<管理人注>
このssは貞本エヴァからの最終話分岐LASです。
元スレでは、同じ作者のSSがバラバラになっていたので再構成しています。
【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No.1
【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No.2
【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No.3
【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No.4
【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No.5
の続編です。
137: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/14(月) 23:43:33.64 ID:???
青空の中でも梅雨入りも間近だと感じさせる湿った空気感、こういうのも悪くはない。
オープンテラスのカフェでコーヒーを啜りながら、ぼんやりと街並みを眺めてもう2時間になるだろうか。
新聞は一通り読んでしまった。本など読む気分ではない。
それよりも、目の前を流れていく人の波を見ている方が、よほど興味深い。
例えば、目の前の通りを先ほどから行ったり来たりしている高校生がいる。
金髪碧眼、白い肌が午後の陽光に反射してキラキラと輝いている。
うむ、私にもこんな詩的なセンスがあったとは思わなかった。
しばらく、その女子高生を眺める。彼女は明らかに私の向かい側、そこにある楽器店を気にしている。
…、これで2往復目だ。往復するたびにだんだんと店への距離が近づいていく。
おそらく次は中を覗き込むだろう。…む、正解。
口元が思わず緩む。慌てて口元を締め直す。誰にも見られているわけはないが、
長年のクセか、どうしてもそうしてしまう。
静かに、音も立てぬように、コーヒーを飲み干すと、私は席を立つ。
通りを渡り、陽を背にして歩き出す。数歩進むと先ほどの女子高生とすれ違う。
すれ違いざまに一瞬だけ振り返ると、意を決したように店の中に消えていく彼女がそこにいた。
何故か少し、気になる。どうしてだろうか。
オープンテラスのカフェでコーヒーを啜りながら、ぼんやりと街並みを眺めてもう2時間になるだろうか。
新聞は一通り読んでしまった。本など読む気分ではない。
それよりも、目の前を流れていく人の波を見ている方が、よほど興味深い。
例えば、目の前の通りを先ほどから行ったり来たりしている高校生がいる。
金髪碧眼、白い肌が午後の陽光に反射してキラキラと輝いている。
うむ、私にもこんな詩的なセンスがあったとは思わなかった。
しばらく、その女子高生を眺める。彼女は明らかに私の向かい側、そこにある楽器店を気にしている。
…、これで2往復目だ。往復するたびにだんだんと店への距離が近づいていく。
おそらく次は中を覗き込むだろう。…む、正解。
口元が思わず緩む。慌てて口元を締め直す。誰にも見られているわけはないが、
長年のクセか、どうしてもそうしてしまう。
静かに、音も立てぬように、コーヒーを飲み干すと、私は席を立つ。
通りを渡り、陽を背にして歩き出す。数歩進むと先ほどの女子高生とすれ違う。
すれ違いざまに一瞬だけ振り返ると、意を決したように店の中に消えていく彼女がそこにいた。
何故か少し、気になる。どうしてだろうか。
138: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/14(月) 23:44:20.85 ID:???
>>137
シンジの誕生日を前にして、あたしは悩んでいる。とても悩んでいる。
シンジは確か前、「D-28」とかいうギターが気になっている、と言っていた。でも高くて、と。
シンジへの誕生日プレゼントを何にしようか悩んでいるあたしは、
…まあ、手が届かないとは分かってはいても、あのシンジが欲しそうにしていたモノを
実際にこの目で見たくて…何言い訳してるのかしら、
単純にシンジが欲しいと言っていたものを見てみたいだけ。
そして何か奇跡が起きて、それをシンジにプレゼント出来たなら、なんて軽―く妄想もしてしまう。
が、しかし。いざ、楽器店の前まで来てみると、これがなんと敷居の高いことか。
ドアの向こうには別世界が広がっているかのようで、素人にはお勧めできない、
一見さんお断り、中に一度入ろうモノなら何をされるのか分からない、
そんな雰囲気がビシバシ漂っている。
一度目は、直視すら出来なかった。30mばかり先のコンビニまで行って、
さも忘れ物でもしたような振りをして折り返し、それでもやはり薄暗い店内に
足を踏み入れる勇気は出なかった。
二度目はガラスの向こうにずらりと並べられているギターの数々を視認することは出来た。
でもほんの数度進行方向を変えればいいだけなのに、それが出来ない。
今度はコンビニの手前まで行き、なんだかバカらしくなってそのまま回れ右をし、
息を止めて店内に突入!しようとしたら、数m先にいた人が店に入っていき、
タイミングを逸してしまう。
ダメよアスカ、逃げちゃダメよ、こんなのたいしたことないじゃないの、そう自分に言い聞かせて3度目。
なんで3往復もしなきゃいけないのかしら、誰かに気づかれてないか、ちょっと気になってしまう。
ま、そんなヒマな人はいないだろうけど。
今度はもう少し落ち着いて、店内を外から眺めることは出来た。
が、まだほんのちょっとの勇気が出ない。やはり素直にシンジを連れてこようか…
そんなことを考えながら行き過ぎてしまう。ダメよ、逃げちゃダメ。
そう思い直して、みたびUターン。その瞬間にどこかのおっさんとぶつかりそうになるが、
それにめげずに今度こそはと店内に足を踏み入れる。
シンジの誕生日を前にして、あたしは悩んでいる。とても悩んでいる。
シンジは確か前、「D-28」とかいうギターが気になっている、と言っていた。でも高くて、と。
シンジへの誕生日プレゼントを何にしようか悩んでいるあたしは、
…まあ、手が届かないとは分かってはいても、あのシンジが欲しそうにしていたモノを
実際にこの目で見たくて…何言い訳してるのかしら、
単純にシンジが欲しいと言っていたものを見てみたいだけ。
そして何か奇跡が起きて、それをシンジにプレゼント出来たなら、なんて軽―く妄想もしてしまう。
が、しかし。いざ、楽器店の前まで来てみると、これがなんと敷居の高いことか。
ドアの向こうには別世界が広がっているかのようで、素人にはお勧めできない、
一見さんお断り、中に一度入ろうモノなら何をされるのか分からない、
そんな雰囲気がビシバシ漂っている。
一度目は、直視すら出来なかった。30mばかり先のコンビニまで行って、
さも忘れ物でもしたような振りをして折り返し、それでもやはり薄暗い店内に
足を踏み入れる勇気は出なかった。
二度目はガラスの向こうにずらりと並べられているギターの数々を視認することは出来た。
でもほんの数度進行方向を変えればいいだけなのに、それが出来ない。
今度はコンビニの手前まで行き、なんだかバカらしくなってそのまま回れ右をし、
息を止めて店内に突入!しようとしたら、数m先にいた人が店に入っていき、
タイミングを逸してしまう。
ダメよアスカ、逃げちゃダメよ、こんなのたいしたことないじゃないの、そう自分に言い聞かせて3度目。
なんで3往復もしなきゃいけないのかしら、誰かに気づかれてないか、ちょっと気になってしまう。
ま、そんなヒマな人はいないだろうけど。
今度はもう少し落ち着いて、店内を外から眺めることは出来た。
が、まだほんのちょっとの勇気が出ない。やはり素直にシンジを連れてこようか…
そんなことを考えながら行き過ぎてしまう。ダメよ、逃げちゃダメ。
そう思い直して、みたびUターン。その瞬間にどこかのおっさんとぶつかりそうになるが、
それにめげずに今度こそはと店内に足を踏み入れる。
139: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/14(月) 23:46:16.36 ID:???
>>138
空調の効いた店内。至る所に加湿器が置いてあって、何か楽器店という感じがする。
いや、あたしもよくわかんないけど。
そして、同じようなギターがいっぱい。みんな同じように見えるのに、
値段が全然違うのはなんでだろう?同じようにしか見えないのに、
こっちが19,800円でこっちが158,000円とか、マジで0が一個違う、ワケ分かんない。
すぐ近くでギターの爆音が鳴り響いている。なんかやせ細ったバカそうな学生が、
あたしをチラッと見るなり、ドヤ顔で何か弾き始める。何あれ、カッコイイとか思ってんのかしら?
それだったら、あたしのシンジの方が、よっぽど上手いわよ。そう思いながら、
更に店内の奥へ進んでいく。
どこに何があるのかさっぱり分からないから、半ば迷子なんだけど、いかにも迷ってるなんて風情、
プライドにかけても見せたくはない。
いい、リーダーたる者は、間違うことはあっても、迷うことはないの。
どこかの誰かがそう言ってた。うん、イイ言葉だわ。どこかの優柔不断君に聞かせてあげたい。
そんなことを思いながら、狭い店内を進むと、ガラスのショーウインドウに入れられた、
いかにも!って感じのギターが数本現れる。ふむ…G…ギブソン?かしら、これも高いわね…
なんて思いながら、隣のギターに目を移す。
あたしの動きが止まる。
空調の効いた店内。至る所に加湿器が置いてあって、何か楽器店という感じがする。
いや、あたしもよくわかんないけど。
そして、同じようなギターがいっぱい。みんな同じように見えるのに、
値段が全然違うのはなんでだろう?同じようにしか見えないのに、
こっちが19,800円でこっちが158,000円とか、マジで0が一個違う、ワケ分かんない。
すぐ近くでギターの爆音が鳴り響いている。なんかやせ細ったバカそうな学生が、
あたしをチラッと見るなり、ドヤ顔で何か弾き始める。何あれ、カッコイイとか思ってんのかしら?
それだったら、あたしのシンジの方が、よっぽど上手いわよ。そう思いながら、
更に店内の奥へ進んでいく。
どこに何があるのかさっぱり分からないから、半ば迷子なんだけど、いかにも迷ってるなんて風情、
プライドにかけても見せたくはない。
いい、リーダーたる者は、間違うことはあっても、迷うことはないの。
どこかの誰かがそう言ってた。うん、イイ言葉だわ。どこかの優柔不断君に聞かせてあげたい。
そんなことを思いながら、狭い店内を進むと、ガラスのショーウインドウに入れられた、
いかにも!って感じのギターが数本現れる。ふむ…G…ギブソン?かしら、これも高いわね…
なんて思いながら、隣のギターに目を移す。
あたしの動きが止まる。
140: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/14(月) 23:47:07.22 ID:???
>>139
あった、Martin、D-28。周りのギターよりもちょっと大きめ。
一見すると、普通の、何の変哲も無いギター。でも値札は324,000円!
それでもSALE!なんて札が付いている。うわぁ…ゼロの数を数え、コンマの位置を確認し、
それが3万2千4百円ではなく、32万4千円であることを確認する。
思わず溜め息が出る。ちなみに、更にその隣に置いてあるギターは、
美術品みたいにガラスケースに入って展示されていた。D-45と書いてあって、値段は…
1,450,000円だった。もう溜め息も出ない。ただ、唖然とするのみ。
「音だしなど、お気軽にお声かけくださーい」後ろから声がする。ちらっと振り返ると、
さも「おまえみたいな冷やかしはさっさと失せろ」みたいな顔をしたオタクっぽい
小太りのキモいオヤジがこちらを見ている、というか睨んでいる。
あたしは、オヤジに気づかない振りをして、あたりをゆっくりと見回し
(そりゃ冷やかしなんてバレバレなんだろうけど)、ゆっくりと後退を始める。
奇跡は起こるわけもないから奇跡なのだ、そんなことを思いながら、
ギターピックをチラ見し、そのまま撤退。外に出た瞬間に、イヤな汗がどっと出る。
この疲労感、マリのプリンを3つか4つパクってやらないと取れそうもない。
あった、Martin、D-28。周りのギターよりもちょっと大きめ。
一見すると、普通の、何の変哲も無いギター。でも値札は324,000円!
それでもSALE!なんて札が付いている。うわぁ…ゼロの数を数え、コンマの位置を確認し、
それが3万2千4百円ではなく、32万4千円であることを確認する。
思わず溜め息が出る。ちなみに、更にその隣に置いてあるギターは、
美術品みたいにガラスケースに入って展示されていた。D-45と書いてあって、値段は…
1,450,000円だった。もう溜め息も出ない。ただ、唖然とするのみ。
「音だしなど、お気軽にお声かけくださーい」後ろから声がする。ちらっと振り返ると、
さも「おまえみたいな冷やかしはさっさと失せろ」みたいな顔をしたオタクっぽい
小太りのキモいオヤジがこちらを見ている、というか睨んでいる。
あたしは、オヤジに気づかない振りをして、あたりをゆっくりと見回し
(そりゃ冷やかしなんてバレバレなんだろうけど)、ゆっくりと後退を始める。
奇跡は起こるわけもないから奇跡なのだ、そんなことを思いながら、
ギターピックをチラ見し、そのまま撤退。外に出た瞬間に、イヤな汗がどっと出る。
この疲労感、マリのプリンを3つか4つパクってやらないと取れそうもない。
141: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/14(月) 23:47:59.70 ID:???
>>140
「なんですか、ミサト先生、」
僕は突然の呼び出しにいささか戸惑いつつも、放課後のミサト先生を訪ねる。
「ごめんねシンジ君、急に呼び出しちゃって」
ミサト先生は机から立ち上がると、僕を相談室に連れて行く。なんだろう、
全く心当たりがない僕は、急に心臓がドキドキしてくる。
パタン、ドアが閉まる。西日が窓から差し込んできて、少し眩しい。
そしてミサト先生はそんな眩しい西からの陽光を背にして僕の前に立つ。
「最近どう?」
何がどう?なんだろう?僕にはよく分からない。
ミサト先生は、持ってきた小さいペットボトルのお茶を僕に渡し、もう1本のキャップを開けて、
スローモーションのようにゆっくりと一口、ごくりと飲む。まるで何かの緊張を解きほぐすかのように。
「いや、あのね、最近アスカが猛烈に頑張りだしてるの、知ってるわよね?」
それは知っている。成績が急上昇しつつある、というのも知っている。
真希波さんから「どこぞのビリギャルにゃ」と言われて、彼女のカチューシャを
1本粉々にした…のはミサト先生は知らないだろうけど。
「それもこれも、シンジ君のおかげよ。ありがとうね。」
なんだろう、こんなことで呼び出すわけはない。
ここまでが導入部だとすると、その後に待ち構えているものは…やはりヘヴィな内容なのかもしれない。
僕は思わず肩に力が入る。身構える。ミサト先生からの先制攻撃に耐えられるように。
「いや、そんな固くならないでいいわよ、」
ミサト先生は僕の様子に気づき、笑って手を振る。でも僕には分かる。目は笑っていない。
「なんですか、ミサト先生、」
僕は突然の呼び出しにいささか戸惑いつつも、放課後のミサト先生を訪ねる。
「ごめんねシンジ君、急に呼び出しちゃって」
ミサト先生は机から立ち上がると、僕を相談室に連れて行く。なんだろう、
全く心当たりがない僕は、急に心臓がドキドキしてくる。
パタン、ドアが閉まる。西日が窓から差し込んできて、少し眩しい。
そしてミサト先生はそんな眩しい西からの陽光を背にして僕の前に立つ。
「最近どう?」
何がどう?なんだろう?僕にはよく分からない。
ミサト先生は、持ってきた小さいペットボトルのお茶を僕に渡し、もう1本のキャップを開けて、
スローモーションのようにゆっくりと一口、ごくりと飲む。まるで何かの緊張を解きほぐすかのように。
「いや、あのね、最近アスカが猛烈に頑張りだしてるの、知ってるわよね?」
それは知っている。成績が急上昇しつつある、というのも知っている。
真希波さんから「どこぞのビリギャルにゃ」と言われて、彼女のカチューシャを
1本粉々にした…のはミサト先生は知らないだろうけど。
「それもこれも、シンジ君のおかげよ。ありがとうね。」
なんだろう、こんなことで呼び出すわけはない。
ここまでが導入部だとすると、その後に待ち構えているものは…やはりヘヴィな内容なのかもしれない。
僕は思わず肩に力が入る。身構える。ミサト先生からの先制攻撃に耐えられるように。
「いや、そんな固くならないでいいわよ、」
ミサト先生は僕の様子に気づき、笑って手を振る。でも僕には分かる。目は笑っていない。
142: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/14(月) 23:48:33.89 ID:???
>>141
「…シンジ君、」
来た。
「最近、実家…っていうのかな、伯母さんのところには帰ってる?」
「え…?伯母さんのところ…ですか?」
ミサト先生がゆっくりと頷く。全く予想外の展開で、僕の頭は少し混乱する。
少しの間、相談室を沈黙が支配する。
僅かに、カタカタと風がアルミサッシを揺さぶるような音が聞こえる。
「ほら、お正月もお盆も殆どここにいるじゃない、あちらが少し心配しているらしいのよ、」
僕の頭は混乱したままだ。いやむしろ更に加速度的に混乱の度合いは
より深く濃くなっているかもしれない。
「たまには、帰ってあげなさい。今度の土日あたりにでもどう?
もし良かったらあたしから知らせておくから」
僕はただ黙って、ミサト先生の目を見つめる。
一瞬怯んだような色合いを見せたその目の背後で、カーテンが閉じていくのを僕は感じる。
混乱していた頭が、急速に落ち着きを取り戻し、脳内を巡る血液が、瞬間冷却されていく。
もう既に出来上がっている話に乗せられるというのは気持ちの良いものではないけれど、
でも僕に逃げ道がないのなら、仕方が無い。
「…分かりました」
僕はそれだけ言うと、黙って立ち上がる。もうこれ以上話はないはずだ。
ミサト先生も引き止めない。
「失礼します」
扉を閉めた向こう側で、ミサト先生がソファに寄りかかるような、ドサッという音が聞こえる。
「ま、命まで取られるわけじゃないしね…」
僕はそう呟くと、玄関を出て、寮に向かって歩き出す。
「アスカに、何て言おうかな…」
そんなことをぼんやりと考えながら、僕は自分の部屋に戻る。
「…シンジ君、」
来た。
「最近、実家…っていうのかな、伯母さんのところには帰ってる?」
「え…?伯母さんのところ…ですか?」
ミサト先生がゆっくりと頷く。全く予想外の展開で、僕の頭は少し混乱する。
少しの間、相談室を沈黙が支配する。
僅かに、カタカタと風がアルミサッシを揺さぶるような音が聞こえる。
「ほら、お正月もお盆も殆どここにいるじゃない、あちらが少し心配しているらしいのよ、」
僕の頭は混乱したままだ。いやむしろ更に加速度的に混乱の度合いは
より深く濃くなっているかもしれない。
「たまには、帰ってあげなさい。今度の土日あたりにでもどう?
もし良かったらあたしから知らせておくから」
僕はただ黙って、ミサト先生の目を見つめる。
一瞬怯んだような色合いを見せたその目の背後で、カーテンが閉じていくのを僕は感じる。
混乱していた頭が、急速に落ち着きを取り戻し、脳内を巡る血液が、瞬間冷却されていく。
もう既に出来上がっている話に乗せられるというのは気持ちの良いものではないけれど、
でも僕に逃げ道がないのなら、仕方が無い。
「…分かりました」
僕はそれだけ言うと、黙って立ち上がる。もうこれ以上話はないはずだ。
ミサト先生も引き止めない。
「失礼します」
扉を閉めた向こう側で、ミサト先生がソファに寄りかかるような、ドサッという音が聞こえる。
「ま、命まで取られるわけじゃないしね…」
僕はそう呟くと、玄関を出て、寮に向かって歩き出す。
「アスカに、何て言おうかな…」
そんなことをぼんやりと考えながら、僕は自分の部屋に戻る。
145: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/15(火) 23:25:30.88 ID:???
>>143
翌日も、その女子高生は現れた。現れた、という表現は正しくないかもしれない。
もう少し正確に言えば、私の目の前を通り過ぎた。ただそれだけだ。
私はこの一週間ずっとそうしてきたように、ただ街並みを眺めながら、椅子に深く腰掛け、
安くはないコーヒーを味わっている。仕事はない。やることはもう何もない。
ただ、何かを待ち続けている感覚が、胸の奥底に沸き上がってきていて、
今までの私にはそんなこと微塵も感じたことはなかったのだが、その直感めいた何かに、
自分の生涯の出口が見えてきた今、従ってみる気になったのだ。
幾分蒸し暑さを増した日々の退屈さと平穏さ、今までであれば、
それは私をただ苛立たせるだけだったかもしれない。
が、今こうして私はそれらを楽しんですらいる。なぜだろうか。
そんなことを考えながら、視界の片隅に消えようとしている金髪の少女のことが、やはり少し気になる。
どこかで会ったことがあるような気がするが、記憶にはない。
今まで顔を合わせ、少しでも会話をした人間、あるいはそれが形式張った
ただの名刺交換であっただけでも、私は一度見た顔を忘れたことはない。
100パーセントの自信があるその記憶中枢がNOと言っているにも関わらず、
私のどこかでこの既視感のような感覚が消えようとしない。
このほんのちょっとした違和感に、私は何かヒントのようなものを感じるのだ。
翌日も、その女子高生は現れた。現れた、という表現は正しくないかもしれない。
もう少し正確に言えば、私の目の前を通り過ぎた。ただそれだけだ。
私はこの一週間ずっとそうしてきたように、ただ街並みを眺めながら、椅子に深く腰掛け、
安くはないコーヒーを味わっている。仕事はない。やることはもう何もない。
ただ、何かを待ち続けている感覚が、胸の奥底に沸き上がってきていて、
今までの私にはそんなこと微塵も感じたことはなかったのだが、その直感めいた何かに、
自分の生涯の出口が見えてきた今、従ってみる気になったのだ。
幾分蒸し暑さを増した日々の退屈さと平穏さ、今までであれば、
それは私をただ苛立たせるだけだったかもしれない。
が、今こうして私はそれらを楽しんですらいる。なぜだろうか。
そんなことを考えながら、視界の片隅に消えようとしている金髪の少女のことが、やはり少し気になる。
どこかで会ったことがあるような気がするが、記憶にはない。
今まで顔を合わせ、少しでも会話をした人間、あるいはそれが形式張った
ただの名刺交換であっただけでも、私は一度見た顔を忘れたことはない。
100パーセントの自信があるその記憶中枢がNOと言っているにも関わらず、
私のどこかでこの既視感のような感覚が消えようとしない。
このほんのちょっとした違和感に、私は何かヒントのようなものを感じるのだ。
146: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/15(火) 23:25:59.46 ID:???
>>145
まあ、いい。何も問題は無い。時間はまだあるのだ。
その少女は、今日は白のブラウスに黄色いカーデガンを羽織っていた。
そうか、今日は土曜日かと気づいたのはその時で、曜日の感覚など
とうに忘れていたことを思い出す頃には、その娘は颯爽と髪をなびかせて、
私の目の前を通り過ぎていた。楽器店に一瞥をくれることもなく、
真っ直ぐに前を見て歩くその姿には、何か不穏なものを感じさせはするが、
それが今の私にとって何か重要なことである筈もない。おそらくは。
少女が視界から消え去った後、目を閉じる。脳裏に浮かぶのは、妻と子の姿だ。
あれ以来、年を取ることなく、成長も老いもしない、この世界からは隔絶したところに居る、
妻と子供の姿。
今、気がついた。あの子がもしこの世界でまだ存在していたならば、ちょうどあの娘と同じ年頃の筈だ。
いや、それはあまり関係ない。そんなこと想像したところで、あの子が戻ってくるわけもないのだ。
そして勿論、妻も。
私は飲みかけのコーヒーを残して立ち上がり、読み終えた新聞とコーヒーを後に、道路を渡る。
もはや100m以上先、雑踏の中に消えかけている背中を数秒、見送ってから、家路につく。
いや、家に戻っても何もすることはないのだが、なぜか今日のすべきことは終わった、
という感覚が両側のこめかみのあたりで疼いている。
うむ、そうだというのであれば、私は黙ってそれを受け入れるだけだ。
何も問題はない。
まあ、いい。何も問題は無い。時間はまだあるのだ。
その少女は、今日は白のブラウスに黄色いカーデガンを羽織っていた。
そうか、今日は土曜日かと気づいたのはその時で、曜日の感覚など
とうに忘れていたことを思い出す頃には、その娘は颯爽と髪をなびかせて、
私の目の前を通り過ぎていた。楽器店に一瞥をくれることもなく、
真っ直ぐに前を見て歩くその姿には、何か不穏なものを感じさせはするが、
それが今の私にとって何か重要なことである筈もない。おそらくは。
少女が視界から消え去った後、目を閉じる。脳裏に浮かぶのは、妻と子の姿だ。
あれ以来、年を取ることなく、成長も老いもしない、この世界からは隔絶したところに居る、
妻と子供の姿。
今、気がついた。あの子がもしこの世界でまだ存在していたならば、ちょうどあの娘と同じ年頃の筈だ。
いや、それはあまり関係ない。そんなこと想像したところで、あの子が戻ってくるわけもないのだ。
そして勿論、妻も。
私は飲みかけのコーヒーを残して立ち上がり、読み終えた新聞とコーヒーを後に、道路を渡る。
もはや100m以上先、雑踏の中に消えかけている背中を数秒、見送ってから、家路につく。
いや、家に戻っても何もすることはないのだが、なぜか今日のすべきことは終わった、
という感覚が両側のこめかみのあたりで疼いている。
うむ、そうだというのであれば、私は黙ってそれを受け入れるだけだ。
何も問題はない。
147: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/15(火) 23:26:46.39 ID:???
