<管理人注>

このssは貞本エヴァからの最終話分岐LASです。

元スレでは、同じ作者のSSがバラバラになっていたので再構成しています。

【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No.1

【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No.2

【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No.3

【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No.4

の続編です。
326: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/21(土) 00:11:49.40 ID:???
ピピピピ、
目覚ましの音が鳴る。ピクッと反応した手が、ベッドから伸び、
その音源を手探りで突き止めると、手首のスナップを猛烈に効かせて、
その音源を半永久的に沈黙させる。
ガスンッという鈍い音と共に、その哀れな目覚まし時計は、ただ一度の役割を全うし、天に還る。
「アスカ~、もう時間よ」バタン
ヒカリが部屋に入ってきた時も、アスカはまだベッドの中で毛布にくるまっている。
外はまだ暗い。夜明けまでまだ時間がある。それでもヒカリは容赦なくアスカの毛布を剥ぎ取る。
「・・・アスカ、目覚まし、どうしちゃったの?」
枕元でぺしゃんこになった目覚まし時計を眺めつつ、ヒカリは呆れたようにアスカを見下ろしている。
「・・・あと5分寝かして・・・」「ダメよ、出発まであと20分」「・・・じゃああと2分でいいから・・・」
「ダメよ、起きなさい」
パジャマがはだけてお腹を出しつつ、まだ夢見心地の親友を眺めながら、
その肌の白さに羨望の思いを強くするヒカリだが、数回頭を振って、邪念を追い払う。
そして意を決したように、アスカの手を取ると、えいやっと引っ張り、この寝起きの悪い
親友を現実の朝に引き戻そうとする。
「ん゛ああああ゛あ゛あ゛あ゛~」
恐竜の鳴き声のような声を発しながら立ち上がって髪の毛をごしごしと掻き、
ようやく意識が戻ってきたこのドイツ系クォーターを確認すると、ヒカリは部屋を出て行く。
「碇君が食堂で待ってるわよ、早くしなさい」「…今、何時?」「もうすぐ4時になるわよ」
「げっヤバイ!目覚ましセットしたのに、なんで動いてくれないのよ!ヒカリも
なんでもっと早く起こしてくれないの?」
いい加減自分のせいにするのは止めてくれないかと思いながら、ヒカリは溜め息をつきつつ、
手を振って部屋を出る。もう耳タコなレベルで聞き飽きた朝の台詞は、黙殺するのが一番いいのだ。
こっちだって委員長として、そんなにヒマなわけじゃない。
「ま、あとは碇君がなんとかしてくれるわ、」
そう呟きつつ、ヒカリは自室からスーツケースを引っ張り出すと、
ゴロゴロと転がしながら階下へと向かった。

327: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/21(土) 00:13:15.41 ID:???
>>326
時刻は4時半になろうかとしている。普段であれば、まだまだ漆黒の闇に包まれている学院
ではあるが、今日だけは特別だ。正門前には何台もバスが並び、昇降口前の広場には
生徒たちが集まっている。
「ほぉら、点呼するぞ!並びなさぁい!」
ミサトの声を聞いて集まってくる生徒達。その中に息を切らせたアスカとシンジがいる。
「・・・ほんっと、ギリギリなんだからさ、もう少し早く起きようよ・・・」ハアハア
「何よ、…シンジが起こしてくれれば・・・こんなことにはならなかったのよ」ゼイゼイ
「無理だよ…、普段実家通いの人たちが前泊で隣の部屋とか使ってたじゃないか…、」
「まあ、そうだけど…」
「だから、代わりに目覚まし時計買ってあげたじゃないか、あれかなり大きい音がするんだけど、
気づかなかったの?」
「・・・壊れてた」「え?」「使い物にならなかった、ってことよ」プイ
「ほら、静かにしなさい、出席取ってるんだから」
人数を数えて回っているヒカリに怒られ、静かになる2人。

328: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/21(土) 00:13:44.02 ID:???
>>327
「うむ、遅刻者無しか。上出来、上出来」
眠そうにあくびをしながらも、満足そうなミサト。
「よぉし、じゃあ行くわよ。ほら、バスに乗んなさい」ハァイ
スーツケースを収納し、バスに乗り込むクラスメイト達。
「…しっかし、なんでこんなに朝早いのよ、4時間も寝てないわよ…」
シートに座り、大あくびをしながら、隣のシンジに愚痴るアスカ。
「しょうがないよ、朝早い飛行機なんだもの…。羽田が7時前だっけ…」
シンジも目をこすりながら答える。やはり眠そうだ。
「…でも、やっぱり沖縄ってだけでテンション上がるわよね、ようやく行ける、って感じがして」
アスカの言葉に、頷くシンジ。
「そう、なんかよく分からないけど、ようやく行ける、って気がするんだよね…、
きっと多分昔何かあったんだよ」
「多分ね、おおかた邪魔が入って行けなくなったとか、そんな感じなんでしょ、」
記憶に残らない記憶。その感触を2人は最早気味悪がったりはしない。
それすらも、2人を繋ぐ縁として、2人は受け入れている。
「ま、楽しみましょ、せっかくの沖縄よ沖縄!アグーにソーキそばにチャンプルーよ!食べるわよ!」
「あのさアスカ、一応修学旅行なんだからさ、」
シンジがたしなめるようにアスカに言葉をかけようとして、固まる。
「あれだけはしゃいでたのに、もう寝てるよ…」
そこには口を開けて安らかな寝息を立てる金髪碧眼の少女が1人。
シンジはしばらくじっとアスカを眺めていたが、やがてアスカの頭と頬をゆっくりと撫でると、
自分も目を閉じる。
羽田までおおよそ1時間半。2人はこっそりと手を繋ぎながら、束の間同じ夢の中に入っていく。

329: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/21(土) 00:14:47.14 ID:???
>>328
「おおおおお、はーるばる来たぜ沖縄~♪」
蒼い空、ちょっとむっとする南国の空気。飛行機の扉の向こう側は、紛うことなき、100%の沖縄だ。
生徒達よりもミサトがはしゃいでいる。
「あ…暑いわ」
11月だというのに、季節を置き忘れてきたかのような蒸した空気。
さっきまで冬の入口にいたアスカ達だが、今は夏の終わりに引き戻されたような心地だ。
「えーと…、今の時期の沖縄って、夜は肌寒いけど昼間はTシャツ1枚でもいけちゃうらしいよ」
どこかで予習をしてきたシンジが、そうアスカに説明する。横でトウジやヒカリがうんうん、と頷く。
「あ、見て見てシンジ、」
アスカが指差す空の向こうには、戦闘機が2機、旋回中だ。轟音を立ててどこかに飛んでいく。
「おおおおおおおお、F15だぁぁぁ、ついでにF22はいないのかぁぁぁぁぁぁああああ」
軍オタが1人、絶叫している。
「なんやあいつ、あんなゴツいカメラ担いで」
トウジが半ば呆れ気味にケンスケのハイテンションな振る舞いを眺めている。
「ま、人それぞれよ、ほっといて行きましょシンジ」
出てきたスーツケースを引き上げると、アスカはシンジの腕に手を回し、
到着ロビーから空港の外に出る。
むっとした南国の空気。飛行機の轟音の向こう側には、
東京よりも明らかに濃く深い青空が広がっている。
「あたし、沖縄初めてだけど、」「うん、僕もだよ」
「なんだかやっばりちょっと懐かしい気がするわ…」「…僕も」

330: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/21(土) 00:15:45.25 ID:???
>>329
ぞろぞろと荷物を引きながら観光バスが待つ場所まで歩いて行く。その数十メートルの間に
「(えーと、これから行く先は…首里城周辺で散策、各自お昼ご飯食べるまでは自由行動、だな)」
と旅程の確認を頭の中でおこなうシンジと、
「(朝早かったからお腹が空いたわ…お昼ご飯ってなんだったっけ?)」
とぼんやり考えるアスカ。そんなアスカをちら、と見て
「飛行機の中でもずーっと寝てたのに、もうお腹空いたの?」
と半ば呆れたように訊ねるシンジ。何で分かったのか、なんてことは露ほども疑問に思わずに、
黙って頷くアスカ。
「途中で何か食べるのは禁止だけど、しょうがないなぁ…、お昼ご飯は首里城見てからだし、
これくらいしかないけど…」
と、ワンショルダータイプのバッグからカロリーメイトをこっそりと手渡すシンジ。ちゃんと想定内。
「ダンケ」
バスに乗り込み、座席に座りながら何食わぬ顔で封を切り、
1本をそのまま一気に口の中に放り込むアスカ。
半ば堂々とした犯行?に、誰も気がつかない。いや、気づいていたとしても誰が咎められようか。
「おーし、全員揃ってるわね、じゃあ行くわよ、発進!」
テンションが高いミサトに、思わず苦笑する生徒数名。シンジやアスカもその中の1人だ。
「なんか、張り切ってるわねぇミサト、」モグモグ
「オリオンビールと泡盛を楽しみにしてるらしいで、」
前の席に座っているトウジが振り返って教えてくれる。
「ちょっと、立ち上がっちゃダメよ」
と隣のヒカリがトウジの袖を引っ張り注意をする。へーい、と座り直すトウジ。
「…なんか、すっかり尻に敷かれてるのね…」ボソ
「なんや惣流、なんか言うたか?」「こらっ、だから立っちゃダメでしょ!」「あーもう、うるさいわ…」
「…って言いながらちゃんと座るんだから、やっぱり尻に敷かれてるわね」クス
「だ~か~ら~惣~流~、おまえに言われたくないわ」「なによ、やっぱり認めてるわけね、」
「2人とも、うーるーさーい!!」バシン!
業を煮やしたヒカリの怒りが爆発する。さすがに反省し、静かになアスカ。

331: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/21(土) 00:16:15.60 ID:???
>>330
「痛ったああああ、なんでワイだけ叩くんや!あっちも同罪やろ!」
ガヤガヤと楽しい?かどうかは微妙なとこだが、とにかく色々な会話を弾ませながら、
バスは市内へ向かっていく。
「ねえシンジ、」「ん、何?」
アスカが車窓から外の景色を眺めながらシンジに呟く。
「今気づいたんだけどさ、沖縄って木造の家がないのね…」
モノレールの横から脇道に入り、坂を上っていくバスから見える住宅街は、
確かにほとんどがコンクリートで作られているように見える。
「あ、ほんとうだ。どうしてだろう?台風対策?」
シンジが思いついたことを口にする。アスカは肩をすくめて、「わからない」という仕草をする。
「でも、そんなところにも沖縄って雰囲気があるわよね…、ほら、街路樹はソテツだし」「ほんとだ」
少しずつ、沖縄にいるという実感が沸いてくる2人。この2泊3日の旅が、
2人にとって思い出深いものになるであろうことを、2人は確信している。
「シンジ、」「何?アスカ?」
アスカはちらっと周りの様子を窺うと、シンジの耳に口を近づけて内緒話をするように見せかけ、
一瞬のうちに口と口を重ね合わせる。
「!」
シンジが驚く、その数ミリセカンドの後に慌てたように周りを見回す。
2人の瞬間芸?に気づいたクラスメイトはいないようだ。
「へへへ…///」
アスカは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに口元をほころばせ、シンジを見つめる。
その目は、アスカの今の気持ちを全て映し出している。
シンジはにっこりと微笑むと、アスカの手をぎゅっと握りしめる。さすがにキスのお返しはできないけれど、
それでもアスカには気持ちが伝わっている。
「シンジ、」
アスカはシンジの肩に寄りかかると、シンジにしか聞こえないような声で、囁いた。
「愛してるわ…今、なんか幸せ…」
「うん」
車内の喧噪の中、2人だけのちょっとした秘め事。バスは排気音を響かせながら
2人の様子を微笑ましく受け止め、やがて駐車場に滑り込んでいく。

337: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 01:52:14.86 ID:???
>>331
「赤!赤よ赤よ赤よ、なにこれ、すっばらしいじゃない!」
地下駐車場からダラダラとした石畳の上り坂を登り切り、城郭の中に入った瞬間に目が輝くアスカ。
広場の奥に鎮座する首里城。
「さっきの門といい、このお城といい、なんつーか、琉球、って感じよね、なにより、この赤がいいわ!」
興奮気味に歩き回るアスカ。その後ろを追いかけていくシンジ。
「ねぇねぇ、見てシンジ!」
「何?」
アスカに追いついたシンジは、目の前のアスカの姿に驚く。
「ねぇ、琉球衣装だって、似合う?」
前で合わせただけなのに、金髪碧眼に白い肌のアスカにも、その黄色い衣装は意外と似合う。
「うん、とっても可愛いよ」
シンジは写真を撮りながら微笑みを絶やさない。アスカが可愛いのは勿論だが、
こんなにもアスカが楽しそうにしている、そのことが嬉しい。
「ほぉら、何やってるの!記念撮影よ!」遠くからミサトの声が飛んでくる。
「あ、ヤバ。行かなきゃ」「そうだね、僕も忘れてたよ」
「おばちゃん、ちょっと待っててすぐに帰ってくるから!」
そう言うとアスカとシンジはダッシュでクラスメイト達のもとに。バシャバシャと眩しいフラッシュを浴びる
と、また一目散に戻ってくるアスカ。後を追いかけてくるシンジ。
「なんや、あっちだってよっぽどカカア天下やないか」
トウジが遠くから2人の姿を眺めて呟く。
「何言っとるかバカ男子、カカア天下の方が物事は万事上手く回るのよん」
トウジの頭をぐりぐりと撫でながら、ミサトが楽しそうに話しかけてくる。
「先生…その服、」
ヒカリがミサトの格好を指差す。
「あ、これ?さっき買っちゃった。なんくるないさぁ、沖縄って感じじゃん♪」
シーサーのTシャツを着て無邪気に他の生徒達とじゃれあうミサトに対して、果たしてこれは引率と
呼べるのか、と重大な疑問を抱きながら首里城内部の見学に向かうヒカリであった。

338: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 01:52:47.64 ID:???
>>337
一方、最早コスプレ大会と化したアスカ。次々と着替えてはポーズを取り、
それをシンジが写真に収めるという流れが既に30分は続いている。
「ねぇ、そろそろ時間になっちゃうよ…」
さすがに時計が気になるシンジ。お構いなしなアスカ。
「何よ、こんなのもう二度と着れないかもしれないじゃない、それともこの格好、可愛くないの?」
「そういうわけじゃないけどさ…まだ首里城の中見てないし…」
「う…それもそうね、折角ここまで着て、お城の中を見ていかないのも勿体ないわね…」
ようやくその気になるアスカ。
手早く会計を済ませ(とは言え、札が数枚一気に消えたのは痛い)、走って入口に向かう。
「あんたたち、何やってるの?お昼食べる時間なくなるわよぉ」
遠くからミサトが手を振って2人を呼んでいる。
「あ、ちょっと待っててミサト、10分で戻ってくるからぁ」
大声でミサトに返すアスカ。焦せ焦せモードで靴を脱ぐシンジ。
「ほら、急ぐわよシンジ。あんたのせいで遅れちゃうじゃない、」
「ちょ、」
抗議の声を上げようとしたシンジだが、顔を上げるとアスカは既にそこにはいない。
「ま、待ってよアスカ」
慌ててアスカを追うシンジであった。

339: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 01:53:39.19 ID:???
>>338
「もー、アスカったら…」
おかんむりなヒカリをよそに、古民家風のレストランでメニューを眺めているアスカ。隣にはシンジ。
「いいじゃん、間に合ったんだし」
「朝、ギリギリで間に合った時もおんなじこと言ってたわよね…」
半ば呆れた表情でヒカリが呟く。呟きながら、無意識のうちに隣のトウジに寄りかかり、
それに気づいて顔を赤らめながら姿勢を正す。そんな光景が、シンジには少しおかしい。
「な、何、碇くん」「なんでもないよ」
トウジの視線に気づいて慌てて目をそらすシンジ。
「ほら、シンジは何にするの?」
アスカはそんなシンジには気づかず、メニューを渡す。何かほっとするシンジ。
「うーん、じゃあ僕はやっぱりゴーヤチャンプルー定食かな?」
「えー、ゴーヤ苦いぃ、どうせなら豆腐チャンプルーにしましょうよ」
「(この女、旦那の昼食も食べる気かい)」
呆れた様子でトウジがアスカを見る。
「は?なんか言った?」「い、いや。何も言うてへん」
シンジがそんなアスカに言う。
「でも沖縄のゴーヤはそんなに苦くないらしいよ」
「嘘よ、苦いの嫌い。豆腐がいい豆腐」
「えー、でも僕はゴーヤがいいんだけど…」「うるさい、豆腐よ豆腐」
「いっそ、両方頼んだら?」
ヒカリの助け船に目を輝かせる両人。
「いいね、それ、名案だわ」「アスカがいいなら、そうしよっか(良かった、横取りされずに済む)」
「すいませ~ん」
手を上げて店員を呼ぶアスカ。は~い、とやってくる店員。
「じゃあ私はソーキそば」「わいも、出来れば大盛りで」
「僕はゴーヤチャンプルー定食」
「あ、あたしはソーキそば、豆腐チャンプルー定食、ラフテー丼、海ぶどうとグルクンの唐揚げ!」
アスカがこれだけ頼んでも誰も驚かないのは、普段の食欲を知っているから。
驚いているのは店員1人。

