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このchapterシリーズは
【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No1~6,story1~3とは別の作者の方が書かれたssです

シリーズもの&完結していますので、編集の完了までお待ちいただけると幸いです。

【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】chapter1


【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】chapter2






362: 1/4 2015/11/14(土) 00:30:31.56 ID:???


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午後の授業
いきなりの小テストに没頭しているクラス
先生が腕時計を見て終了宣言する
「はい、それじゃ回答用紙集めてー。後ろの席の、そうだな、両端の二人」
いちどきに気が抜けてざわざわとなるクラス
諦め顔でプリントを集め始めるケンスケ
が、席を立つ音は一つだけ
けげんそうに後ろの席を振り返るシンジ
「渚? 先生がプリント集めてって…って、渚! 寝るなよ!」
眠そうにシンジを見つめるカヲル
状況を思い出す
「んー…? ああ、終わったの…?」
「終わったよ! 何やってるんだよ、テストなのに」
「だって退屈だしさ…で、何」
「だから、テスト用紙! 集めて前に持ってくんだってば!」
ぼんやり瞬きして改めてシンジを見るカヲル
真顔で正視されてややうろたえるシンジ
と、また机に突っ伏してしまうカヲル
「任せた。よろしく」

363: 2/4 2015/11/14(土) 00:32:40.16 ID:???
「え? ちょっと、おい! 寝るなっ」
カヲルの肩を揺さぶりつつ先生の目を気にするシンジ
仕方なく立つ
顔を伏せたカヲルの両腕の下からそうっと回答用紙を引っ張り出し、自分のも重ねて
代わりに回収し始める
にやにやしつつプリントを渡すトウジ
「いやー、すまんなぁセンセ。今日も子守やな」
「別に引き受けた覚えないんだけどね」
溜息をつき、遅れを取り戻すべく手早く回収していくシンジ
教室の反対側ではアスカがケンスケからプリントの束をひったくる
「何もたもたしてんのよ、もういいわよ! 私が代わる!」
「え、え?! 何だよ!」
「あんたにやらせてたら一万年かかっても終わんないでしょ!」
「…それはちょっと酷くないか…? まあ、別にいいか」
自席に戻り、てきぱき回収するアスカをしげしげ眺めるケンスケ
あと十秒だけ!の懇願の声も無視して鮮やかにプリントを強奪していく
感心してしまうケンスケ
「…何で、プリント回収するだけであんな無駄にかっこいいんだろうな。惣流って」
同じく自分のプリントを渡して眺めているヒカリ
「アスカって、ほんとに何をしてても絵になるのね。うらやましいなぁ…
 あ、でも」

364: 3/4 2015/11/14(土) 00:33:45.35 ID:???
それぞれ自分の手元だけ見ながら前に来るシンジとアスカ
先生の待つ教卓の前で鉢合わせ
初めて顔を上げる
互いの姿を見る
とたん、アスカの手から意識が抜ける
舞い散るプリントの束
うわーっとなる教室
「おいおい何やっとるんだ、惣流!」
先生の呆れ声の下、真っ赤になってプリントを拾い始めるアスカ
あわてて手伝うシンジ
「どうしたの? 大丈夫?」
心もちシンジから身を引き気味で手を動かすアスカ
「バカ、あんたのせいよ。なんでいきなりいるのよ」
呟いたアスカの顔を覗き込むシンジ
「え、今…何?」
「…なんでもないわよ。バカッ」
さらに退くアスカ
「…??」
訳がわからないなりにアスカに手を貸していくシンジ
アスカが集めたばらばらの用紙を器用に受け取り、揃えて先生に提出する
小さい声でありがとと呟くアスカ
シンジの返すさりげない微笑に、自分も小さく笑う
教卓の横に自然な距離で並んでいる二人の後ろ頭
成り行きを眺めているヒカリ
ふふっと笑う

365: 4/4 2015/11/14(土) 00:35:05.73 ID:???
「…やっぱり、見てるとわかっちゃうもの。いくら二人が普段、気をつけてたって」
くすぐったそうな顔で頭をかくトウジ
「つうか、ま、バレバレなんやけどな。しっかし誰も嫌味にとらんてのは、やっぱ」
手の甲に頬杖ついて見物中のケンスケ
シンジと別れて席に戻るアスカの飾らない無意識の微笑み
心なしか生き生きした動作
ひるがえる髪すら軽やかに見える
「そりゃまあ…シンジといるときの惣流が一番かわいいから、だろうな。うん。
 それだって一目瞭然だもんな」
細い指先を重ねて微笑んでいるレイ
再び静かになるクラス
先生が次回の授業の予定を告げ、まもなくチャイムが鳴る
休み時間の活気に包まれる教室
ヒカリと談笑するアスカ
カヲルを小突いて起こそうとしているシンジ
離れた二人を見てニヤニヤするトウジとケンスケ
心配そうにカヲルを見ているレイを、アスカが呼んで会話の輪に引き込む
何か囁いて一斉に笑う女子三人
全然起きないカヲルに溜息つくシンジ
見かねたトウジとケンスケがからかいながら近寄っていく
落葉が舞う校庭
めっきり短くなった日脚が早くも空を夕焼けの色に染め始める



412: 1/9 2015/11/23(月) 00:34:33.94 ID:???
こんばんは、通りすがりです
ポエム氏乙です!相変わらず生き生きした雰囲気作るの巧いですね、羨ましいです
で、>>399の頭で何となくネタを振られたような気がしたので、少し書いてみました
自分には珍しく続き物になりそうです
今回はとりあえず導入部をどうぞ

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勢いよくチョークが鳴る音
黒板に気合たっぷりに文字を書いていくケンスケ
大きな動作で振り返る
その背後に『地球防衛カフェ(仮称)』なる文字列
ぽかんと見返すクラス一同
教卓に両手をついて教室を眺め渡すケンスケ
「…要するに、インパクト!
 文化祭はお祭り空間なんだよ。いいか、そもそもテンションが普段と違うだろ。ちょっとや
 そっとの趣向じゃたちまち周囲に埋没し、忘れられて終わる! 
 『そういえばあのクラス、何やってたっけ?』…それだけは断固として回避せねば
 ならないっ! とすると、熱狂の中で、客、いや浮かれてる他クラスの連中を呼ぶには、
 俺たち自身がいかにありきたりを脱し、積極的に非日常に離陸するかに尽きるっ!
 言い換えれば、いかに突き抜けられるか!だ!」
眼鏡がT光処理されそうな勢いで熱弁するケンスケ
「そしてかつ、周りの人間にもその非日常を共有してもらわねば意味がない! つまり、
 訳わからない自分設定ファンタジーとか、誰も知らないマイナーなホラーゲームではなく、
 見た人がすぐ呑み込めて、かつ説得力のある『設定』が必要となるわけだ! それが!」
ばんと黒板を叩くケンスケ

413: 2/9 2015/11/23(月) 00:37:39.46 ID:???
何となく声をあげづらい空気になる教室
一同を代表して訊いてみるトウジ
「……
 それが、今どき戦隊モノをテーマに喫茶店やる、いう案なんか…?」
「そうだっ!!」
頷くケンスケ
「恥ずかしいとか目立ちたくないとかはこの際忘れろ! まだ受験の心配しなくていい
 高校二年の文化祭、このまま何となくやって終わりたいのかっ!!」
妙な説得力にけおされる一同
ざわめき出す教室をこっそり見回すシンジ
雰囲気から判断する限り、みんな理屈の上では面白がっているものの、やはり否定的
小さく息をつくシンジ
少し残念な気がしつつも安堵する
(せっかくケンスケが考えてくれたのには悪いけど…自分で関わるのは、ちょっとな)
ざわめくクラスメートたちや黒板の『文化祭出し物』の文字
それらをどこか冷静に突き放して眺めている自分を意識する
(…意味はわかるんだ。意義とか、熱意とか、やりがいとか、そういう言葉も。
 でも、自分のことって気がしない)
頬杖をついて窓から曇り空を見上げる
秋らしくなった銀灰色の空に時折舞う鮮やかな色の枯葉
話し合いだか突っ込みだかは続いているらしくケンスケが答える声がする

414: 3/9 2015/11/23(月) 00:39:03.70 ID:???
(…学校か。
 結局、僕にとっては…何なんだろう。…慣例? 義務? 単なる通過期間?
 そう、大人になって、一人立ちするための。…だからおばさんたちの家を出てここにいる。
 でもまだ一人前じゃない。だから、ここでこうして、決まったことをこなして、決まった分の
 時間を過ごさなきゃならない。必要な知識やスキルを学びながら)
窓の外を風が音を立てて吹き過ぎる
目を細めるシンジ
(それで、大学に進んで、就職して…晴れて自分一人になって)
口元が少し引き締まる
ふっと苦笑いするシンジ
(…って、結局自分か。我ながら嫌な奴だな)
教室を振り返る
みんなの前で堂々と語っているケンスケの姿
遠く感じるシンジ
(もちろん、皆といるのは楽しいんだ。友達、クラスメート、それに…アスカがいる)
ここからは後ろ姿しか見えないアスカ
ちらっと目を向け、また逸らすシンジ
付き合い始めた頃のアスカの声が甦る
(…ねえ、私たちのことなんだけど、さ。
 皆の前でわざとらしくイチャイチャしてシアワセ演じたり、見世物になったり、…そういう
 言い訳して皆に受け入れてもらおうなんて、思わない。私、絶対我慢できないもの。
 だから、学校ではできるだけくっつかないようにしましょ。いい?)

415: 4/9 2015/11/23(月) 00:41:36.32 ID:???
ふーっと溜息をつくシンジ
正直なところ、アスカに言い出してもらえて助かったと感じていた自分がいる
学業関連はともかく、皆の前で何かすることにまるで現実味がない
(…フリはできる)
軽く顔をしかめるシンジ
(でも、ずっとそれだけだった気がする。からかわれるフリ。楽しむフリ。
 溶け込むフリ。騒ぐとか、一緒に笑う、とか。
 そうじゃなかったのは…アスカだけだ)
もう一度アスカの背中を見つめるシンジ
閉じかけていた心が苦もなくほぐれていくのを感じる
その身勝手さを自分で笑いながら、救われている
(アスカだけなんだ。全然、フリしないでいられるのは。…違うか、アスカは僕なんかより
 全然うわてだから、フリなんてしてもすぐ見抜かれる。見抜いて、手加減せず怒ってくれる。
 だからかな…アスカといる時は、見抜かれるかもって疑ったり、上手くやり過ごせるかって
 ビクついたりせずに、僕は、ただの僕でいられる)
少し視線がためらう
アスカも同じであることをほとんど疑わないながらも、まだどこかで不安に感じて、願っている
何度繰り返してもなくならない逡巡
それとは裏腹な温かな思慕
幸せ、としか呼びようのない気持ちが溢れてきて、迷いもとまどいも押し流そうとする
気持ちを落ち着かせようと外を見るシンジ
(それと…アスカとは少し違うけど、やっぱり、渚と綾波…なのかな)
「えーとじゃあ…やっぱり惣流さんと渚君、だったらいいのね?」
どっと沸く教室

416: 5/9 2015/11/23(月) 00:42:49.94 ID:???
我に返るシンジ
いつのまにかケンスケの横で委員長らしく仕切っているヒカリ
困ったような顔でアスカを見ている
訳がわからないまま目を凝らすシンジ
「アスカ…いい?」
「断固拒否!」
憤然としたアスカの声
そのまま立ち上がりそうになるのを、周囲の女子がなだめにかかる
「ねえ、お願い、惣流さんしかいないんだってば」
「絶対似合うって! ていうか、似合わなくてもアスカならカッコイイって!」
「…あのねえ!」
自席からぐるりと教室じゅうを振り返るアスカ
「私が嫌だって言ってるんだから、強制しないでよ! 何で私がコスプレして客寄せに
 なんなきゃいけないわけ?!」
ぼそりと呟くトウジ
「…そら、このクラスで一番目立つからやろな」
続々と賛同の声
別の意味で賛成を連呼する男子一同の声
「しかも、何で渚のヤツとなのよ?!」
渾身の力を込めてこちらを指さすアスカ

417: 6/9 2015/11/23(月) 00:45:01.24 ID:???
自分が指名されたようにびくりとするシンジ
変な方向に流れ始めた空気を気にしつつ、そっと振り向いてカヲルに訊ねる
「…何となくわかるような気もするけど、一体どうなってるかな、これって」
「あー、やっぱり話聞いてなかったね」
やる気なさそうに答えるカヲル
「君の察してる通りだと思うよ。僕とアスカさんが代表でコスプレする役を引き受けるなら、
 面白そうだし、思いきって戦隊モノ喫茶やってもいいかな、っていう感じの流れ。
 で、アスカさんは見ての通り、孤軍奮闘中」
「やっぱり…って、孤軍って、まさか渚はやる気なの」
「そうなるんじゃないの」
思わずカヲルの顔を覗き込むシンジ
他人事のような表情のカヲル
自分が憤るシンジ
「何だよそれ。泥をかぶりそうな役を引き受けろって言われてるんだろ?! 嫌なら、
 アスカみたいにちゃんと意見言えばいいじゃないか」
「何、心配してくれるの」
目元だけで笑うカヲル
たじろぐシンジをよそに窓の外を見やる
「僕は別にどうでもいいよ。ていうか、君が気にかけるべきはアスカさんだろ。
 大体、僕にも少しは腹立てていいんじゃないの」
素直にとまどうシンジ
「…なんで」

418: 7/9 2015/11/23(月) 00:47:09.09 ID:???
視線を戻し、小さく噴き出すカヲル
「わかってないの? あのさ、アスカさんと並ぶ役を僕にやらせようって言うんだよ、要するに。
 文化祭の二日間、ずっと僕が彼女と組んでてもいいわけ?」
「え」
瞬きするシンジ
考えながら口を開く
「それは…まあ、…うん、少しは思うところがあるけど、でも別に、単に学校の行事なんだし。
 それにだからって渚のことどうこうなんて、思う気にはならないよ」
一瞬真顔で見つめるカヲル
すぐからかうような表情に戻す
「じゃあさ、ほら、少しはアスカさんを援護しなよ。困ってるよ」
アスカの方を見るシンジ
すぐ笑ってしまう
援護どころか、周囲の説得を次々撃破し、ケンスケにも堂々とくってかかっている
「…いいよ。手を貸そうなんて逆に失礼だよ、アスカにさ」
シンジの横顔を眺めるカヲル
ごく自然に浮かんでいる穏やかな表情と深い信頼
たぶんアスカもシンジの見守る目を意識しているからこそ、あんなに自由に振舞っている
それを素直に見て取るカヲル
呟く
「…いいなぁ、君たちって」
「え? 何が?」
振り返るシンジ
と、議論の合間に誰かが言う
「じゃあ、碇君も一緒にやればいいんじゃない? 戦隊役」

419: 8/9 2015/11/23(月) 00:49:09.87 ID:???
全身で動揺するシンジ
虚をつかれて一瞬ぽかんとなる恰好のアスカ
皆の声がかぶさる
「そっか、いいじゃん一緒にやっても」
「渚君は女性客担当だから外せないしね。あ、もっと増やせば?」
「よし、鈴原、お前行け! お前なら出来る!」
「なっ?! ちょっ、なんでワシやねん!」
「お前も結構目立ってるからだよ。有名税有名税」
「おー、行け行け」
「戦隊らしくなってきたじゃねーか!」
「…ウソだろ?」
やや血の気の引いた顔で教室を見渡すシンジ
ここぞと声を張るケンスケ
「よし! じゃあシンジも入れる! それならどうだ、惣流?!」
とまどった顔のままのアスカ
こちらを振り返る
目が合ってさらに慌てるシンジ
その顔をしばらく眺めるアスカ
必死に首を振るシンジ
本気で焦っているシンジを見つめ、いきなりぽんと返事するアスカ
「いいわ」
盛り上がる教室
当事者そっちのけで役者以外の役割分担が決まっていく
無言で引きつっているシンジ

420: 9/9 2015/11/23(月) 00:52:50.34 ID:???
「…まあ、こうなる気はしてたけどね」
相変わらずどうでもよさそうに言うカヲル
思わず振り返るシンジ
「…冗談、だよね? 皆ノリで言ってるだけだよね? これ」
「そう見える?」
淡々と答えるカヲル
やや不本意そうながらも、腹をくくった顔で皆に答えているアスカの姿
ときどきシンジを射る悪戯っぽい一瞥
どうやら反対勢力には加わってくれそうもない
「諦めて現実と向き合った方がいいと思うな、僕は」
「……ウソだろ」
もはや言葉もないシンジ
頭を抱えて机に突っ伏す
それを後目に、教室では改めて『地球防衛カフェ』が賛成多数で可決される


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423: 1/7 2015/11/24(火) 21:06:02.47 ID:???

