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このchapterシリーズは
【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】No1~6,story1~3とは別の作者の方が書かれたssです

シリーズもの&完結していますので、編集の完了までお待ちいただけると幸いです。

【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】chapter1


【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】chapter2



【明城学院】シンジとアスカの学生生活【LAS】chapter3
6: 1/8 2015/12/23(水) 15:55:03.63 ID:???
「ほんまに上手く行くんか…?」
危ぶむ顔でケンスケのを追いかけるトウジ
指の先で眼鏡を直し、さらに大股になってずんずん進むケンスケ
「上手く行かせる。だって他にいい方法、あるか?
 シンジの性格からして、策を弄して搦め手から行っても拒絶される。上っつらじゃ感づかれる。
 だとしたら外堀埋めて、正々堂々、正面から民主的に頼むしかないだろ」
「…民主的なぁ」
ますます疑惑の目になるトウジ
「立派に民主主義だよ。ちゃんと多数決の形態を取ってるだろ。しかも企画が全て通れば、
 やりたい奴は誰でも参加可能。ラストを盛り上げるにはピッタリだろ。
 この作戦、毎年フィナーレ失速で悩んでる実行委員会が蹴るはずがない! 異論反論は
 俺がその場で却下する! 見てろ!」
「…めっちゃ策を弄しとるやん…」
聞いてないケンスケ
眼鏡を光らせ、急ごしらえの企画書(ルーズリーフの束)を掴んで怪気炎をあげる
「いいか、だから援護頼む! 行くぞ! …頼もーう!」
溜息つくトウジを従え、勢いよく『文化祭実行委員会臨時本部』の扉を開く

「投票、ありがとうございまーす」
「皆にもどんどん話して、広めてねー。私たちのバイト代もかかってんの。お願いっ!」
あえてぶりっ子キャラ全開で笑顔を振りまくミドリ
友人たちが面白半分で立ち止まる
「よそのクラスのバイトしてんだ?!」「あはは、何やってんのー。まあ自力でガンバレ」

7: 2/8 2015/12/23(水) 15:55:47.53 ID:???
「えー、なんか皆冷たいー。私がんばってるじゃん!」
ぽってりした唇を突き出すミドリ
「でも面白いよ、これ。部活の方にもついでに広めとこ」「バイト代までは知らないけど!」
「これ2-Aで渡せばいいんでしょ? じゃ、無料ドリンクもらいにいこー。ラッキー」
「午前中は衣装チェンジもしてたし、よく考えるよね」「成功するといいね」「ファイトー」
「ありがと、よろしくぅ」
手を振るミドリ
片手の看板を見上げて、ふうとひと息
冷静にポイント集計するスミレ
残りのワッペンを数えながら歩き出す
横目で見ながらぶーたれるミドリ
「あー、思ったよりめんどくさーい。
 やるなんて言わなきゃ良かったかもー。結局、あたしたち二人だけだし。だいたい、
 謝りに行こうって言ったときすでに皆やる気ゼロだったよね。ふこうへーい」
「渚のあれで済んだ気になっちゃってたからね。今更謝るなんて気が重いんだよ、皆」
緩くウェーブのかかった前髪を顔の前から払いのけるスミレ
「もう関わりたくないって思うのも仕方ない。個人の気持ちの問題だし、強制はできないよ。
 それより、あたしはミドリがやるって言ってくれたことの方が不思議だな」
「あ、何それ傷つくー」
また唇をとがらせるミドリ
目を逸らして看板を持ち上げる

8: 3/8 2015/12/23(水) 15:57:17.47 ID:???
「だってカッコ悪いじゃん。そりゃめんどくさいのは嫌だけど、言われっぱなしも嫌だし。
 …碇君のあの怒った顔見せられて、それで何もしないとか、あたしどんだけ嫌な奴?って」
顔を向けるスミレ
ちょっと口元に笑いを含む
照れまじりに怒った口調になるミドリ
「惣流のこと全部認めるのは、まだ無理。だって態度でかいのはホントだもん!
 同じハーフで帰国子女なら、ちゃんと周りに溶け込んでるスミレを見習えっての」
「あたしとはタイプが違うよ。それにあれはあれでキツイと思うよ、…そのキツイ原因を作っといて
 言うのは矛盾してるけど。…どうかしてた。今わかっても遅いけどね」
「ほらまたー。頭にくるならくるでいいじゃん。私まだ生理的には納得してないよ?
 だからただ謝るだけってのはちょっと…でも何かリアクションしたいとして、仕返し方向が絶対
 嫌なら、あとはできる形で応援する側に回るしかないじゃん。もちろん文化祭限定でだよ。
 …それと、これでまた堂々と渚君と話せるしっ」
跳ねるように階段を下り、つやつやした髪を弾ませるミドリ
苦笑するスミレ
「結局そっち? まあ、いいんじゃない。義務感とか開き直りで『やってあげる』になるよりは」
「そーゆうこと。まー、要するに、私なりにやってみたいことあった、だからやる、ってだけだよ。
 お祭りだしさ。私はもう資格ないけど、せめて惣流たちには、笑顔で終わってほしいじゃん?」
振り向いて、制服の胸に留めたワッペンをつっついてみせるミドリ
頷いて追いつくスミレ
二人でまた看板を掲げて呼びかけを始める
そろそろ勢いの落ちてきた文化祭の人波

9: 4/8 2015/12/23(水) 15:58:23.53 ID:???
食堂で遅い昼食をとるシンジとアスカ
隅のテーブルの端っこで向かい合う
近くの体育館や多目的小ホールでは午後の部が始まり、音楽や演劇の声が洩れてくる
これが見納め!とばかりに声を嗄らしていた呼び込みの姿も今はない
人はほとんど見物に流れて食堂は閑散としている
目立たずに済むことに安堵しつつ、ちょっと苦笑いのシンジ
「『行くよ』って戻ってきたつもりなのに、こんなとこで呑気にしてていいのかな」
「何言ってるのよ。腹が減っては戦はできぬって言うでしょ。
 ほら、この私がおごってあげたんだから、ちゃんと食べる!」
「うん、ありがと…」
購買部に残っていた一番安いおにぎりのパックを開き、素直にかぶりつくシンジ
もぐもぐやりながらもう一度溜息
両肘ついて身を乗り出すアスカ
「何よ、まだ何か不満があるわけ」
「…不満って言うんじゃないけどさ」
飲み込んで、アスカをじーっと見据えるシンジ
「お昼食べるのも、ちょっとぐらい息抜きしたいのもわかるけど…
 でも、『どうせなら』って文化部の展示全部回ったり、空いてるからって普通にお化け屋敷
 入ったり、茶道部でお茶とお菓子もらって寛ぐのはどうなのかな、って思うかな、さすがに」
「な、何よ」
ぐっとつまるアスカ
上体を戻して軽く腕組みしてみせる

10: 5/8 2015/12/23(水) 15:59:45.50 ID:???
「別にいいじゃない。私たち、昨日はバタバタして結局お昼休憩しかなかったし、今日は今日で
 午前中ほとんど接客だったし。働きづめでまともに文化祭楽しめてなかったもの。ちょっとぐらい
 羽根伸ばしたって、罰は当たんないわよ」
「…罰はともかく、皆に悪いと思うんだけどなぁ」
「何か言った!」
再びテーブルに乗り出して、ほとんど額と額がくっつきそうに距離を詰めるアスカ
突然迫ったアスカの髪の匂いにうろたえるシンジ
思わず笑ってしまう
「言ってない。…でも、ありがとう、アスカ」
「なにがよ」
まだむくれた顔のままのアスカ
覗き込まれた体勢のままで見上げるシンジ
「すごく楽しかった。…隣で笑ったり驚いたり、一緒に楽しんでくれる人がいるだけで、こんなに
 文化祭が楽しく思えるなんて、知らなかった。…初めて、人に囲まれるのが嫌じゃなかった。
 ありがとう。一緒にいられて、良かった」
たじろぐアスカ
言葉に迷い、結局いつもの台詞にする
「…ばーか。
 自分で壁作ってないで、もっと早く気づきなさいよね」
おでこをこつんと当てる
反射的に目をつぶるシンジ

11: 6/8 2015/12/23(水) 16:00:27.78 ID:???
閉じてちょっと震えるまぶたを間近で見つめるアスカ
ひそかに微笑む
口調だけは強気で付け足す
「…絶対に避難するなって言ってるんじゃないの。怖かったら、逃げても隠れてもいいの。だけど
 楽しいことだってあるんだから、諦めちゃったら、もったいないでしょ」
額を離し、柔らかく見開いた目で見つめ返すシンジ
「…うん。…君といる方がいい。
 そうだ、ねえ、これからはさ、…いつもとは言わないけど、もう少しこうやって、皆の前でも
 普通にしてみない? もちろん、アスカが嫌なら、今まで通りでいい」
ほんのわずかシンジを見つめるアスカ
すぐに大きく笑う
「ま、少しならいいわ。…だけどキスは当然駄目、手を繋ぐとかもなしよ? そういうのは、
 誰も見てないところでするから特別になるんだもの。大勢に見せつけて自慢する趣味もないし」
「そうだね」
一緒に照れ笑いするシンジ
安心したように身体を戻すアスカ
食堂を見渡す
軽音楽部か管弦楽部の公演が終わったのか、ぽつぽつ人が戻ってきている
「そうね、こんなふうに一緒にお昼食べるくらいなら、いいかもね。…そういう意味では、今日は
 嬉しかったな。シンジと堂々と一緒に食事できたんだもの。しかも普通のカッコで」
制服の袖を引っぱるアスカ
着てたら休憩にならないというケンスケの一言で、コスプレ衣装は荷物と一緒に教室の中
他のコスプレメンバーも二人が抜けるのを文句も言わず承諾してくれた
「うん。…あとでケンスケや皆に、そのこともお礼言わなきゃ」
穏やかに笑うシンジ

12: 7/8 2015/12/23(水) 16:01:18.25 ID:???
いろいろな人の配慮に囲まれていることを改めて実感する
時にはうとましいし、一方的に押し付けられたり、見返りを期待されることもあって、
優しく有難いだけでは決してない
それでもとどのつまり他人の間で日々を送っているということ
(自分で慣れて、馴染んでくしかないんだ。僕なりに。…一人じゃいられないってことに)
得体の知れない他人という不特定の塊
それでも一人一人は親しい人になりうるし、繋がっていける
その中で一番近い一人として今傍にいてくれるアスカの存在
一緒に同じ方向へ歩いていける人
シンジの微笑に戻った落ち着きに、自分も解放されるのを感じるアスカ
はにかみ混じりに笑い交わす二人
向き合っているだけでたわいないほど嬉しい
目と目で確かめ合い、どちらからともなく一緒に席を立つ
明るい色の髪を広げてくるりと振り返るアスカ
思わず見とれたのを隠さないシンジ
アスカも自然に微笑む
「休憩、終わり」
「うん。戻ろっか、皆のところに」
頷くシンジ
歩き出そうとしたところに声がかかる
「アスカ、碇君! 良かった、ここにいたのね」
「ヒカリ? どうしたのよ」
急ぎ足で近づいてくるヒカリ
はっとなるシンジ
「もしかして、教室で何かあった?! ごめん、いつまでもサボッちゃってて。すぐ行く」

13: 8/8 2015/12/23(水) 16:02:27.01 ID:???
笑って首を振るヒカリ
「ううん、違うわ。大丈夫だから、二人はゆっくり戻ってきて。それを伝えたかったの。
 あ! そうそう、必ず中央廊下、通ってきてね」
「え? 遠回りになるじゃない」
けげんそうなアスカになぜか悪戯っぽい笑顔を向けるヒカリ
「いいから。それと、私、このまま実行委員本部に戻るからって、鈴原たちに伝えておいて
 くれないかしら」
「あ、うん。わかった」
「いい? 二人とも、必ず通ってきてね」
何度も念押しして去っていくヒカリ
訳がわからず顔を見合わせるシンジとアスカ
「…どうしたんだろう。僕らがいない間に、やっぱり何かあったのかな。それに中央廊下って、
 何のことだろ」
気にせず先に立つアスカ
「いいじゃない。行ってみれば済むことよ。百聞は一見に如かず、ってね」
「…そうだね。クラスの方とも関係あるのかな」
とりあえず食堂を後にする二人
徐々に人の流れが戻ってきている校舎
あちこちのクラスではぼちぼち片付けも始まっている
早々に解体されている大道具や仕切り壁、山積みされた元・飾り付けやお品書きの類
祭が終わっていくというのに、妙に張りきって片付けている連中も見えるのがおかしい
種々雑多な賑わいを眺めながらゆっくり歩いていくシンジとアスカ

14: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2015/12/23(水) 16:05:03.67 ID:???
*追記
途中に登場した「ミドリ」「スミレ」は
Qのヴンダークルー、北上ミドリ(ピンクの子)と長良スミレ(操舵士)です(ただし女子高生)
自分は顔がわからないと動かしづらいので無理やり出演してもらいました

ではまた、通りすがりでした

19: 1/5 2015/12/25(金) 21:15:54.04 ID:???
こんばんは通りすがりです
今日は文化祭の続きではなく、番外としてクリスマスネタ一本行きます
一日遅れですがイヴの話として読んでいただければ嬉しいです
--------

終業式の夕方
街灯がともり始める時刻、並んで街を歩くシンジとアスカ
少し渋い顔のシンジ
「さっきはびっくりしたよ。昼間に終業式終わって別れたばっかりだっていうのに、突然家まで
 迎えに来いだなんて言ってくるから」
「どんな一大事かと思った?」
平然と微笑んでみせるアスカ
ちょっと頬をふくらませて頷くシンジ
「うん。…で、何かと思えば」
両手を見下ろす
手袋の指に食い込む大量の買い物
自分のバッグだけ持って前を行くアスカを眺めるシンジ
「…要するに、荷物持ちして欲しかったの?」
「違うわよ」
マフラーをなびかせてくるりと回るアスカ
後ろ向きになって歩きながら答える

20: 2/5 2015/12/25(金) 21:16:45.73 ID:???
「ちゃんと言ったでしょ。クリスマスの買い出しに行くからエスコートして、って。
 マリが仕事遅くなるって言うから、急に私一人で済ませなきゃならなくなったのよ。で、
 どうせなら」
まだむすっとしているシンジを上目遣いに覗き込む
「…荷物持ち?」
「ううん。あんたと一緒に歩きたかったの」
ストレートに言われて、とっさに何も返せなくなるシンジ
茶化すでもなく真顔で見つめてくるアスカ
「…そんなの、いつもやってるじゃないか」
「冬休み中はいつ会えるかわかんないでしょ。あんたは年末年始にまた帰省するだろうし、
 こっちにいる間くらい、一緒にいる時間、増やしとこうかなって思ったのよ」
うろたえてしまうシンジ
勝気な笑顔から一転、睨むアスカ
「何よ、嫌だったら来なきゃいいじゃない」
「そんなこと言ってないだろ」
背を向けてずんずん行くアスカに追いつくシンジ
ちらりと視線だけ投げてくるアスカ
少し黙り、正直に言うシンジ
「…僕だってそうだよ。学校終わったばかりなのに、もう寂しい。…みっともないけど」
隣で上下するアスカの頭を見つめるシンジ
明日からは、何もなくても毎朝並んで歩けた学期中のようにはいかない
口にして改めてその事実を噛みしめるはめになる
小さく溜息をつくシンジ
突然、横からぶつかってくるアスカ

21: 3/5 2015/12/25(金) 21:17:35.47 ID:???
「うわっ」
両手がふさがっていて防げないシンジを素早く抱きしめ、ぐいっと顔を近づける
「え、アスカッ、…ちょっとっ」
周りの視線を気にして焦るシンジ
腕を緩めないアスカ
逃げられないシンジを間近でじいっと見つめる
小さく笑う
「…正直に言ったから、許してあげる」
頬に軽くキスしてぱっと身を離す
真っ赤になるシンジ
アスカの唇が残したかすかに湿った感触
頬が燃えるように熱いまま、置いていかれまいと人の流れに乗る
振り返るアスカ
悪戯っぽい笑顔で周囲を指さす
「馬鹿ね、誰も気にしやしないわよ。今日は」
つられて見渡すシンジ
まばゆいイルミネーションの下をせわしなく、けれど楽しそうに歩く人々
ショーウィンドウに見入る二人連れ、繋がれた手と手、ツリーの下で堂々とキスする一組
言いながらも照れているらしく、自分も顔を上気させているアスカ
にっこりするシンジ
「…そっか。クリスマスだもんね」
「そ」
頷くアスカ
さっきより少しお互いの距離を縮めて、また歩き出す二人
「そうだ、クリスマスケーキは? まだ見てないけど」

22: 4/5 2015/12/25(金) 21:18:11.59 ID:???
「あ、ケーキはいいの。ママがね、ドイツからシュトーレン送ってくれたから。
 今年は一緒に祝えないから、ってね。お詫びに、今年仕事先で見つけた中で、一番
 おいしいお店のやつ予約してくれたんだって。小さい頃から毎年恒例だったの、ママは忙しくて
 手作りは無理だから、クリスマスシーズンまでに必ずいいお店を見つけて、そこのシュトーレン
 買ってきてくれるの。アドヴェントには届いて、もう飾ってあるのよ」
少し幼い笑顔になって喋るアスカを見つめるシンジ
「ナイフを入れるのは今夜が初めて。マリの味見も阻止したし。あー、食べるの楽しみ!
 …そうだ、シンジ」
熱っぽい笑みを残したままの顔を向けるアスカ
自然に目で微笑むシンジ
「ん?」
「帰ったら、少しうちに寄ってかない?」
きらきらした目で覗き込んでくるアスカ
大いにうろたえるシンジ
また耳たぶまで熱くなる
「…それって」
笑うアスカ
「何変なこと考えてんのよ。お茶淹れて、特別に最初の一切れ、ごちそうしてあげる。
 今日付き合ってくれたお礼と、約束守って毎日帰り送ってくれたことへの感謝ってとこ。…すぐに
 マリが帰ってきちゃうから、それ以上の何かを期待しても無駄よ」
怒ったふうを装って顔をそむけるシンジ
「…別にっ、期待とかそういうのはしてないよ」

23: 5/5 2015/12/25(金) 21:19:01.29 ID:???
「嘘ばっか。期待もシタゴコロも、顔に全部出てるわよ」
「え…嘘っ、ホントに?!」
「ばーか。すぐ本気にするんだから」
「ええ?! 何だよそれっ」
心底おかしそうに明るく笑い声をたてるアスカ
むくれながらも結局許してしまうシンジ
天を覆っていた薄い雲が晴れ、冴えた夜空が覗く
イルミネーションの向こうを指さすアスカ
「あ。見て」
アスカの指の先に金色の円い月
にぎやかな街の灯りにも負けずに滴るような輝きを放っている
「きれい」
素直に呟くアスカ
頷いて、重い荷物を持ち直すシンジ
「…じゃあ、帰りはずっとあれを見ながら歩いていけるね。一緒に」
「うん」
シンジの笑顔を見てくっついてくるアスカ
腕に抱きついてしっかり掴まえる
その手の強く引っぱる力に身を預けるシンジ
「今日、来られて良かった。ありがとう、アスカ」
「馬鹿ね。お礼ならちゃんと家についてから言いなさいよね」
ますます混雑を増して行き交う人波の中、しっかり寄り添って歩いていく二人
しだいに高く昇る月が金色に地上を照らしている

41: 1/8 2016/01/07(木) 23:26:54.83 ID:???
こんばんは
世の中明日から新学期だというのに未だに文化祭書いてる通りすがりです
まとまらないのは平常運転ということで、続き行きます orz
-------

文化祭終了まであと一時間
最後の熱気で賑わう校舎を通り抜けていくシンジとアスカ
食堂でヒカリに言われた通りゆっくり2-A教室に戻るつもりが、だんだん調子が狂ってくる
知り合いという知り合いが二人を見るなり声をかけてくる
普段ほとんど接点のない他学年からも気さくな言葉を向けられる
そこまでせずとも、視線や目配せ、興味深そうな表情になるだけなら軽く倍はいる
「お、ほんとにコスプレしてない」
「じゃあマジなのか!」「マジだろ、よその女子も巻き込んでたし」「やべ、ちょっと投票してくるわ」
「宣伝見たよー。すごいね、がんばるね」「部活の皆で票入れといたから!」
「お願いしますよ碇君、惣流様のあのお姿をもう一度拝みたいんですよ」
「そうだよ、俺、まだ改造バージョン見てないんだよ。頼むよー」「実行委員指名なんてやるぅ」
「あーもう解散ムードだったのに、これじゃ早退できないだろ」「責任取れよ? いや、冗談」
「これで企画倒れなんてことないよね?」「今年はサボんないで閉会式出るつもり」
「行ってきたぜ2-A。がんばれよ」「票、入れといたからな」「楽しみにしてるよー!」
怪訝ながらもとりあえず受け流していく二人
少しこわばってきた顔を見合わせる
ほとんどくっつきそうな互いの肩
硬く眉間に力がこもるシンジ
「やっぱり何か起きてるんだ。僕らがいない間に、どうなってるんだろう…?」

42: 2/8 2016/01/07(木) 23:27:28.56 ID:???
同じくぎゅっと眉をひそめるアスカ
が、不快そうではない
「行けばわかるでしょ。ほんとに大ごとなら、さっきヒカリが言わないわけないわ。
 …まあ、知らないところで自分たちがネタにされてるらしいってのは、気に食わないけど」
不敵に微笑む
「どうせあのメガネ馬鹿がなんか愚かなことたくらんでるんでしょ。
 …平気よ、私。だから、あんたも」
言いさした横顔に一瞬だけたゆたう願いの色
受け止めて、頷くシンジ
素直に笑う
「うん。平気でいられる。…と思う」
「ばーか、彼女の前でくらいカッコつけなさいよ」
軽くシンジのおでこを弾くアスカ
そろそろ本館と別館を繋ぐ中央廊下
実行委員会の出張所や何個も並んで設置された臨時掲示板の列が見えてくる
その手前、直行する別の廊下からどこか耳慣れた声
相前後して立ち止まってしまう二人
「…ねえ、あれって」
「うん。もしかして」
目と目を見交わして覗いてみる
奥の教室の前に人だかり
人混みの真ん中から不思議に張りのある声が届く

43: 3/8 2016/01/07(木) 23:28:01.70 ID:???
「…私たちが活躍できるかは、皆さんにかかってるんです。
 賛成してくれる人が多ければ本当に二人も戻ってきてくれるかもしれない。そのために、
 私たちに、皆さんの声を貸してください。…あっ」
突然声を呑んだレイの視線を追って振り返る一同
その注視を集める恰好になって慌てるシンジとアスカ
「おおー」「あれが問題の」「ヤラセじゃないっぽい」「へえー」「なるほど」
好奇心を隠さないたくさんの目
たじろぐ二人
「…な、何だよ」
とっさにアスカを背後にかばうシンジ
と、前方でも同じように、手にした看板を背中に隠すコスプレ姿のレイ
「あ…駄目、まだ秘密なの。言わないで」
慌てた素の声で周囲を見回し、後ずさる
「…ごめんなさい。続きは別の場所で、説明します」
そのまま看板を抱えてぱたぱたと走り出すレイ
「え?!」「ここで切るの?」「何何ー?」「待って!」「よしきたー」
面食らった数人と面白がった何人かがレイを追いかけていく
残り数名も二人を気にしつつ撤収する
取り残されるシンジとアスカ
「…? 何がどうなってんのよ」
「今の、綾波だよね…? 秘密って言ってたけど、僕らに秘密ってことかな」
小さく鼻を鳴らすアスカ
「それしかないでしょ。ったく、ますます怪しいったらないわ」
困惑するシンジ
「どうする? まあ…ここまで来たら、言われた通り中央廊下通って戻るしかないけど」

44: 4/8 2016/01/07(木) 23:29:28.18 ID:???
「そこが癪なのよね、上手いこと乗せられてるって感じが」
ケンスケ辺りを思い浮かべているのか、一種険悪な目つきになるアスカ
ふっと表情を緩める
「…けどいいわ。ここまで来て尻込みするなんて、主義じゃないし。
 それに、ヒカリとレイが中身を知った上で乗せられてるんだもの。きっと大した面倒じゃないわ」
きっぱり言い放った語尾ににじむ別の配慮
何となく通じてしまうシンジ
「委員長や綾波のこと、信じてるんだ。…僕のことなら心配しないでよ。アスカがいるなら、
 どこにだって、僕は行くしかないから。でなきゃ僕は僕でいられない。もう、そうなってるんだ」
ぱっとシンジを見るアスカ
一瞬揺れる瞳の深さ
微笑
「…大げさね。…行きましょ」
「うん」
改めて中央廊下に踏み込む二人
無意識に警戒しつつ進んでいく
実行委員の駐在席は空っぽで、片付けに入ったのか広い廊下そのものが閑散としている
何となく掲示板を一つ一つ眺めていく二人
実行委員会からのお知らせ、注意事項
体育館などの主な公演日程表
全体のイラスト地図
やがて、真ん中の掲示板の前で二人の視線が固まる
どちらからともなく立ち止まる

46: 5/8 2016/01/07(木) 23:31:35.05 ID:???
『文化祭写真コンテスト 一般投票ランキング中間発表』
模造紙にマジックの文字列の下、文化祭の時間を切り取った幾つもの写真が貼られている
スマホ撮影のいかにもな記念写真風から、写真部が撮ったらしい本格的なスチールまで
多数の応募写真から特に得票数の多かった十数点が大きく上部に掲示されている
「…なんで」
袖口を引っぱられるシンジ
見下ろすと、ぎゅっと捕まえているアスカの白い指
無防備に目をみはった横顔
「私たちが、こんなにいるの…?」
答えられず、ただアスカの手をほどいてちゃんと握りしめるシンジ
見つめる二人の目の前に並ぶ写真の群れ
その大半に写ったシンジとアスカの姿
接客中の二人 看板構えた校内巡回の二人 コスプレのまま休憩する二人
不思議と、どちらか一人ではなく、必ず二人のところを捉えているものが大多数
得票が多い写真には必ずしっかり二人が揃っている
訳がわからないアスカ
コスプレ姿の自分を嫌らしく写したものや二人を揶揄したものぐらいは覚悟していたつもり
なのに、どう受け止めていいのか全く掴めない
真っ白な事実の怖さ
「…ほんとだ」
傍らでほっと息をつくように呟くシンジ
視線だけ向けるアスカ
「きっと、あの子たちも言ったんだよね。アスカに」
「…え」
理解した瞬間、全身の血が逆流するような悪寒を覚えるアスカ
女子トイレで向けられた顔のない悪意たち
(いいよね公認のオトコがいる人は)(愛しの碇君)(見せつけちゃって)