>>146
珍しく、シンジは伯母さんの家に帰っていった。それも突然に。
「アスカ、」
今朝、食堂であたしを待っていたシンジの顔を見て、
何か異変が起きたんだということはすぐに分かった。
「どうしたの?」
「実は…」
そのあとのことはあまり覚えていないけど、とにかくシンジは理由を明かさぬままに、
伯母さんの家に帰ることになったと告げ、だから今日約束していた映画には行けなくなったと、
本当に申し訳なさそうに謝ってきた。
昨日帰ろうとしたらミサトに呼び止められていたのは、きっとこれね、と直感する。
瞬間的に頭に血が上りかけていたが、その思いが、あたしを冷静にする。
「しょうがないわ、シンジのせいじゃないもの」
珍しくあたしがすんなりと承諾したものだから、シンジは少し驚いた表情で、
あたしを見上げるように見つめた。
いいのよ、そんな顔しなくても。分かってるから。
「別に浮気相手と旅行に行くとかじゃないんだし、そんな顔しなくていいわよ…」
「な゛っ、浮気なんてしないよ!するわけないじゃないか!」
変なところに反応するシンジ、こういうところがちょっと可愛い。
思わず立ち上がって、シンジにキスをしてしまう。
「!」
更に驚いた表情を見せるシンジ。
「あたしもちょっと野暮用があるから、家に帰るわ。ま、タイミングが良かったわ、
特に見たかった映画ってわけでもないし」
言った後、ちょっとしまった、と思う。最後の一言でシンジはちょっと傷ついてしまう。
それはよく知っているはずなのに、あたしのこういうところ、キライだわ。
「デートは来週でいいわよ。それより、何かお土産よろしくね」
努めて明るく振る舞う。シンジがそれで少しでも救われるなら、そう思う。
さて、今日1日、どうしよっか。ほんとに実家に帰ってみるか。
珍しく、シンジは伯母さんの家に帰っていった。それも突然に。
「アスカ、」
今朝、食堂であたしを待っていたシンジの顔を見て、
何か異変が起きたんだということはすぐに分かった。
「どうしたの?」
「実は…」
そのあとのことはあまり覚えていないけど、とにかくシンジは理由を明かさぬままに、
伯母さんの家に帰ることになったと告げ、だから今日約束していた映画には行けなくなったと、
本当に申し訳なさそうに謝ってきた。
昨日帰ろうとしたらミサトに呼び止められていたのは、きっとこれね、と直感する。
瞬間的に頭に血が上りかけていたが、その思いが、あたしを冷静にする。
「しょうがないわ、シンジのせいじゃないもの」
珍しくあたしがすんなりと承諾したものだから、シンジは少し驚いた表情で、
あたしを見上げるように見つめた。
いいのよ、そんな顔しなくても。分かってるから。
「別に浮気相手と旅行に行くとかじゃないんだし、そんな顔しなくていいわよ…」
「な゛っ、浮気なんてしないよ!するわけないじゃないか!」
変なところに反応するシンジ、こういうところがちょっと可愛い。
思わず立ち上がって、シンジにキスをしてしまう。
「!」
更に驚いた表情を見せるシンジ。
「あたしもちょっと野暮用があるから、家に帰るわ。ま、タイミングが良かったわ、
特に見たかった映画ってわけでもないし」
言った後、ちょっとしまった、と思う。最後の一言でシンジはちょっと傷ついてしまう。
それはよく知っているはずなのに、あたしのこういうところ、キライだわ。
「デートは来週でいいわよ。それより、何かお土産よろしくね」
努めて明るく振る舞う。シンジがそれで少しでも救われるなら、そう思う。
さて、今日1日、どうしよっか。ほんとに実家に帰ってみるか。
148: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/15(火) 23:27:34.64 ID:???
>>147
怒られるだろうな…と思っていたアスカが、あっさりとデート延期を受け入れてくれて、
少し拍子抜けしたまま、僕はとりあえず駅に向かう。
ここに来てからも何度か地元とは往復したけど、思い出すのはいつも、受験の時、
アスカと初めて会った時のことばかりだ。
そう、あそこから僕の人生は回り始めた。噛み合わなかった歯車がアスカと出逢ったことで、
きっちりと噛み合い、ゆっくりと、しかし確実に回り始めたのはあの瞬間からだった。
今では僕は確信している。僕がここに来たのも、アスカと出逢ったのも、運命だと。
歴史に必然というものがあるのならば、僕とアスカの出逢いこそが必然であった…
なんて言ったら言い過ぎかな?
電車のドア際に立ち、音楽を聴きながら、窓の外をぼんやりと眺める。
自分の人生に臆病だった僕は、あれから少しは成長しただろうか。
絶望や悲しみもひっくるめて、希望として受け止める度胸はついただろうか。
そんなことを考えながら、僕の気持ちはすぐにアスカのところに飛んで行ってしまう。
ああ、僕はアスカが好きなんだ。これ以上ないくらいにアスカを愛しているんだ。
隣にアスカがいない時こそ、アスカの大切さを思い知ることができる。そんな気がする。
改めて、そう感じる。目を閉じて、僕はアスカのことを思う。
何度かの乗り換えを経て、地元に近づいていく僕。友達と会ったり、
お正月に挨拶に出向いたりはしていたけれど、改まって呼び出される、というのは何か僕を緊張させる。
酒匂川を渡りながら、僕は遺跡をぼんやりと眺める。ここからでも、遺跡は僕たちを嘲笑うかのように、
そこにしっかりと立っているのが見える。彼らは何故ここに立っているんだろう、
僕やアスカにその記憶がないのは、幸運なのかはたまた不幸なのか。
ここからでも、僕が彼らの存在を感じ取れるように、彼らも僕の存在を感じ取っているんだろうか。
小田原の駅に降り立つと、うっすらと潮の香りが漂ってくる。帰ってきたな、そんな気がする。
何が待っているのか知らないけれど、僕の進む道は今日はここしかないんだ。
そう覚悟を決めて、僕は最後の行程に足を踏み出す。
怒られるだろうな…と思っていたアスカが、あっさりとデート延期を受け入れてくれて、
少し拍子抜けしたまま、僕はとりあえず駅に向かう。
ここに来てからも何度か地元とは往復したけど、思い出すのはいつも、受験の時、
アスカと初めて会った時のことばかりだ。
そう、あそこから僕の人生は回り始めた。噛み合わなかった歯車がアスカと出逢ったことで、
きっちりと噛み合い、ゆっくりと、しかし確実に回り始めたのはあの瞬間からだった。
今では僕は確信している。僕がここに来たのも、アスカと出逢ったのも、運命だと。
歴史に必然というものがあるのならば、僕とアスカの出逢いこそが必然であった…
なんて言ったら言い過ぎかな?
電車のドア際に立ち、音楽を聴きながら、窓の外をぼんやりと眺める。
自分の人生に臆病だった僕は、あれから少しは成長しただろうか。
絶望や悲しみもひっくるめて、希望として受け止める度胸はついただろうか。
そんなことを考えながら、僕の気持ちはすぐにアスカのところに飛んで行ってしまう。
ああ、僕はアスカが好きなんだ。これ以上ないくらいにアスカを愛しているんだ。
隣にアスカがいない時こそ、アスカの大切さを思い知ることができる。そんな気がする。
改めて、そう感じる。目を閉じて、僕はアスカのことを思う。
何度かの乗り換えを経て、地元に近づいていく僕。友達と会ったり、
お正月に挨拶に出向いたりはしていたけれど、改まって呼び出される、というのは何か僕を緊張させる。
酒匂川を渡りながら、僕は遺跡をぼんやりと眺める。ここからでも、遺跡は僕たちを嘲笑うかのように、
そこにしっかりと立っているのが見える。彼らは何故ここに立っているんだろう、
僕やアスカにその記憶がないのは、幸運なのかはたまた不幸なのか。
ここからでも、僕が彼らの存在を感じ取れるように、彼らも僕の存在を感じ取っているんだろうか。
小田原の駅に降り立つと、うっすらと潮の香りが漂ってくる。帰ってきたな、そんな気がする。
何が待っているのか知らないけれど、僕の進む道は今日はここしかないんだ。
そう覚悟を決めて、僕は最後の行程に足を踏み出す。
149: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/15(火) 23:28:24.39 ID:???
>>148
コンクリート剥き出しの壁、小さめのチェストとテーブル、ベッドと椅子。これが私の部屋の全てだ。
殆どの人がこれを見たら「殺風景」だと思うだろう。言わせておけばいい。
必要最小限。これ以上必要なものは何も無いし、私にはこれが落ち着くのだ。何の問題も無い。
チェストの上に置かれた薬の山を一掴み、テーブルの上に撒き、
そこから必要なカプセルをピックアップする。全部で4つ。そのへんのコップに水を汲み、飲む。
ここ数日、僅かな炭水化物と水分、主にカフェイン混じりのものだが、それ位しか口にしていない。
頬に手を当てると髭の下で肉が削げ落ちていっているのが分かる。うむ、これでいい。
チェストの上に置いてある、唯一と言ってもいい、生活上不必要な物体、写真立てを一瞥する。
もう10年以上前の写真だが、そこにはまだこの世の中に存在をしていた、
私の大切だったものが写っている。
ゆっくりと、写真の表面を撫でる。ガラスのフレームは罅が入り、指に僅かに引っ掛かるが、
そんなことはどうでもいい。私は、ゆっくりとその写真をガラス越しに指で撫でる。
2度、3度。そうすることで、僅かながらにも、自分の心の平衡を保つのだ。
自分を騙して、前を向くことは出来るかもしれない。だが、自分の中にある悲しみは、嘘をつかない。
最近になって、ようやくその事に気がついた。
「…」
指先に触れる息子の頭。そんなこと自己満足に過ぎないことは分かり切ってはいる。
が、心のどこかで、届くことが出来るように願っている自分もいる。
少しずつ、私も素直になってきているのだろうか。だとしたら、滑稽なものだ。
椅子に座り、ただ、壁を見つめる。時計の秒針のコツ、コツ、という音だけが、部屋に響いている。
やがて日が傾き、夜風が部屋を通り抜けるようになって、そうして私の1日は終わる。
コンクリート剥き出しの壁、小さめのチェストとテーブル、ベッドと椅子。これが私の部屋の全てだ。
殆どの人がこれを見たら「殺風景」だと思うだろう。言わせておけばいい。
必要最小限。これ以上必要なものは何も無いし、私にはこれが落ち着くのだ。何の問題も無い。
チェストの上に置かれた薬の山を一掴み、テーブルの上に撒き、
そこから必要なカプセルをピックアップする。全部で4つ。そのへんのコップに水を汲み、飲む。
ここ数日、僅かな炭水化物と水分、主にカフェイン混じりのものだが、それ位しか口にしていない。
頬に手を当てると髭の下で肉が削げ落ちていっているのが分かる。うむ、これでいい。
チェストの上に置いてある、唯一と言ってもいい、生活上不必要な物体、写真立てを一瞥する。
もう10年以上前の写真だが、そこにはまだこの世の中に存在をしていた、
私の大切だったものが写っている。
ゆっくりと、写真の表面を撫でる。ガラスのフレームは罅が入り、指に僅かに引っ掛かるが、
そんなことはどうでもいい。私は、ゆっくりとその写真をガラス越しに指で撫でる。
2度、3度。そうすることで、僅かながらにも、自分の心の平衡を保つのだ。
自分を騙して、前を向くことは出来るかもしれない。だが、自分の中にある悲しみは、嘘をつかない。
最近になって、ようやくその事に気がついた。
「…」
指先に触れる息子の頭。そんなこと自己満足に過ぎないことは分かり切ってはいる。
が、心のどこかで、届くことが出来るように願っている自分もいる。
少しずつ、私も素直になってきているのだろうか。だとしたら、滑稽なものだ。
椅子に座り、ただ、壁を見つめる。時計の秒針のコツ、コツ、という音だけが、部屋に響いている。
やがて日が傾き、夜風が部屋を通り抜けるようになって、そうして私の1日は終わる。
150: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/15(火) 23:29:33.83 ID:???
>>149
「あら、珍しいじゃない、」「いや、それはこっちのセリフよ」
実家に戻ると、珍しくママがいて、台所で何か作っていた。
エプロン姿のママを見るのも、ほんとに珍しい。
「白衣じゃないママを見るの、何年ぶりかしら?」
冗談めかして、言う。ママはその冗談に気づかず、ちょっと頬を膨らませて、あたしを睨み付ける。
「何よ、失礼な。こう見えてもお料理の腕は鈍ってないわよ」
そう言いながら、出てくるのはティーパックで作られた紅茶と、冷蔵庫の中に眠っていたであろう、
賞味期限ギリギリのアップルパイ。
「ふふふ、ママらしいわ」
なんだか不思議と今日は機嫌良くママと話せている。
シンジとのデートがなくなって、不機嫌だったはずなのに、なんでだろう?
「あら、何かあったの?シンジ君とけんかでもして帰ってきたかと思ったのに、違うのかしら?」
ママは微笑みながらも時々あたしをドキッとさせる。
うん、まあ親子なんだし、だいたいのことはお見通しよね…。
「いや、実はね…」カクカクシカジカ
「…まあ、特に何かあったとは思えないんだけど、でもちょっとシンジのことが心配なのよね…」
カップの中に入っていた紅茶の最後の1滴を飲み干す頃には、あたしの話は終わっていた。
ママは何も言わず、ただうんうん、と頷いたあと、黙って紅茶のおかわりを注ぎ、
収納棚からクッキーを持ってくるとそれをあたしに勧め、そのあとで「うん、」と小さく呟くように言った。
「あなたは、シンジ君のことを心配している」
「うん、そう今言ったじゃない、」
「でもそれは、あなたにとっては大変な成長だとママは思うわ…」
「え?」
「だって、アスカったら今までそうやっておおっぴらに人のことを思いやったり心配したりなんて、
あまりしなかったでしょう?」
「あら、珍しいじゃない、」「いや、それはこっちのセリフよ」
実家に戻ると、珍しくママがいて、台所で何か作っていた。
エプロン姿のママを見るのも、ほんとに珍しい。
「白衣じゃないママを見るの、何年ぶりかしら?」
冗談めかして、言う。ママはその冗談に気づかず、ちょっと頬を膨らませて、あたしを睨み付ける。
「何よ、失礼な。こう見えてもお料理の腕は鈍ってないわよ」
そう言いながら、出てくるのはティーパックで作られた紅茶と、冷蔵庫の中に眠っていたであろう、
賞味期限ギリギリのアップルパイ。
「ふふふ、ママらしいわ」
なんだか不思議と今日は機嫌良くママと話せている。
シンジとのデートがなくなって、不機嫌だったはずなのに、なんでだろう?
「あら、何かあったの?シンジ君とけんかでもして帰ってきたかと思ったのに、違うのかしら?」
ママは微笑みながらも時々あたしをドキッとさせる。
うん、まあ親子なんだし、だいたいのことはお見通しよね…。
「いや、実はね…」カクカクシカジカ
「…まあ、特に何かあったとは思えないんだけど、でもちょっとシンジのことが心配なのよね…」
カップの中に入っていた紅茶の最後の1滴を飲み干す頃には、あたしの話は終わっていた。
ママは何も言わず、ただうんうん、と頷いたあと、黙って紅茶のおかわりを注ぎ、
収納棚からクッキーを持ってくるとそれをあたしに勧め、そのあとで「うん、」と小さく呟くように言った。
「あなたは、シンジ君のことを心配している」
「うん、そう今言ったじゃない、」
「でもそれは、あなたにとっては大変な成長だとママは思うわ…」
「え?」
「だって、アスカったら今までそうやっておおっぴらに人のことを思いやったり心配したりなんて、
あまりしなかったでしょう?」
151: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/15(火) 23:30:09.18 ID:???
>>150
「え…ま、まあ確かにそうかも…」
「シンジ君とお付き合いするようになって、少しずつ人間的に成長していってるのが、
ママにはすごく嬉しいわ」
なんだか、拍子抜けするような、斜め上の回答?だったけれど、
なんだかそれもママらしくていいや、とあたしは少し笑ってしまった。
「なによ、笑うことないじゃない、」
ママは少し頬を膨らませて、そのあと子供のようにふふふ、と笑った。
「シンジ君って、本当にあなたにぴったりの子よねぇ…アスカ、離しちゃダメよ」
「な゛…母親がそういうこと言う?」
そんなこと言いながら、あたしの顔は真っ赤だ。
ママはそんなあたしを見て、物凄く嬉しそうに微笑む。
「ふふふ、早く孫の顔が見たいなぁ、なんてね。」
「ちょっ、ちよっとぉ、子供をからかうのもいい加減にしなさいよね!///」
「別にからかってなんてないけど。それよりも、折角娘が帰ってきたことだし、
今夜はどこか食事しに行かない?駅前に美味しいピザ屋さんが出来たのよ~」
「え…ま、まあ確かにそうかも…」
「シンジ君とお付き合いするようになって、少しずつ人間的に成長していってるのが、
ママにはすごく嬉しいわ」
なんだか、拍子抜けするような、斜め上の回答?だったけれど、
なんだかそれもママらしくていいや、とあたしは少し笑ってしまった。
「なによ、笑うことないじゃない、」
ママは少し頬を膨らませて、そのあと子供のようにふふふ、と笑った。
「シンジ君って、本当にあなたにぴったりの子よねぇ…アスカ、離しちゃダメよ」
「な゛…母親がそういうこと言う?」
そんなこと言いながら、あたしの顔は真っ赤だ。
ママはそんなあたしを見て、物凄く嬉しそうに微笑む。
「ふふふ、早く孫の顔が見たいなぁ、なんてね。」
「ちょっ、ちよっとぉ、子供をからかうのもいい加減にしなさいよね!///」
「別にからかってなんてないけど。それよりも、折角娘が帰ってきたことだし、
今夜はどこか食事しに行かない?駅前に美味しいピザ屋さんが出来たのよ~」
155: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/16(水) 23:09:07.16 ID:???
>>151
今、小高い名も無い山の中腹に、僕は居る。
花を手向け、線香を上げ、手を合わせる。
碇家之墓
ここにはそう書かれている。確かに、そう書かれてはいるが、父さんや母さんは、ここにはいない。
ずっとそんな気がしていて、僕は今までここに来ることが、とは言っても1度か2度くらいしか
来たことは無いけれど…、とにかく好きではなかった。
蚊が飛んでいる。頬に止まったのをぴしゃりと叩く。手のひらを見ると、潰れた蚊と、赤い液体。
汗が額を伝っていく。手を合わせ、頭を垂れると、汗がぽたぽたと落ちていくのが分かる。
梅雨入り前にしては、随分と蒸し暑い。
しばらく、目を閉じ、手を合わせてから、僕は立ち上がる。
ここには誰もいない。そう思っていたけれど、今日独りでここに来てみたら、違っていた。
僕の思うところに父さんと母さんは居るけれど、ここで手を合わせることで、
父さんと母さんが、僕の近くに、現実的な近さに、降りてきてくれる、そんな気がした。
そして、それこそが僕がここに来た理由だったんだ、と分かった。
駅前からバスに乗り、山の方に向かう。かつて来た記憶だけを頼りに、
20分もそのあたりを彷徨っただろうか。ようやく見つけたお墓は、意外なほど綺麗で、
手入れも行き届いている感じだった。
僕が来なくても、伯母さんたちは定期的にここを訪れ、故人を偲び、花を手向けていた。
なんて幼稚だったんだろう、と今では思う。ここに、父さん母さん、ご先祖様がいるかいないかなんて、
関係ないんだ。ここには、故人を思う気持ちを確かめるために来るんだ。
そして僕は、確かに声を聞いた気がした。母さん、父さんを想い、手を合わせることで、
何か背中を押してもらった気がする。「それでいいんだ」と言ってもらった気がする。
僕は前を向いていけるだろうか。「もちろん、」そんな声が聞こえた気がする。
ふと、足音に気づく。振り返ると、そこには母さんの兄、伯父さんが立っていた。
「おお、珍しいな、」
逆光で、表情までは見えなかったけど、穏やかな声。
「…おかえり」
「…ただいま」
今、小高い名も無い山の中腹に、僕は居る。
花を手向け、線香を上げ、手を合わせる。
碇家之墓
ここにはそう書かれている。確かに、そう書かれてはいるが、父さんや母さんは、ここにはいない。
ずっとそんな気がしていて、僕は今までここに来ることが、とは言っても1度か2度くらいしか
来たことは無いけれど…、とにかく好きではなかった。
蚊が飛んでいる。頬に止まったのをぴしゃりと叩く。手のひらを見ると、潰れた蚊と、赤い液体。
汗が額を伝っていく。手を合わせ、頭を垂れると、汗がぽたぽたと落ちていくのが分かる。
梅雨入り前にしては、随分と蒸し暑い。
しばらく、目を閉じ、手を合わせてから、僕は立ち上がる。
ここには誰もいない。そう思っていたけれど、今日独りでここに来てみたら、違っていた。
僕の思うところに父さんと母さんは居るけれど、ここで手を合わせることで、
父さんと母さんが、僕の近くに、現実的な近さに、降りてきてくれる、そんな気がした。
そして、それこそが僕がここに来た理由だったんだ、と分かった。
駅前からバスに乗り、山の方に向かう。かつて来た記憶だけを頼りに、
20分もそのあたりを彷徨っただろうか。ようやく見つけたお墓は、意外なほど綺麗で、
手入れも行き届いている感じだった。
僕が来なくても、伯母さんたちは定期的にここを訪れ、故人を偲び、花を手向けていた。
なんて幼稚だったんだろう、と今では思う。ここに、父さん母さん、ご先祖様がいるかいないかなんて、
関係ないんだ。ここには、故人を思う気持ちを確かめるために来るんだ。
そして僕は、確かに声を聞いた気がした。母さん、父さんを想い、手を合わせることで、
何か背中を押してもらった気がする。「それでいいんだ」と言ってもらった気がする。
僕は前を向いていけるだろうか。「もちろん、」そんな声が聞こえた気がする。
ふと、足音に気づく。振り返ると、そこには母さんの兄、伯父さんが立っていた。
「おお、珍しいな、」
逆光で、表情までは見えなかったけど、穏やかな声。
「…おかえり」
「…ただいま」
156: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/16(水) 23:09:42.15 ID:???
>>155
「シンジは覚えていないかもしれないけど、今日はユイやゲンドウ君の月命日なんだ」
冷房の効いた助手席で、僕はリュックからお茶のペットボトルを取り出し、一口飲む。
月命日、もう10年以上の年月が流れたというのに、毎月お墓参りをしていたことを、僕は初めて知る。
「よく帰ってきてくれたわね、今日は晩ご飯奮発しなきゃ」
後部座席から伯母さんの嬉しそうな声がする。
「しばらく顔も見せなくて…ごめんなさい」
「いや、いいんだ。元気でいてくれればそれで十分だよ」
運転しながら伯父さんは僕の頭を撫でつける。突然のことで、僕はびっくりする。
この人、こんな人だったっけか…。
明らかにミサト先生から事前に連絡が来ていた筈で、
何か雰囲気的に今までと違うものを少し感じてしまう。
「あ、あの、今日はどうして僕を…」
「ん、その話は後にしよう」
クルマは左に曲がる。踏切を渡って、少し進むと目的地が現れる。かつて住んでいた、僕の住処。
碇の表札も、少し雑然とした庭の雰囲気も、昔と変わらない。僕が住んでいた離れの部屋も。
変わったのは、僕自身なのかもしれない。
「おかえりなさい、」
改めて言われる。
「…ただいま」
改めて、答える。そして、僕はまた一歩を踏み出す。
「シンジは覚えていないかもしれないけど、今日はユイやゲンドウ君の月命日なんだ」
冷房の効いた助手席で、僕はリュックからお茶のペットボトルを取り出し、一口飲む。
月命日、もう10年以上の年月が流れたというのに、毎月お墓参りをしていたことを、僕は初めて知る。
「よく帰ってきてくれたわね、今日は晩ご飯奮発しなきゃ」
後部座席から伯母さんの嬉しそうな声がする。
「しばらく顔も見せなくて…ごめんなさい」
「いや、いいんだ。元気でいてくれればそれで十分だよ」
運転しながら伯父さんは僕の頭を撫でつける。突然のことで、僕はびっくりする。
この人、こんな人だったっけか…。
明らかにミサト先生から事前に連絡が来ていた筈で、
何か雰囲気的に今までと違うものを少し感じてしまう。
「あ、あの、今日はどうして僕を…」
「ん、その話は後にしよう」
クルマは左に曲がる。踏切を渡って、少し進むと目的地が現れる。かつて住んでいた、僕の住処。
碇の表札も、少し雑然とした庭の雰囲気も、昔と変わらない。僕が住んでいた離れの部屋も。
変わったのは、僕自身なのかもしれない。
「おかえりなさい、」
改めて言われる。
「…ただいま」
改めて、答える。そして、僕はまた一歩を踏み出す。
157: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/16(水) 23:11:46.89 ID:???
