お知らせ 


このstory1は
【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No1~6とは別の作者の方々が書かれたssです

story各話ごとに、更に各話の中でも作者さんが変わるssとなります。

それと同時にこちらはナンバリングしておりますがシリーズものではない点を、了承していただきますようお願いいたします。

また、【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No1にミスがあり、大幅に改訂しました。


そのため、No1の内容が大幅に変わっています。

story1はNo1に掲載していたものですが、
No1~6の作者さんとは別の方でしたので

こちらに移動させて頂きます。


また、この作品も未完であることを承知の上、閲覧いただけると幸いです。


今後はこのようなことが起こらないように対処していきますので、よろしくお願いいたします。



管理人




81: 5=12 2013/06/10(月) 02:16:01.99 ID:???

(あの子かわいかったな。明城前で降りたってことはあの子も受験だったのかな?)
 明城学院付属高校入学試験合格発表当日。学院への道のりを、ゆっくりとした足取りで歩く少年。
 碇シンジ。それが彼の名前だった。
(また会えるといいんだけど)
 シンジは受験当日満員電車から助け出した少女を思い出していていた。あの時感じた既視感はなんだったのだろうか。
 さっき電車から降りるときに同じ偶然を期待しなかったと言えば嘘になる。
(ま、そうそううまくはいかないよな。でも……)
 試験会場では生憎と見つけることは出来なかった。それでも同じ学校に通っていれば会うこともあるのかもしれない。
 もう一度会えれば既視感の正体もわかるかもしれない。だが、それも全て合格していればの話だ。
(大丈夫。きっと受かってるさ。僕もあの子もね)
 ついでにあの日声をかけてきたメガネのことも思い出した。気さくそうな奴だった。
もしかしたらいい友人になれるかもしれない。
 朝の雑踏の中、シンジの歩みは少しずつ早くなり、人ごみを抜けた頃には軽く駆け出していた。


82: 5=12 2013/06/10(月) 02:17:12.62 ID:???
「うわ……こんなに受けた人いるのか……」
 張り出された合格者番号の前の人だかりは、シンジが想像していたよりもはるかに多かった。
 名門校であり、また寮が完備されている明城は全国から受験者が集まる。
だが受験当日はそれぞれ別の教室で一か所には集まっていなかったこともあり、シンジは受験者の人数を意識はしていなかったのだ。
「はは……ほんとに受かってるかな……」
 喜びの声を上げる者。肩を落とす者。友人と一緒に受けたのだろうか?笑顔で手を叩き合っている者もいる。
 シンジは人をかき分けるようにして前へ進んでいった。
「ああ、もう!前に進めないじゃない!」
 どこかで聞いたような声に振りかえる。
「通してって言ってるじゃない!」
 あの日聞いた少女の声。
「って……いたいいたいたい!」
 白い小さな手が人と人の間から顔を出している。
「大丈夫?つかまって」
 あの日のようにそう声をかけ、手を掴む。
 右手で彼女の手を握り、左手で彼女が進めるスペースを作っていく。
「え、ちょっとなに?」
 とまどいの声をあげながらも彼女はシンジの作った道を進んでいった。


83: 5=12 2013/06/10(月) 02:18:23.85 ID:???
「ふう、やっと前に出れたよ」
 押され、かき分けと進んできたせいか、まだ肌寒い日ではあっても軽く汗をかいてしまった。
「あ、ありがと……ってまたあんたなの?ナンパ男」
「ナンパ男はひどいな。助けてあげたのにさ」
 抗議の声を上げつつも、目は彼女に引きつけられてしまう。
「……お礼は言っとくわ。ありがと。あんたもここ受けてたのね」
「うん」
(やっぱりどっかであった気はするんだよな……って今はそれよりも) 
 少女から目をそらし、臨時設置の掲示板の中の番号をチェック。自分の番号があるのか、ないのか。期待と不安が心の中で渦巻く。
 少女もまた同様に自分の番号を探し始めたようだ。
(よし、あった!)
 軽く息を吐き出すのと同時に体の緊張が解けていくのが解る。
(この子はどうだったのかな)
 ちらりと少女の方を盗み見る。
 まだ見つからないのだろうか。その青い瞳は不安げな色をたたえている。
 彼女からギュウッと音がするほどに手を握り締められ、初めてお互い手を握ったままであることをシンジは思い出した。
 柔らかい手だな、と感じると同時に少し震えてることにも気がつき、思わず握り返してしまう。
 振り払われるかな?シンジがそう思っていると、一瞬驚いた表情を浮かべ彼女は
「ありがと……」
 小さな声で呟いた。


84: 5=12 2013/06/10(月) 02:19:20.59 ID:???
「あったああああああああ!ま、このあたしが落ちるわけないのはわかってたけど嬉しいものよね!」
 少し大袈裟なくらいに少女は喜びを露わにしている。白い頬は歓喜の色に染まり、青い瞳はきらきらと輝いていた。
 両手を振り上げたため、シンジの手も一緒に空へと突き出される。
「おめでとう、よかったね」
「あ、ありがとう。あんたは……ってその顔じゃ受かってそうね、おめでと」
 懐かしい笑顔だ。そう感じた。どこで会ったんだろう?でもこんなに目立つ子を忘れるとは思えない。
 彼女は容姿だけならアイドル顔負けの少女なのだ。目が合うとどうしても照れてしまう。
「あ、う、うん。ありがとう。で……いつまで握っててくれてるのかな?」
 シンジは照れ隠しにちょっと意地悪に受験当日の少女の言葉をそのまま返してみた。
 少女の白い肌が見るみるうちに赤く染まっていく。


85: 5=12 2013/06/10(月) 02:20:14.41 ID:???
「バ、バカ!やっぱナンパ目的だったんじゃないの?」
「だ、だから違うってば!」
「どーだか!」
「なんだよ、その言い方!」
「なによ!ケンカ売ってんの!」
 なぜだろう。女の子とこんな風に口論なんてしたことないのに。
 なんだろう。この懐かしさは。
「ケンカ売ってるのはそっちだろ!」
 なぜだろう。男の子と口論するのは初めてではないけど。
 なんだろう。初めて喧嘩してる相手なのにこの懐かしさ。
「お二人さんさー、仲がいいのはわかったから、そろそろどいてくれないかな?」
 当たり前だが周囲の注目を一気に集めていたらしい。
 誰からかかけられた声で我に返る。
「誰が!」
「こんなのと!」
「「仲がいいわけないよ(わ)!」」
 ふんっ、と同時にそっぽを向くとそのまま別々の方向に歩いていく姿はどう見てもシンクロしているのだが。
「あいつらあの時の2人だよな。なんだか息ぴったりでいや~んな感じ」
 一部始終を見ていたメガネの少年は、思わずそう呟いたのであった。


91: 5=12 2013/06/11(火) 07:22:03.98 ID:???
 入学式の日、通学中の碇シンジはラッシュアワーの満員電車の中で嘆いていた。
 本来ならばこの日のラッシュは味合うはずがなかったのだ。
(寮の設備不良ってなんだよ……)
 入寮日前日に寮のガス、水道、電気が全て設備の故障で止まってしまったとの連絡があったのだ。
 入寮してからでないのが不幸中の幸いだったと言えるのかもしれない。
 ともあれシンジたち新入生の多くは必要な荷物だけ送り、今日まで入寮しないものが多かったのだ。
 シンジもその一人だ。入学式が終わったら初めて寮に入ることになる。
 学園前駅につくにはまだ時間がある。シンジはあの少女のことを考え始めた―――
(あの懐かしい感じ……なんなんだろうな)
 どこかで会ったことがある気がする。2度目に出会ったときからその感覚は強くなる一方だ。
 だが、会ったことはないはずだ。近くで顔を見てはっきりしたがもし出会っていたら忘れているはずがない。
 しかし、懐かしい何かを感じていることも事実だ。あの時カッとなってはいたがどこか安心感もあった。
 そう、安心感。まるで離れていた故郷に帰ったような、そんな感覚。
 欠けていたものが満たされるような錯覚さえあった。
(でももう会っても話してくれないかもしれないよな。ケンカしちゃったし……
って、そういえば合格発表の日に悪目立ちしちゃったのか……不安になってきたな)
 ガタンッ、カーブに差し掛かった時に電車が大きく揺れ、シンジの思考は現実に引き戻される。 
(考えててもしょうがないか。それより入学式終わったら荷解きしないといけないのか。面倒だなあ)
 明城学院前まであと少し。降り損なわないように気をつけないといけないとシンジは思った。


92: 5=12 2013/06/11(火) 07:22:47.23 ID:???
「う~、やっぱこのラッシュは厳しいや」
 明日からは寮からの通学になる。もうこれを味わう必要はない。
 名残惜しくもなんともなく、ただそれがありがたい。そんなことを考えながらシンジはホームに降りた。
(電車通学とかもうしたくないな……)
 そう思いながら、もう一度電車の方を無意識に振りかえる。
「あれ?」
 すし詰めの人の中に白い手が差し上げられている。ここからでは顔は見えない。
「だから降りるって言ってるでしょう!」
 いらだちを隠さないややヒステリックな声。でも不快感はない。
 シンジは無言でその手を取った。
 迷いなく握り返してきたその手を強く引き寄せる。
 勢い余って少し転びそうになって出てきた少女を見て
「やっぱり君だったのか」
 自然と何とも言えない笑みがこぼれてしまう。
「おはよう。いわゆる三度目の正直ってやつだね」
 むぅ、っと小さく唸ってから少女は言った。
「やっぱりあんただったのね」
 こちらは少し拗ねたような顔だ。
「やっぱり?」
「特に意味はないわよ。二度あることは三度あるって言うじゃない……」
 手を出せばあんたがいて引っ張るような気がしたのよ。よく聞こえなかったがそう言った気がした。
「ま、お礼は言っとくわ。ありがと、ナンパ男」
「だからナンパじゃないって言ってるだろ」
「あ、じゃあストーカーかしら。あたしの行く先々にいるなんてさ」
「それも違うって!いい加減に…」
 せっかく助けたあげたのに犯罪者扱いはさすがにひどい。断固抗議を、そう思ったのだが
「あんたバカァ?冗談よ」
 クスクスと彼女は笑っていた。
「駅のホームでこないだの続きをやる気もないしね」
 握っていた手を離し、シンジの背中をバシンっと叩き歩きだす。
「もたもたしてたら入学式遅れちゃうわよ!」
 振り返って笑う彼女の笑顔は、やはりシンジの心に懐かしさを満たしていくものだった。


93: 5=12 2013/06/11(火) 07:23:39.32 ID:???
「そういえばお互いまだ名前も知らなかったね」
 学園への道のりを二人並んで歩きながら歩く。
「あたしは惣流・アスカ・ラングレー、あんたは?」
 気のせいだろうか。さっきからちらちらと顔を見られてる気がする。
「惣流さん……か。僕は碇シンジ」
 彼女の名前を口に出してみる。なにかしっくりこない。
「碇君、ね。ふーん……」
 今度は気のせいではない。じろじろと顔を……いや顔だけではない、上から下まで値踏みをするような目でシンジを見る。
「ん~……碇、碇くん……」
 アスカもまたなにかが引っかかっているのだろうか?人差し指を口に当て何やら考えている様子だ。
「ど、どうかしたの?」
 何か悪いことをしてしまったのだろうかとうろたえるシンジ。
「わかんない……でも……う~~ん……」
 わからないのはシンジの方だ。このままでは間が持たない。何か話題を振らなければ。
「そ、そいえば惣流さんってさ、合格した時すごく嬉しそうだったけど?」
 シンジには少し喜怒哀楽が乏しい部分がある。冷めていると言い換えてもいい。
 自分のように感情の乏しい人間のそれとは違い、アスカの合格時の感情表現はシンジから見て眩しいものだった。
「う~、恥ずかしいとこ見られてたんだったわね」
 アスカはばつが悪そうにそっぽを向きながら言葉を続ける。
「ほんとは言う必要もないんだけど……助けてもらってるし特別に教えてあげるわ」
 アスカいわく、国語と歴史に不安があったのだという。
「だって日本語って難しいんだもん。なんで漢字とかひらがなとかカタカナとか色々あんのよ!やっやこしい!」
 聞けばアスカはドイツ育ちだという。日本に来たのは2年前だそうだ。
 ドイツ育ちのアスカにとって日本語の読み書きはまだまだ慣れないらしい。
「でも日本語すごく上手だよ?お世辞じゃなくてさ」
 アスカの言葉は実に流暢な日本語である。
「あんたバカァ?話すのと読み書きはまた違うのよ」
 口癖なのだろうか?バカバカとここまでの道程でかなり言われた気がした。
 少し腹も立つのだが、なぜか悪い気はしない。彼女はこうでないといけない。
(ん、今僕何を思ったんだろう……)
 疑問が大きくなっていく。それなりに打ち解けた気はする。今ならもう一度だけ、確認してもいいのかもしれない。


