<管理人注>

このssは貞本エヴァからの最終話分岐LASです。

元スレでは、同じ作者のSSがバラバラになっていたので再構成しています。

【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No.1

【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No.2

【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No.3

の続編です。








353: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/06(木) 00:34:09.43 ID:???
>>350
「すいません、ありがとうございます」
アスカとシンジは口々に礼を言い、公園を後にする。
「兄ちゃん、彼女をちゃんと送っていけよ~」
わははは、という笑い声もすぐに吹雪に紛れてしまう。
消えていくその背中に、シンジは深々と一礼をする。せめてものお礼に。
そして振り返って、外界に、現実の世界に戻るために前に進み出す。
「行こう、アスカ」
出口から通りに出て、坂をくだると、駅が見えてくる。さっき公園の管理人が言った通りだ。
「駅だ、電車動いてるといいんだけど…」
シンジの言葉が終わるか終わらないかのうちに、電車の動くガタンゴトンという音が聞こえてくる。
「動いてる!急ごう」
シンジとアスカは手を繋いで駅の方向に向かって早足で歩き出した。

駅はこの雪の中でも意外なほど混雑していて、ラッシュ時かと見紛うくらいにごった返していた。
この混雑ぶりに、2人は受験の日のことを思い出す。
「あれからもう1年が経つんだね…」「そうね、あれは運命の瞬間だったわよね」「うん」
しばし、思い出話に花が咲く。もうすぐ帰れるという気持ちが、2人に心の余裕を生んでいる。
「あたし、あったかい飲み物が飲みたい」
アスカは安心したせいか、お腹が空いてきたようだ。
2人は自販機でホットコーヒーを買い、手や頬にそのボトルをあてて身体を少しでも温めながら
ゆっくりとその甘いコーヒーを味わう。
「…甘くて美味しい」
混雑する駅のコンコースで、肩を寄せ合っている2人は、まるでそこだけ絵から抜け出して
きたかのような雰囲気を湛えていて、2人の周辺の空気の色だけが違う星のもののようだ。

354: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/06(木) 00:34:47.25 ID:???
>>353
「…電車、来ないね…」
コーヒーも空になる頃、アスカがぽつりと呟いた。そういえば、かれこれもう20分は電車が来ていない。
「…やっぱり、遅れてるのかな?」
シンジが不安げに周囲を見渡す。駅の電光掲示板には『雪のため遅れ』という表示が出ている。
「まあ、止まっているよりはマシだよね」
シンジはアスカの方を向いて力なく笑う。それにつられてアスカも引きつったような笑みを見せる。
先ほどの安堵が一転して不安に変化する。帰れるのだろうか、そんな思いが2人の頭の中を支配している。
そこへ、ようやく電車が来る、との案内。ほっとした表情で、2人は大混雑したホームへ向かう。
今度こそやっと帰れる。そう思った2人だったが、高校生バカップルの見通しはまだまだ甘かった。

「やだ、どうしよう…。」
ようやく辿り着いた乗り換えターミナル駅。しかし、ここで乗り換え線の改札の前には非情にも
『本日降雪のため終日運休』
の掲示。アナウンスは振り替え輸送の案内をしているが、シンジたちが降りる駅は、他路線では
到達できない。ましてや直通のバスなどもない筈。
「どうしようシンジ…」「どうしようか…?」「タクシーは…お金足りないわよね…」
そもそもバス乗り場もタクシー乗り場も物凄い長蛇の列。そして一向に現れないバスとタクシー。
バス乗り場とタクシー乗り場を彷徨い、そして為す術ないことを悟り、途方に暮れる2人。
あたりは既に薄暗い。晴れていればまだ明るい時間帯のはずなのだが、低い雲とこの大雪が、
太陽の光を完全に遮っている。まるで核の冬のように。
「…」無言で見つめ合う。そして同時に溜め息をつく。この空の暗さに気持ちがシンクロする。
「…」しばらく時が止まったかのようだ。
風は弱まり視界は開けたものの、雪だけが箱根駅伝6区山下りのようなペースで降り続けている。

355: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/06(木) 00:35:33.15 ID:???
>>354
「…ねぇ、シンジ、」「何?」
10分ほど無言で過ごした後、アスカが口を開いた。
「いっそのこと…と、泊まっていく?」「え?」
驚いてアスカの方を見たシンジ。アスカの視線は虚空の彼方へ…
「!」
アスカの視線を追いかけていたシンジは、そこに煌びやかなネオンを発見する。
「(ひ、ひょっとして…あれは…)」
繁華街のワンブロック先に見えたものは…いわゆるラブホ街の電飾たち。
「ま、まさか、あそこに?」心臓がけたたましい音を立てて急発進したような気がする。
こくり、と頷くアスカ。
「ま、まあ、あれよ、めめ滅多にない機会だし…、しゃ、社会科見学みたいなもんよ、」
アスカの顔も真っ赤になっていて、雪が触れたら蒸発しそうだ。
押し黙る2人。チェーンをガシャガシャいわせながらバスが通り過ぎていく。
バスが通り過ぎた後に、舞う雪。その雪が2人の目の前を飛び越えていったその時、
シンジが静かに口を開く。
「うん、わかった」
そしてゆっくりと、そちらに向かって足を踏み出す。その踏み出した足には微塵も迷いはない。

アスカは心臓が破裂しそうなほど、ドキドキしている。
生理は3日前に終わった。下着は…こんなことを予想はしていなかったから、
厚手のタイツの下は、リラックマの子供じみたパンツだし、ブラジャーはヨレている。
「(なに、構うもんか)」
アスカはそう心に決めている。こんな雪だし、知り合いに遭遇する可能性もまずないだろう。
考えてみたら、今日は絶好のチャンスなのかもしれない。雪の日に結ばれる、うん、案外
ロマンチックかもしれない。
そう思いながら、ぎゅっとシンジの手を握りしめるアスカ。シンジも緊張しているのか、
アスカの手を強く握りしめている。
大通りに出て、信号を渡り、繁華街を抜けると、2人の目的地だ。信号を待つ間、2人は
一言も喋らない。いや、喋れない。ただ、俯いてお互いに赤くなった顔を見せないようにしている。
信号がもうすぐ変わる。目の前で真っ黒なクルマが若干スリップ気味に停止する。
さあ、行くぞ。シンジとアスカはちらっとお互いを見合って、頷く。言葉は要らない。

356: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/06(木) 00:38:04.26 ID:???
>>355
「おまえたち、何やってるんだ?」
不意に空から声が降ってくる。最初は誰かが他人に話しかけているんだろうと思っていた。
「ちょっと、アスカ!シンジ君!」
ビクッと身体が反応し、そのまま固まる2人。この声には確かに聞き覚えがある…。
おそるおそる顔を起こすと、そこにいたのは…さきほどのクルマ。黒いアメリカンなサイズのSUV。
「…トレイルブレイザー?」シンジが呟く。そしてその窓から顔を見せているのは…
「か、加持先生?」「ミサト?」
ハンドルを握る加持と、その奥から顔を覗かせているミサトがそこにはいた。
「…なんでこんな時に、こんなところで?」
アスカが半ば呆然として呟く。覚悟と緊張がするりと抜けていき、一気に弛緩する。
「それはこっちの台詞よ、」
ミサトがクルマから降りてくる。雪に足を取られそうになりながら2人の前に立つ。
「こんな雪の日に…電車も止まってるじゃない、さっきラジオで言っていたわ」
「…知ってる」
ぶっきらぼうに返すアスカ。半ば放心状態だ。
「そうなんです…映画見に来たんですけど…こんなことになって、困っちゃってて…」
シンジがアスカの代わりに状況を説明する。アスカがシンジを見つめると、シンジは目で
こう返した。
「(今日はむしろ助かったと思わないと、)」
アスカは一瞬だけ鋭い視線をシンジに送り、ちょっとした抗議の意を示す。
「(なによ…、あたしとそうなりたくないの?)」「(違うよ、僕も残念だけど、
でもこの天気だから、ここは大人しくこの展開に従った方がいいと思う)」
「(結局またこういう展開?)」「(そうなんだろうね…やんなっちゃうけど)」「(ほんと)」
目を見るだけ、僅か2、3秒のコミュニケーション。アスカは天を仰ぐ。目の中にも降り注いでくる雪の結晶。
しばらくそうやって、泣きたくなる気持ちを抑えて、そうして気持ちを切り替える。
「アスカ、大丈夫?」
ミサトの声に反応できるようになるまで数秒かかったかもしれない。
「…うん、大丈夫よ。でも…寒い」
「送っていくわ、乗りなさい」
ミサトは加持に目配せすると、後部座席のドアを開けた。
大人しく、乗り込む2人。思わず同時についた溜め息は、安堵の溜め息か、それとも。

357: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/06(木) 00:38:55.95 ID:???
>>356
「それにしても、なんでミサト達がこんなところにいるわけ?」
アスカが渡されたタオルで頭を拭きながら、助手席にいるミサトに訊ねる。
「仕事さ、仕事。九段の方で研修会があってね」
ミサトの代わりに加持が答える。「何もこんな天気の時にやらなくてもいいのにな」
ドロドロとしたエンジン音と暖房のゴーッという音が室内に響いている。
「それはそうと…あんた達はなんであそこにいたのよ?」
ミサトが2人を振り返って言う。
「…まさか、あそこにお泊まりするつもりだった?お邪魔だったかしらん?」
ビルの隙間から艶めかしく主張するネオンを指差し、ニヤリと笑うミサト。
「バッ、バババババババカ、そそそそんなわけないじゃない」
アスカが先ほどの緊張感を少し思い出しながら、慌てて否定する。
「(…なんか、アスカって嘘つけないんだよなぁ…自白してるようなもんだよね…)」
シンジはぼんやりとそんなことを考えている。
「ほら、余計なことはいいから。動くぞ。シートベルトしろ」
加持が声をかける。そこでこの会話はおしまいになる。
雪の中、慎重に加持はアクセルを踏む。大排気量の4輪駆動が真価を発揮する。
「大丈夫ですか?」シンジが加持に訊く。
「ん?運転か、ああ大丈夫だ。昔はよく休みの度にスキーに行ってたからな、チェーンの
装着だって慣れたもんさ」加持は穏やかな表情でミラー越しにシンジに語りかける。
「すいませんご迷惑かけて」「ん?いやいや全然迷惑なんかじゃないさ。むしろ教師として
当然のことだ」
そう言いながら加持はラジオのスイッチを入れる。大雪で特別報道体勢が敷かれているようだ。
ラジオでは交通情報が流れている。最早、動いている鉄道、走行できる高速道を探す方が難しい。

358: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/06(木) 00:41:00.03 ID:???
>>358
「すごいもんだ、東京は全滅だな」一通り交通情報を効いた後に、加持が心なしか嬉しそうに呟く。
「ちょっと、何楽しそうにしてんのよ」
ミサトが加持をたしなめつつ、後ろを振り返る。
「あんたたち、少し冷めちゃったけど、コーヒーでも飲む?」
返事はない。2人とも肩を寄せ合って、眠っている。
その姿をしばらく無言で眺めていたミサトは、前を向き直ると左側で運転をしている加持を見る。
「若いっていいわねぇ…青春よ青春」
「…そうだな」
加持の一言に万感の思いを感じ取ったミサトは、座席に深く座り直すとしみじみとした感じで言った。
「あたしたちも、あんな頃があったわよね…」
加持がちらっとミサトの方を見る。そして呟くように言う。
「そうだっけ?」
ミサトは僅かに微笑むと、加持に囁くように言う。
「そうよ」
加持も一瞬、微笑んだ気がした。ミサトはそう思う。
「それはそうと葛城、そこのタバコ取ってくれないか?」
「ダメよ。あんたいい加減タバコ止めなさい」「んな無茶な…」「無茶じゃありません」
「おまえ、教師みたいなこと言うんだな」「あら、あたしは教師よ。あんたもそうじゃなかったけ?」
後部座席で僅かに目を開いたシンジが、2人の会話を微笑みながら聞き、また目を閉じたことを、
2人の大人は知る由もない。

397: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/28(金) 00:00:05.00 ID:???
「くしゅん!」「くしゅっ!」
ラウンジに響くクシャミの音。外は風。今は夜。
「何シンジ?風邪?」アスカが読んでいる漫画から目を上げてシンジを見る。
「…いや、多分これは…毎年恒例のが来たんだよ…」ズル
鼻をかむティッシュを探しながら、シンジが言う。
「え…?シンジってもしかして、花粉症?」「そうだよ…」
「去年、そんなにクシャミとかしてたっけ?」
「去年は受験にも差し障るかと思って、レーザー治療を受けてたんだよ…。でもあれ、
こんなに早く効き目がなくなるもんなのかな…」チーン
「ふーん…」アスカは花粉症ではない。だから、シンジの苦労が分からない。
「ねぇ姫~」「うわっ、突然何よコネメガネ」「突然じゃないにゃぁ、さっきからここにいたにゃ」
「そうだっけ?」「そうだよ」「ふん、まあいいわ、で何?」
「何とは失礼なw私にだって聞いてくれたっていいじゃん?」「何を?」
「風邪?って」「は?風邪なら薬飲んでさっさと寝なさいよ」「う~ん、いけずぅ…」
「真希波さんも、花粉症?」シンジが見かねて話しかける。
「嗚呼、さすがワンコ君、よくぞ聞いてくれました。そうにゃ、この真希波マリ、生まれてこの方、
ずーっと花粉症にゃ。」
「ちっちゃいころからずっとそうなの?」「うん。物心ついた時から春はティッシュの季節にゃ」
「うわ~それはつらいよね…」「分かってくれるか同志よ!心の友よ!」
「はっ、何を大げさな」「花粉症じゃない人は黙っててほしいにゃ」「何ィ?」カチン
「まあまあ2人とも止めてよ。花粉症ってさ、ある日突然なるんだよ。で、なったら最後、
基本的には死ぬまで花粉症なんだ」
「へー、それって切ないわね…」「なんか棒読み口調にゃ」「あら、バレました?ほほほほほ」
アスカは立ち上がってマリの方を向いて言う。
「花粉症なんて貧乏臭い病気、この惣流・アスカ・ラングレー様には縁がないわ!」