>>156
「な、何よおっさん、何か文句あんの?」
「なんだ、それが年長者に向かってする口の利き方か?」
何故こうなったのか、少し頭を冷やして整理する必要がある。
だが、不幸にして天はそのような時間的余裕を私に与えてはくれない。
そもそも、過失割合で言えば、私は全くのゼロだ。いつも通り、安くは無いコーヒーを一杯。
新聞を読み、通りを流れていく人々を眺め、コーヒーが尽きた頃に席を立って街道に出た、
というところで向こうがぶつかってきたのだ。スマートフォンを見ながら、だ。
しかも、手に持っていた何かしらのアイスクリームを私のジャケットに叩きつけるように、だ。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
相手が、先日から度々見かけていた金髪高校生だということに気づくのにも数秒かかったくらいだ。
突然の事が起きたとしても、これほど動揺したことはなかったかもしれない。ヤキが回ったものだ。
「あ、すいません」
その娘は最初、それだけを言ってそのままその場を立ち去ろうとした。
私は、ジャケットの左身頃近辺に冷たい感触を覚えながら、その子を見下ろし続けた。
その直後に出た言葉が、それだ。
確かに売り言葉に買い言葉だったかもしれない。だが、この事故について、私に非は無いはずだ。
「は?何よ偉そうに、あたしを脅すつもり?その筋だからってあたしがビビるとでも思ってんの?」
彼女が何を言っているのか、理解するのにこれも数秒かかった。
その筋、というのがいわゆる反社会的勢力の人間のことで、
それが私を指すのだということに気づくと、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑ってしまう。
「な、何よおっさん、何か文句あんの?」
「なんだ、それが年長者に向かってする口の利き方か?」
何故こうなったのか、少し頭を冷やして整理する必要がある。
だが、不幸にして天はそのような時間的余裕を私に与えてはくれない。
そもそも、過失割合で言えば、私は全くのゼロだ。いつも通り、安くは無いコーヒーを一杯。
新聞を読み、通りを流れていく人々を眺め、コーヒーが尽きた頃に席を立って街道に出た、
というところで向こうがぶつかってきたのだ。スマートフォンを見ながら、だ。
しかも、手に持っていた何かしらのアイスクリームを私のジャケットに叩きつけるように、だ。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
相手が、先日から度々見かけていた金髪高校生だということに気づくのにも数秒かかったくらいだ。
突然の事が起きたとしても、これほど動揺したことはなかったかもしれない。ヤキが回ったものだ。
「あ、すいません」
その娘は最初、それだけを言ってそのままその場を立ち去ろうとした。
私は、ジャケットの左身頃近辺に冷たい感触を覚えながら、その子を見下ろし続けた。
その直後に出た言葉が、それだ。
確かに売り言葉に買い言葉だったかもしれない。だが、この事故について、私に非は無いはずだ。
「は?何よ偉そうに、あたしを脅すつもり?その筋だからってあたしがビビるとでも思ってんの?」
彼女が何を言っているのか、理解するのにこれも数秒かかった。
その筋、というのがいわゆる反社会的勢力の人間のことで、
それが私を指すのだということに気づくと、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑ってしまう。
158: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/16(水) 23:12:36.09 ID:???
>>157
「人を見かけで判断するなと学校で習わなかったのか?」
そう言いながら、ジャケットの濡れ汚れた箇所をその子の前に突きつける。
確かに、髭面にサングラスだ、ヤクザ者に見られても仕方が無いかもしれない。
だが、いささか不本意だ。この不快感の責任を取ってもらわねばならない。
ここに至って、ようやくその子は自分が持っていたもので、誰だか知らない男性の服を
汚してしまったことに気づいたらしい。顔色が変わったのですぐに分かった。
「あ…、ごめんなさい」
さっきまでの威勢の良さが嘘のように、萎れた朝顔のような顔で私を見上げるその表情。
混乱していた脳の神経細胞が落ち着きを取り戻し、いささか動揺していた私も平静を取り戻す。
うむ、今日はこれでいいだろう。
「理解したようだな」
それだけ言うと私は背を向けて歩き出す。余計なゴタゴタは御免だ。
別にクリーニング代を寄越せとか、そのようなクレームをつけるつもりもない。
「あ、あの!」
呼び止める声を聞きながら、私は上着を脱ぎ、それを肩に引っ掛けてそのまま前に進む。
我が子が生きていて、もしもこのような時なら、どうしただろうか。ほんの少し、そんなことを気にした。
「人を見かけで判断するなと学校で習わなかったのか?」
そう言いながら、ジャケットの濡れ汚れた箇所をその子の前に突きつける。
確かに、髭面にサングラスだ、ヤクザ者に見られても仕方が無いかもしれない。
だが、いささか不本意だ。この不快感の責任を取ってもらわねばならない。
ここに至って、ようやくその子は自分が持っていたもので、誰だか知らない男性の服を
汚してしまったことに気づいたらしい。顔色が変わったのですぐに分かった。
「あ…、ごめんなさい」
さっきまでの威勢の良さが嘘のように、萎れた朝顔のような顔で私を見上げるその表情。
混乱していた脳の神経細胞が落ち着きを取り戻し、いささか動揺していた私も平静を取り戻す。
うむ、今日はこれでいいだろう。
「理解したようだな」
それだけ言うと私は背を向けて歩き出す。余計なゴタゴタは御免だ。
別にクリーニング代を寄越せとか、そのようなクレームをつけるつもりもない。
「あ、あの!」
呼び止める声を聞きながら、私は上着を脱ぎ、それを肩に引っ掛けてそのまま前に進む。
我が子が生きていて、もしもこのような時なら、どうしただろうか。ほんの少し、そんなことを気にした。
159: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/16(水) 23:14:22.35 ID:???
>>158
仏間にある位牌と写真。両親が亡くなったのはもう随分と昔のことで、
正直に言えば僕は母さんと父さんの顔をはっきりと覚えていない。
この仏間にある写真の顔が、僕の母さんと父さんの全てだ。
ここでも手を合わせ、線香の香りに少し緊張をしながら、僕は伯父さん伯母さんに向かい合う。
「さて、と。シンジ。今日呼んだのはね、」
そう言うと伯父さんは伯母さんに目配せをする。伯母さんは袱紗を取り出し、
そこから通帳を1冊、僕に差し出す。
「え…これ…は?」
「少し早いかな、と思ったんだがね、シンジも大学受験だし、学校からの話も聞いて、
そろそろいいかなと思ったんだが…」
通帳を手に取る。名義は僕だ。碇シンジ様。通帳を開く。
「…え?」
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、…そこには見たことも無いような桁数の数字が並んでいた。
「あなたの、お母さんとお父さんからよ、」
伯母さんが続ける。鼻を啜るような音がする。僕は怖くて伯母さんを直視できない。
「あなたのお母さんとお父さんはね、保険をかけていてね、
何かあったらそのお金であなたの面倒を見てくれ、って常々私たちに言っていたの、」
僕は、両親がどんな仕事をしていたのか、よく知らない。
度々海外出張のある仕事だったのはぼんやりと覚えている。普段ならどちらかが家に残り、
どちらかが出張に行く、というスタイルだった。それが初めて僕をここに残して2人で
海外に仕事に行ったところで、飛行機事故に遭った、ということだけは聞いて知っている。
仏間にある位牌と写真。両親が亡くなったのはもう随分と昔のことで、
正直に言えば僕は母さんと父さんの顔をはっきりと覚えていない。
この仏間にある写真の顔が、僕の母さんと父さんの全てだ。
ここでも手を合わせ、線香の香りに少し緊張をしながら、僕は伯父さん伯母さんに向かい合う。
「さて、と。シンジ。今日呼んだのはね、」
そう言うと伯父さんは伯母さんに目配せをする。伯母さんは袱紗を取り出し、
そこから通帳を1冊、僕に差し出す。
「え…これ…は?」
「少し早いかな、と思ったんだがね、シンジも大学受験だし、学校からの話も聞いて、
そろそろいいかなと思ったんだが…」
通帳を手に取る。名義は僕だ。碇シンジ様。通帳を開く。
「…え?」
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、…そこには見たことも無いような桁数の数字が並んでいた。
「あなたの、お母さんとお父さんからよ、」
伯母さんが続ける。鼻を啜るような音がする。僕は怖くて伯母さんを直視できない。
「あなたのお母さんとお父さんはね、保険をかけていてね、
何かあったらそのお金であなたの面倒を見てくれ、って常々私たちに言っていたの、」
僕は、両親がどんな仕事をしていたのか、よく知らない。
度々海外出張のある仕事だったのはぼんやりと覚えている。普段ならどちらかが家に残り、
どちらかが出張に行く、というスタイルだった。それが初めて僕をここに残して2人で
海外に仕事に行ったところで、飛行機事故に遭った、ということだけは聞いて知っている。
160: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/16(水) 23:14:59.11 ID:???
>>159
「まあ、学費や食費やらでいくらかは使わせてもらったがね、
おまえももうそろそろ知っておいた方がいいかと思ってな…」
伯父さんがお茶を啜る。つられて、僕も。伯母さんも。
「学校から連絡があってな、学費を心配しているという話もされたものだから、
いい機会かと思って今日呼んだんだ。」
…確かに、これだけのお金があれば、大学どころか海外移住だって出来るかもしれない。
少なくとも数年は何もせず遊んで暮らせるような金額だ。
「だけどな、ちょっといいか、」
伯父さんが僕の手を握る。力の入ったその握り方に、僕はちょっと痛みを感じる。
「覚えていて欲しいんだが、決してこれでシンジと我々の縁が切れる、ということじゃぁない。
これは、君が大人になるための1つのステップなんだ。このお金は、
まさにお父さんとお母さんの命そのものだ。それを今、君に託す。その意味を分かって欲しい」
何か、胸の奥がキュッと引き締まる。頭のてっぺんから、何か稲妻が落ちたかのように、
僕の背筋は硬直する。託された、その言葉の重み。命を引き継がれた、
その事実が僕の両肩にずしりとのしかかる。
ゴクリ、と唾を飲み込む。逃げ出すという選択肢は用意されていない。うん、逃げるつもりもない。
目を閉じて、深呼吸する。瞼の裏に、いつも浮かび上がる母さんと父さんの姿。
生きろ、と言っている2人の姿。そして、現れる、アスカの姿。
「はい、ありがとうございます。謹んで、お受けしました」
僕は今度こそ、伯父さん伯母さんの目を見て、はっきりと答える。
伯父さんは、にっこりと微笑む。
「まあ、学費や食費やらでいくらかは使わせてもらったがね、
おまえももうそろそろ知っておいた方がいいかと思ってな…」
伯父さんがお茶を啜る。つられて、僕も。伯母さんも。
「学校から連絡があってな、学費を心配しているという話もされたものだから、
いい機会かと思って今日呼んだんだ。」
…確かに、これだけのお金があれば、大学どころか海外移住だって出来るかもしれない。
少なくとも数年は何もせず遊んで暮らせるような金額だ。
「だけどな、ちょっといいか、」
伯父さんが僕の手を握る。力の入ったその握り方に、僕はちょっと痛みを感じる。
「覚えていて欲しいんだが、決してこれでシンジと我々の縁が切れる、ということじゃぁない。
これは、君が大人になるための1つのステップなんだ。このお金は、
まさにお父さんとお母さんの命そのものだ。それを今、君に託す。その意味を分かって欲しい」
何か、胸の奥がキュッと引き締まる。頭のてっぺんから、何か稲妻が落ちたかのように、
僕の背筋は硬直する。託された、その言葉の重み。命を引き継がれた、
その事実が僕の両肩にずしりとのしかかる。
ゴクリ、と唾を飲み込む。逃げ出すという選択肢は用意されていない。うん、逃げるつもりもない。
目を閉じて、深呼吸する。瞼の裏に、いつも浮かび上がる母さんと父さんの姿。
生きろ、と言っている2人の姿。そして、現れる、アスカの姿。
「はい、ありがとうございます。謹んで、お受けしました」
僕は今度こそ、伯父さん伯母さんの目を見て、はっきりと答える。
伯父さんは、にっこりと微笑む。
161: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/16(水) 23:15:32.28 ID:???
>>160
「ほら、だから言ったじゃないか。シンジなら大丈夫だって」
伯母さんは涙を拭きながら、頷いている。この2人の間にも色々と葛藤のようなものがあったんだ。
僕はそれを感じ取ることが出来る。その思いは、涙となって、僕の目から頬を伝わる。
「ごめんなさいね、小さい頃は色々とうるさいと思うこともあったし、疎ましく思ったこともあったわ…、
でも、今あなたの姿を見ていると、何か泣けてきちゃって…」
「ううん、いいんです。僕も…なんか嬉しくて…」
零れる涙を拭こうともせずに僕は答える。伯父さんは僕の肩を叩く。
「そう、もう一つ。忘れないでくれ。僕たちは、シンジ、おまえの家族なんだ。
ここは、おまえの実家なんだよ、いつだって帰ってきていいんだ。ここは、おまえの家なんだから」
僕は気づかなかった。今までこれほどまでに僕の周りには僕を支えてくれている人がいた、ってことを。
無償の愛とか、家族愛とか、そんなことは僕には無縁だと思っていたけど、
しっかりと僕もそういったものを受けて生きていたんだということを。
「…ごめんなさい、僕…」
言葉にならない。伯母さんは「いいの、いいの」と呟き、僕の肩を揺する。
「ありがとう…」
その言葉で精一杯。でも、その言葉だけで十分だった。
その夜、僕はこれ以上ないくらい、幸せな気持ちで床についた。
そして、アスカに会いたい、そう思いながら、眠りについた。
「ほら、だから言ったじゃないか。シンジなら大丈夫だって」
伯母さんは涙を拭きながら、頷いている。この2人の間にも色々と葛藤のようなものがあったんだ。
僕はそれを感じ取ることが出来る。その思いは、涙となって、僕の目から頬を伝わる。
「ごめんなさいね、小さい頃は色々とうるさいと思うこともあったし、疎ましく思ったこともあったわ…、
でも、今あなたの姿を見ていると、何か泣けてきちゃって…」
「ううん、いいんです。僕も…なんか嬉しくて…」
零れる涙を拭こうともせずに僕は答える。伯父さんは僕の肩を叩く。
「そう、もう一つ。忘れないでくれ。僕たちは、シンジ、おまえの家族なんだ。
ここは、おまえの実家なんだよ、いつだって帰ってきていいんだ。ここは、おまえの家なんだから」
僕は気づかなかった。今までこれほどまでに僕の周りには僕を支えてくれている人がいた、ってことを。
無償の愛とか、家族愛とか、そんなことは僕には無縁だと思っていたけど、
しっかりと僕もそういったものを受けて生きていたんだということを。
「…ごめんなさい、僕…」
言葉にならない。伯母さんは「いいの、いいの」と呟き、僕の肩を揺する。
「ありがとう…」
その言葉で精一杯。でも、その言葉だけで十分だった。
その夜、僕はこれ以上ないくらい、幸せな気持ちで床についた。
そして、アスカに会いたい、そう思いながら、眠りについた。
162: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/16(水) 23:17:49.64 ID:???
>>161
雨が梅雨入りを告げるかのように、昼過ぎから降り始めた。
普段と違うジャケットを着て、私はここに座っている。
普段のテラスからの眺めとは違い、薄暗い店内からの視界は狭く、街並みも遠くに見える。
手元には、コーヒーと新聞。1通の葉書。そしてハムと卵のサンドイッチ。
普段は頼まないのだが、何故か今日は注文してしまったサンドイッチ。
まあ、今日は普段とは違うジャケットを着ていることだし、良しとしよう。
別に誰かが見ているわけでもない。誰とも関係を築いていないこの場所で、
私の世界に発生した多少の異質さなど、何の問題も無いのだ。
誰かと関係を持てば、必ず問題が起こる。それはあるときは仕事上であったり、
あるいは金銭的なものであったり、更に言えば男女関係などということもある。
恋愛は罪悪だ、そう思い続けてきた私を、救ってくれたのが妻だったのだろう。
私が自分の周りに張り巡らせた壁をすり抜け、私の中に踏み込んでなお私を癒やしてくれたのは、
彼女以外にはいなかった。
今までも、そしてこれからも。
私は、1通の葉書を手に取る。家に郵便が来ること自体、半年ぶりだ。
それは銀行からの通知。貸金庫の契約期間が終了し、
その後の自動継続期間も終わった旨を知らせる案内。
雨が梅雨入りを告げるかのように、昼過ぎから降り始めた。
普段と違うジャケットを着て、私はここに座っている。
普段のテラスからの眺めとは違い、薄暗い店内からの視界は狭く、街並みも遠くに見える。
手元には、コーヒーと新聞。1通の葉書。そしてハムと卵のサンドイッチ。
普段は頼まないのだが、何故か今日は注文してしまったサンドイッチ。
まあ、今日は普段とは違うジャケットを着ていることだし、良しとしよう。
別に誰かが見ているわけでもない。誰とも関係を築いていないこの場所で、
私の世界に発生した多少の異質さなど、何の問題も無いのだ。
誰かと関係を持てば、必ず問題が起こる。それはあるときは仕事上であったり、
あるいは金銭的なものであったり、更に言えば男女関係などということもある。
恋愛は罪悪だ、そう思い続けてきた私を、救ってくれたのが妻だったのだろう。
私が自分の周りに張り巡らせた壁をすり抜け、私の中に踏み込んでなお私を癒やしてくれたのは、
彼女以外にはいなかった。
今までも、そしてこれからも。
私は、1通の葉書を手に取る。家に郵便が来ること自体、半年ぶりだ。
それは銀行からの通知。貸金庫の契約期間が終了し、
その後の自動継続期間も終わった旨を知らせる案内。
163: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/16(水) 23:18:24.65 ID:???
>>162
コーヒーを一口飲み、何度かその通知を読み返す。ふぅ、と溜め息が出る。
このタイミングでこの通知が来るというのも、何かの予兆なのだろうか。
雨煙で霞む向こう側の楽器店をちらりと見る。金髪少女と楽器店、そして貸金庫。
これらは点だ。やがてこれらを結ぶ線が現れるのだろうか。そして私が待っているものは、
その「線」の出現なのだろうか。
路上に打ち付ける雨音が今日は心地よい。
今私は、何かの予感に導かれて、何かを待っている。その何か、
その「線」は一体どのようなものなのか、人なのか、事件なのか、それは私にも分からない。
が、確かに近いうちにここで、私が待ち続けていた答えが出る、私にはそれが分かる。
店の奥で電話が鳴る。今時珍しい、ベルの音がジリジリと鳴る。まるで私宛の電話のように、
その音は私の耳に鋭く突き刺さる。これか、と身構えるが、店主が電話を取り、そのまま話を始める。
グラスの納品が多少遅れることなど、私には関係ないことだ。
コーヒーを飲み干す。いつもならそれをひとつのタイミングとして、私は席を立ち、
寝床に向かって歩き出すのだが、今日は何故かその気にならなかった。
席を立ったまではいいが、そのまま私は店主のところに向かい、コーヒーのお代わりを注文する。
おや、という顔をして店主が伝票に書き加える。
うむ。それでいい。私は、何かに導かれるように、ここに来た。
その日以来、確実にその時は近づいている。それでいいのだ。このまま、ここで待とう。
コーヒーを一口飲み、何度かその通知を読み返す。ふぅ、と溜め息が出る。
このタイミングでこの通知が来るというのも、何かの予兆なのだろうか。
雨煙で霞む向こう側の楽器店をちらりと見る。金髪少女と楽器店、そして貸金庫。
これらは点だ。やがてこれらを結ぶ線が現れるのだろうか。そして私が待っているものは、
その「線」の出現なのだろうか。
路上に打ち付ける雨音が今日は心地よい。
今私は、何かの予感に導かれて、何かを待っている。その何か、
その「線」は一体どのようなものなのか、人なのか、事件なのか、それは私にも分からない。
が、確かに近いうちにここで、私が待ち続けていた答えが出る、私にはそれが分かる。
店の奥で電話が鳴る。今時珍しい、ベルの音がジリジリと鳴る。まるで私宛の電話のように、
その音は私の耳に鋭く突き刺さる。これか、と身構えるが、店主が電話を取り、そのまま話を始める。
グラスの納品が多少遅れることなど、私には関係ないことだ。
コーヒーを飲み干す。いつもならそれをひとつのタイミングとして、私は席を立ち、
寝床に向かって歩き出すのだが、今日は何故かその気にならなかった。
席を立ったまではいいが、そのまま私は店主のところに向かい、コーヒーのお代わりを注文する。
おや、という顔をして店主が伝票に書き加える。
うむ。それでいい。私は、何かに導かれるように、ここに来た。
その日以来、確実にその時は近づいている。それでいいのだ。このまま、ここで待とう。
168: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/17(木) 23:48:40.07 ID:???
>>163
「で、いくらあったの…?」
「…アスカも随分と物欲的だよね…、」ジトー
「何言ってんの、話聞きながら貰い泣きどんだけしたと思ってんのよ、」
目を真っ赤にしながら僕の目の前にいるアスカ。ああ、アスカ。僕は君に会えて本当に良かった。
「えーとね…、しっかりとは見ていないんだけど、とりあえずすぐに動かせる金額としては…
7,000万くらい?あとは運用に回っているのが同じくらいある筈だよ…」
生命保険や事故の賠償金が合わせてだいたい1億円。それが2人分。
色々な誘惑もあっただろうけど、伯父さん伯母さんは断固としてその一線は守ってくれた。
金額の半分は学費と生活費として、残り半分は将来の為に運用。将来、僕が大人になり、
家を出て行く時になったら、話をしてその荷を下ろそう。そう思っていた日が遂にやってきて、
伯母さんも伯父さんもほっとしたと同時に、少し寂しそうだった。
アスカは溜め息をつく。
「それだけあったら、大学受け放題よねぇ…、っていうか、家だって買えちゃうじゃない、
いやむしろ、働かなくてもいいんじゃない?」
「アスカ、それじゃあダメなんだよ、」
僕の父さん、母さんが、この中で生きている。何故か通帳を見ていてそう思った。
ただの数字の羅列の筈なのに、そこにある0とかカンマとか、1とか2とか3とか、
とにかくその数字の波が心臓の鼓動のように思えてきて、父さん母さんが
そこで呼吸をしているように見えてきて、僕は胸いっぱいだった。
母さんや父さんに抱きしめられているような気がして、僕は帰りの電車の中で、
通帳をずっと抱きしめていたんだ…。
そう話すと、アスカはまた目に涙を溜めてしばらく何も言わずに僕の顔をじっと見つめていた。
笑われるかと思っていた僕はちょっと拍子抜けしてしまったくらい。
アスカは黙って立ち上がると、僕をそのまま抱きしめてくれた。
アスカの匂いが鼻腔を伝わってくる。2日会えなかっただけなのに、ものすごく新鮮で、
ものすごく懐かしい匂い。
「アスカ、」「何も言わないでいいわよ。分かってるから」
数分間、そのままじっとしていた僕たちは、やがてお互いを見合わせて、
ラウンジに誰もいないことを確かめてから、ゆっくりとキスをする。
「で、いくらあったの…?」
「…アスカも随分と物欲的だよね…、」ジトー
「何言ってんの、話聞きながら貰い泣きどんだけしたと思ってんのよ、」
目を真っ赤にしながら僕の目の前にいるアスカ。ああ、アスカ。僕は君に会えて本当に良かった。
「えーとね…、しっかりとは見ていないんだけど、とりあえずすぐに動かせる金額としては…
7,000万くらい?あとは運用に回っているのが同じくらいある筈だよ…」
生命保険や事故の賠償金が合わせてだいたい1億円。それが2人分。
色々な誘惑もあっただろうけど、伯父さん伯母さんは断固としてその一線は守ってくれた。
金額の半分は学費と生活費として、残り半分は将来の為に運用。将来、僕が大人になり、
家を出て行く時になったら、話をしてその荷を下ろそう。そう思っていた日が遂にやってきて、
伯母さんも伯父さんもほっとしたと同時に、少し寂しそうだった。
アスカは溜め息をつく。
「それだけあったら、大学受け放題よねぇ…、っていうか、家だって買えちゃうじゃない、
いやむしろ、働かなくてもいいんじゃない?」
「アスカ、それじゃあダメなんだよ、」
僕の父さん、母さんが、この中で生きている。何故か通帳を見ていてそう思った。
ただの数字の羅列の筈なのに、そこにある0とかカンマとか、1とか2とか3とか、
とにかくその数字の波が心臓の鼓動のように思えてきて、父さん母さんが
そこで呼吸をしているように見えてきて、僕は胸いっぱいだった。
母さんや父さんに抱きしめられているような気がして、僕は帰りの電車の中で、
通帳をずっと抱きしめていたんだ…。
そう話すと、アスカはまた目に涙を溜めてしばらく何も言わずに僕の顔をじっと見つめていた。
笑われるかと思っていた僕はちょっと拍子抜けしてしまったくらい。
アスカは黙って立ち上がると、僕をそのまま抱きしめてくれた。
アスカの匂いが鼻腔を伝わってくる。2日会えなかっただけなのに、ものすごく新鮮で、
ものすごく懐かしい匂い。
「アスカ、」「何も言わないでいいわよ。分かってるから」
数分間、そのままじっとしていた僕たちは、やがてお互いを見合わせて、
ラウンジに誰もいないことを確かめてから、ゆっくりとキスをする。
169: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/17(木) 23:49:37.99 ID:???
