735: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/11/03(土) 23:47:23 ID:???
古来より人間は平等たる行為を模索してきた。
集団行為においてそれは必要不可欠なのである。
その行為の結果は誰にも文句を言えるものではない。
だからこそ必要なのである。
そう、『じゃんけん』は。

じゃんけーんぽん!
「へっへーん、頂きぃ!」
「くぅー、最後のコロッケがー、アスカの元にぃー!」
「とほほ、じゃんけん苦手なのに……」

ここ葛城家でもこの行為は大きな意味を持つ。
ありとあらゆる面で融通が利くその行為はこの家庭でも必要不可欠なのである。
まずは定番、最後のおかず争奪戦。

じゃんけーんぽん!
「よっしゃぁ! 今日はあのドラマが見たかったのよねー!」
「ぶーぶー! ミサトが見てるあのドラマ退屈なのよねぇ」
「とほほ、今日の『ガッテン』は見逃せない回なのに……」

お次も定番、チャンネル争い。
さてさてお次は……
じゃんけーんぽん!
「よっし! 今日もアタシが一番風呂ー!」
「むぅー、まぁ二番目になれただけでも良しとしましょ」
「とほほ、ふたりとも長風呂なのに……」

736: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/11/03(土) 23:49:49 ID:???
これもある意味定番?お風呂の順番決め。
さてさてお次は?
じゃんけーんぽん!
「あっ……こういう時だけ勝っちゃうんだ……」
「……ふん、さっさとやりなさいよ」
「あらあら、アスカ。顔が真っ赤よ?」
「ウッサイ!」
「じゃあ、まずはミサトさんから……」
「はいはい、どーんときなさい」
ちゅっ
「……お休みなさい」
「あはは、これぐらいで照れないの、本番はこれからなのに」
「ほ、本番ってなによ!?」
「なにかしらねー?」
「むむむ……!」
「じゃあ、次はアスカね……」
「ど、どーんと来なさいよ! ほらぁ!」
「いや、顔を突き出されても……、ほっぺを突き出してもらわないと……」
「わ、解ってるわよ、馬鹿!」
「唇にして欲しかったりするわけ?」
「ウッサイって言ってるでしょうに! 外野は黙ってなさい!!」
お休みなさいのキスをする担当決め。
何とも初々しいというか、恥ずかしいというか。
それもこれも家族だから。
三人合意の元の行動なのだ。
これからも三人仲良く幸せに家族として暮らせますように、おやすみなさい。
「でも、このふたり、家族って言うよりも恋人って感じなのよねぇー」
「ニヤニヤしながら訳解んないこと言ってんじゃないわよ!」
「……恥ずかしいから早く済ませたい……」
そんな葛城家。

741: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/11/22(木) 01:54:24 ID:???
「あ、雨」
気付いたのは窓際に座っていた女子生徒1人だった。
ポツリと零れたその一言にクラス中の目線は外へと注がれ、あちゃー、や、私傘持ってきてないよぉ、
などと溜め息混じりの声が授業中であるにも関わらず漏れ出している。
しかし、教師と呼ばれる存在も人であり、その突然の自然現象には成す術は無く、生徒と同じように窓
の外を眺め、少々困った表情を見せていた。
が、そこはやはり大人である。
その表情も一瞬の出来事であり、お静かに、という一言を大声ではなく力強く発することにより教室の
静寂は守られた。
けれどもそれで天気が変わるわけではない。
これから起こる行事、帰宅という面においてこの雨は避けては通れない試練である。
静寂に包まれた教室内とは言え、生徒達の心は晴れない。
それはもちろん、少年と少女も同じであった。

「やまないね」
「やまわないわね」

授業も全て終わり、後は帰宅するだけとなったところでふたりは足を止めていた。
当然と言えば当然なのだが、このままこうして学校内に居てもただの延命処置でしかない。
それを悟った生徒等の多くは濡れながらも走り帰宅する姿がちらほらと見て取れる。
自分達もその行動しか残された術はないのだが、どうも憂鬱だ。
ただ濡れるだけ、そう考えれば良いのだが、どうもそれだけはない感覚。
皆様にもないだろうか?