398: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/28(金) 00:01:09.60 ID:???
>>397
ドヤ顔の勝利宣言。しかし、そこにシンジが冷たい水をかける。
「でもアスカ、花粉症って、都会に住む人がなりやすいんだって」
「へ?」「いや、ディーゼルの排気ガスとか、そういうのも関係しているらしくてさ、
空気の汚いところに住んでいる人が、割となりやすいんだって」
その言葉にマリが勢いづく。アスカの前に仁王立ちになり、逆襲。
「そう、つまりにゃ、花粉症は都会人の証にゃ。NOT花粉症な姫は田舎の小娘に過ぎないにゃw
って痛あああああああ」
箱ティッシュがマリの顔面にぶつかる。
「顔は止めてくれよぉおお」と言いながらぶつけられた箱ティッシュを抱え込んで鼻をかむマリ。
「はんっ!自業自得よ」再び座り込んで漫画に目を落とすアスカ。
「ふーん、いいもーんだ。花粉症同士、仲良くしようよワンコ君」スリスリ
「ちょっ、真希波さん、胸当たってる///」「いいの~どうよ姫とは全然違うでしょw」
「そんなの分かんないよ!」
ズドン!「痛ったああああああああ」頭を抱えてうずくまるマリ。炸裂したハリセンw
「いつそんなもの作ったにゃぁあああ」「昨日の夜よ」
マリを一瞥するとシンジに向き直るアスカ。
「ほら、シンジ、コンビニ行くわよ!」
大丈夫?とマリに声をかけるシンジの手を引いて、その場を離れるアスカ。

「だいたい何よ、花粉症だからって偉そうに…」ブツブツ
アスカ、甚だ機嫌が悪い。
「…ごめん」花粉症患者がここで謝っていることに気づき、アスカは視線を上げる。
「シンジはいいのよ別に。問題はあのコネメガネよ、あいつ花粉症をダシにしてシンジに
近づく気だわ…なんとしても阻止しないと…」
「…仲良く、は出来ないの?」「無理ね」
一刀両断な即答に、シンジは次の言葉が出てこない。
「(またいつものことだと思うけど…しばらくそっとしておいた方がいいのかな…)」
コンビニでマスクを買うシンジ。即座に装着。

399: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/28(金) 00:01:55.02 ID:???
>>398
「今度薬局行って、まとめ買いしてこなきゃ…」
「マスクなんてまとめ売りしてんの?」
「してるよ…今は高性能なマスクが色々あって、花粉やウイルスはおろか、
放射性物質までカットするのもあるんだよ」「へー」
今や花粉症はある意味一大マーケットになっているのだが、そんなことアスカが知るはずもなく…。
「せっかく暖かくなっていい季節なのに、大変ねぇ…」「同情頂いて痛み入ります…」クシュン
外は風が舞っている。春の訪れを告げる風だ。
「春一番、ってやつかしらね…」「そうかもね…。これから先が思いやられるけどね…」
ザーッという音ともにつむじ風のような突風か2人を襲う。思わずシンジに抱きつくアスカ。
「あ…」「何?どうしたのアスカ?大丈夫?」
「いや、今、気づいたけど…大変よシンジ、」「何が?」
「マスクしてると、キスできないじゃない!」
「…確かにそうかも」「マスク禁止!」「えー無理だよそんなの」「あたしの方が無理!」
花粉が飛び交う中、マスク無しでの生活なんて…想像しただけでクシャミが百連発しそうなシンジ。
「…ごめんアスカ、そればっかりは無理だよ…。今の状況下でマスク取ったら死んじゃうよ…」
「あたしのこと大切じゃないの…?」ジトーウルウル
「そ、そんなことあるわけないじゃないか…」
困り果てるシンジ。泣きそうな気分とはまさにこのことだ。
「じゃあまた病院行って、レーザーで鼻の粘膜焼いてもらいなさい!」
「今からじゃ、もう遅いんだよ…。花粉が飛び始める前にやらないと、効果が無いんだ」
「むー…」
こちらもこちらで、困り果てるアスカ。
「(どうしよう…)」
お互い、別の理由で困っている。そんな2人を冷やかすかのように、風が舞う。

400: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/28(金) 00:02:49.48 ID:???
>>399
翌日の昼休み。シンジがトイレに行っている間に、アスカはヒカリに相談をしてみる。
話を聞くうちに眉をひそめるヒカリ。
「アスカ…気持ちは分かるけど…、でもそれあんまりだわ。花粉症って本当につらいのよ。
詳しい事はもう時間がないから言えないけれど、あとでネット検索でもして調べてみたら?」
「ググレカスってやつね」「うーん、まあそうかな」
「(悪気があって言ってるわけではないのは分かっているけど、まだ時々、日本語の使い方が
微妙なことがあるのよね…)」「何?ヒカリ」「え、ううん、なんでもない」
「ところで、ヒカリは大丈夫なの?」
「私は大丈夫…じゃないかも。ちょっとここのところ鼻がむずむずするんだ…」
「え…そうなの?ヒカリも花粉症?」「そうかもね…。今まではこんなこと無かったんだけど…」
そこにシンジが帰ってくる。ほぼ同時に5時間目の授業開始のチャイムが鳴る。
また後でね、と手を振ってお互いの席につくアスカとヒカリ。
「(うーん…なんていうか、微妙な疎外感?)」
アスカはそんなことを考えながら、周りを見渡してみる。親交があって、
花粉症とは縁がなさそうなのは…トウジとケンスケ。
「あの2人と同類なんて…これはマズイかもしれないわ…」
早急に対策を考えないと、と授業そっちのけで考え込むアスカ。
生物のノートが、杉の木のイラストとマスクとシンジの似顔絵で埋まっていく。

401: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/28(金) 00:03:51.97 ID:???
>>400
その夜、ラウンジでノートパソコンをいじるアスカがいた。シンジはすぐ隣で本を読んでいる。
あちらこちらから、くしゃみや鼻水をすする音が聞こえる。
「(花粉症って…大変なのね。知らなかったわ…)」
花粉症のことを色々と調べていくうちに、アスカは昨日の自分の発言が、いかに思いやりが
ないものであったのかを知る。
「そもそもシンジがあんなに嫌がっていたんだから、察してあげなきゃダメよね…
耐熱装備無しで噴火口に飛び込め、って言ったようなものだし、…ってなんでこんな例え
を思いつくのかしら…まあいいけど」
「ワンコく~ん、」
気がつくとマリがシンジに擦り寄っている。アスカの眉がピクッと反応する。
「コ ネ メ ガ ネ ェ、あんた性懲りも無く…」
「これこれ、ワンコ君、この点鼻薬ってのが意外と効くらしいにゃ、」
「へー、そうなの?」「コネメガネェ、聞いてんの?」
「ワンコ君も使ってみるにゃ、」「え、でもそれ真希波さんのでしょ?」
「コネメガネ、聞いてるの?」「あー、細かいことは気にするにゃよ、使ってみんしゃい、」
アスカの声が聞こえないかのように、盛り上がる2人。しかし、その姿は真面目で真剣そのものだ。
ブシュッ「…なんだか苦い気がする…」「良薬口に苦し、にゃ」「鼻だけどね…」「シンジ、あんたも…」
「で、どう?ワンコ君?」「んー…なんとなく効いてきた気がするような…クシュッ」
「…ダメかぁ…やっぱり人によりけりなのかにゃぁ…」ショボン
「ちょっとシンジ…」「ごめんアスカ、ちょっと待ってて」「…」
まるで病院の待合室をサロン代わりに使っているおじいちゃんおばあちゃんのように、
シンジとマリは点鼻薬や目薬の情報交換をしている。アスカにはさっぱり分からない話だ。
「飲み薬だと眠くなるからあんまり飲みたくないんだよね…」「あー分かるにゃ」
普段のアスカならイライラしたかもしれない。だが、つい先ほど、花粉症のつらさを知った
アスカは、イライラするよりも先に、疎外感を覚えていた。
更に言うなら、花粉症の治療法で盛り上がっている2人を見ていると、そこから湧き出てくるのは、
怒りや孤独感よりも、むしろ恐怖や焦燥だ。

402: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/28(金) 00:04:58.41 ID:???
>>401
「マズイ…これはマズイわ。全く話に入っていけないし…これじゃまるであたしが除け者じゃない…。」
その姿にマリが気づく。
「花粉症コンビだにゃ」スリスリ「え、ちょっ、ちょっと真希波さん///」
ズドン!「痛ったああああああああ」頭を抱えてうずくまるマリ。またもや炸裂したハリセン。
「だ~か~ら~なんでそんなもん持ってるにゃ…」
「はん、決まってるでしょ、あんたみたいな害虫からシンジを守るためよ」
「あれ?姫、ひょっとして嫉妬してる?花粉症ネタについてこれないからって、そりゃ
しょうがないにゃ、姫はあっち側の人間だにゃ」
「うっ…」「(あれ…反撃できない?アスカ、相当参ってるのかな…?)」
「う、うるさいわね!そもそもあんたもう受験生でしょ、こんなところで油売ってないで、
部屋戻って勉強しなさい!」
「にゃ?聞いてないかにゃ、あたし、留年したにゃ。4月から姫やワンコ君と同じクラスにゃ」
「嘘っ!」ガタッ「え?本当に?って痛ったああああ」
2人とも驚く。驚きすぎてシンジは治ったばかりの足の指をテーブルの足にぶつけて悶絶する。
「あははははは、嘘だよ~ん、ってワンコ君大丈夫?」
「てめえ、殺す!一度黄泉の国に行け!」ムキー 
アスカに火がつく。だが痛がるシンジを残して、逃げるマリを追いかけることは出来ない。
「シンジ、大丈夫?」「…うん、なんとか」
シンジが痛そうな表情を見せながらもなんとか立ち上がる。
「(マズイ、これはマズイわ…なんとかして奴とシンジを引き離さないと…)」

403: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/28(金) 00:05:47.74 ID:???
>>402
それから数日後、シンジはケンスケから変な噂を聞く事になる。
「なぁ、知ってるか?」「え、何を?」
ケンスケはシンジの肩を抱き、廊下の隅に連れて行く。
「何を、っておまえのかみさんのことだよ」
すっ、と写真を何枚か差し出す。そこに写っているのは、間違いなくアスカだ。
「え?アスカがどうしたの?」
「バカ、おまえってホント鈍感だよな、この表情を見て何にも感じないのか?」
確かにその表情は憂鬱そうで、何か悩み事でも抱えているかのようだ。
「うーん…」
さすがのシンジもアスカの真意を掴みかねている。
ケンスケはその姿を見ると、更に何枚かの写真を出してきた。
「合計で6枚ある。おまえ、これ見て何か気づかない?」
「えっ…うーん何だろう?」「偶然かもしれないけれど、おまえの嫁さん、最近バス乗ってること
多くないか?コレ全部バス停たぜ?」
「え…あ、ほんとだ。でもアスカ、そんな遠くまでは行ってないはずだよ…。
留守にしてても1時間かそこらで帰ってくるし…」
「誰かと密会とか、してんじゃないの~?」
からかい気味にケンスケがシンジに言う。今更ながら、これって殆どストーカーじゃないのか、
という微妙な疑問を抱きながら苦笑するシンジ。
「はは、まさか…」
その時、シンジの脳内に電気が走った。頭上から何かが降ってきた。
「(ひょっとして…)」
その表情の変化に、ケンスケはシンジが何か気がついたことを知る。
「お、何か心当たりでもあったのか?」
「うん、まあ何というか、」
「そっか、とにかくおまえの嫁さん最近暗くてさ、写真売れないんだよ…早く何とかしてくれよな」
ケンスケがシンジの肩を叩いて去って行く。
その後ろ姿を眺めながら、夫シンジは胸の内に沸き上がった疑問を解消するために、
どうすべきかを考えていた。

407: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/29(土) 00:41:37.36 ID:???
>>403
翌日の通学路。シンジは当然マスク姿。いつもならお喋りをしながらの楽しい通学路の筈が、
今日はアスカが押し黙っている。
「(このままだとシンジをあいつに取られかねない…そうでなくても目の前で仲良くするなんて
許せない…そのためにはあたしも花粉症にならなきゃいけないのに…)」
アスカにとって、自分の思うようにならないことほどストレスが溜まることはない。
ついイライラしてシンジに当たりそうになるが、
「(ダメよ…八つ当たりなんてしたら逆効果だわ…)」
思いとどまるだけの理性はまだ持ち合わせている。
「(でも本当に、どうやったら花粉症になれるのかしら…ディーゼルの排煙が症状を悪化させる、
っていうからここのところシンジとの時間を削ってバスやトラックの排気ガスを浴びたり
していたのに…クシャミも鼻水も一向に出てくる気配すらないわ…)」
どうにかして、シンジと同じようになりたい、常に側にいたい、そんな思いでいっぱいのアスカ。
さっきからシンジがそのただならぬ雰囲気に、話しかけられずにいることに気がつかない。
そのままシンジも考え込んでしまう。その様子にも気づかず、自分の思考世界に没頭するアスカ。
一方のシンジ。
「(ひょっとしたらアスカ、花粉症になりたいんじゃないかな…)」
昨日ケンスケの話を聞き、写真を見てシンジが思ったこととは、まさにこの1点。
思えば、花粉症仲間のマリとここ数日話をしていることが多かった。
普段なら露骨に嫌な顔をし、マリに喧嘩を吹っかける筈のアスカが大人しかったのは、
シンジに対する引け目というか負い目というか、そういう気持ちがあったのではないか、
でもそれがやがて焦りに繋がり、いっそ自分も花粉症になってしまえばこんな気持ちを味わう
こともなくて済む、と思ったのではないか、シンジはそう考えている。
「(でも、こういう時、僕はなんて言ったらいいんだろう…?)」
シンジが悩んでいるのは、そこだ。
「(花粉症なんてなろうと思ったってならないんだから…ダメだそんなこと言ったら余計に
傷つけちゃう)」
「(気持ちは嬉しいけど、花粉症なんてならない方がいいよ…解決策にはならないよなこれじゃ)」
「(いっそ本当に花粉症になれるように応援…いやでもそれはアスカのためにならない)」

408: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/29(土) 00:42:40.56 ID:???
>>407
悶々と悩むシンジ。とうとう無言のまま学校に着いてしまった。
お互い無言のまま教室に入る。いつもとは違うその雰囲気に、ざわついていたクラスが静まりかえる。
「おはようアスカ…どうしたの一体?」
ヒカリが飛んでくる。
「…ん、なんでもない」
マスク姿のヒカリを一瞥することもなく、ぶっきらぼうに答えるアスカ。
「…ちょっと、碇君、喧嘩でもしたの?」
ヒカリはその足でシンジのところにやってくる。殆ど詰問調だ。
「…え、いや喧嘩は…してないけど…なんていうか…」
その迫力に圧倒され、しどろもどろのシンジ。その様子に誤解するヒカリ。
「次の休み時間、ちょっといいかしら?」
原因はシンジに有り、と睨んだヒカリ。自分がこの2人の仲を取り持ってあげなくては、と
妙な使命感に燃えている。「余計なお節介すんなや…」というトウジの呟きも、ヒカリの鋭い
眼光の前には効果は無い。
「(あいつ、ああなると止まらんからなぁ…。センセも大変やなぁ、頑張れよ…)」