94: 5=12 2013/06/11(火) 07:24:24.52 ID:???
「ねえ、惣流さん」 
 んんー、っと口に出しながら少し眉を寄せるアスカ。
「やっぱり僕ら……どっかで会ったことない……かな?」
 アスカの眉がさらによっていく。
「あんたバカァ?前にあんたなんかこれっぽっちも知らないって言ったじゃん!
そもそもあたしドイツからきたって言ったでしょ?あんたドイツに住んでたわけ?」
 早口でまくし立ててくる。結構な剣幕だ。これは失敗した。シンジが自分の迂闊さを呪ったその時
「知らないけど……それは間違いないんだけど……なんか懐かしいって思う自分もいるのよね」
 そんなわけあるはずないのはわかってるんだけどね。とアスカは小さく舌を出す。
「惣流さん……」
 同じだ。やっぱりこの子も僕と同じことを感じていたんだ。
「ここまで話しちゃったからついでに言っちゃうわね。その惣流さんってのやめなさいよ。ナンパ男」
「そっちこそナンパ男はやめてよ。なんだよ、さっきまでは碇くんって呼んでくれてたのに」
 盛り上がりかけた気分が台無しだ。なんでそんなこと言うんだ。
「じゃあ、ストーカー、エロ碇……」
「だからそういうのやめてってば!」
 学校が近い。そろそろ生徒の数も増えているというのにストーカー呼ばわりはない。
 なのにアスカはさらに妙な呼び名をさらに口に出してくる。
「じゃあ、そっちこそ惣流さんはやめなさいよ。気持ち悪い」
 気持ち悪いとはまたひどい。文句を言ってやろうと口を開きかける。


95: 5=12 2013/06/11(火) 07:25:40.33 ID:???
「特別にアスカでいいわよ」
「アス…カ……」
 開きかけた口にそのまま彼女に言われるがままに名前を呟かせる。
 彼女に対してのみならず女の子のファーストネームを呼ぶのは初めてのはずだった。
「アスカ」
 もう一度口に出す。さっきまでの違和感が消えていく。初めてのはずなのに。
「二回も言わなくていいわよ、バカシンジ……あ、これだわ!」
 顰めていた眉がパッと明るくなった。探し物が見つかったかのような、喉のつかえが取れたような顔。
「バカもひどいや……」
 でも嫌じゃない。バカって言われたのに。
「何よ、文句あるってぇの?」
 拗ねたように頬を膨らますアスカがかわいく見えて。
「いや、なんだかもうそれでいいや」 
 つい笑ってしまう。
「何笑ってんのよ。キモっ!キモシンジにした方が良かったかしら?」
 そういうアスカの顔はもう笑顔だ。


96: 5=12 2013/06/11(火) 07:26:12.55 ID:???
「学校、もうすぐそこだよ」
 笑顔のままシンジが告げる。
(最初は偶然、二度目は必然、三度目は……なんて言ったっけ?)
 笑顔のままアスカは走り出した。
「待ってよ、アスカ!」
 シンジは慌ててアスカを追いかける。
 メガネをかけた少年を途中追い抜いていく。
「あいつらいつの間にあんなに仲良くなってんだ。入学早々いや~んな感じ……」
 呆れたような、うらやましいものを見たような。そんな苦笑い。
「あの子たちも新入生かしら。朝から元気ね……」
 髪をおさげにしたそばかすの少女が呟く。 


 僕はこの世界で生きていく
 いつ死んでもいいとはもう思わない
 希望はいつもこの世界に満ちている
 太陽と月と地球がある限り

「早く来なさいよ、バッカシーンジ!」
 アスカが笑いながら振り返る。

 僕の―――僕たちの未来は無限に広がっているのだから。


119: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2013/06/14(金) 14:02:07.83 ID:???
予告

「同じクラスになったシンジとアスカ」
「クラスメートの冷やかし」
「心にもない一言による気まずい思い」
「このまま二人の心は遠ざかってしまうのか」
「けれど暗闇の中、一つの思いが彼らの胸に光をともす」

「次回シンジとアスカの学園生活」
「この次もサービス、サービスゥ!」

という妄想が降りてきた。
こないだの続き予定。
多分日曜夜か月曜夜辺り投下


136: 96=119 2013/06/18(火) 23:07:43.13 ID:???
「偶然ってやっぱり続くんだね」
 1-A。それがシンジとアスカのクラスだ。
 シンジとアスカは並んで教室に向かっていた。
「なによ、あたしと一緒じゃいやだっての?」
 アスカの眉が一瞬跳ね上がる。だが眼差しは柔らかい。
「そういう意味じゃないよ、ちょっと驚いただけ。偶然って続くんだなあ、ってさ」
「あたしはもう驚かないわよ。さすがに寮の部屋まで一緒とかだと驚くけどね」
 このじゃれあいのような会話がシンジにはなぜか心地いい。
「な、一緒の部屋って……!?」
 顔を真っ赤にして絶句するシンジにアスカはさらに追い打ちをかけた。
「何想像してんのよ、エロシンジ~」
 ちょっと意地悪に笑うアスカ。アスカもまたこのやり取りを楽しんでいるようだ。
「あ、いや……なんだかさ、変にはっきり想像しちゃったっていうか……」
「やっぱりエロイこと考えてるんじゃん!」
 アスカの大きな声が廊下に響き、他の生徒たちが何事かと振り返る。
「ち、違うってば!大体アスカがそんなこと言うからじゃないか!」
 むきになって言い返すシンジの顔は赤いままだ。
「あのねえ、あり得ないから驚くって話じゃん」
 そう、あり得るはずもない。だからもし起きたら驚いてしまうといったのだ。
 理由もなく浮かんできたイメージと同じ事が起きてしまったら誰だって驚く。
「あー、あんたが変なこと言うからこっちまで恥ずかしくなってきた!どうしてくれるのよバカシンジ!」
 うっすらとアスカの頬も赤い。
 周囲の注目にも気付かず二人は進んでいく。
 それにしてもこの場にいる一体誰が、仲良くケンカしながら教室に向かうこの二人のことを、
今日初めてお互いの名前を知ったばかりで顔を合わせたのは3回目だと言って信じる者がいただろうか?


137: 96=119 2013/06/18(火) 23:09:49.11 ID:???
 二人が教室に入ると、それまで騒がしかった教室が一瞬静まり返った。
 ほんの一瞬だったため、アスカはそれに気付かなかったがシンジは少しだけ気になった。
(なんだろう……今僕たちを見てた?気のせいかな?)
 気のせいではない。クラスの中では合格発表の時のことを見ていたものだっている。
 笑いあいながら走って登校してきたのを見たものもいる。
 アスカは目立つ。なにしろ日本人離れした手足の長さに、白い肌と青い目、そして長く柔らかそうな金髪。
 整った顔立ちはシンジにアイドルのようだと思わせたほどである。
 一方のシンジもアスカのように目立つという訳ではないが、中性的で整った顔立ちだ。
 優しく、繊細な空気が感じられ好感を持つ人も少なくはないだろう。
 そんな二人が今またはしゃぎながら教室にご登場だ。目を引いて当然だろう。
 そして同時に噂にもなる。ひそひそと教室のあちこちで聞こえる囁きにシンジは少し眉をひそめる。
「よ、お前らも同じクラスになったんだな」
 試験の日に駅でシンジに声をかけてきた眼鏡の少年だ。
 相田ケンスケと少年は名乗った。人懐っこそうな表情を浮かべている。


138: 96=119 2013/06/18(火) 23:12:02.32 ID:???
「誰よ、あんた。シンジの知り合いなの?」
 一方アスカは馴れ馴れしく話しかけられたのが気に入らないのか、
それともシンジとの会話の邪魔をされたのが腹立たしいのか不機嫌そうな顔だ。
 だがシンジは内心少しホッとしていた。教室の空気が変わったからだ。
 遠巻きに噂されるよりもずっといい。自分とアスカの名前をケンスケに告げてアスカに向き直る。
「知り合いってほどじゃないんだけどさ。アスカと初めて会ったあとちょっとね」
 結論から言うとシンジのこのなにげない一言がよくなかった。
「ん、惣流と初めて会った時ってやっぱり試験の時なのか?」
 掘り下げて聞いてくるケンスケの問いにシンジは特に考えることもなく答えた。
「うん、入学式の今日で3回目。実は名前もお互いさっき知ったところなんだ」
 教室に少しざわめきが広がる。
「そ、そうなのか。でも、それにしては仲がいいよな、お前たち。
てっきり中学が同じとか幼馴染とかそういうのかと思っちゃったよ」
 3回目?名前は今日?ケンスケは驚きを浮かべながらそう言った。
「「そんなことない(わ)よ」」
 同時に言ったあと顔を見合わせてしまう二人。
 クスクスと笑い声が聞こえた。ケンスケも苦笑いだ。
「息ぴったりだな、お前ら。まじで昨日今日の仲じゃないみたいだ」
 指摘にシンジとアスカの頬が染まる。
 あれで会ったばかりって。なんか付き合ってるみたい。むしろ夫婦?
 クラスのあちこちから声が聞こえてきた。
「「夫婦なんかじゃない(わ)よ!」」
 息もぴったりな否定の言葉が引き金となってどっと笑いが起きてしまった。
 こういうときはむきになればなるほど周りは面白がってしまうのだが、少し頭に血が上ったシンジにはそこまで頭が回らない。
「あのねえ…」
「名前も今日知ったばかりなんだし、夫婦でも付き合ってるわけでもないよ!」
 アスカが何かを言うよりも早く、シンジの怒鳴り声が教室に響いた。
「そんな風に冷やかされたら迷惑だよ」
 登校初日からこんなに注目されて困る。アスカもきっとそう思ってるに違いない。
 シンジはアスカのためにもと、そう言い切った。


157: 96=119 2013/06/23(日) 04:58:55.21 ID:???
 入学式、始業式と終わりさらに一週間がたった。
 シンジとアスカはあの時から口を聞いていない。
「なあ、このままでいいのか?碇」
 そのきっかけを作ってしまったケンスケが申し訳なさそうにシンジに問いかけた。
「なにがだよ?」
 帰宅の準備にかかっていたシンジは不機嫌そうに返事を返す。
 聞き返さなくてもわかっている。この数日何度も同じことを聞かれているからだ。
 アスカと仲直りしなくていのか?と。
(悪いのはアスカじゃないか……話も聞いてくれないで)
 アスカをちらりと見た後シンジはこの話はこれ以上しないとばかりにそっぽを向いてしまった。
 まいったな、と頭をかきながらケンスケはため息をつく。このできたばかりの友人は見かけによらず少し頑固なところがあるらしい。
 ケンスケは、シンジからアスカへと視線を移した。アスカはシンジを見ていた。少し寂しそうな目だった。
(なんとかしてやりたいんだけどな……)
 あの時、ケンスケは教室の空気を変えようと、二人に助け船を出したつもりだった。
 ケンスケに否はないとはいえ、後味は良くないのだろう。
 その後何かにつけ、シンジに仲直りを促してはいるのだがうまくいかない。
 ただシンジ個人とは話す機会が増えた事、寮の部屋が隣なこともあり仲良くなってはいた。
(それになんとか仲直りしてもらわないと……)
 アスカがケンスケの視線に気付いた。
(俺の心臓が持たない)
 アスカの寂しそうな瞳は、恨みと呪いを込めた鬼の眼に変わっていた。


158: 96=119 2013/06/23(日) 04:59:25.59 ID:???
(むかつく)
 アスカの胸の内に広がっていく苛立ち。
(むかつくむかつく)
 そもそも名前も知ったばかりの相手だったはずだ。
(むかつくむかつくむかつく!イライラする!)
 なのになぜこんなにイライラするのだろう。
 最初の一日は無自覚だった。
 二日目は気付かない振りをした。
 三日目は必死で打ち消した。
 四日目から先はもうダメだった。
 シンジと喧嘩してしまった。口もきいてない。それがイライラの原因だとはっきり自覚した。
 自覚はしたものの未だになぜシンジと話せないのが、そんなにいやなのかというのは自分でもわからない。
 とにかくいやなのだ。もやもやする。いらいらする。在るべきものがない喪失感すら感じる。
 名前すらこの間知ったところなのに?
 言葉を交わしたのは三度。会話と呼べたのはそのうちの一度のようなものなのに?
(なんでこんなに気になるのよ。あんた私のなんなのよ……)
 アスカはため息をつくと、シンジを見つめる。クラスメートと話しているようだ。
 確か相田とか言うやつだったか。
 あの日、あいつが話しかけてこなければこんなことには。
 いや、違う。今は少しわかる。あの時クラスの空気はよくなかった。
 彼なりに気を使ったのだろう。シンジの顔を知っていたからというのもあったのかもしれない。
(八つ当たりなのはわかってはいるんだけど)
 ケンスケがこちらの視線に気付いたようだ。アスカは精いっぱいの恨み辛みを込めて睨みつけた。