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「痛っ」
アスカの手がはね上がる
隣で目を見開くレイ
「いったー…また指刺した」
「大丈夫?」
放課後の教室に居残っている二人
渋い顔で頷くアスカ
「平気だけど…もう、何回目よ。自分で嫌になるわ」
ちらりとレイの手元を見る
着々と仕上がっていく文化祭コスプレ用衣装
対して、同じようなところでつまづいて停滞中の自身の担当分
溜息ついて裁縫用具を放り出すアスカ
机に倒れ伏す
明るい色の髪が一瞬ふわっと広がって両肩に舞い落ちる
「ごめん、ちょっと休憩。…あーあ」
留めた糸を手際よく切り、自分も手を休めるレイ
ちょっと気がとがめるアスカ
倒した頭を傾けてレイを見上げる
「あ、いいの、別に。私が勝手に息抜きするだけだもの、レイは、続けてて」
少し微笑んで首を振るレイ

424: 2/7 2015/11/24(火) 21:07:22.43 ID:???
「いいの。隣で手を動かしてたら、気になると思うから。…はい」
用意の消毒液と絆創膏を手に取るレイ
「指。出して」
「…ありがと」
傷を消毒し、丁寧に絆創膏を巻くレイ
白い手にはアスカと同じく、ところどころに絆創膏
ますます溜息をつくアスカ
最初は二人とも同じ程度に不器用だったのが、いつのまにか裁縫を身につけてしまったレイ
それに比べて進歩のない自分に嫌気が差す
「…何なのよ、もう。…こんな単純なこともできないなんて、どうかしてるわ。
 レイが羨ましいな。ちゃんと女子やれてるって感じ、するもの」
見つめるレイ
アスカが頭を動かすたび、華やかな金髪の流れに沿って光の輪が移ろう
今日もツインテールを留めているシンジのプレゼントの髪飾り
にこっとするレイ
座ったまま自分もちょっと伸びをする
「私は、繰り返しの作業が苦手じゃないだけ。苦にならないけど、得意でもない」
生地を持ち上げて縫い目を指してみせる
よく見るとけっこう曲がっている
「ね」
横目で見るアスカ
「…でも、全然許容範囲じゃない。そんなに目立たないし」
「うん…でも、私は、まだ悔しい」

425: 3/7 2015/11/24(火) 21:09:09.55 ID:???
微笑んだまま視線を落とすレイ
生地をそっと撫でる指先
頭を起こすアスカ
「…いつも落ち着いてるレイでも、悔しいなんてことあるんだ。…ちょっと、意外」
頷くレイ
しばらくその横顔を見つめ、急にふふっと笑うアスカ
「そっか。それ、渚のヤツのだから、でしょ?」
「…うん」
ますますうつむくレイ
仕上がりかけの衣装をそっと掴んでいるレイの手
微笑んでしまうアスカ
「だから、自分にできるだけことは、全部したいの。もっと、できるようになりたい」
「…ま、そうよね」
起き直って自分の生地を取り上げるアスカ
針山からさっきの針を抜く
ちょっと目をみはるレイ
手を動かしながら、やや照れた笑顔を向けるアスカ
「わかるけど、それ、キリないわよ。だって、幾らやったって足りないじゃん?
 好きな人のためだもの。ひょっとしたら、完璧でもまだ足りないかもよ」
「…うん」
頷いて、自分も作業に戻るレイ
手元に目を凝らしながら呟くアスカ
「うん、絶対足りないわ。幾ら努力しても、自分の気持ちに追いつける訳ないもの。
 たとえ自分の力を全部出し切れても、きっと、いざあいつの前に出たら、悔しいし、
 満足できないし、許せないんだろうな、私。…矛盾してるみたいだけど」

426: 4/9 2015/11/24(火) 21:10:46.23 ID:???
優しい目をするレイ
「…碇君なら、平気。どんな結果でも受け入れてくれるわ。
 出来よりも、アスカがしてくれたってことを、一番喜んでくれる人だと思う」
「…わかってる」
手は止めずに微笑むアスカ
「だから、余計悔しいんじゃない。
 嬉しくなっちゃうから。そんなの駄目、私はまだまだこんなもんじゃないって見せてやりたい、
 あいつが一瞬も目を逸らせないような、そんな私になってやりたいって思うもの。
 …なんちゃって、なんか勢いだけでヘンなこと喋っちゃった。バカみたい」
上気した頬をかばうようにしてレイを窺うアスカ
小さく首を振るレイ
「ううん。アスカには、それが似合うと思うもの」
「…そう?」
照れくささと恥ずかしさが混じり、上目遣いに軽く睨むアスカ
素直に頷くレイ
「うん」
「…そ」
笑顔になるアスカ
改めて布地を睨む
「さてと、じゃ、さっさと鈴原のバカの分で練習して、シンジのに取りかからないと。
 …あ、レイ、先に終わっても、シンジのには手ぇ出さないでよね」
「ん。出さない。…でも、鈴原君のは、練習?」
「当ったり前じゃない。こんなの単なる腕試しっていうか、実験台よ。それと…」
少しとまどった目でアスカの後ろを見るレイ
振り向くアスカ

427: 5/9 2015/11/24(火) 21:11:41.98 ID:???
ちょうど教室に入ってくるヒカリ
「ごめんね、時間のかかる仕事押し付けちゃって。実行委員会の方が終わらなくて」
笑って手を振るアスカ
「いいのいいの、ヒカリはいろいろ掛け持ちしてるんだから、気ぃ遣わないで。
 それにこれ、どうせ鈴原のだもの」
「えっ」
書類の束を抱えたまま歩み寄るヒカリ
「それ、す、鈴原…の?」
「そ。ヒカリが言ったんじゃない、鈴原は背が高いし、黒が似合うんじゃない?って。
 ゴメンねー、ほんとはヒカリがやりたかったのよね、こっち」
「え、わ、私は別に」
慌て出すヒカリをじっくり眺めるアスカ
ぱっと生地を広げ直す
「…ま、ご覧の通りにちーょっとテキトーにやってるから。
 後で、ヒカリがちゃんと直してよね。サイズ合わせとか、鈴原と一緒に」
「ちょ、ちょっと」
真っ赤になるヒカリ
顔を見合わせてくすくす笑うアスカとレイ
軽くぶつ真似をしてぱたぱたと教室を出ていくヒカリ
もうすっかり暗くなった窓の外
廊下の蛍光灯が明るい
と、アスカの携帯にメールが入る

428: 6/7 2015/11/24(火) 21:12:16.50 ID:???
取り上げて画面に見入るアスカ
にこっと笑う
首をかしげるレイ
「何?」
「買出しの二人が戻ってくるって。あとちょっとで学校に着くけど、ついでに何か飲み物でも
 要る?って、馬鹿シンジから。そっかー、ならなんかおごらせよっかな。レイは?
 こんなに遅くまで残ってるんだもの、渚に何か頼んじゃいなさいよ」
かぶりを振るレイ
「いい、悪いもの。…それに」
「ん?」
画面操作の手を止めて覗き込むアスカ
はにかんで目を逸らすレイ
「何よ? ほらー、白状するぅ」
「無理、言えない」
「駄ー目、教えてってば」
「…笑わない?」
「絶対! ほら、勿体つけないの!」
大きく身を乗り出すアスカ
ますます小さくなって、消えそうな声でそっと言うレイ
「だって、…、…待ってるだけで、嬉しいから」
「…ば」

429: 7/7(おしまい) 2015/11/24(火) 21:16:01.98 ID:???
みるみる自分も真っ赤になるアスカ
すとんと自分の椅子に腰を落とす
目を上げるレイ
携帯を放り出し、口元を覆って天井を仰いでいるアスカ
ひと呼吸置いて向き直った顔は少女そのものの可憐さで輝いている
見入ってしまうレイ
自分も紅潮した顔で微笑む
睨んでみせるアスカ
「…もう、何よ。こっちまで恥ずかしくなるっつーの…
 でも、そう。…そうね。待ってるってだけで、なんか、嬉しい。悔しいけど!」
「…うん」
両手で頬を包んで一瞬目をつむるアスカ
レイと視線を交わしてただ微笑み合う
やがて、足音が廊下を近づいてくる
振り返る二人
大荷物を抱えたシンジとカヲルに、思いっきり上から目線で遅い!と声をかけるアスカ
むっとしたシンジの表情が、アスカを見るなり溶けてしまう
一目で心を全部奪ってしまうアスカの初々しい笑顔
勝ち誇ったような眼差も眩しい
シンジの苦笑がそのまま笑顔に変わり、謝りながら、二人が二人に近づいていく
夜の闇の降りた中に浮かんでいる教室の明かり

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448: 1/9 2015/11/29(日) 13:11:24.31 ID:???

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暮れ方の帰り道
連れ立って歩く四人
人目のないのをいいことに、校門を出る前からシンジにくっついていくアスカ
「うわ、もう真っ暗ね。こわーい」
「え、ちょっと」
焦るシンジ
逃がすまいとするアスカ
コートのポケットから手を出す暇も与えず、脇から滑り込んで絡みつくアスカの腕
細い肘がやや強く脇腹にぶつかる
あ、と気遣うアスカ
当たった肘先が素早く離れ、柔らかい二の腕の感触に変わる
理解して、とっさの構えが全部溶けてしまうシンジ
「…アスカ」
間近にあるアスカの顔をそっと覗き込む
そしらぬ表情でそっぽを向くアスカ
腕全体をぎゅっと抱きしめてくる
温かく微笑むシンジ
「アスカ」
もう一度呼んで、今度こそポケットから抜いた手で、すがりつくアスカの手を握りしめる
アスカが小さく息を呑む気配

449: 2/9 2015/11/29(日) 13:13:27.31 ID:???
ほんのひととき一緒に目をつむる二人
が、すぐにアスカは目を開いていつもの気強さに戻ってしまう
「…なんちゃってー。
 はー、怖いとかより寒いわね。もう、なんでこう一日ふつかで急に冬になるのよ!
 日本は四季の美しい国じゃなかったの?」
「僕に文句言わないでよ」
ぽんぽん勢いよく言いつのるアスカに、苦笑するしかないシンジ
目はまだアスカから離れられない
たった今の短い一体感が鼓動を少し早くしている
「うっさいわね。地味で遠慮深い日本人代表みたいな顔してるくせに」
まだしっかり絡んでいるアスカの腕
そこだけ熱いほどの温かい
「あーあ、ちょっと前まであんなにあったかかったのになー。レイ、だいじょぶ?」
「平気。ありがとう」
目を上げるシンジ
アスカの向こう側、同じように隣り合って歩くレイとカヲル
今になって彼らの視線を意識してひそかに赤面するシンジ
宵闇に感謝しつつ向こうの様子を窺う
白い息を吐きながらいつものそっけないような表情で歩くカヲル
腕は組まないまでもぴったり寄り添っているレイ
何となくいつもより頬が上気しているようにも見える
何かいいことでもあったんだろうかと勘ぐってみるシンジ
アスカの声もいつもより少しはしゃいでいる
「ま、お互い専用湯たんぽがいるから別にいいんだけど。ねー、レイ」

450: 3/9 2015/11/29(日) 13:16:43.42 ID:???
共犯者の微笑を交わす女子二人
またも苦笑いするほかないシンジ
「…僕らは湯たんぽなわけ?」
カヲルが正直なところを代弁してくれる
「いいじゃん、他ならぬ私たちの御用を務めるんだから。むしろ光栄に思いなさいよ」
「あー、はいはい」
歯切れのいいアスカの笑い声
悪態でも憎めないのは、ちゃんと心を許しているのが一緒に伝わるから
カヲルもレイも笑っている
それを見て心の底から寛ぐシンジ
ふと、そうやって確かめてから安堵する自分に違和感を覚える
(…いつもは少しは疑ってるってことなのか、この二人でも)
(…アスカが傍にいても)
外界のあらゆることをしょせん無関係だと突き放している冷徹な自分の目
ずっと身に沿ってきた、冷めて皮肉屋のもう一人の自分
(結局、僕は僕にしか興味ない奴なのかもしれない)
恐れと気重さ
気づいてしまうともう自分自身を憎むしかない
表には出さないよう、街灯の光の輪から外れたところで抑えた息をつくシンジ
「…ちょっと、馬鹿シンジ」
低くとがめるアスカの声
慌てるふうを装うシンジ
「え? ごめん、何」
一瞬強く見つめるアスカ
敢えて強気に笑ってみせる
「よそ見禁止。…あと、今は『皆』なんかいないんだから、楽にしていいの」

451: 4/9 2015/11/29(日) 13:20:22.17 ID:???
「…ごめん。わかっちゃうよね」
「当然。この私に隠せると思うのが浅はかなのよ」
「うん。ごめん」
「謝んないで。余計腹立つから」
「…うん」
役立たずの言葉を重ねる代わりにぎゅっとアスカの手を握りしめる
同じ力で握り返し、組んだ腕をきつく絡めてくるアスカ
ちっぽけな疑いと自己嫌悪がゆっくり解けるのを感じるシンジ
こわばったシンジの身体がほぐれるまでじっと確かめているアスカ
「…ほんと、バカね」
「…うん。わかってるつもり、なんだけど」
「いいわよ、別に。あんたが頼りなくても、私がその分、わかってやるから」
「…うん。…ありがとう」
「ばか」
低い声のやりとりを聞かないふりしてくれているカヲルとレイ
四つの足音から薄い緊張が消えていく
「あ…そういえばさ、アスカ、コート替えたんだ」
「何よ、今頃気づいたの?」
間髪入れず切り返してくるアスカ
わざとでなく明るく話しかけられることに感謝するシンジ
「そうじゃなくて。急に寒くなったのにまだ薄いの着てたから、大丈夫かなって。
 綾波はすぐ冬用のに切り替えてたのに」
「しょうがないでしょ、日本の天気がおかしいんだもの。これでも急いだんだから」
もこもこしたコートのフードに顎を埋めてみせるアスカ
「どう、これでシベリア寒気団が襲来しても大丈夫よ。安心した?」

452: 5/9 2015/11/29(日) 13:24:15.51 ID:???
ごく自然に微笑むシンジ
ちょっと声を落とす
「うん。…それと、見違えた。すごく、…かわいい」
「…、馬っ鹿」
鼻先までフードに引っ込めるアスカ
見るともなく見ていたカヲルが横でこらえきれないように噴き出す
きっと振り向くアスカ
「何よ、外野は引っ込んでて!」
まだ笑いにむせんでいるカヲル
「いや、良かったな、ってさ。
 だって君、今のを待ってたんだろ。シンジ君に心配してほしいから、やせ我慢して
 薄いコートで頑張ってた甲斐があったね。まあ、思った以上の冷え込みで、
 たった二日で挑戦終わっちゃったけどね」
「…なっ」
絶句するアスカ
ぽかんと訊き返すシンジ
「…そうなの?」
「うん。がんばってたの」
頷くレイ
裏切り者!の泣き目で睨むアスカ
二人と無言のアスカを見比べ、慌てるシンジ
「え?! わ、ごめん、じゃあ、僕がもっと早く気づけば良かったのか、
 …じゃなくて、駄目だよ! 無理して身体壊したら大変だろ!」
ついうろたえてしまうアスカ
「う…っさいわね、平気だってば」