47: 6/8 2016/01/07(木) 23:32:39.55 ID:???
(誰も見てないとでも思ってたの?)(いい気になりすぎ)(陰じゃ皆がそう言ってるんだよ)
顔をそむけ吐き気をこらえるアスカ
(嘘。シンジには何も話してないはずなのに…違う、もしかして、本当は聞こえてて)
自分でも驚くほどの強烈な拒絶感
両膝からくずおれそうになる
見開いた両目を前に据えるだけで精一杯のアスカ
悟る
(ああ、私、やっぱり、最低だ。
 偉そうなこと言ってシンジを諭したりして。…なのに信じてない。あの時と、何も変わってない)
(抱きしめてくれたのに…それだけじゃ、変われないんだ、私は)
(シンジはずっと私を見てたくて、苦しいくせに変わろうとしてくれてるのに)
「…アスカ」
はっとなるアスカ
凝集していたような周囲の空気が融ける
シンジの方を向くのが怖い
が、シンジが続けたのは別の言葉
「行くのが遅くて、あの子たちが何を言ってたのか、僕も渚も聞いてないけど…
 これ見てたら、なんか少しわかる気がするんだ」
思わず、きっと向き直るアスカ
ちょうど向けられたシンジの眼差に脆い虚勢が崩れる
頼りないくせに芯の強い目
それに値する存在になりたいと願ったのは自分
その自分自身で、傷つけるだけの情けない甘えの言葉を今は呑みこむアスカ
シンジの目が気遣う
一度まぶたを閉じるアスカ
意識して開いて、見つめ返す

48: 7/8 2016/01/07(木) 23:34:35.78 ID:???
とまどったように揺らぐシンジの表情
「…先。言いなさいよ」
「…え」
もう自分を取り戻しているアスカの勝気な顔
「そんな言い方されたら気になるでしょ。ほら、聞いてるから」
あんたの傍で、という言葉は声に出さない
でも願いはもう目に満ちている
微笑むしかないシンジ
少しうつむく
「当たり前だけど、…皆、僕たちのこと見てるんだよ。幾らこっちが気をつけてたって、
 ずっと一緒にいるんだから、どこかで誰かが見てる。見て…何か思うっていうか、感じる」
やや翳る声をじっと聞いているアスカ
「別にいいかって受け入れてくれる人もいるし、どうしても違和感あるって人もいる。
 アスカが昨日出遭ったのは、結局は、そういうことじゃないのかなって。
 …だからアスカが自分を責めたりすることない。だって、それはその人たちだけのことだ。
 それに、その反対だって、こうしてあるんだから」
言いながらいつか顔を上げているシンジ
見つめるアスカ
少し仰ぎ見る角度なのが、今はひそかに嬉しい
でも言葉ではそう言わないでおく
「…ばぁーか。もっと堂々と言いなさいよ。
 『その反対』じゃなくて、『あの二人、なんかいいな』って思ってる奴も多い、ってことでしょ。
 ううん、むしろそっちが圧倒的多数ね」
「え、ちょっとアスカ、それは」

49: 8/8 2016/01/07(木) 23:35:14.83 ID:???
反射的に周りを気にしてしまうシンジ
「何よ? 論より証拠、これを見れば一目瞭然よ。文句なんか言わせないわ。
 要は私たち、好感度高いってこと。自信持ちなさいよね」
「だから、…普通、自分でそんな風に言わないってば」
改めて照れた顔になるシンジ
血の昇った頬をちょんとつついてやるアスカ
「ヒカリが言ってたのはこれだったのね。…昨日のことがあってフラフラしてた私たちに、
 自信とか自覚を、取り戻して欲しかった」
「うん。そうだね、きっと」
頷くシンジ
ふふんと笑うアスカ
いろいろと疑問が氷解したという表情
何となくぎくりとするシンジ
「…となれば、この先に待ってることは一つしかないじゃない。行くわよ、シンジ!」
繋いだ手を握り直し、引っぱって大股に歩き始めるアスカ
慌てるシンジ
「急に何?! 一つって何だよ、ねえ、アスカ」
何かと不穏な予感がするが、結局、抵抗もなく引きずられていくはめになる
それを嫌だと思っていないことの安堵
「あんたもいい加減覚悟できたでしょ。他人なんてどうってことないのよ。向こうは見てる、
 けど見てどう思ってるかなんて、あんなふうに、案外簡単なことだったりするんだから。
 あんたはあんたでいればいいの。…たまに昨日みたいにフラつくけど、私もそうするから」
腕を引っこ抜きかねない勢いでずんずん行くアスカ
「…わかったよ。でも、待ってるっていうのは」
やっと歩調を揃えたシンジを振り返り、鮮やかな笑顔を見せるアスカ
「決まってるでしょ。主役の復活よ」

51: 1/7 2016/01/08(金) 22:52:32.95 ID:???
こんばんは今夜も文化祭の通りすがりです
まだもう一回はないと終わりません…

すみません、まず前回投下分の訂正から
前回冒頭(>>41)の「終了まであと一時間」コピペミスで消さないまま書き込んでしまいました
シンジとアスカ、残り一時間までダラダラしてるなんて幾らなんでもサボりすぎ…
二人にあんまりなのでなかったことにくださると有難いです orz
-------

2-A教室の前に佇むシンジとアスカ
入り口に飾ってあったはずの地球防衛カフェの看板がなくなっている
代わりに、閉じた扉にものものしく貼られた『地球防衛戦隊作戦室』なるコピー用紙
「…あからさまに怪しいわ」
不信丸出しのアスカ
ガラッと扉が開く
顔を出したのはヘルメット以外コスプレ衣装のトウジ
「お」
二人を見てにかっと笑う
振り向いて、教室内に声をかける
「おーい、来たで!」
おおーとかええーというざわめきが中で膨れ上がる
「…え」
思わず身を引くシンジ
その手を掴んで自分から前に出るアスカ
躊躇なく教室に踏み込んでいく
一歩引いて道を空けるトウジ
二人が入った後でまた元のように扉を閉める

52: 2/7 2016/01/08(金) 22:53:05.00 ID:???
緊張した顔でざっと周囲を見渡すシンジ
すっかり片付けられた教室
中央の机を囲んで集まったクラスメートたちの生き生きした表情
注目されると見るやすかさずシンジの手を離すアスカ
机に広げた紙面から顔を上げ、眼鏡を直して立ち上がるケンスケ
トウジに突っつかれて彼らの前に立つシンジ
既に仁王立ちで腕組みしているアスカ
「やっぱりあんたね」
睨みつけるアスカの肩に軽く触れ、ケンスケを見据えるシンジ
小さく溜息
「一体、何なんだよ、これ。皆まで…
 …僕らが朝から迷惑かけてたせいなら、謝るよ。遅くまで時間もらったことも。…ごめん」
頭を下げようとするシンジを遮るケンスケ
「いや、違うって。謝るのは…というか、頼むのは俺の方だ」
「え?」
不穏な感じに光るケンスケの眼鏡
「シンジ、惣流。俺の、今文化祭…いや、高校生活最大の頼みだと思って聞いてくれ」
「…は」
あからさまに嫌そうな顔をするアスカ
困惑しながらも苦笑するシンジ
「何だよ、そんな大げさなこと言わなくていいって。何?」
言いつつ、もう半分は予想している表情
やや勢いをくじかれるケンスケ
「…要するにまあ、今朝、一度断られたことなんだけどさ」

53: 3/7 2016/01/08(金) 22:53:58.08 ID:???
「…、うん。閉会式の話だよね」
弱く笑うシンジ
敏感にシンジの躊躇を察するアスカ
ケンスケにくってかかる
「何よ、今朝って!
 私、何も聞いてないわよ。勝手に人のいないところで話進めておいて、いざ本人が
 来たら都合よく頼むなんて、無責任。無神経にもほどがあるわ。いい加減にしてよ」
「う、いや、そりゃ…」
歯切れよく言い立てるアスカに押されるケンスケ
迷った目がトウジを見つける
皆の後ろから、しっかりせんかい、と小声で叱りつけるトウジ
思いきりへの字口になるケンスケ
ここで引く訳にいかず半ばやけくそで一気に吐き出す
「わかってる! だが敢えて頼む!
 朝話した、ただフィナーレに出演協力するってのとは全然違う。むしろお前らが主役だ。
 目立つなんて程度じゃ済まないと思う。だけどお前らを推したいのは俺だけじゃない!」
横に片手を突き出すケンスケ
笑って看板やポスターらしきものの束を手渡すクラスメート
ぽかんとするシンジとアスカ
地球防衛カフェのものを改造したらしき急ごしらえの宣伝
『文化祭実行委員会公認! 地球防衛戦隊最後の戦い!』
『文化祭フィナーレを完遂するため、戦隊メンバーがあなたのクラスを駆け抜ける?!
  …現在コース設定中!』

54: 4/7 2016/01/08(金) 22:55:47.88 ID:???
『ゴール:校庭中央をめざす戦隊メンバーを妨害する挑戦者(グループ可)を募集!
 対戦相手はコース次第! 我こそはという猛者を待つ!
 大道具等持ち込み可(ゴミはやめてください。by実行委員会)』
『映画部全面協力によるライブ撮影決定!(後日編集して上映会開催予定)』
唖然とするだけの二人
何人かがくすくす笑いながら別の立看板を運んでくる
顔をしかめるアスカ
「あ! また人の写真、勝手に…」
途切れる声
段ボールつぎはぎで拡大した一面いっぱいに躍る文字と、昨日撮った二人の写真
下方には大量のシールがべたべた並べて貼ってある
息を止めるようにして文字を読むシンジ
『セカンドレッド&サードパープル再登場なるか?!
 二人の復活はあなたの一票にかかっている(かもしれない)!
 投票結果により参加メンバー変動あり! 2-A他にて投票受付中(ドリンクサービス付)
  現在の投票数↓』
アスカの手がはね上がり、口元を押さえる
ざっと数えただけでも全校生徒の半数分以上はあるシール
途方に暮れたような顔で振り返るシンジ
引き結んだ口を緩めて笑ってみせるケンスケ
「何ていうか…こういうことなんだ。
 面白がってるだけの奴もいるだろうけど、結構な数の連中が、お前らのこと待ってるんだよ。
 だから頼む! もう一度、クラスの代表役やってくれ!」

55: 5/7 2016/01/08(金) 22:56:31.61 ID:???
喉がつまったようになるシンジ
アスカと目が合う
瞳の奥で少女の心細さが一瞬だけ揺れる
自分でそれを振り払って、シンジが心を決める前に、いつものように先に立つアスカ
勝気に微笑む
「上等じゃない。いいわ、受けて立つ。…あんたもよ? シンジ」
答えようとするシンジ
教室の後ろの戸が勢いよく開く
全員の注視を浴びてちょっと嫌な顔をするカヲル
シンジとアスカがもういるのを見つけて、更に顔をしかめる
「…なんだ。もう来ちゃってたのか」
呆れ顔で声をかけるトウジ
「当たり前やろ。集合時間決めといたやないか。毎回変なタイミングで顔出すやっちゃな」
「うるさいなー…委員長さんも回収してきたんだから仕方ないだろ」
後ろから遅れて入ってくるヒカリとレイ
コスプレ姿のレイはさっきの看板を抱えている
集計用紙の束を掴んだ手を上げて皆に振ってみせるヒカリ
「ごめんなさい! 職員室寄ってきたの。
 フィナーレの許可、正式に通りました! この投票数見せたら、先生たちもいいって!」
「サンキュー委員長っ」
級友たちを押しのけてヒカリから用紙を受け取るケンスケ
そのまま戻ってきてシンジの目の前に突き出す
「どうだ! 現在の最新の投票結果! 頼む、シンジ!」
無言で文字列を目で追うシンジ
集計数はさっきの立看板の分を越え、生徒数の四分の三近くに迫っている

56: 6/7 2016/01/08(金) 22:57:19.72 ID:???
小さく息を吸い込むシンジ
教室を見回す
クラスメートたち、意気込むケンスケ、腕組みして頷いてみせるトウジ、心配そうなヒカリ
いつもと同じ無心な信頼の目で見守っているレイ、めんどくさそうなカヲル
軽く両手を腰に当てて待っているアスカ
シンジにだけ見て取れる気遣いのたゆたい
静かに一つ呼吸して、力を抜いて笑うシンジ
「…そこまでされて、今さら、断るなんてできないだろ。
 やるよ。こっちこそ、よろしく」
アスカの目がきらっと光る
わっと盛り上がる教室
「うおお、ありがとうシンジ! くそ、みんな最高だ!」
既に感極まりそうなケンスケ
いつものごとく水を差すカヲル
「…最高はいいけどさ、どうすんの? あんな大見得切って、妨害チームなんか募集して、
 しかもコースも何も決めるのこれからだろ? これで失敗したら目も当てられないんじゃないの」
聞こえてないふりのケンスケ
ヤケ半分で張り切って采配を始める
結構本気で面白がって、活発な意見交換を始めるクラスメートたち
取り残される恰好で集まる当事者こと戦隊メンバー五人
それぞれ顔を見合わせて苦笑する
「…ほんま、どないなるんやろうな、ワシら。
 何や? 要はアドリブ障害物リレー、みたいなもんでええんか? …不安材料満載やな」
頭を掻くトウジに不機嫌顔するカヲル

57: 7/7 2016/01/08(金) 22:57:35.41 ID:???
「同感だね。はぁ…実際走るのは僕らだからって、作戦立てる方は気楽でいいよね」
ちょっと笑ってカヲルをつつくレイ
「駄々こねないの」
「そうよ。こんな大役、私たち以外に誰ができるっての? ここまで来て手を引くなんて論外よ」
「…君の『私たち』って、なんとなく君とシンジ君しか入ってない気がするけどね」
「はぁ?! どういう意味よそれ!」
「やめんかい、戦う前にワシらが仲間割れしてどうするんや」
レイが困った顔を向けてくる
本気で怒り出しそうなアスカを抑える形で、仕方なく口を開くシンジ
「まあ、きっと、何とかなるよ。
 確かに危なっかしすぎるけど…できたらさ、楽しんでもらおうよ。賛成してくれた学校の皆に」
騒ぐのをやめて、それぞれに頷きを返してくれる四人
今もさっきも、ごく自然に、構えない普通の笑顔になれていたことに気づくシンジ
アスカの目が笑う
背後でまたどっと盛り上がる教室
大きく傾いた午後の陽射し


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60: 1/19 2016/01/11(月) 23:59:21.60 ID:???


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明城学院高等部文化祭最終日
外部からの参加客は帰り、夕闇に校舎の明かりがこうこうと並ぶ
否応なくみなぎる期待の雰囲気
位置に向かいつつ、想像以上のプレッシャーに肩をすぼめるシンジ
「…なんでこんなことになっちゃったんだろ」
「成り行きだよ。単に」
簡潔に言い捨てるカヲル
嫌な顔をするシンジ
補修した自分のコスチューム姿を見下ろしてさらに溜息
「つまりさ…無駄な抵抗は諦めろってこと?」
「まあね。考えても仕方ないことは考えない。動いた方が楽だよ。状況も変わるし」
「そりゃそうだけどね…」
「何だよ、腹を括ったのかと思ったらまだ恥ずかしがってんの? しょうがないなぁ君は」
やや意地悪な目で笑うカヲル
むっとしてそっぽ向くシンジ
「…悪かったな」
「じゃあさ、こう考えてみなよ。皆に見せるつもりで行かなきゃいい」
「何言ってるんだよ、そんなの無理だって」
「だからさ。皆に見てもらおうとしなきゃいいんだよ。君はただ…」
目を向けてちょっと黙るシンジ

61: 2/19 2016/01/11(月) 23:59:47.00 ID:???
悪戯っぽいような、けれどひどく優しい表情をしているカヲル
「…アスカさん一人に、見せに行けばいいのさ。君なりのカッコ良いところってやつを。違う?」
言い返そうとして、結局笑ってしまうシンジ
頷く
「…わかったよ、渚」
目元だけで素早い笑みを返すカヲル
「じゃ、僕はこっちだから。がんばりなよ」
軽く肩を突いてシンジから離れる
少し笑って見送るシンジ
根深い不安と困惑を振り払うように一人で小さく気合を入れる

「どう? どっか変じゃない?」
身体を伸ばし、背後のレイに訊くアスカ
補修に使った赤テープを手に、一歩離れてみて頷くレイ
「平気。綺麗よ」
ちょっと睨むアスカ
「…って、そういうことサラッと言わないでよね」
「だって、本当だもの」
「んもうっ」
軽くぶつ真似をするアスカ
微笑むレイ
自分も支度する
真顔になってその少女らしいしぐさを見つめるアスカ
「…ありがと、レイ」

62: 3/19 2016/01/12(火) 00:00:50.22 ID:???
「何?」
不思議そうに顔を上げるレイ
ぱっと目を逸らすアスカ
「今回。いろいろ。…昨日、シャワー終わるまでいてくれたこと、とか。
 レイが傍にいてくれて…シンジのこと、一緒に見送ったり、話したりできて、良かった。上手く
 言えないんだけど、すごく安心できたもの。馬鹿シンジとはまた違う感じで、ね」
軽くうつむくレイ
かぶさる髪を指先でそっとよける
「私も同じ。二人を見てると安心する。…何か、願いが、叶った気がして」
「え」
ふと不安げな表情になるアスカ
時たまレイが見せる底知れない深さ、いたたまれないほどの優しさ
素早く覆ってわざと無造作に言い返す
「なーに言ってんのよ。あんたの願いはカヲルとでしょ。まだ先は長いんだから、こんなとこで
 安心しちゃ駄目。油断大敵!よ」
「うん。そうね」
真面目にこっくり頷くレイ
にっこりするアスカ
急に踏み込んでレイの頬をつっつき、つかまる前に笑って教室を逃げ出す

『さあやって参りました今年度文化祭フィナーレ!
 今年はなんと現場参加型イベント開催! 戦場はキミの教室だ!
 果たして、2-A地球防衛戦隊は、校内に控える数々の障害を突破し、閉会式会場である
 校庭へたどり着くことができるのか?!
 …放送部・映画研究会による独占実況&生収録でお送りいたします!』

63: 4/19 2016/01/12(火) 00:01:20.62 ID:???
アップテンポのBGMとともに始まる校内放送
うわーっとどよめく校舎
スタート地点の2-A教室前
とんとんと靴のつま先で床を打つレイ
くすっと笑う
(きっと今頃、碇君、困ってる。大ごとになっちゃったなって。アスカは、きっと平気な顔してる)
『ルールは簡単!
 本番まで非公開のコースに沿って走る戦隊メンバーを、応募した各チームは事前申請した
 地点にて妨害。突破されるまでに最も時間を稼いだチームには、文化祭実行委員会より
 豪華商品が授与されます!』
身体をひねって黄色のコスチュームをチェックするレイ
手には陸上部提供の赤いバトン
胸を静めるようにひとつ深呼吸
周囲には見物の生徒たちが壁を作り、興奮気味に出発を待っている
『走者がいつどこに現れるか、そしてバトンタッチのタイミングは本番に初めて明かされます!
 また各妨害チームの用意した作戦は、走者たちには知らされていません! 展開は
 全く予想できません! 一体どうなってしまうのかっ!』
人垣の前にはハンディカメラ二台他機材を構えた映研部員たち
マイク片手に実況する放送部員
時間計測のためストップウォッチを持って立ち会う文化祭実行委員
校内各所に、ヒカリを含め他にも実行委員たちが待機している
『スタート地点はここ2-A前! 最初の走者はファーストイエロー!』

64: 5/19 2016/01/12(火) 00:02:20.71 ID:???
スタッフの少し後ろに、何だかんだで一番心配そうな顔をして立つケンスケ
戦隊メンバーと一緒に回るつもりらしい
ちょっと笑いかけるレイ
すぐ床にテープで描かれたスタートラインに屈みこむ
実行委員が放送部に耳打ち
『はい? …おっと、では準備が整ったようです!
 それではいよいよ開始です! …3! 2! 1! スタート!』
全身で飛び出すレイ
「?! はやっ」
ざわめいて輪を解く見物
慌てて追いかけるスタッフ一同
廊下にむらがる生徒たちが驚いた顔で道を空けていく
階段を駆け上り、最初の教室に飛び込むレイ
「え?! もう来たの?!」
驚きの声には取り合わず、喫茶店のセットを流用した机と椅子の迷路を抜けていく
教室出口でばさっとカーテンが目の前に落ちてくるが、対して動揺もせずに突破
しなやかに廊下をまた駆け抜けていく
茫然と後ろ姿を見送る最初の妨害チーム
実行委員会がストップウォッチを示して、首を振る
『…なんと最初の妨害地点はわずか14秒で陥落! 強い! 強すぎるぞ防衛戦隊!
 女子だからと甘く見てはいけなかったー!』
実況しながら次の地点へショートカットする撮影班
俄然盛り上がる校内
走るレイの前後を歓声とどよめきが一緒に移ろっていく

65: 6/19 2016/01/12(火) 00:02:49.52 ID:???
次の教室を突破し、息を弾ませて走るレイ
ショートカットを使いながらも必死の面持ちで後を追う撮影班と実行委員、およびケンスケ
三階連絡通路で立ちふさがる管弦楽部チーム
各自重いか大きい楽器を持ってバリケード代わりにする構え
ちょっと迷うレイ
『おーっとこれは難問だ! 何と全て学校楽器だから傷つけるとオケ部の責任問題に!
 セコいぞオケ部チーム! そして楽器を傷つけず通るにはどうすればいいのか!
 さあどうする?!』
さすがに困るレイ
通路幅的にすり抜けるのは難しい
時間がどんどん経っていく
と、管弦楽部員たちの先の人垣をかきわけてコスプレ姿のカヲルが顔を出し、叫ぶ
「レイ! 上!」
驚くレイ
「…どうして、交代、まだ先なのに」
笑うカヲル
「大変そうだから迎えに来たんだよ。当然だろ。…ほら、投げて」
はっとして手のバトンを見るレイ
すぐ頷いて身構える
オケ部員たちが対応する間もなく、楽器群の上を弧を描いて飛ぶ赤いバトン
見事通路の先で受け止めるカヲル
やっと事態を呑み込んで、猛然と文句をつけるオケ部の一人

66: 7/19 2016/01/12(火) 00:04:12.44 ID:???
「ちょっと待ってくれよ! 今の、突破になってないじゃん! ずるいって! 無効!」
他部員も後について無効を言い立てる
観客サイドからはオケ部セコい!のブーイングの嵐
両者を見比べて慌てる実行委員
一つ息をつくカヲル
バトンを手にオケ部リーダーに歩み寄る
「な、何だよ! 違反は違反だろ、一応! ほら、バトン戻して!」
憮然と答えるカヲル
「ひどいなぁ。二日も公演、手伝ったのに」
「…そうだけど! それとこれとは別だろ」
やや焦るオケ部リーダー
どうでもよさそうに視線を投げるカヲル
「…もしこのまま通してくれたら、来月の地区コンクール予選も手伝うけど?」
固まるオケ部一同
かたずを呑んで見守る実況班と観客
実行委員がそっと訊ねる
「…どうするの? オケ部、ほんとに無効要求します?」
「…有効でいいです」
わっと沸く観衆
じゃあねとレイ一人にバトンを振って走り出すカヲル
スタッフと見物人が追う
一人通路に残されるレイ
アスカを真似て、小さく、ばか、と呟いてみる

67: 8/19 2016/01/12(火) 00:05:36.88 ID:???
化学準備室(化学部+地学部有志連合)を突破し、折り返して階段を下るカヲル
踊り場で立ち止まる
階段全面に広げられた野球部のネット
あちこち丸められてうず高くなったネットが下までの段を覆っている
『野球部チーム、とにかく時間を稼ぐ手に出たぞ! これはかなり注意して下りないと
 危ない! というか明らかに危険だ! 実行委員が代表に文句をつけている!』
大騒ぎの下の階をよそに周りを一通り見回すカヲル
下までの距離を測り、ちょっと戻って助走をつけるなり一気に跳ぶ
目を剥く野球部員
悲鳴があがる
床に絡まったネットの溜まりの上にきれいに受身を取って着地し、立ち上がるカヲル
悲鳴が主に女子の歓声に変わる
騒ぎが大きくなる前に走り出すカヲル
通り過ぎる一瞬、観衆の中にアスカをトイレに押し込めていた女子たちの何人かを認める
もう忘れたのか無責任に周りと一緒にはしゃいでいる楽しそうな顔
呆れるのも嫌になってさっさと後にするカヲル
走りながらふと気づく
(…しまった。今の、どうせならレイが見てる前でやれば良かった)

カヲルから無言でバトンを受け取るフルフェイスメットの怪人ことフォースブラック
無言で走り、無言で障害を突破し、無言で手を上げて歓声に応える
担当分ラストの教室に入って立ち止まる
お化け屋敷を解体途中のままバリケードにし、段ボールの壁を巡らせて視界を塞いでいる
お化けの恰好で寄ってくる妨害チームの生徒たち
身構えるフォースブラック

68: 9/19 2016/01/12(火) 00:06:06.42 ID:???
外の廊下、へろへろになって追いついてきたケンスケ
様子がおかしいのに気づく
立会い役のヒカリがここのクラスらしい生徒を詰問している
「事前申請した以上に人数増やしちゃ駄目って、最初に通達したでしょう!
 妨害するだけで通すのが前提っていうのがルールなのよ。よそのクラスの大道具まで
 持ち込んで!」
「いや、だってさ、いろいろ入れた方が盛り上がると思って…」
「だからって何してもいいわけじゃないでしょ!」
ずれた眼鏡を掛けなおすケンスケ
教室に踏み込んでいきそうな勢いのヒカリ
出口側の扉を開けようとして、簡単に開かないようガムテープで何箇所も留めてあるのに気づく
慌てて駆け寄るケンスケ
本気で怒り出すヒカリ
「やりすぎよ! もう駄目、ここで中止にします!」
「委員長、落ち着け。とりあえず中の奴らに知らせて…」
ガタガタッと大きく揺れる扉
無理やり中から開けようとしているらしい
反射的に扉から離れる一同
ガムテープがちぎれ、段ボールやら資材やらを巻き込んで一気に開く
無言で肩で息をしているフォースブラック
廊下の観客がおおーっとどよめく
『何と強行突破! 常人離れした腕力を見せつけた! しかしかなり無理しているようだが、
 ここからさらに走れるのか?!』