159: 96=119 2013/06/23(日) 05:00:10.44 ID:???
 友人が寿命をすり減らしている時、シンジはあの時のことを思い出していた。
(だってアスカも迷惑してると思ったんだ)
 冷やかしの声に思わず怒鳴ってしまったのは自分の気恥かしさも確かにあった。
 だが、けして自分のためだけではなかった。アスカだってそうだったと思う。だから怒鳴った。
『名前も今日知ったばかりなんだし、夫婦でも付き合ってるわけでもないよ!』
 そして周りの興味を断ち切るために言った。
『そんな風に冷やかされたら迷惑だよ』
 そのあとに言ってしまったこの言葉自体には嘘はない。
 まだ顔も知らぬ級友たちに心を見透かされたような気がしたのだ。
 居心地の良い距離感を。感じていたデジャヴを。
 だけど――――――
『あんた迷惑だったんだ?あっそ、悪かったわね』
 アスカの声は少し震えていたがシンジはそれに気付かなかった。
『違うよ、そう言う意味じゃないってば、これは――』
『もう話しかけないで』
 シンジが弁解するより早く、アスカはそう言った。


160: 96=119 2013/06/23(日) 05:01:58.26 ID:???
 振り返ってみると他愛のない事。落ち着いてから伝えることもできたはずだった。
 だがシンジは少し意固地になっていた。
 言い訳を聞いてくれないこと。話しかけるなと冷たく言い放たれたこと。
 反発した心が一言謝って説明する、という至極当たり前の行動をとれなくさせていた。
 そのままずるずると時間だけが過ぎてしまい、過ぎた時間がシンジの自己正当化を促していた。
(それにアスカが話しかけないでって言ったんだ。僕は悪くないよ……でも……)
 イライラする、ざわざわする。何か大事なものがなくなりそうな焦燥感。
 話した時間なんてわずかだったのに
(なんで僕、こんなにいらいらしてるんだろう)
 横目でアスカを見る。鬼の形相だった。
(こっちを睨んでる。まだ怒ってるんだ)
 アスカはケンスケを睨んでいただけなのだが、シンジは気付かない。
 アスカもまたシンジの視線に気付かず呪詛の視線をケンスケに送っている。
(ちぇっ、知るもんか)
 アスカの視線を自分への批難の視線と勘違いしたまま
「ごめん、ケンスケ。先に帰る」
 脂汗を流し固まっている友人に声をかけシンジは乱暴にバッグを担ぎあげた。
 カランと小さな乾いた音に、急ぎ足のシンジが気付くことはなかった。


188: 96=119 2013/06/25(火) 16:37:15.21 ID:???
(やっぱり仲直りした方がいいのかな)
 国語の宿題の手を止め、シンジはアスカのことを考えた。
(そういえば国語苦手だって言ってたっけ)
 やっぱり仲直りした方がいいのだろうか。いや、いいに決まっているのはわかっている。
 ケンスケにいちいち言われるまでもないのだ。本心ではわかってる。
 だが、アスカに拒絶されるのが怖いのだ。
(あんな冷たい言い方しなくてもいいじゃないか)
 浮かれてたのは自分だけだったような気がして怖くなった。
 この数日、夜はいつもこうだ。何かの折に付けアスカを思い出していた。
 そして腹が立ったり、悲しくなったり、焦ったり。
 最後はアスカも悪いと結論付けることで行動する事から逃げている。
(逃げちゃダメって解ってはいるんだけどな……)
 なんとなく宿題が手につかない。
 一旦放置してテレビをつけた。あまり面白くもないお笑い番組が流れてくる。
 テレビから聞こえてくるわざとらしい笑い声がシンジの癇に障った。
 チャンネルを変えてみたけども、どこも変わり映えがせずシンジの気分を変えてくれるようなものはなかった。
(はぁ……明日の準備だけしとこ……宿題はもう後でいいや)
 バッグを手元に引き寄せ明日の時間割を確認しながら教科書やノートを詰め込んでいる時
(あ、あれ?)
 鞄の異常に気付いた。正確には鞄につけていた『お守り』がない事に気付いたのだ。
(どこにいったんだろう……)
 机の上からベッドの下、部屋の隅々まで探してみるが見つからない。
 部屋を飛び出して寮の管理室へ向かった。
「夜中なんだから廊下走るなよ!」
 すれ違う寮生の声を聞き流しつつ階段を一気に駆け下りる。
「すいません、碇ですけど今日何か落し物とか届いてませんか?」
 息を切らしながら管理人に尋ねるが何も届いてはいないと言う。
「そう……ですか、ありがとうございます」
 今日はまっすぐ寮に戻っている。仮に落としたとしたら学校までの道、もしくは学校だ。
 門限まではまだぎりぎり時間がある。
 帰ってくる時には過ぎてるかもしれないが、出るのを咎められはしないだろう。
 シンジは夜の街に飛び出していった。


189: 96=119 2013/06/25(火) 16:38:24.20 ID:???
(ない、ない……)
 仮に道に落ちてしまっていた場合、誰かに拾われてしまったのかもしれない。
 そうなら今はどうしようもない。あとで交番にでも行ってみようか?
 でも今は先に学校までの道を確認しないといけない。
 夜なので正直見落としもあるかもしれない。
 部屋に戻って懐中電灯でも取ってこようか?そう考えたが今戻るとさすがに門限に引っかかってしまいそうだ。
(慌てて飛び出したのはまずかったかな)
 でも今は少しでも早く『お守り』を見つけたかった。
(くそっ……何でこんなことばっかり続くんだよ!)
 アスカと気まずくなってしまったばかりか、大事な『お守り』までなくしてしまった。
 学校はもうすぐそこだ。道中では結局見つからなかった。
 朝を待ってから学校の中を探すべきかどうか。シンジは閉じた校門を見ながらそう考えていた。


190: 96=119 2013/06/25(火) 16:39:00.82 ID:???
 そもそもこの大事な『お守り』というのはシンジにとって別に何か思い出があるわけではない。
 正確に言うと思い出がないというどころの話ですらない。
 なにしろいつから自分がそれを持っていたのかも実はよく覚えてはいないのだ。
 気づけばそこにあった。これがシンジの『お守り』だ。
 落ち込んだ時、泣きそうな時、立ち止まりそうな時。なぜかそれを眺めていると不思議な気分になった。
 見守られているような、背中を押してくれるような。そんな感覚。
 懐かしいような悲しいような。そして暖かいような。そんな感覚。
 反面、何かを見つけないといけない気持ちにもさせられるのだ。
 シンジが伯父夫婦の元を離れて遠くの明城学園にすることに決めたのも、実はそんな気持ちに後押しされたものだ。
 今いる場所では見つからない何か。それを遠くの町なら見つけることができるかもしれない。
 かつてシンジは夢も希望も持たない少年だった。
 だけど希望は見つけることができるのではないかと思った。希望を持てないのは探そうとしていなかったからではないかと。
 何かを見つけたいと言う気持ち。その何かが見つかれば希望も見つかるのだろうか?
 シンジにとって『お守り』は、ちょっとしたそういう気持ちの道標のような意味がある。
 なぜそう感じるのかはいくら考えてもわからなかったけれど、それでもシンジにとっては大事なものだった。
(ここまで来たら学校も探しちゃおうかな……明りはよく考えたら携帯のを使えばいいよね)
 あとで振り返るとなぜこの時そう思ってしまったのかシンジにもよくわからない。
 強いて言えば早く見つけたかった。アスカとの事で迷いがあるからだろう。
 いつものようにひと押しが欲しかった気持ちがそうさせたのかもしれない。
 朝になってから早めに学校に来るという選択肢はいつの間にかシンジの中から消えていた。
 とにかくシンジは今探しに行くことを選択していた。 


191: 96=119 2013/06/25(火) 16:40:18.76 ID:???
「夜の学校って思ったよりも怖いんだな……」
 声に出したのは黙っている緊張感に耐えられなかったからだ。
 昼間はあんなにたくさんいた人が誰もいない。
 誰の声もしない。妙に足音が響く。
「ま、まあ……声がしたら逆に怖いよね……」
 若干忍び込んだことを後悔し始めていたが、今さら戻るのも怖い。
 下駄箱周辺にはなかった。あとは教室とそこに行くまでの廊下くらいしか思い当たらない。
 携帯のライトで廊下を照らしながらシンジは慎重に教室に向け進んでいった。


 幸いにも見回りに見つかることもなく、教室に辿り着くことができた。
 いや、『お守り』は見つからなかったのだから幸いではなのかも知れない。
「ここになかったら帰りに交番も寄ってみよう……」
 そう呟いて教室の扉に手をかけようとして……シンジは鍵を持っていないことに気付いた。
「あちゃ……職員室まで行かないとダメか。職員室の扉開いてるといいんだけど……」
 職員室に戻ろうとした時、よく見ると少し扉が少し開いていることに気付く。
「閉め忘れてたのかな?」
 よかった、取りに行く手間が省けた。
 そっと扉を開け教室に入った瞬間――――頭に強い衝撃を受けシンジの意識は途切れた。
 軽い悲鳴のような声も聞こえた気がしたが、それが何なのかを確かめることはできなかった。


192: 96=119 2013/06/25(火) 16:42:28.85 ID:???
 後頭部に柔らかな感触を感じながらシンジは目を開けた。
(暗いな……教室の天井……かな?確か僕……)
 混濁した記憶を手繰り寄せていく。側頭部は痛いが後頭部は気持ちいい。
「気がついた?よかった……」
 頭上から声がした。少し涙声に聞こえるのは気のせいだろうか。
 髪をなでる細い指が痛みを和らげてくれる様で心地いい。
「えっと……アスカ……なの?」
 暗さのせいか、目がはっきりしないのか。顔がまだよく見えないので声で判断するしかない。
「うん。ごめん。泥棒か変質者かなんかだと思って……思いっきり蹴っちゃった。だってぼそぼそ声が聞こえたと思ったら扉開くし怖くなっちゃって……」
 ようやく状況が少し飲みこめた。ということはこの柔らかな感触は……
「そしたらシンジが倒れてて……一瞬死んだのかと思った。そしたらなんだかもっと怖くなってきて」
「それで膝枕してくれてたんだね」
 嬉しいけど照れくさい。ショートパンツでも履いてるのだろうか、直に素肌が当たってる気がする。
「…………床に転がしといたほうが良かった?」
 アスカの顔は茹で上げたように真っ赤だ。暗がりなのでシンジには見えていないことはアスカにとって幸運だった。
 そしてシンジにとっても。シンジの顔もまた茹で上げ完了だったのだ。
「あー……ありがとう。って、話しちゃってるけどいいのかな?」
「…………いいのよ、あたしが話しかけてんだから」
 互いの顔が見えないことが逆に素直にさせるのだろうか。
「そっか………」
「そうよ………ところで、なんであんたこんな時間にこんなとこにいたのよ」
「ちょっと探し物だったんだ。大事なものを落としちゃったみたいでさ。そうだ、探さないと……つっ……」
 立ち上がろうとしたがまだ頭が痛むらしい。
「もうちょっと動かない方がいいわよ。それに、こんなの特別大サービスなんだから二度とないわよ」
 シンジの頭をまたゆっくりと自分の膝に乗せた。
「でも元はと言えばアスカが僕を蹴ったからじゃないか」
「うっさいわね。床に頭振り落とすわよ」
 言葉とは裏腹に優しく髪を撫で、その後蹴ってしまった側頭部にできるだけ優しく触れる。
 シンジの身体が痛みのためか一瞬びくりと震えた。
 ごめんね、もう一度小さくアスカの謝罪の言葉が聞こえた。


193: 96=119 2013/06/25(火) 16:44:21.24 ID:???
「そういうアスカは何でここに?」
 痛みと引き換えにこうやってまた話せた。ついでに膝枕付きで。嬉しいやら恥ずかしいやらだ。
「ん、忘れ物がちょっと、ね」
「宿題のノートとか?」
「ん、まあそんなとこ……」
 アスカらしくもなくどうにも歯切れが悪い。
「そんなの明日誰かに見せてもらえばよかったのに」
「いやよ、そんなのかっこ悪い」
 プイと、アスカはそっぽを向いた。
「さて、だいぶ痛みも引いたし、僕は探し物をするよ」
 立ち上がったシンジは携帯のライトをつけ、教室の中を探し始めた。
「ないなあ…………」
 アスカは黙ってシンジを見つめている。先ほどまでシンジの髪を撫でていた手は今は上着のポケットの中だ。
「あ、もう遅いからさ、この後一応一緒に帰る?」
 教室の隅やゴミ箱まで探しながらシンジは尋ねた。
「ん、迷惑なんじゃなかったの?また噂になっちゃうわよ。っていうか言っとくけどさ、まだ許してないから」
 拗ねたような声の軽い拒絶。
(バカね、あたし……せっかく仲直りのチャンスなのに何でこんなこと言っちゃうかな)
 意地を張ったことを少し後悔していても、それでも言葉を撤回することができなかった。
 ポケットの中で握った手に力がこもる。
 それきり会話は途絶えてしまった。
(なし崩しで仲直りってわけにはやっぱりいかないか。でもなんかこのタイミングは謝りにくいや)
 考えながらも丁寧に教室を探すが、相変わらず『お守り』は見つからない。
 いつの間にか月が出ていた。教室の中は明るく照らされている。
 月明かりに浮かぶシンジの顔は焦燥感に満ちていた。
 沈黙の中時間だけが過ぎていく中、アスカが口を開いた。