453: 6/9 2015/11/29(日) 13:26:26.37 ID:???
「ほんとに? 大丈夫?」
その場で立ち止まってアスカの顔を覗き込むシンジ
本気で心配してくるその真剣な目にまたも言葉を失うアスカ
やっと言う
「…バカ、私を誰だと思ってんのよ」
憎まれ口にむしろ安心するシンジ
ふーっと肩の力を抜く
「ならいいけど…もう、そんなことでも、僕がきっかけでアスカが風邪でも引いたなんて
 ことになったら、どうすればいいんだってなっちゃうだろ…」
真顔でしおれているシンジにちょっと溜飲を下げるアスカ
「どうすればって、責任取るしかないんじゃないの。君が」
あっさり言うカヲル
身体全部で動揺するシンジ
「…責任って」
焦りつつも、アスカのことである以上それなりの覚悟の表情になる
と、困ったようにレイが小さく笑う
隣でまた噴き出すカヲル
「ほんと、君は素直っていうか、単純だねぇ。アスカさんのことだと特にさ」
愕然となるシンジ
くっくっと肩を震わせているカヲル
急に優しい目で二人を見る
「そういうのを幸せって言うんだろ。…君たちにはさ、ずっとそうやってて欲しいよ」

454: 7/9 2015/11/29(日) 13:31:49.16 ID:???
「…何、言ってるんだよ」
怒れなくなるシンジ
同じ穏やかな目で見守っているレイの姿
「自分たちだって、幸せになればいいだろ。ていうか、現在進行形で幸せのくせに」
「君たちを見てる方がいい。…面白いしさ」
言い切るカヲル
からかうような表情の奥にある不可解な深度
なぜか返す言葉を持てないシンジ
仕方なくてアスカを見る
途端、至近距離から思いっきり睨まれる
「…このバカ。これで大丈夫に見えるわけ?」
「え、って、何、急に」
「全然大丈夫じゃない。風邪引いた」
「え?!」
「風邪引いたって言ってんの! あんたのせいで!」
カヲルに見抜かれた不満やら気恥ずかしさやらをまとめて怒声にするアスカ
うろたえるシンジの腕をぱっと放してレイに抱きつく
「もう、あんたみたいなバカ、知らない。レイー、ほら、熱あるでしょ? 私」
前髪をかきあげてレイの額に額をくっつける
困っていたレイが急に真顔になる
「…本当、すごく熱い」
「え? あ、ホントだ。顔色悪いよ」
肩に顔を埋めたアスカをしっかり抱きとめるレイ
体重をかけられてよろめくレイを支えるカヲル
二人にもたれ、調子に乗ってさむーい、死にそうーとうそぶくアスカ

455: 8/9 2015/11/29(日) 13:34:09.20 ID:???
「ああ…馬鹿シンジのせいで、こんな異国の寒空に倒れるんだ、私」
「ちょっ、待ってよっ」
駆け寄るシンジ
レイからぐったりしたアスカの身体を引き取る
手袋を文字通り脱ぎ捨てて額に手を当てる
「…ほんとだ」
高熱ではないものの確かに熱っぽい
まぶたをなかば閉じていたアスカがぱっと間近で目を見開き、鮮やかに微笑む
瞳に射られる
一瞬深く震えるシンジ
勝手に高まる自分自身の心に打たれたようになって、動けない
優しい声になるアスカ
「ほらね。責任、取りなさいよ」
「…ごめん。どうすればいい?」
真摯に見つめ返すシンジに、仕掛けた自分が先に照れてしまうアスカ
くっと顔を上げる
囁く
「…責任取って、あんたも風邪引きなさいよ」
構える隙を与えずにキス
街灯の光が潤む
遠ざかる風景
動きを止めた二人の影
一緒に熱い呼吸を分かち合う数秒
過ぎる一瞬一瞬が惜しい
唇が離れる
勝ち誇った笑顔を向けるアスカ
微笑むしかないシンジ
「…わかった」
「よし」
子供のように大きく頷くアスカ

456: 9/9 2015/11/29(日) 13:34:20.87 ID:???
「…やれやれ、上手く収まったね。いつものことだけどさ」
路面に放り出されたシンジの手袋を拾って差し出すカヲル
急に頬が熱くなるのを感じるシンジ
「…付き合わせて悪いとは思ってるよ」
「だから、君たちはそれでいいんだってば。ねえ、レイ」
「うん。そのままでいて」
「…急に何だよ、二人とも」
赤くなった顔をやや伏せるようにして手袋を受け取ろうとするシンジ
その手を遮り、自分が受け取るアスカ
戦利品のように指先にぶら下げる
「これは預かるわ。返してほしかったら、私をちゃんとマリの家まで送ること」
深く頷くシンジ
「うん」
「これから毎日、よ?」
「うん。…約束する」
改めてアスカの手を取るシンジ
ちょっとだけはにかんだ顔で笑うアスカ
肩越しにレイを振り返る
「じゃ、私たち、この辺で行くから。また明日ね」
「また明日。碇君、途中、気をつけてあげてね」
微笑んで答えるレイ
頷き、アスカと並んで歩き出すシンジ
背後で「レイー、僕も風邪引いた気がするんだけど」というカヲルの甘え半分の不満声と、
あっさりあしらうレイの声
顔を見合わせて小さく噴き出し、しんしんと冷える夜道を歩いていく二人
揃った足音が続いていく

483: 1/7 2015/12/04(金) 00:47:13.82 ID:???
明城学院・文化祭当日
澄んだ秋空、舗道に敷きつめられた鮮やかな落葉、色とりどりの立て看板、呼び声
正門から続く道の両側には各運動部恒例の模擬店が並ぶ
校舎内にも教室を丸ごと改造した喫茶店やらお化け屋敷やら文化部展示やらがひしめく
体育館は臨時ステージと化し、軽音部や合唱部、管弦楽部の演奏が扉から次々こぼれる
演劇部、落語同好会、アニ研、裁縫部ファッションショーその他の上演時間を触れ回る声
お祭り空間となった校内を父兄を含めた大勢が浮き立った足取りで歩いていく
敷地内には放送委員会厳選の音楽が終日流され、朝からテンション最大
頻発するトラブル対応にどこか晴れがましい顔で駆け回る文化祭実行委員たち
売り子、メイド、執事、探偵、アイドルユニット、現場監督、カメラマン、ゲリライベンター等々
それぞれの役になりきって生き生きと活躍する生徒たち
溢れる喧騒と笑い声
そして浮かない表情のシンジ
「…いらっしゃいませー」
半分固まった笑顔でカフェの客を迎える
ほぼ全身を覆うコスチュームのせいで大変動きづらい
そして皆の視線がほとんど物理的に痛い

484: 2/7 2015/12/04(金) 00:48:33.14 ID:???
「うわー、ほんとにコスプレしてるんだ!」「おー、やるじゃん二年」
「惣流さんカワイイ!」「ねー、渚君どこ? 頼んだらツーショ撮らせてもらえたんだって!」
「おい、あの子誰よ? 可愛いじゃん」「フルフェイスメットの奴までいるし。凝るなぁ」
乾いた笑いで黙々と対応するシンジ
一通り注文取りやディッシュアップを終え、ようやく手が空く
やれやれとカウンターの方へ歩いていくシンジ
途中、パコンと頭を叩かれる
「いッ、…ちょっと、何すんだよ!」
振り返るシンジ
怒った顔を作ったつもりが、眉間から力が抜ける
お盆片手に、軽く腰に手を当ててポーズを取っているアスカ
シンジと違って見事にさまになっている
基本同デザインのコスチュームも、アスカが着ていると別物のようにスタイリッシュに見える
アクセントの黒とオーカーが効いた強烈な赤のカラーリングにも全く負けない、アスカの笑顔
時たま隠しおおせない初々しい照れの表情も含め、既に男子生徒一同からは最高評価
いろいろと笑顔になりきれないシンジ
見とがめるアスカ
ちょっと手を上げて、バリエーション違いの肩パーツの向きを直す
身体がひねられた拍子に一瞬脚のラインがくっきり目立ち、思わず目を向けてしまうシンジ
してやったりの顔で笑うアスカ
つられて、結局顔がほころんでしまうシンジ
「馬鹿シンジ、ノリ悪いわよ。
 せっかくこの私とのお揃いポジションなんだから、ちゃんとしてよね。ほら、まだ照れてる!」

485: 3/7 2015/12/04(金) 00:51:02.68 ID:???
「碇君もっとハジケないとー!」「似合ってるよー?」「そうだ、自分をさらけ出せー!」
ギャラリーに混じって野次を飛ばすケンスケの姿
写真部の公式腕章を肩にここぞと撮りまくり煽りまくっている
何ともいえない顔で視線を逸らすシンジ
「お揃いなのはまあ、嬉しいけど、…でもなんで僕だけ、こんな微妙な色なんだよ」
半分鎧、半分ボディスーツのようなデザインの、紙と布からなる手作りのコスチューム
コスプレ担当者には一人一人違うカラーリングが割り当てられている
アスカは赤、そしてシンジは紫
他は皆原色なのに、なぜか一人だけ中間色、しかも主張の強い色
「特撮戦隊モノに、紫なんていたっけ…?」
「んなことどうだっていいでしょ。私が、シンジにはこれって決めたのよ。文句あるわけ」
「そりゃ…ないけど。…ただ、何ていうか、ちょっとキョーレツな色だなって」
「目立つくらいがちょうどいいの! それにそこそこ似合ってるし。
 ほら、そんな辛気臭い顔してちゃ、地球は守れないわよ、『サードパープル』!」
ますますげっそりするシンジ
「…その呼び名もやめない…?」
「駄目。いいじゃない、なんか語呂良くて」
「うん…そうだね…」
溜息とともに頭を垂れるシンジ
カウンターの向こうでドリンクの準備をするレイが気遣う声をかける
「大丈夫よ。皆、楽しんでるだけ。いつもと違うのは、楽しいわ」
素直に返事できないシンジ

486: 4/7 2015/12/04(金) 00:52:29.88 ID:???
別の一行からの声援に応えて、写メ撮影に2番テーブルに向かうアスカ
ケンスケがSF・ミリオタ知識を傾注して監修した模型武器を手に、次々ポーズを取る
やっぱりついていけずに溜息をつくシンジ
レイを振り返る
「…綾波も楽しいの? それで」
ちょっとはにかみながら頷くレイ
ぎりぎりで準備したためほぼ黄色一色のコスチューム(通称ひよこちゃん)
「ケンスケも無茶言うよな、女子一人は不公平だからって、綾波まで巻き込むなんて」
「いいの。皆と一緒の恰好が出来て嬉しいもの」
「そっか…あーあ、強いね、綾波は」
自分だけ愚痴っているようで、ややふてくされるシンジ
微笑むレイ
「ううん。ただ、自分で何かする方が、楽しいから。碇君も、楽しめばいいだけ。
 …ほら、アスカが呼んでるわ」
「え」
顔を上げるシンジ
手を振って呼ぶアスカ
「シンジ、私とセットで、あんたも撮りたいんだって! ほら、早く!」
げんなりするシンジ
レイが用意のマゴロクソード(仮称)を手渡し、しっかり握らせてくれる
「ね。行ってらっしゃい」
「…了解…」
とぼとぼと向かうシンジ
と、黒いコスチュームにフルフェイスヘルメットをかぶったトウジが無言で急襲してくる

487: 5/7 2015/12/04(金) 00:56:10.24 ID:???
「わ?!」
とっさにソードで受けるシンジ
なおも無言でかかってくるトウジ
即興の戦闘ごっこに周囲からやんやの喝采
邪魔にむっとしながらも、そのうち一緒に笑い出すアスカ
自分もソニックグレイブ(仮称)を構えてシンジの加勢に回る
「どうしたの『フォースブラック』! 私たちは仲間でしょ?!
 はっ、まさか敵の侵食攻撃に、精神を乗っ取られたっていうの…?!」
「…やめようよアスカ…」
絶好の位置でデジカメを構えるケンスケ
「そこ! 茶々入れないで真面目にやれー!」
立ち回りの騒ぎを聞きつけてさらに見物が集まってくる
そこへ数人、バスケ部のユニフォーム姿の男子が顔を出す
とたんに固まるトウジ
「すげー、マジでやってるよ。…なあ、鈴原知らない? クラスの手伝いに行ったって
 聞いて来てみたんだけど」
一瞬ぽかんとするケンスケとアスカ
笑いを押し隠す
ぎくしゃくと立ち回りを続けるフォースブラック
戦いをシンジに任せ、お客様向け笑顔で手を振ってみせるアスカ
「鈴原なら、追加の買出し行かせたわよ。あいつ裏方だし」
「そっか、じゃしょうがない、俺たちだけで昼メシ行こうぜ」
「何度来てもいないよな、鈴原。相当こき使われてるんだな」
「かわいそーだな」
立ち去るバスケ部の面々
後ろ姿を見送り、控え目に噴き出すアスカとケンスケ

488: 6/7 2015/12/04(金) 00:58:11.46 ID:???
何とか戦闘ごっこを終えるシンジ
床に引っくり返ったトウジを起こすついでにこっそり訊ねる
「…あのさ、ほんとに隠しとくつもり? バレるのは時間の問題だと思うけど」
無言で重々しく首を振るトウジ
意地でも声は出さないつもりらしい
笑いすぎて涙目のケンスケが拍手する
「あー面白かった。愉快な画も撮らせてもらったし、ほんと感謝するよ。
 そうだ、昼メシ時で一旦客が引けそうだし、お前らも一度休憩行ってくれよ」
「…ホント? 良かった、助かったよ」
ほっとするシンジ
眼鏡を直し、にやりとするケンスケ
「戻ったら、惣流と一緒に、客引きで校内一周よろしく」
「え?!」
愕然とするシンジ
「何だよそれ、聞いてないって」
「文句言うなよ。頼むよ、渚が午前中やって好評だったんだ。あいつだけにやらせる訳に
 いかないだろ? なあ、やってくれたら、残り期間、ずっと惣流とペアで行動していいからさ。
 もちろん休憩時間も全部惣流と合わせる!」
「…んなこと言って、どうせ僕には拒否権ないんだろ」
「ご明察。んじゃよろしく。…おーい、惣流! シンジにはもう了解とったんだけどさー」

489: 7/7 2015/12/04(金) 00:59:01.73 ID:???
がっくりうなだれるシンジ
弾む足取りでアスカが戻ってくる
「何ガッカリしてんのよ。午後はずっと二人っきりってことじゃない。ちっとは嬉しくないの?」
冗談口調で言いながら、一瞬、飾らない嬉しさがアスカの目に閃く
文句も何も言えなくなるシンジ
溜息を一つついて、笑う
「…わかってる。嬉しいよ、こんな格好じゃなければ」
「ばーか、そんなのどうだっていいでしょ」
とんとシンジの額を突っつくアスカ
目を見交わして微笑む二人
目ざとく見つけてきゃーと騒ぐ女子数名
形だけ怒ってみせるアスカ
同じ憎まれ口でも日頃ほどの強気はない
いつもよりガードが低いようなそのそぶりを見て、結局素直に嬉しくなるシンジ
アスカが楽しんでいること
形はともあれ、役割上、文化祭の間じゅうは堂々とアスカといられること
その他のことはどうでも良くなっていることに今更気づく
お互いの身体に隠れて、アスカがこっそり手に触れてくる
二人を見守りながら、自分もカヲルの姿を捜してふっと視線を流すレイ
引っ込みがつかず一人でサイレントバトルを再開するトウジ
文化祭の熱気は続いている

502: 1/10 2015/12/07(月) 22:18:57.17 ID:???