次の休み時間。アスカがトイレに立った隙を見て、ヒカリがシンジを廊下の隅に連れ出す。
「で、どういうことなの?」
完全に目がつり上がっている。
「え?委員長の誤解だよ。喧嘩なんてしてないよ…ただ…」「ただ…何よ?」「実は…」
シンジは自分の考えを素直にヒカリに話す。花粉症ではないアスカが孤独感を抱き、
花粉症になりたがっていること、それに対して自分は何を言っていいのか分からないこと。
「…まさか、とは思うけど、碇君が言うんだから間違いなさそうね…」
2人を間近で見ているヒカリは、シンジの言うことを疑おうとはしない。そんなところに
シンジは少しホッとする。

409: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/29(土) 00:44:05.91 ID:???
>>408
「僕は、どうしたらいいと思う?ほっとくわけにもいかないし…」「そうね…」
考え込む2人。どこかで誰かのくしゃみの音が聞こえる。今日も晴天、気温も温暖で、
天気予報が伝える花粉の飛散量は「非常に多い」だ。「非常」じゃなくて「非情」だよな…、
なんてシンジは思いながらマスクと目薬を朝用意していたのを思い出す。
「…そうか、そういうことなら、あたしに考えがあるにゃ」
突然の声に驚く2人。
「うわっ、真希波さん、いつの間に?」「…どこから一体…?」
「ん?ワンコ君の声が聞こえたから、ちょっと様子を窺いに来てみたにゃ、そうしたら秘密の
談合をしてらっしゃる、こんな楽しそうなこと、ほっとけないにゃ」
メガネを光らせて不敵に笑うマリ。シンジとヒカリは顔を見合わせる。
「…考えって、どんな?」シンジが訊く。
「ん、それは秘密にゃ。孔明もびっくりの軍師真希波の一計をご覧じろ、ってとこかにゃ」ニヤリ
自信たっぷりのマリ。その姿を見て、シンジは決意する。
「じゃあ、真希波さんに任せるよ。」「合点承知!」
マリは敬礼をするとクルッと後ろを向いて去って行く。その姿を見送りながら、ヒカリがシンジに言う。
「…大丈夫なのかしら…?」
「うーん…よくわからないけど、でも僕には打つ手がないし、策があるようならやってみても
いいんじゃないかな、って思ってさ…」「うまくいくかしら?」「いくといいけど」

さて。そのまま放課後。アスカとシンジは結局1日中、どこかギクシャクとして会話も弾まず、
クラス中の生徒と校内の教師たちを不安のどん底に突き落としたまま、学校を後にした。
アスカの頭の中は、相変わらず花粉症のことでいっぱいだ。
対してシンジはマリの一計がいつどこで実行されるのか、それが気がかりでならない。
「(大丈夫だとは思うけど…事態をより一層悪化させることにならなければいいんだけど…)」

410: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/29(土) 00:46:34.10 ID:???
>>409
お互い伏し目がちに歩く2人。数m後ろから追いつこうにも追いつけず、かといって
ひと思いに追い抜くことも出来ない男女が1組。
「惣流は何か変なもんでも喰ったんやないか…?」「まさか…でも心配よね」
「おまえ、何も聞いてないんか」「うーん…」「ま、センセがなんとかしてくれるやろ、
いい加減仲直りしてくれんと、飯が不味くてかなわん」「え?お弁当、美味しくなかった?」
「いやいやいやそうやない…文脈みてくれや…」

夕食の時間。なんだかまだ気まずそうな2人を遠目にしながら、様子を窺っている寮生たち。
とにかく気味が悪い。普段ならこれでもかというくらいにいちゃついている2人が、倦怠期の
夫婦のようによそよそしい。
「(参ったな…真希波さん、早く出てきてくれないかな…)」
シンジは味噌汁をすすりながら心底そう思う。よりにもよって今日のメニューはアスカが
苦手にしているゴーヤチャンプルー。皿の隅っこにうずたかく積まれたゴーヤの欠片を見ながら、
溜め息をつく。瞬間、アスカにギロリと睨まれる。
「(何よ…どーせまたコネメガネと仲良くお喋りするんでしょ)」
アスカはなんとなく分かっている。自分が花粉症になりたいと思っているのは、
マリにシンジとの時間を、更に言えばシンジ自身を奪われたくないという思いからだと。
「(要はヤキモチよね…自分でも分かっちゃいるけど、止められない…)」
「ははぁ~ん、これは姫、ひょっとすると愛するワンコ君のために花粉症になりたくて、
でもなれなくて、それでお悩みですかぁ?」
突然の出現。シンジは今まで彼女の登場を切望していた筈なのに、びっくりする。
「(昼間といい、この人、どこから出てくるんだろう…?)」
そんなシンジの気持ちはお構いなし(あるいは一身に引き受けて)、マリはアスカと対峙する。
「あたしたちの仲間になりたいのなら、素直にそう言えばいいにゃ」
「あたし た ち ですってぇ?」ギロッ
「そうにゃ、都会人の証、花粉症グループ、すぎのこ会、ひのきの会にゃ」
「なによその老人介護施設みたいな名前は」「今つけてみたにゃ。お気に召しませんか、姫?」
「気に召すも雄もない!ふざけんな!」

411: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/29(土) 00:47:16.64 ID:???
>>410
「まあまあ、そう怒るな姫様よ、姫ったら素直じゃないからその分損をしているにゃ、
もっと素直になるにゃ」
「う、うっさいバカ!」
「そもそもワンコ君の抱える苦しみを分かち合いたいから、いつも一緒でいたいから、だから
花粉症になりたいだなんて、そんじょそこらのバカップルだって思いつかないにゃ。
その健気な思いに、この真希波マリ、目から汗が出るにゃ」
「…あんた、バカにしてんでしょ、いい加減にしなさい」ピキピキ
「まさか、バカになんてしてないにゃりよ。花粉症仲間として舎弟が出来るのは望外の喜びにゃ」
「は?今なんて言った?誰が舎弟よ家来よ子分よ、」「…そこまで言ってないにゃ」
「うっさい、言ったようなもんでしょ」「そんなつもりはないけどなぁ…でも姫、」
「何よ」「年上には基本、敬意を払うものにゃ。どんな世界でも先輩を立てるのは基本中の基本。
年功序列万歳にゃ!」
ブチーン「だ、誰っが、あんたなんかの子分になるもんですか!花粉症になりたい?
そんなこと誰が言ったのよ。あんたバカ?そんなのなりたがる奴なんてこの世のどこにいるのよ?」
「そこにいたにゃ」ビシッ
「指差すな!あたしは花粉症なんて、これっっっぽっちもなりたくないわ!!!」
「あら、本格的に怒らせちゃったかしらん?若干身の危険を感じないでもないにゃ」
「うるっさい!出てけこの女狐!ぶち殺される前に姿を消せ!」
「うわっ!姫の目が青く光ってる!これはヤバイ、退散するにゃ!」スタコラ
マリが走り去る姿に向けて、ダスターを投げつけ、中指を突き立てるアスカ。
「(やるなぁ、真希波さん…ありがとう)」
心の中でお礼をするシンジ。
「なんかあったま来た!シンジ、コンビニ行くわよ!」
「えー…風強いのに…」「うっさい、あんたまであたしに逆らおうってぇの?」
シンジは分かっていた。マリがアスカを元気づけるために、わざとアスカを怒らせたことを。
ただ、この怒気の激しさは、甘いものでも大量摂取しないと消えそうにない。
シンジは苦笑しつつも、幾分かの充足感とともに黙ってマスクを装着するのだった。

412: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/29(土) 00:47:56.34 ID:???
>>411
「くしゅっ」「くしゅんっ」ズズズズ
翌朝。盛大にくしゃみをし、鼻水をすすっているのは…アスカだ。
「シンジぃぃぃぃぃぃ…だずげでぇぇぇぇ…」
食堂に降りてくるなりシンジに抱きつくアスカ。その拍子にシンジの肩口に垂れた鼻水。
アスカはそれに気づくが、恥ずかしくて黙っている。
「ど、どうしたのアスカ?風邪?」
シンジが驚いた様子でアスカに訊ねる。
「ん…多分。今朝起きたらくしゃみと鼻水が止まらなくて…くしゅっ」
シンジが差し出した保湿ティッシュを袋ごと引ったくるように受け取り、鼻をかむアスカ。
「それにね…目が…」「え、目?」
この一言にシンジが敏感に反応する。
「目がね…すっごく痒いの…。赤くなってない?」
確かに目は充血、まぶたから目尻にかけて、ほんのりと赤くなっていて、確かに痒そうだ。
「あ~アスカ、これは多分花粉症だよ…」
「…マジ?」いろんな意味で涙目のアスカ。
「とうとうアスカもか…」「…違うもん、花粉症じゃないもん」
目をこすりながら現実を受け入れられないアスカ。苦笑するシンジ。
「あああああ、目が痒いのぉ、目だけくり抜いてざぶざぶ水で洗いたい気分よおおおお」
黙ってポケットから目薬を取り出すシンジ。そのまま突っ伏しているアスカを抱き起こすと、
その目を指で開いて、目薬を両目に数滴ずつ。
「ひゃあっ、滲みる…」ジタバタ「ちょっと我慢して。これで少しは楽になるから…」
その言葉通り、目の痒みが少し治まるアスカ。
「あと、後でマスクあげるから、した方がいいよ」「…うん」
「学校終わったら、薬局行こっか」「…うん」
素直にシンジの言うことに頷くアスカ。
その姿が可愛らしくて、思わずキスをするシンジ。その唇を受け入れ、寝起きからのイライラが
少し癒やされて、ほっとするアスカ。しかし、数秒後、ここが食堂だということを思い出して
赤面する両人。が、周囲は全く反応しない。最早寮生達にとっては、日常の光景だからだ。
「(よーやく仲直りか…えらい大変やったな…)」
平然とお茶をすするトウジが、寮生達の気持ちを代弁していた。

413: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/03/29(土) 00:48:36.82 ID:???
>>412
「で、なんだかんだであたしらの仲間入りじゃん。ウェルカム!」
「…花粉症になって3日目、今この瞬間が一番悔しいわ…」ズズズ
「まあまあ、そう言わずに。これで姫も都会人にゃ。もっと仲良くするにゃぁ」
「そうやって頬ずりされても、嬉しくもなんともないわ。むしろ邪魔よ邪魔」
「ん~そんなこと言わないでさぁ、姫のお肌、すべすべで気持ちいいにゃあ」
「いい加減にしないと、殴るわよ」ギロッ
「うわっ、また目が青く光ったにゃ…。正直、ガクブルにゃ…」
「あら?あんた、いつものカチューシャじゃないわね、どうしたのそれ?」
「ん?内緒にゃ」「何よ内緒って、」
「いや、内緒にするほどのもんでもないにゃ。駅前のお店で300円で買ったにゃ」
「へー。可愛いじゃない」「へへへー、あんがとさん」
「(この前のお礼とホワイトデーを兼ねて、ワンコ君からもらった、って言いたいけど…
ワンコ君との約束だし、姫には言えないにゃ)」



524: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/04/26(土) 23:30:23.01 ID:???
彼女ほど、歴史を知り、その歴史が伝説へ、そして神話へと変遷している課程を見守り
続けてきた存在はいなかった。
もし、彼女が口を利き、他者とコミュニケーションが取れる存在、例えばエント族のような
旧き森の語り部であれば、色々な話をしてくれたかもしれない。
だが、彼女は物を言う存在ではなかった。ただ、毎年毎年、寡黙に、そして誠実に、
小ぶりで美しい、花を咲かせるだけ。

彼女は知っていた。操られた少年少女たちによって、世界が何度となく滅亡の危機に瀕し、
そしてリセットされ、何度となく繰り返されてきたことを。何者かに操られ、それに気づく者、
気づかぬ者、目を塞ぎ心を閉ざしやがて壊れていく者、まだあどけなさの残る14歳の少年少女たちの、
理不尽や不条理をこれでもかと凝縮したような生かされ方を、彼女は黙って遠くから見守ってきた。
それはあるいは悲劇だったかもしれない。自身も滅び行く運命であったのであれば、
彼女はまた違った感慨を抱いたのかもしれない。
だが、彼女がその感慨を口にすることは無い。今までも、そしてこれからも。

一時期、彼女は花を咲かすことが出来なかった。本来であれば、春先に可憐で美しい薄桃色の
花びらを雪のように散らし、生きとし生けるものを癒やすことができるのに、それが叶わぬ時代があった。
常に灼熱の太陽が照りつけ、遠くに見える海は益々青く、空は益々高く、そしていつまでも暑い日々が続いた。
彼女は青々とした葉を風にそよがせ、ただひたすら待った。冬を、そしてその後に訪れる春という季節を。

525: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/04/26(土) 23:31:06.92 ID:???
>>524
ある日、異変が起こった。空は暗くなり、ドアが開く音が聞こえた。そのあとに深く鋭い悲鳴が
いつまでも続いた。やがて小さな奇跡が起きた。白いものが空から降り注ぎ、彼女はそれが
雪であることを思い出した。一体どのくらいの間、雪を見なかっただろう。そしてその雪は
声を持っていた。か細いながらもその声を聞き、彼女はやはり黙ってそれを受け止めた。
そしてそれが収まったとき、彼女は空が消え海は赤くなり、人々が消えたことを知った。
彼女はやはり黙って、その現実を淡々と受け入れた。
やがて、変化が始まった。雲の厚みは増し、風は日々止まることを忘れたかのように荒れた。
彼女は危うく根っこからなぎ倒されそうになったこともある。地中深々と下ろした根が、
彼女を救ったのだが、それはまた同時に、彼女にこの星の痛みや苦しみ、そして悲しみを吸い込ませた。
それは誰かの囁くような声が、土に染みこんでいたかのようで、彼女にとってもつらい経験だった。
しかし、それでも彼女は黙ってそれを受け入れた。
彼女は痛んだ。その傷の痛みが癒えた頃、彼女は気づき、そして悼み、祈った。

長い長い空白期間を経て、ようやく春が来たことを彼女は感じた。天には空が戻り、
海はいつしか蒼く輝く母性を取り戻し、そして彼女は腕いっぱいにつぼみを生やし、
今か今かとその時を待つ。そして何百年ぶりにか、その花を再び咲かせる。
誰もその花を見に来る者はいない。それでも彼女は全身に薄桃色を纏い、風にたなびかせ、
惜しげも無くその花びらを散り舞わせた。うん、何も変わらないものが、ここにある。
人々や生きとし生けるもの、みんなが死に絶え、風の音や空の高さ、海の色さえ一時は変わってしまったが、
それでも自分は花を咲かせることが出来る。世界がどれだけ変わろうとも、
世界が存在することには変わりが無いように。