340: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 01:54:13.42 ID:???
>>339
「それにしてもアスカ、私いつも思うんだけど、」
店員が厨房に向かった後、ヒカリが言う。
「それだけ食べても太らない、っていうのは羨ましいわ」
「胸にもいかへんけどな、」
その一言が修羅場を生み出すことになることをよく知っているトウジ。ぐっと我慢する。
「…何よ、その養分が胸に行かない、って言いたそうよね」ギロリ
ブハッ「な、何言うとんねん、そんなこと誰も、」
「さんぴん茶噴いてる時点で自白したも同然よ、ま、いいわ。今日は機嫌いいから許してあげる。」
その後、出てくる料理をぺろりと平らげ、シンジのゴーヤチャンプルーも
「あら本当だわ苦くないじゃない」と半分持っていったアスカ。
その上店を出た直後にアイスを買っている。
「だって、沖縄よ沖縄、ブルーシードのアイス食べなきゃ沖縄じゃないわよ」
「いやそれ、ブルーシールだよ」「ぐっ…なんでもいいわよ、」
普段と変わらない会話なのに、何故か普段よりもずっと楽しい。心がウキウキする、
ってこういうことなのかもしれない。そんなことを考えながらアスカは集合場所まで急ぐ。
「そこの夫婦2組ぃ、おまえらが最後だぞ-」
駐車場の入口でミサトが待っている。背後でクラスメイトたちがクスクスと笑うのが聞こえる。
「夫婦なんかじゃありません!」ヒカリが顔を真っ赤にしながら叫ぶと、
後ろを振り返ってトウジに命令する。
「ほら、走るわよ!」「へーい」
走り出す2人につられてこちらも走り出すシンジとアスカ。
「…なんか、走ってばっかりかも」「そういえばそうね。ま、いいんじゃないの、でも」
「でも、何?」「走ったらお腹空いちゃうわね」「…」「冗談よ、冗談」
アスカとシンジが乗り込むと、バスはすぐに発車する。時計をちらっと見るシンジ。定刻ぴったりだ。
「さて、次は…」シンジは頭の中で旅程を復習する。
「平和学習よ」
アスカが座りながらシンジに向かって言う。その声を受けて、ミサトがクラスの生徒たちに声を掛ける。
「そう、お勉強の時間よ」

341: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 01:54:53.49 ID:???
>>340
晩秋だというのに天高く上った太陽の陽を燦々と浴びながら、バスは駐車場に滑り込む。
綺麗に整備された公園。遠くからは波の音が聞こえてくる。一見すると、どこにでもありそうな、
小綺麗な感じのデートスポットだ。
「でもここには色々なものが詰まっているのよね…」
先ほどとは打って変わってしんみりとした口調のミサト。ゆったりとした坂を下っていくと、
木々の中から石碑のようなものが現れてくる。
「モノリスみたい…」
ポツリ、とシンジが呟く。戦没者の名前が地区ごとに刻まれた石碑だ。アスカは思わず手を合わせる。
「…なんか、他人事じゃないのよね…」「うん」
アスカとシンジはお互いの目を見て頷く。過去にあった、でも彼らの記憶の中にはない、
様々な戦いがシンクロしていくような、そんな思いに一瞬囚われる。
「たくさんの人が死んだ…殺した…殺された…」
アスカがふいに震え出す。「…死ぬのは、イヤ」
「どうしたのアスカ?大丈夫?」
シンジが心配してアスカを支える。
「ん、大丈夫。なんかちょっと気持ち悪くなっただけ」
アスカは気丈に振る舞うが、顔色はやや青ざめたまま。
「あたし、たくさんの人を殺したかもしれない…それも酷いやり方で」
海を背にして坂道を上りながら、アスカはシンジに呟く。
シンジは黙ってそれを受け入れる。頷く。そして、アスカに言う。
「うん、でもそれはきっと僕も同じだよ。僕たちはそんな戦いをしてきたかもしれない。
たくさんの死を生み出してきたかもしれない。でも、大事なことだけど、それは今の僕たちが
したことではないんだ。僕たちが幾世も前にしてきたことについて、今の僕たちが責任を
負わなくてはいけないなんてことはないと思うんだ、」
「うん、分かってる」
アスカは眉間に皺を寄せながら目を閉じ、ぶるぶるっと震える。そして目を開き、空を見上げる。
「そうよ、あたしたちはあたしたちでしかないのよ。前世の前世のそのまた前世あたりで何があったか、
なんとなく想像はつくけど、でもそれは今のあたしたちのせいじゃないわ」
「うん、そうだよ。僕たちはむしろそれを背負って、その時生きていた僕たちの分まで、
幸せにならないといけないんじゃないかな…?」

342: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 01:55:31.12 ID:???
>>341
シンジが真っ直ぐにアスカを見つめる。そしてじっ、と数秒そのままアスカの目を射抜くように
見つめたあと、にっこりと笑う。
アスカはもう何も答えない。ただ、シンジの手をぎゅっと握り、そしてキスをする。
誰かに見られていたって構うモノか。今のあたしたちにはこうすることが必要なんだ。
その思いはシンジにもきっと伝わっている。繋いだ手とアスカを抱きしめる手から、それが伝わってくる。
ぽこん、と頭を叩かれて、2人は普通の修学旅行生に戻る。
「あんたたち、いい加減にしなさい、ここをどこだと思ってんの」
ミサトが修学旅行のしおりを丸め、ぽんぽんと2人の頭を叩く。
「ごめんなさいミサト先生、でも僕たち、今はこうすることが必要だったんです」
シンジの一言に、ふうっ、と溜め息をついて、ミサトは答える。
「知ってたわ、なーんとなくだけど、そう言われそうな気がしたのよねぇ」
そして2人の間に割って入ると、そのまま2人の肩を抱いて歩き出す。
「アスカ、シンジくん、生きるのよ。ちゃんとこの世界で地に足を付けて」
「え?」
2人が驚いて立ち止まり、同時にミサトの方を向く。ミサトはきょとんとして交互に2人の顔を見た後、
不思議そうに呟く。
「変ね…今あたしってば、何か言ったかしら?」
「ううん、ミサト。なんでもないわ。」
アスカが不思議と嬉しそうな顔でミサトに答える。シンジも同じように頷く。
「ミサトさんは、やっぱりミサトさんなんですね」
シンジの言葉に、分かったような分からないような、そんな不思議そうな顔をしていたミサトだが、
すぐに前を向き再び歩き出す。
「ほら、また間に合わなくなるわよ、急ぎましょ」
2人の生徒は、姉とも母とも慕う教師と共に、資料館に向かって、先を急ぐ。

343: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 01:56:16.24 ID:???
>>342
「やっぱりミサト先生も僕たちと同じなのかもしれない」
日が傾き、熱気の中にも少しずつひんやりとしたものが混じりだしてきた夕方、17時過ぎ。
国際通りの喧噪の中で、シンジはアスカにそう呟く。どこかの居酒屋から、三線の音が聞こえてくる。
南国情緒溢れる音だ。やはり本土とは少し雰囲気が違う。そしてその喧噪の中を気の向くまま
散策する学院の生徒達。
資料館を見学し、ひめゆりの塔の見学や当時を知るお年寄りの体験談など、
平和教育に午後を費やし、さきほどホテルに到着、今は夕食までの自由時間だ。
「へ?シンジってば、あれからずーっと考え事してると思ってたけど、それ?」
「…うん」
何かちょっと照れくさそうな、そんな表情でアスカを見るシンジ。
「なーんだ、あたしはてっきり資料館でかなりやられてたのかと思ってたわ」
一瞬、2人の脳裏に飛び交うミサイルや砲撃の光や音が蘇る。決して記憶にはない、
でもある種の実感を伴った感触。
シンジの表情がまた一段、暗く深くなる。
「…まあ確かにそうね、…なんかこう、古傷が疼くような感覚があったわよね…」
アスカも目を伏せる。溜め息にも似た吐息がこぼれる。
「…まあ、確かにそれもあるかもしれないけど…」
シンジの言葉は続かない。ほんの数歩だが、足取りの重い、長い長い時間を経た数歩。
喧噪の音が一種消え、2人の間を静寂が包み込む。

344: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 01:56:57.44 ID:???
>>343
「…ダメよ、このままじゃ」
アスカはシンジの方を心配そうにちらりと見やると、すっ、と肩に力を入れて声を張る。
「バカねぇ、悩むようなことじゃないじゃない、」
アスカはさもそれが当たり前かのような口ぶりで、両手を後ろ手に組んでシンジに向き直る。
「あたしたちは、多分、ミサトなんかも含めて、同じ世界に居たのよ。今のあたしたちは、
それをただ黙って、受け入れるだけ。」
「…うん」
「シンジが言ってたのよ、その時生きていた自分たちの分まで、幸せにならなきゃ、って。」
「うん」
「その自分たちの中には、ミサトや、ひょっとしたらヒカリたちも含まれているかもしれない」
「…うん」
「だから、みんなで一緒に幸せになればいいのよ、」
「うん」
「あたしたち、今はどうかな?幸せだと思う?」
シンジは立ち止まってアスカを見つめる。
「もちろん、幸せだよ。これ以上ないくらいに」
「だったら良かった。あたしも、おんなじ気持ち。シンジに出逢えて、もうそれだけで十分なくらい、
幸せ///」
シンジの肩に頬を寄せ、腕を組むアスカ。すれ違う軍人と思しき体格の良い白人が、
ちらっと彼らを見て肩をすくめている。
土産物屋を一軒一軒覗き込み、様々なシーサーの置物を手に取り、
ハブ酒に気味悪がったり泡盛を試飲しまくるミサトを見つけて冷やかしたり、
そんな時間を過ごしているシンジとアスカは、今はこれ以上ないくらいに幸せを感じている。
過去に何があったかは今は問わない。考えない。今、そして未来に向かって、一歩一歩、
手を取り合って歩んでいこう、2人はそんな思いでいる。
沖縄の1日目は、こうして暮れてゆく…。

350: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 23:40:31.54 ID:???
>>344
2日目の朝。今日も快晴だ。普段と変わらずに目覚ましがなる前に起き出し、身支度を調えてから、
同室のトウジやケンスケを起こして回る。
「(きっと今頃委員長が、同じようにアスカを起こしているんだろうな…)」
そんなことをふっと考えてしまうと、なんだか可笑しくなる。
寝癖で頭髪が爆発したようなトウジとケンスケを見て笑いながら、シンジは一足先に部屋を出て
朝食会場となっているレストランに向かう。朝ご飯を用意してアスカを待つ、
これも普段の生活と変わらない。
「今日も暑くなりそうだな…」
階段を降り、レストランの入口まで来て、思い切り伸びをしながら、シンジは思う。
「(アスカ、日焼け止め忘れてくるだろうな…用意しとかなくちゃ)」

351: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 23:41:20.54 ID:???
>>350
「今日も暑いわね…。日焼け止め持ってこなかったわよ、焼けちゃうじゃない」
バスを降りたアスカは、日差しを手で遮ると、思わず顔をしかめる。今日のアスカは、
白基調のワンピースに、ブルーのシースルーのボレロを羽織っている。そのボレロを透過して、
白い肌に突き刺さるかのように燦々と降り注ぐ陽光は、明らかに夏のものだ。
そんなアスカに黙って日焼け止めを手渡すシンジ。さも当然、というふうに受け取るアスカ。
よく分かったじゃない、という言葉すら必要ない。
シンジはボーダーのポロシャツにカーゴタイプのハーフパンツ。トウジはトレーニングウェアのような
上下で、まるでジャージとアスカにからかわれている。そんな2人を眺めているヒカリは、
タンクトップに麻素材のカットソーを合わせ、デニム生地の短パンをはいている。
ケンスケは…相変わらずのミリタリールックだ。
「さぁて、今日は1日班行動よ、確認するけど、ここに15時集合よ、遅れたら置いていくから、
そのつもりでね~」
ミサトが短パンにTシャツというラフ過ぎる格好で生徒達に呼びかけている。
男子達とさほど変わりが無い格好だ。
「沖縄って…案外広いのね。こんなに遠くだとは思わなかったわ…」
「そうね、1時間半くらいかかったもんね…」
アスカとヒカリが帽子を被りながら、先ほどまでの移動時間を思い出している。
ホテルから高速道路に乗り、終点で降りてからなお1時間近くは走っただろうか。
ここは海洋博公園。2日目は15時までこの公園界隈を班ごとに自由行動。
事前に予習はしてきたとは言え、初めての沖縄、初めての班行動、シンジに緊張の色が走る。
「何堅くなっとんのやセンセ、気楽にいこうや」
ポン、とトウジに肩を叩かれるシンジ。そう、シンジ、アスカ、ヒカリ、トウジ、そしてケンスケの
気心知れた仲間と一緒なのだ。

352: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 23:41:52.91 ID:???
>>351
「そうだね、」
シンジはにっこりと微笑むと、靴紐をぎゅっと締め上げ、紫外線カットのほぼ無色のサングラスをかける。
「あー、シンジ、なんかコネメガネみたいでやだそれー」
15mほど先からアスカがシンジを見つけて叫んでいる。
「アスカだってしてるじゃん!っていうか、それ真希波さんからもらったんじゃないか」
「えへへ」
マリからもらった(ふんだくった)サングラスを掛け、おどけてポーズを取るアスカ。
トウジやヒカリもサングラス着用だ。少し背伸びをしてみたいお年頃。ちなみに色は違えど
デザインはお揃いなのは内緒の話。
「いいなぁ、おまえら。俺なんて最初からメガネだからなぁ…」
ケンスケが何やら寂しそうに呟いている。
「…ま、そもそもこの班のメンツって、俺には地獄に等しいんだけどな…」
立ち止まって重たいカメラのキャップを外しながら発した、この後半部分の呟きは、
誰の耳にも届いていない。
「ほら、はよいくで!」
歩道橋の真ん中まで来て、トウジが振り返ってケンスケを呼ぶ。トウジの隣には収まりよくヒカリがいる。
そして、その向こう側にはシンジの手を引っ張るアスカ。アスカの指差す先には、
蒼い海が広がっている。
ふぅ、と溜め息をつきながら、ケンスケはパチリと1枚、その光景をカメラに収める。
そうしてケンスケは「わりぃ、」と声を掛けながらトウジたちを追いかけるのだった。

353: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 23:44:42.84 ID:???
>>352
さて、海洋博公園と言えば、何と言っても美ら海水族館である。ほぼ半日の班行動ではあっても、
大半の生徒達が、まずは水族館に吸い込まれていく。シンジ達も例外ではない。
「ここって、あれでしょ、でっかいサメがいるところでしょ」
チケットを自動改札に通しながら、アスカは後ろにいるシンジを振り返って言う。
「そうよ、ジンベイザメね。アスカにしては、ちゃんと勉強してるじゃない」
ヒカリがシンジの代わりにアスカをからかうように答える。ヒカリもテンションが上がっているようだ。
「ねぇねぇヒカリ、なんだかさ、ダブルデートみたいじゃない?」
からかわれたお返しとばかりに、アスカがヒカリの肩を抱いて囁く。瞬時に真っ赤になるヒカリ。
「な゛っ、ダメよアスカ。これは修学旅行で、授業と一緒なのよ。それに相田君だっているじゃない、」
「ヒカリ、あんた顔真っ赤よ、妄想もほどほどにしときなさい」
「…アスカだって、そうだったらいいな、とか思ってるくせに…」「…てへ、ばれたか」
女子2人がそんな会話をしている間に、男子3人は先へ進んでいる。
お目当ては勿論、ジンベイザメだ。
「なんや、思ってたよりも広くないな、」
ごった返す人波をかき分けるように進みながら、トウジは後ろにいるケンスケに話しかける。
「いや、それより、なんでこんなに混でんだよ…、横田や入間の航空祭並みじゃねぇか…」
ともすれば引っ掛けられそうなカメラを必死に守りながら、ケンスケはトウジに付いていく。
「人気スポットだからね…。でもスゴイね…」
シンジはそうやってトウジに答えながら、アスカがどこに行ってしまったのか不安で、気もそぞろ。
と、目の前が開ける。まるで観覧席のようなシートと、下っていくスロープ、そして階段。
「おっ、これや!見てみい!」
進行方向右側を指差すトウジ。
「おおっ、」「うわぁ、」
目の前に広がる特大の水槽、そしてそこで回遊する魚の群れと、ひときわ大きな影が3つ。
「おおおお、こりゃデカい」
ケンスケがカメラを構えることも忘れ、呆気にとられている。
悠然と、泰然と、まるで人間達を見物するかのように泳ぐジンベイザメが3匹。
その周りをたくさんの魚たちがこれも気持ちよさそうに泳いでいる。

354: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 23:46:08.27 ID:???
>>353
「あ、いたいた、シンジィ、」
追いついてきた女子2人がシンジ達を見つけ、手を振る。
「お、来たなご両人」
トウジがまるでガイドのように両手を広げて後ろで泳いでいるジンベイザメを紹介する。
2人とも聞いちゃいないが。
「ねぇシンジ、あたしあれが可愛いと思う」
アスカが指差す先にはマンタ。時々口をぱかっと開けている様に確かに可愛げがある。
「うーん…どれもあんま旨そうやないな…」
トウジの言葉にヒカリの手が反応する。バシンという音は、
喧噪の中でシンジたちのところまでは響いては来ない。
「…なんかあいつら、また夫婦喧嘩してんな、」
ケンスケの呟きに、あはは、と乾いた笑いで応じるシンジ。
「ま、おまえも人のこと言えないか、」
肩をすくめて少し寂しそうに自己完結するケンスケの背後から、アスカが一撃をお見舞いする。
バスン
旅のしおりを丸めた紙棒の会心の当たりは、喧噪の中でも響き渡る威力。
ケンスケが膝から崩れ落ちる。
「ちょ、アスカ、やりすぎだよ…」
「何を言うのシンジ、こいつあたしたちのことバカにしたわ。夫婦喧嘩だなんて、するわけないじゃない」