-----------

「スーツの色は正義の真紅! 努力・ど根性の『セカンドレッド』! よろしくねっ♪
 2-A、地球防衛カフェやってまーすっ!」
「本館二階、2-A教室でお待ちしてまーす…」
客引き任務のためコスプレ姿で校内を回るシンジとアスカ
一度教室に戻って接客をこなし、現在二巡目
真っ赤なコスチュームでモデルのようにポーズを決めていくアスカ
嫌でも集まる好奇の視線も自身のスポットライトに変えてしまいそうな素の輝きと迫力
衆人環視のもと、段ボールの看板片手に傍に控えるシンジ
こっそり溜息をつく
衒いないアスカのカッコ良さ、可愛さに集まる賑やか好きな女子たち
アイドルそのもののアスカをここぞとガン見する男子たち
華やかなアスカの周りでスマホのシャッター音やフラッシュが次々瞬く
いろいろと向けられる悪気のない、そして遠慮のない質問
かわすのがだんだん苦痛になってくるシンジ
仕方なく看板の裏のメニューを見せて宣伝文句を繰り返す
今までできるだけ避けてきた、多数に注目されるという状況
背中がひりひりするような居心地悪さ
我慢していられるのはアスカの隣にいるから
だから、いたたまれなさと同時に、どこかでほんの少しだけ楽しんでもいられる

503: 2/10 2015/12/07(月) 22:19:24.15 ID:???
自分の調子が乱され続けることの気持ち悪さと嫌悪
流されても構わないような気にさせる、周囲という大きなものの疎ましさと頼もしさ
少しは笑ってしまっている自分への違和感と安堵
ここにいることを痛いほど感じるシンジ
「ねえねえ、も一回二人でポーズして!」
また別のたわいない要求
笑うアスカ
「もー、そろそろ別料金取るわよー? ほらシンジ、看板なんか置いて」
「わかったよ」
苦笑いで応えるシンジ
やる気満々のアスカに寄り添って、二人で一つの武器を支えてみせる
きゃーと歓声が湧く
「皆ありがとー! 地球防衛カフェ、よろしくぅ!」
手を振るアスカと一緒に、看板を肩にかついで観衆の輪をあとにする
緩やかに渦を巻いて流れる人波
いつもの廊下が熱気と期待でごった返している
ふうと小さく息をつくアスカ
意識する前に目をやるシンジ

504: 3/10 2015/12/07(月) 22:20:24.00 ID:???
いつもより上気しているアスカの頬、きらきら揺れる瞳、そしてわずかにつきまとう疲れ
さりげなく半歩距離をつめるシンジ
「…大丈夫? 少し休もうか」
「平気よ」
言い切るアスカの横顔
「初日終了の四時半までまだあるじゃない。周りの連中のパワーがすごいから、
 こっちも負けじと力んじゃうってだけ。どうってことないわ」
喧騒と張り合って声を出し続けたせいで、そうは見せていないものの、息が上がっている
つんと顎を上げるしぐさが勝気なだけに痛々しい
周囲を一瞥し、そっと腕に触れるシンジ
「やっぱりちょっと休憩しよう。僕も喉渇いたよ」
ぱっとこちらを見るアスカ
強気の目が少し緊張を解き、微笑む
「…ありがと」
こっちの心まで澄むような青い深い眼
何度でも胸がしめつけられてしまうシンジ
ただ微笑み返す
もう一度周囲の注意を引いていないことを確認して、ぽんぽんと軽くアスカの背中を叩く
足がもつれたふりを装って、一瞬だけシンジの肩に額を押しつけるアスカ
声に出さずに笑い合う二人

505: 4/10 2015/12/07(月) 22:21:12.40 ID:???
堂々と隣り合っていることを噛みしめる二人
いつもでは考えられない大胆さに不安になる一方で、スリルと開放感がただ心地いい
ふと目を上げるシンジ
廊下の曲がり角がなぜか気になって凝視する
通り過ぎざまに向こうの廊下を覗き込む
誰かと目が合う
すぐ逸らされて人混みに紛れたが、間違いなくこちらを見ていた、刺すような反感の視線
はっとして気を引き締めるシンジ
今の状態の危うさを意識して思い出す
(…甘えてた。いつもと違うからって、何でも許される訳じゃない)
かすかに険しくなったシンジの顔をちらっと見上げるアスカ
シンジの持つ看板を横から掴んで、比較的ひと気のない廊下に引っぱっていく
「ほら、こっちで息抜きしましょ」
頷きながら、まだ少しさっきの方向を気にするシンジ
一瞬得体の知れない集合体に変わる人波
一人一人を見ればかけがえのない個人であるはずの、他人という不定形の現象
目を逸らすシンジ

506: 5/10 2015/12/07(月) 22:22:53.71 ID:???
屋上
少し距離をおいた階下の喧騒が波のように寄せ返す
エアポケットのような午後の日なたに休んでいる二、三組の生徒たち
フェンスにもたれて座ったトウジとケンスケ
バスケ部の屋台当番から解放され、ジャージ姿でひと息つくトウジ
デジカメのモニターで撮った写真を確認していくケンスケ
「…何や、それやったら、はなっからシンジと惣流を組ませるつもりやったんか」
「まあね」
手を止めないケンスケ
「あいつら、交際発覚して随分経つのに、いまだに人前では距離感崩そうとしないだろ。
 少なくとも付き合ってるってことに調子に乗らない。律儀っていうか潔癖っていうか…
 それがちょっと、歯がゆくてさ」
「気の毒になった、の間違いやないんか」
大仰に顔をしかめるトウジ
「それに潔癖ちゅうほど隠せとらんやろ。ただ、幸せダダ洩れよりは、隠そうとしてるだけ
 遥かに行儀ええ。せやから、周りも見守ったろとか、まあ大目に見たるかって空気が
 続いとるんやで。お前のは余計なお節介ちゃうか」
「わかってるさ。俺が気になってるのは…何て言うかさ、あいつらが本当に遠慮してるのは、
 他人の目じゃないんじゃないかって思えるんだよな」
「…ん?」
きょとんとなるトウジ

507: 6/10 2015/12/07(月) 22:24:12.11 ID:???
「他人やなかったら誰やいうんや。あ、ワシらとか、渚や綾波って意味か?」
「いや…」
珍しく言葉を決めかねるケンスケ
逡巡してから口にする
「…自分たち自身に、かな」
大きく眉尻を下げるトウジ
「はぁ?」
思わずケンスケを眺め直す
「何言うとんねん。自分で自分に遠慮する奴がおるかい」
「いないこたないだろ」
苦笑するケンスケ
ちょっと真顔になってデジカメをオフにする
「…これは、あくまで外野の俺が見てて考えついた、俺の邪推だと思って聞いてくれよ。
 あいつらって、どっかで、自分たちがストレートに幸せになるのを許せずにいるんじゃ
 ないかって気がして仕方ないんだ。臆病、って言った方が近いかな。
 あいつらのいつまでも遠慮してるような態度はその辺から来てるように思えてさ。別にまあ、
 周りにやっかまれたくないとか、気兼ねとか、照れとか、野次が面倒とか、反発が怖いとか、
 そういう普通の理由もあるだろうけど、それだけじゃなくて。どうもそこが引っかかるんだよ。
 あいつらを見てるとさ…お前ら、そんなに拒絶することないだろ?って。…うん、拒絶、だな。
 臆病を通り越して」
最後まで聞いているトウジ
呆れ顔で大きく溜息をついてみせる
「お前…それ、めっちゃ邪推やないか。憶測もいいとこやで」

508: 7/10 2015/12/07(月) 22:25:33.95 ID:???
「そうだよ。俺が、外から勝手に思ってるだけさ」
少々偽悪的になるケンスケ
笑ってやるトウジ
「拗ねんなや。…わかっとるわい。ワシも何となく、似たようなこと思うことあるしな。
 そういうあいつらを、お前は堂々と人前で二人で立たせてみたかったんやろ」
「そうだな。…見てみたかったのかもな、単に」
日の傾いた秋空
だんだん風が冷たくなってくる屋上
「うん。俺は、見てみたかったんだ。
 惣流に憧れる他の男子の、手頃な願望投影先とか代理役じゃないシンジ。
 見た目も能力も皆よりずば抜けてるせいで、どうやってもやっかみや嫉妬のはけ口に
 される、そういう厄介な位置にいるんじゃない惣流。…普通に仲良くしてるあいつら。
 それを、カメラで切り取るみたいに、皆の前で一時的に固定してみたかっただけかもな。
 …そうだな、俺の自己満足だ。…サンキュー。トウジに話して、やっと納得できたよ」
吹っ切れた自己嫌悪の表情で両脚を投げ出すケンスケ
軽く小突くトウジ
コンクリートに長く伸びた二人の影
「まあええやん。お前なりの思いやり、ちゅうことで。
 …しっかし、それで年一回の文化祭を丸ごと利用したろと思う辺り、お前ほんま、自分の
 疑問の追及には手段を選ばんやっちゃな」

509: 8/10 2015/12/07(月) 22:26:35.60 ID:???
「へへ。トウジまで巻き込んで悪いとは思ってるよ。ただ、トウジや渚が数に入ったおかげで
 ある意味やりやすくなったのは確かだな。感謝してるよ。…それと残念なのは委員長だな、
 文化祭実行委員兼任がなきゃ頼みたかったのに。そうすれば我がクラスの美少女三人
 揃い踏みが実現できてた」
「んなっ、調子ええこと言うなや」
今度はちょっと強く小突くトウジ
笑うケンスケ
真面目な目になる
「…そしたらお前一人が、…その、何や、高みの見物に回る気だったんかい」
「まあいいんだよ、俺は。そういうので」
再びデジカメの電源を入れて屋上の光を狙うケンスケ
「俺はそういうポジションが合ってるんだよ。行動するより、一人で外から観察してるのが」
「アホ」
こっちに向けられたカメラを押しのけるトウジ
立ち上がって無造作に笑う
「…小難しいこと並べとらんと、お前も混ざらんかい。誰も嫌な顔せぇへんで」
頭を掻くケンスケ
「わかってる。ありがとな。…んじゃ、戻るか」
「おう」
金色の午後の斜光に目を細めて屋上の出入り口に向かうトウジとケンスケ
階段に入る前にふと秋空を見上げる
いつのまにか流れてきた雲が太陽を隠し、屋上を影で覆う

510: 9/10 2015/12/07(月) 22:27:42.56 ID:???
展示のない特別教室の並ぶ廊下
薄陽の射す床に埃が舞う
階段に腰を下ろしてひと息つくシンジとアスカ
ひとしきり足を伸ばしてから、飲み物調達に立ち上がるシンジ
少し気にするアスカ
「別に、教室に戻ってからでいいわよ。…そのカッコで一人でうろうろしたくないでしょ」
笑ってみせるシンジ
「食堂横の自販機に行くから大丈夫だよ。こっそり裏から入って、戻ってくる」
「それだったら、私が」
腰を浮かしかけたアスカの肩を優しく押さえるシンジ
「平気だってば。ずっとアスカにばっかり声出させてるから、こういう時くらい、働くよ。
 アスカは何がいい?」
座り直して見上げるアスカ
顔をくしゃっとさせて笑う
「…何でも。あったかいのがいい」
笑い返すシンジ
「了解」
看板を置いて階下へ降りていく
見つめるアスカ
後ろ姿が消え、足音が遠くなり、ふうと溜息をつく
胸いっぱいに迫ったいとおしさを一人で抱きしめる
高鳴ってそのままきらきらと弾けてしまいそうな胸の鼓動
身体じゅうを浸して流れめぐる温かさ
そして、嬉しさの後から忍び寄る不安
幸せであるほど強くなる恐れの予感

511: 10/10 2015/12/07(月) 22:28:37.64 ID:???
いつも二人きりの後にこみ上げる執拗な疑い
沈みそうな自分を懸命に叱咤するアスカ
(私、鈍感になってない? いい気になってない? 自分だけ舞い上がってない?
 自分だけ勝手に幸せのつもりでいない? シンジのこと、知らない間に傷つけてない…?)
(今日は、特に)
自分の恰好を見下ろすアスカ
腹をくくれば観衆の前でもそれっぽく振舞えるが、全然嫌にならないわけでもない
目立つのは慣れているとはいえ、かといって嬉しいわけでもない
もう一つ溜息をつくアスカ
(なら、目立つのを嫌がるシンジはなおさら、嬉しいはずない。…付き合ってくれてるだけ。
 なのに私は、そのシンジに甘えてる)
自己嫌悪
気弱になるのは甘えの延長、シンジに否定してもらいたいという願望の裏返し
自分の性格も身勝手も承知の上でいるはずなのに、ときどき、疑いに負けそうになる
かぶりを振って顔を上げるアスカ
(…シンジがつらそうなら、私が支えるの。私がシンジをここまで引っぱって来たんだから。
 この先も、引っぱられていって欲しいもの)
階段の吹き抜けを見上げる
太陽が翳ったのか、階段室全体がふっと薄暗くなる
なかなか戻ってこないシンジ
空白の時間を持て余すアスカ
今のうちにトイレに行っておこうと思いついて立ち上がる
幸い、この棟のトイレはすぐ近くにある
看板を階段の端に置いてその場を離れるアスカ

--------


513: 1/10 2015/12/08(火) 19:43:50.86 ID:???


  *今回、途中非常に胸糞悪い表現が含まれます、ご留意の上お読みください

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ひんやりした女子トイレ
ややきついコスチュームを着直すのに手を焼いているアスカ
他にも誰か入ってきたのか、幾つかの上履きの足音が続く
顔をしかめるアスカ
(…さっきまでほとんど人、いなかったのに)
シンジと二人の時間に割り込まれたくない
急いで身支度を終えて個室を出ようとする
と、ドアが開かない
けげんな顔をするアスカ
何度か押したり引いたりするが、ドアは動かないまま
「? どうなってんのよ」
思わず出た独り言の後に、誰かのくすくす笑う声が重なる
表情を凍らせるアスカ
はっきり複数の手が押さえているとわかるドアの重さ
一瞬だけひるみ、きっとドアに向き直るアスカ
「私に何の用」
答えはない
身動きの気配と抑えた笑い声
苛立つアスカ
「…さっさと戻りたいんだけど」
「愛しの碇君のところに?」
顔を見せない声にかっとなるアスカ

514: 2/10 2015/12/08(火) 19:45:01.14 ID:???
言い返す前に更に声がかぶさる
「べったりくっついてたもんね」「見せつけちゃってさ」「いいよねー公認のオトコがいる人は」
声が喉元でかすれるのを自覚するアスカ
「…あんたたちに関係ないでしょ!」
ドアの向こうで笑い声が爆発する
一歩身を引いてしまうアスカ
孤立が全身を沈ませる
「私らだけじゃないよ、皆がそう言ってるの。み・ん・な・が。馬っ鹿じゃないの?
 皆がサイテーって言ってるんだよ。あんたと碇君のこと」
複数の方向からぶつけられる声
「そうそう、本当は陰で馬鹿にされてんのに。未だに気づいてなかったわけ?」
「顔、デレッデレだった」「誰も見てないと思ってんの? 見逃されてるだけだっつーの」
「今日だけじゃないけど。でも、今日のはやり過ぎだよね」「ちょっとあり得ないレベル」
「マジ、いい気になるなっての」
空気の冷感
『いい気になる』の一言がアスカの中の何かを折る
こんな連中に負ける気はしないのに両足がすくむ
さっきの不安と疑いが一気に冷たい潮になる
水位を増して頭まで呑み込む
言葉を全て奪われる
耳の奥で自分の拍動がどくどく鳴り始める