526: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/04/26(土) 23:31:45.22 ID:???
>>525
再び回るようになった四季を、何回か数えたある日、彼女は久しぶりに再会する。
人々が世界に戻ってきたのを彼女は嬉しく思い、また同時に痛ましくも思う。また、あの悲劇が
繰り返されるのかもしれない。人類という種族は同じ過ちを何度となく繰り返して倦まない、
むしろ喜んで同じ間違いを繰り返しているようにすら思える。でも彼女はそのことに対して
抗議の声を上げたりはしない。ただ淡々と、起こり得る出来事を受け入れるだけ。
感嘆の声を聞きながら、彼女は黙って、自分がかつて果たしていた役割に戻る。

ある春のこと。彼女は、あの子達が自分に会いにこちらに向かっていることを知る。
風が、光が、それを教えてくれる。おそらく、会うのは初めての筈なのに、心の奥底の
どこかで、あの子達をとても懐かしがっている自分がいる。

自分?今まで吸い込んできた様々な生きとし生けるものの思いが、どこかで彼女に
そう感じさせているのかもしれない。

還ってきてくれたのね…。

麓の駐車場からこちらに向かってくる少年と少女の姿を目にとめたとき、
彼女のどこかから、そんな声が聞こえる。あなたは誰?彼女は問いかけるが、その返答はない。
が、心の暗闇のずっと奥の方で、誰かが自分とあの子達を見つめ、祈り、そして一筋の涙を
流していることに彼女は気づく。

その涙を、あの子達に捧げてあげましょうか。

彼女の問いかけに、暗闇から返答はない。が、その沈黙が暖かいものであることを
彼女は感じ取る。向こう側にいる誰かが頷き、お礼を言っていることが彼女には分かる。

今の彼女に出来る精一杯のことを、彼女はあの子達に送ろうと思う。あの子達が今まで背負ってきたもの、
強いられてきたこと、それらを全て、彼女は知っているから…。そして、今のあの子達の人生に
幸あれと、ただ静かに穏やかに祈ることにする。

527: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/04/26(土) 23:33:12.65 ID:???
>>526
「ほらアスカ、着いたよ」「ん…眠いわよ…シンジ、朝5時出発なんて、寿命が縮まるわよ…」
「そんなこと言わずにさ、ほら、見てご覧よ、すごいよ。ちょうど満開だよ」
「はいはいわかったわ…よ…」!!!
眠い目をこすりながら前方を見上げたアスカは、その瞬間に眠気がどこかにすっ飛んだ。
視界いっぱいに広がる桜、桜、桜。ブルーの青空と緑の大地に挟まれたピンクの色合いが、
これ以上無いくらいにシンジとアスカの心を癒やしていく。

「すごい…ほんとすごい…」
「本当、今までこんな綺麗な桜、見たことが無いわ…」
シンジとアスカはしばし呆然と立ち尽くす。目の前に広がるのは樹齢何百年とも何千年とも言われる桜の木。
滝のような枝垂れに、こぶりで美しい薄桃色の花が一面に咲き誇っている。

「…滝桜、ってよく言ったもんだわ…」アスカは感心したように呟く。
「ね、来て良かったでしょ」シンジは何枚か写真を撮りながら、アスカに向かって微笑む。
「そうね、日帰りバスツアーなのがちょっと物足りないけど」
「しょ、しょうがないじゃないか、懸賞に当たっただけでもラッキーなんだから…」
困ったような表情を見せるシンジ。その表情が、またたまらなく愛おしく、
アスカはシンジの腕にぎゅっとしがみつく。
「ふふふ、冗談よ。シンジと来られて良かった///」
そのアスカの瞳の輝きにドキッとするシンジ。この目にはおそらく一生勝てない。
でもそれが幸せ。
「うん、僕もアスカと一度この桜を見に来たかったから、本当に良かったよ」
他の観光客も大勢いる中、2人はただ黙ってその桜を見上げる。
瞬間、周囲の喧噪が消え去り、あたりは静寂に包まれる。
「…え?」2人はほとんど同時に何かを感じ取る。それはこの桜の思いなのだろうか。
再び、音が戻ってくる。
「…ねえシンジ、聞こえた?」「うん、アスカも聞こえたんだ?」「ええ」
2人は手を繋いだまま、先ほどとは違った真剣なまなざしで桜を見上げる。
風に揺られて枝がそよそよとさわぎ、花びらが舞う。シンジとアスカを取り囲むように。

528: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/04/26(土) 23:33:46.99 ID:???
>>527
「…なんか、とっても懐かしい気がする」
シンジが呟く。
「…そうかも」
握った手にぎゅっと力を入れて、アスカが応える。

「…碇くん」

風の音が、シンジの名を呼んでいるように聞こえる。2人とも、それをさきほどから感じている。

「還ってきたよ、」「え?何か言ったシンジ?」

シンジの呟きは、彼自身全く意識していないところから湧き出た泉の一滴。
シンジの目をじっと見つめ、アスカは軽く頷くと、桜に向かって呼びかける。

「ファースト、そこにいるのね…あたしたち、あんたのこともいつまでも忘れないから」

ざわざわ、と風がざわめき、一斉に花びらが舞い散る。まるでシンジとアスカの言葉に
応えたかのように、涙が頬を伝わるように、花びらがゆっくりと舞い降りる。
シンジとアスカはにっこりと微笑み、バスの集合時間ギリギリまでそこに立っていた。
その姿は背後の景色と一体化したようでいて、まるで旧友との再会を懐かしむかのような
雰囲気がそこにはあった。

529: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/04/26(土) 23:34:21.10 ID:???
>>528



彼女は、なんとなく気づいていた。いつしか吸い込んだあの雪の記憶が、大地の記憶が、
あの子達を呼び寄せ、そして束の間の奇跡を生んだのだと。あの2人に幸あれと彼女は願う。
いままで虐げられスポイルされ続けた分、今の人生を共に手を取り合って歩んでいけるよう、心から祈る。
彼女の視界からもいつしか2人の背中は見えなくなる。2人が帰ったのを受け入れると、
また彼女はいつもの彼女に戻る。

530: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/04/26(土) 23:35:16.45 ID:???
>>529
「ねぇシンジ、知ってる?」「何?」「桜の花のおちるスピード」「え?」「秒速5センチメートル」
「はは、それどこのアニメだよw」「てへ、バレたか」
ふいにアスカの肩を引き寄せるシンジ。
「僕たちは絶対に離ればなれにはならないよ。どこに行くにも一緒だよ。」
アスカはまた少し背が伸びたシンジの顔を見つめ、そして引き寄せられたシンジから少し離れる。
「え、ア、アスカ?」シンジが不安そうにアスカを見る。
「ううん、違うの。あたしたちはね、離ればなれだったのよ、それがね、また出逢ったの。」
シンジは立ち止まる。
「だからね、シンジ、」アスカはゆっくりとシンジに近づくと、彼の胸の中に顔を埋める。
「もう絶対離しちゃイヤだよ」
シンジは黙ってアスカを抱きしめ、キスをする。
「もちろんだよ、アスカも僕のそばに、いつまでも居てね」「うん」
バスのクラクションで2人は時間が過ぎていることを知る。慌ててバスに向かって駆け出す2人。
バスに乗り込む寸前、シンジは振り返り、そこからはもう見えなくなった桜に向かって
心の中で声をかける。
「また、来るよ。アスカと2人で」
風の音が、頬に差す光が、シンジに答えた気がした。シンジは微笑みながら、バスに乗り込む。
そしてその場所を後にする。

566: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/05/28(水) 00:56:34.16 ID:???
5月の連休も終わり、中間試験もそろそろ…、という今日この頃。
周囲は中間試験に向けて、ざわざわし始めている。しかしこの2人の生活リズムは全く変わらない。
シンジは普段から予習復習をきっちりやっているので、試験が近いからと言って焦る必要が全くない。
アスカは…今更じたばたしても仕方が無い。試験3日前くらいになったら、いつも通り
シンジにポイントを徹夜で詰め込んでもらおうと思っている。
そんなわけで、ラウンジでリラックスしている2人。
ふと、アスカが頭を上げてシンジを見る。
「シンジは今何を読んでるの?」
シンジが読書好きなのはこの1年でよく分かっている。今もソファの上でリラックスしながら、
熱心にページをめくるシンジの横顔に、ちょっとうっとりとしつつも、自分が漫画を読み終わった
ものだから、少し構って欲しくなって声をかけてみた。
「ん…」
本の世界から現実世界に戻ってくる。そのシンジの表情の変化が、目の深みと輝きの移ろいが、
アスカにはゾクゾクするくらい格好良く、そして美しい。
「今は…幼年期の終わりかな。アーサー・C・クラークの傑作だよ」
現実世界に戻り、アスカの方を向くとシンジはいつも通りの穏やかな表情で言った。
「…全然分からん」
いつものことながら、シンジの守備範囲の広さには驚かされる。
アスカはまだ少し日本語を読むのが苦手で、それが読書というものから彼女を遠ざけている…、
というのが彼女自身の言い分だ。その割りに漫画はよく読んでいるのだが。
「アスカは?いつも漫画ばっかりだけど、本は読まないの?」
一瞬ぼんやりとしていた隙を突いて?、シンジがアスカに訊ねる。
「うっ、ほ、本くらい読むわよ。シンジといるときはリラックスしたいから、
漫画ばかり読んでるように見えるだけよ」
思わず口にしてしまった。部屋に戻っても文庫本すらどこにもないのを、シンジはよく
知っているのに。

567: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/05/28(水) 00:57:16.69 ID:???
>>566
「へー、そうだったんだ…。」
シンジはしばし感心したように腕を組んでアスカを見つめる。
「そ、そうよ。今だって読んでる本くらいあるわよ。」
ちょっとした背伸び。強がり。見栄。言った瞬間にしまったと後悔するアスカ。が、時既に遅し。
「じゃあアスカは今は何を読んでるの?」
シンジが目を輝かせてアスカに訊いてくる。ヤバイ、こうなるのは分かってた筈…。
アスカはしどろもどろになりながら、答える。
「…え?…えーと…あれよあれ、有名な作家の…」
「誰?」「え、む、村上春樹よ」
つい最近ニュースで見かけた名前を挙げてみる。
「へー。村上春樹だと、最近短編集出したよね。それ?」
え?という顔をしてしまう。そのきょとん、とした表情を黙ってほんの数ミリセカンド見つめていたシンジ、
「…うーん、じゃあ多崎つくるあたりかな?」
「そ、そそそう、それよそれ。」
アスカは、顔が赤くなっているのが自分で分かる。
シンジは、そのアスカの表情を見ながら、いたずらっ子のように微笑んで、言った。
「そうなんだ、僕あれまだ読んでないんだ。読み終わったら貸してよ」
「え?え、ええ、いいわよ貸してあげるわ」「良かった、ありがとう」
そう言うとシンジは「ごめん、ちょっとトイレ」とその場を後にする。
「あ、じゃああたしお風呂入るわ、また明日ね、シンジ」「うん、おやすみ」
「おやすみなさい」チュッ
2人は各々、自分の部屋に戻る。
「(ほんと、バレバレよね…。変な見栄なんて張るんじゃなかった)」
部屋に戻るなり鏡を見つめて溜め息をつくアスカ。面倒なことになってしまった。
「…それにしても、何て言ってたっけ?なんとかつくる?何を作るの?どうしよう…?
今更シンジに聞けないし…明日ヒカリにでも相談してみるか…」

568: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/05/28(水) 00:58:38.87 ID:???
>>567
「ねぇヒカリ、村上春樹で、何かを作る話って知らない?」
翌朝、ヒカリがアスカを起こしに部屋にやってくると、ベッドから頭をもたげたアスカは、
挨拶もそこそこに昨夜からの疑問を解くべく、ヒカリに訊いてみた。
「へ?何かを作るの?うーん…何かしら?象工場?」
ヒカリは一瞬え?という表情になったが、瞬きをする間もなく答えてくれた。
「…そんな感じじゃあなかったと思う」「小説?エッセイ?」「…ごめん分からない」
ふぅ、と溜め息をついてヒカリが両手を腰に当てる。なんだかママに叱られているような
気になるアスカ。思わず肩をすぼめて小さくなる。
「そもそもアスカが本読むなんて珍しいじゃない、どうしたの?
ま、おおかた碇君になんか言われたんでしょう?」
なんでヒカリは分かるんだろう…、そんなことをぼんやりと考えながらアスカは言った。
「…もういいわ、ごめんありがとう。今日の朝ご飯は何だっけ?」

569: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/05/28(水) 01:00:14.91 ID:???
>>568
「ねぇ、ミサト、村上春樹でさ、何かを作る話って知らない?」
昼休み、職員室に出向いてミサトに訊いてみるアスカ。
「あらアスカ、あんたが本を読むなんて珍しいじゃない?おおかた、シンジ君との話の成り行きで
読まなきゃいけなくなっちゃったってパターンかなんかでしょう?」ニヤリ
ミサトはいたずらっ子のようにニヤニヤしながらアスカに言う。思わず赤面するアスカ。
「…べっ別にそんなんじゃないわよ…(っていうか、なんでみんな分かるのよ…)」
顔に答えが書いてある、そんな様子を見ながらミサトは内心アスカが可愛くて仕方が無い。
「(シンジ君から話の成り行き聞いてるなんて言えないわ…。あの感じだとアスカ本当は
分かってないと思うんです、なんてよく分かるわよねぇ、分かってるならいじわるしなくても
いいのに、この機会にアスカにも本を読んでもらいたいんです、とか、シンちゃんったらもう///)
顔に書いてあるわよ。村上春樹で何かを作るって、あんた多崎つくると勘違いしてない?」
その名前を聞いてアスカの顔がぱっと輝く。確かに昨夜シンジから聞いた名前だ。
「あ、そうそう、それよ!」
はぁ、と溜め息をついて両手を腰に当てるミサト。やっぱりなんだか叱られている気分になるアスカ。
「題名長いわよ、メモの用意しなさい」
ミサトはアスカの瞳を覗き込むようにして言った。
「だ、大丈夫よ、ちゃんと覚えられるから」
とは言いつつも、全く自信の無いアスカ。なんだか脅かされているようで、少しビビっている。
ミサトはそんなアスカの姿を目を細めて数秒ほど見つめたあと、持っていたボールペンを
くるりと回してから、また、いたずらっ子のように笑った。
「…知らないわよ、いい?色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年。OK?」
一瞬の出来事。水が流れるように、するりとアスカの脳裏を通過していく本の名前。
「…ごめん、やっぱメモるわ」

