくに…」
「でしょうね」
アスカはあっさり同意した。言いにくい内容だったけど僕は続けた。
「つまり候補ってだけで…EVAとシンクロ出来る程の子はここには…」
「じゃあ何で保護してんのよ。使えないんなら置いとく理由ないじゃない」
「そう言われたら…その通りだけど…」
アスカは両側を確認してから、険しい表情で更に声を小さくした。
「…ある程度シンクロさせる“だけ”なら可能なのよ…手段さえ選ばなきゃ。
適格者に求められる資質は二つ。この中には二種類の不幸な子がいるはずなのよ。適応したコアが存在する子と、先天的に生理学的な資質を保有してた子」
「両方を兼ね備えてる子は?」
「いるわよ。そういう極めつけにツイてないのも。アンタとか1stとか私とか…鈴原とかね」
「……」
全員とっくに選出されてる。ツイてない…か。
「1st、3rd、4th…凄い国よね。3人も適格者を引き当てた。しかもその中にはアンタみたいな天才が混じってて。
でもそんなのがこれ以上、このクラスどころか国内にいる訳ないし。とりあえず適格者の出現確率と人口比からはその可能性はない」
「じゃあ無理ってことじゃないの?」
「正攻法ではね。だから使うんじゃないの?使われる側はもちろん、使う側も正気じゃやれない、『問題だらけの最後の手段』。
“次の天才”が見つからないうちに私を切ったからには…少なくとも覚悟くらいはあるはずよ」
「問題だらけって…」
「……」
アスカは明言しなかったけど…邪悪なニュアンスは伝わる。自分のせいでそういう事態を招いたことに今日初めて気付いた困惑も。
…これ以上は聞けない。
「…ドイツじゃそんなことばっか研究してたわ。あの国は昔から人の尊厳を無視するの得意だし。
まぁ…これからそこに帰るんだけどさ」
アスカも辛そうに話を逸らしたけど…自分の育った国をそうまで悪し様に言えるのも分からないことの一つだった。
330: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/15(金) 04:57:27 ID:???
「ねぇアスカ。ついでだから聞いとくんだけどさ。
それが帰るのを嫌がる理由なの?何でそんなにドイツを嫌がるの?」
「―何で?何でって?あんた何言ってんの?」
勇気を出して聞いてみたけどニュアンスが伝わらなかったようで、アスカが僕の方に向き直る。本気でキレる寸前のトーンで。
周りの子達がスススと退避する。あまりに言葉が足りなかったことに気付き、僕は慌てて補足した。
「ち、違うよ!単純に…ドイツそのものを嫌がってるみたいに聞こえて…!…なんか…ずっとそんな感じの印象を受けてたから…だから」
「……」
アスカはグラスから手を離した。それでも引いていった人の波は帰って来ない。とにかくどうにか水浸し、いやコーラ浸しにならずに済んだ。ぶっかけられていたら、べとついてかなりきつかったろう。
「…確かに好きではない」
「…どうして?会いたい人とかいないの?家族とか…友達とか」
「…えらそうに聞くじゃない。あんた、司令を家族だって言える?」
「……」
機嫌を損ねたらしく、アスカの言葉が心の内角を深く深くえぐってきた。
「それと同じよ。“遺伝子提供者”と“戸籍上の母”がいるだけ。家族じゃない。
あと、ドイツには友達はいないわ。一人もね。
日本に来て分かった。“ホントの友達”が出来て初めて。“ああいうの”は友達とは言わない。誰も…私を待ってないわ」
不気味なぐらい淡々と語る。『待ってない』と…『会いたい』は違うはずだけど。そのズレが一つの答えだった。
「そこまで…何も期待できないところなの?僕はてっきりこう…もっとちやほやされてたものかと…」
「ちやほやはされてたわよ。アンタの思う以上のレベルで。こういう性格になるくらいだし。
でもそれってまた、私が欲しいのとは違うものだったから」
良かった。一応自覚はあるらし…いや違う!だったらなおさらおかしいじゃないか。
「…分からない。どういう環境なのか思い浮かばないよ…」
「確かに想像はつかないかもね…気になる?」
僕が首を傾げる横でアスカが自嘲気味に笑い、僕の顔を覗き込んだ。
「…聞きたい?
私がこうまでEVAや愛情に執着する、歪んだ性格になるまでの10年間と
私に続くべく集められ、結局報われなかったサードチルドレン候補者達のお話」
それが帰るのを嫌がる理由なの?何でそんなにドイツを嫌がるの?」
「―何で?何でって?あんた何言ってんの?」
勇気を出して聞いてみたけどニュアンスが伝わらなかったようで、アスカが僕の方に向き直る。本気でキレる寸前のトーンで。
周りの子達がスススと退避する。あまりに言葉が足りなかったことに気付き、僕は慌てて補足した。
「ち、違うよ!単純に…ドイツそのものを嫌がってるみたいに聞こえて…!…なんか…ずっとそんな感じの印象を受けてたから…だから」
「……」
アスカはグラスから手を離した。それでも引いていった人の波は帰って来ない。とにかくどうにか水浸し、いやコーラ浸しにならずに済んだ。ぶっかけられていたら、べとついてかなりきつかったろう。
「…確かに好きではない」
「…どうして?会いたい人とかいないの?家族とか…友達とか」
「…えらそうに聞くじゃない。あんた、司令を家族だって言える?」
「……」
機嫌を損ねたらしく、アスカの言葉が心の内角を深く深くえぐってきた。
「それと同じよ。“遺伝子提供者”と“戸籍上の母”がいるだけ。家族じゃない。
あと、ドイツには友達はいないわ。一人もね。
日本に来て分かった。“ホントの友達”が出来て初めて。“ああいうの”は友達とは言わない。誰も…私を待ってないわ」
不気味なぐらい淡々と語る。『待ってない』と…『会いたい』は違うはずだけど。そのズレが一つの答えだった。
「そこまで…何も期待できないところなの?僕はてっきりこう…もっとちやほやされてたものかと…」
「ちやほやはされてたわよ。アンタの思う以上のレベルで。こういう性格になるくらいだし。
でもそれってまた、私が欲しいのとは違うものだったから」
良かった。一応自覚はあるらし…いや違う!だったらなおさらおかしいじゃないか。
「…分からない。どういう環境なのか思い浮かばないよ…」
「確かに想像はつかないかもね…気になる?」
僕が首を傾げる横でアスカが自嘲気味に笑い、僕の顔を覗き込んだ。
「…聞きたい?
私がこうまでEVAや愛情に執着する、歪んだ性格になるまでの10年間と
私に続くべく集められ、結局報われなかったサードチルドレン候補者達のお話」
420: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/16(土) 04:56:50 ID:???
あんまり楽しい話じゃない。
言っとくけどほとんど後から聞いたことだから。私は確かにやなガキだったとは思うけど、当時から全てを知ってたわけじゃない。それだけは前置きしとく。
何だか…照れくさい。この話をする場所にしてはここはあまりにアレだけど、聞くって言われた以上、後には引けないし。
え?曲?えっと…あぁ、これだ。入れといてくれる?そ。ありがと。
さて。どこから話そうかな。とりあえず…“そこ”は便宜上『学校』って呼ばれてた。『学校』は凄く大規模な施設で、ヨーロッパ中からかき集められた、1000人はくだらない適格者候補の子がいたわ。
人種も年齢も性別もばらばら。今にして思えばセカンドインパクトのどさくさに紛れて連れて来られた子も多かったんだと思う。ここみたく、保護なんていうんじゃない。拉致と監禁。ほとんどそんな勢いで。
当時の選出技術はホント当てにならなくて、資質もないのに適応力アリと判断されたような可哀想な子も大勢いた。
そんな子はかなり早い段階で“壊れちゃう”んだけど、その悲劇がドンドン“ふるい”の目を細かく、正確にして、やがて段々と本当に資格がある子だけが補充されるようになった。まぁみんな、遅かれ早かれ壊れていったけど。
酷い話だって言っちゃうのは簡単だけど、それがなきゃ今日のシステムはなかった。使徒の進攻までにシステムを確立するには手段を選んでいるような余裕は無かった。使徒が攻めて来たときに成す術もなかったわけね。
尊い犠牲なんて言えるほどに彼らは納得して逝ったわけじゃないけど、私達が今、正気でいられるのは壊れた子達が一つ一つ、悪い芽を摘んでいってくれたから。たった一つの命と引き換えに。一つずつ。一つずつ。
決して無駄死にじゃない。…そう思わなきゃこっちがもたない。
『学校』では毎日毎日、人道無視の実験や訓練が繰り広げられて。“教育”と称して随分な目に合わされた子も相当数いたみたい。特に女の子は本当に哀れで。
みんな、そこで一つの高みを目指してた。いずれ完成する決戦兵器のシートと、第三の適格者の認定をね。人類のためなんかじゃなく、自分が今現在浸かってる地獄から抜け出すために。命がけで。
そんな中に私はいたの。
身体にも脳にも遺伝子にも…何も手を加えずにEVAとシンクロ出来る奇跡の存在として。
候補者達にとっては羨望と嫉妬と、たった一つの希望の対象として。
言っとくけどほとんど後から聞いたことだから。私は確かにやなガキだったとは思うけど、当時から全てを知ってたわけじゃない。それだけは前置きしとく。
何だか…照れくさい。この話をする場所にしてはここはあまりにアレだけど、聞くって言われた以上、後には引けないし。
え?曲?えっと…あぁ、これだ。入れといてくれる?そ。ありがと。
さて。どこから話そうかな。とりあえず…“そこ”は便宜上『学校』って呼ばれてた。『学校』は凄く大規模な施設で、ヨーロッパ中からかき集められた、1000人はくだらない適格者候補の子がいたわ。
人種も年齢も性別もばらばら。今にして思えばセカンドインパクトのどさくさに紛れて連れて来られた子も多かったんだと思う。ここみたく、保護なんていうんじゃない。拉致と監禁。ほとんどそんな勢いで。
当時の選出技術はホント当てにならなくて、資質もないのに適応力アリと判断されたような可哀想な子も大勢いた。
そんな子はかなり早い段階で“壊れちゃう”んだけど、その悲劇がドンドン“ふるい”の目を細かく、正確にして、やがて段々と本当に資格がある子だけが補充されるようになった。まぁみんな、遅かれ早かれ壊れていったけど。
酷い話だって言っちゃうのは簡単だけど、それがなきゃ今日のシステムはなかった。使徒の進攻までにシステムを確立するには手段を選んでいるような余裕は無かった。使徒が攻めて来たときに成す術もなかったわけね。
尊い犠牲なんて言えるほどに彼らは納得して逝ったわけじゃないけど、私達が今、正気でいられるのは壊れた子達が一つ一つ、悪い芽を摘んでいってくれたから。たった一つの命と引き換えに。一つずつ。一つずつ。
決して無駄死にじゃない。…そう思わなきゃこっちがもたない。
『学校』では毎日毎日、人道無視の実験や訓練が繰り広げられて。“教育”と称して随分な目に合わされた子も相当数いたみたい。特に女の子は本当に哀れで。
みんな、そこで一つの高みを目指してた。いずれ完成する決戦兵器のシートと、第三の適格者の認定をね。人類のためなんかじゃなく、自分が今現在浸かってる地獄から抜け出すために。命がけで。
そんな中に私はいたの。
身体にも脳にも遺伝子にも…何も手を加えずにEVAとシンクロ出来る奇跡の存在として。
候補者達にとっては羨望と嫉妬と、たった一つの希望の対象として。
423: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/16(土) 05:27:45 ID:???
ダサ!サビしか分かんない曲入れんじゃ…そんで途中でやめるし!ダサすぎ!あ、続きね。
『学校』は恵まれた環境じゃなかった。固いパンとほとんど具の入ってないスープが朝晩に出るだけで、みんないっつもお腹空かせてたし。
服なんか一枚の検査着を着のみ着のまま。寝床も窓も空調もない部屋に何十人と押し込まれ、枕も毛布も無い中で雑魚寝。暴力も絶えなかったみたいだけど、職員もわざわざ介入してなんてくれない。
最低限の衣食住が保証されてるだけ。もっともそれさえままならない地域がほとんどなんだけど…人間やっぱ文句も言いたくなるみたい。そうでない扱いを受けてる奴を見ると。
私は家からの通いだった。用があるときだけ『学校』に来て、小奇麗にして職員達にちやほやされながら、施設を我が物顔でうろつく私への候補者の子達の接し方は二種類。
憎むか、媚びるか。自分達とは天と地の扱いの私を敵意丸出しで睨むか、私を羨ましがり、称えて何かしらのおこぼれに与ろうとするか。
本当にちっちゃい頃には後者にだけ、手持ちのお菓子をあげたりして、当てつけたりもした。年齢が上がるにつれて全員にあげるようになったんだけど、前者の子達は受け取らなかった。
食べたかったと思う。渡し方を工夫すればよかったんだけど、そんなことにまで子供が気を回せるわけがなくて。稀に唾を吐きかけたり、渡したお菓子を踏んづけたりするような奴らもいたけど…後で職員に半殺しにされたらしい。
私の前ではそういう部分は見せなかったけど、結局、いつ頃からか接し方に関わらず何も反応しなくなった。
大人達の私の扱いは本当に腫れ物に触るようで…およそほとんどのワガママは通った。
子供なりに限度はあるだろうなとは思ってたけど、あるとき、ママがいないことを馬鹿にされて、一度だけ『あいつらをどっかにやって!』って喚き散らしたことがあった。
職員連中も『流石にそれは』って困り顔だったんだけど、一晩眠ったら機嫌も直った。ケロッとしていつものルートを通ったら、昨日もめた奴の収容房が空っぽになってて…。
ゾッとした。ここでは本当にどこまでもワガママが通ってしまうって。みんないくらでも補充が利くモルモットの一匹二匹よりも、私の思いがよろしくなくなることの方に重きを置いてるって。後で単に房を移っただけって知って救われたけど。
あのとき本当の意味で自分の価値を思い知ったんだと思う。
『学校』は恵まれた環境じゃなかった。固いパンとほとんど具の入ってないスープが朝晩に出るだけで、みんないっつもお腹空かせてたし。
服なんか一枚の検査着を着のみ着のまま。寝床も窓も空調もない部屋に何十人と押し込まれ、枕も毛布も無い中で雑魚寝。暴力も絶えなかったみたいだけど、職員もわざわざ介入してなんてくれない。
最低限の衣食住が保証されてるだけ。もっともそれさえままならない地域がほとんどなんだけど…人間やっぱ文句も言いたくなるみたい。そうでない扱いを受けてる奴を見ると。
私は家からの通いだった。用があるときだけ『学校』に来て、小奇麗にして職員達にちやほやされながら、施設を我が物顔でうろつく私への候補者の子達の接し方は二種類。
憎むか、媚びるか。自分達とは天と地の扱いの私を敵意丸出しで睨むか、私を羨ましがり、称えて何かしらのおこぼれに与ろうとするか。
本当にちっちゃい頃には後者にだけ、手持ちのお菓子をあげたりして、当てつけたりもした。年齢が上がるにつれて全員にあげるようになったんだけど、前者の子達は受け取らなかった。
食べたかったと思う。渡し方を工夫すればよかったんだけど、そんなことにまで子供が気を回せるわけがなくて。稀に唾を吐きかけたり、渡したお菓子を踏んづけたりするような奴らもいたけど…後で職員に半殺しにされたらしい。
私の前ではそういう部分は見せなかったけど、結局、いつ頃からか接し方に関わらず何も反応しなくなった。
大人達の私の扱いは本当に腫れ物に触るようで…およそほとんどのワガママは通った。
子供なりに限度はあるだろうなとは思ってたけど、あるとき、ママがいないことを馬鹿にされて、一度だけ『あいつらをどっかにやって!』って喚き散らしたことがあった。
職員連中も『流石にそれは』って困り顔だったんだけど、一晩眠ったら機嫌も直った。ケロッとしていつものルートを通ったら、昨日もめた奴の収容房が空っぽになってて…。
ゾッとした。ここでは本当にどこまでもワガママが通ってしまうって。みんないくらでも補充が利くモルモットの一匹二匹よりも、私の思いがよろしくなくなることの方に重きを置いてるって。後で単に房を移っただけって知って救われたけど。
あのとき本当の意味で自分の価値を思い知ったんだと思う。
426: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/16(土) 06:15:11 ID:???
大学に通い出した頃にはシステムが固まり出し、1000人からいた候補者も淘汰され、このクラス程度の人数になってた。
ただ、時々来る『転校生』は皆それなりの資質の持ち主で、それだけに虐げられてきた者同士の連帯感で繋がった輪にはなかなか入れなかったりして。
その頃には番号でなく名前で呼ばれ出し、待遇も遥かに良くなり、彼らにもエリート意識が芽生え出すわけよ。自分達は資質があり、生き残り、人類のためにこんなに努力をしてきたって自負も手伝って。
私と一緒の訓練内容になってからは、それがより顕著になったみたい。やっとここまで来たって。
最初は少しびびってた。同じ訓練ってことは彼らは私と同列になったのかって。けど杞憂だった。彼らは私ほどの成績を出せなかった。
実力の差が職員の対応でしか分からず、納得いってなかった子も多かったんだけど、数字ではっきりと才能の違いを示されて黙るしかなくて。
これでもこないだまで天才で通ってたのよ?日本にいる“もう一人”と比べられても。素人のままで使徒を撃破したなんて離れ業をやらかしたどっかの馬鹿が現れるまではね。
そこから彼らの私への全ての感情の桁が一つ二つ上がった気がする。
大学でも私は他と比べても成績は良かったし、友達も大勢いた。けど今、思えばあれは飛び級に加えて、人類の命運を背負ってるいう『珍しい生き物』に群がってただけ。当時はそれなりに楽しかったけど。
そんなときよ。完成間近の弐号機の視察と研修、及び私との顔合わせに、1人の日本人がやってきたのは。
『お会いできて光栄です。惣流・アスカ・ラングレー』
まず若い女だってことに驚いた。こんな奴の下で働くのかって思ったら凄く不安で。私は差し出された手をしばらく眺めてから握った。
『…無理なさらずに一番お得意な言葉でどうぞ。私が合わせますから』
本当は数年で修得したにしては結構なドイツ語だったんだけど。
「あら、そう?やっぱり違うわね、天才少女は。じゃあお言葉に甘えて日本語で。駄目ねー。ドイツ語って難しくて思いを乗せ切れないわ。
アスカちゃん…って呼んでいいかしら?」
「…呼び捨てでいいです。葛城中尉」
「正確には二尉なのよねー。私も呼び捨てでお願いするわね。“アスカ”」
“ミサト”の第一印象は…『軽い女』だった。
ただ、時々来る『転校生』は皆それなりの資質の持ち主で、それだけに虐げられてきた者同士の連帯感で繋がった輪にはなかなか入れなかったりして。
その頃には番号でなく名前で呼ばれ出し、待遇も遥かに良くなり、彼らにもエリート意識が芽生え出すわけよ。自分達は資質があり、生き残り、人類のためにこんなに努力をしてきたって自負も手伝って。
私と一緒の訓練内容になってからは、それがより顕著になったみたい。やっとここまで来たって。
最初は少しびびってた。同じ訓練ってことは彼らは私と同列になったのかって。けど杞憂だった。彼らは私ほどの成績を出せなかった。
実力の差が職員の対応でしか分からず、納得いってなかった子も多かったんだけど、数字ではっきりと才能の違いを示されて黙るしかなくて。
これでもこないだまで天才で通ってたのよ?日本にいる“もう一人”と比べられても。素人のままで使徒を撃破したなんて離れ業をやらかしたどっかの馬鹿が現れるまではね。
そこから彼らの私への全ての感情の桁が一つ二つ上がった気がする。
大学でも私は他と比べても成績は良かったし、友達も大勢いた。けど今、思えばあれは飛び級に加えて、人類の命運を背負ってるいう『珍しい生き物』に群がってただけ。当時はそれなりに楽しかったけど。
そんなときよ。完成間近の弐号機の視察と研修、及び私との顔合わせに、1人の日本人がやってきたのは。
『お会いできて光栄です。惣流・アスカ・ラングレー』
まず若い女だってことに驚いた。こんな奴の下で働くのかって思ったら凄く不安で。私は差し出された手をしばらく眺めてから握った。
『…無理なさらずに一番お得意な言葉でどうぞ。私が合わせますから』
本当は数年で修得したにしては結構なドイツ語だったんだけど。
「あら、そう?やっぱり違うわね、天才少女は。じゃあお言葉に甘えて日本語で。駄目ねー。ドイツ語って難しくて思いを乗せ切れないわ。
アスカちゃん…って呼んでいいかしら?」
「…呼び捨てでいいです。葛城中尉」
「正確には二尉なのよねー。私も呼び捨てでお願いするわね。“アスカ”」
“ミサト”の第一印象は…『軽い女』だった。
544: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/17(日) 06:10:16 ID:???
ヒカリー。コーラ頼んでくれるー?シンジは…ウーロン茶もー。ごめーん。…喋りっ放しで喉渇いちゃった。えっと…あぁミサトが来たとこまでね。
当時ミサトはゲヒルンに入ってそんな経ってなかったんだけど、既に実戦部隊の指揮官として将来を嘱望されてたみたい。あんなんでもエリートだったのよね。忘れがちだけど。
戦術担当技官なんかと真っ向からやりあって言い負かしてたわ。使徒が既存の手段で倒せるのなら苦労はないってね。
本来、戦術ってものは合理的で常識的な判断の積み重ねなのに、それを完全無視するミサトは異端中の異端で。皆、受け入れ難かったみたいだけど、結局司令部はミサトを作戦部長に選んだわ。それが正しかったかどうかは言うまでもないわよね。
あと1人、なんとかって人が候補にいたけど…何回か会ったけど忘れた。優秀だったわよ。んでいい人。でもミサトとは違う種類の…まぁ、もうやめちゃったけどね。
ミサトには…助けられた。加持さんにも。私は…内側に閉じかけてたから。上っ面の言葉ばっかりの連中にうんざりしてて。
いや…あの子達もそうか。負の感情でも、向けてたのは上っ面な思いじゃなかった。候補の子達も変って来てた。私を憎んでる子の目にも憧れが滲んでたし、媚びる子の声からも憎しみは隠し切れなくて。
私はどう接したらいいか分からなくて、とりあえず才能を自慢した。皆…悔しそうだった。私も特に嬉しいことも無く。
でも加持さんはそれでもいいって。無視されるよりは随分いいって。確かにそうし始めてから、諦めかけてた子も性根入れ直して訓練に励み出したけど。
だけど何年経っても3人目は出てこない。『学校』の空気もどんどん淀んで。
そりゃそうよね。『学校』は適格者を生み出すために創られたんだから。なのにいるのは成果とは無関係な私ただ一人。システムの確立に多大な貢献を果たしたのは本当だけど、本来の役目は果たしてない。
ゲヒルンからネルフに代わると寄せられる期待はいよいよ薄くなって、今までみたいな好き放題は出来なくなった。
皆、焦るわよね。職員は責任問われるし、候補の子だっていつまでも子供じゃいられないし。そんな中、激震が走った。学校、第三支部のみならず、世界中に。
使徒の出現と…サードチルドレンの選出。
自分達の手元以外から3人目が現れたことによって、いよいよ『学校』はその存在意義を見失い始めたの。
当時ミサトはゲヒルンに入ってそんな経ってなかったんだけど、既に実戦部隊の指揮官として将来を嘱望されてたみたい。あんなんでもエリートだったのよね。忘れがちだけど。
戦術担当技官なんかと真っ向からやりあって言い負かしてたわ。使徒が既存の手段で倒せるのなら苦労はないってね。
本来、戦術ってものは合理的で常識的な判断の積み重ねなのに、それを完全無視するミサトは異端中の異端で。皆、受け入れ難かったみたいだけど、結局司令部はミサトを作戦部長に選んだわ。それが正しかったかどうかは言うまでもないわよね。
あと1人、なんとかって人が候補にいたけど…何回か会ったけど忘れた。優秀だったわよ。んでいい人。でもミサトとは違う種類の…まぁ、もうやめちゃったけどね。
ミサトには…助けられた。加持さんにも。私は…内側に閉じかけてたから。上っ面の言葉ばっかりの連中にうんざりしてて。
いや…あの子達もそうか。負の感情でも、向けてたのは上っ面な思いじゃなかった。候補の子達も変って来てた。私を憎んでる子の目にも憧れが滲んでたし、媚びる子の声からも憎しみは隠し切れなくて。
私はどう接したらいいか分からなくて、とりあえず才能を自慢した。皆…悔しそうだった。私も特に嬉しいことも無く。
でも加持さんはそれでもいいって。無視されるよりは随分いいって。確かにそうし始めてから、諦めかけてた子も性根入れ直して訓練に励み出したけど。
だけど何年経っても3人目は出てこない。『学校』の空気もどんどん淀んで。
そりゃそうよね。『学校』は適格者を生み出すために創られたんだから。なのにいるのは成果とは無関係な私ただ一人。システムの確立に多大な貢献を果たしたのは本当だけど、本来の役目は果たしてない。
ゲヒルンからネルフに代わると寄せられる期待はいよいよ薄くなって、今までみたいな好き放題は出来なくなった。
皆、焦るわよね。職員は責任問われるし、候補の子だっていつまでも子供じゃいられないし。そんな中、激震が走った。学校、第三支部のみならず、世界中に。
使徒の出現と…サードチルドレンの選出。
自分達の手元以外から3人目が現れたことによって、いよいよ『学校』はその存在意義を見失い始めたの。
592: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/18(月) 03:27:44 ID:???
「…その後は…どうなったの?」
「…知るわけないでしょ。その後、いくらも経たずにドイツを出発しちゃったんだから。あの前後は無茶苦茶慌しかったし」
アスカが言葉を紡ぐのをやめたので、おずおずと続きを催促するけど…じろりと睨まれた。
「次は4thを目指すって言ってたけど鈴原に先越されたし。今頃5thでも目指してんじゃないの。まだ『学校』があればの話だけど。
…ってアンタ、何へこんでんの?」
「…だって」
肩を落とし始めた僕にアスカが苛立たしげに声を荒げた。
「だっても何も…今の話のどこかにアンタが責任感じる部分があった!?連中に才能が無いのも、学校でのトンデモ実験もアンタとは無関係な話でしょ!?
…どっちみち結果出せない以上は解体されんのよ」
アスカはそう言うけど…仮に放っておいてもなくなったのが本当だとしても、ダメを押すのに僕の存在があったっていうのも事実だと思う。
僕は知らないところでたくさんの人に憎まれていたんだ。それは気持ちのいいことじゃない。
「…施設が解体されたら…その子達はどうなるの?」
「…知らないわよ」
「…まさか…“処分”とか…」
「…それもありうるでしょ」
「そんな…」
「その覚悟がない奴はいないと思うわよ。数え切れない仲間が逝くのを見て来たわけだし。ぬるい根性ならとっくに脱落してる。皆、自分の犠牲で研究が一歩でも進むのならって言ってたし。少なくとも口ではね。
連中に怖いモノがあるとしたら…EVAに乗れないで終わることくらいね」
「……」
恐怖の対象が僕の価値観とは全然違うところにある。
死ぬよりも恐ろしいことが、命よりも欲しいものがあるのか。僕とさして歳の変らない子供に。
「皆…本当は分かってたんだろうけどさ。自分がEVAのシートに座ることはないって。どいつもこいつも伸びる時期は過ぎてたし。体にはガタが来てるし。
5ケタに達しようかって将来と命を犠牲にして出た結論は『結局、天才の出現を待つしかない』ってことだけ。
でも今更、後には引けないのよね、自分の全部を賭けてきたことだから。無駄だって分かってても」
アスカは『学校』の子の話を、彼らの思いが手に取るように分かるかのように話す。いや…多分分かるんだろう。今、アスカには候補者の子達の見ている景色が見えてるんだと思う。
僕には見えないけれど。
「…知るわけないでしょ。その後、いくらも経たずにドイツを出発しちゃったんだから。あの前後は無茶苦茶慌しかったし」
アスカが言葉を紡ぐのをやめたので、おずおずと続きを催促するけど…じろりと睨まれた。
「次は4thを目指すって言ってたけど鈴原に先越されたし。今頃5thでも目指してんじゃないの。まだ『学校』があればの話だけど。
…ってアンタ、何へこんでんの?」
「…だって」
肩を落とし始めた僕にアスカが苛立たしげに声を荒げた。
「だっても何も…今の話のどこかにアンタが責任感じる部分があった!?連中に才能が無いのも、学校でのトンデモ実験もアンタとは無関係な話でしょ!?
…どっちみち結果出せない以上は解体されんのよ」
アスカはそう言うけど…仮に放っておいてもなくなったのが本当だとしても、ダメを押すのに僕の存在があったっていうのも事実だと思う。
僕は知らないところでたくさんの人に憎まれていたんだ。それは気持ちのいいことじゃない。
「…施設が解体されたら…その子達はどうなるの?」
「…知らないわよ」
「…まさか…“処分”とか…」
「…それもありうるでしょ」
「そんな…」
「その覚悟がない奴はいないと思うわよ。数え切れない仲間が逝くのを見て来たわけだし。ぬるい根性ならとっくに脱落してる。皆、自分の犠牲で研究が一歩でも進むのならって言ってたし。少なくとも口ではね。
連中に怖いモノがあるとしたら…EVAに乗れないで終わることくらいね」
「……」
恐怖の対象が僕の価値観とは全然違うところにある。
死ぬよりも恐ろしいことが、命よりも欲しいものがあるのか。僕とさして歳の変らない子供に。
「皆…本当は分かってたんだろうけどさ。自分がEVAのシートに座ることはないって。どいつもこいつも伸びる時期は過ぎてたし。体にはガタが来てるし。
5ケタに達しようかって将来と命を犠牲にして出た結論は『結局、天才の出現を待つしかない』ってことだけ。
でも今更、後には引けないのよね、自分の全部を賭けてきたことだから。無駄だって分かってても」
アスカは『学校』の子の話を、彼らの思いが手に取るように分かるかのように話す。いや…多分分かるんだろう。今、アスカには候補者の子達の見ている景色が見えてるんだと思う。
僕には見えないけれど。
615: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/18(月) 15:10:35 ID:???
「よそで言うんじゃないわよ。加持さんがこっそり教えてくれた、本来ならミサトだって知らない極秘事項なんだから」
「…みんながいるところで喋っといて今更何を…」
念を押す段になってようやく部屋の外っていうのもおかしな話だ。僕らはトイレ帰りにタバコの自販機の隣で喋ってる。みんなもいるから自重してるらしいけど、女子高生を堂々とセッタをふかすのをアスカは憎憎しげに見ている。
「加持さんも外に漏れたところで、それだけではどうにも出来ないネタを選んで喋ったとは思うけどね。事実、私も何の根拠も無しに喋ってるし。
けど知れ渡ることが好ましい訳はないから」
「…言わないよ」
そりゃそうだ。NERVにとっては恥部に当たる部分だろう。ミサトさんに知らせなかったのも分かる。あの人がそんな事実を知ったら、NERVに背いてでも―…。
「…もう大体分かるでしょ。“最後の手段”の内容。矛盾するようだけどEVAとシンクロさせるだけなら不可能じゃないのよ。“強引な手段”を取って“無茶”すれば。
その代わり、すぐに“壊れる”けど」
…壊れる?
「もちろん個人差はある。数度に渡って持ち堪える奴もいれば、処置自体に身体や精神が耐えられない奴も。大丈夫に見えたって戦闘の最中にって可能性だって。
けれど例外なく…」
「ちょ、ちょっと待ってよ!そんな無茶苦茶…!」
女子高生が訝しげにこっちを見るけど…どっちかというと訝しいのはそっちの方だ。
「効率良くない上に、極めてリスキー。人道的にも法的にも問題ありまくり。こんな不安定な素材、普通は使えない。でも他にいなければ?
ミサトがいればそんな処置を許すわけなかっただろうけど」
「それなら弐号機はなくてもかまわない!僕と綾波だけで意地でも…!」
「意地が何の当てになるもんか。大体、初号機は凍結中。出撃可能なのは零号機だけじゃん」
「ぐ…」
「『学校』の連中なら普段からそれに近い処置を受けてるから、少しはマシかも。けど、ここの連中がいきなりそんな無茶された日には…20人程度、あっという間に『使い果たす』」
絶句…するしかなかった。
「使い捨て…本当に…使い捨ての…」
「…『インスタント・チルドレン』って言うみたい」
即席で簡単に適格者を作れる…コーヒーやラーメン感覚か。反吐が出るくらいにお手軽な話じゃないか。
「…みんながいるところで喋っといて今更何を…」
念を押す段になってようやく部屋の外っていうのもおかしな話だ。僕らはトイレ帰りにタバコの自販機の隣で喋ってる。みんなもいるから自重してるらしいけど、女子高生を堂々とセッタをふかすのをアスカは憎憎しげに見ている。
「加持さんも外に漏れたところで、それだけではどうにも出来ないネタを選んで喋ったとは思うけどね。事実、私も何の根拠も無しに喋ってるし。
けど知れ渡ることが好ましい訳はないから」
「…言わないよ」
そりゃそうだ。NERVにとっては恥部に当たる部分だろう。ミサトさんに知らせなかったのも分かる。あの人がそんな事実を知ったら、NERVに背いてでも―…。
「…もう大体分かるでしょ。“最後の手段”の内容。矛盾するようだけどEVAとシンクロさせるだけなら不可能じゃないのよ。“強引な手段”を取って“無茶”すれば。
その代わり、すぐに“壊れる”けど」
…壊れる?
「もちろん個人差はある。数度に渡って持ち堪える奴もいれば、処置自体に身体や精神が耐えられない奴も。大丈夫に見えたって戦闘の最中にって可能性だって。
けれど例外なく…」
「ちょ、ちょっと待ってよ!そんな無茶苦茶…!」
女子高生が訝しげにこっちを見るけど…どっちかというと訝しいのはそっちの方だ。
「効率良くない上に、極めてリスキー。人道的にも法的にも問題ありまくり。こんな不安定な素材、普通は使えない。でも他にいなければ?
ミサトがいればそんな処置を許すわけなかっただろうけど」
「それなら弐号機はなくてもかまわない!僕と綾波だけで意地でも…!」
「意地が何の当てになるもんか。大体、初号機は凍結中。出撃可能なのは零号機だけじゃん」
「ぐ…」
「『学校』の連中なら普段からそれに近い処置を受けてるから、少しはマシかも。けど、ここの連中がいきなりそんな無茶された日には…20人程度、あっという間に『使い果たす』」
絶句…するしかなかった。
「使い捨て…本当に…使い捨ての…」
「…『インスタント・チルドレン』って言うみたい」
即席で簡単に適格者を作れる…コーヒーやラーメン感覚か。反吐が出るくらいにお手軽な話じゃないか。
626: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/18(月) 16:28:14 ID:???
「じゃあドイツの…『学校』の彼らなら少しは…」
言ってから酷い話だって思った。うちのクラスの子が“壊れる”のはダメで、『学校』の連中ならいいのかって。
アスカも流石に淋しそうに僕を見たけど…それから首を振った。
「…まぁ…ね。
ド素人がろくな覚悟も説明も無しに使い捨てられるよりかは、訓練を積んで覚悟も座ってる連中の方が先っていうのは筋なんだろうけどさ。
確かに…無駄に散ったり、処分されたりよりはマシだとは思うわよ。わずかでも役に立つ分さ。
でも…使い捨てられて終わりなら連中の人生は何だったのよ。普通の幸せを犠牲にして、10年間欲しがり、目指し続けたのは“3rd”だ“4th”だって肩書きなのに」
「……」
失言だった。言い返せない。
「…それじゃ納得できないって。終われないって」
「…ごめん」
少しだけしつこい。アスカは…怒ってる。声を荒げないだけ、普段よりも根が深い。きっと怒りの対象が自分じゃないからだ。そしてまた怒る権利が自分にはないだけに。すぐに謝る僕の『ごめん』には何の重みも無いし。
アスカは納得できるかどうか見定めるように少し黙っていたけれど…いつもよりは幾分、真摯さを感じる僕の謝罪になんとか怒りを飲み干してくれた。
「…どっちにしろ無理。ドイツを発つ前に言ってた。『ダメ元で“勝負”に出る』って。
連中は淘汰されていった子達に比べると遥かに適性があったから、もったいなくて危険を伴う処置をそうおいそれとは出来なかったんだけど…向こうは向こうで“無茶”をしたみたい。関係ない話だから真面目に聞いてなくて詳しくは知らないけど。
だけど今に至るまで5thとして誰も選出されてないってことは…」
ダメだった…しくじった…そういうことなのか?
「“使う”ならうちのクラスの子しかいないと思う」
「……」
『しかいない』って言われたって…はい、そうですかって納得するわけにはいかない。けど…なら…。
「…教えちゃダメかな?」
「…は?」
「…自分達が適格者の候補だって…みんなに教えちゃ…ダメかな?」
「……………………………はぁ?」
また馬鹿を言い出した僕をアスカは口をポカンと開けて眺めた。
言ってから酷い話だって思った。うちのクラスの子が“壊れる”のはダメで、『学校』の連中ならいいのかって。
アスカも流石に淋しそうに僕を見たけど…それから首を振った。
「…まぁ…ね。
ド素人がろくな覚悟も説明も無しに使い捨てられるよりかは、訓練を積んで覚悟も座ってる連中の方が先っていうのは筋なんだろうけどさ。
確かに…無駄に散ったり、処分されたりよりはマシだとは思うわよ。わずかでも役に立つ分さ。
でも…使い捨てられて終わりなら連中の人生は何だったのよ。普通の幸せを犠牲にして、10年間欲しがり、目指し続けたのは“3rd”だ“4th”だって肩書きなのに」
「……」
失言だった。言い返せない。
「…それじゃ納得できないって。終われないって」
「…ごめん」
少しだけしつこい。アスカは…怒ってる。声を荒げないだけ、普段よりも根が深い。きっと怒りの対象が自分じゃないからだ。そしてまた怒る権利が自分にはないだけに。すぐに謝る僕の『ごめん』には何の重みも無いし。
アスカは納得できるかどうか見定めるように少し黙っていたけれど…いつもよりは幾分、真摯さを感じる僕の謝罪になんとか怒りを飲み干してくれた。
「…どっちにしろ無理。ドイツを発つ前に言ってた。『ダメ元で“勝負”に出る』って。
連中は淘汰されていった子達に比べると遥かに適性があったから、もったいなくて危険を伴う処置をそうおいそれとは出来なかったんだけど…向こうは向こうで“無茶”をしたみたい。関係ない話だから真面目に聞いてなくて詳しくは知らないけど。
だけど今に至るまで5thとして誰も選出されてないってことは…」
ダメだった…しくじった…そういうことなのか?
「“使う”ならうちのクラスの子しかいないと思う」
「……」
『しかいない』って言われたって…はい、そうですかって納得するわけにはいかない。けど…なら…。
「…教えちゃダメかな?」
「…は?」
「…自分達が適格者の候補だって…みんなに教えちゃ…ダメかな?」
「……………………………はぁ?」
また馬鹿を言い出した僕をアスカは口をポカンと開けて眺めた。
759: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/20(水) 04:04:56 ID:???
「あんた…本当にバカだったの?」
「やめてよ…。言うんなら普通に…」
怒鳴るわけでもなく、真剣に尋ねられると傷つく…。アスカは僕を廊下の端へ引っ張っていく。
トレイに空のグラスを山ほど載せた店員が怪訝そうな顔で通り過ぎてから、アスカは景気良く僕の頭をはたいた。
「お望みなら言ってやるわよ…あんたバカァ!?」
「ダメ…かな」
「ダメに決まってんでしょ!言って何か変るわけ!?逃げろとでも言うつもり!?」
「でも僕の経験上、いきなり『乗れ』って言われるよりは少しでも心の準備をしておいた方が…!」
「何の準備!?そのうち使い捨てられるから今のうちに好きなことしとけ、美味いもの食っとけって!?」
「…じゃあ知らないまま、いきなり“そのとき”を迎えさせるのが正しいのかよ!」
「知ってようが知ってまいが“そのとき”は来るのよ!
そのときまで何も知らないでいつもの生活を送るか!焦り、怯えながらいつもと違うことしようと足掻くか!どっちが幸せか!
今のアンタに分からない…!?」
「……」
本心は多分そういうことじゃない。トウジの一件までミサトさんですら知らなかった機密。それを漏らしたときに僕に課せられるペナルティーを恐れてる。それを覆い隠そうと振りかざしたのは分かりやすい詭弁で。
傲慢だよアスカ。日常か。非日常か。それは人による。
知らない方がよかったって子もいるだろうし、教えておいてくれればって言う子もいると思う。どっちにしたって文句を言われるかも。そういうものかも。
だけど…後一週間で少しでも思い出をって今の状況は…実際辛い。僕達が欲しいのは日常の方だ。そう思ったら…。
「…いつもの生活って…何より幸せなことじゃない」
「……」
迷うと立ち止まり、そこから動けなくなる弱い僕が出てくる。現状維持。“ここ”で立ち止まるってことは『言わない』ってことで。
ごめん、みんな。やっぱり…僕には言えない。
もったいない時間を過ごした。こんな話、今でなくても出来たのに。
「アスカ…どうする?」
「え?」
部屋に戻ると、委員長が受話器を手に尋ねてきた。
演奏は流れてるけど歌声はしてない。みんなが手を叩くのをやめ、淋しそうに委員長に注目していた。
「…あと10分だって」
楽しい時間っていうのはあっという間だ。
「やめてよ…。言うんなら普通に…」
怒鳴るわけでもなく、真剣に尋ねられると傷つく…。アスカは僕を廊下の端へ引っ張っていく。
トレイに空のグラスを山ほど載せた店員が怪訝そうな顔で通り過ぎてから、アスカは景気良く僕の頭をはたいた。
「お望みなら言ってやるわよ…あんたバカァ!?」
「ダメ…かな」
「ダメに決まってんでしょ!言って何か変るわけ!?逃げろとでも言うつもり!?」
「でも僕の経験上、いきなり『乗れ』って言われるよりは少しでも心の準備をしておいた方が…!」
「何の準備!?そのうち使い捨てられるから今のうちに好きなことしとけ、美味いもの食っとけって!?」
「…じゃあ知らないまま、いきなり“そのとき”を迎えさせるのが正しいのかよ!」
「知ってようが知ってまいが“そのとき”は来るのよ!
そのときまで何も知らないでいつもの生活を送るか!焦り、怯えながらいつもと違うことしようと足掻くか!どっちが幸せか!
今のアンタに分からない…!?」
「……」
本心は多分そういうことじゃない。トウジの一件までミサトさんですら知らなかった機密。それを漏らしたときに僕に課せられるペナルティーを恐れてる。それを覆い隠そうと振りかざしたのは分かりやすい詭弁で。
傲慢だよアスカ。日常か。非日常か。それは人による。
知らない方がよかったって子もいるだろうし、教えておいてくれればって言う子もいると思う。どっちにしたって文句を言われるかも。そういうものかも。
だけど…後一週間で少しでも思い出をって今の状況は…実際辛い。僕達が欲しいのは日常の方だ。そう思ったら…。
「…いつもの生活って…何より幸せなことじゃない」
「……」
迷うと立ち止まり、そこから動けなくなる弱い僕が出てくる。現状維持。“ここ”で立ち止まるってことは『言わない』ってことで。
ごめん、みんな。やっぱり…僕には言えない。
もったいない時間を過ごした。こんな話、今でなくても出来たのに。
「アスカ…どうする?」
「え?」
部屋に戻ると、委員長が受話器を手に尋ねてきた。
演奏は流れてるけど歌声はしてない。みんなが手を叩くのをやめ、淋しそうに委員長に注目していた。
「…あと10分だって」
楽しい時間っていうのはあっという間だ。
847: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/20(水) 23:49:37 ID:???
もう帰らないといけない子も結構いて、延長はしないことになった。
そこかしこで帰り支度が始める。密かに持ち込んだポテチの空袋を持ち帰るのも忘れずに。そのとき入ってた曲はやたら間奏が長く、皆にぶーたれられて、マイクを握ってる子は災難だった。
「…これで最後か」
次がアスカの番なので僕らは席の端に座る。確かになかなかの巡り合わせだったけど、僕はその言葉がもう一つのニュアンスを含んでることを知ってる。
「…いいの?」「…よかぁないわよ。けど初めからそのつもりだったし」
「一週間あるんだし、明日だって…」
「一日だからいいとこばっか見えてるのよ。何日も通ってたら必ず、本当の反応が浮かんでくる。醜聞だってはっきりした話が上がってくるし。スッと消える方が賢いじゃん。
それに一日くらいならともかく…後は二人がいい」
「……」
そんなことを言ったり聞いたりしても、もはや僕らは照れたり、頬を染めたりはしない。そんな回りくどい真似をしてる暇はない。
恋愛っていうのは多分、腰が引けながらでも互いの気持ちや思いを確認したり、醸成していく過程こそが一番楽しくて、また必用不可欠なんだと思う。取捨選択なんかせず、したいことは全部やればいい。
こんな切羽詰まった、ゆとりのないのは違う。だけど実際に時間制限がある以上、色んなものを切り捨て、おいしいとこだけ摘み上げる必要がある。
2人でまた学校に通うっていうのは心惹かれる。けど…もっとやりたいことがある。そう、例えば…。
「さて…行きますか」
ようやく曲が終わり、アスカが立ち上がり、マイクを受け取る。皆が一緒に歌えと僕をつつくけど、曖昧に笑って流す。2人で歌うような曲じゃないし…好きでもない。
曲は…『B&C』。
アスカはあの2人に憧れてる。だけど僕は好きじゃない。僕はクライドみたいにはやれないし、アスカにもボニーみたいではいて欲しくない。『俺達に明日はない』なんて洒落にもなってない。
だけどアスカは気持ち良さそうに歌う。少し調子外れに歌う。それを聞いてるのは嫌じゃなくて。
歌い終わるとアスカを筆頭に皆、荷物を掴んで慌しく飛び出した。僕は委員長と忘れ物がないか確認してからリモコンを持って、まだ演奏が続く部屋を出た。
そうして実は送別会でもある歓迎会は終わった。
そこかしこで帰り支度が始める。密かに持ち込んだポテチの空袋を持ち帰るのも忘れずに。そのとき入ってた曲はやたら間奏が長く、皆にぶーたれられて、マイクを握ってる子は災難だった。
「…これで最後か」
次がアスカの番なので僕らは席の端に座る。確かになかなかの巡り合わせだったけど、僕はその言葉がもう一つのニュアンスを含んでることを知ってる。
「…いいの?」「…よかぁないわよ。けど初めからそのつもりだったし」
「一週間あるんだし、明日だって…」
「一日だからいいとこばっか見えてるのよ。何日も通ってたら必ず、本当の反応が浮かんでくる。醜聞だってはっきりした話が上がってくるし。スッと消える方が賢いじゃん。
それに一日くらいならともかく…後は二人がいい」
「……」
そんなことを言ったり聞いたりしても、もはや僕らは照れたり、頬を染めたりはしない。そんな回りくどい真似をしてる暇はない。
恋愛っていうのは多分、腰が引けながらでも互いの気持ちや思いを確認したり、醸成していく過程こそが一番楽しくて、また必用不可欠なんだと思う。取捨選択なんかせず、したいことは全部やればいい。
こんな切羽詰まった、ゆとりのないのは違う。だけど実際に時間制限がある以上、色んなものを切り捨て、おいしいとこだけ摘み上げる必要がある。
2人でまた学校に通うっていうのは心惹かれる。けど…もっとやりたいことがある。そう、例えば…。
「さて…行きますか」
ようやく曲が終わり、アスカが立ち上がり、マイクを受け取る。皆が一緒に歌えと僕をつつくけど、曖昧に笑って流す。2人で歌うような曲じゃないし…好きでもない。
曲は…『B&C』。
アスカはあの2人に憧れてる。だけど僕は好きじゃない。僕はクライドみたいにはやれないし、アスカにもボニーみたいではいて欲しくない。『俺達に明日はない』なんて洒落にもなってない。
だけどアスカは気持ち良さそうに歌う。少し調子外れに歌う。それを聞いてるのは嫌じゃなくて。
歌い終わるとアスカを筆頭に皆、荷物を掴んで慌しく飛び出した。僕は委員長と忘れ物がないか確認してからリモコンを持って、まだ演奏が続く部屋を出た。
そうして実は送別会でもある歓迎会は終わった。
887: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/21(木) 10:41:16 ID:???
「いいわよアスカ!立て替えてくれるだけで!後でちゃんと…!」
「私らがどんだけ小遣い貰ってると思ってるのよ。ヒカリのお陰で随分勉強してもらえたしさ~」
店のすぐ前でエレベーターを待ちながら、アスカと女子が押し問答してる。アスカが店内にもう一度会釈すると、レジで女の人が『またいつでも泊まりに来てね』と笑った。
委員長は『ありがとう、お姉ちゃん。店長さん』と申し訳なさそうだったけど、店長さんも笑ってた。
万年金欠の中坊だ。持ち合わせのない奴も多数いる(特に男子)。その分を余裕のある子が出すのは仕方ない。
だけどいの一番に部屋を出たアスカはさっさと会計を済まし、皆からお金を受け取らなかった。男子は知らん顔してたけど、委員長他、女子が慌てた。
『歓迎会』なのにその費用が全額、主賓持ちっていうのはなんか哀しい。企画した側も立つ瀬がないだろう。だけどアスカは笑った。
「ホント気にしないで!マジで余裕だし」
なんていうか…よくはない。金額が万単位だし。変な意味で調子に乗ってるとか思われかねない。
けど僕は好きにさせた。もうこのぐらいしか出来ることがないんだろう。淋しいけど…このぐらいしか。決して払いたくないってことじゃなく。
「ゴチなりやしたぁぁぁぁ!!!」
エレベーターで最後に僕らが下りると、男子一堂が整列し、威勢良く頭を下げた。ゴチで押し切ることに決定したらしい。アスカはその様子に女子へとはまるで違った満足そうな笑みを浮かべた。
「いい心がけじゃない。思いっきり感謝しなさいよ♪今日は誰のお陰で騒げたの!?」「惣流さんのお陰です!押忍!」
「アンタ達の命があるのは!?」「アスカさんだけのお陰ッス!」
「リンゴがあんなに赤いのは!?太陽が今日も輝くのは!?」「全部アスカさんの功績ッス!押忍!」
「分かってるならよろしい。以後は敬語で。んで私の影を踏まないこと。二度と脳内で私に、個性や尊厳を無視した好き勝手な行動をさせないこと。
後、今日の感謝を起きたときと、寝る前に思い出してくれればいいから。死ぬまで」
「そこまで恩に着せられるんでしたら結構っす!」「オカズの件は承服しかねるっす!」「明日、意地でも支払わせて頂くッス!押忍!」
「ははは♪いいわよ!多分、明日は学校来ないし」
…本当は“明日は”じゃない。“明日からは”だ。
「私らがどんだけ小遣い貰ってると思ってるのよ。ヒカリのお陰で随分勉強してもらえたしさ~」
店のすぐ前でエレベーターを待ちながら、アスカと女子が押し問答してる。アスカが店内にもう一度会釈すると、レジで女の人が『またいつでも泊まりに来てね』と笑った。
委員長は『ありがとう、お姉ちゃん。店長さん』と申し訳なさそうだったけど、店長さんも笑ってた。
万年金欠の中坊だ。持ち合わせのない奴も多数いる(特に男子)。その分を余裕のある子が出すのは仕方ない。
だけどいの一番に部屋を出たアスカはさっさと会計を済まし、皆からお金を受け取らなかった。男子は知らん顔してたけど、委員長他、女子が慌てた。
『歓迎会』なのにその費用が全額、主賓持ちっていうのはなんか哀しい。企画した側も立つ瀬がないだろう。だけどアスカは笑った。
「ホント気にしないで!マジで余裕だし」
なんていうか…よくはない。金額が万単位だし。変な意味で調子に乗ってるとか思われかねない。
けど僕は好きにさせた。もうこのぐらいしか出来ることがないんだろう。淋しいけど…このぐらいしか。決して払いたくないってことじゃなく。
「ゴチなりやしたぁぁぁぁ!!!」
エレベーターで最後に僕らが下りると、男子一堂が整列し、威勢良く頭を下げた。ゴチで押し切ることに決定したらしい。アスカはその様子に女子へとはまるで違った満足そうな笑みを浮かべた。
「いい心がけじゃない。思いっきり感謝しなさいよ♪今日は誰のお陰で騒げたの!?」「惣流さんのお陰です!押忍!」
「アンタ達の命があるのは!?」「アスカさんだけのお陰ッス!」
「リンゴがあんなに赤いのは!?太陽が今日も輝くのは!?」「全部アスカさんの功績ッス!押忍!」
「分かってるならよろしい。以後は敬語で。んで私の影を踏まないこと。二度と脳内で私に、個性や尊厳を無視した好き勝手な行動をさせないこと。
後、今日の感謝を起きたときと、寝る前に思い出してくれればいいから。死ぬまで」
「そこまで恩に着せられるんでしたら結構っす!」「オカズの件は承服しかねるっす!」「明日、意地でも支払わせて頂くッス!押忍!」
「ははは♪いいわよ!多分、明日は学校来ないし」
…本当は“明日は”じゃない。“明日からは”だ。
9: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/22(金) 20:37:54 ID:???
「私さ…実家に帰るんだ」
言うのかどうするのかと思ってたけど、覚悟を決めたらしい。怪訝そうな顔の皆に、アスカが事情をあっさりと明かした。
皆はそれぞれ、顔を見合わせ、代表するように委員長が尋ねてきた。
「実家に帰るって…ドイツにってこと?」
「…親が淋しがっててさ。帰って来い、帰って来いってうるさくて…。子離れしない親でホント参っちゃう。お偉いさんも渋ってたけど許可してくれたし…それで…。
ま、今まで散々貢献してきたしね。文句は言わせないわよ」
「…へぇ」
男子も女子も取り乱すような様子は特に無く…反応は思いの他、淡白で、少し腹立たしかった。だけどこの言い方ならこんな反応にしかならないのかもしれない。何より…突然だし。
僕からすればその説明は…一から十まで嘘だった。本当はそうじゃない。そんな生温いやり取りじゃない。
自信を失って、自暴自棄になって、そこを理不尽な悪意に漬け込まれ、その大きな流れに抗えず…疎まれて送り返される。少なくともアスカの境遇は僕にはそうとしか見えない。
でも…このぐらいの見栄は許されてもいいと思う。
「いつ頃帰るの?」「一週間後…」
「そう…休みに入ってからなら良かったのに。でもまだ時間あるじゃない。もう少し…」
「そうしたいとこなんだけど…帰る前にすることが色々あってさ…」
そう言ってアスカは僕の方を見た。僕は…なんでか目線を逸らした。
…いたたまれない。
「そっか…でも…うん。仕方ないわよ。ご両親が顔を見たくなるのも分かる…」
そこでようやく僕は不審に思った。何か…何か変じゃないか?
変な時期での送還決定にも、少し長い準備期間にも、誰もそういうものかなって感じで突っ込もうとしないし…。これは淡白ってよりは…。
「それで戻ってくるのはいつ頃になるの?」
「…え」
「年内は無理かな?やっぱ年明けになるの?休みが明けるまでには戻ってるよね」
「…それは…」
アスカは『二度と帰ってこない』と告げられずに口ごもった。
認識が…思いっきりすれ違ってる。『帰る』って言葉を『里帰り』ぐらいにしか思っていない。
皆…アスカの居場所はここだと思ってるんだ。
言うのかどうするのかと思ってたけど、覚悟を決めたらしい。怪訝そうな顔の皆に、アスカが事情をあっさりと明かした。
皆はそれぞれ、顔を見合わせ、代表するように委員長が尋ねてきた。
「実家に帰るって…ドイツにってこと?」
「…親が淋しがっててさ。帰って来い、帰って来いってうるさくて…。子離れしない親でホント参っちゃう。お偉いさんも渋ってたけど許可してくれたし…それで…。
ま、今まで散々貢献してきたしね。文句は言わせないわよ」
「…へぇ」
男子も女子も取り乱すような様子は特に無く…反応は思いの他、淡白で、少し腹立たしかった。だけどこの言い方ならこんな反応にしかならないのかもしれない。何より…突然だし。
僕からすればその説明は…一から十まで嘘だった。本当はそうじゃない。そんな生温いやり取りじゃない。
自信を失って、自暴自棄になって、そこを理不尽な悪意に漬け込まれ、その大きな流れに抗えず…疎まれて送り返される。少なくともアスカの境遇は僕にはそうとしか見えない。
でも…このぐらいの見栄は許されてもいいと思う。
「いつ頃帰るの?」「一週間後…」
「そう…休みに入ってからなら良かったのに。でもまだ時間あるじゃない。もう少し…」
「そうしたいとこなんだけど…帰る前にすることが色々あってさ…」
そう言ってアスカは僕の方を見た。僕は…なんでか目線を逸らした。
…いたたまれない。
「そっか…でも…うん。仕方ないわよ。ご両親が顔を見たくなるのも分かる…」
そこでようやく僕は不審に思った。何か…何か変じゃないか?