355: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 23:46:32.46 ID:???
>>354
「いててて…そこかよ」
頭をさすりながら起き上がるケンスケ。夫婦、というところには突っ込まないのか、と喉まで出かかるが、
次の一撃は致命傷になりかねないことを本能的に察知し、要らぬリスクは負わない決断をする。
「ま、これもひとつのリスクマネージメントではあるよね…」
肩を叩きながら先へ進んでいくケンスケに、何を言われたのか飲み込めず、しばしぽかんとするシンジ。
「ほら、何やってるのシンジ、置いて行かれるわよ」
アスカに頭をコツンと叩かれ、我に返る。
「あ、ごめん。待ってよアスカ」
アスカはシンジを待っている。シンジが追いつくと、待ち構えていたかのようにアスカは
シンジの手を取り、
愛おしそうに撫で回したあと、しっかりと手を繋ぐ。
「ねぇ、喧嘩なんてするわけないじゃない」「うん、まあ、そうだね」
「まあ、って何よ、何か言いたいことでもあるの?」「いや別にないよ」
普段と同じ会話。非日常の世界に居ても、2人は変わらない。
ふとアスカが振り返ると、背後になりつつある水槽の向こう側から、
マンタが心なしか手(ヒレ?)を振ったかのように見えた。

356: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 23:47:25.54 ID:???
>>355
「あれ、もう終わり?」
美ら海水族館、意外にこぢんまりとしている。気がつけば出口、そしてお土産コーナーだ。
女子2人は迷わずお土産コーナーに突き進んでいく。
やれやれ、という顔をしてトウジが、続いてケンスケが2人に付いていく。
シンジは勿論、アスカの後を追うように店内に入っていく。
これが可愛いあれが可愛いとはしゃぐ女子連に対して、比較的男子達は冷静だ。
「さくらにはこれ買うて帰るか…」「あーめんどくせ俺は帰りに空港でちんすこう買うからいいや」
「センセはどうするん?」
トウジに聞かれる前に、シンジはTシャツコーナーの前で立ち止まっている。
様々なデザインのオリジナルTシャツが並んでいる。
やはりジンベイザメのデザインしてあるものが人気らしい。
「シンジ、どうしたの?」
アスカがシンジに気づき、話しかける。
「うん、なんかこのTシャツ、いいな…、って」
「へー、いいじゃない、お土産に買っていったら?」
「でも、僕、買って行く人がいないよ」
瞬間、シンジの周辺の時間が止まる。トウジやケンスケが「あ…」という顔をする。
ヒカリが、シンジに謝ろうとする。気がつかなくてごめんなさい、その言葉が出る前に、
アスカがヒカリを手で制してシンジに話しかける。

357: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/22(日) 23:47:55.28 ID:???
>>356
「何もお土産は誰かにあげなきゃいけない、ってもんじゃないわ。
記念に買って行けばいいのよ。自分のために。」
「僕の?」「そうよ。この沖縄旅行を思い出すものとして」
ほんの少し、シンジは考える。壁にかけられた見本のTシャツを見上げるようにして。
ただ、その視線はシャツや壁を透過して、その向こうにきっと広がる空と海に
向かっているように見える。
「それに、これ可愛いじゃない。いいわ、あたしも自分に買って行こうかしら」
「え?アスカも?」
「そうよ、2人でお揃いにしない?」
その言葉にヒカリがピクリと反応する。しかしそれ以上にシンジが嬉しそうにアスカに微笑んで言う。
「そっか、そうしよっか」「ええ、そうしましょ、どれにする?」「うーん…これかこれにしようかな、って…」
「あたしはこっちの方がいいな…」「…えーでもピンクはイヤだよ…」
「なによこれ可愛いのにそういうとこうるさいのね…じゃあ、こっちかな?」
「うん分かった。こっちにするよ」
白地に濃いめのブルーで描かれたジンベイザメとマンタ。シンジとアスカは同じものを手に取り、レジへ向かう。
その背後でヒカリがトウジに自分たちはどれにしようか相談している。
ケンスケは…既に会計を済ませて外に出たようだ。
外は変わらず、夏のような日差しと熱帯独特の空気。そして、青い空と蒼い海。

361: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/23(月) 23:00:54.05 ID:???
>>357
「見て見てシンジ!イルカがいるわ!」
アスカが指差した先にはイルカのプールと思しきものと観覧席が。そして歓声が上がっている。
「ショーやってるわよ、行くわよ!」
アスカが猛然と走り出す。付いていく4人。
「お、亀だ」「ほんまや、ごっつぎょーさんおるで」
男2人はその手前のウミガメの水槽で足を止める。それにつられてヒカリも。
「何やってんの!イルカ見るわよ!」
振り返り男2人を怒鳴りつけるアスカ。シンジがまあまあ、と窘める。
そんなこんなでトウジとケンスケがウミガメと戯れている間、アスカとシンジは
2人でイルカショーを堪能することに。
「ま、これはこれでアリかもしれないわね…あいつら、気を利かせたのかしら?」
「…いや、そんなことはないと思うけど…」
何種類かのイルカがジャンプやヒレを振る芸を見せている。
そのたびにアスカは立ち上がらんばかりの勢いで拍手喝采。
「…アスカってイルカショーとか見たことないの?」
ショーのちょっとした合間にシンジが訊ねる。
「うん、こういうの初めて。イルカ可愛いし、楽しい!」
この修学旅行を存分に楽しんでいるアスカ。
「来て良かったね」「うん。シンジも楽しんでる?」「もちろんだよ。それに…」
「…それに?」
「アスカと一緒だし…///」
「…////」チュッ
思わずキスをするアスカ。その瞬間にクエーッッッとイルカが鳴き、会場がどよめく。

362: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/23(月) 23:01:48.67 ID:???
>>361
「何何何?!」驚く2人。どうやらそういう芸だったようだ。
「びっくりした…イルカに怒られたのかと思ったよ…」「バカ、そんなわけないじゃない」
「まあ、そうだけど…」
そんなふうにして話をしているところに、ヒカリ・トウジ・ケンスケが合流してくる。
「おそーい」「ごめんねアスカ、鈴原がカメ気に入っちゃってさ…」
ヒカリが謝る横で、アスカが膨れている。
「まあまあ、惣流も後で見てくれば?カメ、可愛いぜ」
ケンスケがタオルで汗を拭きながらアスカに言う。
「まあ、いいけどさ」「いやーん、それともお邪魔だったかしらん?」ドスン
本日2撃目の脳天直撃弾。ケンスケが頭を押さえて悶絶する。
「ちょっとアスカ…やりすぎよ」「うるさい、これでも手加減してる」
アスカの機嫌が悪くなってきたことにシンジが心配しだすが、
ちょうどそのタイミングでこのショーのハイライトが訪れる。
「みなさーん、この暑い中ちょっと涼しくなりませんかぁ!」
インストラクターの声にリピーターらしき客の数名は早くも観客席下段に移動を始めている。
「ん?なんやなんや」
トウジが周りにつられて立ち上がる。
どうやらイルカがジャンプ、着水する水しぶきをあえて観客席に向かって撥ね飛ばす、
そういう趣向らしい。
「へー、面白そうじゃない、シンジ、行きましょ」
アスカが目を輝かせる。否応無しに付き合わされるシンジ達。
「いいですかー、先に言っておきますが、派手に濡れますよ-、
ずぶ濡れになりますけど、いいですかー?」
「え?ずぶ濡れ?」
シンジが最後の一言に反応する。嫌な予感がするが、時既に遅し。
イルカが派手にジャンプをする。先ほど大きな鳴き声をあげたイルカだ。
そして、信じられないことだが、シンジはその瞬間、そのイルカと目が合う。そして悟る。
「(あ、やっぱりさっきのキス、怒られたんだ…)」
その瞬間、イルカがニヤリと笑ってように、シンジには見えた。

363: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/23(月) 23:02:38.41 ID:???
>>362
ドッパーーーーーーーン
イルカが受け身?を取らずに着水した瞬間、目の前に大波が襲ってくる。
まさに水の壁が頭上から落ちてくる。
ザッパァァァァァァァァァァァァン
キャァァァァァアア
「どわああああああああ」
何十人もの観客が悲鳴を上げる中、一番大きな声を上げたのはトウジだった。
ヒカリはしゃがみこんでいる。
アスカとシンジは半ば呆然として立ち尽くしている。前髪から水がしたたり落ち、
コンクリートの床を川に変えていく。
「ほんとにずぶ濡れだ…」
下半身はさほどではないが、上半身はもう濡れていない部分などない、と断言できるほどだ。
ポロシャツの裾を絞ってみる。脱水していないタオルのように水が絞れる。
「凄かったねアスカ…こんなに濡れるとは思わなかっ…!!!」
「え?何シンジ、どうし…た…ってイヤアアアアアア」
「うおっ」「ぐはっ!」
そこにいたのはずぶ濡れのアスカ。薄手のワンピースは完全にずぶ濡れで、
タンクトップとペチコート、その下にあるクリーム色に紫のレースの下着が上下ともくっきりと透けている。
「む…紫?」
ケンスケの指が無意識のうちにカメラのシャッターに伸びる。
「撮るなああああああああ!」バシンズドン
炸裂する平手打ち。ケンスケがみたび吹っ飛び、トウジも頬に赤い手形を付ける羽目になる。
「…な、なんでわいまで…」「バカ!見たでしょバカ!」
「ダメ!見ちゃ!」
ヒカリがトウジの後ろから手を出し、トウジの目を塞ぐ。
「アスカ、そこのトイレで着替えてらっしゃい、」「え?う、うん。でもヒカリは大丈夫なの?」
「うん、私は水が来る時に思わずしゃがんじゃって…でもそのせいでそんなに濡れなかったから…」
確かにヒカリは帽子とカットソーの肩口が少し濡れただけで済んでいる。
しゃがみ込んだ拍子に群衆が壁代わりになって、最悪の悲劇は逃れたのだ。
「でも、着替えるものがないわ…」「さっき買ってたじゃない、あれ着ればいいのよ」
「あ!」

364: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/23(月) 23:04:25.91 ID:???
>>363
30分後、期せずしてペアルックとなった2人とヒカリ・トウジ・ケンスケの5人組は、
近くのオープンテラスカフェにいた。目の前には伊江島が広がり、
その間に横たわる珊瑚礁の美しさに、溜め息が出そうになる。もちろん、カメラは全員フル稼働だ。
「沖縄の海ってさ、ガイド本だとすっごく綺麗じゃない?あれ、修正してるんだってずっと思ってたけど、
修正じゃなかったんだね…」
シンジがなんだかよく分からない例えで、沖縄の珊瑚礁の美しさに感動している。
「あー、でもそれ分かるわ」
アスカも頷く。どこに行っても、ここでしか出逢えないような宝石のような海。この沖縄の海の美しさを、
アスカやシンジは一生忘れないだろう。
「それにしても、似合ってるじゃない」
グラスの中の氷を、無意味に回しながらそう言うヒカリは、どことなく残念そうだ。
「なによ、ヒカリもさっき買ってたTシャツに着替えればいいじゃない、そうすればヒカリ達もお揃いよ」
トウジもずぶ濡れになり、先ほど買ったTシャツを着ている。
「え、いいわよ…///」
顔を赤らめるヒカリ。そうしたいのはやまやまだけど、相方が承知しない、といった風情だ。
「それにしてもアスカ、下は大丈夫だったの?」
「え?ああ、うん。シンジが予備のハーフパンツ貸してくれたから。ウエストがちょっと緩いけどね…」
どこまでこの子の旦那は準備がいいんだ、と半ば呆れるヒカリ。
「おまちどうさまでしたー」
店員がランチのセットを持ってくる。
「あれ?アスカ今日は少ないのね…」「ん、まあね。さっき色々買い過ぎちゃったから、ちょっと節約」
めいめい海を正面に見ながらのランチ。静かに響く波の音と風の音。
「沖縄、いいところね…来て良かったわ」
「うん、僕もそう思うよ」「私も」「わいも」「俺も。こんないいところだとは思わなかった」
口々にアスカの呟きに同意する4人。
「また来たいな…今度は2人で。ね、シンジ」
その言葉に真っ赤になるシンジ。気づけばヒカリもなぜか顔を赤くしている。
トウジもなぜか顔を赤くして、むせかけて慌ててお茶を飲んでいる。
「あのさ…おまえらさ、俺の身にもなってくれよ…」
ケンスケが独り、寂しそうに呟き、波打ち際に視線を飛ばす。
上空を飛行機が一機、音もなく飛んでいく。

365: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/23(月) 23:06:14.13 ID:???
>>364
「さあて、楽しんだか諸君!」
集合時間の15時。ミサトが日焼けをした顔で生徒達に呼びかける。
「楽しかったわミサト」「あらそう、良かったわ」
ランチの後、波打ち際を散歩し、公園内を散策。
5人は三線体験で地元のおばあから三線を習い、シンジはほんの30分で一通り奏法をマスター。
見よう見まねでいきなり「てぃんさぐぬ花」を弾き語り、おばあを泣かすという伝説を打ち立てていた。
「センセはほんま、マルチな才能があってええなぁ…」
「ほんとだよ、おまえ、ちょっと反則だよ…」
2人ともまずまず三線体験を楽しみ、少しは弾けるようにもなったのだが、
流石にシンジの前では対抗することもできなかった様子。
「えー、でも楽しかったじゃない、なんか、あたしたちは仲間なんだ、って感じがして良かったわ」
アスカが嬉しそうにトウジやケンスケに話しかける。
「あたし、今までこんな経験したことなかったから、すっごく楽しかった!」
「…惣流、なんかおまえちょっとキャラがちゃうで…」「ほんと。なんか…素直だ」
驚く2人。苦笑するシンジ。

366: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/23(月) 23:06:52.69 ID:???
>>365
「あん?何よそれ…って何笑ってんのシンジ!」
シンジの頬をつねるアスカ。
「イテテテテテ…笑ってなんかないよアスカ…止めてよ」
本気で痛がるシンジ。半ば涙目だ。
「トウジもケンスケも、アスカが素直で可愛い、って言ってるんだよ…」
「むー。なんか褒められてんだかけなされてんだか、よく分かんないわ」
「褒められてるんだよ」「そう?ならそういうことにしといてあげる」
アスカはどっかと腰を下ろすと窓の外を眺める。ここにしかない青が一面に広がっている。
「綺麗だね…」
シンジがしみじみと呟く。黙って頷くアスカ。
「また、来ようね」「うん」「今度は2人でね」「うん…新婚旅行とかで?」
前の席でトウジがお茶を噴く音が聞こえ、続いて痛ぁ、と声が上がっている。
思わず顔を見合わせるシンジとアスカ。そして2人でくすっと笑う。
「まあその…新…婚、とかでなくてもいいからさ、いつかまた、きっと来ようよ//」
シンジの照れた表情がアスカの鼻先をくすぐる。アスカはシンジの腕にしがみつく。
「シンジ、だぁ~いすき」
バスは海岸線を静かに走り続ける。

370: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/25(水) 00:09:01.76 ID:???
>>366
しばらく走った後、バスは海岸沿いにあるパーキングエリアに滑り込む。
「じゃあトイレ休憩ね、時間がちょっち余ってるから、30分後に出発、ってことで」
そう言うとミサトは先頭を切ってトイレに駆け込んでいく。
「なんだ、ミサトが一番トイレ行きたかったんじゃないの?」
続いてアスカやヒカリが苦笑しながらバスを降りていく。
クラスメイト達も三々五々、トイレやお土産コーナーに向かう。
「はぁ~あたしお腹空いちゃった」
アスカが伸びをしながら言う。
「お昼ご飯少なかったもんね…」
シンジが相槌を打つ。
「30分あれば何か食べられるわね…」
そういうとアスカはもう食堂を探している。
「あ、あったわよ、あそこ行ってみましょ」
パーキングエリアに併設されている食堂を見つけるとアスカは真っ直ぐそちらに向かう。
カラカラ「いっらっしゃいませー」
そこはいわゆる大衆食堂のようなところで、オシャレさの欠片もないが、
今のアスカにはそんなこと関係ない。
「よし、時間との戦いね、食べるわよ」
壁に下がっているメニューを睨みながらアスカはやる気満々だ。

371: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/25(水) 00:09:35.52 ID:???
>>370
「ん?あれは何?」
アスカが指差した先には「幻の味、ヒートゥの炒め物定食」と書かれている。
「なんだろう…僕も聞いたことがないよ」
シンジも不思議そうだ。
「よし決めた、あれにする。おばちゃん!」
アスカはすかさず手を上げてその謎の定食を注文。
「あのさ…、ヒートゥっていうのが何なのかくらい確かめてから頼んでも…」
シンジがスマートフォンに手を伸ばすのをアスカはぺちんと叩いて止める。
「いいじゃないの、謎のままで待ちましょ、これも旅の醍醐味よ」
「まあアスカがそう思うならいいけど…」
シンジは一足先に来たコーヒーを飲みながらアスカの食事が来るのを待っている。
ほどなく運ばれてくるヒートゥの炒め物定食。
「どれどれ…なんだこれ?」
シンジとアスカは目を丸くする。
そこにあったのは、真っ黒な肉のようなものと白いぷるぷるしたもの。
そして一緒にニラが炒められている。
「何これは…鯨か何かかな…?」パク
モグモグモグモグ「…なんていうか、独特の味ね」
そう言いながら既にアスカはご飯を頬張っている。
「ほら、シンジも食べて良いわよ。こんなの、一生に一度あるかないかよ」
「じゃあ…いただきます」
シンジも箸を付けてみる。
「ん…なんだろう…すごく…クセのある味だね…」
目を白黒させるシンジ。
「この白い方はくにゅくにゅして美味しいけど、黒い方は…僕はちょっと…」
「ふーん、だらしないわねぇ、意外といけるじゃない」
アスカは美味しそうに箸を動かし、皿の上はみるみる空に近づいていく。