570: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/05/28(水) 01:01:36.50 ID:???
>>569
放課後、アスカは珍しくシンジとは別れて1人、駅の方へ急ぐ。駅前の本屋に行くためだ。
「ひーめぇ、」後ろから今一番聞きたくない声が追いかけてくる。
アスカ、無視。ひたすら前だけ見て進む。
「おーい、姫ぇ、」「姫ったらぁ」諦めずに追いかけてくる声。逃げるように前に進むアスカ。
「姫!」
「どわっ!あんた後ろに居たんじゃなかったの?」
突然目の前の電信柱の影から現れたマリに驚くアスカ。
「ほら、やっぱり聞こえてたにゃ。」にやりとするマリ。
「あんたに用はないの。どいて」
冷たく言い放つと同時にマリの横をすり抜けようとするアスカ。
「にゃっ!」通せんぼするマリ。
「あんた、殺されたいの?」ピキピキ
「にゃにゃにゃ、まさか」「じゃあどいて。あたしは忙しいの」
「うーん、そんな冷たいにゃあ、何か困ったことでもあるんじゃない?顔に書いてあるにゃ」
図星を突かれて一瞬ドキッとするアスカ。
「ほら、当たりにゃ。姫のそういうところが可愛くて仕方ないにゃ」
マリは何故か嬉しそうだ。
「うっ…ま、まぁ、困ってないこともないけど…」「ほぉ、お姉さんに相談してみ」
マリが一気に距離を縮めてくる。
「イヤよあんたなんかに」
「またまたぁ、そうやってツンデレっちゃってさ、可愛いんだからもう」スリスリ
「寄るな!胸をくっつけんな!」
抱きついてくるマリを引き剥がそうとするアスカ。だが、腕力では向こうが上。
「お、姫も少しは胸が発達してきて…さてはワンコ君に近頃揉んでもらっ」ドスッ
脳天への一撃で崩れ落ちるマリ。…前言撤回。

571: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/05/28(水) 01:03:21.46 ID:???
>>570
さてと夜。シンジとはラウンジで別れ、部屋に戻ってきたアスカ。そのまま真っ直ぐ自分の机に向かう。
明日の予習はもう済ませた。あとは寝るだけだが、その前に鞄の中から一冊の本を取り出す。
小ぶりな感じの単行本。そんなに厚みもない。
「本って高いのね…。せっかく新しいアイシャドウ欲しかったのに、今月は我慢だわ…」
なにやら呟いているアスカだが、ページを繰り出すとそのうち独り言も止まり、熱心に本を読み出す。
時計の針のジーッという音だけが響いている。
午前1時、部屋の灯りがようやく消え、アスカの姿も、闇に溶けていく。

572: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/05/28(水) 01:04:25.97 ID:???
>>571
「シンジ、読んだわよ」
中間テストも終わり、クラスは返却された答案用紙に一喜一憂する風景が見られている中、
アスカのこの言葉に、シンジは一瞬記憶を辿ることになる。
「何、覚えてないの?これよこれ」
そのシンジの表情を見ながらアスカが鞄から出して来たものは、…本だ。
「あ、村上春樹、」
シンジ、思い出す。アスカは、本をひらひらとさせてからシンジおでこをその角でコツン、と叩く。
「痛っ、もう…」
おでこをさすりながらもシンジは特に怒るふうでもなく、その本を手に取った。
「読んだんだね、どうだった?」
「うーん…割とあっさりとした感じだったわね…。特にどんでん返しがあるわけでもなく、
多崎つくる君が旧友たちのところに行って、それでおしまいだわ。詳しい話はネタバレになるから
しないけど」
「へー。」
シンジはパラパラとページをめくる。アスカはそのシンジの指先とページを見つめる表情を
しばし見比べてから(そしてそれにうっとりしてから)、一言付け加える。
「で、こんなのがノーベル文学賞候補なの?よく分かんないわ」
シンジはページから目を離さずにアスカの言葉に頷くと、そのままアスカに言った。
「確かに、そのあたりはよく分からないけどさ、でもそういうのもアスカの感想になってるよね」
「へ?そ、そう?」
感想、と言われると何かくすぐったい気分になる。そんなしゃちこばったものでもないのに、
なんだかドキドキしてしまう。

573: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/05/28(水) 01:05:07.95 ID:???
>>572
「うん、あっさりとした感じ、ノーベル文学賞候補、それっていい感想になってると思うよ」
そう言ったからシンジは顔を上げ、アスカに向かって微笑む。その笑顔にまたクラクラするアスカ。
「あ、ありがとシンジ」なぜか赤面する。
シンジはシンジで、そうやって赤面するアスカが可愛くて仕方が無い。ここが教室でなければ、
確実に抱き合ってキスをしていただろう2人。
「でも、意外と読書ってのも悪くは無いのね。村上春樹、嫌いじゃないわ」
その微妙な?間を誤魔化すようにアスカが感想を付け加える。
「うん、僕も村上春樹は好きだな。世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドとかいいよね」
「え?」きょとんとするアスカ。
「あ、ごめん。本の題名だよ。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』。やみくろ、
一角獣、図書館と女の子が2人、」
話が長くなりそうだと感じたアスカは、腰を折りにかかる。
「ねぇシンジ、村上春樹って、そうやって人が覚えられないようなクソ長い題名をつける
のが趣味なの?センスないわよ、それって」
ふふふ、と笑うアスカ。そして、シンジが何か返そうとする間を与えずに立ち上がる。
「ほら、帰りましょシンジ。続きは歩きながらでも出来るじゃない?それで、本屋に寄って
他にいくつかお勧めを教えてちょうだい。あ、その前にあたし、プリンが食べたいわ」

674: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/06(月) 00:56:11.55 ID:???
ある週明けの月曜日。朝、シンジが食堂に降りていくと、アスカがニヤニヤにながら
シンジを待っていた。
「おはようアスカ、…で、どうしたの?何かあったの?」
普段ならば低血圧で朝は物凄く機嫌が悪いアスカ。
それなのに、今日のアスカは喜びを隠しきれないかのようにニコニコしている。
「へへへー、内緒よ内緒。」
そのいたずらっ子のような目は、シンジにこう言っている。「なんだと思う?訊いて訊いて」と。
シンジだって、そんな目で訴えられなくても気にはなる。
「えー、何?教えてよ、何かいいことあったの?」
「ふふふーん、何でしょう?当ててご覧なさい」
トーストを頬張りながら、アスカの目は相変わらず輝いたままだ。
「えー…分かんないよ、教えてよ」
シンジが言うと、アスカは満足そうな表情で砂糖たっぷりのミルクティーを啜りながら言った。
「へへへ、内緒だけど、シンジには教えてあげる。学校終わったらね。」

675: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/06(月) 00:57:23.10 ID:???
>>674
ということで、放課後。授業が終わると真っ直ぐに帰ってくる2人。そのままアスカの
部屋に入ってみると…
「あ、PS3だ」
「えへ、昨日実家に帰った時に我慢できなくて持って帰って来ちゃった」テヘペロ
部屋の片隅、入口から目立たないところに、モニュメントのように威風堂々と立つ赤い躯体。
「これも、赤なんだ。赤が本当に好きなんだね…」
感心したように呟くシンジ。
「そうなのよ、日本に帰ってきてから少し経ったくらいの時かな…、赤が売ってるのを見て
衝動買いしたの。まあ元々ゲームは好きだったんだけど」
アスカはそう言いながら、机の上の、これもいつの間にか持ち込んだデスクトップPCのモニターに、
PS3を接続しようと試みている。
「ん…ケーブルが届かない…もっと長いの買っとけば良かった…」ブツブツ
制服のスカートの裾も気にせず、机の下に潜り込んでごそごそと配線をいじっているアスカ。
そんな姿を意外そうに見つめるシンジ。
「意外だな…アスカってゲーマーだったの?」
「…ん、そんなんでもないわよ、あくまでも息抜きよ、息抜き」
「ほら、あとそれも」
アスカが指差している鞄を開けてみると、中からソフトがどっさり。30本はあるだろうか。
「グランツーリスモにぷよぷよテトリス…FFもあるし…、メタルギアソリッド…、
ウイイレにパワプロに三國志…なんでもありだ…」
「それでも半分くらいよ」
「ほんとに?」「そうよ、何かおかしい?」「…い、いや。別に。ただちょっと意外だっただけだよ」

676: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/06(月) 00:58:15.82 ID:???
>>675
半ば呆れた表情でパンツ全開で作業中のアスカ(のお尻)を眺めるシンジ。
下着もだいぶ見慣れてきた。
密かにアスカが所有する下着は全て把握しているシンジだが、それはアスカにも内緒だ。
「(そこまではもう見慣れたけど…問題はその先なんだよなぁ…)」
「へ?なんか言ったシンジ?」「え?い、いや、なんでもない///」
机の下から出てきたアスカに見つめられて、顔が赤くなるシンジ。
「…どーせまたエロいことでも考えてたんでしょ」「…なっ、そんなわけ…」「図星だ」「…」
「まあいいわ、ほら、出来たわよ。これで多分大丈夫なはず…」
「え?ここでやるの?」「そうでなきゃ持って帰ってこないわよ」
そう言いながらアスカは既に電源を入れている。
「えっと…切り替えスイッチは…これか。よっ、と」ポチ
モニターの画面が一瞬暗転し、やがて波を打つようなPS3の初期画面が現れる。
「シンジって、ゲームは結構やる方…じゃあなさそうね…」
「ん、まあね。持ってなかったし、時々友達の家でやらせてもらったことがあるくらいだよ」
「あ…そっか…、ごめん」
シンジの家庭環境を思い出し、申し訳ない気持ちになるアスカを察してか、
シンジは明るい声で言った。
「ま、どのみちヘタクソだったからあんまり関係ないんだけどね」
ははは、と笑うシンジにつられてふふふと笑うアスカ。2人で見つめ合い、キスをする。
「…ん、それで、何をするの?」
キスに夢中になる寸前に、我に返った?シンジが発する一言に、これも我に返るアスカ。
「…そうね、どれがいい?」
山と積まれたソフトに半ば圧倒されるシンジ。その姿を見たアスカは、1本のゲームを手に取る。
「シンジ、クルマ好きそうだし、これなんかどう?」
手にしたのはグランツーリスモ。いわゆるドライブシミュレーションだ。
「うん、いいよ。これなら友達の家でやったことあるし、操作はなんとなく分かるし」
「じゃあ、これやってみましょ」「うん」
早速セットして始めてみる。このために買ってきたシンジ用のコントローラを取り出し、本体に繋ぐ。
スタート画面が現れると、隣に座るシンジから緊張した雰囲気が伝わってくる…。

677: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/06(月) 00:59:29.59 ID:???
>>676

(30分後)

「…うひゃあ…曲がらないよこれ…。なんでブレーキかけると横向いちゃうんだろ…?」
シンジ、悪戦苦闘。それを横目にすいすいとサーキットを駆け抜けるアスカのクルマ。
「…ダメねぇ、クルマってのはね、ハンドルで曲がるんじゃないの、ブレーキとアクセルで
曲がるのよ」
「…意味分かんないよ」少々イライラ気味のシンジ。
「(…しかしまさかシンジにも苦手なものがあったとは)」
驚きにも似た気持ちと、シンジも完全完璧ではなかったんだという変な安心感と、
心の奥から湧き出てくる優越感。
気がつけば口元に笑みを浮かべながらコントローラーを操作しているアスカ。
「…楽しそうだね」ポツリ
シンジが呟く。その呆れたような寂しそうな声にまたもや我に返るアスカ。
「(いけない、シンジを置いて行きかけたわ)」
ゴールするのと同時に、コントローラーを床に置き、シンジに向き直るアスカ。

678: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/06(月) 01:00:20.14 ID:???
>>677
「ごめんシンジ、ちょっと夢中になっちゃったわ。」
その表情に苦笑して答えるシンジ。
「こっちこそごめんヘタクソで。アスカにはついて行けないや…」
ついて行けない、その言葉に益々罪の意識を掻き立てられるアスカ。
「…ごめんなさい」ショボン
「え…、いやいやいや、アスカなんで謝るの?こっちこそヘタクソでごめん…」ショボン
お互い何か気まずい雰囲気に、アスカは方針を転換する。
「じゃあ、こっちのゲームはどう?」
対戦の野球ゲームを取り出す。
「打撃とか守備とか、自動で出来るモードがあるから、これならシンジも楽しめるんじゃない?」
「…うん、ありがとう。僕、野球好きだよ。」
にっこりと微笑むシンジ。その微笑みに一瞬クラッとするアスカ。
「(ほんと、シンジってば無意識のうちにこんなキラースマイル出すのよね…ドキドキしちゃう///)」
「…どうしたのアスカ?顔が赤いよ」「…い、いや、なんでもないわ、ほらチーム選んで」

679: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/06(月) 01:00:54.76 ID:???
>>678

(さらに30分後)

「32-0…」orz
「ま、まあ初めてならこんなものよ、落ち込むことはないわ…(やべ、やりすぎちゃった)」
「や、やっぱりアスカはスゴイよ。かなわない、かなわないけど…でも楽しいね」
再びのキラースマイルに身体が自然に反応しそうになるアスカ。
「どうしたのアスカ?顔が赤いよ、やっぱり熱でもあるんじゃない?」
心配してアスカの表情を覗き込むシンジ。
「なんでもないっちゅーの。シンジが楽しんでくれたみたいだから、う、嬉しかっただけよ」
その言葉にシンジも顔を赤らめる。
微妙な間と、妙に静まりかえった初夏の午後の空気が2人を包み込む。
「も、もっかいやろっか?」
アスカの声に嬉しそうに反応するシンジ。
「うん、今度はアスカが後攻でいいよ」

680: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/06(月) 01:01:48.60 ID:???
>>679


(そして3日後)

「うわぁ、サヨナラ逆転満塁ホームラン…」orz
「やった…、あれから毎日4時間がんばり続けて23試合。アスカに初めて勝った!」
だいぶ前からこっそりと手加減をされていたことに気づかず、無邪気にはしゃぐシンジ。
その姿を見ながら、何か心地よいものを感じるアスカ。
「…ほんと、なんだか…楽しいわね、シンジの言ってた通りだわ」
「え?」
「ううん、2人でゲームするのって、楽しいな、って思ったの。ほら、あたしいつも1人でやってたから」
「え、そうだったの?」
シンジがアスカの方に向き直る。そのシンジの少し潤んだ瞳に吸い込まれそうになりながら、
アスカは続けた。
「あたしね、こんな性格だからあんまり友達がいなくてさ…、だからゲームが友達代わりだった。
クラスのみんなが外で買い物したり遊園地行ったりしている時に、
あたしはこうやって1人で画面に向かっていたわ…。」
「…そうだったんだ…」