変な時期での送還決定にも、少し長い準備期間にも、誰もそういうものかなって感じで突っ込もうとしないし…。これは淡白ってよりは…。
「それで戻ってくるのはいつ頃になるの?」
「…え」
「年内は無理かな?やっぱ年明けになるの?休みが明けるまでには戻ってるよね」
「…それは…」
アスカは『二度と帰ってこない』と告げられずに口ごもった。
認識が…思いっきりすれ違ってる。『帰る』って言葉を『里帰り』ぐらいにしか思っていない。
皆…アスカの居場所はここだと思ってるんだ。
49: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/24(日) 00:17:01 ID:???
「まだ…決まってないの?」
ごく普通に尋ねてくる委員長に、アスカは俯いたまま返事を返さない。いや…返せないんだ。
訂正しないと。これが最後になるかもってことが伝わらなきゃ意味がない。お別れはきちんとしておかないと後で必ず後悔する。それは散々思い知ったはずなのに。
「…アスカ?」
「…………」
だけど…もう一度、踏み出せないのも分かる。
…これはもうダメだろう。
「…委員長。違うんだよ」
「え?」
「帰るっていうのは…その…」
「…いつになるかまだ分かんないのよね~」
と、アスカが顔を上げた。代わりに説明しようとした僕を遮り、必死に明るい声を作って何でもないかのように。
「アス…」
「顔を出さなきゃいけないとこもいっぱいあるし~。正直、ホームシック気味なとこもあるからゆっくりするかもしれないし~」
「長くなるの?」
「“ひょっとしたら”ね。“最悪”帰って来ないかもね~。ま!極力、卒業式には間に合うようにするつもりだけど♪」
みんなが笑った。その中で委員長だけが笑わなかった。アスカもそれに気付いたようだったけど、笑い続けた。委員長も何も言わなかった。皆の手前、ここでは互いにそうするしかない。
「もちろん土産は期待していいんだよな!」
男子の誰かがそう言うと、アスカは不敵そうに鼻を鳴らした。
「意地汚いわね~。何がいいの?」
「マジか!何でもいいのか!?」「マイセンの食器!」「ツァイスのカメラ!」「BREEのバッグ!」「ブンデスリーガのチケット!」「ドイツ…ドイ…ソ、ソーセージ!」
「待て待て!いっぺんに言ったって分かんないだろ!」「書け!紙に書いとけ!」
みんなそれぞれ筆記用具を引っ張り出し、ノートの切れっ端なんかに各々の欲求を書き殴り始めた。その様子にアスカは苦笑する。
「そんな焦る必要ないのに。シンジに伝えといてくれればちゃんと…ねぇ?」
と、アスカは僕の方に感情の消え去った顔を向け、声を出さずに呟いた。
『何も言わないで』
「………」
その場しのぎのデマカセだ。だけどこれがアスカの答えなら余計な横槍を入れる筋合いじゃない。
黙って。何も言わないで。高い確率で皆に訪れるであろう辛い運命についての説明も謝罪もしないで。
…アスカは嘘つきのまま、帰ることを選んだ。
ごく普通に尋ねてくる委員長に、アスカは俯いたまま返事を返さない。いや…返せないんだ。
訂正しないと。これが最後になるかもってことが伝わらなきゃ意味がない。お別れはきちんとしておかないと後で必ず後悔する。それは散々思い知ったはずなのに。
「…アスカ?」
「…………」
だけど…もう一度、踏み出せないのも分かる。
…これはもうダメだろう。
「…委員長。違うんだよ」
「え?」
「帰るっていうのは…その…」
「…いつになるかまだ分かんないのよね~」
と、アスカが顔を上げた。代わりに説明しようとした僕を遮り、必死に明るい声を作って何でもないかのように。
「アス…」
「顔を出さなきゃいけないとこもいっぱいあるし~。正直、ホームシック気味なとこもあるからゆっくりするかもしれないし~」
「長くなるの?」
「“ひょっとしたら”ね。“最悪”帰って来ないかもね~。ま!極力、卒業式には間に合うようにするつもりだけど♪」
みんなが笑った。その中で委員長だけが笑わなかった。アスカもそれに気付いたようだったけど、笑い続けた。委員長も何も言わなかった。皆の手前、ここでは互いにそうするしかない。
「もちろん土産は期待していいんだよな!」
男子の誰かがそう言うと、アスカは不敵そうに鼻を鳴らした。
「意地汚いわね~。何がいいの?」
「マジか!何でもいいのか!?」「マイセンの食器!」「ツァイスのカメラ!」「BREEのバッグ!」「ブンデスリーガのチケット!」「ドイツ…ドイ…ソ、ソーセージ!」
「待て待て!いっぺんに言ったって分かんないだろ!」「書け!紙に書いとけ!」
みんなそれぞれ筆記用具を引っ張り出し、ノートの切れっ端なんかに各々の欲求を書き殴り始めた。その様子にアスカは苦笑する。
「そんな焦る必要ないのに。シンジに伝えといてくれればちゃんと…ねぇ?」
と、アスカは僕の方に感情の消え去った顔を向け、声を出さずに呟いた。
『何も言わないで』
「………」
その場しのぎのデマカセだ。だけどこれがアスカの答えなら余計な横槍を入れる筋合いじゃない。
黙って。何も言わないで。高い確率で皆に訪れるであろう辛い運命についての説明も謝罪もしないで。
…アスカは嘘つきのまま、帰ることを選んだ。
107: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/25(月) 12:50:58 ID:???
「見て!これ!アスカ、半目になってる~!」
「ぎゃ~!!消して!消して~!!」
バス停の前。さっき携帯で撮った動画や写真を見ながら女子が騒いでる。対する僕ら男子は…なんとなく淀んでる。
何人かでタクシーを使った方が安いと判断した奴らや、徒歩で帰る子なんかも見送りに残ってる。僕とアスカは皆とは逆方向にある委員長の家に寄らないといけない。だからバスが来るまでの10分弱。それがアスカが皆と過ごせる最後の時間。最後の学校生活。
「でもアレだな。惣流が田舎に帰るとなると、パイロットは碇と綾波だけか」「鈴原はまだ戻ってこないんだよな?」
「今度は綾波さんも連れて来てよ。しばらく会ってないし」
「…ははは」
トウジや綾波の話題を振られ、アスカが曖昧に笑った。
「大丈夫なのか、二人だけで」
「…大丈夫よ。これでもシンジはエースパイロットなんだから」
「嘘!?」
「惣流でも綾波でもなくか!?綾波とかあれだけ人間離れした雰囲気だからてっきり…!」
「私だって不思議よ。人は見かけによらないってことよね~」
「じゃあ綾波は…」
「碇が最強かよ…」
「頼りねぇ…」
男子がその話題を更に突っ込み、アスカは冗談めかして煙にまく。女子の中には顔を伏せる子がいた。確かにたった2人とか、僕がエースとか聞かされたら不安にもなるんだろう。
実際、大丈夫とは言えない。巻き込むことになるかもしれない皆にそう尋ねられるアスカは辛いだろう。
「…んでさ。聞いときたかったんだけど、エヴァンゲリオンっていうのは…」
「…来た」
男子が更にその話題をえぐろうとした時、誰かが呟いた。彼方を見ると少し先の赤信号にバスが見えた。あれらしい。
女子がにわかに口をつぐむ。別れの前、特有の物悲しさ。けれど皆が感じているそれとアスカのそれとでは桁が違う。そう遠くない再会が前提のそれと、今生の別れかもしれないそれとではまるで。
乗るのは僕とアスカと委員長…それとケンスケ。以上。
友達にランクをつける訳じゃないけど、ケンスケはまた別だ。それに僕達だけに付いて来るわけじゃない。皆もケンスケが乗ることには何も言わなかった。男子の一人が一言だけ『頼むな』と声をかけると、ケンスケは『ああ…』と短く応じた。
バスがゆっくりと停留所の前に停まり、エアーの音と共にドアが開く。
お別れの時が来た。
「ぎゃ~!!消して!消して~!!」
バス停の前。さっき携帯で撮った動画や写真を見ながら女子が騒いでる。対する僕ら男子は…なんとなく淀んでる。
何人かでタクシーを使った方が安いと判断した奴らや、徒歩で帰る子なんかも見送りに残ってる。僕とアスカは皆とは逆方向にある委員長の家に寄らないといけない。だからバスが来るまでの10分弱。それがアスカが皆と過ごせる最後の時間。最後の学校生活。
「でもアレだな。惣流が田舎に帰るとなると、パイロットは碇と綾波だけか」「鈴原はまだ戻ってこないんだよな?」
「今度は綾波さんも連れて来てよ。しばらく会ってないし」
「…ははは」
トウジや綾波の話題を振られ、アスカが曖昧に笑った。
「大丈夫なのか、二人だけで」
「…大丈夫よ。これでもシンジはエースパイロットなんだから」
「嘘!?」
「惣流でも綾波でもなくか!?綾波とかあれだけ人間離れした雰囲気だからてっきり…!」
「私だって不思議よ。人は見かけによらないってことよね~」
「じゃあ綾波は…」
「碇が最強かよ…」
「頼りねぇ…」
男子がその話題を更に突っ込み、アスカは冗談めかして煙にまく。女子の中には顔を伏せる子がいた。確かにたった2人とか、僕がエースとか聞かされたら不安にもなるんだろう。
実際、大丈夫とは言えない。巻き込むことになるかもしれない皆にそう尋ねられるアスカは辛いだろう。
「…んでさ。聞いときたかったんだけど、エヴァンゲリオンっていうのは…」
「…来た」
男子が更にその話題をえぐろうとした時、誰かが呟いた。彼方を見ると少し先の赤信号にバスが見えた。あれらしい。
女子がにわかに口をつぐむ。別れの前、特有の物悲しさ。けれど皆が感じているそれとアスカのそれとでは桁が違う。そう遠くない再会が前提のそれと、今生の別れかもしれないそれとではまるで。
乗るのは僕とアスカと委員長…それとケンスケ。以上。
友達にランクをつける訳じゃないけど、ケンスケはまた別だ。それに僕達だけに付いて来るわけじゃない。皆もケンスケが乗ることには何も言わなかった。男子の一人が一言だけ『頼むな』と声をかけると、ケンスケは『ああ…』と短く応じた。
バスがゆっくりと停留所の前に停まり、エアーの音と共にドアが開く。
お別れの時が来た。
109: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/25(月) 12:53:16 ID:???
車内には客はなし。ドアが開くとアスカは窓際の席に陣取って窓を開けた。
「アスカ、気をつけてねー」
「ありがと!ココに来てない子にも何が欲しいか聞いといて!常識の範囲なら何でも――」
「アスカ…!!」
「え?」
と、いよいよバスが出るって段になってから、女の子が大きな声でアスカを呼んだ。アスカの横から外を覗くと…さっきパイロットの話題のときに顔を伏せた子だった。
「あの…こんなギリギリでする話じゃないんだけど…どうしても聞きたいことがあって…とっても不安なことがあって…!」
「ちょ、ちょっと…?」
その子は教室でもカラオケでもアスカよりもはしゃいでた。なのに急に思いつめた様子で何かを訴え始め…皆が妙に慌てた。
「…アスカがドイツに行ってる間…パイロットは綾波さんと碇君だけで…。だったら…」
「お前、自分が何言おうとしてるか分かってるか!?」
「アスカ…!あの…あのね…私…!」
「………」
男子に強い口調で脅されてもその子はアスカに叫び続ける。
恐怖…なのか?守られるしかない人間の。頼るしかない側の。無力な存在の。アスカはじっと話を聞いていた。
「…不安なのは当然よね。でも…大丈夫よ。シンジは本当に強いし、あの優等生だって…ホント優秀だし。心配することないわ。ちゃんと守って…」
「違うの…そうじゃ…そうじゃなくて…」
「お前ホントいい加減にしろよ!」
「……?」
…様子が少しおかしい。その子は何か…“言っちゃいけない何か”を口走ろうとして、言い淀んでいる。皆はその“何か”を承知の上で遮ろうとしてる。そんな風に見える。
けどアスカはその“何か”を自分への不満だと受け取ったようで。
「…ホント無責任よね。皆を守るのが仕事なのに…何が里帰りだって。私も…なんとかしたかったんだけどさ。
けど…ちょっとどうにもならなくって…帰らなきゃいけなくなってさ」
「え…?」
その言い方だと随分と意味合いが違ってくる。けれどそれを確かめる間もなく―
「ごめんね」
“ブーーーー-!”
ブザーが無遠慮に会話を途切り、ドアが閉まった。
「アスカ、気をつけてねー」
「ありがと!ココに来てない子にも何が欲しいか聞いといて!常識の範囲なら何でも――」
「アスカ…!!」
「え?」
と、いよいよバスが出るって段になってから、女の子が大きな声でアスカを呼んだ。アスカの横から外を覗くと…さっきパイロットの話題のときに顔を伏せた子だった。
「あの…こんなギリギリでする話じゃないんだけど…どうしても聞きたいことがあって…とっても不安なことがあって…!」
「ちょ、ちょっと…?」
その子は教室でもカラオケでもアスカよりもはしゃいでた。なのに急に思いつめた様子で何かを訴え始め…皆が妙に慌てた。
「…アスカがドイツに行ってる間…パイロットは綾波さんと碇君だけで…。だったら…」
「お前、自分が何言おうとしてるか分かってるか!?」
「アスカ…!あの…あのね…私…!」
「………」
男子に強い口調で脅されてもその子はアスカに叫び続ける。
恐怖…なのか?守られるしかない人間の。頼るしかない側の。無力な存在の。アスカはじっと話を聞いていた。
「…不安なのは当然よね。でも…大丈夫よ。シンジは本当に強いし、あの優等生だって…ホント優秀だし。心配することないわ。ちゃんと守って…」
「違うの…そうじゃ…そうじゃなくて…」
「お前ホントいい加減にしろよ!」
「……?」
…様子が少しおかしい。その子は何か…“言っちゃいけない何か”を口走ろうとして、言い淀んでいる。皆はその“何か”を承知の上で遮ろうとしてる。そんな風に見える。
けどアスカはその“何か”を自分への不満だと受け取ったようで。
「…ホント無責任よね。皆を守るのが仕事なのに…何が里帰りだって。私も…なんとかしたかったんだけどさ。
けど…ちょっとどうにもならなくって…帰らなきゃいけなくなってさ」
「え…?」
その言い方だと随分と意味合いが違ってくる。けれどそれを確かめる間もなく―
「ごめんね」
“ブーーーー-!”
ブザーが無遠慮に会話を途切り、ドアが閉まった。
111: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/25(月) 12:56:18 ID:???
バスはわずかに身を震わせ、ゆっくりと進み出した。
「ア、アスカ…?」
「ごめん!本当ありがとう!ホント…」
「ちょ…待って…!帰ってくるのよね!?ちゃんと帰ってくるのよね!?」
「…………。
元気でねっ♪」
「アスカ!!??」
女子のその問いかけに答えることなく、アスカは笑顔で手を振った。女子の何人かが血相を変えてバスを追って走り出す。男子は呆然と立ち尽くすばかりだった。
僕は見ていられなくなって…後ろを向くのをやめた。これ以上見てたら泣いてしまう。他の客がいなくて本当に良かった。色んな意味で。
運転手が窓から身を乗り出すアスカをミラー越しにちらりと伺うけど、口出しできない空気だと踏んだのか何も言わなかった。
前方は青で後続の車も来ていたから停まる理由もない。バスは快調にスピードを上げ、無常にも女子との距離をドンドン離していく。彼女達は何か叫んでいるけど、それはもはや言葉としては聞き取れない。けれどアスカに思いの欠片くらいは伝わったと思う。
「電話とか…!手紙とか…!絶対出すから!だから…!だから…!」
アスカの声もまた届きはしなかったと思う。けれどそれでもアスカは小さくなってゆくその子達に向かって叫び、胸が締め付けられるような笑顔で手を振り続けた。少しでも思いが伝わればいい。
曲がり角にさしかかり、ようやくとアスカは椅子に腰を下ろした。そして呆然とアスカを見ているケンスケと委員長に、どういう感情からくるのか分からない笑顔を向けた。
「…ははは。手なんか振っちゃって…カッコ悪いし、みっともないし…バカみたい。嘘も突き通せず…最低の終わり方。
あ~あ。最後はスマートに普通にいこうと思ってたんだけどなぁ…」
「…最後って惣流…。お前…」
「アスカ…まさか…まさか…」
「やっぱ、みんな言いたいことが山ほどあるところを、無理してはしゃいでくれてたのかなぁ。でも里帰りしてのんびりするとか言い出したら…そんな気使いする気も失せるわよね。全く私はどこまで…」
「アスカ!!!」
2人と目を合わせようとせずに自嘲し続けるアスカに委員長が、泣き声に近い叫びを浴びせる。アスカは一瞬思案するように天井をみやり、頬をポリポリとかいた。
「ん~…ま、そういうことなんだわ」
「ア、アスカ…?」
「ごめん!本当ありがとう!ホント…」
「ちょ…待って…!帰ってくるのよね!?ちゃんと帰ってくるのよね!?」
「…………。
元気でねっ♪」
「アスカ!!??」
女子のその問いかけに答えることなく、アスカは笑顔で手を振った。女子の何人かが血相を変えてバスを追って走り出す。男子は呆然と立ち尽くすばかりだった。
僕は見ていられなくなって…後ろを向くのをやめた。これ以上見てたら泣いてしまう。他の客がいなくて本当に良かった。色んな意味で。
運転手が窓から身を乗り出すアスカをミラー越しにちらりと伺うけど、口出しできない空気だと踏んだのか何も言わなかった。
前方は青で後続の車も来ていたから停まる理由もない。バスは快調にスピードを上げ、無常にも女子との距離をドンドン離していく。彼女達は何か叫んでいるけど、それはもはや言葉としては聞き取れない。けれどアスカに思いの欠片くらいは伝わったと思う。
「電話とか…!手紙とか…!絶対出すから!だから…!だから…!」
アスカの声もまた届きはしなかったと思う。けれどそれでもアスカは小さくなってゆくその子達に向かって叫び、胸が締め付けられるような笑顔で手を振り続けた。少しでも思いが伝わればいい。
曲がり角にさしかかり、ようやくとアスカは椅子に腰を下ろした。そして呆然とアスカを見ているケンスケと委員長に、どういう感情からくるのか分からない笑顔を向けた。
「…ははは。手なんか振っちゃって…カッコ悪いし、みっともないし…バカみたい。嘘も突き通せず…最低の終わり方。
あ~あ。最後はスマートに普通にいこうと思ってたんだけどなぁ…」
「…最後って惣流…。お前…」
「アスカ…まさか…まさか…」
「やっぱ、みんな言いたいことが山ほどあるところを、無理してはしゃいでくれてたのかなぁ。でも里帰りしてのんびりするとか言い出したら…そんな気使いする気も失せるわよね。全く私はどこまで…」
「アスカ!!!」
2人と目を合わせようとせずに自嘲し続けるアスカに委員長が、泣き声に近い叫びを浴びせる。アスカは一瞬思案するように天井をみやり、頬をポリポリとかいた。
「ん~…ま、そういうことなんだわ」
270: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/28(木) 22:54:33 ID:???
残念なことに僕の血縁者の中に、僕の“家族”は1人としていない。
僕にとって家族っていうのはどれもこれもわずか数ヶ月前までは他人だった存在だ。
1人はもういない。1人はこれからいなくなる。だけどそれだけじゃない。
忘れちゃいけない。もう1人いる。いや1人って言っていいのか分からないけど…彼は間違いなく“家族”だ。だから迎えに来た。
委員長がドアを開けると、その最後の1人は物凄い勢いで飛び出し、僕に一直線に駆け寄ってきた。
「クェ~!!!!」
「ペンペン!!!」
抱き上げてやると腕の中でバタバタと暴れる。放して欲しいのかと下ろすと、今度はまとわり付いて抱っこしてくれとせがむ。
どうして欲しいのかって話だけど、本人にも分かってないんだろう。とにかく全身で喜びを表現している。こうまで喜ばれるとこっちまで嬉しくなってくる。
「久しぶり!元気にしてた?」
「クェェェッ♪」
「何で僕だって分かったんだよ!連絡なんてしてなかったのに!」
「30分くらい前から急に落ち着きがなくなったの。どうしたのかなって思ったんだけど…」
家の中から委員長の妹のノゾミちゃんが出てきて説明してくれた。目を丸くしてる。
「あのね。ペンペン、この頃ずっと元気なかったの。最初、お家に来たときはとってもはしゃいでたんだけど…。食欲もなくて。
淋しかったのかな。こんなに元気なのは久しぶり」
「…動物には分かるもんなのね、ちゃんと」
委員長も感慨深そうだ。
そうか…。ずっと待っててくれたのか…。ずっと…。
「…ごめんね。会いに来れなくて」
「…クェ」
頭をくしゃくしゃにかき回してやると、ペンペンは気持ち良さそうに目を細めた。ノゾミちゃんが『よかったね、ペンペン』と声をかけると嬉しそうに『クェェ!』と返事を返して。
その様子を少し離れたところで見てるのが一名。アスカだ。
アスカにとってもペンペンは家族だ。だけどアスカは地下からこっちずっとペンペンに避けられている。流石にその表情は少し緊張していた。
僕にとって家族っていうのはどれもこれもわずか数ヶ月前までは他人だった存在だ。
1人はもういない。1人はこれからいなくなる。だけどそれだけじゃない。
忘れちゃいけない。もう1人いる。いや1人って言っていいのか分からないけど…彼は間違いなく“家族”だ。だから迎えに来た。
委員長がドアを開けると、その最後の1人は物凄い勢いで飛び出し、僕に一直線に駆け寄ってきた。
「クェ~!!!!」
「ペンペン!!!」
抱き上げてやると腕の中でバタバタと暴れる。放して欲しいのかと下ろすと、今度はまとわり付いて抱っこしてくれとせがむ。
どうして欲しいのかって話だけど、本人にも分かってないんだろう。とにかく全身で喜びを表現している。こうまで喜ばれるとこっちまで嬉しくなってくる。
「久しぶり!元気にしてた?」
「クェェェッ♪」
「何で僕だって分かったんだよ!連絡なんてしてなかったのに!」
「30分くらい前から急に落ち着きがなくなったの。どうしたのかなって思ったんだけど…」
家の中から委員長の妹のノゾミちゃんが出てきて説明してくれた。目を丸くしてる。
「あのね。ペンペン、この頃ずっと元気なかったの。最初、お家に来たときはとってもはしゃいでたんだけど…。食欲もなくて。
淋しかったのかな。こんなに元気なのは久しぶり」
「…動物には分かるもんなのね、ちゃんと」
委員長も感慨深そうだ。
そうか…。ずっと待っててくれたのか…。ずっと…。
「…ごめんね。会いに来れなくて」
「…クェ」
頭をくしゃくしゃにかき回してやると、ペンペンは気持ち良さそうに目を細めた。ノゾミちゃんが『よかったね、ペンペン』と声をかけると嬉しそうに『クェェ!』と返事を返して。
その様子を少し離れたところで見てるのが一名。アスカだ。
アスカにとってもペンペンは家族だ。だけどアスカは地下からこっちずっとペンペンに避けられている。流石にその表情は少し緊張していた。
277: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/04/28(木) 23:41:56 ID:???
ひとしきり頭を撫でてやり、ペンペンが落ち着いたところで僕は彼をアスカの方に向けてやった。けど僕のときと違って全く反応しない。
アスカもまた、近寄るでも離れるでもなく中途半端な距離で手の行き場を探している。
「…アスカ」
「…うん。久しぶり。ペンペン」
僕が促すとアスカがどこか気弱な笑顔を浮かべ、おずおずと手を差し伸べた。アスカにとってもペンペンは家族のはずで。またペンペンにとってもそのはずだ。なのに。
「………」
「え…」
思わぬ反応に委員長が声をあげる。
アスカの手が鼻先に差し出されると同時にペンペンは後ずさり、僕の後ろに隠れた。流石にアスカが強張る。
もしかしたらと思った。けど今日は前と違って化粧も香水もしてない。嫌がる理由がない。
それなのに…まるで知らない人を前にしているみたいに…。
「…ははは。ペンペン?アスカだよ?」
「どうしたのペンペン?」
「………」
僕と委員長が前に押しやろうとしても、ペンペンはしがみついて動こうとしない。僕は焦って少し声を荒げた。
「どうしたんだよ…!アスカが会いに来てくれたんだよ」
「シンジ…もういいから。無理には…」
ペンペンは僕から離れて家の中に駆け込んで行ってしまい、妹さんが慌てて追いかけていく。後には後味の悪い空気が残った。委員長が困惑してアスカと部屋の中を交互に見やる。
「…あの…ど、どうしたのかしら…。もしかしたらうちでの飼い方が…忘れちゃったなんてことはないと思うんだけど…」
「…いいのよ。洞木家がどうってことじゃないから。
…やれやれ。スッピンだし大丈夫かと思ったんだけど。動物は正直ね。人間よりもずっと。流石にちょっと…」
「アスカ…」
ここ最近、アスカの力ない笑顔をさんざん見てきた。けれど今日のそれは本当に泣き顔とスレスレのところにあった。
「やっぱ動物には分かるのね~。上っ面だけ前と同じにしたって…」
物言わぬペンペンのその態度は、誰のどんな罵倒よりアスカを打ちのめしたらしい。
けれど動物を責めるわけにはいかない。嫌うなとも言えない。そこには悪意なんかないんだから。
純粋であるということは時に何よりも残酷らしい。
アスカもまた、近寄るでも離れるでもなく中途半端な距離で手の行き場を探している。
「…アスカ」
「…うん。久しぶり。ペンペン」
僕が促すとアスカがどこか気弱な笑顔を浮かべ、おずおずと手を差し伸べた。アスカにとってもペンペンは家族のはずで。またペンペンにとってもそのはずだ。なのに。
「………」
「え…」
思わぬ反応に委員長が声をあげる。
アスカの手が鼻先に差し出されると同時にペンペンは後ずさり、僕の後ろに隠れた。流石にアスカが強張る。
もしかしたらと思った。けど今日は前と違って化粧も香水もしてない。嫌がる理由がない。
それなのに…まるで知らない人を前にしているみたいに…。
「…ははは。ペンペン?アスカだよ?」
「どうしたのペンペン?」
「………」
僕と委員長が前に押しやろうとしても、ペンペンはしがみついて動こうとしない。僕は焦って少し声を荒げた。
「どうしたんだよ…!アスカが会いに来てくれたんだよ」
「シンジ…もういいから。無理には…」
ペンペンは僕から離れて家の中に駆け込んで行ってしまい、妹さんが慌てて追いかけていく。後には後味の悪い空気が残った。委員長が困惑してアスカと部屋の中を交互に見やる。
「…あの…ど、どうしたのかしら…。もしかしたらうちでの飼い方が…忘れちゃったなんてことはないと思うんだけど…」
「…いいのよ。洞木家がどうってことじゃないから。
…やれやれ。スッピンだし大丈夫かと思ったんだけど。動物は正直ね。人間よりもずっと。流石にちょっと…」
「アスカ…」
ここ最近、アスカの力ない笑顔をさんざん見てきた。けれど今日のそれは本当に泣き顔とスレスレのところにあった。
「やっぱ動物には分かるのね~。上っ面だけ前と同じにしたって…」
物言わぬペンペンのその態度は、誰のどんな罵倒よりアスカを打ちのめしたらしい。
けれど動物を責めるわけにはいかない。嫌うなとも言えない。そこには悪意なんかないんだから。
純粋であるということは時に何よりも残酷らしい。
420: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/02(月) 13:24:28 ID:???
『次に彼に会ったときでいい。届けてもらってくれないか』
そう言ってあの人はそれを差し出した。
『……』
俺は受け取らなかった。汗ばんだ臭い。疲れが滲む顔。その辺が前とは違ってたけど…やっぱりスマートで。
『…たまたま通りがかったノーマークのガキを“繋ぎ”に使うんですか。安全の保証も見返りも無しに』
『…そう言われると辛いな。生憎…駄賃すら渡してやれないんだ。
金を用意する暇が無くてな。口座には家の一つ二つ建てられるだけの額はあるんだが…下ろせば居場所がばれてしまう』
『…約束は出来ません』
『分かってる。こっちもダメもとだ。君がこれを渡す理由が無い。しかし無い知恵絞って考えた35の手段の内、34までもが“通らなかった”。もうこのくらいしかないんだ』
『こんな行き当たりばったりで回るんですか』
『回らないな。回るわけがない。だからこそのこの状況なんだ』
『…?』
『必要な資料は渡してある。これは補足に過ぎない。届かなくてもそれはそれで構わない。捨てたければ捨ててくれ。
逆に渡しに行こうとはするな。郵送も無しだ。本当に危険が及ぶ』
淡々とした口調だったけど…それは事実だったんだろう。
常に観客だった俺にようやく巡ってきた“役”。演技指導。少し前なら喜んでた。だけどそのときの俺はもう…。
『…スパイごっこみたいですね』
『みたいじゃない。正真正銘、スパイごっこさ。ジェームズ・ボンドは嫌いかい?』
『…もう飽きました』
やっぱり俺は“そういう風”に見られてるらしい。その返答に意外そうな顔をされた。
『そりゃまたどうして』
『…いつも“ごっこ”止まりだからですよ。戦争ごっこ、パイロットごっこ…今度はスパイごっこ。もう…うんざりだ。
周りの連中にも笑われてるんです。中2にもなってって。それでも俺は“ごっこ”を続けた。続けてればいつかは“本物”になれるような気がして。
でも…俺には遠すぎる。EVAもNERVも…シンジもトウジも…!ミサトさんも…アンタも…!
アンタ達“本物”を見てたら惨めになってくる!ただ「EVAに乗りたい」って“欲求”だけで…誰かのためなんて気はさらさらなくて…例え何かしたくても…俺は…』
俺はそれを地べたに叩きつけた。怒られるかと思ったけど、あの人は何も言わずにじっと俺を見つめた。
そう言ってあの人はそれを差し出した。
『……』
俺は受け取らなかった。汗ばんだ臭い。疲れが滲む顔。その辺が前とは違ってたけど…やっぱりスマートで。
『…たまたま通りがかったノーマークのガキを“繋ぎ”に使うんですか。安全の保証も見返りも無しに』
『…そう言われると辛いな。生憎…駄賃すら渡してやれないんだ。
金を用意する暇が無くてな。口座には家の一つ二つ建てられるだけの額はあるんだが…下ろせば居場所がばれてしまう』
『…約束は出来ません』
『分かってる。こっちもダメもとだ。君がこれを渡す理由が無い。しかし無い知恵絞って考えた35の手段の内、34までもが“通らなかった”。もうこのくらいしかないんだ』
『こんな行き当たりばったりで回るんですか』
『回らないな。回るわけがない。だからこそのこの状況なんだ』
『…?』
『必要な資料は渡してある。これは補足に過ぎない。届かなくてもそれはそれで構わない。捨てたければ捨ててくれ。
逆に渡しに行こうとはするな。郵送も無しだ。本当に危険が及ぶ』
淡々とした口調だったけど…それは事実だったんだろう。
常に観客だった俺にようやく巡ってきた“役”。演技指導。少し前なら喜んでた。だけどそのときの俺はもう…。
『…スパイごっこみたいですね』
『みたいじゃない。正真正銘、スパイごっこさ。ジェームズ・ボンドは嫌いかい?』
『…もう飽きました』
やっぱり俺は“そういう風”に見られてるらしい。その返答に意外そうな顔をされた。
『そりゃまたどうして』
『…いつも“ごっこ”止まりだからですよ。戦争ごっこ、パイロットごっこ…今度はスパイごっこ。もう…うんざりだ。
周りの連中にも笑われてるんです。中2にもなってって。それでも俺は“ごっこ”を続けた。続けてればいつかは“本物”になれるような気がして。
でも…俺には遠すぎる。EVAもNERVも…シンジもトウジも…!ミサトさんも…アンタも…!
アンタ達“本物”を見てたら惨めになってくる!ただ「EVAに乗りたい」って“欲求”だけで…誰かのためなんて気はさらさらなくて…例え何かしたくても…俺は…』
俺はそれを地べたに叩きつけた。怒られるかと思ったけど、あの人は何も言わずにじっと俺を見つめた。
421: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/02(月) 13:25:59 ID:???
『…そんなにEVAに乗りたいかい?』
俺は答えない。
『それとも…正義の味方かな?』
その通りだったけど…恥ずかしくて答えられない。
『…大抵の男はそうだと思うんだが…俺は子供の頃、正義の味方になりたかった。世界を救うヒーローに』
少し間を置き、その話は唐突に始まった。
『今の君の歳になると流石にその思いは薄れ掛けてた。だがセカンドインパクトの後…その思いは現実的な形に収束した。
俺はNERVを選んだ。EVAには乗れやしないけどな』
『夢が…叶ったじゃないですか』
嫌味に聞こえた。こっちも皮肉のつもりだ。だけどあの人は笑った。
『そうだな。けど…今は素に返ると笑っちまうんだ。
大学の連れなんか、普通の会社で出世して、結婚して…子供がいる奴だって少なくない。それなのに俺は何をくだらないことをやってるんだってな。まだガキのまんまかって』
『くだらない…?』
聞き捨てならない言葉だった。けれどあの人は心外そうに言い返してきた。
『くだらなくないとでも?お洒落なバーで美人に声をかけられたとする。「お仕事は?」って聞かれたら何て答えたらいい?
謎の怪獣から世界を救ってます?巨悪に一人立ち向かってます?
美人に嘘はつかない主義だ。俺は正直に答える。そして美人は席を立つ。
世界一、頭いい連中が高い金かけて巨大ロボット作って、その巨大ロボット増やす金を無理に都合つけて、子供まで引きずり込んで巨大ロボット運転させて…。兵隊さん達はみんな、その巨大ロボットに嫉妬して。それらは全部大真面目に。
馬鹿馬鹿しい。こんな“くだらないこと”大の大人が本気の本気で取り組むような事じゃない』
『……』
怒るべきだったんだろうか。多分、怒るべきだったんだろう。これは侮辱だ。世界を救おうと身を粉にして働く人達に対する…前線で戦うシンジ達に対する。
その仕事を、努力を、苦悩をくだらないとか…あまつさえバカだなんていうのはあんまりだ。だけどあの人はあまりに言い切ったから…。
『正義の味方は“ごっこ”で止めておくのが賢明だ。実際に世界を救おうとしたら辛いだけだ。
“本物”になんかならないほうがいい。少なくとも俺はNERVでに本当の意味での“本物”にお目にかかったことなんて一度だってありゃしないよ』
俺は答えない。
『それとも…正義の味方かな?』
その通りだったけど…恥ずかしくて答えられない。
『…大抵の男はそうだと思うんだが…俺は子供の頃、正義の味方になりたかった。世界を救うヒーローに』
少し間を置き、その話は唐突に始まった。
『今の君の歳になると流石にその思いは薄れ掛けてた。だがセカンドインパクトの後…その思いは現実的な形に収束した。
俺はNERVを選んだ。EVAには乗れやしないけどな』
『夢が…叶ったじゃないですか』
嫌味に聞こえた。こっちも皮肉のつもりだ。だけどあの人は笑った。
『そうだな。けど…今は素に返ると笑っちまうんだ。
大学の連れなんか、普通の会社で出世して、結婚して…子供がいる奴だって少なくない。それなのに俺は何をくだらないことをやってるんだってな。まだガキのまんまかって』
『くだらない…?』
聞き捨てならない言葉だった。けれどあの人は心外そうに言い返してきた。
『くだらなくないとでも?お洒落なバーで美人に声をかけられたとする。「お仕事は?」って聞かれたら何て答えたらいい?
謎の怪獣から世界を救ってます?巨悪に一人立ち向かってます?
美人に嘘はつかない主義だ。俺は正直に答える。そして美人は席を立つ。
世界一、頭いい連中が高い金かけて巨大ロボット作って、その巨大ロボット増やす金を無理に都合つけて、子供まで引きずり込んで巨大ロボット運転させて…。兵隊さん達はみんな、その巨大ロボットに嫉妬して。それらは全部大真面目に。
馬鹿馬鹿しい。こんな“くだらないこと”大の大人が本気の本気で取り組むような事じゃない』
『……』
怒るべきだったんだろうか。多分、怒るべきだったんだろう。これは侮辱だ。世界を救おうと身を粉にして働く人達に対する…前線で戦うシンジ達に対する。
その仕事を、努力を、苦悩をくだらないとか…あまつさえバカだなんていうのはあんまりだ。だけどあの人はあまりに言い切ったから…。
『正義の味方は“ごっこ”で止めておくのが賢明だ。実際に世界を救おうとしたら辛いだけだ。
“本物”になんかならないほうがいい。少なくとも俺はNERVでに本当の意味での“本物”にお目にかかったことなんて一度だってありゃしないよ』
424: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/02(月) 13:41:04 ID:???
『じゃあ何でまだジェームズ・ボンドを…正義の味方を続けてるんですか?そんな…辛いこと』
『君は一つ誤解してる。“ごっこ”ほど楽しいことはないんだぞ?俺なんか根っからいい加減だからな。仕事じゃここまではやれない。これは“ごっこ”さ。だから命まで賭けられる。辛くもなんともない。
俺は今も昔もこれからも、正義の味方“気取り”でしかないんだよ。俺は自分の中の真実に近付きたいだけだ。だから時々悪さやズルイ真似も出来る。
せいぜい、なかなか現れない“本物”がやってくるまでの代役さ。本物が死んだら困るけど、本物“気取り”が死んだところで誰も困りゃしない。気楽なもんさ』
分からない。死ぬの生きるのって話をそんな軽々しく話すこの人が。違うだろ。そういうのは他人がどうこうじゃなく…。
『中2?だからどうした。俺なんか30過ぎてもまだ、こんなこと続けてる。
相田君。好きなら“ごっこ”をやめないことだ。“こんな楽しいこと”やめるべきじゃない。
例え今は届かなくても。そのうちどこかに繋がってくさ』
そんなこと言われたって…俺は“今”EVAに乗りたい。
だけど自称、正義の味方“気取り”が拾い上げたそれを…俺は今度は受け取った。
「…シンジの言う通りだな。分かったような分からんような…」
汗だくで自転車を走らせながらあの日のことを思い出す。
本当に何が言いたかったんだろ。夢を捨てるなと言ってる様でもあり、否定された様でもあり。丸め込もうとしたにしては不充分で。事実、俺は約束を果たしていない。渡しに行こうともしなかった。
中2にもなったらいい加減分かってる。現実にはピンチにヒーローが来たことなんか一度もないこと。どうしたって悪はのさばり続けること。使徒は犠牲を払いながら、自分達で排除するしかないこと。正義の味方はいないこと。皆、そんなこと分かってる。
けど…あの人は分かってなかったんじゃないのか。もしかしたらあの歳になっても本気で…。
赤信号で停まる。時間を確認し…少し焦る。急がないと。
「…自分こそが“本物”だったってことには…やっぱり気付かなかったんだろうなぁ…」
俺みたいな木っ端に説教してどうしたかったんだろ。物好きだよな。ホント。まぁどうでもいいか。
信号が青に。ペダルを思い切り踏み込む。ナップサックの中、正義の味方から渡された“それ”が揺れた。
『君は一つ誤解してる。“ごっこ”ほど楽しいことはないんだぞ?俺なんか根っからいい加減だからな。仕事じゃここまではやれない。これは“ごっこ”さ。だから命まで賭けられる。辛くもなんともない。
俺は今も昔もこれからも、正義の味方“気取り”でしかないんだよ。俺は自分の中の真実に近付きたいだけだ。だから時々悪さやズルイ真似も出来る。
せいぜい、なかなか現れない“本物”がやってくるまでの代役さ。本物が死んだら困るけど、本物“気取り”が死んだところで誰も困りゃしない。気楽なもんさ』
分からない。死ぬの生きるのって話をそんな軽々しく話すこの人が。違うだろ。そういうのは他人がどうこうじゃなく…。
『中2?だからどうした。俺なんか30過ぎてもまだ、こんなこと続けてる。
相田君。好きなら“ごっこ”をやめないことだ。“こんな楽しいこと”やめるべきじゃない。
例え今は届かなくても。そのうちどこかに繋がってくさ』
そんなこと言われたって…俺は“今”EVAに乗りたい。
だけど自称、正義の味方“気取り”が拾い上げたそれを…俺は今度は受け取った。
「…シンジの言う通りだな。分かったような分からんような…」
汗だくで自転車を走らせながらあの日のことを思い出す。
本当に何が言いたかったんだろ。夢を捨てるなと言ってる様でもあり、否定された様でもあり。丸め込もうとしたにしては不充分で。事実、俺は約束を果たしていない。渡しに行こうともしなかった。
中2にもなったらいい加減分かってる。現実にはピンチにヒーローが来たことなんか一度もないこと。どうしたって悪はのさばり続けること。使徒は犠牲を払いながら、自分達で排除するしかないこと。正義の味方はいないこと。皆、そんなこと分かってる。
けど…あの人は分かってなかったんじゃないのか。もしかしたらあの歳になっても本気で…。
赤信号で停まる。時間を確認し…少し焦る。急がないと。
「…自分こそが“本物”だったってことには…やっぱり気付かなかったんだろうなぁ…」
俺みたいな木っ端に説教してどうしたかったんだろ。物好きだよな。ホント。まぁどうでもいいか。
信号が青に。ペダルを思い切り踏み込む。ナップサックの中、正義の味方から渡された“それ”が揺れた。
571: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/05(木) 01:50:09 ID:???
「相田、どうだって?」
「……」
改札口前。ヒカリが困惑した表情で、送られてきたメールを見せた。
【多分マニア】
「……」
.…意味不明。確かめるまでもなくマニアではあるけれど。
「…漢字もろくに読めない私が言うのもなんだけど…アイツもなかなかどうして日本語が不自由なようね」
「【多分間に合う】って意味だと思う…。信号待ちの合間かなんかに急いで打ったんだと…」
ヒカリがフォローするけど…相田はろくに変換する間もないくらい急いでいるらしい。こりゃ厳しいかも。
少し離れたところにシンジが所在なさげに突っ立ってる。シンジ同様、腕の中のペンペンも元気が無い。やはりテレビに夢中で話は通っていなかったようで、家を出る間際にコダマちゃんがゴネたからだ。
もう半ば以上、ペンペンは葛城家の人間ではなくなっているのかもしれない。
「…お見送りとか…行けるの?」
ヒカリがポツリと呟いた。
「…どうかしら。多分、普通の空港からの便じゃないと思うから、ヒカリが入れてもらえるかどうか」
「そう…」
残念そうに俯く。私は何かしら明るい材料を探すけど…あるわけもなく。
「…気にしないでいいわよ!それでなくたって見送りなんて別に…」
「もし行ってもかまわないようなら必ず教えて。お願い」
「…うん」
ヒカリは珍しく強い口調で迫った。
「…そんなに電話もかけられないと思う。国際電話って高いと思うから…けど…手紙は書くわ。出来る限り…たくさん」
「…うん」
「ずっと…書き続けるから」
ヒカリはただそう言い続ける。
何一つ…ヒカリは尋ねようとしない。ヒカリの家に厄介になってたときと同じく。
いつだってそう。自分からは立ち入ってこない。私がみんなの前で機密ギリギリの自慢話をしているときもそうだった。ただ、笑って話を聞いてるだけ。
私はその興味なさげな素振りが少し不満だった。
だけど弐号機に拒絶され始めて…話せることがなくなったときにようやく分かった。常に一線を引いてくれていたそのスタンスが救いだった。
ヒカリは距離を置きながらでもずっと私と向き合ってくれてた。
「……」
改札口前。ヒカリが困惑した表情で、送られてきたメールを見せた。
【多分マニア】
「……」
.…意味不明。確かめるまでもなくマニアではあるけれど。
「…漢字もろくに読めない私が言うのもなんだけど…アイツもなかなかどうして日本語が不自由なようね」
「【多分間に合う】って意味だと思う…。信号待ちの合間かなんかに急いで打ったんだと…」
ヒカリがフォローするけど…相田はろくに変換する間もないくらい急いでいるらしい。こりゃ厳しいかも。
少し離れたところにシンジが所在なさげに突っ立ってる。シンジ同様、腕の中のペンペンも元気が無い。やはりテレビに夢中で話は通っていなかったようで、家を出る間際にコダマちゃんがゴネたからだ。
もう半ば以上、ペンペンは葛城家の人間ではなくなっているのかもしれない。
「…お見送りとか…行けるの?」
ヒカリがポツリと呟いた。
「…どうかしら。多分、普通の空港からの便じゃないと思うから、ヒカリが入れてもらえるかどうか」
「そう…」
残念そうに俯く。私は何かしら明るい材料を探すけど…あるわけもなく。
「…気にしないでいいわよ!それでなくたって見送りなんて別に…」
「もし行ってもかまわないようなら必ず教えて。お願い」
「…うん」
ヒカリは珍しく強い口調で迫った。
「…そんなに電話もかけられないと思う。国際電話って高いと思うから…けど…手紙は書くわ。出来る限り…たくさん」
「…うん」
「ずっと…書き続けるから」
ヒカリはただそう言い続ける。
何一つ…ヒカリは尋ねようとしない。ヒカリの家に厄介になってたときと同じく。
いつだってそう。自分からは立ち入ってこない。私がみんなの前で機密ギリギリの自慢話をしているときもそうだった。ただ、笑って話を聞いてるだけ。
私はその興味なさげな素振りが少し不満だった。
だけど弐号機に拒絶され始めて…話せることがなくなったときにようやく分かった。常に一線を引いてくれていたそのスタンスが救いだった。
ヒカリは距離を置きながらでもずっと私と向き合ってくれてた。
582: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/05(木) 07:06:59 ID:???
「…何よ、その荷物」
「ぜぇ…ぜぇ…」
アスカの問いかけに答える余裕も無く、ケンスケはへたり込み、荒い息をつく。
ゲームを取りに帰ったはずのケンスケはパンパンに膨らんだナップサックを抱えて戻ってきた。制服のまま。汗だくで。
委員長がハンカチで額や、あごから滴る汗を拭ってやる。ケンスケはちょっと照れたけど身を任せた。水色の布地が大きく染みが広がっていく。
「…ふぅ…ま、間に合わないかと思ったぜ…」
「間に合ってないんだけど…」
ケンスケはやれやれという風に微笑むけど…予定してた列車には乗れなかった。僕や委員長はともかく、アスカはキレ気味だし、黒服からも苛立った感じのメールが来た。だけどこの様子を見たら僕はちょっと責められない。
そこまで遅い時間じゃないから、もう少し待って欲しいって返信した。返事は来なかったけど…まぁ渋々、大目に見てくれたってことなんだと思う。その代わり少し離れたところに黒服の姿が見える。
ただ待たされるのが嫌いなアスカの苛立ちは収まらないみたい。
「そんなもの背負ってるから遅れたんじゃない…!」
「いやぁ、ソフト一本だけのつもりだったんだけど、いざ家に帰るとあれもこれもって欲張っちゃうよな。
シンジ。帰るときに手荷物のチェックとかってあるのか?」
暑いんだろう、カッターシャツを脱ぎ、ケンスケは『ドスン!』とただならぬ音を立て、ナップサックを地面に下ろした。
「そういうのは特には…何で?」
「いやほら…没収とかされたら困るし…なぁ?」
ケンスケがいやらしい笑顔を浮かべ、委員長が不穏な空気を察知して、文字通り“委員長”の表情になる。
「シンジの“性癖”がイマイチ掴みきれてなかったからな。とりあえずあらゆるニーズに応えられるよう一通り揃えてきた。期待してくれていいぜ!」
中には“期待出来る物”が詰まってるらしい。けど…ここまでの量だと重荷でしかない。しかも正直言うとあんまり嬉しくない。この量でなくとも今の僕には重荷なんだ。別の意味で。
これで喜ばない男はいないと思っているのか、ケンスケは得意げに内容について語り始める。委員長はそれを虫とか、トラックにひかれてぺしゃんこになった猫とか、塾長とかを見るような目で見ながら改札をくぐっていく。
この荷物がケンスケにとっての重荷になるにはまだ少しかかりそうだ。
「ぜぇ…ぜぇ…」
アスカの問いかけに答える余裕も無く、ケンスケはへたり込み、荒い息をつく。
ゲームを取りに帰ったはずのケンスケはパンパンに膨らんだナップサックを抱えて戻ってきた。制服のまま。汗だくで。
委員長がハンカチで額や、あごから滴る汗を拭ってやる。ケンスケはちょっと照れたけど身を任せた。水色の布地が大きく染みが広がっていく。
「…ふぅ…ま、間に合わないかと思ったぜ…」
「間に合ってないんだけど…」
ケンスケはやれやれという風に微笑むけど…予定してた列車には乗れなかった。僕や委員長はともかく、アスカはキレ気味だし、黒服からも苛立った感じのメールが来た。だけどこの様子を見たら僕はちょっと責められない。
そこまで遅い時間じゃないから、もう少し待って欲しいって返信した。返事は来なかったけど…まぁ渋々、大目に見てくれたってことなんだと思う。その代わり少し離れたところに黒服の姿が見える。
ただ待たされるのが嫌いなアスカの苛立ちは収まらないみたい。
「そんなもの背負ってるから遅れたんじゃない…!」
「いやぁ、ソフト一本だけのつもりだったんだけど、いざ家に帰るとあれもこれもって欲張っちゃうよな。
シンジ。帰るときに手荷物のチェックとかってあるのか?」
暑いんだろう、カッターシャツを脱ぎ、ケンスケは『ドスン!』とただならぬ音を立て、ナップサックを地面に下ろした。
「そういうのは特には…何で?」
「いやほら…没収とかされたら困るし…なぁ?」
ケンスケがいやらしい笑顔を浮かべ、委員長が不穏な空気を察知して、文字通り“委員長”の表情になる。
「シンジの“性癖”がイマイチ掴みきれてなかったからな。とりあえずあらゆるニーズに応えられるよう一通り揃えてきた。期待してくれていいぜ!」
中には“期待出来る物”が詰まってるらしい。けど…ここまでの量だと重荷でしかない。しかも正直言うとあんまり嬉しくない。この量でなくとも今の僕には重荷なんだ。別の意味で。
これで喜ばない男はいないと思っているのか、ケンスケは得意げに内容について語り始める。委員長はそれを虫とか、トラックにひかれてぺしゃんこになった猫とか、塾長とかを見るような目で見ながら改札をくぐっていく。
この荷物がケンスケにとっての重荷になるにはまだ少しかかりそうだ。
583: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/05(木) 07:09:10 ID:???
「ごめん。ケンスケ…せっかく持ってきてもらって悪いけど…」
「え~…なんでだよ。これだけ説明させといて」
「させといてって…」
ケンスケが不満そうに口を尖らせる。
分からないんだろうか…アスカや委員長だけじゃなく、他の客まで僕らの周りにいない事の意味が。黒服まで距離取ってるし。
「ただ、あるだけ持ってきた訳じゃないんだぜ?厳選に厳選を重ねた…他ならぬこの俺がA評価を下したものばっかなんだぞ?」
他ならぬっていわれてもなぁ…。
「ここにあるだけでも既に狂気の分量なんだけど」
「微々たるもんだよ。nyやmxで流れてる違法ファイルの99.89%までは俺が流したもんだからな。だから遠慮すんなよ!」
…どこから突っ込んだらいいものやら…。とりあえずギガの単位は余裕で越えてるよね?
「いや…質とか遠慮とかの話じゃなく…」
「じゃなんだよ」
はっきり言わなきゃダメなんだろうか。迷惑だって。このゴミ、持って帰れって。
「どうしてもダメかよ…じゃあこれだけでも持ってってくれよ」
ケンスケは残念そうに、家に帰った本来の目的をようやく差し出した。
「正直迷ったんだ。貸した金が返ってこなくてさ。100倍にして返すって言ったくせに、元本さえ戻ってこなくて。買ったのついこないだなんだけど…持ってけよ」
「…悪いよ。RPGだからすぐにはクリアできないし」
「だったら返さないでいい。お前にやるよ。餞別って言ったら変だけど」
「そういうわけにも…」
「…ずっと渡さなきゃ渡さなきゃって思ってたんだよ。もう…遅いのかもしれないけどな」
「…?」
ケンスケはやけに執拗で。いつのまにか表情から洒落の雰囲気が消えていた。
「遅いって…発売からそんなに経ってないだろ。もしクリアしてないんだったら―」
「…盗聴とかはされてないんだよな」
「…え?」
ケンスケは周りを確認してから箱を開けた。中にはタイトルが記されたディスクと、何の表記もされてないディスクが―…。
「…これは…」
「ミサトさんに渡してくれ」
このゲームは二枚組じゃない。ケンスケの餞別は…予想以上の重荷だった。
「え~…なんでだよ。これだけ説明させといて」
「させといてって…」
ケンスケが不満そうに口を尖らせる。
分からないんだろうか…アスカや委員長だけじゃなく、他の客まで僕らの周りにいない事の意味が。黒服まで距離取ってるし。
「ただ、あるだけ持ってきた訳じゃないんだぜ?厳選に厳選を重ねた…他ならぬこの俺がA評価を下したものばっかなんだぞ?」
他ならぬっていわれてもなぁ…。
「ここにあるだけでも既に狂気の分量なんだけど」
「微々たるもんだよ。nyやmxで流れてる違法ファイルの99.89%までは俺が流したもんだからな。だから遠慮すんなよ!」
…どこから突っ込んだらいいものやら…。とりあえずギガの単位は余裕で越えてるよね?
「いや…質とか遠慮とかの話じゃなく…」
「じゃなんだよ」
はっきり言わなきゃダメなんだろうか。迷惑だって。このゴミ、持って帰れって。
「どうしてもダメかよ…じゃあこれだけでも持ってってくれよ」
ケンスケは残念そうに、家に帰った本来の目的をようやく差し出した。
「正直迷ったんだ。貸した金が返ってこなくてさ。100倍にして返すって言ったくせに、元本さえ戻ってこなくて。買ったのついこないだなんだけど…持ってけよ」
「…悪いよ。RPGだからすぐにはクリアできないし」
「だったら返さないでいい。お前にやるよ。餞別って言ったら変だけど」
「そういうわけにも…」
「…ずっと渡さなきゃ渡さなきゃって思ってたんだよ。もう…遅いのかもしれないけどな」
「…?」
ケンスケはやけに執拗で。いつのまにか表情から洒落の雰囲気が消えていた。
「遅いって…発売からそんなに経ってないだろ。もしクリアしてないんだったら―」
「…盗聴とかはされてないんだよな」
「…え?」
ケンスケは周りを確認してから箱を開けた。中にはタイトルが記されたディスクと、何の表記もされてないディスクが―…。
「…これは…」
「ミサトさんに渡してくれ」
このゲームは二枚組じゃない。ケンスケの餞別は…予想以上の重荷だった。
584: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/05(木) 07:10:53 ID:???