「はぁーあ、やんなっちゃうけど走るしかないわねぇ……」
「そうだね」
「ミサトのお迎えでも期待したいところだけど……」
「仕事中だろうし無理は言えないよ」
「解ってるわよ、そんなの」

自分達の姉を思い浮かべる。
が、駄目。頼りにならないだとか、そういうことじゃない。

742: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/11/22(木) 01:56:12 ID:???
仕事中であろう時に無理は言えない、甘え過ぎるわけにはいかない。

「……雨、嫌いだな……」
「……アスカは雨が苦手なの?」
「ううん、嫌い、なの。なんでかなぁ、嫌なことばっかり思い出しちゃうから」

気の持ち様、だとは良く言う言葉。
だったら悲しい気持ちでいれば少女のようになってしまうのも道理ではないだろうか?
良い風にだけ捉えれば済む話など、人間様には難しいことだ。

「……うん、何となく解るよ、僕も」
「……でしょ?」

ざぁざぁ、と振り続ける雨を見続けるふたり。
その心には何を想っているのだろう?
悲しみだけが巣食う世界なのだろうか?
そうだったとしても、それは人間様だから致し方ない。

「でもさ」
「え?」

突然、少年が少女の手を取り出し外へと駆け出す。
外は雨、どんどん体は濡れていく。
それでも少年は少女の手を離さずに走り出す。

「僕達はまだまだ子供なんだから。こういうのも楽しむべきだと思うんだ」

息を切らし、精一杯濡れながら走る少年。
そしてそれに引っ張られる形の少女。
今の少年の台詞、何てことはない台詞。

743: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/11/22(木) 01:57:40 ID:???
少女にだけはその意味を知っている。

自分はもう大人だと思っていた頃、同年代をガキだと思っていた頃、精一杯背伸びをして大人びていた
あの頃。
それはあんまり今と変わっていないかもしれない。
でも、年齢は誤魔化せない。
結局のところ自分はまだまだ子供なんだ。
だから少年は言ったのだ。

そんなに片意地張らないで、精一杯子供として楽しんで、精一杯頑張って成長しようと。

どこまでも、どこまでも、どっこまでも少女のツボを突付いてくる。
だからこそ少年は少女にとって最高なのである。

「言うわねぇ! にしてもアンタには珍しく強引ね!」
「ほら、そこは雨のせい、ってことで!」
「何それ!? バッカみたい!」

雨の音に負けないように、声のボリュームを少し上げて楽しそうに濡れて走るふたり。
しかし、そこでふたりの時間は終わりを告げる。それは唐突に。

「待ったぁー!」

どこからともなく聞こえる声。とても聞き覚えのある声だった。
振り返れば傘を差しながらこちらに向かって走ってくる女性の姿。

「ギリチョンセーフ!!」
「ミサトさん、どうしたんですか!?」
「仕事は!?」

ゼェゼェ、と息を切らしながらふたりの上に傘を翳す女性。

744: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/11/22(木) 02:01:06 ID:???
期待していたとは言え、雅か本当に現れるとは思ってもいなかったふたりは困惑顔。

「どうせ濡れて帰るつもりだろうなぁ、と思ってね。というかその考えがドンピシャだったわけだし」

「でも仕事が……」
「そうよ、何も無理してこなくても……」
「はいはい、子供が大人に気を使ってんじゃないわよ。ほらほら、起きちゃったことは仕方ない。後悔は後だろうが先だろうが立てるもんでなし、ちゃっちゃと帰るわよぉ」

女性の台詞に苦笑を浮かべるふたり。
こういう時、子供というのは今みたいな台詞を言われれば反抗したくなるものだが、つい先ほど自分達はまだ子供だと認めただけになんとも言えない。

「あはは、やっぱりミサトさんには適わないですね……」
「なんのこと?」
「まっ、別に良いけどさぁ……もうちょっと空気読みなさいよね……」
「空気読んで傘を持ってきたんでしょうが! 何よ、私邪魔?」
「べっっにぃー、そうとは言ってないわよ」

どうやら少女としてはふたりっきりで何とも言えない良い雰囲気を壊されたことに少しお冠の様子。
ふたりの時は男女の仲となれるのだが、女性が現れると家族として一纏めにされてしまう。
それがとても幸せだということは解っているのだが、どうにもこうにも歯痒いのである。

「はいはい、悪ぅござんしたね。じゃあ、こういうのはどうよ?」

そう言って女性は傘を持ち、左隣に少年を、右隣に少女を携える。

「これにどういう意味があるのよ?」
「相合傘に決まってるじゃない」
「……アンタ、相合傘の意味知ってる?」

一本の傘に男女が入ることを相合傘と世間は言う。
現状では女性の割合が高すぎるわけだ。

745: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/11/22(木) 02:03:30 ID:???
「勿論、知らぬわけがなかろうて」
「じゃあ、なんで相合傘になるわけよ」
「ふたりの仲は傘に守られてこそ、だったら傘を持つ私がしっかり守ってあげるわよ」