>>168
「シンジ、」「何?」「久しぶりにシンジのチェロが聴きたい」
「うん、わかった」
日曜の夕方、西日が差し込む中で、僕たちは部屋に戻ってチェロを取り出す。
アスカのために、今日は何を弾こう。
「…って、あれ?」
A弦が切れてる。そう滅多に切れるものじゃないんだけど…。
「…管理が悪かったんじゃ無いの?」
「うーん…そんなことはないはずなんだけどな…。留守中、部屋が暑かったのかな…」
「まあいいわ。それなら今度買いに行きましょ」「そうだね」
明日、学校に行ったら、ミサト先生に報告をしなくては。そんなことを考えながら、
ひょっとしたら僕の人生を変えたかもしれない土日が終わった。
「シンジ、」「何?」「久しぶりにシンジのチェロが聴きたい」
「うん、わかった」
日曜の夕方、西日が差し込む中で、僕たちは部屋に戻ってチェロを取り出す。
アスカのために、今日は何を弾こう。
「…って、あれ?」
A弦が切れてる。そう滅多に切れるものじゃないんだけど…。
「…管理が悪かったんじゃ無いの?」
「うーん…そんなことはないはずなんだけどな…。留守中、部屋が暑かったのかな…」
「まあいいわ。それなら今度買いに行きましょ」「そうだね」
明日、学校に行ったら、ミサト先生に報告をしなくては。そんなことを考えながら、
ひょっとしたら僕の人生を変えたかもしれない土日が終わった。
170: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/17(木) 23:50:56.03 ID:???
>>169
「ちぇっ、雨かあ…昨日のうちに買いに行けば良かったかもね…」
月曜日。昼過ぎから雨が降り始め、学校から帰る頃には本降りになった。
アスカは口を尖らせて不満そうなことを言うけれど、その実、全然気にはしていない。
それはアスカの足取りを見れば分かる。
「ちょっ、待ってよアスカ…」
濡れるのも意に介さず、通りをすたすたと歩いて行くアスカと、それを追いかける僕。
なんだか僕だけ傘を差しているのが悪いような気もしてくる。
「ひゃあ、だいぶ濡れちゃった。シ~ンジ、暖めて//」
そう言うと僕の傘の下に飛び込むように入ってくる我が姫君。ん、姫なんて言うと、
なんだか真希波さんの口癖が移ったみたいだ。
「なんだかご機嫌だね…」「そりゃあそうよ、久しぶりのデートよ」
「いや、デートっていうほどのものでもないと思うけど…」
「いいのよ、あたしがデートだと思えばそれがデートなのよ。行き先はこの際関係ないわ。
あたしがデートだと思えばそれが楽器屋だろうが銭湯だろうがゴミ処理場であろうが、デートなのよ。
文句ある?」
ははは、思わず笑ってしまう。僕の方を見つめるブルーの瞳。いやあ、やっぱり可愛いなぁ…、
つくづくそう思う。
駅前近くの商店街の中にある楽器店。時々僕はここに来てギターの弦を買ったりはしていたけど、
チェロの弦を買うのは初めてだ。というか、果たして売っているのだろうか…?
「…あ、やっぱり注文ですか」
「そうですね…今調べたらヤーガーとスピロコアなら在庫があるので、2,3日で来ると思いますけど…」
ちょっと高い弦。でもまあ仕方が無い。なにげにかなり痛い出費。
「じゃあ、それでお願いします。」
アスカを振り返る。
「ちぇっ、雨かあ…昨日のうちに買いに行けば良かったかもね…」
月曜日。昼過ぎから雨が降り始め、学校から帰る頃には本降りになった。
アスカは口を尖らせて不満そうなことを言うけれど、その実、全然気にはしていない。
それはアスカの足取りを見れば分かる。
「ちょっ、待ってよアスカ…」
濡れるのも意に介さず、通りをすたすたと歩いて行くアスカと、それを追いかける僕。
なんだか僕だけ傘を差しているのが悪いような気もしてくる。
「ひゃあ、だいぶ濡れちゃった。シ~ンジ、暖めて//」
そう言うと僕の傘の下に飛び込むように入ってくる我が姫君。ん、姫なんて言うと、
なんだか真希波さんの口癖が移ったみたいだ。
「なんだかご機嫌だね…」「そりゃあそうよ、久しぶりのデートよ」
「いや、デートっていうほどのものでもないと思うけど…」
「いいのよ、あたしがデートだと思えばそれがデートなのよ。行き先はこの際関係ないわ。
あたしがデートだと思えばそれが楽器屋だろうが銭湯だろうがゴミ処理場であろうが、デートなのよ。
文句ある?」
ははは、思わず笑ってしまう。僕の方を見つめるブルーの瞳。いやあ、やっぱり可愛いなぁ…、
つくづくそう思う。
駅前近くの商店街の中にある楽器店。時々僕はここに来てギターの弦を買ったりはしていたけど、
チェロの弦を買うのは初めてだ。というか、果たして売っているのだろうか…?
「…あ、やっぱり注文ですか」
「そうですね…今調べたらヤーガーとスピロコアなら在庫があるので、2,3日で来ると思いますけど…」
ちょっと高い弦。でもまあ仕方が無い。なにげにかなり痛い出費。
「じゃあ、それでお願いします。」
アスカを振り返る。
171: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/17(木) 23:51:26.98 ID:???
>>170
「ごめん…、今すぐはチェロ弾けないや…」
ふーん、という顔をしているアスカ。
「ま、しょうがないわね…。でもその代わり、来たらたくさん弾いてね」「うん、それはもちろん」
僕は注文票に自分の連絡先を書いてお店の人に渡してから、店内をぐるりと見回す。
そう、この奥にアコギのコーナーがあって、そこには…
「あ、あった。」
MartinのD-28。相変わらずの存在感。そして、高い。
「ねぇシンジ、」
アスカが後ろから興味深そうにギターを見ている。
「何?」「ギターって、なんでこんなに値段の差があるの?」
「うーん…ギターに限らず、楽器ってみんなこんなもんだよ。材料の木材とか、
作っている国とかで値段が全然違うし…、あと音も違うよね…」
「へー、そういうもんなの?」
「うん…ざっくり言ってしまうと、値段と音は比例関係にあるんじゃないかな…」
例えば、と僕はグァルネリとかストラディヴァリウスの話をする。
「はぁ?バッカじゃないの?そんなヴァイオリン1つに億単位のお金出すなんて」
アスカは呆れ顔だ。
「どーせ目つぶって弾いたら違いなんて分かんないわよ」「はは、確かにそうかも」
他愛もない話をしながら、店を出る。
と、そこで僕は、人にぶつかる。
「ごめん…、今すぐはチェロ弾けないや…」
ふーん、という顔をしているアスカ。
「ま、しょうがないわね…。でもその代わり、来たらたくさん弾いてね」「うん、それはもちろん」
僕は注文票に自分の連絡先を書いてお店の人に渡してから、店内をぐるりと見回す。
そう、この奥にアコギのコーナーがあって、そこには…
「あ、あった。」
MartinのD-28。相変わらずの存在感。そして、高い。
「ねぇシンジ、」
アスカが後ろから興味深そうにギターを見ている。
「何?」「ギターって、なんでこんなに値段の差があるの?」
「うーん…ギターに限らず、楽器ってみんなこんなもんだよ。材料の木材とか、
作っている国とかで値段が全然違うし…、あと音も違うよね…」
「へー、そういうもんなの?」
「うん…ざっくり言ってしまうと、値段と音は比例関係にあるんじゃないかな…」
例えば、と僕はグァルネリとかストラディヴァリウスの話をする。
「はぁ?バッカじゃないの?そんなヴァイオリン1つに億単位のお金出すなんて」
アスカは呆れ顔だ。
「どーせ目つぶって弾いたら違いなんて分かんないわよ」「はは、確かにそうかも」
他愛もない話をしながら、店を出る。
と、そこで僕は、人にぶつかる。
172: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/17(木) 23:53:06.93 ID:???
>>171
その瞬間、総毛立つ。胸の奥底で、何かがギュッと締め付けられるような感覚と、
頭上数センチのところから電流を流されたような感覚が同時に私に襲いかかる。
これだ。間違いない。
薄暗い店内の片隅に座っていても、私にははっきりと分かった。
例の金髪の少女、続けて、現れる少年。
遠くからでも見間違えようが無い。
まるで、あの子がそこに立っているかのようだ。衆人の中では彼はいまどきの高校生なのかもしれない。
が、私にとっては、彼こそが待ち続けていたその「何か」だった。
ガタン。思わず隣のテーブルに足をぶつけてしまう。音楽を聴いているOL風の女が
こちらを睨んできたようだが、私は構わず急いで彼らの後を追って店から出ようとする。
いや、そこまで焦る必要はない。何故なら彼らは目の前の楽器店に入り、何やら店員と話をしている。
この視力の弱った目が、はっきりと彼らの姿を捉える。通りを挟んで、暗い店内からも、
私には何故か彼らの姿が周りから浮き上がって見える。
その瞬間、総毛立つ。胸の奥底で、何かがギュッと締め付けられるような感覚と、
頭上数センチのところから電流を流されたような感覚が同時に私に襲いかかる。
これだ。間違いない。
薄暗い店内の片隅に座っていても、私にははっきりと分かった。
例の金髪の少女、続けて、現れる少年。
遠くからでも見間違えようが無い。
まるで、あの子がそこに立っているかのようだ。衆人の中では彼はいまどきの高校生なのかもしれない。
が、私にとっては、彼こそが待ち続けていたその「何か」だった。
ガタン。思わず隣のテーブルに足をぶつけてしまう。音楽を聴いているOL風の女が
こちらを睨んできたようだが、私は構わず急いで彼らの後を追って店から出ようとする。
いや、そこまで焦る必要はない。何故なら彼らは目の前の楽器店に入り、何やら店員と話をしている。
この視力の弱った目が、はっきりと彼らの姿を捉える。通りを挟んで、暗い店内からも、
私には何故か彼らの姿が周りから浮き上がって見える。
173: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/17(木) 23:54:13.65 ID:???
>>172
そのまま店内の奥に消えていく2人。ギターか…。何か私の記憶の片隅で疼くものがある。
何か、点と点が結びつきそうな、そんな疼きだ。
脳の皺の1本1本、血管の位置までが分かるような、そんな電気的な疼きが私の動きを
止めてしまう。あと、もう少しなのだ。ココデトマルワケニハイカナイノダ。
痛むこめかみを押さえつけ、目を閉じ息を整える。1、2、3、4…
脳漿の海の中をバルスが飛び交っている。ゆっくりと、しかし確実に点と点が結ばれつつある。
電気が触手のように、次の点をたぐり寄せる。
時が来た。今がその時だ。
私は目を開く。そして一歩、前に踏み出す。雨脚は更に強まり、
通りを走る車が一斉にライトを点け始める。
彼らが出てくる。待て、私がそこに行くまで、少し待て。
道を横断しようとする私の前を、大型のトラックが派手なクラクションを鳴らして通り過ぎていく。
そのトラックが過ぎ去った後、あの2人の姿はそこにはない。
通りを渡り、左右を見渡し、店内を覗いてみても、どこにも2人はいない。遅かった。
思わず、天を仰ぐ。雨が、シャワーとなって、私の顔に降り注ぐ。
まあいい、大丈夫だ。今はこれでいい。彼らはまたきっと現れる。いや、現れるまで、待ってやる。
そのまま店内の奥に消えていく2人。ギターか…。何か私の記憶の片隅で疼くものがある。
何か、点と点が結びつきそうな、そんな疼きだ。
脳の皺の1本1本、血管の位置までが分かるような、そんな電気的な疼きが私の動きを
止めてしまう。あと、もう少しなのだ。ココデトマルワケニハイカナイノダ。
痛むこめかみを押さえつけ、目を閉じ息を整える。1、2、3、4…
脳漿の海の中をバルスが飛び交っている。ゆっくりと、しかし確実に点と点が結ばれつつある。
電気が触手のように、次の点をたぐり寄せる。
時が来た。今がその時だ。
私は目を開く。そして一歩、前に踏み出す。雨脚は更に強まり、
通りを走る車が一斉にライトを点け始める。
彼らが出てくる。待て、私がそこに行くまで、少し待て。
道を横断しようとする私の前を、大型のトラックが派手なクラクションを鳴らして通り過ぎていく。
そのトラックが過ぎ去った後、あの2人の姿はそこにはない。
通りを渡り、左右を見渡し、店内を覗いてみても、どこにも2人はいない。遅かった。
思わず、天を仰ぐ。雨が、シャワーとなって、私の顔に降り注ぐ。
まあいい、大丈夫だ。今はこれでいい。彼らはまたきっと現れる。いや、現れるまで、待ってやる。
174: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/17(木) 23:55:45.93 ID:???
>>173
「そういえばさ、」
雨音が激しくなり、傘に打ち付ける雨の勢いが物凄いことになってきている。
傘なんて差していても意味がないんじゃない?と思えるくらいに、あたしたちは濡れている。
「え?何?」
うまく聞こえなかった。この雨音が煩い。
「いや、さっき出口でどこかのおじさんとぶつかったじゃない?
あの人、どこかで見たことがあるような気がしてさ…」
どこかで雷も聞こえる。
「そう?気のせいよ」
そう言いながら、あたしは日曜日の出来事を思い出す。
「そうそうシンジ、そういえばね、」
あたしは何と無しにその話を口にする。確か場所もあの楽器店の前あたりだったはず。
シンジはへぇ~と目を丸くする。
「そういえばさ、」
雨音が激しくなり、傘に打ち付ける雨の勢いが物凄いことになってきている。
傘なんて差していても意味がないんじゃない?と思えるくらいに、あたしたちは濡れている。
「え?何?」
うまく聞こえなかった。この雨音が煩い。
「いや、さっき出口でどこかのおじさんとぶつかったじゃない?
あの人、どこかで見たことがあるような気がしてさ…」
どこかで雷も聞こえる。
「そう?気のせいよ」
そう言いながら、あたしは日曜日の出来事を思い出す。
「そうそうシンジ、そういえばね、」
あたしは何と無しにその話を口にする。確か場所もあの楽器店の前あたりだったはず。
シンジはへぇ~と目を丸くする。
175: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/17(木) 23:56:59.00 ID:???
>>174
「で、その人はそのまま行っちゃったの?」「うん」
「…クリーニング代とか払わなくて、いいのかな?」
「わかんないけど、でも何か偉そうなオヤジでさ、ガラも悪くって災難だったわよ…」
ほんとは、悪いことをしたと思っている。でも、なんとなくだけど、その気持ちを口に出来ない。
でもきっと、シンジはそんなあたしのことも、分かってくれている。
「まあ、もし今度会うことがあったら、もう一度謝ろうよ。僕も一緒にいたら謝ってあげるからさ…」
「…」
無言で頷くあたし。そのまま濡れた頬をシンジの肩に預ける。シンジの肩もしっとりと濡れている。
雨はますます強く降ってくる。寮が見えてきたけど、雨に霞んでまるで異界への入口のようだ。
「寮に帰ったら、まずはお風呂に入りたいわ…」「…はは、そうだね」
「一緒に入ろっか?」
その瞬間、シンジが噴き出す。こういうところが可愛い。
「何顔赤くしてんのよ?冗談に決まってんでしょ?」
傘から飛び出して、振り返りざま、舌を出してシンジを指差す。そう、今はまだね。
シンジに聞こえないように呟くと、あたしは寮に向かって走り出す。
「待ってよアスカぁ」
後ろから追いかけてくる声。シャワーのように降りしきる雨が心地よい。
ほんとは一緒に入りたいけど、恥ずかしすぎてそんなこと言えないわ///
「で、その人はそのまま行っちゃったの?」「うん」
「…クリーニング代とか払わなくて、いいのかな?」
「わかんないけど、でも何か偉そうなオヤジでさ、ガラも悪くって災難だったわよ…」
ほんとは、悪いことをしたと思っている。でも、なんとなくだけど、その気持ちを口に出来ない。
でもきっと、シンジはそんなあたしのことも、分かってくれている。
「まあ、もし今度会うことがあったら、もう一度謝ろうよ。僕も一緒にいたら謝ってあげるからさ…」
「…」
無言で頷くあたし。そのまま濡れた頬をシンジの肩に預ける。シンジの肩もしっとりと濡れている。
雨はますます強く降ってくる。寮が見えてきたけど、雨に霞んでまるで異界への入口のようだ。
「寮に帰ったら、まずはお風呂に入りたいわ…」「…はは、そうだね」
「一緒に入ろっか?」
その瞬間、シンジが噴き出す。こういうところが可愛い。
「何顔赤くしてんのよ?冗談に決まってんでしょ?」
傘から飛び出して、振り返りざま、舌を出してシンジを指差す。そう、今はまだね。
シンジに聞こえないように呟くと、あたしは寮に向かって走り出す。
「待ってよアスカぁ」
後ろから追いかけてくる声。シャワーのように降りしきる雨が心地よい。
ほんとは一緒に入りたいけど、恥ずかしすぎてそんなこと言えないわ///
179: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/18(金) 23:47:44.08 ID:???
>>175
その夜、夢を見た。
妻と子があちらに行ってしまってから、初めて見る夢かもしれない。
そこは、どこかの公園で、私は妻と木陰にシートを敷いて座っている。
我が子は私たちの視線の先、芝生の上に座って遊んでいる。
微笑みが絶えない。ほぼ、笑ったことのない私が、妻と子を見て微笑んでいる。
妻が、微笑み返す。
かつて、仕事に明け暮れていたせいで、私とは隔絶した世界で2人で生きていた妻と子。
おまえが私に望んでいたのは、こういうことだったのか?
ただ少しの家族としての時間、それだけがおまえの望みだったというのか?
「いいえ、」
彼女は声を発する。久しぶりに聞く妻の声だ。それだけで、この夢を見て良かったと思う。
「あなたには、知って欲しかったの。これが、幸せというものなのだと」
私は目を見張る。本当に妻が私の隣に来て、話しているかのようだ。
「仕事に逃げるばかりではダメ。何を怖がっていたの?
あなたは、こんなにもこの子に愛されていたというのに」
気がつくと、膝元に我が子がやってきて、私の膝の上によじ登ろうとしている。
私は、彼を抱き上げる。無垢な笑顔が、そこにある。ああ…、なんということだ。
「そう、今あなたが感じたその気持ちよ、忘れないで」
「忘れるも何も、もう私には何も残されていないのだ」
思わず声に出す。そうだ、何をしようとしても、手遅れなのだ。私は…私は、妻も子も、愛そうとした。
が、それをどのような形で表したら良いのか、分からなかった。敗れて、傷つくのが怖かった。
だから、何もしなかったのだ。そして、愛すること、その時が来る前に、
私はその機会を永久に奪われた。
その夜、夢を見た。
妻と子があちらに行ってしまってから、初めて見る夢かもしれない。
そこは、どこかの公園で、私は妻と木陰にシートを敷いて座っている。
我が子は私たちの視線の先、芝生の上に座って遊んでいる。
微笑みが絶えない。ほぼ、笑ったことのない私が、妻と子を見て微笑んでいる。
妻が、微笑み返す。
かつて、仕事に明け暮れていたせいで、私とは隔絶した世界で2人で生きていた妻と子。
おまえが私に望んでいたのは、こういうことだったのか?
ただ少しの家族としての時間、それだけがおまえの望みだったというのか?
「いいえ、」
彼女は声を発する。久しぶりに聞く妻の声だ。それだけで、この夢を見て良かったと思う。
「あなたには、知って欲しかったの。これが、幸せというものなのだと」
私は目を見張る。本当に妻が私の隣に来て、話しているかのようだ。
「仕事に逃げるばかりではダメ。何を怖がっていたの?
あなたは、こんなにもこの子に愛されていたというのに」
気がつくと、膝元に我が子がやってきて、私の膝の上によじ登ろうとしている。
私は、彼を抱き上げる。無垢な笑顔が、そこにある。ああ…、なんということだ。
「そう、今あなたが感じたその気持ちよ、忘れないで」
「忘れるも何も、もう私には何も残されていないのだ」
思わず声に出す。そうだ、何をしようとしても、手遅れなのだ。私は…私は、妻も子も、愛そうとした。
が、それをどのような形で表したら良いのか、分からなかった。敗れて、傷つくのが怖かった。
だから、何もしなかったのだ。そして、愛すること、その時が来る前に、
私はその機会を永久に奪われた。
180: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/18(金) 23:50:24.33 ID:???
>>179
妻と子が午前の散歩中に交通事故に遭い、病院で亡くなったという連絡を受けたのは、
いつも通り終電に乗る為に駅の改札を入ったところだった。
警察の人間は、何度も連絡したんですけどね、と日中何度もかかってきた知らない番号からの着信を
無視し続けた私を詰り、事務的に病院の所在地を教え、僅かな溜め息と共に電話を切った。
その足で駆けつけた病院で見た2人は既に霊安室という名の冷凍庫の中に入れられ、
その日の朝に私が見た2人とは全く別の物体に変わり果てていた。
冷たくなった2人の死に顔。それに対して何も感じなかった私。
いや、明日からの仕事の段取りをどうしようか、と迷惑がってすらいた私。
そんな私を、今の私は心底軽蔑し、少し哀れにさえ思う。
「そんなことはないわ、」
彼女は立ち上がって私の頬を撫で、そのままその手で子供の手を引き、歩き出す。
「あなたにはまだ残されているものがある。あなたは、気づいているはず、」
私は、彼女たちを目で追うことしか出来ない。
「次が、最後のチャンスよ。頑張って、そして思い出して。あなたが、
どれだけこの子に支えられていたのかを」
「待ってくれ!」
妻と子はどんどん先へ進んでいく。私は、この場から動けない。立ち上がれない。
「待ってくれ!また私はおまえ達を失ってしまうのか!」
「いいえ、」
彼女は振り返って、微笑む。
「もうすぐ、また会えるわ」
そうして、ふいに、彼女は消える。手を引いていた、我が子も。
「…ユ」
妻の名を叫ぼうとしたところで、目が覚める。
全身が、痺れたような感覚。呼吸も荒い。汗も大量にかいている。
不意に、涙がこぼれ落ちる。もう枯れ果てていたと思っていたのだが。
身体のあちこちに疼痛を感じながら、私はゆっくりと起き出し、身支度をする。
やるべきことは、分かっている。
ただ、残り時間はもう僅かだ。
妻と子が午前の散歩中に交通事故に遭い、病院で亡くなったという連絡を受けたのは、
いつも通り終電に乗る為に駅の改札を入ったところだった。
警察の人間は、何度も連絡したんですけどね、と日中何度もかかってきた知らない番号からの着信を
無視し続けた私を詰り、事務的に病院の所在地を教え、僅かな溜め息と共に電話を切った。
その足で駆けつけた病院で見た2人は既に霊安室という名の冷凍庫の中に入れられ、
その日の朝に私が見た2人とは全く別の物体に変わり果てていた。
冷たくなった2人の死に顔。それに対して何も感じなかった私。
いや、明日からの仕事の段取りをどうしようか、と迷惑がってすらいた私。
そんな私を、今の私は心底軽蔑し、少し哀れにさえ思う。
「そんなことはないわ、」
彼女は立ち上がって私の頬を撫で、そのままその手で子供の手を引き、歩き出す。
「あなたにはまだ残されているものがある。あなたは、気づいているはず、」
私は、彼女たちを目で追うことしか出来ない。
「次が、最後のチャンスよ。頑張って、そして思い出して。あなたが、
どれだけこの子に支えられていたのかを」
「待ってくれ!」
妻と子はどんどん先へ進んでいく。私は、この場から動けない。立ち上がれない。
「待ってくれ!また私はおまえ達を失ってしまうのか!」
「いいえ、」
彼女は振り返って、微笑む。
「もうすぐ、また会えるわ」
そうして、ふいに、彼女は消える。手を引いていた、我が子も。
「…ユ」
妻の名を叫ぼうとしたところで、目が覚める。
全身が、痺れたような感覚。呼吸も荒い。汗も大量にかいている。
不意に、涙がこぼれ落ちる。もう枯れ果てていたと思っていたのだが。
身体のあちこちに疼痛を感じながら、私はゆっくりと起き出し、身支度をする。
やるべきことは、分かっている。
ただ、残り時間はもう僅かだ。
181: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/18(金) 23:51:22.00 ID:???