「絶対にミサトさん以外には渡すなよ。パスワードを知ってるのもミサトさんだけだ」
「え…あの…」
困惑する僕をよそにケンスケは早口、かつ小声で一方的にまくし立てる。アスカも黒服も…近くにはいない。
「分かったのか、分からないのか、どっちだよ…!」
「わ、わかった。わかったよ…けど…」
一応、求められてることは理解した。バカ話の途中から唐突になされ始めたからピンと来ないけど、割と重大なやり取りをしてるってことも。
だけど…。
「ケンスケ…。本当は…僕もミサトさんに会える状況にないんだ。実は…本当は…」
「えぇ…?」
「だから…これを渡されてもミサトさんには…」
流石にケンスケは目を丸くした。けれど…それでも首を振った。
「…そうだとしても押し付けさせてくれよ。丸投げするのは悪いと思うけどさ。でも…もう持ってるのに耐えられないんだよ」
「……」
疲れたようにケンスケは笑う。
「面倒なら捨てても構わないって言われてたんだけどな。結局、捨てることも…そのくせ、危険を冒して渡しにもいけなかった。お前や…ミサトさんのためになることが…どうしても出来なくて…。どこまでも半端だよな。
けど…ミサトさんに会えないなら会えないで…捨てるにしろ持ち続けるにしろ、お前が決めてくれ。これは俺がどうこうしていいもんじゃないと思うんだ」
「……」
僕はとりあえずディスクを受け取った。状況が全部飲め込めたわけじゃないけど…何にしても無関係なのに巻き込まれたらしいケンスケはこの話から解放しなきゃいけない。NERVの端くれにいる人間として。
「…悪いな」
「いや…いいよ。ごめんね。なんか…迷惑かけたみたいで」
僕が謝るっていうのも変な話だったけど。
肩の荷が下りた。ケンスケはそんな感じの表情を浮かべた。けどこっちはその分の荷を背負い込んだわけで。そして僕にはケンスケと違って押し付ける相手がいない。
ミサトさんはもういないし、他の人にも渡しちゃいけない。つまりこの重荷の終着地点は…僕ってことだ。
「え…あの…」
困惑する僕をよそにケンスケは早口、かつ小声で一方的にまくし立てる。アスカも黒服も…近くにはいない。
「分かったのか、分からないのか、どっちだよ…!」
「わ、わかった。わかったよ…けど…」
一応、求められてることは理解した。バカ話の途中から唐突になされ始めたからピンと来ないけど、割と重大なやり取りをしてるってことも。
だけど…。
「ケンスケ…。本当は…僕もミサトさんに会える状況にないんだ。実は…本当は…」
「えぇ…?」
「だから…これを渡されてもミサトさんには…」
流石にケンスケは目を丸くした。けれど…それでも首を振った。
「…そうだとしても押し付けさせてくれよ。丸投げするのは悪いと思うけどさ。でも…もう持ってるのに耐えられないんだよ」
「……」
疲れたようにケンスケは笑う。
「面倒なら捨てても構わないって言われてたんだけどな。結局、捨てることも…そのくせ、危険を冒して渡しにもいけなかった。お前や…ミサトさんのためになることが…どうしても出来なくて…。どこまでも半端だよな。
けど…ミサトさんに会えないなら会えないで…捨てるにしろ持ち続けるにしろ、お前が決めてくれ。これは俺がどうこうしていいもんじゃないと思うんだ」
「……」
僕はとりあえずディスクを受け取った。状況が全部飲め込めたわけじゃないけど…何にしても無関係なのに巻き込まれたらしいケンスケはこの話から解放しなきゃいけない。NERVの端くれにいる人間として。
「…悪いな」
「いや…いいよ。ごめんね。なんか…迷惑かけたみたいで」
僕が謝るっていうのも変な話だったけど。
肩の荷が下りた。ケンスケはそんな感じの表情を浮かべた。けどこっちはその分の荷を背負い込んだわけで。そして僕にはケンスケと違って押し付ける相手がいない。
ミサトさんはもういないし、他の人にも渡しちゃいけない。つまりこの重荷の終着地点は…僕ってことだ。
585: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/05(木) 07:13:03 ID:???
「ほら、いつまでも持ってないでしまえよ。変に思われるぞ」
「う、うん」
そうだ。僕が持ってるのは“単なるゲームソフト”でしかない。そう、これはどこの店にも売ってるサターンのソフト。32ビットという他社の追随を許さない高性能ゲーム機のソフトでしかないんだ。
…おかしい。おかしいな。どうしてだか自分の発言にしっくり来ない部分があるような…。
「…何から聞いたらいいのかな?」
「何かを答えられると思わないでくれよ。俺は渡すように頼まれただけなんだから」
まだ頭が整理できていないけど、僕はとりあえず聞いておくべき事を探す。
「中身は…って聞いても仕方ないよね」
「ははは…」
「この大荷物は…ダミーのつもりで?あのバカな能書きはわざと?」
その問いかけにケンスケはニヤリと笑った。
「中坊の浅知恵だよ。丸ごと持ってってくれたら、偽装としちゃ完璧だったんだけどな。量自体が半端じゃないし、パスワードのいるファイルもいくつも混ぜてある。
最悪、検閲みたいな真似がされたとしても、これだけが特別目立ちはしないかと思ってさ。まぁここまで気を使う必要もなかったみたいだけどな。
ただゲームは本物だし、荷物の方もダミーって言い切るには惜しい逸品ぞろいだぜ?やっぱ全部持ってくか?」
「いや…」
どこの誰かの仕業かは分からないけど…ケンスケにここまでさせるようなのって。
「何で…なんでケンスケがこんなものを…一体誰から…?」
「ん~…言っていいのかな。言っちゃダメとも言われてないんだけど…」
ケンスケは少し考えてから
「…偶然だよ。ちょっとしたさ。迷惑だったけど…少し救われたかな」
「…?」
「ははは。分かんないよな。別にいいんだ。知らない人だったよ、うん」
そんな風に笑った。
「う、うん」
そうだ。僕が持ってるのは“単なるゲームソフト”でしかない。そう、これはどこの店にも売ってるサターンのソフト。32ビットという他社の追随を許さない高性能ゲーム機のソフトでしかないんだ。
…おかしい。おかしいな。どうしてだか自分の発言にしっくり来ない部分があるような…。
「…何から聞いたらいいのかな?」
「何かを答えられると思わないでくれよ。俺は渡すように頼まれただけなんだから」
まだ頭が整理できていないけど、僕はとりあえず聞いておくべき事を探す。
「中身は…って聞いても仕方ないよね」
「ははは…」
「この大荷物は…ダミーのつもりで?あのバカな能書きはわざと?」
その問いかけにケンスケはニヤリと笑った。
「中坊の浅知恵だよ。丸ごと持ってってくれたら、偽装としちゃ完璧だったんだけどな。量自体が半端じゃないし、パスワードのいるファイルもいくつも混ぜてある。
最悪、検閲みたいな真似がされたとしても、これだけが特別目立ちはしないかと思ってさ。まぁここまで気を使う必要もなかったみたいだけどな。
ただゲームは本物だし、荷物の方もダミーって言い切るには惜しい逸品ぞろいだぜ?やっぱ全部持ってくか?」
「いや…」
どこの誰かの仕業かは分からないけど…ケンスケにここまでさせるようなのって。
「何で…なんでケンスケがこんなものを…一体誰から…?」
「ん~…言っていいのかな。言っちゃダメとも言われてないんだけど…」
ケンスケは少し考えてから
「…偶然だよ。ちょっとしたさ。迷惑だったけど…少し救われたかな」
「…?」
「ははは。分かんないよな。別にいいんだ。知らない人だったよ、うん」
そんな風に笑った。
840: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/08(日) 21:10:23 ID:???
「お前は明日も学校来るんだろ」
「…明日は無理だと思う。この一週間はアスカに付き合うつもりだから」
予想された返答だったのか。ケンスケは顔を曇らせた。
「その後は来るよな?」
「…ソフトはちゃんと郵送するから心配しないでよ」
「誰がそんな話してんだよ。んなもんクリアしたら捨てちまえ」
ケンスケは心外そうに声を荒げた。分かってる。そんなこと求められてるわけじゃないのに。
「…ごめん」
「…すぐじゃなくてもいい。でも…来いよ。逃げんなよ」
逃げか…逃げに見えるだろうな。トウジのときはそうだった。けど…
「…来ないって言ってるんじゃないよ。来たくないわけじゃない。でも…やっぱり今は何も約束できないんだ。
前とは少し違う。同じ部分もあるkど。アスカがいなくなった後の僕がどんな風になるか…自分でも分からない」
「…惣流はもう帰って来ないのか」
「……」
僕は答えない。まだ納得しきったわけじゃない。
「…手は無くは無いんだ」
「え?」
「アスカを残せるかもしれないかも可能性は…まだあることはあって…」
「だったらやりゃいいじゃないか」
「…そうしたいところなんだけどさ。けどそれは僕だけじゃなく、たくさんの人に迷惑をかけるかもしれないことで…」
アスカも綾波も否定した。けれど…アレは各々の立場を持った当事者の、それも女の意見で。でも僕の周りにいる男っていったら大人ばっかりで。しかもNERVの人間だから帰ってくる答えは聞くまでもない。
だから僕は聞いてみたかった。同年代で、男で、NERVとは無関係で、付き合ってる子の意見を。
「ちょっと…相談したいことがあるんだ」
「相談って…今からかよ?」
「ケンスケは…委員長のために世界を犠牲にすることって出来る?
それって許されると思う?」
電光掲示板に表示が灯り、二つ先の駅に電車がやってきたことを告げた。
「…明日は無理だと思う。この一週間はアスカに付き合うつもりだから」
予想された返答だったのか。ケンスケは顔を曇らせた。
「その後は来るよな?」
「…ソフトはちゃんと郵送するから心配しないでよ」
「誰がそんな話してんだよ。んなもんクリアしたら捨てちまえ」
ケンスケは心外そうに声を荒げた。分かってる。そんなこと求められてるわけじゃないのに。
「…ごめん」
「…すぐじゃなくてもいい。でも…来いよ。逃げんなよ」
逃げか…逃げに見えるだろうな。トウジのときはそうだった。けど…
「…来ないって言ってるんじゃないよ。来たくないわけじゃない。でも…やっぱり今は何も約束できないんだ。
前とは少し違う。同じ部分もあるkど。アスカがいなくなった後の僕がどんな風になるか…自分でも分からない」
「…惣流はもう帰って来ないのか」
「……」
僕は答えない。まだ納得しきったわけじゃない。
「…手は無くは無いんだ」
「え?」
「アスカを残せるかもしれないかも可能性は…まだあることはあって…」
「だったらやりゃいいじゃないか」
「…そうしたいところなんだけどさ。けどそれは僕だけじゃなく、たくさんの人に迷惑をかけるかもしれないことで…」
アスカも綾波も否定した。けれど…アレは各々の立場を持った当事者の、それも女の意見で。でも僕の周りにいる男っていったら大人ばっかりで。しかもNERVの人間だから帰ってくる答えは聞くまでもない。
だから僕は聞いてみたかった。同年代で、男で、NERVとは無関係で、付き合ってる子の意見を。
「ちょっと…相談したいことがあるんだ」
「相談って…今からかよ?」
「ケンスケは…委員長のために世界を犠牲にすることって出来る?
それって許されると思う?」
電光掲示板に表示が灯り、二つ先の駅に電車がやってきたことを告げた。
841: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/08(日) 21:11:17 ID:???
「…俺の場合を聞いたって仕方ないだろ」
少し考えてからケンスケはそう答えた。
「参考にはなるかと思って…」
「するなって。ならねーし。
あ~…誤解するなよ?ヒカリを軽く見てるって訳じゃないからな。
…ヒカリは俺の“一番”だけど…俺の“全て”って訳じゃない。アイツ1人とアイツ以外全部だったら俺は…」
最後は流石に口ごもったけど…漠然とした問いだった割に、ケンスケの答えは割りとしっかりしたものだった。
「…客観的に考えてそれでいいと思うんだけどな。ヒカリも許してくれると思うし。まぁ…実際そういう状況に置かれたら違うのかも。
このぐらいしか言えねぇよ。急いで出した答えだし。ほらやっぱり参考にならねーだろ。愛を語らせんなよ、恥ずかしい」
そう言ってケンスケは顔を赤らめ、僕の尻に蹴りを見舞った。
「…『ヒカリの為なら死ねる』とかそんな話になるかと思った」
「それを真に受けて死なれちゃたまんないよ。死んで済む話ならある意味じゃ楽だろ。後の連中が辛いだけで。繰り返すけど…」
「分かってるよ」
本当は『ヒカリの為なら死ねる』って言わなきゃいけないところだ。彼氏としては。立場上。
けどケンスケはあえて一番、正解に近い返答をしてくれた。
「…ありがとう。参考にするよ」
「だからすんなって。お前らにはお前らの答えがあるだろ。
けど一つ間違いないのは…そのワガママは許されはしないよな。許しを期待するのは虫が良すぎるよ」
「……」
そうなんだろう。理解はされないだろう。もし僕らの立場ならって言ったところで、僕のワガママで大事な人が犠牲になった人が納得するわけもない。
そんな愛は祝福されない。
“RRRRRRRRRRRRRRRRRR…”
ベルが鳴った。ホームをうろついていたペンペンが驚いて僕の方に駆け寄ってくる。
もう電車が入ってくる。
少し考えてからケンスケはそう答えた。
「参考にはなるかと思って…」
「するなって。ならねーし。
あ~…誤解するなよ?ヒカリを軽く見てるって訳じゃないからな。
…ヒカリは俺の“一番”だけど…俺の“全て”って訳じゃない。アイツ1人とアイツ以外全部だったら俺は…」
最後は流石に口ごもったけど…漠然とした問いだった割に、ケンスケの答えは割りとしっかりしたものだった。
「…客観的に考えてそれでいいと思うんだけどな。ヒカリも許してくれると思うし。まぁ…実際そういう状況に置かれたら違うのかも。
このぐらいしか言えねぇよ。急いで出した答えだし。ほらやっぱり参考にならねーだろ。愛を語らせんなよ、恥ずかしい」
そう言ってケンスケは顔を赤らめ、僕の尻に蹴りを見舞った。
「…『ヒカリの為なら死ねる』とかそんな話になるかと思った」
「それを真に受けて死なれちゃたまんないよ。死んで済む話ならある意味じゃ楽だろ。後の連中が辛いだけで。繰り返すけど…」
「分かってるよ」
本当は『ヒカリの為なら死ねる』って言わなきゃいけないところだ。彼氏としては。立場上。
けどケンスケはあえて一番、正解に近い返答をしてくれた。
「…ありがとう。参考にするよ」
「だからすんなって。お前らにはお前らの答えがあるだろ。
けど一つ間違いないのは…そのワガママは許されはしないよな。許しを期待するのは虫が良すぎるよ」
「……」
そうなんだろう。理解はされないだろう。もし僕らの立場ならって言ったところで、僕のワガママで大事な人が犠牲になった人が納得するわけもない。
そんな愛は祝福されない。
“RRRRRRRRRRRRRRRRRR…”
ベルが鳴った。ホームをうろついていたペンペンが驚いて僕の方に駆け寄ってくる。
もう電車が入ってくる。
842: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/08(日) 21:12:15 ID:???
「…私、何にも恩返し出来なかったな。ヒカリにも…みんなにも」
「…そんなこと」
ようやく口から出たのはそんな台詞。
話は全然出来なかった。胸が一杯になっちゃって。多分、電車に乗ったぐらいでたくさん思い浮かぶんだと思う。あれを話せば良かった、これを話せばよかったって。
「…なんかして欲しいことってない?もう出来ることも限られるんだけどさ」
「じゃ…お願いしていい?」
珍しくヒカリは乗ってきてくれた。
「いいわよ。あんまりお金がかかることはやめてね」
「ううん。そんなに大したことじゃないと思うの。けど…一番大事なことだと思うの」
「…何?」
「ドイツでも元気でいてね」
「……」
「欲を言えばもう一つ…ずっと友達でいてね」
「……うん」
かろうじて言えたのはそのぐらい。
列車が入ってきた。私はカバンを掴んで立ち上がる。
何か…何かないの?ヒカリに…ヒカリ達にしてあげられること。
「ケンスケ…さっきの続きなんだけどさ」
「ん?」
ペンペンを抱え、僕は尋ねる。
「もし…もしさ。僕がそのワガママを通したらケンスケはやっぱり許さない?」
「ははは。適格者にそういうこと言われると洒落に聞こえないな」
「……」
一つも洒落じゃない。僕は…ケンスケ達にまで被害を及ぼすかもしれない。数日中にも。けど…。
いいんだろうか。このまま…何も言わないままで。
「…そんなこと」
ようやく口から出たのはそんな台詞。
話は全然出来なかった。胸が一杯になっちゃって。多分、電車に乗ったぐらいでたくさん思い浮かぶんだと思う。あれを話せば良かった、これを話せばよかったって。
「…なんかして欲しいことってない?もう出来ることも限られるんだけどさ」
「じゃ…お願いしていい?」
珍しくヒカリは乗ってきてくれた。
「いいわよ。あんまりお金がかかることはやめてね」
「ううん。そんなに大したことじゃないと思うの。けど…一番大事なことだと思うの」
「…何?」
「ドイツでも元気でいてね」
「……」
「欲を言えばもう一つ…ずっと友達でいてね」
「……うん」
かろうじて言えたのはそのぐらい。
列車が入ってきた。私はカバンを掴んで立ち上がる。
何か…何かないの?ヒカリに…ヒカリ達にしてあげられること。
「ケンスケ…さっきの続きなんだけどさ」
「ん?」
ペンペンを抱え、僕は尋ねる。
「もし…もしさ。僕がそのワガママを通したらケンスケはやっぱり許さない?」
「ははは。適格者にそういうこと言われると洒落に聞こえないな」
「……」
一つも洒落じゃない。僕は…ケンスケ達にまで被害を及ぼすかもしれない。数日中にも。けど…。
いいんだろうか。このまま…何も言わないままで。
843: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/08(日) 21:13:08 ID:???
アナウンスが流れる中、列車はゆっくりと停車した。
昇降口に乗り込んだアスカに委員長が持っていた包みを渡す。
「…私が焼いたクッキー。餞別がこんなもので悪いけど」
「…ううん。ありがとう」
2人は無言で抱き締めあった。委員長の目から涙がポロポロこぼれた。アスカは。目をつぶったまま笑い、ゆっくり身体を離した。
「…ヒカリを大事にしなさいよ」
「分かってるよ」
何故か喧嘩腰のアスカにケンスケは迷惑そうに返事を返した。
「…アスカをお願いね。あ…クッキーは2人で食べて」
「…うん」
委員長は僕の方を向かない。向く余裕が無い。ケンスケがその手をそっと握った。
発車までもう、いくらの時間がないっていうのに沈黙が生まれた。
「何か言っておくこと…ないの?」
僕がつつくとアスカはため息をついた。
「…やれやれ。何か気の利いたこと言えりゃいいんだけどね。何にも出てこない。
別れにふさわしい言葉ってのもあるような気はするけどさ」
アスカはしばし天井を仰ぎ―…
「私さ…ヒカリに内緒にしてることがあるのよ」
「え」
「ヒカリだけじゃない。
…相田…まだEVAに乗りたいとか思ってたりする?」
「あ…?」
「相田には嬉しいことかもしれない。でも…他の皆はどうか分からない。鈴原があんな目にあった訳だし。
だけど…知らないでいきなり言われるよりはいいのかもしれない。違うのかも」
「は?」
「…アスカ?」
アスカが僕の手を握り締める。
それはさっき、アスカ自身が僕に言っちゃいけないって言ってたことだ―。
昇降口に乗り込んだアスカに委員長が持っていた包みを渡す。
「…私が焼いたクッキー。餞別がこんなもので悪いけど」
「…ううん。ありがとう」
2人は無言で抱き締めあった。委員長の目から涙がポロポロこぼれた。アスカは。目をつぶったまま笑い、ゆっくり身体を離した。
「…ヒカリを大事にしなさいよ」
「分かってるよ」
何故か喧嘩腰のアスカにケンスケは迷惑そうに返事を返した。
「…アスカをお願いね。あ…クッキーは2人で食べて」
「…うん」
委員長は僕の方を向かない。向く余裕が無い。ケンスケがその手をそっと握った。
発車までもう、いくらの時間がないっていうのに沈黙が生まれた。
「何か言っておくこと…ないの?」
僕がつつくとアスカはため息をついた。
「…やれやれ。何か気の利いたこと言えりゃいいんだけどね。何にも出てこない。
別れにふさわしい言葉ってのもあるような気はするけどさ」
アスカはしばし天井を仰ぎ―…
「私さ…ヒカリに内緒にしてることがあるのよ」
「え」
「ヒカリだけじゃない。
…相田…まだEVAに乗りたいとか思ってたりする?」
「あ…?」
「相田には嬉しいことかもしれない。でも…他の皆はどうか分からない。鈴原があんな目にあった訳だし。
だけど…知らないでいきなり言われるよりはいいのかもしれない。違うのかも」
「は?」
「…アスカ?」
アスカが僕の手を握り締める。
それはさっき、アスカ自身が僕に言っちゃいけないって言ってたことだ―。
844: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/08(日) 21:14:01 ID:???
「恨まれるかも。これを教えることが正しいのかどうか…正直、自信がないの。
皆に伝えるかどうかは2人で決めて。きっと私よりは“正解”に近いはずだから。
あの…あのね。私…パイロットを下ろされてさ。それで…その後任は多分―…」
アスカは苦しそうに口を開こうとした。
が―…
「辛そうだな、お前ら」
ケンスケが苦笑を浮かべて僕らを見る。
「言いたいこととか…やりたいことがあるんだな。だけど出来ないでいるんだよな。俺らのこと思うとさ。
黙ってた方がいいかと思ったけどさ。
…俺らから言った方が良さそうだな?」
ケンスケが困ったような笑顔を浮かべた。そして委員長が笑って続けた。
「アスカ…後のことは心配しないで。アスカみたいに上手にやれるとも思ってないけど…私たちで出来るだけのことはする。頑張るわ。アスカに負けないように」
「…ヒカリ…何…」
「トウジが最後に教えてくれたよ。
コード707。第四次選抜候補者の保護を目的とした施設…今じゃ第五次ってことになるのか?」
「――――――!!!!!!!!!!!!!!」
「知ってる…全部知ってるよ」
アスカが飛び出そうとしたけど…ワンテンポ遅くて。扉は閉まった。
『聞いときたかったんだけど、エヴァンゲリオンっていうのは―…』
『どうしても聞きたいことがあって…とっても不安なことがあって…!』
みんなの反応が蘇ってくる。
まさか…知ってたのか?みんな…自分たちが予備だって…。知ってて…それでもここに…。
「ケン…」
「ヒカ…!」
「やっぱ言いにくいことってのは別れ際に伝えるに限るな」
ケンスケはニヤッといやらしい笑みを浮かべた。列車が…ゆっくりと動き出した。
皆に伝えるかどうかは2人で決めて。きっと私よりは“正解”に近いはずだから。
あの…あのね。私…パイロットを下ろされてさ。それで…その後任は多分―…」
アスカは苦しそうに口を開こうとした。
が―…
「辛そうだな、お前ら」
ケンスケが苦笑を浮かべて僕らを見る。
「言いたいこととか…やりたいことがあるんだな。だけど出来ないでいるんだよな。俺らのこと思うとさ。
黙ってた方がいいかと思ったけどさ。
…俺らから言った方が良さそうだな?」
ケンスケが困ったような笑顔を浮かべた。そして委員長が笑って続けた。
「アスカ…後のことは心配しないで。アスカみたいに上手にやれるとも思ってないけど…私たちで出来るだけのことはする。頑張るわ。アスカに負けないように」
「…ヒカリ…何…」
「トウジが最後に教えてくれたよ。
コード707。第四次選抜候補者の保護を目的とした施設…今じゃ第五次ってことになるのか?」
「――――――!!!!!!!!!!!!!!」
「知ってる…全部知ってるよ」
アスカが飛び出そうとしたけど…ワンテンポ遅くて。扉は閉まった。
『聞いときたかったんだけど、エヴァンゲリオンっていうのは―…』
『どうしても聞きたいことがあって…とっても不安なことがあって…!』
みんなの反応が蘇ってくる。
まさか…知ってたのか?みんな…自分たちが予備だって…。知ってて…それでもここに…。
「ケン…」
「ヒカ…!」
「やっぱ言いにくいことってのは別れ際に伝えるに限るな」
ケンスケはニヤッといやらしい笑みを浮かべた。列車が…ゆっくりと動き出した。
2: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/11(水) 06:31:53 ID:???
「なんだよ…全然分からないよ…」
何故、トウジが?NERVはこの事実を知ってるのか?
どこまでだ?自分達が使い捨てだってことまで知ってるのか?
知ってて…どうして?
疑問はいくらでも湧いた。そしてそのどれにも答えが返されないまま、視界はゆっくりと流れ出す。ケンスケと委員長は二人並んで列車を見送ってた。
アスカが窓に張り付くと、委員長が手を振り始めた。ケンスケは何か喋ってる。何…何だ?
知らず…僕は車両の中を歩き出していた。
聞こえてるとも思えなかったけど、俺は喋り続けた。
「俺が皆に伝えた。クラスの奴らは全員知ってる。
それで良かったのかどうかわかんねー。トウジにも黙ってろって言われたのにな。
受け止められなかった奴もいる。親に無理言って疎開した奴も。学校来なくなった奴も。
けど今、残ってる奴らは全部知ってる。自分がトウジになるかもしれないってことも分かってる。納得は出来てないだろうけどな」
ヒカリの手を握る。ヒカリも握り返す。列車はお構いなしに速度を上げてく。
シンジはもう走ってる。バカだな、そこで走ったって…。客の迷惑になってるぞ。
喉が詰まる。何でだろ。惣流はともかくシンジとは…訳わかんねぇ。
もう叫んだって聞こえる訳ない。だけど続ける。
「だからさ、お前らが気にするようなことは何もねーよ。やりたいようにやれよ。“替え”はあるんだ。
文句なんかいわねーよ。つーか言えねー。その権利がねー。
お前らはさんざん俺らを守ってくれたじゃないか。戦ってくれたじゃないか。
俺らがそれをする番が来たってだけだよ」
もうシンジも惣流も見えない。だけどヒカリは手を振るのをやめない。俺も…。
「本望だよ。EVAに乗れるなんて。夢みたいだ。ようやく“繋がった”んだ。“そのとき”が来たら俺から使ってもらうさ。
シンジ。勢いで行けよ。感情に任せてさ。迷ったときは“前”だよ。
そのために俺達は今、若いんだろ」
『若いってのはそういうことだろ?』
気付いたらあの人の言葉が口から出ていた。言いたいことはそのぐらいだ。
列車のケツがどんどん小さくなってく。もうそろそろいいだろう。
俺は我慢するのをやめた。何でか知らないけど、やたらと泣けた。
何故、トウジが?NERVはこの事実を知ってるのか?
どこまでだ?自分達が使い捨てだってことまで知ってるのか?
知ってて…どうして?
疑問はいくらでも湧いた。そしてそのどれにも答えが返されないまま、視界はゆっくりと流れ出す。ケンスケと委員長は二人並んで列車を見送ってた。
アスカが窓に張り付くと、委員長が手を振り始めた。ケンスケは何か喋ってる。何…何だ?
知らず…僕は車両の中を歩き出していた。
聞こえてるとも思えなかったけど、俺は喋り続けた。
「俺が皆に伝えた。クラスの奴らは全員知ってる。
それで良かったのかどうかわかんねー。トウジにも黙ってろって言われたのにな。
受け止められなかった奴もいる。親に無理言って疎開した奴も。学校来なくなった奴も。
けど今、残ってる奴らは全部知ってる。自分がトウジになるかもしれないってことも分かってる。納得は出来てないだろうけどな」
ヒカリの手を握る。ヒカリも握り返す。列車はお構いなしに速度を上げてく。
シンジはもう走ってる。バカだな、そこで走ったって…。客の迷惑になってるぞ。
喉が詰まる。何でだろ。惣流はともかくシンジとは…訳わかんねぇ。
もう叫んだって聞こえる訳ない。だけど続ける。
「だからさ、お前らが気にするようなことは何もねーよ。やりたいようにやれよ。“替え”はあるんだ。
文句なんかいわねーよ。つーか言えねー。その権利がねー。
お前らはさんざん俺らを守ってくれたじゃないか。戦ってくれたじゃないか。
俺らがそれをする番が来たってだけだよ」
もうシンジも惣流も見えない。だけどヒカリは手を振るのをやめない。俺も…。
「本望だよ。EVAに乗れるなんて。夢みたいだ。ようやく“繋がった”んだ。“そのとき”が来たら俺から使ってもらうさ。
シンジ。勢いで行けよ。感情に任せてさ。迷ったときは“前”だよ。
そのために俺達は今、若いんだろ」
『若いってのはそういうことだろ?』
気付いたらあの人の言葉が口から出ていた。言いたいことはそのぐらいだ。
列車のケツがどんどん小さくなってく。もうそろそろいいだろう。
俺は我慢するのをやめた。何でか知らないけど、やたらと泣けた。
80: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/13(金) 02:11:57 ID:???
『…これからどうするんです?』
『そうだなぁ。次の仕事が片付けば高飛びついでに南の島にでも落ち着いて、美人に囲まれて悠々自適で自堕落な生活を送ろうかと思ってるんだが。涼しいとこの方がいいかな?』
のんきな顔で尋ねられ、なんかむかついて顔を背けた。人に怪しげなもの渡しといて…。
『無責任な…』
『言ったろ?いい加減だって。
ああ、そうだ。相田君。もう一つ頼みがあるんだ。これは1人の人間としてお願いしたい』
『?』
『これはさっきの頼みよりも、遥かに重要で切実だ。それだけに頼みにくいんだが…要するに―』
“ぐぐぐぅぅぅ…”
真剣な顔で何を言うかと思えば…。
『…100倍にして返すからさ。頼むよ』
腹の虫が全てを伝えていた。
列車はもう見えない。大分落ち着いたので眼鏡をかけ直す。
「…何一つ伝わらなかったな」
「仕方ないわよ。伝えたくなかったわけじゃないでしょ」
「ホントに伝える気ならこんな風にはやらないよ。
半端だなぁ俺は。この先…どうにかなるのかなぁ…シンジや…トウジみたいに…」
「……」
俺達の間ではずっと口にすることのなかった名前。思ったよりも簡単に口にすることが出来た。ヒカリも何も言わなかった。きっかけとしちゃ良かった。ずっと口にしないままにしておくには辛い存在だったから。
「…中坊に金借りんなよな」
「え?」
「いやいや…こっちの話」
飯や交通費にも事欠く正義の味方なんて格好悪いにも程がある。
これで良かったんですかね?頼りないあんたの口車に乗って、若さに任せて伝えちゃったけど。ホントにそういうことなんですかね?
何もかもをアンタの責任にするつもりはさらさらないけどさ。1万と2000円ってのは中坊が払う授業料としちゃちょっと重たかったからさ。
「…帰ろうか」
「…うん」
俺達には明日も学校がある。
その後、ヒカリを家まで送って、玄関先で15分くらい喋ってから家に帰った。
そんな感じで俺の“任務”は完了した。
『そうだなぁ。次の仕事が片付けば高飛びついでに南の島にでも落ち着いて、美人に囲まれて悠々自適で自堕落な生活を送ろうかと思ってるんだが。涼しいとこの方がいいかな?』
のんきな顔で尋ねられ、なんかむかついて顔を背けた。人に怪しげなもの渡しといて…。
『無責任な…』
『言ったろ?いい加減だって。
ああ、そうだ。相田君。もう一つ頼みがあるんだ。これは1人の人間としてお願いしたい』
『?』
『これはさっきの頼みよりも、遥かに重要で切実だ。それだけに頼みにくいんだが…要するに―』
“ぐぐぐぅぅぅ…”
真剣な顔で何を言うかと思えば…。
『…100倍にして返すからさ。頼むよ』
腹の虫が全てを伝えていた。
列車はもう見えない。大分落ち着いたので眼鏡をかけ直す。
「…何一つ伝わらなかったな」
「仕方ないわよ。伝えたくなかったわけじゃないでしょ」
「ホントに伝える気ならこんな風にはやらないよ。
半端だなぁ俺は。この先…どうにかなるのかなぁ…シンジや…トウジみたいに…」
「……」
俺達の間ではずっと口にすることのなかった名前。思ったよりも簡単に口にすることが出来た。ヒカリも何も言わなかった。きっかけとしちゃ良かった。ずっと口にしないままにしておくには辛い存在だったから。
「…中坊に金借りんなよな」
「え?」
「いやいや…こっちの話」
飯や交通費にも事欠く正義の味方なんて格好悪いにも程がある。
これで良かったんですかね?頼りないあんたの口車に乗って、若さに任せて伝えちゃったけど。ホントにそういうことなんですかね?
何もかもをアンタの責任にするつもりはさらさらないけどさ。1万と2000円ってのは中坊が払う授業料としちゃちょっと重たかったからさ。
「…帰ろうか」
「…うん」
俺達には明日も学校がある。
その後、ヒカリを家まで送って、玄関先で15分くらい喋ってから家に帰った。
そんな感じで俺の“任務”は完了した。
117: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/14(土) 01:12:35 ID:???
ホームがドンドンと遠ざかるのを最後尾、車掌室のガラスに張り付きながら見送る。車掌が僕を不審そうににちらちらと見ながらアナウンスをする。
「………」
駅が視界から消え、ようやく僕はガラスから身を離し、もたれた。座り込んでしまいたい。大声をあげてしまいたい。混乱して…何がなんだか。
かろうじてそうしなかったのはココが電車の中だったからで…。
「…あ」
乗客が…みんな僕を睨んでいた。さほど混み合っていないとはいえ、無遠慮に車内を全力疾走したんだから当然ではある。肩身が…狭い。
とりあえず戻ろう。アスカのところに。
僕は辺りの人に頭を下げ、のろのろと道を辿る。車両を移っていく不愉快そうな視線を浴びせられるのが辛かった。
途中、この列車に乗り合わせていたガードが、戻ってきた僕に尋ねた。
「…何かありましたか」
「…別に」
「しかし何も無いのなら…」
「何もありません」
それ以上はガードも立ち入っては来なかった。青臭い中学生の友情物語なんか聞きたいこともないんだろう。僕らの中で自分たちが悪役であることくらい分かっているはずだろうから。
元いた車両に戻る。アスカは何列にも並ぶ、二人掛けの席の一つに腰掛けていた。僕が横に立つとアスカはこちらに視線を送ることもなく、自分の隣のカバンをどかせた。僕は黙って腰を下ろす。
「ザッハトルテ、ドレスデンのシュトーレン…」
「……」
アスカは手の中の紙切れを小声で読み上げている。
見ると…それは皆が記したお土産の要求を委員長が清書したものだった。
「…お菓子だっけ?」
「ドイツ=バームクーヘンなどっかのバカよりは、詳しいと見えるけど…こんなに食べたら太るわよ。まぁ合格~♪」
そう言ってアスカはその注文に大きく赤ペンで印を付けた。
『ちゃんとドイツ語で考えてよ!』
『バームクーヘン…』
『バカ!もういいわよ!』
…そういえばそんなこともあった。僕は力なく笑った。
「………」
駅が視界から消え、ようやく僕はガラスから身を離し、もたれた。座り込んでしまいたい。大声をあげてしまいたい。混乱して…何がなんだか。
かろうじてそうしなかったのはココが電車の中だったからで…。
「…あ」
乗客が…みんな僕を睨んでいた。さほど混み合っていないとはいえ、無遠慮に車内を全力疾走したんだから当然ではある。肩身が…狭い。
とりあえず戻ろう。アスカのところに。
僕は辺りの人に頭を下げ、のろのろと道を辿る。車両を移っていく不愉快そうな視線を浴びせられるのが辛かった。
途中、この列車に乗り合わせていたガードが、戻ってきた僕に尋ねた。
「…何かありましたか」
「…別に」
「しかし何も無いのなら…」
「何もありません」
それ以上はガードも立ち入っては来なかった。青臭い中学生の友情物語なんか聞きたいこともないんだろう。僕らの中で自分たちが悪役であることくらい分かっているはずだろうから。
元いた車両に戻る。アスカは何列にも並ぶ、二人掛けの席の一つに腰掛けていた。僕が横に立つとアスカはこちらに視線を送ることもなく、自分の隣のカバンをどかせた。僕は黙って腰を下ろす。
「ザッハトルテ、ドレスデンのシュトーレン…」
「……」
アスカは手の中の紙切れを小声で読み上げている。
見ると…それは皆が記したお土産の要求を委員長が清書したものだった。
「…お菓子だっけ?」
「ドイツ=バームクーヘンなどっかのバカよりは、詳しいと見えるけど…こんなに食べたら太るわよ。まぁ合格~♪」
そう言ってアスカはその注文に大きく赤ペンで印を付けた。
『ちゃんとドイツ語で考えてよ!』
『バームクーヘン…』
『バカ!もういいわよ!』
…そういえばそんなこともあった。僕は力なく笑った。
304: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/19(木) 05:05:35 ID:???
ゲームのケースを開けると、子汚い字で殴り書きされた紙切れが入ってた。
「……」
揺れる列車の便所で文章を読むっていうのもあまり気持ちのいいことじゃなかったけど、我慢して読み進める。
そして…中身もまた気持ちのいい文面ではなくて。誤字脱字が多いってことを差し引いても。
内容はディスクについての補足だった。といってもさっきホームで話した内容にちょっと付け加えられる程度の情報しかなかったんだけど。少なくとも僕には。
『うらしかいもんじょ』とか『うしなわれたげてん』とか平仮名で書かれたところで何が何やら。
書いてるケンスケにしてもただ、聞きかじった単語を『どうだ!』とばかりに書き綴ってるだけで、意味なんか分かってないのは明らかだったし。まぁ知ったかぶりもしてみたくなるよね。
最後を『なお、このメッセージは自動的には消滅しないので自分で処分するように』と結んでいるのはあいつなりの寒い洒落だろう。苦笑しながらそれをびりびりに破き、便器に放ってレバーを踏み込む。
“ジャー…”という音と共に、重大情報が綴られてるかもしれない紙片は流されていく。【ちり紙以外は流さないで下さい】…ごめんねJR。
どこかのちょーほーきかんが凄くイカすミラクル手段でこれを察知したとしても、回収には随分とご苦労をすることになるだろう。好きなだけ臭い思いすればいいさ。
さて…本当の問題はこっち。ディスクの方。
「…どうするべきなんだろう」
どう考えたってこれは僕の手には余る。大体、パスワードがミサトさんにしか分からないんなら、もう誰にも…いや…赤木博士なんかだったら開けられるのかも。
誰だか知らないけど、これを託した人はNERVじゃなく、明らかにミサトさん個人に渡したがってる。だからこういうもって回ったやり方をしてるわけで。
こういう状況になった以上…最善の手段はディスクの破壊だと思う。ミサトさんに渡る可能性が無い以上、今、ここで割ってしまった方が後の面倒がなくていい。
どうせ僕にはこのファイルは開けられない。持っていても仕方が無い。頭ではそう思ったんだけど…。
僕はそれをカバンに押し込んだ。割れなかった。何の使い道も思いつかなかったんだけど…割れなかった。
苛ついたノックの音。ため息一つついて扉を開ける。すると待ちかねていたかのように40過ぎのサラリーマン風の人がトイレに飛び込んだ。
「……」
揺れる列車の便所で文章を読むっていうのもあまり気持ちのいいことじゃなかったけど、我慢して読み進める。
そして…中身もまた気持ちのいい文面ではなくて。誤字脱字が多いってことを差し引いても。
内容はディスクについての補足だった。といってもさっきホームで話した内容にちょっと付け加えられる程度の情報しかなかったんだけど。少なくとも僕には。
『うらしかいもんじょ』とか『うしなわれたげてん』とか平仮名で書かれたところで何が何やら。
書いてるケンスケにしてもただ、聞きかじった単語を『どうだ!』とばかりに書き綴ってるだけで、意味なんか分かってないのは明らかだったし。まぁ知ったかぶりもしてみたくなるよね。
最後を『なお、このメッセージは自動的には消滅しないので自分で処分するように』と結んでいるのはあいつなりの寒い洒落だろう。苦笑しながらそれをびりびりに破き、便器に放ってレバーを踏み込む。
“ジャー…”という音と共に、重大情報が綴られてるかもしれない紙片は流されていく。【ちり紙以外は流さないで下さい】…ごめんねJR。
どこかのちょーほーきかんが凄くイカすミラクル手段でこれを察知したとしても、回収には随分とご苦労をすることになるだろう。好きなだけ臭い思いすればいいさ。
さて…本当の問題はこっち。ディスクの方。
「…どうするべきなんだろう」
どう考えたってこれは僕の手には余る。大体、パスワードがミサトさんにしか分からないんなら、もう誰にも…いや…赤木博士なんかだったら開けられるのかも。
誰だか知らないけど、これを託した人はNERVじゃなく、明らかにミサトさん個人に渡したがってる。だからこういうもって回ったやり方をしてるわけで。
こういう状況になった以上…最善の手段はディスクの破壊だと思う。ミサトさんに渡る可能性が無い以上、今、ここで割ってしまった方が後の面倒がなくていい。
どうせ僕にはこのファイルは開けられない。持っていても仕方が無い。頭ではそう思ったんだけど…。
僕はそれをカバンに押し込んだ。割れなかった。何の使い道も思いつかなかったんだけど…割れなかった。
苛ついたノックの音。ため息一つついて扉を開ける。すると待ちかねていたかのように40過ぎのサラリーマン風の人がトイレに飛び込んだ。
478: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/23(月) 06:15:56 ID:???
トイレから戻るとアスカの足もとで、居心地悪そうにしていたペンペンが僕の膝の上に登ってくる。
通路を挟んで隣り合っている乗客が色んなニュアンスの込められた好奇の視線をこちらへと向けている。一応、得意の愛想笑いをしておいたけど、果たしてそれが本当に笑顔に見えたかどうかは自信が無い。
「また無修正ポルノ!?男子、ほぼ全員同じこと書いてんじゃない!」
言葉とは裏腹にどこか楽しそうな悪態が無遠慮な声量で響く。
「なんで女の子に向かって平然とこういう注文が出来るわけ!?
…分かったわよ。送ってやるわよ。男の無修正を!そして自信をなくすがいいわ!なんで男ってこう、バカでスケベな生き物なの!」
ずっと皆の書き記した注文に目を通していたらしい。時々文句を付けながらも楽しそうに…不自然なほど楽しそうに。
こっちだって全然、自分の中を整理なんて出来てない。だけど…。
「アスカ…」
「ビルケンシュトックのサンダル…いいわね。こういうセンスのいい注文はありよね」
答えはない。
「…アスカ。あのさ…」
「ゾーリンゲンかヘンケルスの刃物…。むしろ刃物なら何でもって、コイツ…。
…爪切り。もしくは缶切りね。決定」
アスカは答えない。ただただ、自分の感想に終始する。
「アスカ…話、聞いてよ。みんなに…みんなにさ」
「へぇ…琥珀のペンダント。よく知ってんじゃん。合格~」
「アスカ…」
「頼まれた物は出来る限り用意する」
紙に視線を落としたまま、アスカはそう呟いた。
「向こうに着いたら郵送するから、アンタから皆に配ったげて」
「…何て言って渡せって言うんだよ」
やっぱりアスカは答えなかった。
通路を挟んで隣り合っている乗客が色んなニュアンスの込められた好奇の視線をこちらへと向けている。一応、得意の愛想笑いをしておいたけど、果たしてそれが本当に笑顔に見えたかどうかは自信が無い。
「また無修正ポルノ!?男子、ほぼ全員同じこと書いてんじゃない!」
言葉とは裏腹にどこか楽しそうな悪態が無遠慮な声量で響く。
「なんで女の子に向かって平然とこういう注文が出来るわけ!?
…分かったわよ。送ってやるわよ。男の無修正を!そして自信をなくすがいいわ!なんで男ってこう、バカでスケベな生き物なの!」
ずっと皆の書き記した注文に目を通していたらしい。時々文句を付けながらも楽しそうに…不自然なほど楽しそうに。
こっちだって全然、自分の中を整理なんて出来てない。だけど…。
「アスカ…」
「ビルケンシュトックのサンダル…いいわね。こういうセンスのいい注文はありよね」
答えはない。
「…アスカ。あのさ…」
「ゾーリンゲンかヘンケルスの刃物…。むしろ刃物なら何でもって、コイツ…。
…爪切り。もしくは缶切りね。決定」
アスカは答えない。ただただ、自分の感想に終始する。
「アスカ…話、聞いてよ。みんなに…みんなにさ」
「へぇ…琥珀のペンダント。よく知ってんじゃん。合格~」
「アスカ…」
「頼まれた物は出来る限り用意する」
紙に視線を落としたまま、アスカはそう呟いた。
「向こうに着いたら郵送するから、アンタから皆に配ったげて」
「…何て言って渡せって言うんだよ」
やっぱりアスカは答えなかった。
479: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/23(月) 06:19:37 ID:???
「…あのままでいいの?」
「………」
「ああいう別れ方でよかったの?その…委員長も…みんなも」
「…うるさい」
「明日以降だってまだ時間は…」
「うるさいって言ってるの」
「…………」
取り付く島も無い。
分かる。これ以上、悩み事を増やしたくないのは分かるんだ。けど…。
「…会って…会って何を言えってのよ。向こうにしてみりゃ言わなきゃいけないことを隠して知らん顔してた奴なのよ。腹の中ではどんな風に思ってたか。
それを業を煮やして向こうから切り出されて…どの面下げてもう一度…」
「そんな…誰もそんな風には…」
「……分かったもんじゃないじゃない、そんなこと」
「…………」
「…スタインウェイのグランドピアノ…一千万超えるわ!何でもいいとは言ったけど少しは遠慮しろ!
こういうバカはバームクーヘン!」
「……」
もう…今はこれ以上何を言っても無駄だろう。その気力も無いし。
僕もいい加減しんどい。席に座り直して、少し目を閉じる。寝不足が祟り、すぐ乗り換えなきゃいけないっていうのに眠気が襲ってくる。
【無力なままでここに住み続けるってのは思ったよりも根性いることなんだぜ】
ふと…紙切れに書き記されていたケンスケの言葉が頭に浮かぶ。
【自分自身で抗えるかもしれないってことは案外と救いなんだよ】
戦えるだけ幸せ。
それは僕が持ち得なかった価値観で。そしてこれからも持ち得ないであろう価値観で。
時間が欲しい。ケンスケは僕に現実を見せてくれた。僕が考えてることがどういうことかっていうことかを実感として思い知らせてくれた。自分がやろうとしてることの本当の意味を。
もう少し。少しでいい。だけどその時間すらなくて。
乗り継いだ列車は本部へと入っていく。
いよいよ処分が下る。
「………」
「ああいう別れ方でよかったの?その…委員長も…みんなも」
「…うるさい」
「明日以降だってまだ時間は…」
「うるさいって言ってるの」
「…………」
取り付く島も無い。
分かる。これ以上、悩み事を増やしたくないのは分かるんだ。けど…。
「…会って…会って何を言えってのよ。向こうにしてみりゃ言わなきゃいけないことを隠して知らん顔してた奴なのよ。腹の中ではどんな風に思ってたか。
それを業を煮やして向こうから切り出されて…どの面下げてもう一度…」
「そんな…誰もそんな風には…」
「……分かったもんじゃないじゃない、そんなこと」
「…………」
「…スタインウェイのグランドピアノ…一千万超えるわ!何でもいいとは言ったけど少しは遠慮しろ!
こういうバカはバームクーヘン!」
「……」
もう…今はこれ以上何を言っても無駄だろう。その気力も無いし。
僕もいい加減しんどい。席に座り直して、少し目を閉じる。寝不足が祟り、すぐ乗り換えなきゃいけないっていうのに眠気が襲ってくる。
【無力なままでここに住み続けるってのは思ったよりも根性いることなんだぜ】
ふと…紙切れに書き記されていたケンスケの言葉が頭に浮かぶ。
【自分自身で抗えるかもしれないってことは案外と救いなんだよ】
戦えるだけ幸せ。
それは僕が持ち得なかった価値観で。そしてこれからも持ち得ないであろう価値観で。
時間が欲しい。ケンスケは僕に現実を見せてくれた。僕が考えてることがどういうことかっていうことかを実感として思い知らせてくれた。自分がやろうとしてることの本当の意味を。
もう少し。少しでいい。だけどその時間すらなくて。
乗り継いだ列車は本部へと入っていく。
いよいよ処分が下る。
480: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/23(月) 06:21:07 ID:???
…そんな風に腹をくくってただけに拍子抜けだった。
「わざわざ来てもらって悪いんだが…司令も副司令もいないんだ」
「………」
発令所。青葉さんが申し訳なさそうに、そう伝えた。
相変わらず、嫌がらせみたいな段取りの悪さだったけど、僕の隣、密かにアスカが安堵のため息をつくのが分かった。
僕はそうでもなかった。既に下されてる結論を聞かされるのがほんの少し先送りされただけで、喜ぶようなことは何もない。
いや…強いて言うなら…。
「明日の早朝には戻られるそうだ。一言よこせばよかったんだが…悪いな。今日は早くからずっと立て込んでて…ついさっき、ようやくのことで一息つけたばっかりでさ」
「いえ、別にいいんですけど…」
そう言って口ごもる青葉さんは疲れ切った様子で…どこか上の空だった。
今夜は何故だか結構な数の職員の人が残っている。待機というには多過ぎる人数だけど、特に忙しそうにもしていないのが不思議だ。みんな一様に疲れ果てて。
「…久しぶりの学校はどうだった?楽しかったかい?」
青葉さんが明るい声で話題を変えるけど…それもまた良くない話題だ。返事をしない僕らに青葉さんも黙り込む。
明るい話題を探そうったって今の僕らに笑顔で話せるような話題は残ってない気がする。全方位地雷源。そんな感じ。
「…アスカ」
もう用は無いので部屋へ戻ろうとしたら、アスカをマヤさんが呼び止めた。
「…何ですか」
「………」
マヤさんは無言でダンボール箱を差し出す。中身は…空。きょとんとする僕らと対照的にマヤさんの顔は浮かない。アスカの顔を見ようとしない。
「…ロッカーなんかに置いてある私物は全て引き払うようにって。
そして貴方が現在所持している備品は全て返却するように…と」
アスカを“他人”にするための作業は着々と進行している。
「わざわざ来てもらって悪いんだが…司令も副司令もいないんだ」
「………」
発令所。青葉さんが申し訳なさそうに、そう伝えた。
相変わらず、嫌がらせみたいな段取りの悪さだったけど、僕の隣、密かにアスカが安堵のため息をつくのが分かった。
僕はそうでもなかった。既に下されてる結論を聞かされるのがほんの少し先送りされただけで、喜ぶようなことは何もない。
いや…強いて言うなら…。
「明日の早朝には戻られるそうだ。一言よこせばよかったんだが…悪いな。今日は早くからずっと立て込んでて…ついさっき、ようやくのことで一息つけたばっかりでさ」
「いえ、別にいいんですけど…」
そう言って口ごもる青葉さんは疲れ切った様子で…どこか上の空だった。
今夜は何故だか結構な数の職員の人が残っている。待機というには多過ぎる人数だけど、特に忙しそうにもしていないのが不思議だ。みんな一様に疲れ果てて。
「…久しぶりの学校はどうだった?楽しかったかい?」
青葉さんが明るい声で話題を変えるけど…それもまた良くない話題だ。返事をしない僕らに青葉さんも黙り込む。
明るい話題を探そうったって今の僕らに笑顔で話せるような話題は残ってない気がする。全方位地雷源。そんな感じ。
「…アスカ」
もう用は無いので部屋へ戻ろうとしたら、アスカをマヤさんが呼び止めた。
「…何ですか」
「………」
マヤさんは無言でダンボール箱を差し出す。中身は…空。きょとんとする僕らと対照的にマヤさんの顔は浮かない。アスカの顔を見ようとしない。
「…ロッカーなんかに置いてある私物は全て引き払うようにって。
そして貴方が現在所持している備品は全て返却するように…と」
アスカを“他人”にするための作業は着々と進行している。
481: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/23(月) 06:25:52 ID:???
「…挨拶回りなんかをするつもりなら今夜のうちに行っておいた方がいいわ」
マヤさんが言い辛そうに説明を始めた。
「明日、貴方のIDは登録を抹消されるの。どの時間帯かははっきりしたことは分からないけど。
部屋も上の施設に移ってもらうことになるから。引越し作業等については明日にも総務から説明があると思うけど…」
「………」
「…明日以降は用件がある場合にはその都度、外部からの来客用のコードが発行される形になるの。立ち入りが難しくなるような箇所もあるわ。ケイジなんかはそう。
本部内を自由に動き回れるのは…」
「今夜が最後…ね。やれやれ、明日からは部外者か」
アスカはマヤさんから箱を受け取った。青葉さんもマヤさんもそれ以上、何も言わなかった。
明朝【0700】にもう一度、来るように言われ、僕らは発令所を出た。マヤさんの何か言いたげな素振りが妙に気になった。
「…伝えなくて良かったのかしら」
2人が発令所を出ると、マヤがポツリと呟いた。
「先送りしたところで向こうに帰れば…」
「今、これ以上混乱を招く情報を与えて仕方ないだろう。
…結局、マヤちゃんが行くことになるのか?」
青葉の問いにマヤはしばし思案し―…
「…今、先輩はここを離れる訳にはいかないし。これはこれでいいかとは思うのよ。アスカを1人で帰すのも不安だったから。
…先方には申し訳ないけど」
「………」
青葉はディスプレイを開く。二人は映像とともに映し出されるデータをひとしきり眺めた。
「…放棄されるんだろうな」
「…使える部品の移送が済み次第…多分」
画面にはドイツ支部、もとい“昨日までドイツ支部だった場所”が映っている。青葉は暗澹たる気分で再びディスプレイを閉じた。
マヤさんが言い辛そうに説明を始めた。
「明日、貴方のIDは登録を抹消されるの。どの時間帯かははっきりしたことは分からないけど。
部屋も上の施設に移ってもらうことになるから。引越し作業等については明日にも総務から説明があると思うけど…」
「………」
「…明日以降は用件がある場合にはその都度、外部からの来客用のコードが発行される形になるの。立ち入りが難しくなるような箇所もあるわ。ケイジなんかはそう。
本部内を自由に動き回れるのは…」
「今夜が最後…ね。やれやれ、明日からは部外者か」
アスカはマヤさんから箱を受け取った。青葉さんもマヤさんもそれ以上、何も言わなかった。
明朝【0700】にもう一度、来るように言われ、僕らは発令所を出た。マヤさんの何か言いたげな素振りが妙に気になった。
「…伝えなくて良かったのかしら」
2人が発令所を出ると、マヤがポツリと呟いた。
「先送りしたところで向こうに帰れば…」
「今、これ以上混乱を招く情報を与えて仕方ないだろう。
…結局、マヤちゃんが行くことになるのか?」
青葉の問いにマヤはしばし思案し―…
「…今、先輩はここを離れる訳にはいかないし。これはこれでいいかとは思うのよ。アスカを1人で帰すのも不安だったから。
…先方には申し訳ないけど」
「………」
青葉はディスプレイを開く。二人は映像とともに映し出されるデータをひとしきり眺めた。
「…放棄されるんだろうな」
「…使える部品の移送が済み次第…多分」
画面にはドイツ支部、もとい“昨日までドイツ支部だった場所”が映っている。青葉は暗澹たる気分で再びディスプレイを閉じた。
581: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/24(火) 19:21:31 ID:???
「…どうする?これから…“する”?」
さんざんあちらこちらをうろつき回った後、自分でもびっくりするくらい投げやりに尋ねてみた。声には艶は一切無い。
シンジはめんどくさそうにこっちを見た。
「…私はどっちでもいいんだけどさ」
『もちろんさ!』と答えるとも思ってない。そりゃ求めれば応じるけどさ。
だけど、どうせお互いにやっつけ仕事になるだろし…。
「…やめとくよ。ペンペンも部屋にいるし。“準備”もしてないし。
その…心とか。他も」
「…そう」
えらく億劫そうにシンジはそう答えた。当然。今日起こったあれやこれや。どこをどう押せば“そういう気分”になるっていうのか。
シンジはさっきからずっと何か考え込んでた。暗いのは毎度の話だけど…どうせどうにもならない堂々巡りの思考を繰り広げてるに決まってる。
「…今日は家に帰れなかったわね。時間もなかったし仕方ないけどさ」
「…うん」
「…明日かぁ。あれよね。結果は分かりきってるのに、勿体つけるのって意味なくない?」
「…うん」
「電話なり伝言なりで済むのに。別に直接でなくても―…」
「アスカ…僕、部屋に帰るよ」
その言葉に流石に会話が止まる。
『帰っていい?』ってお伺いを立てるわけでもなく。一方的に。シンジはもう一度『帰る』と続けた。
「眠いんだよ。いいよね」
「…いいけど」
喧嘩腰って訳でもないけど、妙な押しの強さだった。さんざん時間はないって話はしたはずなんだけど。
少し薄情な気もしたけど渋々、了承した。するしかない。眠いから寝たいって奴に『寝るな』って言えるだけの大義名分があるわけでもないし。
「…明日は“家”にも帰ろう」
「…うん」
「…じゃあ…おやすみ」
「…おやすみ」
他人事のように、そしてついでみたいに付け加えて、シンジは廊下を歩いていった。
ずっと見てたけど振り返りもしなかった。
さんざんあちらこちらをうろつき回った後、自分でもびっくりするくらい投げやりに尋ねてみた。声には艶は一切無い。
シンジはめんどくさそうにこっちを見た。
「…私はどっちでもいいんだけどさ」
『もちろんさ!』と答えるとも思ってない。そりゃ求めれば応じるけどさ。
だけど、どうせお互いにやっつけ仕事になるだろし…。
「…やめとくよ。ペンペンも部屋にいるし。“準備”もしてないし。
その…心とか。他も」
「…そう」
えらく億劫そうにシンジはそう答えた。当然。今日起こったあれやこれや。どこをどう押せば“そういう気分”になるっていうのか。
シンジはさっきからずっと何か考え込んでた。暗いのは毎度の話だけど…どうせどうにもならない堂々巡りの思考を繰り広げてるに決まってる。
「…今日は家に帰れなかったわね。時間もなかったし仕方ないけどさ」
「…うん」
「…明日かぁ。あれよね。結果は分かりきってるのに、勿体つけるのって意味なくない?」
「…うん」
「電話なり伝言なりで済むのに。別に直接でなくても―…」
「アスカ…僕、部屋に帰るよ」
その言葉に流石に会話が止まる。
『帰っていい?』ってお伺いを立てるわけでもなく。一方的に。シンジはもう一度『帰る』と続けた。
「眠いんだよ。いいよね」
「…いいけど」
喧嘩腰って訳でもないけど、妙な押しの強さだった。さんざん時間はないって話はしたはずなんだけど。
少し薄情な気もしたけど渋々、了承した。するしかない。眠いから寝たいって奴に『寝るな』って言えるだけの大義名分があるわけでもないし。
「…明日は“家”にも帰ろう」
「…うん」
「…じゃあ…おやすみ」
「…おやすみ」
他人事のように、そしてついでみたいに付け加えて、シンジは廊下を歩いていった。
ずっと見てたけど振り返りもしなかった。
741: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/05/29(日) 21:16:48 ID:???