70: 10/19 2016/01/12(火) 00:06:34.00 ID:???
「…大丈夫?!」
駆け寄るヒカリ
と、強引にこじ開けられた引き戸が溝から外れ、ヒカリの上に倒れかかる
一斉に悲鳴
かなり重い音を立てて倒れる教室の扉
水を打ったように静まる一同
続いて教室から出てきたもののどうしていいかわからない撮影班
我に返った見物の男子数名が扉にとびついてどかす
下からヒカリをかばった姿勢のフォースブラックが現れる
大騒ぎになる廊下
『やったーっ! 巻き込まれた実行委員を身を挺して守った! かっこいい、かっこよすぎるぞ
 フォースブラック! お前なら本当に地球を防衛できると思う!』
両肘をついて、恐る恐る顔を上げるヒカリ
がぽりとヘルメットを取るトウジ
「大丈夫か、委員長!」
泣きそうになってその顔を仰ぐヒカリ
「す、鈴原…」
「何や、ワシなら大丈夫やで。
 これかぶっとったお陰やな。コスプレがほんまに役に立つとは思わんかったわ」
ヒカリに手を貸して一緒に立ち上がるトウジ
人垣の中からバスケ部員が指さす
「あーっ! 鈴原!」
一拍おいて『しまった』の顔になるトウジ
ヘルメットをヒカリに押しつけ、床に転がったバトンを掴んで慌てて走り出す
「待てこら! お前、中の人だったのか!」「何度も教室行ったのに黙ってやがって!」
「…中の人などおらんわい!」
駆けていくトウジとバスケ部員数名を追いかける観衆

72: 11/19 2016/01/12(火) 00:19:03.97 ID:???
>>71 ありがとうございます!
長くて馬鹿馬鹿しい文化祭編、お付き合いいただきありがとうございました
それでは、ラストです
-------

ヒカリに歩み寄るケンスケ
「委員長、本当に大丈夫か? 怪我とかないよな?」
茫然とヘルメットを抱えているヒカリ
「うん…大丈夫…」
「…そっか。あー、じゃあ俺、追っかけるからさ」
既に聞こえてないヒカリ
頬を染めてうつむく
「…守ってもらっちゃった…」
何ともいえない表情をしてやけくそ気味に次の地点に向かうケンスケ

へばる寸前の顔で走るトウジ
ふと気づくと、前方から走ってくるシンジの姿
安堵でへたりこむトウジ
慌てて駆け寄るシンジ
「助かったー…すまんな、シンジ…」
「ちょっと、大丈夫?! …さっきの放送聞いて来たけど、何があったんだよ?!」
床に座り込んでしまうトウジ
「まあ、いろいろな。何でもあらへん。それより、ほんまはまだワシの担当なのに、すまんな…
 けど、ワシの戦いはここまでみたいや…」
「…ほんとに大丈夫?」
危ぶむ表情で覗き込むシンジ
バトンを押しつけられる
「あとはお前らに託す、頼んだで…!」
親指を立てた右手を天井に突き上げ、そのまま大の字に寝転んでしまうトウジ
「え?! ちょっ…トウジ?!」

73: 12/19 2016/01/12(火) 00:19:29.30 ID:???
三々五々歩いてきて、動かないトウジを囲むバスケ部の面々
シンジに首を振って苦笑いする
「平気平気。張り切りすぎたんだよ」「あとは俺らで面倒見るから」「尋問もあるしな」
尋問のひとことに無言で逃げ出そうとし、バスケ部に捕獲されるトウジ
犯人検挙のようなシーンを面白がって映す撮影班
「えっと…じゃあ、お願いします」
とりあえず立ち上がるシンジ
追いついてくるケンスケ
「おいシンジ、勝手に出てくるなよ! 投票で期待させた意味ないじゃないか」
「ごめん、実況聞いてたら事故みたいなこと言ってたからさ。心配で」
膝に両手ついて息をつくケンスケ
「まあ、今さら仕方ないか…惣流は?」
前方を指して頷くシンジ
「配置について待ってる」
「よし。じゃ、このまま走れ。撮影班と実況がそこで追いつくことになってる」
「わかった」
行きかけてきびすを返し、声をひそめて訊くシンジ
「…けど、最後なのに、僕とアスカが一緒でいいの? リレーにならないんじゃない?」
わかったわかったと手で宙を払うケンスケ
「いいんだよ。お前らが一緒に走るのが最終目的なんだからさ。…あ、言っちまった」
素直に目を見開くシンジ
ばつの悪そうな顔になるケンスケ
シンジが何か言い返す前に、両手で追い立てる
「ああ、くそ、早く行け! 皆を待たせてんだぞ!」

74: 13/19 2016/01/12(火) 00:20:00.55 ID:???
「あ…うん」
慌てて走り出すシンジ
一度振り返って叫ぶ
「…ありがとう、ケンスケ!」
照れた顔でさっさと行けと手を振るケンスケ

『さあついに最後の走者となりました!
 ラストはもちろん、全校の熱き声援に応えて復活! サードパープルと、男子人気絶頂!
 我らがセカンドレッドだぁー!!』
「うおおお!」「待ってたぞー!」「惣流様ぁあああ」「並んで走るのかコノヤロウ!」
始まった実況および男子主体の大歓声の中、微妙な表情で走ってくるシンジ
すでにコースに出て待っているアスカ
シンジが追いつくのにタイミングを合わせて走り出す
並びながら、揺れるアスカの横顔を覗き込むシンジ
ちらっと視線を返すアスカ
微笑をひらめかす
「この私を待たせるなんて、いい度胸してる。…さっさと行きましょ!」
理屈でなく胸がいっぱいになるシンジ
笑みだけを返し、一緒にスピードを上げる
息が上がるせいだけではなく頬がほてってくる
周りの視線が痛い
でもよく見れば、皆が文化祭のラストを盛り上げようとして声援を向けてくれている
気づくとアスカの顔も赤い
思わず微笑んでしまうシンジ
両足に力がこもる
お互い抜きつ抜かれつする恰好で駆けていく二人
最後の盛り上がりを逃すまいと人の流れがその周りを大きく囲む

75: 14/19 2016/01/12(火) 00:20:44.45 ID:???
「どぉりゃあああああっ!」
長い出番待ちのストレスを爆発させる勢いで、次々妨害を粉砕していくアスカ
宙に舞う段ボール、すっ飛んでいくホウキ、中身をぶちまけるバケツ
上からかぶせられた暗幕を逆に引っぱり、マントのようにさっとなびかせて投げ捨てる
あっけにとられて見とれる妨害役の生徒たち
アスカのキレのある動作のいちいちに盛り上がる観衆
バトンの運搬役に甘んじるシンジ
「アスカッ、ちょっと…その、やりすぎじゃない?」
「いいの!」
生き生きした表情で言い切るアスカ
「派手な方が、見物のしがいがあるってもんでしょ! それにあんたの障害は、全部私が
 殲滅するって決めてるんだから!」
「え?!」
「嫌なことは、全部、ずっと、私が傍でやっつけてあげるって、言ってるの!」
答えられず、ただ息を弾ませるシンジ
きゃーと歓声を上げる女子たち
「碇君、かわいー!」「惣流ちゃんよく言ったー!」「もう二人で爆発しろー!」
「…もうっ、何言ってるんだよアスカッ!」
「いいでしょ! 本気なんだもの!」
二人を囲んだ観衆が膨れ上がり、いつのまにかかなりの人数の生徒が一緒に走っている
必死で並走しながら撮影を続けるスタッフたち
行き会った先生がぎょっとした表情で道を空ける
弾けるように明るく笑うアスカ
肩をすくめながらも一緒に笑うシンジ
「えっと、あと何だっけ!」
「後は校庭に出るだけ! もうちょっとだ!」

76: 15/19 2016/01/12(火) 00:21:29.37 ID:???
「了解! このまま行くわよ!」
昇降口に向かう一同
外はもう暗い
青い宵闇の降りた校庭に走り出る二人
後に続く撮影班
そのさらに後ろにたくさんの生徒たち
とにかく走るシンジとアスカ
最後のスパート
刺すような寒気が肺の中で暴れる
黒い影になった樹木や植え込み
グラウンドに出たところに、昼間の模擬店や屋台を片付けた一角が仕切ってある
その横に三角コーンを並べて作られたゴールが見えてくる
アスカを見るシンジ
暗い中でも見返してくるアスカ
同時に手を繋ぐ二人
昇降口に溢れた生徒たちを後ろに、一気にゴール
「でやぁっ!」
三角コーンの一つをアスカが思いきり蹴っ飛ばす
そのとたん、破裂音とともに白い光が宙に弾ける
「?! 何っ」
「アスカッ!」
再び破裂音
その場に座り込んで、固くまぶたをつむっているアスカ
風のざわめきが戻ってくる
はっと目を開く

77: 16/19 2016/01/12(火) 00:22:10.37 ID:???
アスカに覆いかぶさるようにしてかばっているシンジ
抱きしめている両腕は力強いのに、触れた胸はまだ息を抑えて震えている
思わず抱きつくアスカ
破裂音は続いている
周りがぱあっと明るくなり、すぐに暗く沈み、また明るむ
背後の屋台を振り返る二人
資材置き場の陰からまた光の筋が暗闇に走り、頭上で色とりどりに弾ける
「…花火?」
ぽかんとして呟くアスカ
「…みたいだね」
同じく呆然と答えるシンジ
市販のものらしい花火が、最後にまとめて宙に打ち上げられ、きらめいて散る
うわーっと生徒たちの歓声
『以上をもちまして、今年度文化祭は終了となります! 皆さんお疲れさまでした!
 そして、見事フィナーレを飾ってくれた2-A地球防衛戦隊に、今一度盛大な拍手を
 お願いいたします!』
どよめきが弾けるような拍手に変わって響いてくる
少しそのままぼうっとしている二人
ふと気づいて驚くシンジ
「って、今の、ケンスケ…? いつのまに実況まで」
「あの仕切りたがりが、ラストの締めを外すわけないじゃない」
予想済みという顔でべーっと舌を出すアスカ
マイクがキーンと鳴ってトウジの声になる
『…そして、今回の言いだしっぺにして名監督、2-A相田ケンスケにも拍手を!』

78: 17/19 2016/01/12(火) 00:23:01.92 ID:???
『えっ? やめろって、俺はいいよ!』
『がたがた言っとらんで前に出んかい!』
笑い声と再びの好意的な拍手の渦
一緒になって噴き出すシンジとアスカ
と、近くの屋台陰から人のシルエットが現れる
振り返って息を呑む二人
花火の残骸と水のバケツを提げたミドリとスミレ
二人の視線に気づいて少しびくっとする
アスカの身体が固くなる
少し迷い、自分から口を開くシンジ
「あの、今の花火、君たちが…? もしかして、ずっとこの寒い中、待っててくれたんだ」
後ろめたげな目になり口を尖らせるミドリ
「…そー、寒かった。死ぬかと思ったもん」
「ミドリ」
低くたしなめるスミレ
すぐにでも立ち去りたそうなミドリを引っぱり、揃ってアスカの方に向き直る
黙り込んでいるアスカ
唇を噛むスミレ
「…惣流、ごめん」
それだけ言ってきっぱりと頭を下げる
しぶしぶそれにならうミドリ
二人が何か答える前に、きびすを返して校舎の方に戻っていく
何となく無言で見送る二人
そっとアスカの顔を覗き込むシンジ
「…大丈夫?」

79: 18/19 2016/01/12(火) 00:24:58.71 ID:???
はっとしたように視線を戻すアスカ
痛みを思い出したように目を逸らす
「…平気よ。調子いい奴ら、わざわざ謝られても全然嬉しくないのに」
「…そうだよね」
少し黙るシンジ
もう一度穏やかに口を開く
「…だけどさ、そんなこと言わないでよ、アスカ」
「何よ、あいつらの肩を持つわけ」
首を振るシンジ
「そうじゃないけど。…何ていうかさ、…アスカが許しても許さなくても、同じ学校にいる以上、
 これからもしばらく、一緒の場所にいなきゃいけないんだなって思って。それって結構きつい
 ことかもしれない。それに、謝りに来てくれただけいいじゃない。あの子たちは、アスカから
 逃げなかったんだからさ」
「…ふーん」
シンジを見上げるアスカ
そのまましばらくじっと見つめてくる
うろたえるシンジ
隙を射抜くように告げるアスカ
「あんたなら?」
瞬きするシンジ
「え」
「あんたなら、逃げる? 私を傷つけたとき。…私から」
眩しいほどまっすぐにシンジを見据えるアスカ
小さく息を吸い込むシンジ
ゆっくりとかぶりを振る
見つめるアスカの頬をそっと両手で包む
「…逃げない。…誓うよ。絶対に、アスカをおいて逃げたりしない」
みるみるアスカの表情がほどけて、あどけないのに大人びた、不思議な笑顔になる

80: 19/19 ありがとうございました 2016/01/12(火) 00:26:06.68 ID:???
「…ばか」
もう一度思いきり抱きつくアスカ
倒されそうになって危うく受け止めるシンジ
強く抱きしめる
「…アスカ、人前ではこういうことしないって言ってなかったっけ?」
「馬ー鹿、いいの、今日は。文化祭だもの、特例よ」
アスカの笑いを含んだ甘い声
花火の名残の煙も薄れ、濃さを増す宵闇
生徒たちがゆっくり各教室に戻っていくざわめき
急に戻ってきた寒さに気づいて身震いするシンジ
腕の中でアスカが身じろぎし、胸につけた頭をすり寄せるようにしてくる
黙ってじっとしている二人
明るい校舎の窓の列を見つめているシンジ
(そうだ、お祭りは今日で最後。
 ちょっと行き過ぎても許される特別な時間は、これで終わり。
 明日からはまたいつもの学校だ。嫌なことや困ることは、また幾らでも起こるかも
 しれないけど…そのときは、いつでも思い出せばいいんだ。近くで一緒に歩いて
 くれてる人たちのことを。
 隣にいてくれる、アスカのことを)
アスカの髪の匂い
細くて柔らかな身体をそっと抱きしめるシンジ
小さく笑い声を洩らすアスカ
「…私の、ばかシンジ」
くぐもって聞こえる優しい呟き
深く息を吸い込むシンジ
片づけで賑やかな校舎の方から近づいてくる人影
二人のコートを持って迎えに来てくれたらしいカヲルとレイのシルエット
顔を上げて軽く手を振るシンジ
頭上に瞬き始める星

86: 名無しが氏んでも代わりはいるもの 2016/01/17(日) 21:04:47.62 ID:???

-------

寒気の厳しい夕刻
はやばやとともされた街灯や店の明かり
急ぎ足で行き交う人々
頭上には曇り空が重く垂れ込めている
「…さむーい」
マフラーとコートのフードに顎までうずめたアスカ
傍目から見てもわかる不機嫌顔
隣で白い息をついて笑うシンジ
「アスカ、それ今日十回以上は言ってるよ」
「うるっさいわねー。寒いもんは寒いの。
 ま、雪と湿気がないだけ東京はましね。マリがニイガタとかキョウトに
 住んでなくて助かったわ。…にしてもさむいわねー」
手袋の上から両手に息を吹きかけるシンジ
「今年はずっと暖かかったからね。身体がついていかないんだよ、きっと」
「何よ、自分だけ平気そうな顔して」
「そんなことないってば。僕だって寒いよ」
困ったように笑うシンジ
そのまま雪のちらつきそうな空を仰ぐ
その横顔をちょっと睨むようにするアスカ
今日はなかなかくっついていくきっかけが取れない
近づいても冷気とコートの厚みに隔てられた感じがして、何となく気に入らない
くすんと鼻を鳴らすアスカ
「なんか、ほんとに変。…風邪引いたかな」

87: 2/4 2016/01/17(日) 21:05:31.84 ID:???
「…え」
慌てて覗き込むシンジ
思ったより間近まで踏み込んでしまって内心うろたえる
精一杯さりげなく身を引く
「…、大丈夫? 今日は早く帰ろう。ちゃんと、マリさん家まで送ってくから」
「…そうね」
動揺するでもなく素直に頷くアスカ
はぁーと息を吐いてまたマフラーに頬を埋める
自分だけ焦ったようなのが気恥ずかしくて、こっそり溜息をつくシンジ
傍らを歩くアスカをそっと見る
よほど寒いのか、すっぽり手袋に覆われ、さらにポケットに入ったままのアスカの手
今日は何となく繋ごうと言い出せないまま時間だけ過ぎてしまった
一応、冷たいのを我慢してずっと外に出しているシンジの両手
空しく握っては開きを繰り返してみる
アスカが小さく首をすくめる
「…寒い。すごく」
「…うん」
頷くしかできない自分が嫌になるシンジ
かといって肩を抱いたり引き寄せたりするのは慣れ慣れしそうで気後れする
「…やっぱり、早く帰ろう」
「…そう、よね」
もう一度隙を見てシンジを睨むアスカ
シンジももっと近づきたくて、でも遠慮しているようなのがもどかしい
承知の上でこっちから言い出せない自分はもっとずっと腹立たしい
ポケットの中で両手を握りしめる
うつむいて、それでもシンジの方に目をやってしまう
ふと気づく

88: 3/4 2016/01/17(日) 21:06:15.46 ID:???
横を歩くシンジを見上げるアスカ
視線にたじろいでしまうシンジ
「な、何」
「…ねえ、あんたの手」
不思議そうに目をみはっているアスカの白い顔
さっきの手を動かしていたしぐさを見られたのかとぎょっとするシンジ
気持ち悪いと思われたのかもしれない
が、アスカの顔に嫌悪感はない
「寒いなら、ポケット使えばいいのに。ほら、私みたいに」
ポケットに突っ込んだままの両手をぶらぶら動かしてみせるアスカ
「…あ、いや、大丈夫だよ」
「でも、そのまんまじゃ冷たいでしょ? まあ両手は使えなくなるけど、それは仕方…」
途中で声を呑み込む
息をつめて待つしかないシンジ
数回瞬きするアスカ
「…そっか」
ぽんと片手をポケットから出す
シンジの手を掴む
ちょっと微笑む
「これを待ってたのね、ずうっと。でしょ?」
とっさに何も言えずに、ただアスカを見つめるシンジ
さっきまでの気持ちを全部読まれたようで頬が熱くなる
街の明かりを映してアスカの目が星を包んだようにきらきらしている
そのままを口にしてしまうシンジ
「…綺麗だ」
言ってからはっとなる

89: 4/4 2016/01/17(日) 21:07:35.22 ID:???
「え」
今度はアスカが息を呑む
一瞬ののち、怒ったようにぶつかってくる
危うく抱きとめるシンジ
そのままその場でぎゅっと腕に力をこめる
強く身体を押しつけてくるアスカ
周りを過ぎる人波
やめなければと思いながらもアスカを離せないシンジ
「…ごめん」
自分の腕なのに言うことをきかない
それとも、頭や心よりもずっとまっすぐに、シンジ自身の望みを知っている
「…ばーか」
腕の中でアスカが居心地よさそうに身動きする
「謝るようなことしてないでしょ。…最初から、もっと素直になりなさいよね」
私もだけど、と付け加えた声は小さくくぐもっている
ただ微笑むシンジ
「…そうだね。ごめん、アスカ」
「もう。ほんっと、馬鹿シンジなんだから」
「うん」
身体を離し、赤くなったシンジの顔を覗き込むようにして悪戯っぽく笑うアスカ
思わずその額に額を軽く触れさせるシンジ
くすぐったそうにするアスカ
もう言葉も要らない
改めて手を繋ぎ、並んで歩き出す二人
暮れていく街


109: 1/8 2016/01/22(金) 21:59:24.76 ID:???
こんばんは通りすがりです
書いてたら長くなっちゃいましたが、何でもない日常ネタ一本行きますね

--------
放課後の教室
ふっと目を覚ますシンジ
机に突っ伏して寝てしまっていたらしい
気恥ずかしさに自嘲しながら頭を起こすと、目の前にアスカの呆れ顔
こちらをじっと見つめている
「…うわっ」
全身で動揺するシンジ
ガタついた椅子が背後の机にぶつかる
「んー…?」
後ろの席で同じく居眠りしていたカヲルがおっくうそうに顔を上げる
ぼんやりした目で不思議そうにシンジとアスカを見比べる
「…何?」
慌てるシンジ
案の定アスカの両眉が吊りあがる
「何じゃないでしょうが! 何十分寝てる気よ」
「ごッごめん」
あたふたと壁の時計に目をやるシンジ
いつから眠っていたか全然記憶がない
尖った視線をよこすアスカにとりあえず平謝り
「ごめん、もしかして待たせちゃってた…よね? ずっと、ここで?」
「別にあんたなんか待ってない」
明らかに不機嫌な声で吐き出すアスカ

110: 2/8 2016/01/22(金) 22:00:07.96 ID:???
首を縮めるシンジ
きっぱり目をそむけたアスカの横顔をただ見守る
「レイが図書委員の当番終わるまで、ここで荷物見てるだけ。もしレイが戻ってくるのが
 早ければ、あんたなんか放っといて二人で帰るつもりだったわよ」
「そんな…って、そうだよな…」
正直に情けない表情になるシンジ
気づいてやや眉を緩めるアスカ
しばらくシンジの顔を眺め、急に悪戯っぽい目になってぐっと身を寄せる
うろたえるシンジに囁く
「ねえ、あんたって…結構、かわいいのね。寝顔」
「えッ」
身構える余裕もなく素直に慌てるシンジ
「って、その、やっぱりずっと見てたの?! もしかして?!」
「そりゃそうよ」
あっさり身体を離すアスカ
重たい冬生地のスカートをひるがえして脚を組む
じろっとシンジを一瞥
「退屈だったもの。誰かさんたちのせいで」
「う…ごめん」
言い返せなくなるシンジ
援護を求めるべく振り返って、呆れる
机に両肘ついてまたうとうとしているカヲル
「…ちょっと、渚! いつまで寝てるんだよ」
照れ隠しついでに揺り起こそうとするシンジ
すかさずアスカの一言が刺さる
「あんたがそれ言うわけ?」
「…う」

111: 3/8 2016/01/22(金) 22:00:41.83 ID:???
叱られたように小さくなるシンジ
自分のみっともなさに溜息
半睡状態でシンジの手をどけ、再び顔を横向きにうつぶせて寝息を立て始めるカヲル
もう一度大きく溜息をつくシンジ
「ごめん、アスカ。全然気がつかなくて。…授業終わるまでは、何とか起きてたと思うんだけど」
「別にいいわよ、そんなの。ほんとにここで待ってただけだし」
ひらひら手を振るアスカ
もうその顔はあっけらかんとしている
やっと少し笑うシンジ
満足げな微笑でそれを嘉納してやるアスカ
「にしてもどうしたのよ、二人揃って。夜更かしでもしたの?」
「…うん、まあ」
決まり悪いのを隠さないシンジ
「笑っちゃうと思うけど、先週のセンター試験の問題、試しに解いてみてたんだ。渚が
 予備校のHPかどっかからプリントアウトしてきてさ。何点くらいまで行けるか、ちゃんと
 科目ごとに時間計って、採点もして。…そしたら案外白熱しちゃって」
再び呆れ顔になるアスカ
「まさか、全科目やったんじゃないでしょうね」
「全部じゃないけど…まあ、今の時点で手を出せるところは、大体」
後ろめたげに視線を逃がすシンジ
思いきり溜息ついてみせるアスカ
「馬…っ鹿じゃないの? あんたたちって」
「…おっしゃる通り」
更に小さくなるシンジ
脚を解いて身を乗り出し、シンジの机に両肘ついてその顔を覗き込むアスカ

112: 4/8 2016/01/22(金) 22:01:26.91 ID:???
「それでこの私やレイを待たせたわけ? そんな、どうでもいいことに二人して熱中しちゃって」
ばつの悪さに身じろぎするシンジ
それでもちょっと見返す
「…どうでも良くはないだろ。来年はたぶん、僕らも受けることになるんだから」
「だから何よ? あーもう、そこがわかんないのよね」
かぶさってきた髪の房をぱっと払うアスカ
口を結んでそのしぐさを見つめているシンジ
「試験ってのは、基本、今まで習ってきたことしか出ないんだから。普通に授業受けてれば
 何も困ることなんかないのに、ほんと日本人ってベンキョーが大好きよね」
「…好きってわけじゃないと思うけど」
苦笑いになるシンジ
本気で訳がわからないという顔で見つめ返すアスカ
「好きじゃない。試験対策とか夏期講習とか、どこの塾がいいとか予備校の模試がとか、
 いちいち大騒ぎして馬鹿みたい。あーあ、前から薄々は思ってたけど、あんたも同類とはね。
 別に自分の能力を高めるのが悪いとは言わないわ。でも、それしかないって悲壮な顔されると、
 もっと視野を広げて、ちょっとは自分に自信つけたら?って言いたくなるのよね」
「…自分に自信、か」
自分の手に視線を落としてしまうシンジ
「何よ」
暗く自嘲するような表情を見とがめるアスカ
机の脇から鞄を取り上げ、教科書やノートをしまい始めるシンジ
「別に、今のあんたがそうだなんて言ってないでしょ」
「…そう思ったわけじゃないよ。ただ、中学の頃の僕はそれに近かったなって、思い出してさ」
手を動かしながら答えるシンジ
じっと見ているアスカ

113: 5/8 2016/01/22(金) 22:02:10.48 ID:???
寒々しいようなシンジの横顔
おとなしくて、意固地でも頑なでもないのに、どこかひどく投げやりで他人を突き放す目
昔のシンジの顔なのかもしれないと一人見つめるアスカ
「僕には特に才能とかとりえはなかったし、あそこを出て一人になるには、とにかく勉強して、
 文句のつかないだけの成績を出すしかないと思ってた。勉強が好きだとか、本気で何か
 学びたいことがあるわけじゃなかった。一人になれば…自由になれれば何か見つかるかもって、
 何となく期待だけはしてた。…アスカが一番嫌うタイプだったかもね」
ちらっと一度目を上げるシンジ
「ばか」
一蹴するアスカ
表情を変えずに促す
「で? 全部吐いちゃいなさいよ、ラクになるから」
今の顔に戻って笑うシンジ
帰り支度を終えた鞄を閉める
机の上に置かれた両手
「吐くも何も、それだけだよ。首尾よくいい成績修めて、ここの受験を許してもらった。
 それで、また受験勉強して…ここに来た」
「で、また勉強してる。次は大学? その次は?」
自分の内側を覗き込むような顔で苦笑するシンジ
「そこまでまだちゃんと考えられてないよ。…うん、だからやっぱり、勉強が好きでやってるんじゃ
 ない。ただ単に、今まで続けてきたのが勉強ぐらいだったってだけ。アスカに馬鹿にされても
 仕方ないよ」
「…そこまで萎縮することないでしょ」
「うん。でも、誇らしく思えることでもない。…それにさ、こんなふうに突き放して思えるように
 なったのは、ちゃんと理由があるんだ」
アスカを見るシンジ