194: 96=119 2013/06/25(火) 16:45:26.05 ID:???
「…………ねえ、バカシンジ」
 無言でシンジが振りかえる。
「そんなに大事なものなんだ?」
 こくり、と無言で頷くと、ぽつりぽつりと『お守り』について話し始めた。
「おかしいよね。いつどうして手に入れたかも覚えてないのに、そんなのに背中押されてる気になるって」
 話し終えるとシンジは少し困ったような微笑みを浮かべた。月明りの中のシンジの微笑みに当てられたかのようにアスカは話しはじめる。
「おかしくないわよ。あたしも……そう思ったから。だから多分大事にしてるだろうな、ってそう思ったから」
 シンジの顔が曇る。アスカは何を言ってるのだろう?
「だからこっそり返しに来たの……怖くて」
 軽く俯いてるアスカの声はシンジに話しているのか、ただ独白なのかわからないような響き。
「アスカが何を言ってるのかよくわからないよ……」
 シンジは困惑していた。
「これでしょ?あんたの大事な『お守り』」
 アスカの差し出した手にはシンプルなクロスペンダントが握られていた。それはシンジのカバンについていたものと同じだった。
 月の光を反射したクロスが美しく見えた。
 シンジは黙ってアスカとクロスを見つめている。
「あんたが帰る時に落としたのが見えたの。拾ったのはいいけどどうやって渡したらいいかわかんなくて」
 アスカの声は少し震えている。シンジは黙ったままだ。
「怖かったのよ。またケンカになったらって思ったら」
 アスカは一度言葉を区切る。
 シンジの目は今はアスカをまっすぐに見つめていた。
「でも不思議よね。なんかこれ見てたらさ、後悔するなって誰かに言われた気がしたの」
 アスカは俯いたままだ。
「でもこっそり返しにきちゃ何にもならないわよね。直接渡して、あんたに謝り――――」
「違うよ、アスカ」
 アスカの言葉をシンジは遮る。少し強い声にアスカも思わずシンジを見つめ返した。


195: 96=119 2013/06/25(火) 16:45:58.00 ID:???
「謝るのは………僕の方だから」
 ゆっくりとシンジは語り始めた。あの時なぜあんなことを言ってしまったのか、なぜすぐに謝れなかったのか。
 そして――――本当はまたアスカと話したかったという気持ちを。
「ごめんね、アスカ。それから、拾ってくれてありがとう」
 言ってしまってみれば簡単なことだった。なぜ今までできなかったのだろう。
「ううん。あたしこそごめん。あの言い方はなかったわよね」
 あの時のシンジの言葉で浮かれてたのは自分だけだと思ってしまった。だから腹が立った。でもその一言でシンジもそう思ってしまった。
 ただのすれ違い。あの時一言伝えることができていればとアスカも今は思う。
 再び沈黙が二人を包む。ただそれは気まずいものではなく。欠けていたものを取り戻せたような、そんな充足感からのものだ。
 アスカはそのままシンジに近づくとペンダントをシンジの首にかけた。
「カバンなんかにつけてるから落とした時に気付かないのよ。バーカ」
 アスカはそう言うといたずらっぽく笑った。


196: 96=119 2013/06/25(火) 16:47:07.38 ID:???
「ところで門限過ぎてるわよ。どうする気?」
 正面玄関から二人で帰るのはさすがにまずい。
「ああ、それならケンスケに頼んで裏から回って入るから大丈夫だよ」
 シンジの隣室の友人相田ケンスケは時々門限外に外出をしているようでその辺に詳しいのだ。
「あのメガネか……ま、いいわ」
 善意からとはいえ、そもそもの発端だった人間に頼るのは少々気に入らないが背に腹は代えられない。
 他愛もない話をしながら、時にじゃれるように言い合い、時に笑いあいながら二人は帰路を急ぐ。
「あ、そうだ」
「どうしたの、アスカ?」
 すっと手が差し出される。
「握手よ、握手。仲直りのね」
 頷くとシンジはアスカの手を握った。
 互いの体温が伝わり、自然と意識してしまう。トラブルやアクシデントの結果ではなく、お互いの意思で初めて繋がれた手。
「今度はいつまでも握らせないからね、エロシンジ!」
 赤くなった頬を見られないように、アスカは素早くシンジに背を向けた。
(仲直りできて本当に良かった)
 シンジは立ち止まるとそっと胸元のクロスに手を当てた。
 二人の背中を少しずつ押してくれた不思議で大事なペンダント。
(ありがとう……)
 心の中で、呟く。 
「シンジー?」
「うん、今行くよ」
 寮へと続く道を二人は少し急ぎ足で進んだ。笑いあいながら。


    ったく、二人とも相変わらず素直じゃないんだから。手間かけさせてくれちゃって。

 
「「え」」
 そう、聞こえた気がした。
 二人のほかには誰もいなかった。
 月はただシンジとアスカを優しく照らしていた。 


221: 209 2013/06/26(水) 20:31:21.96 ID:???
「おはよう、アスカ」
「おはよ、おっそい!」
 明城の寮では平日には食事が出る。
 朝食をとる生徒たちで食堂は混み合っていた。
 席を二つ確保して待っていたアスカはご立腹だ。
「五分遅れただけだろ」
 アスカの隣りに腰かけながらシンジは抵抗した。
「早起きは三文の得って言うでしょ。明日からは五分早起きしなさいよね」
 アスカは攻撃の手を緩めない。
 食堂は男女共用スペースなので二人の朝は大抵ここから始まる。
「自分が遅れた時はレディは支度に時間がかかるって言うくせに」
「む、バカシンジのくせに生意気な口ね」
 アスカがシンジの頬を両手で引っ張る。
「ちょ、アスカ、食べてる時にそれはやめ――」
 明城学生寮のいつもの朝の光景がそこにはあった。


 集団生活には通常のルールのほかに暗黙のルールがつきものだ。もちろん寮生活にもそれはある。
 ここ明城学院の学生寮における暗黙のルールの一つ。
 朝の二人の邪魔はしてはいけない。
 事の経緯はこうだ。
 アスカがシンジを待っている時に上級生が声をかけてきた。
 女好きで知られる先輩だった。アスカには早々に目をつけていたのだろう。
「横座っていいかな?」
「嫌」
 即答。
「そう言わずにさ。もう学校には慣れた?」
 めげずに座って話しかける。
「聞こえなかった?あたし嫌って言ったんだけど」
 アスカは実は低血圧だ。なのにシンジより早く起きて待っていることが多い理由は推して知るべし。
 シンジは起きてこない。変な男はしつこい。朝のアスカの短い導火線は早くも限界を迎えていた。


222: 209 2013/06/26(水) 20:32:50.96 ID:???
「そんなつれないこといわないでさ……」
「しつっこいわね」
 食い下がろうとする上級生に向けアスカが平手を振り上げた時――――
「おはよ。待たせてごめんね、アスカ」
 アスカの振り上げた手を押さえながらシンジは微笑んだ。もう片方の手には朝食のトレイが乗せられていた。
「あっち空いてるから行こう」
 そのままアスカの手を引っ張る。慌ててアスカも空いてる方の手で自分のトレイを確保する。
 面白くないのは上級生だ。
「かっこいいな。王子様のご登場ってわけ?」
 シンジは男子高校生としては華奢な方だ。少し脅してからかっても大丈夫。そんなことを考えたのだろう。
 上級生はシンジを睨みつけるようにして立ち上がり、胸倉を掴んで見せた。
 食堂が少しざわめいた。女生徒の軽い悲鳴が聞こえる。誰か寮監を呼んでこいと言い始めてる者もいた。


223: 209 2013/06/26(水) 20:33:55.06 ID:???
 シンジは苦笑いを浮かべてめんどくさそうに答える。
「……僕が助けたのは先輩の方なんですよ」
 なんだと?その疑問を口に出すよりも早く上級生の頭にアスカの踵がめり込んでいた。
「なにシンジの胸倉つかんでんのよ。さ、行くわよ。シンジ」
 すたすたと、今度はアスカがシンジの手を引いて歩きだす。
「あーあ、やっちゃった」
「て言うかさっきの先輩を助けたって何よ!あたしは助けなくていいってわけ?」
「実際こうなってるよね」
 伸びてしまった上級生を横目で見る。
「うっさいわね!」
「…………こんなの殴ってアスカが停学になったらどうするんだよ」
 シンジの真意が伝わるや見る見るアスカは赤くなる。
「な、殴ってないわ。蹴っただけだし……………今度から気をつける」
「うん、そうしてくれると助かるよ」
 この日を境に「朝の二人の邪魔はするな」明城学生寮暗黙のルールができることとなった。

 なお、アスカは事の一部始終をビデオに収めていた相田ケンスケの提出した映像によりお咎めなしとなる。
「ところでさあ、碇、惣流。まだ付き合ってないって言い張るの?」
 呆れ顔のケンスケの問いに、
「「付き合ってない(わ)よ」」
 校内最速成立カップルと称されている二人は顔を真っ赤にしながら同時に答えた。


243: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2013/06/29(土) 12:06:39.52 ID:???
予告
「アスカの下駄箱に入っているラブレター」
「名前も確認せずにゴミ箱に捨てるその行為は」
「シンジの心に複雑な感情をもたらす」
「そんなシンジの元に届いたラブレター」
「一通の手紙はシンジとアスカになにをもたらすのか」

「次回シンジとアスカの学生生活」
「この次もサービス、サービスゥ!」

仕事中だがこんなのが降りてきた。
>>223の少しあとくらいの話
火曜までには多分投下。

>>226
>>228の言う通りその短編が完結ってだけw

>>239
がんばれ。超がんばれ
楽しみにしてるし、刺激も受けてます


288: 243 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:???
 惣流・アスカ・ラングレーは率直に言ってよくもてる。
 下駄箱にラブレターが詰まってるのは珍しい光景ではない。
 アスカがそれらをゴミ箱に叩きこむのもいつものことだ。
 シンジは今朝もその光景を横目で見ている。

 ひどいな、と思う反面、正直なところホッとしている自分もいる。
 もしもアスカが誰かと付き合ったら?
 自分はもうアスカと一緒にはいられない?
 普段アスカといる自分を誰かに置き換えて想像してみると胸に痛みが走る。
 そんな日が来なければいい。なぜそう思うのか、今のシンジにはまだわからない。
(でもアスカに好きな人ができたらこの関係は終わってしまうんだろうな)
 シンジはぼんやりとそう思う。アスカに好意を伝えようとする人の存在は嫌でもシ
ンジにその事を想像させていた。
 喜怒哀楽が激しくって、口もいいとは言えなくて、でもよけいなおせっかいも焼い
たりしたり。
 カッとなったら手も足も出るし、あんまり素直じゃなかったり、でも本当は優しく
て笑うととてもかわいくて。
 そんなアスカのいる日常がこの短い期間で当たり前になっていた。夫婦だカップル
だとからかわれるのは恥ずかしいがけして嫌な訳ではない。
 もしも終わってしまうなら………そのことを想像すると胸がざわざわする。
(僕とアスカはなんなんだろう)
 シンジはこのところよくそのことを考えていた。まだ答えは出なかった。


289: 243 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:???
 学院ではシンジとアスカを指して「校内最速成立カップル」と呼ぶ人も多い。
 もうこいつら付き合ってるだろう。入学式の時にはすでに付き合ってたらしい。い
や、合格発表の時からだろう。
 元から付き合ってたんじゃないか?いや、出会いは受験の日らしい。いやいや、実
は幼馴染。昔出会ってて実は運命の再開。実は既に高校生夫婦。
 まだ法的に無理だろ。じゃあ婚約者なんだろ。
 碇シンジと惣流・アスカ・ラングレーの二人の関係の噂は様々な憶測と尾ひれをつ
いた状態で広がっている。
 最も有力な説とされているのが入学式と同時に付き合い始めた、である。そこでつ
いたあだ名が「最速成立カップル」だ。
 本人たちは頑なに否定しているのだが、説得力は皆無だ。なにしろ一緒にいる時間
が長すぎる。息が合いすぎている。
 学校の行き帰り、食事、休日の外出。さっと思いつくだけでも一緒にいないのが逆
に不自然なくらいほぼ常に一緒にいる。
 もしもこの噂がなかったら、アスカに対するアプローチはもっと多くなっていただ
ろう。
「告白とか正直うざったいからさ、噂は噂で役には立ってるわよね」
 噂を否定はするくせに、アスカはそう言って笑う。