「…確かに俺も悪かった。認めるわ。けどなんやこれは」
少年は目を覚ますと闇の中へと問いかけた。
そこは異常だった。窓も、照明も、ドアすらなく…ついでに自由もない、完全な密閉空間。
空調の静かな音が聞こえる。反響からそう広くない空間だという見当はついた。身動き一つ取れない彼に分かることはそのぐらいだった。
いやもう一つ…。いい匂いがする。これは…紅茶か。
「仮にも未成年に対してなんやねん、これ。何かの法律に抵触しとるやろ」
そこにいることは分かる。ずっと鼻歌を歌っているからだ。意識が戻りきる前から“それ”はずっと。
「…うん、美味しい。流石は特級品だね」
「会話しょうや」
闇の中、もう一つの涼やかな声が響き、続いて液体をすする音。
「ん…なんだっけ」
「うん、懐の大きいところを見せてもう1回説明するな?“これ”…やり過ぎやと思わへん?」
「そう言われても、こう暗くてはね」
EVAの拘束にも用いられる丈夫なワイヤーを幾重にも巻き付けられ、その端を部屋の隅に打ち込まれた上に、硬化ベークライトで首から下を固められた不恰好な有様。
身をよじることさえかなわない彼をよそに、少年はダージリンティーの香りを楽しむ。
「幸いカップがもう一つ。君の分も淹れようか?」
「まだや。まだ切れたりせぇへん。
おおきに。けどもそれどころちゃうねん。便所行きたくてたまらんし。なぁ。ちょっとやで。ちょっともやり過ぎやと思わへん?」
「特に“僕は”不都合は感じていないけど」
「よし。後で勝負や。ルールは死んだ方の負け」
「離着陸の時には体を固定しないといけない。安全に配慮しての処置だよ。まぁ、誰にとっての『安全』かは知らないけれね」
「そらそうや。けど、ちょっと固定しすぎと―…何?離着陸?」
「居心地が悪いのは当然だよ。“爆弾”なんだから。
本来ならば君に付き合わされてこんなところに押し込められている僕の方が文句を言うべき立場なのだけど…何にしてももう着くようだね」
「着くって…」
少年は目を覚ますと闇の中へと問いかけた。
そこは異常だった。窓も、照明も、ドアすらなく…ついでに自由もない、完全な密閉空間。
空調の静かな音が聞こえる。反響からそう広くない空間だという見当はついた。身動き一つ取れない彼に分かることはそのぐらいだった。
いやもう一つ…。いい匂いがする。これは…紅茶か。
「仮にも未成年に対してなんやねん、これ。何かの法律に抵触しとるやろ」
そこにいることは分かる。ずっと鼻歌を歌っているからだ。意識が戻りきる前から“それ”はずっと。
「…うん、美味しい。流石は特級品だね」
「会話しょうや」
闇の中、もう一つの涼やかな声が響き、続いて液体をすする音。
「ん…なんだっけ」
「うん、懐の大きいところを見せてもう1回説明するな?“これ”…やり過ぎやと思わへん?」
「そう言われても、こう暗くてはね」
EVAの拘束にも用いられる丈夫なワイヤーを幾重にも巻き付けられ、その端を部屋の隅に打ち込まれた上に、硬化ベークライトで首から下を固められた不恰好な有様。
身をよじることさえかなわない彼をよそに、少年はダージリンティーの香りを楽しむ。
「幸いカップがもう一つ。君の分も淹れようか?」
「まだや。まだ切れたりせぇへん。
おおきに。けどもそれどころちゃうねん。便所行きたくてたまらんし。なぁ。ちょっとやで。ちょっともやり過ぎやと思わへん?」
「特に“僕は”不都合は感じていないけど」
「よし。後で勝負や。ルールは死んだ方の負け」
「離着陸の時には体を固定しないといけない。安全に配慮しての処置だよ。まぁ、誰にとっての『安全』かは知らないけれね」
「そらそうや。けど、ちょっと固定しすぎと―…何?離着陸?」
「居心地が悪いのは当然だよ。“爆弾”なんだから。
本来ならば君に付き合わされてこんなところに押し込められている僕の方が文句を言うべき立場なのだけど…何にしてももう着くようだね」
「着くって…」
9: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/06/03(金) 21:30:34 ID:???
リツコはドイツより随伴の職員に尋ねる。
「搭載されているのはドイツ支部が保有していた17個だけ?」
「いえ…ヨーロッパ中に配備されていた全て集められています。アフリカ方面からもいくつか。
合計で36個が積まれています」
「そう…」
渡された仕様書とは異なる部分が多々ある。定員は『一名』を予定していたところが急遽、『二名』に倍増したことで、造りに相当の変更があったらしい。
加えて即日の完成を求められたこともあり、計算通りの性能が発揮されるかどうかは疑わしいようだが…これほどのものを一日二日で0から組み上げたわけがないだろう。恐らくは随分前から建造していたはずなのだ。
そして此度のアクシデントがあらずとも、遠からずこれは日本へとやってきていたはずなのだが…。
「まさか本当に造るなんて…」
その呟きは呆れを通り越し、感嘆に到達していたかもしれない。
このトンデモ兵器は掲げられては廃棄されていったいくつもの机上の空論同様、妄想の産物で終わるはずだったのだが。
NERVはおろか、戦自でさえ採用に二の足を踏んだ“あれ”を、しかも当初の数倍のこの規模で実現させてしまった国連軍の正気を疑った。全く、金の無駄だ。
コードネームに臆面もなく、『ARK』などという言葉を用いてしまえる感性もリツコには理解しがたいものがあった。これは『聖櫃』と呼んでしまうにはあまりにお粗末な出来の鉄の棺桶に過ぎない。大体、その役目を果たし得るかどうかすら定かではない。
解体には相当の時間がかかるらしい。装甲の一部を開くだけでも、数日がかかり、次に複雑な内部構造を解体するのに数日。その上、硬化ベークライトの掘削作業に数日。
元々破裂させるためのものな訳で、開くことが考慮されていないのは当たり前といえば当たり前なのだが…。
『芸術が爆発ならば、爆発もまた芸術なんだ。赤木、爆弾というのは芸術品なのさ』
冗談なのかどうか分からない口振りでいつも訳のわからないことばかり口にしていた彼を思い出す。
このセンスといい、どこかの線が切れたやり口といい、間違いなく“彼”の仕事だろう。
戦自よりの高周波振動ブレードの貸し出し要求にも応じるべきなのかもしれない。しかし解体作業が全て終わったとしても…『当人達』がどう出るか。
それに関しては目処さえつけようがなかった。
「搭載されているのはドイツ支部が保有していた17個だけ?」
「いえ…ヨーロッパ中に配備されていた全て集められています。アフリカ方面からもいくつか。
合計で36個が積まれています」
「そう…」
渡された仕様書とは異なる部分が多々ある。定員は『一名』を予定していたところが急遽、『二名』に倍増したことで、造りに相当の変更があったらしい。
加えて即日の完成を求められたこともあり、計算通りの性能が発揮されるかどうかは疑わしいようだが…これほどのものを一日二日で0から組み上げたわけがないだろう。恐らくは随分前から建造していたはずなのだ。
そして此度のアクシデントがあらずとも、遠からずこれは日本へとやってきていたはずなのだが…。
「まさか本当に造るなんて…」
その呟きは呆れを通り越し、感嘆に到達していたかもしれない。
このトンデモ兵器は掲げられては廃棄されていったいくつもの机上の空論同様、妄想の産物で終わるはずだったのだが。
NERVはおろか、戦自でさえ採用に二の足を踏んだ“あれ”を、しかも当初の数倍のこの規模で実現させてしまった国連軍の正気を疑った。全く、金の無駄だ。
コードネームに臆面もなく、『ARK』などという言葉を用いてしまえる感性もリツコには理解しがたいものがあった。これは『聖櫃』と呼んでしまうにはあまりにお粗末な出来の鉄の棺桶に過ぎない。大体、その役目を果たし得るかどうかすら定かではない。
解体には相当の時間がかかるらしい。装甲の一部を開くだけでも、数日がかかり、次に複雑な内部構造を解体するのに数日。その上、硬化ベークライトの掘削作業に数日。
元々破裂させるためのものな訳で、開くことが考慮されていないのは当たり前といえば当たり前なのだが…。
『芸術が爆発ならば、爆発もまた芸術なんだ。赤木、爆弾というのは芸術品なのさ』
冗談なのかどうか分からない口振りでいつも訳のわからないことばかり口にしていた彼を思い出す。
このセンスといい、どこかの線が切れたやり口といい、間違いなく“彼”の仕事だろう。
戦自よりの高周波振動ブレードの貸し出し要求にも応じるべきなのかもしれない。しかし解体作業が全て終わったとしても…『当人達』がどう出るか。
それに関しては目処さえつけようがなかった。
92: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/06/07(火) 22:15:56 ID:???
新兵器というほどのものでもないかもしれない。原理は単純で、駆使されている技術も全て既存のものだ。
EVAを建造している全ての国は、万一使徒の襲撃を受けた場合の最低限の対抗手段としていくつかのN2兵器を保有している。
もっとも『対抗手段』というのは建前で、実際に使徒に相対した場合、これらが単体で何かの足しになるとは思っていない。
N2兵器配備の本当の意図は襲撃を受けた際、一切合財を完全に、確実に消滅させることにある。
建造中のEVAが使徒に奪われる等の事態を防ぐための措置だ。3号機の事故以来、これを徹底することが各支部に厳重に通達された。
“これ”はそれらを再構成して造られた巨大なN2兵器だ。
極厚の特殊装甲の内部に円周状にN2爆弾を内向きに配置して密閉し、全エネルギーを放射して爆縮させる…。中心部における威力は個数以上のものが期待でき、理論上は数倍から百数十倍。
なるほど使徒の一匹や二匹葬ることは出来るのかもしれない。相手にもよるが。
事実、これの開発者は司令や副司令の前で得意満面、そう口にした。言いたいことは分かる。だが後に作戦部長になる女が
「どうやってその中に押し込むわけ?」
と口にしたことで話は終わった。
巨大であることが容易に想定される『それ』に対し、その巨大爆弾はあまりに小さかった。
しかしそれ以上のサイズにすると運用に支障が生じる。市街地近くでの使用は端から諦める他なく、EVAには及ばないにせよ、莫大な予算もかかる。
また大雑把な原理な割に微妙な調整が非常に難しい。威力が強すぎても弱すぎてもスペック通りの性能は得られない。
作戦部長候補でもあった彼はその点を改善し、更に効果的に運用できるだけの戦術、配備案をいくつも口にして見せた。
そのどれもが冗談か寝言としか思えないほどに突飛なもので、ろくな検討もされることなく却下されたが、その後、NERVが使徒に対して講じた手段も負けず劣らず突飛なものが数々あった。
その兵器と、彼が採用されなかった真の理由は―…
『動くかどうかも分からない決戦兵器よりは期待して頂けるはずです』
この言葉が碇の勘に触った。
己の理想実現のため、圧倒的な権限を手にし続けるため、使徒に対しての対抗手段がEVA以外にあってはならない碇にとって、純粋に使徒の殲滅を望む彼と彼の資質は邪魔以外の何物でもなかった。
EVAを建造している全ての国は、万一使徒の襲撃を受けた場合の最低限の対抗手段としていくつかのN2兵器を保有している。
もっとも『対抗手段』というのは建前で、実際に使徒に相対した場合、これらが単体で何かの足しになるとは思っていない。
N2兵器配備の本当の意図は襲撃を受けた際、一切合財を完全に、確実に消滅させることにある。
建造中のEVAが使徒に奪われる等の事態を防ぐための措置だ。3号機の事故以来、これを徹底することが各支部に厳重に通達された。
“これ”はそれらを再構成して造られた巨大なN2兵器だ。
極厚の特殊装甲の内部に円周状にN2爆弾を内向きに配置して密閉し、全エネルギーを放射して爆縮させる…。中心部における威力は個数以上のものが期待でき、理論上は数倍から百数十倍。
なるほど使徒の一匹や二匹葬ることは出来るのかもしれない。相手にもよるが。
事実、これの開発者は司令や副司令の前で得意満面、そう口にした。言いたいことは分かる。だが後に作戦部長になる女が
「どうやってその中に押し込むわけ?」
と口にしたことで話は終わった。
巨大であることが容易に想定される『それ』に対し、その巨大爆弾はあまりに小さかった。
しかしそれ以上のサイズにすると運用に支障が生じる。市街地近くでの使用は端から諦める他なく、EVAには及ばないにせよ、莫大な予算もかかる。
また大雑把な原理な割に微妙な調整が非常に難しい。威力が強すぎても弱すぎてもスペック通りの性能は得られない。
作戦部長候補でもあった彼はその点を改善し、更に効果的に運用できるだけの戦術、配備案をいくつも口にして見せた。
そのどれもが冗談か寝言としか思えないほどに突飛なもので、ろくな検討もされることなく却下されたが、その後、NERVが使徒に対して講じた手段も負けず劣らず突飛なものが数々あった。
その兵器と、彼が採用されなかった真の理由は―…
『動くかどうかも分からない決戦兵器よりは期待して頂けるはずです』
この言葉が碇の勘に触った。
己の理想実現のため、圧倒的な権限を手にし続けるため、使徒に対しての対抗手段がEVA以外にあってはならない碇にとって、純粋に使徒の殲滅を望む彼と彼の資質は邪魔以外の何物でもなかった。
201: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/06/13(月) 19:58:50 ID:???
「これはおそらく、本来は僕のために…僕のためだけに造られた“部屋”なんだ」
闇の中、少年は語る。
「僕をNERV本部まで確実に運ぶ、ただそれだけのために造られたシェルターであり、檻であり…事によれば棺桶でもある。
サイズを数倍した上に装甲を更に分厚く、収容部分をより小さく。地球上で最も安全で、なおかつ世界で一番危険な部屋さ」
「何でや?」
「さて…。確かに容量を最たる理由に不採用になったにしては矛盾した話ではあるね」
「そうやなくて。人一人運ぶのんにそんなアホらしいまでに金と手間をかけなあかんねん」
闇の中から返る声が、あっけらかんと尋ねてくる。
“人”一人。知ってか知らずか、そういう物言いになってしまうことは皮肉だった。仮に“知って”のことならば聞き流すわけにはいかない文言ではあるが。
「彼女のときだって似たようなものだったよ。君もその場に居合わせていたんだろう?
どうしたって金も手間もかかるものさ。しかし太平洋艦隊は失われてしまった。代替手段ということなんじゃないかな。
まぁ、大人のすることは僕には―…」
「あれはあのアホやのうて、エヴァンゲリオンの護衛やったんちゃうんか。パイロット1人にここまでするんか」
「……」
「爆弾まで積む理由はなんや?棺桶である必要は無いやろ」
「……」
「守りたいんか、その逆なんか。よぅ分からん話やな」
声は…どこまでも静かだった。
こういうものを用意してくる以上、委員会は自分のことを信用しているわけではない。当然だが。
『彼が何かしらの行動に出た場合、抑えられるのは君しかいない。あまり居心地のいい場所でもないが――…』
格好の口実には違いなかった。断りようの無い理由付けで一緒くたに押し込められたが、当初に数倍するN2爆弾を搭載していることは知っている。要するに…“2人分”ということか。
「お前はアレか。俺らとはまた“別”なんか」
聞いていた程の馬鹿でも無知でも無い。何かしらのことを踏まえた上での問いかけであることは明らかだった。
闇の中、少年は語る。
「僕をNERV本部まで確実に運ぶ、ただそれだけのために造られたシェルターであり、檻であり…事によれば棺桶でもある。
サイズを数倍した上に装甲を更に分厚く、収容部分をより小さく。地球上で最も安全で、なおかつ世界で一番危険な部屋さ」
「何でや?」
「さて…。確かに容量を最たる理由に不採用になったにしては矛盾した話ではあるね」
「そうやなくて。人一人運ぶのんにそんなアホらしいまでに金と手間をかけなあかんねん」
闇の中から返る声が、あっけらかんと尋ねてくる。
“人”一人。知ってか知らずか、そういう物言いになってしまうことは皮肉だった。仮に“知って”のことならば聞き流すわけにはいかない文言ではあるが。
「彼女のときだって似たようなものだったよ。君もその場に居合わせていたんだろう?
どうしたって金も手間もかかるものさ。しかし太平洋艦隊は失われてしまった。代替手段ということなんじゃないかな。
まぁ、大人のすることは僕には―…」
「あれはあのアホやのうて、エヴァンゲリオンの護衛やったんちゃうんか。パイロット1人にここまでするんか」
「……」
「爆弾まで積む理由はなんや?棺桶である必要は無いやろ」
「……」
「守りたいんか、その逆なんか。よぅ分からん話やな」
声は…どこまでも静かだった。
こういうものを用意してくる以上、委員会は自分のことを信用しているわけではない。当然だが。
『彼が何かしらの行動に出た場合、抑えられるのは君しかいない。あまり居心地のいい場所でもないが――…』
格好の口実には違いなかった。断りようの無い理由付けで一緒くたに押し込められたが、当初に数倍するN2爆弾を搭載していることは知っている。要するに…“2人分”ということか。
「お前はアレか。俺らとはまた“別”なんか」
聞いていた程の馬鹿でも無知でも無い。何かしらのことを踏まえた上での問いかけであることは明らかだった。
335: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/06/21(火) 21:30:23 ID:???
「…外はどないなっとんねや?」
「どうなってるんだろうね」
すまし顔で少年は答え、紅茶をすすり上げる。問いの主は苛立たしげに突っかかった。
「…なんやねん。分からんのかい」
「このオーダーメイドの割に少しばかりサイズの合わない棺桶は、見た目よりは優れものなのさ」
装甲はともかく、部屋自体に何らかの工夫が施されているようで、少年の感覚を持ってしても外の様子を察することが出来ない。
目的地に着いたということ自体、勘だ。しばらく経っても離陸するような様子が無いことから、それは恐らく間違いないのだろうが。
「高い金をかけただけのことはある…といったところかな」
「ちっ…!不思議パワーも当てならんなぁ…!」
当てにされても困る。あえて口には出さずに、少年はまた紅茶に口をつけた。
「…ああぁ~!!!出さんかい、ボケぇぇ!!!!」
しびれを切らして少年が叫ぶ。そろそろ限界だった。精神もそうだが、何より肉体が。中でも一部の機能が。
「何をそんなに切羽詰っているんだい?」
「便所や!!!」
「あぁ…排泄か」
「何やねん、その他人事みたいな反応は」
「いや…あまり縁の無いことだから思い当たらなかったんだよ。そうか、君たちにはそういう“行事”があったんだね。大変だね」
「お前かてするやろが!」
「そういうのはしないことにしているんだ。ほら。わずらわしいし。何より僕にはふさわしくない。そういうのはね。
そうは思わないかい?」
「じゃかぁしゃぁ!!!しないことにするで済むかボケ!」
「何なら“そこ”ですればいいじゃないか。それだけ固められていれば流石に臭いは漏れはしないだろうから。
それでも漏ってくる臭いなら、それはもう立派なもんだよ。何より君にはふさわしい。そういうのはね。
そうは思わないかい?」
「外に出たらもっぺん勝負したるからな…今度は勝てる思うなや」
「…それは構わないし、次も勝つけれど、そもそも出られないからこういう話になってるんだろう?」
「どうなってるんだろうね」
すまし顔で少年は答え、紅茶をすすり上げる。問いの主は苛立たしげに突っかかった。
「…なんやねん。分からんのかい」
「このオーダーメイドの割に少しばかりサイズの合わない棺桶は、見た目よりは優れものなのさ」
装甲はともかく、部屋自体に何らかの工夫が施されているようで、少年の感覚を持ってしても外の様子を察することが出来ない。
目的地に着いたということ自体、勘だ。しばらく経っても離陸するような様子が無いことから、それは恐らく間違いないのだろうが。
「高い金をかけただけのことはある…といったところかな」
「ちっ…!不思議パワーも当てならんなぁ…!」
当てにされても困る。あえて口には出さずに、少年はまた紅茶に口をつけた。
「…ああぁ~!!!出さんかい、ボケぇぇ!!!!」
しびれを切らして少年が叫ぶ。そろそろ限界だった。精神もそうだが、何より肉体が。中でも一部の機能が。
「何をそんなに切羽詰っているんだい?」
「便所や!!!」
「あぁ…排泄か」
「何やねん、その他人事みたいな反応は」
「いや…あまり縁の無いことだから思い当たらなかったんだよ。そうか、君たちにはそういう“行事”があったんだね。大変だね」
「お前かてするやろが!」
「そういうのはしないことにしているんだ。ほら。わずらわしいし。何より僕にはふさわしくない。そういうのはね。
そうは思わないかい?」
「じゃかぁしゃぁ!!!しないことにするで済むかボケ!」
「何なら“そこ”ですればいいじゃないか。それだけ固められていれば流石に臭いは漏れはしないだろうから。
それでも漏ってくる臭いなら、それはもう立派なもんだよ。何より君にはふさわしい。そういうのはね。
そうは思わないかい?」
「外に出たらもっぺん勝負したるからな…今度は勝てる思うなや」
「…それは構わないし、次も勝つけれど、そもそも出られないからこういう話になってるんだろう?」
336: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/06/21(火) 21:31:46 ID:???
「出せェ!!出さんかい!!ええ加減にせぇ!!閉じ込めるんやったら便所の一つ位…せめて…譲りに譲って“おまる”くらい用意しとかんかい!!」
その叫びはあまりに悲壮で、胸に来るものがあった。しかし。
「無駄だよ。届かない」
「何でや!!中の様子、聞いとらへんのかい!!」
「分厚い装甲が彼らの観測能力を遮ってしまっている。したくとも彼らは中の様子をモニターすることが出来ないんだ。
一応、後で回収するつもりらしいレコーダーや観測機器なんかもこの部屋のあちこちに備え付けられてはいるけれど、そちらの方は僕が使えないようにしてある。
プライベートな時間を覗かれるのはあまり好きじゃないんでね」
「え~い、どいつもこいつも役に立たんのぉ!!!」
『そんなことどうやって?』という話だったが、尿意に思考を支配されている人間にとってはそれはどうでもいいことだった。
「君が言うまでもなく外でも開ける為の作業はしてくれているさ。落ち着いて待っていればいい」
「どのぐらいかかるもんやねん!もう随分経っとるぞ!?そしてワシはもう…長くはもたへんぞ!?」
「そうだねぇ。僕もあまり詳しい訳じゃないけれど、短く見積もって大体――…」
「10日は見てもらう必要がある…とのことです」
戻ってきたリツコが険しい表情でそう伝えた。
どうあっても“これ”を開くには日数がかかる。それが戦自側の返答だった。
「……」
「その見通しにしても作業が順調に進めばの話であり…今日の朝までというのは流石に…」
「…そうか」
分かっていたことではある。しかし碇は歯噛みした。
昼からは日向が出勤してくる。作戦部長代理補佐・日向マコト三尉として。
その叫びはあまりに悲壮で、胸に来るものがあった。しかし。
「無駄だよ。届かない」
「何でや!!中の様子、聞いとらへんのかい!!」
「分厚い装甲が彼らの観測能力を遮ってしまっている。したくとも彼らは中の様子をモニターすることが出来ないんだ。
一応、後で回収するつもりらしいレコーダーや観測機器なんかもこの部屋のあちこちに備え付けられてはいるけれど、そちらの方は僕が使えないようにしてある。
プライベートな時間を覗かれるのはあまり好きじゃないんでね」
「え~い、どいつもこいつも役に立たんのぉ!!!」
『そんなことどうやって?』という話だったが、尿意に思考を支配されている人間にとってはそれはどうでもいいことだった。
「君が言うまでもなく外でも開ける為の作業はしてくれているさ。落ち着いて待っていればいい」
「どのぐらいかかるもんやねん!もう随分経っとるぞ!?そしてワシはもう…長くはもたへんぞ!?」
「そうだねぇ。僕もあまり詳しい訳じゃないけれど、短く見積もって大体――…」
「10日は見てもらう必要がある…とのことです」
戻ってきたリツコが険しい表情でそう伝えた。
どうあっても“これ”を開くには日数がかかる。それが戦自側の返答だった。
「……」
「その見通しにしても作業が順調に進めばの話であり…今日の朝までというのは流石に…」
「…そうか」
分かっていたことではある。しかし碇は歯噛みした。
昼からは日向が出勤してくる。作戦部長代理補佐・日向マコト三尉として。
451: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/06/28(火) 21:36:02 ID:???
“代理”で“補佐”とはいえ、行使できる権限は正規のものだ。現場の要求として適格者の必要性を訴え、送還を訴え、ゴネられた場合には…わずかではあるがうっとうしい話になる。
要求をはねのけることは容易い。だが、彼は謹慎中に独自の活動をとっていたと聞いている。戦自の諜報に携わる部署との接触があったことも。もし、その際に委員会等とのパイプを築いていたならば…。
いやそれ自体はまだいい。問題はシンジである。日向からの何かしらの入れ知恵をされた上で立ち回られることになると…。
ドイツよりの報告について、早急に裏を取りたい。でなければ対応できないかもしれない。にもかかわらず…。
箱は開かない。
「…なぁ。外からは…中の様子は…ホンマにわからへんのか?」
息も絶え絶えに聞き取り辛い声がする。
「……」
少年は返事をしない。紅茶が切れてしまい、あまり機嫌がよろしくなかった。この暗闇でのたった一つの嗜好だったのだが。
鼻歌や口笛はルームメイトの神経に障るらしく、どれほどの小声でも大声で邪魔される。…することがない。
退屈だ。いや、退屈以上の何かだ。やたらと息が詰まる。密閉空間も暗闇も慣れっこだというのに。一人ではないというのに会話が無いということは、孤独以上に神経を削ることを彼は学んだ。
「なぁ…」
「…何度尋ねようと、答えは変わらないよ。
何一つ分からない。泣こうが喚こうが暴れようが壁を叩こうが外には分からない。残念なことに」
仕方なく返事を返す。相手は少しの間、黙考し―…
「それはあらゆることについて言えんのか?」
「…もう一度言うよ。いかなる手段を持ってしても中からはいかなる情報も得ることは出来ない。
これ以上の返答は無いはずだから、以後―…」
「ほんなら…こういうのはどうや?」
それは…あまりに雑な提案だった。
要求をはねのけることは容易い。だが、彼は謹慎中に独自の活動をとっていたと聞いている。戦自の諜報に携わる部署との接触があったことも。もし、その際に委員会等とのパイプを築いていたならば…。
いやそれ自体はまだいい。問題はシンジである。日向からの何かしらの入れ知恵をされた上で立ち回られることになると…。
ドイツよりの報告について、早急に裏を取りたい。でなければ対応できないかもしれない。にもかかわらず…。
箱は開かない。
「…なぁ。外からは…中の様子は…ホンマにわからへんのか?」
息も絶え絶えに聞き取り辛い声がする。
「……」
少年は返事をしない。紅茶が切れてしまい、あまり機嫌がよろしくなかった。この暗闇でのたった一つの嗜好だったのだが。
鼻歌や口笛はルームメイトの神経に障るらしく、どれほどの小声でも大声で邪魔される。…することがない。
退屈だ。いや、退屈以上の何かだ。やたらと息が詰まる。密閉空間も暗闇も慣れっこだというのに。一人ではないというのに会話が無いということは、孤独以上に神経を削ることを彼は学んだ。
「なぁ…」
「…何度尋ねようと、答えは変わらないよ。
何一つ分からない。泣こうが喚こうが暴れようが壁を叩こうが外には分からない。残念なことに」
仕方なく返事を返す。相手は少しの間、黙考し―…
「それはあらゆることについて言えんのか?」
「…もう一度言うよ。いかなる手段を持ってしても中からはいかなる情報も得ることは出来ない。
これ以上の返答は無いはずだから、以後―…」
「ほんなら…こういうのはどうや?」
それは…あまりに雑な提案だった。
452: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/06/28(火) 21:37:37 ID:???
準待機という話だったが本部内にいてくれという程度の話で。レイはプラグスーツすら着用することなく、夜も昼も無いジオフロントにいた。
「……」
日中にところどころ、うつらうつらとしたせいか眠くない。訳の分からない、無為な一日だった。
『状況は予断を許さない。何があるかわからないので、それなりの準備を―…』
それだけの説明でレイは一日中、本部にいた。最悪の場合を想定してという話だが…まるで分からない。職員達がドイツ支部の消滅についての対応に追われている中、自分だけがぼんやりと何をするでもなく、施設の中をうろうろして。
待機しているのは自分だけというのも解せなかった。シンジは…アスカと一緒に学校に行ったらしい。待機要員の人選については
『彼では“目標”に対して戦闘行動を行うことは出来ないだろう』
とかなんとか。戦闘行動というのは穏やかではない。EVAで対応しなければならないにもかかわらず、敵かどうかも分からないというのも釈然としない。
学校…。今の自分達からはあまりに遠い世界だ。何の思い出があるわけでも無い。友人と言えるような存在もいない。
ただ…あの空気は…雰囲気は嫌いではなかった気がする。あの独特の活気は。人の輪は。その中に自分が混じっていなくても。
そういえば…一つだけ楽しみがあったかもしれない。2年A組が全体で担当している作業。飼育係。ウサギやモルモットの世話は好きだった。
自分の当番の日だけは、試験や実験が入らない限り、欠かさず登校したものだったが。誰に気付かれたわけでもないが。
何を思うでもなく校庭を眺めながら、視界の隅で彼が友人達とで笑ったり、いじられたりしているあの温い時間の流れは決して…。
彼は久しぶりの学校で何を思ったのだろうか。悪いことでは無いと思う。自分が投げ出しかけているものの重さを再認識してくれるのなら。
彼女にとっても…悪いことではないはずだ。だからこのくらいでもう…。
『RRRRRRR…』
「……」
と、レイの携帯が鳴った。碇からの着信だった。
「……」
日中にところどころ、うつらうつらとしたせいか眠くない。訳の分からない、無為な一日だった。
『状況は予断を許さない。何があるかわからないので、それなりの準備を―…』
それだけの説明でレイは一日中、本部にいた。最悪の場合を想定してという話だが…まるで分からない。職員達がドイツ支部の消滅についての対応に追われている中、自分だけがぼんやりと何をするでもなく、施設の中をうろうろして。
待機しているのは自分だけというのも解せなかった。シンジは…アスカと一緒に学校に行ったらしい。待機要員の人選については
『彼では“目標”に対して戦闘行動を行うことは出来ないだろう』
とかなんとか。戦闘行動というのは穏やかではない。EVAで対応しなければならないにもかかわらず、敵かどうかも分からないというのも釈然としない。
学校…。今の自分達からはあまりに遠い世界だ。何の思い出があるわけでも無い。友人と言えるような存在もいない。
ただ…あの空気は…雰囲気は嫌いではなかった気がする。あの独特の活気は。人の輪は。その中に自分が混じっていなくても。
そういえば…一つだけ楽しみがあったかもしれない。2年A組が全体で担当している作業。飼育係。ウサギやモルモットの世話は好きだった。
自分の当番の日だけは、試験や実験が入らない限り、欠かさず登校したものだったが。誰に気付かれたわけでもないが。
何を思うでもなく校庭を眺めながら、視界の隅で彼が友人達とで笑ったり、いじられたりしているあの温い時間の流れは決して…。
彼は久しぶりの学校で何を思ったのだろうか。悪いことでは無いと思う。自分が投げ出しかけているものの重さを再認識してくれるのなら。
彼女にとっても…悪いことではないはずだ。だからこのくらいでもう…。
『RRRRRRR…』
「……」
と、レイの携帯が鳴った。碇からの着信だった。
464: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/06/30(木) 21:24:25 ID:???
『はい…』
「……。…起きていたか」
一晩ぶりに聞くレイの声。一呼吸置いてからは碇は声を発した。
ケイジで“ああいう形”で別れたきり言葉を交わしていない。ずっと様子が気になってはいたのだが。
電話越しに聞こえてくる声はいつもと同じく短く、抑揚の無いものだったが、碇は何かしらの含みがあるような気がしてならなかった。表情が見えないことが不安だった。
何か言葉や話題を探したが…見つからない。
『出撃ですか』
「いや。待機任務を終了する。帰って眠るといい。遅くまで御苦労だった」
『……。…問題は解決したのですか』
「……」
少し不審気な声。戦うかどうかも分からないという、モチベーションを維持しづらい中途半端な説明だけで延々と待たされ、放置され、そしてそのまま帰されるのだから当然だろう。
無論、出撃しないに越したことはない。それでも、だ。
碇は肩越しにチラリと『ARK』を見やる。辺りには既に足場が設けられ、重機がスタンバイを完了している。直に解体作業が開始される。
何も解決してはいない。
EVAとその装備によって強引にこじ開けることも考えはしたのだが…中には大量破壊兵器と、『それよりも危険かもしれないもの』が満載されている。
それでなくとも戦自の敷地内にEVAを持ち込んで運用するというのもまた、色々と角が立つ話だ。地道に、慎重に作業を進める他に無い。
そんな愉快ではない思考を巡らせている間も、電話口の向こうでレイはじっと碇の言葉を待っている。
「…今夜は帰るつもりだ。時間があればどこかへ食事にでも行こう」
『……はい』
「……。…以上だ。ゆっくり休め』
何も言わずに通話は切れた。
白々しいやり取りだった。互いにいい雰囲気ではない。ゆっくりも何も休めるわけがない。送還問題が解決しきっていない。
数時間後には間違いなく、状況は荒立っているに違いないのだから。
「……。…起きていたか」
一晩ぶりに聞くレイの声。一呼吸置いてからは碇は声を発した。
ケイジで“ああいう形”で別れたきり言葉を交わしていない。ずっと様子が気になってはいたのだが。
電話越しに聞こえてくる声はいつもと同じく短く、抑揚の無いものだったが、碇は何かしらの含みがあるような気がしてならなかった。表情が見えないことが不安だった。
何か言葉や話題を探したが…見つからない。
『出撃ですか』
「いや。待機任務を終了する。帰って眠るといい。遅くまで御苦労だった」
『……。…問題は解決したのですか』
「……」
少し不審気な声。戦うかどうかも分からないという、モチベーションを維持しづらい中途半端な説明だけで延々と待たされ、放置され、そしてそのまま帰されるのだから当然だろう。
無論、出撃しないに越したことはない。それでも、だ。
碇は肩越しにチラリと『ARK』を見やる。辺りには既に足場が設けられ、重機がスタンバイを完了している。直に解体作業が開始される。
何も解決してはいない。
EVAとその装備によって強引にこじ開けることも考えはしたのだが…中には大量破壊兵器と、『それよりも危険かもしれないもの』が満載されている。
それでなくとも戦自の敷地内にEVAを持ち込んで運用するというのもまた、色々と角が立つ話だ。地道に、慎重に作業を進める他に無い。
そんな愉快ではない思考を巡らせている間も、電話口の向こうでレイはじっと碇の言葉を待っている。
「…今夜は帰るつもりだ。時間があればどこかへ食事にでも行こう」
『……はい』
「……。…以上だ。ゆっくり休め』
何も言わずに通話は切れた。
白々しいやり取りだった。互いにいい雰囲気ではない。ゆっくりも何も休めるわけがない。送還問題が解決しきっていない。
数時間後には間違いなく、状況は荒立っているに違いないのだから。
573: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/07(木) 21:29:31 ID:???
「司令…?」
「…開かないのならばここにいても仕方が無い。
…時間を無駄にした」
碇が建物の方へと歩き出す。その足取りは極めて重い。
この混沌とした情勢下で司令と、副司令が揃って丸一日を費やしたにしては、あまりに実りのない締めくくりだった。半ば以上、そうなることを承知での行動ではあった。それでもだ。
「“何か”あれば知らせてくれ」
そう言って冬月が碇の後に続く。リツコは陰鬱な思いでその後姿を見送った。
リツコだけが居残りだった。この後の作業の打ち合わせということだったが、それは別に技術部長がするべき仕事ではない。言葉には出されなかったが
『お前が顔を見せるとねじれた話が更にこじれる』
そういうことだった。
「…どや。出来んのかい」
「―やってやれなくはない。タイミングを合わせるのが少しばかりシビアではあるけどね」
「そこはあれや。腕の見せ所やん♪」
「ただ、少しばかり迷惑がかかる人が出るかもしれないけれど…それはいいのかな?」
「んなドン臭い連中、知るかっちゅう話じゃ…!こんな場所に水も食糧も用意せんと押し込んで…。連中、人を人と思とらんな」
「まぁ確かに、人とは思ってないのかもね。けれどねぇ…」
「聞けや。お前に男の在り方いうものを聞かせたる」
「…とりあえず最後まで聞くよ?」
「男には他の誰かを犠牲にしてでも守らなければならないものがある。時にはそういうこともある。
…違うか?」
「(この暗闇でも、目を瞑って気持ちよく喋ってる様子が目に浮かぶよ…)
言葉だけを聞けば非の打ち所は無い文言だけれど、その実、君はクソを垂れたいだけだろう?その都合は他の誰かの人生より優先されるべきことなのかい?」
「…開かないのならばここにいても仕方が無い。
…時間を無駄にした」
碇が建物の方へと歩き出す。その足取りは極めて重い。
この混沌とした情勢下で司令と、副司令が揃って丸一日を費やしたにしては、あまりに実りのない締めくくりだった。半ば以上、そうなることを承知での行動ではあった。それでもだ。
「“何か”あれば知らせてくれ」
そう言って冬月が碇の後に続く。リツコは陰鬱な思いでその後姿を見送った。
リツコだけが居残りだった。この後の作業の打ち合わせということだったが、それは別に技術部長がするべき仕事ではない。言葉には出されなかったが
『お前が顔を見せるとねじれた話が更にこじれる』
そういうことだった。
「…どや。出来んのかい」
「―やってやれなくはない。タイミングを合わせるのが少しばかりシビアではあるけどね」
「そこはあれや。腕の見せ所やん♪」
「ただ、少しばかり迷惑がかかる人が出るかもしれないけれど…それはいいのかな?」
「んなドン臭い連中、知るかっちゅう話じゃ…!こんな場所に水も食糧も用意せんと押し込んで…。連中、人を人と思とらんな」
「まぁ確かに、人とは思ってないのかもね。けれどねぇ…」
「聞けや。お前に男の在り方いうものを聞かせたる」
「…とりあえず最後まで聞くよ?」
「男には他の誰かを犠牲にしてでも守らなければならないものがある。時にはそういうこともある。
…違うか?」
「(この暗闇でも、目を瞑って気持ちよく喋ってる様子が目に浮かぶよ…)
言葉だけを聞けば非の打ち所は無い文言だけれど、その実、君はクソを垂れたいだけだろう?その都合は他の誰かの人生より優先されるべきことなのかい?」
574: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/07(木) 21:30:26 ID:???
「人と他の動物とを区別するものは知恵やない。そんなもん、きょうび猿でもイカでも持っとる」
「イカはどうだろうか…」
「誇りや。誇りを失ったとき、人は人であることをやめ、ただの獣へと堕ちるんや。これ、誰の言葉か分かるか?」
「誰でもいいよ…どうせ君だろ」
「ワシはまだ…人でいたいんや。もう少し…人間でいたいんや」
「…もう、君の相手をするのは疲れたな。さっさと出てしまいたくなってきた…」
「こっちかてしんどいわぁ!!お前はボケ甲斐があらへんのじゃ!!どんだけええパス上げさすねん!!ええ加減決めろ!!決定力不足やねん!!セルジオに好きなように言わしとくなや!!」
「はっきり言うけれど君のそれはパスミスだよ。絡み辛いんだ、君は。絶対、言われたことあるはずだ。それも同性に言われたことがあるはずだ」
「…んで乗るんかい」
「…紅茶もなくなったしね。何より一秒も早く、その汚い方言の聞こえない空間に移りたい」
「…“汚い”言うたか。お前は今、この国の約70%を敵に回したからな。そして俺がその代表や」
「やれやれ…随分と偏った人口分布だね」
「司令、上着をお忘れになっています」
基地司令に挨拶を終え、管制室から出てきた碇にリツコが声をかけた。
「あぁ…」
碇は随分と水を含み、重たくなった上着を上の空で受け取った。言い訳探しにそれどころではないのだろう。
大人相手へのそれは得意中の得意の碇であったが、子供を納得させられる理屈、立ち回りというのは専門外だった。
「この際ですし、よろしければクリーニングの方にお回しになっては―…」
「…替えが無い」
濡れているのにも構わず、碇は上着を羽織ろうとしたが―…。
“ドサ…”
「…?」
「…司令?」
冬月が怪訝そうな表情を浮かべ、リツコがきょとんとする。
上着が地面に落ちた。碇は取り落とした手を見つめている。
「イカはどうだろうか…」
「誇りや。誇りを失ったとき、人は人であることをやめ、ただの獣へと堕ちるんや。これ、誰の言葉か分かるか?」
「誰でもいいよ…どうせ君だろ」
「ワシはまだ…人でいたいんや。もう少し…人間でいたいんや」
「…もう、君の相手をするのは疲れたな。さっさと出てしまいたくなってきた…」
「こっちかてしんどいわぁ!!お前はボケ甲斐があらへんのじゃ!!どんだけええパス上げさすねん!!ええ加減決めろ!!決定力不足やねん!!セルジオに好きなように言わしとくなや!!」
「はっきり言うけれど君のそれはパスミスだよ。絡み辛いんだ、君は。絶対、言われたことあるはずだ。それも同性に言われたことがあるはずだ」
「…んで乗るんかい」
「…紅茶もなくなったしね。何より一秒も早く、その汚い方言の聞こえない空間に移りたい」
「…“汚い”言うたか。お前は今、この国の約70%を敵に回したからな。そして俺がその代表や」
「やれやれ…随分と偏った人口分布だね」
「司令、上着をお忘れになっています」
基地司令に挨拶を終え、管制室から出てきた碇にリツコが声をかけた。
「あぁ…」
碇は随分と水を含み、重たくなった上着を上の空で受け取った。言い訳探しにそれどころではないのだろう。
大人相手へのそれは得意中の得意の碇であったが、子供を納得させられる理屈、立ち回りというのは専門外だった。
「この際ですし、よろしければクリーニングの方にお回しになっては―…」
「…替えが無い」
濡れているのにも構わず、碇は上着を羽織ろうとしたが―…。
“ドサ…”
「…?」
「…司令?」
冬月が怪訝そうな表情を浮かべ、リツコがきょとんとする。
上着が地面に落ちた。碇は取り落とした手を見つめている。
575: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/07(木) 21:31:49 ID:???
「呼吸を合わせよう―…」
「2人の初めての共同作業やねッ☆」
「…もぅ、本当にうんざりだ…」
「…なんか緊張しよんな…。あかん…便所、行きたなってきた。やばいなぁ…気張った拍子にもらさへんやろか…」
「…堪えてくれるかな?誇りも人命も失ったんじゃ、後には何も残らない。それは哀しすぎる」
「任せェ、任せェ。
…ほな、行こかぁ…!!」
『すぅ…………っ……』
“キィィィィィィィィィィィィィィィィィン………”
「いっせー…」
「のぉ…」
「 せ っ ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! 」
リツコが苦笑いを浮かべながら、上着を拾い上げ、埃を念入りに叩き落とし、再度、手渡そうとするが―…。
「…どうかなさったんですか?」
「…………」
碇はまだ、じっと手を、“火傷を負い、手袋をはめた右手”を見つめている。目を見開き、見ようによっては愕然と。
「怪我のお加減でも…」
「―“動いた”?」
「――!!!!!」
リツコは意味を取れないでいたが、その呟きに冬月の顔色が変わる。
「碇―!?」
「――…。本部へと連絡!至急、エヴァンゲリオンを全機―…!!」
次の瞬間には、平静を取り戻していた碇だったが――…。
間に合わなかった。間に合うわけがなかった。
「2人の初めての共同作業やねッ☆」
「…もぅ、本当にうんざりだ…」
「…なんか緊張しよんな…。あかん…便所、行きたなってきた。やばいなぁ…気張った拍子にもらさへんやろか…」
「…堪えてくれるかな?誇りも人命も失ったんじゃ、後には何も残らない。それは哀しすぎる」
「任せェ、任せェ。
…ほな、行こかぁ…!!」
『すぅ…………っ……』
“キィィィィィィィィィィィィィィィィィン………”
「いっせー…」
「のぉ…」
「 せ っ ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! 」
リツコが苦笑いを浮かべながら、上着を拾い上げ、埃を念入りに叩き落とし、再度、手渡そうとするが―…。
「…どうかなさったんですか?」
「…………」
碇はまだ、じっと手を、“火傷を負い、手袋をはめた右手”を見つめている。目を見開き、見ようによっては愕然と。
「怪我のお加減でも…」
「―“動いた”?」
「――!!!!!」
リツコは意味を取れないでいたが、その呟きに冬月の顔色が変わる。
「碇―!?」
「――…。本部へと連絡!至急、エヴァンゲリオンを全機―…!!」
次の瞬間には、平静を取り戻していた碇だったが――…。
間に合わなかった。間に合うわけがなかった。
813: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/17(日) 15:04:20 ID:???
警報が鳴り響いたのはリニアレールが今、正に発車しようとしていたときのことだった。
「!!」
とっさに閉まる寸前のドアから転がるようにして飛び出す。ホームを離れていく列車を背に、レイはたった今辿っていた道を逆走する。
と。
「レイ…!!」
呼び止める声。振り返るとマヤがこちらに向かって走ってくる。
「良かった…。まだ…本部内に…。今、呼びに行こうと…」
レイが駆け寄るとマヤはわずかに笑い、荒い息を整えるように胸元に手を当てた。仮眠中だったのだろうか、髪には随分と寝癖がついており、上着の胸元もまともには止められていない。が、そんなことに気を回しているようなゆとりはないようだ。
「状況は…!?」
「…まだ一報が入っただけで規模や被害なんかは不明なんだけど…」
マヤは一瞬口ごもり―
「厚木で爆発事故が―…」
「………」
『最悪の事態を想定して―…』
『出撃しないに越したことは―…』
『戦闘行動を行う―…』
色んな言葉が頭に浮かんだ。別段、何を思うということもなかった。ただ、厚木には碇がいる、という事実だけがリフレインしていた。
「ケイジに直接向かって…!出撃がかかるかもしれない…」
「……」
上の空でレイはケイジへと走り出した。道順は分かっている。知り尽くしている。ここは“実家”と呼べてしまうほどに慣れ親しんだ場所だ。しかし走っているうちにどこを走っているのか分からなくなり、何度となく廊下の表示を確認した。頭が働いていなかった。
どうも見覚えのない、実際には何百回と通ったはずの通路を駆けながら、レイはついさっき交わしたばかりの碇との会話を必死になって思い出そうとしていた。
「!!」
とっさに閉まる寸前のドアから転がるようにして飛び出す。ホームを離れていく列車を背に、レイはたった今辿っていた道を逆走する。
と。
「レイ…!!」
呼び止める声。振り返るとマヤがこちらに向かって走ってくる。
「良かった…。まだ…本部内に…。今、呼びに行こうと…」
レイが駆け寄るとマヤはわずかに笑い、荒い息を整えるように胸元に手を当てた。仮眠中だったのだろうか、髪には随分と寝癖がついており、上着の胸元もまともには止められていない。が、そんなことに気を回しているようなゆとりはないようだ。
「状況は…!?」
「…まだ一報が入っただけで規模や被害なんかは不明なんだけど…」
マヤは一瞬口ごもり―
「厚木で爆発事故が―…」
「………」
『最悪の事態を想定して―…』
『出撃しないに越したことは―…』
『戦闘行動を行う―…』
色んな言葉が頭に浮かんだ。別段、何を思うということもなかった。ただ、厚木には碇がいる、という事実だけがリフレインしていた。
「ケイジに直接向かって…!出撃がかかるかもしれない…」
「……」
上の空でレイはケイジへと走り出した。道順は分かっている。知り尽くしている。ここは“実家”と呼べてしまうほどに慣れ親しんだ場所だ。しかし走っているうちにどこを走っているのか分からなくなり、何度となく廊下の表示を確認した。頭が働いていなかった。
どうも見覚えのない、実際には何百回と通ったはずの通路を駆けながら、レイはついさっき交わしたばかりの碇との会話を必死になって思い出そうとしていた。
815: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/17(日) 15:35:56 ID:???
凄まじい衝撃。凄まじい轟音だった。
「きゃああああああああ!!!!!!!!!!!」
「おおおおおおおっ!!!!!!??????」
立っていられないほどの揺れが地下にまで伝わった。廊下に悲鳴が、絶叫が響く。
突き上げるような衝撃にリツコが悲鳴を上げてしゃがみ込み、隣にいた碇へとしがみ付く。そのリツコをかばうようにして抱きかかえながら、碇は鬼の形相で天を睨んでいた。
「爆発…!!」
右手の疼きは未だ収まっていない。
やがて振動は収まり、皆が辺りを見回しながら、混乱しながらもそろそろと立ち上がろうとしたとき―…。
ズゥゥゥゥゥゥン!!!!!!!!!
「うわぁぁぁぁぁ!!!!!!」
二度目の衝撃が来た。
だが、二回目は先ほどのものに比べると小さく――とはいっても強烈だったが――すぐに収まった。固いような手応えを伴った衝撃だった。
振動が収まっても、廊下にいる者たちは、しばらく微動だにしなかった。険しい表情で目だけ、首から上だけで辺りを伺う。
10秒、20秒近く経ち、どうやら『三回目』がやってないことを確認すると
「状況を確認しろぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」
一佐の階級章をつけた男が絶叫すると、廊下に伏せっていた戦自の職員達はバネ仕掛けの如き勢いで立ち上がり、各々の持ち場へと猛烈な勢いで駆け出し始めた。
廊下のあちこちで男達が激突し、のた打ち回る光景が見られた。中には失神したのか動かなくなるものもいる。コントのような有様だったが、笑える状況にある者は1人としていなかった。
「……。あ…あの…司令」
混乱からようやく立ち直ったリツコがおずおずと碇へと声をかける。碇の腕はリツコに回されたままだ。
かばわれたことが嬉しいなどとのんきに思う部分がある一方で、それでは立場があべこべだ、自分がおかばいするべきだったと、動転してしまった自分を責める。
しかし碇は『怪我は?』と一言尋ね、無事であることを確認すると立ち上がり、職員達に肩を借りながら身を起こす冬月に目をやった。
「…冬月?」
「…大丈夫だ」
床か、壁かに身体を打ち付けたのか、辛そうに顔をしかめているが、大事には至っていなさそうである。
「それより碇。この爆発は―…」
「あぁ…上だ」
「きゃああああああああ!!!!!!!!!!!」
「おおおおおおおっ!!!!!!??????」
立っていられないほどの揺れが地下にまで伝わった。廊下に悲鳴が、絶叫が響く。
突き上げるような衝撃にリツコが悲鳴を上げてしゃがみ込み、隣にいた碇へとしがみ付く。そのリツコをかばうようにして抱きかかえながら、碇は鬼の形相で天を睨んでいた。
「爆発…!!」
右手の疼きは未だ収まっていない。
やがて振動は収まり、皆が辺りを見回しながら、混乱しながらもそろそろと立ち上がろうとしたとき―…。
ズゥゥゥゥゥゥン!!!!!!!!!
「うわぁぁぁぁぁ!!!!!!」
二度目の衝撃が来た。
だが、二回目は先ほどのものに比べると小さく――とはいっても強烈だったが――すぐに収まった。固いような手応えを伴った衝撃だった。
振動が収まっても、廊下にいる者たちは、しばらく微動だにしなかった。険しい表情で目だけ、首から上だけで辺りを伺う。
10秒、20秒近く経ち、どうやら『三回目』がやってないことを確認すると
「状況を確認しろぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」
一佐の階級章をつけた男が絶叫すると、廊下に伏せっていた戦自の職員達はバネ仕掛けの如き勢いで立ち上がり、各々の持ち場へと猛烈な勢いで駆け出し始めた。
廊下のあちこちで男達が激突し、のた打ち回る光景が見られた。中には失神したのか動かなくなるものもいる。コントのような有様だったが、笑える状況にある者は1人としていなかった。
「……。あ…あの…司令」
混乱からようやく立ち直ったリツコがおずおずと碇へと声をかける。碇の腕はリツコに回されたままだ。
かばわれたことが嬉しいなどとのんきに思う部分がある一方で、それでは立場があべこべだ、自分がおかばいするべきだったと、動転してしまった自分を責める。
しかし碇は『怪我は?』と一言尋ね、無事であることを確認すると立ち上がり、職員達に肩を借りながら身を起こす冬月に目をやった。
「…冬月?」
「…大丈夫だ」
床か、壁かに身体を打ち付けたのか、辛そうに顔をしかめているが、大事には至っていなさそうである。
「それより碇。この爆発は―…」
「あぁ…上だ」
821: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/17(日) 16:19:59 ID:???
基地内は混乱のるつぼだった。
通信が途絶している部署も少なからずあるようで、被害状況や指示などを書きなぐったメモを手に駆けて行く職員の姿が数限りなく見られる。
廊下には怪我人が運び出され、とりあえずといった感じで寝かされている。その中を縫うようにして碇は進む。時折、床に転がった者を踏み付けてしまうが、悲鳴にも一顧だにすることなく、ずんずん進んでいく。
冬月はNERVへ対応の指示を出しに管制室に入った。リツコはしばし逡巡するも、碇の後を追った。彼が目指すは…上だった。
と、通路の先できょろきょろと辺りを見渡していた職員が、碇を見つけて慌てた様子で近寄ってくる。現在状況の把握に全力を挙げているので、しばらく待つようにと告げたが、碇はろくに耳を傾けようとしなかった。
おそらく今現在、最も事実に近い形で状況を把握しているのは他ならぬ碇自身だった。
「………ちっ」
大きな扉の前で碇は、苛立たしげに舌打ちする。エレベーターは停止してしまっていた。上に向かうには階段を使う他なかった。
階段を探し出し、上へと上がろうとした碇を、職員が静止した。
「滑走路上は高熱や汚染物質にさらされている危険性があります!!上に上がることはお止めください!!」
「………」
やはり“原因”はあの箱だ。
碇は強引にでも押し通ろうとしたが、男は立ち塞がったまま動こうとはしない。と、別の職員が男を呼んだ。
「なんだ!!」
「第8、及び第14格納庫で大規模な火災が発生しています!!死傷者多数!!」
「なにぃ!?」
血相を変えて男が通路へと消えていくと同時に、碇は階段を駆け上っていく。危険だと言われた側からのその行動にリツコは顔色を変えた。
「司令…!?」
「…君が来る必要はない」
「滑走路上はまだ…!安全が確認できないうちは―!」
「だから来るなと言っている…」
そう言って碇は行ってしまった。
「………」
リツコは歯噛みする。いつもこうだ。欲求や衝動にはどこまでも素直で、それに付随してやってくるリスクや代償にはついてまるで気を巡らすことをしない。本当にバカなのかもしれない。尻拭いをしたり、心配する人間のことも少しは…。
「……」
それにどこまでも付き合う自分もまたバカだ。リツコは階段を上った。
通信が途絶している部署も少なからずあるようで、被害状況や指示などを書きなぐったメモを手に駆けて行く職員の姿が数限りなく見られる。
廊下には怪我人が運び出され、とりあえずといった感じで寝かされている。その中を縫うようにして碇は進む。時折、床に転がった者を踏み付けてしまうが、悲鳴にも一顧だにすることなく、ずんずん進んでいく。
冬月はNERVへ対応の指示を出しに管制室に入った。リツコはしばし逡巡するも、碇の後を追った。彼が目指すは…上だった。
と、通路の先できょろきょろと辺りを見渡していた職員が、碇を見つけて慌てた様子で近寄ってくる。現在状況の把握に全力を挙げているので、しばらく待つようにと告げたが、碇はろくに耳を傾けようとしなかった。
おそらく今現在、最も事実に近い形で状況を把握しているのは他ならぬ碇自身だった。
「………ちっ」
大きな扉の前で碇は、苛立たしげに舌打ちする。エレベーターは停止してしまっていた。上に向かうには階段を使う他なかった。
階段を探し出し、上へと上がろうとした碇を、職員が静止した。
「滑走路上は高熱や汚染物質にさらされている危険性があります!!上に上がることはお止めください!!」
「………」
やはり“原因”はあの箱だ。
碇は強引にでも押し通ろうとしたが、男は立ち塞がったまま動こうとはしない。と、別の職員が男を呼んだ。
「なんだ!!」
「第8、及び第14格納庫で大規模な火災が発生しています!!死傷者多数!!」
「なにぃ!?」
血相を変えて男が通路へと消えていくと同時に、碇は階段を駆け上っていく。危険だと言われた側からのその行動にリツコは顔色を変えた。
「司令…!?」
「…君が来る必要はない」
「滑走路上はまだ…!安全が確認できないうちは―!」
「だから来るなと言っている…」
そう言って碇は行ってしまった。
「………」
リツコは歯噛みする。いつもこうだ。欲求や衝動にはどこまでも素直で、それに付随してやってくるリスクや代償にはついてまるで気を巡らすことをしない。本当にバカなのかもしれない。尻拭いをしたり、心配する人間のことも少しは…。
「……」
それにどこまでも付き合う自分もまたバカだ。リツコは階段を上った。
851: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/18(月) 21:34:52 ID:???