515: 3/10 2015/12/08(火) 19:45:52.61 ID:???
「調子乗りすぎなんだよ」「自意識過剰」「自己中ってか、自分に酔ってるよね」
「ドンカン」「碇君がかわいそーだよね」「よくこんな勘違いオンナに我慢してられるよね」
「今日も見ててかわいそうになった。こいつがいるからやめようって言えないんだよ」
「最低じゃん」「何様なんだか」「良かったねー、我慢してくれる優しい彼氏で」
笑い声 笑い声 笑い声
立ち尽くすだけのアスカ
「だからー、ちょっとは反省してもらいまーす」「そう、反省したら出してあげる」
くすくす笑いがさらに近寄ってくる
隣の個室から物音
間仕切りの壁を伝って上に移動する
反射的に見上げるアスカ
仕切りの上から覗き込んだ女子が見られて焦りの表情になる
手にかかげた何かが大きく揺れる
直後、頭から何かを浴びせられる
「熱…ッ」
顔を抑えて反対側の壁にぶつかるアスカ
目の前が真っ暗になる
真上から斜めにかけられて、頭から首筋から、肩を過ぎて脇腹近くまで滴る感触
濡れた前髪の先からぽたぽたこぼれる熱い安コーヒー
壁に倒れこんだまま身動きを止めるアスカ
熱さより剥き出しの悪意が衝撃になって全身を掴んでいる
何より『碇君が我慢してる』という言葉が刺さって、悲鳴も出ない

516: 4/10 2015/12/08(火) 19:46:53.82 ID:???
(我慢させてた?)
(周りは、皆はそう見てた?)
(…私が、シンジに自分を無理強いしてただけ? …本当は嫌がってたシンジに?)
両膝が震え始めるのを抑えられないアスカ
何も考えられない
馬鹿みたいに耳の奥で主張する自分の血の音
頭上と個室の外から慌てた声
「馬鹿、何やってんの!」「床狙うって言ったじゃん!」「だって急に上見られたから」
「どうすんのよ」「どうするったって…」「もういいよ! 早く逃げよ!」
「! 誰か来た!」「嘘っ」
虚ろに顔を上げるアスカ

恐る恐る女子トイレに近づくシンジ
こわばった両足
とりあえず、壁のこちらから声をかけてみる
「あのー、すみません、…アスカ? いる?」
押し殺された沈黙の気配
人はいるらしい
勇気を振り絞って壁の際から顔を出し、中を見てみるシンジ
とたん、女子数名の怯えた視線に直撃される
「きゃあ」「何?!」「碇君?!」

517: 5/10 2015/12/08(火) 19:48:25.89 ID:???
「うわっ」
パニックになって引っ込むシンジ
元の壁に背中を押しつけて冷や汗を拭う
「ごっごめん、すみません、あの、そこにアス…惣流さん、いませんか?」
ひそひそ何か相談する声
「いないけど? 捜してるの?」
「…そういえばさっき廊下歩いてったの、見たかも」
「う、うん。見た見た。本館の方行ったよ」「そうだよね」
変に緊張した答えが返る
眉をひそめるシンジ
が、常識と、誤解だったらという恐れが邪魔して確かめられない
「…そうなんだ。ありがとう、…ごめん、じゃ、もう行くから。ごめん」
少し離れてみる
不自然に静まり返るトイレ
それを気にかけるものの、もう一度踏み込むきっかけもなく廊下に戻るシンジ
なぜか胸騒ぎがして、振り返る
小声で囁き合っているらしい女子たちの気配
耳を澄ましても、アスカらしい声は混じっていない
溜息をついて背を向けるシンジ

518: 6/10 2015/12/08(火) 19:49:56.51 ID:???
取り残されるアスカ
シンジの声が遠ざかって、全身を掴んでいた緊張ががくっと解ける
身体のあちこちが痛む
「…やばかったね」「行った?」「行ったみたい」「良かった…でもマジ、どうしよ…」
「今すぐは出らんないよ。まだ近くを捜してるかもしれないじゃん、碇君」
無機質な壁を見ているアスカ
どうして声をあげられなかったのかわからない
絶対に見つかりたくなかった
助けを求めたり訴えたり、せめて周りの連中に反撃するという他の思考や感情を圧倒して
意識の全てを占めた、火傷しそうな恥の意識
今の自分は絶対に見られたくない
自意識の悲鳴と、助けへの拒絶
拒絶
(…シンジを見たら、絶対、またこの顔も身体も、都合よく『女の子』になって、泣いて…
 弱いところ全部晒して、嫌なこと全部相手に放り投げて、頼りきってしまうから。…また、
 私を押しつけてしまうから。
 …それだけは、絶対に、嫌)
(それも嘘。…シンジには全部隠しときたいだけなんだ。嫌な私を。醜い私。信じてない私。
 シンジには、いい顔だけ見てほしいから。…要するに、信じてない。全っ然、あいつのこと
 何も信じてない。好きっていうのも嘘かもしれない、コトバだけかもしれない、いつまでも
 自分が自分の主導権握ってたいだけの、自意識過剰。…最低の、自己欺瞞)
(それが…本当の私なのかな)
激しく燃え上がり沈む自分の感情の落差に打ちのめされるアスカ
泣き声ひとつ洩らさない
一番嫌いのは自分

519: 7/10 2015/12/08(火) 19:50:15.70 ID:???
外ではうろたえた話し合いが続いている
「…とにかくさ、一応、口止めはしとかないと。あんた顔見られたんでしょ」
(…顔見なくたって、あんたたち全員、もう一回声聞けばわかるわよ。馬鹿)
仕切り壁にもたれたまま暗い視線を外に向けるアスカ
外界の全てが硬くて脆い殻になって、もう身動きもできない気がする
何をしてもその殻を割ってしまう、鋭いその切り口で傷ついてしまう
別の誰かをも傷つけてしまう
何をしても何かを傷つけてしまう自分
一番拒絶したい自分
「ねえ…、ちょっと! 聞いてんの! 惣流!」「あんただよ、あんた」
ドアを蹴る衝撃
反応してしまう自分の身体を蔑むアスカ
同じくらいびくついている少女たちの声
「ちょっと、わかってんでしょうね。誰かにこれ話したらあんたが恥かくんだからね」
「そうだよ、自業自得なんだから」「…もうやめようよ。ここまでするなんて聞いてないよ」
「何言ってんの、わからせとかないと私たちがやばいじゃん!」
どうでもいい声を聞き流すアスカ
自分がもう一度シンジの前に出られると思えない
もう見られたくない
自分の中に根を下ろしてしまった拒絶と疑い
不信に汚された自分
その自覚が重くのしかかる
(…どの面下げて傍に寄れって言うのよ。全部私の自業自得なら)
(…だったら、もう、ここから動けなくてもいいかな)
(…消えちゃえればいいのに)
初めて、涙が汚れた頬を伝う

520: 8/10 2015/12/08(火) 19:51:25.96 ID:???
納得いかないままのシンジ
さっき別れた階段まで引き返してみる
階段の端っこに置き忘れられたままの『地球防衛カフェ』の看板
硬い表情でもう一度トイレの方を窺うシンジ
(…確かにさっき、アスカの声がした気がするのに)
一歩戻りかける
突然、どんとその背中を押される
「うわッ?! って、アスカ…?」
振り返るシンジ
不機嫌そうな顔で立っているカヲル
とっさに落胆を隠せないシンジ
「なんだ…」
「なんだとはご挨拶じゃないの」
珍しく険しい顔で階段を覗き込むカヲル
手にはバイオリンのケース
「…オーケストラ部の助っ人?」
「そう。その帰り」
「そっか…そうだ、もしかしてあの、アスカ、見なかったかな」
期待していない口調で訊くシンジ
「見てない」
そっけなく答え、廊下の前後と、鍵のかかった特別教室を確かめて歩くカヲル
けげんな顔になるシンジ
「…どうしたの」
「君こそ、なんで女子トイレから慌てて出てきたりすんの?」
「え」
焦るシンジ

521: 9/10 2015/12/08(火) 19:52:06.37 ID:???
「見て…たんだ」
「そんなのどうでもいいよ。それより、何で」
何故かひどく気分を害しているらしいカヲル
いつもと違う調子に口ごもりつつ、状況を打ち明けるシンジ
「…確かにアスカの声だと思ったんだ。でも、いないって言うなら、いないのかもしれないし」
「だけど気になるんだろ」
「…うん」
頷くシンジ
ますます機嫌が悪そうな顔になるカヲル
「僕は普通に本館側から来たけど、途中、アスカさんの姿は見てない。君は?」
カヲルの意図を掴みかねるシンジ
「僕は、食堂の脇から体育館の横通って、裏からこっちに戻ってきた…けど」
「でも、いなかった」
「うん」
「もし彼女がここを離れるなら、君と合流するコースに行きそうなもんだよね。ってことは、
 アスカさんはどこにも行ってないってことだろ」
置き忘れられた看板を一瞥するカヲル
「どこにも行ってない、って…」
歩き出すカヲル
慌てて追いかけるシンジ
嫌そうに顎先で女子トイレを指すカヲル
「その連中が嘘ついてるってことだよ。…やっぱりな。なんかこそこそ後つけてると思ったら」
「…何言ってるのかわかんないんだけど、…ッて、何やってんだよ!」
そのまま無頓着に女子トイレに踏み込むカヲル
従う形になるシンジ
また女子たちの悲鳴と非難の目を覚悟して顔を上げる
瞬間、はっとする

522: 10/10 2015/12/08(火) 19:53:15.95 ID:???
トイレを占める、気まずさと恐怖と警戒の入り混じった不穏な沈黙
女子たちの誰もこちらと視線を合わせようとしない
大股に近寄るカヲル
「どいて」
何人かが反射的に避け、その拍子に、彼女たちが身体で隠していたドアが見える
モップの柄やらバケツやらで押さえて塞いである個室
その瞬間、事態を理解してかっとなるシンジ
背中越しに察したカヲルが振り向いて、片手で制する
見たこともない厳しい表情
両目をみはり、破裂しそうな感情を抑えるしかできないシンジ
剣幕に怯える女子たち
自分たちのしたことの深刻さが今になって全身を噛む
どうでもいいカヲル
「どいてよ。ほら」
女子たちを手で追い払い、個室の前に立つ
と、ものすごい音を立ててドアを塞いだ妨害物を蹴り飛ばす
びくっと一斉に身を震わせる女子たち
騒々しく転がるバケツとモップ
さっさとドアを開けるカヲル
扉の陰に身を固くしている影
目を見開くシンジ
「…アスカッ」
「来ないで!」
飛び出したままの姿勢で、つんのめるように立ち止まるシンジ

524: 1/10 2015/12/08(火) 22:04:25.28 ID:???


---------
影になった個室から出てこないアスカ
「…嫌。…出てって。…見ないで」
尖った声、身を切る拒絶
昂ぶっていた感情に冷水を浴びせられるシンジ
その場に立ちすくむ
静まり返るトイレ
ふいにカヲルが長い溜息をつく
「…あーもう。そんなこと言ってもしょうがないだろ」
個室に手を突っ込み、強引にアスカを引っ張り出す
よろめいて姿を見せるアスカ
顔を伏せている
(…あ)
何を思う間もなく、拒絶の呪縛を解かれて駆け寄るシンジ
他人の目も構わず抱きとめて両肩を支える
アスカの頭から上体を大きく汚したコーヒーの痕
シンジの顔がみるみる無防備に歪み、自分が傷つけられたような痛みをあらわにする
目を逸らす女子たち
動こうとしないアスカをシンジにそっと押しつけるカヲル
「ほら、行って」
「…行ってって」
「着替えとか。その前にシャワーかな。とにかく、彼女を見てなよ。後は引き受けるから」
一瞬迷い、すぐ心を決めて頷くシンジ
「…ありがとう」
頑なに抗うアスカを抱きすくめるようにしてトイレから連れ出す
見送って振り返るカヲル
転がったモップの柄を拾い上げる
「…あー、折れちゃった」

525: 2/10 2015/12/08(火) 22:06:57.04 ID:???
真ん中からぽっきり折れた柄を放るカヲル
からんからんと音を立てて床を滑るモップの柄
一斉にびくつき、後ずさりする女子たち
女子たちの顔を順番に、けれど既にどうでも良さそうな表情で眺めるカヲル
怯えた顔で身を縮める女子たち
また溜息をつくカヲル
「…悪いけどさ、僕は君たちのことなんかどうでもいい。
 だから都合良く言い訳や罰を与えてあげるつもりもない。たぶんそういう終わり方を
 期待してるんだろうけど」
何も言えない女子たち
「アスカさんに何言ったかは知りたくない。シンジ君にも聞かせたくない。
 だからそれは黙ってて、一生。…安心していいよ、後で急に訊いたりしないから。
 僕はここでのことは誰にも言わない、シンジ君たちにもそうさせる、君たちがアスカさんに
 ちゃんと謝って、残りは黙っててくれる限りはね。それでいいよね」
一同を見渡す
意味もなく身動きする女子たち
興味が失せたように溜息つくカヲル
さっさと背を向けてトイレから出ていく
背後から、泣きそうな顔で一人が必死に声を絞り出す
「そんなこと言って、私らのこと、皆にバラすつもりなんでしょ?!」
心底面倒くさそうに振り向くカヲル
睨む
「バラす証拠も理由もないよ。僕はこの手のこと大嫌いなんだよ。もう関わりたくない」
納得できず咎めてくる(頼ってくる)女子たちの無言の目にうんざりする
と、ふいに表情を変える
「…今、ケータイ持ってる? 全員」

526: 3/10 2015/12/08(火) 22:10:45.74 ID:???
アスカを抱えて足早に歩くシンジ
自分のコスチュームの上半分をアスカの頭からかぶせ、それごと抱きしめている
おとなしく身を任せているアスカ
でもまだ何も言わない
二人の異様な雰囲気に、行き会う生徒たちが好奇の目を向ける
とりあわないシンジ
無言で体育館付属の女子用シャワールームまでまっすぐ向かう
「…アスカ」
誰もいないシャワールーム
一人用シャワーブースが薄暗い中に並んでいる
かぶせたコスチュームをそっと取るシンジ
身じろぎするアスカ
ずっとつむっていたらしい目を開く
痛ましさに衝かれるシンジ
「…ここ」
「女子のシャワールーム。ここなら、お湯が出るから」
固く閉ざした表情で目をそむけるアスカ
その顔にごくそうっと触れるシンジ
匂いに顔をしかめる
「…コーヒー? 火傷は…してないみたいだね。他に、怪我はない?」
「…ない」
かすれた声でそれだけ押し出すアスカ
「わかった。じゃ、僕は外で待ってるから、髪、洗いなよ。そのままじゃ風邪引いちゃうよ」
黙っているアスカ

527: 4/10 2015/12/08(火) 22:11:29.77 ID:???
困惑するシンジ
とりあえず、こうしていることもできないので、気遣いながら外に出ようとする
「…待っ、て」
振り向くシンジ
うつむいているアスカ
その両肩が何かをこらえるように大きくわななく
「…アスカ?」
小さく名前を呼ぶシンジ
とたん、それがアスカの感情の堰を切る
押さえた手の隙間から噴き出す泣き声
自己嫌悪と心細さに全身を震わせているアスカ
「…行かないで。ここにいて。…傍に来ないで。…どこかに行って。私を一人にして。
 …一人にしないで。私のこと消して。だめ、いかないで。おねがい」
めちゃくちゃにもつれながら吐き出される台詞
そのどれもがアスカの本当であることを、理屈でなく感じるシンジ
自分の身体が切られたような痛み
言葉が全部ほどける
ただ近づいて力いっぱいアスカを抱きしめるシンジ
アスカの身体が大きく震えて一瞬逃げようとする
それでもいつものように、ぎこちなく緊張を解いて、少しずつ身体をゆだねてくる
いつもの感触、体温、匂い
鼓動が溶け合って響く
いつのまにか必死にお互いにすがりついている二人
閉じた殻が破れ、声をあげて泣き出すアスカ