290: 243 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:???
「なにボケーっとしてんのよ、バカシンジ」
 今日の二人の昼食は学食だ。明城の学食は安く、メニューが豊富なことが売りであ
る。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してたんだ」
「すぐ謝らないの。んー……ここのハンバーグも悪くないんだけど、やっぱこないだ
シンジが作ったやつのが上ね」
 今日のアスカはハンバーグ定食だ。シンジは無難に日替わりA定食。今日のおかず
は白身魚のフライとコロッケ。
「今度の日曜にでもまた作んなさいよ」
 寮では日祭祝日では食事は出ない。各自外食なり自炊なりをすることになってい
る。
 アスカの休日の食事はシンジの料理をつまみ食いしたことがきっかけでシンジが作
ることになっていた。
 一人分も二人分も手間は変わらないからと言うのはシンジの弁。
 ひいき目でなくてもシンジの料理の腕はいい。なによりもなんだか優しくて懐かし
い味がするとはアスカが友人に語った言葉だ。
 ちなみに本人には伝えていない。
「気に入ってくれてたんだ?」
 嬉しい。アスカが喜んでくれることが単純にそう思えた。嬉しそうに目を輝かせる
シンジの笑顔にアスカの心拍数が上がる。
「な、なににやついてんのよ、バカ」
 頬を膨らませてそっぽを向いたアスカの顔は赤い。
(なんつー顔して笑うのよ、バカ。なんかまともに見れないじゃない)
「じゃ、日曜はハンバーグだね。ソースはなにがいい?」
「んー……買い出し付き合うからその時に決める」
 動悸も赤面も収まらない。気取られないように横を向いたまま、アスカは答えた。


291: 243 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:???
 さすがにシンジとアスカも男女別々の教科の時は行動を共にはしない。そういう時
のシンジはケンスケと一緒にいることが多かった。
 一方のアスカも一人と言う訳ではない。
「ねえ、アスカって碇君とはやっぱり付き合ってるのよね?」
 1-Aクラス委員長、洞木ヒカリ。うっすらと残るソバカスとお下げの髪が印象的な
アスカの友人だ。
 シンジと口を聞いていなかった期間のアスカに話しかけてきた唯一の人物である。
 なにしろ当時のアスカは、不機嫌が人の形をとってるとさえ表現できるほどのもの
だったので、進んで話しかける者がいなかったのだ。
 選ばれたばかりのクラス委員長としての責任感か、生来の性格かはわからない。ヒ
カリはアスカを放っておくことができなかった。
 あの時のシンジがケンスケに多少なりとも救われていたように、アスカにもまたそ
ういう友人がいたということだ。
「は、はあ?やめてよね、ヒカリまでそういうこと言うの。いつも言ってるでしょ。
なんとなーく一緒にいるってだけよ」
 二人一組になって柔軟体操をこなしつつの会話だ。位置の関係でヒカリからはアス
カの顔は見えない。


292: 243 2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:???
「それそれ。なんとなーくであんなにいつも一緒にいるものなの?息もぴったりじゃ
ない」
 ヒカリは追及を続けた。  
「うーん…………」
 答えようとしても具体的に何と言えばいいのか自分でもわからない。
 少し内気で内罰的なところがあるけども、いざという時はしっかりしてる。優しく
て繊細で料理が上手で。
 わがままを言ったら文句を言いながらも結局手伝ってくれるけど、たまに素直じゃ
なかったり。でも誰よりも笑った顔がまぶしくて。
『気に入ってくれてたんだ?』
 先ほどの食堂でのシンジの笑顔が鮮明に蘇る。
「だあああああああああああああああああああっっっ!!!!」
 思わず叫んでしまった。まさか自分の記憶に不意打ちをされるとは思わなかった。
「惣流。柔軟体操にそこまで気合入れんでいいぞ」
 体育教師の声と級友の笑い声にアスカは作り笑いを浮かべるしかなかった。
「ご、ごめんね、アスカ」
 申し訳なさそうなヒカリの声を聞きながら
(もぉぉぉぉっ!バカシンジのせいなんだからね!)
 罰として日曜のハンバーグの材料費はシンジの一人持ちにさせよう。アスカは理不
尽にもそう考えていた。


301: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 授業が終わり着替えを済ませたアスカは、更衣室のいすに座り込んで考えていた。
 そもそもあの質問でなぜ「シンジのいいところ」が浮かんでくるのか。
(ヒカリはなんで一緒にいるかって聞いただけじゃないの)
 一緒のいる理由でそれってこれじゃまるで……これ以上考えるとまた叫んでしまいそうだ。
 アスカは思考からそのことを追いだそうと頭を左右に振る。
「アスカ、早く戻らないと次の授業始まっちゃうわよ」
 ヒカリの声にアスカは慌てて立ち上がった。


302: 243 上一個名前いれわすれ 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 帰りの下駄箱にもまたアスカへのラブレター。名前を確認する様子すらなくごみ箱へ。
 シンジは常々思っていた疑問を今日に限って口にしてしまった。
「ねえ、アスカ。何でいつもごみ箱直行なの?出した人ちょっとかわいそうじゃない?」
 答えはこうだ。
「上っ面だけ見て惚れただの腫れただの言われても嬉しくないわよ。こいつらにあたしの何がわかってるっての?」 
 苛立ちの混ざった声にシンジはそれ以上は何も聞くことができなかった。
(そういえば僕はアスカの何をわかっているんだろう?)
 そしてその疑問に答えを出すことも、またできなかった。
 わきあがった疑問はシンジの心の中に暗い影を投げかけてきている。
(僕とアスカはなんなんだろう……)
 この日何度目かの自身への問いかけ。シンジは己の問いに対する答えを探すための思考に没頭し始めていた。


303: 243 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:???
(シンジのやつ、どういうつもりであんなこと聞いたんだろ)
 本当の自分を知りもしないくせに好きだなどと言ってくる相手のことなんかどうでもいいと思ってるのは本当だ。
 そんな相手のことなんか知りたくもないから手紙も読まないし、名前も知らないままでいい。 
 ではシンジはどうだろうか?自分のことを知っていてくれてるのだろうか。
 ちらりと、シンジを横目で見る。学校出てからというもの、シンジは何かをずっと考えている。
(あんなこと聞いて……あたしに誰かからのラブレター読めってことなの?)
 あり得ないことではあるが、それで自分が誰かと付き合うということになったらシンジはどんな顔をするのだろう。
(そうなったら当たり前だけどこんな風に一緒にはいられないのよね)
 胸の奥にチクリと痛みが走り、なんだか嫌な気持ちになってくる。
 ふと体育の授業中にヒカリと話したことを思い出した。
(なんとなーく一緒にいる、か。……あたしとシンジってなんなのかしら)
 この日の二人はその後寮に帰るまでの間一言も話さなかった。


304: 243 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 翌朝になってもシンジとアスカは挨拶程度しか交わしていない。
 昨夜も今朝もいつものように隣に座っているのに口をきいてない二人。険悪な訳でもないのでケンカしている様子もない。
 調味料を渡したり、相手の飲み物を取りにいったりなど、むしろ黙っていても通じ合ってるようにさえ見える。
 それだけにいつも騒がしく食事を取ってる二人が静かなのは違和感があった。注意深いものが見れば何かを探り合ってるように見えたかもしれない。
 二人とも時々相手の目を盗むように横顔をちらちらと見る。気付かれそうになると目を逸らし考え込んでるような表情。
 何度かそれを繰り返しながら、朝食を終えた二人は学校へ向かうため、いつものように連れ立って食堂を出て行った。


305: 243 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:???
(なにやってんだ、あいつら)
 相田ケンスケの日課の一つはシンジとアスカの動向チェックだ。
 時に壁を殴りたい衝動に駆られつつも、そのようなことを日課にしているのには訳がある。
 彼の趣味は写真や動画などの映像を撮ることだ。将来そういう趣味を生かした仕事に就きたいと漠然と考えてもいる。
 そのためにはいい機材が欲しい。だが資金がない。そこでバイトだ。
 ケンスケは校内の人気ある生徒の隠し撮りをしていた。彼の「商品」の中でも主力商品となっているのがシンジとアスカだ。
 日独クォーター、青い瞳に金髪。日本人離れしたスタイルに勉強もスポーツも優秀とくれば人気が出ない方がおかしい。
 性格のきつさもほどよいエッセンスと捉えられているようだ。
 そしてシンジ。一見地味に見えるこの少年は二、三年生を中心に密かに人気が高まっている。
 繊細で優しげな中性的な少年。寮生からの情報で料理の腕も知れている。噂では音楽も得意らしい。
 柔らかな頬笑みは癒し系男子として評判だ。アスカほどではなくても充分にケンスケの収入源となっている。
 この二人は基本的に一緒に行動しており、観察することは2つの「商品」を同時に仕入れることができる機会を増やすようなものと言う訳だ。
 ついでに言うと最も売れ行きのいい表情は二人一緒の時の笑顔であるという理由もある。
 さてそんなケンスケの貴重な収入源の様子が昨日からおかしいのだ。
(ケンカじゃないみたいだなあ、でもなんにしてもよくないな。あんなしけた表情されてたら売り物にならない)
 これならケンカでもしてくれてた方が表情的にはおいしい。とばっちりは御免蒙りたいところではあるが。
(新しいレンズまでもう少しなんだよな) 
 早いとこいつもの二人に戻ってほしいと願いつつ、ケンスケは朝食をかき込んだ。


306: 243 2013/07/07(日) NY:AN:NY.AN ID:???
 翌朝も下駄箱のラブレターをアスカは、一読すらせずに玄関備え付けのゴミ箱に放り込む。
 いつもよりほんの少し苛立たしげに見えたのは気のせいなのだろうか。
 シンジはそんなアスカを複雑な気持ちで見ながら自分の下駄箱を開けた。
 一瞬目を見開いてから、下駄箱を閉じる。
 もう一度開ける。ため息をついてそれが見間違いではない事を確認した。
『碇シンジくんへ』
 かわいらしい文字で書かれた宛名とハートマーク型のシールで封印されたそれは、紛うことなくラブレターだった。
(どうしよう)
 シンジは困惑したまま動けなくなっていた。

「シンジー?」
 教室に向かおうとしたもののシンジが動かない事に気付いたアスカの声でシンジは我に返る。
「うん、今行くよ」
 咄嗟に制服のポケットにそれを押しこむと、シンジはアスカの元に駆け寄った。
 アスカの視線が少しシンジのポケットに移った。
「ねえ、バカシンジ……」
「え?」
「なんでもない」
 今何を隠したの?その一言をアスカは言葉にする事ができなかった。


315: 243 2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 碇シンジはとにかく困っていた。そして焦っていた。
 アスカには知られたくない。反射的に隠してしまったばつの悪さもある。
 そのアスカはと言うと時々こちらを見ている。困惑と寂しさが混ざった表情だがシンジはそこまで気がつく余裕がない。
(アスカに気付かれないように早く読まないと)
 シンジは立ち上がるとケンスケに向かいトイレに行ってくるとだけ告げて教室を出て行った。
「もうすぐホームルームだぜ」
 ケンスケの声に軽く手をあげて答えるとシンジは軽く駈け出していた。
 それを見たアスカは一瞬何か言いたげに立ち上がろうとしたが、どうしても声をかけることができなかった。
 トイレにはいるとまっすぐ個室へ。ポケットの中の手紙を取り出す。
 内容はいたってシンプルだった。惣流さんとのことは知っています。でも、あなたが好きです。昼休みに校舎裏に来てほしい。とだけ書かれている。
 予想はしていたがやはりドキッとする。
(惣流さんのことは知ってます、か……)
 先ほどとは違い皺にならないように、上着の内ポケットに手紙を仕舞い込んでシンジはため息をついた。
(アスカのこと……僕達のこと……なんなのか知ってるなら僕が教えてほしいくらいだよ)
 チャイムの音が聞こえる。ホームルームがそろそろ始まるだろう。担任が来る前に戻らなければ。 
(遅れると伊吹先生めんどくさいからな)
 シンジは来た時と同じように駆け足で教室へと戻っていった。


316: 243 2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 ホームルームには間に合ったが、その後午前中の授業をシンジは上の空のまま過ごしていた。
 どうしても頭から離れない一文。
『惣流さんのことは知っています』
 自分が手紙とはいえ異性に告白されたことよりも、その一文で頭がいっぱいになっていた。
 アスカとの関係。一言で言うと心地よくてそこにいるのが当たり前のように感じる関係。
 アスカをつい目で追ってしまった。アスカの席はシンジから見て2列左側の斜め後ろに当たる。
(あれ、アスカどうしたんだろ……?)
 目が合ってしまう。目が合うということはアスカもこちらを見ていたということだ。
 黒板を見ているなら目が合うはずはない。
(なんだか様子が変?)
 視線に少し違和感を覚えた。だがアスカもこちらの視線にも気がついたのだろう。
ベーッと舌を出してシンジをからかってくる。
 そんなふざけた様子に少し心が癒される。
(気のせいだったのかな。おっと、怒られる前に前を向こう)
 シンジは笑いをこらえながら前を向いた。同時にふっとアスカの表情が翳る。
 アスカはシンジの背中を寂しげに見つめていた。シンジがアスカの変化に気付くことはなかった。