114: 6/8 2016/01/22(金) 22:02:50.34 ID:???
思いがけず強い眼差にとまどうアスカ
「…何よ」
寝ているカヲルの方を一瞬気にし、それからまっすぐアスカに向き直るシンジ
「ここに来て、勉強する以外にも、僕には続けていけることが一つ持てた。だから、少しは
 今までの自分を、冷静に振り返れるようになった」
瞬きするアスカ
痛いほど真剣なシンジの目
視線を合わせているのが眩しい気がして、馬鹿らしいくらいたじろいでしまう
勘づかれないようにさっさと訊き返す
「何よ、それは」
ごく静かにふっと微笑むシンジ
真摯な視線がそれだけでいっぺんに柔らかくなる
目を離せずにいるアスカに告げる
「アスカを好きでいること」
「…え」
今度こそ不意をつかれて声を失うアスカ
ゆっくり頬に血が昇ってくるのをどうにもしようがない
自分も照れた顔でもう一度笑うシンジ
「あの日、アスカの手を掴めて良かった。…たぶんあの駅のホームから、今の僕は始まったんだ。
 それまで自分が人を好きになれる奴だとは思えなかったのに、アスカのことは、考える前に
 好きになってた。だから変われた。…嘘みたいに聞こえるかもしれないけど、本当なんだ」
そっぽ向くアスカ
「…嘘だなんて思ってないわよ」
「…ありがとう。…ごめん、変な言い方しかできなくて」
「いいわよ、別に。…嫌いじゃないわ、今のも。でも」
今度はシンジが瞬きする
「でも?」

115: 6/8 2016/01/22(金) 22:02:50.58 ID:???
思いがけず強い眼差にとまどうアスカ
「…何よ」
寝ているカヲルの方を一瞬気にし、それからまっすぐアスカに向き直るシンジ
「ここに来て、勉強する以外にも、僕には続けていけることが一つ持てた。だから、少しは
 今までの自分を、冷静に振り返れるようになった」
瞬きするアスカ
痛いほど真剣なシンジの目
視線を合わせているのが眩しい気がして、馬鹿らしいくらいたじろいでしまう
勘づかれないようにさっさと訊き返す
「何よ、それは」
ごく静かにふっと微笑むシンジ
真摯な視線がそれだけでいっぺんに柔らかくなる
目を離せずにいるアスカに告げる
「アスカを好きでいること」
「…え」
今度こそ不意をつかれて声を失うアスカ
ゆっくり頬に血が昇ってくるのをどうにもしようがない
自分も照れた顔でもう一度笑うシンジ
「あの日、アスカの手を掴めて良かった。…たぶんあの駅のホームから、今の僕は始まったんだ。
 それまで自分が人を好きになれる奴だとは思えなかったのに、アスカのことは、考える前に
 好きになってた。だから変われた。…嘘みたいに聞こえるかもしれないけど、本当なんだ」
そっぽ向くアスカ
「…嘘だなんて思ってないわよ」
「…ありがとう。…ごめん、変な言い方しかできなくて」
「いいわよ、別に。…嫌いじゃないわ、今のも。でも」
今度はシンジが瞬きする
「でも?」

116: 7/8 2016/01/22(金) 22:03:58.27 ID:???
位置をずらして頬杖つくアスカ
赤くなった顔でシンジを一瞥する
「卑怯」
「え」
揺らいだシンジの視線に追い討ちをかけるように、もう一回ぶつけるアスカ
「ずるい。…そういうことは、告白の時とかにちゃんと打ち明けてよね」
改めて気づいたように急にどぎまぎし出すシンジ
「…、ごめん、その」
「馬鹿。もう黙って」
「…うん」
がたんと椅子を鳴らして立ち上がるアスカ
相変わらずすうすう寝ているカヲルをじろっと観察してから、座ったシンジの上にかがみこむ
顔の前に落ちてきた髪を押さえながら、一気にキス
思わず目をつむるシンジ
机の上で握りしめられた両手
暮れかけた教室の静寂
唇を離すときに、そっと小さく笑うアスカ
慌ててまぶたを開けるシンジ
「な…何だよ」
ふふんと含み笑いしてみせるアスカ
焦るシンジを間近で眺めてから一言
「やっぱり、かわいい。あんたの目ぇつぶった顔」
言葉もなく真っ赤になるシンジ
笑顔で見つめるアスカ
立ち上がり、机を回り込んでふいにカヲルの机の足を軽く蹴る

117: 8/8 2016/01/22(金) 22:05:23.32 ID:???
びくっとなって顔を上げるカヲル
唖然としているシンジを睨み、それからアスカに気づく
頭上で頷くアスカ
「よし。ほんとに寝てたわね」
「…いきなり何するんだよ」
「何してるんだよアスカ!」
ほぼ同時に抗議する男子二人を無視するアスカ
廊下の方を振り返り、ちょうど戻ってきたレイの姿を見つけて手を振る
その顔はすっかり普通の無邪気な女子
何ともいえない目を見交わすシンジとカヲル
急ぎ足に教室へ入ってくるレイ
「ごめんなさい、遅くなった」
「いいの、待つのは私が言い出したんだし。それに諸悪の根源はこいつらだし。
 レイは全っ然気にすることないの」
何事もなかったかのように帰る体勢になっているアスカ
「ほら、さっさと帰るわよ。もうこんな暗くなっちゃったじゃない」
追い立てられる男子二人
こっそり訊いてみるシンジ
「…あのさ、さっきはほんとに寝てたんだよね?」
「何が」
まだ眠そうな顔をしているカヲル
内心胸を撫で下ろすシンジ
「何でもない。寝てたんならいいよ」
「? 何だよ、気になるだろ。アスカさんのこと?」
「気にしなくていいってば」
「二人とも、何グズグズしてんのよ! 行くわよ!」
教室の戸口に立つアスカの叱咤が飛んでくる
その横で困った顔をしているレイ
どちらからともなく溜息をつき、諦め顔でそちらへ歩いていく二人

127: 1/6 2016/01/29(金) 16:09:05.96 ID:???
はよ×3とまで言われたのでがんばってみました
お天気がらみで短い小ネタ行きます
--------

明城学院高等部 昼休み
冬の雨
寒気と冷たい水滴が窓ガラスを曇らせる
昼間からこうこうと電灯を点した教室
普段より行き場を限られて何となく自席付近に溜まりがちな生徒たち
「…あーあ」
重苦しい灰色の空を仰ぐカヲル
立ち上がったのにもう一度椅子にどすんと腰を下ろし、そのまま寝る体勢
振り返るシンジ
「どうしたの。昼、食べるんだろ?」
「…いい。面倒くさい」
本格的に突っ伏してしまうカヲル
「何ふてくされてるんだよ」
呆れ顔になるシンジ
寄ってくるケンスケ
「あれ? 渚がこの時間いるなんて珍しいな。いつも、昼休みが始まったとたんに姿くらまして、
 終わるまで戻らないくせに。…シンジ、悪い。俺、写真部で打ち合わせあってさ、行かないと」
「あ、うん。わかった」
弁当の包みを提げて教室を出て行くケンスケ
何となく見送って、再度カヲルを眺めるシンジ
「…トウジも試合でいないし、とりあえず、ここで食べるか」
独り言のように口にして椅子に座り直す
肩越しにカヲルを一瞥する
反応なし
溜息つくシンジ
「シンジ!」
顔を上げたシンジの表情が、控え目に、けれどぱっと明るくなる

128: 2/6 2016/01/29(金) 16:10:09.30 ID:???
自分のお弁当を手に机の合間を縫ってくるアスカ
カヲルを見下ろして変な顔をしてみせる
「どうかしたの? …あ、わかった。レイが休みだから拗ねてるんでしょー。しょうがないわね」
「拗ねてない」
途端に顔を上げるカヲル
なぜかシンジを睨む
ややうろたえてアスカを見上げるシンジ
「アスカこそ、どうしたの。綾波は休みとして、委員長は? いつも一緒に食べてるのに」
「ヒカリは早めに食べて図書室。…鈴原に今日の分のノートの写し、作ってあげるんだって。
 ご苦労さま、よね」
言い方の割に口調は柔らかい
どこか楽しげなアスカに我知らず微笑んでしまうシンジ
目ざとく見つけて自分も笑うアスカ
「だから、私も今日は一人ってわけ」
手近な椅子を引き寄せ、シンジの机に向かって座る
当然のようにお弁当を置いて包みをほどき始める
ちょっとまごつくシンジ
眉を上げるアスカ
「何よ、いいでしょ? たまには。あ、先約があるなら引っ込むけど」
「ないよ、ない。全然。歓迎するよ、もちろん」
「じゃあ何でそわそわしてんのよ」
「何でって…そりゃ、するよ」
一瞬目を逸らすシンジ

129: 3/6 2016/01/29(金) 16:10:40.01 ID:???
けげんそうなアスカを横目で軽く睨む
「…アスカと一緒にいるんだから、そわそわくらい、いつだって、してる。決まってるじゃないか」
小さく吹き出すアスカ
「ばか」
ふてくされたようなシンジの顔を見つめて、もう一度目を細めて柔らかく笑う
照れながらも見とれてしまうシンジ
ふいに自覚して、慌てて昼食の包みを広げる
正直睦まじいとしか見えない二人をぼんやり眺めているカヲル
興味を失くしたようにまた机にうつぶせる
シンジの肩越しに目をとめるアスカ
「ちょっと、何寝てんのよ。せっかくだから、あんたも入れてあげてもいいわよ。レイはいないけど」
「いいよ」
くぐもった声だけで答えるカヲル
椅子をずらして上体ごと向き直るシンジ
「どうしたんだよ、ほんとに」
箸を出しかけたまま覗き込むアスカ
「そういえば、いつもはどうしてるの? 教室で食べてるの見たことないけど」
「たまに一緒に食べるときは、屋上とか、人のいないところに行きたがるよ。…ってまさか、今日
 雨でその手の場所に行けないせいで、って訳じゃないよな」
「はあ? ほんとなら、何なのよそれ」
「…ちょっと違う」
やっと顔を半分起こすカヲル
「あんたね、面倒くさがるのもたいがいにしなさいよね」
「だから違うってば。…まあ、同じかな」

130: 4/6 2016/01/29(金) 16:11:16.11 ID:???
困惑するシンジ
「要するに何なんだよ。それとも、やっぱり綾波がいないから?」
「やっぱりって何だよ…でも、違う。…単に、他人のいるところで食事する気がしない」
「…あのねえ」
思いきり顔じゅうで呆れてみせるアスカ
「面倒くさがりじゃなくて、極度の神経質とか過敏体質に訂正されたいわけ? ていうか、
 それじゃ子供のわがままじゃない」
同じような困惑と呆れの表情を見せている二人を見比べるカヲル
溜息をついて上体を起こす
「…いいよね、君たちは。心から信頼できる相手がいてさ」
一瞬顔を見合わせ、ほぼ同時に真っ向から照れて目を逸らすシンジとアスカ
頬杖ついて続けるカヲル
窓の外は降り続ける氷雨
「僕はたまに耐えられなくなるときがあるんだ。周りに他の人間がいて、その一人一人が
 自分と違う価値観とか信条を持って生きてるってことが。…理屈では理解できるし
 尊重すべきだってことも学べるんだけど、何ていうか、生理的に嫌になる。ときどき、だよ。
 だから君たちがうらやましいけど、同じくらい、自分が本当はここにいないような気がす…」
シンジに目をやって黙り込む
寒々しいものに襲われたようにどこか傷ついた表情をしているシンジ
はっきり後悔の顔をするカヲル
それ以上言い訳はせず、口を結んで視線を逸らす
曇ったガラスを伝い落ちる雨の滴
何でもないようにアスカが沈黙を破る
「…何言ってんの? あんた、シンジのことは平気じゃない」

131: 5/6 2016/01/29(金) 16:12:34.93 ID:???
同時にびくっとなる男子二人
急に目を覚まされたような顔で揃ってアスカを見る
「シンジとは、たまに一緒に食事するんでしょ。お互い寮の部屋にも上がりこんでるみたいだし。
 なら全然平気じゃない。それに、レイのことだって平気でしょ。本気でキスできるくらいだもの」
「…ちょっと、アスカ」
大声ではないとはいえ、さすがに周囲の耳を気にするシンジ
聞かないアスカ
カヲルをじっと見据える
反射的に睨み返そうとし、結局諦めて視線を和らげるカヲル
「…うん。そうだった。…君の言う通りだ」
「…渚、…別に、無理することないよ。…つらいなら、僕ら、どこか他に行こうか?」
首を振るカヲル
また外の暗い雨空を見る
「シンジ」
振り返ってはっとなるシンジ
真顔のアスカ
「それじゃ違うでしょ。…ほら、あんたもこっち来なさいよ。別になんか食べろとは言わないから、
 同じ食卓につくぐらい、できるでしょ」
「…アスカ」
頑なな子供に言い聞かせるようなアスカの声
現実に幼い子供というより、かつて自分がそうだった子供の頃を遠い痛みとともに振り返る響き
もしかするとアスカにも覚えがあるのかもしれないし、シンジ自身、カヲルの言葉と似た感覚は知っている
だから違和感にはならずに素直に耳を傾けられる
いつのまにか背筋に張りつめていた冷たい緊張がそっと解けていく

132: 6/6 2016/01/29(金) 16:13:08.94 ID:???
「…わかったよ」
短い逡巡の後、素直に椅子を引きずってシンジの机に寄るカヲル
叱られた子供のような顔でシンジを見る
勝気に笑うアスカ
「ほら、この方が落ち着くでしょ。
 ほんっと、あんたたちって頼りないんだから。こういうときは私の言うことに従ってりゃいいの」
何とも言えない表情で笑う男子二人
それでもさっきより気持ちが解放されているのがわかる
「もう、ぐずぐずしてるから昼休み終わっちゃうじゃない! さっさと食べましょ」
さっさとお弁当を開くアスカ
つられて食べ始めるシンジ
自分の椅子の背によりかかって二人の食事を眺めているカヲル
いつも外に向けている冷めて突き放す表情はなく、見守る目はただ懐かしげで柔らかい
思わず口にしてしまうシンジ
「…何だよ、アスカのことも平気なんじゃないか。渚って」
ちらっと視線をよこし、平然と答えるカヲル
「何言ってるのさ。そんなの、当たり前だろ。シンジ君の選んだ人なんだから」
同時に口の中のものを噴きかけるシンジとアスカ
上気した顔で睨みつける
小さく笑うカヲル
「…嘘じゃないよ」
「嘘だなんて思ってないよ」
まともに言い返し、それから複雑な表情になって睨むシンジ
「…ただ、よくそんなこと平気な顔で言えるよな。しかも食事の最中に。教室で」
「だって本当のことだろ。ほら、早く食べないと時間なくなっちゃうよ」
時計をみやり、慌てて残りを詰め込む二人
もぐもぐやりながら恐ろしい目を向けるアスカ
「あんたってほんと信じらんない。この非常識馬鹿。レイが気の毒になってきたわよ」
ただ笑い返すカヲル
まもなく昼休み終了のチャイムが鳴り、ノートを抱えたヒカリが駆け込んでくる



149: 1/10 2016/02/06(土) 00:41:47.43 ID:???

-------

午後の授業
与えられた演習問題に黙々と取り組む生徒たち
早めに解き終えて、ふうと顔を上げるシンジ
クラスメートたちの案外真剣な横顔を一瞥する
シャーペンがノートの紙面を擦る音と時折教科書のページをめくる音
手持ち無沙汰になった両手を何となく動かすシンジ
斜め前にアスカの後ろ姿
流れるような金髪をときどき細い肩から払いながら、右手を動かしている
しばらく見守っているシンジ
しまいに自分で照れて目を逸らす
そのまま脇の窓から空を見上げ、ふと思いついて背後の席を振り返る
誰もいない机
一瞬とまどうシンジ
すぐに思い出す
そこにいるはずのカヲルは、管弦楽部の地区音楽コンクールの助演で朝から欠席
小さく溜息をつくシンジ
ふっと何かを感じて教室を振り返る
廊下側の席からこちらを見ているレイと目が合う
びっくりしたように瞬きし、何事もなかったようにまたノートに顔を伏せてしまうレイ
少しの間そのままでいるシンジ
気づいて、再びカヲルの席を肩越しに振り返る
机の上に落ちた冬の午後の光

150: 2/10 2016/02/06(土) 00:43:29.79 ID:???
「はぁ? 当ったり前じゃない、そんなこと」
呆れ顔で見返すアスカ
ほうきをくるりと持ち直し、空いた片手を腰に当ててみせる
視線は戻した机の列を雑巾で拭いているレイの方へ
黙って手を動かしているレイ
いつも通りのもの静かな所作
「…いや、だって、綾波はそういうの平気な方かなって思ってたからさ」
同じくレイを見ているシンジ
しゃがみこんで、アスカが掃いてきた床のごみをちりとりにまとめる
「思ったこと直截に口にしたりとか、他人に押しつけたり、したがらない。…あんまり顔に出さない。
 強い、のかな。だから、どっちかっていうと、大事な気持ちは隠し通すタイプかと思ってた」
返事がない
顔を上げるシンジ
まだレイの方を見ているアスカの、斜め下から見上げた横顔
なにげない表情なのにひどく無防備で傷つきやすそうに思えて、息を呑むシンジ
両肩にこもった力をごまかすように静かに立ち上がる
アスカが振り向く
「顔に出さないのは、感じないってのとイコールじゃないでしょ。
 強かろうと強くなかろうと、寂しいもんは寂しいの。ましてや相手はあいつだもの」
呟くような話し方なのにどこか力がある
知らず聞き入っているシンジ
「あんたが思ってるよりずっと、レイはあいつに恋してるのよ。近くにいればわかるもの。顔や
 言葉に出さないならなおさら、心の中では苦しいぐらい強く、想ってるのよ。きっと。
 …たとえあいつがあんな、無軌道でガキな、捉えどころのないヤツでもね」
言葉の割にちゃかさず真顔で言い切るアスカ

151: 3/10 2016/02/06(土) 00:44:24.06 ID:???
思わず言葉に出してしまうシンジ
「アスカ、心配してるんだね。綾波のこと」
けげんな顔になるアスカ
「当たり前でしょ。レイのことなんだから、…? あ、わかった。なーんだ」
急にからかうような目をする
反射的に身構えるシンジ
ほうきを後ろ手に、一歩距離を詰めるアスカ
「さ・て・は、悔しいんでしょ。私がレイのことばっか気にしてるから」
揺れる前髪を透かしてまっすぐ見つめてくる両目
内心大いに動揺するシンジ
半歩ほど穏便に退く
「…考えすぎだよ。でもまあ、否定はしないでおく」
ちりとりを拾い上げ、アスカのほうきも引き取って片付けにかかる
小さく吹き出すアスカ
「やっぱりね。ばーか」
掃除用具の片付けはシンジに任せ、ゴミ袋を持ってレイに声をかける
「レイ! もう終わりでしょ。ゴミ捨て、付き合って」
困ったように小さく首をかしげるレイ
「でも、雑巾、まだ洗ってない」
「そんなの馬鹿シンジに任せればいいの。ね、やっといてよ!」
「…りょーかい」
仕方なく手を挙げて答えるシンジ
ためらっているレイの手から雑巾とバケツを受け取る
「こっちはやっておくから。ごめん、行ってきてくれる?」
「…うん」
いつもよりほんのわずか長くシンジを見つめているレイ
すぐに目を逸らしてアスカの方へ歩み去っていく
水の揺れるバケツを手に、少し黙ったまま二人を見送っているシンジ

152: 4/10 2016/02/06(土) 00:45:51.73 ID:???
外廊下を歩くアスカとレイ
「ゴメンね、さっき話してたの、あんたのこと。聞こえちゃってた?」
「ううん。でも、何となく、わかった」
「ま、そうよね」
手にしたゴミ袋を大きく振るアスカ
「馬鹿シンジがね、心配しててさ。今日、何回か目が合って、気になってたんだって。
 いつもより元気ない感じだ、やっぱり渚がいないせいかな、大丈夫かな、なんて。
 …実は、ちょっと悔しかった、私。子供っぽいけど」
返事がない
視線をやるアスカ
少しうつむいているレイ
気づいて微笑む
「ごめんなさい。ケンカ、したの?」
「ううん、ていうか、ならないわよ。あいつ私には弱ッヨワだもの」
「うん。知ってる」
また少し笑うレイ
ちょっと安堵したアスカの前で、再びその表情が翳る
「…でも、ごめんなさい。
 今日、碇君を見てたのは、本当だもの」
「…え」
一瞬足の運びが止まるアスカ
すぐに察して首を振るレイ
「碇君のことじゃないの。…彼のことで、少し、碇君に」
瞬間的にとはいえ邪推した自分を内心戒めるアスカ
どこか心ここにあらずのレイを見つめる
「何か…馬鹿シンジに言ってやりたいことでも、あるの?」
「…ううん、…碇君には、言えないわ」
眉をひそめるアスカ

153: 5/10 2016/02/06(土) 00:47:10.05 ID:???
「じゃ、何? …あ、私にも言いたくないなら、無理にとは言わないわ」
黙ってしまうレイ
校舎隅のゴミ置き場に着く二人
積み上がった数個のゴミ袋の上に、自分の持ってきた分をえいっと放り投げるアスカ
ぽんぽんと手をはたいてきびすを返す
歩きかけて立ち止まる
振り返ると、佇んだままのレイ
白い顔を上げる
「…やっぱり、…聞いてくれる? さっきのこと」
すぐしっかりと頷くアスカ
「もちろん。誰にも言わないわ、馬鹿シンジにも」
寂しげに微笑むレイ
「…ありがとう。…どうしても、碇君には言えないことなの」
校舎の中へ戻っていく二人
長い影が暗さを増す
わざと明るく促すアスカ
「そんな言い方されたら気になるじゃん。で、何て?」
ためらうレイ
小さく口にする
「…カヲルを、取らないで、って」
「え」
声を呑むアスカ
思わずレイを見つめ返す
自身の抱える気持ちに圧されるように、深くうなだれるレイ
抑えた声でぽつりぽつりと話し始める

154: 6/10 2016/02/06(土) 00:48:38.71 ID:???
「…カヲルは、ずっと碇君を心配してた。今も、いつも、ずっと心配してるの。
 小さい頃、碇君のご両親が亡くなって間もないのに、彼と私も碇君と離れ離れになった。
 カヲルは、たぶん、それをずっと気にしてる。一番つらいときにシンジ君を一人にした、って。
 だからいつも気にかけてるの。こっちに来てからも。また友達になれたのも嬉しいんだと思う、
 だから、碇君の近くにいられるのが嬉しくて、楽しくて、…それを見てると、私」
制服の裾をきゅっと掴むレイの手
「…駄目なの。碇君は彼には大切な存在で、何でも言える友達で、…碇君のせいじゃない、
 彼が悪いのでもない、わかってるのに、ときどき、すごく…苦しく、なる」
胸を刺されたような感覚に覚えるアスカ
レイを見つめるしかない
「…駄目なのは私。私は、私のことが…怖いの。
 碇君には言えないわ。これは私の心。打ち明けたら、甘えるだけになってしまう。碇君を
 ただ傷つけるだけ。心配させるだけ。今日みたいに。…碇君のせいに、してしまうもの。
 それは、駄目」
宙に途切れるレイの声
唇を噛むアスカ
何かせずにはいられなくて、立ち止まったレイの顔をぐいっと覗き込む
痛々しいほど寂しい、レイの人形めいた微笑
無意識の反発に襲われるアスカ
「…バカッ」
正面に回り込んでレイの両肩を掴む
「そんなのないわよ! あんたね、それじゃ…」
言葉が続かない
肩を落とすアスカ
レイの手が静かに持ち上げられて、アスカの手を包む
「…ごめんなさい。碇君の悪口にしか、ならなかった。…ごめんなさい」
「…そうじゃないわよ」

155: 7/10 2016/02/06(土) 00:49:25.84 ID:???
沈黙
薄暗い廊下に長く射し入った遅い午後の光
手が離れ、どちらからともなくまた歩き出す二人
言葉が見つからない悔しさに歯噛みするアスカ
ほんのわずか後悔の色を覗かせているレイの顔
教室が近づいてくる
急に立ち止まるアスカ
振り返るレイ
金色の陽射しを受けてまっすぐ立っているアスカの姿
向き直るレイ
生徒の大半は部活に行くか帰途につき、無人の廊下に立つ二人
斜めに伸びた影
「…約束通り、シンジには、言わないわ。安心して」
「ありがとう」
「でも…だけど」
「…何?」
初めて表情を少し崩すアスカ
上手く言えないのを隠さずに伝える
「…でも、それじゃあんた、まるで…まるで馬鹿シンジよ。一人でくよくよして、抱え込んで。
 他人を傷つけないで自分だけ傷ついて、そんなのないでしょ。そんなことより…シンジなんかの
 ことより、考えすぎないで、正直に、…素直に、ちゃんとカヲルに甘えなさいよ」
気恥ずかしさにいたたまれなくなりながらも最後まで言い切るアスカ
怒ったようなしぐさで前髪を払う
うつむくレイ
思わず注視するアスカ
小さく目を見開く
柔らかい表情をしているレイ

156: 8/10 2016/02/06(土) 00:50:11.77 ID:???
「…ありがとう。…アスカに言ってもらえて、良かった」
とっさに目を逸らしてしまうアスカ
「何よ。いいわよ、このくらい。…大したこと言えたわけじゃないし」
珍しく気弱げに窺うアスカに、いつもの静かな笑みを向けるレイ
「ううん。どうしたらいいか、少し、わかったから。
 …大丈夫。返してなんて言わなくても、彼を待てると思う、私。だって、彼のことがとてもとても、
 好きだもの。…だから、平気」
少し息をつめるアスカ
ほっとしたその顔にやっと笑いが戻る
「…なら、いいわ」
「うん」
廊下の窓からグラウンドの運動部の声が届く
教室に戻っていく二人

並んで校門を出るシンジとアスカ
心配そうに校舎を振り返るシンジ
「…良かったのかな、綾波を一人で残してきて」
「いいの」
さばさばと答えるアスカ
余計気になるシンジ
「でも、オケ部が何時頃学校に戻るかわからないし。渚は重い楽器じゃないから、そもそも
 一緒に戻ってくるかどうかだって」
「いいんだってば。レイはあいつを待つことにしたの。あの子が自分で決めたんだから、いいのよ。
 何も連絡つかない訳じゃなし、私らがあれこれ気を揉んでもしょうがないでしょ」
「…それはそうだけど」
まだ気がかりなそぶりのシンジ
横目でそれを見やり、手を伸ばして軽くシンジの鼻先を弾くアスカ

157: 9/10 2016/02/06(土) 00:51:03.34 ID:???
思わず目をつぶるシンジ
「ッ、何するんだよ」
ふんと顔をそむけて足を速めるアスカ
慌てて追いつくシンジ
「何だよ、どうしたんだよアスカ」
「あんたがしつこく気にしてるからよ。それとも何、隣にいる私より、レイが心配なんだ」
「そんな訳ないだろ」
ますます慌てるシンジ
アスカの横に並んで、指先で軽くアスカの白い手の甲に触れる
ぴくっと肩で反応するアスカ
じろりと視線をよこす
真っ向から気恥ずかしさに耐えている表情のシンジ
過敏な自分にうろたえながら小さく告げる
「…アスカは特別だよ。誰とも比べられない。アスカは、ただアスカだけなんだ、僕には」
ちょっと見開かれるアスカの目
ゆっくり瞬いて、ふいに一気に間近まで迫る
「?! ちょっ、アス…」
間に合わず宙を掴むシンジの手
その首筋を捕まえてキスを奪ったアスカ
唇を離し、耳元まで真っ赤になったシンジを満足げに見上げる
文句言おうとして言えないシンジ
鮮やかに微笑むアスカ
「降参?」

158: 10/10 2016/02/06(土) 00:55:16.10 ID:???
「…うん。敵わない」
ゆっくり緊張が解け、代わって優しさの広がっていくシンジの顔
もう一度、もっと柔らかく、弾むように笑うアスカ
「…でしょ」
くるっと身を翻して先に立つ
今度は慌てずに横に並ぶシンジ
揃った足音
「ねえ、確か今頃だったわよね。去年の」
「何が?」
訊き返して、ふいに理解の表情になるシンジ
「そうだったっけ。確か、場所もこの辺」
「そ。私たちの、公開キス第一回」
気持ち良さそうに言い切るアスカ
人通りは少ないものの周囲を気にしてしまうシンジ
「…そんな言い方しないでよ、恥ずかしいから」
「いいでしょ。ホントなんだもの」
「何だよ、それ」
半分照れ、半分誇りながら笑い交わす二人
歩きながらシンジが手を伸ばしかける
途中で気づいて、自分からシンジの手を掴むアスカ
機先を制されてちょっと挫かれたようなシンジ
すぐに穏やかに微笑む
勝気に笑い、繋いだ手にぎゅっと力をこめるアスカ
シンジの目の色がふっと深くなる
身をかがめるようにしてもう一度静かなキス
ひそかに力が抜けてしまう自分を、不甲斐なくて怒りたいような、逆にシンジごと
抱きしめてやりたいような気持ちになるアスカ
お互いの顔に心の揺らぎを確かめ合いながら歩いていく二人
つのる寒気
それでも日脚は伸び、冬はそろそろ終わりに近づいている
空に満ちる光

172: 1/4 2016/02/15(月) 00:30:47.08 ID:???