528: 5/10 2015/12/08(火) 22:14:07.83 ID:???
望むようになれない自分を激しく憎みながら、溺れる人のようにすがりついてくるアスカの手
その同じ手が反対側ではシンジの胸元で固くこぶしになり、一体になるのを拒んでいる
どちらも抱きしめるしかないシンジ
拒絶と願いの表裏が失われた抱擁
いつのまにかシンジ自身も涙ぐんでいる
ここで放したら二度とアスカを取り戻せない気がする
確かに抱きしめているのに背筋が冷えていく
傷つけてしまいそうで怖いのに、両腕から力を抜けない
思いやりと恐怖がせめぎ合って動けない
アスカが泣き止むまでそこに立ちつくしている二人
ふっと顔を上げるアスカ
涙とコーヒーで汚れた顔を隠すようにしながら、シンジから身体を離す
「アスカ、…」
「…シャワー浴びる」
引きとめようとした手が宙に浮いたまま、慌てて頷くシンジ
「…うん。…あの」
「ここにいて。…中まで入ったら殺すけど」
顔を伏せ、そっけなく言い捨てて一人用のシャワーブースに入るアスカ
上下の空いた扉を閉じてしっかり鍵をかける
「あ…うん」
仕方なく返事し、次の瞬間目をみはるシンジ
無造作に服を脱ぎながら、それを片っ端からぽんぽん外のシンジに投げていくアスカ
「あ、アスカ?! ちょっ、えっ、…うわ」
最初はただとまどっていたシンジ
下着まで放られるに至って焦って目を閉じる
そのまま、柔らかい荷物を抱えて他のブースの扉に寄りかかるシンジ

529: 6/10 2015/12/08(火) 22:15:36.18 ID:???
シャワーの水音
漂ってくる湯気
だんだん目をつぶっているのが苦しくなってくるシンジ
変な風にほてってくる頬
何度唾を飲み込んでもふさがったままの喉
アスカが中で身動きするたび、流れ落ちるお湯の音が変わる
アスカの柔らかい匂い
耐えられなくなりそうで、背中を壁面につけたまま、じりじりとアスカのいるブースから
離れていくシンジ
「…シンジ?」
危うく目を開けそうになるシンジ
ぎゅっとまぶたに力を込める
「な、何」
だいぶいつもの調子に戻ったアスカの声が叱る
「そこにいてって言ったでしょ」
「…えっと、その、…ごめん」
「冗談よ」
一瞬からかうように明るくなったアスカの声音が、また底まで沈む
「…ごめん。
 嫌なら、外に出てていい。…シンジがいいようにして」
思わず目を開くシンジ
振り向こうとして思いとどまる
シャワールームの反対側のブースの列を睨んだまま、声に出す
「嫌じゃないよ。…ここにいたい。いさせてよ。アスカ」
しばらく黙っているアスカ
ふいに言いつのる

530: 7/10 2015/12/08(火) 22:18:04.64 ID:???
「駄目なのよ。…私には、もう、無理なの。
 バランス取れない。シンジと私自身の境界を、ちゃんと保てない。
 こんなふうにしてると、私はまたあんたが傍にいてくれることに甘えて…いい気になって、
 無自覚な私のせいで、あんたが嫌なことに巻き込まれる。それが絶対真実なのよ。
 私はそういうふうにしかできない、これからもずっと」
シャワーの音にかき消されそうな声音
「私に振り回されて…シンジが、今のままのシンジじゃなくなる。
 私が私の勝手でシンジのこと汚す。好きに食い荒らす。…心から信じてもいないくせに。
 それが私。最低な私なの。今日、よくわかった。
 なのに……馬鹿だ、私。…こんな私、もう、要らないのに」
じっと耳を傾けているシンジ
ブースの下側から流れ出た水が排水口に流れ込んでいく
「だから、…本当に、もう行ってもいいの。私は、一人で大丈夫だから」
アスカの声
言葉にならなかった幾つもの感情の気配がこぼれ落ちる
少しうつむくシンジ
アスカが伝えたいこと、伝えたくないこと
どんなに誠実を願っても隠しておかなければ自分自身を保てない境界
全部は明かしきれない自分の願いや心というもの
極寒のような無力感を思い知るシンジ
結局他人である自分
けれど、自分の望みはわかっている
(…僕が失くしたくないのは、…今は、僕自身の心の安寧じゃなくて、それよりも)
その自分の心を澄まして答えを確かめ、しっかりと顔を上げる

531: 8/10 2015/12/08(火) 22:19:19.68 ID:???
心には形がなく目にも見えない
言葉でしか共通の形にできないから、声にする
「アスカが、もしそれで良くても…それでも、僕はいつまでだってアスカの傍にいたい。
 …僕なんかでよければ。だって、僕は自分で決めて、君を好きになったんだ。
 好きなんだ、あの日、初めて駅で会った時から。今もずっと。どうしようもない。この世で
 一番、アスカのこと好きだ。だから、君を一人になんかさせられないよ」
ふいに襲う激昂
涙の発作を抑えられないシンジ
うつむく
声がくぐもる
「…ごめん。でも僕にはできないよ。…できないんだ。
 今の自分なんてない。そんなのわからない。アスカのこと好きなのが、僕だ」
水音
「……ありがと」
涙声に聞こえて、一瞬動けなくなるシンジ
口元を覆って自分の泣き声を押し殺す
アスカもそれきり黙っている
漂う湯気の靄
柔らかいようなぎこちないような沈黙が降りる
シャワーの響きだけの時間
と、ふいに入り口に他の人影が差す
遅ればせながら状況を思い出して凍るシンジ
小さい声の誰何
「…碇君? アスカ? そこにいる?」

532: 9/10 2015/12/08(火) 22:21:40.17 ID:???
「…綾波?」
どっと力が抜けるシンジ
改めて背中に冷や汗が噴き出す
「…あの、…ごめん、変なつもりはないんだけど、…アスカが心配で、だからその」
ちょっと覗き込んでから入ってくるレイ
胸にタオルと女子の制服を抱えている
目を留めるシンジ
訊かれる前に頷くレイ
「アスカの。着替え、必要だと思って」
改めてほっとするシンジ
着替えのことなど頭に浮かびもしなかった自分が恥ずかしい
「…渚が?」
「そう。知らせてくれたの。…良ければ、後は引き取るわ」
「え」
とまどって瞬きするシンジ
「でも、僕は、アスカについていたいんだ。…あ、いや、変な意味じゃなくて」
困ったように笑うレイ
「でも、アスカを碇君の目の前で着替えさせるわけにはいかないでしょ」
「…あ」
シャワーの栓を閉める音
たちこめた湯気の奥からいつものアスカの声
「…そうよ。この私の着替えとかカラダをちゃんと見るのは、もう少し先までお預け。
 待ってて、馬鹿シンジ。すぐ行くから」
「…わかった」
仕方なく従うシンジ
一瞬、ためらう気配
言葉が続く
「…絶対、待っててよ」

533: 10/10(本日分終了) 2015/12/08(火) 22:23:14.75 ID:???
振り向き、意気込んで頷くシンジ
「うん。待ってる。絶対に」
「…うん」
声が潤む
湯気の幕が揺らぎ、ほんの一瞬だけ覗くアスカの眩しい泣き笑いの顔
ただ強く見つめるシンジ
レイに後を頼んで出口に向かう
途中で足が止まる
振り向く
目を奪われるレイ
不安定な足場から深淵を越えて見つめる表情
いつ消えるともしれず揺れて瞬き続ける光
そこに自分の足で立っているシンジ
アスカが息を凝らしている気配
「アスカ、…僕は自分の問題も他人のこともろくにわかってないし、責任持てるほど賢くもない。
 だけど…僕はやっぱりあの日、君の手を掴めて、良かった。
 生きてくとか、幸せとか、自由とか、そんなのまだ理解できないかもしれない。でも、それが
 どんな未来でも、僕はそこに、アスカと一緒に行きたい。…だから、この手は離さないよ。
 待ってるから」
言い終えて、今更恥ずかしさに耐える顔になって足早に出て行くシンジ
レイの渡したタオルで髪を拭いているアスカ
ぽつんと呟くレイ
「…よかった。碇君で」
深く目をつむり、開いて、答えるアスカ
柔らかいかすかな微笑み
「うん。
 良かった、…あれが私の、馬鹿シンジで」

538: 1/8 2015/12/09(水) 18:33:54.04 ID:???

---------

外で建物の壁にもたれているシンジ
そろそろ初日終了時刻
外部の客がほぼ帰り、嘘のように人波の引いた学院内
空も曇って急速に冷え込みが訪れ、残った生徒たちも足早に通り過ぎていく
少し表情の固いシンジ
今はあまり他人の近くにいたくない
時間つぶしにアスカにかぶせていたコスチュームの上半分を広げ、我ながら呆れる
脱ぐとき無理に引っぱったせいであちこち破けてしまっている
溜息をつくシンジ
「…自分で直すしかないか。そうだ、アスカのは…直るかな、あれ」
シンジを呼ぶ声
顔を上げる
手を振って駆け寄ってくるトウジとケンスケ
一瞬身構えてしまうシンジ
「おい! 大丈夫か、シンジ! 惣流は?!」
「何や、一緒やないんか?! お前ら二人が大変や言われて、捜しとったんやで」
二人の顔に本気の心配を見てほっとするシンジ
少しずつ日常の感覚が戻ってくる
緊張を解くのを自分に許す
「アスカは中だよ。その…ちょっと、衣装汚しちゃって、シャワー浴びてる。
 怪我とかはないから、心配ない。今は綾波がついててくれてる」
はあーと両膝に手をつくトウジ
「ほんま、心配したんやで。目撃情報がわやくちゃで」

539: 2/8 2015/12/09(水) 18:35:08.07 ID:???
「そうそう」
うんうんと頷くケンスケ
怪訝な顔になるシンジ
アスカを連れて皆の前を押し通ったことを思い出し、今になって落ち着かなくなる
恐る恐る訊いてみる
「わやくちゃって…どんな?」
シンジの顔色を眺め、考え深そうに腕組みするトウジ
「そら大変やったんやで。お前が別人みたいに怖い顔しとったとか、惣流が怪我したとか、
 行方不明とか入院とか」
「救急車呼んだとか、逮捕説とかあったな。あと駆け落ち説」
「…なんで文化祭で逮捕とか駆け落ちするんだよ!」
頭を抱えるシンジ
「どいつもこいつもイベントに飢えとるからな。物見高いっちゅうか、無責任なこっちゃ」
穏やかに笑うケンスケ
「クラスの連中、心配してたぞ。動ける奴は全員で捜索に出てた。
 …心配すんな、渚が状況知らせてくれて、もう騒ぎは全部落ち着いたから。今は教室に
 戻って明日の作戦会議してるよ」
「そうだったんだ…けど、渚が知らせた、って」
少し怯える目になるシンジ
アスカの傷になることは避けたいが、何も言わずに済ますのは無理ともわかっている
首を振るケンスケ
「いや。渚の奴、詳しい事情については完全黙秘でさ。でも状況は的確に教えてくれたよ。
 …気にしなくていいさ。皆には俺たちで適当にごまかしといたから。ただまあ、早めに
 顔出して、一言謝っとかないとな。
 特に委員長。惣流が心配で、本気で泣きそうになってたからさ」
ほっとするシンジ

540: 3/8 2015/12/09(水) 18:36:19.57 ID:???
ケンスケは何でもないことのように言うがクラスの混乱は察して余りある
それを収めるために奔走してくれただろうトウジ、ケンスケの頼もしい顔
改めて悔やむシンジ
自分たちだけの問題では済まなかったことが今になって実感として迫る
肩を落とす
「…ごめん。勝手なことして」
笑って軽く額を突いてくるトウジ
「何言うとるんや。ま、渚の態度で、大声で話されたくないことや言うのは察しつくしな。
 けど、お前らが悪いんやないとは言うとった。せやからシンジも惣流も、何や事故に
 巻き込まれただけみたいなもんやろ。誰が悪いとか誰が迷惑したとかいう話やないわ。
 そもそも、二人に一番負担のでかい役押し付けたのは、ワシらの方やしな」
「そう。皆わかってるよ。…反省もしてる。特に俺は言いだしっぺだしさ」
少し歯切れの悪い言い方になるケンスケ
トウジに横から小突かれて苦笑する
二人を見比べるシンジ
「ま、そういうことだからさ。
 とにかく大事に至らなくて、良かったよ。お前ら二人とも、さ」
「…うん」
頷くシンジ
ちょっとだけその顔に笑みが戻る
照れまじりの安堵の視線を交わすトウジとケンスケ
やっと表情のほぐれるシンジ
「…ごめん、いや、ありがとう。皆にお礼言わなきゃ」
斜に構えた笑顔をするケンスケ
指で鼻の下をこするトウジ
「せやな。ま、おかげで地球防衛カフェは開店休業やったからな。売り上げ壊滅や」
「そうだな。呼び物の戦隊メンバーが全員いないんじゃ、防衛も何もないもんな」
「う…それも、ごめん」

541: 4/8 2015/12/09(水) 18:38:02.35 ID:???
「アホ。せやから、お前らのせいやないて」
あけっぴろげな親しみをこめて背中を叩くトウジ
ケンスケが眼鏡を直す
「それより明日だな。戻ったら、残れる奴らで明日の準備だよ。売り上げ回復のためにも」
「そうだね。…あ、渚は?」
「あいつならまたオケ部に拉致られて、体育館で明日のリハーサル。…にしても、結局
 何がどうなったんだ? あいつどうしても何も教えてくれないんだよなぁ」
「せや。友達甲斐のないやっちゃ」
少し表情を翳らせるシンジ
ふと目を上げる
不機嫌そうな足音
「何それ? 僕は、君と友達になったつもりなんかないんだけどな」
「?! おわッ」
振り向いて飛びのくトウジ
またむすっとした顔で立っているカヲル
シンジを見て少し笑う
言葉につまり、思わず頭を下げてしまうシンジ
カヲルの苦笑
「…やめなって。そんな真似されても嬉しくないよ。…アスカさんは?」
シンジの頭を掴んで顔を上げさせる
冷たい夕風に首をすくめるシンジ
「中。綾波と一緒。…ごめん、渚。変なことに巻き込んで」
「いいよ。僕が勝手に首を突っ込んだだけだし」
訳がわからないという顔をしているトウジとケンスケ
興味津々なのを諦め、お互い目顔で合図して、聞かないフリで先に教室へ戻っていく
済まないと思いつつ見送るシンジ
カヲルに向き直って声を低める
「…それで、結局あれからどうしたの?」

542: 5/8 2015/12/09(水) 18:39:52.41 ID:???
どうでもよさそうに答えるカヲル
「叱るのも面倒だから、口止め代わりに全員と写真撮った。一人ずつと」
「…は?」
一瞬訊き返しそうとするシンジ
呆れ顔になる
「…なんでだよ?」
「何でって、口止めだってば。僕はあの子たちがあそこでしたことを他に洩らさない。
 向こうは僕らがあそこにいたことを言わない。その証拠っていうか、記念みたいなものかな。
 お互い何も言わずにおこうっていう。一種の手打ちだよ」
「…いや、だから何で渚が写真撮るんだよ、そこで」
「え、喜んでたよ? あの子たち。背景トイレなのにさ」
つまらなそうにそっぽ向くカヲル
「喜んで…って」
まだカヲルの考えが掴めないシンジ
「だから、そのためだよ。
 どっちに非があってどっちが間違ってても、怒って押さえつけるだけじゃ、そのうちまた
 逆恨みと仕返しの無限ループになるだろ。最初に脅しちゃったし。あれはやりすぎだったけど、
 まあ、僕もちょっと、我慢できなくてさ。…あ、モップ折っちゃったんだっけ、どうしよう」
軽い口調のままちらっとシンジを窺うカヲル
黙ってカヲルを見ているシンジ
沈黙
仕方なく続けるカヲル
「それで、ある程度喜んでもらって終わりにしとくのがいいと思って。…なんか、僕の顔って
 女子には何か意味あるんだろ? レイ以外に興味持たれても全然嬉しくないけど」
自分の白い頬をつねるカヲル
と、シンジに睨まれて目を見開く
「…馬鹿っ」
吐き捨てるシンジ