女性は冗談のつもりで言ったのかもしれない。
だけどその言葉は少女の心に、少年の心にも深く刻み込まれていた。
所詮は『ごっこ』でしないのかもしれない。
けれども幸せなら、誰がそれを笑い飛ばせるのだろうか。
大体、この光景はどう見えるだろう?
きっと仲の良い家族が楽しくじゃれ合っている姿に見えるに見えるに違いない。
それだけで十分なのだろう。
だからこそ女性が用意したふたりの傘は開かれず、3人で入るには些か小さめの傘だけを使用していない。

「さっ! 濡れるのは良い気分じゃないし、さっさと帰りましょー!」
「帰ってお風呂の準備しなくちゃ」
「じゃー、アタシが一番風呂!」
「そこはお迎えに来た私に譲りなさいよ!」
「それとこれとは別問題よ!」
「じゃー、何時も通りじゃんけんで決めましょ」

何時までも家族として幸せでいられるように。
何時までも家族でいられるように。
3人は前へと歩き出して行く。

「そういえばアスカ、相合傘は否定しないの?」
「……コホン、じょーだんじゃないわ! 誰がこんな――」
「はいはい」
「……相合傘ってなんなのか、聞くべきじゃないよね……」

そんな葛城家。

746: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/11/22(木) 02:05:14 ID:???
で、この家族の後方。
もうひとりのチルドレンである少女。
この少女も雨に悩まされていた。
濡れて帰るという選択肢しかないのだが、後の事を考えるとどうにもこうにも躊躇してしまう。
風邪を引くわけにもいかないのだ。孤独の自分なら尚更。
しかし、そんな少女の前に猫のプリントがされた可愛らしい傘が視界に入る。

「レイ、帰りましょ」
「赤木博士……」

そこに居たのは仕事場で出会う女性。
少女は驚きながらも差し出された傘を受け取り、礼を言う。

「気にしなくて良いのよ」

女性はそれだけ言って少女が隣に来るのを待っていた。
そしてふたりは雨の中、並んで歩く。
妙な沈黙がそこにはあったが、少女にとってそれは嫌なものではなかった。

「少し冷えたでしょ? 帰ったら暖かい野菜スープを作るわね」

わざわざ迎えに来てくれたのだろうか?
少女にはその理由が良く解らなかった。
けれど、今は「喜び」という感情に浸れればそれで良いと思う。
不意に女性が少女の手を握る。

「ほら、こんなに冷えて。早く帰りましょ」
「はい……赤木博士……」
「リツコ」
「え?」

747: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2007/11/22(木) 02:06:45 ID:???
「リツコで良いわ」

少し照れ臭そうにしながら笑顔を見せる女性。
自分には何も無いと思っていた、少年に違うと言われてもそう思っていた。
確かに何も無いかもしれない。
けれど無いところから生まれるものもある。
それは何かは解らない。
けど、これが『家族』としての暖かさかもしれない。

「はい……」

だって、自分の手から伝わるこの暖かさは本物だから。

「……リツコ博士」
「そうぢゃなくて」

ガックリと項垂れる女性。
これからゆっくりと頑張りましょう。

そんな葛城家と愉快な仲間達。

838: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2008/02/18(月) 01:56:41 ID:???
程好い空腹感が脳を刺激する夕方時。
何時もならば喧しいほど賑やかなその家庭で、ペンギン一羽はほとほと困り果てていた。
そう、今日に限って空気が悪いのだ。どんよりと。
その理由など些細な事である。
少女と女性が他愛も無い恒例行事である口喧嘩を開始させ、食事の準備に勤しんでいた少年がその行為を咎める発言をした。
ここまでは良くある光景なのだが、今宵は女性陣ふたりがヒートアップしており、何時もなら従うその少年の言葉も強い口調で一蹴してしまったのである。
何とかそれでもふたりのボルテージを下げようと必死になる少年だったが、何時しか状況は三つ巴と変化していた。
唯一の防波堤であった少年がまさかの戦争へ参加表明を宣言したことにより、事実上この修羅場を抑えられる存在はペンギン一羽だけなのだが、悲しいかな彼の言葉は伝わらない。

「「「・・・・・・いただきます」」」

うっわっ、お通夜でございますか!?という突っ込みがどこからともなく聞こえて来そうなこの雰囲気。
だがペンギン一羽は何故か冷静に、そこはちゃんと言うんですね、と突っ込みを忘れない。葛城家順応の証である。
しかし、順応されようともやはりこの沈黙は戴けない。と言うよりもあってはならないのだ。
どうしたものかと頭を捻るが、既に語ったように言葉が通じないのであるからして手の施しようがないのだ。
ほとほと情けない話ではあるが流れに身を任せることがペンギン一羽に残された最後の手段。