地上に通じるドアをわずかに開けた途端、肌を焼くような熱気が一気に押し寄せてきた。
「…!」
「これは…!?」
息を弾ませ、ようやく追いついたリツコがその息を飲み込む。碇はちらりと振り返ったが、次の瞬間、ドアを開け開け放ち、歩を踏み出した。
「司…!」
汚染物質等が蔓延している可能性がある。あまりに軽率な行動だったが、もはや遅い。有害な物質が高熱によって処理されていることを祈り、リツコは仕方なく後に続いた。と同時にサウナの比ではない熱気が襲う。
滑走路上は…戦場さながらの光景だった。
「……こんな……」
ヘリ、VTOL、装甲車両などがまるでおもちゃのようにひっくり返り、あちこちで炎上している。オイルや鉄や脂の燃える、形容しがたい異様な臭気が辺りに充満していた。怒号が飛び交う中を職員達が走り回っている。
2人が出てきた出入り口の脇には先ほどまで“箱”の横にあったはずの重機がめり込んでいる。衝撃波で転がされてきたらしい。尋常ではない爆発だったことが伺える。
嫌が応にもセカンドインパクト直後のあの地獄が思い出される。もっとも人類が最も苦しかった時期にジオフロントにいたリツコにとってはそれらは実際には他人事でしかなかったが。
空は日の出を待たずして“紅”く染められていた。
「……。―――!!」
碇はしばし辺りを見渡すが…やがて異常に気付く。
「箱が…」
ない。煙で確認し辛いが先ほどまであったはずの場所には巨大な穴があるだけで、箱はなくなっている。爆散したのだろうか。いやそれならば――…。
「司令…」
碇はリツコが指差す先へと視線を移す。そこに箱が、いや、箱だったものがあった。
“爆心地”から離れること数百メートル。そこに上下逆さまになりひしゃげてしまった『ARK』があった。4分の1程はコンクリートへとめり込んでいる。おそらくは地下へと貫通しているだろう。
どうやら二度目の振動は上空高々と舞い上がったこれが、地面へと激突したことによるもののようだ。
「これほどの重量のものが―…」
「……」
碇はわずかに躊躇した後―箱へと向けて歩き出した。
「…!」
「これは…!?」
息を弾ませ、ようやく追いついたリツコがその息を飲み込む。碇はちらりと振り返ったが、次の瞬間、ドアを開け開け放ち、歩を踏み出した。
「司…!」
汚染物質等が蔓延している可能性がある。あまりに軽率な行動だったが、もはや遅い。有害な物質が高熱によって処理されていることを祈り、リツコは仕方なく後に続いた。と同時にサウナの比ではない熱気が襲う。
滑走路上は…戦場さながらの光景だった。
「……こんな……」
ヘリ、VTOL、装甲車両などがまるでおもちゃのようにひっくり返り、あちこちで炎上している。オイルや鉄や脂の燃える、形容しがたい異様な臭気が辺りに充満していた。怒号が飛び交う中を職員達が走り回っている。
2人が出てきた出入り口の脇には先ほどまで“箱”の横にあったはずの重機がめり込んでいる。衝撃波で転がされてきたらしい。尋常ではない爆発だったことが伺える。
嫌が応にもセカンドインパクト直後のあの地獄が思い出される。もっとも人類が最も苦しかった時期にジオフロントにいたリツコにとってはそれらは実際には他人事でしかなかったが。
空は日の出を待たずして“紅”く染められていた。
「……。―――!!」
碇はしばし辺りを見渡すが…やがて異常に気付く。
「箱が…」
ない。煙で確認し辛いが先ほどまであったはずの場所には巨大な穴があるだけで、箱はなくなっている。爆散したのだろうか。いやそれならば――…。
「司令…」
碇はリツコが指差す先へと視線を移す。そこに箱が、いや、箱だったものがあった。
“爆心地”から離れること数百メートル。そこに上下逆さまになりひしゃげてしまった『ARK』があった。4分の1程はコンクリートへとめり込んでいる。おそらくは地下へと貫通しているだろう。
どうやら二度目の振動は上空高々と舞い上がったこれが、地面へと激突したことによるもののようだ。
「これほどの重量のものが―…」
「……」
碇はわずかに躊躇した後―箱へと向けて歩き出した。
912: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/24(日) 21:49:16 ID:???
「そうだ!動かせるものだけで構わん!全て出撃させろ!」
管制室。冬月が切羽詰った声でマイクに向かってがなり立てていた。スピーカーの向こうからは困惑した声が返る。当然だろう。今はそれどころではない。だが冬月は強い口調で繰り返した。
「こちらが最優先だ!そのために被害が広がろうとも構わ―…!」
「いい加減してもらおうか!ここは第三新東京ではない!」
あまりといえばあまりなその言葉に流石に基地司令が食って掛かる。
「あちこちで火災が発生している!今は救出活動を優先すべきだ!」
「承知の上だ…しかし事は一刻を争うかもしれん…!今は―!」
「その結果、死ぬのは私の部下だ!!!」
それは保身、あるいはNERVに対する敵愾心からくる発言だったかもしれない。しかし自らの言葉の持つ意味を改めて自覚し、男は激昂した。
「人の家の庭で勝手なことを!使徒の侵攻時でもない今!それもこのような状況で発せられた意図の不明瞭な、そのような命令に従う道理が無い!どうしてもというならば納得が行くだけの根拠を示して頂こう!」
「………」
基地司令の剣幕は相当なもので、そしてまたその主張は全くもって正当なものだった。管制官たちも声には出さないが険しい目付きで冬月を睨みつけている。
「大体がこの惨状はお宅の積荷が原因なのだろうが!この上、まだ迷惑をかけるつもりか!いらぬ犠牲を出させるつもりか!」
憎悪を剥き出しにし、基地司令はなじる。冬月は唇を噛み締めた。
この男は自分がどんな思いでこういう命令をしているか分かっていない。もし“そう”なら、ここの全戦力を投入したところでどれほどの足しにもなりはしない。しかしだからといって何もしないわけにもいかないのだ。
“使徒の侵攻時でもないのに”。
根拠を示せと?出来るわけがない。
管制室。冬月が切羽詰った声でマイクに向かってがなり立てていた。スピーカーの向こうからは困惑した声が返る。当然だろう。今はそれどころではない。だが冬月は強い口調で繰り返した。
「こちらが最優先だ!そのために被害が広がろうとも構わ―…!」
「いい加減してもらおうか!ここは第三新東京ではない!」
あまりといえばあまりなその言葉に流石に基地司令が食って掛かる。
「あちこちで火災が発生している!今は救出活動を優先すべきだ!」
「承知の上だ…しかし事は一刻を争うかもしれん…!今は―!」
「その結果、死ぬのは私の部下だ!!!」
それは保身、あるいはNERVに対する敵愾心からくる発言だったかもしれない。しかし自らの言葉の持つ意味を改めて自覚し、男は激昂した。
「人の家の庭で勝手なことを!使徒の侵攻時でもない今!それもこのような状況で発せられた意図の不明瞭な、そのような命令に従う道理が無い!どうしてもというならば納得が行くだけの根拠を示して頂こう!」
「………」
基地司令の剣幕は相当なもので、そしてまたその主張は全くもって正当なものだった。管制官たちも声には出さないが険しい目付きで冬月を睨みつけている。
「大体がこの惨状はお宅の積荷が原因なのだろうが!この上、まだ迷惑をかけるつもりか!いらぬ犠牲を出させるつもりか!」
憎悪を剥き出しにし、基地司令はなじる。冬月は唇を噛み締めた。
この男は自分がどんな思いでこういう命令をしているか分かっていない。もし“そう”なら、ここの全戦力を投入したところでどれほどの足しにもなりはしない。しかしだからといって何もしないわけにもいかないのだ。
“使徒の侵攻時でもないのに”。
根拠を示せと?出来るわけがない。
913: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/24(日) 21:50:06 ID:???
「…それならば我々には命令を下す権限があるはずだな」
「何を言っている!貴様らの跳梁が許されるのは使徒が出現した場合のみ―…」
と。言葉が途中で途切れる。管制官達が不審そうな顔で指揮官を見上げる。パニックを恐れ、冬月は男の耳元で囁いた。
「…あくまで可能性の話だ。もちろん杞憂に終わるに決まっている」
「…ならば」
「だが“万が一”がある。アレに対しては過剰に思える対処でもまだ足りない。部隊の展開は必須であり、最低限の措置だ。違うかね?」
「………」
冬月の言葉に基地司令は押し黙った。
この男の口を封じる必要がある。申し訳ないが早い段階で“事故”にあってもらう他ない。そう思いながら冬月は言葉を紡ぐ。そんな腹など露知らず―…。
混乱、私情、保身、部下への思い、そしてこれが“万が一”であったなら…男は葛藤していた。
矢継ぎ早に被害報告が管制室に届く。早く応援をよこせと。人手が足りないと。いずれの命令を下すにしても、判断は即、この瞬間にも下さなければならない。今ならば助けられる命もあるだろう。しかし―…。
そこかしこで起こっている火災には目もくれず、次々と消防車両が『ARK』の周りへ集結していく。充分な距離を取り、歪んだ装甲の隙間から黒煙を上げ続ける『ARK』へと放水を行っているが、煙は一向に収まる気配を見せない。
中の様子は未だ、不明である。
リツコを初めとする技術スタッフの見解は『搭載されたN2爆弾のいくつかが何らかの原因で誤作動を起こした』とのことだ。ドイツより随伴してきた職員達は
『誤作動など起こりえない。これは何かの間違いだ』
と言い張っているが、他にこれほどのエネルギーを発生させるようなものは中に入っていない。
責任逃れ以外の何物でもないはずのこの発言が何故か複雑、かつ不可解である原因の一つに――数分前から『ARK』を取り囲み始めた、戦車、装甲車両、VTOLなどがある。
「何を言っている!貴様らの跳梁が許されるのは使徒が出現した場合のみ―…」
と。言葉が途中で途切れる。管制官達が不審そうな顔で指揮官を見上げる。パニックを恐れ、冬月は男の耳元で囁いた。
「…あくまで可能性の話だ。もちろん杞憂に終わるに決まっている」
「…ならば」
「だが“万が一”がある。アレに対しては過剰に思える対処でもまだ足りない。部隊の展開は必須であり、最低限の措置だ。違うかね?」
「………」
冬月の言葉に基地司令は押し黙った。
この男の口を封じる必要がある。申し訳ないが早い段階で“事故”にあってもらう他ない。そう思いながら冬月は言葉を紡ぐ。そんな腹など露知らず―…。
混乱、私情、保身、部下への思い、そしてこれが“万が一”であったなら…男は葛藤していた。
矢継ぎ早に被害報告が管制室に届く。早く応援をよこせと。人手が足りないと。いずれの命令を下すにしても、判断は即、この瞬間にも下さなければならない。今ならば助けられる命もあるだろう。しかし―…。
そこかしこで起こっている火災には目もくれず、次々と消防車両が『ARK』の周りへ集結していく。充分な距離を取り、歪んだ装甲の隙間から黒煙を上げ続ける『ARK』へと放水を行っているが、煙は一向に収まる気配を見せない。
中の様子は未だ、不明である。
リツコを初めとする技術スタッフの見解は『搭載されたN2爆弾のいくつかが何らかの原因で誤作動を起こした』とのことだ。ドイツより随伴してきた職員達は
『誤作動など起こりえない。これは何かの間違いだ』
と言い張っているが、他にこれほどのエネルギーを発生させるようなものは中に入っていない。
責任逃れ以外の何物でもないはずのこの発言が何故か複雑、かつ不可解である原因の一つに――数分前から『ARK』を取り囲み始めた、戦車、装甲車両、VTOLなどがある。
914: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/24(日) 21:50:54 ID:???
兵士達は皆、一様に何事か言いたげな表情を覗かせていた。
延焼、また崩れた建物の下で仲間の命が今、正に失われようとしている中での、この命令の意図がまるで分からない。流石に命令には従っているが、若干、行動が緩慢ではある。そして上官もまた、それを咎めようとはしない。
「司令、お下がりください…!これ以上は…!」
耐え切れなくなったのか、リツコが必死の形相で碇へと取りすがる。
「まだ爆発の危険が…!攻撃を行うにしても、この距離ではひとたまりも…!」
「そう思うのなら君は避難しろ」
「司令…」
「命令だ。私や冬月は替えが利く。しかし君の代わりはどこにもいない」
「………」
『そうでなければ2ndを切り捨てていない』とばかりの、言葉とは裏腹な愛の無い口振りだった。こう言われて避難できるわけもない。命令だろうが何だろうが。
碇は急遽、部隊の指揮をとることになった士官に対し、指示を徹底していた。
「攻撃は私が指示を出した場合に限る。私が『指示を出せないような状況』になった場合は、冬月副司令の指示を仰げ」
「…それについては了解しております。しかし、あまりに不明瞭な点が多過ぎます。これはどういった意図による配置なのですか?『攻撃』と仰いますが、『戦闘』になるのですか?
相手は?その…中身は“敵”なのですか?」
「知る必要は無い」
当然の如く投げかけられた問いかけに対し、碇がぶっきらぼうに返す。
「しかし…攻撃を行うにしても、こうまで情報が乏しいと―…」
「もう一度言う。君たちは何も知る必要は無い」
「……は」
やはり碇は何一つ答えず、NERVの職員にそうするように一方的に指示を下した。士官は一応は了承しながらも、何一つ、現状を把握できずに混乱し、また憤慨していた。
延焼、また崩れた建物の下で仲間の命が今、正に失われようとしている中での、この命令の意図がまるで分からない。流石に命令には従っているが、若干、行動が緩慢ではある。そして上官もまた、それを咎めようとはしない。
「司令、お下がりください…!これ以上は…!」
耐え切れなくなったのか、リツコが必死の形相で碇へと取りすがる。
「まだ爆発の危険が…!攻撃を行うにしても、この距離ではひとたまりも…!」
「そう思うのなら君は避難しろ」
「司令…」
「命令だ。私や冬月は替えが利く。しかし君の代わりはどこにもいない」
「………」
『そうでなければ2ndを切り捨てていない』とばかりの、言葉とは裏腹な愛の無い口振りだった。こう言われて避難できるわけもない。命令だろうが何だろうが。
碇は急遽、部隊の指揮をとることになった士官に対し、指示を徹底していた。
「攻撃は私が指示を出した場合に限る。私が『指示を出せないような状況』になった場合は、冬月副司令の指示を仰げ」
「…それについては了解しております。しかし、あまりに不明瞭な点が多過ぎます。これはどういった意図による配置なのですか?『攻撃』と仰いますが、『戦闘』になるのですか?
相手は?その…中身は“敵”なのですか?」
「知る必要は無い」
当然の如く投げかけられた問いかけに対し、碇がぶっきらぼうに返す。
「しかし…攻撃を行うにしても、こうまで情報が乏しいと―…」
「もう一度言う。君たちは何も知る必要は無い」
「……は」
やはり碇は何一つ答えず、NERVの職員にそうするように一方的に指示を下した。士官は一応は了承しながらも、何一つ、現状を把握できずに混乱し、また憤慨していた。
915: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/24(日) 21:53:05 ID:???
膨大な量の放水によって周囲に満ちていた熱がわずかながら引いていく。立ち込めていた黒煙も徐々にその勢いを弱めつつあった。
「…司令。どうしましょう…」
指揮官が碇にお伺いを立ててくる。何事かを起こすならば今かもしれない。だが…何をどう行えばいいというのか。
と。冬月から通信が入った。
『―碇。零号機を空輸する準備が整ったそうだ。どうする?』
「………」
判断が非常に難しいところだった。
『ここは土俵にするには、あまり適しているとはいえんぞ。どうせならば第三新東京に―…』
「…もう一度移動させるというのか。不可能だ」
『しかしレイ1人で対応させるのか?場合によっては一度に―』
「…ダミーの支度は?」
『…伊吹二尉が難色を示している。本当に制御可能となったのかどうか確信が持てないと。
碇。この状況だ。パイロットを…』
「…赤木君の指示だと言え。初号機、及び弐号機にダミープラグを搭載。作業が完了次第、空輸させろ。零号機を先発で―…」
『碇…!今は低次元な意地を―…!』
“…カン”
「――!」
『…何だ?』
―音がした。
“…カン…カン…。…ガン…。”
『ARK』の中から。金属に何かがぶつかるような音が響き始めた。
「―――!!!!!」
「まだだ…!」
一同に緊張が走る。指揮官が攻撃準備に入るように部隊に通達しようとするが、碇がそれを制止する。
今、攻撃しても意味はない。彼らが持つ火力を全て集中させたとしても、この馬鹿げた厚みの装甲を破ることは出来ない。“中身”にまでは届かない。
“ガンッ…!ガンッ…!……ガンッッ…!!!”
音は断続的に響く。やがて、まるで何かに苛立つかのように、その間隔が短くなり、激しさを増していき―。
「…司令。どうしましょう…」
指揮官が碇にお伺いを立ててくる。何事かを起こすならば今かもしれない。だが…何をどう行えばいいというのか。
と。冬月から通信が入った。
『―碇。零号機を空輸する準備が整ったそうだ。どうする?』
「………」
判断が非常に難しいところだった。
『ここは土俵にするには、あまり適しているとはいえんぞ。どうせならば第三新東京に―…』
「…もう一度移動させるというのか。不可能だ」
『しかしレイ1人で対応させるのか?場合によっては一度に―』
「…ダミーの支度は?」
『…伊吹二尉が難色を示している。本当に制御可能となったのかどうか確信が持てないと。
碇。この状況だ。パイロットを…』
「…赤木君の指示だと言え。初号機、及び弐号機にダミープラグを搭載。作業が完了次第、空輸させろ。零号機を先発で―…」
『碇…!今は低次元な意地を―…!』
“…カン”
「――!」
『…何だ?』
―音がした。
“…カン…カン…。…ガン…。”
『ARK』の中から。金属に何かがぶつかるような音が響き始めた。
「―――!!!!!」
「まだだ…!」
一同に緊張が走る。指揮官が攻撃準備に入るように部隊に通達しようとするが、碇がそれを制止する。
今、攻撃しても意味はない。彼らが持つ火力を全て集中させたとしても、この馬鹿げた厚みの装甲を破ることは出来ない。“中身”にまでは届かない。
“ガンッ…!ガンッ…!……ガンッッ…!!!”
音は断続的に響く。やがて、まるで何かに苛立つかのように、その間隔が短くなり、激しさを増していき―。
916: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/24(日) 21:54:28 ID:???
“ガァン…ッッッ…!!!!!!!”
大きく一度鳴り響くと…音が止んだ。辺りに静けさが戻った。
「…………」
「碇司令…一体…」
数機のVTOLが慎重に『ARK』の周りを旋回し、様子を伺う。外側から見た限りでは変わった様子は見られない。が…。
「…中に…“何か”…?」
声色が…兵士達の顔色が変わっていた。先ほどの異音に対して、彼らも“感情めいた何か”を感じ取ったらしい。
「…内部を調べる」
碇の言葉に指揮官の表情が険しくなる。
「しかし…未だ爆発の危険が…」
「なおのことだ。このまま放置しておくわけにはいかない。どの道、外側からでは何も―…」
碇の言葉の途中―。
“ ド ガ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ッ ッ ン ン ! ! ! ! ! ! ! ! ”
「!!!!!!!!!??????????」
「おぉぉぉおおおおお!!!???」
十分過ぎるほどの前触れはあった。
轟音と共に『ARK』の天井…逆さまになっているので本来は床に当たる壁面が吹き飛んだ。
「―――!!!!!?????」
指示を出す間も、とっさに反応する間も無い。跳ね上げられた壁面に弾き飛ばされ、滞空していたVTOLが墜落、炎上する。また、巻き起こされた強烈な突風に煽られ、ヘリが機体を大きく傾かせ、そのまま立て直すことが出来ずに落下していった。
車高の高い装甲車両も大きく身体を浮かせるが…なんとか片方のタイヤで踏みとどまり、『どすん』とシコを踏んだ。
高々と舞い上がった壁面は猛烈な勢いで落下し、コンクリートで舗装された地面を易々と貫いた。
『三度目』。だが…。
「…おかしい」
トレーラーの陰で風をやり過ごし、碇は呟く。
爆発音がない。“爆発が起こらなかった”。装甲板は“ただ単に吹き飛んだ”。
“蓋”が開いたことで、箱の中から吹き出す黒煙はその量を圧倒的に増し、視界がドンドンと悪くなる。『ARK』が霞む。
「………」
碇は右の掌を何度か開いては閉じた。そう…ちょうど己の息子が時々、そうするように。
そして―…覚悟を決めると、煙の中へ早足で踏み出した。
大きく一度鳴り響くと…音が止んだ。辺りに静けさが戻った。
「…………」
「碇司令…一体…」
数機のVTOLが慎重に『ARK』の周りを旋回し、様子を伺う。外側から見た限りでは変わった様子は見られない。が…。
「…中に…“何か”…?」
声色が…兵士達の顔色が変わっていた。先ほどの異音に対して、彼らも“感情めいた何か”を感じ取ったらしい。
「…内部を調べる」
碇の言葉に指揮官の表情が険しくなる。
「しかし…未だ爆発の危険が…」
「なおのことだ。このまま放置しておくわけにはいかない。どの道、外側からでは何も―…」
碇の言葉の途中―。
“ ド ガ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ッ ッ ン ン ! ! ! ! ! ! ! ! ”
「!!!!!!!!!??????????」
「おぉぉぉおおおおお!!!???」
十分過ぎるほどの前触れはあった。
轟音と共に『ARK』の天井…逆さまになっているので本来は床に当たる壁面が吹き飛んだ。
「―――!!!!!?????」
指示を出す間も、とっさに反応する間も無い。跳ね上げられた壁面に弾き飛ばされ、滞空していたVTOLが墜落、炎上する。また、巻き起こされた強烈な突風に煽られ、ヘリが機体を大きく傾かせ、そのまま立て直すことが出来ずに落下していった。
車高の高い装甲車両も大きく身体を浮かせるが…なんとか片方のタイヤで踏みとどまり、『どすん』とシコを踏んだ。
高々と舞い上がった壁面は猛烈な勢いで落下し、コンクリートで舗装された地面を易々と貫いた。
『三度目』。だが…。
「…おかしい」
トレーラーの陰で風をやり過ごし、碇は呟く。
爆発音がない。“爆発が起こらなかった”。装甲板は“ただ単に吹き飛んだ”。
“蓋”が開いたことで、箱の中から吹き出す黒煙はその量を圧倒的に増し、視界がドンドンと悪くなる。『ARK』が霞む。
「………」
碇は右の掌を何度か開いては閉じた。そう…ちょうど己の息子が時々、そうするように。
そして―…覚悟を決めると、煙の中へ早足で踏み出した。
917: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/24(日) 21:56:02 ID:???
黒煙が目に沁みた。ススの臭いが鼻を刺す。ハンカチで口元を押さえながらも、ひるむことなく、碇は一直線に進む。
『ARK』から約10数メートルとなったところで碇は足を止めた。
「………」
“ジャキッ…!”
そして胸元から銃を取り出し、前方に狙いを定める。無駄は百も承知だった。
ほとんどままならない視界の中…聖櫃の上に二つの影があった。
「…一つ分かったことがあるよ」
ようやくのことで上までよじ登った1人が乾いた声でそう呟く。
「…何や?」
相当な苦労の末に上まで到達した、もう1人が棘のある声で答えた。
「僕と君の相性は…最悪だ…!」
「奇遇やなぁ…俺もそう思とったんや。なかなか気が合うやないか…!」
冗談めかした物言いではあるが、両者の声は殺気に満ち満ちている。どうしてやろうかとばかりに、2人は少し押し黙る。
と。
「ん?」
「これはこれは…」
2人の上空から数機の大型ヘリが降りてくる。それらのローターの巻き起こす強い風が煙を払った。
続けて戦車が、VTOLが、歩兵が、『ARK』の周りへと勢い良く接近し、彼らに対して銃口を、砲塔を向け、全ての安全装置を外す。
無数の殺意が2人を包む。しかし彼らは別に動じる風でもなく、ぼんやりとその様子を眺め、のん気に感想を述べた。
「えっらい盛大な歓迎やなぁ」
「まるで祝砲まで撃ちかねない勢いだね」
「結構な心構えやなぁ」
鈴原トウジの帰還。渚カヲルの来日であった。
『ARK』から約10数メートルとなったところで碇は足を止めた。
「………」
“ジャキッ…!”
そして胸元から銃を取り出し、前方に狙いを定める。無駄は百も承知だった。
ほとんどままならない視界の中…聖櫃の上に二つの影があった。
「…一つ分かったことがあるよ」
ようやくのことで上までよじ登った1人が乾いた声でそう呟く。
「…何や?」
相当な苦労の末に上まで到達した、もう1人が棘のある声で答えた。
「僕と君の相性は…最悪だ…!」
「奇遇やなぁ…俺もそう思とったんや。なかなか気が合うやないか…!」
冗談めかした物言いではあるが、両者の声は殺気に満ち満ちている。どうしてやろうかとばかりに、2人は少し押し黙る。
と。
「ん?」
「これはこれは…」
2人の上空から数機の大型ヘリが降りてくる。それらのローターの巻き起こす強い風が煙を払った。
続けて戦車が、VTOLが、歩兵が、『ARK』の周りへと勢い良く接近し、彼らに対して銃口を、砲塔を向け、全ての安全装置を外す。
無数の殺意が2人を包む。しかし彼らは別に動じる風でもなく、ぼんやりとその様子を眺め、のん気に感想を述べた。
「えっらい盛大な歓迎やなぁ」
「まるで祝砲まで撃ちかねない勢いだね」
「結構な心構えやなぁ」
鈴原トウジの帰還。渚カヲルの来日であった。
965: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/28(木) 13:04:47 ID:???
「…えぇ?」
小銃を構えていた兵士が困惑した様子で銃口を下ろす。
周囲では相当数の兵士が顔を見合わせ、また、上官に指示を仰いでいた。当然であろう。これだけの部隊を動員する攻撃対象とは、一体いかなる相手かと思えば―…。
「人間…」
としか見えようがない。煙で視界が開けていないとはいえ…彼らが眼前に確認できるものはそれくらいしかない。だが…。
「誰がそんな指示を出した」
押し殺すような低い声がした。碇である。
「攻撃態勢を解くな」
「…解くなと言われても…」
攻撃といわれたところで“目標”に当たるようなものが見当たらない。銃を向けるべき対象を見つけられない。まさか…
「あれだというのか…?」
碇の構えた拳銃の有効射程のはるか先にあるものといえば…“それ”だけだ。指揮官は釈然としないものを抱えながらも部隊全体に対して再度指示を下した。
何だというのだろう。2人は武装している風でもない。別段、不自然な様子も無い。
…いや。ひしゃげてしまっているとはいえ、その辺のビルよりは遥かに高いところに―それも背後で炎が燃え盛っている、不安定な足場だというのに―…平然と立っているのだから不自然には違いないのだろうが。
小銃を構えていた兵士が困惑した様子で銃口を下ろす。
周囲では相当数の兵士が顔を見合わせ、また、上官に指示を仰いでいた。当然であろう。これだけの部隊を動員する攻撃対象とは、一体いかなる相手かと思えば―…。
「人間…」
としか見えようがない。煙で視界が開けていないとはいえ…彼らが眼前に確認できるものはそれくらいしかない。だが…。
「誰がそんな指示を出した」
押し殺すような低い声がした。碇である。
「攻撃態勢を解くな」
「…解くなと言われても…」
攻撃といわれたところで“目標”に当たるようなものが見当たらない。銃を向けるべき対象を見つけられない。まさか…
「あれだというのか…?」
碇の構えた拳銃の有効射程のはるか先にあるものといえば…“それ”だけだ。指揮官は釈然としないものを抱えながらも部隊全体に対して再度指示を下した。
何だというのだろう。2人は武装している風でもない。別段、不自然な様子も無い。
…いや。ひしゃげてしまっているとはいえ、その辺のビルよりは遥かに高いところに―それも背後で炎が燃え盛っている、不安定な足場だというのに―…平然と立っているのだから不自然には違いないのだろうが。
966: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/07/28(木) 13:06:45 ID:???
「あっ…」
2人は何事か話し、わずかに罵り合っていたが、突然1人が『ARK』から転落した。いや…自ら足を踏み出した。それもやけに軽い足取りで。
自殺行為でしかないはずだ。にもかかわらず彼は、ほとんど垂直に近く、そそり立つ壁面に片足をくっつけ、絶妙にバランスを取って勢いを殺して下へと降りていく。それは『落下』とも『滑降』とも取れた。
そして優雅とさえいえる仕草で無事、地表へと降り立ち…何事もなかったかのように上を見上げた。
続けてもう1人が…今度こそ『転落』した。こちらも自らの足で踏み出したのではあるが、これは転落以外の何物でもない。先に下りた人物同様に片足を壁面にくっつけるも、たちまちバランスを崩し、何度も何度も壁面に身体をぶつけた末に―…
“どすん…!!!”
「わぁぁっ…!?」
「きゅ…救護ぉぉぉ…!!!!」
ものの見事に地面に身体を叩きつけられ、続けて彼が持っていた荷物がこれでもかとばかりに彼の上へと降り注いでいく。先の曲芸に見とれ、または呆気に取られ、一同は一部始終を止めようともせず思わず見守ってしまったが、これが、このザマが普通だ。当たり前だ。
困惑しながらも兵士達が慌しく、救護班を呼びつけようとする中、先に下りていた人物がすたすたと近寄っていく。するとたった今投身自殺を図った人物が身体を起こした。何事もなかったかのように。
「ぉぉぉ…。危なかったぁ…もう少しで頭から地面に激突するとこやったで」
「大丈夫。ちゃんと頭から激突していたよ」
「はは♪んなアホな。それやったら死んでな、おかしいやんか」
「死んでないからおかしいんだよね。今は何も“ズル”しなかったはずなんだけど」
「これも日頃の行いやな」
「本気でそれで済ませるつもりかい?」
平然とそんな軽口を叩き合う2人を、兵士達が呆然と取り囲んでいた。
碇はわずかに逡巡した後…銃を下ろした。
2人は何事か話し、わずかに罵り合っていたが、突然1人が『ARK』から転落した。いや…自ら足を踏み出した。それもやけに軽い足取りで。
自殺行為でしかないはずだ。にもかかわらず彼は、ほとんど垂直に近く、そそり立つ壁面に片足をくっつけ、絶妙にバランスを取って勢いを殺して下へと降りていく。それは『落下』とも『滑降』とも取れた。
そして優雅とさえいえる仕草で無事、地表へと降り立ち…何事もなかったかのように上を見上げた。
続けてもう1人が…今度こそ『転落』した。こちらも自らの足で踏み出したのではあるが、これは転落以外の何物でもない。先に下りた人物同様に片足を壁面にくっつけるも、たちまちバランスを崩し、何度も何度も壁面に身体をぶつけた末に―…
“どすん…!!!”
「わぁぁっ…!?」
「きゅ…救護ぉぉぉ…!!!!」
ものの見事に地面に身体を叩きつけられ、続けて彼が持っていた荷物がこれでもかとばかりに彼の上へと降り注いでいく。先の曲芸に見とれ、または呆気に取られ、一同は一部始終を止めようともせず思わず見守ってしまったが、これが、このザマが普通だ。当たり前だ。
困惑しながらも兵士達が慌しく、救護班を呼びつけようとする中、先に下りていた人物がすたすたと近寄っていく。するとたった今投身自殺を図った人物が身体を起こした。何事もなかったかのように。
「ぉぉぉ…。危なかったぁ…もう少しで頭から地面に激突するとこやったで」
「大丈夫。ちゃんと頭から激突していたよ」
「はは♪んなアホな。それやったら死んでな、おかしいやんか」
「死んでないからおかしいんだよね。今は何も“ズル”しなかったはずなんだけど」
「これも日頃の行いやな」
「本気でそれで済ませるつもりかい?」
平然とそんな軽口を叩き合う2人を、兵士達が呆然と取り囲んでいた。
碇はわずかに逡巡した後…銃を下ろした。
383: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/09/13(火) 04:33:47 ID:???
「地面に腹ばいになり、両手を頭の後ろで組めーーー!!!!」
遠巻きに2人を包囲した輪の中から鋭い声が響いた。改めて組まれた包囲の輪は、おそらくは丸腰であろう、たった二名に対するにはあまりに度が過ぎた規模で。
2人はようやく互いを罵ることをやめ、たった今、気付いたとでもいうようにきょとんとした様子で周りを見回す。
しかしそれだけだった。指示に従う様子は無い。
「繰り返す!!腹ばいになり、両手を―――!!!!」
指揮官が再び、拡声器でがなる。それでも2人は互いの顔を見合し、『何かな?』とか『え?どしたん、これ』とか呟くだけで、一向に腹ばいになる様子は見られない。
それどころか怯えも、警戒も、困惑も…銃口を向けられたときに人間が見せる当然の表情は何も見られない。むしろ…。
二度目の警告も無視され、最前列にいる兵士が小銃のグリップを握り直した。
別に本気の本気で警戒しているわけでもない。警告とボディチェック。形式的な…ほとんど儀礼的な意味合いの方が強い。大人しく言うことを聞いてくれればすぐに済む。なのに何故?
『日本語が通じないのか…!?』
苛立ちとそれを超えた違和感を抑え、指揮官は再度警告する。
「妙な意地を張っているのならば、それは決して双方にとって得にはならない!!指示に従わない場合、我々はお前達を射殺する許可を得ている!!これが最後の警告だ!!うつ伏せになり、手を頭の後ろで組めーーー!!!!」
もしかしたら文字通り“日本語が通じない”のか。英語を始めとするいくつかの言語で呼びかけたが、2人はまるで指示に応じない。
…というか『ドイツ語やな、今度は間違いない』『残念、フランス語だよ』と、日本語で会話するのが聞こえている。おそらく言語の問題ではない。
威嚇の意味で宙に向けて数発を発射する。が、2人は空を見上げて
『…何を撃ったんや?』
『見えない敵に向けて機関銃を乱射する…か。桜井だね』
『見えない敵…スタンドか何かか?』
『やれやれだね』
とぼけているのか頭が悪いのか分からない会話を繰り広げるばかりだ。
『どうする…』
どうするも何もない。警告に従わないのなら、軍隊のとる対応は一つしかない。
遠巻きに2人を包囲した輪の中から鋭い声が響いた。改めて組まれた包囲の輪は、おそらくは丸腰であろう、たった二名に対するにはあまりに度が過ぎた規模で。
2人はようやく互いを罵ることをやめ、たった今、気付いたとでもいうようにきょとんとした様子で周りを見回す。
しかしそれだけだった。指示に従う様子は無い。
「繰り返す!!腹ばいになり、両手を―――!!!!」
指揮官が再び、拡声器でがなる。それでも2人は互いの顔を見合し、『何かな?』とか『え?どしたん、これ』とか呟くだけで、一向に腹ばいになる様子は見られない。
それどころか怯えも、警戒も、困惑も…銃口を向けられたときに人間が見せる当然の表情は何も見られない。むしろ…。
二度目の警告も無視され、最前列にいる兵士が小銃のグリップを握り直した。
別に本気の本気で警戒しているわけでもない。警告とボディチェック。形式的な…ほとんど儀礼的な意味合いの方が強い。大人しく言うことを聞いてくれればすぐに済む。なのに何故?
『日本語が通じないのか…!?』
苛立ちとそれを超えた違和感を抑え、指揮官は再度警告する。
「妙な意地を張っているのならば、それは決して双方にとって得にはならない!!指示に従わない場合、我々はお前達を射殺する許可を得ている!!これが最後の警告だ!!うつ伏せになり、手を頭の後ろで組めーーー!!!!」
もしかしたら文字通り“日本語が通じない”のか。英語を始めとするいくつかの言語で呼びかけたが、2人はまるで指示に応じない。
…というか『ドイツ語やな、今度は間違いない』『残念、フランス語だよ』と、日本語で会話するのが聞こえている。おそらく言語の問題ではない。
威嚇の意味で宙に向けて数発を発射する。が、2人は空を見上げて
『…何を撃ったんや?』
『見えない敵に向けて機関銃を乱射する…か。桜井だね』
『見えない敵…スタンドか何かか?』
『やれやれだね』
とぼけているのか頭が悪いのか分からない会話を繰り広げるばかりだ。
『どうする…』
どうするも何もない。警告に従わないのなら、軍隊のとる対応は一つしかない。
384: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/09/13(火) 04:35:01 ID:???
【何故、銃を向ける!!彼らは4thと5thだぞ!!】
未だ混乱の収まる気配も見せない司令室。強い剣幕でドイツ支部の職員達が冬月へと詰め寄っていた。感情的になっているのか、母国語で。
【これが本部の!!貴重、かつ希少な適格者に対する対応なのか!!】
【…ドイツ語を解する者が全てではないとはいえ、いないわけでもない。何を口にしているかをよく考えたまえ】
【自分こそ、この行動の意味を考えろ!!】
戦自の職員達は知らん顔で関係各所との対応に追われていたが、情報が一端にせよ勢い良く漏れていることは確かだろう。ダダ漏れだ。まぁ…今に始まった話ではないか。
彼らの抗議は確かにもっともだったが、開く手段も目処もない箱の中に押し込んだ上、輸送機に宙吊りという危険極まる手段でここまで運んできた連中に言われても説得力は無い。
どう見るべきか。彼らが恐れているのは純粋に適格者が発砲によって怪我を負うことか、むしろ『怪我をしない場合』のことか。それとも…。
【…あの爆発にも関わらず健在。これをどう思うかね】
【何を言っている!死んでいればよかったとでもいうのか!!】
【そう…死んでいるはずだった。しかし…】
【生きていることに何の問題がある!!何故、この幸運を、事実を受け入れない!!生きてるはずがないから改めて殺すとでもいうのか!?
ふざけるな!5thは我々の成果だ!『黄昏の盲学校』の多くの犠牲の果てにようやく見つけ出した…。彼の力量は3rdのそれすら遥かに凌駕する!!それをよくも―…!】
「…連れて行け」
話にならない。幸運の一言で片付くことではない。これ以上、聞き捨てならない事実を撒き散らさせる訳にもいかず、冬月は警備に“撤去”を命じた。なおも喚き散らしながら、ドイツ支部の職員達は人で溢れた、ただでさえ狭い通路を通り辛そうに引きずられていった。
『…前者だな』
後者ならば彼らは最高機密の上を行く程の事実を知りえる立場にいることになるが、冬月は彼らがそうではないと踏んだ。
いくらか分かったこともある。少なくとも彼らの認識ではあの2人は貴重な適格者―片方は極めて優秀な―それ止まりらしい。
しかし明らかにアレはそれ止まりではない。
未だ混乱の収まる気配も見せない司令室。強い剣幕でドイツ支部の職員達が冬月へと詰め寄っていた。感情的になっているのか、母国語で。
【これが本部の!!貴重、かつ希少な適格者に対する対応なのか!!】
【…ドイツ語を解する者が全てではないとはいえ、いないわけでもない。何を口にしているかをよく考えたまえ】
【自分こそ、この行動の意味を考えろ!!】
戦自の職員達は知らん顔で関係各所との対応に追われていたが、情報が一端にせよ勢い良く漏れていることは確かだろう。ダダ漏れだ。まぁ…今に始まった話ではないか。
彼らの抗議は確かにもっともだったが、開く手段も目処もない箱の中に押し込んだ上、輸送機に宙吊りという危険極まる手段でここまで運んできた連中に言われても説得力は無い。
どう見るべきか。彼らが恐れているのは純粋に適格者が発砲によって怪我を負うことか、むしろ『怪我をしない場合』のことか。それとも…。
【…あの爆発にも関わらず健在。これをどう思うかね】
【何を言っている!死んでいればよかったとでもいうのか!!】
【そう…死んでいるはずだった。しかし…】
【生きていることに何の問題がある!!何故、この幸運を、事実を受け入れない!!生きてるはずがないから改めて殺すとでもいうのか!?
ふざけるな!5thは我々の成果だ!『黄昏の盲学校』の多くの犠牲の果てにようやく見つけ出した…。彼の力量は3rdのそれすら遥かに凌駕する!!それをよくも―…!】
「…連れて行け」
話にならない。幸運の一言で片付くことではない。これ以上、聞き捨てならない事実を撒き散らさせる訳にもいかず、冬月は警備に“撤去”を命じた。なおも喚き散らしながら、ドイツ支部の職員達は人で溢れた、ただでさえ狭い通路を通り辛そうに引きずられていった。
『…前者だな』
後者ならば彼らは最高機密の上を行く程の事実を知りえる立場にいることになるが、冬月は彼らがそうではないと踏んだ。
いくらか分かったこともある。少なくとも彼らの認識ではあの2人は貴重な適格者―片方は極めて優秀な―それ止まりらしい。
しかし明らかにアレはそれ止まりではない。
385: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/09/13(火) 04:36:09 ID:???
『日本人だよな…こいつら』
だからといって別段、何の抵抗や支障があるわけではないのだが、隊員の1人はなんとなくそう思った。口振りや仕草、顔立ちを見る限りではそれらしいのだが。
『…何か変だな』
銃口の先にいる彼は、ここにいる兵士の多くがさしたる感慨もなく引き金を引けてしまうことを分かっていないのか、場に不釣合いな程、穏やかな微笑みを称えながら、“相方”の人間性を全否定していた。
整った顔立ちの長身の少年だった。
黒いシャツに白いズボン、灰色にくすんだ髪。モノトーンな色使いの中、紅い瞳が目を引く。はだけた胸元からは銀の逆十字が。ルックスは人並以上といって申し分ないだろう。
もう1人ははっきりと不審な男性だった。先の少年より更に長身で、体格も一回りほど大きい。“男性”とはいったものの…年齢はよく分からない。
伸び放題の髪や、元の色が不明なくらい汚れているボロボロのTシャツや作業ズボンもアレだったが、何より異様なのは足元だった。
遠目にもはっきり分かるくらい、両足の長さが違う。あれではまともに立つことも出来ないだろう。そのせいか脇には杖が落ちているが、こちらもまたえらく半端な長さで、彼の長身を支えるには不充分だろう。
2人の格好は、それ自体よりも遥かに不自然だった。男性の方はズボンの裾などが若干、焼け焦げ、顔も煤けてはいるが、少年の方にはそれさえもない。
両者とも無傷である。男性が『コブが出来た』と言って頭をさすっているのはさておき。これほどの大爆発の『爆心地』にいた人間の出で立ちとは思えなかった。
まさか本気で撃たれるとは思っていないのか。殺されて死ぬということに実感が湧かないのか。
『“あれ”を直に経験してない世代は危機意識が欠如してるって言われるが…それにしても、な』
と。
今までまともに反応しなかった男がようやく口を開いた。
だからといって別段、何の抵抗や支障があるわけではないのだが、隊員の1人はなんとなくそう思った。口振りや仕草、顔立ちを見る限りではそれらしいのだが。
『…何か変だな』
銃口の先にいる彼は、ここにいる兵士の多くがさしたる感慨もなく引き金を引けてしまうことを分かっていないのか、場に不釣合いな程、穏やかな微笑みを称えながら、“相方”の人間性を全否定していた。
整った顔立ちの長身の少年だった。
黒いシャツに白いズボン、灰色にくすんだ髪。モノトーンな色使いの中、紅い瞳が目を引く。はだけた胸元からは銀の逆十字が。ルックスは人並以上といって申し分ないだろう。
もう1人ははっきりと不審な男性だった。先の少年より更に長身で、体格も一回りほど大きい。“男性”とはいったものの…年齢はよく分からない。
伸び放題の髪や、元の色が不明なくらい汚れているボロボロのTシャツや作業ズボンもアレだったが、何より異様なのは足元だった。
遠目にもはっきり分かるくらい、両足の長さが違う。あれではまともに立つことも出来ないだろう。そのせいか脇には杖が落ちているが、こちらもまたえらく半端な長さで、彼の長身を支えるには不充分だろう。
2人の格好は、それ自体よりも遥かに不自然だった。男性の方はズボンの裾などが若干、焼け焦げ、顔も煤けてはいるが、少年の方にはそれさえもない。
両者とも無傷である。男性が『コブが出来た』と言って頭をさすっているのはさておき。これほどの大爆発の『爆心地』にいた人間の出で立ちとは思えなかった。
まさか本気で撃たれるとは思っていないのか。殺されて死ぬということに実感が湧かないのか。
『“あれ”を直に経験してない世代は危機意識が欠如してるって言われるが…それにしても、な』
と。
今までまともに反応しなかった男がようやく口を開いた。
386: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/09/13(火) 04:37:39 ID:???
「え。何?もしかして伏せろて言うてんの?」
第一声はそれだった。いくらかかすれてはいたが、風貌と比べると予想外に幼い声と口調だった。
指揮官は一瞬戸惑うものの、意を決して拡声器のスイッチを入れる。
「…その通りだ。手を頭の後ろで組み、うつ伏せになりなさい。指示に従えば危害を加えるようなことは―…」
「あー!やっぱそういうことか!いや…お手数かけて申し訳ない…。すんません、今…。
…おら!はよ、両手両足を頭の後ろで組んで寝転ばんかボケ!!」
呆れるくらい軽い物腰で男はそう言うと、脇に立っている少年をはたこうとし、避けられて空振りした。
「両手だけならやってやれなくはないけれど、両足ともなると大仕事だ。柔軟運動に数日は見てもらうことになるから、すぐというわけにはいかないよ?」
「早くするんや。そしたら兵隊さんがお前を速やかに撃ち殺してくれるから。ええか。兵隊さんはずっと、お前に話しかけとったんや。あまり恥をかかすな…!」
『ガッ…!!!』
銃弾が耳障りな音を立てて2人の横の地面のコンクリートを削った。
「いい加減にしろ!!警告はお前達両方に向けて発している!!これ以上、我々に対して挑発的な態度を取った場合は―…!」
指揮官は感情を向き出しに叫んだ。しかし―…。
『…外れたね』
『へったくそやなぁ。俺なんか生まれてこの方、一発も外したことないわ』
『へぇ。それは凄いな。それは誇っていいことだよ。他の全てで人に劣っている分、どこかで辻褄を合わせているということか。なかなか良く出来ているものだね』
『なんちゅうても一度も撃ったことが無いからな』
『………』
唖然とするしかない。肝が座っているとかいう話ではない。あまりに鈍感すぎる。目の前の危険と害意に対して。弾が“外れた”という認識があるなら、当たっていたらという考えに何故至らないのか。
もはや叫ぶ言葉も見つからず、指揮官は拡声器のスイッチを切って碇の方を伺った。
第一声はそれだった。いくらかかすれてはいたが、風貌と比べると予想外に幼い声と口調だった。
指揮官は一瞬戸惑うものの、意を決して拡声器のスイッチを入れる。
「…その通りだ。手を頭の後ろで組み、うつ伏せになりなさい。指示に従えば危害を加えるようなことは―…」
「あー!やっぱそういうことか!いや…お手数かけて申し訳ない…。すんません、今…。
…おら!はよ、両手両足を頭の後ろで組んで寝転ばんかボケ!!」
呆れるくらい軽い物腰で男はそう言うと、脇に立っている少年をはたこうとし、避けられて空振りした。
「両手だけならやってやれなくはないけれど、両足ともなると大仕事だ。柔軟運動に数日は見てもらうことになるから、すぐというわけにはいかないよ?」
「早くするんや。そしたら兵隊さんがお前を速やかに撃ち殺してくれるから。ええか。兵隊さんはずっと、お前に話しかけとったんや。あまり恥をかかすな…!」
『ガッ…!!!』
銃弾が耳障りな音を立てて2人の横の地面のコンクリートを削った。
「いい加減にしろ!!警告はお前達両方に向けて発している!!これ以上、我々に対して挑発的な態度を取った場合は―…!」
指揮官は感情を向き出しに叫んだ。しかし―…。
『…外れたね』
『へったくそやなぁ。俺なんか生まれてこの方、一発も外したことないわ』
『へぇ。それは凄いな。それは誇っていいことだよ。他の全てで人に劣っている分、どこかで辻褄を合わせているということか。なかなか良く出来ているものだね』
『なんちゅうても一度も撃ったことが無いからな』
『………』
唖然とするしかない。肝が座っているとかいう話ではない。あまりに鈍感すぎる。目の前の危険と害意に対して。弾が“外れた”という認識があるなら、当たっていたらという考えに何故至らないのか。
もはや叫ぶ言葉も見つからず、指揮官は拡声器のスイッチを切って碇の方を伺った。
387: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/09/13(火) 04:38:38 ID:???
車両の陰。2人からは目視できない位置から、モニター越しに碇は2人を観察していた。
「碇司令…あちらは…あちらはこちらを完全に…」
言われるまでもない。集音機によって囁きまでも把握している。間違いなく、なめられている。しかし碇は判断に迷っていた。
別に難しい話ではない。そう選択肢が多い訳ではない。
しかし思惑が読めない。少なくとも向こうは伏せろという指示には従う気が無いらしいが、これをどう解釈するか。敵対の意思表示とまで捉えてしまうと、いささか行き過ぎか。
仮に発砲したとして弾が当たれば当然、大変な事態だ。だが弾が当たらなかったら、『照準以外の理由で弾が命中しなかったら』…もっと大変な事態だ。
その場合、威嚇の域を超えた、その明確な攻撃を2人はどう受け取り、どう行動するのか。
『どうする碇…!?連中もいつまでもじっとしてはいないぞ!?』
「………」
回線からは冬月の切羽詰った声が聞こえる。
『2人の移送、そしてそれにあたり【ARK】を用いることを直接、指示したのはまず間違いなく、委員会だ。しかしこの事態までが計算の内とは思えん』
「既に“シナリオから外れている”と?」
『老人たちがこんな、耳目を集める事を好んで行うとは思えん。彼らが始めから自分の意思で老人たちの与えた役を演じていたかどうかは分からんが…』
「確かに老人たちにしてみれば…得るものは何も無い。しかし仮にこれが老人たちに造反した彼らだけの判断による行動だったとして…その目的は何だ」
『………』
「奇襲だとするならば、それに適した状況は他にあったはずだ。何故今だ?」
『…わからない。ただ…』
冬月には言えることはそれが精一杯だった。
『…レイの到着は直だ』
それも選択肢の一つだが…このまま“そう”なってしまうのか。
「碇司令…あちらは…あちらはこちらを完全に…」
言われるまでもない。集音機によって囁きまでも把握している。間違いなく、なめられている。しかし碇は判断に迷っていた。
別に難しい話ではない。そう選択肢が多い訳ではない。
しかし思惑が読めない。少なくとも向こうは伏せろという指示には従う気が無いらしいが、これをどう解釈するか。敵対の意思表示とまで捉えてしまうと、いささか行き過ぎか。
仮に発砲したとして弾が当たれば当然、大変な事態だ。だが弾が当たらなかったら、『照準以外の理由で弾が命中しなかったら』…もっと大変な事態だ。
その場合、威嚇の域を超えた、その明確な攻撃を2人はどう受け取り、どう行動するのか。
『どうする碇…!?連中もいつまでもじっとしてはいないぞ!?』
「………」
回線からは冬月の切羽詰った声が聞こえる。
『2人の移送、そしてそれにあたり【ARK】を用いることを直接、指示したのはまず間違いなく、委員会だ。しかしこの事態までが計算の内とは思えん』
「既に“シナリオから外れている”と?」
『老人たちがこんな、耳目を集める事を好んで行うとは思えん。彼らが始めから自分の意思で老人たちの与えた役を演じていたかどうかは分からんが…』
「確かに老人たちにしてみれば…得るものは何も無い。しかし仮にこれが老人たちに造反した彼らだけの判断による行動だったとして…その目的は何だ」
『………』
「奇襲だとするならば、それに適した状況は他にあったはずだ。何故今だ?」
『…わからない。ただ…』
冬月には言えることはそれが精一杯だった。
『…レイの到着は直だ』
それも選択肢の一つだが…このまま“そう”なってしまうのか。
388: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/09/13(火) 04:40:01 ID:???
「対応は変わらず…か」
包囲を輪を眺めながら何でもないような仕草を装い、口元に手をあてがい、唇を隠す。
「いつまでもこうしている訳にもいかないね」
先ほどまでと違い、二人の声は2m程行ったところから、ぷっつりと聞こえなくなっている。実はそこを境に空気の流れさえも遮断されているのだが、傍目になんら変わった様子は無い。
ちらりと隣を伺う。暗闇の中でももしやとは思ったが、実際見てみるとやはり、といった感じだった。
「…顔色が悪いようだけど」
「…便所行きたいだけや。心配いらん」
「…顔が悪いようだけど」
「…お前の目が悪いだけや。心配いらん」
振った話には律儀にきっちり反応を返してくるが、その合間合間に挟まれるブレスは随分と荒いものになっている。肩も大きく上下している。
彼の口振りよりは深刻ではないのだろうか。
「…どこってこともないけど…そろそろ行こうか」
「…せやな」
2人はゆっくりと動き始めた。
「…どうした?」
「いえ…機材の調子が…?」
2人が荷物を拾い出すのに前後して会話が拾えなくなり、碇は舌打ちした。担当技官が慌てて機材を調整するが…何にしてもそろそろ判断を下さなければならない。碇は大きく息を吸い込み―…
「通信を本部、及びへと繋げ。至急―…」
「鈴原君…?」
隣で声がした。たった今、この場へとやってきたらしいリツコが唖然とした様子で2人の方を見つめている。
「赤木君、君は戻れと―」
碇が声をかける間に、止めようとする兵士らの間を縫ってリツコは包囲の前へと出る。移動の支度をしていた2人がそれに気付き、訝しげにリツコの方を向いた。
「貴方…鈴原トウジ君…よね?」
男は…鈴原トウジはぼんやりとリツコの顔を見つめている。
包囲を輪を眺めながら何でもないような仕草を装い、口元に手をあてがい、唇を隠す。
「いつまでもこうしている訳にもいかないね」
先ほどまでと違い、二人の声は2m程行ったところから、ぷっつりと聞こえなくなっている。実はそこを境に空気の流れさえも遮断されているのだが、傍目になんら変わった様子は無い。
ちらりと隣を伺う。暗闇の中でももしやとは思ったが、実際見てみるとやはり、といった感じだった。
「…顔色が悪いようだけど」
「…便所行きたいだけや。心配いらん」
「…顔が悪いようだけど」
「…お前の目が悪いだけや。心配いらん」
振った話には律儀にきっちり反応を返してくるが、その合間合間に挟まれるブレスは随分と荒いものになっている。肩も大きく上下している。
彼の口振りよりは深刻ではないのだろうか。
「…どこってこともないけど…そろそろ行こうか」
「…せやな」
2人はゆっくりと動き始めた。
「…どうした?」
「いえ…機材の調子が…?」
2人が荷物を拾い出すのに前後して会話が拾えなくなり、碇は舌打ちした。担当技官が慌てて機材を調整するが…何にしてもそろそろ判断を下さなければならない。碇は大きく息を吸い込み―…
「通信を本部、及びへと繋げ。至急―…」
「鈴原君…?」
隣で声がした。たった今、この場へとやってきたらしいリツコが唖然とした様子で2人の方を見つめている。
「赤木君、君は戻れと―」
碇が声をかける間に、止めようとする兵士らの間を縫ってリツコは包囲の前へと出る。移動の支度をしていた2人がそれに気付き、訝しげにリツコの方を向いた。
「貴方…鈴原トウジ君…よね?」
男は…鈴原トウジはぼんやりとリツコの顔を見つめている。
568: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/10/18(火) 23:29:51 ID:???