372: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/25(水) 00:10:06.45 ID:???
>>371
「ふー、ごちそうさまでした。美味しかったわ」
店に入ってから20分。きっちり食べ終わって満足な表情のアスカ。
「ほら、時間になる前に行くわよシンジ」
立ち上がるアスカ。会計を済ませながら、店員さんに訊く。
「あのヒートゥっていうのは何なんですか?」
店員さん、お釣りを勘定しながらぼそっと答える。
「……ジラです」
聞き取れない。お釣りを渡され、聞き直すような雰囲気でもなく、そのまま店を出る2人。
「結局、何だったんだろうね…?」
「分からないわ…なんとかクジラとか言ってたような気もするけど…」
「調べてみる?」「…そうね」
バスに向かいながらスマホをいじるシンジ。
バスに乗り込み、席に着いてからシンジは黙ってアスカにスマホを手渡す。
「ん?何何、ヒートゥとは、名護周辺でのみ食べることが出来る…
ゴンドウクジラやイルカなどの小鯨類の総称で…ってイルカなのぉ?」
「みたいだね。なんだかスゴイもの食べちゃった気分だよ」
「…ふむふむ、この辺の文化でもあるわけね…なるほどね…」
妙に感心しているアスカ。
いつの間にかバスは動き出している。
「地域に根付いている食文化は、大切にしなきゃダメだと思うわ」
ふわぁ、とあくびをしながらアスカはシンジに向かって言う。シンジも頷く。
「…まあ、僕みたいなお上りさんにはちょっと敷居が高かったけれどね…」ハハハ
乾いた笑いが途切れる前に、シンジは気づく。アスカが眠っていることを。
シンジは穏やかな笑みを浮かべながら眠るアスカの手を握り、自分もゆっくりと目を閉じる。
少しずつ、日が傾いていく。

373: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/25(水) 00:11:27.06 ID:???
>>372
日も暮れかかる頃、宿舎に到着。今日の宿はいわゆるリゾートホテルで、
海岸沿いに立つ、全室オーシャンビューのオシャレなホテルだ。
部屋に荷物を置くと、生徒達はみんな海岸に出て、波打ち際ではしゃいでいる。
アスカとシンジは海岸沿いを散歩している。風が出てきて、アスカの髪をはためかせ、
金髪が夕陽に当たってキラキラと輝いている。シャツの裾もパタパタと風に翻り、
時折のぞく白い肌がこれも夕陽に当たって眩しく輝いている。
「…絵になるよなぁ、おまえのかみさん」カシャッ
気づくとすぐ隣でケンスケがカメラを構えてシャッターを切っている。
「うわっ…いつの間に…」「いや、さっきからここにいたけど」「…そう…だっけ?」
ケンスケはファインダーを覗いたままの姿勢で、夕陽に向かって何枚かシャッターを切っている。
「…いいよなぁ、おまえ達は」「え?何が?」
「いや、せーしゅん、って感じでさ」「そ、そう?」
「そうだよ、男子の本懐ってやつだよな…それに比べて俺なんかさ…」
一瞬、遠い目をするケンスケ。何か言いたそうだが、その間を与えずアスカがこちらに向かってくる。
「…ティヌヴィエルだ」
シンジが両手を広げてアスカを出迎える。
「何それ…また指輪ネタ?」
怪訝そうな表情でシンジを見るアスカ。
「そうだよ。ルシアン・ティヌヴィエル、最も美しいエルフだよ」
シンジがにっこりと微笑む。その微笑みにつられて、アスカも思わず笑みがこぼれる。
「ふふふ、ありがとう」

374: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/25(水) 00:12:07.00 ID:???
>>373
そしてくるっとケンスケに向き直ると、途端に厳しい表情になってケンスケを問い詰める。
「あんた、さっきまた写真撮ってたでしょ、」
ビシッと突き出された指先から、何かビームでも出そうな勢いだ。
「ん?ああ、撮ったけど、別に売ったりしないから気にすんなよ」
「は?違うわよ、誰の許可得てあたしの写真勝手に撮ってんの?って言ってるの!」
「そんな怒るなよ、旦那に頼まれたんだよ、撮ってくれ、って」
いきなり言われたシンジは驚く。
「シンジ、あんたが頼んだの?」
キッと睨み付けてくるアスカ。シンジはいきなりのことでしどろもどろだ。
「え、い、いや、あの、…」
その隙を見て、ケンスケが逃げ出す。
「あ、こらっ、待て!」
アスカが追いかけようとするが、時既に遅し。
「現像したらやるからさ、許してくれよ~」
手を振りながらホテルに向かって走って行くケンスケをただ見送る2人。
「何よ、ったく失礼しちゃうわ」
アスカが腰に手を当てて憤慨している。
シンジはそんなアスカをなだめながら波打ち際までエスコートする。
夕陽が水平線の向こうに沈んでいこうとしている。
「きれい…」
言葉にならない。2人とも手を繋いだまま、沈んでいく夕陽をじっと見つめている。
空の色が青からオレンジ、ピンクへと変わっていき、やがて漆黒の夜空が
2人の頭上から覆い被さるようにやってきた。

375: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/25(水) 00:12:42.38 ID:???
>>374
その間もじっと身じろぎせず手を繋いだまま水平線の向こうを眺めている2人。
考えていること、思っていることは、きっと同じだ。
気づけば、夕食の時間。周りの生徒達もみんなホテルに引き上げていく。
「戻ろっか」
水平線と空の色が混じり合い、星々が夜の訪れを告げる瞬きを始めようとする頃になって、
シンジがようやく口を開く。
「うん」
アスカも一言だけ答えて、シンジと一緒に回れ右をしてホテルに向かう。
ふと、星空を見上げて、シンジが呟く。
「この空のどこかに、父さんや母さんがいるような気がするんだ…」
アスカは黙って頷くと、シンジと腕を組み、シンジの左腕に頬を寄せる。
「そうね、あたしも、そんな気がするわ」
自然と目が合い、キスをする2人。ホテルの灯りが近づいてくるのと共に、
テラスで騒いでいる声が聞こえてくる。
「そうだ、今日はバーベキューだったっけ」
シンジの呟きと殆ど同時に、肉の焼けるいい匂いが漂ってくる。
「おー、何やっとるかぁそこの2人ぃ、おまえらの分なくなっちゃうぞぉ」
ミサトが2人を見つけ、大声で呼ぶ。既に出来上がっているらしい。
「何あれ、生徒達との夕食なのに、飲酒するってあり得ないわ」
呆れたように言うアスカ。肩をすくめて同意するシンジ。
「それはともかく、あたしの分がなくなっちゃうのは許せないわね、急ぐわよシンジ」
言い終わる頃にはもう走り出している。
「待ってよアスカ!」
一緒に走り出すシンジ。星空が黙って、2人を見つめている。

379: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/25(水) 23:45:21.03 ID:???
>>375
翌日。最終日。夜明け前の海辺で、アスカが1人、佇んでいる。
寄せる波の音。風の音。全身で受け止めて、その感触を楽しんでいるようだ。
「あれ?アスカ?」
声のする方を振り返ってみると、そこにはシンジ。
「あ、おはようシンジ。なんだあんたも随分早いのね」
「え、ああ、なんだかあんまり眠れなくて。2人とも寝てたから、出てきちゃった」
「偶然ね、あたしもよ」
風に引き寄せられるかのように、身を寄せ合う2人。
空が少しずつ白んでくる。
「今日で終わりなんだね…」「ええ」「なんだか、帰りたくないね…」「うん」
シンジに寄りかかるアスカ。黙って手を繋ぐ2人。
どのくらい、そこに居ただろうか。星々は太陽に追いやられ、空の色は薄まり、
まったりとしたキスと共に、また1日の幕が上がる。

380: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/25(水) 23:46:29.44 ID:???
>>379
今日も基本的に集合時間まで班行動だ。海中公園に行く班、万座毛へ出発する班、
張り切ってダイビングに挑戦する班、様々だ。
「ねぇ、ケンスケ知らない?」
ホテルのロビーでお土産品を覗き込んでいたアスカは、シンジにそう呼び止められた。
「へ?あのカメラオタク?」「うん」
「そういえば、見ないわね…」
ヒカリとトウジがやってくる。お互い黒のTシャツを着ていて、アスカはちょっとにんまりとしてしまう。
「ねえヒカリ、あのミリオタメガネ知らない?」
「え?相田君?知らないわよ」
不思議そうな表情で答えるヒカリ。そのままトウジの方へ向き直って
大あくびをしている相方に話しかける。
「鈴原、相田君見なかった?」
「ふわぁぁぁ、知らんで」
「そもそもあんたたち、同室じゃない、見てないの?」
アスカがシンジとトウジを代わる代わる眺めて呆れたように言う。
「いや、部屋に戻った時にはいたんだよ」
シンジが言うには、朝食会場に現れなかったらしい。
「ごめん、ちょっと周りに訊いてみるね」
そういうとシンジは輪を離れ、聞き込み調査に向かっていった。

381: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/25(水) 23:47:11.58 ID:???
>>380
「そういえば…わいが起きてトイレから出た時に、ちょうどあいつ、部屋を出て行くとこやったで」
まだ寝癖の残る髪を掻きながら、トウジが思い出したかのように言った。
「え?どこ行くとか言ってなかったの?」
「いや、訊いてへん。朝飯食べに先に行ったんだとばかり…」
周りにケンスケの消息を聞きに行ったシンジが慌てた様子で戻ってくる。
「ホテルのフロントの人に訊いたんだけど、さっき、1人で出て行ったらしいよ。」
「へ?」「えー?!」「なんやて?」
口々に驚き慌てる3人。
「なんか、カメラと荷物を持って行ったらしいよ…」
シンジが途方に暮れた顔で続ける。
「あいつ~どこ行ったのよ!捕まえてとっちめてやるんだから!」
早くもお怒りモードのアスカ。
「鈴原も碇君も、メールか何か来ていないの?」
ヒカリがふと思いついたように尋ねる。
「あ、そうか、」
慌てたようにポケットやカバンの中を探る2人。
シンジが先にスマホを取り出し、メールをチェックしてみる。

382: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/25(水) 23:48:03.54 ID:???
>>381
「あ、来てた…『ごめん、どうしても俺にはやりたいことがあるんだ。集合時間には帰ってくるから、
心配しないでくれ。』だって…なんだよ…」
心配するなと言われて、はい分かりました、というわけにはいかない。
シンジの表情には、そういう困惑する思いがアリアリと表れていた。
「どうする?」
「どうするもこうするもないわ。ミサトに相談してこなくちゃ」
「はん、聞いてるわよ。」
その声に飛び上がる4人。
「うわっ、いつの間に…」「心臓に悪いわ…」
「こっちだって、頭痛くてしょーがないっつーの…あんたたち、
相田君がどこか行きそうな場所の心当たりないの?」
若干の(訂正:かなりの)酒臭さを残しながら、顔色の悪いミサト。機嫌はすこぶる悪そうだ。
「ったく、ミサトも泡盛飲みすぎだっちゅーの。2日酔いで生徒引率なんて、スキャンダルものよ」
ぶつくさ言いながら、持っていた自分のさんぴん茶をミサトに差し出すアスカ。
「あ、ありがとう…ゴクゴク…はぁ…とりあえずあんたたちは行きなさい、わたしが探してみるから」
「でも…そうは言っても心当たりはあるんですか?」
シンジが心配そうに訊く。きっぱりと首を横に振り、直後に気持ち悪そうにうずくまるミサト。
「…ダメだこりゃ」「こりゃあかん」「…不潔」
教え子たちの非難の声も耳には入っていないようだ。

383: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/25(水) 23:48:52.95 ID:???
>>382
「やっぱり、僕たちで探すしかないよ」「そうね…」「まあ、担任がアレやしな…しゃーない」
とりあえず意見の一致をみる4人。
「で、とりあえず…どうしよっか?」
意見の一致をみたものの、途方に暮れる4人。
「沖縄に相田君のお友達とか、親戚の方とか、いないのかな…?」
ヒカリが口にした疑問は、その後に続く10数秒間の沈黙によって、答えが出る。
「五里霧中やな…」
トウジが早くもお手上げ、といった感じで呟く。
「ちょっとぉ、誰か心当たりはないの?あいつが行きそうなところくらい、思いつかないの?」
アスカが男子2名をなじるように声を張り上げる。
何か言いたそうにするトウジだが、言葉が出てこない。
そのまま時計の針だけが空しく動き続け、時を刻んでいく。
その沈黙に耐えられなくなったアスカが、イライラを吐き出すように口を開く。
「…ったく、だらしないわねぇ、いっつもつるんでるクセに、
あのミリオタバカの考えてることも分からないなんて、友達ガイがないわね」
「おい惣流、いくらなんでもそんな言い方はないんやないか?」

384: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/25(水) 23:49:27.03 ID:???
>>383
さすがにムッときたトウジが抗議の声を上げ、アスカに詰め寄ろうとした時、
「…あ!」
シンジが何か思いついたようだ。
「何?どうしたのシンジ?」「碇君、心当たりでもあったの?」
女子チーム2人が、シンジに食いつかんばかりに迫る。思わず後ずさりするシンジ。
「あ、いや、アスカがさ、ミリオタ…って言うからちょっと思ったんだけど…」
自信のなさそうな声で、自分の意見を述べようとするシンジ。
「ここは沖縄で、ケンスケとしたら、多分沖縄と言えば米軍基地だと思うんだ。」
「で?」
「確か、沖縄最大の米軍基地って嘉手納だよね?」「…そうなの?」「あたしも知らない」
女子チームはさすがにそういう分野には疎い模様だ。
「あー、そうや。あいつ、旅行前になんか蕩々と語ってたわ。」
トウジが思い出す。それを受けるような形で、シンジが意見を述べる。
「確か、嘉手納基地の滑走路かなんかを一望できる道の駅があるとかなんとか…」
「それだ!」
3人とも同時に叫ぶように同意する。見事なハモり具合で、
三者とも目を見合わせて、そのまま笑い出す。
「確かに、あのミリオタバカの考えそうなことだわ」
アスカが頷く。

385: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/25(水) 23:49:53.80 ID:???
>>384
「そういえば、沖縄着いた時も、戦闘機見て興奮してたな。F22がどーの、とか言うてたわ」
トウジもシンジの意見を補強するかのように、つい2日前のことを思い出す。
「何?そのF22って?」
ヒカリがシンジに訊ねる。
「米軍の最強戦闘機だよ。でも数が少なくて、
少なくとも東京や関東近郊ではお目にかかれないはずだよ」
うろ覚えながらも説明するシンジ。
「…ますますその線が強そうね」
アスカは顎に手を当て、ちょっとした探偵気取りだ。
「でも、そこにはどうやって行ったらいいの?」
ヒカリが残り3人を見回して訊く。シンジが無言で手を上げて、少し待ってというジェスチャーをする。
「分かった、ここだ」
シンジが差し出したスマホの画面を覗き込む3人。
「えーと、場所は分かったけど、これはどうやって行けばいいの?」
ヒカリが不安そうにシンジに訊く。
「え…バスか何かかな?」
自信なさげなシンジ。
「そのバスは何行きでどこで乗ればいいの?」
更に追い討ちをかけるヒカリ。
「う…分からないよそんなこと…」
困り果てた表情のシンジ。
「やはりここは…最後の手段ね」
アスカはそう呟くと、ロビーの片隅にあるソファーの方を見つめる。アスカの視線を追いかける残り3名。
その視線の先には、2日酔いでノビている担任教師が1名…。

389: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/26(木) 23:12:49.91 ID:???
>>385
キィィィィィィィィィィィィィィィィィン
ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ
物凄い轟音と爆音を立てて、戦闘機がひっきりなしに離陸していく。
「おおおおおおおおお、これだよこれ!俺が求めていたのはこれなんだよぉぉぉぉ!」
望遠レンズ片手に、絶叫するメガネの少年…ケンスケ。
建物の屋上にある展望場から、まるで狙撃兵のようにファインダーを覗き込み、獲物を探している。
「おおお、あれはF15、あの奥にはスパホか?」
遠くのハンガーからグレーの機体がもぞもぞと出てくる。
「キタ━━━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━━━ !!! あれこそはまさにラプター!!!
俺はおまえに会いに沖縄まで来たんだ!!!」
シャッターは先ほどから押されっぱなしだ。
滑走路の端でスタンバイしているF22。ケンスケのテンションはいよいよ
絶頂とも言えるほどに高まってきた。
エンジン音がひときわ高まる。弾けるように前に進み出すラプター。
「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! 」
アフターバーナーを効かせて、一気に飛び立ち、殆ど直角とも思える角度で上昇していく。
「嗚呼、俺は今日この一瞬のために、学院に入ったんだ…確信した」
全身に鳥肌が立ち、殆どオーガズムを迎えたかのような恍惚とした表情で航跡を眺めているケンスケ。
「何言ってるの、あなたが学院に来た理由はもっと他にあるでしょ」
修学旅行のしおりを丸めて、ミサトが呆れたように言う。
それから、その丸めたしおりでケンスケの頭を軽くぽんぽんと叩く。
「否!自分の人生のピークは今で…ってミサト先生?!」
振り向きながらミサトに気がつき、直立不動で固まるケンスケ。
そのケンスケが持つカメラを取り上げ、自分もファインダーを覗き込むミサト。
「ふーん、随分と拡大されて見えるのね…よく出来てるわ」パシャッ
そう言うと、固まっているケンスケの表情を1枚写真に撮り、そのまま背後に控えているヒカリにカメラを手渡す。
「さて、言い訳は今からたっぷり聞いてあげるわよん」キュュュュォォォォォォォォォォォォォォォ
ズドドドドド゙゙ド゙ドドド゙゙ドドドオオオオオオォォォォオォォォォォォォ
2機目のF22が轟音を上げて空に駈け上っていく。そのエンジンの音にかき消されて、
ケンスケの悲鳴にも似た絶叫はすぐ目の前にいたアスカやシンジにさえ聞こえなかった。