317: 243 2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN ID:???
(シンジ……何で何も言ってくれないんだろう)
 シンジが自分に隠しごとをしている。恐らくはラブレター。
(どうして隠すのよ。やましいことでもあるっての?)
 少し前のアスカならきっと笑い飛ばしていただろう。
『シンジにラブレター?ないない』
 あるいは
『バカシンジに告白?物好きがいるものね~』
 別にシンジのことを本気で軽んじているわけではない。正直もててもおかしくないとは内心思っている。
 ただシンジと自分の関係が崩れることは恐らくないという確信にも似た思い込みがあっただけだ。
 そう、確信はあった。昨日までは。
 アスカは気付いてしまっていた。この関係はひどく曖昧で、曖昧がゆえにひどく脆いという可能性を秘めていることに。
 男女の友情というものは、この世界には確かにあるのかもしれない。
 だが自分たちの関係は友情なのか。違う気がする。うまく表現はできないが友情などでは断じてない。
 それになにより
(友達だといつまでも隣にはいられないじゃんね)
 ―――――――惣流・アスカ・ラングレーは、この日初めて自分が恋をしていることに気が付いた。


318: 243 2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN ID:???
「アスカ、先に食堂行っててもらえるかな?もし待ち切れなかったら先に食べちゃっていいから」
 それだけを告げるとシンジは教室を出て行った。
 アスカの心臓がドクンと跳ね上がる。
 何の用事なのよ?そう言おうとしたが声が出ない。
 いや、聞かなくても解ってる。恐らく手紙の主のところだ。
 行かないで。声にならない。頭が真っ白になっていく。
(いや……いや……待ってよ、シンジ……あたしを一人にしないで)
 もうシンジの姿は見えなくなっていた。ふらっと立ち上がるとアスカはシンジを探すために力なく廊下に出て行った。
 普段のアスカなら必ずしもシンジの返事がOKだとは限らないことにも気付いただろう。
 どこのだれかもわからない相手に自分が負けるはずはないとも思っただろう。
 だが今のアスカは普段のアスカではない。生まれて初めて恋を自覚したばかりだ。
 自分に戸惑いさえ覚えてる状態なので冷静さなど一欠けらもない。
(どうしよう……どうしよう……)
 このままではシンジがいなくなってしまうかもしれない。シンジの隣りを誰ともわからない人間にとられてしまうかもしれない。
(探さないと……だけど探して見つかって……あたしどうすればいいの……)
 普段の強気なアスカの姿はそこにはなかった。今のアスカは初めて知る自分の心に戸惑うだけの少女だ。
 ふらふらと、教室を出ていくアスカの足取りには力はなかった。


319: 243 2013/07/10(水) NY:AN:NY.AN ID:???
 特に考えもなく、屋上へ向かったアスカだがそこいたのはシンジではなく、二年生だと思われるカップルだった。
 楽しそうに二人で弁当を食べている姿が昨日までの自分たちを連想させた。そして自分が顔も知らない女の子の姿に変換されていく。
 いたたまれなくなって屋上を飛び出してしまった。上から探せばよかったのかと気付くがもう遅い。
 あの場所に戻りたくない気持ちの方が強かった。
(でも高いところからなら見つかるかな……)
 早くしないとシンジがいなくなる。頭の中はそのことでいっぱいだった。
 アスカがもしも少しでも冷静だったなら、自分の想像に欠けている部分に気付いたかもしれない。
 居心地のいい居場所だったのが恋に変わっていたことに気付いた。その日のうちにその関係が揺らいでしまうかもしれない恐ろしさ。
 それがアスカから思考の柔軟さや冷静さを全て奪い取っていた。だがそもそも自覚のきっかけになったのが、関係を揺るがすかもしれない他者だったのだから難しいところだ。
(いた………シンジ!)
 三階の窓からたまたま校舎裏に消えていくシンジらしき姿を見つけることができた。
 叫べば届いたかもしれない。だが声はかけられなかった。
 アスカはシンジを求めて校舎裏へ駈け出して行く。階段を数段ずつ飛ばして駆け下り、廊下を駆け抜ける。
 何度か他の生徒にぶつかりそうになりながらの猛ダッシュ。
 校舎裏への角までたどり着いた時……アスカはなぜか隠れてしまった。
 何を言えばいいのか、どうすればいいのかが解らなかったからだ。
 そっと角から顔を出して様子を窺ってみた。
(うそっ……)
 アスカが見たものは、シンジより少し背の低いくらいだろうか?黒髪ショートカットの女生徒がシンジの胸に顔を埋めている場面だった。
 頭が真っ白になっていく。足元が崩れそうになるのを必死にこらえてよろよろとその場を立ち去る。
 気がつくと寮の自室にいた。どうやって戻ったのか覚えていない。
(シンジと知らない子が抱き合ってた……)
 その光景とシンジの笑顔が交互にフラッシュバックしてきた。アスカは枕に顔を埋めると声をあげて泣いた。


332: 243 2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:???
「委員長、アスカ知らない?」
 昼休みが終る頃になってもアスカは教室に戻ってこなかった。
「知らないわよ。一緒にご飯食べてたんじゃないの?」
「それがさ、食堂に来なかったんだよ。保健室も行ってみたんだけどいなかったんだ」
 アスカの席にはカバンはあるのでまだ学校にいるはずだ。シンジはそう判断した。
 だがアスカは結局午後の授業にも一度も顔を見せることはなかった。


「携帯も出ないや……」
「碇くん、ほんとに何も聞いてないの?」
「うん……」
「寮の方にもかけてみろよ。もしかしたら何か連絡があるかもしれないぜ?」
 ヒカリやケンスケも心配そうだ。
「うん。そうする。その間に委員長の方からもアスカにかけてみてくれないかな?」
「俺もう一回誰かが惣流を見てないか聞いてくるよ」
 ケンスケが走っていく。本当にいい友人だとシンジは思う。
「もしもし、碇ですけども……」
 友人に感謝しながらシンジは寮に連絡を取る。
 一方ヒカリは一向に携帯に出ないアスカに不安を募らせていた。
「だめ、出ないわ。アスカどうしちゃったんだろう。もしかして何か事件とか事故に巻き込まれたんじゃ」
「はい、はい、そうですか。わかりました。ありがとうございます」
 シンジの電話は終わったようだ。
「碇くん、寮の方はどうだったの?」
「それが……昼休み頃に戻ってきてそのままらしいんだ」
「そう……でも電話には出ないのよね。ってちょっと待ってね。メールだわ」
 携帯を覗き込んだヒカリの顔は少し困惑している。


333: 243 2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:???
「アスカから。うーん……、碇くん、アスカ明日学校休むって言ってる。あと、鞄を私に届けてほしいって」
「僕が持っていくからいいよ。アスカと話をしなきゃいけないし」
「だめ。あなたにだけは頼まないでほしいって言ってるの。ねえ。なにかあったの?」
 シンジはラブレターのことを一瞬だけ浮かべたが、慌てて打ち消した。
 まずアスカに知られてはいないはずだ。
 それに仮に知っていたとしてもアスカが嫉妬なんてしてくれるはずもない。シンジはそう思っていた。
「わかんないよ……」
 寂しそうに俯くシンジに、ヒカリはそれ以上追及する気にはなれなかった。


334: 243 2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:???
「じゃあ、私アスカにカバン届けてくるわね。話も聞けるようなら聞いてくる」
「うん、お願いするよ。それから……僕からもアスカに話があるからって、それだけ伝えといてもらえるかな?」
 真剣な眼差し。一瞬ヒカリでもドキッとするものがある。ケンスケがその場にいた
らいい商品になるといったことだろう。
「わかったわ」
「それじゃケンスケが戻るのを待ってから僕も寮に帰るよ。ごめんね、ありがとう」
 これも委員長として、またアスカの友達としての役目だからと笑って委員長は出て行った。
 夕暮れの教室にはシンジだけが残されていた。

「ありがと」
 カバンをアスカに届けに来たヒカリは言葉を失った。それほどまでにアスカの状態はひどかった。
 元気がなかったのは確かだが、昼間とはあまりに違いすぎた。
 ヒカリはアスカのこんな様子を今まで見た事がなかった。
 泣きはらしたのだろうか。目は腫れぼったく、充血している。
 髪はぐしゃぐしゃになっており、学校で会った時より少しやつれたようにさえ見える。
 声もいつもの元気は全くなく、声は少し枯れているように思えた。
「ごめん、明日休む。風邪ひいてるとでも言っといて」
 さぼり宣言を咎める気にはならなかった。と、いうか本当に調子が悪そうなのだ。
「ねえ、アスカ。よかったらなにがあったのか話して?碇くんもすごく心配してたし」
 碇くんの部分でびくっと肩が震える。
「碇くんのことでなにかあったのね?」
「ごめん、ヒカリ。今は話したくない。でもシンジは何も悪くないの。悪くないの……」
 今にも泣きそうな親友を見るとヒカリもそれ以上はなにも聞くことができなかった。
「何も力にはなれないかもしれない。でも私はアスカの味方だからね?」
 そう声をかけるしかなかった。アスカは力なくうなづくだけだった。


335: 243 2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 ヒカリが帰り際に言った一言が怖い。
『あのね、伝えるかどうか迷ったんだけど……碇くんがアスカと話がしたいって言ってた。すごく真剣な顔してた。落ち着いたらでいいの、話を聞いてあげて』
 今のアスカには死刑の執行をシンジが告げに来る。そのようにしか聞こえなかった。
 アスカは強がってはいるものの内面は脆い部分がある。自分の心に向き合うのが実は苦手であり、他人に触れられるのも苦手だ。
 中学二年生までは特にそうだった。だが、ある時から少しだけそんな弱い自分を受け入れることができた気がした。
 そして今年。碇シンジという不思議な少年と仲良くなった。本当に不思議な少年だった。
 奇妙な懐かしさと安心感があった。
 自分の良いところも悪いところも全てを恐らく受け入れるだろう。いつの間にかアスカはそう感じていた。
 いや、感じていたというのは実は正確ではない。魂が告げたと言った方がいい。魂に刻まれた何かが浮かび上がってきて理解した。
 魂だなんていささか非科学的と思いつつも、それが一番しっくりくる表現だとアスカは思う。
 だから一緒にいるのが当たり前だった。当たり前すぎて自分の気持ちにも気付かなかった。
 気付いてしまったその日に全てが崩れ去ろうとしている。
 人は他者とかかわることで生きる。その範囲がその人にとっての世界と置き換えてもいい。
 今、アスカは世界の中心が崩壊するのと同義のショックを受けていた。


336: 243 2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:???
(アスカ……どうしちゃったんだろう)
 夕食時にも降りてこない。電話もメールも反応がない。
(どうしてもアスカには伝えておかないといけないのに……)
 ヒカリからアスカの状態は聞いていたのでなおさら不安も募る。
 いっそ女子棟の方に訊ねて行こうかとも思ったが時間が時間だ。さすがにまずい。
『お腹空いてない?話もしたいけどそれよりアスカが心配だよ。僕は部屋にいるから空メールでもいいから見たら返してほしいな』
 シンジはもう一度だけアスカにメールを入れておき、部屋に戻ることにした。
 しかし、翌朝になってもアスカからの返信はなかった。
『おはよう。なんか……ごめん。学校行ってくるよ。ちゃんとご飯食べてね」
 一人で朝食を済ませるとメールを送信。シンジは後ろ髪を引かれる気持ちのまま学校へ向かった。
 アスカからの返信はやはりなかった。


337: 243 2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:???
(……シンジが心配してくれてる)
 もう自分にそんな資格はないのに。
(でももうシンジは……)
 この優しさも、あの笑顔ももう自分の隣から消えてしまうのだ。
 また涙が出た。アスカはシンジを想って泣いた。
「ひどい顔ね……」
 ふと鏡を見たアスカは、そこに映る自分の姿に思わず声に出して呟いてしまった。
 着替える気力もなかったので昨日から制服も何もかもそのままだった。
 泣いたおかげで少しだけ落ち着くことができた。
「お腹空いたな……」
 時計を見ればもう昼だった。丸一日何も食べてないことに気付いた。
「食堂に何かあるかしら……」
 何もなければコンビニにでも行こう。のろのろと体を起こし、そのまま食堂へ向かう。
 時間的に他の生徒に会う心配はないというのがありがたい。
「ん……いい匂い……」
 食堂から何か作っているらしい匂いがする。誰かいるのだろうか?
(寮監さんの昼ご飯とか……賄いさんの仕込みか何かかしら?)
 できれば分けてもらおう。食堂についたアスカは声をかけた。
「すいません、何か作ってるなら食べさせてもらっていいですか?」