反応は恐ろしく鈍かった。
たっぷり数秒の間を置いてからトウジはようやく『あぁ…』という顔をして、荷物をかき集める作業に戻った。返事はなかった。
リツコの自信が揺らぐ。失踪していた4thのあまりに変わり果てた風貌に動揺しながらも、それなりに確信を持って声をかけただけに。現場指揮官がやきもきした様子で状況を見守っていた。
場に不釣合いなほどに豊かだった表情の全てが一瞬にして消えて失せたトウジを見て少年が―…渚カヲルがリツコにも聞こえる中途半端な小声で尋ねる。
「…誰だい?」
「………。…何やったっけ。赤木…赤木リツコさんか」
「赤木リツコ―…へぇ…貴方がE計画責任者の…」
むしろカヲルの方が興味深そうにリツコを眺める。無遠慮なその視線に居心地の悪さを感じながらも、リツコはなんとか次の言葉を投げかけた。
「…鈴原くん。大丈夫…?」
「何がや」
視線すらよこさない、口振り以上に横柄な態度。この少年に敬語以外を投げかけられるのは初めてのことだった。リツコは怒りや不快感などではなく、何か薄ら寒さを感じた。
「………。怪我とか…問題のある箇所とか」
「…あるで」
「え…どこ…?」
「左脚や」
「………」
被害者にこれを言われてしまったら会話は終わってしまう。
確かに“問題のある箇所”なのだろうが、それを言われてしまうと…返す言葉が無い。
たっぷり数秒の間を置いてからトウジはようやく『あぁ…』という顔をして、荷物をかき集める作業に戻った。返事はなかった。
リツコの自信が揺らぐ。失踪していた4thのあまりに変わり果てた風貌に動揺しながらも、それなりに確信を持って声をかけただけに。現場指揮官がやきもきした様子で状況を見守っていた。
場に不釣合いなほどに豊かだった表情の全てが一瞬にして消えて失せたトウジを見て少年が―…渚カヲルがリツコにも聞こえる中途半端な小声で尋ねる。
「…誰だい?」
「………。…何やったっけ。赤木…赤木リツコさんか」
「赤木リツコ―…へぇ…貴方がE計画責任者の…」
むしろカヲルの方が興味深そうにリツコを眺める。無遠慮なその視線に居心地の悪さを感じながらも、リツコはなんとか次の言葉を投げかけた。
「…鈴原くん。大丈夫…?」
「何がや」
視線すらよこさない、口振り以上に横柄な態度。この少年に敬語以外を投げかけられるのは初めてのことだった。リツコは怒りや不快感などではなく、何か薄ら寒さを感じた。
「………。怪我とか…問題のある箇所とか」
「…あるで」
「え…どこ…?」
「左脚や」
「………」
被害者にこれを言われてしまったら会話は終わってしまう。
確かに“問題のある箇所”なのだろうが、それを言われてしまうと…返す言葉が無い。
569: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/10/18(火) 23:31:24 ID:???
したり顔で人柄を語れるような親しい間柄ではない。
しかし彼女の知る鈴原トウジは一見しただけで分かるくらい単純でまっすぐな少年だったはずで、間違ってもこういう嫌味を、どうにもならない難癖をぶつけてくる人間ではなかった。
流石に二の句が告げずに黙り込むリツコだったが―…
「“替え”や」
「え…」
トウジが荷物の中から金属の棒のようなものを取り出し、放ってよこした。とっさに手を差し出し、受け取ったリツコの手に、重量感のある見た目からは想像できないような“軽さ”がのしかかった。それは―…
「義足…?」
それはNERVがリハビリの一環としてトウジへと無償で提供した超高性能の義足…の残骸だった。
戦自の医療班と次世代兵器の可能性を模索するチームとが共同で開発中の試作品にNERVの技術局一課が手を加えた代物で、厳密なテストこそ行っていないが、少々乱暴に扱った程度でガタが来る様な造りにはなっていないはずなのだが―…。
指はねじれ、人工皮膚はことごとく剥がれ、配線はむき出しになり―…要するにボロボロになってしまっている。
「サイズが合わへん。クーリングオフや。“替え”をくれ。歩かれへん」
さんざん使い込んだ跡が残っていながら今更のようにトウジは要求した。大体、オーダーメイドで製造したのだから、サイズが合わないという言い草は無茶苦茶だった。
「…合わないのは貴方の体が急激に大きくなったからよ」
「人のせいにすんな。洗ったら縮んだんや。不良品や。金返せ」
「縮むって…安物のセーターじゃないんだから…」
「何にしても俺の“左足”いうたらそれや。無かったら困る」
やはりこちらに目をくれようともしない。しかしその声に責めるような素振りはなかった。
リツコはしばし“それ”に目を落とし、それから一番近くにいた職員を呼び寄せ、それを渡した。
しかし彼女の知る鈴原トウジは一見しただけで分かるくらい単純でまっすぐな少年だったはずで、間違ってもこういう嫌味を、どうにもならない難癖をぶつけてくる人間ではなかった。
流石に二の句が告げずに黙り込むリツコだったが―…
「“替え”や」
「え…」
トウジが荷物の中から金属の棒のようなものを取り出し、放ってよこした。とっさに手を差し出し、受け取ったリツコの手に、重量感のある見た目からは想像できないような“軽さ”がのしかかった。それは―…
「義足…?」
それはNERVがリハビリの一環としてトウジへと無償で提供した超高性能の義足…の残骸だった。
戦自の医療班と次世代兵器の可能性を模索するチームとが共同で開発中の試作品にNERVの技術局一課が手を加えた代物で、厳密なテストこそ行っていないが、少々乱暴に扱った程度でガタが来る様な造りにはなっていないはずなのだが―…。
指はねじれ、人工皮膚はことごとく剥がれ、配線はむき出しになり―…要するにボロボロになってしまっている。
「サイズが合わへん。クーリングオフや。“替え”をくれ。歩かれへん」
さんざん使い込んだ跡が残っていながら今更のようにトウジは要求した。大体、オーダーメイドで製造したのだから、サイズが合わないという言い草は無茶苦茶だった。
「…合わないのは貴方の体が急激に大きくなったからよ」
「人のせいにすんな。洗ったら縮んだんや。不良品や。金返せ」
「縮むって…安物のセーターじゃないんだから…」
「何にしても俺の“左足”いうたらそれや。無かったら困る」
やはりこちらに目をくれようともしない。しかしその声に責めるような素振りはなかった。
リツコはしばし“それ”に目を落とし、それから一番近くにいた職員を呼び寄せ、それを渡した。
570: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/10/18(火) 23:32:53 ID:???
リツコが合図を送ると、碇が部隊全員に銃を下ろすように指示を下した。
兵士達は何がどうなっていたのか、果たして自分たちが危険と相対していたのかどうかも分からない釈然としない表情のまま指示に従い、その多くは装備を置いて、『ARK』周辺での作業に流れていった。そしてリツコは2人へと再度向き直った。
「…これで会話を成立させてくれるかしら」
「助かります。ようやく落ち着いて話が出来る」
「いきなり地べたに寝転べ言われたかてなぁ。こっちはウンコもれそうやいうのに」
「…確かにあまり快適ではない長旅をしてきた人にするには失礼な応対だったわね。謝罪するわ」
カヲルは肩をすくめてみせ、トウジはぶつぶつと呟く。無駄に時間は取らされたが、一応、丸く収まるようである。
リツコは改めて2人を見渡す。聞きたい事は山ほどある。なぜドイツにいたのか。その姿はどうしたのか。何故、このタイミングで五人目が選出されたのか。これだけの爆発にもかかわらず、何故五体満足で(若干の語弊があるが)いられたのか。
「…色々と尋ねたいところだけれど…ここはそれをするのにふさわしい場所ではないわね。とりあえず―…」
「とりあえず嗽(うがい)をさせて下さい。その後、おいしいダージリンティーを頂きたいな」
「とりあえずウンコさして下さい。その後、拭き味抜群の便所紙を頂きたいわ」
リツコの言葉を遮り、2人が要求を口にする。
「…とりあえず…一緒に来てくれる?詳しい話は後で聞くわ。鈴原君、車椅子や担架は必要かしら?」
「松葉杖でええ。それよりも便所や。このままやと…ヤバイ」
「貴方も構わないわね。渚…カヲル君でいいのかしら」
「ええ、赤木博士。ご高名はかねがね」
「怪我は?」
「おかげさまで」
「…そう。じゃあ少し待っていてくれる?車を回すわ」
言い知れぬ違和感を抱えたまま、リツコは2人に背を向けた。
兵士達は何がどうなっていたのか、果たして自分たちが危険と相対していたのかどうかも分からない釈然としない表情のまま指示に従い、その多くは装備を置いて、『ARK』周辺での作業に流れていった。そしてリツコは2人へと再度向き直った。
「…これで会話を成立させてくれるかしら」
「助かります。ようやく落ち着いて話が出来る」
「いきなり地べたに寝転べ言われたかてなぁ。こっちはウンコもれそうやいうのに」
「…確かにあまり快適ではない長旅をしてきた人にするには失礼な応対だったわね。謝罪するわ」
カヲルは肩をすくめてみせ、トウジはぶつぶつと呟く。無駄に時間は取らされたが、一応、丸く収まるようである。
リツコは改めて2人を見渡す。聞きたい事は山ほどある。なぜドイツにいたのか。その姿はどうしたのか。何故、このタイミングで五人目が選出されたのか。これだけの爆発にもかかわらず、何故五体満足で(若干の語弊があるが)いられたのか。
「…色々と尋ねたいところだけれど…ここはそれをするのにふさわしい場所ではないわね。とりあえず―…」
「とりあえず嗽(うがい)をさせて下さい。その後、おいしいダージリンティーを頂きたいな」
「とりあえずウンコさして下さい。その後、拭き味抜群の便所紙を頂きたいわ」
リツコの言葉を遮り、2人が要求を口にする。
「…とりあえず…一緒に来てくれる?詳しい話は後で聞くわ。鈴原君、車椅子や担架は必要かしら?」
「松葉杖でええ。それよりも便所や。このままやと…ヤバイ」
「貴方も構わないわね。渚…カヲル君でいいのかしら」
「ええ、赤木博士。ご高名はかねがね」
「怪我は?」
「おかげさまで」
「…そう。じゃあ少し待っていてくれる?車を回すわ」
言い知れぬ違和感を抱えたまま、リツコは2人に背を向けた。
571: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/10/18(火) 23:34:40 ID:???
「どうだ?」
戻ってきたリツコに碇が険しい表情で尋ねる。対するリツコの表情は碇以上に険しかった。
「…4th本人には間違いないと思われます。指示に従わなかったことには特に深い意図は無いようです。ただ…」
「何だ?」
「…いえ。少し…変わった部分もあるようです。あくまで私個人の印象ですが。
同行することには同意しています。5thについても同様です」
「………」
思案するように碇は雑談中の2人を見やる。
「―この後は?」
「4thが排便を要求しています。こちらでトイレに行かせてから本部へと―…」
「後にさせろ。本部についてからだ」
「…司令、彼はいくつかの内臓と器官に重い障害を抱えています。特に腎機能のそれはとりわけ深刻で…」
「後だ」
「…はい」
口をつぐむリツコに構わず、碇は冬月へと通信を繋いだ。
「冬月、零号機の空輸を中止する」
『既に離陸済みだ。間もなくこちらに到着する』
「現状、ここに着陸させることは出来ん。こちらの状況を伝えてそのまま引き返させろ」
そう言いながら碇が、ふと身体をひるがしたときだった。
「――!」
目が合った。
トウジはぼんやりとこちらを眺めていただけだったが、碇に気付くなり、訝しげな表情へと変わり、やがて何らかの確信を持った様子で傍らのカヲルをつつく。そしてはっきりと碇を指し―…。
すぐ、その場を離れるべきだった。そのことに遅まきながら気付き、身を翻そうとしたが―…遅かった。
指の先に碇の姿を認めたカヲルの口元が吊り上がる。そしてゆっくりと歩を進め―…。
『…碇?』
ポケットの中、右手が一度、大きく蠢いた。
戻ってきたリツコに碇が険しい表情で尋ねる。対するリツコの表情は碇以上に険しかった。
「…4th本人には間違いないと思われます。指示に従わなかったことには特に深い意図は無いようです。ただ…」
「何だ?」
「…いえ。少し…変わった部分もあるようです。あくまで私個人の印象ですが。
同行することには同意しています。5thについても同様です」
「………」
思案するように碇は雑談中の2人を見やる。
「―この後は?」
「4thが排便を要求しています。こちらでトイレに行かせてから本部へと―…」
「後にさせろ。本部についてからだ」
「…司令、彼はいくつかの内臓と器官に重い障害を抱えています。特に腎機能のそれはとりわけ深刻で…」
「後だ」
「…はい」
口をつぐむリツコに構わず、碇は冬月へと通信を繋いだ。
「冬月、零号機の空輸を中止する」
『既に離陸済みだ。間もなくこちらに到着する』
「現状、ここに着陸させることは出来ん。こちらの状況を伝えてそのまま引き返させろ」
そう言いながら碇が、ふと身体をひるがしたときだった。
「――!」
目が合った。
トウジはぼんやりとこちらを眺めていただけだったが、碇に気付くなり、訝しげな表情へと変わり、やがて何らかの確信を持った様子で傍らのカヲルをつつく。そしてはっきりと碇を指し―…。
すぐ、その場を離れるべきだった。そのことに遅まきながら気付き、身を翻そうとしたが―…遅かった。
指の先に碇の姿を認めたカヲルの口元が吊り上がる。そしてゆっくりと歩を進め―…。
『…碇?』
ポケットの中、右手が一度、大きく蠢いた。
573: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/10/18(火) 23:53:53 ID:???
「…碇総司令ですか」
カヲルはまず、そう尋ねた。行く手を遮るべきなのか、そうでないのか。兵士らが判断を迷った結果、カヲルは碇の前に立っていた。
「…そうだ」
認めざるを得ない碇がそう答えると、カヲルはわずかに笑い、ちらりと振り返る。後ろではトウジが松葉杖に寄りかかりながら、『どないじゃ』と言わんばかりに腕を組み、ニヤニヤと笑っていた。
「ドイツ支部よりやってまいりました、渚カヲルです。
初めまして。総司令、お会いできて光栄です」
柔和な笑みと丁寧な挨拶と共にカヲルは“右手”をスッと差し出した。
「本日よりこちらでお世話になります」
握手。日本ではかしこまった席でも無い限り、そう頻繁に使うこともないが、行ったところで何のおかしいこともない。
が。碇はその手を握ろうとしない。
「…こちらは詳しい事情を把握できていない。どういう指示を受けている?」
「本部への出向を命じられています。期限などについては特に聞かされていません」
「…マルドゥック機関から適格者発見の報告は受けていない。正規のルートを経ずに送り込まれてきた君を5thと認定することには、二の足を踏まざるを得ない」
「僕の身元については委員会が保証しています。報告が遅れ、礼を失したことについては後日、説明、釈明があるでしょう。
委員会に照会して頂いた上で納得行くだけの検査、試験を行って下されば5thと呼んで差し支えないだけの資質があることを証明できると思います」
15の少年が総司令に相対して堂々たる対応だった。その間もずっと手は差し出されたままで。
いつまで経っても引っ込まない右手と、その手をいつまで経っても握ろうとしない右手の異様なやり取りにリツコも、周囲の人間も異様なものを感じ取り、妙な緊迫感が流れていた。
この会話が聞こえているはずの冬月も沈黙を守ったままだ。
限界だった。手を握らないでいる理由が無い。握手を断る理由が見つからない。そのときだった。
「…“左手”の方がよかったですね」
「…何?」
「“右手”はご都合が悪いんでしょう?」
この言葉は、何もかもがもうどうしようもない局面にまで追い込まれたことを表していた。
カヲルはまず、そう尋ねた。行く手を遮るべきなのか、そうでないのか。兵士らが判断を迷った結果、カヲルは碇の前に立っていた。
「…そうだ」
認めざるを得ない碇がそう答えると、カヲルはわずかに笑い、ちらりと振り返る。後ろではトウジが松葉杖に寄りかかりながら、『どないじゃ』と言わんばかりに腕を組み、ニヤニヤと笑っていた。
「ドイツ支部よりやってまいりました、渚カヲルです。
初めまして。総司令、お会いできて光栄です」
柔和な笑みと丁寧な挨拶と共にカヲルは“右手”をスッと差し出した。
「本日よりこちらでお世話になります」
握手。日本ではかしこまった席でも無い限り、そう頻繁に使うこともないが、行ったところで何のおかしいこともない。
が。碇はその手を握ろうとしない。
「…こちらは詳しい事情を把握できていない。どういう指示を受けている?」
「本部への出向を命じられています。期限などについては特に聞かされていません」
「…マルドゥック機関から適格者発見の報告は受けていない。正規のルートを経ずに送り込まれてきた君を5thと認定することには、二の足を踏まざるを得ない」
「僕の身元については委員会が保証しています。報告が遅れ、礼を失したことについては後日、説明、釈明があるでしょう。
委員会に照会して頂いた上で納得行くだけの検査、試験を行って下されば5thと呼んで差し支えないだけの資質があることを証明できると思います」
15の少年が総司令に相対して堂々たる対応だった。その間もずっと手は差し出されたままで。
いつまで経っても引っ込まない右手と、その手をいつまで経っても握ろうとしない右手の異様なやり取りにリツコも、周囲の人間も異様なものを感じ取り、妙な緊迫感が流れていた。
この会話が聞こえているはずの冬月も沈黙を守ったままだ。
限界だった。手を握らないでいる理由が無い。握手を断る理由が見つからない。そのときだった。
「…“左手”の方がよかったですね」
「…何?」
「“右手”はご都合が悪いんでしょう?」
この言葉は、何もかもがもうどうしようもない局面にまで追い込まれたことを表していた。
700: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/12/11(日) 22:54:38 ID:???
「…渚君、総司令は手に…火傷をなさっているの」
リツコが口を開くとカヲルはきょとんとした様子で2人の顔を見比べた。
「…火傷」
「ええ。両の手の平に。だから―」
リツコが喋っている中。碇は右手をポケットから出すと、左手の手袋を取り去った。顕になった手の平は、焼け爛れ、所々膿んでさえいる。リツコが少し顔をしかめ、非難するようにカヲルを睨んだ。
ここのところ、碇は人前で手袋を全く外さない。昨夜リツコを抱いたときでさえ例外ではなかった。
碇が手に火傷を負ったことは多くの職員が知っている。故に誰がそれを気にしていたということもないが、仮に誰かが尋ねたならば「最近、痛む」と答えていただろう。嘘ではなかった。左手に関しては。
右にこそ本当の理由があるのだが、左の惨状は言い訳としては申し分なかった。
そして今も。握手を断る理由としては十二分だ。
「右も似たようなものだ。
…このままでいいかね。それとも手袋を?右か?左か?」
しかしあえて碇はその見苦しい左手を差し出す。当てつけとばかりに。それは無駄なリスクとも言えたが…一つの賭けでもあった。
カヲルは傷痕を目の当たりにしたところで別段、表情を変えることもなかった。だが、しばらくすると小さくため息をつき、軽く頭を振ると―その手を下ろした。
「…知らずと大変な失礼を働いていたようですね」
「…いや。問題ない」
碇は左手に手袋をはめ直す。が、途中で取り落とす。拾おうと腰を屈めるが、寸前にカヲルが拾い上げ―…互いの右手が触れ合った。手袋の中、外側から分かるくらいに激しく“それ”は蠢いた。
「―――――」
一瞬、碇の一切の思考は停止したが―…
「お大事に」
カヲルは微笑んだまま、碇に手袋を差し出した。何も…何事も起こらなかった。
「………」
碇は蒼白の表情のまま、それを受け取ると、不自然なほど足早にカヲルの前から立ち去った。リツコが慌てて後を追った。
「司令…?」
「助かった…」
「は…?」
それが正直な心境だった。危険に見合っただけの濃度の濃い瞬間ではあったのだが。
『…寿命が縮んだぞ、碇』
「…話は後だ」
話が出来る状態ではない。背中ではようやくとばかりに汗が一気に噴き出していた。
カヲルはその背中を、やはり笑顔で見送っていた。
リツコが口を開くとカヲルはきょとんとした様子で2人の顔を見比べた。
「…火傷」
「ええ。両の手の平に。だから―」
リツコが喋っている中。碇は右手をポケットから出すと、左手の手袋を取り去った。顕になった手の平は、焼け爛れ、所々膿んでさえいる。リツコが少し顔をしかめ、非難するようにカヲルを睨んだ。
ここのところ、碇は人前で手袋を全く外さない。昨夜リツコを抱いたときでさえ例外ではなかった。
碇が手に火傷を負ったことは多くの職員が知っている。故に誰がそれを気にしていたということもないが、仮に誰かが尋ねたならば「最近、痛む」と答えていただろう。嘘ではなかった。左手に関しては。
右にこそ本当の理由があるのだが、左の惨状は言い訳としては申し分なかった。
そして今も。握手を断る理由としては十二分だ。
「右も似たようなものだ。
…このままでいいかね。それとも手袋を?右か?左か?」
しかしあえて碇はその見苦しい左手を差し出す。当てつけとばかりに。それは無駄なリスクとも言えたが…一つの賭けでもあった。
カヲルは傷痕を目の当たりにしたところで別段、表情を変えることもなかった。だが、しばらくすると小さくため息をつき、軽く頭を振ると―その手を下ろした。
「…知らずと大変な失礼を働いていたようですね」
「…いや。問題ない」
碇は左手に手袋をはめ直す。が、途中で取り落とす。拾おうと腰を屈めるが、寸前にカヲルが拾い上げ―…互いの右手が触れ合った。手袋の中、外側から分かるくらいに激しく“それ”は蠢いた。
「―――――」
一瞬、碇の一切の思考は停止したが―…
「お大事に」
カヲルは微笑んだまま、碇に手袋を差し出した。何も…何事も起こらなかった。
「………」
碇は蒼白の表情のまま、それを受け取ると、不自然なほど足早にカヲルの前から立ち去った。リツコが慌てて後を追った。
「司令…?」
「助かった…」
「は…?」
それが正直な心境だった。危険に見合っただけの濃度の濃い瞬間ではあったのだが。
『…寿命が縮んだぞ、碇』
「…話は後だ」
話が出来る状態ではない。背中ではようやくとばかりに汗が一気に噴き出していた。
カヲルはその背中を、やはり笑顔で見送っていた。
701: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/12/11(日) 23:59:23 ID:???
「色々と得るものの多い時間だったよ。なかなか面白いことを考え付く人だね」
「握手断られて何が嬉しいねん。アホか」
妙に満足げに戻って来たカヲルに早速トウジが毒づく。
「ヒゲと二言三言喋ったことのどこにそんな浮かれる要素があんねや」
「出会いの一時はその時間の長さに関係なく、互いに何かを残すものさ。
しかし君も意外と大したものだね。僕よりも早くアレに気付いた。“彼”の影響は君の感覚に影響を及ばすまでに―」
「けど似るもんやなぁ。親子いうのは」
「?」
「なんか連れに似てるなー思て目ぇ止めたら、背格好から服装から、何から何まで聞いてた話と一緒やって。
お前も『多分、あれ総司令やで』言うただけで、よぉノコノコ近付いていくわ。びっくりするわ!」
「………」
トウジは呆れるような、感心するような口振りでそう言う。カヲルの『…なんだ、そういうことか』という呟きが聞こえることはなかった。
「渡すものもあったんだけど、お急ぎのようだったから、まただね」
「しかし聞いてた以上のヘンコやな。たかがガキ、たかが兵隊風情には握手もしたらへんてか。どっかの野球チームのオーナーみたいやな。在京の球団の」
「候補がえらく限られるような気もするけど。怪我を引き合いに出されては流石にね」
「最後、渋々手ぇ出してたやん。何で握らへんかってん」
「握っても良かったんだけどね。いや、握るべきだったんだろうな。本当は。
でも…」
カヲルは少し俯き―
「…混乱したんだ。欲しがっていたものを余りに唐突に、余りにあっけなく目の前に差し出されたから…決意が揺らいだ。そのことに驚いた。
ドイツを発つ前に言われた、そのときは取るに取らないと思った負け惜しみに過ぎない言葉が…思ったよりも深く、僕の中に突き刺さっていたみたいで。
“迷い”というのかな。これは。
結論を先延ばしにしたかったんだ。もう一度確信し直せるだけの時間が欲しかったんだよ。確かめなきゃいけないこともあるしね」
「…そんなに総司令に会いたかったんかお前。ヒゲマニア?」
「君と話してても時間の無駄だね」
松葉杖を勢い良く蹴り飛ばすと、地面に体をぶつけ、悶絶するトウジを尻目にカヲルは車へと歩いていった。
「握手断られて何が嬉しいねん。アホか」
妙に満足げに戻って来たカヲルに早速トウジが毒づく。
「ヒゲと二言三言喋ったことのどこにそんな浮かれる要素があんねや」
「出会いの一時はその時間の長さに関係なく、互いに何かを残すものさ。
しかし君も意外と大したものだね。僕よりも早くアレに気付いた。“彼”の影響は君の感覚に影響を及ばすまでに―」
「けど似るもんやなぁ。親子いうのは」
「?」
「なんか連れに似てるなー思て目ぇ止めたら、背格好から服装から、何から何まで聞いてた話と一緒やって。
お前も『多分、あれ総司令やで』言うただけで、よぉノコノコ近付いていくわ。びっくりするわ!」
「………」
トウジは呆れるような、感心するような口振りでそう言う。カヲルの『…なんだ、そういうことか』という呟きが聞こえることはなかった。
「渡すものもあったんだけど、お急ぎのようだったから、まただね」
「しかし聞いてた以上のヘンコやな。たかがガキ、たかが兵隊風情には握手もしたらへんてか。どっかの野球チームのオーナーみたいやな。在京の球団の」
「候補がえらく限られるような気もするけど。怪我を引き合いに出されては流石にね」
「最後、渋々手ぇ出してたやん。何で握らへんかってん」
「握っても良かったんだけどね。いや、握るべきだったんだろうな。本当は。
でも…」
カヲルは少し俯き―
「…混乱したんだ。欲しがっていたものを余りに唐突に、余りにあっけなく目の前に差し出されたから…決意が揺らいだ。そのことに驚いた。
ドイツを発つ前に言われた、そのときは取るに取らないと思った負け惜しみに過ぎない言葉が…思ったよりも深く、僕の中に突き刺さっていたみたいで。
“迷い”というのかな。これは。
結論を先延ばしにしたかったんだ。もう一度確信し直せるだけの時間が欲しかったんだよ。確かめなきゃいけないこともあるしね」
「…そんなに総司令に会いたかったんかお前。ヒゲマニア?」
「君と話してても時間の無駄だね」
松葉杖を勢い良く蹴り飛ばすと、地面に体をぶつけ、悶絶するトウジを尻目にカヲルは車へと歩いていった。
823: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/12/31(土) 22:19:25 ID:???
「模擬体の準備…?今から?」
ようやく眠れると思った矢先だ。クッションを手に仮眠室に向かおうとしていたマヤの手が力なく下がる。
『えぇ!碇司令の指示よ!すぐに準備をさせて!』
「…はい。了解しました」
『何!?聞こえないわ!』
「り、了解しました!」
受話器の向こうは随分と騒がしい。青葉はリツコに聞こえるように残り少ない体力を振り絞り、大声を張り上げた。リツコもまた、大声だったが、どうも妙な尖り方をしている。
半分、寝ていた青葉だったが自分を強引に引き戻し、メモ用紙に指示を殴り書いて別の職員に渡す。
「どの機体ですか?」
『どれでも構わないわ。最も早く支度が可能なものを。ただ、個体データはストックされているものを全て用意しておいて頂戴。3号機の分まで含めて。六号機のデータもこちらに送れるようならば送ってもらって。
とにかく現存するものを全て。模擬体に放り込める状態で。
…あぁ、それと。フリーサイズのプラグスーツを装備課から持ってこさせて。二着』
「全て…ですか」
椅子に座りなおしたマヤが、その膨大な量の作業を行うことになるのが自分であることに気付き、呆然と青葉の方を見つめていた。
『司令と副司令はまもなくお戻りになるわ』
「あの…アスカは…」
『待たせておきなさい。結論が変わるわけじゃなし』
電話は一方的に切られた。途方に暮れる青葉のところにマヤが椅子をコロコロ転がしてやってくる。
「どうしてそんなデータが必要なの?零号機も飛ばしたかと思ったら、そのまんま戻ってくるし」
「知るかよ」
「一つだけはっきりしてるのは…まだ寝るなってことね」
「マヤちゃんはまだいいよ。さっき少しでも眠れただろ…」
決着した送還問題や、時間帯、ドイツ支部の事後処理、“ARK”、不可解な指示の数々…それらを総合して考えると、今からシンクロテストというのは全く不自然で。そう、考える以上に不自然だったのだが―今の2人にそんなことを考える余裕はなかった。
眠過ぎた。
「日向君…まだかしら」
「昼からとか言ってないで早く来いよな…」
まぁ、一人増えたところで作業量はさほど変わる訳がない。単に自分がキツイ思いをしているときにしていない人間がいるのが許せないだけなのだが。
2人は深く長いため息をつくと、気合を入れ直し、仕事を開始した。
ようやく眠れると思った矢先だ。クッションを手に仮眠室に向かおうとしていたマヤの手が力なく下がる。
『えぇ!碇司令の指示よ!すぐに準備をさせて!』
「…はい。了解しました」
『何!?聞こえないわ!』
「り、了解しました!」
受話器の向こうは随分と騒がしい。青葉はリツコに聞こえるように残り少ない体力を振り絞り、大声を張り上げた。リツコもまた、大声だったが、どうも妙な尖り方をしている。
半分、寝ていた青葉だったが自分を強引に引き戻し、メモ用紙に指示を殴り書いて別の職員に渡す。
「どの機体ですか?」
『どれでも構わないわ。最も早く支度が可能なものを。ただ、個体データはストックされているものを全て用意しておいて頂戴。3号機の分まで含めて。六号機のデータもこちらに送れるようならば送ってもらって。
とにかく現存するものを全て。模擬体に放り込める状態で。
…あぁ、それと。フリーサイズのプラグスーツを装備課から持ってこさせて。二着』
「全て…ですか」
椅子に座りなおしたマヤが、その膨大な量の作業を行うことになるのが自分であることに気付き、呆然と青葉の方を見つめていた。
『司令と副司令はまもなくお戻りになるわ』
「あの…アスカは…」
『待たせておきなさい。結論が変わるわけじゃなし』
電話は一方的に切られた。途方に暮れる青葉のところにマヤが椅子をコロコロ転がしてやってくる。
「どうしてそんなデータが必要なの?零号機も飛ばしたかと思ったら、そのまんま戻ってくるし」
「知るかよ」
「一つだけはっきりしてるのは…まだ寝るなってことね」
「マヤちゃんはまだいいよ。さっき少しでも眠れただろ…」
決着した送還問題や、時間帯、ドイツ支部の事後処理、“ARK”、不可解な指示の数々…それらを総合して考えると、今からシンクロテストというのは全く不自然で。そう、考える以上に不自然だったのだが―今の2人にそんなことを考える余裕はなかった。
眠過ぎた。
「日向君…まだかしら」
「昼からとか言ってないで早く来いよな…」
まぁ、一人増えたところで作業量はさほど変わる訳がない。単に自分がキツイ思いをしているときにしていない人間がいるのが許せないだけなのだが。
2人は深く長いため息をつくと、気合を入れ直し、仕事を開始した。
824: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/12/31(土) 22:21:06 ID:???
「私物はこれだけですか?」
「はい…」
総務課のデスクの上に置いたいくつかのダンボールの前。職員の問いかけにアスカは力なく答えた。
わずかな、女の子の私物としては本当にわずかな、さびしい量だった。私物のほとんどは家と共に燃えてしまっている。思い出と共に。ここにあるのはそれの残骸。思い出の燃え残りだった。
「確かですね。もし、後から見つかった場合、自宅に送られるまでに時間がかかる場合があります。場合によっては捨てられることも。
よろしいですか?」
「はい…」
「分かりました」
言うなり、職員は手にしたガムテープで箱を手際よく、梱包し始めた。蓋が閉じられ、思い出の残骸に両面テープが封がされると、アスカは静かに目を閉じた。
アスカの荷物は部屋に置いたカバンの中にあるだけとなった。
朝。アスカはシャワーを浴び、髪を乾かし、軽く化粧をし、少し早めに部屋を出た。そして全てを承知で発令所区画へのゲートの前、IDカードをかざした。
液晶画面には耳障りな音と主に、“ERROR”が表示された。アスカはその表示をじっと見つめ、もう一度カードをスリットを通らせ、何も状況が変わらないことを確認すると、発令所へと連絡を入れた。
事務作業という観点からいうと、もう既にアスカは部外者だった。
時刻は7時前。もう少し待たされるようだが、今日これから、いよいよ名実共にパイロットではなくなる。
「備品の返却は?まだお済みではないですか?」
「はい…」
「ではこちらのリストのものが全てお揃いかどうか確認してください。記されていないものをお持ちの場合、または記されてはいるが見つからない場合は―…」
「あの…その前にちょっとだけいいですか?」
「…何?」
「どうしてもお別れを言っておきたい相手がいるんです」
「…そういったことは昨日までに…」
「多分…ココに来てから、一番お世話になったんです。だから…」
アスカの要求は昨日までならばなんでもないことだったが、今となっては少し、度が過ぎた願いで。事務員は少し考え、発令所に連絡を入れてから、許可証を発行した。
「…ありがとう」
そう言ってアスカはケイジへと向かった。
「はい…」
総務課のデスクの上に置いたいくつかのダンボールの前。職員の問いかけにアスカは力なく答えた。
わずかな、女の子の私物としては本当にわずかな、さびしい量だった。私物のほとんどは家と共に燃えてしまっている。思い出と共に。ここにあるのはそれの残骸。思い出の燃え残りだった。
「確かですね。もし、後から見つかった場合、自宅に送られるまでに時間がかかる場合があります。場合によっては捨てられることも。
よろしいですか?」
「はい…」
「分かりました」
言うなり、職員は手にしたガムテープで箱を手際よく、梱包し始めた。蓋が閉じられ、思い出の残骸に両面テープが封がされると、アスカは静かに目を閉じた。
アスカの荷物は部屋に置いたカバンの中にあるだけとなった。
朝。アスカはシャワーを浴び、髪を乾かし、軽く化粧をし、少し早めに部屋を出た。そして全てを承知で発令所区画へのゲートの前、IDカードをかざした。
液晶画面には耳障りな音と主に、“ERROR”が表示された。アスカはその表示をじっと見つめ、もう一度カードをスリットを通らせ、何も状況が変わらないことを確認すると、発令所へと連絡を入れた。
事務作業という観点からいうと、もう既にアスカは部外者だった。
時刻は7時前。もう少し待たされるようだが、今日これから、いよいよ名実共にパイロットではなくなる。
「備品の返却は?まだお済みではないですか?」
「はい…」
「ではこちらのリストのものが全てお揃いかどうか確認してください。記されていないものをお持ちの場合、または記されてはいるが見つからない場合は―…」
「あの…その前にちょっとだけいいですか?」
「…何?」
「どうしてもお別れを言っておきたい相手がいるんです」
「…そういったことは昨日までに…」
「多分…ココに来てから、一番お世話になったんです。だから…」
アスカの要求は昨日までならばなんでもないことだったが、今となっては少し、度が過ぎた願いで。事務員は少し考え、発令所に連絡を入れてから、許可証を発行した。
「…ありがとう」
そう言ってアスカはケイジへと向かった。
825: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2005/12/31(土) 22:40:21 ID:???
いつものような仁王立ちではなく。私は見慣れたその顔を静かに見上げた。
「…今日でお別れよ。
立ち話でごめんね。ダメもとで最後に形だけでもって頼んでみたけど…やっぱダメみたい。
これからは別の奴と組むことになると思うわ。多分…かなりの確率で私の友達がやってくると思う。入れ替わり立ち代わりに。
アンタも色んな奴乗っけて大変よね。私も色んな奴に乗ったり乗せたりしたけどさ。
シモネタとか分かる?今、一応上手いこと言ったつもりなんだけど。え?上手くなかった?
…アンタと私。あんまり体の相性良くなかったのかな。それとも、心?
最初はもうちょっと上手くやれてたような気がしたんだけどなぁ…。気負ったりしないで…。
…わかんないな。もぅ。そんな前の話でもないのにね。
アンタのせいじゃないか。余計なことに浮気しまくったのは私なんだし。アンタとかお偉いさんとかに嫌われても当然よね。へへへ。
どうせ後、何年も続けられた仕事じゃないし。せいぜい後、1、2年…3年はちょっと厳しいか。
こんだけ長いこと乗って、何度も出撃して、何回も死ぬ一歩手前まで追い込まれたくせに大怪我やら深刻な精神汚染やら引きずることなく、五体満足で降りれたことは幸運に違いないのよね。
鈴原とか、これからも修羅場に立ち続けなきゃいけないシンジや1st、EVAに乗ることも出来ずにゴミ以下の扱いのまま逝った連中のこと思ったら…幸運以外の何でもない。それなりに暴れられたし。潮時っちゃ潮時かも。これ以上を望むのは贅沢ってもんよね。
でも…それでも…もう少しだけ…もうちょっとだけ…。
今なら…今日、乗ったらちゃんと…。いや…同じか…。乗ったらまた…。でも…。
…………………………。
ま!今更言っても仕方ないか!
今までありがとう。そんで…ごめんね。まぁその…色々…。痛い思いもさせたしさ。
新しい連中にはせいぜい大事に上手に扱ってもらいなさい。でも私より高い数値出したら許さないから。あはは♪
そんで…守ってあげて。シンジも。皆も。私にそうしてくれたみたいに。いい奴らなのよ、本当。だから」
「…アスカ」
マヤさんだ。迎えに来てくれたらしい。私は目元を拭い、咳払いをして声を作ってから答えた。
「…今、行きます。
…じゃあねっ☆」
何の返事があるはずもないけど。そんな風に私は相棒とお別れした。
「…今日でお別れよ。
立ち話でごめんね。ダメもとで最後に形だけでもって頼んでみたけど…やっぱダメみたい。
これからは別の奴と組むことになると思うわ。多分…かなりの確率で私の友達がやってくると思う。入れ替わり立ち代わりに。
アンタも色んな奴乗っけて大変よね。私も色んな奴に乗ったり乗せたりしたけどさ。
シモネタとか分かる?今、一応上手いこと言ったつもりなんだけど。え?上手くなかった?
…アンタと私。あんまり体の相性良くなかったのかな。それとも、心?
最初はもうちょっと上手くやれてたような気がしたんだけどなぁ…。気負ったりしないで…。
…わかんないな。もぅ。そんな前の話でもないのにね。
アンタのせいじゃないか。余計なことに浮気しまくったのは私なんだし。アンタとかお偉いさんとかに嫌われても当然よね。へへへ。
どうせ後、何年も続けられた仕事じゃないし。せいぜい後、1、2年…3年はちょっと厳しいか。
こんだけ長いこと乗って、何度も出撃して、何回も死ぬ一歩手前まで追い込まれたくせに大怪我やら深刻な精神汚染やら引きずることなく、五体満足で降りれたことは幸運に違いないのよね。
鈴原とか、これからも修羅場に立ち続けなきゃいけないシンジや1st、EVAに乗ることも出来ずにゴミ以下の扱いのまま逝った連中のこと思ったら…幸運以外の何でもない。それなりに暴れられたし。潮時っちゃ潮時かも。これ以上を望むのは贅沢ってもんよね。
でも…それでも…もう少しだけ…もうちょっとだけ…。
今なら…今日、乗ったらちゃんと…。いや…同じか…。乗ったらまた…。でも…。
…………………………。
ま!今更言っても仕方ないか!
今までありがとう。そんで…ごめんね。まぁその…色々…。痛い思いもさせたしさ。
新しい連中にはせいぜい大事に上手に扱ってもらいなさい。でも私より高い数値出したら許さないから。あはは♪
そんで…守ってあげて。シンジも。皆も。私にそうしてくれたみたいに。いい奴らなのよ、本当。だから」
「…アスカ」
マヤさんだ。迎えに来てくれたらしい。私は目元を拭い、咳払いをして声を作ってから答えた。
「…今、行きます。
…じゃあねっ☆」
何の返事があるはずもないけど。そんな風に私は相棒とお別れした。
948: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/01/01(日) 21:28:08 ID:???
「…戻ったかね」
執務室。入ってきたリツコに一足先に本部へと戻っていた冬月が尋ねた。
「…準備はどうにか完了しているようです。量産機のデータだけは不充分ですが」
「聞いている。まぁここの機体との適性さえ分かれば当面は問題なかろう」
「…司令は?」
室内には冬月1人だった。その冬月にしても、もう出るところだったらしい。
「もう実験室に向かった。自分で立ち会うつもりらしいな。実験の方はアイツに任せておけばいい。君が行く必要は無い。納得いくまでアイツがやりたいようにやるだろう。
君は発令所の方に―…疲れているかな?」
「え…?いえ。そんな…」
やつれた表情で焦点の合わない目を冬月に向けていたリツコだったが、指摘され、慌てて襟を正した。
それを見た冬月が苦笑交じりのため息をつく。
「問題続きで、まともに休めていないからな」
「いえ、そんな…」
NERVで一番、激務をこなしているのは間違いなく、既に還暦を迎えた冬月であり、その彼の前で弛んだ表情を見せていい道理が無かった。しかし。
「副司令に比べれば随分と楽をさせて頂いています。自分が疲れたなどと言えるような立場ではないことも承知しています。ただ…」
「………」
「いえ…私が1人で勝手に疲れているだけなので…」
リツコはそれでもなお、隠し切れない消耗ぶりを見せていた。冬月にも理由は大体、分かる。
真面目なリツコにとって本部へ戻るまでの時間が苦痛以外の何物でもなかったことは容易に想像できる。車の。ヘリの。リニアレールの同乗者がアレでは。あのやかましい2人では。
「…彼らの相手はしんどいかったかね」
「……」
リツコの消耗の原因は今頃、プラグの中に入っているはずの2人の適格者だ。
執務室。入ってきたリツコに一足先に本部へと戻っていた冬月が尋ねた。
「…準備はどうにか完了しているようです。量産機のデータだけは不充分ですが」
「聞いている。まぁここの機体との適性さえ分かれば当面は問題なかろう」
「…司令は?」
室内には冬月1人だった。その冬月にしても、もう出るところだったらしい。
「もう実験室に向かった。自分で立ち会うつもりらしいな。実験の方はアイツに任せておけばいい。君が行く必要は無い。納得いくまでアイツがやりたいようにやるだろう。
君は発令所の方に―…疲れているかな?」
「え…?いえ。そんな…」
やつれた表情で焦点の合わない目を冬月に向けていたリツコだったが、指摘され、慌てて襟を正した。
それを見た冬月が苦笑交じりのため息をつく。
「問題続きで、まともに休めていないからな」
「いえ、そんな…」
NERVで一番、激務をこなしているのは間違いなく、既に還暦を迎えた冬月であり、その彼の前で弛んだ表情を見せていい道理が無かった。しかし。
「副司令に比べれば随分と楽をさせて頂いています。自分が疲れたなどと言えるような立場ではないことも承知しています。ただ…」
「………」
「いえ…私が1人で勝手に疲れているだけなので…」
リツコはそれでもなお、隠し切れない消耗ぶりを見せていた。冬月にも理由は大体、分かる。
真面目なリツコにとって本部へ戻るまでの時間が苦痛以外の何物でもなかったことは容易に想像できる。車の。ヘリの。リニアレールの同乗者がアレでは。あのやかましい2人では。
「…彼らの相手はしんどいかったかね」
「……」
リツコの消耗の原因は今頃、プラグの中に入っているはずの2人の適格者だ。
949: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/01/01(日) 21:29:27 ID:???
「……。
…元々、私が子供がそう得意でないのもそうなんですが…その…」
リツコは言い辛そうにしていたが
「…昔から、“男子”が何人か集まったときのあの、無遠慮なテンションが苦手で…。
…学生の頃を思い出しました。」
「ははは!」
つかえたものを吐き出すような、吐き捨てるような呟きに冬月が声をあげて笑った。リツコは思わず、恥ずかしそうに俯く。
「ははは…。いや、すまんすまん。しかし“男子”というのは大抵はあんなものだな。
碇の息子ほど大人しい方が少ないように思うがな」
「副司令も?お若い頃はあんな風でしたか?」
「どうだろうな。私はあまり、大勢で騒ぐのを好む方ではなかったように思うが。まぁ…それなりにはやっとったよ。
あの二人は中でも特別、やかましい、面倒くさいタイプだがな」
「はぁ…」
教師をやっていた冬月の言葉だけになかなかに説得力はある。しかし、やはりリツコにはピンと来ない。どこまでも苦手なのだ。子供も。男も。
「しかし…。適格者と直接接する機会が多い君が子供が苦手なとは因果だな。
適格者が増えていくと、君の気苦労も増えるということか」
「…向いていないのかもしれません。この仕事に。ですからあんな…」
「…私の前では疲れた顔でも全然、構わんよ。下の者達の前でさえしなければな。
碇の前では出来んだろうしな」
軽口としての冬月の言葉にリツコが唇を噛み締める。
これ以上この話題を突っ込むと、またうっとうしい話がぶり返す。冬月は話をスルリと流した。
「では頼む。私は今から老人達と面談だ」
「はい。お任せください」
冬月が部屋を出、リツコは広い執務室に1人残された。思わず…ため息が出る。デスクの端に腰をかける。碇がいたら絶対に出来ない態度だ。
つくづく向いていない。とにかく向いていない。
確かに子供が嫌いというのはこの商売をする上では致命的かもしれないハンデと言えた。
シンジとアスカ。それぞれ問題の多い二人の面倒を見ながらの作戦部長。
ミサトはよくやっていた。リツコは心の底からそう思った。
…元々、私が子供がそう得意でないのもそうなんですが…その…」
リツコは言い辛そうにしていたが
「…昔から、“男子”が何人か集まったときのあの、無遠慮なテンションが苦手で…。
…学生の頃を思い出しました。」
「ははは!」
つかえたものを吐き出すような、吐き捨てるような呟きに冬月が声をあげて笑った。リツコは思わず、恥ずかしそうに俯く。
「ははは…。いや、すまんすまん。しかし“男子”というのは大抵はあんなものだな。
碇の息子ほど大人しい方が少ないように思うがな」
「副司令も?お若い頃はあんな風でしたか?」
「どうだろうな。私はあまり、大勢で騒ぐのを好む方ではなかったように思うが。まぁ…それなりにはやっとったよ。
あの二人は中でも特別、やかましい、面倒くさいタイプだがな」
「はぁ…」
教師をやっていた冬月の言葉だけになかなかに説得力はある。しかし、やはりリツコにはピンと来ない。どこまでも苦手なのだ。子供も。男も。
「しかし…。適格者と直接接する機会が多い君が子供が苦手なとは因果だな。
適格者が増えていくと、君の気苦労も増えるということか」
「…向いていないのかもしれません。この仕事に。ですからあんな…」
「…私の前では疲れた顔でも全然、構わんよ。下の者達の前でさえしなければな。
碇の前では出来んだろうしな」
軽口としての冬月の言葉にリツコが唇を噛み締める。
これ以上この話題を突っ込むと、またうっとうしい話がぶり返す。冬月は話をスルリと流した。
「では頼む。私は今から老人達と面談だ」
「はい。お任せください」
冬月が部屋を出、リツコは広い執務室に1人残された。思わず…ため息が出る。デスクの端に腰をかける。碇がいたら絶対に出来ない態度だ。
つくづく向いていない。とにかく向いていない。
確かに子供が嫌いというのはこの商売をする上では致命的かもしれないハンデと言えた。
シンジとアスカ。それぞれ問題の多い二人の面倒を見ながらの作戦部長。
ミサトはよくやっていた。リツコは心の底からそう思った。
156: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/01/02(月) 21:29:58 ID:???
“―RRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!!!”
…目覚ましが、やいのやいのと、やかましく朝を告げてる。『起きろ。起きろ。早く起きろ』って。
言われなくったって分かってる。
「………」
ベッドに寝転んだまま、机の上で鳴り続けている目覚ましを3分くらい眺め続けてたけど、いい加減うっとうしくなって手を伸ばす。たったこれだけのことが酷く億劫だった。
ギリギリまで身体を乗り出すけど、ほんの少し届かない。それでもベッドからなんとかしようとしてたら…転げ落ちた。痛めてるアバラを痛打。ちょっと深刻な種類の鈍痛が走る。これ…これ本当にイッたかも。治りかけてたのに。なんて馬鹿馬鹿しい怪我の仕方だ。
大怪我っていうのは、こういうつまらない瞬間にこそ訪れるものらしい。
空気を読まずに目覚ましは自己主張し続けてる。痛みを無視して体をねじり―…。
“―RRRRR…”
…ようやく静かになった。おかしな姿勢のまま、天井を見上げる。窓の無いこの部屋には朝も夜も関係ない。もっともジオフロントのどこかに朝や夜が関係がある部屋があるわけでもないけど。
一睡も出来なかった。一睡もしなかった。
この頃じゃ珍しい晩だった。アスカのことはあんまり考えなかった。考えてたのは自分のことばっかり。
今更のように眠気が襲ってきた。眠ってしまおうか。めんどくさいこと全部置いといて、とりあえず眠っちゃおうか。それもいいかなっていうような強烈な眠気だった。
“―rrrrrrrrrrrr”
備え付けの電話が鳴った。まどろみかけた意識が冴える。それは目覚ましよりかは随分と他人の意思を伴った音だった。
「―はい」
『…シンジ君。起きてたかい』
…青葉さん。
『そろそろだ…来るよな』
「……はい。発令所に行けばいいんですか」
受話器を置く。そうだ。とうとうだ。
何の準備もいらない。すぐ、部屋を出れる。出たらそのまま、勢いで動けるのは分かってる。でもその一歩目が…一苦労だった。
このままこの部屋にいられたら―…。
「…逃げちゃ…逃げちゃダメだ」
そして僕は…ドアを開けた。
…目覚ましが、やいのやいのと、やかましく朝を告げてる。『起きろ。起きろ。早く起きろ』って。
言われなくったって分かってる。
「………」
ベッドに寝転んだまま、机の上で鳴り続けている目覚ましを3分くらい眺め続けてたけど、いい加減うっとうしくなって手を伸ばす。たったこれだけのことが酷く億劫だった。
ギリギリまで身体を乗り出すけど、ほんの少し届かない。それでもベッドからなんとかしようとしてたら…転げ落ちた。痛めてるアバラを痛打。ちょっと深刻な種類の鈍痛が走る。これ…これ本当にイッたかも。治りかけてたのに。なんて馬鹿馬鹿しい怪我の仕方だ。
大怪我っていうのは、こういうつまらない瞬間にこそ訪れるものらしい。
空気を読まずに目覚ましは自己主張し続けてる。痛みを無視して体をねじり―…。
“―RRRRR…”
…ようやく静かになった。おかしな姿勢のまま、天井を見上げる。窓の無いこの部屋には朝も夜も関係ない。もっともジオフロントのどこかに朝や夜が関係がある部屋があるわけでもないけど。
一睡も出来なかった。一睡もしなかった。
この頃じゃ珍しい晩だった。アスカのことはあんまり考えなかった。考えてたのは自分のことばっかり。
今更のように眠気が襲ってきた。眠ってしまおうか。めんどくさいこと全部置いといて、とりあえず眠っちゃおうか。それもいいかなっていうような強烈な眠気だった。
“―rrrrrrrrrrrr”
備え付けの電話が鳴った。まどろみかけた意識が冴える。それは目覚ましよりかは随分と他人の意思を伴った音だった。
「―はい」
『…シンジ君。起きてたかい』
…青葉さん。
『そろそろだ…来るよな』
「……はい。発令所に行けばいいんですか」
受話器を置く。そうだ。とうとうだ。
何の準備もいらない。すぐ、部屋を出れる。出たらそのまま、勢いで動けるのは分かってる。でもその一歩目が…一苦労だった。
このままこの部屋にいられたら―…。
「…逃げちゃ…逃げちゃダメだ」
そして僕は…ドアを開けた。
224: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/01/04(水) 09:34:53 ID:???
「…あ」
「…!」
「…あ。レイ…」
私が更衣室に入ろうとすると、中から彼女が伊吹二尉と一緒に出てきた。
「………」
「………」
私達はその場で立ち尽くす。お互いに睨み合いはするものの…会話は無い。
可哀想だったのは二尉だった。
「レイ…お、お疲れ様。
あの…アスカは…その…更衣室にリップクリームとかを置き忘れてたっていうから…まだ少しは時間もあるし…」
「………」
「…えっと」
私が返事をしなかったため、二尉は更に追い込まれたらしい。
二つの殺意に板挟まれ、これ以上、何と声をかければいいのか、どちらに声をかければいいのか。
もっとも何か言ったところで和らぐような、こじれ方はしていない。だからこそのこの空気だ。
一つ言えるのは…彼女がどいてくれない限り、私は更衣室に入ることが出来ない。
“rrrrrrrrrrrrrrrrrrr…”
空気を無視して、二尉の携帯が鳴る。受けた二尉の表情が曇る。すぐに通話は終わったが―…。
「呼び出し…私、ちょっと戻らないと…その」
果たして間がいいのか悪いのか。二尉は困りきった様子で私たちを見比べる。
「…行って下さい、マヤさん。おかしなところに立ち寄ったりはしませんから。わきまえてますから」
「…大丈夫?」
「何が?」
「………」
自分がいなくなった途端、掴み合いにならないかとでも思っているのだろう。そしてその危惧は全く、当然で。
二尉は廊下の天井をチラリと見やった。そこには…監視カメラがあった。
「…じゃあ…」
これをせめてもの気休めにでもしたのか、二尉は廊下を走っていった。
そして…2人だけになった。
「…!」
「…あ。レイ…」
私が更衣室に入ろうとすると、中から彼女が伊吹二尉と一緒に出てきた。
「………」
「………」
私達はその場で立ち尽くす。お互いに睨み合いはするものの…会話は無い。
可哀想だったのは二尉だった。
「レイ…お、お疲れ様。
あの…アスカは…その…更衣室にリップクリームとかを置き忘れてたっていうから…まだ少しは時間もあるし…」
「………」
「…えっと」
私が返事をしなかったため、二尉は更に追い込まれたらしい。
二つの殺意に板挟まれ、これ以上、何と声をかければいいのか、どちらに声をかければいいのか。
もっとも何か言ったところで和らぐような、こじれ方はしていない。だからこそのこの空気だ。
一つ言えるのは…彼女がどいてくれない限り、私は更衣室に入ることが出来ない。
“rrrrrrrrrrrrrrrrrrr…”
空気を無視して、二尉の携帯が鳴る。受けた二尉の表情が曇る。すぐに通話は終わったが―…。
「呼び出し…私、ちょっと戻らないと…その」
果たして間がいいのか悪いのか。二尉は困りきった様子で私たちを見比べる。
「…行って下さい、マヤさん。おかしなところに立ち寄ったりはしませんから。わきまえてますから」
「…大丈夫?」
「何が?」
「………」
自分がいなくなった途端、掴み合いにならないかとでも思っているのだろう。そしてその危惧は全く、当然で。
二尉は廊下の天井をチラリと見やった。そこには…監視カメラがあった。
「…じゃあ…」
これをせめてもの気休めにでもしたのか、二尉は廊下を走っていった。
そして…2人だけになった。
225: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/01/04(水) 09:36:04 ID:???