681: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/06(月) 01:02:31.76 ID:???
>>680
「家にね、持ってこなかったゲームがたくさんあるの。」
「うん」
「その殆どは…恥ずかしいんだけど、恋愛モノだったりするのよ」
「…うん」
「友達もろくにいないくせに、望みばっかり高くってさ、王子様を捜し求めて、
でもそんなのリアルにはどこにもいるわけがなくて、ある種の逃避よね…」
「…」
「でもね、ここに来て、あたしはシンジに出逢って、そういうゲームとは卒業することが出来たの」
「…///」
「まさか、現実世界に本当にあたしの王子様がいるなんて、思わなかったわ…///」
「…アスカ」
「そう、王子様はここにいたの。…シンジ…愛してるわ」
「僕もだよ」
少しずつ2人の距離が近づき、どちらともなく唇が触れあう。磁石のS極とN極のように
引きつけ合う2人の唇。
しばらくの間、口づけの音だけが静かに響く。やがて部屋の中に熱気が高まり、
悦楽を帯びた吐息が漏れ出す…。
「シンジ…」「…アスカ…」
ゆっくりと倒れ込む2人。カーテンの隙間から夕陽が差し込み、アスカの露わになりつつある
太ももを照らしだす。そこにシンジの手が何かを求めるように現れ、滑るようにして、
そのままスカートの内側に消えていく。

687: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/07(火) 00:56:29.08 ID:???
>>681


「はいはい、そこまで~」パンパンパン
「!!!!」
呆れたように手を叩きながら登場するミサト。心臓が止まりそうになる2人。
跳ね起きた拍子にアスカの頭がシンジの顎にヒットする。
「ゴギャッ」
形容し難い叫び声をあげ、ひっくり返って悶絶するシンジ。
「なーにやってんのあんたたち、試験前でしょーが」
悶絶するシンジなどお構いなしで部屋に上がり込むミサト。
「…なんであんたがここにいるのよ?」
仏頂面でミサトを睨み付けるアスカ。そう言いながら、はだけたスカートの裾を今更遅いと
知りつつ直している。もう数秒遅ければ、下着の中まで晒す羽目になっていただろうな…、
などとふと考え、そこについては安堵の溜め息を漏らす。
「そりゃあ、あれだけ興奮した声上げながら大音量でゲームやってれば廊下に響いて、
イヤでも聞こえるわよ」
アスカの表情の変化に気も止めず、心底呆れたような表情で、アスカにぐいっと近づくと、
鼻と鼻とがくっつきそうな距離で、ミサトは言った。
「あんたたち、自分らが置かれた状況分かってんの?」

688: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/07(火) 00:57:21.21 ID:???
>>687
「…すいません」
ミサトの背後からようやく起き上がったシンジが言う。
かぼそくて、ミサトの耳にやっと届くような声だ。
「特にアスカ、あんたゲームなんてやるヒマあるの?あんた、このまま行ったら夏休み中
毎日補講になるわよ」
瞬間的にアスカが青ざめる。さっきまで赤かった顔が、瞬時に真っ青になるのを見て、
シンジはアスカの成績が自分が思っている以上に良くないことを悟る。
「…このままだと、最悪、留年も現実味を帯びてくるわね…。そうなったら退寮よ、あんた」
「え…」
蒼くなっているアスカの対面に、その言葉でこれまた顔面蒼白になっているシンジがいる。
「やだやだミサト、そんなの絶対イヤ!」
「イヤなら勉強しなさい。期末試験で少なくとも平均点は取りなさい」
「げっ、そんなの無理」「無理じゃない、無理なんて言わない!」
ミサトはいつになく厳しい目で2人を数秒間睨み付けると、悪魔のように囁いた。
「分かった、じゃあこうしましょう。今度の期末試験、アスカは全教科で80点以上を取ること、」
「げっ、そんなのありえn」
アスカの抗議の声を遮るようにミサトはずんずんと部屋の奥まで入り、PSの本体に指を触れた。
「その条件をクリアしたら、これを返してあげます」
そう言うと黙ってコード類を引き抜き、本体を脇に抱える。
「それまで、これはあたしが預かっておくわ、異論は認めない」
振り返ってアスカを見下ろすミサト。
夕陽が差し込む室内で、逆光となったミサトの表情はよく分からない。
だが2人にとって、その場で仁王立ちするミサトは殆ど鬼のように見えた。

689: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/07(火) 00:58:18.85 ID:???
>>688
「なによなによなによ、ふざけんじゃないわよ、人権侵害よ訴えてやる!」
ミサトが部屋から去った後、アスカの怒りが止まらない。怒髪天を衝く、
とはこのことではないか、と思えるほどだ。
「…でも、アスカ、ミサト先生の言うことは間違ってはいないよ…僕たち、試験勉強全然せずに
ゲームばっかりやってたから…」
シンジのその一言に、部屋の中をぐるぐる回りながら湯気を立てていたアスカの動きがぴたりと止まる。
「それに…」
シンジの言葉は後が続かない。が、アスカには分かってる。自分の成績がどれほど悪いのか、
シンジに感づかれたことをアスカは悟る。
「…分かったわ」
アスカがシンジに鋭い矢のような視線を向ける。射抜かれたような痛みすら感じそうになるシンジ。
思わずのけぞってまばたきをする。手をまぶたに触れる。うん、矢は刺さってはいない。
「あの女、目にモノ見せてやるわ!シンジ、今から特訓よ!」
その殺気だった目に、何も言えずただ黙って頷くシンジ。
「絶ぇぇぇぇっっっ対、80点以上取ってやるんだからねッ!シンジ、覚悟しなさい!」
いや、それは違うんじゃないか、覚悟するのはアスカの方なんじゃないか、
あまりの勢いにシンジがそう気づいたのは、部屋に戻り勉強道具を持って自室を出た時だった。
ここから4日間、シンジは殆ど眠る暇も無く、アスカの勉強に付き合う羽目になる。

690: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/07(火) 00:59:55.49 ID:???
>>689



10日後、金曜日

期末試験も終わり、試験休みに入った。そんな中で、今日は答案が返却される日だ。
「…わざわざ登校日作らなくてもいいじゃないねぇ…しかも一番暑い時間帯に…」
アスカはハンカチで額の汗を拭きながら、シンジに向かって愚痴っぽく言う。
無理もない。時計の針は午後2時になろうとしている。
「確かに…これだけ暑いと外に出たくないよね…せめて午前中なら良かったのに…」
シンジもハンドタオルで汗を拭きながら、アスファルトの照り返しに思わずよろけてしまう。
「うわっ、なんか目が回る…」
「大丈夫シンジ?ここんとこ寝てなかったからね…」
「いやでも昨日は試験も終わって久しぶりに9時間くらい寝たんだけどな…」
「疲れよ、疲れ。しばらくゆっくりなさい」
「…じゃあ、デートとかしなくてもいいの?」
「それは困るわね…」
アスカはシンジの方を心配そうにちらっと見上げて、シンジの顔色をうかがう。
「…日本人って大変よね…」
「え?何が?」
「ほら、髪の毛黒いじゃない、あたしなんかと違って、黒は光を集めて熱を吸収するから、
寝不足プラスこんな灼熱地獄の日は余計につらいんじゃないかしら?」
確かに、頭に手を当ててみるとかなり熱い。
よく脳が茹だったりしないものだと妙に感心してしまうシンジ。

691: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/07(火) 01:01:00.44 ID:???
>>690
「どれ、」
試しにアスカの頭にも触れてみる。
「…あんまり変わんないよ」
その一言に対してアスカが答える。
「違う、不正解」
「え?」
シンジがきょとんとしていると、アスカは自分の頭の上に乗ったシンジの手を持ち、前後に
ゆっくりとさすり始めた。
「これが正解よ、」
意味を理解し、シンジもにっこりと微笑んで、そのままアスカの頭をいい子いい子と撫でてあげる。
ちょっと嬉しそうなアスカ。うだるような暑さの中で、汗をしたたらせながらも満足そうに
にんまりと微笑んでいる。
その姿が、シンジにはたまらなく可愛い。
「…またバカやっとるで」
鈴原が2人を追い越しながら委員長に向かって呆れたように言うその言葉も、アスカにとっては
心地よいBGMのようなものだ。
「ああ、あたし、シンジに愛されてるわ…幸せ///」

692: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/07(火) 01:01:48.81 ID:???
>>691
この一週間、ほとんど片時も傍を離れず、トイレとシャワー以外はほぼ一緒にいた。
シャワーだって、スペースさえあれば2人で一緒に入っていたかもしれない。
濃密な一週間、ただひたすら勉強をした。途中からPS3のためなのか、シンジのためなのか、
それとも自分自身のためなのか、よく分からなくなってきたが、とにかくこれほど集中して
勉強をした経験は初めてだった。こっそりお泊まりセットを持ち込んできたシンジと、それこそ
肌が触れあうくらいの距離で、深夜やあるいは明け方まで、時間が過ぎるのも忘れて勉強した。
問題が解けた時のシンジの笑顔とご褒美のキスが、この一週間を支えてくれた。試験期間が始まり、
今までやってきたことが(例え一夜漬けであれ)間違っていなかったことが分かり、
今までにないほどの分量を答案用紙に書き込むことが出来、アスカはこの学校に来て初めて
勉強の面で充実感と達成感を味わうことができた。
それだけに、食事や寝るヒマも惜しんで勉強をしたこの一週間が、
アスカには愛おしく感じられるほどだった。勉強はつらくもあったけれど、この
思い出は2人の胸の中に仕舞われ続け、ふとした時に語り合える格好の材料ともなろう。
「(そう、あたしとシンジはもう1つになったようなものよ…まだしてないけど)」
でも、その時は確実に近づいている。アスカには、そしてシンジにも、それは実感として
皮膚感覚として、分かっていることだ。
「まずはその前に、この一週間の成果を確認しなきゃね」「そうだね」
アスカのその言葉に、ほぼ正確に反応するシンジ。
なんで分かるんだろう?などということを、もうアスカは考えない。それが当たり前だから。
シンジに会って、満たされること、安心すること、愛し愛されることをアスカは初めて知ったのだ。
そして、それはシンジにとっても同じことなのだ。

693: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/07(火) 01:03:44.20 ID:???
>>692


「ほぉら、生徒諸君、君たちの夏がやってくる前に、超えなくてはならない通過儀礼を始めるぞぉ」
ミサトの声に幾分か緊張が走る教室内。1人1人が呼ばれ、クリアファイルが渡される。
その中にこの1学期間の汗と努力の結晶が、全教科分、挟み込まれている。
「間違ったところ、ちゃんと復習するのよ。その復習が、あとできっと実になる日が来るわ」
ミサトが教室内を見渡しながら、生徒達に声をかける。誰も聞いていないが。
「ま、あたしも若い頃はそんな点数に一喜一憂したもんよ。
あんたたち、いろんな意味で、この夏を大事にしなさいよ!以上、ホームルーム終わり!」
そういうとミサトは出席簿を団扇代わりにしながら、教室を出て行った。
悲鳴や安堵の溜め息があちこちで起きる中、シンジとアスカはファイルを抱え込み、お互いに目配せをする。
「どうする?」「せーの、で出しましょ」「そうだね」
アスカは大きく息をつくと、意を決して言う。
「いくわよ、せーの、」バサッ
その瞬間、思わず目をつむってしまうアスカ。おそるおそる目を開けると、飛び込んで来たのが
82
の文字。
「え、これ、あたしの点数…よね?」
まだたどたどしい日本語で惣流・アスカ・ラングレーと書いてある答案用紙、その名前の横に
82と赤字で書かれている。

694: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/07(火) 01:04:49.34 ID:???
>>693
「やった、やったわよシンジ!」
思わず大声をあげるアスカ。シンジはそれを見てにっこりと微笑む。
「良かったねアスカ。お互い努力が報われたよね」
そのシンジの声も聞こえているのか聞こえていないのか、アスカは返却された答案用紙たちの
点数を確認することに没頭している。
「化学…82、日本史…88、英語…94、これはまあさすがにね、あと古文と数学と…、」
どれも80点を超えている。アスカの顔がどんどん赤みを増し、ほころんでいく。
口元が微笑みを絶やさなくなり、これ以上我慢出来なくなったアスカが勝ち鬨を上げようと
した瞬間、最後の答案用紙が現れる。
「現代文…、」
アスカの動きが止まる。シンジは瞬時にしてその異変に気づく。
「どうしたのアスカ?」
震える手。その手に掴まれた現代文の答案用紙。シンジが覗いたそこには、

78

という冷酷な数字が、特徴のあるミサトの力強い字で、赤々と刻まれていた。
「嘘…そんなはずないわ、」
○がいくつあるかを数え、点数を計算する。結果は分かりきっていても、心が納得しない。
「…だめ、だめよ、」
涙がぽとり、と答案用紙に落ちる。赤字が、滲む。
「…ア、アスカ、」
シンジがアスカの肩を叩こうとしたその瞬間、アスカが立ち上がる。
「こんなこと、あり得ないわ、ミサトに抗議してくる!」ダッシュ
「ア、アスカ、待ってよ!」
慌ててアスカの後を追うシンジ。その後ろから2人を眺めるトウジとヒカリ。
「…なんやセンセも難儀なやっちゃな…」
ある程度事情を聞いているヒカリはシンジに同情する。
「碇君、大変よね…。アスカももうちょっと大人にならないと…」
「なんや委員長、大人の女の余裕でっか?」バシッ「バカ」
トウジの頭をひっぱたいてから、ヒカリは心配そうに2人が出て行った扉を眺めている。

697: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/08(水) 00:00:40.11 ID:???
>>695



「…しょぼん」
肩をがっくりと落とし、帰路につく2人。シンジは尋常では無い落ち込みようを見せるアスカに
心配を通り越してほとんどパニックに近い焦りを見せている。
「…大丈夫、きっと返してくれるよ」「…二学期の中間試験まで待てというの?」シクシク
職員室に抗議に訪れ、採点に疑義を申し立てたアスカは、そこで逆にミサトに反論の余地も
ない
ほどのしっかりとした根拠を並べ立てられ、更には日常の生活指導から何から、たっぷりと
2時間以上にわたって面談という名のお説教の時間を設けられることになった。
職員室を辞した時には、夏の長い陽も傾き、空は黒々とした積乱雲が覆い被さるように広がり、
今にも夕立が来そうな気配に充ち満ちていた。
―――「まあ、返さないとは言わないわ。でも、早くても二学期の中間試験明けね…、
もちろん、平均80のバーは変わらないわよ」―――
シンジには、疲れた表情で自分の椅子に身を預けて言葉を発していたように見えたミサトだが、
アスカにとってその姿は、椅子にふんぞり返って強圧的に命令口調で有無を言わせぬ
一方的な物言いで、話し合いを強制終了させた悪魔のように思えた。
「…」
アスカは肩を震わせて半ば泣いているかのような表情だ。いつもの威勢の良さも失われ、
完全に別人のようだ。
その姿に、シンジはどんな言葉をかけていいのか、全く分からない。
「あ、あのさ、」
シンジの問いかけにジロリ、と視線を向けるアスカ。その視線に思わず生唾を飲み込むシンジ。