沈黙したまま食事は進む。
味噌汁に手を付ける女性。

「……あ、シンちゃん、お出汁変えた?」
「あっ、マズかったですか?」
「ううん、普段と違うからなんか新鮮だなぁ、と思って。味は何時も通り美味しいわよん」
「良かったぁ、何時ものお味噌じゃなくて今回は―――」
「オホン!」

少女の咳払い。
そうだった今は喧嘩中。
再び沈黙が葛城家を襲う。

839: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2008/02/18(月) 01:58:07 ID:???
「あーーーー! 今日見たいドラマあったんだったぁーーーー! 見逃しちゃったーー!!」
「そうなると思ったから予め僕が録画しておいたよ」
「えっ!? ウソ!? ホント!?」
「録画は男の仕事、なんてね」
「良かったぁー!! さっすがシンジ、だから大す―――」
「ん?」
「ナンデモナイヨ」
「なに、その急な片言は? 何を言いかけたのさ?」
「ナニモナイアルヨ」
「……あからさまに怪しいね……何を言うつもり―――」
「うぉっほん!」

女性からの咳払い、と言う名の助け舟。
そうだった今は喧嘩中。
再び沈黙が葛城家を襲う。

「そうそう、アスカ、聞いた?」
「何を?」
「ほら、オペレーターのハルちゃん、やっと彼とゴールインしたみたいよ」
「うっそー、あれと? あんな優柔不断の男のどこが良いのかしら、趣味わるぅー」
「あと、スイちゃんもやっと彼氏が出来たって」
「あのどん臭い子にぃー!? なんかショックだわ……」
「アスカも負けてらんないわよねぇ~!?」
「そりゃあ、こっちには幾らでもチャンスはあるわけだから―――」
「お、おほん……」

少年からのやるべきかやらざるべきか散々迷った挙句の控え気味な咳払い。
そうだった今は喧嘩中。
もう無意味な気がするが再び沈黙が葛城家を襲う。

840: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2008/02/18(月) 01:59:37 ID:???
「そうだ、今度のお休み、晴れたら何処かドライブに行きましょうか?」
「どうしたんですか、突然?」
「最近お外に出てないなぁ、って思っただけなんだけどね……」
「たまには良いかもね、体動かしたいし」
「あら、だったらバトミントンでもする? 言っとくけど私強いわよ?」
「ほっほー、それはそれは……楽しみね。若さに楯突くその愚かさを存分に後悔することね」
「ふん、経験どころか尻も青い若造に負けるほど老いてないわよ……ふふふ」
「じゃあ、お昼はサンドウイッチにでもしましょうか」

やいのやいのと次の休日の予定を考える三人。
しかし、同時にピタッと会話が止まる。
そうだった、今は喧嘩中。
再び沈黙が―――

「もう、そろそろ良いですかね?」
「そうね、無意味すぎるわ」
「同感、じゃあ『せーの』でね」
「せーの」

「「「ごめんなさい」」」


何とも自然な流れで三人同時に『ごめんなさい』。
そしてその後はまた楽しく談笑を始める三人。
その全てを見ていたペンギン一羽は、自分の心配があまりにも杞憂であったことに気付かされる。
最近の雰囲気でそれは感じ取っていた。
けれど、『あの葛城家』を見ていたペンギン一羽だからこそ、ほんの些細な亀裂から、また『あの葛城家』が蘇ってしまうのではないかと考えてしまう。

841: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2008/02/18(月) 02:01:11 ID:???
「楽しみねぇー、早く日曜になんないかなぁー」
「折角外に出るんですから、飲酒は無しですよ?」
「ねぇねぇ、どうせだし雨天決行ってことにして、雨の時の計画考えない?」

でも、もう大丈夫。きっとじゃない、絶対大丈夫。
この世界はそういうところだから。
きっと三人は幸せになるんだろう。

ペンギン一羽は嬉しそうに一声挙げて、羽をパタパタとバタつかせていた。
そんな夕食時。




そしてペンギン一羽は思う。
私と一緒に住んでいる人達は、不器用で、優しくて、暖かくて。
そんな人達に飼われている自分はなんて幸せなんだろう、と。


そして、今晩のメインである焼き魚を頬張る三人を見て更に思った。




アレ、絶対、わたしの餌だ、と。
そんな葛城家。




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