どんな風に接したらいいんだろう。
2ndがいなくなることは…嬉しい。けれど…可哀想だとも思う。
この結果に至ったことに、彼女の責任の割合は決して小さくは無いけれど、数字や身勝手な大人達に翻弄されたことにはどうしようもない部分があったのも事実だから。
でも、それをそのまま言葉に表せば彼女がどう反応するかくらい、私にだって分かる。
優しく?冷たく?無視?それとも…。
方針が決まらない内に―…彼女が先に口を開いた。
「…出撃?」
「…えぇ」
プラグスーツ姿の私に目をやり―。
「使徒…じゃないわよね」
「…貴方に…関係があるの?」
口にした瞬間に後悔する。互いの立ち居地が…これで決まってしまった。
この言葉に、彼女も定番となってしまった自嘲の笑いを浮かべた。
「…そうね。関係ないわよね。もはや。ごめんね、部外者が差し出がましいこと尋ねて。
IDとかももう、抹消されてるみたいだし。流石、仕事が速いわね、NERVは」
「慰めや同情が欲しいならそう言って。一応、そういう言葉も準備しているから」
考えるよりも早く、言葉が走る。本心とも本音ともズレのある言葉が。そんな準備、出来てもいない。
私という人間からこうまでスラスラと心にも無い言葉が出てくるとは驚きだった。もっとも…それが悪意ある言葉では仕方がないけれど。
こんなつもりじゃない。今更、こういうことをしても仕方が無い。彼女はもう、充分打ちのめされている。これ以上の痛みは…必要ない。最後ぐらい優しく接しても罰は当たらない。
けれど…。
「…その辺にしときなさいよ。大怪我はしたくないでしょ。
挑発されて笑って受け流せる人間じゃないのは承知のはずよ。今、全く余裕が無いことも」
2ndがいなくなることは…嬉しい。けれど…可哀想だとも思う。
この結果に至ったことに、彼女の責任の割合は決して小さくは無いけれど、数字や身勝手な大人達に翻弄されたことにはどうしようもない部分があったのも事実だから。
でも、それをそのまま言葉に表せば彼女がどう反応するかくらい、私にだって分かる。
優しく?冷たく?無視?それとも…。
方針が決まらない内に―…彼女が先に口を開いた。
「…出撃?」
「…えぇ」
プラグスーツ姿の私に目をやり―。
「使徒…じゃないわよね」
「…貴方に…関係があるの?」
口にした瞬間に後悔する。互いの立ち居地が…これで決まってしまった。
この言葉に、彼女も定番となってしまった自嘲の笑いを浮かべた。
「…そうね。関係ないわよね。もはや。ごめんね、部外者が差し出がましいこと尋ねて。
IDとかももう、抹消されてるみたいだし。流石、仕事が速いわね、NERVは」
「慰めや同情が欲しいならそう言って。一応、そういう言葉も準備しているから」
考えるよりも早く、言葉が走る。本心とも本音ともズレのある言葉が。そんな準備、出来てもいない。
私という人間からこうまでスラスラと心にも無い言葉が出てくるとは驚きだった。もっとも…それが悪意ある言葉では仕方がないけれど。
こんなつもりじゃない。今更、こういうことをしても仕方が無い。彼女はもう、充分打ちのめされている。これ以上の痛みは…必要ない。最後ぐらい優しく接しても罰は当たらない。
けれど…。
「…その辺にしときなさいよ。大怪我はしたくないでしょ。
挑発されて笑って受け流せる人間じゃないのは承知のはずよ。今、全く余裕が無いことも」
226: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/01/04(水) 09:37:08 ID:???
そうだ。そういう人じゃない。
けど…私もこの人を前に退くわけにはいかない。最後だから。ずっと圧され続けて…最後まで退くわけにはいかない。
本当は“最後だからこそ”退くのが正しいのは分かってる。けれど熱くなって…もう言葉は止まらなかった。
「そうね。貴方を犯罪者にはしたくない。“一般人”が適格者へ暴力を振るった場合、NERVが黙っていないもの」
「アンタ、アタシが人生を惜しんでるとか思ってやしないわよね?そうだとしたらそれは大きな思い違いだわ」
「思い違いをしているのは貴方よ。私も相応の訓練は受けてる。貴方に傷つけられる義理も無いわ。それなりに…人生も惜しい」
「あら、そう!うらやましいもんねぇ…教えてもらいたいもんだわ。その惜しむだけの人生にどんだけの価値があるのか!」
「不可能だわ。全ては“貴方が帰ってからの話”だから。もっと噛み砕いて説明して欲しいの?」
「…へぇ。んじゃ訓練の成果とかは?それも見せられない?」
とうとう彼女の目の色が変わった。ゆっくりとポケットから両手を出した。
分かってて触れた。一番デリケートな話題に。あえて乱暴に。
冷静に分析してみる。仮に彼女の身体能力が私のそれを上回ったとして、技術における差はそうはないと見る。
私はプラグスーツを着用している。防具にも武器にもなる。身体に過度の異常が起これば伝わる。監視カメラもある。最悪、死んでも…代わりだっている。
退く理由は無い。
「―私が自分から仕掛けることはないわ。護身の為の技術だから」
建前はそうだ。
「見たければ―…」
そちらからだ。
急な動きに備え、床をわずかに踏みにじる。充分に踏ん張りは利く。飛び込んで来られたときに、後ろに下がるため、重心をやや後ろに置き―…。
「…大したもんよね。アンタも」
「…何が?」
「明日にもいなくなるっていう、脱落者の負け犬の遠吠えに対してまるっきり本気で答えてさ」
そういう攻撃は予想してなくて…鳩尾に決まった。
けど…私もこの人を前に退くわけにはいかない。最後だから。ずっと圧され続けて…最後まで退くわけにはいかない。
本当は“最後だからこそ”退くのが正しいのは分かってる。けれど熱くなって…もう言葉は止まらなかった。
「そうね。貴方を犯罪者にはしたくない。“一般人”が適格者へ暴力を振るった場合、NERVが黙っていないもの」
「アンタ、アタシが人生を惜しんでるとか思ってやしないわよね?そうだとしたらそれは大きな思い違いだわ」
「思い違いをしているのは貴方よ。私も相応の訓練は受けてる。貴方に傷つけられる義理も無いわ。それなりに…人生も惜しい」
「あら、そう!うらやましいもんねぇ…教えてもらいたいもんだわ。その惜しむだけの人生にどんだけの価値があるのか!」
「不可能だわ。全ては“貴方が帰ってからの話”だから。もっと噛み砕いて説明して欲しいの?」
「…へぇ。んじゃ訓練の成果とかは?それも見せられない?」
とうとう彼女の目の色が変わった。ゆっくりとポケットから両手を出した。
分かってて触れた。一番デリケートな話題に。あえて乱暴に。
冷静に分析してみる。仮に彼女の身体能力が私のそれを上回ったとして、技術における差はそうはないと見る。
私はプラグスーツを着用している。防具にも武器にもなる。身体に過度の異常が起これば伝わる。監視カメラもある。最悪、死んでも…代わりだっている。
退く理由は無い。
「―私が自分から仕掛けることはないわ。護身の為の技術だから」
建前はそうだ。
「見たければ―…」
そちらからだ。
急な動きに備え、床をわずかに踏みにじる。充分に踏ん張りは利く。飛び込んで来られたときに、後ろに下がるため、重心をやや後ろに置き―…。
「…大したもんよね。アンタも」
「…何が?」
「明日にもいなくなるっていう、脱落者の負け犬の遠吠えに対してまるっきり本気で答えてさ」
そういう攻撃は予想してなくて…鳩尾に決まった。
227: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/01/04(水) 09:38:24 ID:???
「もう、あらゆる意味で勝負はついてんのに。それでもまだ、アレなわけ?納得いかない?
もっと完全な勝利が欲しい?うちのめしておきたい!?今までの分を取り戻したい!?
みんなの前で『色々あったけど…貴方は良き戦友(とも)だったわ』とか言って手ぇ差し出してみるのはどう!?もっともっとキレイな形で終われるわよ!?もっともっと私を惨めに出来る!
安心しなさいよ!ちゃんと泣きながら握ってあげるから!それとも振り払ってあげた方がいい!?その方がアンタの器の大きさが際立つかしら!?
それをしないのはギャラリーがいないせいかしら!?呼び戻したげようか、マヤさんなり、青葉さんなり、シンジなりを!!!!
きっとシンジの印象も随分、良くなると思うわ!待機室の分とかぐらい取り返せるくらい!」
逆切れという奴だったと思う。けれど言い返せない。正解だから。私にとっては。
のぼせた頭が冷めていく。分かっている。ここは“それ”をする場面だった。この場はキレイなことを演っておく場面だった。例えそれがいくらか本心とはかけはなれていたって。それが彼女の癇に障ったとしても。
別れのときは、誰もが役者になるべきなのだ。別れてからも長く長く続いていく人生のために。物語のラストシーンはどうしたって強く心に残るのだから。
計算づくのフィナーレを演出するべきところだったのだ。少なくとも私が強い言葉を発してはいけない。強い立場だから。残る立場だから。
彼女がその態度を許さなかったとしても、甘んじるべきだった。勝者の余裕で流してやるべきだったんだ。そのぐらいのことはしてやるべきだった。
それを自分の方からつっかかって。分かってたのに。
あぁ…台無しだ。
2人とも言葉を発しなかった。そして―…。
「…アンタとは」
しばらく間があって、少し落ち着いた後。
「アンタとは…最後までこうなのね」
さびしそうに2ndは…惣流さんは呟いた。
もっと完全な勝利が欲しい?うちのめしておきたい!?今までの分を取り戻したい!?
みんなの前で『色々あったけど…貴方は良き戦友(とも)だったわ』とか言って手ぇ差し出してみるのはどう!?もっともっとキレイな形で終われるわよ!?もっともっと私を惨めに出来る!
安心しなさいよ!ちゃんと泣きながら握ってあげるから!それとも振り払ってあげた方がいい!?その方がアンタの器の大きさが際立つかしら!?
それをしないのはギャラリーがいないせいかしら!?呼び戻したげようか、マヤさんなり、青葉さんなり、シンジなりを!!!!
きっとシンジの印象も随分、良くなると思うわ!待機室の分とかぐらい取り返せるくらい!」
逆切れという奴だったと思う。けれど言い返せない。正解だから。私にとっては。
のぼせた頭が冷めていく。分かっている。ここは“それ”をする場面だった。この場はキレイなことを演っておく場面だった。例えそれがいくらか本心とはかけはなれていたって。それが彼女の癇に障ったとしても。
別れのときは、誰もが役者になるべきなのだ。別れてからも長く長く続いていく人生のために。物語のラストシーンはどうしたって強く心に残るのだから。
計算づくのフィナーレを演出するべきところだったのだ。少なくとも私が強い言葉を発してはいけない。強い立場だから。残る立場だから。
彼女がその態度を許さなかったとしても、甘んじるべきだった。勝者の余裕で流してやるべきだったんだ。そのぐらいのことはしてやるべきだった。
それを自分の方からつっかかって。分かってたのに。
あぁ…台無しだ。
2人とも言葉を発しなかった。そして―…。
「…アンタとは」
しばらく間があって、少し落ち着いた後。
「アンタとは…最後までこうなのね」
さびしそうに2ndは…惣流さんは呟いた。
228: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/01/04(水) 09:39:33 ID:???
「別に残念ってこともないけどさ。
空しくはなるのよ。自分が“分かり合う”って、何でもないスキルに、決定的に欠けてる人間だって思い知って」
「………」
「まぁ。アンタもそうだけどね。」
「………」
「それ以上かな」
くやしい。言われたい放題だ。言い返してやりたい。
貴方にだって問題は山ほどあるはずだ。そんなことを言える立場じゃないはずだ。
けれど…出てこない。この空気でも言い返せるような台詞や理屈が何かあるような気はするけど…私にはどうしても思い浮かばなかった。
その言葉を最後に…とても時間が経った。とても長い沈黙が下りた。ただ立っているだけだったけれど、酷く消耗した。
抜け出したかった。けれど糸口が見つからない。誰か通り過ぎてくれるだけでいい。私たちと無関係な放送が入るだけだってよかった。
期待し続けたけれど、そういったあれこれは一切、不思議なぐらいやってこなかった。
自分たちだけで答えを出せと誰かが言っていたのかもしれない。けれど…自分の中には見つけられなかった。
すると―…。
「…シンジ」
「え…?」
彼女も…振り絞ったのだろう。若干裏返り気味の声で、惣流さんが沈黙を破った。
照れ隠しのように軽く咳払いをし、私の方を向きながらもわずかに視線をずらし、彼女は話し出す。
「…シンジのことをさ。一番大事に思ってるのが誰なのかってことになるとさ。私になるわけじゃない?」
「………」
「でしょ?」
同意を求めてどうする気?この期に及んでまだ、言い合いを?
最後の最後までを争いで塗りつくす気なのか。それもいいかもしれない。徹底的で。
けれど…違った。
空しくはなるのよ。自分が“分かり合う”って、何でもないスキルに、決定的に欠けてる人間だって思い知って」
「………」
「まぁ。アンタもそうだけどね。」
「………」
「それ以上かな」
くやしい。言われたい放題だ。言い返してやりたい。
貴方にだって問題は山ほどあるはずだ。そんなことを言える立場じゃないはずだ。
けれど…出てこない。この空気でも言い返せるような台詞や理屈が何かあるような気はするけど…私にはどうしても思い浮かばなかった。
その言葉を最後に…とても時間が経った。とても長い沈黙が下りた。ただ立っているだけだったけれど、酷く消耗した。
抜け出したかった。けれど糸口が見つからない。誰か通り過ぎてくれるだけでいい。私たちと無関係な放送が入るだけだってよかった。
期待し続けたけれど、そういったあれこれは一切、不思議なぐらいやってこなかった。
自分たちだけで答えを出せと誰かが言っていたのかもしれない。けれど…自分の中には見つけられなかった。
すると―…。
「…シンジ」
「え…?」
彼女も…振り絞ったのだろう。若干裏返り気味の声で、惣流さんが沈黙を破った。
照れ隠しのように軽く咳払いをし、私の方を向きながらもわずかに視線をずらし、彼女は話し出す。
「…シンジのことをさ。一番大事に思ってるのが誰なのかってことになるとさ。私になるわけじゃない?」
「………」
「でしょ?」
同意を求めてどうする気?この期に及んでまだ、言い合いを?
最後の最後までを争いで塗りつくす気なのか。それもいいかもしれない。徹底的で。
けれど…違った。
229: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/01/04(水) 09:40:37 ID:???
「…私がそれに同意すると思うの?」
「同意も何も事実だし。まぁ今更、こんなことで水をブッ掛けあっても結論出ないし、ここは流すんだけど。
いい?こっから黙って聞きなさいよ?アンタの意見も質問も募集してないから。
…でも…私はもういなくなるわけで…んで…じゃあ次点は誰か、繰上げで一番になるのは誰なのかって考えたときに、よ。
…残り少ない冷静さを総動員してフル活用して、客観的に選別してみるとさ」
「………」
冷静と口にした割に、惣流さんは酷く落ち着かない様子だった。顔も赤らんで。いらだった様子で地面をコツコツと蹴り、顔を背けながらもチラリチラリと私の方を見る。
そして。とても悔しそうに。
「…かなり。かなぁ~り差が開いて。何周回遅れか分からないくらい差が開いてはいるものの…。
それはやっぱり…アンタじゃないかと思うわけよ」
「………」
――――何?
彼女は私と目を合わせないようにしたまま、延々と、淡々と喋り続ける。
「アンタと私は…結局、最後まで何一つ相容れることがなかった訳だけどさ。
アイツに…シンジに関しては…あのバカに幸せになって欲しい、最低限、死んで欲しくないっていう、その一点に限っては…どこまでも同じだと思うのよね。
まぁ…それこそがお互いを受け入れられない最大の理由な訳なんだけどさ。
んで…ほんの少し、残ってる他人のことを思いやる部分を…シンジ以外に対してはピクリとも反応しないその部分で、シンジが今後、幸せになるためにはどうしたらいいのかってことを、妥協も含めて、極めて現実的に検討してみると…」
そこまで言って…言葉は止んだ。何度か口を開こうとするもののどうしても踏み出しきれないようで。
「…ダメだ。これ以上は…」
そう呟いて、俯いた。
「同意も何も事実だし。まぁ今更、こんなことで水をブッ掛けあっても結論出ないし、ここは流すんだけど。
いい?こっから黙って聞きなさいよ?アンタの意見も質問も募集してないから。
…でも…私はもういなくなるわけで…んで…じゃあ次点は誰か、繰上げで一番になるのは誰なのかって考えたときに、よ。
…残り少ない冷静さを総動員してフル活用して、客観的に選別してみるとさ」
「………」
冷静と口にした割に、惣流さんは酷く落ち着かない様子だった。顔も赤らんで。いらだった様子で地面をコツコツと蹴り、顔を背けながらもチラリチラリと私の方を見る。
そして。とても悔しそうに。
「…かなり。かなぁ~り差が開いて。何周回遅れか分からないくらい差が開いてはいるものの…。
それはやっぱり…アンタじゃないかと思うわけよ」
「………」
――――何?
彼女は私と目を合わせないようにしたまま、延々と、淡々と喋り続ける。
「アンタと私は…結局、最後まで何一つ相容れることがなかった訳だけどさ。
アイツに…シンジに関しては…あのバカに幸せになって欲しい、最低限、死んで欲しくないっていう、その一点に限っては…どこまでも同じだと思うのよね。
まぁ…それこそがお互いを受け入れられない最大の理由な訳なんだけどさ。
んで…ほんの少し、残ってる他人のことを思いやる部分を…シンジ以外に対してはピクリとも反応しないその部分で、シンジが今後、幸せになるためにはどうしたらいいのかってことを、妥協も含めて、極めて現実的に検討してみると…」
そこまで言って…言葉は止んだ。何度か口を開こうとするもののどうしても踏み出しきれないようで。
「…ダメだ。これ以上は…」
そう呟いて、俯いた。
230: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/01/04(水) 09:42:12 ID:???
「…あ~…!!!むかつくなぁ!何言ってんだろ!アタシ!全然、わかんない!」
苛立たしげに彼女はそう喚くが…それはこっちの台詞だった。何を言おうとしているのか分からない。
困惑した。彼女の口から、私について何か一つでも肯定するような言葉が出てくるというのが信じられなかった。それも…碇君のことに関して。
ただ…本心なのだとは思う。偽らざる気持ちなんだろうと思う。それだけに言葉が出てこなかった。どうしたらいいのだろう。どう返したらいいのだろうか。誉め返せというのだろうか。
困惑した結果、返した言葉は…最低だった。
「…本心ではないわよね」
「…当たり前でしょうが」
久しぶりに彼女の目が私の方へ向く。
彼女が私のためではなく、彼のためだけに必死でならしたであろう、平常心は私の不用意な一言で一気に台無しにさえた。
「許せるわけないじゃない。アンタは…私がいないからって…ただそれだけでシンジを手に入れる…!こんな虫のいい話…!
私がそれをドイツでどう思うと思うのよ!アンタにさっきかけた、もう既に撤回したいと思ってる、あの、余計な言葉をどれだけ後悔すると思ってんのよ!!
今だって思ってるわよ!死ねばいいって!消えればいいって!殺してやりたいわ!
けど…他に…他に誰がいるのよ…。アンタがEVAに乗らなきゃ、凍結中の初号機が借り出されて、またシンジが命がけで戦うことになる。
アイツの隣で一緒に戦えて…アイツの代わりに死んでくれる奴は…アンタしかいないのよ!
理想を言えば…アンタが使徒の最後の一匹と心中してくれりゃ一番ありがたいわね。シンジと平和な世界、両方残るもの。
他にいれば…他に任せられる奴がいれば…いないから…。本当は私は…私が…私だって…」
「………」
目に涙さえ浮かべながら、彼女は叫んだ。私は彼女の目を見ながらそれを受けきった。かける言葉を見つけられない私が出来ることはそのぐらいだから。
さっきのも本心だろうが、これもまた本心なのだろう。頭が出した答えと、心が叫ぶ答えと。
袖口でごしごしと目元を擦り、不機嫌そうな顔で彼女は締めくくった。
「…以上よ。お粗末でした!」
苛立たしげに彼女はそう喚くが…それはこっちの台詞だった。何を言おうとしているのか分からない。
困惑した。彼女の口から、私について何か一つでも肯定するような言葉が出てくるというのが信じられなかった。それも…碇君のことに関して。
ただ…本心なのだとは思う。偽らざる気持ちなんだろうと思う。それだけに言葉が出てこなかった。どうしたらいいのだろう。どう返したらいいのだろうか。誉め返せというのだろうか。
困惑した結果、返した言葉は…最低だった。
「…本心ではないわよね」
「…当たり前でしょうが」
久しぶりに彼女の目が私の方へ向く。
彼女が私のためではなく、彼のためだけに必死でならしたであろう、平常心は私の不用意な一言で一気に台無しにさえた。
「許せるわけないじゃない。アンタは…私がいないからって…ただそれだけでシンジを手に入れる…!こんな虫のいい話…!
私がそれをドイツでどう思うと思うのよ!アンタにさっきかけた、もう既に撤回したいと思ってる、あの、余計な言葉をどれだけ後悔すると思ってんのよ!!
今だって思ってるわよ!死ねばいいって!消えればいいって!殺してやりたいわ!
けど…他に…他に誰がいるのよ…。アンタがEVAに乗らなきゃ、凍結中の初号機が借り出されて、またシンジが命がけで戦うことになる。
アイツの隣で一緒に戦えて…アイツの代わりに死んでくれる奴は…アンタしかいないのよ!
理想を言えば…アンタが使徒の最後の一匹と心中してくれりゃ一番ありがたいわね。シンジと平和な世界、両方残るもの。
他にいれば…他に任せられる奴がいれば…いないから…。本当は私は…私が…私だって…」
「………」
目に涙さえ浮かべながら、彼女は叫んだ。私は彼女の目を見ながらそれを受けきった。かける言葉を見つけられない私が出来ることはそのぐらいだから。
さっきのも本心だろうが、これもまた本心なのだろう。頭が出した答えと、心が叫ぶ答えと。
袖口でごしごしと目元を擦り、不機嫌そうな顔で彼女は締めくくった。
「…以上よ。お粗末でした!」
231: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/01/04(水) 09:44:36 ID:???
「アレよ!ちょっとした気の迷いから来た発言だから!まともに受け止めるんじゃないわよ!?忘れなさい!いいわね!」
「…分かったわ」
ギリギリのところでテンションを上げていることは、流石に分かったので、今度こそ何も言わなかった。
上っ面の“普段の惣流さん”面をそのまま受け入れた。
「…ったく。アンタもどっかで止めなさいよ…」
「止めるなって自分が…」
「えぇえぇ、確かに言いました!はぁっ…」
また会話が途切れた。さっきまでとは違う沈黙だったけれど…これはこれでバツが悪い。
「…こういうときはどうすればいいの?」
今度は私の方から沈黙を破った。
「…普通は握手とか、抱き合うとかするもんらしいわよ。一般的にはね。
するの?」
「貴方と抱き合うのはごめんだわ」
「アタシだってアンタに素手で触れるなんてまっぴらよ」
「何度も私を殴ったくせに」
「お互い様じゃない」
「………」
「………」
私は…手を差し出した。
彼女はびっくりしたようで。私はそれ以上に驚いていたけれど。
ヒトは時に、自分でも説明のつかない行動を取ることがあるとは言うけれど。自分にそれが起こるとは意外で。
「………」
しばらくしてから彼女は手をおずおずと握った。すぐに子供みたいに馬鹿みたいに力を入れて。私も力を入れ返した。
スーツ越しに握る彼女の手は思ったより大きくはなかったけれど…とにかく馬鹿力で。手は折れそうで。でも負けたくなかったので私も精一杯、握り続けた。
そしてどちらからともなく力を緩め…。
「…分かったわ」
ギリギリのところでテンションを上げていることは、流石に分かったので、今度こそ何も言わなかった。
上っ面の“普段の惣流さん”面をそのまま受け入れた。
「…ったく。アンタもどっかで止めなさいよ…」
「止めるなって自分が…」
「えぇえぇ、確かに言いました!はぁっ…」
また会話が途切れた。さっきまでとは違う沈黙だったけれど…これはこれでバツが悪い。
「…こういうときはどうすればいいの?」
今度は私の方から沈黙を破った。
「…普通は握手とか、抱き合うとかするもんらしいわよ。一般的にはね。
するの?」
「貴方と抱き合うのはごめんだわ」
「アタシだってアンタに素手で触れるなんてまっぴらよ」
「何度も私を殴ったくせに」
「お互い様じゃない」
「………」
「………」
私は…手を差し出した。
彼女はびっくりしたようで。私はそれ以上に驚いていたけれど。
ヒトは時に、自分でも説明のつかない行動を取ることがあるとは言うけれど。自分にそれが起こるとは意外で。
「………」
しばらくしてから彼女は手をおずおずと握った。すぐに子供みたいに馬鹿みたいに力を入れて。私も力を入れ返した。
スーツ越しに握る彼女の手は思ったより大きくはなかったけれど…とにかく馬鹿力で。手は折れそうで。でも負けたくなかったので私も精一杯、握り続けた。
そしてどちらからともなく力を緩め…。
232: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/01/04(水) 09:46:35 ID:???
「…コーラ代」
「へ?」
「コーラ。この間…」
「…あぁ。いいわよ。コーラぐらい」
「そこに財布あるから…」
「次でいいわよ」
「え?」
「“次”の機会で。その代わり利子付きでね」
「………えぇ」
心からのそれではないのだろうけど。彼女が私に笑顔と呼べる笑顔を向けたのはこれが初めてだった。
そして…私が彼女にそうするのもまた…。
「…お疲れさま」
「…アンタもね」
私たちは手を放した。彼女は通路を進み、角を左に曲がった。それを見送ってから、私は更衣室で着替えた。
思い切り握り、握られ、跡がついた片手が少し不自由で…少し時間がかかったけれど。
「なんなのアイツ…!?加減とか無いわけ!?」
やせ我慢も限界だった。
角を曲がったところで私は手を振りまくり、何度も開けたり開いたりを繰り返す。なんとか…折れてはいない。けど跡がついてる…。
「顔に似合わず、馬鹿力ねぇ…。
…コーラ代、ね。律儀なのか借りを作りたくないのか…」
私はしばらく、アイツの手の跡を見つめ、それから発令所に向かった。
元スレ:https://anime.5ch.net/test/read.cgi/eva/1115760691/
「へ?」
「コーラ。この間…」
「…あぁ。いいわよ。コーラぐらい」
「そこに財布あるから…」
「次でいいわよ」
「え?」
「“次”の機会で。その代わり利子付きでね」
「………えぇ」
心からのそれではないのだろうけど。彼女が私に笑顔と呼べる笑顔を向けたのはこれが初めてだった。
そして…私が彼女にそうするのもまた…。
「…お疲れさま」
「…アンタもね」
私たちは手を放した。彼女は通路を進み、角を左に曲がった。それを見送ってから、私は更衣室で着替えた。
思い切り握り、握られ、跡がついた片手が少し不自由で…少し時間がかかったけれど。
「なんなのアイツ…!?加減とか無いわけ!?」
やせ我慢も限界だった。
角を曲がったところで私は手を振りまくり、何度も開けたり開いたりを繰り返す。なんとか…折れてはいない。けど跡がついてる…。
「顔に似合わず、馬鹿力ねぇ…。
…コーラ代、ね。律儀なのか借りを作りたくないのか…」
私はしばらく、アイツの手の跡を見つめ、それから発令所に向かった。
556: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/04(土) 12:01:02 ID:???
実験場から出てきた司令が、包帯を巻いていたりもせず、特にいつもと変わらない様子だったことに私は胸をなでおろした。
「司令…!」
思わず呼び止めてしまった。けれどその声は少し大きかったようで、司令ばかりか何人かの職員までもが振り返り、私は顔をわずかに赤らめる。
司令は私が経っている廊下の隅にまでゆっくりとやってきた。
「…どうした?」
「あの…厚木で…」
「失礼します…」
後ろを伊吹二尉が通り過ぎていった。何か疲れきった様子だったのが気にはなったけれど、司令が話し出したので詳しくは分からなかった。
「無駄足を踏ませたな。だが必要になったかもしれない場面だった。すまん」
「…そんなことじゃなく…」
無事で良かった、という言葉は、胸に浮かんだ碇君の顔でつかえて喉を通っていかなかった。
彼のことがあるにせよ、生死がかかった場面での無事を喜ぶことに後ろめたさを感じてしまう、自分の狭量さに私は嫌悪を通り越し、呆れてしまった。
その言葉を発しないのなら、私はここに何のために来たというのだろう。
「今から発令所に行く」
「………」
「お前はどうする?」
司令は自分からそう切り出した。私は少し黙っていた。そして…
「…彼女に…」
「………」
「最後に何か…言葉をかけて頂けませんか」
「……」
司令が驚いた様子が伝わったけれど、私はそれを直視出来なかった。
「司令…!」
思わず呼び止めてしまった。けれどその声は少し大きかったようで、司令ばかりか何人かの職員までもが振り返り、私は顔をわずかに赤らめる。
司令は私が経っている廊下の隅にまでゆっくりとやってきた。
「…どうした?」
「あの…厚木で…」
「失礼します…」
後ろを伊吹二尉が通り過ぎていった。何か疲れきった様子だったのが気にはなったけれど、司令が話し出したので詳しくは分からなかった。
「無駄足を踏ませたな。だが必要になったかもしれない場面だった。すまん」
「…そんなことじゃなく…」
無事で良かった、という言葉は、胸に浮かんだ碇君の顔でつかえて喉を通っていかなかった。
彼のことがあるにせよ、生死がかかった場面での無事を喜ぶことに後ろめたさを感じてしまう、自分の狭量さに私は嫌悪を通り越し、呆れてしまった。
その言葉を発しないのなら、私はここに何のために来たというのだろう。
「今から発令所に行く」
「………」
「お前はどうする?」
司令は自分からそう切り出した。私は少し黙っていた。そして…
「…彼女に…」
「………」
「最後に何か…言葉をかけて頂けませんか」
「……」
司令が驚いた様子が伝わったけれど、私はそれを直視出来なかった。
557: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/04(土) 12:02:37 ID:???
分かっている。この言葉が私の口から出てくるのはおかしい。その道理じゃない。
ややあって。
「…彼女はお前の友達ではなかったな」
「…はい」
「それでもそう言うのはやはり―…」
「碇君は関係ありません」
司令の言葉に先んじて、そう言った。
そうだ。関係ない。と、思う。自信は無いけれど。
「なら…何故だ?」
それは決して責めるような口調ではなかったと思う。
どうしてだか理由が出てこない。こんなことをいう筋合いじゃ無いとさえ思う。けれど出てくる答えだけが違うものになる。その答えを導き出すはずの、間に入り込む式が見つからない。
思いを形に、言葉にすることが私は本当に下手だ。
「…彼女がいなくなるのは、確かに彼女の勝手で…」
「………」
「けれど…危機を救ったのも事実で…結果も…」
そこでまた、言葉は停まった。
司令を随分待たせた末に出てきたのは自分の中を流れる感情の切れっ端に、いくらかでも近いと思うような単語ばかりで、非常に分かり辛いものだった。
それらのバラバラなセンテンスを文として構成したり、説得力を持たせるよう、表現し直したりするだけの冷静さも感性も私にはなかった。
「あの…」
「ゆっくりでいい」
けれどもその、聞き苦しい思いの羅列に司令は辛抱強く耳を傾けてくれていた。
「…苦しみもしたはずで…だから…そういう人が…去るのには…経緯や責任とは別に…“何か”が必要な気が…」
口にすれば口にするほど何かがずれていく。大仰なことを言いたいわけじゃないのに、そういう表現しか出てこない。私の中にある語彙が偏っているのだろうか。
単語の羅列を解読しているのか、司令は黙っていた。そして
「そういう考え方はしたことがなかったな」
答えを返さないままに廊下を歩いていった。
ややあって。
「…彼女はお前の友達ではなかったな」
「…はい」
「それでもそう言うのはやはり―…」
「碇君は関係ありません」
司令の言葉に先んじて、そう言った。
そうだ。関係ない。と、思う。自信は無いけれど。
「なら…何故だ?」
それは決して責めるような口調ではなかったと思う。
どうしてだか理由が出てこない。こんなことをいう筋合いじゃ無いとさえ思う。けれど出てくる答えだけが違うものになる。その答えを導き出すはずの、間に入り込む式が見つからない。
思いを形に、言葉にすることが私は本当に下手だ。
「…彼女がいなくなるのは、確かに彼女の勝手で…」
「………」
「けれど…危機を救ったのも事実で…結果も…」
そこでまた、言葉は停まった。
司令を随分待たせた末に出てきたのは自分の中を流れる感情の切れっ端に、いくらかでも近いと思うような単語ばかりで、非常に分かり辛いものだった。
それらのバラバラなセンテンスを文として構成したり、説得力を持たせるよう、表現し直したりするだけの冷静さも感性も私にはなかった。
「あの…」
「ゆっくりでいい」
けれどもその、聞き苦しい思いの羅列に司令は辛抱強く耳を傾けてくれていた。
「…苦しみもしたはずで…だから…そういう人が…去るのには…経緯や責任とは別に…“何か”が必要な気が…」
口にすれば口にするほど何かがずれていく。大仰なことを言いたいわけじゃないのに、そういう表現しか出てこない。私の中にある語彙が偏っているのだろうか。
単語の羅列を解読しているのか、司令は黙っていた。そして
「そういう考え方はしたことがなかったな」
答えを返さないままに廊下を歩いていった。
558: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/04(土) 12:05:26 ID:???
ちょっと早く来過ぎたみたいで。発令所の隅に座っていると、僕の耳には色んな声が入ってきた。
「わざわざこんな時間を取る必要あるのか?伊吹か青葉が備品受け取って、はい、サヨナラで済む話だろ。なんで直々に?」
「儀礼的なものだろ。一連のゴタゴタが全部終わったっていうポーズだよ。
幹部サイドに不審な意図が多々見られたし、それに対する一般職員への不信感も根強いからな」
「幹部サイドっつーか赤木さんな」
「そういうのに一々、気を回すヒゲか?」
「副司令が一言入れたんじゃねーか。タダでさえ空気悪いんだから、介錯ぐらい自分でしてやれって」
「色に逆上せたジュニアもやかましいしな。アホかって話だろ。仕事放って遊び回ってりゃ、そらクビになるって。社会を舐めちゃいかんよ」
「その“社会”では、子供がいくら身勝手な行動取ったっていっても、結局は未成年に対する、事前事後のケアと監視と保護を怠った大人に全責任があるんだよ」
「“社会”的にはまぁ、そうだな」
「いいご身分だよな。保護されて。お子様は」
「全くだな。能力不明の怪獣相手に毎度毎度、命がけの出たとこ勝負させられて。本当、保護されてるよな」
「言いたいことあんならはっきり言えよ」
「別に。ただ何でだかお前には友達が少ないって話だよ」
「…関係ないだろ」
「まぁ落ち着け」
「茶でも飲め」
「…この先どうなんだろ」
「適格者はジュニアとレイちゃんだけ、んで作戦部長が日向…」
「日向…」
「レイちゃん、調子悪いって?」
「悪いって次元じゃない」
「それとバカシンジだけで…」
「おい、聞こえるぞ」
僕は半分、夢うつつだった。言葉の意味さえ分からない瞬間もあれば、その言い分に思いつく限りの反論を組み立てている瞬間もあり、それらが慌しく重なり合っていた。
と、全ての声が止む一瞬があり、僕の残り半分が“こっち”に戻ってきた。
アスカが発令所に入ったところだった。
「わざわざこんな時間を取る必要あるのか?伊吹か青葉が備品受け取って、はい、サヨナラで済む話だろ。なんで直々に?」
「儀礼的なものだろ。一連のゴタゴタが全部終わったっていうポーズだよ。
幹部サイドに不審な意図が多々見られたし、それに対する一般職員への不信感も根強いからな」
「幹部サイドっつーか赤木さんな」
「そういうのに一々、気を回すヒゲか?」
「副司令が一言入れたんじゃねーか。タダでさえ空気悪いんだから、介錯ぐらい自分でしてやれって」
「色に逆上せたジュニアもやかましいしな。アホかって話だろ。仕事放って遊び回ってりゃ、そらクビになるって。社会を舐めちゃいかんよ」
「その“社会”では、子供がいくら身勝手な行動取ったっていっても、結局は未成年に対する、事前事後のケアと監視と保護を怠った大人に全責任があるんだよ」
「“社会”的にはまぁ、そうだな」
「いいご身分だよな。保護されて。お子様は」
「全くだな。能力不明の怪獣相手に毎度毎度、命がけの出たとこ勝負させられて。本当、保護されてるよな」
「言いたいことあんならはっきり言えよ」
「別に。ただ何でだかお前には友達が少ないって話だよ」
「…関係ないだろ」
「まぁ落ち着け」
「茶でも飲め」
「…この先どうなんだろ」
「適格者はジュニアとレイちゃんだけ、んで作戦部長が日向…」
「日向…」
「レイちゃん、調子悪いって?」
「悪いって次元じゃない」
「それとバカシンジだけで…」
「おい、聞こえるぞ」
僕は半分、夢うつつだった。言葉の意味さえ分からない瞬間もあれば、その言い分に思いつく限りの反論を組み立てている瞬間もあり、それらが慌しく重なり合っていた。
と、全ての声が止む一瞬があり、僕の残り半分が“こっち”に戻ってきた。
アスカが発令所に入ったところだった。
560: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/04(土) 12:17:04 ID:???
発令所を見渡す。見慣れた風景。これが見納めってことに現実味が無い。何かしらの感慨が湧くかと思ったけど、そういうのは湧いてこなかった。
「おはよ」
「…うん」
挨拶に対して『うん』ってのも失礼な話。
シンジは暗かった。明るい材料なんか無い以上、当然は当然なんだけど。それでも私は隣に腰を下ろすと、無理矢理に話題を探した。
「いつもより人多くない?」
「…日向さんが戻って来たときもこうだったよ」
「ふーん…今日の予定なんだけどさ。なんか考えてる?どっか行こうよ」
「…うん」
「どこがいい?遊べるとこってほとんど閉まっちゃってんのよねー」
「そうだね」
「ちょっと遠出してみない?泊りがけでとか!最後なんだしパーっと…って許可が出るわけないか」
「…そうだね」
徹底的な生返事に対し、徹底的に空気を読まずに喋り続ける。けれど顔が見れない。
「やっぱり近場かー。どっかあるかなー。それとも二人で部屋であーんなことや、こーんなことをー」
「アスカ」
シンジが私の名前を呼んだ。
「“家”に帰ろう。ペンペンを連れて家に」
「…家?」
「久しぶりに料理を作るよ。アスカの好きなトンカツ」
そのとき、私はようやくシンジの顔を見て…驚いた。白い。血の気が引いている。
「ちょ…アンタ、大丈夫なの?」
「1回、家に帰ろう。それで―…」
ドアが開いた。司令が入ってくる。続いて1stが。シンジが途中で言葉をつぐんだ。空気が…一気に沈んだ。司令が一言二言話すと、青葉さんが私を呼んだ。なんだか頭がボーっとし始めていた。
シンジの顔を見る。手ぐらい握ってくれるかと思ったけれど、シンジはただ、唇だけで何かを呟きながら、無表情に司令の方を見つめていた。
「アスカ」
青葉さんが再度、私を呼んだので、ダンボールを持って立ち上がる。一歩一歩が凄く重かった。何とか辿りつくのを遅らせようと、出来るだけ小さな歩幅で、でも常識の範囲といえる歩幅で歩を進めたけど、あっという間に司令の前に辿り着いた。
「セカンドチルドレン。惣流・アスカ・ラングレー」
余計な前置きはまるでなかった。
「本日付けで君をエヴァンゲリオン弐号機搭乗の任より解き、ドイツへと送還する」
通達は最初の一言でほぼ足りた。
「おはよ」
「…うん」
挨拶に対して『うん』ってのも失礼な話。
シンジは暗かった。明るい材料なんか無い以上、当然は当然なんだけど。それでも私は隣に腰を下ろすと、無理矢理に話題を探した。
「いつもより人多くない?」
「…日向さんが戻って来たときもこうだったよ」
「ふーん…今日の予定なんだけどさ。なんか考えてる?どっか行こうよ」
「…うん」
「どこがいい?遊べるとこってほとんど閉まっちゃってんのよねー」
「そうだね」
「ちょっと遠出してみない?泊りがけでとか!最後なんだしパーっと…って許可が出るわけないか」
「…そうだね」
徹底的な生返事に対し、徹底的に空気を読まずに喋り続ける。けれど顔が見れない。
「やっぱり近場かー。どっかあるかなー。それとも二人で部屋であーんなことや、こーんなことをー」
「アスカ」
シンジが私の名前を呼んだ。
「“家”に帰ろう。ペンペンを連れて家に」
「…家?」
「久しぶりに料理を作るよ。アスカの好きなトンカツ」
そのとき、私はようやくシンジの顔を見て…驚いた。白い。血の気が引いている。
「ちょ…アンタ、大丈夫なの?」
「1回、家に帰ろう。それで―…」
ドアが開いた。司令が入ってくる。続いて1stが。シンジが途中で言葉をつぐんだ。空気が…一気に沈んだ。司令が一言二言話すと、青葉さんが私を呼んだ。なんだか頭がボーっとし始めていた。
シンジの顔を見る。手ぐらい握ってくれるかと思ったけれど、シンジはただ、唇だけで何かを呟きながら、無表情に司令の方を見つめていた。
「アスカ」
青葉さんが再度、私を呼んだので、ダンボールを持って立ち上がる。一歩一歩が凄く重かった。何とか辿りつくのを遅らせようと、出来るだけ小さな歩幅で、でも常識の範囲といえる歩幅で歩を進めたけど、あっという間に司令の前に辿り着いた。
「セカンドチルドレン。惣流・アスカ・ラングレー」
余計な前置きはまるでなかった。
「本日付けで君をエヴァンゲリオン弐号機搭乗の任より解き、ドイツへと送還する」
通達は最初の一言でほぼ足りた。
814: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:19:42 ID:???
「認証ID、その他の登録も明日には完全に抹消される。まだ所持している備品等があれば速やかに返却するように」
「…はい」
頭がフワフワする。そのくせ身体の芯がズシンと重い。
私はモタモタと足元に置いた段ボール箱を持ち上げる。なんだかんだで結構な分量になって結構な重さではある。そりゃそうだ。私がここで過ごしたことがそのまま詰まってるんだから。軽いわけがない。
手伝おうとしたのか1stが前に出てきたけど、首を振って断る。
これはセカンドチルドレン、最後の仕事だから。
差し出した箱を青葉さんが受け取ると、司令が口を開いた。
「…これで全部か?」
「…はい?」
物言いたげな司令。
「…アスカ…その…これ…」
青葉さんが言い辛そうに自分の側頭部を撫でた。何のことかと仕草を倣うと…。
「…あぁ。そっか」
馴染みすぎてたけど、これも備品だ。私のものじゃない。
髪留めに加工されたヘッドセットを外す。髪が解けて、肩に垂れる。
新しい髪形を考えないといけない。そう思ったら初めて涙がこぼれた。ようやく…ホントに理解した。
あぁ。私はもう弐号機のパイロットじゃないんだ。もうアレを頭につけることはないんだ。
「すみません。いっつもつけてたもんで。忘れてました」
「………」
泣いてないフリなんか出来ないくらい見事な泣き顔だったけど、私は無理矢理に笑った。視界の隅で誰かがハンカチで目元を押さえるのが見えた。私も早いとこそうしたいものだ。
司令は何も言わずに受け取り、それを箱へと入れた。
これで今度こそ、全部終わった。
「…はい」
頭がフワフワする。そのくせ身体の芯がズシンと重い。
私はモタモタと足元に置いた段ボール箱を持ち上げる。なんだかんだで結構な分量になって結構な重さではある。そりゃそうだ。私がここで過ごしたことがそのまま詰まってるんだから。軽いわけがない。
手伝おうとしたのか1stが前に出てきたけど、首を振って断る。
これはセカンドチルドレン、最後の仕事だから。
差し出した箱を青葉さんが受け取ると、司令が口を開いた。
「…これで全部か?」
「…はい?」
物言いたげな司令。
「…アスカ…その…これ…」
青葉さんが言い辛そうに自分の側頭部を撫でた。何のことかと仕草を倣うと…。
「…あぁ。そっか」
馴染みすぎてたけど、これも備品だ。私のものじゃない。
髪留めに加工されたヘッドセットを外す。髪が解けて、肩に垂れる。
新しい髪形を考えないといけない。そう思ったら初めて涙がこぼれた。ようやく…ホントに理解した。
あぁ。私はもう弐号機のパイロットじゃないんだ。もうアレを頭につけることはないんだ。
「すみません。いっつもつけてたもんで。忘れてました」
「………」
泣いてないフリなんか出来ないくらい見事な泣き顔だったけど、私は無理矢理に笑った。視界の隅で誰かがハンカチで目元を押さえるのが見えた。私も早いとこそうしたいものだ。
司令は何も言わずに受け取り、それを箱へと入れた。
これで今度こそ、全部終わった。
815: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:20:40 ID:???
手続きは全部終わった。そのはずだ。けど司令は仏頂面でじっと私を見てる。何だろう。
…怒ってるんだろう。好き勝手やられて。最後に一言くらい、恨みつらみを言ってやりたいに違いない。
「…司令…あの…私、ご迷惑をたくさん…」
「…君のこれまでの働きと成果に対し、NERVと人類を代表し…感謝する」
「え…」
「ここでの君の役目はこれで終わるが、別の場所での君の活躍を祈り、確信している。
惣流・アスカ・ラングレー。今日までご苦労だった」
きょとんとしてしまった。きっと皆もそうだろう。
唇だけで『…ありがとうございます』と呟く。司令はそれを聞き終わる前に背を向けてたけど。
…典型的な謝辞だ。言うだけならタダだし、口振りにも特に温かみがあった訳じゃなかった。形だけだ。だって…私を切る決断をしたのは、最終的には司令自身だ。この一月とかに被ったはずの迷惑が、全く勘定されてない。
矛盾してる。でも…この人の持つ最大限の言葉と礼だったんだと思う。この人の事なんて全然分かんないんだけど。
司令の背中にほんの少しだけ、頭を下げた。
ちょっとだけ染みた。我ながら単純なものだ。
「ありがとうございます」
「…お前が礼を言う必要はない」
レイの言葉に碇は必要以上にぶっきらぼうに答える。
「決定自体は彼女の責任だ。撤回も同情もしない。しかし…。
…お前の言う通り、曲がりなりにも人類のために戦い、苦しみ、去ろうとしている者には…確かに何かの手向けが必要だ。その終わり方に関わらず。
ならばそれは無責任に重過ぎる宿命を背負わせた、無力な大人の代表の仕事だ。総司令の言葉だからこそ意味があり、そうでなければ…」
照れ隠しのつもりだろうか。言い訳のようにブツブツとよく喋る碇に、レイは少し呆気に取られた。
それに気付いたのか。碇はより一層不機嫌な顔になり、メガネの位置を直した。
「…柄ではない。私に与えられるのは上っ面の言葉だけだ。思いは欠片しか乗っていない」
「欠片でも…意味はあると思います」
「…価値があるかどうかは別だろう」
その二人のやり取りをシンジがずっと睨みつけていた。
…怒ってるんだろう。好き勝手やられて。最後に一言くらい、恨みつらみを言ってやりたいに違いない。
「…司令…あの…私、ご迷惑をたくさん…」
「…君のこれまでの働きと成果に対し、NERVと人類を代表し…感謝する」
「え…」
「ここでの君の役目はこれで終わるが、別の場所での君の活躍を祈り、確信している。
惣流・アスカ・ラングレー。今日までご苦労だった」
きょとんとしてしまった。きっと皆もそうだろう。
唇だけで『…ありがとうございます』と呟く。司令はそれを聞き終わる前に背を向けてたけど。
…典型的な謝辞だ。言うだけならタダだし、口振りにも特に温かみがあった訳じゃなかった。形だけだ。だって…私を切る決断をしたのは、最終的には司令自身だ。この一月とかに被ったはずの迷惑が、全く勘定されてない。
矛盾してる。でも…この人の持つ最大限の言葉と礼だったんだと思う。この人の事なんて全然分かんないんだけど。
司令の背中にほんの少しだけ、頭を下げた。
ちょっとだけ染みた。我ながら単純なものだ。
「ありがとうございます」
「…お前が礼を言う必要はない」
レイの言葉に碇は必要以上にぶっきらぼうに答える。
「決定自体は彼女の責任だ。撤回も同情もしない。しかし…。
…お前の言う通り、曲がりなりにも人類のために戦い、苦しみ、去ろうとしている者には…確かに何かの手向けが必要だ。その終わり方に関わらず。
ならばそれは無責任に重過ぎる宿命を背負わせた、無力な大人の代表の仕事だ。総司令の言葉だからこそ意味があり、そうでなければ…」
照れ隠しのつもりだろうか。言い訳のようにブツブツとよく喋る碇に、レイは少し呆気に取られた。
それに気付いたのか。碇はより一層不機嫌な顔になり、メガネの位置を直した。
「…柄ではない。私に与えられるのは上っ面の言葉だけだ。思いは欠片しか乗っていない」
「欠片でも…意味はあると思います」
「…価値があるかどうかは別だろう」
その二人のやり取りをシンジがずっと睨みつけていた。
816: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:21:25 ID:???
昼までには本部を出るように言われた。まぁ充分だ。
副司令が発令所に入って来る。難しそうな顔で司令に近付き、手にした用紙を示し、二言三言話した。
司令が『確かか?』と尋ねると、副司令は『直に赤木君が来るが…機器に異常は見受けられない。信じ難いが』と言い切った。何の話やら分からないけど。さっきまでいなかったらしい。どうでもいいけど。
と、そういえば。
周りを見渡す。お世話になった人が結構いた。みんな、お別れを言ってくれる。
「お疲れ。アスカ」
「一週間くらいはこっちにいるんだろ?一席設けるから来いよ」
「どうするか予定は立ててるの?」
「そんな…まだ全然…」
一人一人にお別れを言う。やっぱり。輪の中にマヤさんがいない。髪が金色のもいないけど、それはいい。キョロキョロしてると。
「――!」
息が止まりそうになった。赤い―…見慣れた赤い色を見つけた。心臓が止まりそうになった。同時に見たくない人を見つけた。
――日向さん。
顔中の痣も大分、目立たなくなってる。メガネはかけてない。一般職員用のいつもの服だけど…小脇に上着を抱えてる。赤い上着を。そう、“赤い上着”だ。
偶然か意図的にか、シンジからは見えない位置。輪から離れて部屋の隅に立ってる。そう、それでいい。アイツの視界に入らないで欲しい。出来れば今後も。
彼の横を通りかかった人が気付いて、私の方を指すけど、曖昧に笑って首を振った。前歯が欠けたままだった。歯医者に行ってないらしい。この10日とか何してたのか。
話し辛いか。そりゃそうだろう。どっちが悪いなんて言うつもりも、もはや無い。誘ったのはこっちだけど、大人の分際で自制心働かせるのを怠ったのは事実だし。
流石に何も話さずにバイバイってつもりもないけれど、実際、何を話したものやら。
けど。悪いけど。それ以前に。
「……!」
私の視線に気付いて、一瞬口を開きかけたけど、私は目を逸らした。もう一回チラリと伺うと、顔を伏せてた。
それを渡されたのはアンタの責任じゃないし、羽織ってはいないのが配慮なのは分かる。でもまだ足りない。
その“赤い上着”を見ながら話を出来る程には、私は前任者を忘れられてない。
副司令が発令所に入って来る。難しそうな顔で司令に近付き、手にした用紙を示し、二言三言話した。
司令が『確かか?』と尋ねると、副司令は『直に赤木君が来るが…機器に異常は見受けられない。信じ難いが』と言い切った。何の話やら分からないけど。さっきまでいなかったらしい。どうでもいいけど。
と、そういえば。
周りを見渡す。お世話になった人が結構いた。みんな、お別れを言ってくれる。
「お疲れ。アスカ」
「一週間くらいはこっちにいるんだろ?一席設けるから来いよ」
「どうするか予定は立ててるの?」
「そんな…まだ全然…」
一人一人にお別れを言う。やっぱり。輪の中にマヤさんがいない。髪が金色のもいないけど、それはいい。キョロキョロしてると。
「――!」
息が止まりそうになった。赤い―…見慣れた赤い色を見つけた。心臓が止まりそうになった。同時に見たくない人を見つけた。
――日向さん。
顔中の痣も大分、目立たなくなってる。メガネはかけてない。一般職員用のいつもの服だけど…小脇に上着を抱えてる。赤い上着を。そう、“赤い上着”だ。
偶然か意図的にか、シンジからは見えない位置。輪から離れて部屋の隅に立ってる。そう、それでいい。アイツの視界に入らないで欲しい。出来れば今後も。
彼の横を通りかかった人が気付いて、私の方を指すけど、曖昧に笑って首を振った。前歯が欠けたままだった。歯医者に行ってないらしい。この10日とか何してたのか。
話し辛いか。そりゃそうだろう。どっちが悪いなんて言うつもりも、もはや無い。誘ったのはこっちだけど、大人の分際で自制心働かせるのを怠ったのは事実だし。
流石に何も話さずにバイバイってつもりもないけれど、実際、何を話したものやら。
けど。悪いけど。それ以前に。
「……!」
私の視線に気付いて、一瞬口を開きかけたけど、私は目を逸らした。もう一回チラリと伺うと、顔を伏せてた。
それを渡されたのはアンタの責任じゃないし、羽織ってはいないのが配慮なのは分かる。でもまだ足りない。
その“赤い上着”を見ながら話を出来る程には、私は前任者を忘れられてない。
817: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:22:23 ID:???
そうそう皆さんお暇じゃない。世話になった人、皆に会うのは無理。あの『黒服』とかも心残り。でもそれは仕方ないにしても、だ。マヤさんには…。
と、ようやくマヤさんが早足で発令所に入ってきた。表情が険しい。シンジと私の両方がいるのを確認すると、私の方にやってきて
「ごめん、みんなどいて!」
開口一番そう言って、輪の中から引きずり出し、司令から離れたところに引っ張っていく。訝しがる皆を無視して、更に『シンジ君、ちょっと…』と呼んだ。かなり強引。
「マヤさん?いなかったからどうしたのかなって…」
「ごめんなさい…ちょっと別の作業をしていたものだから」
「…今まで凄くお世話になって…」
「あぁ…アスカ。あのね。その話もしなきゃいけないんだけど…」
「…?」
どうやら深刻な話らしい。あれやこれやと面倒起こしたけど、私としては一通り出し尽くしたつもりでいる。この上、何か…となると身内の不幸くらいしか…。
私が表情を固くすると、それを察したのか慌てて
「あぁ、悪い話ではないはずだから…!少なくとも。うぅん、絶対!
ごめんなさい、こんな切り出し方じゃ不安にもなるわよね」
と首を振る。より一層分からない。マヤさん自身も混乱しているみたいだった。
「…今、伝えていいのかどうか分からないけど、口止めはされてないし。すぐ伝わると思うし…。落ち着いて聞いてね。その…。
…シンジ君?」
マヤさんが振り返る。呼んだのにシンジが来ない。
「シンジ…?」
私が呼ぶと、シンジがこっちを見た。震える唇だけで、声を出さず『家に帰ろう』って言った。
それから目を閉じ、深呼吸して、一回咳払いをして――。
「――取り消してください」
大きな声だった。
今更なことを、まるで今、初めて口にするかのように。誰もが呆気に取られる中、1stだけが顔色を変え…叫んだ。
「碇君、ダメ!それは―…」
「アスカをドイツに帰すなら…僕はもうEVAには乗りません」
と、ようやくマヤさんが早足で発令所に入ってきた。表情が険しい。シンジと私の両方がいるのを確認すると、私の方にやってきて
「ごめん、みんなどいて!」
開口一番そう言って、輪の中から引きずり出し、司令から離れたところに引っ張っていく。訝しがる皆を無視して、更に『シンジ君、ちょっと…』と呼んだ。かなり強引。
「マヤさん?いなかったからどうしたのかなって…」
「ごめんなさい…ちょっと別の作業をしていたものだから」
「…今まで凄くお世話になって…」
「あぁ…アスカ。あのね。その話もしなきゃいけないんだけど…」
「…?」
どうやら深刻な話らしい。あれやこれやと面倒起こしたけど、私としては一通り出し尽くしたつもりでいる。この上、何か…となると身内の不幸くらいしか…。
私が表情を固くすると、それを察したのか慌てて
「あぁ、悪い話ではないはずだから…!少なくとも。うぅん、絶対!