698: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/08(水) 00:04:31.58 ID:???
>>697
まずい、完全に拗ねている。元気づけとか慰めとか同情とか、そういったものは今の
アスカには偽善としか映らない。シンジは瞬時に確信する。そして同時に、ここがポイントだと判断する。
アスカの救いを求める手を、適切に、正しい形で掴んであげないと、
アスカはそのまま虚無の闇にするりと落ちて行ってしまうだろう。それだけは避けなければならない。
シンジはそのアスカの表情から、今後起こり得る展開、それに対して自分がどのような
言葉を発するべきなのか、瞬時に数十パターンにわたってシミュレートをする。
ほとんど瞬き1回分か、それに満たない時間でそのシミュレーションを終えると、
シンジはそのアスカのジロリと向けられた視線に対して、一番適切だと信じる回答をする。
ポツ、ポツ
シンジがアスカの頭をぐしゃぐしゃっと掻き回すかのように撫で回すのと、
雨粒が落ちてきたのがほぼ同時。
「アスカ、取り返そう」
シンジは意を決したように言う。アスカの視線を跳ね返すかのような、強い意志を持って、
アスカの目をじっと見つめて、そう宣言する。
「取り返す…の?どうやって?」
アスカの目に、失った光が戻ってくる。シンジは、自分の言葉に間違いがなかったことを確信する。
「ミサト先生のところに、直談判しに行くんだよ。返してもらうまで帰らない、って」
「でも、そのくらいじゃ返してくれそうにないわよ…」
「だから、返さざるを得ない状況に持っていけばいいんだよ、」
「どうやって?」
一呼吸あって、シンジはふふ、と笑う。いたずらっ子のような目で、アスカに囁くように言う。
雨は一気に酷くなり、2人は瞬く間に濡れていく。益々激しく鳴る雨音の中で、
シンジの言葉がアスカには響いて聞こえる。
「賄賂、だよ」ニヤリ

699: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/08(水) 00:06:09.60 ID:???
>>698


時刻は20時。
いっときはゲリラ豪雨のように降り注いだ雨も止み、今はうっすらとした靄がかかっている。
そんな中でミサトのマンションのドアの前に立つ2人。呼び鈴を押す。返事があるまで、何度も押す。
「ねぇシンジ、さっきの賄賂ってどういう意味?」
アスカがシンジに尋ねる。シンジはアスカの方を向いて、小さい声で答える。
「これからドアが開いたら、黙ってミサト先生の部屋に入り、とにかく辺りのモノを片付けるんだよ」
「え?それが賄賂になるの?」
「こういうのは返して、って頼む前にやっちゃうんだよ。そうすれば断れない状況に
なると思うんだ」
「なるほど…」
「有無を言わせず、部屋中を片付けてから、改めてお願いするんだ。」
「ふむ…で、もしそれでもダメだったら?」
「うーん…実力行使?」
「…今がそれじゃないの?」
シンジが答えに窮する前に、扉が開く。
「あら、どうしたの2人揃って…」
タンクトップ姿でリラックスした格好をしたミサトが、そこにいる。既に少々酔っているようだ。
「失礼します、」
シンジがミサトの横をすり抜けるようにして家の中に入る。続いて、アスカも。
「え、ちょっと何?待ちなさい」
ミサトの声が聞こえないかのように黙って、しかし断固たる決意を全身に漲らせて、奥に進む。

700: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/08(水) 00:07:15.31 ID:???
>>699
クエッ?
「あ、ペンペン、久しぶり。でもごめん、あたし今忙しいの。また後でね」
奥に進む。左手の襖を開けると、そこがミサトの部屋だ。
「ちょ、なんなのよあんたたち、」
まさに襖に手をかけた瞬間、ミサトの手が、アスカの肩を掴む。
「僕たち、ミサト先生の家を掃除しに来たんです」
シンジがミサトの方を向いて微笑みながら答える。答えながら、ミサト本人も気づかないうちに
アスカの肩に置かれた手をそっと引き離している。
「え、掃除?」
「はい、普段からお世話になってるし、迷惑もかけたし…、この機会に何かお礼がしたくて…」
アスカは思う。シンジって実はその気になれば稀代の詐欺師になれるんじゃないか、
あのキラースマイルを意識して出せるようになれば、大抵の女はコロッと騙されるんじゃないか、
ミサトの顔に出ていた疑いの表情が、まさにシンジの微笑みによって綺麗に晴れていく様子を
横目にしながら、アスカはつくづくとそう思う。
「…そう?悪いわねぇ、じゃあお願いしちゃおうかしらん」
「ありがとうございます。じゃあミサト先生は、そのへん散歩でもしてきてください。
2時間くらいで片付けちゃいますから」
「了解♪じゃあちょっと駅前のスーパーにでも行ってビールでも買ってくるわ」
いそいそと出かけていくミサト。どこから用意したのか、三角巾とエプロンを身につけ、
ミサトを見送るシンジとアスカ。
バタン
扉が閉まる。

701: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/08(水) 00:09:19.52 ID:???
>>700
「さあ、やろう。この2時間が勝負だよ」
シンジが腕をまくる。アスカもシンジに手渡されたエプロンを身につけながら、頷く。
「じゃあ僕はリビングと台所を片付けるから、アスカは奥の部屋をお願い」「わかった」
リビングの中央に燃えるゴミと燃えないゴミ用の特大ビニール袋を広げ、まずは片っ端から
ゴミを片付ける。
「…しっかし、レトルトとコンビニ弁当に缶ビールの山かぁ…。
ミサトさん、不健康な生活してるなぁ…」
思わず手を腰に当ててその凄まじいばかりの光景を眺めてしまうシンジ。
台所はシンクがどこにあるのか分からないくらいにうずたかくゴミが積まれ、その周りを
まるでオブジェのように缶ビールが並んでいる。それなりに臭いもする。
「嫁入り前の女の人がこんなんでいいのかよ…」
思わず毒づきながら、プラゴミと空き缶を分けていくシンジ。
「きゃあああああ」
「どうしたのアスカ?」
振り返るとアスカが青ざめた顔で立っている。
指差す先はミサトの部屋。

702: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/08(水) 00:09:53.56 ID:???
>>701
「何?どうしたの…ってうわっ…」
シンジが覗いてみたミサトの部屋は…
「もはや魔境だねこれは…」「ここまで片付けられないのは病気よビョーキ」
形容し難いほど散乱したゴミや脱ぎ散らかした服、そして床にちらりちらと見える茶色い物体。
「あー、そりゃこれだけ汚していれば、ゴキブリくらいは出るよ…」シュー
そう言いながら、これもどこから持ってきたのか、殺虫剤を撒くシンジ。
「ここやだ。シンジ、場所代わって」
「いいけど…台所の方がこういうのたくさんいるんじゃないかな…?」「やっぱいい、こっちで」
喋りながらもシンジの手は止まらない。機械的にその場に散らかるゴミを分別し、
捨てるべきものは容赦なくゴミ袋の中に叩き込む。無駄な動きは一切ない。
その姿を半ば呆然として眺めるアスカ。ふとした拍子に我に返る。
「あ、いけない、あたしも頑張らなきゃ」
「…はい、」
シンジが無言でアスカにマスクを渡す。黙って頷き、それを受け取るアスカ。
「頑張ろう」「うん」

703: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/08(水) 00:11:33.70 ID:???
>>702

その頃、ミサトは機嫌良く駅前のスーパーマーケットに向かっていた。
「あの子達も、殊勝なもんじゃない」
ようやく自分の指導が浸透し、子供達も日々着実に成長している、その実感がミサトの
足取りを軽くしている。
「今日は奮発して500ミリ缶にしちゃおうかしらん♪」
スーパーに入り、真っ直ぐにビールコーナーに向かう。高給とはお世辞にも言えないが、
ミサトのこだわりは発泡酒はNO、というところだ。
「ん、あの子達にも何か買って行ってあげましょうかね…」
碇シンジと惣流アスカ、この2人の可愛い教え子は、ミサトにとって、
ちょっとベタベタしすぎなところはあるが、概ね微笑ましいカップルだ。
多少の脱線はあれど、勉強についてはシンジがアスカの面倒を見ているせいか、成績が破綻
するようなこともない。
日常生活についても、アスカがリードしているように見えて、その実シンジがしっかりと
アスカをコントロールしているのが見える、そんなところが大人のミサトには面白い。
「ま、やっぱりなんだかんだ言って、男がしっかりしていないとダメってことよねぇ…」
自分の過去が脳裏をよぎる。思わず苦笑する。自分は…加持はあそこまでしっかりは
していなかったな、むしろいい加減が服を着て歩いているようなものだったな…、
「あいつがもうちょっとしっかりしてくれていたらね…少しは変わっていたかも」
そんなことをつい呟いてしまう。
店内をぐるぐると回る。いくつかお菓子をカゴに入れ、コーラやお茶を選ぶ。

704: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/08(水) 00:15:09.03 ID:???
>>703
「ふむ…」
ふと立ち止まるミサト。その目の前にあるのは…ある種のゴム製品。
また輝かしい青春の日々をふと思いだし、ちょっと寂しく切ない気持ちにもなる。
抱かれている時の男の肌の臭い。少しタバコ臭い息と性急な指先と腰の動き。
加持とは今もつかず離れずだが、あの瞬間は、もう戻ってこないのかもしれない。
レジで会計をしながら、ミサトは身体の奥底が、まだ加持を覚えていることを感じる。
少し、熱を帯びてくる。じんわりと、湿り気を帯びてくるのが分かる。
「(しゃーない、あの2人が帰ったらスッキリさせま…!!!」
その瞬間、時が止まる。ゾクッとした悪寒が背中を走り、次いでミサトの血液が逆流する。
血圧が一気に跳ね上がり、鼓動は一瞬の不規則な振動を経て、
その後瞬時に猛烈な速度で回転を始める。
「ヤッッッバ!なんで思い出さないのよぉ…バカ!」
「あ、お客さん!」
お釣りも受け取らず、品物を袋にも詰めず、カゴを持ったまま猛ダッシュで店を飛び出すミサト。
コーラやビールが振られてしまってることにもお構いなしに、とにかく今は家に急ぐミサト。
決して見られてはならない秘密を、部屋に置いてきた。
絶対にあの子達には知られてはならない、秘密。
「間に合ってぇぇぇ…お願い!!!」
その長い足が遂に真価を発揮する時が来た…のかもしれない。

708: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/09(木) 00:37:03.37 ID:???
>>706
「ねえシンジ…これって何かしら…?」
掃除を始めてから1時間が経過しようとしている。
台所ではシンジが、ゴミの片付けだけは終えて、今は食器を洗っているところだ。
「何?アスカ?」
キュッと蛇口を閉め、エプロンの端で手を拭きながら、声のする方に向かう。
「お、だいぶ片付いてきた…ね…って、」
部屋の真ん中で膝を折り、座り込んでいるアスカにただならぬ気配を感じるシンジ。
「…」スッ
無言でアスカが自分の左横の畳を指差す。その先には…
「え?な、何これ?」
「…あそこ、脱ぎ捨てられたジャージやTシャツの山の下、
三枚重なった布団の隙間から出てきた…」
今は綺麗に畳まれている布団と洗濯かごに入れられているジャージ類。
シンジがそこから視線を手前のアスカに戻す。その視線を感じたアスカが、ゆっくりと
それをつまみ上げる。明らかにその目には嫌悪感が渦巻いている。
「…そ、そうなんだ…」
それが何なのかはさすがのシンジと言えども分かっている。
分かってはいるが、口に出すことも憚られるような、現実に初めて目にするそれを前にして、
半ば言葉を失っている。

709: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/09(木) 00:38:04.75 ID:???
>>708
「これって…アレ、よね…?」
「…うん…アレ、だね…」
アスカとシンジは目を見合わせる。どうしたらいいのかよく分からない、2人の視線は宙を彷徨い、
空の彼方に輝き始めている星々から振り注がれる光線との交信を試みる。
その刹那、
「アスカッ!シンジ君ッ!」ガタアアアアン
けたたましいくらいの音を響かせて、家主が戻ってくる。
ガラッ「アスカッ、あたしの部屋はそのままにしておい…て…」
襖を開けたミサトは、既に手遅れであったことを知る。自分のガサツさとずぼらさを一瞬だが、
心底、前世から来世にかけても途切れることがないくらいに恨み、怒るが、
それで時計の針が戻ることは、決して無い。
「はぁぁあ……」ガックシorz
まさに全身から力が抜けたかのようにその場にへたりこむミサト。
「ミサト、」
そこに仁王立ちするアスカ。
「いやしくも教師たる者が、こんなものを所持しているなんて、しかもそれを教え子に
触れさせるなんて、教師として、いえ、人間としてどうなの?」
「…うっ…」
「ヒカリじゃないけど、言わせてもらうわよ。」
しん、と静まりかえる部屋の中で、僅かに突っ伏したミサトの肩が上下している。
「不潔よっ!これ以上ないくらいに、フ・ケ・ツ、よおおおおおっ!」

710: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/09(木) 00:38:52.11 ID:???
>>709
「(アスカ…何もそこまで言わなくても…)」
アスカの凄まじいばかりの剣幕に押されて、何も言えないシンジ。ただ、黙ってミサトの
隣で正座している。
「…うぅ…」プルプル
「こんなこと、あってはならないわ。是非ともこの件は学校に報告をしなくちゃいけないわね」
「えっ、」ガタッ
「何よ、別にミサト、あんたがこんなものをいくつ持っていようがそりゃあんたの自由よ、
好きに楽しめばいいじゃない、でも問題は、それを教え子の目に触れさせ、
こうして教師の権威を著しく貶めたことなんじゃないの?」
「…うう…」
「ミサト、あたしはあんたのことが好きだったし、信頼していたわ。でもこんなもん見せられちゃぁ、
これから同じような関係を維持できるか、正直言って自信がないわね!」
「……」
「あ、あのさ、アスカ…」
恐る恐る手を上げて発言を求めるシンジ。
「何もそこまで言わなくても…いいんじゃないか…な…?」
次の瞬間、ギラッとした目つきで睨まれ、身の危険を感じ下を向いてしまうシンジ。
「(やば…目が青白く光ってるよ…スイッチ入ってる)」
アスカは数秒間シンジを見つめた後、思い出したようにミサトに向き直り、続ける。
「でも、今までお世話になったことは事実だし、これからもお世話になることに変わりは無い、
なによりあたしやシンジはそこまで鬼じゃないわ、」
「(アスカ…僕を巻き込まないで欲しいな…っていうか、今のアスカは十分に鬼だよ、鬼)」
いつの間にか、シンジまで怒られている気分になっている。
「…」
ミサトは俯いたっきり、黙りこくっている。その無言となった頭頂部に、アスカの声が降り注ぐ。
「…だからさ、ミサト、黙っててあげるから、その代わり誠意を見せてほしいな…」
「あ…!」
シンジが驚いてアスカを見つめる。こんなところで人質交換のようにPS3の返還を交渉するとは、
シンジにとっては予想外の展開だ。
「お互いこれでハッピーじゃない、どうミサト?悪い話じゃないと思うけれど…」
アスカがしゃがみ込み、ミサトの顔を覗き込むように話しかける。