338: 243 2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:???
「うん。ちょっとだけ待ってね。もうできるから」
 そう言って厨房から顔を出したのは、本来そこにいるはずがないシンジだった。
 アスカの顔は凍りついた。よりによってこんな姿をシンジに見られてしまった。
 身を翻して逃げる……はずだった。
 足がうまく動かない。力が抜ける。丸一日何も食べてないのも効いていた。
 反転しようとしたところで、へたり込んでしまう。
(シンジにこんなかっこ見られた。シンジの話も聞かされちゃう。なんで動けないの
よ……)
「アスカ!」
 シンジが慌てて駆け寄ってきた。ぺたりと床に座り込んでしまっているアスカに手を貸そうとするのだが
「いやっ、何も聞きたくない!」
 差し出された手を振り払い耳を覆い、子供のように首をイヤイヤと横に振る。
 携帯を取り出したシンジはメール画面に文字を打ち、アスカに見せる。
『今は何も言わないから、ご飯だけ食べてよ』
 見上げたシンジの顔は、アスカを慈しむように優しく微笑んでいた。
 シンジの手を取って立ち上がり、席に着く。
「なんであんたがここにいんのよ……」
 精一杯の強がった振り。
「ほんとは作るだけ作って学校に戻るつもりだったんだ。もうちょっとだけ待ってて」
 シンジは一度厨房に戻ると今度は濡れたハンカチを持ってきた。
「あと……これで目を冷やすといいよ。ほんと……ごめん」
「何か謝るようなことあんの?」
 困ったような顔で笑うシンジにずきりと胸が痛む。やはりこの場から逃げたい。
「今は何も話さない。そういう約束したでしょ?じゃ僕ご飯の仕上げしてくるね。とは言っても本当に簡単なものなんだけど」
 シンジの優しさが心に痛い。
「ていうか、もうすぐ昼休み終わっちゃうわよ。いいの?」
「多分委員長とケンスケがうまいこと言っといてくれると思う」
(あたしのためにそこまでしてくれるんだ……)
 厨房から聞こえるシンジの声はいつもよりも優しく聞こえる。
 その優しささえ今は怖い。


341: 243 2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:???
「さ、できたよ。熱いから気をつけてね」
 卵の雑炊だ。昨日から何も食べていないだろうということで消化に良くて簡単にで
きるものをとの気使いが感じられる。
 出汁をしっかり取ってあるのが匂いでわかる。お茶は少し温い。これも胃に配慮したものだろう。
「じゃ、僕は学校に戻るから……」
「ここにいなさいよ……」

「え?」
「ここにいて。でも何も話さないで」
 多分これがシンジと一緒に食べる最後の食事だ。
 皺だらけになった制服、ぼさぼさの頭、泣き腫らした目。ひどい有様なのが悔やまれる。
 断られたらどうしようと思うと怖い、でもこのまま立ち去られるのも怖い。
(シンジは優しいから……多分断らないのはわかってるけど……優しさに付け込んでるのも解ってるんだけど……)
「うん」
 短く返事をすると、シンジはアスカの向かいに座った。
(隣じゃないんだ……)
 打ちのめされた気分だ。また泣きそうになる。
 シンジは真っすぐに、でも優しい瞳でアスカを見ている。
(そんな顔で見ないで)
「慌てないでゆっくり食べてね。ケンスケたちにはもうメールしといたから、学校は大丈夫」
(優しくしないで)
「ノートも見せてもらうことになったから、授業の方も平気だよ。って言ってもアスカは元から大丈夫かな」
(もういなくなるくせに)


342: 243 2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 食べ終わる頃にはアスカは決意を固めていた。二人での最後の食事。最後の一口。
アスカはいつもより丁寧に咀嚼して飲み込む。
 食器を下げに厨房に向かうシンジにアスカは言葉を投げかける。
「ねえ、シンジ……ついでに一つだけわがまま言っていいかしら?」
 最後だから。シンジの優しさに甘えるのはこれで最後だから。自分にそう言い聞かせる。
「僕にできることなら何でも」
 これは儀式だ。
「髪」
「髪?」
「うん。ブラシかけて欲しい」
「僕、女の子の髪とか触ったことないよ」
「いいの」
「うん、わかった」
「シャワー浴びてくるから。出てきたらお願い」
 シンジの優しさに最後に甘えて、明日になったら元の自分に戻るための。
「明日はちゃんと学校に行くから。あんたの話とやらも聞いてあげるわ」
 大丈夫。きっと泣かずにちゃんと聞いてあげるから。シンジに聞こえないように呟くとアスカは食堂を出て行った。


343: 243 2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:???
「なにが最速成立よ……最速で失恋じゃないの……」
 シャワーの温かさが心地よかった。涙のあとも悲しい気持ちも流れてくれないかな、そんなことを考えながら丁寧に頭を洗う。
 恋に気がついたそのすぐ後に失恋。一番近くにいた相手だったのに。
『僕、彼女ができたんだ』
『この人と付き合うことになったんだ』
『アスカとは一緒にいられなくなった』
 頭の中で何度も何度もシミュレートする。なんと言われてもいいように。
「ひどいことだけは言われないのが救いかなあ」
 少なくとも嫌われた訳ではないと思える。もし罵られでもしたら今のアスカは立ち直れない。
 あまり長く時間をかけてもいられない。午後の授業が終わってしまう。
 アスカは大きく深呼吸すると、シャワーの栓を閉じた。

 食堂に戻るとご飯食べるところで髪をいじるのはあまり良くないとシンジが言い出した。
 サロンでならどうかというシンジの意見だ。
「それならもう一個だけわがまま追加していい?」
「うん?」
「シンジの部屋がいい」
 シンジは少しだけ驚いた顔をした後、少し照れくさそうに頷いた。


344: 243 2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:???
「思ってたよりも片付いてるわね」
 恐らくシンジの部屋に初めて入った女は自分。それが嬉しい。
 あの子へのちょっとした意地悪。 
「荷物が少ないからね。座るとこそこでいい?」
「うん」
「じゃ、はじめるね」
 シンジがドライヤーを当ててくれる。ブラシをかけて髪をすいてくれる。 
 姿見などはないのでどうなってるかはよく見えない。
 指先が髪に触れるたびに動悸が上がっていく。
「ドライヤー熱くない?」
「平気」
「髪、引っかけちゃったらごめんね?」
「初心者だもんね。許してあげる」
 いつまでもこの時間が続けばいい。シンジと二人だけの誰にも邪魔されない時間。
 やがてシンジはあの子とそういう時間が増えていくのだろう。
 でも今だけはシンジはアスカのものだ。この至福の時間が終わったら宣告を受け入れよう。
「アスカの髪、柔らかくてきれいだ……」
 シンジの呟きが耳に入る。耳が熱くなるのを感じる。
「髪型どうすればいいかな?」
「ん、簡単に上げてくれるだけでいいわよ。どうせいつものあたしがやってるようなのできないでしょ?」
「うん」
(あーあ、終わっちゃったか……)
 この時間が終われば、自分の恋も終わる。涙は必死にこらえた。


345: 243 2013/07/12(金) NY:AN:NY.AN ID:???
 髪をまとめるシンジの指がうなじに触れる。
 びくりと身体を震わすとシンジが心配そうに手を止めた。
「いいからさっさとやんなさい」
 嘘だ。ゆっくりでいい。ずっとこうしていたい。
「うん。ポニーテールみたいになっちゃうけどいい?」
「いいわよ。別に。あ、もしかしてあんたそう言うのが好きなのかなー?それともショートカットとかー?」
 虚勢を張ってからかってみせる。付け加えたのはほんの意地悪だ。あるいは自虐なのだろうか。
 シンジの手が止まる。驚いた気配が背中越しでも伝わってくる。
「もう、いいわよ。ありがと」
 深呼吸をして振り返る。
「鏡ある?」
「小さいのでよければあるよ」
 手渡された鏡を見ながら左右を確認。後ろは見れなかったがそれはあきらめておく。
「こういうのもたまにはいいわね」
「アスカは何でも似合うと思う」
 シンジが嬉しそうに笑った。
「バーカ、あったりまえじゃん」
 くるりと後ろを向いた。天井を一瞬だけ見上げて息をつく。
「いいわよ、話しなさいよ。大事な話、あるんでしょ?」


353: 243 2013/07/13(土) NY:AN:NY.AN ID:???
 覚悟はできていた。でもやっぱりきっと泣いてしまう。シンジに泣き顔を見られるのは嫌だ。
「うん。ええっと、何から話そうかな……」
 恥ずかしそうに口ごもってるシンジ。アスカは黙ったまま彼の言葉を待つ。
「僕、昨日手紙をもらったんだ」
 意を決してシンジが話し出す。やはり恥ずかしいのか少し小さな声で。
(知ってるわよ)
「ラブレターだったんだ。正直びっくりした」
(あたしだって驚いたわよ)
「アスカにさ、読まずに捨てるのはかわいそうだよって言っちゃった手前もあって、ちゃんと返事しないとダメだって思ったんだ」
(捨ててしまえばよかったのに)
 ひどいことを考えている自分に少し嫌悪をする。
「それで?」
「昼休みに呼び出された。好きって言われた。アスカとのことは知ってるけどそれでも好きだって」
(なにを知ってたって言うのよ。あたしだって知ったばかりだってのに)
「で?あんたはなんて言ったの?」
 返事はない。ちらりと後ろを盗み見ると、シンジは恥ずかしそうに言葉を選んでるといった様子だった。
 見てたわよ、おめでとう。とでもいって驚かせてやろうか。
 一瞬浮かんだ考えを、そんなことを言えば自分が惨めになるだけだと打ち消してシンジの言葉を待つ。
「僕、人に好きだってあんな風にはっきり言われたの初めてだったんだ」
 質問には答えずシンジは続ける。声は先程に比べ少しずつ力がこもりはじめていた。
「だから嬉しいってよりもびっくりしちゃってさ。それに……」
 一拍を置いてシンジは続ける。
「それにね、なんだか見透かされたような気がしちゃって」
(見透かすってどういうこと……シンジもその子のことが元々好きだったってことなの?)

「アスカのこと」
 心臓が口から飛び出るという表現の意味をアスカは身を持って知った。
 全く予期していなかった自分の名前が出てきたからだ。


354: 243 2013/07/13(土) NY:AN:NY.AN ID:???
「アスカとのこと知ってますって言うんだ」
 シンジが大きく息を吐いた。聞いているアスカも緊張しているが、話すシンジも緊張してるのだろう、右手は胸元のクロスを握っている。
「最近ずっと僕とアスカってなんだろうって考えてたんだよ。それを見透かされたような気分だった」
 シンジは何を言ってるのだろう。あまりに予想と掛け離れているため頭が追いついていない。
「すごく失礼なことを僕は彼女にしてしまったと思う」
「…………どういうこと?」
「手紙もらってからもアスカとのことばっかり考えてた。この子は知ってますって言うけど僕とアスカの何を知ってるんだって。僕が教えてほしいくらいだって」
 まだシンジが何を言ってるのかわからない。
「それで……もしこの子の気持ちを僕が受け入れちゃったら……アスカと一緒にいられなくなっちゃうんだなって。そんなことばっかり浮かんでくるんだ」
 そこでシンジはもう一度息を吐き、静かに、でも力強くこう言った。
「だから……断ったんだ。アスカと一緒にいたくて」


355: 243 2013/07/13(土) NY:AN:NY.AN ID:???
「ふえ?」
 振り返りながら思わず出てしまった間抜けな声を合図に、急速に頭がはっきりしてきた。
『アスカと一緒にいたくて』
 何度も何度も頭の中にリピートされてくる。リピートのたびに動悸が上がり、顔が紅潮してくるのが自覚できる。
「ちょ、あんた何言って……ってあっち向け!こっち見んな!」
 振り返ったせいでまともにシンジの顔を見てしまった。真剣な顔。普段の優しい顔ではなく、強い決意がこもった顔。
 脳が融けそうになる。恥ずかしくて恥ずかしくて思わずシンジに怒鳴りながら前に向き直った。
「ご、ごめん!」
 別にシンジは何一つ悪くはないのだが、反射的に謝ってしまい背を向ける。二人はちょうど背中を向け合って話している形になっていた。
「あんた……今断ったって言った?」
「う、うん」
「じゃあ……じゃあ、なんで……なんで抱き合ってたの……?」
 アスカは喜びを必死で抑え、願いを込めて疑問を口をする。
「えええええええええええええええええええ!!!!!」
 アスカを振り返りながら叫んでしまった。アスカもその声に驚いて思わず振り返ってしまう。
「だ、だからこっち見んな!」
「アスカこそこっち見てるじゃないか!」
「いいからあっち向きなさいよ!」
 ぐるぐると思考が回る。なにが本当なのだろう。まさか二股でもする気なのか。
 いや、断ったと言ってくれてたではないか。アスカはシンジの言葉を待った。
「あれは一方的に抱きつかれただけだよ!断った時に思いつめちゃったみたいで……でもちゃんとわかってくれたから……っていうか見てたのならそう言ってよ!」
 そう言われてみれば抱き合ってはいなかった気もしてくる。アスカは冷静さを欠いていたあの時の自分を恥じた。
「い、言える訳ないでしょ!バカッ!」
 照れ隠しに怒鳴りつける。背中越しの軽い言い争いが心を癒していく。世界の終わりとばかりに大騒ぎしてしまっていた自分はなんだったのだろう。
 安心すると少し力が抜けてきた。二~三歩後ろによろめいてしまい、シンジの背中にぶつかった。
 ちょうど背中合わせになっている。シンジの少し早い鼓動が背中越しに伝わってくる。恐らくアスカのもシンジに伝わっているだろう。