ごめんなさい、こんな切り出し方じゃ不安にもなるわよね」
と首を振る。より一層分からない。マヤさん自身も混乱しているみたいだった。
「…今、伝えていいのかどうか分からないけど、口止めはされてないし。すぐ伝わると思うし…。落ち着いて聞いてね。その…。
…シンジ君?」
マヤさんが振り返る。呼んだのにシンジが来ない。
「シンジ…?」
私が呼ぶと、シンジがこっちを見た。震える唇だけで、声を出さず『家に帰ろう』って言った。
それから目を閉じ、深呼吸して、一回咳払いをして――。
「――取り消してください」
大きな声だった。
今更なことを、まるで今、初めて口にするかのように。誰もが呆気に取られる中、1stだけが顔色を変え…叫んだ。
「碇君、ダメ!それは―…」
「アスカをドイツに帰すなら…僕はもうEVAには乗りません」
818: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:23:18 ID:???
秘書らしき人と話していたアイツが…ゆっくり振り向いた。綾波は青ざめていた。
言った。言ってやった。言ってしまった。頭の中が田宮のときみたいだ。人生かけてるってことじゃ同じだ。
僕にだって…EVAは全てだ。EVAを乗ることで皆と繋がっていれたんだ。
何が…何が感謝だ。それならそれなりの対応してみせろ。口先だけの感謝なんて求めてない。
青葉さんが静かに口を開いた。
「シンジ君…気持ちは分かる。けれどもう、結論は出…」
「僕はその結論に一つだって納得してない。そんなまま初号機には乗れない。命は掛けられない」
「いい加減にしろよ!そんなに何でもかんでも思う通りにいくわけないだろうが!」
突然、青葉さんが大声で怒鳴り散らした。
「納得いかないことだらけなんだよ、世の中は!みんな、そこを生活とかプライドとかをやりくりして、都合してやっていってんだよ!
いいか、シンジ君…。命まで取られる訳じゃないんだぞ?アスカは故郷に帰るだけだ。電話もメールも手紙も機密に触れない限り、何の制限も無い。生き別れって訳じゃないんだ。全部が決着すればまた会えるようにもなる。
何で、そこまで意固地になるんだ!」
暴走を諌めるためなのか、単に今まで我慢してたのか。それともこの期に及んで女々しく食い下がる姿勢に今度ばかりはイラついたのか。
アスカが驚いてる。ずっと肩入れしてくれていた青葉さんが切れたんだから当然かもしれない。
けど今は関係ない。
「触れたいときに触れられなければ何にも意味無いじゃないですか」
思春期男子的にはそこは…肝だ。
「…ワガママ言ってるつもりも無い。乗るかどうかはパイロット当人の意思によるんだ。その当人がこういう条件じゃなきゃ命を掛けられないって言ってるだけだ。
そいつが言った通りだ。僕は…僕らは働いたじゃないか。何度も使徒を倒したぞ。何体も…何体も何体も何体も!!!
今まで僕は一回だって条件なんか出したことはない…。その僕が初めて条件出してるんだ。それだって大した条件じゃないはずだ。
何度も世界を救った僕が!何の文句があるんだ!」
青葉さんの顔には嫌悪が、もはや隠されずにありありと顕れていた。
「…それを言うのか」
「僕だってこんなこと言いたくない!でもこうでもしなきゃ、僕達の声は『子供の駄々』扱いされて、アイツの耳には届かないんだ!」
言った。言ってやった。言ってしまった。頭の中が田宮のときみたいだ。人生かけてるってことじゃ同じだ。
僕にだって…EVAは全てだ。EVAを乗ることで皆と繋がっていれたんだ。
何が…何が感謝だ。それならそれなりの対応してみせろ。口先だけの感謝なんて求めてない。
青葉さんが静かに口を開いた。
「シンジ君…気持ちは分かる。けれどもう、結論は出…」
「僕はその結論に一つだって納得してない。そんなまま初号機には乗れない。命は掛けられない」
「いい加減にしろよ!そんなに何でもかんでも思う通りにいくわけないだろうが!」
突然、青葉さんが大声で怒鳴り散らした。
「納得いかないことだらけなんだよ、世の中は!みんな、そこを生活とかプライドとかをやりくりして、都合してやっていってんだよ!
いいか、シンジ君…。命まで取られる訳じゃないんだぞ?アスカは故郷に帰るだけだ。電話もメールも手紙も機密に触れない限り、何の制限も無い。生き別れって訳じゃないんだ。全部が決着すればまた会えるようにもなる。
何で、そこまで意固地になるんだ!」
暴走を諌めるためなのか、単に今まで我慢してたのか。それともこの期に及んで女々しく食い下がる姿勢に今度ばかりはイラついたのか。
アスカが驚いてる。ずっと肩入れしてくれていた青葉さんが切れたんだから当然かもしれない。
けど今は関係ない。
「触れたいときに触れられなければ何にも意味無いじゃないですか」
思春期男子的にはそこは…肝だ。
「…ワガママ言ってるつもりも無い。乗るかどうかはパイロット当人の意思によるんだ。その当人がこういう条件じゃなきゃ命を掛けられないって言ってるだけだ。
そいつが言った通りだ。僕は…僕らは働いたじゃないか。何度も使徒を倒したぞ。何体も…何体も何体も何体も!!!
今まで僕は一回だって条件なんか出したことはない…。その僕が初めて条件出してるんだ。それだって大した条件じゃないはずだ。
何度も世界を救った僕が!何の文句があるんだ!」
青葉さんの顔には嫌悪が、もはや隠されずにありありと顕れていた。
「…それを言うのか」
「僕だってこんなこと言いたくない!でもこうでもしなきゃ、僕達の声は『子供の駄々』扱いされて、アイツの耳には届かないんだ!」
819: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:24:21 ID:???
「…僕に不満なら別の奴を乗せればいいんです。こんな度々トラブルを起こすようなのじゃない、言うことを何でも聞く奴を」
「そんな人間いるわけ…」
オーナイン・システムとまで呼ばれる問題点を嵩にした、フェアじゃない卑怯な言い分なのは分かってる。けどもうこれしかない。
これを持ち出されたら、NERV側は圧倒的に弱い…はずだ。アスカを切った今では。
「…今、ここで、この場で結論を出してよ。待たされるのはもうごめんだ。答えが出せないっていうんなら僕はすぐに荷物まとめて、先生のところに戻る!」
「………」
誰も何も言わなかった。本気以外の何物でも無いことは伝わったはずだ。どうだ?困るんじゃないのか。僕がいなければ。
僕は変わった。変わったんだ。この街で。この街が変えてくれた。
だけど後悔はない。ミサトさんもアスカがいない第三新東京市になんか何の未練も無い。これでいい。いいんだ。
…マヤさんが歯の根が合わないくらい震えてる。そうだ。マヤさんは何か言おうとしていた。何だ。何だろう。
「司令…」
ハッとした。日向…日向さんだ。帰ってきた。そうだ。この人はアスカと。一体…本当は…。信用しても…。
「作戦課としてはこれ以上の戦力の低下は容認できません。決定の撤回云々はともかく、もう一度、相互に理解し合う機会を設けることを…」
「話し合う余地なんてない!僕が求めてるのは―!!」
“パシュッ…”
エアーの音と共にリツコさんが入ってきた。そして場の異様な雰囲気を無視してアイツの元へと歩み寄った。
「…模擬体を通してではありますが。間違いありません。…少なくともデータ上は」
「…そうか。間違いない、か」
一瞬…笑ったように見えた。僕は自分の血の気が引く音を聞いた。
僕は―…このとき思ったことを一生恥じ続ける。
アイツは大きく息を吸った。
「赤木博士。現時刻をもってセカンド、並びに
サ ー ド の 登 録 を 抹 消 。
セカンドの送還は明日早朝に行え。以上」
僕は…言わなければ良かったと思った。そう思ったんだ。
「そんな人間いるわけ…」
オーナイン・システムとまで呼ばれる問題点を嵩にした、フェアじゃない卑怯な言い分なのは分かってる。けどもうこれしかない。
これを持ち出されたら、NERV側は圧倒的に弱い…はずだ。アスカを切った今では。
「…今、ここで、この場で結論を出してよ。待たされるのはもうごめんだ。答えが出せないっていうんなら僕はすぐに荷物まとめて、先生のところに戻る!」
「………」
誰も何も言わなかった。本気以外の何物でも無いことは伝わったはずだ。どうだ?困るんじゃないのか。僕がいなければ。
僕は変わった。変わったんだ。この街で。この街が変えてくれた。
だけど後悔はない。ミサトさんもアスカがいない第三新東京市になんか何の未練も無い。これでいい。いいんだ。
…マヤさんが歯の根が合わないくらい震えてる。そうだ。マヤさんは何か言おうとしていた。何だ。何だろう。
「司令…」
ハッとした。日向…日向さんだ。帰ってきた。そうだ。この人はアスカと。一体…本当は…。信用しても…。
「作戦課としてはこれ以上の戦力の低下は容認できません。決定の撤回云々はともかく、もう一度、相互に理解し合う機会を設けることを…」
「話し合う余地なんてない!僕が求めてるのは―!!」
“パシュッ…”
エアーの音と共にリツコさんが入ってきた。そして場の異様な雰囲気を無視してアイツの元へと歩み寄った。
「…模擬体を通してではありますが。間違いありません。…少なくともデータ上は」
「…そうか。間違いない、か」
一瞬…笑ったように見えた。僕は自分の血の気が引く音を聞いた。
僕は―…このとき思ったことを一生恥じ続ける。
アイツは大きく息を吸った。
「赤木博士。現時刻をもってセカンド、並びに
サ ー ド の 登 録 を 抹 消 。
セカンドの送還は明日早朝に行え。以上」
僕は…言わなければ良かったと思った。そう思ったんだ。
820: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:25:27 ID:???
「碇!?それは…!」
「し、司令!しかし…それではパイロットがレイ一人に…!」
副司令以上の声で日向さんが叫ぶ。
シンジが唖然としてる。いや、司令以外みんなだ。通るはずだった。最低のやり方だったけど、どんなワガママも通るはずの切り札だった。なのに。
「レイの不調もあります!使徒が知恵を付け始めている節もあり、零号機単独で使徒に挑む事は―!!」
「搭乗者三名、搭乗機三機体制は堅持する。問題ない」
「…は?」
「君には後で説明を行う。赤木博士。“二人”はどうしている?」
「げ、現在、メディカルチェックを受けています。終了後8時間の休養を予定していますが」
「4時間でいい。音声、映像等の完全なモニタリングが可能な部屋を用意しろ。その間、身体データを徹底的に解析。
休養が済み次第、ハーモニクステストを行う。レイに準備をさせておけ。顔合わせはその際に行う」
「はい。し、しかし司令…」
「決定に変更はない」
司令はぴしゃりと言い放つ。
1stは今にも倒れそうな様子で司令を見つめている。何事か言おうと口をパクパクとさせているけど…。多分、私も同じだ。
「と…父さん!」
背を向けた司令をシンジが呼んだ。父さん。シンジは随分、そう呼んでなかったように思う。
けれど司令は振り向こうともしなかった。
「今日中に備品を全て返却しろ。私物についても全て引き払え。
“三度目”は…ない」
私のときのような“感謝のお言葉”なんかは一切なく。
それだけ言うとさっさと背を向け…発令所から出て行った。副司令が凄い剣幕で怒鳴りながら後を追うけれど、それにも振り返りもしない。秘書の人が慌てた様子で追いかけていった。
私は、ただ立っていた。1stも。シンジも。
誰もが何一つ口を挟めないまま、全ては決定した。
そう。“三度目”だ。そして最後だろう。
こうしてシンジは…またパイロットじゃなくなった。
「し、司令!しかし…それではパイロットがレイ一人に…!」
副司令以上の声で日向さんが叫ぶ。
シンジが唖然としてる。いや、司令以外みんなだ。通るはずだった。最低のやり方だったけど、どんなワガママも通るはずの切り札だった。なのに。
「レイの不調もあります!使徒が知恵を付け始めている節もあり、零号機単独で使徒に挑む事は―!!」
「搭乗者三名、搭乗機三機体制は堅持する。問題ない」
「…は?」
「君には後で説明を行う。赤木博士。“二人”はどうしている?」
「げ、現在、メディカルチェックを受けています。終了後8時間の休養を予定していますが」
「4時間でいい。音声、映像等の完全なモニタリングが可能な部屋を用意しろ。その間、身体データを徹底的に解析。
休養が済み次第、ハーモニクステストを行う。レイに準備をさせておけ。顔合わせはその際に行う」
「はい。し、しかし司令…」
「決定に変更はない」
司令はぴしゃりと言い放つ。
1stは今にも倒れそうな様子で司令を見つめている。何事か言おうと口をパクパクとさせているけど…。多分、私も同じだ。
「と…父さん!」
背を向けた司令をシンジが呼んだ。父さん。シンジは随分、そう呼んでなかったように思う。
けれど司令は振り向こうともしなかった。
「今日中に備品を全て返却しろ。私物についても全て引き払え。
“三度目”は…ない」
私のときのような“感謝のお言葉”なんかは一切なく。
それだけ言うとさっさと背を向け…発令所から出て行った。副司令が凄い剣幕で怒鳴りながら後を追うけれど、それにも振り返りもしない。秘書の人が慌てた様子で追いかけていった。
私は、ただ立っていた。1stも。シンジも。
誰もが何一つ口を挟めないまま、全ては決定した。
そう。“三度目”だ。そして最後だろう。
こうしてシンジは…またパイロットじゃなくなった。
821: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:26:40 ID:???
そのパフォーマンスは…全く強烈だったのだ。
「あ。アレや」
「アレかい?」
実験場に入るなり、二人は窓へとへばりついた。透明のベークライトの向こう側に、連動試験のため、実験場に移動させられていた零号機の横顔が見えた。
「伊吹二尉…でしたっけ。“彼”に乗るんですか?」
「ううん、アレは別の実験で使うから置いてあるだけで…二人とも。まだ説明が途中なんだけど」
「あー。前にやったから大体分かりますわー。
…青や。青いEVAや」
「誰の機体だい?」
私の言葉を適当にあしらい、2人は零号機を見ながらあぁだこぉだと言い始めた。
4thは…鈴原君は顔見知りであるはずの私と言葉を交わしても何の反応も示さなかった。
「ちっさいわ、このスーツ…。もうちょい大きいのあらへんのですか」
「文句が多いね、君は。服に体を合わせる努力をしたらどうなのかな。身にまとうものに贅沢を言えるほどの働きはまだしていないんだから」
携帯で呼ばれて待機室に来てみると…彼らがいた。唖然とした。
突然の4thの変わり果てた姿での帰還と、今の今まで聞いた覚えもない5thの登場。悪いことではない。しかし…よりにもよってこのタイミングで。不穏な気配は拭いようもなかった。
質問も雑談も許されず、実験の準備が始まった。
『雰囲気を掴む為の…形式だけのものだ』
制御室から司令はそう仰った。今回の実験は直接、司令が監督なさるらしい。異例のことだ。
適したコアへの変更が行われていない以上、二人にとってこの試験は無論、リハーサル以上の重みはない。そのはずだ。
にもかかわらず、忙しい今、他の作業を差し置いてまでこの試験を行う理由も、わざわざ司令自身が監督なさる訳も私には見つけられない。それ“だけにしては支度が本気過ぎる。いよいよもって普通ではなかった。
「あ。アレや」
「アレかい?」
実験場に入るなり、二人は窓へとへばりついた。透明のベークライトの向こう側に、連動試験のため、実験場に移動させられていた零号機の横顔が見えた。
「伊吹二尉…でしたっけ。“彼”に乗るんですか?」
「ううん、アレは別の実験で使うから置いてあるだけで…二人とも。まだ説明が途中なんだけど」
「あー。前にやったから大体分かりますわー。
…青や。青いEVAや」
「誰の機体だい?」
私の言葉を適当にあしらい、2人は零号機を見ながらあぁだこぉだと言い始めた。
4thは…鈴原君は顔見知りであるはずの私と言葉を交わしても何の反応も示さなかった。
「ちっさいわ、このスーツ…。もうちょい大きいのあらへんのですか」
「文句が多いね、君は。服に体を合わせる努力をしたらどうなのかな。身にまとうものに贅沢を言えるほどの働きはまだしていないんだから」
携帯で呼ばれて待機室に来てみると…彼らがいた。唖然とした。
突然の4thの変わり果てた姿での帰還と、今の今まで聞いた覚えもない5thの登場。悪いことではない。しかし…よりにもよってこのタイミングで。不穏な気配は拭いようもなかった。
質問も雑談も許されず、実験の準備が始まった。
『雰囲気を掴む為の…形式だけのものだ』
制御室から司令はそう仰った。今回の実験は直接、司令が監督なさるらしい。異例のことだ。
適したコアへの変更が行われていない以上、二人にとってこの試験は無論、リハーサル以上の重みはない。そのはずだ。
にもかかわらず、忙しい今、他の作業を差し置いてまでこの試験を行う理由も、わざわざ司令自身が監督なさる訳も私には見つけられない。それ“だけにしては支度が本気過ぎる。いよいよもって普通ではなかった。
822: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:27:30 ID:???
「えぇ~…角付きがシンジで、赤いのんが惣流やろ…つまり」
「しかし零号機は…」
「せやんなぁ。黄色やんなぁ。大停電のとき学校の脇で見たんや。黄色かった」
「改修かな?そんな話を聞いたような気がする」
「…あの青いのんもどっかで見たことあるような気ぃすんねんやけどなぁ」
…勿論、彼は見たことがある。戦ったことも。勿論、彼の意思でではないが。
5thの少年…渚君には緊張の色は見えなかった。不自然なまでに。
鈴原君も以前、赤木先輩達が言っていたようなナーバスな様子ではなく、ある意味では歳相応の反応で、私は安心した。
ただ…前回がああだったにしてはあまりにもあっけらかんとしていることが逆に気にはなりはしたのだが。
そしてそれは起こった。
「ここからでは顔がよく見えないな。どんな子なんだい?」
「なんちゅーかな。どっかとぼけた…間の抜けた感じやったな」
「こんな感じかい?」
「そうそう、これで目を一つ減らしたら…ってコラ!ワシの顔を指すな!」
「単眼なのか。しかしピンと来ないね」
鈴原君は窓をドンドンと叩く。
「おーい。こっち向けー」
軽口の一環。誰も気にも留めなかった。
「何シカトしとんねん!」
「もっと顔をよく見たいな」
私は2人の側で端末で最終確認を行っていた。だからそれらの声がはっきり聞こえた。
「こっちを向いてくれないかい?」
『ビィィィィィ!!!!!!!!!!!!』
「何!?」
けたたましい警報が鳴り響いた。私は慌てて顔を上げ、何が起こったのかと観測モニターを覗こうとしたら…“目が合った”。
「なんだ。格好いいじゃないか」
「せやなぁ。こうして見ると味のある顔やなぁ」
2人は感心したようにしきりに頷いていた。零号機が『なぁに?』とばかりに小首を傾げて…こちらに視線を向けていた。
「しかし零号機は…」
「せやんなぁ。黄色やんなぁ。大停電のとき学校の脇で見たんや。黄色かった」
「改修かな?そんな話を聞いたような気がする」
「…あの青いのんもどっかで見たことあるような気ぃすんねんやけどなぁ」
…勿論、彼は見たことがある。戦ったことも。勿論、彼の意思でではないが。
5thの少年…渚君には緊張の色は見えなかった。不自然なまでに。
鈴原君も以前、赤木先輩達が言っていたようなナーバスな様子ではなく、ある意味では歳相応の反応で、私は安心した。
ただ…前回がああだったにしてはあまりにもあっけらかんとしていることが逆に気にはなりはしたのだが。
そしてそれは起こった。
「ここからでは顔がよく見えないな。どんな子なんだい?」
「なんちゅーかな。どっかとぼけた…間の抜けた感じやったな」
「こんな感じかい?」
「そうそう、これで目を一つ減らしたら…ってコラ!ワシの顔を指すな!」
「単眼なのか。しかしピンと来ないね」
鈴原君は窓をドンドンと叩く。
「おーい。こっち向けー」
軽口の一環。誰も気にも留めなかった。
「何シカトしとんねん!」
「もっと顔をよく見たいな」
私は2人の側で端末で最終確認を行っていた。だからそれらの声がはっきり聞こえた。
「こっちを向いてくれないかい?」
『ビィィィィィ!!!!!!!!!!!!』
「何!?」
けたたましい警報が鳴り響いた。私は慌てて顔を上げ、何が起こったのかと観測モニターを覗こうとしたら…“目が合った”。
「なんだ。格好いいじゃないか」
「せやなぁ。こうして見ると味のある顔やなぁ」
2人は感心したようにしきりに頷いていた。零号機が『なぁに?』とばかりに小首を傾げて…こちらに視線を向けていた。
823: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:28:32 ID:???
『そんなバカな…!』
『プラグはまだ挿入していないのに…!』
みんなが混乱した声を上げていた。
暴走――!?
まず皆、そう思ったはずだ。前例はいくつもある。空気が緊迫したが…零号機はそれ以上の動作を見せなかった。
『…警報を停めろ』
司令の声が響いた。やがてブザーが鳴り止み、ざわめきが広がった。
『何が起こったか、出来うる限り、報告を上げろ』
司令は非常に落ち着いていて…あまり驚きの色は感じられなかった。
数値をチェックする。…おかしい。これまでの暴走状態とは違う点がある。計器は零号機がシンクロに近い反応を示したことを顕している。
「まさか…彼らの意思に反応し―…」
私は2人の言葉を聞いている。しかし2人はインターフェイスすらまだ装着していない。インターフェイスなら私の隣で、色を失った作業員が力いっぱい握り締めている。
重なる場面がある。シンジ君が初めて初号機の前に立ったとき、初号機も自律行動を…。
「…うぅん…。それでも…!」
それでも筋を立てられない。
初号機が落下物から彼を守るための防御行動を、そうとしかと思えない動作をしたことについても、一連の暴走と同じく、まだ完全に解明が成された訳では無い。
だが『既に彼のパーソナルデータを書き込まれていた初号機が適合者の危機に反応した』と、いう一応の筋道を立てることは出来る。技術的な裏付けがまるでついて来ないのが、技術屋の端くれとしては難な仮説ではあるのだけど。
しかし、これは意味合いがあまりに違う。彼らは危機的状況にあったわけではない。零号機もまた、未だレイのパーソナルが搭載されたままだ。だが…。
「…貴方達?」
2人が私の方を見た。
根拠はなかった。が、気付けば口走っていた。
「貴方達がEVAを動かしたの?」
鈴原君はきょとんとしていた。しかし渚君は事も無げに言い放った。
「いけませんでしたか?」
『プラグはまだ挿入していないのに…!』
みんなが混乱した声を上げていた。
暴走――!?
まず皆、そう思ったはずだ。前例はいくつもある。空気が緊迫したが…零号機はそれ以上の動作を見せなかった。
『…警報を停めろ』
司令の声が響いた。やがてブザーが鳴り止み、ざわめきが広がった。
『何が起こったか、出来うる限り、報告を上げろ』
司令は非常に落ち着いていて…あまり驚きの色は感じられなかった。
数値をチェックする。…おかしい。これまでの暴走状態とは違う点がある。計器は零号機がシンクロに近い反応を示したことを顕している。
「まさか…彼らの意思に反応し―…」
私は2人の言葉を聞いている。しかし2人はインターフェイスすらまだ装着していない。インターフェイスなら私の隣で、色を失った作業員が力いっぱい握り締めている。
重なる場面がある。シンジ君が初めて初号機の前に立ったとき、初号機も自律行動を…。
「…うぅん…。それでも…!」
それでも筋を立てられない。
初号機が落下物から彼を守るための防御行動を、そうとしかと思えない動作をしたことについても、一連の暴走と同じく、まだ完全に解明が成された訳では無い。
だが『既に彼のパーソナルデータを書き込まれていた初号機が適合者の危機に反応した』と、いう一応の筋道を立てることは出来る。技術的な裏付けがまるでついて来ないのが、技術屋の端くれとしては難な仮説ではあるのだけど。
しかし、これは意味合いがあまりに違う。彼らは危機的状況にあったわけではない。零号機もまた、未だレイのパーソナルが搭載されたままだ。だが…。
「…貴方達?」
2人が私の方を見た。
根拠はなかった。が、気付けば口走っていた。
「貴方達がEVAを動かしたの?」
鈴原君はきょとんとしていた。しかし渚君は事も無げに言い放った。
「いけませんでしたか?」
824: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:30:17 ID:???
「…零号機の動作直前、彼らはそう言っていました」
私は司令に呼ばれ、耳にしたことを全て話した。少し…彼らに後ろめたさを感じながら。
「しかし私にはそれが関係しているとはとても…」
直前直後のデータを検証しながら司令は私の話を聞いていた。
おかしなことにあまり驚いた様子ではなかった。零号機の動作にも。彼らの発言にも。まるで予測の範囲内とでも言うかのように。
「本人達はどう言っていた」
「…確かに5th自身は自分がやったと口にしてはいますが…はっきりしない表現も多く…この言葉をそのまま信用するのはどうかと…」
「関連はない、と?」
本当を言うと…そうとまでは思わない。無関係とまで言うと嘘臭い。しかし
「プラグ外部からのEVAとのシンクロも理論的には可能なはずだ」
耳を疑った。司令はこの説明のつかない事態を、極々当然のことのように受け止めようとしている?
それも4thと5thの…まだ素性も定かではない少年達がとても無責任に放った発言を軸にして。
「し、しかしそれは数値上の話であって…!実際にそれを行うには100%以上のシンクロ率が必要であり、現実には…!第一、コアの変更が行われていない訳で、システム上…」
「情報は正しかった、ということか」
「は…?」
「ドイツ支部が5thの資質について、重大な報告を寄せている」
司令はファイルを差し出した。『極秘』と記されているそれを私は受け取った。
「――!!!!!
そんな…!EVAとのシンクロ率を自由に設定可能…それも自分の意思で…!?」
「内容について口外は無用だ」
当たり前だ。口外出来る訳がない。こんなこと。ありえない。こんなことがまかり通るなら、私達、技術屋が今まで積み上げてきた理論や世界観がひっくり返される。台無しにされる。
「赤木博士を呼べ」
司令が言った。
「初号機との適性を調べろ」
そして…
私は司令に呼ばれ、耳にしたことを全て話した。少し…彼らに後ろめたさを感じながら。
「しかし私にはそれが関係しているとはとても…」
直前直後のデータを検証しながら司令は私の話を聞いていた。
おかしなことにあまり驚いた様子ではなかった。零号機の動作にも。彼らの発言にも。まるで予測の範囲内とでも言うかのように。
「本人達はどう言っていた」
「…確かに5th自身は自分がやったと口にしてはいますが…はっきりしない表現も多く…この言葉をそのまま信用するのはどうかと…」
「関連はない、と?」
本当を言うと…そうとまでは思わない。無関係とまで言うと嘘臭い。しかし
「プラグ外部からのEVAとのシンクロも理論的には可能なはずだ」
耳を疑った。司令はこの説明のつかない事態を、極々当然のことのように受け止めようとしている?
それも4thと5thの…まだ素性も定かではない少年達がとても無責任に放った発言を軸にして。
「し、しかしそれは数値上の話であって…!実際にそれを行うには100%以上のシンクロ率が必要であり、現実には…!第一、コアの変更が行われていない訳で、システム上…」
「情報は正しかった、ということか」
「は…?」
「ドイツ支部が5thの資質について、重大な報告を寄せている」
司令はファイルを差し出した。『極秘』と記されているそれを私は受け取った。
「――!!!!!
そんな…!EVAとのシンクロ率を自由に設定可能…それも自分の意思で…!?」
「内容について口外は無用だ」
当たり前だ。口外出来る訳がない。こんなこと。ありえない。こんなことがまかり通るなら、私達、技術屋が今まで積み上げてきた理論や世界観がひっくり返される。台無しにされる。
「赤木博士を呼べ」
司令が言った。
「初号機との適性を調べろ」
そして…
825: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:31:23 ID:???
「5thを初号機の専属操縦者にだと!?正気か!?」
「検査の結果も出た。適性については申し分ない」
「申し分ないだと!?よく言ったものだ!」
囁くような声での怒鳴り合いというのも器用なものだった。
職員たちが慌てて道を開けるのは、大柄な二人が足早と言うにも不自然なくらいに忙しなく、また異様に険悪な様子で通路を猛然と突き進んでくるという、それだけが理由ではなく、そこが普段、総司令と副司令が滅多に訪れないような区画だからである。
その二人の後ろ、会話が聞き取れないように配慮した距離を開け、碇の秘書(♀)が困った様子でついて来ている。こちらは小走りに近い。
碇には予定がある。そろそろ発たなければいけない時間にさしかかっていることを伝えたいのだが、そのタイミングを見つけられないのだ。
歩を進める碇にもどこに向かっているのかは定かではないのだろう。ただ、とにかく歩いていた。落ち着いて話しているようで、内心、全くそうでない。
「あらゆるコアとのシンクロが行えるばかりではなく、その数値までもが自らの意思で設定が可能…この資質がどれほど異常なものか分からないはずはあるまい!危険すぎる!容認できん!」
本人達には小声のつもりのその声も、段々と小声とは呼びづらいボリュームへとさしかかりつつある。人が少ない区画なのがまだ救いではあった。
ハイペース過ぎるウォーキングのせいか、語気ばかりか息まで荒くなり始める。
「専属操縦者と言っても建前に過ぎん…!実際には改良されたダミーとレイを軸に運用する。
4thの適性はまだ分からんが、騙し騙し、弐号機で後方支援を任せることくらいはできるだろう。こちらも“危険”がなければの話だ。どちらにしても軽はずみにエヴァを任せはしない。彼らのケイジへの立ち入りも禁止する」
「なるほど。建前か。ならば尚の事、あんな低次元な売り言葉に買い言葉で3rdまでを切る理由はどこにも無いな…!」
「…“アレ”をあのまま、乗せることも同様に危険だ。
“アレ”との関係は破綻したと言っていい。もはや完全に我々のコントロールから外れている」
「親の責務を放棄した結果の当然の結末に対して、それが言い訳のつもりか。
はっきり言ったらどうだ。レイが惜しい、と」
「………」
碇は反論しようともしなかった。
「検査の結果も出た。適性については申し分ない」
「申し分ないだと!?よく言ったものだ!」
囁くような声での怒鳴り合いというのも器用なものだった。
職員たちが慌てて道を開けるのは、大柄な二人が足早と言うにも不自然なくらいに忙しなく、また異様に険悪な様子で通路を猛然と突き進んでくるという、それだけが理由ではなく、そこが普段、総司令と副司令が滅多に訪れないような区画だからである。
その二人の後ろ、会話が聞き取れないように配慮した距離を開け、碇の秘書(♀)が困った様子でついて来ている。こちらは小走りに近い。
碇には予定がある。そろそろ発たなければいけない時間にさしかかっていることを伝えたいのだが、そのタイミングを見つけられないのだ。
歩を進める碇にもどこに向かっているのかは定かではないのだろう。ただ、とにかく歩いていた。落ち着いて話しているようで、内心、全くそうでない。
「あらゆるコアとのシンクロが行えるばかりではなく、その数値までもが自らの意思で設定が可能…この資質がどれほど異常なものか分からないはずはあるまい!危険すぎる!容認できん!」
本人達には小声のつもりのその声も、段々と小声とは呼びづらいボリュームへとさしかかりつつある。人が少ない区画なのがまだ救いではあった。
ハイペース過ぎるウォーキングのせいか、語気ばかりか息まで荒くなり始める。
「専属操縦者と言っても建前に過ぎん…!実際には改良されたダミーとレイを軸に運用する。
4thの適性はまだ分からんが、騙し騙し、弐号機で後方支援を任せることくらいはできるだろう。こちらも“危険”がなければの話だ。どちらにしても軽はずみにエヴァを任せはしない。彼らのケイジへの立ち入りも禁止する」
「なるほど。建前か。ならば尚の事、あんな低次元な売り言葉に買い言葉で3rdまでを切る理由はどこにも無いな…!」
「…“アレ”をあのまま、乗せることも同様に危険だ。
“アレ”との関係は破綻したと言っていい。もはや完全に我々のコントロールから外れている」
「親の責務を放棄した結果の当然の結末に対して、それが言い訳のつもりか。
はっきり言ったらどうだ。レイが惜しい、と」
「………」
碇は反論しようともしなかった。
826: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:32:18 ID:???
「…必要だったのは、口実か。3rdを切り捨てるに足るだけの。確かに5thのあの数値ならば申し分はないだろう。
適格者で、かつ息子への戦力外通告となればこれ以上ない綱紀粛正にもなる。全く、いいタイミングにやってきたものだな…!」
冬月の辛らつな言葉にも碇は何も言わない。冬月は苛立たしげに言葉を続けた。
「碇。本当に自分が何をやっているか分かっているか?お前の目はちゃんと開いているのか?彼は何だ?レイとは何だ?
お前の息子だぞ!?そしてレイは…」
「冬月。お前はアレを戦力として計算するのか?女のことで全てを見失っている、アレに命を預けられるのか?」
「誰の話だ。お前のことか?」
「………」
「レイに拘ることは結構だ。“繋ぎ”として玩ぶのもかまわん。“彼女”への思いを投影するのも自由だ。趣味の範疇でならばな。
その思いはあくまで“気休め”であり、レイという存在は“手段”に過ぎないはずだ。そうでなくてはならないはずだ。
しかし今のお前はその分を越えている。手段と目的が入れ変わっている」
「………」
もはやその声は小声ではなかった。しかし分からないものが聞いたところでそれは『中年男の少女への病んだ感情を戒めている』、それ以上には聞こえないはずで、特に不都合は無い。せいぜい噂が立つくらいのことだ。
いや、実際にそれ以上のことではないのかもしれない。
「我が身を省みることだ。私には今のお前が、彼と同じだけ正常ではない存在に見える」
「…冬月。レイの心がアレに移ってしまえば、全て…」
「自分の息子を“アレ”“アレ”とよく言えるもんだ」
その言葉に碇は立ち止まる。
「………」
通路の向こうに立つ者がいた。言葉の主がいた。
碇も冬月にも、また碇の秘書にも一応、知った顔、の“はず”だった。知った、というには変形しつくした顔面ではあったが。
幾分自信なさげではあったが、冬月は静かに彼に声を掛けた。
「…しばらくぶりだね」
「お久しぶりです、先生」
くぐもった声で冬月に返事を返しながらも、元・田宮は鬼の形相で碇を睨みつけていた。
適格者で、かつ息子への戦力外通告となればこれ以上ない綱紀粛正にもなる。全く、いいタイミングにやってきたものだな…!」
冬月の辛らつな言葉にも碇は何も言わない。冬月は苛立たしげに言葉を続けた。
「碇。本当に自分が何をやっているか分かっているか?お前の目はちゃんと開いているのか?彼は何だ?レイとは何だ?
お前の息子だぞ!?そしてレイは…」
「冬月。お前はアレを戦力として計算するのか?女のことで全てを見失っている、アレに命を預けられるのか?」
「誰の話だ。お前のことか?」
「………」
「レイに拘ることは結構だ。“繋ぎ”として玩ぶのもかまわん。“彼女”への思いを投影するのも自由だ。趣味の範疇でならばな。
その思いはあくまで“気休め”であり、レイという存在は“手段”に過ぎないはずだ。そうでなくてはならないはずだ。
しかし今のお前はその分を越えている。手段と目的が入れ変わっている」
「………」
もはやその声は小声ではなかった。しかし分からないものが聞いたところでそれは『中年男の少女への病んだ感情を戒めている』、それ以上には聞こえないはずで、特に不都合は無い。せいぜい噂が立つくらいのことだ。
いや、実際にそれ以上のことではないのかもしれない。
「我が身を省みることだ。私には今のお前が、彼と同じだけ正常ではない存在に見える」
「…冬月。レイの心がアレに移ってしまえば、全て…」
「自分の息子を“アレ”“アレ”とよく言えるもんだ」
その言葉に碇は立ち止まる。
「………」
通路の向こうに立つ者がいた。言葉の主がいた。
碇も冬月にも、また碇の秘書にも一応、知った顔、の“はず”だった。知った、というには変形しつくした顔面ではあったが。
幾分自信なさげではあったが、冬月は静かに彼に声を掛けた。
「…しばらくぶりだね」
「お久しぶりです、先生」
くぐもった声で冬月に返事を返しながらも、元・田宮は鬼の形相で碇を睨みつけていた。
827: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:33:28 ID:???
相当な目に合わされたらしい。
目は腫れ上がり、鼻は捻じ曲がり、唇はあちらこちらが割れ、個人を判別するためのパーツは、およそ原型を留めていない。田宮だと判別できたのが不思議なくらいだった。
ボタンが全て吹き飛んだボロボロのワイシャツは、たかが数日でよくぞここまでというほどに黒ずんでいる。自身の血で。
「…何故ここにいる」
「…どっちかと言うとこっちの台詞だろう。まぁ、いい。丁度良かった…」
たどたどしい喋り方だった。おそらく口の中もズタズタなのだろう。
確かにそうだ。彼らが今いるのは独房に近い側面を持つ部屋ばかりの区画であり、また、そこに入れられるような存在もそう多くはいない訳で…人が少ないのは当然だった。
侵入者や機密漏洩を行った者のような、『NERVに害をもたらす危険人物』にしか用が無い空間ではあるのだが、そこの最多利用者であり、複数回、利用したことがある唯一の人物が、サードチルドレンだというのは冗談にもならなかった。
田宮がここにいる理由については通路の少し先で、開けっ放しになっているドアと、そのドアが閉まり切らない原因である“誰かに殴られたかのように倒れている三名ばかりの保安部員”が関係しているかもしれない。
その3人の間抜けを見て碇の眉間の皴が更に深くなった。
「こいつらは…論外だ」
「…保安部員の質の低下を伝えたかったのなら、もう充分だが?」
「2ndを切ったのか?」
「お前には関係ない」
「自分の息子まで切り捨てたというのは事実か?」
「何度も言わせるな。お前には関係ない」
秘書がチラリと司令の表情を伺う。およそ総司令に対する口の利き方ではない。
「司令…お時間が」
「あぁ…」
田宮を前にしてわずかでもクールダウンしたらしい碇がようやく秘書の声に耳を傾ける。しかし田宮が更に声をかける。
「待て、話は終わっていない」
「話?そんなものが“始まって”いたのか?」
目は腫れ上がり、鼻は捻じ曲がり、唇はあちらこちらが割れ、個人を判別するためのパーツは、およそ原型を留めていない。田宮だと判別できたのが不思議なくらいだった。
ボタンが全て吹き飛んだボロボロのワイシャツは、たかが数日でよくぞここまでというほどに黒ずんでいる。自身の血で。
「…何故ここにいる」
「…どっちかと言うとこっちの台詞だろう。まぁ、いい。丁度良かった…」
たどたどしい喋り方だった。おそらく口の中もズタズタなのだろう。
確かにそうだ。彼らが今いるのは独房に近い側面を持つ部屋ばかりの区画であり、また、そこに入れられるような存在もそう多くはいない訳で…人が少ないのは当然だった。
侵入者や機密漏洩を行った者のような、『NERVに害をもたらす危険人物』にしか用が無い空間ではあるのだが、そこの最多利用者であり、複数回、利用したことがある唯一の人物が、サードチルドレンだというのは冗談にもならなかった。
田宮がここにいる理由については通路の少し先で、開けっ放しになっているドアと、そのドアが閉まり切らない原因である“誰かに殴られたかのように倒れている三名ばかりの保安部員”が関係しているかもしれない。
その3人の間抜けを見て碇の眉間の皴が更に深くなった。
「こいつらは…論外だ」
「…保安部員の質の低下を伝えたかったのなら、もう充分だが?」
「2ndを切ったのか?」
「お前には関係ない」
「自分の息子まで切り捨てたというのは事実か?」
「何度も言わせるな。お前には関係ない」
秘書がチラリと司令の表情を伺う。およそ総司令に対する口の利き方ではない。
「司令…お時間が」
「あぁ…」
田宮を前にしてわずかでもクールダウンしたらしい碇がようやく秘書の声に耳を傾ける。しかし田宮が更に声をかける。
「待て、話は終わっていない」
「話?そんなものが“始まって”いたのか?」
828: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:34:29 ID:???
田宮はシャツのポケットから、くしゃくしゃになり、所々、黒ずんだ紙切れを放り出す。そこにはこれ以上無いくらい雑な字で【“限”職届】と記されていた。
理解に苦しむ字面だったが、好意的に、かつ能動的に、かつ積極的に想像を働かせればギリギリ意味が読み取れないこともない。汚れようからして独房に放り込まれる前に書いたものらしい。
拾え。ということらしかったが、碇はにべもなかった。
「誤字を直し、正しい書式で、他人にも読める字で書き直した上で直属の上司に提出しろ。私は受け取り口ではない」
田宮は『誤字?』…と小さく呟き、異様な形に変形し、変色した右手を示した。
「…この有様だ。二度手間は御免だ」
「では懲戒免職になるのを待て。同僚に対する暴力行為、職務の甚だしい逸脱…充分だ。
しっかり前科もつけてやる。退職金は無い」
「どうせなら要人の殺害も追加するか?それなら即日解雇で手っ取り早そうだ」
“元”前科五犯(暴行、窃盗、麻薬所持等)が殺気立った声でそう口にした。
「アンタには随分、殴られたな、“六分儀”。昔のようには…」
秘書がすっと碇の前に出た。
表情は変わらず、身構える風でもなく、ファイルなども手にしたままだったが、田宮はしばらく睨みつけた後に舌打ちし、それ以上の悪態は続けなかった。
今更、命や人生が惜しいわけではなかったが、目の前に立つ、『人間である』というくらいしか共通点が無い“別物”に挑戦して“無駄遣い”するのも馬鹿らしい。
「…昔のよしみで現時刻をもって解雇してやる。どこへでも行け」
『どこへでも』。前科云々は売り言葉で済ませてくれるらしかった。しかし田宮は余計な言葉を続ける。
「…息子へのこういう仕打ちを“あの人”が生きてたらどう思うんだろうな」
死人を持ち出すのは捨て台詞としては下の下だ。
碇が無言で通り過ぎる。二人は視線を合わそうともしなかった。秘書の視線だけが田宮に向けられたまま、通り過ぎていった。当然振り返ることもない。
理解に苦しむ字面だったが、好意的に、かつ能動的に、かつ積極的に想像を働かせればギリギリ意味が読み取れないこともない。汚れようからして独房に放り込まれる前に書いたものらしい。
拾え。ということらしかったが、碇はにべもなかった。
「誤字を直し、正しい書式で、他人にも読める字で書き直した上で直属の上司に提出しろ。私は受け取り口ではない」
田宮は『誤字?』…と小さく呟き、異様な形に変形し、変色した右手を示した。
「…この有様だ。二度手間は御免だ」
「では懲戒免職になるのを待て。同僚に対する暴力行為、職務の甚だしい逸脱…充分だ。
しっかり前科もつけてやる。退職金は無い」
「どうせなら要人の殺害も追加するか?それなら即日解雇で手っ取り早そうだ」
“元”前科五犯(暴行、窃盗、麻薬所持等)が殺気立った声でそう口にした。
「アンタには随分、殴られたな、“六分儀”。昔のようには…」
秘書がすっと碇の前に出た。
表情は変わらず、身構える風でもなく、ファイルなども手にしたままだったが、田宮はしばらく睨みつけた後に舌打ちし、それ以上の悪態は続けなかった。
今更、命や人生が惜しいわけではなかったが、目の前に立つ、『人間である』というくらいしか共通点が無い“別物”に挑戦して“無駄遣い”するのも馬鹿らしい。
「…昔のよしみで現時刻をもって解雇してやる。どこへでも行け」
『どこへでも』。前科云々は売り言葉で済ませてくれるらしかった。しかし田宮は余計な言葉を続ける。
「…息子へのこういう仕打ちを“あの人”が生きてたらどう思うんだろうな」
死人を持ち出すのは捨て台詞としては下の下だ。
碇が無言で通り過ぎる。二人は視線を合わそうともしなかった。秘書の視線だけが田宮に向けられたまま、通り過ぎていった。当然振り返ることもない。
829: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:35:31 ID:???
冬月が静かに歩み寄る。田宮は冬月に目をやることなく静かに口を開いた。
「…アホ共が嬉しそうに教えに来ました。2ndと3rd、二人揃ってクビだ、と。んで…」
「それで大暴れかね…」
「ぬるい暴力にさらされるのも飽きてきたところだったんで。これも処分の対象になりますか?」
「当然なるとも。手錠を付けられた重傷の男1人に武装保安部員3人が昏倒させられたのだから。クビだよ。
冗談でも、もう二度と仕事を任せられん」
「はは…は…」
田宮は傷ついた唇に気を使いながら、小さく笑った。いつ以来か分からないような笑いだったが…すぐに消えた。
「…この10余年鍛え続けてきた男が、50目前の男を叩き伏せたところで誰も凄いとは思わんよ」
「…先生はあいつを殴り飛ばしたいと思うことはありませんか?」
「しょっちゅうだよ。しかし堪え切れそうに無いのは今度が初めてだな」
驚いて田宮はようやく冬月の顔を見た。冬月の目には失望と嫌悪と怒りが満ち満ちていた。
「殴り飛ばすなら私が先約だろう。違うかね?君ほどの豪腕ぶりは期待せんで欲しいがな」
冗談めかしてはいるが、その目は笑っていない。自分以上に怒りを抑えている者がいることに今更のように気付き、田宮は己のちっぽけな暴力衝動を何とか意識の隅に追いやる。そうすると、より一層重たいものが田宮の心に下りた。
「…もう決定ですか」
「…君らが君らなりに色々と腐心してくれたのは知っている。苦労を無にするようで済まないが…」
「いえそんな…元はといえば…」
田宮は大きな身体を縮みこませた。
「先生…申し訳ありません。自分が…もっとしっかり2ndを…」
謝罪の仕様もなく、田宮はうなだれた。そんなことはない、などと口にしはしなかったが、冬月は哀れむように田宮を見つめた。
「…アホ共が嬉しそうに教えに来ました。2ndと3rd、二人揃ってクビだ、と。んで…」
「それで大暴れかね…」
「ぬるい暴力にさらされるのも飽きてきたところだったんで。これも処分の対象になりますか?」
「当然なるとも。手錠を付けられた重傷の男1人に武装保安部員3人が昏倒させられたのだから。クビだよ。
冗談でも、もう二度と仕事を任せられん」
「はは…は…」
田宮は傷ついた唇に気を使いながら、小さく笑った。いつ以来か分からないような笑いだったが…すぐに消えた。
「…この10余年鍛え続けてきた男が、50目前の男を叩き伏せたところで誰も凄いとは思わんよ」
「…先生はあいつを殴り飛ばしたいと思うことはありませんか?」
「しょっちゅうだよ。しかし堪え切れそうに無いのは今度が初めてだな」
驚いて田宮はようやく冬月の顔を見た。冬月の目には失望と嫌悪と怒りが満ち満ちていた。
「殴り飛ばすなら私が先約だろう。違うかね?君ほどの豪腕ぶりは期待せんで欲しいがな」
冗談めかしてはいるが、その目は笑っていない。自分以上に怒りを抑えている者がいることに今更のように気付き、田宮は己のちっぽけな暴力衝動を何とか意識の隅に追いやる。そうすると、より一層重たいものが田宮の心に下りた。
「…もう決定ですか」
「…君らが君らなりに色々と腐心してくれたのは知っている。苦労を無にするようで済まないが…」
「いえそんな…元はといえば…」
田宮は大きな身体を縮みこませた。
「先生…申し訳ありません。自分が…もっとしっかり2ndを…」
謝罪の仕様もなく、田宮はうなだれた。そんなことはない、などと口にしはしなかったが、冬月は哀れむように田宮を見つめた。
830: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:36:31 ID:???
「…それも一つの要因だろうがね。だが君一人の不手際だけでここまで事態が複雑化したわけではないだろう」
「しかし…!」
「誰かが止めれば良かった。一度、たった一度、どこかで止まっていればここまでのことにはならなかっただろう。
だがことごとく止まらなかった。転がり続けた。その結果行くところまでいってしまった。それだけのことだ」
そう言うと冬月は“限”職届を拾い、差し出した。田宮はそれを見つめ、震える唇を開いた。
「先生…いや、副司令。その…自分はどう責任を取れば…」
「取れるのかね。責任が。君に。君如きに」
「………」
「君の人生と引き換えに取り返しがつくのならば私とてそうするがね。私も碇の処分を責めてはいるが…実際には碇にも、もうどうすることも出来んだろう。
仮に処分を取り消したところで2ndの弐号機とのシンクロは望めんし、もう3rdは我々の制御化には無い。
…何も改善しない」
喋りながら冬月自身にも状況が染み入っていく。もう…どうしようもないのだ。
「罰が欲しいというのならここをやめるということ自体がそれだ。
社会的な保証も信用も何も無くなる。それは社会人としては充分な罰と言えると思わんかね」
「そんな…それでは示しが…」
「裁かれるべきなのに裁かれずにのうのうと生きているものなどいくらでもいる。碇も、私も、君もそうだ。違うかね」
「………」
「それにな。田宮君」
冬月の目は田宮の方を向いてはいたが、彼を通り越し、彼以外のものに向けられているようだった。
「そうせねば世界が回らないのは知っている。それでも私個人はそれで何が生まれるわけでもないのに、誰かを不幸にすることで物事を決着させたり、推し進めたりするのには、もう…飽き飽きしているんだよ。
君に対してまで私はそれをせねばならんのかね?」
その言葉に田宮は、冬月の疲れを、迷いを、後悔を、老いを見た。だから黙って“限”職届を受け取った。
「…冬月先生。一つだけ教えてください」
「何かな?」
「ニンベンですか?」
「シンニョウだよ」
今度こそ“退”職届を書くことが出来そうだった。
「しかし…!」
「誰かが止めれば良かった。一度、たった一度、どこかで止まっていればここまでのことにはならなかっただろう。
だがことごとく止まらなかった。転がり続けた。その結果行くところまでいってしまった。それだけのことだ」
そう言うと冬月は“限”職届を拾い、差し出した。田宮はそれを見つめ、震える唇を開いた。
「先生…いや、副司令。その…自分はどう責任を取れば…」
「取れるのかね。責任が。君に。君如きに」
「………」
「君の人生と引き換えに取り返しがつくのならば私とてそうするがね。私も碇の処分を責めてはいるが…実際には碇にも、もうどうすることも出来んだろう。
仮に処分を取り消したところで2ndの弐号機とのシンクロは望めんし、もう3rdは我々の制御化には無い。
…何も改善しない」
喋りながら冬月自身にも状況が染み入っていく。もう…どうしようもないのだ。
「罰が欲しいというのならここをやめるということ自体がそれだ。
社会的な保証も信用も何も無くなる。それは社会人としては充分な罰と言えると思わんかね」
「そんな…それでは示しが…」
「裁かれるべきなのに裁かれずにのうのうと生きているものなどいくらでもいる。碇も、私も、君もそうだ。違うかね」
「………」
「それにな。田宮君」
冬月の目は田宮の方を向いてはいたが、彼を通り越し、彼以外のものに向けられているようだった。
「そうせねば世界が回らないのは知っている。それでも私個人はそれで何が生まれるわけでもないのに、誰かを不幸にすることで物事を決着させたり、推し進めたりするのには、もう…飽き飽きしているんだよ。
君に対してまで私はそれをせねばならんのかね?」
その言葉に田宮は、冬月の疲れを、迷いを、後悔を、老いを見た。だから黙って“限”職届を受け取った。
「…冬月先生。一つだけ教えてください」
「何かな?」
「ニンベンですか?」
「シンニョウだよ」
今度こそ“退”職届を書くことが出来そうだった。
831: N3爆弾 ◆WwZ76piHps 2006/02/17(金) 21:37:52 ID:???
まだデータ処理は行われてはいないようで。
ケイジへと通じる通路はちゃんとシンジのIDを読み込み、道を開いた。
「………」
朝とは…たった一時間余り前とは何もかもが変わり果ててしまっていた。
こうなるリスクを承知の上での行動だった。しかし本当を言うと本当にこうなるとは思ってはいなかった。少なくとも結論は先送りにされるくらいには思っていた。それがこうもあっさりと放り出されるとは…。
考えも、覚悟も、説得力も。何もかもが足らなかったのだろう。
誰を恨む訳にもいかず段ボール箱を抱えて、シンジはタラップを歩く。父親を恨んでもいいような気がしたが、敗北感が先に立ち、それすらもままならない。
昼にはココを出なければいけない。それまでに手荷物をまとめ、備品を返却し…。アスカのように挨拶回りをする時間はほとんどない。にもかかわらず箱の中にはほとんど物は入っていない。作業ははかどっていなかった。
そういえば…アスカは…アスカはどうしただろうか。あの後、泣き喚きながらシンジを引っ叩き、罵り…それからは分からなかった。
アスカと過ごせる時間も、残りわずかだ。しかし今のシンジにはそこまで考えを及ぼすことが出来なかった。
「………」
足を止め、シンジは初号機を見上げる。サードチルドレンとしてのわずかな残り時間の使い道として、選んだのが…ココだった。
物言わぬ巨人がシンジを見下ろしている。シンジもまた物言わず巨人を見上げる。初号機の前に発つのは実に久しぶりだった。
おかしな機体だった。おかしなことをたくさん起こした。それだけにここに来れば劇的な何かが起こるような気がしたのだが…。どうやら今回はそういうことは無さそうだ。
「碇シンジ君…」
作業員がシンジを呼んでいた。
「申し訳ないが。もうここへの立ち入りは遠慮してくれるか。そういうお達しなんだ」
「…わかりました」
愛想のない口振りだったが、それに対して何かを思うだけの余白がシンジにはもう残っていない。
段ボールを抱え直し、シンジはもう一度、初号機を見上げた。泣くことが出来るかと思ったが、涙は出なかった。
「………。それじゃ…」
サードチルドレンはタラップを戻っていった。初号機がそれをじっと見つめていた。
ケイジへと通じる通路はちゃんとシンジのIDを読み込み、道を開いた。
「………」
朝とは…たった一時間余り前とは何もかもが変わり果ててしまっていた。
こうなるリスクを承知の上での行動だった。しかし本当を言うと本当にこうなるとは思ってはいなかった。少なくとも結論は先送りにされるくらいには思っていた。それがこうもあっさりと放り出されるとは…。
考えも、覚悟も、説得力も。何もかもが足らなかったのだろう。
誰を恨む訳にもいかず段ボール箱を抱えて、シンジはタラップを歩く。父親を恨んでもいいような気がしたが、敗北感が先に立ち、それすらもままならない。
昼にはココを出なければいけない。それまでに手荷物をまとめ、備品を返却し…。アスカのように挨拶回りをする時間はほとんどない。にもかかわらず箱の中にはほとんど物は入っていない。作業ははかどっていなかった。
そういえば…アスカは…アスカはどうしただろうか。あの後、泣き喚きながらシンジを引っ叩き、罵り…それからは分からなかった。
アスカと過ごせる時間も、残りわずかだ。しかし今のシンジにはそこまで考えを及ぼすことが出来なかった。
「………」
足を止め、シンジは初号機を見上げる。サードチルドレンとしてのわずかな残り時間の使い道として、選んだのが…ココだった。
物言わぬ巨人がシンジを見下ろしている。シンジもまた物言わず巨人を見上げる。初号機の前に発つのは実に久しぶりだった。
おかしな機体だった。おかしなことをたくさん起こした。それだけにここに来れば劇的な何かが起こるような気がしたのだが…。どうやら今回はそういうことは無さそうだ。
「碇シンジ君…」
作業員がシンジを呼んでいた。
「申し訳ないが。もうここへの立ち入りは遠慮してくれるか。そういうお達しなんだ」
「…わかりました」
愛想のない口振りだったが、それに対して何かを思うだけの余白がシンジにはもう残っていない。
段ボールを抱え直し、シンジはもう一度、初号機を見上げた。泣くことが出来るかと思ったが、涙は出なかった。
「………。それじゃ…」
サードチルドレンはタラップを戻っていった。初号機がそれをじっと見つめていた。
元スレ:https://anime.5ch.net/test/read.cgi/eva/1115760691/
コメント
自分で勝手に決めて、自分で破ってるからツッコまれる訳で
おかげで粘着アンチみたいなのが沸いてるしね…
どのみち未完成の作品だし消した方が良いので?
ごめん。良いのでは?と書きたかった。
サイト名どなたか教えていただけますか?
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