--------

深夜
寮の自室で漫然と机に向かっているシンジ
ときどき溜息
去年のアスカの、はにかみながら睨んできた顔を思い出してみる
(来年は、ちゃんとするから!)
未だにメールも着信も来ない携帯を取り上げ、恨みがましく見つめる
時刻表示に再び溜息
「…もう寝よう」
立ち上がるシンジ
と、ドアに抑えたノックの音
いぶかしげに立っていくシンジ
ドアを細く開けて廊下を覗き、呆れ顔になる
「良かった。まだ起きてたんだ」
真っ暗な寮の廊下に立っているカヲル
「…なんだよ」
仏頂面のシンジに、思わずという感じで笑いをこらえるカヲル
更に不機嫌になるシンジ
「消灯過ぎてるだろ。早く自分の部屋帰って寝ろよな。僕ももう寝るから」
「だから、それはちょっと待ってってば」
「なんで」
「うん、説明するからさ。ちょっと入れてよ」
「え? …あ、こらっ」
勝手に部屋に入るカヲル
まっすぐ窓に寄り、身を低くしてカーテンの隙間から外を窺う

173: 2/4 2016/02/15(月) 00:31:57.45 ID:???
「…何やってるんだよ」
仕方なくドアを閉めて室内に戻るシンジ
振り返って唇に指を当てるカヲル
「大声出さないでよ。…あ、来たかな? さすがマリさん、時間通りだ」
「マリさん? って、アスカがホームステイしてる、あのマリさん?」
「他にいないだろ」
目は外の路上に向けたまま、楽しげに答えるカヲル
いい加減いらいらしてきたシンジを見透かすように急に振り返る
案外真剣な顔
とまどってしまうシンジ
部屋の時計を見て素早く微笑むカヲル
「…ぎりぎり間に合ったね。じゃ、行っておいで」
「…だから何なんだよ! って、何?!」
訳がわからないシンジの背中をぐいぐい押して廊下に押し出す
怒った顔になるシンジに階下を指す
「バレンタインだろ。アスカさんが今、下に駆けつけたところ」
他の全てを忘れるシンジ
「え」
面白がっているような、気遣っているような表情のカヲル
「一生懸命お菓子作ってて、こんなに遅くなっちゃったんだって。マリさんが教えてくれたんだ。
 だから、行ってきなよ。あ、僕は部屋に帰るから、戻る時に表の鍵、忘れないでね」
「え? え…? …ああもうっ」
ろくに言葉が耳に入らない
混乱したまま、とにかく外へ向かうシンジ

174: 3/4 2016/02/15(月) 00:34:02.16 ID:???
暗闇に沈んだ寮の館内
なるべくこっそり戸外へ抜け出す
とたん、息を呑む
同じように路上で目をみはっているアスカの姿
胸に抱えた小さな包み
生暖かい夜気を押しわけるようにして駆け寄るシンジ
まだ信じられない思いと苦しいぐらいのいとおしさが胸でせめぎあう
確かにそこにいるアスカ
傍に来たシンジにかえってたじろいで、怒ったようなしぐさで目を逸らし、また見つめてくる
コートの肩にかかった髪を払い、はあっと大きく溜息
「馬鹿シンジにしては、妙にタイミングよすぎ。
 …マリね?」
ちょっとつまるシンジ
「…あ、うん、マリさんが知らせてくれたって、さっき渚が」
「やっぱり。こそこそキッチン覗きに来たと思ったら…ったく、油断も隙もないんだから」
胸の包みをぎゅっと握っているアスカ
シンジの視線に気づき、その瞬間、顔じゅうに幾つもの表情が生き生きと溢れる
目を奪われてしまうシンジ
ほてった面を伏せながら、包みをシンジの胸に押しつけるアスカ
「はい。これ。たぶん日付、変わっちゃったけど」

175: 4/4 2016/02/15(月) 00:35:04.35 ID:???
「これ…もしかして、手作りしてくれたんだ。チョコレート」
綺麗にラッピングされたそれを両手で包み込むシンジ
その手つきの優しさにまたうろたえるアスカ
そっぽを向いて言葉を押し出す
「そ。私の貴重な休日の数時間の成果。…遅くなったのは痛いけど、味は、自信あるから」
「…アスカ」
胸がいっぱいになるシンジ
名前を呼ぶしかできない
こんな誰もいない夜道で受け取っている自分が嬉しくて悔しい
一人でここまで来たアスカを思うといたたまれなくなる
「…呼んでくれれば、僕がマリさん家まで行ったのに」
「それじゃサプライズになんないでしょ。結局、ならなかったけど…、?!」
包みを片手に、もう片腕でアスカを抱きしめるシンジ
「…ありがとう。すごく嬉しいよ」
一瞬もがきかけるものの、すぐに力を抜いて、素直に全身を預けるアスカ
それぞれの境界もわからないほどに包みこむぬくもりと感触
佇んだまま互いの息遣いの数に耳を澄ます二人
首に回した両手越しにシンジの耳元に囁くアスカ
「これで約束、守ったわよ」
「…うん」
深く頷くシンジ
チョコの包みを落とさないよう気遣いながら、抱きしめる腕にぎゅっと力をこめる
路上で重なった二つの影
寮の窓から様子を見ているカヲル
小さく笑って、迎えに来るタイミングをはかっているだろうマリに、作戦成功の一報を入れる



197: 1/8 2016/02/26(金) 23:40:40.27 ID:???

-------

「「おっはよう碇くんっ」」
威勢のいい声に振り返るシンジ
校門で追いついてくるトウジとケンスケ
二人の視線が揃って隣のアスカへ
「な…何だよ」
慌て気味なシンジに対して落ち着いているアスカの表情
「…?」
素早く顔を見合わせるトウジとケンスケ
方針変更し、大げさな笑顔で乗り出してくる
「なんやセンセ、今日も仲良く同伴出勤かいな。隅におけんなぁこのこの」
「さすが校内公認カップルだな。文化祭以来皆に認められてるだけあるよ」
シンジの肩を叩いたり脇腹を小突いたりいじりまくる二人
あまり手加減のない攻撃ぶり
悲鳴をあげるシンジ
「何すんだよ、痛いって」
アスカが向き直る
「ちょっと」
とたんに動きを止める二人
揃ってアスカの顔を窺う
反撃してくるかと思いきや、案外普通の表情のままのアスカ
ついっと手を上げて、シンジの肩を掴むトウジの手を、指先で軽く払う
呆れ顔で二人を眺める
「朝から何やってんのよ。中学生じゃないんだから、少しは落ち着きなさいよね」
あくまで平静な口調
間の抜けた顔で見返すトウジとケンスケ
また互いの顔を見合わせる

198: 2/8 2016/02/26(金) 23:41:19.46 ID:???
さっさとシンジの隣に寄り添い、コートから引っ張り出された制服の襟を直してやっているアスカ
「あーもう、何よこれ。シンジ、だいじょぶ?」
「あ、うん、まあ…結構痛かったけど」
「いつものことでしょ。さ、放っといて行きましょ」
二人を置いて歩き出すシンジとアスカ
納得いかないというか腑に落ちない顔で振り返りながら遠ざかるシンジ
「……」
まだ立ち止まっているトウジとケンスケ
深刻な顔を作って頷き合う

休み時間終わりのチャイムが鳴る
例によって居眠りしているカヲルを何とか起こそうとしているシンジ
「何やってんだよもう、先生来ちゃうだろ」
「えー…いいよ…」
「良くないだろ! こら、寝るなってば!」
少し離れた自席からはらはらしながら見守っているヒカリ
同じく眺めているアスカ
「渚君たら…碇君、困ってるわね」
「みたいね」
廊下の方を窺いながら二人を気にするヒカリ
「いつも面倒見てるのね、碇君」
「そうね。放っとけばいいのに、あんなの」
興味なさそうに答えるアスカ
くすっと笑うヒカリ
「それが出来ないのが、碇君なんじゃない?」
ちょっと目を見開くアスカ
ちらっと時計を見やり、立っていく
教室の反対側でおおっと目を向けるトウジとケンスケ

199: 3/8 2016/02/26(金) 23:41:53.86 ID:???
シンジの机から教科書を取り上げ、ぱしっと軽くカヲルの頭をはたくアスカ
「…ん」
眠そうに眉をひそめて顔を上げるカヲル
特に不機嫌そうにでもなく、普通に声をかけるアスカ
「駄々こねないの。相手がシンジだからって甘えちゃって、馬鹿みたい」
何か言い返そうとしてやめるカヲル
納得した顔でふうと溜息ついて起き上がる
ほっとするシンジ
アスカを見上げる
「ありがとう、アスカ。…ていうか、ごめん、わざわざ」
「ほんとよ」
指でシンジの額をとんと突くアスカ
「あんたがいつまでも甘やかすからでしょ。ったく、どっちもいつまでも子供なんだから」
ぱっと髪を払って自席に戻るアスカ
何となく目を離せずに見送ってしまうシンジとカヲル
教室の反対側、重々しく頷き合うトウジとケンスケ
「…マジみたいやな」
「…ああ。報告の通りだよ」

放課後、当番の掃除を始めるシンジとアスカ
部活に向かう準備をしつつ、ひそかにその動向を観察するトウジとケンスケ
低めの語調で声をかけるシンジ
さりげなく傍に寄って、通り過ぎながら小声で答えていくアスカ
シンジが笑う
アスカも穏やかな顔
目立たないながらも、注意していればごく親密な雰囲気が見て取れる
鞄やら荷物で視線をごまかしつつ観察を続けるトウジとケンスケ

200: 4/8 2016/02/26(金) 23:42:31.08 ID:???
レイを後ろに連れたカヲルが廊下から覗き込む
「じゃあ、今日は先に帰ってるから。問題集は後で届けに行くよ」
「わかった、ありがと。じゃ、後で」
シンジの後ろからちょっと伸び上がるアスカ
鞄を持ったレイに目を止める
「あ、なーんだ、レイも帰っちゃうんだ」
「そう。今日は二人」
はにかむレイ
笑顔になるアスカ
「そっか。よし、じゃ上首尾を祈ってるわ」
「何言ってるんだよ、君らだって帰りは二人一緒だろ。お互い様ってやつだよ」
親しみはこもっているものの、けっこう皮肉っぽく言うカヲル
思わず首をすくめるトウジとケンスケ
が、アスカは怒りもせずさらっと流す
「うっさいわね。あんたはちゃんとレイを見てりゃいいの」
「…そうなの?」
「そうよ」
顔を見合わせて小さく笑い、手を振って去るカヲルとレイ
そろそろ潮時と立ちながら、またも深刻に頷き合うトウジとケンスケ
「…ますますマジみたいやな」
「ああ。これでほぼ確証が取れたと言っていいと思う」
「何が?」
全身で跳び上がる二人
振り返ると渋面のシンジ
「え?! い、いや、何でもないって。なぁ鈴原君」
「せ、せやで。何でもあらへん」
ますます眉根を寄せるシンジ

201: 5/8 2016/02/26(金) 23:44:15.53 ID:???
普段は穏やかな顔に割と本気らしい怒りを見せているシンジ
大いに焦る二人
小さく息を吐くシンジ
「…朝から今まで、授業中とかも、ずっとこそこそ見てたろ。
 アスカの何がそんなに気になるわけ? いくら二人でも、ちょっと黙ってられないんだけど」
その背後から頷きながら歩み寄ってくる当のアスカ
険悪な眼差
観念するトウジとケンスケ
二人の前で腕組みするアスカ
言いにくそうに頭を掻くトウジ
「…い、いやな。最近何ちゅうか、惣流の様子が、そのな…」
「アスカの?」
思わず前に出るシンジ
目で必死にケンスケに助けを求めるトウジ
視線を逸らすフリを続けるもアスカに睨まれて諦めるケンスケ
「いや、ほんとに大したことじゃないんだって。
 本人の前で言いにくいんだけど…要するに、惣流が最近、可愛くなったって話があってさ」
「は?」
「ほんとだって、皆言ってるんだよ。文化祭の後辺りから、前みたいにトゲトゲした近づきがたい感じが
 なくなったっていうか、雰囲気が柔らかくなった、ってさ」
ぽかんとするアスカ
シンジと顔を見合わせる
困惑顔になるシンジ
「…その話を確かめるのに、今日一日、アスカのこと見てたの?」
「あー、そんなとこだ。お前らの気に障っちまったのは、すまん」
「…気に、っていうより、傍から見てもかなりバレバレだったけどね」
「何や、ほなハナっから気づいとったんかい」
怒りが消えたらしいのを見て取って安堵するトウジ

202: 6/8 2016/02/26(金) 23:45:05.25 ID:???
「ワシらはクラス同じやし、毎日顔合わせとるからあんまはっきり感じへんやろ。
 まぁでも今日見てて納得したわ。確かに、丸くなっとるわ、惣流。…いや、いい意味でやで」
逆に警戒するアスカ
何か魂胆があるのではと二人をじろじろ睨む
「…何よそれ。私は私よ、ずっと」
「それでもさ」
鞄を肩に掛けなおすケンスケ
「前は他人を攻撃するのに、何も遠慮しなかったろ。言い方悪いけど、無理に肩肘張ってたっていうか、
 ちょっと神経質なくらい周りを拒否してたっていうかさ。そういうのがなくなってるんだ、今は。
 …たぶん、シンジと付き合うようになったおかげなんだろうな」
「…え」
虚を衝かれるシンジ
「はぁ?!」
さすがに照れるアスカ
大声になる
「ッ、余計なお世話よ! そんなのあんたたちにカンケーないでしょ!」
「な、何や、やっぱり怖いまんまやないか!」
「何ですってぇ?!」
「前言撤回しとく!」
いきなりの剣幕に慌てて退散するトウジとケンスケ
教室の戸口まで追いかけていって、そこでぱたっと足を止めるアスカ
くるりとシンジを振り返る
混乱やら気恥ずかしさやらで呆然としていたシンジ
ちょっと目をみはる
どこか頼りなげな表情になっているアスカ
片手で頬を押さえる
思わず傍に行くシンジ
見上げるアスカ
「…ねえ、そうなのかな」

203: 7/8 2016/02/26(金) 23:46:04.07 ID:???
「え?」
やや上体をかがめるようにして覗き込むシンジ
ぼんやりと視線をよそに投げるアスカ
「…私、変わった? 変わったように見える?」
ほとんど聞こえないくらいの小声
かすかに息を呑み、それから微笑して頷くシンジ
「うん。変わったと思う」
ぱっと目を上げるアスカ
受け止めるシンジ
「ケンスケが言ってたみたいに、何ていうか、余裕が出てきた気がする。
 前は…前から、アスカは皆の憧れで、何でも出来て、アイドルみたいだったけど、同じくらい
 他人に対していつも気を張って、疲れてピリピリしてるように見えた」
聞き入るアスカ
微笑んで、急に睨む
「…何よ。あんた、その頃からずっと私のこと見てたわけ」
瞬きしてその視線を受け、ちょっと怒ったように頷くシンジ
「そりゃ、見てたよ。…当たり前じゃないか、好きだった、んだから」
「…ばか」
小さくシンジの胸を叩くアスカ
苦笑するシンジ
「…だから、なんか恥ずかしいけど…ケンスケの言うように、もしアスカが僕と付き合ったことで
 ちょっとでも前より良く変わったんなら、…嬉しいよ」
ふっと笑うアスカ
真正面からシンジに顔を近づける
「…当たり前でしょ。あんたが私を変えたの、あんたがもっと好きになるような私にね」

204: 8/8 2016/02/26(金) 23:46:53.50 ID:???
うろたえるシンジ
反射的に後ずさろうとして、後ろの机にぶつかる
手を伸ばして肩をつかまえるアスカ
掴んで引き寄せ、囁く
「あんたのせいよ。責任、取りなさいよね」
すぐ目の前で揺れているアスカの肌と髪の匂いに一瞬何もかも忘れるシンジ
頷く
「…うん。必ず」
にっこりするアスカ
「…よし」
手を放してあっさり離れる
思わず引き止めそうになるシンジ
からかうように笑うアスカ
「馬鹿ね。先に掃除、済ませなきゃなんないでしょ」
「…うん。そうだった」
素直にしょぼんとなるシンジを見つめるアスカ
ふいにまた近づいて、頬にごく軽くキス
耳元に唇を近づける
「…あとは二人っきりになるまで、お預け」
真っ赤になるシンジ
今度こそ素早く身を翻して掃除に戻るアスカ
放置していたホウキを手に取って振り返る
「ほら、早く。馬鹿シンジ」
鮮やかな変わり身ぶりに、呆れる前に見とれてしまうシンジ
苦笑いして後に従う
校庭から部活の声が響き始める教室
ひそかに背中で互いを気にし合いながら掃除する二人

237: 1/8 2016/04/05(火) 23:33:03.92 ID:???

---------

満開を少し過ぎた桜
あいにくの曇天の下でもほのぼのと微光を含んで差し交わす枝々
花明かりの下を登校するシンジとアスカ
振り仰ぐ頭上から音もなく花びらが舞い落ちてくる
並んで歩く互いの靴音に耳を澄ます
いつもの道、いつもの風景がどこか新鮮で不慣れなものに感じさせるかすかな不安
「新学期か。もう三度目なんだね、この同じ桜の下を歩くのって。…これで最後。
 なんか、不思議だね」
「なーにしみじみ浸ってんのよ」
感慨深そうなシンジを笑ってみせるアスカ
「時間は黙ってても過ぎてくんだから、そんなの当ったり前でしょ。
 振り返るのはもっと年を取ってからよ」
むっとした表情を次第にほどいて、結局照れ笑いするシンジ
一瞬見つめるアスカ
また少し背が伸びた
けれど、歩調はいつものようにアスカに揃えてくれている
その額を吹く同じ風にアスカの長い髪がそよいで流れる
「…そうだね。たださ、…ときどきまだ、信じられないような気になるときがあってさ」
「何がよ」
鞄に付けた十字架のペンダントを見つめ、軽く触れるシンジ
振り向いてアスカの眼差にとらわれる
白い小さな顔、吸い込まれそうな青い目
ふと言葉の先を忘れてしまうシンジ

238: 2/8 2016/04/05(火) 23:33:57.81 ID:???
待ち構えるアスカの表情にせかされて慌てて思い出す
「…何もかも。東京の学校に通って、いろんな経験して、今まで全然知らなかった人たちと
 友達になって。君に出会って、こうして隣にいることも。…違和感じゃないんだ、ただ、
 幸せって言っちゃうには、少し…怖くて、さ」
言いながら気恥ずかしくなってくるシンジ
やや伏せた目でアスカを窺う
きりっとした横顔を見せて歩くアスカ
一瞥
「馬鹿ね」
苦笑するシンジ
「…そう言うと思った」
急に手を握りしめてくるアスカ
思ったよりきつい感触に息を呑むシンジ
「どうしたの?」
「…別に」
目を逸らすアスカ
熱くなってくる頬を自分でいぶかしむ
手の中のシンジの手をもっとぎゅっと強く掴んでやる
そうしなければ、今この瞬間にもすり抜けて消えてしまうかもしれない
でもそんな恐れは言葉にはしない
「…アスカ?」
ひと呼吸で自制を取り戻して顔を上げるアスカ

239: 3/8 2016/04/05(火) 23:35:15.75 ID:???
「何でもないわよ。…あんまりフワフワしたこと言ってるから、私があんたを、繋いどいて
 あげよっかなってだけよ。何年経っても、ホント、馬鹿シンジね」
気弱な表情になるシンジ
「…ごめん」
「いいわよ、わかってるから」
「うん。…でも、ありがとう」
「…ば」
一瞬脚がもつれ、つんのめりかけるアスカ
慌てて支えるシンジ
自分から握りしめた手が震えそうになるのに焦る
それぞれに、勝手に反応する自分の身体をどやしつけたくなる二人
過敏でどこか親密な沈黙
花だけがしきりに舞い落ちる
やがて、ふうと息を吐き出すアスカ
「…サクラ、か。
 ほんっと、日本人って桜大好きよね。東京じゅうどこに行ってもこの花ばっか。ニュースじゃ
 毎日どこのサクラがどのくらい咲きましたーなんて大真面目にやってるし。ヘンよ」
いつもの調子で小気味よく言い放つアスカ
苦笑いするしかないシンジ
「日本人でもときどきそう思うよ。…アスカは、じゃあ桜はあんまり好きじゃないんだ」
「べっつにー。まあ綺麗だけど、好きでも嫌いでもないわ」
まだ続いている桜並木を見上げるアスカ
ほのかな薄紅色の広がりを透かし見る
降りかかる花びらに包まれた顔が、ふっと静まる
「…でも、ドイツに帰ったら懐かしくなるかもね、たぶん」

240: 4/8 2016/04/05(火) 23:36:10.52 ID:???
「え」
歩みが止まるシンジ
流れる花
何でもないように先を行くアスカ
振り返る
まだ足を踏み出せないシンジ
周りの光景が急速に退き、取り残された自分を遠巻きにするのを感じる
口を開いても言葉が出てこない
こちらを見ているアスカ
いきなりぷっと噴き出す
「え…?」
混乱するシンジ
鞄を胸に抱えて大笑いしているアスカ
涙目を拭きながら戻ってくる
「馬鹿ねー、ジョークよ、ジョーク。真剣な顔で心配しちゃって、おっかしー」
ようやくからかわれたことを納得するシンジ
「ちょっ、…何だよそれ、ずるいだろ!」
「あーもー、本気で怒っちゃって。顔、真っ赤よ。ちょっと恥ずかしー。やーねー」
「あ、アスカのせいだろっ!」
まだ笑っているアスカ
憮然とするシンジを残してくるりと身をひるがえし、また歩き出す
「ほら、いつまでも拗ねないの。置いてくわよ」
無造作に言われ、悔しいけれど後を追うしかなくなるシンジ
いつのまにか自分でも声に出さずに笑っている
並ぶのを待たずに急に足を速めるアスカ
呼び止めようとして、道の先に気づくシンジ
少し前方を歩いているカヲルとレイ
「おっはよー、レイ! 今日は二人なんだ」