390: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/26(木) 23:15:34.47 ID:???
>>389
「しかし…なんで分かったんですか?」
クルマの中。運転するのは加持。助手席にミサト。2列目と3列目に生徒達。
ケンスケは一番後ろの端の席にまるで拘禁されているかのような姿勢で固まったまま、
完全に放心状態で、ようやく口だけ動かしているような案配だ。
「シンジよ、シンジが気づいたのよ」
アスカが少し誇らしそうな表情で2列目から後ろを振り返って言う。
「いや、別にそんなたいしたことじゃないよ…」
シンジが照れながら隣のアスカを見つめている。アスカの隣でヒカリがケンスケに付け加えて言う。
「碇君が、相田君は戦闘機を見に行ったんじゃないか、って気づいたの。
それで、先生に頼んで、レンタカーを借りて探しに来たってわけ。」
「ほんと、いい迷惑だわよ…折角万座毛に行ってから少しそのあたりを散歩しようと思っていたのに」
ミサトが一番不満そうだ。
「何言ってるのミサト、2日酔いでさっきまで死にそうな顔してたじゃない、」
アスカがすかさず突っ込む。
「先生って、昨日の夜の三線ショーとか、覚えてないんでしょ?」
更にシンジが容赦なく追い討ちをかける。うっ、と黙り込むミサト。

391: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/26(木) 23:16:12.21 ID:???
>>390
「だって…沖縄まで来たのよ、そりゃ…あたしは引率の教師だけど…
でもちょっとくらい楽しんでもいいじゃん…」
クルマ出すぞ、と声をかけながら加持がついでにトドメを刺す。
「葛城は、出発時間まで泡盛の試飲が出来る酒造に行きたかったんだよな…」「ワーワーワー」
ミサトが加持の口を塞ぎにかかる。
「ちょっと、危ない!」
後ろのヒカリが大慌てでミサトを止めに入ろうとするが、狭い車内、てんやわんや。
「だからミサト、あんなに怒ってたのね…呆れちゃうわ」
アスカが足を前に投げ出す。ちょうどミサトと加持の間に足が入る形になり、ミサトの抵抗は妨害される。
「ちょっとアスカ、はしたないわよ!」
ミサトの言葉もアスカにはお構いなし。「なによ、はしたなさで言ったら、あたしはミサトには負けるわよ、
完敗だわよ、だってねぇ…」「きゃーきゃーきゃー」
いじられまくって、半ばパニックのミサト。シンジとアスカは顔を見合わせて苦笑するしかない。
「おまえも…自分の欲望に忠実やっちゃな…その思いは認めたる」「分かってくれるか、我が友よ」
3列目で、男2人が友情を培っている間も、前の席はかまびすしい。
「ま、しょうがない。時間はあまりないが、」
突如として、加持がウインカーを右に出す。
「少しだけだぞ。ほんのちょっとだけだが、沖縄最後の1日を探索行だけで
終わらせるのは勿体ないからな」
クルマはナビの指定したコースを外れ、国道58号線を北に向かっていく。

392: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/26(木) 23:17:45.49 ID:???
>>391
「うわぁ…凄い…」「綺麗…」
万座毛に立ち寄った7人。そのあまりに美しい景色に、まさに息を飲む思いだ。
シンジに寄り添って象の鼻と呼ばれる岸壁と、
その向こう側に広がるコバルトブルーの海を眺めるアスカ。自然と手は結ばれている。
「やっぱり…沖縄って凄いわ」「ほんとに」「また来ましょ、絶対よ」「うん」
いつもの流れだと、ここでキスになるのだが、シンジの方を向こうとしたアスカに、
ヒカリの肩がぶつかり、2人とも我に返る。
「(仕方ないよ、お預けだね)」
お互いに顔を見合わせて、苦笑する2人。その様子を横目にしながら、ヒカリとトウジもいい雰囲気だ。
「こりゃすごい…ほんま、東尋坊もびっくりや」
トウジも素直に感嘆している。ヒカリはそんなトウジと2人で
写真に収まろうと先ほどから自分のスマホと格闘している。
「ほら、相田君だったな、せめてもの罪滅ぼしだ」
加持に写真係に指名されたケンスケが、そんな2人を何枚かカメラに収めていく。
「あ、ずるいあたしも」「相田く~ん、先生もお願い」
気づけば3組のカップルの記念写真撮影係となっているケンスケ。
アスカとシンジ、トウジとヒカリ、加持とミサトの3組に分かれ、
束の間、ちょっとしたデートを楽しんでいるかのようだ。

393: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/26(木) 23:18:16.02 ID:???
>>392
「…結局こうなるのか…」
1人絶望に打ちひしがれるケンスケ。その頭をポコリ、と小突いてミサトがケンスケの肩を抱く。
「何凹んでんのよ、相田君もまだまだこれからよこれから!彼女作ってまた来ればいいじゃない!」
「…んな無責任な…」
「何が無責任なもんですか、人生何があるか分からないんだから、そのくらい夢見るのはタダよ、タダ」
にっこりと笑うミサトの笑顔に、ケンスケの表情もほんの僅か緩む。
「そう…かな…?」「そうよ、あんただって、なかなかいいオトコよ自信持ちなさい」
そう言うとミサトはケンスケの尻をぱぁんと叩き、「ほら、時間よ急がなきゃ」と先へ進んでいく。
「あ、待って、」
ケンスケは後を追おうとするが、ふと立ち止まって後ろを振り返る。
そこには、これ以上ないくらいの美しい緑と青。
これでこの旅行最後になるであろう沖縄の景色を何枚かカメラに収めると、
ケンスケはミサトの後を追いかけた。
そこにあったのは、リア充共の毒気に当たった顔ではなく、少し晴れやかで少し斜に構えた、
いつもの軍オタのケンスケの表情だった。

394: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/03/26(木) 23:19:29.97 ID:???
>>393
アテンションプリーズ「日本航空916便羽田行き、ただいま最終の搭乗案内を…」
「シンジ!ほら急いで!」バタバタガラガラ
「アスカ、慌てなくていいから、手荷物預けてるから少しくらいなら待っててくれるから、」
「何言ってるの、もうみんな飛行機乗り始めちゃってるわよ、荷物なんて下ろされちゃうわよ、
乗り遅れたらどうするの?!」
「そんなこと言ったら、そもそもアスカがお土産屋さん覗きだしたのがいけないんじゃないか!」
「だって、可愛いシーサーの置物があったんだもん…」バタバタ
「あ、あそこだよ搭乗口、間に合ったよ」
「あんたたち、ほんと最初から最後までギリギリよねぇ…」
ミサトが呆れながら2人を出迎える。飛行機に乗り込むと、背後でドアが閉まる。
「僕たち、最後だったんだね…」ハアハア「まあいいんじゃない、間に合ったんだし」ゼイゼイ
最後のチェックをしているアテンダントの人達の邪魔にならないように、
いそいそと座席を探して座る2人。飛行機はもう動き出している。
「あ、でもさ、」
席に座るなり、アスカが思いついたように呟く。
「何?」
「今思ったんだけど、いっそ乗り遅れても面白かったかもね」
いたずらっ子のように目を輝かせてアスカがシンジに続けて言った。
「だって、乗り遅れたら、そのまま2人だけの沖縄旅行が続くのよ、素敵じゃない?」
「はは、そうだったかもね(お金とかどうするんだろう?)」
「昨日みたいに夕陽を眺めて…夜は2人っきりで…///」
妄想女子アスカ。でもそんなアスカを眺めているだけでもシンジは幸せだ。
「大丈夫、次来るときはきっとそうなるよ」
ぎゅっと手を握る。握り返してくるアスカ。自然と目が合い、唇が合わさる2人。
轟音と共に機体が上昇していく中で、2人の手と唇は繋がれたまま。
帰りの機中、2人が見る夢は、きっと沖縄旅行の続きに違いない。



462: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/20(月) 23:33:47.03 ID:???
「にゃーにゃーにゃーにゃー」
もうすぐ春休みになろうかというある晩、
例によってラウンジでくつろいでいる2人のところにマリがやってくる。
「何よ、あんたほんとにそれしか言えないの?能が無いったらありゃしないわ」
心底呆れたような口調で、イチゴミルクを飲む手を休めるアスカ。
「いいじゃん久しぶりなんだし、」
意に介さぬマリ。
「そんなことより、あんた進学先決まったの?もう退寮じゃないの?」
アスカの言葉に眉毛をぴくりと動かして反応するマリ。メガネのポジションを右手でくいっと修正、
そのままにやりと笑ってアスカに答える。
「そこはほれ、いろいろあったけど結局は付属の強みでさ、そのままエスカレーターよ」
「ふん、で退寮はいつなのよ?大学の寮はここじゃないでしょ?」
「このまま居るにゃ」
「は?なんでよ、そんなのルール違反じゃない、」
アスカの抗議の声を遮るようにしてマリが得意満面な表情でアスカに言う。
「そこもほれ、親が学院理事の強みでさ、特例でここに居てもいいって」
「は?なんでよ、」
更に手でアスカの声を遮る。
「姫は普段からあたしのことを何て呼んでるにゃ?」「ん?コネメガネよ、それがどうしたってのよ」
「そうにゃ。だからそのコネを最大限利用して、姫とワンコ君のそばにいることにしたにゃ」
アスカ、そのまま仰向けにひっくり返る。後ろにいたシンジが慌てて支えに入る。
「な、なんですってぇ?!」
「まあまあそう怒るなご両人、」「いや、僕は特に怒ってはいないけど…イテッ」
アスカに叩かれて頭を押さえるシンジ。
「こんなあたしと付き合ってくれる友達が、ここにいる。それだけであたしには無理を押してでも
ここに居残る理由になるにゃ…」
ふ、と寂しそうな目になるマリ。その俯き加減な表情に、アスカも何も言えなくなる。
「ま、まあ僕たちが文句言っても仕方ないし、むしろあと1年、楽しく過ごせると思えばさ…、」
シンジがアスカをフォローする。シンジとしては、割と居心地が良いこの3人の空間が
実は結構お気に入りだったので、マリの居残り宣言は嬉しくもあったのだ。

463: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/20(月) 23:34:30.38 ID:???
>>462
「おお、ワンコ君は分かってくれるか!さすが!心の友よ!」
「何が心の友よ、ジャイアンじゃあるまいし」
アスカはまだちょっとふくれ気味だ。アスカとしてはこれで邪魔者がいなくなる、と思っていたところが
そうではなくなったのだから面白くはない。
「もう、姫ったらぁん、そんなこと言って、あたしがいなくなったら少しは寂しいくせにぃ~」
マリが頬ずりせんばかりの距離まで近づいてくる。
「だぁっ、寄ってくんな!」
アスカ、逃げる。その様子を見て、マリはふふ、と笑って満足そうな表情をする。
「やっぱり、姫も変わってないにゃ。とりあえずそんなわけで、あと1年またよろしくにゃ」
微笑むシンジと、不承不承ながらもマリが差し出した手を握り返すアスカ。
「…ま、まあしょうがないわ。あと1年くらいなら我慢してやってもいいけど…」
満面の笑みで腕が振り切れんばかりに握手をするマリ。
そのままアスカとシンジの方を向いて今夜の本題を切り出す。
「実は今日は、姫とワンコ君にとっておきの情報を持ってきたにゃ、」
「ん?」「何?またどーせくだらない話でしょ」
アスカは興味なさげにまたイチゴミルクに戻る。
「何を仰せらるるか姫よ、いつまでそんな口を叩いていられるか、見物ですにゃ」
にやりと笑うと、一冊の雑誌を取り出すマリ。
「ん?」「何コレ?カメラ雑誌だなんて、コネメガネ、あんたカメラなんて好きだったっけ?」
ちっちっち、と人差し指を振りながら、マリは楽しそうにページをめくり出す。
「あたしゃカメラになんてこれっぽっちも興味はないにゃ。しかし、信頼すべきある筋から
入手した情報を是非とも姫とワンコ君に知らせねばならぬと思い、ここに罷り越した次第にゃ」
「どーでもいいけど、あんた刑事ドラマと時代劇の見過ぎじゃない?なんか喋り方おかしいわよ」
「にゃにゃにゃ、そんなことはないにゃ。それより…ほら、これを見てみい」
マリがあるページを開き、シンジとアスカに手渡す。覗き込むシンジとアスカ。
マリが指差したそこには…
「…優秀賞、って何コレ、あたしじゃないの!」
「撮影…相田ケンスケ……ってケンスケの奴…」
驚き呆れるアスカとシンジ。

464: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/20(月) 23:36:35.56 ID:???
>>463
そこにあった作品は、あの沖縄の2日目の夕方、渚で佇むアスカを激写?した1枚。
夕陽をバックに、風にはためく髪を片手で押さえながら歩くアスカの姿がそこにはあった。
ほぼ逆光で、ほとんどシルエットとなってはいるが、俯いているように見えるその表情は、
笑っているようにも泣いているようにも見え、その不思議な表情が陰影と相まって、
厳かな、それでいて優しさと慈しみを湛えたものに仕上がっている。
「うわ…作品名「渚のティヌヴィエル」だって」
「シンジ、あんたそれパクられてんじゃない?」「…まあ、そうかも」
「だいたいセンスないわね、どこかのおっさんバントの曲名みたいじゃない」
「いや、さすがにそれはちょっと言い過ぎだと思うけど…」
そう言いながらも、シンジはその写真に目を奪われている。
やや俯き加減に歩くアスカのその表情が、うっすらと幸福感を滲ませているようで、それでいて若干の
憂いを湛えているようで、それはほとんど、広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像のごとき、
アルカイックな微笑みとでも言おうか。
そして、なにより、その佇まいが美しい。
可愛い、というよりも、美しい、と言った方がしっくりくる、そんな感じだ。
「(アスカにもこんな表情があったんだ…僕は知らなかった)」
なんとなく、ケンスケに負けたような気分になるシンジ。少し落ち込む。
「どうしたのシンジ?」「う、うん、なんでもないよ」
「ワンコ君は落ち込んでいるにゃ。姫の未だ見ぬ表情を捉えたこの作品に、自分の知らない姫の
一面を、あのミリオタメガネ君に先に知られてしまった、いわばオトコとして負けたように思えて
少しショックを受けているにゃ。どれ、図星じゃろ?」
「(なんで分かるんだろう…?)う、うん」
「何よそれ、シンジ、あまり気にすることないわよ。あたしのことを一番知っているのはシンジなんだし、
あたしにはシンジだけ、シンジがいればあたしは何もいらないのよ」
と、ここまで言って目の前にマリがいることに気づき、赤面するアスカ。
「ちょ、なんであんたここに居るのよ」
「なんでとは何にゃ。姫の深――――いワンコ君への愛は先刻承知の助にゃ。あたしに気にせず
接吻でもなんでもすればいいにゃ」
そう言いながらも、一瞬少し寂しそうな表情を見せるマリ。

465: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/20(月) 23:37:30.82 ID:???
>>464
「ごめん」
珍しくアスカが謝る。
「ん?いやいや、謝ることはないにゃ。謝罪される義理も道理もないぞよ」
ひらひらと手を扇がせて、マリはアスカの頭を撫でる。
一瞬、むっとした表情を見せるも、素直にされるがままになっているアスカ。
「で、だ。この優秀賞、よーく見てみ。」
今度はページを変えて、募集要項が載っている部分を指差すマリ。
「ん…なになに…優秀賞、賞金…うわっ、10…万円!」
シンジ、今度こそ、のけぞってびっくりする。
その10万円という声に、アスカもぎょっとしたように反応する。
「そうにゃ。あのミリオタくんは、姫の写真で10万円をゲットしてるにゃ、
おそらく、本人に何の許しもなく…じゃろ?」
うんうん、と頷くアスカ。予想外の展開に驚きのあまり、声がまだ出てこない。
「姫としても納得いかんじゃろ?」コクコク
「そこで、だ。拙者、あいつを問い質してみたにゃ。」
「ど、どうなったの?」
シンジが恐る恐るマリに訊ねる。
ふふふふ、と笑いながらマリが胸の谷間から封筒を取り出す。
「…あんた、…物凄く悪趣味よそれ…」
ようやく声が出てきたアスカだが、胸元まではだけたシャツの下、赤い下着の間から出てきた
縦に折られた封筒を見ながら、心底軽蔑したような様子だ。
「まあまあ、姫もそのうちきっと出来るようになるにゃ」「いや、そういうことじゃなくて、」
アスカの言葉は、その封筒から出てきた数枚の紙幣によって、途絶えてしまう。
「勝手ながら、あたくし真希波マリ、姫の代理人として、撮影者相田ケンスケ氏と
肖像権の無断使用について示談に至ったことを報告するにゃ」
福沢諭吉が5枚、アスカに手渡される。