>>180
頼んでいたチェロの弦がお店に納品された、という連絡が来たのは、翌日の夕方だった。
雨は止みはしたものの、夏の日差しにはまだ負けない、とばかりにたくさんの雲が空を覆い尽くしている。
水曜が5時限しか授業がなかったので、学校が終わってからアスカと2人で取りに行くことにした。
「アスカが言ってた人、いるかな…?」
「えー、いるわけないと思うけど…ほんと、偶然に偶然が重なったのよ」
すっかり蒸し暑くなった梅雨の昼下がりに、僕たちは駅に向かって歩く。
17になる夏に、僕は本当に大きな大きなプレゼントをもらった。経済的に、というより、
人間的に、とてもとても大きなプレゼントだったと思う。
今度あちらに帰る(実家に、と言うにはまだ何か恥ずかしい)時に、
父さん母さんの写真が他にないかどうか聞いてみよう、そんなことを考えながら歩く。
「…ちょっと、シンジ、あなたあたしの言ったこと聞いてなかったでしょ?」
うっ…ごめん、全く聞いてなかった。
「…あ、いや…聞いてた…けど…」
アスカが笑い出す。
「ハハハ、シンジってほんと嘘つくの下手ね。モロ分かりじゃん、」
何も言えない僕。
頼んでいたチェロの弦がお店に納品された、という連絡が来たのは、翌日の夕方だった。
雨は止みはしたものの、夏の日差しにはまだ負けない、とばかりにたくさんの雲が空を覆い尽くしている。
水曜が5時限しか授業がなかったので、学校が終わってからアスカと2人で取りに行くことにした。
「アスカが言ってた人、いるかな…?」
「えー、いるわけないと思うけど…ほんと、偶然に偶然が重なったのよ」
すっかり蒸し暑くなった梅雨の昼下がりに、僕たちは駅に向かって歩く。
17になる夏に、僕は本当に大きな大きなプレゼントをもらった。経済的に、というより、
人間的に、とてもとても大きなプレゼントだったと思う。
今度あちらに帰る(実家に、と言うにはまだ何か恥ずかしい)時に、
父さん母さんの写真が他にないかどうか聞いてみよう、そんなことを考えながら歩く。
「…ちょっと、シンジ、あなたあたしの言ったこと聞いてなかったでしょ?」
うっ…ごめん、全く聞いてなかった。
「…あ、いや…聞いてた…けど…」
アスカが笑い出す。
「ハハハ、シンジってほんと嘘つくの下手ね。モロ分かりじゃん、」
何も言えない僕。
182: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/18(金) 23:51:56.70 ID:???
>>181
「罰としてアイス奢りなさい!」
「…う…はい」「素直でよろしい」
「で、アスカは何言ってたの?」
「ほらやっぱり聞いてない」ジトー
「え、いや、だからその…」「バカねぇ、もう。からかっただけよ」
「…え?」「ほんとは何も言ってないの。シンジが何か考え事してたみたいだったから、
引っ掛けてみただけw」
「ず、ずるいよアスカ」「へへへー、でもアイス奢りはホントだからね」「えー」「文句言わない」
こんな他愛も無い会話が本当に楽しい。リラックスできる。
「せめて、弦買ってからでいいかな?ああいうところに飲食物持って入るのはちょっと…」
アスカはニコニコして頷く。
雲の隙間から日差しがほんの少し差し込んだ頃、僕たちは楽器店の扉を開ける。
「罰としてアイス奢りなさい!」
「…う…はい」「素直でよろしい」
「で、アスカは何言ってたの?」
「ほらやっぱり聞いてない」ジトー
「え、いや、だからその…」「バカねぇ、もう。からかっただけよ」
「…え?」「ほんとは何も言ってないの。シンジが何か考え事してたみたいだったから、
引っ掛けてみただけw」
「ず、ずるいよアスカ」「へへへー、でもアイス奢りはホントだからね」「えー」「文句言わない」
こんな他愛も無い会話が本当に楽しい。リラックスできる。
「せめて、弦買ってからでいいかな?ああいうところに飲食物持って入るのはちょっと…」
アスカはニコニコして頷く。
雲の隙間から日差しがほんの少し差し込んだ頃、僕たちは楽器店の扉を開ける。
183: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/18(金) 23:53:50.78 ID:???
>>182
昨日あたりから疼く痛みを抱きかかえながら、待つこと2日。
私は、黙って立ち上がる。
時が来たのだ。誰が何と言おうと、断固として、その時が来たのだ。
誰にも邪魔はさせぬ。これが自分のこの世界で最後にやり残したこと、最後にやるべきことなのだ。
おそらく、もうこのカフェに来るのも今日が最後だ。この場所に、私の明日はないのだ。
テラスから道に降り、道路を横断する。街の喧騒など、何も聞こえぬ。
瞬間的に差し込んできた日差しが、私を照らす。そしてそのまま、店の入口へ。
まるで、妻が導いてくれているかのようだ。
一歩一歩踏みしめ、私は、その店の前に立つ。
そして、扉を開けて、中に入る。
昨日あたりから疼く痛みを抱きかかえながら、待つこと2日。
私は、黙って立ち上がる。
時が来たのだ。誰が何と言おうと、断固として、その時が来たのだ。
誰にも邪魔はさせぬ。これが自分のこの世界で最後にやり残したこと、最後にやるべきことなのだ。
おそらく、もうこのカフェに来るのも今日が最後だ。この場所に、私の明日はないのだ。
テラスから道に降り、道路を横断する。街の喧騒など、何も聞こえぬ。
瞬間的に差し込んできた日差しが、私を照らす。そしてそのまま、店の入口へ。
まるで、妻が導いてくれているかのようだ。
一歩一歩踏みしめ、私は、その店の前に立つ。
そして、扉を開けて、中に入る。
186: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/19(土) 23:58:39.40 ID:???
>>183
「やっぱりいいなぁ…」
そう呟いて、そのギターの前で立ち止まるシンジ。
「そんなに欲しいの?」
隣でアスカがシンジの右腕を占有している。
「うん、今は無理だけど、いつかはね…」
あまり多くを語らず、ただ目の前に並ぶギターを眺めているシンジ。
そんなシンジをこれもただ黙って見つめているアスカ。
「お待ちどおさまでした」
店員が取り寄せた弦を持ってくる。
「こちらでよろしいですか?」
ヤーガーのA弦。シンジは店員を見て、しっかりと頷く。
「ではこちらへ」
会計に案内される2人。
そこには先客がいて、ギターケースからギターを取り出している。
「長年使っていなかったのだが、メインテナンスをお願いしたい…」
なんだか長くなりそうな雰囲気に、アスカが早くも苛立ちの雰囲気を醸し出し…
「あっ!」
「え?」
アスカが思わず声を上げる。シンジが驚いてアスカを見る。
アスカはシンジの手を引き、その男の前に立つ。
「あ、あの…この前は、すいませんでした」
男はアスカをちらりと見て、何事も無かったかのように店員の方に向き直る。
シンジは、その風景を見て、全てを察する。
「すいません、あの、アスカ、いやこの人、すごく反省してるんです、本当に申し訳ありませんでした」
シンジも一緒になって男に頭を下げる。
「何のことだ?」
男が呟くように2人に向かって言葉を投げ下ろす。
「いや、あの…服、大丈夫でしたか?」
アスカがすっかり萎縮してしまっている。その迫力に気圧された形ではあるが、
普段のアスカとは違う様子に、シンジも少し驚いている。
「やっぱりいいなぁ…」
そう呟いて、そのギターの前で立ち止まるシンジ。
「そんなに欲しいの?」
隣でアスカがシンジの右腕を占有している。
「うん、今は無理だけど、いつかはね…」
あまり多くを語らず、ただ目の前に並ぶギターを眺めているシンジ。
そんなシンジをこれもただ黙って見つめているアスカ。
「お待ちどおさまでした」
店員が取り寄せた弦を持ってくる。
「こちらでよろしいですか?」
ヤーガーのA弦。シンジは店員を見て、しっかりと頷く。
「ではこちらへ」
会計に案内される2人。
そこには先客がいて、ギターケースからギターを取り出している。
「長年使っていなかったのだが、メインテナンスをお願いしたい…」
なんだか長くなりそうな雰囲気に、アスカが早くも苛立ちの雰囲気を醸し出し…
「あっ!」
「え?」
アスカが思わず声を上げる。シンジが驚いてアスカを見る。
アスカはシンジの手を引き、その男の前に立つ。
「あ、あの…この前は、すいませんでした」
男はアスカをちらりと見て、何事も無かったかのように店員の方に向き直る。
シンジは、その風景を見て、全てを察する。
「すいません、あの、アスカ、いやこの人、すごく反省してるんです、本当に申し訳ありませんでした」
シンジも一緒になって男に頭を下げる。
「何のことだ?」
男が呟くように2人に向かって言葉を投げ下ろす。
「いや、あの…服、大丈夫でしたか?」
アスカがすっかり萎縮してしまっている。その迫力に気圧された形ではあるが、
普段のアスカとは違う様子に、シンジも少し驚いている。
187: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/20(日) 00:00:24.72 ID:???
>>186
男はしばらくアスカとシンジを交互に眺め、そして一言、
「もう忘れた」
「(アスカ、ほんとにこの人なの?)」「(そうよ、こんな特徴ある人、見間違えるわけないじゃない)」
「おい、」
「(…ゴニョゴニョ…)」
「おい、」
「(…ゴニョゴニョ…)」
「おい、聞いているのか?」
「え?あ、はい!」
その低く太い声が、自分に向けて発せられていると気づいたシンジが直立不動の姿勢で返事をする。
「君、ギターは弾けるか?」
「え?あ、はい」
「すまんが、少し弾いてみてくれないか」
突然の成り行きに驚くシンジとアスカ。店員もいささか驚いている様子。
「これは、もう10年以上も銀行の貸金庫に放置されていたものだ。妻の形見だが…」
「え…、そんなものを僕に?どうして?」
「どうしてかは私にも分からん。ただ、弾けるのなら弾いてみてくれないか」
シンジはおそるおそる、そのギターに触れる。弦は錆びきっている。が、シンジが見た分には、
他にそんなに傷んでいる様子はない。
「あ…マーチンだ」
ヘッドに入ったC.F.Martin&Co.という文字にシンジの心は一気にざわめく。
6弦から1弦まで、指で弾いていく。弦はすっかり緩んでいて、このままでは弾くことも出来ない。
「…」
おそるおそる店員と男の顔を交互に眺め、それから意を決してシンジはペグを回す。
低い音が段々と高くなり、やがて6弦がやや古びたEの音を放つようになる。
「切れないかな…」
1弦はいつ切れてもおかしくないような状態ではあったが、なんとかチューニングを終え、
「では…」
最初にD、Bm、開放弦やちょっとしたアルペジオやらを少し試した後、
シンジはゆっくりと1曲弾き始める。
男はしばらくアスカとシンジを交互に眺め、そして一言、
「もう忘れた」
「(アスカ、ほんとにこの人なの?)」「(そうよ、こんな特徴ある人、見間違えるわけないじゃない)」
「おい、」
「(…ゴニョゴニョ…)」
「おい、」
「(…ゴニョゴニョ…)」
「おい、聞いているのか?」
「え?あ、はい!」
その低く太い声が、自分に向けて発せられていると気づいたシンジが直立不動の姿勢で返事をする。
「君、ギターは弾けるか?」
「え?あ、はい」
「すまんが、少し弾いてみてくれないか」
突然の成り行きに驚くシンジとアスカ。店員もいささか驚いている様子。
「これは、もう10年以上も銀行の貸金庫に放置されていたものだ。妻の形見だが…」
「え…、そんなものを僕に?どうして?」
「どうしてかは私にも分からん。ただ、弾けるのなら弾いてみてくれないか」
シンジはおそるおそる、そのギターに触れる。弦は錆びきっている。が、シンジが見た分には、
他にそんなに傷んでいる様子はない。
「あ…マーチンだ」
ヘッドに入ったC.F.Martin&Co.という文字にシンジの心は一気にざわめく。
6弦から1弦まで、指で弾いていく。弦はすっかり緩んでいて、このままでは弾くことも出来ない。
「…」
おそるおそる店員と男の顔を交互に眺め、それから意を決してシンジはペグを回す。
低い音が段々と高くなり、やがて6弦がやや古びたEの音を放つようになる。
「切れないかな…」
1弦はいつ切れてもおかしくないような状態ではあったが、なんとかチューニングを終え、
「では…」
最初にD、Bm、開放弦やちょっとしたアルペジオやらを少し試した後、
シンジはゆっくりと1曲弾き始める。
188: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/20(日) 00:01:44.67 ID:???
>>187
C、G、Am、E、F、C、F、G…
「カノンだ…」
アスカがぽつりと呟く。シンジはそのコードを一通り弾いたあと、穏やかな声で、歌い始める。
I know , I know I've let you down….
聞き入るアスカ、店員とその男。
難しいテクニックは使わず、ただ、コードを弾き、それに合わせて歌っているだけなのに、
心に浸み入るようだ。
アスカは気がつく。目を閉じてその曲を聴く男が、泣いていることを。
目尻にほんの少し、涙が滲んでいることを。
…because of that , it's kill in me inside
その時、パチン、という音がして1弦が切れる。絹の糸のように、キラッと光を反射して、
弦がその生涯を終える。
「あ…ごめんなさい」
シンジが申し訳なさそうに男を見る。しばらく目を閉じたままの男は、
やがてうっすらと目を開き、シンジを見つめる。
「いや、問題ない。全ては、これでいい」
そういうと、男は店員に向き直り、こう告げた。
「このギターはこの子が引き取りに来る。連絡はこちらにしてやってくれ」
状況が飲み込めずにいる店員。それはシンジやアスカも同じだ。
「え…だからどうして…奥さんの形見って仰ってたじゃないですか…」
「だからだ。私は末期ガンで余命半年と言われている。そして再来週でその半年だ。
私にはもう時間がない。だから新たな持ち主は私が決める。異論は認めん」
その言葉の持つ力に、一同は声を失う。一番最初に立ち直ったアスカが、
ようやくの思いで、その気持ちを言葉にする。
「でも、なんでシンジに…。お子さんとかご家族はいらっしゃるんじゃ…」
男はその瞬間、アスカを睨み付けるように鋭い眼光を投げつける。思わず後ずさりするアスカ。
しかし、続けて出てきた男の声は、張りを失い、失意と諦観が混じり合った、か細いものだった。
「…そういったものは、全てあちらの世界に送ってしまった」
驚いた表情を見せるシンジ。瞬間的に交錯する視線。湿り気を帯びた重たい空気。
C、G、Am、E、F、C、F、G…
「カノンだ…」
アスカがぽつりと呟く。シンジはそのコードを一通り弾いたあと、穏やかな声で、歌い始める。
I know , I know I've let you down….
聞き入るアスカ、店員とその男。
難しいテクニックは使わず、ただ、コードを弾き、それに合わせて歌っているだけなのに、
心に浸み入るようだ。
アスカは気がつく。目を閉じてその曲を聴く男が、泣いていることを。
目尻にほんの少し、涙が滲んでいることを。
…because of that , it's kill in me inside
その時、パチン、という音がして1弦が切れる。絹の糸のように、キラッと光を反射して、
弦がその生涯を終える。
「あ…ごめんなさい」
シンジが申し訳なさそうに男を見る。しばらく目を閉じたままの男は、
やがてうっすらと目を開き、シンジを見つめる。
「いや、問題ない。全ては、これでいい」
そういうと、男は店員に向き直り、こう告げた。
「このギターはこの子が引き取りに来る。連絡はこちらにしてやってくれ」
状況が飲み込めずにいる店員。それはシンジやアスカも同じだ。
「え…だからどうして…奥さんの形見って仰ってたじゃないですか…」
「だからだ。私は末期ガンで余命半年と言われている。そして再来週でその半年だ。
私にはもう時間がない。だから新たな持ち主は私が決める。異論は認めん」
その言葉の持つ力に、一同は声を失う。一番最初に立ち直ったアスカが、
ようやくの思いで、その気持ちを言葉にする。
「でも、なんでシンジに…。お子さんとかご家族はいらっしゃるんじゃ…」
男はその瞬間、アスカを睨み付けるように鋭い眼光を投げつける。思わず後ずさりするアスカ。
しかし、続けて出てきた男の声は、張りを失い、失意と諦観が混じり合った、か細いものだった。
「…そういったものは、全てあちらの世界に送ってしまった」
驚いた表情を見せるシンジ。瞬間的に交錯する視線。湿り気を帯びた重たい空気。
189: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/20(日) 00:02:55.12 ID:???
>>188
「あ…ご、ごめんなさい」
アスカの声は、男には届いたのだろうか。その謝罪の言葉に反応するかのように、男はゆっくりと首を
振った後、肩をすくめ、何か遠くを見つめるように視線を外し暫く沈黙を守る。
BGMも終わり、束の間、しん、とした静寂が店内を支配する。
「繋がったのだ」
ふと、男が口を開く。俯いていたシンジは、男を見上げる。
「長い間探していたものを、ようやく見つけたのだ。私は、何かに導かれてこの場所に辿り着いた。
そして何かを待ち続け、その何かを見つけた。それで十分ではないか。」
そう言うと、男は内ポケットから封筒を取り出し、店員に差し出す。
「これだけあれば足りるだろう。後は頼む」
それだけ言うと、もう一度男はシンジとアスカを一瞥し、一瞬躊躇った後、
シンジの頭をポンと左手で撫で、そのまま振り向くと、何も言わずに店を出て行ってしまった。
「…」
3人で顔を見合わせる。何も言葉が出てこない。
店員は封筒の中身を確認する。万札が数十枚入っている。
「うわっ…これ貰いすぎだ…どうしようか…」
そう呟いている。
「あの…今の人の連絡先とか、ないんですか?」
シンジが恐る恐る訊いてみる。答えは分かり切ってはいるけれど。
黙って首を横に振る店員。
「どうしようか…」「どうする?」
シンジとアスカ、途方に暮れる。
「気味悪いわよ…なんか、変なものでも仕込んでるんじゃないの?」
「うーん…どうなんだろう、そこまで悪い人には思えなかったけど…」
シンジは、男の言った「そういったものは、全てあちらの世界に送ってしまった」という言葉が
引っ掛かっていた。大切にしていたもの、愛していたものを全て失わざるを得なかった者の痛み、
悲しみを、シンジはそこから確かに感じ取ったのだ。
「…でも僕、あの人の気持ちが分かる気がするよ…」
僕も愛していたもの、その時自分の世界の全てだったものを失ったことがあるから、
その言葉を発する前に、アスカがシンジの気持ちに気づく。
「あ…ご、ごめんなさい」
アスカの声は、男には届いたのだろうか。その謝罪の言葉に反応するかのように、男はゆっくりと首を
振った後、肩をすくめ、何か遠くを見つめるように視線を外し暫く沈黙を守る。
BGMも終わり、束の間、しん、とした静寂が店内を支配する。
「繋がったのだ」
ふと、男が口を開く。俯いていたシンジは、男を見上げる。
「長い間探していたものを、ようやく見つけたのだ。私は、何かに導かれてこの場所に辿り着いた。
そして何かを待ち続け、その何かを見つけた。それで十分ではないか。」
そう言うと、男は内ポケットから封筒を取り出し、店員に差し出す。
「これだけあれば足りるだろう。後は頼む」
それだけ言うと、もう一度男はシンジとアスカを一瞥し、一瞬躊躇った後、
シンジの頭をポンと左手で撫で、そのまま振り向くと、何も言わずに店を出て行ってしまった。
「…」
3人で顔を見合わせる。何も言葉が出てこない。
店員は封筒の中身を確認する。万札が数十枚入っている。
「うわっ…これ貰いすぎだ…どうしようか…」
そう呟いている。
「あの…今の人の連絡先とか、ないんですか?」
シンジが恐る恐る訊いてみる。答えは分かり切ってはいるけれど。
黙って首を横に振る店員。
「どうしようか…」「どうする?」
シンジとアスカ、途方に暮れる。
「気味悪いわよ…なんか、変なものでも仕込んでるんじゃないの?」
「うーん…どうなんだろう、そこまで悪い人には思えなかったけど…」
シンジは、男の言った「そういったものは、全てあちらの世界に送ってしまった」という言葉が
引っ掛かっていた。大切にしていたもの、愛していたものを全て失わざるを得なかった者の痛み、
悲しみを、シンジはそこから確かに感じ取ったのだ。
「…でも僕、あの人の気持ちが分かる気がするよ…」
僕も愛していたもの、その時自分の世界の全てだったものを失ったことがあるから、
その言葉を発する前に、アスカがシンジの気持ちに気づく。
190: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/20(日) 00:04:04.02 ID:???
>>189
「シンジがそう言うなら、預かったら?もらうんじゃない、返す日が来るまで、預かるだけにするのよ」
アスカの言葉に、「うん、」と頷くシンジ。目を閉じ、覚悟を決めるかのように息を整える。
そして、目を開いて顔を上げ、店員に向かって言う。
「分かりました、僕で良かったら、お預かりします。完成までどのくらいかかるんでしょうか?」
店員は、この問題を抱え込まなくて済みそうだ、ということにすっかり気を楽にしたのだろう、
やや饒舌な感じで答える。
「ぱっと見た限り、そんなに傷んではいないので、そこまでお時間はかからないと思います。
ただ、フレットはだいぶ減っているので替えた方がいいでしょうね。ネックもそんなに反ってはいないし、
弦高も低めで弾きやすいでしょうし、若干ボディにクラックが入っていますがこれはこの会社特有の
ものなので、そのままでいいと思います。あとは各部を調整するだけなのでそんなに難しくはありません。
おそらく、一ヶ月はかからないかと思います。費用はいただいた分でお釣りが来ますから、大丈夫です」
シンジはほっとした表情をする。
「良かった。あ、でももしあの人から連絡があったら、出来る限りあの人に返してあげるように
してください。僕はあくまでも、仮の管理人だと思っているので」
かしこまりました、と型どおりの返答を受け、シンジとアスカはようやく店を後にする。
あやうく、チェロの弦を忘れそうになり、シンジは頭を掻く。
「…いやでも、ほんとにびっくりしたね…」「そうね…奇跡の展開よね…」
「あの人、何者なんだろう?」
「さあ?全然分かんないわ。でもなんとなくだけど、会ったことがあるような気がするのよね…」
「そうだね、僕もそんな気がするよ…」
シンジは次の言葉は言わずにおく。
「なんか、僕の父さんが生きていたら、あんな感じだったかもしれない」
どこかで雷鳴が鳴り響いている。
「いけない、また一雨来そうだよ。急がなきゃ」
どんどん暗くなる空と冷たい風が吹き出す中、寮へ急ぐシンジとアスカ。
夕食後は即席のチェロコンサートが待っているはず。
「シンジがそう言うなら、預かったら?もらうんじゃない、返す日が来るまで、預かるだけにするのよ」
アスカの言葉に、「うん、」と頷くシンジ。目を閉じ、覚悟を決めるかのように息を整える。
そして、目を開いて顔を上げ、店員に向かって言う。
「分かりました、僕で良かったら、お預かりします。完成までどのくらいかかるんでしょうか?」
店員は、この問題を抱え込まなくて済みそうだ、ということにすっかり気を楽にしたのだろう、
やや饒舌な感じで答える。
「ぱっと見た限り、そんなに傷んではいないので、そこまでお時間はかからないと思います。
ただ、フレットはだいぶ減っているので替えた方がいいでしょうね。ネックもそんなに反ってはいないし、
弦高も低めで弾きやすいでしょうし、若干ボディにクラックが入っていますがこれはこの会社特有の
ものなので、そのままでいいと思います。あとは各部を調整するだけなのでそんなに難しくはありません。
おそらく、一ヶ月はかからないかと思います。費用はいただいた分でお釣りが来ますから、大丈夫です」
シンジはほっとした表情をする。
「良かった。あ、でももしあの人から連絡があったら、出来る限りあの人に返してあげるように
してください。僕はあくまでも、仮の管理人だと思っているので」
かしこまりました、と型どおりの返答を受け、シンジとアスカはようやく店を後にする。
あやうく、チェロの弦を忘れそうになり、シンジは頭を掻く。
「…いやでも、ほんとにびっくりしたね…」「そうね…奇跡の展開よね…」
「あの人、何者なんだろう?」
「さあ?全然分かんないわ。でもなんとなくだけど、会ったことがあるような気がするのよね…」
「そうだね、僕もそんな気がするよ…」
シンジは次の言葉は言わずにおく。
「なんか、僕の父さんが生きていたら、あんな感じだったかもしれない」
どこかで雷鳴が鳴り響いている。
「いけない、また一雨来そうだよ。急がなきゃ」
どんどん暗くなる空と冷たい風が吹き出す中、寮へ急ぐシンジとアスカ。
夕食後は即席のチェロコンサートが待っているはず。
191: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/20(日) 00:05:16.86 ID:???