241: 5/8 2016/04/05(火) 23:37:05.86 ID:???
ぱっと見開いた目をまた優しく伏せるレイ
「…うん」
「どう、いいでしょ? 一緒って」
にこにこ顔で覗き込むアスカ
ますますうつむいて頷くレイ
「うん。うれしい」
「でしょ!」
自分まで嬉しそうに頷くアスカ
明らかに邪魔されたという顔で割り込むカヲル
「…君らはいつも通りだよね。ケンカするとこも含めて」
きっと振り向くアスカ
「は? 何でそこでケンカが出てくんのよ」
「聞こえてたから。さっきからずっと。君さ、声大きいんだよ。自覚ないだろうけど」
「え…ほんと?!」
動じないアスカと逆に慌てだすシンジを、呆れたように眺めるカヲル
横で小さくくすくす笑うレイ
ふんと顔を逸らすアスカ
「別にケンカじゃないわよ。馬鹿シンジが勘違いしただけ。ね、シンジ」
「…って、勘違いじゃないだろ、アスカが変なこと言い出すからじゃないか!」
思い出してもう一回腹を立て、さっきのいきさつを二人に打ち明けるシンジ
全然悪びれないアスカ
「何よ、あんなの本気にする方が悪いのよ」
「だからって卑怯だよ、いくらなんでも。そう思わない?」
意外と冷めた、どこか突き放す目でシンジを見返すカヲル
やや勢いを削がれるシンジ
「…何だよ」
「別に。どっちもどっちだし」

242: 6/8 2016/04/05(火) 23:38:21.29 ID:???
「どっちもって…」
「君も悪い」
さっさと視線を逸らすカヲル
またも憮然となるシンジにたたみかける
「君がいつまでもフラフラしてて頼りないからだろ。
 せっかく二人でいられる時間なのに、君はどうせ、新学期で少し不安だとか、どうでもいい
 こと愚痴ったんじゃないの? その割にこの先なんか全然実感ないんだろうし、進路も確か
 いまだに迷ってるし、そんなんじゃアスカさんじゃなくても叱りたくなるよ。むしろ冗談に
 紛らわしてくれたことに感謝すべきだと思うね」
「…そこまで言うんだ…」
いちいちごもっともなので反駁できないシンジ
うんうん頷いてみせながらちょっとむっとしているアスカを横目で見る
ふふっと笑うレイ
ぱっと構えを崩されるカヲル
「ごめんなさい。碇君は悪くないわ。
 向こうに呼び戻されるかもしれなくて、少しナーバスになってるだけ。八つ当たりなの」
ぽかんと目を見開くシンジとアスカ
「どういう意味よ?」
「呼び戻されるって、渚が? …どこに」
穏やかな目のままふっと微笑を曇らせるレイ
「また、日本を離れることになるかもしれないの。…大丈夫、まだ決まったわけじゃない」
「…レイッ」
本気でうろたえた表情を見せるカヲル
「何言ってるんだよ、シンジ君にはまだ話さないでおいてよって頼んだじゃないか」

243: 7/8 2016/04/05(火) 23:39:35.59 ID:???
首を振るレイ
「駄目。言わない方が、ずるいもの」
「そうだけどさ…ああもう、だけど僕は嫌だったんだよ」
「嫌なのは、碇君たちと離れることの方でしょ。強がることない」
前髪をぐしゃぐしゃかき回し、情けない顔でシンジとアスカを見るカヲル
それぞれに気遣う表情をする二人に少し眉根を緩める
「…本当なの? 渚」
訊かずにはいられないシンジ
「…うん。嫌だけどね。…まあ、レイも言ったけど、決まったわけじゃないから。気にしないでよ」
「だけど…」
「だからやめてってば。そうやって気遣われる方がしんどい」
返す言葉を持たないシンジ
四人の沈黙に降りかかる桜の花びら
シンジの沈んだ顔を見て自分がやりきれなくなったようにかぶりを振るカヲル
簡単な言葉を重ねないアスカをちょっと尊敬の目で見やる
「そういう訳だからさ、僕だっていつまでも君のこと心配してられないんだよ。もっとしっかりしなよ、
 アスカさんに見ててほしいならさ」
「…渚」
口ごもるシンジ
思い直して、頷く
「…わかったよ。すぐには無理かもしれないけど、自覚くらいする」
ふいに見つめられて、一瞬無防備に驚くアスカ
シンジの眼差の強さに素直に心を寄せる
「アスカに置いてきぼりにされないような、…男、になるよ。…だって、さっきわかったんだ。
 アスカに置いていかれたら、僕は何もできなくなる。そんなのは絶対に嫌だ」
言い切るシンジ
ゆっくり高鳴る胸を抱きしめるアスカ
大切すぎて、馬鹿、といつものように軽く退けることもできない

244: 8/8 2016/04/05(火) 23:40:52.14 ID:???
黙っているアスカの隣でレイが微笑む
「そう。アスカは碇君に、いつも繋ぎ止めていてほしいの。だから、いつでも先に行こうとするの。
 アスカを、ちゃんと見ていてあげて。碇君」
淡いけれど確かな声で言葉を紡ぐレイ
紅潮した頬で文句を言おうと振り向くアスカ
とたん、シンジの目と目が合って、そのままレイの言葉を否定もできずに横顔を向ける
自分も顔じゅうが熱くなっていくのを意識するシンジ
ふと視線を移すと、やや不安げな、けれどひどく優しい目で彼らを眺めているカヲル
小さく笑い返すシンジ
「…うん。ありがとう、渚、綾波」
その手をアスカの手が掴む
はっとするシンジ
何も言わずに強く握り返す
振り返り細い肩越しに見上げてくるアスカ
もういつもの強気な表情
「じゃ、さっさと行くわよ。…何まとまったみたいな顔してんのよ、まだ朝よ、朝! 一日まだ
 始まってもいないでしょうが。時間は黙ってても過ぎるけど、過ごすのは私らよ。
 ほら、急ぐ!」
はっぱをかけるアスカ
お互い顔を見交わして、誰からともなく笑いがこぼれ、あっという間に皆に伝わる
せかすアスカを先頭にまっすぐ桜の道を進んでいく四人
花の雲が連なる先に校門が見えてくる
四月

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253: 1/8 2016/04/26(火) 22:27:46.46 ID:???


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新緑に囲まれた学校
明日からの連休を前に、教室にも廊下にもどこか浮かれた雰囲気が流れる
やや喧騒の薄い三年の教室
先ほど配られた連休明けの実力テストの日程のプリント
深刻な顔で覗き込む生徒数名
そのうちの一人たるケンスケ
おおげさに溜息をつく
けげんな顔するシンジ
「どうしたの? いつもテストはうまくやってるのに」
「それどころじゃねーんだよ…」
演技たっぷりに呻いて額に手を当てるケンスケ
プリントに印刷された日付の一つを指さす
「この日! この日だけなんだよ、横須賀の乗艦見学ツアー!
 今年初のタイプの寄航もあるし、これを逃しては或いは永遠に、なんだよ!」
らんらんと反射する眼鏡
やや引くシンジ
「え…っと、…何だっけ、軍艦?見に行くって言ってたっけ…?」
「それ以外あるかー!」
がっくり突っ伏して頭を抱えるケンスケ
呆れ顔でとりあえず見守るシンジ
「あああ畜生、最優先でパス確保したのに! 何でよりによってこの日なんだぁああ!!」
「何騒いどるねん。
 んなもん、写真部の2年にでも頼んで代理で行ってもらえばええやん」

254: 2/8 2016/04/26(火) 22:29:40.57 ID:???
覗き込むトウジ
見上げるシンジに肩をすくめてみせる
まだ机にごつごつおでこをぶつけているケンスケ
絶望のあまり聞こえていないらしい
同時に目をやり、揃って緩い顔で溜息をつく二人
「そういえばトウジ、今度のテストは普通枠で受けてみるって言ってたけど、ほんとなの」
「まぁな」
「特待生枠なら優遇されるのに。…部活、何か上手く行ってないとか?」
「そういうわけやない。けどな…」
ちょっと言いよどんでがしがし頭を掻くトウジ
「受験どこにするかはまだ決められへんとして、そろそろまともに勉強せぇへんと、
 なんて思ったりしてな。…この学校には特待生で入れたけど、ワシなんかよりもっと
 才能ある奴は幾らでもおるしな。いろんな大会行かせてもらって、ようわかったわ。
 せやから、まぁ諦めるわけやないけど、一度学生としての腕試しっちゅうか、今後の
 運試しみたいなもんやな、ワシなりの」
精悍な感じのトウジの横顔
ふっと不安になって自分の内面を省みてみるシンジ
未だに進路をはっきり決められずにいる自分
同い年のはずのトウジがふいに幾つも年上の大人のように見えてくる
シンジの視線に気づいて照れ笑いするトウジ
鼻の下をこするしぐさが子供に戻す
「何やろ、ま、ゲンかつぎとか、けじめやな。うん」

255: 3/8 2016/04/26(火) 22:30:48.60 ID:???
つられて少し笑うシンジ
「覚悟、みたいなもの?」
「せやな」
「何言ってんのよ、この嘘つき」
「…おぅわ?!」
変な声出して1mくらい退くトウジ
その身体の陰から向こうを見透かすシンジ
「…アスカ?」
ふふんと鼻で笑って歩み出るアスカ
両手を腰に当ててトウジを見上げる
「な、何が嘘なんや、この」
「嘘よ嘘、大嘘つき。…ヒカリと一緒の大学行けたりしないかなーとか思ってるんでしょ?
 それで勉強頑張る気になったってとこ」
全身でガタッと横の机に逃げるトウジ
泡食って否定しようとするが言葉にならない
教室の反対側で同じく全身で動揺して周りに心配されているヒカリ
完全勝利の目で笑うアスカ
「別に悪いことでも恥じることでもないでしょ。堂々としてなさいよ」
まだ百面相しているトウジは放って、シンジに向き直る
「ね、馬鹿シンジ。あんたはどうするの? 連休。また、あんたのおばさんとこに帰省?」
「…え」
急に自分が話題にされて慌てるシンジ
シンジの机に片手をついて覗き込むアスカ
「どうなのよ」

256: 4/8 2016/04/26(火) 22:32:15.56 ID:???
「あ、ううん。今回はこっちに残って、テスト勉強に専念しようかなって思って。
 そろそろ授業も受験モードだし」
「…ふぅん」
急に身体を引くアスカ
思わず目で後を追うシンジ
つんと顔を逸らして髪を払うアスカ
「なぁんだ、つまんないの。勉強くらいいつでもできるでしょ。ちっとは若者らしく遊びなさいよ」
言いさしてシンジの様子を横目で窺い、ふと視線に囚われる
照れながら柔らかい表情で苦笑しているシンジ
いつくしむような眼差
引き込まれるアスカ
「…それって、もしかして、誘え、って意味?」
ぱっと顔をそむけるアスカ
「そこまで言ってないわよ。私も今日から明後日までは、家、空けられないし」
指先がスカートの生地を意味なくいじっているのに気づくが、抑えられない
「空けられないって…マリさんの家、だよね?」
気づいても注視することなく、先を訊ねるシンジ
「そうよ」
ちょっと唇を噛むアスカ
ほっとすると同時に、もっと気にしてほしいような悔しさを少し持て余している
「こんな時期に出張だって。帰ってくるまでは一応、私が留守番してないといけなくて。
 面倒くさいけど、ま、居候させてもらってる身だし、このくらいしないとね」
「そうなんだ…」
今のうちにとこそこそ退却していくトウジを目で追うシンジ
とたんに、目の前にアスカの手がばんと突かれる

257: 5/8 2016/04/26(火) 22:33:45.88 ID:???
焦って見上げるシンジ
「そうなんだ、じゃないでしょうが」
ほとんど鼻と鼻がくっつきそうなくらい顔を寄せて睨みつけるアスカ
おおーと色めきたつ周囲には目もくれない
お互いだけに聞こえるくらいの低い声で憤りを突きつける
「女の子がたった一人で三日も留守番させられるのよ? 心配じゃないわけ?」
「い、いや、心配は心配だけどさ…だからって、僕が何かするわけにもいかないし」
じりじりと椅子を引くシンジ
逃すかと机ごとさらに詰め寄るアスカ
「…あんた、連休帰らないなら、寮よね」
「…そうだけど」
容赦ない目で見据えるアスカ
「泊めて。今夜」
「は?」
理解とともに頭が真っ白になるシンジ
同時に椅子もろともバランスを崩す
「…うわッ」
「シンジ…!」
小声で叫ぶアスカ
直後、安堵もそこそこにものすごく嫌そうな顔になる
「…ぐ」
両脇掴まれて目を開くシンジ
がたんとそのまま椅子ごと前に戻されて、元の体勢になる
慌てて振り返るシンジ
心底呆れ果てた目で見下ろすカヲル
「…ほんっと、君らって見てて飽きないよね」

258: 6/8 2016/04/26(火) 22:35:57.30 ID:???
小さくなるシンジ
「…ごめん、ていうか、ありがと」
軽く頷いてやや目を逸らすカヲル
ふんと腕組みするアスカ
「何よ、またシンジのこと見てたわけ。このストーカー予備軍」
「違う。君の動きがいちいち無駄に派手だからだよ」
「は? 無駄とは何よ」
「…やめようよ、アスカ、渚も」
さすがに周囲の好奇の目を気にしてそわそわと二人を制するシンジ
聞かない二人
「やめるならアスカさんだろ。ていうか、僕は被害者だし。君の。あー、重かった」
「う…悪かったよ…」
「馬っ鹿みたい。あんたが勝手に手ぇ出したんでしょ。あ、さては今日レイが
 模試休みだからって、寂しいの紛らわそうとしてんでしょ! それでシンジに絡んで
 きてるわけ? あ、ほら、怒ってる! 図星!」
「違うよ。何だよ君、シンジ君の傍だからって安心して強気になってさ」
「はぁ?! どういう意味よそれ!」
「だからやめようって…」
伸ばしたシンジの手をぱんっと払うアスカ
思いがけず本気の怒りの目を向けられてひるむシンジ
アスカがなぜそこまでむきになったのか訳がわからない
余計苛立つアスカ
「何よ、そもそもはあんたがぼーっとしてるからでしょうが! もういいわ、知らない!
 オトコ同士勝手に仲良くやってなさいよ! 馬鹿っ!」
勢いよく言い捨ててきびすを返す
慌てて立ち上がるシンジ

259: 7/8 2016/04/26(火) 22:39:13.78 ID:???
「アスカ…」
一瞬だけ振り返るアスカ
背中を向けてとどめの一言
「今日は一人で帰る! ついてこないでよ!」
絶句するシンジ
呆然と立ちすくみ、そのまますとんと椅子にへたりこむ
苦い味を噛みしめたような表情のカヲル
ざわざわし出す周囲

男子寮 深夜
自室の天井を見上げているシンジ
結局、本当にあれからアスカは一切話しかけてこず、帰りもさっさと一人で行ってしまった
問いただすはおろか何を言う隙も与えないアスカの固い表情が甦る
小さく息を吐き出すシンジ
何も手につかず、ベッドに入る気にもならず、ただカーペットに両脚を投げ出して呆然としている
どうしてこんなことになったのかばかりをずっと考え続けている
今日の出来事を繰り返し思い返す
(…何がいけなかったんだろう)
(何が悪くて、アスカをあんなに怒らせたんだ? すぐ前までいつも通りだったのに、何で)
(僕、か…? 僕だよな…僕の何が、そんなに気に障ったんだろう)
出口は見えない
ただ一人で考えているだけだから当たり前
それもわかっていて、でも誰かに打ち明けたり近づく気にはどうしてもなれない
もう一度、今度はやや長く息をついて目を閉じるシンジ
ノックの音
眉根を寄せるシンジ
そのままの姿勢で声を投げる
「渚? 悪いけど、今日はもう寝る。明日にしてよ」
固く目をつぶり、ふいに怒った顔で見開くシンジ
さっきより強いノックの音

260: 8/8 つづく 2016/04/26(火) 22:40:15.62 ID:???
ドアを叩く音が苛立ったように何度も続く
口を引き結び、とうとう溜息をついて立っていくシンジ
乱暴にドアを開ける
と、シンジの表情が固まり、みるみる怒りが崩れる
カヲルと、その陰に隠れるようにして立っているアスカ
「…あ」
言葉が出ないシンジ
目でカヲルに訊く
彼なりに困惑顔になっているカヲル
「…君、携帯切ってるだろ。それで僕に掛けたんだって」
呆然としたまま首を振りかけ、ふと思い当たるシンジ
充電が切れたのを、帰ったまま投げやりな気持ちで放っておいたのを思い出す
何度か口を開いては閉じる
ようやく声が戻ってくる
「…アスカ、どうしたの。…何で」
ずっとうつむいていたアスカが顔を上げる
何かを強くこらえている不安定な目
胸の一番奥をぎゅっと掴まれるシンジ
思わず一歩前に出てアスカの両肩を手で包む
アスカの表情が痛いほど揺れる
突き刺さる沈黙
必死に覗き込むシンジ
少しして、心なしか青ざめた唇を開くアスカ
突きつめた声
「…悪いけど、今夜、いさせて。…ちょっとでいいから」

273: 1/9 2016/05/06(金) 22:53:49.74 ID:???


--------
明城学院男子寮 深更
シンジの部屋
緊張の面持ちで床に正座しているシンジ
少し離れた隣に同じく腰を下ろしたカヲル
両者の見上げる先、シンジのベッドに向こう向きに座り込むアスカの姿
部屋に入ってからまだ一度も口をきかない
見ているだけで背中に冷や汗が浮いてくるシンジ
散らかったままの室内を打つ手なく眺める
階下の自販機で買ってきた飲み物は手も付けられず放置されている
世にも気まずい沈黙
肩をすくめ、そうっとカヲルに視線を送るシンジ
「…あのさ」
「断る」
小声で即応するカヲル
「僕は案内しただけだから。もう帰りたいんだけど」
「ッて、だからそれは困るってば。頼むよ」
「嫌だね。アスカさんは君に会いに来たんだろ。君が何とかしなよ」
「何とかするったって…」
揃ってアスカの背中を見る両者
と、きゃしゃな肩がぴくんと上がる
どやしつけられたように背筋が伸びるシンジ
呆れ顔のカヲルに目で助けを求めるも無言で断られ、仕方なく恐る恐る声をかける
「…アスカ? …その、大丈夫?」

274: 2/9 2016/05/06(金) 22:55:44.96 ID:???
「…うん」
ゆっくり半身をこちらに回し、両脚をベッドから下ろすアスカ
ついその動きを目で追ってしまうシンジ
一瞬それを認め、けれどすぐまた瞳を曇らせるアスカ
思わず立ち上がりかけ、しびれた膝下でよろけるシンジ
片手をついて何とか顔を上げる
「アスカッ、何だよ、どうしたんだよ。マリさん家で何かあったの? …まさか、泥棒とか」
本気で焦った顔をするシンジ
剥き出しの心配にやっと少しだけ笑うアスカ
「ううん。何でもない。…単に、一人の家でちょっと心細くなっただけ。
 …もう落ち着いたから、帰るわ。ありがと」
「…帰るったって、もう電車ないじゃないか。今からじゃ無理だよ」
ようやくきちんと起き直るシンジ
膝立ちになってアスカと目を合わせる
されるがままにシンジを見ているアスカ
黙っているとまるで人形のように綺麗で、内面の揺らぎを一切掴ませないアスカの顔
ふいに自信を失うシンジ
視線が床に落ちる
「あ…どうしても帰りたいなら、…送っていく、けど」
「…二人で、歩いて?」
アスカの声がちょっとだけ笑いを含む
ぱっと顔を上げるシンジ

275: 3/9 2016/05/06(金) 22:57:49.51 ID:???
意気込んで強く頷くシンジ
「うん。ちょっと遠いけど…明日からどうせ休みだし、僕は平気だ。何なら誰かに自転車借りて
 乗せてってもいいし。とにかく危ないよ、こんな遅くに」
アスカの目がふっとためらい、試すように上目遣いに見つめてくる
「…危ないと、思うんだ。私のこと」
目を見開くシンジ
別の言葉を囁かれたような、ほとんど触感に近いざわめき
危ぶむ気持ちのまま頷く
「…、当たり前だよ。何があったのかわからないけど、アスカを一人で放っておけない」
「…そうなんだ」
目を閉じるアスカ
そのままゆるやかに素直な微笑を浮かべる
見とれるシンジ
アスカがまぶたを開く
もう落ち着いている表情
きっぱり首を振るアスカ
「なら、それで充分よ。…心配ご無用、一人で帰れるわ」
「駄目だよッ」
後先考えられず、腰を浮かせたアスカを思いきりその場で抱きしめるシンジ
小さく耳元をかすめるアスカの吐息
真っ赤になってアスカをつかまえているシンジ
「…一人にさせられるわけ、ないだろ。…ここにいてよ、お願いだから」

276: 4/9 2016/05/06(金) 23:00:03.98 ID:???
静かに息を吸い込み、ゆっくり両手をシンジの背中に回すアスカ
ぎゅっと抱きしめ返す
「…わかった。あんたが頼むなら、聞いてあげる」
お互いの息遣いの中に身を寄せる二人
昼間のいさかいなどもうすっかり消えている
熱い頬に頬をすり寄せてくるアスカ
両腕にそっと力を込めるシンジ
横目でそれを眺め、わざと気配を隠さずに立ち上がるカヲル
「…じゃあ、僕は部屋に戻るから」
我に返るシンジ
アスカをベッドに座らせ、つんのめるようにドアのところでカヲルに追いついて腕を掴む
不機嫌に振り返るカヲル
「…何。あとは二人でいいだろ。それとも僕に見物してろってわけ」
「違うってば。そうじゃないけど…アスカと僕の二人だけでこの部屋にいるなんて、幾らなんでも、
 その、まずいよ」
ものすごく冷めた目で見据えるカヲル
「何がまずいの? 別に告げ口したりしないけど」
「そんな意味じゃないって。とにかく…頼むから、もう少しいてよ、渚」
必至に言いつのるシンジ
アスカと密室で二人になると考えただけで、どうにかなりそうなほど心臓が暴れる
いったん目を閉じて胸を静めようとするシンジ
「…自分でもどうなっちゃうかわからないんだよ。…アスカに、嫌な思いさせたくないんだ。
 アスカを傷つけたくないんだ。…迷惑なのはわかってる、でも」
行かせまいと握った手に力を込めるシンジ
と、カヲルの冷めた目がシンジの顔から背後に動く

277: 5/9 2016/05/06(金) 23:01:38.81 ID:???
つられて振り返るシンジ
全身が引きつる
目の前にアスカの顔
凍りついたシンジを徹底的に呆れ果てた様子で眺め回すアスカ
おもむろに口を開く
「…いくじなし」
固まった男子二名を放って、くるりときびすを返してベッドまで戻り、どすんと腰を下ろす
完全に思考が止まっているシンジ
少し遅れて、カヲルがおかしそうに小さく噴き出す

消灯後の部屋
カーテンの隙間から射す街灯の弱い光線が真っ暗な天井に映っている
見るともなく見つめているシンジ
「…馬鹿シンジ?」
びくっとなるシンジ
掛け布団を掴み、ベッドの方を見上げる
隣で無心に寝息を立てているカヲル越しに、ベッドのアスカがもそもそ身動きする気配
少し息を呑み、それからふうと吐き出すシンジ
仰向けのままそっと答える
「…どうしたの、アスカ」
「…ん」
くぐもった返事

278: 6/9 2016/05/06(金) 23:03:52.66 ID:???
言葉、それとも声を探す沈黙
何も言わず待つシンジ
やがてアスカが身体ごとこちらに向き直り、先ほどより声がはっきりする
「…ありがと。…いさせてくれて」
「…、いいんだ。…それより、ごめん。寝心地、良くないよね…ああもう、布団干しとけば
 良かった、こんなことなら」
ふふっと声を洩らすアスカ
やっと聞き取れるぐらいの笑い
シンジの耳をくすぐる
「別に。悪くないわ、…シンジの匂いがするもの」
全身水を浴びせられたように動揺するシンジ
気のせいだけでなく身体じゅうに汗が滲む
恥ずかしさといたたまれなさと、もう一つ別の衝動が頭の中いっぱいに反響する
追い討ちをかけるアスカの囁き
「…何よ、ドキドキした?」
喉元までせり上がってくる鼓動を無理やり飲み下すシンジ
息遣いを抑え、やっとのことで答える
「…した。…してる」
「でしょ」
くすくす笑うアスカの、匂いやぬくもりまで伝わってきそうな気配の近さ
何とか落ち着けたはずの心臓がまた爆発しそうになる
「…ねえ」
ふいに沈むアスカの声音
はっとするシンジ
横たわったまま伸び上がるようにして耳を傾ける

279: 7/9 2016/05/06(金) 23:05:23.73 ID:???
「…おかしいでしょ。17にもなって、一人で留守番するのが怖いだなんて」
淡々と語る声の底に覗く不安
答えに迷うシンジ
結局、素直に答える
「別におかしくないよ。…僕だって、自分一人でいるのが耐えられなくなることがある。
 そういう時って、年とか、場所とか、関係なくなるから」
「…そうね」
少し黙っているアスカ
待っているシンジ
「…小さい頃から、ママは仕事で家をしょっちゅう留守にしてたわ。
 だから一人でいるのは慣れてた。お仕事だもん、仕方ないって、そう思ってたんだけど、
 …私が大きくなってからね、ママは仕事以外でも家を空けるようになったの。
 好きな人ができたから。幾ら何も知らないふりしたって、それはわかったわ。それでね…
 私はまた、一人が怖くなったの。…ママがもう、この家に帰ってこないんじゃないかって」
息をつめるシンジ
呼びかけたいのにまるで言葉が見つからない
シンジの沈黙を聞いているアスカ
「…久しぶりにマリがいない家にいたら、なんか、その頃の気持ちを思い出しちゃって。
 ごめんね。無理言っちゃって」
「…いいよ、そんなの。アスカなら」
「…、うん」
頼りなく細いアスカの答え
胸を衝かれ、考えがまとまらないまま声を押し出すシンジ
「…アスカ、…っと、その、…そうだ、…ありがとう。うん、ありがとう、アスカ」

280: 8/9 2016/05/06(金) 23:07:50.89 ID:???
「え」
アスカの気配に少し生気が戻る
「…何がよ」
「何って…その」
懸命に自分の思いをつかまえようとするシンジ
「…アスカが、ここに来てくれたこと。
 だって、別にここじゃなくても良かった訳だから。ただ誰かといたいだけなら、例えば、綾波の
 家だって良かった。でも、アスカは僕のこと思いついてくれた。…それが嬉しいんだ」
寮の傍の道路を車が通り過ぎ、青白い光が天井を移ろう
アスカの溜息のような甘い囁き
「…、何よ、馬鹿ね」
小さく笑うシンジ
いつしか胸の鼓動は穏やかになっている
「…そうだね。馬鹿みたいだ」
「そうよ。…でも、そうね。…真っ先に、あんたのことしか思いつかなかったの。私は」
「…アスカ」
「だから、私も大馬鹿ってこと」
黙り込む二人
夜風の鳴る遠い響き
部屋の一部にでもなったようにごく静かに眠り続けるカヲル
いつまで続いても苦にならない沈黙
同じ夜を聞いている二人
「…ねえ、シンジ」
暗闇の中で目だけ動かすシンジ
「何?」
アスカの声がふいに、切りつけるように真剣になる
「…こっちに、来る?」

281: 9/9 2016/05/06(金) 23:10:19.37 ID:???
「…え?」
一瞬何を言われたかわからないシンジ
何度か頭の中で繰り返す
そのとたん、思考が弾けて形をなさなくなる
「…え…?!
 でも、アスカ、…ちょっと待って、だって」
無意味に空を掴んでは開く手のひら
抑えても声が上擦る
それを聞いて満足そうに笑うアスカ
「ばーか、冗談よ。
 …おやすみ。馬鹿シンジ」
寝返りを打って向こうを向く気配
肩透かしされるシンジ
闇の底でしばらく口を開いて閉じを繰り返す
感覚が走り、せっかく静まった身体がまた熱を持ちそうになる
息を殺して自分と格闘するシンジ
何度もアスカの方を窺ってしまう目
が、本当に眠ってしまったのか、アスカの方からは何も聞こえてこない
やがてやるせなさごと短く息を吐き出し、寝静まった暗闇をちょっと睨むシンジ
アスカと反対側を向いて固く目を閉じる
無理やり眠ろうと念じているうちに、意識が溶ける

---------


287: 1/7 2016/05/11(水) 23:35:01.86 ID:???