466: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/20(月) 23:38:08.31 ID:???
>>465
「え、5万円?」「うむ。そうにゃ。撮影者の取り分とモデルの取り分、半々ということで手を打ったにゃ」
「あんた、勝手に何を、」「でもあたしが知らなきゃ、姫はそもそもこんなこと知る由もないじゃろ?」
「う…」「つまりは、勝手に自分の写真を懸賞に出されたことも知らず、当然、受け取るべき報酬も
受け取らずに終わっていた、ということは理解できるにゃ?」
「え…う…まあ、うん」
「ならば、これで手を打つにゃ。一度このような形で世に出てしまったものを、
今更なかったことには出来ないし、」
「う…」
どうする?というような表情でシンジを見るアスカ。シンジもどうしよう、という表情でアスカを見つめる。
「(ケンスケも自業自得とは言え、なんだか可哀想だな…)」
マリが談判をしに来た時のことを想像し、それからこの後おそらく確実に訪れるであろう、
アスカからの抗議(半ば折檻)の場面を想像するシンジ。
「あんた、今あいつに同情してるでしょ?」
そのシンジの姿を見て、アスカが言う。この2人の間に、隠し事は存在し得ない。
「うっ…いやあの…その…まあ、ちょっとね…」
「どうせおおかたあたしから殴られるあいつの姿とか想像してたんでしょ、失礼しちゃうわね」
シンジ、沈黙。言葉を交わさなくてもお互いの意思疎通が出来る、
というのはこういう時はむしろ不便だ。
「まあ、いいわ」
アスカ、起き上がってスカートの裾をぱんぱんと叩く。まるで自分の気持ちを整理させるかのように。
「で、コネメガネ、あんたもどーせこのままじゃ終わらないと思ってるんでしょ?」
アスカの声に、メガネを光らせて反応するマリ。
「御意」
そのマリを見てこちらも目を光らせて命令口調で声を発するアスカ。
「OK、じゃあそのバカメガネのところに案内しなさい」
「Yes, your Highness」

467: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/20(月) 23:39:40.32 ID:???
>>466
15分後。案内、というか呼びつけられたケンスケが神妙な面持ちで食堂に座っている。
背後にはマリ。向かいにはアスカとシンジ。
重苦しい雰囲気が周辺を支配している。
ずず、と誰かが鼻をすする。数秒後にくしゅん、とくしゃみをするシンジ。
「ごめん…やっぱり花粉がキツいや…」
シンジの言葉は、最後まで続かない。
まるで言葉が空間に吸収されていくかのように、全く響きを失って、床に落ちていくようだ。
「綺麗だったんだ」
ふいにケンスケが呟くように言った。
「え?」「何が?」
シンジとアスカが同時に聞き返す。
「…帰ってきてパソコンに取り込んでみたらさ…この1枚がとんでもなく綺麗だったんだ。
ほら、おまえらにやるよ、って言ってたじゃないか、」
「あ…うん、そうだったね」
シンジが答える。
「そう思って印刷しようとしてたんだ。でも、ふいに『この作品を、2人だけのものにしてしまって
いいのか?世に出してたくさんの人に見てもらうべきじゃないのか?』って心の声が聞こえてさ…」
「で、懸賞に応募したわけ?」
「…すまなかったとは思ってるよ。でもさ、俺の気持ちも理解してくれよ。これだけいい写真、
一生かかっても撮れるかどうか分からないぜ、そんな奇跡の1枚なんだ。…それは、分かって欲しい」
アスカとシンジは顔を見合わせる。
そう、奇跡の1枚。それはアスカにも理解できた。シンジもあの感動を思い出して、ケンスケの思いを
今はなんとなく理解できる。
「まあ…確かに、あれは芸術作品だよね…」
シンジがアスカに同意を求めるように問いかける。
アスカはしばらく考え込んでいたが、ふぅー、っと長い溜め息をつくと伏し目がちの顔を上げて、
ケンスケの目をまっすぐに見つめる。
その目に射すくめられたかのように縮こまるケンスケ。そのまま数十秒。

468: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/20(月) 23:40:09.87 ID:???
>>467
「ま、しょうがない。分かったわ」
アスカが思いのほか、明るい調子で声を上げる。その隣でシンジが安堵の溜め息をつく。
「あんたの気持ちも分からんではないわ。そもそもこのあたしを題材にしたわけだし、」
マリがぷっと吹き出す。
「あん?何?なんか文句あんの?」
「いや、めんごめんご、我慢してたんだけど、つい出ちゃったわ、どうぞお構いなく、続けるにゃ」
ふん、とマリを更にひと睨みしてから、アスカは続ける。
「でも人に断りなく写真を撮って、更にまた断りなく懸賞に出すだなんて、それはないんじゃない?」
「うっ…。だからそこは謝るって」
「誠意が感じられない。謝る態度じゃないわ」
「ケンスケ、」
シンジがアスカの想いを補足するかのように言う。
「アスカは、もっとちゃんと謝って欲しいんだよ。ケンスケには悪いけど、そうやって斜に構えてたんじゃ、
伝わる気持ちも伝わらないよ。」
シンジの言葉に、一瞬むっとした表情を見せたケンスケだが、その瞬間背後からマリに膝でゴツンと
椅子の背もたれに一撃を加えられ、その拍子にアスカと正対する形になる。
「ほれ、ここはメガネ同士のよしみでお姉さんの言うことを聞いておくにゃ。ミリオタ君、ここはきっちりと
謝るにゃ、オトコとしてそうするべき場面にゃ。申し訳ありませんでした、ほれ、言ってみい」
マリに背中を押される形になったケンスケ。気のせいか、上気した顔で、目が少し潤んでいる。
しばらく無言のまま、アスカの表情をじっと見つめていたが、やがてゆっくりと頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした。ごめんなさい。」
「うむ、偉いぞ少年」
マリは満足している。が、アスカは顔を上げたケンスケに向かって、言った。
「許してあげても良いけど、2つ、条件があるわ、」
「えっ、な、なに?」
ぎょっとした様子でアスカを見るケンスケ。心なしか怯えているようだ。
「1つ目は、今後、写真を撮る時は、撮る前に必ず声を掛けること、」
平穏な要求に少しほっとしたような表情を見せるケンスケ。
「分かった、そうするよ。もう1つは?」
「もう1つはね…」

469: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/20(月) 23:41:30.27 ID:???
>>468
翌日の夜。部屋に戻るとシンジは、夕食後にケンスケから渡された包みを開ける。
そこには、四つ切りサイズのパネルに収められた例の写真が。
ほぼ同時に携帯が震える。アスカからの着信だ。
「どう?」
スピーカホンで出るなり、アスカが言ってくる。
「うん、とっても綺麗だよ。机の前かベッドの横に飾ろうかと思って」
シンジはパネルを両手に掲げて、どこに飾ろうかと部屋を見回している。
「へへへ、2つめの条件としては、悪くないでしょ?」
アスカも心なしか得意げだ。
「そうだね。…でも、このサイズだと、結構お金かかったんじゃないかな…?」
「なーに言ってんの。5万円も手元に残ったんだから、楽勝でしょ、楽勝」
「ま、そっか、そうだね」
電話を切った後、シンジは悩んだ末に、ベッドとは反対側の壁にアスカの写真を飾ることにした。
「はは、渚のティヌヴィエル、か。エルフは海より森だし、アスカの言うとおりでちょっとセンスないけど、
まあいいよね…」
夜が更けていくまで、シンジはそこで写真を眺めながら、沖縄の海とアスカとの日々を思い出していた。

471: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/21(火) 00:29:20.47 ID:???
>>470
待ってましたー
265 さん乙です!

ああ、久しぶりにマリの猫語が聞けて(読めて?)なんか嬉しい
やっぱりこの3人が織り成す雰囲気はいいなぁ

マリにとってシンジとアスカはコネを使って寮に残るほど離れ難くて大切な友人なんだなぁ
これから何年経過しても3人のこの友情が幸せに続きます様に…

あの神秘的だった渚のシーン、ケンスケ写真にとってたね
優秀賞をゲットしたか~まあ、モデルがいいからねってアスカ言うねきっとw

「アルカイック スマイル」ですな(ニヤリ
シンジの受けたショックは何故だか分かる…orz

何でもお見通しなマリだけど、自分の恋愛はどうなってるんだろう?
まだシンジに未練があるのかな?
マリならモテそうに思えるが…少~し(?)変人な気もするけどw

早速、ケンスケ尋問されちゃうのねw
"この1枚がとんでもなく綺麗だったんだ"
あの神秘的な一瞬を逃さなかったのはケンスケの才能もあるからだろうなぁ~
でも神懸りもあると思う…

ケンスケのおかげでシンジとアスカにとっても宝物のような一枚が得られてよかったなぁ

265 さんの素晴らしい作品が読めてとっても幸せです
また、数日の連載という事で一日の締めの楽しみが出来て嬉しいです~

有難う御座います、続きを楽しみにしています!

472: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/21(火) 23:18:28.03 ID:???
>>469
「それでさ、」
翌朝、食堂で顔を合わせるなり、挨拶も省略して、アスカがシンジに相談を持ちかける。
「アスカの好きなものを買えばいいんじゃない?」
アスカの表情を見て、パンにバターを塗りながら、シンジは答える。答えた後に、アスカの表情を見て、
自分の答えが果たして合っていたかどうかを窺う。
「うーん…、なんかしっくりこないのよね。あたしだけ、ってわけにもいかない気がしてさ」
正解。確信したシンジは、続けて言った。
「このお金を自分だけのものにしちゃったら、あの沖縄の海に申し訳ない気がする、ってところかな?」
「うん」
目玉焼きの黄身を潰して、パンを付けながらアスカは頷く。
「むしろ、シンジはさ、何か欲しいものない?」
「え?僕?なんで?」
「なんでもよ。あまり意識しないで、何か欲しいものある?って訊かれたらシンジはなんて答える?」
「うーん…今だと…」「今だと?」
「特にないかな…」「それは知ってるけど、でも何かないの?」
「うーん…強いて言えば、だけど…」「何?」
「でも高いんだよ」「高くてもいいから、何?」
「ギター」「ギター?」
「うん。MartinっていうメーカーのD-28っていうモデルなんだけど…」「へー、いくら?」
「…新品で30万円くらい?」「…そりゃさすがに高杉晋作だわ、」
「アスカ、あんまり面白くないよ」「うるさいわね…コネメガネの親父ギャグ病が移ったかしら…」
淡々と食事をしながらも、会話は進んでいく。

473: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/21(火) 23:19:17.06 ID:???
>>472
「何か2人の記念になるようなものにしない?」
アスカがふと思いついたように言う。言いながら、3枚目のパンを手に取っている。
「2人の記念?例えばどんなもの?」
シンジの問いかけに間髪入れずにアスカが答える。
「2人の、って言ったらもうこれしかないわ。ペアリングよ」
言いながら、少し照れたように頬を赤らめるアスカに、一瞬ドキッとするシンジ。だが、
「えー、でもそれはちょっと…恥ずかしいかも…。」
「なによ、いずれはすることになるんだからいい…じゃない?///」
言いながらもやっぱり照れるアスカ。
「(アスカだって恥ずかしいんじゃないか…)」
そんな表情でアスカをちら、と見るシンジ。そのシンジに気づいてますます顔を赤くするアスカ。
「確かに…いずれはそうなるんだろうけど、でもその時まで取っておきたいかな…って」
なぜ?という顔をするアスカ。
「…なんとなくだけど、その方が感動というか、気持ちがこもるというか、そんな気がするんだけど…」
高校生男子がペアリング、というのはシンジ的には恥ずかしすぎる、というところについては
なるべく表情に出さないようにしてアスカを説得にかかるシンジ。
「…そっか、確かにそれもそうよね。給料3ヶ月分、って言うものね」
「ま、まあそうだね…」
なんだか更にハードルが上がった気がして、心なしか冷や汗が出ている気がするシンジ。
それでも、とりあえず高校生男子としての指元の尊厳は保たれた気がして、少し安堵する。
「とりあえず、放課後にまた相談しよっか」「そうね。どうせなら新宿あたりにでも行ってみる?」

474: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/21(火) 23:21:36.33 ID:???
>>473

「で、その結果がこのマグカップ?」
その夜。例によって例の場所で、マリが少し呆れたような、それでいてちょっと残念そうな声を上げる。
「そうよ、何?何か文句あんの?これ、結構高かったのよ」
またしてもイチゴミルクを飲みながら、それが入った器をマリに向けて、アスカが答える。
「そんなもん、知ってるにゃ。英国王室御用達、Wedgewoodはワイルドストロベリーの
ペアマグカップにゃ。パステルカラーで人気が高いにゃ」
「あんた、詳しいのね…」「陶磁器は結構好きなのよ」
マリは目を細めて、アスカの手元をしばらく凝視。
「な、何よ…気味悪いわね…」
イチゴミルクを飲み干し、
「で、それだけかにゃ?」「は?」
「高かったとは言っても、ペアでおおよそ1万円にゃ。残りはどーした?って聞いてるにゃ」
「何よ、どういう意味よ」
「いや、だからその後ご休憩と…」ゴスッ
脳天にチョップを喰らって膝から崩れ落ちるマリ。そこへシンジが部屋から降りてくる。
「あ、真希波さん…ってあれ?アスカ、また何かしたの?」
アスカ、頗る不機嫌。
「…また?」「そう、また」
まだ混沌とする意識の中で、マリが呟く。
「…ほん…とにひ…めとワン…コ君は…以心で…ん心だにゃ…あ」
「交通費やお茶代とかで3,000円くらい、あとはPS3のゲームをいくつか買ったり、本やCDを
買ったりして、全部でえーと…30,000円くらい使ったけど、残りはまだあるよ」
シンジがアスカに代わって答える。

475: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/21(火) 23:24:04.33 ID:???
>>474
「なによシンジ、まともに相手なんてしなくていいのに」
まだ膨れるアスカに対して、まあまあ、となだめながらシンジはアスカに向かって言った。
「ちょっと思いついたんだけど、残りのお金でみんなでパーティとか、どうかな?」
「パーティ?」
「そう。トウジや委員長やミサト先生とか呼んでさ、ダメかな?」
「ワンコ君、」「え?何?」
「その中で重要人物が1人、欠けていることに気づかぬワンコ君ではあるまい」
シンジの足下から、シンジを見上げるようにして、マリが声を上げる。
シンジ、アスカをちらっと見る。ぶすっとしているアスカ。
「ま、まあそうかもしれないけど…」
ようやく立ち上がったマリが、まだ頭を痛そうにさすりながら、寂しそうな表情で呟く。
「…そのお金は誰のおかげで、」「だぁっ、うるさいわね、分かってるわよ!」
イライラしながらもアスカはマリの参加を拒否しない、というか出来ない。
「じゃあ、決まりにゃ。場所はどこにするにゃ?なんならぐるなびでもホットペッパーでも探してくるにゃ」
マリ、一気に復活して大乗り気。アスカがシンジをちらっと見て、一瞬、キッと睨み付ける。
困ったような表情でしょげるシンジ。
「予算的なところで言うと…焼き肉はしんどいにゃ、かといってそのへんのファミレスだとつまらないにゃ、
いっそどこかの河原でバーベキューなんてのもいいかもしれないにゃあ…」ムフフ
1人で妄想の世界に片足を突っ込んでいるマリ。そんなマリを呆れながら眺めるアスカ。
「なんだかキリがなさそうね…」「そうかも」
苦笑するシンジとアスカを尻目に、楽しそうにぐるなびを検索し始めるマリ。
「コネメガネ、まだ河原でバーベキューするには寒すぎるわよ」
アスカの一言で、マリの動きがぴたりと止まる。
「ど、どーして姫は、そうやって人の妄想の邪魔をするかにゃ…」グスン
「な、なによ、ベソかかなくたっていいじゃない…」
「だってだって…」
心底がっかりしたような、落ち込んだような表情を見せるマリ。そんなマリを見て溜め息をつくアスカ。
「しょうがないわねぇ、一緒に考えてあげるわよ。ほれ、それこっちに寄越しなさい」
目を輝かせてアスカに飛びつくマリと、それを見て微笑むシンジ。
3人の和気藹々とした団欒は、消灯時間まで続いたのであった…。

479: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/22(水) 23:42:36.11 ID:???
>>475
「わぁ…やっぱり綺麗ね」「凄いね、山ひとつが全部桜って感じだよ」
4月も半ばに入ったある土曜日、高遠城址公園を訪れたご一行。
遠くからでも山が1つ、ピンク色に染まっているのが見える。青空とピンク色に染まるそのコントラストが
とても美しい。
「去年は三春の滝桜を見に行ったけど、ここも本当に綺麗ね…」
アスカは素直に感動している。
「日本に戻ってきて、初めて桜の美しさを知った気がするわ。去年もそう思ったけど、
今年も改めてそう感じる。」
「日本の花、といったら桜だよね…」
シンジも同意するように頷く。
「そうよ、昔々の平安時代の頃は「花」と言ったら桜のことだったりしたのよん」
国語科教師がらしさを見せつける。頷くシンジと感心するアスカ。
「それにしても、あの2人は勿体ないことをしたにゃ、」
マリが車窓から身を乗り出さんばかりにして写真を撮りながらミサトに話しかける。
「まあ、しょうがないわ。むしろ仲睦まじくて微笑ましいじゃない」
ミサトが心なしか楽しそうに返事をする。
前日の夜になって、ヒカリが体調不良でキャンセル、トウジは1人で参加することも可能だったのだが、
「あいつが行かんなら、ワイも行かん」
と特に理由を話すこともなく不参加を表明。理由は誰しもが想像がつくことではあったが、
誰もそれには触れずに「じゃあ、ごめんね、」と出てきた次第。
「委員長は熱でも出したのかな…?」
ヒカリの体調を心配するシンジ。
「ん?大丈夫よ。ただちょっと具合が悪いだけだわ」
事情を知るアスカは察しが悪いシンジに対して、ちと冷たい。
「え?アスカは何か知ってるの?」「ん?まあね…大丈夫だから」「大丈夫なら来れば良かったのに…」
はぁ、と溜め息をついてアスカがシンジに言う。
「あんたも察しが悪いわね…。長時間座ってるのがキツいってことよ」