>>190
ようやく終わった。
彼の目を見た瞬間に、確信した。
この子は、自分と同類だと。大切なものを失い、その傷を抱えた者の目をしていた。
そして、彼は、私のこともそのように理解した。それは間違いない。
ギターの演奏も、昔妻がよく弾いていた曲に似ていた。偶然か?いや、偶然であるはずがない。
その瞬間に、私の中で浮き上がっていた点と点は、全て繋がった。
私が待ち続けたものは彼、確かシンジと言われていたが、その子であった。
だから、彼に託した。
「私は…間違っていたかな?」
「いいえ、あなた。あなたは正しい道を進み、正しいことをしたわ」
「そうか。…それなら良かった」
「ええ」
「こうして、また会えた」
「ええ」
「もう二度と、離れずに済む」
「ええ」
私の脳内で、何かが弾け、溢れる感覚がする。それは一気に脳内に広がり、
だんだんと意識が遠のいていく。
「ようやく、終わったよ。色々すまなかったな…」
「いいえ、謝ることなんて何もないわ。これからは、ずっと一緒なのだから」
私は、妻に手を引かれ、子供の手を引き、この世界を離れる。
元の場所に戻れる。
全ては、これで良かったのだ…。
ようやく終わった。
彼の目を見た瞬間に、確信した。
この子は、自分と同類だと。大切なものを失い、その傷を抱えた者の目をしていた。
そして、彼は、私のこともそのように理解した。それは間違いない。
ギターの演奏も、昔妻がよく弾いていた曲に似ていた。偶然か?いや、偶然であるはずがない。
その瞬間に、私の中で浮き上がっていた点と点は、全て繋がった。
私が待ち続けたものは彼、確かシンジと言われていたが、その子であった。
だから、彼に託した。
「私は…間違っていたかな?」
「いいえ、あなた。あなたは正しい道を進み、正しいことをしたわ」
「そうか。…それなら良かった」
「ええ」
「こうして、また会えた」
「ええ」
「もう二度と、離れずに済む」
「ええ」
私の脳内で、何かが弾け、溢れる感覚がする。それは一気に脳内に広がり、
だんだんと意識が遠のいていく。
「ようやく、終わったよ。色々すまなかったな…」
「いいえ、謝ることなんて何もないわ。これからは、ずっと一緒なのだから」
私は、妻に手を引かれ、子供の手を引き、この世界を離れる。
元の場所に戻れる。
全ては、これで良かったのだ…。
192: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/20(日) 00:08:54.29 ID:???
>>191
「ありがとうございましたー」
少し重たいギターケースを手に、僕は店を出る。
梅雨も明け、外では灼熱の夏がこの街を跋扈している。
「あ、暑いわシンジ…」
アスカは早くもよろけている。
「アイスなら、もうちょっと待ってね。寮の近くまで戻ってきたらね」
ぷくーと膨れるアスカ。その額に滲む汗。僕も額や首筋に流れる汗を感じている。
「それにしても、このギター、凄い逸品だったのね…」
「そうだね…僕もびっくりだよ」
お店の人が教えてくれた。フレームナンバーから分かったらしいんだけど、このギターは
1969年製のD-28で、使っている木材が、ほとんど最後のブラジリアン・ローズウッド、
いわゆるハカランダという、今では手に入れることが出来ないとても貴重なものだった。
ケースに入れる前に試しに弾いてみたら、物凄い煌びやかな音が出て、
思わず声が出たくらいびっくりした。
「ワシントン条約が、こんなにも身近になるとは思わなかったわ…」
アスカが汗を拭きながら目を輝かせている。
この木材は、今ではワシントン条約で保護されていて流通量も非常に少なく、
だからこの木材を使ったギターは、市場では100万円を超える価格で取引されているものも
珍しくはないらしい。
そんなものを預かってしまって良いのだろうか?
僕のかいている汗は、なにも猛暑だけが原因ではない。
そんなとんでもないものを預かってしまうことになった緊張感が、どうしても僕を固くさせる。
「ありがとうございましたー」
少し重たいギターケースを手に、僕は店を出る。
梅雨も明け、外では灼熱の夏がこの街を跋扈している。
「あ、暑いわシンジ…」
アスカは早くもよろけている。
「アイスなら、もうちょっと待ってね。寮の近くまで戻ってきたらね」
ぷくーと膨れるアスカ。その額に滲む汗。僕も額や首筋に流れる汗を感じている。
「それにしても、このギター、凄い逸品だったのね…」
「そうだね…僕もびっくりだよ」
お店の人が教えてくれた。フレームナンバーから分かったらしいんだけど、このギターは
1969年製のD-28で、使っている木材が、ほとんど最後のブラジリアン・ローズウッド、
いわゆるハカランダという、今では手に入れることが出来ないとても貴重なものだった。
ケースに入れる前に試しに弾いてみたら、物凄い煌びやかな音が出て、
思わず声が出たくらいびっくりした。
「ワシントン条約が、こんなにも身近になるとは思わなかったわ…」
アスカが汗を拭きながら目を輝かせている。
この木材は、今ではワシントン条約で保護されていて流通量も非常に少なく、
だからこの木材を使ったギターは、市場では100万円を超える価格で取引されているものも
珍しくはないらしい。
そんなものを預かってしまって良いのだろうか?
僕のかいている汗は、なにも猛暑だけが原因ではない。
そんなとんでもないものを預かってしまうことになった緊張感が、どうしても僕を固くさせる。
193: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/09/20(日) 00:10:14.20 ID:???
>>192
「コンビニよ、コンビニ、忘れちゃダメよ」
寮に一番近いコンビニが見えてくると、アスカはもうそれしか言わなくなった。
ははは、と苦笑しながらコンビニに向かう。
「あ、すいません、」
入口で出てくる人とぶつかりそうになる。なんだか最近、そういうことが多い。
「…え?」
すれ違いざまに何か言われた気がする。慌てて振り向くが、そこにはもうその人はいない。
「あれ…何だったんだろう?どこかで見たことがある気がするけど…」
「どうしたのシンジ?早く早く!スイカバーなくなっちゃうわよ!」
既に店内の冷房で機嫌を良くしているアスカの後を、僕は追う。
でも、今、確かにこう言われた気がするんだよな…。
「ダメだよシンジ君、予定されていたものに狂いが生じてしまう…」
カヲルさんのことを思い出すけれど、あの人の背格好は忘れようとしても忘れられるものじゃない。
聞き間違いだと思うけれど、でも何か引っ掛かる。
「ほぉら、シンジ!何やってるの!?」
「ごめん、今行くよ」
ま、いっか。それよりもアイス。僕は何にしよう。
ダメだよシンジ君、予定されていたものに狂いが生じてしまう
…そう、あるいはそれは破局的な結果を招き入れてしまうことになるかもしれないのに…。
「コンビニよ、コンビニ、忘れちゃダメよ」
寮に一番近いコンビニが見えてくると、アスカはもうそれしか言わなくなった。
ははは、と苦笑しながらコンビニに向かう。
「あ、すいません、」
入口で出てくる人とぶつかりそうになる。なんだか最近、そういうことが多い。
「…え?」
すれ違いざまに何か言われた気がする。慌てて振り向くが、そこにはもうその人はいない。
「あれ…何だったんだろう?どこかで見たことがある気がするけど…」
「どうしたのシンジ?早く早く!スイカバーなくなっちゃうわよ!」
既に店内の冷房で機嫌を良くしているアスカの後を、僕は追う。
でも、今、確かにこう言われた気がするんだよな…。
「ダメだよシンジ君、予定されていたものに狂いが生じてしまう…」
カヲルさんのことを思い出すけれど、あの人の背格好は忘れようとしても忘れられるものじゃない。
聞き間違いだと思うけれど、でも何か引っ掛かる。
「ほぉら、シンジ!何やってるの!?」
「ごめん、今行くよ」
ま、いっか。それよりもアイス。僕は何にしよう。
ダメだよシンジ君、予定されていたものに狂いが生じてしまう
…そう、あるいはそれは破局的な結果を招き入れてしまうことになるかもしれないのに…。
348: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/11/10(火) 23:39:18.84 ID:???
夕食後のラウンジ。いつもの日常。
シンジが風呂から上がってくると、そこにいたのはマリ。
ただ、その背中はいつもと違って、少し寂しげだ。
「どうしたんですか…?」
ゆっくりと近づきながら、マリに話しかけるシンジ。アスカはあと5分は風呂から出てこない。
「にゃ?ああ、ワンコ君か」
目に光がない。虚ろで、寂しげな表情のマリを見るのは珍しい。
その姿を見たシンジは、次の言葉が出てこない。
マリも、いつもならシンジをいじりにかかるのだが、今日は全くそんな素振りは見せず、
ただ手元のスマホをぼんやりと触っている。
「にゃ、別に気にしなくていいにゃ」
手をひらひらとさせるマリ。まるで近寄らないでと言っているかのようで、シンジは黙って
その場を後にする。
静かなラウンジ。マリ以外には誰も居ない。食堂のおばちゃんたちもとうに帰ってしまった。
薄暗い中で、iPhoneから漏れる灯りだけが揺れ動いている。
やがて、ドアが開き、もう1人の来訪者が現れる。
「コネメガネぇ、シンジ知らない?」
バスタオルで髪の毛を拭きながら、スリッパの音を響かせてアスカが近づいてくる。
「ねぇコネメガネ、シンジ知らない?」
「…姫の方がご存知なのではないかにゃ?」
「あん?またあんた喧嘩売ろうっての?昨日の夜勝手に私のエビフライ食べたくせに…」
チラ、とアスカを見上げるマリ。
その表情に、アスカがおや?という顔をする。
「何よあんた、どうしたの?元気ないじゃない」
眉をピクリと動かし、また視線をiPhoneに落とすマリ。
虚ろに画面上を上下左右する指先。
「それだって昨日散々自慢してたiPhone6Sのピンクじゃない、やっと私の色が出たにゃ、
とか言ってさ」
「…まあね」
「…うーん…」
アスカ、ちょっと困ったような顔をして、まだ濡れている髪をゴシゴシとタオルでこすり、
マリの向かいに腰掛ける。
シンジが風呂から上がってくると、そこにいたのはマリ。
ただ、その背中はいつもと違って、少し寂しげだ。
「どうしたんですか…?」
ゆっくりと近づきながら、マリに話しかけるシンジ。アスカはあと5分は風呂から出てこない。
「にゃ?ああ、ワンコ君か」
目に光がない。虚ろで、寂しげな表情のマリを見るのは珍しい。
その姿を見たシンジは、次の言葉が出てこない。
マリも、いつもならシンジをいじりにかかるのだが、今日は全くそんな素振りは見せず、
ただ手元のスマホをぼんやりと触っている。
「にゃ、別に気にしなくていいにゃ」
手をひらひらとさせるマリ。まるで近寄らないでと言っているかのようで、シンジは黙って
その場を後にする。
静かなラウンジ。マリ以外には誰も居ない。食堂のおばちゃんたちもとうに帰ってしまった。
薄暗い中で、iPhoneから漏れる灯りだけが揺れ動いている。
やがて、ドアが開き、もう1人の来訪者が現れる。
「コネメガネぇ、シンジ知らない?」
バスタオルで髪の毛を拭きながら、スリッパの音を響かせてアスカが近づいてくる。
「ねぇコネメガネ、シンジ知らない?」
「…姫の方がご存知なのではないかにゃ?」
「あん?またあんた喧嘩売ろうっての?昨日の夜勝手に私のエビフライ食べたくせに…」
チラ、とアスカを見上げるマリ。
その表情に、アスカがおや?という顔をする。
「何よあんた、どうしたの?元気ないじゃない」
眉をピクリと動かし、また視線をiPhoneに落とすマリ。
虚ろに画面上を上下左右する指先。
「それだって昨日散々自慢してたiPhone6Sのピンクじゃない、やっと私の色が出たにゃ、
とか言ってさ」
「…まあね」
「…うーん…」
アスカ、ちょっと困ったような顔をして、まだ濡れている髪をゴシゴシとタオルでこすり、
マリの向かいに腰掛ける。
349: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/11/10(火) 23:39:56.47 ID:???
>>348
「どうしたのよ?何かあったんなら、吐き出しちゃいなさいよ、楽になるわよ」
マリの指先が止まる。しばしの沈黙。
食堂奥の厨房にある業務用冷蔵庫のジーッという音だけが聞こえる。
「実は…ロスってるにゃ」
溢れ出る泉の水がこぼれ落ちるように、マリが口を開く。
「は?ロス?」「そう、ロス」
「…えーとアメリカの西海岸の話…じゃあないわよね」「無論にゃ」
「何?終わったテレビ番組もないし、亡くなった有名人であんたの好きだった人とかいたっけ?」
ゆっくりと首を振るマリ。
「いや…実は大学のゼミで良くしてくれた先輩がさ、急に家庭の事情とかで学校辞めたにゃ」
「ふむ」
「何て言うか、失って初めて知る存在の大きさ、ってやつにゃ」
「…なるほど」
「なんか、心の中にぽっかりと穴があく、ってこういうことか…と」
「…むー」
マリがまたチラとアスカを見る。
「すまんな、姫に背負わせるつもりはないよ」
そう言って手をひらひらとさせる。
「な、何冷たいこと言ってんのよ、」
思わず出たその一言に、マリが反応する。
「…姫にそう言ってもらえるだけでもありがたいにゃ。」
少し潤んでいるようにも見える瞳。静かに、深く深く、人生の悲しみを凝縮させたような溜め息。
そしてそんなマリの姿を見つめるアスカ。
やがて踵を返し、ドアの向こうに消えていく。
最早指先すらも動くことを止めたマリは、もう一度、深く深く息をつくと、目をゆっくりと閉じる。
脳裏に浮かぶのは、その先輩の姿。教室で、図書館で、学食で、色々なことを教えてくれた。
ただ漫然と、ずっと一緒にいられると思っていた。
彼女が卒業するまで、傍にいてくれていると思っていた。
ごめんね、そう言い残して手を振ってスーツケースを引いていく彼女の姿が再生される。
マリに出来ることは、何も無かった。何か悩みがあるんじゃないかとか、そういうことすら、
考えもしなかった。そんな自分に、そんな過去に、激しく後悔する。
「どうしたのよ?何かあったんなら、吐き出しちゃいなさいよ、楽になるわよ」
マリの指先が止まる。しばしの沈黙。
食堂奥の厨房にある業務用冷蔵庫のジーッという音だけが聞こえる。
「実は…ロスってるにゃ」
溢れ出る泉の水がこぼれ落ちるように、マリが口を開く。
「は?ロス?」「そう、ロス」
「…えーとアメリカの西海岸の話…じゃあないわよね」「無論にゃ」
「何?終わったテレビ番組もないし、亡くなった有名人であんたの好きだった人とかいたっけ?」
ゆっくりと首を振るマリ。
「いや…実は大学のゼミで良くしてくれた先輩がさ、急に家庭の事情とかで学校辞めたにゃ」
「ふむ」
「何て言うか、失って初めて知る存在の大きさ、ってやつにゃ」
「…なるほど」
「なんか、心の中にぽっかりと穴があく、ってこういうことか…と」
「…むー」
マリがまたチラとアスカを見る。
「すまんな、姫に背負わせるつもりはないよ」
そう言って手をひらひらとさせる。
「な、何冷たいこと言ってんのよ、」
思わず出たその一言に、マリが反応する。
「…姫にそう言ってもらえるだけでもありがたいにゃ。」
少し潤んでいるようにも見える瞳。静かに、深く深く、人生の悲しみを凝縮させたような溜め息。
そしてそんなマリの姿を見つめるアスカ。
やがて踵を返し、ドアの向こうに消えていく。
最早指先すらも動くことを止めたマリは、もう一度、深く深く息をつくと、目をゆっくりと閉じる。
脳裏に浮かぶのは、その先輩の姿。教室で、図書館で、学食で、色々なことを教えてくれた。
ただ漫然と、ずっと一緒にいられると思っていた。
彼女が卒業するまで、傍にいてくれていると思っていた。
ごめんね、そう言い残して手を振ってスーツケースを引いていく彼女の姿が再生される。
マリに出来ることは、何も無かった。何か悩みがあるんじゃないかとか、そういうことすら、
考えもしなかった。そんな自分に、そんな過去に、激しく後悔する。
350: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/11/10(火) 23:42:03.30 ID:???
>>349
再び目が開かれた時に、目の前にいたのはシンジとアスカ。
「あれ?いつの間に…」
シンジはギターを持っている。一瞬のアイコンタクトの後、シンジはギターを弾き始める。
優しいイントロのフレーズが流れ出す。
「Def Tech sound Shen and Micro 'round singing on and on and on,yeah…」
アスカもシンジに合わせて歌っている。
マリの目が見開かれていく。指先は静かに、だがはっきりと、リズムを打ち出す。
「手を繋げば怖くないから そこまでおまえは弱くないから…」
気がつくと口ずさんでいるマリ。その姿を見て、微笑むシンジとアスカ。
「…でも明日からまた新しい日が始まる…」
そして曲が終わり、キュッというフレットノイズを余韻に残して、シンジが指を止める。
マリの瞳から、涙がほろりと一粒こぼれる。
パチパチパチパチパチ
マリが涙の跡を頬に残したまま、拍手を続ける。
「…ありがとうにゃ」
シンジとアスカ、再び見つめ合う。そして微笑み頷きあう。
「ほら、元気出しなさい、コネメガネらしくないわよ」
うん、と黙って頷くマリ。涙が、もう一粒。
「落ち込んだりした時には言いなさい、あんたは独りじゃないんだから」
うん、とまた黙って頷くマリ。涙は、もう零れてこない。
「…ありがとうにゃ、なんだか元気が少し出てきた気がするにゃ」
「良かった、」
シンジが心底ほっとしたように言う。
「…ワンコ君、その表情は反則にゃ。可愛すぎるにゃ…」
顔を赤くするシンジ。そんなシンジを見て頭を派手に叩くアスカ。
バシン「痛ったたたたあああああ、ちょっとは手加減してよぉ、」
涙目になって頭をさするシンジ。
「バカ、デレデレしないの!そもそもあんた、さっき英語の部分の歌詞間違えたでしょ、」
再び目が開かれた時に、目の前にいたのはシンジとアスカ。
「あれ?いつの間に…」
シンジはギターを持っている。一瞬のアイコンタクトの後、シンジはギターを弾き始める。
優しいイントロのフレーズが流れ出す。
「Def Tech sound Shen and Micro 'round singing on and on and on,yeah…」
アスカもシンジに合わせて歌っている。
マリの目が見開かれていく。指先は静かに、だがはっきりと、リズムを打ち出す。
「手を繋げば怖くないから そこまでおまえは弱くないから…」
気がつくと口ずさんでいるマリ。その姿を見て、微笑むシンジとアスカ。
「…でも明日からまた新しい日が始まる…」
そして曲が終わり、キュッというフレットノイズを余韻に残して、シンジが指を止める。
マリの瞳から、涙がほろりと一粒こぼれる。
パチパチパチパチパチ
マリが涙の跡を頬に残したまま、拍手を続ける。
「…ありがとうにゃ」
シンジとアスカ、再び見つめ合う。そして微笑み頷きあう。
「ほら、元気出しなさい、コネメガネらしくないわよ」
うん、と黙って頷くマリ。涙が、もう一粒。
「落ち込んだりした時には言いなさい、あんたは独りじゃないんだから」
うん、とまた黙って頷くマリ。涙は、もう零れてこない。
「…ありがとうにゃ、なんだか元気が少し出てきた気がするにゃ」
「良かった、」
シンジが心底ほっとしたように言う。
「…ワンコ君、その表情は反則にゃ。可愛すぎるにゃ…」
顔を赤くするシンジ。そんなシンジを見て頭を派手に叩くアスカ。
バシン「痛ったたたたあああああ、ちょっとは手加減してよぉ、」
涙目になって頭をさするシンジ。
「バカ、デレデレしないの!そもそもあんた、さっき英語の部分の歌詞間違えたでしょ、」
351: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/11/10(火) 23:43:59.64 ID:???
>>350
「うっ…で、でもしょうがないじゃないか、すっごい早口で難しいし…」
「これだから純日本人はダメよねぇ…、」
「なんだよ…アスカだって最初歌詞の漢字読み間違えしてたくせに…」
「うるさい!日本語なんて世界最凶最悪の悪魔言語、それ位仕方ないわ」
「…開き直らなくても…もう漢字教えてあげないよ?」「うっ…ご、ごめんなさい」
ふと、マリに気づく両名。
「何よコネメガネ、何ニヤニヤしてんのよ?」
「にゃ?いや、やっぱりお二人さんはお似合いのバカップルだにゃあ、と思ってさ」
瞬間、飛んでくるスプーンを避けるマリ。
「その手はもう喰わないにゃ、じゃ、お姉さんはそろそろ寝るにゃ。おやすみ~」
立ち上がり、2人を背にして数歩、そこで振り返るマリ。
「いや、でも、ほんとに、ありがとう」
微笑みで答えるシンジとアスカ。手を振り合って暮れていく夜。
「ありがとう」
2人に背を向けたまま、自動ドアが閉まり始める間際に呟く一言。
その一言が虚空に吸い込まれていく前に、再び背後から鳴り響く優しいギターの音色。
ドアに手をかけたまま、ピタリと止まるマリ。再び開くドア。
「...if I lay here,if I just lay here,would you lie with me and just forget the world? 」
振り向き、黙ってシンジとアスカに向かって歩き出すマリ。
そのままシンジとアスカの前で立ち止まる。
「ほんと、」
溜め息をひとつ。
「ワンコ君は随分とマニアックな曲を知ってるにゃ」
そういうと、マリはその場でごろんと横になり、目を閉じる。
「うん、無駄ではないにゃ。この時間は…ほんと、2人ともありがとうにゃ…」
「...All that I am, All that I ever was, Is here in your perfect eyes, they're all I can see...」
両手を広げて、シンジとアスカのアンサンブルを全身で吸収しようとするマリ。
「ほんと、ワンコ君は、優しいにゃ…。優しすぎて身を滅ぼしかねないにゃ…」
曲が終わる頃、いつの間にか、頬をまた涙が伝わっている。
右手で顔を覆い、零れる涙を誤魔化そうとするマリ。
その姿に気づいたアスカがハンカチをマリの顔にふわりと投げかける。
「うっ…で、でもしょうがないじゃないか、すっごい早口で難しいし…」
「これだから純日本人はダメよねぇ…、」
「なんだよ…アスカだって最初歌詞の漢字読み間違えしてたくせに…」
「うるさい!日本語なんて世界最凶最悪の悪魔言語、それ位仕方ないわ」
「…開き直らなくても…もう漢字教えてあげないよ?」「うっ…ご、ごめんなさい」
ふと、マリに気づく両名。
「何よコネメガネ、何ニヤニヤしてんのよ?」
「にゃ?いや、やっぱりお二人さんはお似合いのバカップルだにゃあ、と思ってさ」
瞬間、飛んでくるスプーンを避けるマリ。
「その手はもう喰わないにゃ、じゃ、お姉さんはそろそろ寝るにゃ。おやすみ~」
立ち上がり、2人を背にして数歩、そこで振り返るマリ。
「いや、でも、ほんとに、ありがとう」
微笑みで答えるシンジとアスカ。手を振り合って暮れていく夜。
「ありがとう」
2人に背を向けたまま、自動ドアが閉まり始める間際に呟く一言。
その一言が虚空に吸い込まれていく前に、再び背後から鳴り響く優しいギターの音色。
ドアに手をかけたまま、ピタリと止まるマリ。再び開くドア。
「...if I lay here,if I just lay here,would you lie with me and just forget the world? 」
振り向き、黙ってシンジとアスカに向かって歩き出すマリ。
そのままシンジとアスカの前で立ち止まる。
「ほんと、」
溜め息をひとつ。
「ワンコ君は随分とマニアックな曲を知ってるにゃ」
そういうと、マリはその場でごろんと横になり、目を閉じる。
「うん、無駄ではないにゃ。この時間は…ほんと、2人ともありがとうにゃ…」
「...All that I am, All that I ever was, Is here in your perfect eyes, they're all I can see...」
両手を広げて、シンジとアスカのアンサンブルを全身で吸収しようとするマリ。
「ほんと、ワンコ君は、優しいにゃ…。優しすぎて身を滅ぼしかねないにゃ…」
曲が終わる頃、いつの間にか、頬をまた涙が伝わっている。
右手で顔を覆い、零れる涙を誤魔化そうとするマリ。
その姿に気づいたアスカがハンカチをマリの顔にふわりと投げかける。
352: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/11/10(火) 23:45:58.31 ID:???