--------

肩を揺さぶられて目覚めるシンジ
ぼんやり自室の天井を見つめる
いつもと視点が違う
背中の固い感触
(…そっか、ゆうべは床で寝たんだっけ…ベッドはアスカに使ってもらっ…)
昨夜の記憶が甦り、一瞬で眠気が飛ぶ
全身をひきつらせてがばっと起き上がるシンジ
それぞれの表情で見返してくるアスカとカヲルの顔
「おはよう」
「やっとお目覚めね。おはよ、馬鹿シンジ」
「あ…うん、…おはよう」
少しの間そのまま固まっているシンジ
立ち上がって顔を洗いに行くカヲル
アスカはもう済ませたらしく、昨夜と同じくベッドの上に座り込んで手ぐしで髪を整えている
軽やかに揺れる毛先をさばくしなやかな白い指
鏡も見ずに器用にいつもの髪型を作っていくアスカ
空いた片手で脇の髪留めを拾って、一動作で束ねた髪の房をすくい、ぱちんと押さえる

288: 2/7 2016/05/11(水) 23:36:55.15 ID:???
もう片方のサイドテールを束ね始めるアスカ
ちょっと頭を傾けたり指で梳いて流れる髪を整え、束の量を決めて手早く掴み取る
見つめているうちに熱を持っていくシンジの頬
他でもないアスカが、今、自分の部屋という日常の真ん中に座っている
夢でも見ているように頭がふわふわする
何度か強く瞬きしてみるシンジ
ぱちんと髪留めが締まる音
首筋にまとわりつく髪をぱっと払って、ふいにこちらを向くアスカ
びくっとなるシンジ
睨むアスカ
「…何よ、じろじろ見て。失礼だと思わないわけ」
「え?! ごっごめん、つい、その、…見とれちゃって」
最後の方は口の中でもごもご言うシンジ
どんどん熱くなる顔を伏せる
「何よ、はっきり言いなさいよ」
「な、何でもないよ」
アスカの顔をまっすぐ見られない
必死に何か話題を探す
「えっと、…そうだ、アスカ、それ、まだ使ってくれてるんだね」
とりあえず床に広がった布団を片付けようと手を動かすシンジ
顔は逸らしながら、それでも気になって仕方なくて、横目でちらっとアスカを窺う
そんなシンジを余裕の表情で眺めているアスカ
「それって、ああ、これ?」

289: 3/7 2016/05/11(水) 23:38:03.11 ID:???
片手を上げて指先で髪留めをはじく
ふふっと含み笑い
「そりゃそうよ。
 あんたの最初のプレゼントだもの。私は、これって決めてるの。もうずっとね」
思わず目を向けたシンジの前で、当然という顔をしてみせるアスカ
勝気な表情の端ににじむ少女のはにかみ
また見とれてしまうシンジ
ぼうっとしたまま布団を持ち上げたとたん、ちょうど戻ってきたカヲルに思いきりぶつける
「?! ちょっ、何すんだよ」
「うわ、ごめん、ごめんってば」
笑い出すアスカ
慌てて口に指を当てる男子二人
あ、と気づいて口をふさぐアスカ
「…ごめん、ここ男子寮だったのよね」
「一応、連休で人少ないけどね。それとまだ早いから、笑うと響くよ」
おたおたしているシンジから布団を取り上げてベッドに放るカヲル
要領よく受け止めてまとめて横につくねるアスカ
時計を確かめて唖然となるシンジ
「…5時前?! 何でこんな時間に起こすんだよ…もう、道理でまだ眠いと思った」
「だって、人目につかずにアスカさんを帰さないといけないだろ」
「…それはそうだけど」
不満顔のシンジをよそに静かに窓を開けるカヲル

290: 4/7 2016/05/11(水) 23:48:52.07 ID:???
通りを一瞥して振り返る
「新聞の配達とかはもう終わってるから、普通に静かに出れば大丈夫だよ。
 電車あるよね?」
言われて、自分の携帯でチェックするアスカ
「あるわ。休日ダイヤだから、たぶんちょっと待たされるけど」
「なら、駅前で朝ごはんでも食べてけばいいんじゃないの。シンジ君と二人でさ」
「あ、そうか。それでいいわよね、シンジ? どうせ急がないし。何にしよっかな」
機敏にベッドから降り立つアスカ
シンジに歩み寄ってぐいっと手を引く
慌てるシンジ
「え? え…? ちょっと待ってよ、いいの? そんなの」
「君が嫌じゃなければ、別にいいだろ。あとは朝ごはん代出せないってんじゃなければさ」
あっさり答えるカヲル
「ていうか、あんたも何でそんなに手際いいのよ。…さては脱走常習犯なわけ?
 あ、わかった。レイね」
「え? え、そうなの?!」
「あー、まあ、うん。…断っとくけど、別に変な真似に及んでる訳じゃないからね。
 ご両親に悪いし。どうしても会いたくなったときに、レイの窓んとこまで行って、ちょっとだけ、
 顔合わせるだけだよ。窓も開けてない。どうせ夜中で話もできないし」
「…何よそれ、どこのロミオとジュリエットよ」
「えー? だって、会いたいんだから仕方ないだろ」
あたふたと二人の顔を見比べるシンジ
もう一方の手でその顎を掴んで、自分の方を向かせるアスカ
逃げ場を失うシンジ

291: 5/7 2016/05/11(水) 23:49:43.35 ID:???
試すように目を細めて見据えるアスカ
「…嫌なの?」
ふざけているようで真剣な眼差
数度瞬きし、大きく首を横に振るシンジ
ふっとほどけて微笑むアスカの顔
小さく笑ってシンジの肩をつつくカヲル

早朝の路上を行くシンジとアスカ
辺りはもう明るいが、休日らしく人も車も全く見えない
あちこちの庭先でみずみずしく光る新緑
繋いだ手に落ち着けないでいるシンジ
軽く笑ってやるアスカ
「何気にしてんのよ。どうせ誰も見てやしないわ、こんな時間に」
「そうだけど…そうじゃなくて、こんな時間だから、だよ」
「何よそれ」
言い返そうとして、何となく先が続かなくなるアスカ
ほてった頬を隠すように顔をそむけるシンジ
少年の横顔
見つめるアスカの顔にも血が昇ってくる
お互い目を逸らす二人
しばらく黙ったまま歩く
明けた空に満ちる青
遠くで電車が走る響き
どこかの庭木を飛び移る小鳥の声
ふいにぎゅっと手を握りしめるアスカ
はっとして振り向くシンジ

292: 6/7 2016/05/11(水) 23:51:48.60 ID:???
まっすぐ前を向いたまま、静かに頬を染めているアスカの顔
「…アスカ? 大丈夫?」
そっと覗き込むシンジを睨むアスカ
「あんたが変なこと言うからでしょ。…ばか」
「…ごめん」
いつもの呼び方に、少し息苦しさが解けて微笑むシンジ
つられてほぐれるアスカの表情
笑って、思いきり朝の冷たい空気を吸い込む
「…なんか、うれしいな。馬鹿みたいだけど」
素直な声音
シンジを見上げて気恥ずかしそうに唇を結ぶアスカ
「…そんなことないよ」
小さく答えてほんの少しだけ身を寄せるシンジ
黙って寄り添うアスカ
「馬鹿な真似したけど、こうやって誰にも知られずに二人でいられるから、まあ良かったわ。
 …カヲルに、後で礼を言っといて。いろいろ助けてくれたこと」
「…うん。そうするよ」
低く答えるシンジ
昇り始めた朝陽よりもずっと近しくて親密なぬくもり
今手の中にある繋がりの感覚がいとおしくて、時間を惜しんでゆっくり歩く二人
ふっと口を開くシンジ
「…このまま」
言いかけて、自分で自分の言葉に驚いてひるみ、先を言わないまま息を止める
カヲルを引き留めてアスカと二人きりになるのを避けたのと同じ、未だ自分の中にあるためらいと迷い
願いを前にしてたじろいでしまう自分

293: 7/7 2016/05/11(水) 23:52:02.78 ID:???
(…でも、そんなの、卑怯だよな)
自己嫌悪を噛みしめてアスカの方を向き、視線に囚われるシンジ
鮮やかに笑うアスカ
もう一度強く握りしめてくる手
「…馬鹿ね。そんなこと、今すぐ言わなくてもいいの。
 永遠を誓うのは、あんたが私のヴェールを上げるときまで待ってあげるから」
言いながら自分で照れて、怒ったようにそっぽを向く
かすかに息を吸い込むシンジ
「…わかった。…ありがとう。
 今は…まだ自信ないけど、いつか、ちゃんと覚悟を決めて、君に誓うよ。…約束する」
アスカの目が揺れる
「ほんとね」
すがるように身を乗り出すアスカ
ためらいと迷いと不安のさらに底にある、自分の本当のこと
恐れの向こうにどうしても失いたくないものがある
受け止めて、しっかり頷くシンジ
光が閃くように笑い、そのまま身を投げてくるアスカ
ぶつかり合うキス
強く深く合わせた感触がしだいに優しくなる
言葉よりずっと正直にしがみつく互いの手
世界の全てがこの触れ合いに収束する
やがて身体を離し、見つめ合ってくすぐったそうに笑う二人
何事もなかったようにまた並んで朝の道を歩き始める

303: 1/6 2016/05/23(月) 00:45:57.88 ID:???
大きな目をまんまるにみはっているレイ
やや気まずい顔のアスカ
ひと呼吸おいて、素直に訊ねるレイ
「…そうだったの?」
ほっとするアスカ
肩の力が抜ける
放課後、人のいなくなった教室
日が長くなりいつまでも光が明るい
「そ。…それで、コンビニで適当に買って、公園で二人で朝ごはんして、解散。
 要するに何にもなかったってこと。あーあ、なんか話すとブザマだな。私の方から
 押しかけたくせにね」
かぶりを振るレイ
「そんなことない。…うらやましい、私」
ひらひら手を振るアスカ
「なーによ、カヲルだってこっそり脱け出してレイの顔見に行ってるんでしょ。聞いたわよ」
はにかんでもう一回首を振るレイ
「そうじゃなくて。アスカが」
「私?」
きょとんとなるアスカ

304: 2/6 2016/05/23(月) 00:46:48.40 ID:???
自分の指先を見つめるレイ
「そう。自分から、動いていけて。
 迷わず碇君のところへ行けるのが、まぶしくて、うらやましいの。
 私は、待ってるだけで精一杯だから」
「え…」
照れるアスカ
にこっとするレイ
瞬きし、強い眼差で笑ってレイの方へ身を乗り出すアスカ
「でも、それがレイのやり方なんでしょ。私は単に、我慢できないってだけ。
 馬鹿シンジはすぐに考え込んで動けなくなるから、私からリードしてやらないと、
 いつまでたっても話が進まないでしょ?」
ちょっと誇張ぎみにうそぶいてみせるアスカ
微笑んでいるレイ
「でも、碇君だって、ちゃんとあなたの手を引くわ。ときどき」
真顔で一瞬考え込み、急にしゅんとなるアスカ
慌てるレイ
「あ…どうしたの」
顔を上げるアスカ
ふーっと息を吐き出して髪をかき上げる

305: 3/6 2016/05/23(月) 00:49:18.19 ID:???
「…ううん、確かにそうだなって。
 結局、私はいざとなると、シンジのこと…シンジがこっちに来て、シンジの方から
 何かしてくれるのを待っちゃうのよ。
 こっちから押し切ればいいのに、そういうときは動けないの。臆病…違うわ」
耳を傾けているレイ
自分の心を覗き込んでは言葉を探しあぐねるアスカ
「…そう、違う。ずるいのかも。…期待してるから、責任も持ってほしいと思っちゃう、のかな。
 でもそれも言い訳かもしれない。単純に、思春期のガキが自分の心とカラダを扱い損ねてる、
 ってだけで。今回のことも、全部」
深く沈む眼差をするアスカ
組んだ腕に顎を埋める
こぼれる呟き
「ねえ、私って変? ずるい? いやらしい?
 気持ちだけで突っ走って、いざシンジの前に出たら何もできずに待ってるなんて、
 …やっぱり自分勝手、よね」
静かに首を振るレイ
「そんなこと、ないわ。アスカはまっすぐなだけだもの」
「…そうかな」
レイを見上げるアスカ
組み合わせた指先を見つめ、じっと考えながら言葉を綴るレイ
「そう。自分から目を逸らさない、強くて澄んだ人。
 でも碇君も悪いんじゃない。心のことは、誰かが外から急かしても、どうしようもないから」
「…そう。わかってる、だけど」
腕の中に顔をうずめたまま、ほんの少し語気が強くなるアスカ

306: 4/6 2016/05/23(月) 00:50:57.96 ID:???
「だけど駄目なの。嫌なのよ、じれったいし、もどかしいの。私のこと、怖がらないで、ちゃんと
 見てほしい。もっと一緒にいたいし、一緒の気持ちでいたい。離れないって言ってほしい。
 …なのに怖いの。ぎりぎりのとこでいつも踏み込めない。…だって、シンジがもっと怖がったら、
 怖がって私のこと嫌になったら…どうしよう、って。馬鹿みたい。でももしそうなったら」
顔を伏せるアスカ
「…どうしよう、何でこんなに、好きなの」
痛みの表情で見守るレイ
ちょっとうつむく
埃っぽい放課後の校舎の沈黙
「…それでいいと思うわ」
うつぶせたまま目だけ見開くアスカ
「え」
レイの声
「そのままでいい。…私には、いい考えも言葉もないけど、今のアスカはとても綺麗よ」
息を止めているアスカ
「碇君にもきっと伝わるわ。自分で傷つくほど心の痛みに敏感で、やさしくて強い人だもの。
 だから、悩んで怖がってるあなたを、自分で大切にしてあげて。
 今のあなたはどこも悪くない」
思わず大きく顔を上げるアスカ

307: 5/6 2016/05/23(月) 00:53:02.91 ID:???
まっすぐ見つめているレイ
半分泣きそうだったアスカの顔が、ゆっくり落ち着きと自信を取り戻していく
机の上に投げ出した両手を引いてきゅっとこぶしを作るアスカ
「…そっか」
ただ小さく頷くレイ
ぱっと照れた顔をそむけるアスカ
逸らした視線がそのまま大きく流れて、光の当たるシンジの席を見つける
力まずに破顔するアスカ
「そうよね。好きなんだもの、しょうがないか」
「そう。しょうがないわ」
顔を見合わせて小さく笑い合う二人
やがて鞄を手に席を立ち、並んで教室を出ていく

別の夕方、いつものように並んで下校するシンジとアスカ
何となく会話が途切れる
振り返るシンジ
少し後ろで立ち止まっているアスカ
向き直るシンジ
「どうしたの? 良ければ、今日もマリさん家まで送ってくけど」
「シンジ」
真剣な目で見据えるアスカ

308: 6/6 2016/05/23(月) 00:54:01.72 ID:???
思わずたじろぐシンジ
怯んだ自分を内心叱咤し、アスカの傍まで歩み寄る
少しも逸らさず見上げてくるアスカ
「アスカ…?」
「今日はいいわ」
ちょっと拍子抜けするシンジ
その先を聞いて目を剥く
「マリの奴今日も外泊で、誰もいないの。
 だから、…あんたが嫌じゃなければ、…このまま、連れてって。私を」
息が止まるシンジ
「…え? って…」
意味もなく瞬きを繰り返す
脳裏に明滅するこの前の夜の出来事
全然整理されていない自分の気持ちと、なおも身を引いてしまいたがる根強い衝動
アスカの目がふっと翳る
はっとするシンジ
無防備にあらわにされたアスカの強さと脆さ
うつむく首の細さ
夕風が髪を舞い上げ、肩を覆う
ゆっくり意識して呼吸するシンジ
大きく息を吸い込み、心を決めて吐き出す
わずかな変化を感じ取って顔を上げるアスカ
一歩踏み出すシンジ
迷いと不安を感じながらも、しっかりと答える
「…うん」

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326: 1/24 2016/06/08(水) 23:00:39.02 ID:???

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初夏の夕刻
並んで電車に揺られているシンジとアスカ
窓外を流れ過ぎていく風景
遠方、街並が構成する人造の稜線を眩しい夕陽がかすめては翳る
提げた鞄をやや強く掴んでいるアスカの手
指の固さに隠したつもりの緊張を見て取り、周囲にわからないようそっと身を寄せるシンジ
アスカがかすかに息を呑み、知らないそぶりでそのまま体重を預けてくる
一瞬黙って目を閉じる二人
電車が駅に停まり、ドアが開き、人が乗り降りし、また閉まる
どこまでも続く街並
まばゆい太陽だけが少しずつ傾いていく
もう幾つ駅を過ぎたのか、すっかり人もまばらになった車両
窓の外には大きく花開き始めた夕映え
霞む空 煙る遠景 繊細な光の饗宴 輝いて融けてしまいそうな雲の色
「…ふう」
光をまとって、初めて大きく息をつくアスカ
見とれているシンジに軽く微笑む
「広いのね、東京って。まだ街から出れてない」
ふっと懐かしいような笑顔になるシンジ
アスカの目の色が深くなる
「そうだね。毎日暮らしてる街なのに、本当は全然知らないね、ここのこと」
シンジを見つめるアスカ
ふいに顔を逸らす
「ね。座ろっか?」
弾むように言って、自分から先に腰を下ろす

327: 2/24 2016/06/08(水) 23:02:35.75 ID:???
シートの隣をぽんぽん叩いてシンジを急かすアスカ
「ほら、こんなに空いてるんだから。いつまでも立ってる方がヘンよ」
「わかったよ」
苦笑して隣に座るシンジ
わが意を得たりという笑顔で迎え、細い身体をひねって窓の外を眺めるアスカ
夕映えに優しく染まった横顔を見ているシンジ
「それにしても、いつもよりずいぶん遠くまで来ちゃったな。…どこまで行こうか?」
振り向かずに答えるアスカ
遥かを見つめてきらきらしている瞳
「決まってるじゃない。私が、いいって言うまでよ」
微笑んでしまうしかないシンジ
「そうだったよね。…ねえ、アスカ」
「何よ?」
まだ彼方の夕空に見入っているアスカ
と、幾つかの建物が車窓を覆い、いっとき薄暗くなったガラス面に二人の顔が映り込む
かりそめの鏡越しに繋がる二人の視線
陰が通り過ぎ、再び金色の光がなだれ込んでくる
手で触れられそうな光の束の中で向かい合うシンジとアスカ
いつのまにか二人以外無人の車両
息苦しいほどアスカを意識するシンジ
光のせいだけでない眩しさを強く覚えるアスカ
夕照にふちどられた互いの顔を見つめる
ふいに先日の記憶がかぶさってくるのを感じるシンジ

328: 3/24 2016/06/08(水) 23:03:26.61 ID:???
五月の連休初日の早朝、アスカを駅まで送って男子寮に戻ってくるシンジ
自室の前まで行って立ち止まる
少し考え、入らずにそのままきびすを返す
ひと気のない静かな廊下をたどる
カヲルの部屋の扉を見上げ、控えめにノックする
静寂
もう一度ノックしてみるシンジ
今度は室内で気配が動き、待っていると不器用にドアが解錠されて開く
「…何? 寝直すとこだったんだけど」
見るからに眠そうなカヲルのしかめ面に、悪いと思いつつ小さく噴き出すシンジ
けげんそうに眉をひそめるカヲル
まだ微笑しながら謝るシンジ
「ごめん。…一言、お礼言いたくて。ありがとう、付き合ってくれて。また助けてもらっちゃったね」
「いいよ、別に。そこまで畏まられるほどのことはしてないし」
すぐにも引っ込みたそうなカヲル
静まり返った廊下
自分一人だけ浮かれていたようで、気後れするシンジ
「そっか…でも、助かったよ。僕も、それにきっと、アスカも。だから、ありがとう。渚。
 …うん、それだけだよ。邪魔してごめん」
ふいにはっきりした眼差になるカヲル
ちょっとたじろぐシンジ
非難か拒絶を思わせる強さでこちらを見ているカヲルの目
が、すぐに素早く伏せられる
本当に眠いだけなのか、別の意図が潜むのか掴みきれない
「そう。…良かったね。じゃあ僕は寝るから」

329: 4/24 2016/06/08(水) 23:04:48.27 ID:???
「…あ」
かえって気がとがめるシンジ
衝動的に、カヲルが閉めようとするドアに手をかける
睨むカヲル
「何」
とっさに答えられないシンジ
迷ったままカヲルの顔を見据える
何か言うべきだと思うのに、何を訊いていいのかわからない
逡巡を見て取って大きく溜息をつくカヲル
閉めかけた扉を押し開ける
とまどっているシンジを一瞥する
「…廊下じゃなんだし、とりあえず入ったら」
「あ…うん」
頷いて、室内に戻るカヲルに従うシンジ

カヲルの部屋
だるそうにベッドに腰を下ろしたカヲルに向き合う形で、椅子を引いて座るシンジ
物の少ない室内を見回す
「あれ…こんなに片付いてたっけ? 渚の部屋って」
答えないカヲル
細い髪をくしゃくしゃかき回し、何度か瞬きしてようやく目が醒めた顔になる
じろりと見られて身をすくませるシンジ
いきなり訊ねるカヲル
「で、ゆうべはちゃんとアスカさんと一緒になれたの?」
「…ッ」
ほとんど椅子から飛び上がるシンジ
カヲルを睨む

330: 5/24 2016/06/08(水) 23:05:32.73 ID:???
「…何言ってんだよ、ヘンな真似するわけないだろ! アスカが…いいって言った訳でもないのに」
しどろもどろなシンジ
アスカとの夜中の会話や含み笑いの記憶が頭を熱くする
冷たく目を細めるカヲル
「ふーん。じゃあさ、アスカさんがオッケーすれば君は最後まで行くんだ」
「…何」
恥ずかしさ半分、怒り半分で、椅子を蹴って立ち上がるシンジ
怒鳴る前に次の言葉を突きつけるカヲル
「違うよね。君は何もしない」
「…え」
カヲルの語調のよそよそしさにかえって突き放されるシンジ
少し迷い、座り直してカヲルの方に膝を乗り出す
苛立ちが抑えた声に出る
「どういう意味だよ、それは。…僕より僕をわかってるような言い方して」
動じないカヲル
力を込めて見据えるシンジ
薄明るい室内に落ちる沈黙
かすかに聞こえる戸外の音
ふいに憤りを失うシンジ
「…そうなのかな」
視線を逸らし、顔を伏せる
反応するカヲル
苦くうつむくシンジ
急に押し寄せてくる悔いと疑い
「…そうかもしれない。…僕はアスカのこと、まだ怖いんだ。自分でもわかってる。
 好き、なのは絶対間違いないのに。…いつだって本気で抱きしめてるのに」

331: 6/24 2016/06/08(水) 23:06:00.75 ID:???
口を開きかけてやめ、黙って聞くカヲル
両膝に肘をついて深く首を垂れるシンジ
「…何でなんだ? 昨夜だって、たぶん渚がいなきゃ何か言い訳してあのままアスカを帰してた。
 いつもそうだ。アスカのこと、本当に受け止める覚悟がまだ、僕にはできてない。
 …アスカが、女の子だっていうのが怖いのかな。アスカと本当に付き合って、それで責任を
 抱えるのが怖いのかな。だったら僕は卑怯で最低な奴だ」
「…あーあ」
びくっと顔を上げるシンジ
退屈そうに顔をそむけているカヲル
むっとして、かえってより深い自己嫌悪に陥るシンジ
一瞥するカヲル
溜息をつく
「ああもう、違うだろ。…君、ていうか、君とアスカさんの問題はそういうんじゃない」
「え?」
悄然とカヲルの顔を見守るシンジ
自分でも何かに失望したように沈んだ表情のカヲル
シンジを見る
その目つきの中の何かにふと恐れを覚えるシンジ
「本当にわかってないの?
 昨日、アスカさんが教室で怒って、それから君のとこに来た直接の原因は、僕だよ。
 僕は君らを邪魔してる。君の一番の友達でいたいってだけの利己的な理由で」
唐突すぎて頭が空白になるシンジ
顔じゅうを疑問でいっぱいにしてカヲルを見つめる
それを見てちょっとだけ笑うカヲル