480: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/22(水) 23:43:10.96 ID:???
>>479
さっぱり分からぬシンジだったが、これ以上この話題を続けるとアスカの機嫌が悪くなりそうだったので、
話題を変えることにする。
「加持先生も、残念でしたね…」
加持は、研修があるということで、不参加。本人としては、運転手をやらされるのが面倒で、
どうやら研修は断り文句ではあるようだが。
「ん?まあしょうがないわ。大人の都合ってなかなかこう上手くいかないものよ」
いささか眠そうにミサトが答える。
結局4人での遠足?(それに伴ってクルマも加持所有の7人乗りからミサト所有の4人乗り)
になったわけだが、それはそれで楽しい道中。
高速を降り、峠を越えて1時間弱、城址公園の麓にある中学校の校庭にクルマを停める。
「えー、遠いわよミサト、もっと近くまでクルマで行きましょうよ…」
アスカが文句を言うが、「ここから上は有料なのよ。ここは節約!」の一言で却下される。
「…ほら、ミサト先生財政難だから…」
シンジがアスカに耳打ちする。アスカ、もそれを聞いて渋々頷く。
オープンにはされてはいないが、修学旅行時のご乱行?に対して、ボーナスカット、
翌年度の昇給停止の懲戒処分が下ったことは、クラスどころか学年の全員が知っている。
そしてそれが公然の秘密であることも、クラスの全員が承知している。
知らないのはミサトだけ。
「…まあ、ミサトのアレは自業自得よね…。何年か前にも同じことやってるらしいわよ」
厳しい処分だったのは、これが再犯だったからということまで知っているアスカの
情報網、おそるべし。
「にゃ?それあたしが仕入れた情報にゃ。いかにも自分が仕入れた風の顔はすべきではないにゃ」
要するに、マリ経由の情報なわけで、それを聞いてシンジが思わず吹き出す。
「何?あんたたち、何か言った?」
先を進むミサトが振り返って3人に呼びかける。
「ん?なんでもないわミサト」「遅れてるにゃ、急ぐぞワンコ君」「う、うん」
坂道を走り出す3人。

481: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/22(水) 23:44:41.25 ID:???
>>480

「おおおお、こりゃ凄い…人が」
マリが目を白黒させている。それもそのはず、物凄い人混みだ。
「なんだか、シンジと出逢った日のことを思い出しちゃうわ…」
入場列に揉まれながら、アスカが苦笑する。
「そうそう、これくらい混雑している電車の中でね…」「いや、さすがにあそこまでは混んではいないわよ」
シンジとアスカが混雑する中でも楽しく思い出話をしている。
ミサトは隣でその話を聞きながらニヤニヤしている。
半ば押しくらまんじゅう状態になりながらも、ようやく公園内に入る4人。
一面、桜の木だ。
「タカトオコヒガンザクラって言うんだって。明治になって、荒れたままの城跡をなんとかしようと、
旧藩士の人達が桜を植えたのが始まりらしいよ」
例によってきっちり予習をしてきたシンジ。その話を聞いてアスカ、マリはおろか、ミサトまで
感心したように頷いている。
「さっすがはシンちゃんね。あなたみたいな人がいると助かるわぁ」
ミサトが食べ物屋台をチラチラと気にしながらシンジの背中をぱぁん、と叩く。
上を見上げると、一面のピンクの隙間から、美しい青が垣間見える。
「やっぱり桜には青空が一番似合うわね」
アスカが興奮した面持ちでシンジに話しかける。シンジも頷きながら、写真撮影に夢中だ。
「姫、姫、あそこ!」
マリがアスカの袖を引っ張り、指を差す。差した指の先には、橋がかかっている。
「行ってみるにゃ、行ってみるにゃ」
マリがぴょんぴょん飛び跳ねながら、ミサトとアスカを引っ張っていく。シンジも連れられてついていく。
そこには二の丸と本丸を繋ぐ桜雲橋と名付けられた瀟洒な橋が架かっていて、
絶好の撮影ポイントとなっているようで、たくさんの人が記念撮影を楽しんでいる。

482: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/22(水) 23:45:16.82 ID:???
>>481
「あたしたちもここで写真撮るにゃ」
マリが自撮り棒を取り出す。
「ちょ、あんたそんなものどこに入れてきたの?」
「ふふふ、ドラえもんの四次元ポケットを持参してきたにゃ」
そんな軽口を叩きながら、人並みが少なくなった隙をついて、えいやっ、
と4人並んだ写真を収めるマリ。
「なんだか、ミサト先生が2人いるみたいだ」
シンジがそう呟くと、アスカがぷっ、と笑う。
「あら、こんな美しくて若いお姉様が2人もいるなんて、あんたたち幸せじゃない?」
ミサトがシンジの呟きを聞きつけて、冗談ぽく言う。
「しかし、肝心の妹は姉2人に似ず、出るとこが出てないにゃ」
マリの一言にアスカが無言で反応。黙って自撮り棒を奪い取ると、マリの脳天に振り下ろす。
ゴスッ
幽体離脱しかかるマリ。橋から落ちそうになり、慌てて支えるシンジ。
「ちょっとアスカ、あなたそれはやりすぎなんじゃないの?」
さすがにミサトがアスカをたしなめるように諭すが、アスカはぷい、と顔を横に向けたままだ。
「大丈夫よ、アスカもすぐにおっきくなるわよ。こんな素敵な旦那様に夜な夜な…」
「だぁっ!ミサトまで何言うの!」
アスカが顔を真っ赤にして怒る。それを見てシンジも顔を赤くする。
それを見てマリとミサトが笑う。
日差しが桜の間から差し込み、ほどよく暖かい。そんなちょっとした小旅行の土曜日。

483: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/22(水) 23:46:02.22 ID:???
>>482
園内をとりあえず一回りした一行。そろそろお昼時だ。
「あんたたち、何か食べたいものある?」
そうやって声を掛けてきたミサトに対して、シンジが答える。
「僕、お弁当作ってきたんですけど、ミサト先生も一緒にどうですか?」
その言葉に目を輝かせるミサト。
「シンちゃ~ん、あんたって子はどこまでデキがいいのかしらん」
適当なスペースを見つけてレジャーシートを広げるシンジとアスカ。
マリはいそいそと手提げカバンの中からお弁当を取り出す。朝早くからシンジが心を込めて
作った4人分の弁当だ。
「料理の出来るオトコはモテるわよ-、ってもうシンちゃんには関係ないか」
なぜか顔を赤くするアスカと、ニコニコしながら早速シンジの作ってきたおかずを頬張るミサト。
「うん…この卵焼きはなかなか…このミートボール…出来合いじゃなくてちゃんと作ってるわ…」
違いの分かる女、ミサト。
「ポテトサラダもしっとりしていて美味しいし、ウインナーはタコさんだし、言うことないわ…」
普段の食事の殆どがコンビニ弁当のミサトは、感激の面持ちだ。
「おにぎりも、おかか、鮭、タラコに梅干しに高菜まで…芸が細かいわ…」
早くも3つめのおにぎりを手に取りながら、心底感動した口調だ。
「あたしなんて料理超苦手だからね…、手料理なんて久しぶりだわよ~」
そんなミサトを見ながら、こちらも4つめのおにぎりの最後の一口を口の中に放り込みつつ
アスカは笑う。
「そうよね、ミサトってば、レトルトのカレーですらまともに作れないもんね…」「何よ失礼な」
和気藹々のピクニック。みるみるうちになくなっていくシンジ渾身の力作達。シンジも満足そうだ。
「良かった~。みんなの口に合うかどうか、ちょっと心配だったんだけど、売れ行きがよくてホッとしたよ」
「いやいやいや、なかなかどうして、ワンコ君は料理にも才能があったにゃ、店出せるぜこれは」
実は時々シンジに自分の分の弁当を作ってもらっているマリではあるが、場所も違うせいか、
いつもよりも数倍美味しく感じるこのお弁当に、賛辞を惜しまない。

484: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/22(水) 23:46:41.80 ID:???
>>483
「…そんなことないよ、ただみんなに美味しく食べてもらいたくて、ちょっと頑張っただけだよ」
照れるシンジ。そんなシンジを愛おしそうに見つめるアスカ。
「はいはい、ごちそうさま」
ミサトがそんな2人を見て、話を終わらせるべく立ち上がる。
「さあ、遅くなる前に帰りましょ。中央道の渋滞は、ハマると悲惨よ~」
「えー、もう帰るの?つまんない」「もうちょっと散歩したいにゃ」
ミサトの発言に異議を唱える女子2人。だが、運転手兼保護者の意見は絶対だ。
「まあこの混雑だし、ここから出るのにも時間はかかるだろうから、
今から動き出すくらいがちょうどいいのよ」
保護者の決定事項通知に、渋々立ち上がる3人。頭上からひらひらと散る花びらを眺めながら、
ゆっくりと片付けをする。
「ん?ワンコ君は何をしているにゃ?」
ゆっくりと舞い降りる花びらを、何枚か集めているシンジに気づき、訊ねるマリ。
「え?ああ、持って帰って、ちょっと加工してしおりにしようかな…って」
シンジの答えに反応する女子2人。
「…ロマンチックにゃ、それあたしも乗った!」「あたしも何枚かお土産代わりに持って帰ろっと」
「ちょっとあんたたち、咲いている花を摘んじゃダメよ、」
ミサトの声に反応しながらも、一心不乱に花びらを集めようとする3人。
そんなこんなで時間は過ぎていく。

487: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/23(木) 23:25:35.70 ID:???
>>484
「いけない、もう15時だわ、急がなきゃ!帰るわよあんたたち!」
ミサトの声に慌てて荷物を抱えて動き出す3人。人混みをかき分け、出口へと進む。
「綺麗だけど…人が多すぎるのが玉に瑕ね」
ミサトの言葉に、苦笑するシンジと頷くアスカ。マリは振り返って最後に写真を撮っている。
「それでも、凄く綺麗で来て良かったです」
シンジの言葉にミサトも嬉しそうだ。
「そうね、急に話を持ちかけられた時はどうしようかと思ったけど、来てみて良かったわ」
交通費とガソリン代を持つから、というシンジとアスカの申し出を
「大人に恥をかかせるんじゃないわよ」
という一言の元に却下したミサトの姿を思い出し、感謝の気持ちでいっぱいになるシンジとアスカ。
「ねぇ、ミサト、せめて晩ご飯くらいは奢らせてよ」
駐車場に向かう下り坂を歩きながら、アスカがミサトに頼み込む。
「ダメよ。そんなことに無駄にお金を使っちゃダメよ。
そもそもあんたたち、そんなにお金持ってないでしょ?」
当然のことながら、財源確保の理由を明かしていない生徒3人、ミサトの言葉には黙るしかない。

488: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/23(木) 23:26:05.80 ID:???
>>487
「大丈夫よ、確かに財政難ではあるけれど、可愛い教え子達に奢ってもらうほど困ってはいないから」
冗談ぽく言うミサトの言葉を聞きつつ、それでも普段飲むビールがヱビスから発泡酒に変わっている
ことを知っている教え子達は、複雑な気持ちだ。
「まあまあ、そんな顔しないで。むしろラーメンくらいなら、ご馳走するわよん」
努めて明るく振る舞うミサト。教え子達に向き直った拍子に、感嘆した様子で呟く。
「ほらあんたたち、多分これで今年の桜は見納めよ。よーく見ておきなさい」
振り返ると、桜色に染まる小高く小さな山。キラキラと花びらが舞っているのが遠目からでも分かる。
「この光景は、写真じゃなく、自分の目に焼き付けるべきね…」
ミサトがそう呟く。そしてそのまましばらくの間、じっとその風景をそれこそ目だけではなく、
全身を空気に溶け込ませるかのようにして、慈しむように、触れ、嗅ぎ、味わう。
「うわ…なんだか全身の血が入れ替わったような気がするよ…」
シンジが呟く。なんだか生まれ変わったように清冽なものが全身を貫いている。そんな気がする。
う~ん、と全身伸びをして、ミサトが前を向く。
「さあ、帰りましょ。またいつか来る時まで、しばしのお別れよ。」

489: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/23(木) 23:26:51.09 ID:???
>>488
がしかし。往々にして旅にはちょっとしたトラブルが付きもの。
駐車場まで戻ってきた4人はすぐに違和感を覚える。
「あれ…ミサト先生、なんだか…クルマ、傾いていません?」
ミサトの顔色が変わる。
「あ、パンクしてる!」
アスカが左前のタイヤを指差す。確かに、空気が抜けているようで、ぺちゃんこだ。
「うわ…やっちまったかぁ…」
ミサトががっくりと膝をつく。そして天を仰ぐ。
「どうしましょ、予備タイヤは重いから下ろしちゃったのよね…」
「ミサト、それやっちゃいけないことにゃ。教習所で習わなかったのかにゃ?」
実は密かに免許取得を考えているマリ、適切かつ強烈な突っ込みを視線と共にミサトに突き刺す。
「うっ…だって燃費が悪くなるから…」
口ごもるミサト。
「で、どうするの?このままじゃ帰れないわよ…」
不安げなアスカ。
「ま、まあ大丈夫よ。JAF呼ぶから」
明らかに虚勢を張るミサト。そう言いながらも冷や汗が止まらない様子。
電話をする手が心なしか震えている。
顔を見合わせる3人の教え子達。
「(大丈夫…じゃなさそうだよ)」「(パンク修理っていくらかかるにゃ?)」「(わかんない)」
不安の渦の中で、日がゆっくりと傾いていく…。

490: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/23(木) 23:27:49.39 ID:???
>>489
「はぁ…」ガックリ
「だ、大丈夫よミサト。ほら、一応これで帰れるじゃない」
「…まあね…でも…はぁ…」ションボリ
どうにかこうにか近所の修理工場まで運んでもらったはいいが、
そこで待っていたのはパンク修理ではなく、タイヤの交換という現実。
サイドのゴムが劣化しひび割れていたためで、バランスの関係上、左だけでなく右側まで交換する
羽目に陥ったミサトは、まさに顔面蒼白。震える手で財布を取り出すも福沢諭吉不在とあっては、
当然修理代は足りず、財政難が故に始めた現金決済主義が災いしてカードも持ち合わせておらず、
結果として、シンジアスカの遠足資金がここで投入されることになった次第。
「シンジ君、アスカ、本当にごめんなさい…大人として、教師として、あるまじきことだわ…」
本気で落ち込んでいるミサト。クルマに乗り込むも、しばらくの間ハンドルに突っ伏して茫然自失の体だ。
「いくらかかった…?15,000円くらい?必ず返すから、本当にごめんなさい…」
消え入りそうな声で、心底落ち込んでいる様子。助手席のマリが慰める言葉も見つからず、
困り果てている。
後部座席でアスカとシンジは目を見合わせる。
「(どうしよう…?)」「(どうしようもこうしようもないわね…)」
「あ、あの…お金だったら気にしないでください。そもそも誘ったのは僕たちだし…」
シンジの必死のフォローも、ミサトには届かない。
「(どうする…?)」「(まあ、しょうがないわね…それでミサトの気が楽になるなら)」
アイコンタクトでのやり取りのあと、シンジはミサトに打ち明ける。
「実は…かくかくしかじかで…だから僕たちにとっても臨時収入みたいなもので…」
「そうなのミサト、だから気にしないで。ほら、金は天下の回りもの、って言うじゃない」
突っ伏していた頭をふっと上げ、後ろを振り返るミサト。
「それ、本当なの?相田君が撮った写真が賞を取って、賞金を山分けしたって…」
「はい」「うん、本当よ」「…ごめん先生今まで黙ってて。本当にゃ」
ミサト、しばらく前方を見つめたまま、考え込む。沈黙が流れる。外は完全に闇に包まれ、
都会にはない静寂と漆黒が周辺を支配する。
不安そうな3人。

491: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/23(木) 23:28:26.75 ID:???
>>490
「あんたたち、」
ふいにミサトが口を開く。
「その話、他に知ってる人はいるの?」
「え…?ケンスケだけですけど…」「あたし以外の教師は誰も知らない?」「…多分」
「いい?聞かなかったことにしておくから、黙ってなさい。校則で生徒間での多額の金銭の授受は
禁止されているから、バレると問題になるわ。そもそも賞金付きの写真雑誌投稿自体、校則に
抵触する可能性があるし」
初耳な3人。だが驚きを隠して、黙って頷く。
「なるほどね…そういう理由だったのね…」
「あの…、だから本当に気にしないで」
シンジの言葉を遮るようにミサトが答える。
「それとこれとは別。ちゃんと返すから。…まあ時間はかかるかもしれないけど…」
最後の方は恥ずかしそうな、消え入りそうな声。
事情を知っている3人は、少しだけ緊張が緩んだこともあって、思わず笑みを浮かべる。
その瞬間、
グゥゥゥゥ~
どこからともなく響き渡る腹の虫。
「…//////」
発生源は…言わずもがな。
「だっ!だって!もう夜よ!お腹空くのは当たり前じゃない!」
顔を真っ赤にして半ばキレ気味に叫ぶように言うアスカ。
ぷっ…
ミサトが思わず吹き出す。それをきっかけに、マリが笑い出し、シンジも堪えきれずに笑い出す。
最後にはアスカまで防波堤が決壊したかのように笑い始める。
ほんの数十秒だったかもしれない。でも、その数十秒間が、何か暗い雰囲気を全て洗い流していく。