>>351
「コネメガネ、今日くらいは許してあげる、泣きたいだけ泣きなさい」
「姫、ハンカチはありがたいけど…投げることないじゃろ…」
メガネを外し、涙をぬぐいながらアスカを見つめるマリ。
「にゃ…さすがにメガネがないと全然見えないにゃ…」
「見えなくても、感じるでしょ」
アスカの言葉に反応するかのように、アスカの方を見つめ(実際は見えちゃいないが)アスカの笑顔に
微笑みで返すマリ。
起き上がって椅子に座り直すマリ。
目は赤く、瞼は腫れてはいるものの、その奥には今まで隠れていた光が戻ってきている。
その姿を見て、シンジも安心したようだ。
「良かった、元気がない真希波さんなんて、真希波さんじゃないからね…」
「む…失敬な、このあたくしとて、落ち込む日くらいあるぞな」「だから、あんた日本語が変よ」
アスカの突っ込みに、シンジが笑う。安堵したような笑い声に、続いて女性陣2人も笑い出す。
「それはそうとワンコ君、ひょっとして、リクエストとか受け付けてくれたりするのかにゃ?」
「え…?知ってる曲ならなんとかなるけど…」「恋するフォーチュンクッキー」
「…ごめん誰の曲?」「…あんたバカぁ?知らないのAKB?」「…ごめん」
「使えないわねぇ…っていうかコネメガネ、あんたあんなの聴くの?微妙にもう古いし…」
「なんとなく言ってみたにゃ。でもあの曲はそんなに嫌いじゃないにゃ」
「あ、そうだ」
突然、シンジが自分のiPhoneをいじり出す。そして数秒後、
「あ、あったよ」
言うなり、コードを弾き始める。
「おおお、ワンコ君凄いにゃ。いきなり初見で弾くかそれ?」
「ん?コード弾くだけならね…スコア検索したらあったからさ…」
そのまま画面を見ながら弾いていくシンジ。それに合わせてマリが歌い出す。
アスカもマリと一緒に歌いながら、感心したようにシンジを眺めている。
歌い終わると、アスカが面白がってシンジのiPhoneを操作、
「じゃあこれなんてどう?」
「えーと…千本桜?アスカ、初音ミク好きじゃない、って言ってた気がするけど…
ツインテールのクイーンの座は譲らないとかって…痛っ」
「いいじゃない、歌と歌っている奴は別だわ」
「コネメガネ、今日くらいは許してあげる、泣きたいだけ泣きなさい」
「姫、ハンカチはありがたいけど…投げることないじゃろ…」
メガネを外し、涙をぬぐいながらアスカを見つめるマリ。
「にゃ…さすがにメガネがないと全然見えないにゃ…」
「見えなくても、感じるでしょ」
アスカの言葉に反応するかのように、アスカの方を見つめ(実際は見えちゃいないが)アスカの笑顔に
微笑みで返すマリ。
起き上がって椅子に座り直すマリ。
目は赤く、瞼は腫れてはいるものの、その奥には今まで隠れていた光が戻ってきている。
その姿を見て、シンジも安心したようだ。
「良かった、元気がない真希波さんなんて、真希波さんじゃないからね…」
「む…失敬な、このあたくしとて、落ち込む日くらいあるぞな」「だから、あんた日本語が変よ」
アスカの突っ込みに、シンジが笑う。安堵したような笑い声に、続いて女性陣2人も笑い出す。
「それはそうとワンコ君、ひょっとして、リクエストとか受け付けてくれたりするのかにゃ?」
「え…?知ってる曲ならなんとかなるけど…」「恋するフォーチュンクッキー」
「…ごめん誰の曲?」「…あんたバカぁ?知らないのAKB?」「…ごめん」
「使えないわねぇ…っていうかコネメガネ、あんたあんなの聴くの?微妙にもう古いし…」
「なんとなく言ってみたにゃ。でもあの曲はそんなに嫌いじゃないにゃ」
「あ、そうだ」
突然、シンジが自分のiPhoneをいじり出す。そして数秒後、
「あ、あったよ」
言うなり、コードを弾き始める。
「おおお、ワンコ君凄いにゃ。いきなり初見で弾くかそれ?」
「ん?コード弾くだけならね…スコア検索したらあったからさ…」
そのまま画面を見ながら弾いていくシンジ。それに合わせてマリが歌い出す。
アスカもマリと一緒に歌いながら、感心したようにシンジを眺めている。
歌い終わると、アスカが面白がってシンジのiPhoneを操作、
「じゃあこれなんてどう?」
「えーと…千本桜?アスカ、初音ミク好きじゃない、って言ってた気がするけど…
ツインテールのクイーンの座は譲らないとかって…痛っ」
「いいじゃない、歌と歌っている奴は別だわ」
353: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/11/10(火) 23:46:37.05 ID:???
>>352
「まあそうかもしれないけど…ふむ…これって小室進行だよね…」
弾き始めるシンジ。小室進行ってなんぞ?という顔をしてお互いの顔を見合わせるアスカとマリ。
「これって残テじゃない」
「ん?あたしゃ爆風スランプかと思ったにゃ、走る~走る~俺―たーちー」
「あんたほんと何歳よ?なんでそれが真っ先に出てくるのよ…」「にゃ?」
はは、と笑って、手を止めるシンジ。
「同じようなコード進行だからね…小室哲哉が多用してたんで小室進行、割と有名だよ」
へー、と不思議そうな顔をしてまた顔を見合わせるご両人。
「でもさ、ってことはだにゃ、いろんな曲を歌える、ってことかにゃ?」
「ま、まあ、そうかもしれないけど…」
なんとなく、悪い予感がしてきたシンジ。
「ゴニョゴニョゴニョ…」
アスカとマリが向かい合って何やら悪魔的な話し合いをしている…ようにシンジには見える。
「明日…学校あるんだけど…そろそろ寝た方が…って何これは?」
アスカがシンジの目の前に突き出したメモ用紙。そこには10曲以上のリストが書き込まれている。
「シンジィ、とりあえず、これだけでいいから、弾いて(はぁと)」「ワンコ君、お願いにゃ(キラキラ)」
アスカの青い瞳と微笑みが、悠然と物語っている。「あなたに拒否権はない」と。
「(この2人、なんだかんだいって仲良いよなぁ…)」
呆れたように、諦めたように、息をつくシンジ。
「ん?何か言った?」「いえ、なんでもありませんお嬢様」「うん、よろしい」
まさに藪蛇となった自分のアイディアを若干呪いつつ、シンジはイントロを弾き始める。
「ま、いっか。2人が楽しんでくれれば、それで」
この夜の即席コンサート(兼カラオケ大会?)は、日付が変わる頃になって、
寮長の冬月に怒られるまで続くこととなる…。
歌詞引用曲
Def Tech 「My Way」
Snow Patrol 「Chasing Cars」
「まあそうかもしれないけど…ふむ…これって小室進行だよね…」
弾き始めるシンジ。小室進行ってなんぞ?という顔をしてお互いの顔を見合わせるアスカとマリ。
「これって残テじゃない」
「ん?あたしゃ爆風スランプかと思ったにゃ、走る~走る~俺―たーちー」
「あんたほんと何歳よ?なんでそれが真っ先に出てくるのよ…」「にゃ?」
はは、と笑って、手を止めるシンジ。
「同じようなコード進行だからね…小室哲哉が多用してたんで小室進行、割と有名だよ」
へー、と不思議そうな顔をしてまた顔を見合わせるご両人。
「でもさ、ってことはだにゃ、いろんな曲を歌える、ってことかにゃ?」
「ま、まあ、そうかもしれないけど…」
なんとなく、悪い予感がしてきたシンジ。
「ゴニョゴニョゴニョ…」
アスカとマリが向かい合って何やら悪魔的な話し合いをしている…ようにシンジには見える。
「明日…学校あるんだけど…そろそろ寝た方が…って何これは?」
アスカがシンジの目の前に突き出したメモ用紙。そこには10曲以上のリストが書き込まれている。
「シンジィ、とりあえず、これだけでいいから、弾いて(はぁと)」「ワンコ君、お願いにゃ(キラキラ)」
アスカの青い瞳と微笑みが、悠然と物語っている。「あなたに拒否権はない」と。
「(この2人、なんだかんだいって仲良いよなぁ…)」
呆れたように、諦めたように、息をつくシンジ。
「ん?何か言った?」「いえ、なんでもありませんお嬢様」「うん、よろしい」
まさに藪蛇となった自分のアイディアを若干呪いつつ、シンジはイントロを弾き始める。
「ま、いっか。2人が楽しんでくれれば、それで」
この夜の即席コンサート(兼カラオケ大会?)は、日付が変わる頃になって、
寮長の冬月に怒られるまで続くこととなる…。
歌詞引用曲
Def Tech 「My Way」
Snow Patrol 「Chasing Cars」
465: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/12/02(水) 00:06:10.86 ID:???
冬と秋がせめぎ合い、少しずつ秋が劣勢に立たされつつもまだまだ粘り腰を見せているかのような、
そんな小春日和の土曜日。青空がひときわ高く高く、柔らかみのある日差しがテラスでココアを
ゆっくりと飲む私の背中を包み込んでくれる。
「ほら、シンジ早くしなさい!信号変わっちゃうでしょ!」
来た。事前のリサーチに間違いはなし。というより前々日の夜からあれだけ騒いでいれば、バレバレ
だっちゅーの。
(いい?土曜日だからね!あと絶対絶対絶っっっっ対コネメガネには内緒なんだからね!)
って本人に聞こえてるっちゅーのw
私はゆっくりと立ち上がり、飲み終えたカップを返却し、ゆっくりと横断歩道に向かう。
道路の向かい側で、横断歩道を駆け足で渡っていく、お馴染みのバカップルの姿が目に入る。
ふふふ、にやりとした笑みを浮かべる姿は、我ながら不審人物みたいで怪しさ満点だ。
でもしょうがない。自信はあったが、時間までは分からず、つまり賭けは賭けだったのだ。
それに勝ったのだから、このくらいは大目に見てくれ。
「時は来た…にゃ」
信号が変わると同時に、私はそう呟き、2人の後を追った。
横断歩道を半分まで渡って気がついたけど、微妙にスキップしていたらしくて、ちょっと恥ずかしかった。
そんな小春日和の土曜日。青空がひときわ高く高く、柔らかみのある日差しがテラスでココアを
ゆっくりと飲む私の背中を包み込んでくれる。
「ほら、シンジ早くしなさい!信号変わっちゃうでしょ!」
来た。事前のリサーチに間違いはなし。というより前々日の夜からあれだけ騒いでいれば、バレバレ
だっちゅーの。
(いい?土曜日だからね!あと絶対絶対絶っっっっ対コネメガネには内緒なんだからね!)
って本人に聞こえてるっちゅーのw
私はゆっくりと立ち上がり、飲み終えたカップを返却し、ゆっくりと横断歩道に向かう。
道路の向かい側で、横断歩道を駆け足で渡っていく、お馴染みのバカップルの姿が目に入る。
ふふふ、にやりとした笑みを浮かべる姿は、我ながら不審人物みたいで怪しさ満点だ。
でもしょうがない。自信はあったが、時間までは分からず、つまり賭けは賭けだったのだ。
それに勝ったのだから、このくらいは大目に見てくれ。
「時は来た…にゃ」
信号が変わると同時に、私はそう呟き、2人の後を追った。
横断歩道を半分まで渡って気がついたけど、微妙にスキップしていたらしくて、ちょっと恥ずかしかった。
466: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/12/02(水) 00:07:42.36 ID:???
>>465
「…なんであんたがここにいるのよ?」
ギロリと睨む青白い光、青い瞳。そしてドアのガラスに反射する青い空。うーん、世界は美しい。
隣で、あーやっぱりバレてたか、という表情の王子様の目と口元が、またなんとも言えず可愛い。
「にゃ?いやいやいや、偶然だにゃぁ、こんなところでご両人と出くわすとは、まるで神様の思し召しの
ようだにゃぁ」
しらばっくれる時の私の悪い癖。相手の目を見ていられない。
そして、そんな私の悪い癖、姫はとっくの昔から知っている。
「…ものっすごく棒読み調なんだけど。活字にしたら最後に(棒)って書かれるレベルよ」
「にゃ?気のせいにゃ気のせい。それよりワンコ君と姫は、どこに向かっていたのかにゃ?」
「何よ白々しい、楽器屋に足踏み入れてるの見ながら吐くセリフ?それ?」
はははは、乾いた笑いしか出てこない。ま、そろそろ降参してもいい頃合いだ。
「だってさぁ、あたしだって行きたかったのに、姫ったらあたしには内緒だ内緒だ、って寮内で
叫びまくってたからさぁ。土曜日にワンコ君と2人で駅前の楽器屋にギター見に行くことは、
この真希波マリには内緒だ、って、寮内では誰も知らない人がないくらいに知れ渡ってたにゃw」
ぐっ、と言葉に詰まって顔を真っ赤にする姫。こっちも可愛い。抱きしめて頬ずりしたくなるくらいに
可愛い。甘えたいんだけど甘えられなくて、ちょっと拗ねた猫のようだ。
「ま、まあ、もうここまて来ちゃってるんだし…、そもそもここだと他の人の邪魔になるから…」
さすがワンコ君。ここに来て抜群のタイミングでの助け船!これに乗らない手はない!
こっそりと自動ドアが閉まってこないように出していた足を引っ込め、そのまま店内に突入。
物凄い不満と殺気を背中に感じるが、気がつかない振りをする。
姫の怒りを鎮めるには、ひたすらスルー。これが一番手っ取り早い。
「いいコネメガネ、今日はあたしのためにシンジがここまで連れてきてくれたの。あんたのためじゃ
ないの、この あ た し のためなの。だから邪魔しないで。百万歩譲ってここに居てもいいから」
その勢いでここで壁ドンしたら、展示してあるギター壊しちゃうよ、そう言いたくなるのをぐっと我慢して、
私は黙って頷く。親指を立てて、姫に向ける。ぷいっと顔を横に向けて歩き出す姫。可愛い。
「…なんであんたがここにいるのよ?」
ギロリと睨む青白い光、青い瞳。そしてドアのガラスに反射する青い空。うーん、世界は美しい。
隣で、あーやっぱりバレてたか、という表情の王子様の目と口元が、またなんとも言えず可愛い。
「にゃ?いやいやいや、偶然だにゃぁ、こんなところでご両人と出くわすとは、まるで神様の思し召しの
ようだにゃぁ」
しらばっくれる時の私の悪い癖。相手の目を見ていられない。
そして、そんな私の悪い癖、姫はとっくの昔から知っている。
「…ものっすごく棒読み調なんだけど。活字にしたら最後に(棒)って書かれるレベルよ」
「にゃ?気のせいにゃ気のせい。それよりワンコ君と姫は、どこに向かっていたのかにゃ?」
「何よ白々しい、楽器屋に足踏み入れてるの見ながら吐くセリフ?それ?」
はははは、乾いた笑いしか出てこない。ま、そろそろ降参してもいい頃合いだ。
「だってさぁ、あたしだって行きたかったのに、姫ったらあたしには内緒だ内緒だ、って寮内で
叫びまくってたからさぁ。土曜日にワンコ君と2人で駅前の楽器屋にギター見に行くことは、
この真希波マリには内緒だ、って、寮内では誰も知らない人がないくらいに知れ渡ってたにゃw」
ぐっ、と言葉に詰まって顔を真っ赤にする姫。こっちも可愛い。抱きしめて頬ずりしたくなるくらいに
可愛い。甘えたいんだけど甘えられなくて、ちょっと拗ねた猫のようだ。
「ま、まあ、もうここまて来ちゃってるんだし…、そもそもここだと他の人の邪魔になるから…」
さすがワンコ君。ここに来て抜群のタイミングでの助け船!これに乗らない手はない!
こっそりと自動ドアが閉まってこないように出していた足を引っ込め、そのまま店内に突入。
物凄い不満と殺気を背中に感じるが、気がつかない振りをする。
姫の怒りを鎮めるには、ひたすらスルー。これが一番手っ取り早い。
「いいコネメガネ、今日はあたしのためにシンジがここまで連れてきてくれたの。あんたのためじゃ
ないの、この あ た し のためなの。だから邪魔しないで。百万歩譲ってここに居てもいいから」
その勢いでここで壁ドンしたら、展示してあるギター壊しちゃうよ、そう言いたくなるのをぐっと我慢して、
私は黙って頷く。親指を立てて、姫に向ける。ぷいっと顔を横に向けて歩き出す姫。可愛い。
467: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/12/02(水) 00:08:23.93 ID:???
>>466
「いらっしゃいませー」
店員が寄ってくる。どうやらワンコ君とは顔見知りのようだ。
「あ、この前はどうもありがとうございました。」「あ、その節は…」
なんてやってる。マチ子の話でもしているらしい。
「…で、あの人は結局現れないんですか…?」「そうですね…申し訳ないんですが」
なんの話なんだろう。よく分からない。
「ところで、今日は何のご用件で?あのギター、どこか調子悪いんですか?」
「え、いやいや、今日はちょっと…その、ギターを見に…」
シンジの声と重なるようにして身を乗り出してくる姫の姿。端から見ていても何というか、
小憎らしいくらいに可愛らしい。
あー私ってやっぱりワンコ君も大好きだけど、姫も大好きなんだ。そう実感する。
2人とも可愛いけど、可愛いの質が違うというか。で、そのどっちも私は心の底から愛している。
そんな自分にちょっと嫌悪することもあるけれど、そんな2人にたくさんたくさん助けて貰ってる
のも事実。
「って、あれ?待ってにゃ~」
考え事していたら置いて行かれたw慌てて2人の後を追う。
とはいってもそんなに広くはない店内。すぐに2人に追いつく。というか、店の奥に入ろうとしてそこに
立ちすくむ姫の背中に追突する。
「うわったっ、ごめん」
なんだかよく分からない叫び声を上げて姫の背中に半ば抱きつきつつ、謝る私。
あれ?普段ならどついてくる姫が反応しない。
「…にゃ?」
姫が見上げるその視線の先を追いかける。そこにあったのは、真っ赤なギター。
「…シンジ、」「はい」
「あたし、コレにするわ」「…うん、見てて分かるよ」
「…にゃ?EpiphoneのSheratonじゃん。ブランコテールピースの」
「…よく分かんないけど、でもこれがいい」
完っ全に、見た目で選んでる姫。まあ、それも姫らしいっちゃらしいけどさ、
「だって、可愛いじゃないコレ。丸っこくて、穴が空いてて、先っぽにある花のマークみたいのも
可愛いし、そしてなによりこの赤が最高に効いてるわ!」
ほとんど恋する乙女のような眼差しで、そのギターを見上げる姫。
「いらっしゃいませー」
店員が寄ってくる。どうやらワンコ君とは顔見知りのようだ。
「あ、この前はどうもありがとうございました。」「あ、その節は…」
なんてやってる。マチ子の話でもしているらしい。
「…で、あの人は結局現れないんですか…?」「そうですね…申し訳ないんですが」
なんの話なんだろう。よく分からない。
「ところで、今日は何のご用件で?あのギター、どこか調子悪いんですか?」
「え、いやいや、今日はちょっと…その、ギターを見に…」
シンジの声と重なるようにして身を乗り出してくる姫の姿。端から見ていても何というか、
小憎らしいくらいに可愛らしい。
あー私ってやっぱりワンコ君も大好きだけど、姫も大好きなんだ。そう実感する。
2人とも可愛いけど、可愛いの質が違うというか。で、そのどっちも私は心の底から愛している。
そんな自分にちょっと嫌悪することもあるけれど、そんな2人にたくさんたくさん助けて貰ってる
のも事実。
「って、あれ?待ってにゃ~」
考え事していたら置いて行かれたw慌てて2人の後を追う。
とはいってもそんなに広くはない店内。すぐに2人に追いつく。というか、店の奥に入ろうとしてそこに
立ちすくむ姫の背中に追突する。
「うわったっ、ごめん」
なんだかよく分からない叫び声を上げて姫の背中に半ば抱きつきつつ、謝る私。
あれ?普段ならどついてくる姫が反応しない。
「…にゃ?」
姫が見上げるその視線の先を追いかける。そこにあったのは、真っ赤なギター。
「…シンジ、」「はい」
「あたし、コレにするわ」「…うん、見てて分かるよ」
「…にゃ?EpiphoneのSheratonじゃん。ブランコテールピースの」
「…よく分かんないけど、でもこれがいい」
完っ全に、見た目で選んでる姫。まあ、それも姫らしいっちゃらしいけどさ、
「だって、可愛いじゃないコレ。丸っこくて、穴が空いてて、先っぽにある花のマークみたいのも
可愛いし、そしてなによりこの赤が最高に効いてるわ!」
ほとんど恋する乙女のような眼差しで、そのギターを見上げる姫。
468: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/12/02(水) 00:08:58.36 ID:???
>>467
ワンコ君が嫉妬するんじゃないかというくらいに、その眼差しは熱を帯びている。
「…あのー、姫、」「何?」「お値段、見た?」
ポップに書かれている価格、69,800円(+税)という表記を見た瞬間に凍り付く姫。
そんな姫の先にいるワンコ君の表情を窺うと、さすがに若干顔色が青ざめている、ように見える。
「姫…、さすがにちと贅沢言いすぎでは?」「…うん、そうかも…」
早くも涙ぐみながら王子様をチラッと見る姫。
「姫、」「何よ、」
「同じ女子として言うけどさ、その涙は卑怯にゃ」「うるさい、だって…欲しかったんだもん…」
ワンコ君、無言。頭の中で必死になっていろんなケースをシミュレートしているのが見て取れる。
なんだか知らないけど、こっちがドキドキする。よく分からんけど、頑張れワンコ君。
「あの-、」
店員がワンコ君に近づいてくる。目線を上げて、その店員さんを見るワンコ君。
「ギター購入ご検討でしたら、ちょっとお話が…」「なんですか?」
店員さんがゴニョゴニョとワンコ君に耳打ちする。
「え!でもそれは悪いですよ…僕のお金じゃないし…」
「うちも困ってるんですよ、もうすぐ決算で、このままだと会計上都合が悪いんで…」
また、こちらからは聞き取れないようなヒソヒソ話。姫と私でその様子を固唾をのんで見守る。
「分かりました、じゃあ、甘えさせていただきます」「いえいえ、こちらも助かります」
こちらを向き直るワンコ君。思わず生唾を飲み込む女子2人。
「アスカ、」「な、何?」
「この前、ギターを預かった時さ、あのおじさん、かなりの金額を置いていったの覚えてる?」
黙って頷く姫。なんだかよく分からないけど、込み入った事情があるらしい。
「で、その後分かったらしいんだけど、その中にメモが入っていて、そこには、お金が余ったら
この先ギターのメンテで使ってくれ、って書いてあったんだって」
「そう…なの?」「そうみたい」
「で、店員さんが言うには、いつまでも預かり金みたいな形には出来ないし、もし良かったら、この
ギター購入に充ててくれても構わない、って」
「マジ?!」「にゃ?それはほんとかにゃ?」
思わず大声を出してしまう女子2人。嫁入り前の乙女がはしたない、
いや、1人は嫁入り先がもう決まってるから別に多少はしたなくてもいいのかw
ワンコ君が嫉妬するんじゃないかというくらいに、その眼差しは熱を帯びている。
「…あのー、姫、」「何?」「お値段、見た?」
ポップに書かれている価格、69,800円(+税)という表記を見た瞬間に凍り付く姫。
そんな姫の先にいるワンコ君の表情を窺うと、さすがに若干顔色が青ざめている、ように見える。
「姫…、さすがにちと贅沢言いすぎでは?」「…うん、そうかも…」
早くも涙ぐみながら王子様をチラッと見る姫。
「姫、」「何よ、」
「同じ女子として言うけどさ、その涙は卑怯にゃ」「うるさい、だって…欲しかったんだもん…」
ワンコ君、無言。頭の中で必死になっていろんなケースをシミュレートしているのが見て取れる。
なんだか知らないけど、こっちがドキドキする。よく分からんけど、頑張れワンコ君。
「あの-、」
店員がワンコ君に近づいてくる。目線を上げて、その店員さんを見るワンコ君。
「ギター購入ご検討でしたら、ちょっとお話が…」「なんですか?」
店員さんがゴニョゴニョとワンコ君に耳打ちする。
「え!でもそれは悪いですよ…僕のお金じゃないし…」
「うちも困ってるんですよ、もうすぐ決算で、このままだと会計上都合が悪いんで…」
また、こちらからは聞き取れないようなヒソヒソ話。姫と私でその様子を固唾をのんで見守る。
「分かりました、じゃあ、甘えさせていただきます」「いえいえ、こちらも助かります」
こちらを向き直るワンコ君。思わず生唾を飲み込む女子2人。
「アスカ、」「な、何?」
「この前、ギターを預かった時さ、あのおじさん、かなりの金額を置いていったの覚えてる?」
黙って頷く姫。なんだかよく分からないけど、込み入った事情があるらしい。
「で、その後分かったらしいんだけど、その中にメモが入っていて、そこには、お金が余ったら
この先ギターのメンテで使ってくれ、って書いてあったんだって」
「そう…なの?」「そうみたい」
「で、店員さんが言うには、いつまでも預かり金みたいな形には出来ないし、もし良かったら、この
ギター購入に充ててくれても構わない、って」
「マジ?!」「にゃ?それはほんとかにゃ?」
思わず大声を出してしまう女子2人。嫁入り前の乙女がはしたない、
いや、1人は嫁入り先がもう決まってるから別に多少はしたなくてもいいのかw
469: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/12/02(水) 00:10:36.74 ID:???