332: 7/24 2016/06/08(水) 23:06:37.69 ID:???
「別に自意識過剰じゃないよ。ほんとのことだから。
 いつも身勝手に君にくっついてく僕と、それを許す君に、アスカさんはイラついてる。
 彼女は君と一緒にいたいだけだよ。そこに僕が割り込んでるんだ。幼なじみの君に甘えて」
何でもないように言うカヲル
語る口調の底の痛みを聞き取ってしまうシンジ
「もうずっと前からわかってた。僕は君から離れないといけないんだ。
 君といるのが楽しくて、懐かしくて、何でも一緒にやりたくて。そんなのはもっと幼い子供の
 うちにやっとくべきことだったんだ。それを未だに引きずってるから、アスカさんを苛立たせるし、
 レイを寂しがらせてる。君じゃないよ。僕のせいだ」
何か言わなければと焦るシンジ
とにかくカヲルの言葉を遮らずにはいられない
「何言い出すんだよ、…そんな訳、ないだろ」
「あるんだ」
また笑うカヲル
突然怖くなるシンジ
先を聞きたくない
「…渚、何言ってるんだよ、やめろよ、どうしたんだよ。僕にからんでくるのはもうずっとじゃないか。
 それで誰も嫌がってないだろ。僕だってアスカだって、綾波だって、みんなよく知ってて、今更
 文句言ったりしないよ。何だよ、いつも何でも平気な顔してる渚らしくないだろ、こんなの」
視線を膝に落とすカヲル
白い顔に残る諦めたような微笑

333: 8/24 2016/06/08(水) 23:07:14.61 ID:???
「うん。わかってる。ありがとう、だけどさ、いつまでもそれじゃおかしいんだよ。
 君がいつまでも今の君じゃいられないのと同じに」
黙り込むシンジ
膝の上で所在なげに指を組み合わせているカヲル
さっきシンジがしたように室内を見回す
どことなくがらんとした印象の部屋
ふいに理解するシンジ
口にする前に、先にそれを言うカヲル
「…ちょっと前にさ、向こうに戻る日が決まったんだ。もう飛行機とか荷物の手配も終わってる。
 ごめん、話さずにいて。レイにはすぐ言えたんだけど…君には、なんか、怖くてさ」
情けなさそうに笑うカヲル
もう無理にでも吹っ切ってしまっているのだと悟るシンジ
かける言葉がない
カヲルが自分よりこちらのことを気遣っているのがわかるのが悔しい
「だから…何だろ、うるさいのは承知だけど、最後になる前に話しておくよ。
 僕の問題は君だ。君とアスカさんの問題は僕と、それから君。そのことについて」
アスカの名にはっとなるシンジ
思わず呟く
「…僕」
頷くカヲル
「うん。…まあ君だけじゃなくて、きっとアスカさんにも自分の抱えた問題があるだろうけど、
 僕にわかるのは君の方だから、そっちだけ話す」

334: 9/24 2016/06/08(水) 23:07:56.79 ID:???
ただ見つめ返すシンジ
もう一度笑うカヲル
さっきよりはずっと柔らかい笑みに、少しほっとするシンジ
組んだ指にわずかに力を込めるカヲル
「僕は君が好きだ。…ああ、前も断ったけど、別にヘンな意味じゃないよ。
 さっき言ったみたいに、君の一番の友達でいたい。…それはたぶん現実に無理じゃないけど、
 僕が今思ってるような、とにかくずっと一緒にいて何でも一緒にやっていきたいっていうのは、
 僕らの年齢じゃもうおかしいんだ。特に僕らはね。お互い、もう一番大事にしたい人がいる。
 僕はレイ。君はアスカさん」
試すようなカヲルの眼差
意図を汲み取って、しっかり頷くシンジ
「…うん。そうだ」
微笑するカヲル
「だから、今回のことはいい機会だと考えることにした。
 当分…たぶんまた何年も会えなくなるけど、君のことはずっと大好きで、大事な友達だと
 思ってるよ。…構わない?」
再び強く頷くシンジ
「…当たり前だよ」
一瞬ひどく無防備な顔をするカヲル
今の顔つきに戻って笑い、すぐ元の距離感を取り戻す
そのことに既に寂しさの一端を感じるシンジ

335: 10/24 2016/06/08(水) 23:08:39.99 ID:???
大きな目をかすかに見開くカヲル
「ありがと。
 …僕は君たちが好きだ。でもそうだね、これからは、レイにもっと支えてもらうことになると思う。
 だけど、レイは君の不在の埋め合わせじゃないし、君は僕の幸せな子供時代の代わりじゃない。
 二人は今の僕の、今の現実だ。
 …そしてさ、同じように、アスカさんは君の未来そのものじゃない」
思いがけない言葉に息を止めるシンジ
「…未来?」
また不安がこみ上げる
続きを聞くのが怖い
ためらいを見て取るカヲル
それでもいつものように容赦なく言い当てる
「そう。君が怖がってるのはアスカさんじゃない。君自身の自由だ。君が踏み出すことで
 無限に広がってく、君の未来。その果てしなさだよ。君は、今になってそれが怖くなって、でも
 誰にも言えずに途方にくれてる。だから動けない。違う?」
じっとシンジを見据えて訊くカヲル
内心の動揺を短い沈黙で守るシンジ
やがて頷く
逃げられることでも、逃げることでもないと自分に言い聞かせる
重い口を開く
「…うん。
 すごく不安だ。もうずっとそうなんだ。…そうか、アスカじゃなくて、僕だったんだ」
両肩を寄せるシンジ
心の深いところを覗き込んで翳る目
見守るカヲル

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337: 11/24 2016/06/09(木) 00:07:34.03 ID:???

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少しずつ思いを手探りするシンジ
「二年ちょっと前、この学校の入学試験に来たときは…
 あの雪の日、僕にとって未来は新しくて無限で、確かで、どこまでも頼もしく感じられてた。
 でも今は…わからない。
 うん、渚が言う通りだ。本当は自由に何でもできるってことが、僕は今は怖いんだ」
語るうちに思考がはっきりしてくる
右手を広げ、手のひらを見下ろすシンジ
自室に置いてきた十字架のお守りを思う
広々と明るい未来
望めば一人で自由にどこにでも行ける自分
それは素晴らしいだけではないことを少しずつ思い知ってきた、ここでの時間
「…うん。僕は、自由な僕が怖い。
 いろんなしがらみから離れて自由になりたくて、ここに来たはずなのに。でも自分一人で自由に
 できるってことは、楽しいとは限らない。頭では知ってるつもりだったけど、現実になったら違ってた」
カヲルを見るシンジ
「何て言えばいいんだろう…自分の自由は、自分で引き受けるしかないんだ。
 それは誰も代わってくれない。
 他人とぶつかることになるとか、責任がつきまとうから厳しいんじゃない。そんなのとは全然違うんだ。
 誰も、僕に自由でいるななんて命令しない。だから自分で決めなきゃいけない。
 たぶん、本当につらいのは…自由を制限されることより、されないことの方なんだ」

338: 12/24 2016/06/09(木) 00:08:42.06 ID:???
言い終えて溜息をつくシンジ
直視したくなかったことを新しい目で確かめる
自由というものの途方もなさ
それは常に胸のどこかを噛み続ける底なしの恐れ
生きていく限りつきまとうだろう未来の痛み
故郷や家族は束縛ではなく自分を守ってくれていた場所
戻りたいけれど戻りたくない
それでももう、自分の足で歩き出してしまったから
小さく笑うカヲル
「そんなの君だけじゃないよ。少なくとも僕もそうだ」
ちょっと目をみはって見直すシンジ
平然とした顔の陰で、カヲルが何度も傷ついてきただろうことを今になって知る
なのに語る声は凜とした芯を失わない
何故だろうと思いながら聞くシンジ
「君の言う通りだよ。誰も、僕自身の自由から僕を庇ってくれることはできない。
 未来はいつだってあやふやで、思う通りにはなってくれないし、現実はすぐ僕の足をすくう。
 自分の意志で決めたつもりのことは、結局あらかじめ用意されてた選択肢の一つだったりする。
 大人とか、僕の先に生きてる人たちからやれって押しつけられるいろんなことが、正しいのか
 間違ってるのかもわからない。そのくせ本当に自分だけで歩く力はまだない」
静かに自嘲するカヲル
同じ侘しい笑みを浮かべるシンジ
それを認めて、ちょっとだけ痛みを覗かせるカヲル
「…だから、他人が怖いんだよ。
 心が自由だから人を好きになれる。でも同じ自由が、いつかはその人を傷つけてしまうことになるから」

339: 13/24 2016/06/09(木) 00:09:28.20 ID:???
息を止めるシンジ
ゆっくり頷く
「…うん。
 だから、そうなんだ…アスカのことも、なのか。
 アスカにこれ以上近づくのが怖くて…好きでいるくせに、踏みきれない。それは他人をわからない
 から怖いんじゃなくて、それよりも僕自身が、不安で、ちゃんと立っていられないからだったのか」
やっとわかったねと言いたげに頷くカヲル
軽く息をついて少し前に乗り出す
揃った高さで合う二人の視線
「…ねえシンジ君、でもさ、だからなんだよ」
真摯な眼で語りかけるカヲル
「アスカさんは、君の背負うべき自由や、未来そのものじゃない。
 今の、君の、傍にいてくれる人だ。君とは違う他人で、君と同じ不安を抱えた同い年の子だ。
 だから君がどんなに自信なくて不安でも、それでアスカさんまで遠ざけて怖がるのは、フェアじゃないよ。
 そんなの、君だって嫌だろ」
カヲルの言葉を自分の迷いごと受け止め、ゆっくりと頷くシンジ
「うん。絶対嫌だ」
「だろ」
いつものように笑ってみせるカヲル
そこで言葉が途切れる
少し笑い、今度は自分から先を続けるシンジ
「わかったよ。
 すぐには無理かもしれないけど…必ず向き合うよ。アスカがいない僕なんて考えられないから。
 …だけど、君もだ。君が強いのは知ってるけど、僕の前でくらい、強がるなよな」
ふいに足元を失ったように頼りなくなるカヲルの目
立ち上がるシンジ

340: 14/24 2016/06/09(木) 00:11:06.44 ID:???
見上げるカヲルに手を差し出す
「今までが子供だったんなら…
 これからはさ、いつもはお互い別々の場所にいても、一緒のときはこんなふうに本当のこと
 何でも打ち明け合える、そういう友達になろう。渚」
シンジの手を見つめ、自分の手で掴んで立ち上がるカヲル
初めて見るような、大人びた自負と子供の危うさが同居する表情
眩しそうに頷いて笑う
「…そうだね。シンジ君」
同じ笑みを返すシンジ
窓の外で五月の陽射しが強くなる

カーブで電車が大きく揺れ、今に引き戻されるシンジ
夕陽の車内で向き合っているアスカ
規則的な電車の振動に乗って高まる胸苦しさ
今も身体の奥に根深く残っている、このままアスカに近づいていくことへのためらいと不安
心を決めたつもりでもたやすく脆くなっていく覚悟
カヲルの眼差と声で自分に問う
まだ迷いは消せていない
でもその先に、何度でも乗り越えていきたいと願う、自分の心の消せない痛みを見つける
深く息を吸い込むシンジ
「アスカ」
そうっと手を伸ばす
知らないそぶりで待っているアスカ
息を殺している細い身体
アスカの感じているかすかな熱を、皮膚そのものが感じ取る
その頬に触れる
一瞬いつものように強がろうとしたものの、やめて、素直に息を洩らして目を閉じるアスカ
唇が微笑む
シンジの表情もほぐれていく
「…アスカ」

341: 15/24 2016/06/09(木) 00:12:07.72 ID:???
何度でも、その名前を呼ぶシンジ
繰り返すだけで身体が熱く安らぐ
触れた部分が燃えているように感じられる
アスカが目を開く
初々しい眼差
静かに打たれるシンジ
それをシンジの目の中に見て取って、もう一度蕾が開くように微笑むアスカ
覗き込む大きな目
鼓動
「…あんたといると、ドキドキする」
とまどうシンジに大きく身を寄せるアスカ
ためらいなく顔を近づけ、キスしようとして小さく笑い、額を額にくっつけて囁く
「好きよ。私の、馬鹿シンジ」
息をこらえるシンジ
目を開けていられずに、震えるまぶたを閉じる
心の全部が満たされる
息遣いだけでかすかに笑うシンジ
薄目を開けて見つめているアスカ
もう少しだけ身体を寄せ合う二人
電車が減速する
次の停車駅を告げる車内放送の声
夢から醒めたように開いた目と目を見交わし、電車がホームに着く前に、何食わぬ顔で
行儀よく並んだ姿勢に戻る二人
ドアが開き、向こうの車両をわずかな乗客が出入りする
悪戯を隠す子供の顔で声に出さず笑う二人
再び電車が動き出す
速度を増していく振動に身をゆだねるシンジ

342: 16/24 2016/06/09(木) 00:12:50.01 ID:???
しだいに深く暮れていく空
次々に通り過ぎる見知らぬ家並み
隣を見る
見つめ返すアスカ
秘密めかして微笑み、かと思うと知らん顔で流れる景色に目を見開く
いとおしさで苦しくなるシンジ
カヲルの言葉を思い返す
(アスカさんは、君の背負うべき自由や未来そのものじゃない。
 今の君の傍にいてくれる人だ)
(…そうだよな)
穏やかに今の自分の恐れと望みを受け止めて、ごまかさずに確かめていくシンジ
「何よ、一人でニヤニヤして」
指を突き出して額を軽く弾いてくるアスカ
今度は本当に笑うシンジ
流れ去る夕景を見渡す
「何でもないよ。…ねえアスカ、どこに行きたい? ここからさ」
「え?」
ぱっと目をみはるアスカ
身を引いてシンジを睨む
「私に訊くわけ?」
たじろがず頷くシンジ
「うん。
 アスカが行くところに、僕も行きたいんだ。
 どこだって構わない。アスカが行きたいなら、必ず僕がそこに連れてくから」
まっすぐシンジを見つめるアスカ
不器用に重ねられたシンジの思いを理屈でなく悟り、ちょっと照れて微笑む
「…ほんとに?」

343: 17/24 2016/06/09(木) 00:16:30.95 ID:???
「うん」
見えない糸で繋がれたように見つめ合う二人
息を合わせて膨らんでいくひそかな喜び
先にアスカが笑い出す
ようやく恥ずかしさが追いついて、自分で自分の台詞に赤面するシンジ
肩を震わせて笑っているアスカ
素早く目元をぬぐってシンジに向き直る
「馬鹿ね。そんなのわかってるわよ、ずっと前から。
 …私も馬鹿ね。シンジがそう言ってくれるの聞きたくて、こんなとこまで来ちゃうなんて」
苦笑するシンジ
「ごめん。いつも気づくのが遅くて」
「ほんとよ」
両手を組み、気持ち良さそうに隣で伸びをするアスカ
「…でも、いいわ。
 そうね…今日はもう座り疲れちゃったから、この辺で戻ってやりましょ。
 心配しそうな奴もいっぱいいるし。大げさに騒がれて、マリにバレても面白くないし。
 …あ、けど、何もせずに電車乗っただけってのもしゃくね。どっか寄ろっか?」
晴れ晴れと背を反らしたかと思うと顔をしかめ、考え込んではまたさらっと笑う
くるくる変わるアスカの表情に見とれるシンジ
この人の隣にいることの幸福
不確かで張りつめていてもどかしくて、そのくせ満ち足りていて
これだけで良かったのだと何度でも理解する
敏感に気づくアスカ
「何よ、じろじろ見て。そんなに私から目が離せない?」
微笑のまま頷くシンジ
「…うん」
逆に言葉につまるアスカ

344: 18/24 2016/06/09(木) 00:17:37.65 ID:???
白い頬に血の色が昇る
怒るかと思いきや、ひどく柔らかく笑う
「…ほんとに、馬鹿シンジね」
抑えた声で笑い合う二人
席を立ち、次の駅で上り線に乗り換える
出発したときと同じくらい生き生きしているアスカの輝く目
傍らで見ていられる安らぎに静かに浸るシンジ
お互い目は向けないまま、身体の陰で手を伸ばし、探り当てた相手の手を固く繋ぐ
頼もしい電車の振動
窓の外を過ぎる灯の数がみるみる増え、宵闇の東京が近づいてくる

「あ、来た! もう、アスカったら!」
改札の向こうで声をあげる私服のヒカリ
やや遅れて二人に気づくトウジと、少し離れてレイ
「おお、やっと帰って来たわ。ほんま二人揃って人騒がせなやっちゃ」
「ごめん、わざわざ来てもらわなくても良かったのに」
「そういう訳にもいかんやろ。えらい心配しとったんやで、委員長」
ヒカリに駆け寄るアスカ
「ヒカリ、ごめんね。でも…何よ、鈴原と来れたなら、ちょっとはいいんじゃない?」
とたんに小さく飛び上がってトウジから距離をとるヒカリ
「…話を逸らさないの! えっと、そうよ、制服のまま家出するなんて信じられないわ!」
「ごめんってば、もうー」
謝りながら片眉を上げるアスカ
「ん? 相田のヤツはいないの? こういうの絶対面白がると思ってた」

345: 19/24 2016/06/09(木) 00:18:27.98 ID:???
笑い出すトウジ
「あいつはまだ謹慎やと。あれやな、親とガッコの両方に嘘ついて、実力テスト中に戦艦見に
 行ったんが大きいわな。ったく、バレんわけないやろ」
「はは、あれは言い訳できないよね」
歩み寄るシンジの頭にゲンコツ落とす真似をするトウジ
「お前もたいがいやっちゅうの。ほんまに駆け落ちしたらどないしよ思うたわ。
 『さがさないでください』って、お前の場合、ふざけとんのかマジなんかわからんわい」
「え、途中でメール打ってたのって、そんなのだったの? 何考えてんのよ」
「綾波にはちゃんと事情伝えたよ。トウジにはまあ、軽くしといた方がいいかなと思って」
「どんな基準やそれ!」
言い合う面々を優しく見守るレイ
アスカと視線を交わし、レイの前に拝む手を立てるシンジ
「ごめん、心配かけて。…えっと、その、渚には」
「言わないわ」
微笑むレイ
「…そんなこと教えたら、今から日本に飛んで帰ってきかねないもの。彼」
苦笑いするシンジ
「…そうかな」
「そうよ。あいつ馬鹿シンジにはとことん甘いもの」
わざと憎まれ口をきくアスカ
何となく揃って東京の夜空を見上げる一同
電飾に押されてほとんど星も見えない闇を、航空機の灯火が明滅しながら横切っていく
ぽつりとトウジが呟く
「…元気にしとるんかなぁ、あいつ」

346: 20/24 2016/06/09(木) 00:19:44.66 ID:???
ふんと顎を持ち上げるアスカ
「そりゃ、あの調子でやってるわよ。心配するだけ無駄よ、あいつの場合」
想像したのか、くすっと笑い声を洩らすレイ
頭を掻くトウジ
「せやけど、最後の挨拶の時は意外やったな。
 あの人見知りの気難し屋が、シンジたち以外の前で笑い顔見せるなんて思わんかったわ」
「そうね…私、そういえば初めて見たかも。渚君が笑うの」
「ケンスケが悔しがっとったで。あれを文化祭で撮りたかったーちゅうて」
三々五々歩き出す一同
一人で歩くレイを気にするシンジ
(今までありがとう。楽しかったよ、この学校にいられて)
見慣れない夜の街の喧騒を大きな目で眺めているレイ
言葉にしない強さと内側の寂しさを思うシンジ
敏感に気づいてシンジの手をぎゅっとつねるアスカ
「痛っ」
「ちょっと何見てんの、領域侵犯よ」
睨むアスカに目をしばたたかせるシンジ
「何だよ、それ」
「渚と約束したでしょ。レイはあんたじゃなくて、この私が守るの。だから不要な接触は禁止!」
呆れ顔でコメントするトウジ
「…何や、妬いてるなら妬いてるて素直に言えばええやないか」
「はぁ?!」
「ちょっと、アスカ、周りの人が見てるでしょ」
身長差をものともせずに突っかかるアスカと逃げ回るトウジ、慌てるヒカリ
くすりと笑うレイ
それでもやっぱりその横顔に寂しさを見てしまうシンジ

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347: 21/24 2016/06/09(木) 01:00:16.05 ID:???
気づいてレイが目を向けてくる
「…平気。私はアスカに守ってもらうから、碇君は、アスカを守るの。約束」
「…うん。そうだったよね」
また夜空を仰ぐシンジ
空港で三人で見送ったカヲルのことを思い出す
(迎えに来れるまでの間、レイが心配だけど…
 ま、それはシンジ君がいるから、不安には思わないどくよ)
(駄目! こんな馬鹿に任せられる訳ないでしょ。レイはこの私が守るわ。心配ご無用)
(そう? じゃあ…シンジ君は、アスカさんを守りなよ。それなら安心できる)
(…ッ、どさくさに何言ってんのよあんたは)
(だってその方が安全っぽいし。ね、約束しなよ)
(ああもう! 何であんたはそう態度でかいのよ! 初対面からそうだったし!)
(え? 何かしたっけ)
(いきなり変なセリフ吐いたでしょうが! 『どっかで会ったっけ』なんて!)
(あー…そうだっけ。でもあれは嘘じゃないよ。ほんとに見覚えある気がしたんだ)
(私はないわよ!
 …だいたいあれは、馬鹿シンジだけに許されるセリフよ)
(へえ、そうなの? あ、例の運命的出会いのときの話?)
(うんめ…ちょっと馬鹿シンジ、あんた、私との出会いの話をこいつにしたわけ?!)
(え?! いや、だって、別に隠すことじゃないと思ってさ)
(あんな恥ずかしい話、他人にしてどうすんのよ!)
(アスカ、声、…周りの人が見てるわ)
(あは、もしかして君らって前世かなんかで出会ってたのかもね。ついでに僕とも)
(だ・か・ら会った覚えなんかないって言ってるでしょうが!)
(アスカちょっと、静かにってば、…渚も、ヘンなこと言い出すなよ)
(えー? きっと案外そんなものなんだよ。で、何度も生まれ変わって、出会ったり出会わなかったりする。
 でも君らはだいたい毎回出会ってて、それで何となく覚えてる。運命ってやつだね)

348: 22/24 2016/06/09(木) 01:00:49.35 ID:???
(あっそう。じゃ、あんたとも間違いなくまた出会うわね)
(そうかも。私や、碇君とも。みんなが、みんなと)
(だといいな)
ふと我に返るシンジ
トウジたちと駅前で別れ、いつものようにマリの家を目指して道をたどる二人
アスカがぐいっと腕を掴む
「またボーッとしちゃって。
 …どうせ別れ際の、あのヘンな話でも思い出してたんでしょ」
笑うシンジ
「うん。…でも、僕はあの日本当に、君のこと、また会えたなって感じたんだ。…すぐにはわからな
 かったけど、なんだかすごく、嬉しかった。
 単なる僕の思い込みっていうか、勘違いかもしれないけどさ」
「ふぅん…でも、ま、勘違いでも、別にいいじゃん?」
何でもないように言い放つアスカ
目を見開くシンジ
出会ってからもう数え切れないほどの日々と同じに、歩調を揃えて傍らを歩くアスカの姿
存在の確かなぬくもりと、それとは逆に絶え間なく奇跡を見ているような新鮮な驚き
何度も目を凝らすシンジ
あの雪の日の思いが重なる
そんなシンジを眺め、またこともなげに口にするアスカ
「その勘違いのおかげで、あんたと私は知り合えたんだし。…好きにまでなれたんだし、ね。
 それが運命なら、私、けっこう満足よ。この巡り合わせってやつに」
少し浮き立った口調に照れが覗く
きらめく目で見つめてくるアスカ
「あんたはどうなのよ」

349: 23/24 2016/06/09(木) 01:01:26.94 ID:???
答える前、自分でも意識しないうちにもう微笑んでいるシンジ
呼吸を忘れるアスカ
ほんのり染まっていく頬
気づいたシンジの顔も熱くなる
答えられず、問いつめられず、しばらく黙って歩く二人
でもそのぎこちなさも、そこまで居心地悪くはないとお互い感じている
思い込みかもしれない、勘違いかもしれない
それでも繋がっていると思えることの強烈な確かさと嬉しさ
いとおしすぎて正視できず、そっと横目でアスカを見るシンジ
同じ速度で歩くアスカの横顔
いつもの風景に重なって浮かぶこれまでの時間
未来へ続く自由とはまた違うもう一つの果てしなさ
ふと、生まれ変わりや運命という言葉を信じてもいい気になる
一人そっと笑ってみるシンジ
(…繰り返す世界、か)
また今年も巡ってくる夏を思う
世界は無限に繰り返しながら移ろっていく
(だけど…
 それはきっと、ここにいる僕と無関係じゃない。全てが今いるこの場所に繋がっているんだ)
(今まで何度も生きてきたかもしれない多くの僕と、その一回きりごとの僕が歩いて作られた、
 無数の見えない足跡)
(遥かなその一つ一つは、もう思い出せはしないだろう。だけど数えきれない僕の過去は全て、
 確かに今、僕が立つここに通じていて、そして僕の進む先には、まだ誰も決められない、
 真っ白な未来が広がっている)
(僕の自由と、僕の未来)
(この生が、無限に続く僕の繰り返しの一つだとしても、構わない)

350: 24/24 2016/06/09(木) 01:09:28.02 ID:???
(これからも、僕は自分の足で地に立って歩く。みんなのことを忘れないよう戒めながら。
 それが僕にできる、たった一つの生きるやり方なんだろう)
(…そして、そのとき)
(僕の隣に、一緒にいてほしいのは)
(君なんだ)
いつしか沈黙はほぐれ、歩くうちに言葉が戻って、たわいない話に花を咲かせる二人
小さく笑い声が夜空に昇る
泡立つように揺れる住宅街の木々の影絵 強く漂う新緑の香り
潤いを含んだ夜風
彼方に傾いた半月
真っ白いその面を、どうしてか強く見つめずにはいられないアスカ
やがて足を止めるシンジ
遅れて、アスカも気づいて立ち止まる
暗く静まったマリの家の前
どちらからともなく笑って、暗い路上で向き合う二人
何の合図も必要とせずに、呼吸の続きのように近づいて静かにキスを交わす
身を離して改めて笑い合う
懐かしくて新しい、どんなに見つめても足りない、相手の顔
「今日は、なかなか楽しかったわ。じゃまた学校でね。シンジ」
「うん。…また明日、アスカ」
気負いのないお互いの笑み
立ち去り難くて佇んでいる二人の上にちりばめられた星座
また、この星に夏が来る

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以上でひとまず完結となります
約一年半、大変お世話になりました、ありがとうございました
ダラダラ更新の小ネタの数々を気長に読んでくださったスレ住人の方々に心から感謝を
お礼代わりに例によってヘタレ絵を置いていきます
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=57298148
これからもこのスレが再会したシンジとアスカの幸せを語る場でありますように
本当にありがとうございました、通りすがりでした





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