492: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/23(木) 23:29:20.14 ID:???
>>491
「はははは、確かにそうよね。よし、ここはあたしがおごって…ってもうお金なかったわ…」(´・ω・`)
また雰囲気が暗転しそうになるのを、アスカが押しとどめる。
「大丈夫、あとまだ5,000円くらい残ってるから、今度こそこれで晩ご飯食べましょ!」
「異議無しにゃ!」
マリが即座に同意する。ミサトも何か吹っ切れたように同意する。
「そうね…じゃあここは、アスカに甘えちゃおっかな~」
「任せて!何でもござれ…とはいかないけど、とにかくこれで美味しいもの食べましょ!」
「よし決まりね。じゃあ、遅くなっちゃったけど、帰るわよ!」
ミサトが元気を取り戻し、クルマを走らせ始める。アクシデントはあったものの、その様子に
教え子3人はほっとする。
「さて、何を食べようかしら…って、こういう場所だと選択の余地があまりないわね…」
「じゃあ、最初に見つけたお店に入る、ってことでいいんじゃない?」
「そうね、そうしますか。じゃあ、見つけたら教えて。そこに入るから。」
「了解!」
3人とも同時に答え、それに気づいて同時に笑い出す。和気藹々としたピクニックが戻ってくる。
「一時はどうなるかと思ったけど、楽しく終われそうで本当に良かったわ…」
ミサトの独り言が聞こえたのは、すぐ後ろに座っていたシンジだけ。
でもその言葉にシンジは深く頷く。
「来て良かったですよね、ミサト先生」「ん?そうね。来年はどこの桜を見に行こうかしらね」
来年の今頃は、卒業しています…、その言葉を飲み込んだシンジ。
そんなシンジをミサトは気づいていない。
この時間は永遠には続かない。でも、この時間は、4人の記憶には永遠に残り続ける。
残り続けて欲しい。シンジは、そう思う。

493: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/04/23(木) 23:29:56.24 ID:???
>>492
「結局ラーメンかぁ…」
「どーした姫、姫はラーメン嫌いかにゃ?」「ううん、全然。ラーメン大好きよ」
「じゃあそんなこと言うにゃよ」「へへへ、まあそっか。そうよね」
インターチェンジ近くのラーメン屋。そこに滑り込んだ4人はテーブルを囲んでいる。
「おじさん!あたしチャーシュー麺大盛りと半チャーハン!餃子も付けて!」
「…僕は味噌ラーメンで」「あたしは、もやしラーメン」「あ、あたしは…サンマーメン大盛りにゃ!」
威勢の良さそうなオヤジが「あいよ!」と返事をすると、テキパキと厨房の奥で動きだす。
「この時間にしては、混んでるわね…」
ミサトが店内を見回して呟く。確かに、カウンターはほぼ埋まっているし、テーブル席だって、
ミサト達が最後の一角を占拠した形だ。
「実は割と有名店なんじゃない?地元の間では知る人ぞ知る、的な」
アスカがおしほりで手を拭きながら目を輝かせて言う。
「うん、そうかもね。僕もお腹空いたなぁ…」
店内を見回しながら、シンジも同意する。
「あ、ほら、また人が入ってきたにゃ。商売繁盛してるにゃ」
若い女性が1人、空いているカウンターの隅の席に座る。出された水を受け取りながら、
慣れた口調で注文を入れる。騒がしい店の中なのに、シンジとアスカの耳には
その声が何故かはっきりと聞こえた。
「ニンニクラーメン、チャーシュー抜きで」
そのオーダーに、ん?と顔を見合わせるシンジとアスカ。
「なんか、どこかで聞いたことがある気がする」「ほんと」
「何?何また2人で愛を囁き合ってんの?」
ミサトが割り込んできて、その話題は立ち消えになる。ミサトの方を向き直る瞬間、
目が合った2人はふふっ、と微笑み合う。
「それよりも、門限に間に合うの?」「大丈夫、渋滞もこの時間になればだいぶ解消しているし、
お望みとあらば飛ばすから、任せてちょーだい」
「ダメよミサト、飛ばしてまたパンクでもしたら、今度こそ修理代払えないわよ」
「うっ…そうやって大人をいじめないの…(´・ω・`)」
楽しげな笑い声が店内に響く。晴れ渡る夜空のどこかで、それを見た誰かが微笑んでいる。
シンジには、そんな気がする。

548: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/06/05(金) 23:58:22.76 ID:???
梅雨も近づくある夜。マリがラウンジに顔を出してみると、アスカが独り、
頬杖を突きながらテレビを見ている。
手元には数世紀前の遺物のような雰囲気を放つ冷めたコーヒーが寂しそうに佇んでいる。
「にゃ、姫どうしたにゃ?」
アスカ、気怠そうに視線を上げ、「なんだ、コネメガネか」と呟くと、ふぅ、と溜め息をつき、
視線をテレビに戻す。
「なんだとは何にゃ。それに、テレビ見てるようで何も見ていないな、おぬし」
「ふん、余計なお世話よ。シンジなら今風呂入ってるわよ」
マリ、黙って食堂に入り、冷蔵庫からプリンを2つ、持ってくる。
トン、「ほれ、食べる?」
アスカ、僅かに頷くと視線を変えずにプリンを手に取り、蓋を剥がす。
「どーしたにゃ、何か悩みでもあるのかにゃ?お姉さんに、」「うるさい」
反応鋭い一言に、マリは少々戸惑いながらもアスカを黙って見つめる。
「うるさい、黙ってて」
「いや、喋ってないにゃ」
「…とにかく、うるさい」
「…まあ、お邪魔なら退散するけどさ、毒は溜め込まずにうまく吐き出さないとダメじゃよ」
無言のアスカに向かって手をひらひらと振ると、マリは自室に戻る。
アスカはただ黙ってテレビを見続ける。そして、シンジが現れる前に、部屋に戻る。

549: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/06/05(金) 23:59:22.31 ID:???
>>548
翌日。マリがラウンジに顔を出してみると、今日はシンジが独りで本を読んでいる。
「あ、こんばんは真希波さん」
「お、ワンコ君、お疲れ~。何読んでるにゃ?…壬生義士伝?また渋いの読んでるにゃぁ」
手をひらひらと振りながらシンジと目を合わすマリ。その表情に何か影を感じ取ると、
そのままマリは食堂に向かい、冷蔵庫からプランを2つ取り出すと、シンジの元に戻ってくる。
「ほれ、食べるかにゃ?」
「あ、ありがとう」
シンジは読んでいた本に栞を挟み、傍らに置くとプリンの蓋を剥がす。
一口食べて、ふぅ、と溜め息をつく。
「どーしたワンコ君、姫と喧嘩でもしたのかにゃ?」
マリは昨日のアスカを思い出し、シンジに訊いてみる。
「アスカはお風呂に入ってるはずだよ…多分」
その自信なさげな言い方にマリは左の眉をぴくりと上げて、そのままシンジをじっと見つめる。
シンジはスプーンを持つ手を止め、マリの顔を数秒見返した後、寂しそうに微笑んでから、
意を決したようにマリに向き直って、言った。
「真希波さん、ちょっと相談があるんだ…こんなこと言ったら迷惑だろうけど…」
マリ、胸をどんと叩き、シンジに言う。
「なんの、ワンコ君の悩みならこのお姉さんがいくらでも聞いてあげるにゃ。どれ、話してみ」
シンジはほっとしたように微笑むと、マリにぽつりぽつりと話を始めた。
「…実は昨日、進路相談があって、ミサト先生と面談をしたんだ、」「ふむ」
「ここは一定の成績を収めれば付属の大学に素直に進学できるし、最初はそれでもいいかな、って
思ってたんだけど…」
「ははぁん、ワンコ君はやりたいことがあって、別の大学を受験したいということかにゃ?」
「うん、そうなんだ…。前々から宇宙に興味があったんだけど、ここに来てやっぱりそれがやりたいかな
…って思って、でもそうすると上には宇宙工学系のゼミとかないし…、」

550: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/06/06(土) 00:00:06.62 ID:???
>>549
「ふむ、で、結論から先に言えば、姫と離ればなれになる可能性に心を痛めておる?」
シンジはちょっと顔を赤らめてから、黙って頷いた。
「だろうね…ワンコ君の頭だと、相当イイところ狙えるだろうけど、
残念ながら姫にはそこまではちょっと難しい、そう思ってる?」
シンジ、同じように黙って頷く。
「…ちなみに、どこの大学に行きたいにゃ?」
「行きたいな、って思ったのは京大とか東大の航空宇宙工学系とかかな…?
やっぱり学費を考えると私立は難しいし…、」
「…分かっては居たけど、そうやって最高学府の頂点に君臨する大学の名前がさらっと出てくるのは
さすがワンコ君ってところかにゃ…」
「…なんか、ごめん」
「にゃにゃにゃ、気に病む必要はないにゃ。それで、ミサトは何て?」
「ミサト先生は、僕なら大丈夫、きっと出来る、って言ってくれて…」
「…まあ、ミサトならそう言うわな…きっとあたしが同じこと言っても…さすがに止められるかw」
クスリとも笑わないシンジを見て、マリは場を和まそうとする努力は無駄だと悟る。
「で、姫にはそれを…伝えられずに悩んでいる?」
「…うん、そうなんだ。もし僕が違う大学に行く、って行ってもきっとアスカは賛成してくれるとは思う。
そもそもこうやって僕が悩んでいることも、アスカは多分知ってるんだ。
知ってて、僕が何か言い出すのを待ってるんだ。それでいて、きっとアスカも不安なんだよ。
…でも僕はそれでいいのか?って考えたらなんだかよく分からなくなっちゃって…」
「ふむふむ。確かに京大なんて行こうものなら、間違いなく遠距離だもんなぁ」
うっ…、と言葉に詰まったシンジを見て、マリはなんだかバカらしい気持ちになる。
「何じゃ、そのうっ、ってのは?まさかあの姫が浮気するとでも思ったのかにゃ?」
「…いや、そんなことはないとは思うけど…でも僕はアスカの傍にいて、アスカを守っていきたい、
そう強く強く思ってるんだ…。離れてしまったら、それはそれで僕は自分を許せなくなりそうで…」
はぁ、と溜め息をつくマリ。

551: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/06/06(土) 00:01:20.48 ID:???
>>550
「た、溜め息なんてつかないでよ…!僕これでもかなり悩んでるんだから…」
最後の方は消え入りそうな声で抗議するシンジ。
マリは幾分呆れた様子で、少し強い口調で、教え諭すようにシンジに言う。
「あのさぁ、ワンコ君も姫も、いつまでも子供じゃないにゃりよ。例えばお互い仕事をするようになって、
ワンコ君なんて宇宙科学者なんてなっちまったら、今月はアメリカで学会、
来月は種子島でロケット打ち上げ、なんて感じになるんとちゃう?
結局そんなのは自分に対する言い訳にしかなってないにゃ」
「言い訳?」
「そうにゃ。出来なかった時の逃げ道、姫とうまくいかなくなって傷ついた時の言い訳にゃ」
う…、と考え込むシンジ。更に続けるマリ。
「そういうものをいくつも乗り越えていって、大人になるにゃ。
何も20歳になれば自動的に大人になるわけじゃないんじゃよ。
お互いやることやって処女と童貞から卒業すれば大人になるわけじゃないんじゃよ、」
最後の一行に顔を赤くするシンジ。
「…って、まだしてないのかよ…?」
これも呆れたように言うマリ。頷くシンジ。
「まあそのへんはタイミングもあるしね…あたしゃその辺とやかく言う資格もないけどさ、
とにかく、ある日を境にぱっと大人になるわけじゃないと思うにゃ。
ワンコ君と姫は、そうやってひとつひとつ、階段を上っていかなくちゃいけない、」
うん、と頷くシンジ。
「そしてさ、あたし思うにさ、一緒に階段を上っていってくれる人がいる、それってすっごく
幸せで幸運なことだと思うよ。だから、姫を信じて、ちゃんと話しておいでよ」

552: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/06/06(土) 00:01:58.70 ID:???
>>551
シンジの表情が少し明るくなる。
「ま、偉そうなこと言ったけど、あたしもたいして変わらないんだけどね…」
ふふ、と笑うマリ。そのマリを見て、今度こそにっこりと微笑むシンジ。
「うむ。いい笑顔にゃ。…惚れた男に恋の相談を持ちかけられるなんて、乙女としては辛いところ
でもあるけど、…けど、…でもワンコ君のためになれたのなら良かったにゃ」
気持ちを切り替えるかのように、うーん、と伸びをしてから、
マリはシンジの頭を撫でる。ゆっくりと、愛おしそうに、撫でる。
「だから、姫を泣かすなよ、」
おでこが接触するくらいの距離まで顔を近づけ、シンジに念を押すマリ。
黙って頷くシンジ。でもその表情は決意に満ちている。
「うん、いい顔してるにゃ。…時に、ひとつ頼みがあるんだが…、聞いてくれるかにゃ?」
超接近遭遇な体勢のままで、マリはシンジの答えを待つ。シンジ、これも黙って頷く。
「良かった、」
そう言うなり、マリはシンジの両肩に腕を回し、抱きしめる。そして次の瞬間、
「!」
0.1秒にも満たなかった時間かもしれない。それでもシンジにとって、一生忘れることが出来ない、
長い長い時間が、彼の人生の中に刻み込まれた。
「ありがとう、ワンコ君。これは相談料にゃ。そして、」
シンジからすっと離れていくマリ。背を向けて、部屋に戻っていく。
「これであたしもワンコ君から卒業にゃ。思い残すことはたくさんあるけれど、ひとまず一区切りにゃ」
シンジを背にして歩み去って行くマリ。一粒の涙を見られずにその場を去ることが、
彼女の精一杯のプライド。
少しの間、呆然とするシンジ。傍らに置かれた本は、その日は再び開かれることはなかった。

553: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/06/06(土) 00:02:34.91 ID:???
>>552
更に翌日の夜。
マリがラウンジに降りていく。どうか居ますように、2人一緒にいますように、
そう願いつつドアをそっと開ける。
背中が見える。シンジの背中だ。その隣には…誰も居ない。
はぁ…と溜め息をつくマリ。その瞬間、
「何やってんのあんた、覗き見?趣味悪すぎよ!」ドン
後ろから来たアスカに背中を押されて、ラウンジの入口でヘッドスライディングよろしく
飛び込むようにすっ転ぶマリ。
「痛ったぁぁぁぁ、いきなりド突くにゃよ…」
起き上がってアスカを見上げる。
「ふん、何よ、またあたしたちの邪魔しに来たわけ?」
マリ、黙ってじっとアスカの顔を見る。穴が空きそうな勢いで、見る。
「な、何よ、何か付いてる?」
ちょっと顔を赤らめて戸惑うアスカ。
マリ、メガネのポジションを直しながら、シンジを見つめ、アスカを見、またシンジを見つめる。
シンジが何か言いたそうにするが、それを手で押しとどめて、マリはアスカに言う。
「どうやら解決したみたいね、良かったわ」
シンジの方を向くアスカ。シンジの表情を見、次の瞬間シンジの頭を引っぱたくと、マリに向き直る。
「そっか…そういうことか。この優柔不断な木偶の坊が、あんなにカッコ良く言えるわけないもんね…」
「ふーん、で、その内容をあたしに喋りたくてしょうがない、という顔をしてるにゃ。
そんなノロケはまっぴらごめんにゃ」
アスカ、ほっぺたを膨らます。シンジがアスカの背後から、アスカに見えないように、片手を上げて、
ごめん、というジェスチャーをしている。

554: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/06/06(土) 00:03:30.39 ID:???
>>553
「ま、いっか。別にそれであたしがあたしでなくなるわけでもないし」
2人に聞こえないように呟くと、マリはまた食堂に行き、冷蔵庫からエクレアを3つ、出してくる。
「ほれ、おやつ食べるかにゃ?」
答えを聞く前に口の中にエクレアを放り込んでいるアスカを見て、ずっこけるマリ。
「あのさぁ、せめて一言お礼くらい言おうよ…」
ごくん、と飲み込んだ後、アスカがぶっきらぼうに「ありがと」と言う。
そして、何かぎこちない間があった後、もう少し真剣な表情で、マリの目を見て言う。
「コネメガネ、ありがとう」
大丈夫、マリにはちゃんと伝わっている。
マリは微笑むと、シンジの斜め横に座り、シンジが傍らに置いておいた本を手に取る。
壬生義士伝の下巻。
「これ、面白いかにゃ?」
「面白い、っていうよりは、すっごく泣けるよ。僕、本を読んでこんなに泣いたのは初めてだったよ」
「へぇー、ワンコ君がそこまで言うとは、相当の名作の予感がするにゃ。」
「もし良かったら、読む?もうすぐ下巻も終わるから、そうしたら貸してあげるよ」
「おー、そうして欲しいにゃ。退屈な講義の時にでも暇つぶしに読むにゃ」
「ちょっと…あんた授業はちゃんと受けなさいよ…」
本当は、ちょっと泣きたい気分だったから、なんて言えないマリと、それに気づかないアスカ。
シンジとアスカの間にどのような会話があったのか、この日のマリはまだ知らない。
後日、から顛末を聞くことにはなるのだが、それはまた別の機会に。


※続きます




【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No.6






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