>>468
「で、どれくらい…?」
おそるおそる店員さんを上目遣いで見る姫。
「ここだけの話、そのくらいの金額でしたら半額以下にも出来ますよ」
瞬間、ワンコ君に向き直る姫。
「決めた!これ、お持ち帰り決定!」
「姫…気持ちは分かるけど、せめて音をちょっと聴いてから、とかさ、そういうのにゃいの?」
「音、出します?」
店員さんがニコニコしながら再び寄ってくる。あ、はい、という返事はワンコ君がしている。
そうそう、そうやってリードしてやらなきゃ、姫はダメなのよ。王子様、姫を頼むよ。
私がそんなこと言えた義理じゃないけどさ。
店員がギターを下ろし、値札やらポップやらを取り外し、プラグを繋ぐ。
「…え?これってそのまますぐに弾けるんじゃないの?」
「…姫…」「アスカ…これ、エレキギターだよ。」「え?そうなの?」
思わずワンコ君と顔を見合わせる。苦笑いをするワンコ君。まあ私も同じような表情をしていたかも。
我々の会話を聞こえない振りをしてチューニングをする店員。背中がちょっと震えているのは、
必死に笑いをこらえているようだ。
「…どうぞ」「どうも」
受け取るのは当然ワンコ君。
「そういえばシンジってばエレキギター持ってるの?寮では見たことないけど…」
「ん?一応ね、レスポール持ってるけど、あまり弾いてないよ。アンプで音出すと周りに迷惑だしね…」
そう言いながらゆっくりとコードをいくつか弾くワンコ君。ただ、それだけでサマになる。絵になる。
正直、カッコイイ。
「とししーたのおとこのこ♪」「ん?コネメガネ、あんたどーしたの?また古くさそうなの歌い出して…」
ちょっと顔が赤くなる私。心の中を見透かされたような気がして慌てて首を横に振る。
「ワンコ君、なんか弾ける曲ないのかにゃ?」
「うーん…エレキっぽいやつだと…あんまり弾けないけど…」
と言いながら、しっかりちゃっかりばっちりとジミヘンのパープルヘイズのフレーズなんかを
さりげなく決めてくれるのが我らがワンコ君。
そのまま、「ふむ、」と軽い気合いを入れてからの、
「で、どれくらい…?」
おそるおそる店員さんを上目遣いで見る姫。
「ここだけの話、そのくらいの金額でしたら半額以下にも出来ますよ」
瞬間、ワンコ君に向き直る姫。
「決めた!これ、お持ち帰り決定!」
「姫…気持ちは分かるけど、せめて音をちょっと聴いてから、とかさ、そういうのにゃいの?」
「音、出します?」
店員さんがニコニコしながら再び寄ってくる。あ、はい、という返事はワンコ君がしている。
そうそう、そうやってリードしてやらなきゃ、姫はダメなのよ。王子様、姫を頼むよ。
私がそんなこと言えた義理じゃないけどさ。
店員がギターを下ろし、値札やらポップやらを取り外し、プラグを繋ぐ。
「…え?これってそのまますぐに弾けるんじゃないの?」
「…姫…」「アスカ…これ、エレキギターだよ。」「え?そうなの?」
思わずワンコ君と顔を見合わせる。苦笑いをするワンコ君。まあ私も同じような表情をしていたかも。
我々の会話を聞こえない振りをしてチューニングをする店員。背中がちょっと震えているのは、
必死に笑いをこらえているようだ。
「…どうぞ」「どうも」
受け取るのは当然ワンコ君。
「そういえばシンジってばエレキギター持ってるの?寮では見たことないけど…」
「ん?一応ね、レスポール持ってるけど、あまり弾いてないよ。アンプで音出すと周りに迷惑だしね…」
そう言いながらゆっくりとコードをいくつか弾くワンコ君。ただ、それだけでサマになる。絵になる。
正直、カッコイイ。
「とししーたのおとこのこ♪」「ん?コネメガネ、あんたどーしたの?また古くさそうなの歌い出して…」
ちょっと顔が赤くなる私。心の中を見透かされたような気がして慌てて首を横に振る。
「ワンコ君、なんか弾ける曲ないのかにゃ?」
「うーん…エレキっぽいやつだと…あんまり弾けないけど…」
と言いながら、しっかりちゃっかりばっちりとジミヘンのパープルヘイズのフレーズなんかを
さりげなく決めてくれるのが我らがワンコ君。
そのまま、「ふむ、」と軽い気合いを入れてからの、
470: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/12/02(水) 00:12:01.87 ID:???
>>469
デッデッデーデッデデデー「おースモコンか。定番じゃね」「何それ?」「ディープ・パープルにゃ」
よく分からん、という顔をする姫。まあいいさ、聴け、とりあえず聴け。
謙遜したクセにソロ部分も完璧に弾きこなして、さらっと終わらせるワンコ君。
おー、と思わず拍手する女子2人。
「他は?」「えー、ここお店の中だし、そんなに弾いちゃ悪いよ…」
「構いませんよ、ちょうどお客さん途切れてますし」
店員に逃げ道を塞がれるワンコ君。店員さんグッジョブと心の中で叫んだのは私だけじゃないはずw
「うーん、セミアコだと、やっぱりオアシスとかだよね…」
と言いながらドンルクとかシャンペンとかのソロ部分を立て続けに弾いてくれるワンコ君。
おー、と感嘆と賞賛の声をあげるしかない私たち。
「どう?」
ひとしきり、その細くて白い指が動き回った後、少し滲み出る汗を光らせながら、姫に尋ねるワンコ君。
「…え、」
聞き惚れてぼんやりしている姫。うんうん、気持ちはよーく分かる。惚れ直すよな、私も含めて。
「あたし、こんなに弾けるようになるかしら…?」「それは、練習次第だと思うよ。」
そう言うとワンコ君は店員さんに、すっとギターを手渡す。
「これ、お願いします」「はい、かしこまりました、アンプとかはどうします?」
「あ、そっか。アンプね…Marshallあたりで小さめのあります?」
もちろん、と店員さんが案内する。ついていくワンコ君と姫。
なんとなく、取り残される私。2人が移動していった後のこの空間は、まだなんとなく残響が
漂っている感じがして、耳の中もエコーがかかっているかのようだ。
「姫ばっかり、いいなぁ…」
周辺を見回す私。エレキギターもいいけど、私はやっぱりワンコ君が弾いてくれる優しいアコギの
音が好きだ。いつまでも聴いていたいと思うけど、いつかその願いは届かなくなる日が来る。
それを仕方が無いことだと思いつつも、でもやはり諦めきれない自分もいる。
そんな思いを振りほどくためにも、私はあえて目の前のギターたちに集中。
「お、たくさんあるにゃ」
エレキギターのコーナーの隣にアコースティックギターのコーナーがある。奥の方まで行と、高いもの
ばかりになりそうだけど、手前には入門用と思しき、リーズナブルな感じのギターがいくつか並んでいる。
デッデッデーデッデデデー「おースモコンか。定番じゃね」「何それ?」「ディープ・パープルにゃ」
よく分からん、という顔をする姫。まあいいさ、聴け、とりあえず聴け。
謙遜したクセにソロ部分も完璧に弾きこなして、さらっと終わらせるワンコ君。
おー、と思わず拍手する女子2人。
「他は?」「えー、ここお店の中だし、そんなに弾いちゃ悪いよ…」
「構いませんよ、ちょうどお客さん途切れてますし」
店員に逃げ道を塞がれるワンコ君。店員さんグッジョブと心の中で叫んだのは私だけじゃないはずw
「うーん、セミアコだと、やっぱりオアシスとかだよね…」
と言いながらドンルクとかシャンペンとかのソロ部分を立て続けに弾いてくれるワンコ君。
おー、と感嘆と賞賛の声をあげるしかない私たち。
「どう?」
ひとしきり、その細くて白い指が動き回った後、少し滲み出る汗を光らせながら、姫に尋ねるワンコ君。
「…え、」
聞き惚れてぼんやりしている姫。うんうん、気持ちはよーく分かる。惚れ直すよな、私も含めて。
「あたし、こんなに弾けるようになるかしら…?」「それは、練習次第だと思うよ。」
そう言うとワンコ君は店員さんに、すっとギターを手渡す。
「これ、お願いします」「はい、かしこまりました、アンプとかはどうします?」
「あ、そっか。アンプね…Marshallあたりで小さめのあります?」
もちろん、と店員さんが案内する。ついていくワンコ君と姫。
なんとなく、取り残される私。2人が移動していった後のこの空間は、まだなんとなく残響が
漂っている感じがして、耳の中もエコーがかかっているかのようだ。
「姫ばっかり、いいなぁ…」
周辺を見回す私。エレキギターもいいけど、私はやっぱりワンコ君が弾いてくれる優しいアコギの
音が好きだ。いつまでも聴いていたいと思うけど、いつかその願いは届かなくなる日が来る。
それを仕方が無いことだと思いつつも、でもやはり諦めきれない自分もいる。
そんな思いを振りほどくためにも、私はあえて目の前のギターたちに集中。
「お、たくさんあるにゃ」
エレキギターのコーナーの隣にアコースティックギターのコーナーがある。奥の方まで行と、高いもの
ばかりになりそうだけど、手前には入門用と思しき、リーズナブルな感じのギターがいくつか並んでいる。
471: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/12/02(水) 00:12:53.91 ID:???
>>470
「さすがにピンクはないか」
なんとなく、弦を指で弾いてみる。ボヨン、という鈍い音。ははは、私じゃ無理か。
「音、出してみます?」
気づくとさっきの店員さんがすぐ隣にいる。
「わっ、びっくりしたにゃ…」「あ、すいません…」
店員さん、そのまま小声で呟く。
「さっきの方が言ってたんですけどね、あなたもどうです?」
え、と振り返ると一瞬だけ、ワンコ君と目が合う。その瞬間に、ワンコ君は私に微笑んでくれる。
その目は言っている。姫だけじゃなくて、私も弾こうよ、と。
なんか、その気持ちに、じんと来てしまう。ワンコ君、その優しさは時には罪だよ、そう思いながらも、
でもその優しさに心震える自分もいる。ダメだなぁ、やっぱり私はワンコ君が好きだ。大好きだ。
「え、じゃ、じゃあ…これとか」
あまり大きくなくて、オーソドックスな感じではあったけれど、何か私を呼んでいるような気がしたギター。
えーと、M…モーリスかこれは。モリちゃん。いいね、呼び名は可愛い。
チューニングが済み、手渡されたギターをおそるおそる触ってみる。
弦はさっき触った時よりも遙かに張りがあって、固く感じる。
ジャララララーン
ワンコ君が弾いていた時の指の位置を見よう見まねでコピーしてみる。
「あ、いい音」
後でそれがEmというコードだということを知るけれど、意外と簡単に音が出るんだ。
適当に、ワンコ君の指使いを真似してコードっぽいのを弾いてみる。
「へー、なんか楽しいにゃ」
「真希波さんもどう?」「ま、まあ、自分で買うなら…あたしが文句言える筋合いじゃないし…」
いつの間にか2人が戻ってきている。
「お、ご両人、会計は済んだのかえ?」「へへへへ、買ってもらっちゃった///」
「今はケースに入れてもらってるところだよ」「ほー、そうかい。良かったね姫。誕生日まではちょっと
早いけど、先に言っておくわ。おめでとう。」
「さすがにピンクはないか」
なんとなく、弦を指で弾いてみる。ボヨン、という鈍い音。ははは、私じゃ無理か。
「音、出してみます?」
気づくとさっきの店員さんがすぐ隣にいる。
「わっ、びっくりしたにゃ…」「あ、すいません…」
店員さん、そのまま小声で呟く。
「さっきの方が言ってたんですけどね、あなたもどうです?」
え、と振り返ると一瞬だけ、ワンコ君と目が合う。その瞬間に、ワンコ君は私に微笑んでくれる。
その目は言っている。姫だけじゃなくて、私も弾こうよ、と。
なんか、その気持ちに、じんと来てしまう。ワンコ君、その優しさは時には罪だよ、そう思いながらも、
でもその優しさに心震える自分もいる。ダメだなぁ、やっぱり私はワンコ君が好きだ。大好きだ。
「え、じゃ、じゃあ…これとか」
あまり大きくなくて、オーソドックスな感じではあったけれど、何か私を呼んでいるような気がしたギター。
えーと、M…モーリスかこれは。モリちゃん。いいね、呼び名は可愛い。
チューニングが済み、手渡されたギターをおそるおそる触ってみる。
弦はさっき触った時よりも遙かに張りがあって、固く感じる。
ジャララララーン
ワンコ君が弾いていた時の指の位置を見よう見まねでコピーしてみる。
「あ、いい音」
後でそれがEmというコードだということを知るけれど、意外と簡単に音が出るんだ。
適当に、ワンコ君の指使いを真似してコードっぽいのを弾いてみる。
「へー、なんか楽しいにゃ」
「真希波さんもどう?」「ま、まあ、自分で買うなら…あたしが文句言える筋合いじゃないし…」
いつの間にか2人が戻ってきている。
「お、ご両人、会計は済んだのかえ?」「へへへへ、買ってもらっちゃった///」
「今はケースに入れてもらってるところだよ」「ほー、そうかい。良かったね姫。誕生日まではちょっと
早いけど、先に言っておくわ。おめでとう。」
472: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/12/02(水) 00:13:20.70 ID:???
>>471
「うん、ありがとう。」
こういう時は素直なんだから。座ってギター構えている私と、私を見下ろす姫。
「で、あんたはどーすんの?」「にゃ、ちょっと考えてるにゃ」
いたずらっ子っぽく笑って、私の鼻を指でちょん、っと突く姫。
「どーせ、親から少し巻き上げて来たんでしょ?」「ははは、バレてたか」
「じゃあ、あたしはこれにするにゃ」
うやうやしくお辞儀をするようにギターを受け取り、会計に案内する店員さん。
姫とワンコ君はそのままギターピックかなんかを眺めている。
赤がいい、赤!と聞こえてくるから、おおかたピックでも選んでいるんだろう。
レジに到着し、電卓を見せられる。税込み16,200円。
「あれ?これって何か割引きされてます?」
そこにあった数字は、35,800円+税、という先ほどの表記よりも明らかに小さい数字。
というか、半額くらいにはなっている。
「実はですね、」
店員がこっそりと教えてくれた。
「あちらの碇さんのご希望でして、先日のお預かり金の一部をこちらに回してくれ、とのことで」
姫のギターも半額以下にはなっていて、更にこうなることを予期していたワンコ君。
姫を立てつつ、私の気持ちも汲んでくれるワンコ君。スマートに、クールに、それでいて
優しさという残り香をふんだんにちりばめてくれたワンコ君。
「はぁ…ほんと、いい男だわ…」
思わず口にしてしまう。
「ははは、ですね。さすが、いい男は青田買いされてますよねぇ…」
2万円お預かりします、と業務モードに一瞬戻った店員さん、お釣りを渡しながら、
「でも、きっとチャンスはありますよ」
にやり、と笑って私を見る。
「ば、バカにゃ」
赤面。なんだよ、バレバレじゃん。あー恥ずかしい。
「うん、ありがとう。」
こういう時は素直なんだから。座ってギター構えている私と、私を見下ろす姫。
「で、あんたはどーすんの?」「にゃ、ちょっと考えてるにゃ」
いたずらっ子っぽく笑って、私の鼻を指でちょん、っと突く姫。
「どーせ、親から少し巻き上げて来たんでしょ?」「ははは、バレてたか」
「じゃあ、あたしはこれにするにゃ」
うやうやしくお辞儀をするようにギターを受け取り、会計に案内する店員さん。
姫とワンコ君はそのままギターピックかなんかを眺めている。
赤がいい、赤!と聞こえてくるから、おおかたピックでも選んでいるんだろう。
レジに到着し、電卓を見せられる。税込み16,200円。
「あれ?これって何か割引きされてます?」
そこにあった数字は、35,800円+税、という先ほどの表記よりも明らかに小さい数字。
というか、半額くらいにはなっている。
「実はですね、」
店員がこっそりと教えてくれた。
「あちらの碇さんのご希望でして、先日のお預かり金の一部をこちらに回してくれ、とのことで」
姫のギターも半額以下にはなっていて、更にこうなることを予期していたワンコ君。
姫を立てつつ、私の気持ちも汲んでくれるワンコ君。スマートに、クールに、それでいて
優しさという残り香をふんだんにちりばめてくれたワンコ君。
「はぁ…ほんと、いい男だわ…」
思わず口にしてしまう。
「ははは、ですね。さすが、いい男は青田買いされてますよねぇ…」
2万円お預かりします、と業務モードに一瞬戻った店員さん、お釣りを渡しながら、
「でも、きっとチャンスはありますよ」
にやり、と笑って私を見る。
「ば、バカにゃ」
赤面。なんだよ、バレバレじゃん。あー恥ずかしい。
473: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/12/02(水) 00:14:04.38 ID:???
>>472
帰り道。店を出るまでは黒いギグバックを背負っていた姫も、横断歩道を渡りきる頃には、あっさりと
ギブアップ。
「…重いわ、シンジ、これ持って…」
片手に重たいアンプを抱えつつ、もう片手でギターも抱える羽目になるワンコ君、正直不憫だ。
とは言っても私もモリちゃんを背負い、左手にはピックやストラップやギタースタンド等々のグッズ類を
持っているため、あまり手伝いは出来ない。
「エレキギターって結構重たいのね…」
「うーん、でもこれはセミアコって言って、まだまだ軽い部類だよ」
よいしょ、と肩に担ぐ感じでギターを持ち直すワンコ君。やっぱりサマになっている。
斜め45度くらいからの後ろ姿なんて、ほんと眼福としか言い様がないくらい、凜とした美しさがある。
「ちょっと、あんた何よその顔…何そんなにニヤニヤしてんのよ…気味悪い」
「にゃ?そんなに鼻の下伸びてたかにゃ?」
「ま、気持ちは分かるけどね…」
確かに、姫も心なしか口元が緩んでいる。
「じゃろ?」「…へへへ」
珍しく姫がワンコ君を眺めることを許してくれたと思った刹那、
「ギター買うってやっぱテンションあがるわよね~」
ありゃ、にまにましている対象がちょっと違ってたw ま、そりゃそうだよね…。
「ワンコ君、いや、ワンコ先生、どうかひとつご教授よろしくお願いします!」
「ダッダメよ!シンジは私専属なんだから!あんたは独学でなんとかしなさい!」
「えー、そんなぁ、姫ってばこの前から酷いにゃあ、分け前とは言わないから、せめておこぼれだけでも
ちょーだいよぉ」
「そう言いながら何度騙されそうになったことか!今回は騙されないからね!分かった?シンジ!」
「ぼ、僕?」「そうよ、あんたもあんな色仕掛けに騙されるからいけないのよ!」
「…色仕掛けとは聞き捨てならないにゃ、そりゃ姫の負け惜しみってもんじゃろ」
最近Eじゃきつくなってきた胸を姫の右肘にぶつけてみる。
「ほれ、まだまだ成長中よん。ミサトを追い抜くのも時間の問題ぜよ」
そのままダッシュで逃げる。顔を真っ赤にして追いかけてくる姫。それを苦笑しながら見つめる王子様。
ああ、やっぱり私は、この2人が大好きだw
あ、でもギター背負ってるのに手加減無しの踵落としを喰らわそうとするのは止めて。マジ止めて。
帰り道。店を出るまでは黒いギグバックを背負っていた姫も、横断歩道を渡りきる頃には、あっさりと
ギブアップ。
「…重いわ、シンジ、これ持って…」
片手に重たいアンプを抱えつつ、もう片手でギターも抱える羽目になるワンコ君、正直不憫だ。
とは言っても私もモリちゃんを背負い、左手にはピックやストラップやギタースタンド等々のグッズ類を
持っているため、あまり手伝いは出来ない。
「エレキギターって結構重たいのね…」
「うーん、でもこれはセミアコって言って、まだまだ軽い部類だよ」
よいしょ、と肩に担ぐ感じでギターを持ち直すワンコ君。やっぱりサマになっている。
斜め45度くらいからの後ろ姿なんて、ほんと眼福としか言い様がないくらい、凜とした美しさがある。
「ちょっと、あんた何よその顔…何そんなにニヤニヤしてんのよ…気味悪い」
「にゃ?そんなに鼻の下伸びてたかにゃ?」
「ま、気持ちは分かるけどね…」
確かに、姫も心なしか口元が緩んでいる。
「じゃろ?」「…へへへ」
珍しく姫がワンコ君を眺めることを許してくれたと思った刹那、
「ギター買うってやっぱテンションあがるわよね~」
ありゃ、にまにましている対象がちょっと違ってたw ま、そりゃそうだよね…。
「ワンコ君、いや、ワンコ先生、どうかひとつご教授よろしくお願いします!」
「ダッダメよ!シンジは私専属なんだから!あんたは独学でなんとかしなさい!」
「えー、そんなぁ、姫ってばこの前から酷いにゃあ、分け前とは言わないから、せめておこぼれだけでも
ちょーだいよぉ」
「そう言いながら何度騙されそうになったことか!今回は騙されないからね!分かった?シンジ!」
「ぼ、僕?」「そうよ、あんたもあんな色仕掛けに騙されるからいけないのよ!」
「…色仕掛けとは聞き捨てならないにゃ、そりゃ姫の負け惜しみってもんじゃろ」
最近Eじゃきつくなってきた胸を姫の右肘にぶつけてみる。
「ほれ、まだまだ成長中よん。ミサトを追い抜くのも時間の問題ぜよ」
そのままダッシュで逃げる。顔を真っ赤にして追いかけてくる姫。それを苦笑しながら見つめる王子様。
ああ、やっぱり私は、この2人が大好きだw
あ、でもギター背負ってるのに手加減無しの踵落としを喰らわそうとするのは止めて。マジ止めて。
474: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/12/02(水) 00:22:54.52 ID:???
どうもこんばんわ。265の人です。
マリさんがうるさいので、朦朧とした意識の下で精一杯やってみましたw
注釈ですが、シンジ君が弾いていたのは、
The Jimi Hendrix Experience「Purple Haze」
Deep Purple「Smoke On The Water」
Oasis「Don't Look Back In Anger」
Oasis「Champagne Supernova」
です。だいたいギター弾きの定番であったりしますが、
265の人の趣味全開であったりもしますw興味あったら聴いて下され。
今後は少しずつシリアス展開になっていく…つもりですが、
来週から出張あったりするので予定は未定です(´・ω・)
では皆様、おやすみなさいませzzz....
マリさんがうるさいので、朦朧とした意識の下で精一杯やってみましたw
注釈ですが、シンジ君が弾いていたのは、
The Jimi Hendrix Experience「Purple Haze」
Deep Purple「Smoke On The Water」
Oasis「Don't Look Back In Anger」
Oasis「Champagne Supernova」
です。だいたいギター弾きの定番であったりしますが、
265の人の趣味全開であったりもしますw興味あったら聴いて下され。
今後は少しずつシリアス展開になっていく…つもりですが、
来週から出張あったりするので予定は未定です(´・ω・)
では皆様、おやすみなさいませzzz....
※以降書き込みがないため、ここで完結です。
元スレ:http://hayabusa6.5ch.net/test/read.cgi/eva/1437394781/
コメント
完結まで見たかったなぁ…
とっっっても良いSSシリーズでした。
何度も読み返す作品になりそうです。
本当に好きなシリーズなのでまた1に戻ろうと思います!
シンエヴァのダメージは乗り越えたものの、やはりシンジはアスカと幸せになって貰いたいです…
本当に有難うございました!
できれば完結までみたかったけど
完結まで読みたかったけど、この人の別の作品があるならそっちも読みたいなぁ・・・
ならシンジとアスカも京大目指すよな
素晴らしい作品をどうもありがとう
結局何だったんだのか気になるな
作者さん続き書いてくれないかね
それなん
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