543: 6/8 2015/12/09(水) 18:41:26.95 ID:???
一歩身を引くカヲル
本気で腹を立てているらしいシンジ
「何で…僕らのことで、君が自分を売り物にしなきゃならないんだよ。
 手打ちって、それじゃまるで身代わりとか、取り引きだろ。したくもないのに嫌な思いして
 一人で丸く収めて、そんな酷い役目引き受ける必要、どこにもなかっただろ!」
「え…何、穏便に終わらせたかっただけなんだけど」
まだ睨んでいるシンジ
困惑し、小さく息を洩らすカヲル
シンジを見つめる
「僕なら何も感じないよ。そういうの慣れてるから。どうせ君たち以外は皆同じだし。
 …でも、ごめん。君の気に障るとは思わなかった」
「…そうじゃないってば!」
一歩詰め寄るシンジ
が、どう言えばいいのかわからずに口をつぐむ
怒りたいのでも非難したいのでもない、むしろ逆のことを訴えたいのに、上手くいかない
何度か口を開きかけては閉じる
居心地悪そうに肩をすくめるカヲル
「君が何を言いたいのかよく判んないけど、…僕なんかのせいでとか、そんなふうに
 思わないでよ。僕は君らのこと迷惑だなんて思ったことないからさ。たぶん、これからも」
半端な気遣いを峻拒するカヲルの端正な顔
何も言えなくなるシンジ
自分の身勝手さを噛みしめるしかない
「…ごめん」
しょげたシンジに大いに慌てるカヲル
「謝られても困るってば。…なんだよ、ねえ、もういいだろ。済んだんだから」
拗ねた声になるカヲルに、思わず少し笑ってしまうシンジ
つられて笑うカヲル
背後に目をやる

544: 7/8 2015/12/09(水) 18:42:21.08 ID:???
視線を追って振り返るシンジ
目覚めたように息を正す
レイと一緒にシャワー棟を出てくるアスカ
制服の脇に台無しになったコスチュームをまとめて抱えている
無言でシンジの前まで歩み寄り、まっすぐ立って見つめる
瞼が少し赤いが、それだけ
どれだけ傷つけられてもそれを微塵も窺わせない、アスカの凜と強い眼差
日暮れの冷たい風にも負けずにすらりと立った姿
カヲルとはまた別の自由な誇り高さ
声をかけられずに見つめ返すシンジ
胸が騒ぎ出す
と、アスカがふっと微笑む
なぜか露を帯びた花を思うシンジ
アスカの笑顔が目の前にある
何度も涙で洗われた後の、自衛も背伸びも、余計な装いの拭い去られた素顔の笑み
ゆっくりと目をみはるシンジ
冷えた身体を安堵が満たしていく
自然に微笑む
それを見て、アスカの微笑が大きくなる
黙って微笑み合う二人
間の距離をも越えて伝わるような気がする互いの体温
アスカが呟く
「お待たせ。…行こっか」
頷くシンジ
「…うん」
そのままごく自然に手を繋いで歩き出す二人
ちょっと距離をおいて従うカヲルとレイ

545: 8/8 2015/12/09(水) 18:44:35.09 ID:???
ふいにレイが近づいてぎゅっとカヲルの手を握る
驚くカヲル
レイの眼差をたどって前を行く二人を見る
ややシンジの手を引っぱり気味に、矜持と自負を隠さず大股に歩くアスカ
傷も痛みも誇りに変えるしなやかな強さ
シンジが引っぱられてくれることへの無心の安堵が背中ににじむ
でも以前ほど無頓着には見えない
シンジがついてきてくれるから、自分が堂々と前に進めることを、今は意識した歩き方
それに無言で応えるシンジの確かな足取り
失くしたら絶対に取り返せないとでも言うようにアスカの手を掴んでいる
信頼と言いきるには幼い、それだけ純粋な張力
もつれてもほどけても何度でも結び直そうとする絆
見つめる先で、繋いだ手と手がちょっと緩み、確かめ合うように指を絡ませて、また結ばれる
同時にふうっと息をついてしまうカヲルとレイ
顔を見合わせて小さく笑う
揃って優しい目になる
「…良かったよね。あの二人でさ」
「うん。…うれしい」
「でも、ちょっと妬ましいかな、正直」
「甘えんぼね」
「何だよ。…どうせ僕はいつまでも子供だよ、君らの前ではさ」
こっそり振り向いて抑えた声で笑い合うシンジとアスカ
もう一度強く手を繋ぐ
落日
空を覆った雲の隙間から夕陽が覗く
重苦しいだけだった雲の層が、端から端まで豊かな夕映えの諧調に染まって全天を包む
雲にやわらげられて優しくなった光が薔薇色に降りてくる
それぞれ見上げて嘆声をあげる二組
長い影を曳きながら電気のともった校舎に向かっていく



588: 1/9 2015/12/19(土) 00:22:31.96 ID:???
こんばんは、通りすがりです
続きが降りてこないのでとりあえず中継ぎ的なもの行きます、相変わらずダラダラでごめんなさい
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明城学院付属高校文化祭・二日目
2-A教室
「いらっしゃいませ、地球防衛カフェへようこそー!」
長い髪を払って振り返るアスカ
ええーどうしたのそれ!と声に出す女子たち
入室するなりくぎづけになる男子数人
一変しているアスカのコスチューム
昨日コーヒーで汚れたり敗れたりした部分は思いきりよく捨てて、衣装制作のときに余った
黒生地を当て、赤い幅広テープで無造作にぐるぐるっと留めている
赤テープのチープな光沢がかえって強いアクセントになって、修繕した感じを薄めている
堂々と大きな歩幅で歩いてくるアスカ
細いウエストとすらりと長い脚がよけいに強調されて見る側の視線を奪う
「すごい、カッコイー! モデルみたい!」
「可愛い!」「似合ってるー」「でもどうしたの?!」
衝動的に、気遣う目を向けるシンジ
教室の反対側でアスカはさばさばと答えている
「野戦仕様よ。『名誉の負傷』風、なんてね。もともと安物の急造なんだし、
 アレンジくらいしないと、つまんないでしょ?」
感心する声と恒例の写真撮影のにぎわい
ほっとして少し息をつくシンジ
昨日の騒ぎの痕などまるで見せていないアスカ
/

589: 2/9 2015/12/19(土) 00:23:29.48 ID:???
客の生徒の中には騒ぎの噂を聞いて訊ねてくる手合いもいるが、ケンスケはじめ
クラスメートたちが上手くはぐらかしてくれている
皆のバックアップを正面から受け止め、今日も生き生きと笑っているアスカ
溜息を押し殺すシンジ
すぐ近くで、同じくアスカを眺めている三年の男子たちの話し声
「ホント、可愛いよな、惣流」
「確かにちょっと緊縛っぽくてエロい」「スタイルいいよなー、さすが外人」
「来て正解だったわ」「写真撮っていいんだろ?」
低く抑えてはいるが遠慮のない言葉
しかめた顔をそむけるようにしてその場を離れるシンジ
カウンターで今日はドリンク類の準備を手伝っているヒカリ
「…碇君、大丈夫?」
「え?」
瞬きするシンジ
慌てて表情をとりつくろう
「ごめん、昨日いろいろあって、思ったより疲れてるみたいで」
「そっか…そうよね」
ふうと肩を落とすヒカリ
慌てるシンジに飾り気のない笑顔を向ける
「いいの、気にしないで。私の方こそ、ごめんね。肝心な時に何の力にもなれなくて」
「そんなことないって。こっちこそいろいろ、心配させちゃって」
曖昧に言葉を濁すシンジ
トウジやケンスケと同様、ヒカリには詳しいことは何も話していない
(…たぶんこのまま、迷惑かけてごめんって謝って、終わらせるしかないんだろうな)
少しうつむくシンジ

590: 3/9 2015/12/19(土) 00:24:04.10 ID:???
昨日の出来事については口にしたくもない
思い出すのさえアスカに済まない気がしていたたまれなくなる
(…肝心な時にアスカの傍にいなかったのは、僕の方だ)
きつく眉根に力をこめかけ、ヒカリの目を思い出して意識して緩める
教室の向こう側を眺める
それぞれ客やら見物人やらの応対に追われているカヲルとレイ
メット覆面のフォースブラックことトウジは現在外のバスケ部の屋台でたこ焼き販売中
ケンスケはまた写真部の腕章を着けて校内を撮影して回っている
皆、昨日は何も訊かずにいてくれた
特にカヲルとレイ
帰り道でも気遣って別の話題(シンジ幼少のみぎりの思い出話)を振ってくれたこと
なんだかんだと理由をつけてマリ宅のすぐ近くまでアスカを送ってくれたこと
その後、ちゃんとシンジとアスカの二人にしてくれたこと
温かな感触を胸にかみしめるシンジ
感謝の目で二人を見つめる
(あの二人は、大丈夫だ。…それに、他の皆だって本当は悪い人たちなんかじゃない。
 それはわかってる。…でも)
冷めた目つきになるシンジ
すうっと表情が硬くなる
透明な幕を降ろしたような視界
周りの楽しげな喧騒を、無関係な他者のものとして見ていることを自覚する
距離の自覚
接客を終えて顔を上げるアスカ
無言のシンジを目ざとく見つけて歩み寄ってくる

591: 4/9 2015/12/19(土) 00:24:52.59 ID:???
ヒカリのねぎらいを普段通りの笑顔で受け止め、隣の椅子に勝手にどすんと腰を下ろす
「あーもう、立ちっぱなしで疲れちゃったー。ヒカリ、なんかちょーだい。
 どれにしよっかな…あ、それ、りんごジュース」
困った顔になるヒカリ
「えー? 駄目よ、これはお客さん用。昨日話し合ったじゃない、赤字になりそうだから、
 営業終わるまで、スタッフの私的消費は我慢しようって」
頬をふくらますアスカ
「ヒカリのケチ。でもしょーがないか…あ、じゃあシンジ、あんたのおごりで」
「え?! 何でそうなるんだよ」
少しオーバー気味に驚いてみせるシンジ
アスカの目が問いかけてくる
何とかごまかそうとし、結局、降参して弱く微笑んでしまうシンジ
「何よう、いいじゃない。ちょっとぐらい」
こちらの迷いをしっかり捉えてくるアスカの眼差
今度は逃げずに受け止めるシンジ
それを確かめ、ふっと張りつめた力を抜くアスカの目
あどけないくらい無心に微笑む
一瞬息を呑み、自分も優しい表情になるシンジ
「わかったよ。けど、一回だけだよ。…はい、委員長、代金」
カウンターの陰に置いた鞄から小銭を取り出し、ヒカリに渡すシンジ
苦笑するヒカリ

592: 5/9 2015/12/19(土) 00:25:45.43 ID:???
「はーい。もう、うらやましいなぁ、アスカと碇君。ほんとに仲良くて」
ふふんと笑ってみせるアスカ
人差し指を軽く振ってみせ、ヒカリに向かってえい!と突きつける
「甘い、ヒカリ! 人をうらやむ暇があったら、自分も行動あるのみよ」
「それはわかってるんだけど、ね…」
いまいち話の流れが掴めないシンジ
と、教室入り口が賑やかになる
「ただいまー、宣伝組戻りましたー」「案外つかれたー」
ぱっと立ち上がるヒカリ
昨日はシンジたちが持っていた『地球防衛カフェ』の看板を手に入ってくる級友たち
「お疲れさま、どうだった?」
心配そうに訊くヒカリ
けっこう楽しそうに答えるクラスメートたち
「反応悪くなかったよ。昨日戦隊組が回ってくれてたから、もう知名度は十分だし」
「でも大変は大変だったよな」「恥ずいし」「嘘だー、途中からノリノリだったくせに」
「コスプレ組じゃないから目立たなくて駄目かと思ったけど、伝わったよ。ほら、昨日
 残って作ったこれが良かったっぽい」「ねー! 思ったよりウケたよね」「恥ずいけどな」
「これ、増産して売らない? これ見せたらドリンク30円引きとかで。いけるんじゃね?」
「ええ?! 駄目よ、うちのクラス、物品販売の許可は受けてないのよ。
 今から変えることもできないし」
「えー」「売り上げアップになるって! 俺らでも外で売って歩けるから、いいじゃん」
「駄目なものは駄目なの! 私、実行委員も兼ねてるから、立場上見逃せないのよ」
「もー、ヒカリのカタブツー」
ちらっと目を上げるシンジ

593: 6/9 2015/12/19(土) 00:26:36.87 ID:???
クラスメートたちが制服の好きな場所につけている、お揃いの大きな急造手作りワッペン
コスプレ組の校内巡回を急遽取りやめるその代替策として、昨日居残って作ったもの
アスカのテープ補修と同じくチープ感丸出しだが何となく微笑ましい
何よりクラスの皆が嫌な顔をせずにそれをつけてくれている
そのことを素直に受け止めようとするシンジ
「…都合いい話よね」
わざとぼそっと呟くアスカ
振り向くシンジ
「最初は私らにコスプレ役押しつけてはしゃいでたくせに、いざ自分たちでもやってみたら
 案外楽しくて、結局、自分たちが一番面白がってる。
 …ま、いわゆる結果オーライよね」
勢いよくジュースを飲みほすアスカ
白い喉が一瞬のけぞってまた髪の陰に隠れる
注目する自分が嫌になるシンジ
「遠慮ないこと言うなよ。…それで皆が楽しいなら、別にいいじゃないか。おかげで僕らは
 ずっと教室にいていいことになったわけだし。…アスカ、もう行きたくないよね」
軽く睨むアスカ
「そりゃそうよ」
「…ごめん」
「あんたが謝らないでよ、馬鹿シンジ。…あんたももう嫌なんでしょ。ここにいるのも」
思わず凝視するシンジ
見透かす目のアスカ
そのまま言いかぶせてくるかと思いきや、小さく溜息
うろたえてしまうシンジ
が、何となくもうわかっている

594: 7/9 2015/12/19(土) 00:28:00.40 ID:???
空になった紙コップを掴んだまま、もう一方の手で頬杖つくアスカ
「…あーあ。私のことで、あんたまで文化祭楽しめなくなるなんて、…悔しいな」
「アスカのせいじゃないよ。もともと僕がこういうの苦手なだけだから。
 一応参加したり、フリはできるけど…やっぱり、なんか馴染めないんだ。おかしいよね、
 皆、普通にできてることなのにさ。単に僕が冷たいのかな、はは」
答えないアスカ
余計なことまで言い過ぎたと悔やむシンジ
紙コップをゴミ箱に放るアスカ
「ジュース、ごちそうさま」
「…うん」
ただ返事するしかできないシンジ
ふいに立ち上がって、視線を合わせるアスカ
とっさに動けなくなるシンジ
「お返しに、帰りに何かおごったげよっかな。だから今日もちゃんと送ってよ」
軽い口調とは裏腹に真剣な眼差
胸を貫かれた気がするシンジ
「うん。必ず」
声を低め、けれどしっかりと頷いてアスカの目を見る
一瞬だけ身を寄せるアスカ
「…早く、二人になりたい」
「…うん。僕もだ」
シンジの答えを抱きしめるようにするアスカ
ぱっと表情を切り替え、教室の中央に戻っていく
「はい、休憩終わりー。いらっしゃいませー! 2-A、地球防衛カフェ、やってまーす」

595: 8/9 2015/12/19(土) 00:29:32.17 ID:???
見送るシンジ
作らない笑顔になっている自分に気づく
カメラ片手に戻ってくるケンスケ
ヒカリに何やら話しかける
驚いて、それから困りきった顔になるヒカリ
何となく眺めているシンジの方に二人で近寄ってくる
「え? …何?」
気まずそうに頭を掻くケンスケ
「なあシンジ、ちょっと相談なんだけど」
「…宣伝とかはもう勘弁してよ」
「そうじゃないんだけどさ…」
どう切り出していいか迷うケンスケ
ちょっと笑うシンジ
「…何だよ、昨日騒がせたお詫びもあるし、できそうなことなら言ってよ」
よけい渋い表情になるケンスケ
「それがさ…
 文化祭実行委員会からさ、今年のフィナーレの演出、お前らも参加してくれないかって
 打診があったんだ。やっぱ好評なんだよな…でも、あんま目立ちたくないのはわかるし、
 まだ内々の話だから、断ってくれてもいい」
ためらうシンジ
再び硬い表情になる
「…悪いけど、僕はちょっと。この恰好でもう十分文化祭の演出にはなってるつもりだし、
 これ以上皆の前で何かするのは…無理だと思う」
自分で自分を睨みつけるようにするシンジ

596: 9/9 2015/12/19(土) 00:30:42.90 ID:???
距離の実感
周りへの違和感と拭えない不信
昨日の一件でそれは既に動かせないものになってしまっている
「…期待に応えられなくて、ごめん」
真顔でその表情を確かめ、すぐに呑み込むケンスケ
決まり悪げな目を向けるシンジに笑いかける
「いや、いいんだ。トウジ辺りも嫌がるだろうし、たぶん駄目だろうってもう言ってある。
 お前が気にすることないよ」
頷くシンジ
ケンスケの気遣いに感謝しつつも、どこかで他者として拒絶している自分に気づく
自己嫌悪すら自分にかまけるだけの言い訳にしか思えない
目を伏せるシンジ
教室の反対側からそれぞれそっと視線を向けるカヲルとレイ
声を張り上げながら気にしているアスカ
シンジの動揺を承知しながら、それを否定しきれずにいる
前は何でもなかった、人前に出て、不特定多数に見られようが好きに振舞うこと
昨日以来、そうすることにたじろいでしまう自分がいる
(…そんな私、シンジに見せたくないのに)
情けなさを振り払うように大きく声を出すアスカ
文化祭の喧騒はなおも続いている

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602: 1/10 2015/12/21(月) 00:00:13.05 ID:???