357: 243 2013/07/13(土) NY:AN:NY.AN ID:???
(あれ……じゃあシンジがあたしに話したかったことって……)
「アスカ」
 背中合わせのままのシンジの右手がアスカの左手を探り当て、強く握る。そしてもう片方の手も。
「は、はい!」
「それで気付いたんだ。アスカとずっと一緒にいたいんだって。きっと僕は……僕はアスカのことが……」
 さすがにアスカもここにきて自分の勘違いと――――シンジの真意に気付いた。
「ご、ごめん!シンジ!ちょっと待って!」
 再び脳が融けそうになり、思わず遮ってしまう。
「な、なんだよ、もう」
 こういうのはタイミングを外されると非常に恥ずかしい。シンジは抗議の声をあげた。
 落ち着いてる風を装ってはいたが、シンジの緊張は受験の時のそれなどとは比べ物にならないほどだったのだ。
「まだだめ。今聞きたくない」
「話を聞いてくれるって言ったじゃないか。それとも……やっぱり僕じゃダメなのかな……」
 シンジの声が悲しみに染まっていく。
「………ちゃんとしたデートしてからがいい」
「デート?」
「うん……二人で遊びに行ったりはしてたけど、ちゃんとしたデートしてないもん。その時に言ってくれないとイヤ」
 背中合わせで本当に良かったとアスカは思った。今自分がどんな顔をしているのかは想像すらできない。


358: 243 2013/07/13(土) NY:AN:NY.AN ID:???
「あ、う、うん。どこか行きたいとことかある?」
「エスコートするのはあんたなんだから、そんなの自分で考えなさい」
 アスカは少し体重ををシンジの背中に預けた。シンジもそれを受け止めた。
「うん。わかったよ」
 もう一度シンジがアスカの手を強く握る。アスカも握り返す。
「…………言っとくけどあたしわがままよ?」
「自分を強く出せるのはいいことだよ」
「あんまり素直じゃないわよ?」
「アスカは傷つきやすいからだよ。ほんとは優しいってわかってる」
「優しくないわよ。意地っ張りでプライドばーっか高いわよ?」
「負けず嫌いなんだよ。そういうとこは尊敬してる」
「すぐ殴ったり蹴ったりしちゃうし、怒りっぽいわよ?」
「理由もなくそんなことしてるのは見た事がないよ。それに普段から怒ってるばっかりじゃないよ。感情が豊かなんだと思う」
「う~~~~~、バカ」
 嬉しくても泣きそうになるというのをアスカは今実感していた。
「バカシンジのくせに生意気よ……なんでそんな風に言えるのよ」
「んー……バカだからじゃないかな?」
 シンジは照れくさそうに笑った。


359: 243 2013/07/13(土) NY:AN:NY.AN ID:???
「あ、最後にもう一つだけ聞いていい?」
 小さな声でアスカが訊ねる。
「さっき……なんでいつもみたいに隣に座らなかったの?」
「さっきってご飯の時?」
「そう」
「あれは……」
 なんだかアスカの顔見ていたかったから。隣だとじっと見てると不自然じゃないか。
 小さい声だった。でもアスカには充分届いていた。
「あんたはあたしの隣りで笑ってればいいのよ、バカシンジ」
 夕日が差し込み始めた部屋の中、アスカの声はとても幸せそうに聞こえた。


360: 243 2013/07/13(土) NY:AN:NY.AN ID:???
「ほんっと人騒がせなんだから!」
「えへへ、ごめ~ん」
 翌日何事もなかったかのような顔で……いや、何かいい事があったとしか思えない顔でシンジと登校してきたアスカにヒカリは呆れ顔だ。
「碇くんとはちゃんと話せたのね?」
「えへへ、内緒」
「聞くまでもないって感じね」
「でも、ごめんね。ありがと、ヒカリ」
「いいわよ、もう」
 幸せそうなにやけ顔を見るとそれ以上責める気にもなれない。
 カシャリとシャッター音がした。
「レア顔いただきってね」
 音のする方を振り向くとケンスケがカメラを持って笑っていた。
「ほんとならぶん殴るとこだけど今日は許してあげるわ」
 ふふん、と笑うアスカの寛大さに逆にケンスケが震えあがる。
「なあ、碇。昨日何があったんだ?機嫌良すぎて怖いんだけど」
「内緒だよ」
 シンジは笑った。
「お前まで内緒なのかよ。全く仲がおよろしいことで」
「ほんとね。いい加減認めちゃえばいいのに。付き合ってますって」


「「別に付き合ってない(わ)よ」」


 まだ、ね。友人たちに聞こえないように小さく付け加えると、シンジとアスカは顔を見合わせて幸せそうに笑った。






432: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2013/08/01(木) NY:AN:NY.AN ID:???
予告

「デートの計画を練るシンジ」
「デートコースはアスカの想像とは大きく違ったものだった」
「奇妙な既視感と襲い来る不安」
「繋がれた手と心」
「二人の間で交わされる約束とはなんなのか」

「次回シンジとアスカの学生生活」
「この次もサービス、サービスゥ!」

あれの続きでこんなのが降りてきたから途中まで書いたんだけど時間なくてちょっと難航気味です。
近日投下できるようにがんばる。
それ終わったらもう一個降りてきかけてるのに着手なのです。
時間欲しい、まじ欲しい。せっかく規制解けたのに(;´Д`)
夏の間に夏休み編まで書けるといいな。

ではみなさんもよき妄想を。


490: 432 2013/09/02(月) 05:38:50.64 ID:???
「ねえ、こういう所とかはどうかな?」
「意見は言うけど決めんのはあんただからね?ちゃーんとエスコートしなさいよ?」
「う、うん。わかってるよ。そう言う約束だしね」
 明城学院学生寮シンジの部屋。シンジとアスカの二人は床に広げた雑誌の数々を眺めていた。
 床にすわり、肩が触れ合うほどの距離。
「詳しいプランとかは聞かせなくていいからね?それも含めて楽しみにしてるんだから」
 きっかけは夕食時にシンジがアスカにそれとなく好みのデートコースを聞き出そうとしたことだった。
とはいってもこういったことには不器用なシンジなのでばればれであり、案の定アスカにはあっさりと指摘され、それならばいっそと一緒に考えている言う訳である。  
 最初は夕食後に寮のサロンでデートプランを練っていたのだが、その空気に耐えかねた他の寮生たちに自分たちの部屋でやれと追い立てられたのだ。
「こういうとこ結構ロマンチックよね」
「どこ?」
「だからここ」
 どこかのレストランの窓からの景色。そこから見えるきれいな夜景の写真をアスカは指差す。
「確かにきれいだけど……僕のお小遣いじゃちょっと厳しいよ……」
 苦笑いを浮かべるシンジだ。
「あんたの財布の中身くらいお見通しよ。だからここに行きたいとは言ってないわよ。あくまでこういう感じって意味。あ、こっちもいいわね」
 そう言って写真を覗き込むアスカと頬が触れ合いそうなくらいの距離になる。
(わっ、アスカの顔がこんなに近くに……)
 シンジはもう写真を見てはいなかった。アスカの横顔に釘付けになっている。
(アスカの横顔、きれいだな……肌も……目も……唇も……)
 シンジの反応がない。文句を言おうとシンジの方を向いた。
(ちょっと!なんでそんなに見つめてんのよ!あ……シンジって意外と睫毛長いんだ……男なのに肌もきれいだし……)
 見つめ合う格好になってしまう。視線に気付かれてしまったシンジは顔を赤らめる。アスカの顔も赤い。
 シンジはアスカから目を逸らさなかった。というよりも逸らせなかったという方が正しい。
 アスカもまたシンジから目を逸らすことができなかった。二人の胸の鼓動は相手に聞こえてしまうのではないかと言うくらいに上がっている。

491: 432 2013/09/02(月) 05:39:24.10 ID:???
(アスカ……)
 魅入られたように少しずつ少しずつ、どちらからともなくお互いの顔が近付いていく。
(シンジ……)
 売るんだ瞳のアスカの唇が少し開かれ、アスカの両手がシンジの胸に触れる。
 それに呼応するかのようにシンジの手がアスカの肩を引き寄せようと掴んだ時―――アスカは我に返った。
「ま……まだだめええええええええええ!!!!」
 思わずシンジを力いっぱい突き飛ばしてしまう。
「キ、キスとかちゃんと言ってくれてからでないとやだ」
 動悸が止まらない。顔が赤いのは自分でもわかる。危なかった。流されてしまうところだった。
「い、いたた……ご、ごめん……」
 突き飛ばされたときに頭を打ったのか、後頭部をさすりながら涙目でシンジは謝った。だが顔が赤いのは痛みからだけではない。
「そのためのデートなんだからね?」
 顔を真っ赤にしたままアスカは唇を尖らせてシンジに釘を刺す。
「う、うん」
 同じく赤い顔のままシンジは頷いた。
「先に言っとくわよ?あの言葉もその時までに言ったら怒るから」
「わ、わかった」
「まったく油断も隙もないんだから、このエロシンジ」
 そう言ってそっぽを向いたアスカの顔もはやはり真っ赤なままだった。

492: 432 2013/09/02(月) 05:41:22.93 ID:???
「う~~~~~~!!!!」
 枕に顔を埋め足をじたばた。
 部屋に戻ったアスカはただ今やり場のない熱の発散に苦闘中だ。
「シンジのやつシンジのやつシンジのやつううううう!!!」
 危なかった。普通にキスしそうになった。
 別にキス自体がいやな訳ではない。むしろ望むところだ。
 だがアスカには希望の展開があったのだ。
 告白はデートの時に。先日この約束をしたあと、部屋に戻って一人妄想したデート。
 景色のいい場所、夕日のきれいな時間。シンジの告白を受け止めて、唇で想いを交わす。これだ。
 なにしろ自分とシンジの初デートだ。そのままドラマになってもおかしくないものでなくてはいけない。
 もちろんそこに至るまでの経緯も誰もがうらやむロマンチックで完璧なものであるのが望ましい。
 アスカは固くそう思い込んでいる。思い込んでるというよりもそうなるに決まっている信じているといった方が正しいかもしれない。
「全く……危なく流されてしちゃいそうになっちゃったじゃん」
 その完璧なるデートより先に何かあってはいけないのだ。
 壁にかかったカレンダー、次の日曜日のところにつけられたハートマークの印。アスカはため息をつきながらそれを見つめていた。

493: 432 2013/09/02(月) 05:42:11.85 ID:???
「う~~~~~~!!!!」
 床に座って頭をかきむしる。
 シンジも絶賛苦悩中だ。
「だってしょうがないじゃないか!」
 勝算100%の告白。その相手があんなに無防備に隣にいた。
 流されそうになるのは、高校生男子としてはある意味健全な証拠と言えるかもしれない。
 一度好きだと自覚してしまうと気持ちはどんどん膨らむばかりだった。
「アスカだって途中までその気だったくせに」
 なのに今は好きとさえ言ってはいけない。ならばとかわいいとかきれいと言えば照れて叩かれる。
(それでも……あの顔には勝てねーよ……)
 真っ赤になってそっぽを向くアスカの顔を思い出していた。約束通り「その日」まで言葉もキスもお預けだ。
 伸びをするように両手をあげてそのまま床に倒れ込む。
 ふと、床に散らばった雑誌のページが目にとまる。シンジはそのページに写っている写真から目が離せなくなった。
「ここだ……ここにアスカと行きたい……ここがいい」
 シンジは飛び起きると一心不乱にデートプランを練り始めた。アスカとの最高の一日にするために。

 何度となく思い描いたデートシーン。寝る前のリピートを終えるとアスカは目を閉じる。
 ようやく思いついたプランを練り終わったシンジはカレンダーについた丸印を見つめる。
「「早くデートの日にならないかな」」
 離れた部屋にいるにも関わらず二人はぴったり同じタイミングでそう呟いた。








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