711: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/09(木) 00:40:27.24 ID:???
>>710
「…」
「え?何?聞こえないわ」
アスカがミサトににじり寄った次の瞬間、ミサトが顔を上げる。
ゴゴゴゴゴ「あんたねぇ…、」
マズイ、シンジが直感的にそう感じ、アスカの手を引っ張る。が、時既に遅し。
「さっきから黙って聞いてりゃ随分と上から言ってくれるじゃない…」ゴゴゴゴゴゴ
ゆらり、と立ち上がるミサト。その緩やかな動きとは逆に、背中から首筋には怒りが渦巻いている。
「…!」
ようやく事態がのっぴきならないところまで来ていることに気づくアスカだが、もう遅い。
後ずさりしようとするが、足が動かない。ミサトの鋭い視線に射抜かれ、金縛りのようになっている。
「悪かったわねぇ、男日照りで」ガシィ
アスカの首根っこを抑えつけるように両肩をガッチリと掴んで離さないミサト。
「ひっ」ガクガクブルブル
アスカの声は、最早悲鳴にすらならない。
「だいたいあんたたちだって、お母さんの股の間から出てきたのよ!人類エロがなかったら
ここまで繁栄してないのよ!人は誰しも少なからず変態って言ってねぇ、
エロい部分は持ってるのよ、誰しもがみーんなそうなのよ、
アスカだってシンちゃんだって、オナニーの1つや2つ、してんでしょーが!
何カマトトぶっちゃってさ、知ってんのよあんたたちが部屋で乳繰り合ってることくらい!、」ムンズ

712: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/09(木) 00:41:29.03 ID:???
>>711
アスカのまだ薄い胸を、それでも鷲掴みにするミサト。
「ほおら、いっつもシンちゃんにこうやってされてるんでしょ?調教されちゃってんでしょ?」
「い、イヤ…」
アスカは逃げようとするが逃げられない。ただ、助けて、と声にならない声をシンジに向けて
発している。シンジには、それが分かる。逃げちゃダメだ、シンジは心の中でそう呟くと、立ち上がる。
「ミサト先生!止めて下さい!」
まずそう言うと、有無を言わせず、ミサトの手をアスカから引き離す。
「痛っ」
ミサトはシンジの握力の強さに思わず手をふりほどいてしまう。ドッと尻餅をつくアスカ。
シンジは、アスカとミサトの間に割り込むようにして、ミサトの前に立ちはだかる。
ハッ「シンジ君…、」
興奮状態から少し落ち着いてきたミサト。両肩で息をしている。
「ごめんなさいミサト先生、でも先生が我を失っているようだったから…、」
3人の呼吸する音だけが、僅かの間ながら、部屋の中を支配する。
「でも僕たち、はっきり言っておきたいんです。確かに、部屋の中でキスをしたり…その先まで
したりしたことはあります…だけど…」
「だけど?」

713: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/09(木) 00:43:18.88 ID:???
>>712
「僕たち、まだセックスはしてません」
ミサトの目をまっすぐに見つめてシンジは言う。アスカは足下で耳まで真っ赤になっている。
「…へ?嘘?あんたたち、まだ…してないの?童貞くんと処女ちゃんなの?」
シンジの真剣な目つきと、赤面しているアスカの顔を交互に見つめてから、
ミサトがきょとんとした表情で訊く。黙って頷く2人。
「またまたぁ、盛りのかかったお年頃で、そんな筈は…」
「あるんです。僕たち、確かにそういう機会は何度かあったんですけど、何故かいつも邪魔が入って…」
シンジが恥ずかしさもあって、頬をぽりぽりと掻きながら呟くように言う。
「だからきっと僕たちは神様からまだその時は来ていないよ、って言われてるんだろうな、って…」
「へ…?そうなの?」
ミサトはアスカに訊ねる。顔を真っ赤にしたまま、黙って頷くアスカ。

714: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/09(木) 00:44:36.38 ID:???
>>713
「はぁ~…本当みたいね」
ミサトはさっきまで自分が何を口走り、何をしていたのかなんてすっかり忘れて、呆れたように
2人を見下ろしている。数秒間、そうやって2人を見つめた後、ミサトは壁の方に向き直って、呟く。
「でもまぁ、お互いに相手を思いやってるってことになる…のかな、」
独り言なのだが、シンジとアスカにも聞こえている。
「…そう考えると、可愛いもんか」
再び振り返り、アスカとシンジを見つめるミサト。
「いい、あんたたち、」
ゴクリ、となぜか唾を飲み込むシンジとアスカ。また一瞬、3人の周りが静かになる。
夏の湿って淀んだ室内。ミサトをじっと見つめるアスカと、次の言葉を待つシンジ。

717: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/09(木) 23:53:18.64 ID:???
>>714
外から微かに、飛行機が飛んでいる音が聞こえる。
ミサトは、言葉を探しているかのようにゆっくりと瞬きをする。
声が喉元まで出かかったのを飲み込み、ふぅ、と息をついて2人の肩を叩く。
「ま、幸せにその時を迎えられることを祈ってるわ。…あと、」
またちょっと息を継ぐ。そして意を決したように先ほど飲み込んだ言葉を口にする。
「こういう言い方をするのもなんだけど、セックスって気持ちいいし、すごーく満ち足りて
幸せな気持ちにさせてくれるものよ。特に愛し合っているカップルにはね、
だけど、それに甘えて溺れちゃダメよ。それしか考えられなくなったり会えば即したくなったり
する時期は必ずあるわ。でも、それに流されちゃダメ。あんたたちはまだ学生なんだし、
お互いにまだ責任を取れる歳じゃあないんだから」
かつての私たちと、同じ過ちを繰り返しちゃいけないのよ、そう続けようとしたミサトだが、
その言葉だけは臍下丹田の奥で蓋をして閉じ込める。そもそも、本当に過ちだったの?
光が10cm進むよりも短い時間、そんな思いが頭をよぎる。
過去の自分と向き合うことに混乱するミサト。襖を開けて、部屋を出る。玄関に向かって歩く。
ほんの数歩の間に、気持ちを立て直さなくてはならない。
色々な思いが頭の中を突風のように吹き抜けていく。ああ、いつからあたしはこんなにも
表面的で諦めの良い女になってしまったんだろう、これが大人になるということなら、
あたしは大人になんてなりたくなかった…、そう切なげに微笑むミサトの表情は、
背後できょとんとしているアスカとシンジには見られることはない。
黙って玄関を開ける。幾分涼しい風が室内に吹き込んでくる。
その風を吸い込み、目を閉じて頭の中の雑念をその風の力を借りて追い出し、
そしてようやくミサトは自分を取り戻す。

718: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/09(木) 23:54:19.67 ID:???
>>717
「さっきは取り乱してごめんなさい。部屋、片付けてくれてありがとう」
振り返ってシンジ達にそう言うと、ミサトは髪をかき上げながら続ける。
「ま、可愛いあたしの生徒なんだし、これ以上は言わなくても分かってるわよね」
ミサトは笑顔だ。脅してるわけではない、となればこの言葉の意味は…。
察した2人は、お互い黙って目を見合わせた後、ミサトの目を見て頷く。
「あたしこそ、さっきは酷いこと言ってごめんなさい」
アスカが素直に謝る。隣でシンジが少し驚いているのを見て、ミサトはクスッと笑うと、手を水平に振る。
「あー、いいのいいの、むしろ、あんまり思い出させないで」
恥ずかしそうにそう言うと、アスカもシンジもクスっと笑う。
その表情を見て、ミサトは頷く。
「ん、よろしい。…あとはあの2人、洞木鈴原組にもいつか言わなくちゃね、」
「げっ、ミサト、なんで知ってるの?」
驚いてアスカが訊く。
「…ん、やっぱりそうか。あっちはもうデキてんのね」
アスカ、絶句。そのアスカの表情を見て面白そうに笑いながらミサトはなおも続ける。
「あの2人はあんたたちより分かりやすいわよ。3学期始まった頃から明らかに洞木さんの
態度が変わってきてたから多分その辺でかな…、と」
「うわっ…なんで分かるのよ…。」
小声で呟くアスカ。それを見逃さずにミサトは畳みかける。
「あたしはね、あなたたちの担任であると同時に、人生の先輩でもあるし、女としても先輩
であるわけよ。分かったら、隠し事なんてしちゃダメよん。隠したって無駄なんだから」
人差し指を立てて可愛らしく、しかし恐ろしい言葉を吐くミサト。

719: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/09(木) 23:54:55.81 ID:???
>>718
「(確かに、この人に逆らっちゃダメだ…)」
頷きながら、その思いを強くする2人。そのまま、押し出されるようにミサトの家を後にする。
バタン、という扉の閉まる音を背後に聞きながらも、黙って廊下を歩く2人。
エレベータを降り、道に出てからもしばらくは無言で歩を進める。
「…負けたわ」
ぽつり、とアスカが呟く。
「負け?」
シンジがアスカに向かって言葉を投げ返す。
アスカはシンジの言葉には答えず、ただ黙って寮に向かって歩いている。
シンジも、アスカの気持ちが分かるので、それ以上は何も言わず、ただ黙ってアスカに従う。
「PS、奪還出来なかったね…」
寮の灯りが見える頃に、ふとシンジが呟く。
「ま、しょうがないわよ。あたしも酷いこと言っちゃったし、
それにミサトにあんなこと言われちゃあ、無理に返せとは言えないもの。」
アスカは夜空を見上げて両腕を頭の後ろで組みながら、清清したように言った。
「おーい、そこのおふたりさん、」
寮の入口で冬月寮長が待っている。暑いはずなのに、ドレスコードがあるかのような
焦げ茶色のスーツ姿(勿論上着着用)は変わらない。
「門限の時間だぞ。葛城君から連絡があって、彼女の家に質問をしに行っていたというから、
今回は不問に処すが、次からは気をつけたまえ」
すいません、と頭をぺこりと下げる2人。そのタイミングとお辞儀の角度が全く同じで、
冬月は思わず微笑む。
「まあいい、早く中に入りたまえ。そして風呂に入って今日はもう休むんだな」

720: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/09(木) 23:55:34.21 ID:???
>>719



翌日の放課後。
シンジが自分の部屋に帰ってくるとほぼ同時に、携帯が鳴る。アスカからだ。
「なんだろう?何かあったのかな…?」
そう思いつつも3コール以内で出るという原則はしっかりと守るシンジ。
「あ、シンジごめんちょっと来て今すぐ来て!」ブツッ…ツーツー
シンジが一言も発することなく、その一方的な通話は終了する。
「(なんだろう?切迫した感じではなかったけれど…)」
そう思いながらも、シンジは着替えを中止し、制服のまま部屋を出る。
「…ちょっと!遅いわよ!」
食堂まで来ると既にアスカがそこに居て、シンジを待っていた。
「ごめん、何?何があったの?」
シンジの問いかけにアスカは「シーッ」と人差し指を立てて口に当てる。
そしてそのまま付いてこい、とばかりに手を振ってから自室へ向かう。
言われたとおり、黙ってアスカの後をついていくシンジ。

721: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/09(木) 23:56:53.40 ID:???
>>720
「ほら、」
部屋に入るなり、アスカがベッドの上に置いてある紙袋を指差す。
「え?何コレ…ってアスカのPS!」
「そう。帰ってきたら部屋のドアのところに掛けてあったのよ。この手紙付きで」
アスカはそう言うとシンジに紙切れを手渡す。手紙、と言いながらも大きめの黄色い
付箋にあの特徴のある字で、そこにはこう書いてあった。
「ゲームは1日1時間まで!やったらその分勉強すること!」
シンジはそのミサトからのメッセージを読み終わると、アスカの方に向き直る。
「え?これって返してくれた、ってこと?」
「そうみたい。どういう風の吹き回しかしら…?」
アスカはそう言いながら、部屋の窓を開ける。開けた瞬間に熱風が吹き込み、
うおっ、とおよそ乙女らしからぬ呻き声を上げてすぐに窓を閉める。
エアコンを最強にしてスイッチを入れながら、アスカはシンジに言う。
「まあ、気持ちが通じた、ってことでいいんじゃない?」
「うーん…そういうことなのかな…?」
シンジは腕組みをして考え込んでいる。が、アスカに引っ張られる。
「そういうことにして、これからは勉強とゲーム、メリハリつけて両方頑張りましょ、
ってことで、早速復帰第1戦!」
アスカはそう言うと、配線を繋ぎ、電源を入れる。懐かしい画面が現れたところで、
シンジも微笑むとアスカからコントローラを受け取る。
「じゃあ、そういうことに…しようかw」
こうして、アスカの趣味の世界を、シンジと共有する時間が帰ってくる。
今度は深入りせず、学生らしく節度を持って楽しもう、2人はそう心に誓う。

722: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2014/10/09(木) 23:57:47.91 ID:???
>>721

アスカは黙っている。ミサトからの手紙はもう1通あったことを。それは紙袋の中に
きちんとファイルの形で入れられ、表と体温計と、誰かさんと同じように、薄さ0.03mmの
ゴム製品が付けられていたことを。
「(毎朝基礎体温なんて…そんな面倒臭いこと…やった方がやっぱりシンジとのこの先を
考えたら…、って!)」
ぼんやりとしていたアスカが、ど真ん中に棒球を放り込み、それをシンジが
バックスクリーンに叩き込む。
「やった!先制ホームラン!」
無邪気に喜ぶシンジ。その姿を見て、
「(何よ、いい気なもんね…)」
等と考えながらも、アスカの想いは、2人に訪れるその時と、
机の抽斗の奥に眠る、体温計とゴム製品2箱に向かっていく。
「(アレをシンジが使う日が来るのかな…ああいうのって女の子が付けてあげるものなのかしら…///)」
「どうしたのアスカ?顔が赤いよ」
シンジの声は、まるで奇襲にあったかのように、アスカを慌てさせる。
「ななな、なんでもないわ。それより、うまく打ったじゃない?」
「そう?へへへ…」
「(ぐっ、またドキドキさせやがって…)ま、まあ、こんなもん、ハンデよハンデ!」
「…う、確かにハンデにもならないかも…」シュン
「ほら、そうやってすぐに落ち込まないの。この前あたしに勝ったんだし、成長はしてるわよ」
「そ、そうかな?」///
「(その赤面した表情、可愛いぃ…///)そ、そうよ。ま、まだまだあたしには敵わないけどね!」
そう言うと、どちらからともなく、2人の顔が合わさる。夏の暑さに負けないような、
ねっとりとしたキスによって、試合は中断を余儀なくされる。




【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No.5


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