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バスケ部の屋台当番からようやく解放されたトウジ
首に引っかけたタオルで汗を拭きふき、2-A教室に戻ってくる
「ふー、しんどかったわ。
 あ、そや! 中央廊下、見たか? 文化祭写真コンテスト、途中経過発表やて…
 …って、どないしたんや」
何だか閑散としたクラス
一回り見渡して納得するトウジ
一番派手なアスカと、シンジの二人組がいない
ひとつ鼻を鳴らして入ってくるトウジ
とりあえずヒカリに軽く手を上げて挨拶し、カウンター後ろの荷物置き場で鞄を見つけて
ジャージの上着とタオルを突っ込む
近寄ってくるケンスケ
渋面
「…何や、難しい顔しよって。またなんかあったんか? あの二人」
しゃがんだまま訊くトウジ
鞄の隣に一緒にまとめておいたコスプレ用衣装を準備しだす
「いや。特に何もないよ。ていうか、何か起こす前に、二人とも下がらせたんだ」
「どういう意味や」
見上げるトウジ
鞄の列をまたいで隣に踏み込み、並んで座り込むケンスケ
軽く溜息をつく
「やっぱり昨日、かなり嫌なことがあったんだよ。きっと。
 二人とも朝からずっとピリピリしててさ。特にシンジ。無理してるのが見え見えなんだ。
 心配なんだろうな、惣流のこと気にかけすぎて、どんどん周りが見えなくなってってる」

603: 2/10 2015/12/21(月) 00:00:47.46 ID:???
「惣流もだよ。表面は明るく振舞ってるけど、あいつにしては相当ナーバスになってるん
 だと思う。二人とも目が笑ってないっていうか、…あのまま人前に立たせてたらどうなるか、
 正直、ちょっと怖い感じでさ」
「それなら誰かアホが余計な野次馬やらかす前に、いうことか。…まあ、ワシでもそう
 するやろな。で、ちゃんと言ったんか? 二人に」
「え?」
見返すケンスケ
むんと口の端を曲げてみせるトウジ
「周り見てみい、ちゃんと頭冷やして来んかい!ちゅうことや」
後ろめたげな顔になるケンスケ
目を逸らす
「…言えないよ。大体、そこまで踏み込んでいいかどうか、わかんないしさ。
 仕方ないだろ。まあ、客もだいたい一巡して初見はいなくなったし、あとはこのまま
 スローペース、安全運転で終了時間まで持ってって、無難にお開き、ってとこかな…」
憮然となるトウジ
「何や、企画のときは威勢いいこと抜かしよったくせに。そない諦めが早い奴があるかい」
「言わないでくれよ。だってどうしようもないだろ」
無意識に写真部の腕章を引っぱるケンスケ
「よくわかったよ。いくら企画立案したって、多少皆にウケたって、実際に表や中心に立って
 動いてくれる奴、腹をくくってスポットライト浴びてくれる奴がいなきゃ、結局、何の形にも
 なっちゃくれないんだってことがさ。周りでただ見てるだけじゃなくて自分が見られる方に
 回ってくれる奴。で、それは俺じゃない。大半の奴らでもない。今回は、それはシンジと
 惣流だったんだよ。だけどたぶん、そのせいであいつらは嫌な思いしたんだ。
 その二人にもっと頑張れなんて言えないだろ」

604: 3/10 2015/12/21(月) 00:01:19.17 ID:???
「…ワシと渚と綾波は違うんかい」
ぼそりとツッコむトウジ
弱く笑って謝るケンスケ
すぐ投げやりな表情に戻る
「とにかく、今回はちょっと、挽回しようがないよ。
 …いっちょまえにプロデューサー気取った俺が浅はかだった、ってことなんだろうな」
「何言うとんのやお前」
「…なんだよ」
気弱に振り向くケンスケ
が、トウジの顔に厳しさはない
普通に訳がわからないというふうで訊くトウジ
「何でそこで終わりやねん。
 気が進まんからいうて腫れ物扱いしてどないなるん? このまま、何やうやむやのままで
 終わらされて、あの二人がいい気するわけないやろ」
顔をしかめるケンスケ
開き直るわけではないが気持ちがもう逃げに入りかけている
それを眺めながら言葉を継ぐトウジ
「いや、むしろ不必要に引きずるで。
 特にシンジや。あいつはもう絶対、相っ当後まで引きずる。うわべは平気な顔できてもな。
 惣流もそれに気づくやろな。うん、これは間違いないわ。お前、それでいいんか?」
いたたまれず視線を逃がすケンスケ
困惑するトウジ
危ない橋を渡ることはないというケンスケの気持ちもわからないでもない
がしがしと頭を掻くトウジ

605: 4/10 2015/12/21(月) 00:02:01.51 ID:???
「ワシやったら御免やな。
 …ちゅうか、ワシら、もうクラス全員巻き込んどるんやで。主役やないいうても、それでも
 周りで見てるだけの奴なんかおらへんやろ。皆何か仕事持って協力しとる。あいつらは
 その中でもたまたま、一番派手で、一番しんどい役に当たっとるだけや。そのしんどさを
 あの手この手でどうにかしてやるんがお前の仕事やないんか」
そっぽ向いておもむろに咳払いするトウジ
「せやから、ちょっと言わせてもらうで。
 …プロデューサー気取るんやったら、せめてカッコだけでも、最後までやらんかい」
小さく目を見開くケンスケ
振り返る
居心地悪そうに照れ笑いしているトウジ
苦笑するケンスケ
よっと声をかけて立ち上がる
「…そうだな。始めたのは、一応俺だもんな。このままじゃカッコつかないよな。って」
「せや。ワシも、クラスの奴らも協力…おわっ?!」
立ち上がってその場でのけぞるトウジ
いつのまにか話を聞いている不機嫌顔のカヲル
「いいいいつからおったんや?!」
「そっちの君が言い訳並べてる辺りから」
同じく及び腰のケンスケに顎をしゃくるカヲル
慌てて周りを見回すケンスケ
すっかり客足も途絶えて皆好きな位置で休憩に入っている

606: 5/10 2015/12/21(月) 00:02:53.44 ID:???
「お客さん引けちゃってヒマなんだ。そこにこそこそシンジ君たちの話されたら、気になるだろ」
「なるんかい!」
「なるよ。ついでに今後の問題でもあるみたいだしさ」
「…まぁな」
苦い表情になるケンスケ
「ちょうど昼メシ時だから今はいいとして、午後もこの調子だったら、皆ダレちまって何か
 やりたくてもやれなくなるな。早いとこ考えないと」
言いつつ、顔は真面目にやる気になっている
見直すトウジ
そこに溜息をつくカヲル
「…前向きになったとこで悪いんだけど、僕、今日もオケの手伝い行くから、午後早い
 時間はこっちにいられないよ。もともとその時間はシンジ君たち頼みだったし」
「せやったな…」
「そしたら、戦隊メンバーはトウジと綾波の二人しかいないわけか…参ったな」
再び考え込む二人
ふと教室入り口の方に目を上げるカヲル
少し顔をしかめる
遠慮なく声を放つ
「…何か用? 入ってきなよ」
扉口でためらう気配
やがて、他クラスの女子二人が入ってくる
きょとんとするトウジとケンスケ
「何や? 知り合いなんか?」
「昨日ちょっとね」
硬い表情のカヲル
何となく察するケンスケ
が、口にはしないでおく

607: 6/10 2015/12/21(月) 00:04:00.01 ID:???
冷たく目を細めて二人を眺めるカヲル
「残念だけど、今は留守だよ。最悪このまま戻ってこないかも」
小柄な一人がちょっとびくついてもう一人の腕を掴む
とりあわず、背の高い方の女子が頷く
「…知ってる。ここの様子、朝からしばらく見させてもらってたから。
 そのことで来た」
顔を見合わせるトウジとケンスケ

特別校舎の非常口付近
普段あまり使われない外階段の踊り場
文化祭の喧騒が遠い
人影のない昼下がりの陽だまりに腰を下ろしたシンジとアスカ
ケンスケの指示をいいことに教室を離れたものの、結局人目を避けてこんなところにいる
戻るのを引き伸ばす口実もそろそろ品切れ
しばらく会話も途絶えている
軽く両膝を抱えた腕に顎先を埋めているアスカ
頭を傾けて隣のシンジを見る
はっとしたように視線を向けるシンジ
力なく笑う
「…寒くなってきちゃったね」
「平気よ。このくらい」
あえて強く言いきるアスカ
押し黙ってしまうシンジ
横顔が硬い

608: 7/10 2015/12/21(月) 00:08:12.74 ID:???
朝からずっと続いている拒絶感
アスカに対しては開かれているものの、それでも伝わってくる感触は冷たい
唇を噛むアスカ
隣り合う二人の間にある小さな距離
隙間風のように落ちたお互いの影
いきなり腰を浮かして、そのままシンジに身体ごとくっつくアスカ
「わ」
とっさに横に手をつくシンジ
構わず体重を預けるアスカ
間近で目が合う
たじろいでいるシンジの目
まともに見つめるアスカ
深く見つめると吸い込まれていきそうな気分になる
でも渦に巻かれるようにそこに呑み込まれるのではなく、ただ傍に近づいて、手触りを伝えたい
昨日、めちゃくちゃになったアスカにシンジがしてくれたように
もう少し身体を押しつけるアスカ
黙って受け止めてくれるシンジ
気遣ってくれるのと慰められているのと、たぶん両方
なぜかそれに苛立ってしまう
呟くアスカ
「…私は、平気なの。どんな場所でも。あんたさえいれば」
睨みつけるような目になってしまうのが悔しい
わかってほしいと願う
それだけで心が絞られるように切ない
まっすぐ見据えるアスカ
まだ少しこわばった頬で、それでも微笑み返すシンジ
「…僕も」

609: 8/10 2015/12/21(月) 00:09:05.07 ID:???
切りつめられたような微笑
一度ぎゅっと抱きしめ、ちょっと身を離すアスカ
「ばか。あんたは平気じゃないでしょ。そんな顔しちゃって、無理ばっかして」
「…うん。わかっちゃう、よね」
アスカの髪の中にうつむくシンジ
そうっとその後ろ頭を撫でてみるアスカ
それから思い直して、もう一度覆いかぶさるようにしてきつく抱きしめる
腕の中でシンジが息を呑む
薄く目を開くアスカ
まぶたのふちにきらめく秋の陽射し
一瞬、このまま時間が止まることを強く願う
相互侵犯する共有という幻想
信じていないアスカ
(…ずっと二人だけならいいのに、って?
 そんなのごまかしよ。空想と同じだもの。一人でいるのと、同じだもの。
 だから、そう、駄目よ。わかってる、私はそんなのじゃ気が済まない。どんな嫌な思いをしても)
抱きすくめたまま囁くアスカ
「あんたを他の誰にも傷つけさせたくない。あんたの全部を私が見ていたい。
 あんたが傷つくぐらいなら、私がその痛みもつらさも全部引き受けて、打ち負かしてやるから」
呼吸をひそめたシンジの胸の鼓動
それが腕を上げる力になって、アスカの背中をそっと抱きしめる
頬がほてるのを自覚するアスカ
お互いにしか聞こえない声で呟くシンジ
「…わかってる。アスカなら、きっと、誰にも負けない。…僕とは違う」
言い返そうとしたアスカの動きをとどめるシンジの手
深い声が胸を伝わって響いてくる
「僕は、これからも何度も負けて、逃げてしまうかもしれない。でも」

610: 9/10 2015/12/21(月) 00:09:43.17 ID:???
「何度でも、また立ち上がって、逃げた場所に戻って、前に進めると思う。…進んだ先には
 きっとアスカが立ってると思えるから。だからずっと大丈夫。遅れても、必ず追いつくから」
黙って聞いているアスカ
強い風の中から懸命にこちらを見ているようなシンジの言葉
ふいに胸に理解が満ちる
微笑むアスカ
(…そっか。そうなんだ)
(シンジに見ててほしいから、私は勝ちに行くんだ。
 我慢しないであんただって戦っていいのって、そう言ってやりたくて。…一緒に行きたくて)
膨らむ暖かさが笑い声になって小さく洩れる
「…そんなの、わかってるわよ。馬鹿シンジ」
そっと頭をもたげる二人
赤くなった顔を見合わせて思わず笑う
「…戻ろっか?」
試すように訊くアスカ
ほんの少しひるむシンジ
それでも頷く
「うん。皆に迷惑かけちゃったね」
にっと笑って先に立ち上がるアスカ
「いいのよ、主役なんだから。脇役も裏方も、ちょっとぐらい待たせて当然よ」
「当然、かなぁ…」
手を掴み、引っぱって立たせる
立ち上がるとアスカより背の高いシンジ
一瞬眩しげに見上げるアスカ
負けじと階段を一段登って見下ろす
「無理することないわ。でも、逃げ出すのもしゃくでしょ? だったらマイペースで戻ればいいのよ」

611: 10/10 2015/12/21(月) 00:10:23.95 ID:???
「昨日のことなんかで私らがいじける必要もない。陰でひがむような奴には、前より十倍輝いて
 うらやましがらせてやるのが、当ったり前なのよ」
アスカを振り仰いで、ふっと素直に笑うシンジ
初めて空と陽光を意識する
こだわっていた自分が嘘のように身体が軽い
「…うん。そうだね。それ、…すごくアスカらしくて、好きだよ」
脆くて大切なものを支えるように口にする
真正面から受けてしまうアスカ
「…ばか」
ごまかすように前髪をかきあげる指が細い
階段を昇るシンジ
軽く睨むアスカの手を取る
「いい? 行くわよ」
「うん。アスカ」
並んで校舎に入る二人
揃った足音が廊下に踏み込んでいく
背後で非常口の扉が閉まり、ガラス面が戸外の光をまばゆくはね返す



【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】 chapter4


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